浅野直樹の学習日記

この画面は、簡易表示です

2015 / 5月

平成26年司法試験予備試験論文(法律実務基礎科目(民事))答案練習

問題

(〔設問1〕から〔設問5〕までの配点の割合は,8:16:4:14:8)

司法試験予備試験用法文を適宜参照して,以下の各設問に答えなさい。

〔設問1〕
 弁護士Pは,Xから次のような相談を受けた。

【Xの相談内容】
 「私の父Yは,その妻である私の母が平成14年に亡くなって以来,Yが所有していた甲土地上の古い建物(以下「旧建物」といいます。)に1人で居住していました。平成15年初め頃,Yが,生活に不自由を来しているので同居してほしいと頼んできたため,私と私の妻子は,甲土地に引っ越してYと同居することにしました。Yは,これを喜び,旧建物を取り壊した上で,甲土地を私に無償で譲ってくれました。そこで,私は,甲土地上に新たに建物(以下「新建物」といいます。)を建築し,Yと同居を始めました。ちなみにYから甲土地の贈与を受けたのは,私が新建物の建築工事を始めた平成15年12月1日のことで,その日,私はYから甲土地の引渡しも受けました。
 ところが,新建物の完成後に同居してみると,Yは私や妻に対しささいなことで怒ることが多く,とりわけ,私が退職した平成25年春には,Yがひどい暴言を吐くようになり,ついには遠方にいる弟Aの所に勝手に出て行ってしまいました。
 平成25年10月頃,Aから電話があり,甲土地はAに相続させるとYが言っているとの話を聞かされました。さすがにびっくりするとともに,とても腹が立ちました。親子なので書類は作っていませんが,Yは,甲土地が既に私のものであることをよく分かっているはずです。平成16年から現在まで甲土地の固定資産税等の税金を支払っているのも私です。もちろん母がいるときのようには生活できなかったかもしれませんが,私も妻もYを十分に支えてきました。
 甲土地は,Yの名義のままになっていますので,この機会に,私は,Yに対し,所有権の移転登記を求めたいと考えています。」

 弁護士Pは,【Xの相談内容】を受けて甲土地の登記事項証明書を取り寄せたところ,昭和58年12月1日付け売買を原因とするY名義の所有権移転登記(詳細省略)があることが明らかとなった。弁護士Pは,【Xの相談内容】を前提に,Xの訴訟代理人として,Yに対し,贈与契約に基づく所有権移転登記請求権を訴訟物として,所有権移転登記を求める訴えを提起することにした。

 以上を前提に,以下の各問いに答えなさい。
(1) 弁護士Pが作成する訴状における請求の趣旨(民事訴訟法第133条第2項)を記載しなさい。
(2) 弁護士Pは,その訴状において,「Yは,Xに対し,平成15年12月1日,甲土地を贈与した。」との事実を主張したが,請求を理由づける事実(民事訴訟規則第53条第1項)は,この事実のみで足りるか。結論とその理由を述べなさい。

〔設問2〕
 上記訴状の副本を受け取ったYは,弁護士Qに相談した。贈与の事実はないとの事情をYから聴取した弁護士Qは,Yの訴訟代理人として,Xの請求を棄却する,贈与の事実は否認する旨記載した答弁書を提出した。
 平成26年2月28日の本件の第1回口頭弁論期日において,弁護士Pは訴状を陳述し,弁護士Qは答弁書を陳述した。また,同期日において,弁護士Pは,次回期日までに,時効取得に基づいて所有権移転登記を求めるという内容の訴えの追加的変更を申し立てる予定であると述べた。
 弁護士Pは,第1回口頭弁論期日後にXから更に事実関係を確認し,訴えの追加的変更につきXの了解を得て,訴えの変更申立書を作成し,請求原因として次の各事実を記載した。
 ① Xは,平成15年12月1日,甲土地を占有していた。
 ②〔ア〕
 ③ 無過失の評価根拠事実平成15年11月1日,Yは,Xに対し,旧建物において,「明日からこの建物を取り壊す。取り壊したら,甲土地はお前にただでやる。いい建物を頼むぞ。」と述べ,甲土地の登記済証(権利証)を交付した。〔以下省略〕
 ④ Xは,Yに対し,本申立書をもって,甲土地の時効取得を援用する。
 ⑤〔イ〕
 ⑥ よって,Xは,Yに対し,所有権に基づき,甲土地について,上記時効取得を原因とする所有権移転登記手続をすることを求める。

 以上を前提に,以下の各問いに答えなさい。
(1) 上記〔ア〕及び〔イ〕に入る具体的事実を,それぞれ答えなさい。
(2) 上記①から⑤までの各事実について,請求原因事実としてそれらの事実を主張する必要があり,かつ,これで足りると考えられる理由を,実体法の定める要件や当該要件についての主張・立証責任の所在に留意しつつ説明しなさい。
(3) 上記③無過失の評価根拠事実(甲土地が自己の所有に属すると信じるにつき過失はなかったとの評価を根拠付ける事実)に該当するとして,「Xは平成16年から現在まで甲土地の固定資産税等の税金を支払っている。」を主張することは適切か。結論とその理由を述べなさい。

〔設問3〕
 上記訴えの変更申立書の副本を受け取った弁護士Qは,Yに事実関係の確認をした。Yの相談内容は次のとおりである。

【Yの相談内容】
 「私は,長男Xと次男Aの独立後しばらくたった昭和58年12月1日,甲土地及び旧建物を前所有者であるBから代金3000万円で購入して所有権移転登記を取得し,妻と生活していました。
 その後,妻が亡くなってしまい,私も生活に不自由を来すようになりましたので,Xに同居してくれるよう頼みました。Xは,甲土地であれば通勤等が便利だと言って喜んで賛成してくれました。私とXは,旧建物は私の方で取り壊すこと,甲土地をXに無償で貸すこと,Xの方で二世帯が住める住宅を建てることを決めました。
 しかし,いざ新建物で同居してみると,だんだんと一緒に生活することが辛くなり,平成25年春,Aに頼んでAの所で生活をさせてもらうことにしました。
 このような次第ですので,私が甲土地上の旧建物を取り壊して甲土地をXに引き渡したこと,Xに甲土地を引き渡したのが新建物の建築工事が始まった平成15年12月1日であり,それ以来Xが甲土地を占有していること,Xが新建物を所有していることは事実ですが,私はXに対し甲土地を無償で貸したのであって,贈与したのではありません。平成15年12月1日に私とXが会って新築工事の話をしましたが,その際に甲土地を贈与するという話は一切出ていませんし,書類も作っていません。私には所有権の移転登記をすべき義務はないと思います。」

 弁護士Qは,【Yの相談内容】を踏まえて,どのような抗弁を主張することになると考えられるか。いずれの請求原因に関するものかを明らかにした上で,当該抗弁の内容を端的に記載しなさい(なお,無過失の評価障害事実については記載する必要はない。)。

〔設問4〕
 第1回弁論準備手続期日において,弁護士Pは訴えの変更申立書を陳述し,弁護士Qは前記抗弁等を記載した準備書面を陳述した。その後,弁論準備手続が終結し,第2回口頭弁論期日において,弁論準備手続の結果の陳述を経て,XとYの本人尋問が行われた。本人尋問におけるXとYの供述内容の概略は,以下のとおりであった。

【Xの供述内容】
 「私は,平成15年11月1日,旧建物に行き,Yと今後の相談をしました。その際,Yは,私に対し,『明日からこの建物を取り壊す。取り壊したら,甲土地はお前にただでやる。いい建物を頼むぞ。』と述べ,甲土地の登記済証(権利証)を交付してくれました。私は,Yと相談して,Yの要望に沿った二世帯住宅を建築することにし,Yが住みやすいような間取りにしました。新建物は,仮にYが亡くなった後も,私や私の妻子が末永く住めるよう私が依頼して鉄筋コンクリート造の建物としました。
 平成15年12月1日,更地になった甲土地で新建物の建築工事が始まることになり,Yと甲土地で会いました。Yは,『今日からこの土地はお前の土地だ。ただでやる。同居が楽しみだな。』と言ってくれ,私も『ありがとう。』と答えました。
 私はその日に土地の引渡しを受け,工事を開始し,新建物を建築しました。その後,私は,甲土地の登記済証(権利証)を保管し,平成16年以降,甲土地の固定資産税等の税金を支払い,Yが勝手に出て行った平成25年春までは,その生活の面倒も見てきました。
 新建物の建築費用は3000万円で,私の預貯金から出しました。移転登記については,いずれすればよいと思ってそのままにし,贈与税の申告もしていませんでした。なお,親子のことですから,贈与の書面は作っていませんが,Yが事実と異なることを言っているのは,Aと同居を始めたからに違いありません。」

【Yの供述内容】
 「私は,平成15年11月1日,旧建物で,Xと今後の相談をしましたが,その際,私は,Xに対し,『明日からこの建物を取り壊す。取り壊したら,甲土地はお前に無償で貸す。いい建物を頼むぞ。』と言ったのであって,『譲渡する』とは言っていません。Xには,生活の面倒を見てもらい,甲土地の固定資産税等の支払いをしてもらい,正直,私が死んだら,甲土地はXに相続させようと考えていたのは事実ですが,生前に贈与するつもりはありませんでしたし,贈与の書類も作っていません。なお,甲土地の登記済証(権利証)を交付しましたが,これは旧建物を取り壊す際に,Xに保管を依頼したものです。
 平成15年12月1日,更地になった甲土地で新建物の建築工事が始まることになり,Xと甲土地で会いましたが,私が言ったのは,『今日からこの土地はお前に貸してやる。お金はいらない。』ということです。その日からXが新建物の工事を始め,私の意向を踏まえた二世帯住宅が建ち,私たちは同居を始めました。
 しかし,いざ新建物で同居してみると,Xらは私を老人扱いしてささいなことも制約しようとしましたので,だんだんと一緒に生活することが辛くなり,平成25年春,別居せざるを得なくなったのです。Xには,誰のおかげでここまで来れたのか,もう一度よく考えてほしいと思います。」

 本人尋問終了後に,弁護士Qは,次回の第3回口頭弁論期日までに,当事者双方の尋問結果に基づいて準備書面を提出する予定であると陳述した。弁護士Qは,「Yは,Xに対し,平成15年12月1日,甲土地を贈与した。」とのXの主張に関し,法廷におけるXとYの供述内容を踏まえて,Xに有利な事実への反論をし,Yに有利な事実を力説して,Yの主張の正当性を明らかにしたいと考えている。
 この点について,弁護士Qが作成すべき準備書面の概略を答案用紙1頁程度の分量で記載しなさい。

〔設問5〕
 弁護士Qは,Yから本件事件を受任するに当たり,Yに対し,事件の見通し,処理方法,弁護士報酬及び費用について一通り説明した上で,委任契約を交わした。その際,Yから「私も高齢で,難しい法律の話はよく分からない。息子のAに全て任せているから,今後の細かい打合せ等については,Aとやってくれ。」と言われ,弁護士Qは,日頃Aと懇意にしていたこともあったため,その後の訴訟の打合せ等のやりとりはAとの間で行っていた。
 第3回口頭弁論期日において裁判所から和解勧告があり,XY間において,YがXに対し甲土地の所有権移転登記手続を行うのと引換えにXがYに対し1500万円を支払うとの内容の和解が成立したが,弁護士Qは,その際の意思確認もAに行った。また,弁護士Qは,和解成立後の登記手続等についても,Aから所有権移転登記手続書類を預かり,その交付と引換えにXから1500万円の支払を受けた。さらに,弁護士Qは,受領した1500万円から本件事件の成功報酬を差し引いて,残額については,Aの指示により,A名義の銀行口座に送金して返金した。
 弁護士Qの行為は弁護士倫理上どのような問題があるか,司法試験予備試験用法文中の弁護士職務基本規程を適宜参照して答えなさい。

 

練習答案(実際の試験での再現答案)

(F評価)

 以下民法についてはその条数のみを示す。

[設問1]
(1) 被告は、原告に対し、甲土地について、所有権移転登記をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。
(2) 結論として、この事実のみでは足りない。贈与により所有権を移転するためには、贈与者が所有権を有していなければならない。よってYが平成15年12月1日に甲土地の所有権を有していたとの事実を主張しなければならない。しかし、ある時点で所有権を有していることを立証するのは極めて困難である。そこで、それより前の時点の所有を示せば、それ以降所有が継続していることが推定される。以上より、本件では昭和58年12月1日付けでYが甲土地を所有していたとの事実を主張すればよい。

[設問2]
(1) [ア]Xは、平成25年12月1日、甲土地を占有していた。
[イ]登記上、Yが甲土地の所有権者になっている。
(2) 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する(第162条第2項)のであり、所有の意思、平穏、公然は推定されるので、十年間の占有を示せばよい。十年間ずっと占有していたことを示すのは極めて困難なので、最初の時点と最後の時点で占有していたことを示せば、その間の占有は推定される。よって①と②の事実を主張する必要がある。これは、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったとき(第162条第2項)のことなので、③で無過失の評価根拠事実を示している。そして、時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない(第145条)ので、④で時効取得を援用している。所有権移転登記手続を求めるのであれば、被告に所有権がなければならないので、⑤の主張をしている。以上より、①から⑤までの各事実について、請求原因事実としてそれらの事実を主張する必要があり、かつ、これで足りる。
(3) 適切である。固定資産税等の税金を支払っていることから、Xが甲土地が自己の所有に属すると信じていたことが推測できるからである。

[設問3]
 弁護士Qは、XとYとの間で、甲土地の使用貸借契約が成立していたとの抗弁を主張することになると考えられる。というのも、[設問2]の①と②から自己所有の意思が推定されるが、使用貸借契約が成立しているとその推定が覆されるからである。

[設問4]
 Xは贈与契約に基づいて甲土地の所有権移転登記を求めているが、これは認められない。YはXに対し、「甲土地はお前に無償で貸す」と言ったのであるから、贈与ではなく使用貸借契約が成立している。贈与の書面が作られていないのであるし、移転登記もそのままにされていたのである。しかもXは贈与税の申告もしていなかった。納税は国民の義務であり、税金を納めないでいると後で余計に払わされることもあるので、通常人は税金が発生しているのに払わないということをしない。
 また、仮に使用貸借契約ではなく贈与契約が成立していたとしても、それは負担付贈与である。XがYの生活の面倒を見るということで、甲土地が贈与されたのである。そうなると双務契約に関する規定が準用され(第553条)、Yの生活の面倒を見るという債務をXが適切に履行しなかったので、Yは本件負担付贈与契約を解除したのである(第541条)。本件ではもちろん、相当の期間を定めてその履行の催告をしていたと考えられる。
 Xが甲土地の固定資産税等を支払っていたことは、使用貸借契約であれば借用物の通常の必要費なので借主であるXが負担する(第595条第1項)のであるし、負担付贈与であればその負担の内容の一部である。

[設問5]
以下では弁護士職務基本規定についてその条数のみを示す。
1.報酬分配の制限(第12条)
 弁護士QがAに返金した後で、Aが自らの報酬を差し引いてYに返金するなら、報酬分配の制限(第12条)違反になる。
2.依頼者の意思の尊重(第22条)
 本件ではYの意思に基づいてQはAとやり取りしていたのであるが、少なくとも和解の内容という重要なことに関してはYの意思を確認すべきであった。依頼者が高齢のためにその意思を十分に表明できないときであっても、適切な方法を講じて依頼者の意思の確認に努める(第22条第2項)とされている。
3.処理結果の説明(第44条)・預り金等の返還(第45条)
 Qは、委任の終了に当たり、依頼者であるYに対し、事件処理の状況又はその結果に関し、必要に応じ法的助言を付して説明をしていないし、預り金の返還もしていない。これは処理結果の説明(第44条)・預り金等の返還(第45条)に違反する。

以上

 

 

修正答案

以下民法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
(1)
 被告は、原告に対し、甲土地について、平成15年12月1日贈与を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
(2)
 この事実のみで足りる。訴訟物は贈与契約に基づく所有権移転登記請求権であり、贈与契約は諾成契約である(549条)ので物の引き渡しを主張する必要はない。また、物権に基づいて所有権移転登記を求めているわけではないので、現在Y名義の登記が存在することを主張する必要はない。

 

[設問2]
(1)
 〔ア〕 Xは、平成25年12月1日経過時、甲土地を占有していた。
 〔イ〕 甲土地について、昭和58年12月1日付け売買を原因とするY名義の所有権移転登記(詳細省略)がある。
(2)
 訴訟物は、Xの時効取得した甲土地の所有権に基づく物権的所有権移転登記請求権(妨害排除請求権)なので、妨害があることを主張する必要がある(⑤)。現にYの登記が存在していることは妨害である。
 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する(162条2項)。
 占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する(186条1項)ので、これらを請求原因事実として主張する必要はない。他人の物でなければ時効取得できない(自己の物であれば時効取得できない)とする合理的な理由はないので、他人の物であることを示す必要はない。前後の両時点において占有をした証拠があるときは、占有は、その間継続したものと推定する(186条2項)ので、占有開始時の占有と、一定の期間(ここでは10年)経過後の占有を示せば、その間の占有が推定される(①、②)。過失がないことそのものは規範であるので、③のようなそれを根拠付ける具体的事実を主張すればよい。「時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない」(145条)ので、時効援用の主張が必要である(④)。
 以上より、上記①から⑤までの各事実について、請求原因事実としてそれらの事実を主張する必要があり、かつ、これで足りると考えられる。
(3)
 不適切である。無過失は占有開始時(平成15年12月1日)において判断されるところ、「Xは平成16年から現在まで甲土地の固定資産税等の税金を支払っている。」という事実は占有開始時より後のことなので、主張自体失当である。

 

[設問3]
 弁護士Qは、時効取得を原因とする所有権に基づく所有権移転登記請求の請求原因に関して、Xの主張する占有は自己が所有する意思をもってしたのではなかったという抗弁を主張することになる。

 

[設問4]
 まず、贈与契約の存在を直接根拠付ける証拠は存在していない。Xの弟など他の子との間で後々もめ事になることは容易に想像できるので、いくら親子の間とはいっても、本当に贈与したのであれば書面を残しておくのが通例であるのに、それが存在しないということは贈与契約がなかったことを窺わせる。
 Xは甲土地の登記済証(権利証)の交付を受けそれを保管してきたことを贈与を推認させる事情として主張しているが、旧建物を取り壊して新建物を建築する際に必要になるであろうからこれをYがXに交付しただけである。その後もYが返還を求めなかったのは、どうせ同じ屋根の下にあって必要になればすぐに使える状態にあり、Xが保管したままであっても特段問題が生じないと思ったからである。
 Xは固定資産税を支払ってきたことも根拠として主張しているが、これは子の親への扶養義務の一環と見ることもできるし、無償で甲土地を使用させてもらうことへの対価と捉えることもできる。かえって贈与税の申告をしていないことが、贈与はなかったことを推認させる。
 Xが自己の費用で堅固な新建物を建築したことも、普通に生活している限りは甲土地の使用貸借契約が継続して、貸主のYが死亡した際には相続で同土地を手に入れられる見込みの高いという本件の状況下では、甲土地が贈与されていなければ起こりえないような事実ではない。

 

[設問5]
1.依頼者の意思の尊重義務違反(弁護士職務基本規程(以下「規程」とする)22条1項)
 弁護士は、委任の趣旨に関する依頼者の意思を尊重して職務を行うものとする(規程22条1項)。Yから「私も高齢で、難しい法律の話はよく分からない。息子のAに全て任せているから、今後の細かい打合せ等については、Aとやってくれ。」と言われたとのことであるが、本件和解は難しい法律の話ではなく細かい打合せどころかむしろ大きな方針に関わるものなので、QはYの意思を確認して尊重すべきであった。同2項で適切な方法を講じて依頼者の意思の確認に努めると定められているのに、QがYの意思を確認しようとする努力をした形跡がない。
2.預かり金の返還義務違反(規程45条)
 規程45条に明記されてはいないが、預り金の返還は依頼人に対して行うのが原則である。場合によっては代理人に返還することも許されようが、本件のように相続がらみの紛争で、しかも代理人であるAが勝手に和解をしたような場合には、YとAとの間でトラブルが発生することも想像される。無用なトラブルを防止するために、Qとしては預り金を確実に依頼人であるYに返還すべきであり、そうせずに安易にAに返還したことは、預り金の返還義務に違反している。

以上

 

感想

要件事実の理解が弱いので学習に励みたいです。

 



平成26年司法試験予備試験論文(一般教養科目)答案練習

問題

 エリート (選良) という言葉は,今日,両義的な意味合いで用いられる。例えば,「トップエリートの養成」というと,肯定的な含意がある。これに対して,「エリート意識が高い」というと,否定的な含意がある。エリートをどう捉えるかは,社会をどう捉えるかと同等の,極めて根源的な問題の一つである。

 「エリートとは何か」をめぐる,以下の二つの文章を読んで,後記の各設問に答えなさい。

[A] 「エリートとは何か」は,それぞれの社会の持つ歴史的・地理的な制約によって,その様相が異なる問題である。
 これに関連して, イタリアの経済学者・社会学者V.F.D.パレートは,「エリートの周流」(circulation of elites) という理論を提示している。この理論は,エリートが周期的に交替する(旧エリートが衰退し,新エリートが興隆する)ことを,一つの社会法則として提示しようとしたものである。
 パレートはこう説く。エリートは,本来,少数者(特定の階級)の利益を代表している。新エリートは,当初,(旧エリートの階級性を批判しつつ)多数者の利益を代表して登場する。しかし,旧エリートと交替すると,今度は少数者の利益を代表するようになる,と(「社会学理論のひとりの応用」1900 年による。)。

[設問1]
 [A]の文章中のパレートの理論を参照しつつ,近代社会において「学歴主義」(学歴を人の能力の評価尺度とすること)が果たしてきた役割について,15行程度で論じなさい。

[B] 現代社会(ここでは,「現代社会」という言葉を,古典的な近代社会に対して近代的な近代社会という意味内容で用いている。)が,いかなる様相を持つ社会であるかは,当該社会に生きる私たちにとって現実的な問題である。
 例えば,アメリカの経営学者P.F.ドラッカーは,「ポスト資本主義社会」という概念を提示している。
 ドラッカーはこう説く。従来の資本主義社会では,土地・労働・資本の三つが,生産の資源であった。しかし,今日のポスト資本主義社会では,知識が生産の資源になる。資本主義社会では,資本家と労働者が,中心的な階級区分であった。しかし,ポスト資本主義社会では,知識労働者とサービス労働者が中心的な階級区分になる,と(『ポスト資本主義社会』1993年による。)。
 このドラッカーの主張は,エリートとは何かを論じる目的でされたものではないが,現代社会において「エリートとは何か」を考える上で,一つの素材となり得るものである。

[設問2]
 [B]の文章中のドラッカーの主張を素材として,現代日本社会におけるエリートとは何かについて,10行程度で論じなさい。

 

練習答案(実際の試験での再現答案)

(D評価)

[設問1]
 少数者よりも多数者の利益を代表することがよいとするならば、パレートの言うところの新エリートには肯定的な含意が、旧エリートには否定的な含意があることになる。
 近代社会の初期において、学歴主義によって選ばれたエリートは、新エリートとして肯定的な役割を果たしてきたと考えられる。というのも、近代以前では身分によって人が評価されていたことに対して、その人の努力や能力を評価尺度にするという多数者の利益を代表していたからである。しかし、時を経るにつれ、学歴主義によって選ばれたエリートが、自分の子息にだけよい教育を施して階級を再生産したりその他自分たちにのみ有利な政策を実現したりすることによって、少数者の利益を代表する旧エリートになり、否定的な役割になってきている。つまり、近代社会の初期には学歴主義が肯定的な役割を果たしていたのが、時代の流れとともに、否定的な意味合いを帯びるようになってきたのである。

[設問2]
 現代日本社会におけるエリートとは知を有する者であり、それは肯定的にも否定的にもなり得ると私は考える。
 ドラッカーの主張を素直に読むなら、現代日本社会はポスト資本主義社会なので、知識が生産の資源になる。そこでのエリートは知を有する者である。「知識」というとお金(資本)で買えるように聞こえるので、ここでは「知」と呼ぶことにする。そしてそのエリートが肯定的な役割を果たすこともあれば、否定的な役割を果たすこともある。例えば、原子力についての知を有する者が、原子力発電所事故の際に、肯定的に、その知に基づいて人々を助けることがあるかもしれない。他方で同じような知を有する者が、自分だけ逃げることを考えたり、知を持たない人をバカにしたりするだけだったら、それは否定的である。

以上

 

 

修正答案

[設問1]
 少数者よりも多数者の利益を代表することがよいとするならば、パレートの言うところの新エリートには肯定的な含意が、旧エリートには否定的な含意があることになる。
 近代社会の初期において、学歴主義によって選ばれたエリートは、新エリートとして肯定的な役割を果たしてきたと考えられる。というのも、近代以前では身分によって人が評価されていたことに対して、その人の努力や能力を評価尺度にするという多数者の利益を代表していたからである。しかし、時を経るにつれ、学歴主義によって選ばれたエリートが、自分の子息にだけよい教育を施して階級を再生産したりその他自分たちにのみ有利な政策を実現したりすることによって、少数者の利益を代表する旧エリートになり、否定的な役割になってきている。つまり、近代社会の初期には学歴主義が肯定的な役割を果たしていたのが、時代の流れとともに、否定的な意味合いを帯びるようになってきたのである。

 

[設問2]
 現代日本社会におけるエリートとは、自ら主体的に学び行動できる人であると私は考える。
 現代日本社会は、知識労働者とサービス労働者が中心的な階級区分になるというドラッカーの主張が妥当するポスト資本主義社会であると考えられる。よって基本的にはこの区分がエリートと非エリートとの区分になると言える。しかし社会は産業からのみ成り立っているわけではないので、知識を有する者と知識を有さない者と区分するほうがより適切である。さらに、インターネットの発達などにより知識がかなりオープンになっている現代日本社会においては、自ら主体的に学び行動するという態度があれば知識を有する者になれるので、冒頭の結論となる。

以上

 

感想

かなり自信があっただけにD評価というのが納得できませんでした。[設問2]で自分の言いたいことを言い過ぎていたような気がします。修正答案では出題趣旨を熟読して、それに沿うように新しく記述しました。

 



平成26年司法試験予備試験論文(刑事訴訟法)答案練習

問題

次の【事例】を読んで,後記〔設問〕に答えなさい。

【事 例】
 司法警察員Kらは,A建設株式会社(以下「A社」という。)代表取締役社長である甲が,L県発注の公共工事をA社において落札するため,L県知事乙を接待しているとの情報を得て,甲及び乙に対する内偵捜査を進めるうち,平成25年12月24日,A社名義の預金口座から800万円が引き出されたものの,A社においてそれを取引に用いた形跡がない上,同月25日,乙が,新車を購入し,その代金約800万円をその日のうちに現金で支払ったことが判明した。
 Kらは,甲が乙に対し,800万円の現金を賄賂として供与したとの疑いを持ち,甲を警察署まで任意同行し,Kは,取調室において,甲に対し,供述拒否権を告知した上で,A社名義の預金口座から引き出された800万円の使途につき質問したところ,甲は「何も言いたくない。」と答えた。
 そこで,Kは,甲に対し,「本当のことを話してほしい。この部屋には君と私しかいない。ここで君が話した内容は,供述調書にはしないし,他の警察官や検察官には教えない。ここだけの話として私の胸にしまっておく。」と申し向けたところ,甲はしばらく黙っていたものの,やがて「分かりました。それなら本当のことを話します。あの800万円は乙知事に差し上げました。」と話し始めた。Kが,甲に気付かれないように,所持していたICレコーダーを用いて録音を開始し,そのまま取調べを継続すると,甲は,「乙知事は,以前から,高級車を欲しがっており,その価格が約800万円だと言っていた。そこで,私は,平成25年12月24日にA社の預金口座から800万円を引き出し,その日,乙知事に対し,車両購入代としてその800万円を差し上げ,その際,乙知事に,『来月入札のあるL県庁庁舎の耐震工事をA社が落札できるよう便宜を図っていただきたい。この800万円はそのお礼です。』とお願いした。乙知事は『私に任せておきなさい。』と言ってくれた。」と供述した。Kは,甲に対し,前記供述を録音したことを告げずに取調べを終えた。
 その後,甲は贈賄罪,乙は収賄罪の各被疑事実によりそれぞれ逮捕,勾留され,各罪によりそれぞれ起訴された。第1回公判期日の冒頭手続において,甲は「何も言いたくない。」と陳述し,乙は「甲から800万円を受け取ったことに間違いないが,それは私が甲から借りたものである。」と陳述し,以後,両被告事件の弁論は分離された。

〔設 問〕
 甲の公判において,「甲が乙に対し賄賂として現金800万円を供与したこと」を立証趣旨として,前記ICレコーダーを証拠とすることができるか。その証拠能力につき,問題となり得る点を挙げつつ論じなさい。

 

 

練習答案(実際の試験での再現答案)

(F評価)

以下刑事訴訟法についてはその条数のみを示す。

1.違法収集証拠(自白の任意性)
 任意になされたものでない疑いのある自白は証拠とすることができない(第319条1項)。本件ICレコーダーには、司法警察員Kが、甲に対し、「ここだけの話として私の胸にしまっておく。」と虚偽を申し向けて、その結果甲が話し始めたことが録音されている。これは違法に集められた証拠であるので、証拠とすることはできない。
 一概に違法に集められた証拠と言っても、そのことだけで証拠能力が否定されるわけではない。しかし本件の違法は重大であり、将来的に同じような違法を繰り返さないためにも、この証拠は排斥されるべきである。

2.秘密録音
 本件ICレコーダーはKが甲に無断で録音したものである。しかしそれは司法警察員による取調べという公の場でのことである。仮に本件ICレコーダーの証拠能力が認められなかったとしても、Kが証人になったり、供述調書を提出することもできる。よってこれだけで本件ICレコーダーの証拠能力が排斥されるということはない。

3.取調べの任意性
 本件では甲が任意に同行して取調べに応じているし、供述拒否権も告知されている。よってこの取調べは原則的に適法であるが、朝から深夜まで取調べを続け、トイレに行くのにも司法警察員が同行しているような態様であったならば、事実上「何時でも退去することができる」(第198条)に反しているので、違法になり得る。その場合は1と同じ基準で違法に集められた証拠が排斥されるかどうかが判断される。

4.伝聞証拠(第320条1項)
 本件ICレコーダーは、「甲が乙に対し賄賂として現金800万円を供与したこと」が立証趣旨とされているので、公判期日における供述に代わる証拠(第320条第1項)に当たるので、伝聞証拠である。そうなると原則として証拠とすることができない。しかしICレコーダーは機械的な正確性でもって音声を記録するものである。記憶したり想起したりする際に内容がわい曲されることがない。よってこれを証拠とすることができる。
 ただしそれが当てはまるのは甲発言の部分のみである。乙知事の発言部分に関しては、ICレコーダーがいくら機械的に正確に録音しようとも、それが正しいとは限らない。この部分は伝聞証拠として証拠能力が排斥される。

 以上より、本件ICレコーダーは違法に集められたという点で、証拠能力が認められない。なお、自白の任意性は日本国憲法第38条で保障されている重要な権利であり、黙秘権や供述拒否権として刑事訴訟法の各所にも規定されているということを付け加えておく。

以上

 

 

修正答案

以下刑事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

第1 伝聞証拠
 供述の真実性が要証事実に求められる場合は、一定の伝聞例外を満たさない限り、公判期日における供述に代えて書面を証拠とすることができない(320条1項)。これは供述を公判期日において反対尋問にさらして、その真実性を吟味できるようにするためである。
 本件ICレコーダーは書面ではないものの、そこには発言が録音されているいてその真実性が問題となり得るので、320条1項の伝聞法則の適用がある。「甲が乙に対し賄賂として現金800万円を供与したこと」を要証事実とする場合は、本件ICレコーダーの録音の内容(甲が乙に対して800万円を交付し、工事の入札で便宜を図ってもらうことを依頼したこと)の真実性が求められる。よって伝聞例外を満たさなければその証拠能力は否定される。
 本件ICレコーダーは被告人である甲の供述を録取した書面に当たるので、322条1項の伝聞例外を検討する。そこでは署名もしくは押印が要求されているが、それはその証拠に記載された内容が本当に被告人の供述であるかを被告人自身に確認してもらうための規定なので、本件のように機械的正確性でもって供述が記録されていることが保証されている場合は署名や押印がなくても差し支えない。また、甲が乙に対して800万円を交付し、工事の入札で便宜を図ってもらうことを依頼したことというのは被告人甲に不利益な事実を承認するものである。そしてこの供述が秘密裏に録音されたことに問題が含まれているとしても、供述拒否権が告知され、本当のことを話してほしいと申し向けられただけで、不起訴の約束などの利益誘導はされていないので、任意でされたものでない疑いはない。以上より、322条1項の伝聞例外を満たす。
 乙知事の「私に任せておきなさい」という発言部分は、それが真実であろうがなかろうが前掲の要証事実の認定に影響を及ぼさないので、そもそも伝聞法則が適用されない。
 以上より、本件ICレコーダーは、その全てについて、伝聞法則により証拠能力が否定されることはない。
第2 自白
 強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない(319条1項)。このように規定されている根拠は、任意にされたものでない自白は虚偽である可能性がありそれを排除すべきであるということと、自白を得る過程での人権侵害を防ぐことにある。
 本件ICレコーダーに記録されている甲の供述は、乙に対して800万円を交付し工事の入札で便宜を図ってもらうことを依頼したことをその内容とするものであり、自己の贈賄罪という犯罪事実を認めるものなので、自白である。しかし、伝聞証拠のところでも記述したように、この供述が任意でされたものでない疑いはない。虚偽の自白を誘発するような状況ではなかったし(虚偽の自白をしても甲にとって何の利益もない)、自白を求める司法警察員Kの態様も甲の人権を侵害するようなものではなかった。
 以上より、本件ICレコーダーは任意にされたものでない疑いのある自白として証拠能力が否定されることはない。
第3 違法収集証拠
 違法に収集された証拠は、その違法が重大で、将来の違法を抑制する見地から相当でないとされる場合は、証拠能力が否定される(判例)。
 司法警察職員は犯罪の捜査をするが(189条2項)、強制の処分は刑事訴訟法に特別の定がある場合でなければこれをすることができない(197条1項)。強制の処分とは何らかの法益を侵害する処分を指し、対象者のプライバシーを侵害することもそれに含まれる。司法警察員Kは、「ここで君が話した内容は,供述調書にはしないし,他の警察官や検察官には教えない。ここだけの話として私の胸にしまっておく。」と甲に言い、それを信じた甲が他の人には秘密にしておきたい自らのプライバシーに関わることも供述した。にもかかわらずKはこの供述を秘密に録音し、それが公判廷での証拠の候補になっている。これは刑事訴訟法に特別の定がないのに甲のプライバシーを侵害しているという点で違法である。
 この違法は、清廉潔白が求められる司法警察職員が意図的に虚偽の約束をして供述を引き出し、それを秘密に録音して一言一句抑揚も含めてそのまま誰に対しても容易に再現できるようにしており、甲のプライバシーを大いに侵害する重大な違法であるとともに、司法警察職員を始めとした捜査機関、ひいては司法への信頼を失墜させるものであって将来の違法を抑制する見地からこれを認めることは相当でない。贈賄罪の罪の大きさや他の証拠を集める難しさを考慮しても違法であると言わざるを得ない。
 以上より、本件ICレコーダーは、違法収集証拠であるとしてその証拠能力が否定される。

 

感想

総合的な理解が問われるいい問題ですね。甲のプライバシーを侵害しているから違法だという理由で押し通しましたが、これでよいのかちょっと悩みます。

 



平成26年司法試験予備試験論文(刑法)答案練習

問題

以下の事例に基づき,甲及び乙の罪責について論じなさい(特別法違反の点を除く。)。

1 甲(28歳,男性,身長178センチメートル,体重82キログラム)は,V(68歳,男性,身長160センチメートル,体重53キログラム)が密輸入された仏像を密かに所有していることを知り,Vから,売買を装いつつ,代金を支払わずにこれを入手しようと考えた。具体的には,甲は,代金を支払う前に鑑定が必要であると言ってVから仏像の引渡しを受け,これを別の者に託して持ち去らせ,その後,自身は隙を見て逃走して代金の支払を免れようと計画した。
 甲は,偽名を使って自分の身元が明らかにならないようにして,Vとの間で代金や仏像の受渡しの日時・場所を決めるための交渉をし,その結果,仏像の代金は2000万円と決まり,某日,ホテルの一室で受渡しを行うこととなった。甲は,仏像の持ち去り役として後輩の乙を誘ったが,乙には,「ホテルで人から仏像を預かることになっているが,自分にはほかに用事があるから,仏像をホテルから持ち帰ってしばらく自宅に保管しておいてくれ。」とのみ伝えて上記計画は伝えず,乙も,上記計画を知らないまま,甲の依頼に応じることとした。
2 受渡し当日,Vは,一人で受渡し場所であるホテルの一室に行き,一方,甲も,乙を連れて同ホテルに向かい,乙を室外に待たせ,甲一人でVの待つ室内に入った。甲は,Vに対し,「金は持ってきたが,近くの喫茶店で鑑定人が待っているので,まず仏像を鑑定させてくれ。本物と確認できたら鑑定人から連絡が入るので,ここにある金を渡す。」と言い,2000万円が入っているように見せ掛けたアタッシュケースを示して仏像の引渡しを求めた。Vは,代金が準備されているのであれば,先に仏像を引き渡しても代金を受け取り損ねることはないだろうと考え,仏像を甲に引き渡した。甲は,待機していた乙を室内に招き入れ,「これを頼む。」と言って,仏像を手渡したところ,乙は,準備していた風呂敷で仏像を包み,甲からの指示どおり,これを持ってそのままホテルを出て,タクシーに乗って自宅に帰った。乙がタクシーで立ち去った後,甲は,代金を支払わないまま同室から逃走しようとしたが,Vは,その意図を見破り,同室出入口ドア前に立ちはだかって,甲の逃走を阻んだ。
3 Vは,甲が逃げないように,護身用に持ち歩いていたナイフ(刃体の長さ約15センチメートル)の刃先を甲の首元に突き付け,さらに,甲に命じてアタッシュケースを開けさせたが,中に現金はほとんど入っていなかった。Vは,甲から仏像を取り返し,又は代金を支払わせようとして,その首元にナイフを突き付けたまま,「仏像を返すか,すぐに金を準備して払え。言うことを聞かないと痛い目に合うぞ。」と言った。また,Vは,甲の身元を確認しようと考え,「お前の免許証か何かを見せろ。」と言った。
4 甲は,このままではナイフで刺される危険があり,また,Vに自動車運転免許証を見られると,身元が知られて仏像の返還や代金の支払を免れることができなくなると考えた。そこで,甲は,Vからナイフを奪い取ってVを殺害して,自分の身を守るとともに,仏像の返還や代金の支払を免れることを意図し,隙を狙ってVからナイフを奪い取り,ナイフを取り返そうとして甲につかみ掛かってきたVの腹部を,殺意をもって,ナイフで1回突き刺し,Vに重傷を負わせた。甲は,すぐに逃走したが,部屋から逃げていく甲の姿を見て不審に思ったホテルの従業員が,Vが血を流して倒れているのに気付いて119番通報をした。Vは,直ちに病院に搬送され,一命を取り留めた。
5 甲は,身を隠すため,その日のうちに国外に逃亡した。乙は,持ち帰った仏像を自宅に保管したまま,甲からの指示を待った。その後,乙は,甲から電話で,上記一連の事情を全て打ち明けられ,引き続き仏像の保管を依頼された。乙は,先輩である甲からの依頼であるのでやむを得ないと思い,そのまま仏像の保管を続けた。しかし,乙は,その電話から2週間後,金に困っていたことから,甲に無断で仏像を500万円で第三者に売却し,その代金を自己の用途に費消した。

 

練習答案(実際の試験での再現答案)

(F評価)

以下刑法についてはその条数のみを示す。

[甲の罪責]

1.詐欺罪(第246条第1項)
 甲は2000万円が入っているように見せ掛けたアタッシュケースを示しつつ仏像の鑑定をすると言ってVを欺き、その結果Vは錯誤に陥って本件仏像を甲に交付したので、詐欺罪(第246条第1項)の構成要件を満たす。Vは本件仏像の所有権を甲に移すまでの意思はなかったが、その占有を移す意思はあったので、交付したと言える。違法性阻却事由や責任能力に欠けるという事情はない。

2.強盗罪(第236条第2項)及び強盗致死傷罪(第240条)
 甲は仏像の返還や代金の支払を免れることを意図して、Vからナイフを奪い取り、それでVの腹部を突き刺して重傷を負わせた。これは反抗を抑圧するのに十分な暴行である。それにより仏像の返還又は代金の支払を免れるという財産上不法の利益を甲は得たので、強盗罪(第236条第2項)の構成要件を満たす。同時にVを負傷させているので、強盗致傷罪(第240条)の構成要件も満たす。
 しかしながら、甲に正当防衛(第36条第1項)が成立する余地がある。甲はVからナイフを首元に突き付けられたために、自分を守ろうとしてVからナイフを奪い取り、Vの腹部を突き刺した。Vは仏像の返還又は2000万円の支払を求めてナイフを甲に突き付けたのであるが、財産のために身体・生命を危険にさらしているので、不正の侵害である。甲はこのような事態を予測していなかったので急迫でもある。そして甲は自らの身体・生命という権利を防衛するためにやむを得ずナイフで刺した。周囲に人がいなかったので助けを求めることは困難であった。強盗の意図が併存していても正当防衛の成立を妨げない。ただし、これは防衛の程度を超えた行為である(第36条第2項)。例えばVの足を刺して動けなくするということでも防衛することはできた。よって過剰防衛なので、情状により、その刑を減刑し、又は免除することができる。責任能力の疑問を抱かせる事情はない。

 以上より、甲には詐欺罪と強盗罪・強盗致傷罪が成立する。しかしここで詐欺罪が保護しようとしている法益と強盗罪が保護しようとしている法益は、仏像又は2000万円の支払という同一のものであるので、詐欺罪は強盗罪に吸収される。同様に強盗罪は強盗致傷罪に吸収される。そしてそれが過剰防衛により任意的に刑の減免を受ける。

[乙の罪責]

1.盗品等保管罪(第256条第2項)
 乙は甲の財産に対する罪に当たる行為によって領得された仏像を受け取って運搬している。しかしこの時点で乙は本件仏像が財産に対する罪に当たる行為によって領得されたもの(以下盗品等とする)に当たるとは認識しておらず、故意がなかった。その後も甲から電話で一連の事情を全て打ち明けられるまでは本件仏像が盗品等であることを知らなかった。ただ、それからは盗品等であることを知りつつ仏像を保管している。これだけでも十分に財産に対する罪を助長しているので、盗品等保管罪の構成要件を満たす。先輩だからという理由だけは違法性が阻却されない。責任能力にも問題ない。

2.横領罪(第252条第1項)
 乙は、甲に無断で、仏像を500万円で第三者に売却し、その代金を自己の用途に費消した。自己の占有する他人の物を横領したことになるので単純横領罪(第252条第1項)の構成要件を満たす。本件仏像は甲が財産に対する罪に当たる行為によってVから得たものであるが、それでも一応は甲が占有していた物なので、横領になる。1と同様、違法性阻却事由や責任能力は問題とならない。

3.証拠隠滅罪(第104条)
 本件仏像は、甲という他人の刑事事件に関する証拠であり、乙はそれを第三者に売却することで隠滅しているので、証拠隠滅罪(第104条)の構成要件を満たす。

 以上より、乙には盗品等保管罪、横領罪、証拠隠滅罪が成立し、それらは併合罪になる。甲との共犯は問題にならない。

以上

 

 

修正答案

以下刑法についてはその条数のみを示す。

 

第1 甲の罪責
1.詐欺罪(246条1項)
 本件仏像は密輸入されたものであるが、そのことから直ちに所有者・占有者の権利が否定されるというわけではないので、詐欺罪で保護される客体に当たる。
 甲は本件仏像の代金として2000万円を支払う意思はないのにVに対してそれがあるように見せかけたので、Vを欺いている。そしてVは代金の支払があるものと誤信して本件仏像を甲に交付した。この時点で本件仏像の占有が甲に移転し、詐欺罪(246条1項)は既遂に達する。
2.強盗殺人未遂罪(240条、243条)
 Vは甲に対して本件仏像の代金の支払又は仏像の返還を求める権利を有している。甲はVから奪い取ったナイフをVの腹部に突き刺すことでVの反抗を抑圧し、前述のVの甲に対する権利を行使できないようにさせて、財産上不法の利益を得た。よってこの時点で少くとも強盗罪(236条2項)の構成要件を満たす。さらに、甲はVを殺害しようとして上記の行為をしたが、V死亡という結果は発生しなかったので、強盗殺人罪(240条)の未遂(243条)の構成要件を満たす。強盗殺人罪の既遂・未遂は、同罪が主として保護している生命侵害の既遂・未遂を基準として判断するのが適切である。
 甲は自分の身を守るために上記の行為をしたので、正当防衛(36条1項)の成立が問題となる。Vが突然刃体の長さ約15センチメートルのナイフを甲の首元に突き付けて言うことを聞かなければ痛い目を見るぞと言ったことは、急迫不正の侵害である。Vとしては代金か仏像のどちらかを取り返そうとしてそのような行為に及んだのであるが、財産的損害に対して生命侵害の危険を作り出しているので、不正の侵害であると言える。甲は自らの生命・身体を守るためにナイフを奪い取ってVの腹部を刺したので、自己の権利を防衛するためであったと言える。強盗の意図が併存していても正当防衛の成立を妨げない。しかし体格で勝る甲が自らの生命・身体を守るためにはVからナイフを取り上げるだけで十分であり、腹部を刺すことはやむを得ずした行為であるとは言えない。よって甲には正当防衛(36条1項)は成立せず、過剰防衛(36条2項)が成立するにとどまる。
 以上より、甲には強盗殺人未遂罪が成立する。
3.結論
 甲には詐欺罪と強盗殺人未遂罪が成立するが、これらは同じ本件仏像またはその代金という財物に対する罪なので、より重い強盗殺人未遂罪だけを評価すれば足りる(詐欺罪は吸収される)。そしてその刑は過剰防衛により任意的減免の余地がある。
第2 乙の罪責
1.詐欺罪(246条1項)及び強盗殺人罪(240条)
 乙が上で検討した甲の詐欺罪及び強盗殺人未遂罪の共犯となることはない。乙には甲との共謀も幇助の故意も見られないからである。
2.盗品等保管罪(256条2項)
 本件仏像は甲の詐欺罪によって領得されたものである。乙はそれを保管したので盗品等保管罪(256条2項)が成立する。乙は甲から一連の事情を電話で打ち明けられるまでは本件仏像が詐欺罪によって領得されたものだと知らなかったので故意がなかったが、その事情を知ってからは故意に仏像を保管し続けたのである。盗品等保管罪は継続犯であり仏像という財物への侵害は続いているので(事情を知ってから警察に届けるなどして財物の返還を容易にすることはできるので)、事情を知ってから保管を始めた場合と、保管を始めてから事情を知った場合とを区別して後者を不可罰とする理由はない。
3.横領罪(252条1項)
 本件仏像は、甲に所有権が帰属するかはともかく、甲が占有したものであって、乙はその保管を甲から委託された。その仏像を甲に無断で売却して不法に領得したので、乙には横領罪(252条1項)が成立する。
4.結論
 以上より、乙には盗品等保管罪と横領罪が成立し、これらは併合罪(45条)になる。

 

再修正答案

【2015年6月5日追記。通りすがり様のコメントを受けて再修正してみました。】

以下刑法についてはその条数のみを示す。

第1 甲の罪責
1.詐欺罪(246条1項)
 詐欺罪(246条1項)の構成要件は「人を欺いて財物を交付させた」ことである。財産に対する罪の特性として、「不法領得の意思」と「財産的損害」も書かれざる構成要件となる。
 本件仏像は密輸入されたものであるが、そのことから直ちに所有者・占有者の権利が否定されるというわけではないので、詐欺罪で保護される財物に当たる。甲はその仏像の引き渡しを、2000万円が入っているように見せ掛けたアタッシュケースを示しながら求めた。これにより、Vは代金が準備されているのであれば先に仏像を引き渡しても代金を受け取り損ねることはないだろうと誤信し、本件仏像を甲に交付した。甲はその仏像を自己が支配し利用または処分するつもりであったので、不法領得の意思に欠けるところはない。Vは仏像の代金債権を獲得するとはいえ、その回収は非常な困難が予想されるので、財産的損害が発生していると言える。以上より、甲はVを欺いて仏像という財物を交付させたことになるので、この時点で詐欺罪は既遂に達する。
2.強盗殺人未遂罪(240条、243条)
 強盗殺人罪(240条)の構成要件は「強盗が殺意をもって人を死亡させた」ことである。同罪は未遂も罰する(243条)が、その既遂・未遂は、同罪が主として保護している生命侵害の既遂・未遂を基準として判断するのが適切である。
 「暴行又は脅迫を用いて、財産上不法の利益を得」た者は強盗である(236条2項)。Vは甲に対して本件仏像の代金の支払又は仏像の返還を求める権利を有している。甲は、Vから奪い取ったナイフをVの腹部に1回突き刺すことで重傷を負わせ、自分はすぐに逃走した。甲はこのようにしてVの反抗を抑圧し、前述のVの甲に対する権利を行使できないようにさせて、財産上不法の利益を得た。よってこの時点で少くとも強盗罪(236条2項)の構成要件を満たし、強盗となる。甲はVを殺害しようとして上記の行為をしたが、Vは死亡しなかた。以上より甲には強盗殺人未遂罪が成立する。
 甲は自分の身を守るために上記の行為をしたので、「急迫不正の侵害に対して、自己の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為」である正当防衛(36条1項)の成立が問題となる。Vが突然刃体の長さ約15センチメートルのナイフを甲の首元に突き付けて言うことを聞かなければ痛い目を見るぞと言ったことは、急迫不正の侵害である。Vとしては代金か仏像のどちらかを取り返そうとしてそのような行為に及んだのであるが、財産的損害に対して生命侵害の危険を作り出しているので、不正の侵害であると言える。甲は自らの生命・身体を守るためにナイフを奪い取ってVの腹部を刺したので、自己の権利を防衛するためであったと言える。強盗の意図が併存していても正当防衛の成立を妨げない。しかし体格で勝る甲が自らの生命・身体を守るためにはVからナイフを取り上げるだけで十分であり、腹部を刺すことはやむを得ずした行為であるとは言えない。よって甲には正当防衛(36条1項)は成立せず、過剰防衛(36条2項)が成立するにとどまる。
 以上より、甲には強盗殺人未遂罪が成立する。
3.結論
 甲には詐欺罪と強盗殺人未遂罪が成立するが、これらは同じ本件仏像またはその代金という財物に対する罪なので、より重い強盗殺人未遂罪だけを評価すれば足りる(詐欺罪は吸収される)。そしてその刑は過剰防衛により任意的減免の余地がある。
第2 乙の罪責
1.詐欺罪(246条1項)及び強盗殺人罪(240条)
 乙が上で検討した甲の詐欺罪及び強盗殺人未遂罪の共犯となることはない。乙には甲との共謀も幇助の故意も見られないからである。
2.盗品等保管罪(256条2項)
 盗品等保管罪(256条2項)の構成要件は「盗品その他財産に対する罪に当たる行為によって領得された物を保管した」ことである。
 本件仏像は甲の詐欺罪によって領得されたものであり、乙はそれを保管したので盗品等保管罪が成立する。乙は甲から一連の事情を電話で打ち明けられるまでは本件仏像が詐欺罪によって領得されたものだと知らなかったので故意がなかったが、その事情を知ってからは故意に仏像を保管し続けたのである。盗品等保管罪は継続犯であり仏像という財物への侵害は続いているので(事情を知ってから警察に届けるなどして財物の返還を容易にすることはできるので)、事情を知ってから保管を始めた場合と、保管を始めてから事情を知った場合とを区別して後者を不可罰とする理由はない。
3.横領罪(252条1項)
 横領罪(252条1項)の構成要件は「自己の占有する他人の物を横領した」ことである。
 本件仏像は、甲に所有権が帰属するかはともかく、甲が占有したものであって、乙は甲から委託されてそれを保管しているので、自己の占有する他人の物に該当する。その仏像を甲に無断で売却して不法に領得したので、横領したと言える。以上より、乙には横領罪が成立する。
4.結論
 以上より、乙には盗品等保管罪と横領罪が成立し、これらは併合罪(45条)になる。

 

感想

本番での答案でもそれなりにがんばっていたのにF評価というのがショックでした。詐欺罪の交付と強盗殺人未遂罪の罪名を出せなかったのが致命的だったのでしょうか。

 



平成26年司法試験予備試験論文(行政法)答案練習

問題

 A県は,漁港漁場整備法(以下「法」という。)に基づき,漁港管理者としてB漁港を管理している。B漁港の一部には公共空地(以下「本件公共空地」という。)があり,Cは,A県の執行機関であるA県知事から,本件公共空地の一部(以下「本件敷地」という。)につき,1981年8月1日から2014年7月31日までの期間,3年ごとに法第39条第1項による占用許可(以下「占用許可」とは,同法による占用許可をいう。)を受けてきた。そして,1982年に本件敷地に建物を建築し,現在に至るまでその建物で飲食店を経営している。同飲食店は,本件公共空地の近くにあった魚市場の関係者によって利用されていたが,同魚市場は徐々に縮小され,2012年には廃止されて,関係施設も含め完全に撤去されるに至った。現在Cは,観光客などの一般利用者をターゲットとして飲食店の営業を継続し,2013年には,客層の変化に対応するために店内の内装工事を行っている。他方,A県知事は,魚市場の廃止に伴って,観光客を誘引するために,B漁港その他の県内漁港からの水産物の直売所を本件敷地を含む土地に建設する事業(以下「本件事業」という。)の構想を,2014年の初めに取りまとめた。なお,本件事業は,法第1条にいう漁港漁場整備事業にも,法第39条第2項にいう特定漁港漁場整備事業にも,該当するものではない。
 Cは,これまで受けてきた占用許可に引き続き,2014年8月1日からも占用許可を受けるために,本件敷地の占用許可の申請をした。しかし,A県知事は,Cに対する占用許可が本件事業の妨げになることに鑑みて,2014年7月10日付けで占用不許可処分(以下「本件不許可処分」という。)をした。Cは,「Cは長期間継続して占用許可を受けてきたので,本件不許可処分は占用許可を撤回する処分と理解すべきである。」という法律論を主張している。A県側は,「法第39条第1項による占用許可をするか否かについて,同条第2項に従って判断すべき場合は,法第1条の定める法の目的を促進する占用に限定されると解釈すべきである。Cによる本件敷地の占用は,法第1条の定める法の目的を促進するものではないので,Cに対し本件敷地の占用許可をするかどうかについては,その実質に照らし,地方自治法第238条の4第7項が行政財産の使用許可について定める基準に従って判断するべきである。」という法律論を主張している。なお,B漁港は,A県の行政財産である。
 A県の職員から,Cがなぜ上記のような法律論を主張しているのか,及び,A県側の法律論は認められるかについて,質問を受けた弁護士Dの立場に立って,以下の設問に解答しなさい。なお,法の抜粋を資料として掲げるので,適宜参照しなさい。

〔設問1〕
 本件不許可処分を,占用許可申請を拒否する処分と理解する法律論と,占用許可の撤回処分と理解する法律論とを比べると,後者の法律論は,Cにとってどのような利点があるために,Cが主張していると考えられるか。行政手続法及び行政事件訴訟法の規定も考慮して答えなさい。

〔設問2〕
(1) Cによる本件敷地の占用を許可するか否かについて,法第39条第2項に従って判断する法律論と,A県側が主張するように,地方自治法第238条の4第7項の定める基準に従って判断する法律論とを比べると,後者の法律論は,A県側にとってどのような利点があるか。両方の規定の文言及び趣旨を比較して答えなさい。
(2) 本件において,A県側の上記の法律論は認められるか,検討しなさい。

【資料】漁港漁場整備法(昭和25年法律第137号)(抜粋)

(目的)
第1条 この法律は,水産業の健全な発展及びこれによる水産物の供給の安定を図るため,環境との調和に配慮しつつ,漁港漁場整備事業を総合的かつ計画的に推進し,及び漁港の維持管理を適正にし,もつて国民生活の安定及び国民経済の発展に寄与し,あわせて豊かで住みよい漁村の振興に資することを目的とする。
(漁港の保全)
第39条 漁港の区域内の水域又は公共空地において,(中略)土地の一部の占用(中略)をしようとする者は,漁港管理者の許可を受けなければならない。(以下略)
2 漁港管理者は,前項の許可の申請に係る行為が特定漁港漁場整備事業の施行又は漁港の利用を著しく阻害し,その他漁港の保全に著しく支障を与えるものでない限り,同項の許可をしなければならない。
3~8 (略)

 

練習答案(実際の試験での再現答案)

(F評価)

[設問1]

1.占用許可申請を拒否する処分と理解する法律論
 この法律論では、行政手続法第2条で定義されるところの、「申請」を拒否する「処分」と解される。Cが本件敷地を継続利用するためには、その処分の取消しの訴え(行政事件訴訟法第3条第2項)だけでは足りず、申請許可処分の義務付けの訴え(行政事件訴訟法第3条第6項)も提起しなければならない。そしてこの義務付けの訴えは申請型(行政事件訴訟法第3条第6項第2号)なので、取消訴訟と併合提起しなければならない(行政事件訴訟法第37条の3第3項第2号)。

2.占用許可の撤回処分と理解する法律論
 この法律論では、行政手続法第2条で定義される「不利益処分」に該当する。占用許可という権利について、Cを名あて人としてその権利を制限しているからである。そうなると本件敷地を継続利用するというCの目的からは、その不利益処分の取消しの訴え(行政事件訴訟法第3条第2項)を提起することになる。

 以上より、義務付け訴訟を提起せずに取消訴訟だけで足りるという点で、後者の法律論はCにとって利点がある。また、Cの目的を素早く満たすためには、前者では仮の義務付けが必要になるのに対し、後者では執行停止でよい。そして占用許可申請を拒否する理由と占用許可の撤回処分をする理由とでは、後者のほうがせまいので、その点でもCにとって利点がある。

[設問2]

(1)
 端的に言うと、法第39条第2項に従って判断する法律論は原則許可例外拒否であり、地方自治法第238条の4第7項の定める基準に従って判断する法律論は原則拒否例外許可である。前者では拒否する理由をA県側が立証しなければならないのに対し、後者では立証しなくてよい。それぞれの文言からそのように解釈できる。そしてそれは水産業の発展などを目的とした漁港漁場整備法の趣旨と、地方公共団体の大綱的な規定という地方自治法の趣旨の違いに由来している。

(2)
 本件において、A県側の上記の法律論は認められないと私は考える。
 というのも、漁港漁場整備法と地方自治法は特別法と一般法の関係にあり、特別法が優先されるからである。漁港漁場整備法の趣旨からしてもそうである。
 また仮に地方自治法の基準に従って判断する法律論に立つとしても、必ずしもA県側の主張が認められるとは限らない。本件では30年以上にも渡ってCは本件敷地を利用してきたのであり、その間に建物を建築したり、店内の内装工事を行ったりしている。少なくとも2013年に行われた内装工事の費用を回収できるまでは、Cが本件敷地を継続利用できるべきであると私は考える。

以上

 

 

修正答案

[設問1]
第1 処分が適法とされる条件
 占用許可申請を拒否する処分と理解する法律論(以下「法律論①」とする)では、申請を拒否する要件が備わっていればその処分が適法とされるが、占用許可の撤回処分と理解する法律論(以下「法律論②」とする)では、相手方(C)の信頼保護も考慮しなければならないので、一般的に、申請を拒否するための要件よりも厳しい要件が課される。処分が適法とされる条件が厳しくなるという点でCに利点がある。
第2 聴聞の必要性(行政手続法(以下「行手法」とする)13条1項1号イ)
 法律論②では不利益処分になる(行手法2条4号柱書)ので聴聞の手続が必要となる(行手法13条1項1号イ)が、法律論①では不利益処分にならない(行手法2条4号ロ)ので聴聞の必要はない。聴聞で処分を覆す機会が与えられるという点でCに利点がある。
第3 訴訟類型
 Cが本件敷地での飲食店経営を続けるためには、法律論①では処分の取消しの訴え(行政事件訴訟法(以下「行訴法」とする)3条2項)と申請型の義務付けの訴え(行訴法3条6項2号)とを併合提起しなければならないのに対し、法律論②では処分の取消しの訴え(行訴法3条2項)のみで足りる。義務付けの訴えは、一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあり、かつ、その損害を避けるため他に適当な方法がないときに限り、提起することができる(行訴法37条の2第1項)とされている点で訴訟要件が取消しの訴えよりも厳しいので、それを避けられるという点でCに利点がある。
 また、Cが迅速に救済を得るためには仮の救済も検討すべきである。法律論①では仮の義務付け(行訴法37条の5第1項)であり、法律論②では執行停止(行訴法25条2項)である。これらを申し立てるために必要とされる、避けようとする損害が、前者では「償うことのできない損害」であるのに対し、後者では「重大な損害」であって、比較的軽くても済むという点でCに利点がある。Cが飲食店の経営をすることができずに経済的な損害を被ることが予想される場合では、事後的に金銭賠償をすることができるので償うことのできない損害であるとは言えないが、重大な損害であるとは言えると判断される可能性がある。さらに、前者では本案について理由があると見えることをCが主張しなければならない(行訴法37条の5第1項、積極要件)のに対し、後者では主張しなくてもよい(行訴法25条4項、消極要件)という点でもCに利点がある。

 

[設問2]
(1)
 法第39条第2項に従って判断する法律論(以下「法律論③」とする)では、Cによる占有が「特定漁港漁場整備事業の施行又は漁港の利用を著しく阻害し、その他漁港の保全に著しく支障を与えるものでない限り、許可をしなければならない」という文言に従って、そこに規定された阻害や支障がない限りA県が許可をしなければならないのに対し、地方自治法第238条の4第7項の定める基準に従って判断する法律論(以下「法律論④」とする)では、「行政財産は、その用途又は目的を妨げない限度においてその使用を許可することができる」という文言からしてA県は許可をしなくてもよい。このように法律論④は許可をしないという裁量が与えられるという点でA県に利点がある。
 一般的には、行政財産の目的外使用を認めるかどうかには行政庁の裁量が認められるので、法律論④はそのことを述べた一般的な規定である。漁港の区域内の水域又は公共空地について特別に、水産業の健全な発展や漁村の振興などという目的のために行政財産であっても有効に活用してもらおうという趣旨で、法律論③が依拠するような行政庁の裁量を制限し原則許可をするという規定になっているのである。
(2)
 上で述べたように、法律論④が原則(一般法)で、法律論③が特別の規定(特別法)である。よってその特別の規定を当てはめるべき場合は法律論③を、そうでない場合は法律論④に則るべきである。
 法律論③の依拠する法の趣旨は、上でも述べたように、水産業の健全な発展や漁村の振興などを図ることである。本件敷地上のCが経営する飲食店は、1982年の建築時は魚市場の関係者が利用するなど水産業の健全な発展に寄与していたが、魚市場の縮小に伴いその寄与も小さくなっていき、ついには2012年の魚市場の廃止で一般客をターゲットにすることが明確になった。こうした経過があった2014年現在では、本件敷地が形式的に漁港内にあるとは言えても、実質的に水産業の発展や漁村の振興などに奉仕しているという事情は見られないので、法律論③が依拠する法が適用されるべきではない。よって一般原則の法律論④に拠るべきなので、A県側の主張が認められる。

以上

 

感想

[設問1]はきちんと条文を示して触れるべき点に触れるのがポイントでしょう。[設問2]はどう記述してよいか悩みますが、本文中の事情を拾って当てはめることが期待されているのでしょう。[設問2]ではA県側の主張が認められるが、[設問1]では占用許可の撤回処分と理解する法律論に立って、Cの信頼、特にリニューアルの内装工事をしている点などを考慮すべきだというのが私の意見です。




top