浅野直樹の学習日記

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2014 / 9月

平成25年司法試験論文公法系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100)

 Aは,B県が設置・運営するB県立大学法学部の学生で,C教授が担当する憲法ゼミナール(以下「Cゼミ」という。)を履修している。Cゼミの202*年度のテーマは,「人間の尊厳と格差問題」である。Cゼミ生は,C教授の承諾も得て,ゼミの研究活動の一環として貧富の格差の拡大に関して多くの県民と議論することを目的としたシンポジウム「格差問題を考える」を県民会館で開催した。そのシンポジウムでの活発な意見交換を経て,「格差の是正」を訴える一連のデモ行進を行うことになった。そのデモ行進については,Cゼミ生を中心として実行委員会が組織され,Aがその委員長に選ばれた。実行委員会は,第1回目のデモ行進を202*年8月25日(日)に行うこととして,ツイッター等を通じて参加を呼び掛けたところ,参加希望者は約1000人となった。そこで,Aは,主催者として,B県集団運動に関する条例第2条(【参考資料1】参照)の定めにより,B県の県庁所在地であるB市の金融街から市役所,県庁に至る片道約2キロメートルの幹線道路を約1000人の参加者が往復するデモ行進許可申請書を提出した。デモ行進が行われる幹線道路沿いには多くの飲食店があり,市の中心部にある県庁や市役所の周りは県内最大の商業ゾーンでもある。B県公安委員会は,デモ行進は片側2車線の車道の歩道寄りの1車線内のみを使うことという条件付きで許可した。
 第1回目のデモ行進の当日,Aら実行委員会は,デモ参加者に対し,デモ行進中は拡声器等を使用しないこと,また,ビラの類は配らず,ゴミを捨てないようにすることを徹底させた。第1回目のデモ行進は,若干の飲食店から売上げが減少したとの県への苦情があったが,その他は特に問題を起こすことなく終えた。そこで,Aら実行委員会は,第2回目のデモ行進を同年9月21日(土)に,第1回目と同じ計画で行うこととし,同月5日(木)にデモ行進の許可申請を行った。これに対し,B県公安委員会は,第1回目と同様の条件を付けて許可した。
 B県では,次年度以降の財政の在り方をめぐり,社会福祉関係費の削減を中心として,知事と県議会が激しく対立していた。知事は,同月13日(金)に,B県住民投票に関する条例(【参考資料2】参照)第4条第3項に基づき,「社会福祉関係費の削減の是非」を付議事項として住民投票を発議し,翌10月13日(日)に住民投票を実施することとした。
 第2回目のデモ行進も,拡声器等を使用せず,ビラの類も配らずに無事終了した。ただし,住民投票実施ということもあって参加者は2000人近くに達し,「県の社会福祉関係費の削減に反対」という横断幕やプラカードを掲げる参加者もいたし,「社会福祉関係費の削減に反対票を投じよう」というシュプレヒコールもあった。また,デモ行進が行われた道路で交通渋滞が発生したために,幹線道路に近接した閑静な住宅街の道路を迂回路として使う車が増えた。第2回目のデモ行進終了後,市民や町内会からは,住宅街で交通事故が起きることへの不安や騒音被害を訴える苦情が県に寄せられた。また,第1回目よりも更に多くの飲食店から,デモ行進の影響で飲食店の売上げが減少したという苦情が県に寄せられた。
 Aら実行委員会は,第3回目のデモ行進を同年9月29日(日)に行うことにして,参加予定人員を2000人とし,その他は第1回目・第2回目と同様の計画で許可申請を行った。しかし,B県公安委員会は,住民投票日が近づいてきて一層住民の関心が高まっており,第3回目のデモ行進は,市民の平穏な生活環境を害したり,商業活動に支障を来したりするなど,住民投票運動に伴う弊害を生ずる蓋然性が高いと判断し,当該デモ行進の実施がB県集団運動に関する条例第3条第1項第4号に該当するとして,当該申請を不許可とした。
 この不許可処分に抗議するために,Aら実行委員ばかりでなく,デモ行進に参加していた人たち約200人が,B県庁前に集まった。そこに地元のテレビ局が取材に来ていて,Aがレポーターの質問に答えて,「第1回のデモ行進と第2回のデモ行進が許可されたのに,第3回のデモ行進が不許可とされたのは納得がいかない。平和的なデモ行進であるのにもかかわらず,デモ行進を不許可としたことは,県の重要な政策問題に関する意見の表明を封じ込めようとするものであり,憲法上問題がある」と発言する映像が,ニュースの中で放映された。そのニュースを,B県立大学学長や副学長も観ていた。
 AたちCゼミ生は,当初から,学外での活動の締めくくりとして,学内で「格差問題と憲法」をテーマにした講演会の開催を計画していた。デモ行進が不許可になったので学内講演会の計画を具体化することとなったが,知事の施策方針に賛成する県議会議員と反対する県議会議員を講演者として招き,さらに,今回のデモ行進の不許可処分に関するC教授による講演を加えて,開催することにした。C教授の了承も得て,Aたちは,Cゼミとして教室使用願を大学に提出した。同じ頃,Cゼミ主催の講演会とは開催日が異なるが,経済学部のゼミからも,2名の評論家を招いて行う「グローバリゼーションと格差問題:経済学の観点から」をテーマとした講演会のための教室使用願が提出されていた。
 B県立大学教室使用規則では,「政治的目的での使用は認めず,教育・研究目的での使用に限り,これを許可する」と定められている。この規則の下で,同大学は,ゼミ活動目的での申請であり,かつ,当該ゼミの担当教授が承認していれば教室の使用を許可する,という運用を行っている。同大学は,経済学部のゼミからの申請は許可したが,Cゼミからの申請は許可しなかった。大学側は,Aらが中心となって行ったデモ行進が県条例に違反すること,ニュースで流されたAの発言は県政批判に当たるものであること,また講演者が政治家であることから,Cゼミ主催の講演会は政治的色彩が強いと判断した。
 Aは,B県を相手取ってこの2つの不許可処分が憲法違反であるとして,国家賠償訴訟を提起することにした。

 

〔設問1〕
 あなたがAの訴訟代理人となった場合,2つの不許可処分に関してどのような憲法上の主張を行うか。
 なお,道路交通法に関する問題並びにB県各条例における条文の漠然性及び過度の広汎性の問題は論じなくてよい。

 

〔設問2〕
 B県側の反論についてポイントのみを簡潔に述べた上で,あなた自身の見解を述べなさい。

 

【参考資料1】B県集団運動に関する条例(抜粋)

第1条 道路,公園,広場その他屋外の公共の場所において集団による行進若しくは示威運動又は集会(以下「集団運動」という。)を行おうとするときは,その主催者は予めB県公安委員会の許可を受けなければならない。
第2条 前条の規定による許可の申請は,主催者である個人又は団体の代表者(以下「主催者」という。)から,集団運動を行う日時の72時間前までに次の事項を記載した許可申請書三通を開催地を管轄する警察署を経由して提出しなければならない。
一 主催者の住所,氏名
二 集団運動の日時
三 集団運動の進路,場所及びその略図
四 参加予定団体名及びその代表者の住所,氏名
五 参加予定人員
六 集団運動の目的及び名称
第3条 B県公安委員会は,前条の規定による申請があつたときは,当該申請に係る集団運動が次の各号のいずれかに該当する場合のほかは,これを許可しなければならない。
一~三 (略)
四 B県住民投票に関する条例第14条第1項第2号及び第3号に掲げる行為がなされることとなることが明らかであるとき。
2 B県公安委員会は,次の各号に関し必要な条件を付けることができる。
一,二 (略)
三 交通秩序維持に関する事項
四 集団運動の秩序保持に関する事項
五 夜間の静ひつ保持に関する事項
六 公共の秩序又は公衆の衛生を保持するためやむを得ない場合の進路,場所又は日時の変更に関する事項

 

【参考資料2】B県住民投票に関する条例(抜粋)

第1条 この条例は,県政に係る重要事項について,住民に直接意思を確認するための住民投票に係る基本的事項を定めることにより,住民の県政への参加を推進し,もって県民自治の確立に資することを目的とする。
第2条 住民投票に付することができる県政に係る重要事項(以下「重要事項」という。)は,現在又は将来の住民の福祉に重大な影響を与え,又は与える可能性のある事項であって,住民の間又は住民,議会若しくは知事の間に重大な意見の相違が認められる状況その他の事情に照らし,住民に直接その賛成又は反対を確認する必要があるものとする。
第4条 (略)
2 (略)
3 知事は,自ら住民投票を発議し,これを実施することができる。
4 住民投票の期日は,知事が定める。
第14条 何人も,住民投票の付議事項に対し賛成又は反対の投票をし,又はしないよう勧誘する行為(以下「住民投票運動」という。)をするに当たっては,次に掲げる行為をしてはならない。
一 買収,脅迫その他不正の手段により住民の自由な意思を拘束し又は干渉する行為
二 平穏な生活環境を害する行為
三 商業活動に支障を来す行為
2 (略)

 

練習答案

 以下日本国憲法についてはその条数のみを示す。

[設問1]
 1.デモ行進不許可処分について
 デモ行進は、動く集会だと捉えるにせよ、言論活動だと捉えるにせよ、第21条第1項で保障される表現の自由に含まれる。しかしそれが無条件で絶対的に保障されるわけではなく他の権利との調整が必要となる。他の権利とは例えば生命・身体の自由(第13条)や営業の自由(第22条第1項)である。これらの権利に関する状況は地域ごとに異なっているので、条例でその調整を行ってもよい。こうした調整を目的とするB県集団運動に関する条例(以下条例①とする)の存在そのものは合憲である。
 しかしその適用が違憲になることがある。それは理論的には表現の自由と他の権利との調整が不適当になる場合であるが、事例ごとに検討して判断するしかないので、以下では本件の具体的事情に即して考える。
 本件デモ行進不許可処分の根拠は条例①第3条第1項第4号であり、そこではB県住民投票に関する条例(以下条例②とする)第14条第1項第2号及び第3号に掲げる行為がなされることとなることが明らかであるときという理由が書かれている。そうであっても表現の自由を制限するのは他の権利でなければならず、住民投票の円滑な実施や、ましてや住民投票での特定の結果のために表現の自由を制限してはならない。住民投票という事情は、平穏な生活環境(生命・身体の自由及び幸福追求権)を害する行為や商業活動(営業の自由)に支障を来す行為を評価するためだけに考慮されなければならない。
 本件第1回目・第2回目のデモでは、平穏な生活環境や商業活動に多少の影響を与えたが、デモ行進を不許可とすべきほどではなかった。第3回目はその影響が増大することが予想されるが、Aもそれを見越して参加予定人員を2000人として許可申請を行っていた。これらの事情を総合的に考えると、デモ行進の場所・時間・様態に何らかの条件を付すことはあっても、デモ行進そのものを不許可とすることは権利調整といえども不適当であり、条例①及び条例②の適用違憲である。
 2.教室使用不許可処分
 大学で講演会を開催することは先に述べた表現の自由に加えて学問の自由(第23条)にも関係する。教室使用不許可処分には学問の自由をも制約するに足る理由が必要となる。
 そもそも本件教室使用不許可処分について国家賠償訴訟を提起する相手方としてB県が適当であるのかという疑念が生じるかもしれないが、その点に問題はない。大学には一定の自治権があるが、それは無制限に認められるものではなく、憲法に違反して構成員に損害を与えた場合などには被告として適格である。本件で登場する大学はB県立大学なので、B県が被告になる。
 本件教室使用不許可処分の理由は、Cゼミ主催の講演会は政治的色彩が強いというものである。経済学部のゼミからの申請は許可されていることからしても、他の理由はないようである。
 戦前に特定の思想的傾向を有する研究をしている教授を大学から追放したことなどの反省から日本国憲法では学問の自由がはっきりと保障された。その趣旨は学問を政治から独立させることだと言えるが、学問を政治と関わらせないということではない。むしろどのような政治的傾向を有している学問も保障するということである。
 この観点からB県立大学教室使用規則の文言を検討すると、「政治的目的での使用は認めず」とあるのは「もっぱら政治的目的での使用は認めず」という意味であり、教育・研究目的(学問目的)と政治性が併存していたとしても教育【原文ママ】使用は可能であると解釈しなければならない。
 そうすると本件教室使用不許可処分はB県立大学教室使用規則を誤って解釈した結果Aらの学問の自由を侵害したことになるので憲法違反である。

 

[設問2]
 1.B県側の反論
 (1)デモ行進不許可処分について
 本件デモ行進不許可処分は、条例①及び条例②に基づくものであって違憲ではない。既に交通事故への不安や飲食店の売上げ減少の苦情が寄せられていたところ、第3回目の本件デモを許可すると、平穏な生活環境が害され商業活動に支障を来すことは明らかだからである。
 (2)教室使用不許可処分について
 本件教室使用不許可処分は大学の自治権の範囲内でB県立大学教室使用規則に従って行ったものであり違憲ではない。大学は教育・研究機関であり、政治活動の場ではない。
 2.私自身の見解
 (1)デモ行進不許可処分について
 本件デモ行進不許可処分は違憲であると考える。Aらの表現の自由と周辺住民の生命・身体の自由、幸福追求権、営業の自由との調整がここでの論点であるが、不許可にするのではなく適当な条件を付すという他のより制限的でない手段が存在するので、本件処分は違憲である。表現の自由は一度失われてしまうと取り戻せない(同じ状況で同じ表現はもうできない)ので、それを制限するときは厳密に考えなければならない。
 (2)教室使用不許可処分について
 本件教室使用不許可処分は違憲であると考える。確かに大学には一定の自治権があり、教室使用にも一定の裁量が認められる。教室の数は有限なのだから、地域住民の利用よりも構成員の利用を優先するといった運営は許される。しかしその内容に立ち入って許可・不許可を決めることは学問の自由を脅かす。ましてや政治性を基準にすれば何とでも言えてしまい、運営者の意に沿わない学問が排除されてしまいかねない。各自が個別に学問を追究することは制限されていないといっても、講演会のような場で意見を交流するのは学問の中でも重要な位置を占める営みである。よって不当にこれを制限する本件教室使用不許可処分は違憲である。

以上

 

修正答案

 以下日本国憲法についてはその条数のみを示す。

[設問1]
 1.デモ行進不許可処分について
 デモ行進は動く集会であり、デモ行進をする自由は第21条第1項で保障される表現の自由に含まれる。自らの思想を表現することとその反作用として他者の表現に触れることは、個人の思想形成の上でも民主主義の上でも重要であり、デモ行進はその目的に大いに資するので、表現の自由として保障されるべきである。このように表現の自由として保障されるデモ行進を、法律の授権もなく公安委員会が不許可とすることのできることを定めたB県集団運動に関する条例(以下条例①とする)は、条例そのものが違憲である。デモ行進を不許可とすることは表現の事前抑制であり、表現の自由を大きく制約するものとなる。表現には表現で対抗するのが民主主義社会の原則であり、表現を事前に抑制することは、第21条第2項で検閲が禁止されていることからしても、よほどのことがない限り許されてはならない。
 また、仮に条例そのものが違憲ではないとしても、その適用が違憲になることがある。本件デモ行進不許可処分の根拠は条例①第3条第1項第4号であり、そこではB県住民投票に関する条例(以下条例②とする)第14条第1項第2号及び第3号に掲げる行為がなされることとなることが明らかであるときという理由が書かれている。そうであっても表現の自由を制限するのは、生命・身体の自由(第13条)や営業の自由(第22条第1項)などの他の権利でなければならず、住民投票の円滑な実施や、ましてや住民投票での特定の結果のために表現の自由を制限してはならない。住民投票という事情は、平穏な生活環境(生命・身体の自由及び幸福追求権)を害する行為や商業活動(営業の自由)に支障を来す行為を評価するためだけに考慮されなければならない。
 本件第1回目・第2回目のデモでは、平穏な生活環境や商業活動に多少の影響を与えたが、デモ行進を不許可とすべきほどではなかった。第3回目はその影響が増大することが予想されるが、Aもそれを見越して参加予定人員を2000人として許可申請を行っていた。住民投票が近づいていたのでデモ参加人数が2000人を超えることも想定されるが、平穏な生活環境を害する行為や商業活動に支障を来す行為が明らかに発生するとまでは言えない。交通事故は警察の誘導などで防ぐことができるし、商業活動に支障を来すといっても数時間のことであるから継続的な道路工事などよりもましであり、受忍限度内である。デモ行進の場所・時間・様態に何らかの条件を付すことを選択肢に入れるとなおさらである。道路がデモ行進に適した場所であることは言うまでもない。よってデモ行進そのものを不許可とすることは権利調整といえども不適当であり、条例①及び条例②の適用を誤ったものとして違憲になる。
 2.教室使用不許可処分
 大学で講演会を開催することは先に述べた表現の自由に加えて学問の自由(第23条)にも関係する。「格差問題と憲法」をテーマにした講演会は学問的活動の一環であり、その教室使用を不許可とする処分には学問の自由をも制約するに足る理由が必要となる。
 本件教室使用不許可処分の理由は、Cゼミ主催の講演会は政治的色彩が強いというものである。これと類似した経済学部のゼミからの申請は許可されていることからしても、他の理由はないようである。
 学問の自由の沿革を見ると、戦前に特定の思想的傾向を有する研究をしている教授を大学から追放したことなどの反省から、日本国憲法ではこれがはっきりと保障されることとなった。その趣旨は学問を政治から独立させることだと言えるが、学問を政治と関わらせないということではない。むしろどのような政治的傾向を有している学問も保障するということである。
 この観点からB県立大学教室使用規則の文言を検討すると、「政治的目的での使用は認めず」とあるのは「もっぱら政治的目的での使用は認めず」という意味であり、教育・研究目的(学問目的)と政治性が併存していたとしても教室使用は可能であると解釈しなければならない。類似したテーマの経済学部のゼミからの申請は許可されているのだから、Aの申請が差別的に取り扱われているとも考えられる。
 そうすると本件教室使用不許可処分はB県立大学教室使用規則を誤って解釈した結果Aらの学問の自由を侵害したことになり、平等原則(第14条第1項)にも違反しているので憲法違反である。

 

[設問2]
 1.B県側の反論
 (1)デモ行進不許可処分について
 道路は公の施設である。地方自治法第244条第2項の反対解釈により、地方自治体は正当な理由があれば住民が公の施設を利用することを拒むことができる。平穏な生活環境を害する行為や商業活動に支障を来す行為を防ぐためというのは正当な理由であるから、それに基づいてデモ行進を不許可とすることのできる条例は地方自治法の授権の範囲内である。表現の自由との関連で言っても、デモでの主張内容とは関わらない付随的な規制であるので憲法に反していない。
 本件デモ行進不許可処分は、上記の正当な理由に基づくものであって違憲ではない。既に交通事故への不安や飲食店の売上げ減少の苦情が多数寄せられていたところ、第3回目の本件デモを許可すると、平穏な生活環境が害され商業活動に支障を来すことは明らかだからである。B県の警察だけでは対応し切れない。
 (2)教室使用不許可処分について
 本件教室使用不許可処分は大学の自治権の範囲内である。学生にすぎないAに教育・研究の自由は保障されていない。本件処分はB県立大学教室使用規則に従って行ったものであり違憲ではない。大学は教育・研究機関であり、政治活動の場ではない。Aからの申請を特に差別的に取り扱ってはいない。
 2.私自身の見解
 (1)デモ行進不許可処分について
 条例①そのものが違憲とはいえないまでも、本件デモ行進不許可処分は条例①の適用を誤ったもので違憲であると考える。
 表現の自由といえども無条件で絶対的に保障されるわけではなく他の権利との調整が必要となる。その調整を行うことを目的とする条例①そのものは合憲である。「許可」という文言が使われていても、条例①の第3条の各号のいずれかに該当する場合のほかは許可しなければならないと規定されているので、実質的には届出制である。
 本件での条例①及び条例②の適用については、Aらの表現の自由と周辺住民の生命・身体の自由、幸福追求権、営業の自由との調整が適当に行われているかが論点になる。表現の自由は一度失われてしまうと取り戻せない(同じ状況で同じ表現はもうできない)ので、それを制限するときは厳密に考えなければならない。そう考えると、デモ行進を不許可にするのではなく適当な条件を付すという他のより制限的でない手段が存在するので、本件処分は違憲である。仮にB県の警察だけでは対応し切れないとしても、事前に日時がわかっているのだから、近隣から応援を頼むこともできたはずである。
 (2)教室使用不許可処分について
 本件教室使用不許可処分は違憲であると考える。
 そもそも本件教室使用不許可処分について国家賠償訴訟を提起する相手方としてB県が適当であるのかという疑念が生じるかもしれないが、その点に問題はない。大学には一定の自治権があるが、それは無制限に認められるものではなく、憲法に違反して構成員に損害を与えた場合などには適法な訴えとなる。本件で登場する大学はB県立大学なので、B県が被告になる。
 Aは学生であり教育・研究の自由は保障されていないという見解があるが、学生にも可能な限り教育・研究の自由が保障されるべきだと私は考える。大学では教員だけが教育・研究活動を行っているわけではなく、院生や学生も行っている。とりわけゼミではそうである。ゼミでの学生の発表に着想を得て教員が研究を進めることも珍しくない。教員と学生の申請がかち合ったときに教員の申請を優先するということはあっても、本件のように学生が教員の意思を体現している場合はその学生にも教育・研究の自由が認められるべきである。
 確かに大学には一定の自治権があり、教室使用の許可・不許可にも一定の裁量が認められる。教室の数は有限なのだから、地域住民の利用よりも構成員の利用を優先するといった運営は許される。しかしその内容に立ち入って許可・不許可を決めることは学問の自由を脅かす。ましてや政治性を基準にすれば何とでも言えてしまい、運営者の意に沿わない学問が排除されてしまいかねない。各自が個別に学問を追究することは制限されていないといっても、講演会のような場で意見を交流するのは学問の中でも重要な位置を占める営みである。よって不当にこれを制限する本件教室使用不許可処分は違憲である。これと類似した経済学部のゼミからの申請は許可されていることに着目すると、平等原則違反でもある。

以上

 

 

感想

練習では[設問1]と[設問2]の振り分けに失敗しました。[設問1]で自分の考えを書いてしまったのです。[設問1]では法令違憲と適用違憲の両方を主張するのが実際的かなと思いました。修正答案では出題趣旨で触れられていることをなかば無理矢理盛り込みました。

 



平成25年司法試験論文公法系第2問答案練習

問題

〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕と〔設問2〕の配点割合は,6:4〕)

 
 Aは,土地区画整理法(以下「法」という。)に基づいて1987年に設立されたB土地区画整理組合(以下「本件組合」という。)の組合員である。本件組合の施行する土地区画整理事業(以下「本件事業」という。)については,当初,国及びC県からの補助金並びに保留地(事業費を捻出するために売却に用いられる土地をいう。)の処分による収入により実施する計画であったが,地価の下落により,保留地の処分が計画どおり進まなかったため,本件組合は,度々資金計画を変更して,補助金の増額や事業資金の借入れにより対応してきた。しかし,なおも地価の下落が続き,事業費不足が生じたため,本件組合は,組合員に対して総額15億円の賦課金の負担を求めることとした。
 本件組合は,2012年6月17日に開催された臨時総会(以下「本件臨時総会」という。)において,賦課金の新設を内容とする定款変更(以下「本件定款変更」という。その内容については,【資料1】を参照。)について議決した。また,本件臨時総会においては,賦課金の額及び徴収方法を定める賦課金実施要綱(以下「本件要綱」という。)が議決された。本件要綱によると,300平方メートル以下の小規模宅地の所有者又は借地権者(以下「所有者等」という。)には,賦課金は課されず,300平方メートルを超える宅地の所有者等に対して,300平方メートルを超える地積に比例して,賦課金が割り当てられる。すなわち,各組合員の賦課金の額は,{(地積-300㎡)×賦課金単価}とされ,賦課金単価は,{15億円÷(総地積-総賦課金免除地積)}とされている。本件臨時総会で,本件組合の理事Dは,小規模宅地の所有者等に対する政策的配慮から,小規模宅地の所有者等については一律に賦課金支払義務を免除した旨を説明した。
 本件臨時総会における本件定款変更の議決状況は,【資料2】のとおりである。書面による議決権行使の書類については,本件組合の理事Dが組合員により署名捺印された白紙のままの書面議決書500通を受け取り,後で議案に賛成の記載を自ら施していた。
 本件組合は,法第39条第1項の規定に基づき,本件定款変更について認可を申請し,C県知事は,2012年12月13日付けで,本件定款変更の認可(以下「本件認可」という。)を行った。
 本件事業の施行区域内に2000平方メートルの宅地を所有するAは,本件認可に不満を持ち,C県の担当部署を訪れて,本件認可を見直すよう申し入れるとともに,聞き入れられない場合には,本件認可の取消しを求めて訴訟を提起する考えを伝えた。しかし,C県職員からは,本件認可を見直す予定はないこと,及び,本件認可は取消訴訟の対象とならないことを告げられた。途方に暮れたAは,知り合いの弁護士Eに相談した。
 以下に示された【法律事務所の会議録】を読んだ上で,弁護士Eの指示に応じ,弁護士Fの立場に立って,設問に答えなさい。
 なお,土地区画整理法の抜粋は【資料3】に掲げてあるので,適宜参照しなさい。ただし,土地区画整理法及び同法施行令の規定によると,費用の分担に関する定款変更は総会の特別議決事項とされており,組合員の3分の2以上が出席し,出席組合員の(人数及び地積における)3分の2以上で決することとされているが,これに関する規定は【資料3】には掲げていない。

 
〔設問1〕
 本件認可は,取消訴訟の対象となる処分に当たるか。土地区画整理組合及びこれに対する定款変更認可の法的性格を論じた上で,本件認可の法的効果を丁寧に検討して答えなさい。

 
〔設問2〕
 本件認可は適法か。関係する法令の規定を挙げながら,適法とする法律論及び違法とする法律論として考えられるものを示して答えなさい。

 
【法律事務所の会議録】

 
弁護士E:Aさんは,本件認可の取消訴訟を提起したい意向です。そこで,まず,訴訟要件について検討しましょう。本件認可に処分性は認められるでしょうか。
弁護士F:「認可」という文言からして,処分性は問題なく認められるのではないでしょうか。
弁護士E:本件では,土地区画整理組合に対する認可である点に注意が必要です。Aさんの話では,C県の職員は,「本件組合は,行政主体としての法的性格を与えられている」と述べたそうです。
弁護士F:本件組合が行政主体であるとは,どういうことでしょうか。土地区画整理法にそのようなことが規定されているのでしょうか。
弁護士E:認可の法的性格を考える上で前提になりますから,検討をお願いします。それから,C県の職員は,「下級行政機関である本件組合に対する本件認可は,処分に該当しない」と明言していたようです。なぜ本件認可の処分性が否定されることになるのか,C県側の立脚している考え方について,整理してください。その際,C県側の主張の論拠となり得る土地区画整理法の規定があれば,挙げてください。
弁護士F:承知しました。ただ,本件認可の法的効果を幅広く検討することによって,処分性が認められる余地があるのではないでしょうか。
弁護士E:なるほど。本件認可の法的効果を条文に即して幅広く検討する必要がありますね。Aさんの話では,C県の職員は,「市町村が土地区画整理事業を行う場合には,定款ではなく施行規程を条例で定めることとされています。条例の制定行為に処分性が認められないのと同様に,本件認可は処分に該当するものではありません。」と述べたそうです。この主張がどのような法的根拠に基づいており,何を理由に処分性を否定する趣旨なのか,明らかにする必要があります。また,この主張に対してどのように反論すべきかについて,重要な点ですから,賦課金の具体的な仕組みに即した丁寧な検討をお願いします。
弁護士F:承知しました。
弁護士E:次に,本件認可の適法性について検討しましょう。Aさんの話では,本件事業は,地価が高騰しつつあったバブル経済期に計画され,保留地を高値で売却できることが資金計画の前提とされていました。ところが,バブル経済の崩壊により,この前提が大きく崩れたにもかかわらず,本件組合は,地価はいずれ持ち直すという楽観的な見通しのもとに資金計画を変更し,さらに資金計画の変更を迫られるということを繰り返しています。今回の資金計画の変更は,事業当初から数えて7回目に当たります。このような度重なる資金計画の変更は,本件組合が本件事業を遂行できるのかについて大きな疑問を抱かせるものであること,また,本件事業は既に実質的に破綻しており,賦課金の新設を認めることは違法であることなどが,Aさんの主張です。Aさんの主張が本件認可の違法事由として法律構成できるものなのかについて,土地区画整理法の条文に即して検討してください。
弁護士F:承知しました。
弁護士E:それから,Aさんの不満は,本件定款変更が本件臨時総会で議決された経緯にもあるようです。費用の分担に関する定款変更は,特別議決事項とされていますが,本件臨時総会の議決状況を見ると,形の上では,議決の要件を満たしていますね。ただ,書面議決書の取扱いに問題があるように思われますので,この点についての違法性を,C県側の反論も想定した上で,検討してください。
弁護士F:承知しました。Aさんは,賦課金の算定方法が不公平であるという点にも不満を持っておられるようですね。私の方で少し調査しましたところ,本件組合の組合員1人当たりの平均地積は約482平方メートルですが,300平方メートル以下の宅地の所有権等を有し,賦課金が免除される組合員は930名で,総組合員の約80パーセントを占めています。また,賦課金が免除される宅地の総地積は約23万平方メートルで,施行地区内の宅地の総地積の約41パーセントを占めています。
弁護士E:なるほど。そのデータを踏まえ,本件の賦課金の算定方法の違法性につき,土地区画整理法の規定に照らして,検討してください。ただ,賦課金の算定方法は本件定款において直接定められているわけではありませんので,C県側は,賦課金の算定方法の違法性が本件認可の違法性をもたらすわけではないという主張をしてくるかもしれません。これに対する反論についても検討をお願いします。
弁護士F:承知しました。
【資料1 本件定款変更の内容】
賦課金に関する規定を新設し,第6条第2号を挿入して同条第3号以下を繰り下げるとともに,第7条及び第8条を挿入して第9条以下を繰り下げる。変更後の第6条ないし第8条は,以下のとおりである。
(収入金)
第6条 この組合の事業に要する費用は,次の各号に掲げる収入金をもってこれに充てる。
一 補助金及び助成金
二 次条の規定による賦課金
三 第9条の規定による保留地の処分金
四 (略)
五 寄付金及び雑収入
(賦課金)
第7条 前条第2号の賦課金の額及び賦課金徴収の方法は,総会の議決に基づき定める。
(過怠金及び督促手数料)
第8条 前条の規定による賦課金の滞納に督促状を発した場合においては,督促1回ごとに80円の督促手数料及びその滞納の日数に応じて当該督促に係る賦課金の額に年利10.75パーセントの割合を乗じて得た金額を延滞金として徴収するものとする。

 
【資料2 本件臨時総会における本件定款変更の議決状況】

 
総組合員数 1161名
宅地の総地積 56万平方メートル
出席組合員数 907名
(投票者287名,書面による議決権行使者620名)
賛成した出席組合員数 795名
(投票者225名,書面による議決権行使者570名)
賛成した出席組合員が所有権又は借地権を有する宅地総地積 39万平方メートル
(投票者18万平方メートル,書面による議決権行使者21万平方メートル)

 
【資料3 土地区画整理法(昭和29年5月20日法律第119号)(抜粋)】

 
(この法律の目的)
第1条 この法律は,土地区画整理事業に関し,その施行者,施行方法,費用の負担等必要な事項を規定することにより,健全な市街地の造成を図り,もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする。
(定義)
第2条 この法律において「土地区画整理事業」とは,都市計画区域内の土地について,公共施設の整備改善及び宅地の利用の増進を図るため,この法律で定めるところに従つて行われる土地の区画形質の変更及び公共施設の新設又は変更に関する事業をいう。
2~8 (略)
(土地区画整理事業の施行)
第3条 (略)
2 宅地について所有権又は借地権を有する者が設立する土地区画整理組合は,当該権利の目的である宅地を含む一定の区域の土地について土地区画整理事業を施行することができる。
3 (略)
4 都道府県又は市町村は,施行区域の土地について土地区画整理事業を施行することができる。
5 (略)
(設立の認可)
第14条 第3条第2項に規定する土地区画整理組合(以下「組合」という。)を設立しようとする者は,7人以上共同して,定款及び事業計画を定め,その組合の設立について都道府県知事の認可を受けなければならない。(以下略)
2~4 (略)
(定款)
第15条 前条第1項(中略)の定款には,次に掲げる事項を記載しなければならない。
一 組合の名称
二 施行地区(中略)に含まれる地域の名称
三 事業の範囲
四 事務所の所在地
五 (略)
六 費用の分担に関する事項
七~十二 (略)
(設立の認可の基準等及び組合の成立)
第21条 都道府県知事は,第14条第1項(中略)に規定する認可の申請があつた場合においては,次の各号(中略)のいずれかに該当する事実があると認めるとき以外は,その認可をしなければならない。
一 申請手続が法令に違反していること。
二 定款又は事業計画若しくは事業基本方針の決定手続又は内容が法令(中略)に違反していること。
三 (略)
四 土地区画整理事業を施行するために必要な経済的基礎及びこれを的確に施行するために必要なその他の能力が十分でないこと。
2~7 (略)
(組合員)
第25条 組合が施行する土地区画整理事業に係る施行地区内の宅地について所有権又は借地権を有する者は,すべてその組合の組合員とする。
2 (略)
(総会の組織)
第30条 組合の総会は,総組合員で組織する。
(総会の議決事項)
第31条 次に掲げる事項は,総会の議決を経なければならない。-6-
一 定款の変更
二 事業計画の決定
三 事業計画又は事業基本方針の変更
四~六 (略)
七 賦課金の額及び賦課徴収方法
八~十二 (略)
(議決権及び選挙権)
第38条 1,2 (略)
3 組合員は書面又は代理人をもつて(中略)議決権及び選挙権を行うことができる。
4 前項の規定により議決権及び選挙権を行う者は,(中略)出席者とみなす。
5,6 (略)
(定款又は事業計画若しくは事業基本方針の変更)
第39条 組合は,定款又は事業計画若しくは事業基本方針を変更しようとする場合においては,その変更について都道府県知事の認可を受けなければならない。(以下略)
2 (中略)第21条第1項(中略)の規定は前項に規定する認可の申請があつた場合又は同項に規定する認可をした場合について準用する。(以下略)
3~6 (略)
(経費の賦課徴収)
第40条 組合は,その事業に要する経費に充てるため,賦課金として(中略)組合員に対して金銭を賦課徴収することができる。
2 賦課金の額は,組合員が施行地区内に有する宅地又は借地の位置,地積等を考慮して公平に定めなければならない。
3 (略)
4 組合は,組合員が賦課金の納付を怠つた場合においては,定款で定めるところにより,その組合員に対して過怠金を課することができる。
(賦課金等の滞納処分)
第41条 組合は,賦課金(中略)又は過怠金を滞納する者がある場合においては,督促状を発して督促し,その者がその督促状において指定した期限までに納付しないときは,市町村長に対し,その徴収を申請することができる。
2 (略)
3 市町村長は,第1項の規定による申請があつた場合においては,地方税の滞納処分の例により滞納処分をする。(以下略)
4 市町村長が第1項の規定による申請を受けた日から30日以内に滞納処分に着手せず,又は90日以内にこれを終了しない場合においては,組合の理事は,都道府県知事の認可を受けて,地方税の滞納処分の例により,滞納処分をすることができる。
5 前2項の規定による徴収金の先取特権の順位は,国税及び地方税に次ぐものとする。
(施行規程及び事業計画の決定)
第52条 都道府県又は市町村は,第3条第4項の規定により土地区画整理事業を施行しようとする場合においては,施行規程及び事業計画を定めなければならない。(以下略)
2 (略)
(施行規程)
第53条 前条第1項の施行規程は,当該都道府県又は市町村の条例で定める。
2 前項の施行規程には,左の各号に掲げる事項を記載しなければならない。
一 土地区画整理事業の名称
二 施行地区(中略)に含まれる地域の名称-7-
三 土地区画整理事業の範囲
四 事務所の所在地
五 費用の分担に関する事項
六~八 (略)
(換地処分)
第103条 換地処分は,関係権利者に換地計画において定められた関係事項を通知してするものとする。
2 換地処分は,換地計画に係る区域の全部について土地区画整理事業の工事が完了した後において,遅滞なく,しなければならない。(以下略)
3 個人施行者,組合,区画整理会社,市町村又は機構等は,換地処分をした場合においては,遅滞なく,その旨を都道府県知事に届け出なければならない。
4 国土交通大臣は,換地処分をした場合においては,その旨を公告しなければならない。都道府県知事は,都道府県が換地処分をした場合又は前項の届出があつた場合においては,換地処分があつた旨を公告しなければならない。
5,6 (略)
(報告,勧告等)
第123条 国土交通大臣は都道府県又は市町村に対し,都道府県知事は個人施行者,組合,区画整理会社又は市町村に対し,市町村長は個人施行者,組合又は区画整理会社に対し,それぞれその施行する土地区画整理事業に関し,この法律の施行のため必要な限度において,報告若しくは資料の提出を求め,又はその施行する土地区画整理事業の施行の促進を図るため必要な勧告,助言若しくは援助をすることができる。
2 (略)
(組合に対する監督)
第125条 都道府県知事は,組合の施行する土地区画整理事業について,その事業又は会計がこの法律若しくはこれに基づく行政庁の処分又は定款,事業計画,事業基本方針若しくは換地計画に違反すると認める場合その他監督上必要がある場合においては,その組合の事業又は会計の状況を検査することができる。
2~7 (略)

 

練習答案

[設問1]
 1.土地区画整理組合の法的性質
 C県の職員が述べているように本件の土地区画整理組合が下級行政機関であれば、本件認可は処分に該当しないことになる。というのも、行政事件訴訟法の規律を受ける処分とは私人を名あて人にしたものだからである。通達のように行政機関内部でのやり取りはもっぱら行政権に関わるものであり、三権分立の観点から司法審査になじまない。法律の文言上は「認可」となっていても、それが行政機関内部でのやり取りであるならば、やはり司法審査になじまない。
 このC県側の主張の論拠となり得る土地区画整理法の規定がいくつかある。まず第3条の第2項と第4項で、土地区画整理事業の試行主体として、土地区画整理組合と都道府県又は市町村が並列的に挙げられている。そして第123条で都道府県知事や市町村長が土地区画整理組合に対して報告の要求や勧告ができると規定されている。さらに第125条で都道府県知事による組合に対する監督が規定されている。しかし土地区画整理組合が都道府県や市町村から命じられたことをしなければならないわけでもなく、これが下級行政機関であるとは言えない。
 2.本件定款変更認可の法的性格
 C県の職員が言うように、条例の制定行為は基本的に処分性が認められない。その理由は、条例が一般に不特定多数を一般的・抽象的に対象とするものであり、民主主義や住民自治の観点から、議会に委ねられるべきだという点にある。逆に言うと、条例という形式をとっていても、特定の者に義務を負わせるのであれば、それは処分に該当すると言える。
 本件認可は賦課金を新設する定款変更に対する認可である。その賦課金の具体的な仕組みは300平方メートルを超える宅地の所有者等に対して、300平方メートルを超える地積に比例して賦課金が割り当てられるというものであり、Aほか約200名に限って義務を負うことになる。よって先の基準からすると条例という形式であっても行政事件訴訟法で規律される処分に該当するとAは反論することができ、それが認められるべきである。
 3.結論
 以上より、本件認可は、取消訴訟の対象となる処分に当たる。

[設問2]
 1.本件事業の実態(実質的に破綻しているので違法であるというAの主張)
 本件認可は土地区画整理法第39条第1項に規定される組合の定款変更に係る都道府県知事の認可であり、同2項により第21条第1項の規定が準用される。そこで第21条第1項を見ると、その第四号にある「土地区画整理事業を施行するために必要な経済的基礎及びこれを的確に施行するために必要なその他の能力が十分でないこと」に該当する事実がある場合は、同項の反対解釈によりその認可をしてはならないことになる。Aによる本件事業は既に実質的に破綻しているという主張は、土地区画整理法第21条第1項第四号に該当するとして、本件認可の違法事由として法律構成できる。C県側としては、本件事業は既に実質的に破綻しているとは言えず、むしろ事業を施行するために必要な経済的な基礎を固めるためにも本件認可が必要であると反論するだろう。
 2.書面決議書の取扱い
 本件臨時総会において、本件組合の理事Dが組合員により署名捺印された白紙のままの書面議決書500通を受け取り、後で議案に賛成の記載を自ら施していた。書面議決そのものは土地区画整理法第38条第3項及び第4項により可能であるが、Dが賛成の記載を後からしていたことが問題になり得る。この500通の書面議決書が無効になれば組合員の3分の2以上の出席という要件を満たさなくなるので、本件認可は違法となる。しかし第38条第3項及び第4項では代理人による議決も認められているのでこの書面議決書が無効にはならないとC県は反論できる。白紙のままの書面議決書に署名捺印してDに渡すことは、Dに本件議決の代理を委任するに等しいという根拠がある。
 3.本件賦課金の算定方法の違法性
 問題文に示されたデータによると、本件賦課金を課されるのは、総組合員の約20パーセントに過ぎず、総地積から計算しても60パーセントに満たない。土地区画整理法第40条第2項に「賦課金の額は、組合員の試行区域内に有する宅地又は借地の位置、地積等を考慮して公平に定めなければならない」とあるところ、これに反する疑いが濃厚である。ただ、賦課金の算定方法は本件定款において直接定められているわけではないので、C県側は、賦課金の算定方法の違法性が本件認可の違法性をもたらすわけではないという主張をしてくるかもしれない。しかしながら、定款に直接定められていないといっても、本文中に記載された方法で賦課金が徴収されることはほぼ確実である。そのような事情下で違法だと判断しないことは、行政一般に妥当する公平の原則にもとる。
 4.結論
 本件認可が違法であると言えるほどに本件事業が破綻しているとは認められない。また、書面決議書の取扱いに多少の問題はあったとしても、それが無効になるほどではない。しかし本件賦課金の算定方法は著しく不公平であり、それを許すことになる本件認可は違法である。

以上

 

 

修正答案

[設問1]
 1.土地区画整理組合の法的性質
 C県の職員が述べているように本件の土地区画整理組合が下級行政機関であり、本件認可が行政機関の間での内部行為であれば、それは処分に該当しないことになる。というのも、行政事件訴訟法の規律を受ける処分とは、国民の権利義務ないし法律上の地位に直接具体的な法律上の影響を与えるものだからである。通達のように行政機関内部でのやり取りはもっぱら行政権に関わるものであり、三権分立の観点から司法審査になじまない。法律の文言上は「認可」となっていても、それが実質的に行政機関内部でのやり取りであるならば、やはり司法審査になじまない。
 このC県側の主張の論拠となり得る土地区画整理法の規定がいくつかある。まず第3条の第2項と第4項で、土地区画整理事業の試行主体として、土地区画整理組合と都道府県又は市町村が並列的に挙げられている。より具体的には、第25条第1項で組合につき強制加入制がとられていること、第40条や第41条で賦課金及び過怠金の賦課徴収及び滞納処分申請の権限が組合に付与されていること、第103条第3項で換地処分の権限が組合に付与されていることが規定され、地方自治体類似の権能が与えられている。そして第123条で都道府県知事や市町村長が土地区画整理組合に対して報告の要求や勧告ができると規定されており、さらに第125条で都道府県知事による組合に対する監督が規定されている。これらの点から、土地区画整理組合が都道府県や市町村の下級行政機関という側面を有していると言える。
 しかしながら、本件認可は下級行政機関という側面を有する土地区画整理組合に対するものであるとはいえ、Aをはじめとした組合員に賦課金の納入という義務を負わせる効果を生じさせるので、行政機関内部でのやり取りに収まらず、処分性が認められる余地がある。
 2.本件定款変更認可の法的性格
 本件定款変更認可はAをはじめとした組合員に賦課金の納入という義務を負わせる効果を生じさせるので処分性が認められる余地があるとしても、本件認可から直ちに組合員が賦課金の納入義務を負うわけではなく、賦課金の徴収といった土地区画整理事業を施行する場合には施行規程を定めなければならず(土地区画整理法第52条)、その施行規程は当該都道府県又は市町村の条例で定められる(土地区画整理法第53条第1項)。C県の職員が言うように、条例の制定行為に処分性が認められないとすると、条例の制定とセットになっている本件認可にも処分性が認められないという主張が成り立つ。条例の制定に処分性が認められない理由は、条例が不特定多数を一般的・抽象的に対象とするものであり、民主主義や住民自治の観点から、議会に委ねられるべきだという点にある。逆に言うと、条例という形式をとっていても、特定の者に義務を負わせるのであれば、それは処分に該当すると言える。
 本件認可は賦課金を新設する定款変更に対する認可である。その賦課金の具体的な仕組みは、定款変更と同時に議決された本件要綱に基づき300平方メートルを超える宅地の所有者等に対して、300平方メートルを超える地積に比例して賦課金が割り当てられるというものであり、Aほか約200名に限って義務を負うことになる。よって先の基準からすると条例という形式であっても特定の者に直接具体的な義務を負わせるので行政事件訴訟法で規律される処分に該当するとAは反論することができ、それが認められるべきである。
 3.結論
 以上より、本件認可は、取消訴訟の対象となる処分に当たる。

[設問2]
 1.本件事業の実態(実質的に破綻しているので違法であるというAの主張)
 本件認可は土地区画整理法第39条第1項に規定される組合の定款変更に係る都道府県知事の認可であり、同2項により第21条第1項の規定が準用される。そこで第21条第1項を見ると、その第4号にある「土地区画整理事業を施行するために必要な経済的基礎及びこれを的確に施行するために必要なその他の能力が十分でないこと」に該当する事実がある場合は、同項の反対解釈によりその認可をしてはならないことになる。Aによる本件事業は既に実質的に破綻しているという主張は、土地区画整理法第21条第1項第4号に該当するとして、本件認可の違法事由として法律構成できる。C県側としては、本件事業は既に実質的に破綻しているとは言えず、むしろ事業を施行するために必要な経済的な基礎を固めるためにも本件認可が必要であると反論するだろう。
 2.書面決議書の取扱い
 本件臨時総会において、本件組合の理事Dが組合員により署名捺印された白紙のままの書面議決書500通を受け取り、後で議案に賛成の記載を自ら施していた。書面議決そのものは土地区画整理法第38条第3項及び第4項により可能であるが、Dが賛成の記載を後からしていたことが問題になり得る。この500通の書面議決書が無効になれば組合員の3分の2以上の出席という要件を満たさなくなるので、本件認可は違法となる。しかし第38条第3項及び第4項では代理人による議決も認められているのでこの書面議決書が無効にはならないとC県は反論できる。白紙のままの書面議決書に署名捺印してDに渡すことは、Dに本件議決の代理を委任するに等しいという根拠がある。
 3.本件賦課金の算定方法の違法性
 問題文に示されたデータによると、本件賦課金を課されるのは、総組合員の約20パーセントに過ぎず、総地積から計算しても60パーセントに満たない。土地区画整理法第40条第2項に「賦課金の額は、組合員の試行区域内に有する宅地又は借地の位置、地積等を考慮して公平に定めなければならない」とあるところ、これに反する疑いが濃厚である。ただ、賦課金の算定方法は本件定款において直接定められているわけではないので、C県側は、賦課金の算定方法の違法性が本件認可の違法性をもたらすわけではないという主張をしてくるかもしれない。しかしながら、定款に直接定められていないといっても、本件要綱が定款変更と同時に議決されているので、本文中に記載された方法で賦課金が徴収されることはほぼ確実である。そのような事情下で違法だと判断しないことは、土地区画整理法第40条第2項の趣旨に反する。
 4.結論
 本件認可が違法であると言えるほどに本件事業が破綻しているとは認められない。また、書面決議書の取扱いに多少の問題はあったとしても、それが無効になるほどではない。しかし本件賦課金の算定方法は著しく不公平であり、それを許すことになる本件認可は違法である。

以上

 

 

感想

[設問2]はまだマシだったとしても、[設問1]が意図をつかめずひどい答案を書いてしまいました。全体的に国語力で解いているような気がしてなりません。



平成25年司法試験論文労働法第2問答案練習

問題

〔第2問〕(配点:50)
次の事例を読んで,後記の設問に答えなさい。

 
【事 例】
 Y社は,従業員数約700名,客室数約500室,収容人員数約2000名のホテルを営んでおり,X1らはいずれもY社の従業員で,Y社の従業員の半数以上により組織されるX労働組合(以下「X組合」という。)の組合員である。また,Zは,Y社の従業員であり,当初X組合の組合員であったが,平成24年8月17日,X組合の最高決議機関である組合大会において,除名処分を受けた者である。
 Y社は,平成22年度の決算から営業損失を計上するなど経営が悪化していたため,経営を再建すべく経営コンサルタントであったAを採用した。Y社におけるX組合の活動は活発であり,Y社としては好ましくないと思いつつ勤務時間中の組合活動も黙認している状態が続いていたため,Aは,Y社の人事労務管理についても抜本的に見直すようY社に提案した。そこで,Y社は,平成24年3月14日,100名の人員削減を中心とする大幅な合理化案(経営改善計画)をX組合に提示した上,従来黙認していた勤務時間中の組合活動を行う者に対しては,今後賃金をカットするとともに懲戒処分を行い,職場規律の確立に努める旨をX組合に通知した。X組合は,外部からきたAがこれまでの労使慣行を無視していることに納得せず,勤務時間中の組合活動は既得権であると主張し,また,前記経営改善計画をめぐってY社との間で団体交渉を行ったが合意に達しなかった。Y社は,同年5月8日,これまでの労働協約を全て破棄する旨通知し,同年6月1日,X組合の組合員29名に対し,勤務時間中の組合活動を理由に3日間の出勤停止の懲戒処分を行った。
 X組合は,Y社の措置に強く反発し,これらの問題をめぐって同月5日に団体交渉を行ったが,AがY社側の代表となっていることにX組合が拒否反応を示し,実質的な交渉に至らなかった。その後も,X組合は,Aの団体交渉出席に強く反発し,同日以降,現在に至るまで正式な団体交渉は開催されていない。
 この状況を打破するために,X組合は,Y社に予告することなく,同年7月10日午後3時から全組合員によるストライキに突入した。Y社は,ストライキの解除を求めたが,X組合は,48時間ストライキを継続するとY社に伝えた。実際には,X組合は同日午後6時にストライキを解除したが,Y社としては,当日と翌日の宿泊客及び予約客をキャンセルせざるを得なかった。このことがあって,その後の宿泊客数は大きく減少することになった。
 Y社は,X組合とは何らの協議のないまま,同年8月1日,100名の希望退職者を募集したが,これに対し,X組合はますます反発を強めた。X組合は,Y社の行った前記懲戒処分と希望退職募集の撤回を求めて,同月10日午後3時から,予告なしに,調理部門の組合員のストライキを実施し,同ストライキは48時間継続した。調理部門の従業員の多くが,X組合の組合員であったため,Y社としては,夏休みシーズンの書き入れ時において通常どおりの営業を継続することが困難となったことから,予約客については予約の取消しを要請した上で他のホテルに振り分け,宿泊客についてはアルバイト従業員を利用するなどして何とか急場をしのいだ。
 調理部門の組合員であったZは,X組合の戦術は行き過ぎであり,自分としては納得できないとして,同月11日,X組合に対し,今後ストライキには参加しないと通告し,同日からY社に出勤した。X組合は,同月17日,組合大会において,Zのストライキ不参加を「組合の決定に違反して統制を乱したとき」という組合規約の制裁事由に該当するとして,Zを除名処分とした。なお,組合規約には,制裁の種類として,けん責,組合員資格の停止及び除名が規定されていた。また,この除名処分は,組合規約にのっとって行われたものであり,手続的には問題がなかった。
 その後,X組合は,同月20日午後3時から,予告なしに,調理部門の組合員による48時間のストライキを行った。
 このような状況の中で予約客数が著しく減少し,営業が不可能となったので,ついにY社は同月22日からホテル建物を閉鎖して営業を休止し,以降X1らの就労を拒否し,同日以降の賃金の支払いを拒んでいる。

 
〔設 問〕
1.X1らは,Y社に対し,平成24年8月22日以降の賃金を請求できるか。なお,Zについては論じなくてよい。
2.X組合によるZの除名処分は有効か。

 

練習答案

 1.X1らは、Y社に対し、平成24年8月22日以降の賃金を請求できるか
 ストライキ中の賃金はノーワーク・ノーペイの原則から請求できないとしても、ストライキ終了後の平成24年8月22日以降の賃金を請求できないかがここでの論点である。
 民法の基本原則からすると、労務を提供しなければ、その対価である賃金を請求することができない(ノーワーク・ノーペイの原則)。しかし民法では対等な当事者を想定しているところ、労働者と使用者とでは力関係が圧倒的に違うので、各種の労働法で一定の修正がなされている。労務と賃金については、労働基準法第26条で、「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない」と規定されている。
 労働者はもっぱら賃金によって生計を維持しているので、賃金は極めて重要である。他方で使用者は労働者を使用することで利益を上げており、多少休業したからといってすぐには倒産しないのが通常である。よって労働基準法第26条の「使用者の責に帰すべき事由」というのは天変地異などの不可抗力は除くとしても、通常の過失より広く解すべきである。別会社からの原材料がなくなったことを理由とする休業でも使用者の責に帰すべき事由だとされた判例もある。
 ストライキ中の休業は、労働者が自ら選んだことであり、ストライキで使用者が打撃を受けていることも勘案して、使用者の責に帰すべき事由とは解さないのが一般的である。しかしストライキ終了後の休業は、いくらストライキが理由の発端になっているとはいっても、使用者の責に帰すべき事由であると解すべきである。労働者が勤務を望んでいるにもかかわらず使用者が休業を決定しているからである。もし仮にこうした場合に使用者の責に帰すべき事由には当たらないとすると、使用者は労働者がストライキをしたらその終了後も休業することで労働者に大きな損害を与えられることになってしまい、日本国憲法第28条でストライキ権を保障した意義が損なわれてしまう。
 以上より、X1らは、Y社に対し、平均賃金の6割以上の休業手当を請求することができる。

 2.X組合によるZの除名処分は有効か
 XはZのストライキ不参加を「組合の決定に違反して統制を乱したとき」という組合規約の制裁事由に該当するとして、Zを除名処分した。
 労働組合のような団体には一定の自治権があるが、民法第90条の公序良俗に反するような場合は、労働組合のした処分が無効となることもある。以下では本件の処分が公序良俗に反するかどうかを検討する。
 ストライキは労働組合によって非常に重要であり、それへの不参加は制裁の理由として十分である。ストライキはそれに参加しないというスト破りがあると所定の効果があげられなくなる。他方でストライキが最善の戦略であるとは限らない。X組合の戦術が行き過ぎであるとのZの主張も理解できる。また、Zが受けた処分は除名という最も重い処分であり、これを受けると以後は自らの正しさをXに対して主張する場を失うことになる。労働組合に加入する権利が労働者にとって非常に重要であることは言うまでもない。Zは別の労働組合を結成したり、加入したりできるとはいえ、過半数組合であるXから除名された影響は大きい。
 XとZの利害を比較衡量すると、本件処分はZにとって著しく不利であり、Xは組合員資格の停止といったもっと穏当な処分もできたのであるから、無効とされるべきである。

以上

 

修正答案

 1.X1らは、Y社に対し、平成24年8月22日以降の賃金を請求できるか
 可能性としては、①一切請求できない、②平均賃金の6割以上の休業手当を請求できる、③全額請求できる、の3通りである。①の根拠は民法第536条第1項であり、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者(X1ら)は反対給付を受ける権利を有しない。③の根拠は民法第536条第2項で、債権者(Y社)の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者(X1ら)は反対給付を受ける権利を失わない。②の根拠は労働基準法第26条で、使用者(Y社)の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者(X1ら)に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。労働基準法第26条の趣旨は、使用者と比べて劣位にあって賃金の支払いを受けなければ生計の維持に困難をきたす労働者を保護して使用者との力関係を対等に近づけることにあるので、そこで規定される「使用者の責に帰すべき事由」は民法第536条第2項の「債権者の責めに帰すべき事由」よりも広いと解されている。具体的には使用者の管理上の事由などもそこに含まれる。
 本件でX1らが労務の提供をできなくなったのは、X組合のストライキを原因としてY社の予約客数が著しく減少し、営業が不可能になったためにY社が営業を休止したからである。ストライキそのものはX1らが自らの意思決定により行ったものであり、YにX1らが労務を提供できなかったことに対する責任はないので、民法第536条第1項により、X1らはストライキ中の賃金の支払いを請求することはできない(ノーワーク・ノーペイの原則)。しかしながら、ストライキ終了後の8月22日以降は、X1らは労務を提供する意思を有しているのだから、事情は異なる。
 8月22日以降の休業が、Y社による正当なロックアウトであると評価できれば、Y社に責はないので、X1らは賃金を請求できないことになる。ロックアウトの正当性を判断するためには、使用者(Y社)と労働組合(X)との交渉の経過や様態、使用者(Y社)が被る損害などを総合的に考慮しなければならない。使用者がロックアウトのような争議行為を行う権利が日本国憲法で認められているわけではないので、労働組合の争議行為により逆に労働組合のほうが著しく優位な立場になった場合にのみ、公平の原則から例外的にロックアウトが正当化されるのである。本件ではXが予告なしにストライキを行いYは多くの予約客を失うという損害を受けているが、そもそもYが労働協約を一方的に破棄したことなどが争議の原因となっており、ストライキもせいぜい48時間のものが2回行われたくらいでYも急場をある程度はしのいでいるので、XのほうがYと比べて著しく優位な立場になっているとは言えない。よって本件休業がY社の正当なロックアウトであるとは評価できない。
 とは言うものの、本件休業はストライキによって予約客が著しく減少したことを受けてのことなので、Y社に民法第536条第2項の責めがあるとまでは言えない。それでもY社の管理上の事由とは言えるので、労働基準法第26条に基づく休業手当の請求は可能である。
 以上より、X1らは、Y社に対し、平成24年8月22日以降の賃金について、平均賃金の6割以上の休業手当を請求することができる。

 

 2.X組合によるZの除名処分は有効か
 労働組合に限らず団体一般には一定の自治権があるが、民法第90条の公序良俗に反するような場合は、その団体のした処分が無効となることもある。労働組合は日本国憲法でその存在が当然に予定されているものであり、労働者の団結権・団体交渉権・団体行動権(日本国憲法第28条)を実質的に保障するために、さらに特別の規制に服すると考えられている。具体的には労働組合法第1条第2項で刑事免責や第7条で団体交渉権が規定されている反面、第5条第2項の各号に列挙されているような民主的な組織であることが要請されている。労働組合は他の団体一般と同様にその構成員に対して統制権を有しているが、それはこうした特性に応じて修正されるのである。
 XはZのストライキ不参加を「組合の決定に違反して統制を乱したとき」という組合規約の制裁事由に該当するとして、Zを除名処分した。そもそもXの行ったストライキが違法であれば、それへの不参加を理由にして統制処分をすることはできない。本件ストライキはYの一方的な労働協約破棄などに対して、団体交渉を経て行われたものであり、予告がなかったことを差し引いても違法であるとは言えない。労働組合法第5条第2項第8号に規定されているいわゆるスト権の確立について問題文では触れられていないが、スト権の確立は定期大会で一括して行われることも珍しくないので、これも違法であると判断する材料にはならない。
 ストライキは労働組合によって非常に重要であり、違法ではないストライキへの不参加は制裁の理由として十分である。ストライキはそれに参加しないというスト破りがあると所定の効果があげられなくなる。他方でストライキが最善の戦略であるとは限らない。X組合の戦術が行き過ぎであるとのZの主張も理解できる。また、Zが受けた処分は除名という最も重い処分であり、これを受けると以後は自らの正しさをXに対して主張する場を失うことになる。労働組合に加入する権利が労働者にとって非常に重要であることは言うまでもない。Zは別の労働組合を結成したり、加入したりできるとはいえ、過半数組合であるXから除名された影響は大きい。この除名処分は手続的に問題がなかったとしても、数日で決定されているので、民主的に議論が重ねられたかも疑問である。Xは組合員資格の停止といったもっと穏当な処分もできたはずである。こうした事情から、X組合によるZの除名処分は、統制権の濫用として、無効とされるべきである。

以上

 

感想

全体的に勉強不足で偏った経験に依存しているのでよくないです。1つ目の設問はロックアウトという発想が出てきませんでした。労基法の休業補償と民法との関係も詰め切れていませんでした。2つ目の設問は統制権という語が出なかったのがよくなかったです。議論も雑だったと思います。

 



平成25年司法試験論文労働法第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:50)
 次の事例を読んで,後記の設問に答えなさい。
【事 例】
 Xは,平成20年3月に大学の理工学部を卒業し,自動車製造会社に勤務していたが,自己が希望していた電気自動車の開発に携わることができず,営業を担当させられたことから,転職したいと考えるようになった。
 学校法人Yは,同法人が経営する私立高校(以下「Y高校」という。)について,理数系特進クラスを設けて生徒数を増加させるとの方針を採り,理科系教育に力を入れるべく,物理教員の中途採用を拡充することとし,平成23年6月に,就職情報誌に物理教員の中途採用者募集広告を出した。当該募集広告には,中途採用者の給与に関し,「既卒者でも収入面のハンデはありません。例えば,平成20年3月大卒の方なら,同年に新卒で採用した教員の現時点での給与と同等の額をお約束いたします。」などと記載されていた。
 Xは大学在学中に教員を志望し,教員免許を取得していたこともあり,前記募集広告を見て応募し,筆記試験を受け,平成23年9月に実施された採用説明会に出席した。同説明会において,XがYから示された書面では,採用後の労働条件について,各種手当の額は表示されていたものの,基本給については具体的な額を示す資料は提示されなかった。
 Xは,同年10月に実施された採用面接の際,Yの理事長から,「契約期間は平成24年4月1日から1年ということに一応しておきます。その1年間の勤務状態を見て再雇用するかどうかを決めたいと思います。その条件で良ければあなたを本校に採用したいと思います。」と言われたが,Xとしては,早く転職して念願の教員になりたかったことから,その申出を承諾するとともに,「私は,平成25年3月31日までの契約期間1年の常勤講師としてYに採用されることを承諾いたします。同期間が満了したときは解雇予告その他何らの通知を要せず,期間満了の日に当然退職の効果が生ずることに異議はありません。」という内容の誓約書をYに提出した。なお,Yは,教員経験のない者を新規採用する際の契約期間については,Xに限らず,これを1年としていたが,同期間経過後に引き続き雇用する場合に契約書作成の手続等は採られていなかった。
 Xは,Yに採用され,平成24年4月1日からY高校において物理教員として勤務し,同僚教員と同程度の週12時限の特進クラスの授業を受け持ち,卓球部の顧問として部活指導等も行っていた。そうした中,Xは,同年8月に至って,自己の給与については,平成24年4月に新卒で採用された教員の給与と同等の給与であることを初めて知らされ,Yに対し,平成20年4月に新卒で採用された教員の現時点での給与と同等の給与への増額を求めたものの認められなかった。
 Yの就業規則には,「賞与として,7月10日(算定対象期間:前年12月1日から当年5月31日まで)及び12月25日(同期間:6月1日から11月30日まで)に,それぞれ基本給の1か月分を支給する。」という規定があった。ところが,Yは,特進クラス創設に伴い,大規模な設備投資や多数の教員採用等を行ったことから,経営状態が急激に悪化し,資金繰りに窮するようになり,平成24年12月の賞与を支払えない見込みとなった。そこで,Yの理事長は,平成24年12月14日,教職員に対する説明会を開催し,平成24年12月の賞与を支払えないこと及びその理由を説明したところ,教職員側からは何ら異議は出ず,また,Xを含む教職員全員から,平成24年12月の賞与の不支給について同意する旨の書面が提出された。しかし,Yは,就業規則の変更は行わなかった。そして,その後,Yは,平成24年12月の賞与を教職員に支払っていない。
 その後,Yは,父母会からXの授業は特進クラスのレベルに達していないとのクレームが相次いでいるため再雇用はしないとして,Xに対し,平成25年3月31日をもってXの労働契約は期間満了により終了する旨の通知を行った。
〔設 問〕
 弁護士であるあなたが,Xから,Y高校で今後も教員として働き続けるため,並びに,本来支給されるべきものと考えた賃金及び賞与を得るため,Yを相手方として訴えを提起したいとの相談を受けた場合に検討すべき法律上の問題点を指摘し,それについてのあなたの見解を述べなさい。

 

練習答案

 まずXがY高校で今後も働き続けるという雇用契約について検討する。次にXの基本給について論じる。最後にXがYに対し平成24年12月の賞与の支払いを請求することを考える。

 1.XとYとの間の雇用契約について(XがY高校で今後も教員として働き続けるという要求)
 平成24年4月1日以前にXとYとの間で締結された契約は、Xが平成24年4月1日から平成25年3月31日までYで勤務をするという有期雇用契約であった。雇用契約書などと題された書面は存在しないようであるが、平成23年10月に実施された採用面接の際にYの理事長から提案された申し出に対して、Xが誓約書をYに提出したことをもって先に述べた雇用契約が成立したと言える。期間満了の日(平成25年3月31日)に当然退職の効果が生ずること及び1年間の勤務状態を見て再雇用するかどうかをYが決めることについてXY両者の合意があった。
 上記の契約内容からすると、平成25年3月31日をもってXとの雇用契約が期間満了により終了し、Xの勤務状態を理由として再雇用しないというYの主張は、原則的に適法である。
 しかし無期雇用では解雇が規制されている(労働契約法第16条)のに比して、有期雇用では期間満了により当然に契約が終了するというのでは不均衡に労働者にとって不利である。そこで一定の場合には有期雇用契約が更新されたものとみなすと労働契約法第19条に規定されている。本件では第2号の「労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること」という規定が関係する。具体的には、採用面接の際にYの理事長が「契約期間は平成24年4月1日から1年ということに一応しておきます」(傍点は本答案の作成者による)と発言していること、及びこれまで再雇用する場合に契約書作成の手続等が採られていなかったことがその根拠になる。これらの事情から、表面的には一年の有期雇用契約になっていても、契約が更新されるものと期待していたとXは主張することができる。
 それだけではXが契約の更新を期待するには弱く、原則通りYの主張が認められて、Xは平成25年4月1日以降にY高校で教員として働き続けることはできないと私は考える。

 2.基本給について(Xの主張する増額が認められるかどうか)
 基本給について、募集広告では、「平成20年3月大卒の方なら、同年に新卒で採用した教員の現時点での給与と同等の額をお約束いたします」と記載されていた。ただしこれは誘引にすぎず契約内容にそのままなるとは限らない。これとは別の条件で合意がされればそちらが契約内容になる。
 本件では採用の際に、基本給については具体的な額を示す資料が提示されていなかった。そうであるなら募集広告記載の条件で黙示の合意があったとXは主張することができる。この主張が認められれば、Xは実際に支払いを受けた給与と平成20年4月に新卒で採用された教員のその時点での給与との差額の支払いをYに請求することができる。
 Yは採用の際に基本給の額を示そうと思えば示すことができたにもかかわらず示さなかったのであるから、Xの主張する黙示の合意が認められると私は考える。

 3.平成24年12月の賞与
 Yの就業規則には基本給1ヶ月分の賞与の支給が規定されており、それによると平成24年12月の賞与の算定対象期間は平成24年6月1日から11月30日までとなり、この間XはYで勤務をしていたので、Xはこの賞与を受け取ることができるはずである。
 しかしYは経営状態の悪化を理由として、この平成24年12月の賞与を支給しないことを、Xと合意したと主張するであろう。ただし就業規則の変更は行わなかった。
 就業規則と個別合意のどちらが優先するかという問題になるが、私は就業規則が優先すると考える。というのも、使用者と労働者という力関係から個別合意は使用者に有利になりがちであり、それを正すために法律や就業規則などで一律に規定すべきだからである。

以上

 

修正答案

 まずXがY高校で今後も働き続けるために雇用契約について検討する。次にXの基本給について論じる。最後にXがYに対し平成24年12月の賞与の支払いを請求することを考える。

 1.XとYとの間の雇用契約について(XがY高校で今後も教員として働き続けるという要求)
 XはY高校で今後も教員として働き続けるために、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する訴えを提起することになる。この訴えを認めてもらうためには、XとYとの間で期間の定めのない雇用契約が成立していてYの主張する解雇は無効であると主張することが、Xとしては最も有利である。
 Yは、Xとの間で成立した雇用契約は期間の定めのある雇用契約であったと主張するであろう。確かにYは契約期間が1年であることをXに通告し、Xもそのことを承諾する書面を提出している。しかしながら、これをもってXY両者が契約期間を1年とすることに真に合意していたとは言えない。Xは常勤講師として勤務しているので、その業務内容が一時的・臨時的なものではなく、勤務を継続する意思を有することが通常であり、現に今後も働き続けることを希望している。Yが契約期間を1年にしようとした理由も、勤務状態を見て勤務を続けてもらうかを判断したいというものなので、1年という期間は雇用契約の存続する期間ではなく試用期間であると解釈するのが相当である。この1年という期間経過後に引き続き雇用する場合に契約書作成の手続等は採られていなかったという事情もこの解釈を補強する。要するに、XとYとの間では、平成24年4月1日以前に、試用期間を1年とする期間の定めのない雇用契約が締結されていたのである。
 試用期間中の雇用契約は解約権留保付雇用契約であると一般に解されている。そこで、その留保しておいた解約権のYによる行使(試用期間中の解雇)が適法であるかを次に検討する。解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とされる(労働契約法第16条)。試用期間中の解雇は通常の解雇よりも広く認められるにしても、労働契約法第16条に照らして有効か無効かを判断することとなる。
 父母会からXの授業は特進クラスのレベルに達していないとのクレームが相次いでいるという理由を示すだけで一方的にする解雇は、試用期間中の解雇であっても、社会通念上相当であるとは認められない。Xにだけクレームが寄せられているのかどうかもわからなければ、特進クラスの父母会の期待水準が適切なのかどうかもわからない。YがXを指導した形跡もなければ、Xに反論を述べる機会が与えられた形跡もない。このような状況下で解雇という重大な処分を行うことは権利の濫用である。
 よって、Yの主張する解雇は無効であり、Xは雇用契約上の権利を有する地位にあると私は考える。

 

 2.基本給について(Xの主張する増額が認められるかどうか)
 基本給について、募集広告では、「平成20年3月大卒の方なら、同年に新卒で採用した教員の現時点での給与と同等の額をお約束いたします」と記載されていた。ただしこれは誘引にすぎず契約内容にそのままなるとは限らない。これとは別の条件で合意がされればそちらが契約内容になる。
 本件では採用の際に、基本給については具体的な額を示す資料が提示されていなかった。そうであるなら募集広告記載の条件で黙示の合意があったとXは主張することができる。この主張が認められれば、Xは実際に支払いを受けた給与と平成20年4月に新卒で採用された教員のその時点での給与との差額の支払いをYに請求することができる。
 Xは平成20年3月大卒の者である。そして「同年に新卒で採用した教員の現時点での給与と同等の額」というのは一義的にその額が定まる文言であり、明確さに欠けるところはない。その上でYは採用の際に基本給の額を示そうと思えば示すことができたにもかかわらず示さなかったのであるから、Xの主張する黙示の合意が認められると私は考える。労働基準法第15条第1項及び労働契約法第4条の趣旨からして労働条件を明示するのは使用者の義務であって労働者の義務ではない。Xに給与額を明らかにしようとしなかったという落ち度はない。
 以上より、Xは実際に支払いを受けた給与と平成20年4月に新卒で採用された教員のその時点での給与との差額の支払いをYに請求することが認められると私は考える。

 

 3.平成24年12月の賞与
 Yの就業規則には基本給1ヶ月分の賞与の支給が規定されており、それによると平成24年12月の賞与の算定対象期間は平成24年6月1日から11月30日までとなり、この間XはYで勤務をしていたので、Xはこの賞与を受け取ることができるはずである。
 しかしYは経営状態の悪化を理由として、この平成24年12月の賞与を支給しないことを、Xと合意したと主張するであろう。ただし就業規則の変更は行わなかった。
 就業規則と個別に合意した労働条件のどちらが優先するかという問題になるが、就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約はその部分については無効となり、無効となった部分は就業規則で定める基準による(労働契約法第12条)。本件ではXが労働条件の変更に合意したのではなく賞与という債権そのものを放棄したのだとYは主張するかもしれないが、労働契約法第12条を潜脱するようなそうした主張が認められるべきではない。労働契約法第12条の制度趣旨は、使用者と労働者という力関係から個別合意は使用者に有利になりがちであり、それを正すために就業規則で最低基準を一律に規定すべきだというものだからである。
以上より、XのYに対する平成24年12月の賞与の支払い請求は認められると私は考える。

以上

 

感想

雇用契約については期間の定めのある雇用契約(有期雇用契約)だと思い込んで期待権で構成するしかなかったので苦戦しました。Xに有利にするためには試用期間構成にすべきですね。あとの部分は条文を丁寧に示すように修正しただけです。

 



平成25年司法試験論文刑事系第2問答案練習

問題

次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。

 
【事 例】
1 平成25年2月1日午後10時,Wは,帰宅途中にH市内にあるH公園の南東側入口から同公園内に入った際,2名の男(以下,「男1」及び「男2」とする。)が同入口から約8メートル離れた地点にある街灯の下でVと対峙しているのを目撃した。Wは,何か良くないことが起こるのではないかと心配になり,男1,男2及びVを注視していたところ,男2が「やれ。」と言った直後に,男1が右手に所持していた包丁でVの胸を2回突き刺し,Vが胸に包丁が刺さったまま仰向けに倒れるのを目撃した。その後,Wは,男2が「逃げるぞ。」と叫ぶのを聞くとともに,男1及び男2が,Vを放置したまま,北西に逃げていくのを目撃した。
 そこで,Wは,同日午後10時2分に持っていた携帯電話を使って110番通報し,前記目撃状況を説明したほか,「男1は身長約190センチメートル,痩せ型,20歳くらい,上下とも青色の着衣,長髪」,「男2は身長約170センチメートル,小太り,30歳くらい,上が白色の着衣,下が黒色の着衣,短髪」という男1及び男2の特徴も説明した。
 この通報を受けて,H県警察本部所属の司法警察員が,同日午後10時8分,Vが倒れている現場に臨場し,Vの死亡を確認した。
 また,H県警察本部所属の別の司法警察員は,H公園付近を管轄するH警察署の司法警察員に対し,H公園で殺人事件が発生したこと,Wから通報された前記目撃状況,男1及び男2の特徴を伝達するとともに,男1及び男2を発見するように指令を発した。

2 前記指令を受けた司法警察員P及びQの2名は,一緒に,男1及び男2を探索していたところ,同日午後10時20分,H公園から北西方向に約800メートル離れた路上において,「身長約190センチメートル,痩せ型,20歳くらい,上下とも青色の着衣,長髪の男」,「身長約170センチメートル,小太り,30歳くらい,上が白色の着衣,下が黒色の着衣,短髪の男」の2名が一緒に歩いているのを発見し,そのうち,身長約190センチメートルの男の上下の着衣及び靴に一見して血と分かる赤い液体が付着していることに気付いた。そのため,司法警察員Pらは,これら男2名を呼び止めて氏名等の人定事項を確認したところ,身長約190センチメートルの男が甲,身長約170センチメートルの男が乙であることが判明した。その後,司法警察員Pは,甲及び乙に対し,「なぜ甲の着衣と靴に血が付いているのか。」と質問した。
 これに対し,甲は,何も答えなかった。
 一方,乙は,司法警察員P及びQに対し,「甲の着衣と靴に血が付いているのは,20分前にH公園でVを殺したからだ。二日前に俺が,甲に対し,報酬を約束してVの殺害を頼んだ。そして,今日の午後10時に俺がVをH公園に誘い出した。その後,俺が『やれ。』と言ってVを殺すように指示すると,甲が包丁でVの胸を2回突き刺してVを殺した。その場から早く逃げようと思い,俺が甲に『逃げるぞ。』と呼び掛けて一緒に逃げた。俺は,甲がVを殺すのを見ていただけだが,俺にも責任があるのは間違いない。」などと述べた。
 その後,同日午後10時30分,前記路上において,甲は,司法警察員Pにより,刑事訴訟法第212条第2項に基づき,乙と共謀の上,Vを殺害した事実で逮捕された【逮捕①】。また,その頃,同所において,乙は,司法警察員Qにより,同項に基づき,甲と共謀の上,Vを殺害した事実で逮捕された【逮捕②】
 その直後,乙は,司法警察員P及びQに対し,「今朝,甲に対し,メールでVを殺害することに対する報酬の金額を伝えた。」旨述べ,所持していた携帯電話を取り出し,同日午前9時に甲宛てに送信された「報酬だけど,100万円でどうだ。」と記載されたメールを示した。これを受けて,司法警察員Qは,乙に対し,この携帯電話を任意提出するように求めたところ,乙がこれに応じたため,この携帯電話を領置した。

3 他方,司法警察員Pは,甲の身体着衣について,前記路上において,逮捕に伴う捜索を実施しようとしたが,甲は暴れ始めた。ちょうどその頃,酒に酔った学生の集団が同所を通り掛かり,司法警察員P及び甲を取り囲んだ。そのため,1台の車が同所を通行できず,停車を余儀なくされた。
 そこで,司法警察員Pは,同所における捜索を断念し,まず,甲を300メートル離れたI交番に連れて行き,同交番内において,逮捕に伴う捜索を実施することとした。司法警察員Pは,甲に対し,I交番に向かう旨告げたところ,甲は,おとなしくなり,これに応じた。
 その後,司法警察員Pと甲は,I交番に向かって歩いていたところ,同日午後10時40分頃,前記路上から約200メートル離れた地点において,甲がつまずいて転倒した。その拍子に,甲のズボンのポケットから携帯電話が落ちたことから,甲は直ちに立ち上がり,その携帯電話を取ろうとして携帯電話に手を伸ばした。
 一方,司法警察員Pも,甲のズボンのポケットから携帯電話が落ちたことに気付き,この携帯電話に乙から送信された前記報酬に関するメールが残っていると思い,この携帯電話を差し押さえる必要があると判断した。そこで,司法警察員Pは,携帯電話を差し押さえるため,携帯電話に手を伸ばしたところ,甲より先に携帯電話をつかむことができ,これを差し押さえた【差押え】。なお,この差押えの際,司法警察員Pが携帯電話の記録内容を確認することはなかった。
 その後,司法警察員Pは,甲をI交番まで連れて行き,同所において,差し押さえた携帯電話の記録内容を確認したが,送信及び受信ともメールは存在しなかった。

4 甲及び乙は,同月2日にH地方検察庁検察官に送致され,同日中に勾留された。
 その後,同月4日までの間,司法警察員Pが,差し押さえた甲の携帯電話の解析及び甲の自宅における捜索差押えを実施したところ,乙からの前記報酬に関するメールについては,差し押さえた甲の携帯電話ではなく,甲の自宅において差し押さえたパソコンに送信されていたことが判明した。
 また,司法警察員Pは,同月5日午後10時,H公園において,Wを立会人とする実況見分を実施した。この実況見分は,Wが目撃した犯行状況及びWが犯行を目撃することが可能であったことを明らかにすることを目的とするものであり,司法警察員Pは,必要に応じてWに説明を求めるとともに,その状況を写真撮影した。
 この実況見分において,Wは,目撃した犯行状況につき,「このように,犯人の一人が,被害者に対し,右手に持った包丁を胸に突き刺した。」と説明した。司法警察員Pは,この説明に基づいて司法警察員2名(犯人役1名,被害者役1名)をWが指示した甲とVが立っていた位置に立たせて犯行を再現させ,その状況を約1メートル離れた場所から写真撮影した。そして,後日,司法警察員Pは,この写真を貼付して説明内容を記載した別紙1を作成した【別紙1】。
 また,Wは,同じく実況見分において,犯行を目撃することが可能であったことにつき,「私が犯行を目撃した時に立っていた場所はここです。」と説明してその位置を指示した上で,その位置において「このように,犯行状況については,私が目撃した時に立っていた位置から十分に見ることができます。」と説明した。この説明を受けて司法警察員Pは,Wが指示した目撃当時Wが立っていた位置に立ち,Wが指示した甲とVが立っていた位置において司法警察員2名が犯行を再現している状況を目撃することができるかどうか確認した。その結果,司法警察員Pが立っている位置から司法警察員2名が立っている位置までの間に視界を遮る障害物がなく,かつ,再現している司法警察員2名が街灯に照らされていたため,司法警察員Pは,司法警察員2名による再現状況を十分に確認することができた。そこで,司法警察員Pは,Wが指示した目撃当時Wが立っていた位置,すなわち,司法警察員2名が立っている位置から約8メートル離れた位置から,司法警察員2名による再現状況を写真撮影した。そして,後日,司法警察員Pは,この写真を貼付して説明内容を記載した別紙2を作成した【別紙2】。
 司法警察員Pは,同月10日付けで【別紙1】及び【別紙2】を添付した実況見分調書を作成した【実況見分調書】

5 甲及び乙は,勾留期間の延長を経て同月21日に殺人罪(甲及び乙の共同正犯)によりH地方裁判所に起訴された。なお,本件殺人につき,甲は一貫して黙秘し,乙は一貫して自白していたことなどを踏まえ,検察官Aは,甲を乙と分離して起訴した。
 甲に対する殺人被告事件については,裁判員裁判の対象事件であったことから,H地方裁判所の決定により,公判前整理手続に付されたところ,同手続の中で,検察官Aは,【実況見分調書】につき,立証趣旨を「犯行状況及びWが犯行を目撃することが可能であったこと」として証拠調べの請求をした。これに対し,甲の弁護人Bは,これを不同意とした。

〔設問1〕 【逮捕①】及び【逮捕②】並びに【差押え】の適法性について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。

 
〔設問2〕 【別紙1】及び【別紙2】が添付された【実況見分調書】の証拠能力について論じなさい。

 

実況見分調書

平成25年2月10日
H警察署
司法警察員 P  印

被疑者甲ほか1名に対する殺人被疑事件につき,本職は,下記のとおり実況見分をした。

1 実況見分の日時
平成25年2月5日午後10時から同日午後11時まで
2 実況見分の場所,身体又は物
H公園
3 実況見分の目的
(1)Wが目撃した犯行状況を明らかにするため
(2)Wが犯行を目撃することが可能であったことを明らかにするため
4 実況見分の立会人

5 実況見分の結果
別紙1及び別紙2のとおり

以 上

【別紙1】
司法警察員2名が犯行状況を再現した写真
(約1メートル離れた場所から撮影したもの)
 立会人(W)は,「このように,犯人の一人が,被害者に対し,右手に持った包丁を胸に突き刺した。」と説明した。

 

【別紙2】
司法警察員2名が犯行状況を再現した写真
(約8メートル離れた場所[Wが指示した位置]から撮影したもの)

 立会人(W)は,「私が犯行を目撃した時に立っていた場所はここです。」と指示し,その位置において「このように,犯行状況については,私が目撃した時に立っていた位置から十分に見ることができます。」と説明した。
 本職も,Wが指示した位置から司法警察員2名が犯行を再現している状況を目撃することができるか確認したところ,本職が立っている位置から司法警察員2名が立っている位置までの間に視界を遮る障害物がなく,かつ,再現している司法警察員2名が街灯に照らされていたため,司法警察員2名による再現状況を十分に確認することができた。
 そこで,本職は,これらの状況を明らかにするため,Wが指示した位置から司法警察員2名によ
る再現状況を写真撮影した。

 

 

練習答案

以下刑事訴訟法については条数のみを示す。

 

[設問1]
 1.逮捕①の適法性
 逮捕①は第212条第2項の準現行犯逮捕として適法である。
 平成25年2月1日午後10時2分にWは110番通報し、それを受けてH県警察本部所属の司法警察員が現場のH公園でVの死亡を確認した。そこでH県警察本部所属の別の司法警察員が、P及びQに対し、必要な情報を伝えるとともに、男1及び男2を発見するように指令を発した。
 そしてPは同日午後10時30分にH公園から約800メートル離れた路上において、着衣と靴に血が付いている甲を、Vを殺害した事実で逮捕した。甲は、被服に犯罪の顕著な証跡があり(第212条第2項第3号)、罪を行い終わってから間がないと明らかに認められるので、これを現行犯人とみなすことになる。
 以上より冒頭で述べた適法という結論になる。
 2.逮捕②の適法性
 逮捕②は第212条第2項の準現行犯逮捕としては不適法であるが、第210条第1項の緊急逮捕としては適法である。
 逮捕①の甲とは違って、乙の被服には犯罪の顕著な証跡がなく、その他第212条第2項各号に当てはまらない。よって同条の逮捕をすることは不適法である。甲との共犯が疑われるといっても、逮捕の要件は個人ごとに判断されなければならない。
 ただし、逮捕②は別途第210条第1項の要件は満たすので、その限りでは適法である。Qは司法警察職員であり、殺人罪(刑法第199条)は死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁錮にあたる罪である。Wの目撃状況に加えて乙自らの自白もあるので、その罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がある。急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないのも明らかである。よってこの理由を告げて乙を逮捕することができる。この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならない。
 3.差押えの適法性(以下、本問で問われている差押えを[差押え]と表記する)
 [差押え]は第220条第1項第2号により適法である。
 同号により、一般的に、逮捕の現場で差押えをすることができる。本問の状況が「逮捕の現場」に当たるかが問題になり得る。というのも、文字通りの逮捕の現場から約200メートル離れた地点で[差押え]がなされているからである。しかし本件で文字通りの逮捕の現場から移動したのは、そこで取り調べをすることが通行の支障を生じさせていたからである。だから近くのI交番に行こうとしたのである。また、[差押え]を受けた物は甲のズボンのポケットに入って文字通りの逮捕の現場から甲と共に移動してきた携帯電話である。これらの事情から、[差押え]は逮捕の現場でされたと言ってもよい。
 [差押え]はPが甲のズボンのポケットに手を入れたのではなく、甲が転倒して自然にポケットから出てきたものをPがつかんだだけであるので、その点でも適法である。

 

[設問2](以下本問で問われている実況見分調書を[実況見分調書]を表記する)
 [実況見分調書]は違法に作成された事情が見当たらず、公判前整理手続という適時に証拠調べの請求がされているので、伝聞証拠に該当しない限り証拠能力が否定されることはない。
 よってWが犯行を目撃することが可能であったことを立証趣旨とする部分の証拠能力は認められる。具体的には別紙2のWの発言以外の部分全てである。
 別紙2のWの発言部分と別紙1の全ては、Wが証人として公判期日に証言するのが原則であり、例外的な事情がない限り供述に代えて書面を証拠とすることはできない(第320条第1項)。別紙1の写真はその下に添えられたWの発言と一体となって初めて意味を成すものであり、ここではWの発言と同視してよい。
 その例外的な事情(伝聞例外)を1つずつ検討する。Wが死亡等の理由で公判期日において供述することができないという事情は見当たらないので、第321条第1項第3号の伝聞例外には該当しない。第326条や第327条に書かれている被告人や弁護人の同意もない。また、第328条に規定されている、いわゆる弾劾証拠にも、ここで挙げられている立証趣旨からして該当しない。以上いずれの伝聞例外にも該当しないので、この部分の証拠能力は否定される。
 以上より、[実況見分調書]の別紙2のWの発言以外は証拠能力が認められ、その他の部分(別紙2のWの発言と別紙1の全部)は第320条第1項により証拠能力が否定される。

以上

 

修正答案

以下刑事訴訟法については条数のみを示す。

 

[設問1]
 1.逮捕①の適法性
 逮捕①は第212条第2項の準現行犯逮捕として適法である。
 通常は逮捕をするために令状が必要であるが、現行犯は罪を犯したことが明白で誤認逮捕の恐れがないために許容されている。そしてさらに一定の場合には現行犯でなくても現行犯に準じるものとして、令状なしの逮捕が認められている。それが第212条第2項に規定される準現行犯逮捕である。準現行犯逮捕として適法かどうかは、罪を犯したことが明白であるかどうかという基準で判断されなければならない。以下ではこの観点から本件の逮捕①について検討する。
 平成25年2月1日午後10時2分にWは110番通報し、それを受けてH県警察本部所属の司法警察員が現場のH公園でVの死亡を確認した。そこでH県警察本部所属の別の司法警察員が、P及びQに対し、必要な情報を伝えるとともに、男1及び男2を発見するように指令を発した。そしてPは同日午後10時30分にH公園から約800メートル離れた路上において、Wの目撃情報通りであって、着衣と靴に血が付いている甲を、Vを殺害した事実で逮捕した。
 司法警察員が確認しているように、Vが殺害されたことは確実である。そして甲の被服に犯罪の顕著な証跡がある(第212条第2項第3号)。包丁で人を刺し殺すと返り血を浴びることは容易に想定され、またそれ以外の理由で服や靴に血が付着することはめったにないので、犯罪の顕著な証跡と言える。そして罪を行い終わってから間がないと明らかに認められる。犯行時刻から30分しか経っておらず、Wの目撃情報通りに甲が発見されたからである。以上より、甲は現行犯に準じるほど、Vを殺害したのが明白である。よってこれを現行犯人とみなすことになる。
 以上より冒頭で述べた適法という結論になる。
 2.逮捕②の適法性
 逮捕②は第212条第2項の準現行犯逮捕としては不適法であるが、第210条第1項の緊急逮捕としては適法である。
 逮捕①の甲とは違って、乙の被服には犯罪の顕著な証跡がなく、その他第212条第2項各号に当てはまらない。よって同条の逮捕をすることは不適法である。乙がV殺害の犯人であることは明白でない。
 乙が自白のように甲との共犯でV殺害の罪を犯したとすると、乙は実行行為を担当していないので、殺人罪の共謀共同正犯になる。そうすると、乙が甲と共謀したことについて明白でなければ準現行犯逮捕をすることができないことになる。そして本件では乙の自白とWの目撃情報以外に乙と甲の共謀を明白にする事情がない。よって準現行犯逮捕は不適法である。
 ただし、逮捕②は別途第210条第1項の要件は満たすので、その限りでは適法である。Qは司法警察職員であり、殺人罪(刑法第199条)は死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁錮にあたる罪である。Wの目撃状況に加えて乙自らの自白もあるので、その罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がある。急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないのも明らかである。よってこの理由を告げて乙を逮捕することができる。この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならない。
 3.差押えの適法性(以下、本問で問われている差押えを[差押え]と表記する)
 [差押え]は第220条第1項第2号により適法である。
 差押えは令状により行うのが原則であるが、逮捕の現場で行うこともできる(第220条第1項第2号)。逮捕の現場には差押えすべき物が存在する可能性が高いにもかかわらず、令状を待たなければならないとなると隠滅のおそれもあるので、例外的に認められるのである。(準)現行犯で令状なしで逮捕ができるのだから、それよりも法益侵害の度合いが低い差押えが令状なしでできない理由はない。
 しかし本問の状況が「逮捕の現場」に当たるかが問題になり得る。というのも、文字通りの逮捕の現場から約200メートル離れた地点で[差押え]がなされているからである。しかし本件で文字通りの逮捕の現場から移動したのは、そこで取り調べをすることが通行の支障を生じさせていたからである。だから近くのI交番に行こうとしたのである。また、[差押え]を受けた物は甲のズボンのポケットに入って文字通りの逮捕の現場から甲と共に移動してきた携帯電話である。これらの事情から、[差押え]は逮捕の現場でされたと言ってもよい。「逮捕の現場」を不当に拡大解釈して、差押えしたい物が存在する場所に理由もなく被疑者を移動させて別件の差押えをするような事態は避けなければならないが、本件ではそのような危険がないと言える。
 そもそもこの携帯電話を差押えるべきだったのかという疑問も考えられる。後に判明したところによると、この携帯電話はV殺害の罪とは関係なかっただけになおさらである。しかし[差押え]の時点では、乙がこの携帯電話に事件と関係するメールが送ったと考えるのも自然である。後に関係がなかったとわかったからといって、その差押えが遡って違法になることはない。仮にそうなると差押えを萎縮させてしまうことになる。

 

[設問2](以下本問で問われている実況見分調書を[実況見分調書]を表記する)
 [実況見分調書]は違法に作成された事情が見当たらず、公判前整理手続という適時に証拠調べの請求がされているので、伝聞証拠に該当しない限り証拠能力が否定されることはない。
 よってWが犯行を目撃することが可能であったことを立証趣旨とする部分の証拠能力は認められる。これは発言内容の真実性とは関わらず、物理的にWが犯行を目撃することが可能であったことを示そうとする証拠なので、伝聞証拠には当たらないからである。具体的には別紙2のWの発言以外の部分全てである。Wの発言部分は、Wが犯行を目撃した時にその場所に立っていたという、Wが目撃した犯行状況を明らかにするという立証趣旨の一部になってしまい、その真実性が問題となるので、伝聞証拠である。
 Wが目撃した犯行状況を明らかにすることを立証趣旨とする部分(別紙2のWの発言部分と別紙1の全て)は伝聞証拠であり、Wが証人として公判期日に証言するのが原則であって、例外的な事情がない限り供述に代えて書面を証拠とすることはできない(第320条第1項)。別紙1の写真はその下に添えられたWの発言と一体となって初めて意味を成すものであり、ここではWの発言と同視してよい。いわば図像という手段による言述である。
 その例外的な事情(伝聞例外)を1つずつ検討する。Wが死亡等の理由で公判期日において供述することができないという事情は見当たらないので、第321条第1項第3号の伝聞例外には該当しない。第326条や第327条に書かれている被告人や弁護人の同意や合意もない。また、第328条に規定されている、いわゆる弾劾証拠にも、ここで挙げられている立証趣旨からして該当しない。以上いずれの伝聞例外にも該当しないので、この部分の証拠能力は否定される。
 以上より、[実況見分調書]の別紙2のWの発言以外は証拠能力が認められ、その他の部分(別紙2のWの発言と別紙1の全部)は第320条第1項により証拠能力が否定される。

 

感想

論点は拾えたかなという感触でした。逮捕②については緊急逮捕のことを書くべきだと思いましたが、出題の趣旨ではそのことに触れられていなかったので、余計な部分かもしれません。全体として結論に問題はないとしても、説明が足りない部分が多かったので、修正答案では分厚く記述しました。

 




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