浅野直樹の学習日記

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2014 / 10月

平成26年司法試験予備試験成績通知(論文)

平成26年司法試験予備試験論文の成績通知を公開します。ひどい結果ですが、しっかり反省して次につなげます。

 

論文成績1

 

 

試験科目 順位ランク
憲法 F
行政法 F
民法 A
商法 E
民事訴訟法 E
刑法 F
刑事訴訟法 F
一般教養科目 D
法律実務基礎科目 F
合計点 112.18
順位 1,810

 

 

全体的に知識と練習が不足している自覚はありましたが、ここまでひどいとは思っていませんでした。せめてもの救いは民法です。ポジティブに考えると、自分のわかっていることなら合格するような答案を作れるのではないかと推測できます。一般教養科目は自信があっただけに納得できません。出題の趣旨のポイントを外していたのでしょう。

 



平成24年司法試験論文刑事系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100)
 以下の事例に基づき,甲及び乙の罪責について,具体的な事実を摘示しつつ論じなさい(特別法違反の点を除く。)。
1 A合同会社(以下「A社」という。)は,社員甲,社員B及び社員Cの3名で構成されており,同社の定款において,代表社員は甲と定められていた。

2 甲は,自己の海外での賭博費用で生じた多額の借入金の返済に窮していたため,知人であるDから個人で1億円を借り受けて返済資金に充てようと考え,Dに対し,「借金の返済に充てたいので,私に1億円を融資してくれないか。」と申し入れた。
 Dは,相応の担保の提供があれば,損をすることはないだろうと考え,甲に対し,「1億円に見合った担保を提供してくれるのであれば,融資に応じてもいい。」と答えた。

3 甲は,A社が所有し,甲が代表社員として管理を行っている東京都南区川野山○-○-○所在の土地一筆(時価1億円相当。以下「本件土地」という。)に第一順位の抵当権を設定することにより,Dに対する担保の提供を行おうと考えた。
 なお,A社では,同社の所有する不動産の処分・管理権は,代表社員が有していた。また,会社法第595条第1項各号に定められた利益相反取引の承認手続については,定款で,全社員が出席する社員総会を開催した上,同総会において,利益相反取引を行おうとする社員を除く全社員がこれを承認することが必要であり,同総会により利益相反取引の承認が行われた場合には,社員の互選により選任された社員総会議事録作成者が,その旨記載した社員総会議事録を作成の上,これに署名押印することが必要である旨定められていた。

4 その後,甲は,A社社員総会を開催せず,社員B及び社員Cの承認を得ないまま,Dに対し,1億円の融資の担保として本件土地に第一順位の抵当権を設定する旨申し入れ,Dもこれを承諾したので,甲とDとの間で,甲がDから金1億円を借り入れることを内容とする消費貸借契約,及び,甲の同債務を担保するためにA社が本件土地に第一順位の抵当権を設定することを内容とする抵当権設定契約が締結された。
 その際,甲は,別紙の「社員総会議事録」を,その他の抵当権設定登記手続に必要な書類と共にDに交付した。この「社員総会議事録」は,実際には,平成××年××月××日,A社では社員総会は開催されておらず,社員総会において社員B及び社員Cが本件土地に対する抵当権設定について承認を行っていなかったにもかかわらず,甲が議事録作成者欄に「代表社員甲」と署名し,甲の印を押捺するなどして作成したものであった。
 Dは,これらの必要書類を用いて,前記抵当権設定契約に基づき,本件土地に対する第一順位の抵当権設定登記を行うとともに,甲に現金1億円を交付した。
 なお,その際,Dは,会社法及びA社の定款で定める利益相反取引の承認手続が適正に行われ,抵当権設定契約が有効に成立していると信じており,そのように信じたことについて過失もなかった。
 甲は,Dから借り入れた現金1億円を,全て自己の海外での賭博費用で生じた借入金の返済に充てた。

5 本件土地に対する第一順位の抵当権設定登記及び1億円の融資から1か月後,甲は,A社所有不動産に抵当権が設定されていることが取引先に分かれば,A社の信用が失われるかもしれないと考えるようになり,Dに対し,「会社の土地に抵当権が設定されていることが取引先に分かると恥ずかしいので,抵当権設定登記を抹消してくれないか。登記を抹消しても,土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりしないし,抵当権設定登記が今後必要になればいつでも協力するから。」などと申し入れた。Dは,抵当権設定登記を抹消しても抵当権自体が消滅するわけではないし,約束をしている以上,甲が本件土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりすることはなく,もし登記が必要になれば再び抵当権設定登記に協力してくれるだろうと考え,甲の求めに応じて本件土地に対する第一順位の抵当権設定登記を抹消する手続をした。
 なお,この時点において,甲には,本件土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりするつもりは全くなかった。

6 本件土地に対する第一順位の抵当権設定登記の抹消から半年後,甲は,知人である乙から,「本件土地をA社からEに売却するつもりはないか。」との申入れを受けた。
 乙は,Eから,「本件土地をA社から購入したい。本件土地を購入できれば乙に仲介手数料を支払うから,A社と話を付けてくれないか。」と依頼されていたため,A社代表社員である甲に本件土地の売却を持ち掛けたものであった。
 しかし,甲は,Dとの間で,本件土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりしないと約束していたことから,乙の申入れを断った。

7 更に半年後,甲は,再び自己の海外での賭博費用で生じた多額の借入金の返済に窮するようになり,その中でも暴力団関係者からの5000万円の借入れについて,厳しい取立てを受けるようになったことから,その返済資金に充てるため,乙に対し,「暴力団関係者から借金をして厳しい取立てを受けている。その返済に充てたいので5000万円を私に融資してほしい。」などと申し入れた。
 乙は,甲の借金の原因が賭博であり,暴力団関係者以外からも多額の負債を抱えていることを知っていたため,甲に融資を行っても返済を受けられなくなる可能性が高いと考え,甲による融資の申入れを断ったが,甲が金に困っている状態を利用して本件土地をEに売却させようと考え,甲に対し,「そんなに金に困っているんだったら,以前話した本件土地をA社からEに売却する件を,前向きに考えてみてくれないか。」と申し入れた。
 甲は,乙からの申入れに対し,「実は,既に,金に困ってDから私個人名義で1億円を借り入れて,その担保として会社に無断で本件土地に抵当権を設定したんだ。その後で抵当権設定登記だけはDに頼んで抹消してもらったんだけど,その時に,Dと本件土地を売ったり他の抵当権を設定したりしないと約束しちゃったんだ。だから売るわけにはいかないんだよ。」などと事情を説明した。
 乙は,甲の説明を聞き,甲に対し,「会社に無断で抵当権を設定しているんだったら,会社に無断で売却したって一緒だよ。Dの抵当権だって,登記なしで放っておくDが悪いんだ。本件土地をEに売却すれば,1億円にはなるよ。僕への仲介手数料は1000万円でいいから。君の手元には9000万円も残るじゃないか。それだけあれば暴力団関係者に対する返済だってできるだろ。」などと言って甲を説得した。
 甲は,乙の説得を受け,本件土地を売却して得た金員で暴力団関係者への返済を行えば,暴力団関係者からの取立てを免れることができると考え,本件土地をEに売却することを決意した。

8 数日後,甲は,A社社員B,同社員C及びDに無断で,本件土地をEに売却するために必要な書類を,乙を介してEに交付するなどして,A社が本件土地をEに代金1億円で売却する旨の売買契約を締結し,Eへの所有権移転登記手続を完了した。甲は,乙を介して,Eから売買代金1億円を受領した。
 なお,その際,Eは,甲が本件土地を売却して得た金員を自己の用途に充てる目的であることは知らず,A社との正規の取引であると信じており,そのように信じたことについて過失もなかった。
 甲は,Eから受領した1億円から,乙に約束どおり1000万円を支払ったほか,5000万円を暴力団関係者への返済に充て,残余の4000万円については,海外での賭博に費消した。
 乙は,甲から1000万円を受領したほか,Eから仲介手数料として300万円を受領した。

 
【別 紙】
社員総会議事録
1 開催日時
平成××年××月××日
2 開催場所
A合同会社本社特別会議室
3 社員総数
3名
4 出席社員
代表社員 甲
社員 B
社員 C
 社員Bは,互選によって議長となり,社員全員の出席を得て,社員総会の開会を宣言するとともに下記議案の議事に入った。
なお,本社員総会の議事録作成者については,出席社員の互選により,代表社員甲が選任された。

議案 当社所有不動産に対する抵当権設定について議長から,代表社員甲がDに対して負担する1億円の債務について,これを被担保債権とする第一順位の抵当権を当社所有の東京都南区川野山○-○-○所在の土地一筆に設定したい旨の説明があり,これを議場に諮ったところ,全員異議なくこれを承認した。
 なお,代表社員甲は,特別利害関係人のため,決議に参加しなかった。
 以上をもって議事を終了したので,議長は閉会を宣言した。
 以上の決議を証するため,この議事録を作成し,議事録作成者が署名押印する。
平成××年××月××日
議事録作成者 代表社員甲 印

 

練習答案

以下刑法についてはその条数のみを示す。

 

[甲の罪責]
 1.有印私文書偽造(159条1項)の成立
 本文中の事実4に書かれているように、甲は、社員総会が開催されておらず、社員総会において社員B及び社員Cが本件土地に対する抵当権設定について承認を行っていなかったにもかかわらず、議事録作成者欄に「代表社員甲」と署名し甲の印を押捺して、別紙の「社員総会議事録」を作成した。「社員総会議事録」はそこに記載された内容の社員総会が開催されたという事実証明に関する文書である。そして甲はこれをDに示すという行使の目的で作成した。甲はそこに自分の実際の名前と肩書きを署名し、自分の印を押捺しているが、本件の事情下では他人の印章若しくは署名を使用していることになる。というのも、その議事録作成者欄に期待されるのは社員の互選により選任された者であるところ、甲はそのようにして選任されてはいなかったからである。言い換えると、「社員の互選により選任された代表社員甲」と「社員の互選により選任されていない代表社員甲」とは別人格であるということである。私文書偽造等罪は、文書作成者の人格の同一性を偽り責任追及を困難にさせる場合を規制していると考えられるので、このように解釈するのが適当である。
 以上より甲には有印私文書偽造罪(159条1項)が成立する。161条の偽造私文書等行使罪は偽造等を自らは行っていないが行使はした者を罰するための規程なので、甲に重ねてこれが成立することはない。また、本件で作出された登記は真正なものなので、公正証書原本不実記載罪(157条1項)が成立する余地はない。
 2.業務上横領罪(253条)の成立
 本文の事実4に書かれているように、甲は、A社所有の本件土地に抵当権を設定する契約を結び、その登記も行った。また、事実8に書かれているように、甲は本件土地を売却する契約を結び、所有権移転登記も完了させた。
 本件土地はA社所有のものなので、甲にとっては他人の物である。A社の所有する不動産の処分・管理権は代表社員が有していたので、甲にとって本件土地の処分・管理を行うことは業務である。本件土地に対しては甲が支配権を有していたので甲が占有していたと言える。
 本件土地に抵当権を設定する行為は、本件土地の交換価値を大きく減じるものであり、横領に当たる。遅くとも抵当権設定登記を行った時点で、業務上横領罪(253条)は既遂に達する。よってその後にこの抵当権の登記を抹消したとしても、43条の未遂減免の余地はない。
 その後の本件土地の売却についても横領が成立するのか、それとも二重に横領が成立することはないのかが問題となり得る。後者の論拠は一度横領したものを重ねて横領することは不可能であるということだろうが、本件のように抵当権を設定してから売却する場合には段階的に対象物が減損しているので、二重に横領することも可能である。
 以上より、甲には本件土地に対する抵当権設定と売却について合わせて2つの業務上横領罪が成立する。
 3.詐欺罪(246条1項)の成立
 本文中の事実4にあるように、甲はDに対し、別紙の「社員総会議事録」を交付し、その結果甲とDとの間で抵当権設定契約が締結され、実際に甲には現金1億円がDから交付された。
 甲はDに対し、「社員総会議事録」を交付することで、会社法及びA社定款で定める利益相反取引の承認手続が適正に行われたと欺いている。そしてその結果、Dに1億円という財物を交付させた。上記承認手続が適正に行われていないとDが知っていたら1億円を交付しなかったであろう。Dは元々事実2にあるように1億円に見合った担保を求めていたのであり、承認手続が適正に行われておらずいつ無効になったり取消されたりするかもわからない担保には満足しなかったと推測されるからである。
 事実5にある抵当権設定登記の抹消については、この時点において甲には本件土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりするつもりは全くなかったので、故意に欠け詐欺罪は成立しない。
 事実8にあるEへの本件土地の売却については、Dへの本件土地の抵当権設定と同様である。
 以上より甲にはDを欺いて1億円を交付させたことと、Eを欺いて1億円を交付させたことの2つの詐欺罪(246条1項)が成立する。
 4.結論
 甲には有印私文書偽造罪(159条1項)、2つの業務上横領罪(253条)、2つの詐欺罪(246条1項)が成立する。なお、暴力団関係者から厳しい取り立てを受けていたという事情はこれらの罪の違法性や責任能力に影響しない。そうした取り立てには警察に相談して対処すべきであり、甲は心神喪失や心神耗弱には至っていなかったからである。上記の罪はすべて併合罪の関係に立つ。
[乙の罪責]
 本件土地の売却に関して、甲に業務上横領罪とEに対する詐欺罪が成立することは上で確認した。乙はこの両罪について甲と共同正犯(60条)になる。
 Eに対する詐欺罪について乙が甲の共同正犯になることは明らかである。この売却を仲介し、さらにはその分け前ももらっているからである。
 業務上横領については乙が実行行為には全く関わっていない。しかし乙は売却に反対する甲を執ように説得し、売却代金の使途についても甲に指示をしている。これは教唆(61条)にとどまらず、共謀による共同正犯に当たる。共同正犯をすべて正犯として罰するのは、共同することで犯罪の実現が容易になることを考慮してのことである。乙は計画を立てたり心理的に励ましたりして甲の横領の成立を容易にしている。
 以上より乙には業務上横領罪(253条)と詐欺罪(246条1項)が甲との共同正犯で成立する。そしてこれらは併合罪の関係に立つ。

以上

 

修正答案

以下刑法についてはその条数のみを示す。

 

[甲の罪責]
 1.有印私文書偽造(159条1項)・同行使罪(161条)の成立
 本文中の事実4に書かれているように、甲は、社員総会が開催されておらず、社員総会において社員B及び社員Cが本件土地に対する抵当権設定について承認を行っていなかったにもかかわらず、議事録作成者欄に「代表社員甲」と署名し甲の印を押捺して、別紙の「社員総会議事録」を作成した。「社員総会議事録」はそこに記載された内容の社員総会が開催されたという事実証明に関する文書である。そして甲はこれをDに交付するという行使の目的で作成した。甲はそこに自分の実際の名前と肩書きを署名し、自分の印を押捺しているが、本件の事情下では他人の印章若しくは署名を使用していることになる。というのも、その議事録作成者欄に期待される名義人は社員の互選により選任された者であるところ、作成者である甲はそのようにして選任されてはいなかったからである。言い換えると、「社員の互選により選任された代表社員甲」と「社員の互選により選任されていない代表社員甲」とは別人格であるということである。私文書偽造等罪は、文書作成者の人格の同一性を偽り責任追及を困難にさせる場合を規制していると考えられるので、このように解釈するのが適当である。
 以上より甲には有印私文書偽造罪(159条1項)が成立する。そしてこの文書を実際にDに交付しているので、161条の偽造私文書等行使罪が成立する。また、本件で作出された登記は真正なものなので、公正証書原本不実記載罪(157条1項)が成立する余地はない。
 2.業務上横領罪(253条)の成立
 本件の検討に先立ち、一般論として横領罪と背任罪との関係を論じておく。横領罪と背任罪とが重なり合う部分については、罪責の重い横領罪が成立すれば背任罪は成立しないと考える。両罪の保護法益が重なるので、このように法条競合だと捉えるのが適当である。
 本文の事実4に書かれているように、甲は自己の借金返済のための借入れの担保として、A社所有の本件土地に抵当権を設定する契約を結び、その登記も行った。また、事実8に書かれているように、甲は自己の借金返済の原資を得るために、本件土地を売却する契約を結び、所有権移転登記も完了させた。
 本件土地はA社所有のものなので、甲にとっては他人の物である。A社の所有する不動産の処分・管理権は代表社員が有していたので、甲にとって本件土地の処分・管理を行うことは業務である。本件土地に関しては甲が処分できる状態であったので甲が占有していたと言える。
 自己の借金返済のための借入れの担保として本件土地に抵当権を設定する行為は、所有権者(A社)しかできない処分を自己のためにしていることになるので、不法領得の意思が発現しており、横領に当たる。そして抵当権設定登記を行った時点で対抗要件を備えることになるので、業務上横領罪(253条)は既遂に達する。よってその後にこの抵当権の登記を抹消したとしても、43条の未遂減免の余地はない。
 その後の本件土地の売却についても横領が成立するのか、それとも二重に横領が成立することはないのかが問題となり得る。後者の論拠は一度横領したものを重ねて横領することは不可罰的事後行為又は共罰的事後行為であるということだろうが、本件のように抵当権を設定してから売却する場合には、抵当権を設定していても他人の物には変わりないので、二重に横領が成立することになる。
 以上より、甲には本件土地に対する抵当権設定と売却について合わせて2つの業務上横領罪が成立する。
 3.背任罪(247条)の成立
 上で述べたことと重なるが、甲はDの抵当権を設定してその登記はされていない本件土地をEに売却した。甲は「登記を抹消しても、土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりしないし、抵当権設定登記が今後必要になればいつでも協力するから」と申し入れてDもそれに応じているので、甲にはDのために本件土地の抵当権に関わる事務を処理する者に該当する。その後自己の利益を図る目的でその任務に背いて本件土地を売却し、Dに抵当権が対抗できなくなるという財産上の損害を与えているので、背任罪(247条)が成立する。
 4.詐欺罪(246条1項)の成立
 本文中の事実4にあるように、甲はDに対し、別紙の「社員総会議事録」を交付し、その結果甲とDとの間で抵当権設定契約が締結され、実際に甲には現金1億円がDから交付された。
 甲はDに対し、「社員総会議事録」を交付することで、会社法及びA社定款で定める利益相反取引の承認手続が適正に行われたと欺いている。そしてその結果、Dに1億円という財物を交付させた。上記承認手続が適正に行われていないとDが知っていたら1億円を交付しなかったであろう。Dは元々事実2にあるように1億円に見合った担保を求めていたのであり、承認手続が適正に行われておらずいつ無効になったり取消されたりするかもわからない担保には満足しなかったと推測されるからである。
 事実5にある抵当権設定登記の抹消については、この時点において甲には本件土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりするつもりは全くなかったので、故意に欠け詐欺罪は成立しない。
 事実8にあるEへの本件土地の売却については、Eが欺かれていなかったとしても土地の売買に応じたかどうかがわからないので、これだけの情報で詐欺罪が成立するとは言えない。
 以上より甲にはDを欺いて1億円を交付させたこととによる詐欺罪(246条1項)が成立する。
 5.結論
 甲には有印私文書偽造罪(159条1項)と同行使罪(161条)、2つの業務上横領罪(253条)、背任罪(247条)、詐欺罪(246条1項)が成立する。有印私文書偽造罪と同行使罪は牽連犯の関係に立つ。2つの業務上横領罪は独立した横領なので併合罪になる(同じ土地に対する横領だということは量刑の参考にされる)。詐欺罪と有印私文書行使罪と1つ目の業務上横領罪は観念的競合であり、背任罪と2つ目の業務上横領罪も観念的競合である。なお、暴力団関係者から厳しい取り立てを受けていたという事情はこれらの罪の違法性や責任能力に影響しない。そうした取り立てには警察に相談して対処すべきであり、甲は心神喪失や心神耗弱には至っていなかったからである。

 
[乙の罪責]
 本件土地の売却に関して、甲に業務上横領罪と背任罪が成立することは上で確認した。乙はこの両罪について甲と共同正犯(60条)になる。
 乙は本件土地の売却という両罪の実行行為には直接携わってはいない。しかしながら、乙は売却に反対する甲を執拗に説得し、売却代金の使途についても甲に指示を出し、この売却を仲介し、さらにはその分け前ももらっている。これは教唆(61条)にとどまらず、共謀による共同正犯に当たる。共同正犯をすべて正犯として罰するのは、共同することで犯罪の実現が容易になることを考慮してのことである。乙は計画を立てたり心理的に励ましたりして甲の横領の成立を容易にしている。
 身分犯の共犯については65条で規定されている。それを文言に忠実に読むと、1項で構成的身分が連帯し、2項で加減的身分が個別化する。横領罪の占有者や背任罪の他人の事務処理者は構成的身分であり、横領罪の業務上という身分は加減的身分である。そうすると乙には単純横領罪(252条1項)と背任罪(247条)が成立することになる。
 以上より乙には単純横領罪(252条1項)と背任罪(247条)が甲との共同正犯で成立する。そしてこれらは1つの行為なので観念的競合の関係に立つ。

以上

 

 

感想

まだまだ詰め切れていませんでした。Dに対する背任という論点は全く頭に浮かびませんでした。かえってEに対する詐欺を意識しすぎてしまいました。有印私文書偽造罪と同行使罪が両方成立して牽連犯となるとすべきところを、同行使罪は成立しないと書いてしまったのもミスです。横領罪で不法領得の意思の検討が甘すぎたのもいけません。乙の罪責の記述が少なすぎると感じながらも、時間が足りず共犯と身分の論点を思いつくことができませんでした。

 



平成24年司法試験論文民事系第3問答案練習

問題

〔第3問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,3.5:4:2.5〕)
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。

 

【事例】
 Xは,Aに対し,300万円を貸し渡したが,返済がされないまま,Aについて破産手続が開始された。Xは,BがAの上記貸金返還債務を連帯保証したとして,Bに対し,連帯保証債務の履行を求める訴えを提起した(以下,この訴訟を「訴訟1」という。)。

 第1回口頭弁論期日において,被告Bは,保証契約の締結の事実を否認した。
 原告Xは,書証として,連帯保証人欄にBの記名及び印影のある金銭消費貸借契約書兼連帯保証契約書(資料参照。以下「本件連帯保証契約書」という。なお,その作成者は証拠説明書においてX,A及びBとされている。)を提出した。
 Bは,本件連帯保証契約書の連帯保証人欄の印影は自分の印章により顕出されたものであるが,この印章は,日頃から自分の所有するアパートの賃貸借契約の締結等その管理全般を任せている娘婿Cに預けているものであり,押印の経緯は分からないと述べた。Xが主張の補充を検討したいと述べたことから,裁判所は,口頭弁論の続行の期日を指定した。

 以下は,第1回口頭弁論期日の後にXの訴訟代理人弁護士Lと司法修習生Pとの間でされた会話である。
弁護士L:証拠として本件連帯保証契約書がありますから,立証が比較的容易な事件だと考えていましたが,予想していなかった主張が被告から出てきました。被告の主張は,現在のところ裏付けもなく,そのまま鵜呑みにすることはできませんから,当初の請求原因を維持し,本件連帯保証契約書を立証の柱としていく方針には変わりはありません。もっとも,Xによれば,本件連帯保証契約書の作成の経緯は「主債務者AがCとともにX方を訪れた上,連帯保証人欄にあらかじめBの記名がされ,Bの押印のみがない状態の契約書を一旦持ち帰り,後日,AとCがBの押印のある本件連帯保証契約書を持参した」ということのようですから,こちら側から本件連帯保証契約書の作成状況を明らかにしていくことはなかなか難しいと思います。

修習生P:二段の推定を使えば,本件連帯保証契約書の成立の真正を立証できますから,それで十分ではないでしょうか。

弁護士L:確かに,保証契約を締結した者がB本人であるとの前提に立てば,二段の推定を考えていけば足りるでしょう。他方で,仮にCがBから印章を預かっていたとすると,CがBの代理人として本件連帯保証契約書を作成したということも十分考えられます。

修習生P:しかし,本件連帯保証契約書には「B代理人C」と表示されていないので,代理人Cが作成した文書には見えないのですが。

弁護士L:代理人が本人に代わって文書を作成する場合に,代理人自身の署名や押印をせず,直接本人の氏名を記載したり,本人の印章で押印したりする場合があり,このような場合を署名代理と呼んでいます。その法律構成については,考え方が分かれるところですが,ここでは取りあえず通常の代理と同じであると考え,かつ,代理人の作成した文書の場合,その文書に現れているのは代理人の意思であると考えると,本件連帯保証契約書の作成者は代理人Cとなります。
 そこで,私は,念のため,第2の請求原因として,Bではなくその代理人Cが署名代理の方式によりBのために保証契約を締結した旨の主張を追加し,敗訴したときには無権代理人Cに対し民法第117条の責任を追及する訴えを提起することを想定して,Cに対し,訴訟告知をしようと考えています。

修習生P:訴訟告知ですか。余り勉強しない分野ですのでよく調べておきます。しかし,本件連帯保証契約書を誰が作成したかが明らかでないからといって,第2の請求原因を追加する必要までありますか。裁判所が審理の結果を踏まえてCがBの代理人として保証契約を締結したと認定すれば足りるのではないでしょうか。最高裁判所の判決にも,傍論ながら,契約の締結が当事者本人によってされたか,代理人によってされたかは,その法律効果に変わりがないからとして,当事者の主張がないにもかかわらず契約の締結が代理人によってされたものと認定した原判決が弁論主義に反しないと判示したもの(最高裁判所昭和33年7月8日第三小法廷判決・民集12巻11号1740頁)があるようですが。

弁護士L:その判例の読み方にはやや難しいところがありますから,もう少し慎重に考えてください。先にも言ったとおり,本件連帯保証契約書の作成者が代理人Cであるという前提に立つと,本件連帯保証契約書において保証意思を表示したのは代理人Cであると考えられ,その効果がBに帰属するためには,BからCに対し代理権が授与されていたことが必要となります。そうだとすると,第2の請求原因との関係では,BからCへの代理権授与の有無が主要な争点になるものと予想され,本件連帯保証契約書が証拠として持つ意味も当初の請求原因とは違ってきますね。なぜだか分かりますか。

修習生P:二段の推定が使えるかどうかといったことでしょうか。

弁護士L:良い機会ですから,当初の請求原因(請求を基礎付ける事実)が,①XA間における貸金返還債務の発生原因事実,②XB間における保証契約の締結,③②の保証契約が書面によること及び④①の貸金返還債務の弁済期の到来であり,第2の請求原因(請求を基礎付ける事実)が,①XA間における貸金返還債務の発生原因事実,②代理人Cが本人Bのためにすることを示してXとの間で保証契約を締結したこと(顕名及び法律行為),③②の保証契約の締結に先立って,BがCに対し,同契約の締結についての代理権を授与したこと(代理権の発生原因事実),④②の保証契約が書面によること及び⑤①の貸金返還債務の弁済期の到来であるとして,処分証書とは何か,それによって何がどのように証明できるかといった基本に立ち返って考えてみましょう。

 

〔設問1〕
 (1) Xが当初の請求原因②の事実を立証する場合と第2の請求原因③の事実を立証する場合とで,本件連帯保証契約書が持つ意味や,同契約書中にBの印章による印影が顕出されていることが持つ意味にどのような違いがあるか。弁護士Lと司法修習生Pの会話を踏まえて説明せよ。
 (2) Xが第2の請求原因を追加しない場合においても,裁判所がCはBの代理人として本件連帯保証契約書を作成したとの心証を持つに至ったときは,裁判所は,審理の結果を踏まえて,CがBの代理人として保証契約を締結したと認定して判決の基礎とすることができるというPの見解の問題点を説明せよ。

 

【事例(続き)】
 第2回口頭弁論期日において,原告Xは,第2の請求原因として,被告Bではなくその代理人Cが署名代理の方式によりBのために保証契約を締結した旨の主張を追加した。Bは,第2の請求原因に係る請求原因事実のうち,保証契約の締結に先立ちBがCに対し同契約の締結についての代理権を授与したこと(代理権の発生原因事実)を否認し,代理人Cが本人Bのためにすることを示してXとの間で保証契約を締結したこと(顕名及び法律行為)は知らないと述べた。
 第3回口頭弁論期日において,Xは,第3の請求原因として,Xは,Cには保証契約を締結することについての代理権があるものと信じ,そのように信じたことについて正当な理由があるから,民法第110条の表見代理が成立する旨の主張を追加した。Bは,表見代理の成立の要件となる事実のうち,基本代理権の授与として主張されている事実は認め,その余の事実を否認した。
 同期日の後,Xは,Cに対し,訴訟告知をし,その後,BもCに対して訴訟告知をしたが,Cは,X及びBのいずれの側にも参加しなかった。

 裁判所は,審理の結果,表見代理が成立することを理由として,XのBに対する請求を認容する判決を言い渡し,同判決は確定した。Bは,CがBから代理権を与えられていないにもかかわらず,Xとの間で保証契約を締結したことによって訴訟1の確定判決において支払を命じられた金員を支払い,損害を被ったとして,Cに対し,不法行為に基づき損害賠償を求める訴えを提起した(以下,この訴訟を「訴訟2」という。)。

 

〔設問2〕
 訴訟2においてBが,①CがBのためにすることを示してXとの間で保証契約を締結したこと,②①の保証契約の締結に先立って,Cが同契約の締結についての代理権をBから授与されたことはなかったこと,を主張した場合において,Cは,上記①又は②の各事実を否認することができるか。Bが訴訟1においてした訴訟告知に基づく判決の効力を援用した場合において,Cの立場から考えられる法律上の主張とその当否を検討せよ。

 

【事例(続き)】
 以下は,訴訟1の判決が確定した後に原告Xの訴訟代理人弁護士Lと司法修習生Pとの間でされた会話である。

弁護士L:今回は幸いにして勝訴することができましたが,私たちの依頼者Xとしては,仮にBに敗訴することがあったとしても,少なくともCの責任は問いたいところでした。そこで,B及びCに対する各請求がいずれも棄却されるといういわゆる「両負け」を避けるため,今回は訴訟告知をしましたが,民事訴訟法にはほかにも「両負け」を避けるための制度があることを知っていますか。

修習生P:同時審判の申出がある共同訴訟でしょうか。

弁護士L:そうですね。良い機会ですから,今回の事件の事実関係の下で同時審判の申出がある共同訴訟によったとすれば,どのようにして,どの程度まで審判の統一が図られ,原告が「両負け」を避けることができたのか,整理してみてください。例えば,以下の事案ではどうなるでしょうか。

 

(事案) XがB及びCを共同被告として訴えを提起し,Bに対しては有権代理を前提として保証債務の履行を求め,Cに対しては民法第117条に基づく責任を追及する請求をし,同時審判の申出をした。第一審においては,Cに対する代理権授与が認められないという理由で,Bに対する請求を棄却し,Cに対する請求を認容する判決がされた。

 

〔設問3〕
 同時審判の申出がある共同訴訟において,どのようにして,どの程度まで審判の統一が図られ,原告の「両負け」を避けることができるか。上記(事案)の第一審の判決に対し,①Cのみが控訴し,Xは控訴しなかった場合と,②C及びXが控訴した場合とを比較し,控訴審における審判の範囲との関係で論じなさい。

 

【資料】
金銭消費貸借契約書兼連帯保証契約書
平成○○年○月○日
住 所 ○○県○○市・・・(略)
貸 主X印
住 所 ○○県○○市・・・(略)
借 主A印
住 所 ○○県○○市・・・(略)
連帯保証人 B 印
1 本日,借主は,貸主から金三百萬円を次の約定で借入れ,受領した。
弁済期 平成○○年○月○日
利 息 年3パーセント(各月末払)
損害金 年10パーセント
2 借主が次の各号の一にでも該当したときは,借主は何らの催告を要しないで期限の利益を失い,
元利金を一時に支払わなければならない。
⑴ 第三者から仮差押え,仮処分又は強制執行を受けたとき
・・・・(略)
3 連帯保証人は,借主がこの契約によって負担する一切の債務について,借主と連帯して保証債務
を負う。

 

練習答案

民事訴訟法については以下でその条数のみを示す。

 

[設問1]
 (1)
 (ア)当初の請求原因②の事実を立証する場合
 本件連帯保証契約書はこの②の事実を直接証明するという意味を持つ。そして同契約書中にBの印章による印影が顕出されていることは、その印章をBが所持していたことを示せばBがその印影を顕出させた、つまり押印したことが推定され、その結果228条4項により文書の成立の真正が推定される(二段の推定)という意味を持つ。
 (イ)第2の請求原因③の事実を立証する場合
 本件連帯保証契約書は、その成立が真正であると認められても、この③の事実を証明することはない。同契約書中にBの印章による印影が顕出されていることも同様である。その印章をBがCに預けていたことが認められればこの③の事実を示す1つの証拠となる。
 (2)
 設問中に書かれたPの見解には、裁判に関与していないCが不利益を被ってしまうという問題点がある。また、裁判に関与しているBにとっても不意打ちとなってしまうという問題点がある。
 Pの見解のような裁判がなされると、その後にBがCに対して不法行為に基づく損害賠償請求の訴えを提起することが十分想定できる。既判力が主文に包含するものに限り及ぶ(114条1項)ので、BのXに対する連帯保証債務の存在を後の裁判で争うことが原則的にできなくなる。既判力は判決の理由にまでは及ばないので、CはBの代理人として保証契約を締結したことを争うことができるといっても、連帯保証債務の存在そのものを争うことができなくなる。Cにとっては、自らの関与しなかった裁判によって不利益を負わされるので問題である。
 Pの見解はBが十分に防御できないという問題点もある。Bとしては、Xの当初の請求原因に対して防御が成功しているのに、不意打ちで敗訴させられたと感じられるだろう。Xが第2の請求原因を追加していれば代理権の発生原因事実を争うことができたのに、その機会が与えられなかったからである。

 

[設問2]
 Cは、設問中の①及び②の各事実を否認することができる。
 [設問1]でも述べたように、既判力は判決の理由にまでは及ばないので、①及び②の各事実に既判力は作用しない。
 よってBが援用した訴訟告知に基づく判決の効力とは、自らが一度裁判で行った主張を正当な理由なく変更してはならないという信義誠実の原則(2条)であると考えられる。CはX及びBから53条1項の訴訟告知を受けたのだから、同条4項及び46条により、訴訟1の裁判の効力はCに及ぶ。①の主張をXの側で、②の主張をBの側でしたのと同じなのであるから、訴訟2でもその主張を変更してはならないとBは主張するのである。
 しかしCにとって、Bの側に立って①の事実を争い、Xの側に立って②の事実を争うのは、訴訟1で対立している当事者の両側に立たなければならないもので困難であった。だからこそCは訴訟1に参加しなかったのであろう。このCのふるまいは信義誠実の原則に反していない。よってCは訴訟2で①及び②の各事実を否認することができる。

 

[設問3]
 同時審判の申出がある共同訴訟では、弁論及び裁判は分離しないでしなければならない(41条1項)が、すべての当事者が控訴を強制されるわけではない。
 ①Cのみが控訴しXは控訴しなかった場合
 この場合はBに対する請求棄却の部分は確定し、Cに対する請求だけが控訴審で審判される。第一審判決の取消し及び変更は、不服申立ての限度においてのみ、これをすることができる(304条)からである。この場合に控訴審で第一審判決が取消されたり変更されたりすると、原告が「両負け」をすることになる。原告(X)としては控訴することができたのにこれをしなかったのであるから、このような結果になってもやむを得ない。
 ②C及びXが控訴した場合
 この場合はBに対する請求棄却部分もCに対する請求認容の部分も控訴審における審判の範囲に入る。297条によって41条を含む第一審の訴訟手続が控訴審の訴訟手続で準用されるので、原告(X)が「両負け」になる心配はない。

以上

 

修正答案

民事訴訟法については以下でその条数のみを示す。

 

[設問1]
 (1)
 (ア)当初の請求原因②の事実を立証する場合
 本件連帯保証契約書は、その成立が真正であると証明される(228条1項)と、この②の事実を直接証明するという意味を持つ。というのもこれは連帯保証契約という法律行為がそこで行われている処分文書だからである。そして同契約書はBが作成者であると考えられるところ、そこにBの印章による印影が顕出されていることは、その印章をBが所持していたことを示せばBがその印影を顕出させた、つまり押印したことが推定され、その結果228条4項により文書の成立の真正が推定される(二段の推定)という意味を持つ。
 (イ)第2の請求原因③の事実を立証する場合
 本件連帯保証契約書は、その成立が真正であると証明され(228条1項)ても、この③の事実を証明することはない。これは代理権を付与するという法律行為がそこで行われている処分文書ではないからである。さらに言うなら、同契約書中には代理であることを示す文言がないので、これだけでは代理権付与という法律行為とそもそも関係がない。同契約書中にBの印章による印影が顕出されていることも同様である。同契約書はCが作成者であると考えられるところ、Bが自分の印章を本件連帯保証契約の締結のためにCに預けていたことが認められれば、この③の事実を示す1つの証拠となる。
 (2)
 設問中に書かれたPの見解には、Bにとって不意打ちとなってしまうという問題点がある。
 民事訴訟では、私的自治や個人の自己決定という原則から、対等な当事者が自ら主導して訴訟活動を行い、その結果を引き受けるのが基本原則である。これは弁論主義と一般に呼ばれ、裁判所は当事者が主張しない事実を判決の基礎としてはならないとされる。そうはいってもこの原則を細部に至るまで厳密に適用しすぎると裁判が硬直し、真実の発見や適切な結果を大いに損なう事態が生じてしまう。そこで、法律効果の発生に直接つながる主要事実については弁論主義を厳密に適用しつつ、些細な事実については当事者の主張しない事実も判決の基礎としてよいとしたのがPの引用する判例の意図であると考えられる。
 本件におけるCがBの代理人として保証契約を締結したという事実は、保証契約の成立という法律効果の発生に直接つながるので主要事実である。これを当事者の主張なしに判決の基礎としてよいとするPの見解は、民事訴訟の基本原則である弁論主義に反するという問題点がある。Bとしては、Xの当初の請求原因に対して防御が成功しているのに、不意打ちで敗訴させられたと感じられるだろう。Xが第2の請求原因を追加していれば代理権の発生原因事実を争うことができたのに、その機会が与えられなかったからである。Bという当事者の決定ではどうすることもできない事情から不利益を負わされているので、私的自治や個人の自己決定の原則からすると問題になる。

 

[設問2]
 Cは、設問中の①及び②の各事実を否認することができる。
 既判力は主文に包含するものに限り及び(114条1項)、判決の理由にまでは及ばないので、①及び②の各事実に既判力は作用しない。よってBが援用した訴訟告知に基づく判決の効力とは、自らが一度裁判で行った(行うことのできた)主張を正当な理由なく変更してはならないという信義誠実の原則(2条)に由来するものであると考えられる。CはX及びBから53条1項の訴訟告知を受けたのだから、同条4項及び46条により、訴訟1の判決の効力はCに及ぶ。①の主張をXの側で、②の主張をBの側でしたのと同じなのであるから、訴訟2でもその主張を変更してはならないとBは主張するのである。
 これに対してCは2つの反論を主張することができる。1つは判決の効力が及ぶ客観的範囲に関する反論である。主文だけでなく判決の理由にも判決の効力が及ぶとしても、それが際限なく及ぶわけではない。傍論にすぎない部分にまで判決の効力が及んでしまうと裁判所の負担が増えるだけでなく、判決の効力を恐れて訴訟活動が不自由になってしまう。よって判決の効力が及ぶのは主文を導き出すのに必要十分な部分に限られる。本件について見ると、表見代理の成立を示す①の事実はここに含まれるが、無権代理の成立を示す②の事実は含まれない。以上より、②の事実にはBの援用する判決の効力が及ばないとするCの反論の主張は正当である。
 もう1つの反論は、訴訟告知を受けても参加を期待できないような場合には判決の効力が及ばないという主張である。訴訟告知の意義は敗訴責任を分担するところにあるからである。本件におけるCにとって、Bの側に立って①の事実を争い、Xの側に立って②の事実を争うのは、訴訟1で対立している当事者の両側に立たなければならないもので困難であった。言い換えると、Cは訴訟1で敗訴の責任を分担するような立場にはなかった。だからこそCは訴訟1に参加しなかったのであろう。このCのふるまいは信義誠実の原則に反さず、判決の効力がCに及ぶべきではない。よって訴訟2で①及び②の各事実を否認することができるというCの主張は正当である。

 

[設問3]
 同時審判の申出がある共同訴訟では、弁論及び裁判は分離しないでしなければならず(41条1項)、証拠や裁判官の心証が共通になるので、事実上裁判の統一が図られ、実体法上両立しないような「両負け」の事態を避けることができる。しかし必要的共同訴訟(40条)ではなく通常共同訴訟なので、共同訴訟人の一人について生じた事項は他の共同訴訟人に影響を及ぼさない(39条)ため、独立に控訴をすることができる。
 ①Cのみが控訴しXは控訴しなかった場合
 この場合はBに対する請求棄却の部分は確定し、Cに対する請求だけが控訴審で審判される。第一審判決の取消し及び変更は、不服申立ての限度においてのみ、これをすることができる(304条)からである。この場合に控訴審で第一審判決が取消されたり変更されたりすると、原告が「両負け」をすることになる。原告(X)としては控訴することができたのにこれをしなかったのであるから、このような結果になってもやむを得ない。
 ②C及びXが控訴した場合
 この場合はBに対する請求棄却部分もCに対する請求認容の部分も控訴審における審判の範囲に入る。297条によって41条を含む第一審の訴訟手続が控訴審の訴訟手続で準用されるので、弁論及び裁判は分離しないでしなければならず、原告(X)が「両負け」になる心配は事実上ない。

以上

 

感想

[設問1]の(1)では処分証書とは何かの理解が曖昧だったので言及しそこねてしまいました。(2)では裁判外のCにとっての不利益という的外れなことを書いてしまいました。[設問2]は判例をよくは知らないなりに記述できたほうだと思います。[設問3]の結論は知っていたので書きやすかったのですが、必要的共同訴訟と通常共同訴訟の違いを掻き落としてしまいました。

 



平成24年司法試験論文民事系第2問答案練習

問題

〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,2:5:3〕)
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。

 

1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は,主に情報サービス事業を営む監査役会設置会社であり,その株式を東京証券取引所に上場している。
 甲社の資本金は30億円,その発行済株式の総数は100万株である。
 甲社の取締役は,平成20年6月に選任されたA,B,C及びDの4名であり,Aが代表取締役社長である。なお,Aは,甲社の株式1万株を有している。
 甲社の監査役は,平成19年6月に選任されたE,F及びGの3名であり,Eが常勤監査役,F及びGが非常勤の社外監査役である。

2.甲社の定款には,(a)定時株主総会の議決権の基準日は,毎年3月31日とすること,(b)株主総会は,取締役社長がこれを招集し,議長となること,(c)取締役の員数は,6名以内とすること,(d)取締役の選任決議は,議決権を行使することができる株主の議決権の3分の1以上を有する株主が出席し,その議決権の過半数をもって行うこと,(e)取締役の選任決議は,累積投票によらないものとすること,(f)取締役会は,その決議によって取締役会長及び取締役社長各1名を定めることができること,(g)事業年度は,4月1日から翌年3月31日までの1年とすることなどが定められている。
 なお,甲社には,取締役の任期を短縮する旨の定款の定めや株主総会の決議はない。

3.甲社は,平成20年秋頃の経営環境の著しい悪化を受け,その業績及び株価は,共に下落の一途をたどった。それにもかかわらず,Aは,効果的な経営立て直し策を実施できないままでいたため,甲社内外のAに対する評価は,日増しに厳しくなる一方であった。
 これに危機感を抱いたB,C及びDは,Aに対し,Aは取締役会長となって一線を退き,新たに外部から経営者を迎えて代表取締役社長とすることを求めた。結局,Aも,この求めに応じざるを得ず,Hを新たに甲社の代表取締役社長として迎えることに同意した。
 これを受けて,平成21年6月に開催された甲社の定時株主総会において,Hが取締役に選任され,就任し,また,その後に開かれた甲社の取締役会において,Hが代表取締役社長に選定され,Aは代表権のない取締役会長となった。

4.乙株式会社(以下「乙社」という。)は,設立以来,株主も取締役もPだけの会社であるが,実際の事業活動は,ほとんど行っていない。
 乙社は,平成21年7月に入り,金融業者から融資を受けて市場において甲社の株式を買い集め,平成22年1月に,甲社の株式33万株を有するに至った。

5.平成22年6月に開催された甲社の定時株主総会(以下「22年総会」という。)では,その終結の時をもって,取締役5名のうちHを除くA,B,C及びDの4名について取締役の任期が満了するため,A,B,C及びDの4名を候補者とする取締役選任議案が会社提案として提出された。
 ところが,甲社の株主である乙社から,上記の取締役選任につき,会社法第304条に基づき,P,Q及びRの3名を候補者として追加する旨の議案が提出された。なお,乙社は,Dの選任については賛成する意向であった。
 議長であるHは,事前に何も知らされていなかったためやや驚いたものの,淡々と議事を進めることとし,A,B,C,D,P,Q,Rの順に,候補者ごとに投票による採決をした。
 投票による採決の結果,Hは,Aから上記の順に得票数(候補者の選任に賛成する議決権の数をいう。以下同じ。)を集計し,Pの得票数を集計した時点で,出席株主の議決権の過半数の賛成を得た候補者が4名に達したので,Q及びRの得票数については議場で集計しないで,B,C,D及びPの4名だけが取締役に選任された旨を宣言した。なお,各候補者の実際の得票数等は,次のとおりであった。

議決権を行使することができる株主の議決権の数:100万個
出席株主の議決権の数:77万個
各候補者の得票数
A:33万個
B:39万個
C:43万個
D:65万個
P:42万個
Q:41万個
R:40万個

6.22年総会の後に開かれた甲社の取締役会には,H,B,C,D及びPが取締役として,また,E,F及びGが監査役として,それぞれ出席した。
 この取締役会で,Pは,甲社が乙社に対して平成22年7月中に15億円の貸付けを無担保で行う旨の提案をした(以下この貸付けを「本件貸付け」という。)。これに対し,説明が不十分であるとしてFが強く異議を述べたものの,この提案は,議決に加わらなかったPを除くH,B,C及びDの賛成により承認された。

7.Fは,この取締役会の後に引き続いて開かれた甲社の監査役会でも,本件貸付けはさせるべきでない旨を強く主張したが,E及びGは,これに取り合わなかった。最終的には,Eが,本件貸付けについては問題視しないことを監査役会の方針とする旨の提案をし,Fが反対したものの,Gは,この提案に賛成した。

8.E,F及びGは,平成23年6月に開催される甲社の定時株主総会(以下「23年総会」という。)の終結の時をもって監査役の任期が満了するところ,同年3月に,Hは,甲社の監査役会に対し,23年総会に提出する監査役選任議案の候補者は,E,Q及びRの3名としたい旨を伝えた。

9.平成23年4月上旬に,Eが,甲社の監査役会において,上記の監査役選任議案の提出に同意する旨の提案をしたが,F及びGが賛成しなかったため,この提案は可決されなかった。
 他方,Fが,この監査役会において,E,F及びGの3名を候補者とする監査役選任議案(以下「議案①」という。)を23年総会に提出することを取締役に対して請求する旨の提案をした。この提案は,F及びGの賛成により,可決された。そこで,甲社の監査役会は,Hに対し,議案①を23年総会に提出することを請求した。

10.平成23年4月下旬に,Pは,甲社の株主である乙社を代表して,甲社に対し,監査役3名の選任を23年総会の目的とすること並びにE,Q及びRの3名を候補者とする監査役選任議案(以下「議案②」という。)の要領を招集通知に記載することを請求した。なお,社債,株式等の振替に関する法律第154条第3項所定の通知(いわゆる個別株主通知)に係る要件は満たされていた。

11.平成23年6月7日に,Hは,H,B,C,D及びPの賛成による取締役会決議に基づき,議案①及び議案②を含む23年総会に係る招集通知を発した。

12.平成23年6月29日に,Hが議長となって23年総会が開催された。この株主総会に監査役として出席したFは,議案①及び議案②の審議の際に,監査役の選任について意見を述べようと,議長であるHに対して発言の機会を求めた。しかし,Hがこれを制止したため,Fは,意見を述べることができなかった。
 Hは,採決の結果,議案①については,出席した株主の議決権の過半数の賛成を得られなかったことから,否決を宣言し,議案②については,出席した株主の議決権の過半数の賛成を得たことから,可決を宣言した。これに基づき,E,Q及びRが監査役に就任した。

 

〔設問1〕 上記5のとおり,22年総会において,Hは,B,C,D及びPの4名だけが取締役に選任された旨を宣言したが,この取締役選任の当否について,論じなさい。
 なお,解答に当たっては,次の2点を前提としてよい。
ア.22年総会における甲社の会社提案の提出及び乙社による会社法第304条に基づく議案の提出は,いずれも適法であったこと。
イ.22年総会の日から3か月以内に,株主総会の決議の取消しの訴えは,提起されなかったこと。

 

〔設問2〕 上記1から上記7までを前提として,次の(1)及び(2)に答えなさい。
 (1) Hが甲社を代表して本件貸付けを実行しようとしている場合,A及びFが本件貸付けをあらかじめ阻止するために行使することができる会社法上の権限について,論じなさい。
 (2) Hが甲社を代表して本件貸付けを実行し,その後,乙社が倒産し,甲社が本件貸付けの返済を受けられなくなった場合,A及びFは,本件貸付けに関し,H,D及びPに対し,会社法上,どのような責任追及をすることができるかについて,論じなさい。

 

〔設問3〕 上記12の後,A及びFは,23年総会において否決を宣言された議案①及び可決を宣言された議案②につき,株主総会の決議の取消しの訴えを提起しようと検討している。この訴えに関して考えられるA及びFの主張並びにその当否について,論じなさい。

 

練習答案

以下会社法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 この取締役選任は適当である。
 取締役選任については会社法で最低限の基準が定められているが、それを満たしていればあとは基本的に当該会社内部の問題である。そして当該会社の基本方針は定款に示される。
 甲社定款の(d)は341条に適合しているし、取締役の選任決議は累積投票によらないとする定款の(e)も342条1項に適合している。その他本文中で示された(a)〜(c)、(f), (g)も会社法上問題ない。そして設問中のアより議案の提出はいずれも適法であった。
 22年総会の議決権を行使することができる株主の議決権の数は100万個であったので、その3分の1以上というのは33万3334個以上ということになるので、B、C、D及びPの4名が取締役に選任されたのは適当である。累積投票によらないと明確に定款で定められているので、これによることは考えられない。だから39万個を獲得したBを取締役に選任して、それぞれ41万個、40万個を獲得したQ、Rを取締役に選任しなかったとしても、そのことが直ちに不適当になるわけではない。
 22年総会で取締役に選任されたのは4名であるが、定款の(c)では6名以内となっているので、Hを除いても22年総会で5名の取締役を選任することが定款上可能であった。しかし会社提案はA、B、C及びDの4名が候補者になっていたので、22年総会で選任する取締役は多くとも4名にするのが会社の意図であったと言える。よって4名だけを取締役に選任した22年総会決議が不適切であるとは言えない。
 このような選任方法だと投票の順序によって有利不利が大きく左右される。しかし事前の提案を先にして総会の場での提案を後にすることにも一定の合理性があり、それが不適当だとは言えない。
 設問中のイの事情も考慮して、この取締役選任は適当であると言える。

 

[設問2]
 平成22年7月の時点でAは1万株を有する甲社株主であり、Fは非常勤の社外監査役である。
 (1)
 ①Aの権限
 6ヶ月前から引き続き株式を有するAは、甲社に対し、役員であるHの責任を追及する訴えの提起を請求することができる(847条1項)。さらに、期間の経過により甲社に回復することができない損害が生ずるおそれがある場合だとして、直ちにHの責任追及の訴えを提起することもできる(847条5項)。
 Aは、甲社の目的外の行為をして甲社に回復することのできない損害が生ずるおそれがある場合だとして、Hに対し本件貸付けをやめることを請求することができる(360条1項、3項)。
 ②Fの権限
 監査役であるFは、取締役であるHが甲社の目的の範囲外の行為をし、甲社に著しい損害が生ずるおそれがあるときだとして、Hに対し本件貸付けをやめることを請求することができる(385条1項)。
 (2)
 H、D及びPに共通して423条1項に基づき役員等の株式会社に対する損害賠償責任を追及することができる。また、本件貸付けは356条1項2号の利益相反取引に当たる。本件貸付の相手方である乙社はPの一人会社であり、取締役であるPと同視してもよいからである。
 ①Hの責任
 Hは423条3項2号及び3号に該当するので任務を怠ったものと推定される。
 ②Dの責任
 監査役は取締役の職務の執行を監査する(381条1項)ので、Hによる本件貸付けを防げなかった責任がある。
 ③Pの責任
 Pは本件貸付けが利益相反となる当事者なので423条3項1号に該当し、その任務を怠ったものと推定される。そして本件貸付けで得た利益の額が損害の額と推定される。

 

[設問3]
 株主総会の決議の取消しの訴えは、831条1項各号に掲げる場合に提起するものなので、その各号に沿った主張をA及びFはすることとなる。
 ①HによるFの意見陳述の制止
 監査役であるFは著しく不当な事項があると認めるときは、その調査の結果を株主総会に報告しなければならない。その内容はともかく、監査役であるFがこうした意見を述べようとしたときにこれを制止して意見を述べさせないことは、株主総会の決議の方法が法令に違反し又は著しく不公正(831条1項1号)である。
 ②監査役の同意の欠如
 取締役は監査役の選任に関する議案を株主総会に提出するには、監査役の過半数の同意を得なければならない(343条1項)。議案②の提出は取締役であるPが行っているところ、監査役の過半数の同意を得ていない。この規程は監査役による取締役の監査を実効的にするためのものであり、取締役が株主であることも珍しくないのだから、取締役が株主として提出してこの規程を潜脱することは防がなければならない。これは株主総会の招集の手続が法令に違反している(831条1項1号)。

以上

 

修正答案

以下会社法についてはその条数のみを示す。

[設問1]
 この取締役選任は適当である。
 取締役選任については会社法で最低限の基準が定められているが、それを満たしていればあとは基本的に当該会社内部の問題である。そして当該会社の基本方針は定款に示される。
 甲社定款の(d)は341条に適合しているし、取締役の選任決議は累積投票によらないとする定款の(e)も342条1項に適合している。その他本文中で示された(a)〜(c)、(f), (g)も会社法上問題ない。そして設問中のアより議案の提出はいずれも適法であった。
 22年総会の議決権を行使することができる株主の議決権の数は100万個であったので、その3分の1以上というのは33万3334個以上であるから出席要件は満たしている。出席株主の議決権の数は77万個だからその過半数は38万5001個以上ということになるので、それを超えているB、C、D及びPの4名が取締役に選任されたのは適当である。累積投票によらないと明確に定款で定められているので、これによることは考えられない。だから39万個を獲得したBを取締役に選任して、それぞれ41万個、40万個を獲得したQ、Rを取締役に選任しなかったとしても、そのことが直ちに不適当になるわけではない。
 22年総会で取締役に選任されたのは4名であるが、定款の(c)では6名以内となっているので、Hを除いても22年総会で5名の取締役を選任することが定款上可能であった。しかし会社提案はA、B、C及びDの4名が候補者になっていたので、22年総会の議題は多くとも4名の取締役を選任することであると解釈できる。株主は株主総会において議題に対する議案を提出することができる(304条)が議題の提案は株主総会の日の8週間前までにしなければならない(303条1項)ので、Pが5名の取締役を選任するという議題を提出したとは考えられない。よって4名だけを取締役に選任した22年総会決議が不適切であるとは言えない。
 このような選任方法だと選任の順序によって有利不利が大きく左右される。しかし事前の提案を先にして総会の場でなされた提案を後にすることにも一定の合理性があり、それが不適当だとは言えない。
 設問中のイの事情も考慮して、この取締役選任は適当であると言える。

 

[設問2]
 本件貸付けが行われた平成22年7月の時点でAは1万株を6ヶ月以上引き続き有する甲社株主であり、Fは非常勤の社外監査役である。
 本件貸付けは、甲社と、甲社の取締役であるPとが乙社を代表して取引するものなので、利益相反取引である(356条1項2号)。そうであれば取締役会の承認が必要であるところ(356条1項、365条1項)、その承認は得られている。しかしながら、主に情報サービス事業を営む甲社が、実際の事業活動をほとんど行っていない乙社に15億円の貸付けを無担保で行うことは、甲社に損害を与える可能性を強く疑わせるものである。よって取締役会の承認があったとしても、本件貸付けを行う取締役のHは善管注意義務(330条、民法644条)に違反している。
 本件貸付けによって生じる損害は資本金の半分に相当する15億円であり、担保を取っていないのだから、理論上は金銭賠償が可能だといっても事実上不可能に近いので、回復することのできない損害だと考えられる。
 (1)
 ①Aの権限
 Aは、法令に違反する行為をして甲社に回復することのできない損害が生ずるおそれがある場合だとして、Hに対し本件貸付けをやめることを請求することができる(360条1項、3項)。
 ②Fの権限
 Fは、取締役であるHが法令に違反する行為をし、甲社に著しい損害が生ずるおそれがあるときだとして、Hに対し本件貸付けをやめることを請求することができる(385条1項)。そして担保を立てずに、その行為をやめる仮処分を裁判所に求めることもできる(385条2項)。監査役はいつでも、取締役に対して事業の報告を求め、又は監査役設置会社の業務及び財産の状況の調査をすることができ(381条2項)、それは監査役会の決定によっては妨げられない(390条2項ただし書)ので、本件貸付けについては問題視しないことが監査役会で決定されていても上記請求は妨げられない。
 (2)
 H、D及びPに共通して423条1項に基づき取締役の株式会社に対する損害賠償責任を追及することができる。Aは847条1項に基づき取締役の責任を追及する訴えの提起を請求することができるし、Fは386条1項に基づいて甲社を代表して取締役に対して訴えを提起することができる。
 ①Hの責任
 Hは本件貸付けを実行し、423条3項2号に該当するので任務を怠ったものと推定される。
 ②Dの責任
 Dは本件貸付けを承認する取締役会の承認の決議に賛成し、423条3項3号に該当するので任務を怠ったものと推定される。
 ③Pの責任
 Pは本件貸付けが利益相反となる当事者であり、423条3項1号に該当するので任務を怠ったものと推定される。そして428条1項より、任務を怠ったことがPの責めに帰することができない事由によるものであることをもって責任を免れることができない。

 

[設問3]
 株主総会の決議の取消しの訴えは831条1項に規定されている。
 可決された決議(決議②)の取消しを請求することは当然予定されているとして、否決された決議(決議①)の取消しを請求することができるかが問題となり得る。しかし株主総会の決議の取消しをの訴えは株主総会の決議を正常に復することを目的としたものなのでその点において否決された決議を除外する理由はないし、本件の決議①についてはどの程度の賛成を得られたのか定かではないが、もし議決権の10分の1以上の賛成を得られなかったとしたら3年を経過するまで同一の議案を提起できなくなる(304条)のだから、否決された決議の取消しを請求する実益がある。
 この株主総会の決議の取消しの訴えを提起することのできる原告には、株主(A)が含まれることはもちろん、当該決議の取消しにより取締役、監査役又は清算人となる者(F)も含まれる(831条、346条1項)。また、株主が株主総会の決議の取消しの訴えを提起する理由は、直接的な自己の利益の追求だけではなく、会社の利益を通じた間接的な自己の利益の追求でもあるので、自己以外についての法令違反や著しい不公正を主張することは差し支えない。
 そして株主総会の決議の取消しの訴えは831条各号に掲げる場合に提起するものなので、その各号に沿った主張をA及びFはすることとなる。以下ではその主張及びその当否について検討する。
 ①HによるFの意見陳述の制止
 監査役であるFは監査役の選任若しくは解任又は辞任について意見を述べることができる(345条1項、4項)。Fがこの意見を述べようとしたときにこれを制止して意見を述べさせないことは、株主総会の決議の方法が法令に違反している(831条1項1号)。
 ②監査役の同意の欠如
 取締役は監査役の選任に関する議案を株主総会に提出するには、監査役の過半数の同意を得なければならない(343条1項)。議案②の提出は取締役であるPが行っているところ、監査役の過半数の同意を得ていない。この規程は監査役による取締役の監査を実効的にするためのものであり、取締役が株主であることも珍しくないのだから、取締役が株主として提出してこの規程を潜脱することは防がなければならない。これは株主総会の招集の手続が法令に違反している(831条1項1号)。

以上

 

 

感想

最も配点が大きく勉強していれば書けるはずの[設問2]があまりできなかったのはよくないです。全体を通じて取締役選任に必要とされる議決権の数やDが取締役なのに監査役だと勘違いしていたのもひどいです。 多くの人が指摘していたであろう論点はだいたい拾えていたのはせめてもの救いです。

 



平成24年司法試験論文民事系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100〔〔設問1〕,〔設問2〕及び〔設問3〕の配点の割合は,3:4:3〕)
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。

 


【事実】
1.Aは,店舗を建設して料亭を開業するのに適した土地を探していたところ,平成2年(1990年)8月頃,希望する条件に沿う甲土地を見つけた。
 甲土地は,その当時,Bが管理していたが,登記上は,Bの祖父Cが所有権登記名義人となっている。Cは,妻に先立たれた後,昭和60年(1985年)4月に死亡した。Cには子としてD及びEがいたが,Dは,昭和63年(1988年)7月に死亡した。Dの妻は,Dより先に死亡しており,また,Bは,Dの唯一の子である。

2.Aが,平成2年(1990年)9月頃,Bに対し甲土地を購入したい旨を申し入れたところ,Bは,その1か月後,Aに対し,甲土地を売却してもよいとする意向を伝えるとともに,「甲土地は,登記上は祖父Cの名義になっているが,Cが死亡した後,その相続について話合いをすることもなくDが管理してきた。Dが死亡してからは,自分が管理をしている。」と説明した。Aが,「Bを所有権登記名義人とする登記にすることはできないのか。」とBに尋ねたところ,Bは,「しばらく待ってほしい。」と答えた。

3.AとBは,平成2年(1990年)11月15日,甲土地を代金3600万円でBがAに売却することで合意した。そして,その日のうちに,Aは,Bに代金の全額を支払った。また,同月20日,Aは,甲土地を柵で囲み,その中央に「料亭「和南」建設予定地」という看板を立てた。

4.平成3年(1991年)11月頃,Aは,甲土地上に飲食店舗と自宅を兼ねる乙建物を建設し,同年12月10日,Aを所有権登記名義人とする乙建物の所有権の保存の登記がされた。そして,Aは,平成4年(1992年)3月14日から,乙建物で料亭「和南」の営業を開始した。なお,料亭「和南」の経営は,Aが個人の事業者としてするものである。

5.Aは,平成15年(2003年)2月1日に死亡した。Aの妻は既に死亡しており,FがAの唯一の子であった。Fは,他の料亭で修業をしていたところ,Aが死亡したため,料亭「和南」の営業を引き継いだ。乙建物は,Fが居住するようになり,また,同年4月21日,相続を原因としてAからFへの所有権の移転の登記がされた。

 

〔設問1〕 【事実】1から5までを前提として,以下の(1)及び(2)に答えなさい。
(1)⑴ Fは,Aが甲土地をBとの売買契約により取得したことに依拠して,Eに対し,甲土地の所有権が自己にあることを主張したい。この主張が認められるかどうかを検討しなさい。
(2)⑵ Fが,Eに対し,甲土地の占有が20年間継続したことを理由に,同土地の所有権を時効により取得したと主張するとき,【事実】3の下線を付した事実は,この取得時効の要件を論ずる上で法律上の意義を有するか,また,法律上の意義を有すると考えられるときに,どのような法律上の意義を有するか,理由を付して解答しなさい。

 

Ⅱ 【事実】1から5までに加え,以下の【事実】6から17までの経緯があった。
【事実】
6.料亭「和南」は順調に発展し,名店として評判となった。そこで,Fは,「和南」ブランドで,瓶詰の「和風だし」及びレトルト食品の「山菜おこわ」を販売することを考えるようになった。

7.まず,Fは,「和風だし」を2000箱分のみ製造し,二つの地域で試験的に販売することとした。そして,料亭「和南」とその周辺でF自らが1000箱分を販売するが,別の地域における販売は,食料品販売業者のGに任せることとし,FがGに「和風だし」1000箱を販売し,Gがそれを転売することとした。

8.「和風だし」は,一部に特殊な原材料が必要なことから,平成23年9月に製造する必要があった。しかし,試験販売の開始は,準備の都合上,平成24年3月からとされた。そこで,Fは,「和風だし」2000箱分を製造した上,販売開始時期まで,どこかに保管することを考えた。そして,甲土地のすぐ近くで,かつて質店を経営していたが,現在は廃業しているHならば,広い倉庫を所有しているだろうと考え,Hと交渉した結果,H所有の丙建物に,Fが製造した「和風だし」を出荷まで保管してもらい,これに対しFが保管料を支払うこととなった。

9.Fは,平成23年9月10日,Gとの間で,「和風だし」2000箱のうち1000箱をFがGに対し代金500万円で売却し,丙建物で同月25日にFがGに現実に引き渡す旨の契約を締結した。そして,平成23年9月25日,「和風だし」2000箱が丙建物に運び込まれ,そのうち1000箱がFからGに現実に引き渡された後直ちに,FとH,GとHは,それぞれ【別紙】の内容の寄託契約を締結した。これらの結果,丙建物では,合わせて「和風だし」2000箱が保管されることとなった。
 なお,平成23年9月25日までに実際に製造された「和風だし」は予定どおり2000箱分であり,それ以外には,「和風だし」は製造されていない。また,製造された「和風だし」2000箱分は,種類及び品質が同一であり,包装も均一であった。

10.また,Fは,平成24年1月中には,料亭「和南」で飲食した顧客のために,お土産用「山菜おこわ」の販売を始めることとし,製造する「山菜おこわ」の保管場所につきHに相談した。Hは,既に「和風だし」の寄託を受けて丙建物が有効活用されていること,さらに,丙建物にはなお保管場所に余裕があることから,Fの「山菜おこわ」を丙建物において無償で保管することをFと合意した。

11.Fは,平成24年1月に入ると,「山菜おこわ」の製造を開始し,同月10日,Hの立会いを得て,「山菜おこわ」500箱を丙建物に運び込んだ。

12.平成24年1月12日,Fは,これまで取引のなかった大手百貨店Qの本部から,「山菜おこわ」をQ百貨店本店の地下1階食品売場で販売し,その評判が良ければ,「山菜おこわ」をQ百貨店の全店舗の食品売場で販売したいとの申出を受けた。

13.Fは,平成24年1月16日,Qとの間で,丙建物に保管されている「山菜おこわ」500箱をFがQに対し代金300万円で売却し,これを同月31日に丙建物で引き渡す旨の契約を締結した。Fは,この売買契約が成立したことから,Qが「山菜おこわ」の販売を始めるまでは,これを料亭「和南」で販売しないこととした。

14.Fは,Q百貨店で「山菜おこわ」を取り扱ってもらえることになったことを大いに喜び,平成24年1月22日,たまたまHが料亭「和南」を訪れた際,「Q百貨店本店の食品売場に「山菜おこわ」を置いてもらえることになった。その評判が良ければ,Q百貨店は,全店舗で「山菜おこわ」を取り扱うことを申し出てくれている。「和南」の味を広める大きなチャンスだから張り切っている。」とHに話した。

15.ところが,平成24年1月24日,丙建物に何者かが侵入し,丙建物内に保管されていた「和風だし」2000箱のうち1000箱及び「山菜おこわ」500箱全てが盗取された。なお,丙建物に何者かが侵入することを許したのは,その日はHが丙建物の施錠を忘れていたためである。また,Fが,同月31日までに「山菜おこわ」500箱分を新たに製造することは不可能である。

16.Qにおいて,この盗難事件を受け,Fとの取引を進めるかどうかについて社内で協議したところ,Fの商品保管態勢が十分であるとはいえないとして,その経営姿勢に疑問が呈せられた。そこで,Qは,平成24年2月1日,「山菜おこわ」500箱分の売買契約を解除すること及び「山菜おこわ」販売に関するFQ間の交渉を打ち切ることをFに通知した。

17.なお,【事実】16までに記載した以外には,丙建物に保管されている「和風だし」及び「山菜おこわ」について出し入れはなく,丙建物に侵入した者は不明であり盗品を取り戻すことは不可能である。
 また,「和風だし」及び「山菜おこわ」を丙建物で保管する行為は商行為ではなく,Hは商人でない。

 

〔設問2〕 Gは,Hに対し,丙建物に存在する「和風だし」1000箱を自己に引き渡すよう求めている。これに対して,Hは,寄託された「和風だし」はFの物と合わせて2000箱であるところ,その半分がもはや存在しないことと,残りの1000箱全てをGに引き渡せば,Fの権利を侵害することとを理由に,Gの請求に応ずることを拒んでいる。このHの主張に留意しながら,Gのする「和風だし」1000箱の引渡請求の全部又は一部が認められるか否かを検討しなさい。

 

〔設問3〕 Fは,Hに対し,「山菜おこわ」を目的とする寄託契約の債務不履行を理由として損害賠償を請求しようと考えている。この債務不履行の成否について検討した上で,Fが,【事実】16の下線を付した経過があったためQ百貨店の全店舗で「山菜おこわ」を取り扱ってもらえなくなったことについての損害の賠償を請求することができるか否かについて論じなさい。

 

【別紙】
寄託契約書
第1条
寄託者は,受寄者に対し,料亭「和南」製「和風だし」1000箱(以下「本寄託物」という。)を寄託し,受寄者は,これを受領した。
第2条
1 受寄者は,本寄託物を丙建物において保管する。
2 受寄者は,本寄託物を善良な管理者の注意をもって保管する。
第3条
1 受寄者が他の者(次項及び次条において「他の寄託者」という。)との寄託契約に基づいて本寄託物と種類及び品質が同一である物を保管する場合において,受寄者は,その物と本寄託物とを区別することなく混合して保管すること(以下「混合保管」という。)ができ,寄託者は,これをあらかじめ承諾する。
2 前項の場合において,受寄者は,寄託者に対し,他の寄託者においても寄託物の混合保管がされることを承諾していることを保証する。
第4条
寄託者及び受寄者は,寄託者及び他の寄託者が,混合保管をされた物について,それぞれ寄託した物の数量の割合に応じ,寄託物の共有持分権を有することを確認する。
第5条
受寄者は,本寄託物に係る保管料を別に定める方法で計算し,寄託者に請求する。
第6条
受寄者は,寄託者に対し,混合保管をされていた物の中から,寄託者の寄託に係るものと同一数量のものを返還する。
〔以下の条項は,省略。〕

 

練習答案

以下民法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 (1)
 この主張は認められない。その理由を以下で説明する。
 1985年4月の時点ではCが実体上も登記上も甲土地を所有していた。その時点でCが死亡することにより、Cの子であるDとEが法定相続分(第900条第4号)に従い、甲土地の持分を2分の1ずつ有することとなる(第882条)。これと異なる遺言や遺産分割の存在は確認できない。そしてその2分の1の甲土地の持分権を1988年7月にBが相続により*1取得した。
 その後の1990年11月にBが甲土地をAに売るという売買契約が成立した。Aは契約成立日に代金を全額払っている。この時点でBは甲土地の持分を2分の1だけ有しており、残りの2分の1はEが有している。他人物売買も有効でありBは甲土地全部の所有権をAに移転する義務を負う(第560条)が、Eの協力がなければそれは不可能である。そして本件でEの協力があった形跡はない。よってAは甲土地の2分の1の持分は売買契約により取得するが、残りの2分の1の持分については取得しない。相続によりこのAの立場は包括的に承継したFは、甲土地の所有権について、2分の1の持分の限度について主張できるにすぎず、全部の所有権が自己にあるとの主張は認められない。
 (2)
 下線を付した事実は、この取得時効の要件を論ずる上で法律上の意義を有する。この取得時効は第162条第1項に規定されており、そこでは「所有の意思をもって」という要件が挙げられている。下線を付した事実は、この所有の意思を推認させるという法律上の意義を有する。

 

[設問2]
 Gのする「和風だし」1000箱の引渡請求の全部が認められるが、Hは供託をすることによりその引渡義務を免れることができる。
 FとH、GとHは、それぞれ別紙の内容の寄託契約を締結した。寄託契約書第1条によるとGはHに「和風だし」1000箱を寄託しており、同第6条により受寄者(H)は、寄託者(G)に対し、寄託者の寄託に係るものと同一数量のもの(「和風だし」1000箱)を返還する義務を負う。よってGのする「和風だし」1000箱の引渡請求の全部が認められることになる。
 しかしHはFとも同様の寄託契約を結んでおり、Fの権利を侵害することを理由に、Gの請求に応ずることを拒んでいる。「和風だし」2000箱分は、種類及び品質が同一であり、包装も均一であったし、それらについてFとGは共有持分権を有する(寄託契約書第4条)ので、残存している1000箱がすべてGの寄託したものであるとは言えない。これは弁済者(H)が過失なく債権者を確知することができないときに当たるので、Hは供託をすることにより、その債務を免れることができる(第494条)。ここでの過失は債権者を確知することができないことに係る過失であり、「和風だし」1000箱が盗取されたことに係る過失ではないので、Hには過失がないと言える。
 以上により冒頭で述べた結論となる。

 

[設問3]
 1.債務不履行の成否
 Hは、Fの「山菜おこわ」を丙建物において無償で保管することをFと合意した。これは無償の寄託契約である。「和風だし」を目的物とする有償の寄託契約とは動機の部分で関係しているにすぎず、契約の内容とはなっていないので、「山菜おこわ」を目的物とする寄託は無償の寄託である。
 そうであれば、Hは、自己の財産に対するのと同一の注意をもって、寄託物(「山菜おこわ」)を保管する義務を負う(第659条)。自己の財産を保管している建物には施錠をするのが通常であるから、丙建物の施錠を忘れていたために「山菜おこわ」が盗取されたというのは、この注意義務に反している。よってHの債務不履行となる。
 2.Q百貨店の全店舗で「山菜おこわ」を取り扱ってもらえなくなったことについての損害の賠償(以下「本件損害賠償」とする)を請求することができるか否か
 Fは、Hに対し、本件損害賠償を請求することができる。
 1で検討したようにHの債務不履行により「山菜おこわ」が500箱全て盗取され、Fはその返還を受けることができなかった。債務不履行に対する損害賠償は、原則として通常生ずべき損害に限られるが、特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見し、又は予見することができたときには、その賠償を請求することができる(第416条第1項、第2項)。
 Q百貨店の全店舗で「山菜おこわ」を取り扱ってもらえなくなったことについての損害(本件損害)は第416条第2項の特別損害に当たる。平成24年1月12日のやり取りから、FはQとの間で、先行的に販売された「山菜おこわ」の評判がよいという条件付で、Q百貨店の全店舗で「山菜おこわ」を販売するという契約が成立していたと考えられる。もし実際にそうなればFは「山菜おこわ」の販売から利益を得られていたはずなので、その契約がなくなってしまったことはFの損害に当たる。しかし、受寄していた目的物を返還できないとそれを超えた契約に影響を与えるということは通常生じないので特別損害に当たり、Hがその事情を予見し、又は予見することができたときに限り、Fはその賠償を請求することができる。
 Hは平成24年1月22日に料亭「和南」にて行われたFとの会話を通じて、Hが受寄している先行販売用の「山菜おこわ」がその後のQ百貨店全店舗での取り扱いの条件となっていることを知った。もしその先行販売用の「山菜おこわ」がなくなってしまうと、評判がよいとか悪いとかの以前の話になり、FがQ百貨店全店舗での取り扱いをしてもらえなくなるであろうことは容易に予見できたはずである。そしてこの予見はHが注意義務に違反した平成24年1月24日の時点で可能であった。
 以上より冒頭の結論となる。

*1 「Bが相続によりDから取得した」となるように「Dから」を挿入する。

以上

 

修正答案

以下民法についてはその条数のみを示す。

[設問1]
 (1)
 この主張は認められない。その理由を以下で説明する。
 1985年4月の時点ではCが実体上も登記上も甲土地を所有していた。その時点でCが死亡することにより、Cの子であるDとEが法定相続分(第900条第4号)に従い、甲土地の持分権を2分の1ずつ共有することとなる(第882条、第898条)。これと異なる遺言や遺産分割の存在は確認できない。そしてその2分の1の甲土地の持分権を1988年7月にBが相続によりDから取得した。
 その後の1990年11月にBが甲土地をAに売るという売買契約が成立した。Aは契約成立日に代金を全額払っている。この時点でBは甲土地の持分権を2分の1だけ有しており、残りの2分の1はEが有している。他人物売買も有効でありBは甲土地全部の所有権をAに移転する義務を負う(第560条)が、Eの協力がなければそれは不可能である。そして本件でEの協力があった形跡はない。よってAは甲土地の2分の1の持分権は売買契約により取得するが、残りの2分の1の持分権については取得しない。相続によりこのAの立場は包括的に承継したFは、甲土地の所有権について、2分の1の持分権の限度について主張できるにすぎず、全部の所有権が自己にあるとの主張は認められない。
 なお、Fが甲土地全部について自己を所有者とする登記をしていたとしてもこの結論に変わりはない。不動産の得喪については登記をしなければ第三者に対抗することができない(第177条)ところ、その第三者とは正当な利益を有する者に限定されると解釈するのが適切であり、Eが持分権を有している部分に関してFは正当な利益を有する者ではないからである。

 (2)
 下線を付した事実は、この取得時効の要件を論ずる上で法律上の意義を有する。この取得時効は第162条第1項に規定されており、そこでは「所有の意思をもって」という要件が挙げられている。この所有の意思は占有開始時を基準にして判断される。FはAと合わせて甲土地の占有が20年間継続したと主張するはずであるから、この場合はAの占有開始時が基準となる。下線を付した事実は、その基準となる時点で、Aが所有の意思をもっていたことを基礎づけるという法律上の意義を有する。占有者は所有の意思をもっていることが推定される(第186条第1項)が、下線を付した事実にはその推定を覆すことを妨げるという意義がある。また、第162条第1項は取得時効が成立する対象物として「他人の物」と規定しているので、下線を付した事実は甲土地がAにとって他人の物なのかそれとも自己の物なのかを決定する際にも意義を有している。長期に及ぶ事実状態を尊重するという取得時効の存在意義から考えると、仮に自己の物であったとしても取得時効を認めない理由はないとするのが判例である。

 

[設問2]
 Gのする「和風だし」1000箱の引渡請求の全部が債権的には認められるが、そのうちの500箱についてはFの共有持分権が及ぶので、結果的には残りの500箱についてのみ引渡請求が認められる。
 別紙の寄託契約書からだけでは、今回のように寄託物が滅失した場合についてどうすればよいかを一義的に決めることができないので、民法の規程を参考にしながら当事者の意思に沿うような解決が求められる。
 FとH、GとHは、それぞれ別紙の内容の寄託契約を締結した。寄託契約書第1条によるとGはHに「和風だし」1000箱を寄託しており、同第6条により受寄者(H)は、寄託者(G)に対し、寄託者の寄託に係るものと同一数量のもの(「和風だし」1000箱)を返還する義務を負う。よって本来であれば、Gのする「和風だし」1000箱の引渡請求の全部がこの寄託契約に基づき認められることになる。
 しかしHはFとも同様の寄託契約を結んでおり、Fの権利を侵害することを理由に、Gの請求に応ずることを拒んでいる。寄託者及び他の寄託者(FとG)が、混合保管をされた物について、それぞれ寄託した物の数量の割合(F:G=1:1)に応じ,寄託物の共有持分権を有する(寄託契約書第4条)ので、残存している1000箱についてはFとGが1:1の割合で共有持分権を有することとなる。そして各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、共有物に変更を加えることができない(第251条)ので、Fの権利(共有持分権)を侵害するというHの主張は正当である。しかしGの引渡請求は共有物分割請求(第256条)だと解釈することができるので、Gが共有持分権を有している範囲(500箱)でそれが認められる。「和風だし」は1000箱まとまっていることに重要な意味があるものではなく小分けして売却することが予定されているものなので、このように共有物分割請求を認めるのが当事者の意思に適うと考えられる。
 以上により冒頭で述べた結論となる。

 

[設問3]
 1.債務不履行の成否
 Hは、Fの「山菜おこわ」を丙建物において無償で保管することをFと合意し、それを丙建物に運び込んだので、寄託契約が成立している(第657条)。これは無償の寄託契約である。「和風だし」を目的物とする有償の寄託契約とは動機の部分で関係しているにすぎず、契約の内容とはなっていないので、「山菜おこわ」を目的物とする寄託は無償の寄託である。
 そうであれば、Hは、自己の財産に対するのと同一の注意をもって、寄託物(「山菜おこわ」)を保管する義務を負う(第659条)。自己の財産を保管している建物には施錠をするのが通常であるから、丙建物の施錠を忘れていたために「山菜おこわ」が盗取されたというのは、この注意義務に反している。よってHの債務不履行となり、Fはこれによって生じた損害の賠償を請求することができる(第415条)。
 2.Q百貨店の全店舗で「山菜おこわ」を取り扱ってもらえなくなったことについての損害の賠償(以下「本件損害賠償」とする)を請求することができるか否か
 Fは、Hに対し、本件損害賠償を請求することができる。
 1で検討したようにHの債務不履行により「山菜おこわ」が500箱全て盗取され、Fはその返還を受けることができなかったので、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。そこでFにHの債務不履行による損害が生じているかどうか、そして損害が生じているとすればどのような性質の損害であるかを順次検討する。
 平成24年1月12日のやり取りから、FとQとの間で、先行的に販売された「山菜おこわ」の評判がよいという条件付で、Q百貨店の全店舗で「山菜おこわ」を販売するという契約が成立していたと考えられる。条件付とはいってもQ百貨店のほうから声をかけたといった事情などを考慮すると、それが実現する蓋然性は高い。そしてもし実際にそうなればFは「山菜おこわ」の販売から利益を得られていたはずなので、その契約がなくなってしまったことはFの損害に当たる。多少の不確定要素は損害額の部分で反映させることもできるのだから、額はともかくとして損害が発生しているとするのが適切である。Qは先行販売用の「山菜おこわ」が盗取されてしまったことを受けてFの商品保管態勢が十分であるとはいえないとして、Q百貨店の全店舗で「山菜おこわ」を販売するという話を取りやめた。こうした経緯から、Hの債務不履行によりFに損害が生じていると言える。
 しかしながら、このような損害が発生するとは通常考えづらいので、Hにその責任を負わせるのは酷である。こうした事態に配慮しているのが第416条で、債務不履行に対する損害賠償は、原則として通常生ずべき損害に限られる(第416条第1項)が、特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見し、又は予見することができたときには、その賠償を請求することができる(第416条第2項)と規定されている。その予見は、債務不履行をした者が、債務不履行時にすることができたかどうかで判断するのが責任主義の観点から妥当である。Q百貨店の全店舗で「山菜おこわ」を取り扱ってもらえなくなったことについての損害(本件損害)は第416条第2項の特別損害に当たり、Hが注意義務に違反して「山菜おこわ」を盗取されて時点でその事情を予見し、又は予見することができたときに限り、Fはその賠償を請求することができる。
 Hは平成24年1月22日に料亭「和南」にて行われたFとの会話を通じて、Hが受寄している先行販売用の「山菜おこわ」がその後のQ百貨店全店舗での取り扱いの条件となっていることを知った。ある物を受寄する際には、それがどのような性質のものであり、どのような目的に用いられるかなどを知っておくはずであるという事情もある。もしその先行販売用の「山菜おこわ」がなくなってしまうと、評判がよいとか悪いとかの以前の話になり、FがQ百貨店全店舗での取り扱いをしてもらえなくなるであろうことは容易に予見できたはずである。そしてこの予見はHが注意義務に違反した平成24年1月24日の時点で可能であった。
 以上より冒頭の結論となる。

以上

 

 

感想

[設問2]はどう論じたらよいかわからず悩んだ末に、出題者から求められていない供託という記述をしてしまいました。[設問1]と[設問3]は一応の水準くらいには達していたのではないかと思いますが、不十分な点が多々あったので、それを修正しました。

 

 




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