浅野直樹の学習日記

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2015 / 3月

平成21年司法試験論文公法系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100)
 遺伝子は,細胞を作るためのタンパク質の設計図である。人間には約2万5000個の遺伝子があると推測されている。遺伝情報は,子孫に受け継がれ得る情報で,個人の遺伝的特質及び体質を示すものであるが,その基になる遺伝子に係る情報は,当該個人にとって極めて機微に係る情報である。遺伝子には,すべての人間に共通な生存に不可欠な部分と,個人にオリジナルの部分とがある。もし生存に不可欠な遺伝子が異常になると,細胞や体の働きが損なわれるので,その個体は病気になることもある。既に多数の遺伝子疾患が知られており,また,高血圧などの生活習慣病や癌,そして神経難病なども遺伝子の影響を受けることが解明されつつある。
 遺伝子治療とは,生命活動の根幹である遺伝子を制御する治療法であり,正常な遺伝子を細胞に補ったり,遺伝子の欠陥を修復・修正することで病気を治療する手法である。遺伝子治療の実用化のためには,動物実験の次の段階として,人間を対象とした臨床研究も必要である。遺伝子治療においては,まず,当該疾患をもたらしている遺伝子の異常がどこで起こっているかなどについて調べる必要がある。それを確定するためには,遺伝にかかわるので,本人だけではなく,家族の遺伝子も検査する必要がある。遺伝子治療は,難病の治癒のための新たな可能性を有する治療法ではあるが,安全性という点でなお不十分な面があるし,未知の部分もある。例えば,治療用の正常な遺伝子の導入が適切に行われないと,癌抑制遺伝子等の有益な遺伝子を壊すことがある。さらに,遺伝子という生命の根幹にかかわる点で,遺伝子治療によって「生命の有り様」を人間が変えることにもなり得るなど,遺伝子治療それ自体をめぐって様々なレベルで議論されている。
【注:本問では,遺伝子治療に関する知見は以上の記述を前提とすること。】
 政府は,遺伝子を人為的に組み換えたり,それを生殖細胞に移入したりして操作することには人間を改造する危険性もあるが,研究活動は研究者の自由な発想を重視して本来自由に行われるべきであることを考慮し,研究者の自主性や倫理観を尊重した柔軟な規制の形態が望ましいとして,罰則を伴った法律による規制という方式を採らなかった。2002年に,文部科学省及び厚生労働省が共同して,制裁規定を一切含まない「遺伝子治療臨床研究に関する指針」(2004年に全部改正され,2008年に一部改正された【参考資料1】。以下「本指針」という。)を制定した。こうして,遺伝子治療の臨床研究(以下「遺伝子治療臨床研究」という。)について研究者が遵守すべき指針が定められ,大学や研究所に設置される審査委員会で審査・承認を受けた後,さらに文部科学省・厚生労働省で審査・承認されて研究が行われている。
 2009年に,国立大学法人A大学医学部B教授らのグループによる遺伝子治療臨床研究において,被験者が一人死亡する事故が起きた。また,遺伝子に係る情報の漏洩事件も複数起きた。そこで,同年,Y県立大学医学部は,「審査委員会規則」を改正し,専門機関としてより高度の倫理性と責任性を持つべきであるとして,遺伝子治療臨床研究によって重大な事態が生じたときには当該研究の中止を命ずることができるようにした【参考資料2】。さらに,同医学部は,「遺伝子情報保護規則」【参考資料3】を新たに定め,匿名化(その個人情報から個人を識別する情報の全部又は一部を取り除き,代わりに当該個人情報の提供者とかかわりのない符号又は番号を付すことをいう。)されておらず,特定の個人と結び付いた形で保持されている遺伝子に係る情報について規律した。当該規則は,本人の求めがある場合でも,「遺伝子治療の対象である疾病の原因となる遺伝子情報」以外の開示を禁止している。その理由は,すべての遺伝子に係る情報を開示することが本人に与えるマイナスの影響を考慮したからである。また,当該規則は,被験者ばかりでなく,遺伝子検査・診断を受けたすべての人の遺伝子に係る情報を第三者に開示することを禁止している。その理由は,その開示によって生じるかもしれない様々な問題の発生等を考慮したからである。
 Y県立大学医学部の,X教授を代表者とする遺伝子治療臨床研究グループは,2003年以来難病性疾患に関する従来の治療法の問題点を解決する新規治療法の開発を目的として,動物による実験を行ってきた。201※年に,X教授のグループは,X教授を総括責任者とし,本指針が定める手続に従って,遺伝子治療臨床研究(以下「本研究」という。)を実施することの承認を受けた。X教授は,難病治療のために来院したCを診断したところ,Cの難病の原因は遺伝子に関係する可能性が極めて高いと判断した。Cは成人であるので,X教授は,Cの同意を得てその遺伝子を検査した。さらに,X教授はCに,家族全員(父,母,兄及び姉)の遺伝子も検査する必要があることを説明し,その家族4人からそれぞれ同意を得た上で,4人の遺伝子も検査した。その結果,Cの難病が遺伝子の異常によるものであることが判明した。X教授は,動物実験で有効であった遺伝子治療法の被験者としてCが適切であると考え,Cに対し,遺伝子治療を行う必要性等,本指針が定める説明をすべて行った。説明を受けた後,Cは,本研究の被験者となることを受諾する条件として,自己ばかりでなくその家族4人の遺伝子に係るすべての情報の開示をX教授に求めた。X教授は,Cの求めに応じて,C以外の家族4人の同意を得ずに,C自身及びその家族4人の遺伝子に係るすべての情報をCに伝えた。Cは,本研究の被験者になることに同意する文書を提出した。
 Cを被験者とする本研究が実施されたが,その過程で全く予測し得なかった問題が生じ,Cは重体に陥り,そのため,Cに対する本研究は続けることができなくなった(その後,Cは回復した。)。
 Y県立大学医学部長は,定められた手続に従い慎重に審査した上で,X教授らによる本研究の中止を命じた。その後,この問題を契機として調査したところ,「遺伝子情報保護規則」に違反する行為が明らかとなった。任命権者である学長は,X教授によるCへのC自身及びその家族4人の遺伝子に係る情報の開示が「遺伝子情報保護規則」に違反していることを理由に,X教授を1か月の停職処分に処した。

 

〔設問1〕
 X教授は,本研究の中止命令(注:行政組織内部の職務命令自体の処分性については,本問では処分性があるものとする。)の取消しを求めて訴訟を提起することにした。あなたがX教授から依頼を受けた弁護士であったならば,憲法上の問題についてどのような主張を行うか述べなさい。
 そして,大学側の処分を正当化する主張を想定しながら,あなた自身の結論及び理由を述べなさい。

 

〔設問2〕
 X教授は,遺伝子に係る情報の開示(注:個人情報に関する法令や条例との関係については,本問では論じる必要はない。)に関する1か月の停職処分の取消しを求めて訴訟を提起することにした。あなたがX教授から依頼を受けた弁護士であったならば,憲法上の問題についてどのような主張を行うか述べなさい。
 そして,大学側の処分を正当化する主張を想定しながら,あなた自身の結論及び理由を述べなさい。

 

【参考資料1】
文部科学省/厚生労働省「遺伝子治療臨床研究に関する指針」平成14年3月27日
(平成16年12月28日全部改正;平成20年12月1日一部改正)(抄録)
第一章 総則
第一 目的
この指針は,遺伝子治療の臨床研究(以下「遺伝子治療臨床研究」という。)に関し遵守すべき事項を定め,もって遺伝子治療臨床研究の医療上の有用性及び倫理性を確保し,社会に開かれた形での適正な実施を図ることを目的とする。
第二 定義
一 この指針において「遺伝子治療」とは,疾病の治療を目的として遺伝子又は遺伝子を導入した細胞を人の体内に投与すること及び二に定める遺伝子標識をいう。
二 この指針において「遺伝子標識」とは,疾病の治療法の開発を目的として標識となる遺伝子又は標識となる遺伝子を導入した細胞を人の体内に投与することをいう。
三 この指針において「研究者」とは,遺伝子治療臨床研究を実施する者をいう。
四 この指針において「総括責任者」とは,遺伝子治療臨床研究を実施する研究者に必要な指示を行うほか,遺伝子治療臨床研究を総括する立場にある研究者をいう。
五~九 (略)
第三~第五 (略)
第六 生殖細胞等の遺伝的改変の禁止
人の生殖細胞又は胚(一の細胞又は細胞群であって,そのまま人又は動物の胎内において発生の過程を経ることにより一の個体に成長する可能性のあるもののうち,胎盤の形成を開始する前のものをいう。以下同じ。)の遺伝的改変を目的とした遺伝子治療臨床研究及び人の生殖細胞又は胚の遺伝的改変をもたらすおそれのある遺伝子治療臨床研究は,行ってはならない。
第七 適切な説明に基づく被験者の同意の確保
遺伝子治療臨床研究は,適切な説明に基づく被験者の同意(インフォームド・コンセント)が確実に確保されて実施されなければならない。
第八 (略)
第二章 被験者の人権保護
第一 (略)
第二 被験者の同意
一 総括責任者又は総括責任者の指示を受けた医師である研究者(以下「総括責任者等」という。)は,遺伝子治療臨床研究の実施に際し,第三に掲げる説明事項を被験者に説明し,文書により自由意思による同意を得なければならない。
二 同意能力を欠く等被験者本人の同意を得ることが困難であるが,遺伝子治療臨床研究を実施することが被験者にとって有用であることが十分に予測される場合には,審査委員会の審査を受けた上で,当該被験者の法定代理人等被験者の意思及び利益を代弁できると考えられる者(以下「代諾者」という。)の文書による同意を得るものとする。この場合においては,当該同意に関する記録及び同意者と当該被験者の関係を示す記録を残さなければならない。
第三 被験者に対する説明事項
総括責任者等は,第二の同意を得るに当たり次のすべての事項を被験者(第二の二に該当する場合にあっては,代諾者)に対し十分な理解が得られるよう可能な限り平易な用語を用いて説明しなければならない。
一 遺伝子治療臨床研究の目的,意義及び方法
二 遺伝子治療臨床研究を実施する機関名
三 遺伝子治療臨床研究により予期される効果及び危険
四 他の治療法の有無,内容並びに当該治療法により予期される効果及び危険
五 被験者が遺伝子治療臨床研究の実施に同意しない場合であっても何ら不利益を受けることはないこと。
六 被験者が遺伝子治療臨床研究の実施に同意した場合であっても随時これを撤回できること。
七 個人情報保護に関し必要な事項
八 その他被験者の人権の保護に関し必要な事項
(以下略)

 

【参考資料2】
Y県立大学医学部「審査委員会規則」
第1条~第7条 (略)
第8条 医学部長は,被験者の死亡その他遺伝子治療臨床研究により重大な事態が生じたときは,総括責任者に対し,遺伝子治療臨床研究の中止又は変更その他必要な措置を命ずるものとする。
(以下略)

 

【参考資料3】
Y県立大学医学部「遺伝子情報保護規則」
第1条 本学部において,遺伝子に係る情報であって,匿名化されておらず個人を識別することができるもの(以下「遺伝子情報」という。)の取扱いについては,この規則によるものとする。
第2条~第5条 (略)
第6条 本学部の教職員は,いかなる理由による場合であっても,遺伝子情報を開示しないものとする。
2 前項の規定にかかわらず,総括責任者は,遺伝子検査又は診断を受けた者からの求めがある場合には,遺伝子治療の対象である疾病の原因となる遺伝子情報に限り,本人に開示しなければならない。
(以下略)

 

練習答案

以下日本国憲法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
第1 X教授側の主張
 「学問の自由は、これを保障する」(23条)とあるところ、本研究の中止命令はX教授の学問の自由を侵害するので、違憲である。
 学問の自由は留保なく保障されているので、他の憲法で保障された権利と衝突しない限り制約されない。ここで想定される他の権利はCの身体や生命であると考えられるが、Cは本研究について適切に説明をされた上で真しな同意をしている。本研究はCの難病の治療法を開発するのに必要でもある。このように不法ではない内容について本人の有効な同意があるのだから、たまたま重体に陥ったからといって、C本人の身体や生命を侵害したとは言えない。
 また、学問の自由が保障される典型的な主体は大学教授であり、その職にあるXの学問の自由を制約するためにはより一層慎重であるべきである。
第2 大学側の処分を正当化する主張
 学問の自由も絶対無制約に保障されるのではなく、他の憲法上の権利との調整が必要である。「すべて国民は個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、(中略)立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」(13条)のであり、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」(25条2項)。つまり国、ひいては地方自治体には国民の生命等を守る義務があるのである。
 本研究の中止命令は、そうした公益的な見地から国民の生命等を守るために必要な措置であり、学問の自由を一定制約するのもやむを得ない。Cが同意していたとしても、遺伝子治療には未知の部分も大きいので、そうした同意時には未知であった危険から守ることも必要である。さらにCだけでなく今後X教授の研究に参加するかもしれない国民の生命等を守るためにも、本件中止命令は必要である。
第3 私自身の結論及び理由
 生命等の権利により学問の自由が制約され得る点は共通しているので、本研究が生命等の権利を侵害しているかどうか、特にCの同意をどう捉えるかが争点となる。
 すべて国民は個人として尊重されるという日本国憲法の理念からして、個人の意思は、それによってその人の生命等をいくらか危険にさらすとしても、最大限に尊重されるべきである。もしかするとCの難病はQOL(生活の質)を著しく低下させるもので、そのまま寿命を少しのばすよりも、生命を短縮する危険があったとしても治療法を見つけたいとCは思ったかもしれない。そのあたりの判断は本人にしかできない。本研究では指針が定める説明がすべてなされた上でCが真しに同意しているので、Cの生命等を侵害しているとは言えない。未知の部分が現れたらCはその時点で研究から抜けることができるのであるし(参考資料1第2章第3、6号)、今後本研究に参加するかもしれない人についても同様である。
 以上より、本研究の中止命令は違憲であって取消されるべきものである。

 

[設問2]
第1 X教授側の主張
 「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない(31条)。1か月の停職処分が刑罰に含まれるかどうかには議論があるだろうが、少なくとも刑罰に近い処分なので、31条の罪刑法定主義が類推適用されるべきである。よって法律に根拠のない本件停職処分は違憲である。
 仮に罪刑法定主義に違反しないとしても、本件停職処分はXの財産権(29条1項)や職業選択の自由(22条1項)を侵害するものなので、正当な理由がなければ違憲である。本件停職処分の根拠はY県立大学医学部「遺伝子情報保護規則」違反とのことであるが、その6条2項に規定される開示をしただけなので、正当な処分理由は存在しない。
第2 大学側の処分を正当化する主張
 31条の罪刑法定主義が想定している刑罰を課す主体は国家であり、大学のような団体には一定の内部統制権が認められるので、本件停職処分は違憲ではない。
 また、本件停職処分には正当な理由がある。Y県立大学医学部「遺伝子情報保護規則」6条2項が規定しているのは本人の遺伝子情報であり、家族の遺伝子情報の開示は同1項により禁止されているからである。
第3 私自身の結論及び理由
 大学には一定の内部統制権があるので、罪刑法定主義(の類推適用)は、一部の者が全くし意的に重大な権利侵害を行った場合にのみ問題となるので、本件停職処分では問題とならない。おそらく就業規則か何かで停職処分の規定はされていただろうし、一部の者がし意的に処分を決定したわけでもなく、停職1か月はそこまで重大な権利侵害でもない。
 本件停職処分に正当な理由があるかどうかは、Y県立大学医学部「遺伝子情報保護規則」の解釈にかかっている。その6条2項の「遺伝子治療の対象である疾病の原因となる遺伝子情報」は本人のものだけであると解釈するほうが前後と整合的である。各個人が13条の幸福追求権から自己の情報をコントロールする権利を有しているという考え方からも、ある情報の開示をできるのはその本人に限ると解釈できる。
 以上より本件停職処分は違憲ではない。

以上

 

修正答案

以下日本国憲法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
第1 X教授側の主張
 「学問の自由は、これを保障する」(23条)とあるところ、本研究の中止命令はX教授の学問の自由を侵害するので、違憲である。
 23条の文言からもわかるように、学問の自由は留保なく保障されている。そして学問の自由が保障される典型的な主体は大学教授であり、その職にあるXの学問の自由を制約することには慎重であるべきである。さらに、学問は研究の上に成り立つものなので、学問の自由は研究の自由を当然に含む。研究は純粋な思索とは違って外界に働きかける行為なので、他の憲法で保障された権利との調整をするために制約され得る。しかしながら、学問の自由は国家権力から恣意的に制約されやすく、そうなると民主主義も脅かされかねないので、その制約の合憲性は厳格に審査されなければならない。つまり、重要な目的のための必要最小限度の制約でなければならない。
 本研究の中止命令の根拠はY県立大学医学部「審査委員会規則」8条を根拠にしているが、その条文自体が違憲である。医学部長に研究を中止させる過度に広範な裁量を認めているからである。
 仮にこの条文自体が違憲でないとしても、具体的な本研究の中止命令は違憲である。本件処分の目的はCの生命等を守ることであると考えられるが、Cは本研究について適切に説明をされた上で真摯な同意をしている。本研究はCの難病の治療法を開発するのに必要でもある。このように不法ではない内容について本人の有効な同意があるのだから、たまたま重体に陥ったからといって、C本人の身体や生命を侵害したとは言えない。Cに対する本研究は事実上続けることができなくなっているにもかかわらず、本研究全体を中止させるという処分は必要最小限度を超えているとも言える。
第2 大学側の処分を正当化する主張
 学問の自由も絶対無制約に保障されるのではなく、他の憲法上の権利との調整が必要である。「すべて国民は個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、(中略)立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」(13条)のであり、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」(25条2項)。つまり国、ひいては地方自治体には国民の生命等を守る義務があるのである。
 本研究の中止命令は、そうした公益的な見地から国民の生命等を守るために必要な措置であり、学問の自由を一定制約するのもやむを得ない。Cが同意していたとしても、遺伝子治療には未知の部分も大きいので、そうした同意時には未知であった危険から守ることも必要である。さらにCだけでなく今後X教授の研究に参加するかもしれない国民の生命等を守るためにも、本件中止命令は必要である。
 また、学問の自由を保障するための制度的側面として大学には一定の自治が認められており、大学が自主的に規則を制定することは違憲でないばかりかむしろ学問の自由に資するものである。
第3 私自身の結論及び理由
 生命等の権利により学問の自由が制約され得る点は共通している。大学の自治と個人の研究の自由とが衝突する場合にどう判断すべきかということが一つの争点になっている。本研究が生命等の権利を侵害しているかどうか、特にCの同意をどう捉えるかということと、本件処分が必要最小限度であったかということが二つ目の争点になっている。
 研究活動をして学問を追究するのは個人がベースである。大学当局が国家権力と結びつくということも容易に想定できる。よって大学の自治と個人の研究の自由とが衝突した場合には、基本的には個人の研究の自由のほうが尊重されるべきである。とはいえある大学のある個人が無茶な研究をして、そのせいで同じ大学の他の個人の研究活動が阻害されてもいけないので、そうした事態を防ぐような規則を大学が制定することは許される。本件では、文部科学省/厚生労働省「遺伝子治療臨床研究に関する指針」(以下「指針」とする)では制裁規定が含まれていないことも考慮して、Y県立大学医学部「審査委員会規則」8条の「重大な事態」を「このまま研究を続けると他の個人が研究をすることに支障をきたすような重大な事態」と限定的に解釈した場合にのみ合憲となる。
 本件処分に関して、すべて国民は個人として尊重されるという日本国憲法の理念からして、個人の意思は、それによってその人の生命等をいくらか危険にさらすとしても、最大限に尊重されるべきである。もしかするとCの難病はQOL(生活の質)を著しく低下させるもので、そのまま寿命を少しのばすよりも、生命を短縮する危険があったとしても治療法を見つけたいとCは思ったかもしれない。そのあたりの判断は本人にしかできない。本研究では指針が定める説明がすべてなされた上でCが真摯に同意しているので、Cの生命等を侵害しているとは言えない。未知の部分が現れたらCはその時点で研究から抜けることができるのであるし(指針第2章第3の第6号)、今後本研究に参加するかもしれない人についても同様である。必要最小限度の制約を逸脱しているとも言える。
 以上より、本研究の中止命令は違憲であって取消されるべきものである。

 

[設問2]
第1 X教授側の主張
 本件停職処分はY県立大学医学部「遺伝子情報保護規則」(以下「規則」とする)をその根拠としているが、憲法違反の内容である規則をもとにした処分は無効である。
 規則6条の1項及び2項から、遺伝子治療の対象である疾病の原因となる遺伝子情報以外はいかなる場合にも開示してはならないことになり、X教授はそれに違反したとして本件停職処分を受けた。
 13条の幸福追求権から各個人は自己の情報をコントロールする権利を有していると解釈できる。その権利が重要となる一つの場面が本件のような医療現場でのインフォームド・コンセントであり、指針にもそれが適切に実施されなけれなならないことが規定されている。インフォームド・コンセントのためには可能な限り多くの情報が与えられることが必要であるのに、規則6条に従うと遺伝子治療の研究に参加するかどうかを決める患者が得られる情報が限定されてしまう。そのような規則が作られたのはすべての遺伝子に係る情報を開示することが本人に与えるマイナスの影響を考慮したからとのことであるが、実際に生じるかどうかもわからないマイナスの影響よりも、情報を与えられないことによる不利益のほうが大きいので、正当化することはできない。
 よって規則6条の内容は違憲であり、それに基づく本件停職処分は無効である。処分を受けたXとは別の第三者の権利に関する違憲ではあるが、違憲の定めは当然無効と解すべきであり、さらに本件では間接的にXの学問の自由も侵害しているので、Xがそのことを主張することができる。
第2 大学側の処分を正当化する主張
 そもそも大学には一定の内部統制権が認められるので、本件停職処分に司法審査は及ばない。
 仮に司法審査が及ぶとして、規則6条の内容は合憲である。遺伝子治療は専門家にとってさえ難しいものであり、専門知識を持ち合わせていない一般人にすべての遺伝情報を与えたところで無用な不安を与えることこそあっても、益するところはない。
 また、Xには遺伝子治療の対象である疾病の原因となる遺伝子情報以外を開示したことに加えて、家族の同意を得ずに家族の遺伝子情報を開示したという規則6条違反もある。
第3 私自身の結論及び理由
 大学には一定の内部統制権があるとはいっても、「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」(32条)のであって、裁判を受ける権利を簡単に否定することはできない。全くの内部的な事柄ならともかく、本件停職処分は一般市民法秩序との関わりを有しているので、司法審査が及ぶ。
 また、Xは研究を進める上でCと密接な関係にあり、XがCの権利を主張しても不具合はないので、XがCの権利を援用しても差し支えない。
 規則6条の内容は、自己の情報をコントロールする権利を侵害するものとして、違法のそしりは免れない。遺伝子治療は難解で一般人には完全に理解できないとしても、担当者が適切に噛み砕いて説明することは十分に可能である。そして合理的な選択をするためというだけでなく、選択をした際に納得を感じるためにも、可能な限り多くの情報が与えられるべきである。遺伝子治療の対象である疾病の原因となる遺伝子情報だけをはっきりと切り分けることができるかどうか疑問であることに加えて、それが可能であってもその情報だけを与えられては他にも有用な情報があるのではないかという本人の疑念を晴らすことができない。そもそも自己情報のコントロール権は原則的に認められるべき性質のものであり、それが役立つかマイナスの影響をもたらすかを決めるのは本人である。
 可能な限り多くの情報が与えられるべきだとはいっても、他人のプライバシーを侵害してもよいことにはならない。他人の情報には他人の情報コントロール権が及ぶ。家族であってもその点を別様に解する理由はない。かえって家族だからこそ知られたくないこともあるだろう。この点に関して、XはCの家族に無断で家族の遺伝情報をCに開示したので、規則6条1項に違反している。
 以上より本件停職処分は違憲ではない。

以上

 

 

感想

どのように憲法上の主張をすればよいのかで困りました。[設問1]ではXの学問の自由と大学の自治とが対立するという構図を見逃していました。[設問2]では第三者(C)の憲法上の主張をXが援用するという発想が思いつかずに、無理矢理な答案を仕上げました。自己決定V.S.パターナリズムという論点や、家族の情報コントロール権という論点は見えていただけに悔やまれます。修正答案はまずまずの出来になっているのではないかなと思っています(おかしな点があればコメント欄でご指摘ください)。

 



平成21年司法試験論文刑事系第2問答案練習

問題

〔第2問〕(配点:100)
 次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。なお,【資料1】の供述内容は信用できるものとし,【資料2】の捜索差押許可状は適法に発付されたものとする。

 

【事 例】
1 警察は,平成21年1月17日,軽自動車(以下「本件車両」という。)がM埠頭の海中に沈んでいるとの通報を受け,海中から本件車両を引き上げたところ,その運転席からシートベルトをした状態のVの死体が発見された。司法解剖の結果,Vの死因は溺死ではなく,頸部圧迫による窒息死であると判明した。警察が捜査すると,埠頭付近に設置された防犯カメラに本件車両を運転している甲野太郎(以下「甲」という。)と助手席にいるVの姿が写っており,その日時が同年1月13日午前3時5分であった。同年1月19日,警察が甲を取り調べると,甲は,Vの頸部をロープで絞めて殺害し,死体を海中に捨てた旨供述したことから,警察は,同日,甲を殺人罪及び死体遺棄罪で逮捕した。勾留後の取調べで,甲は,Vの別居中の妻である乙野花子(以下「乙」という。)から依頼されてVを殺害したなどと供述したため,司法警察員警部補Pは,その供述を調書に録取し,【資料1】の供述調書(本問題集8ページ参照)を作成した。

2 警察は,前記供述調書等を疎明資料として,殺人,死体遺棄の犯罪事実で,捜索すべき場所をT化粧品販売株式会社(以下「T社」という。)事務所とする捜索差押許可状の発付を請求し,裁判官から【資料2】の捜索差押許可状(本問題集9ページ参照)の発付を受けた。なお,同事務所では,T社の代表取締役である乙のほか,A及びBら7名が従業員として働いている。
 Pは,5名の部下とともに,同年1月26日午前9時,同事務所に赴き,同事務所にいたBと応対した。乙及びAらは不在であり,Pは,Bを介して乙に連絡を取ろうとしたが,連絡を取ることができなかったため,同日午前9時15分,Bに前記捜索差押許可状を示して捜索を開始した。Pらが同事務所内を捜索したところ,電話台の上の壁にあるフックにカレンダーが掛けられており,そのカレンダーを外すと,そのコンクリートの壁にボールペンで書かれた文字を消した跡があった。Pらがその跡をよく見ると,「1/12△フトウ」となっており,「1/12」と「フトウ」という文字までは読み取ることができたが,「△」の一文字分については読み取ることができなかった。そこで,Pらは,壁から約30センチメートル離れた位置から,その記載部分を写真撮影した[写真①]。

3 同事務所内には,事務机等のほかに引き出し部分が5段あるレターケースがあり,Pらがそのレターケースを捜索すると,その3段目の引き出し内に預金通帳2冊,パスポート1通,名刺10枚,印鑑2個,はがき3枚が入っていた。Pが,Bに対し,その引き出しの使用者を尋ねたところ,Bは,「だれが使っているのか分かりません。」と答えた。そこで,Pらがその預金通帳2冊を取り出して確認すると,1冊目はX銀行の普通預金の通帳で,その名義人はAとなっていて,取引期間が平成20年6月6日からであり,現在も使われているものであった。2冊目はY銀行の普通預金の通帳で,その名義人はAとなっていて,取引期間が平成20年10月10日からであり,現在も使われているものであった。X銀行の預金口座には,不定期の入出金が多数回あり,その通帳の平成21年1月14日の取引日欄に,カードによる現金30万円の出金が印字されていて,その部分の右横に「→T.K」と鉛筆で書き込まれていたが,そのほかのページには書き込みがなかった。また,Y銀行の預金口座には,T社からの入金が定期的にあり,電気代や水道代などが定期的に出金されているほか,カードによる不定期の現金出金が多数回あった。その通帳には書き込みはなかった。次に,Pらがその引き出し内にあるパスポートなどを取り出し,それらの内容を確認すると,パスポートの名義が「乙野花子」で,名刺10枚は「乙野花子」と印刷されており,はがき3枚のあて名は「乙野花子」となっていた。印鑑2個は,いずれも「A」と刻印されていて,X銀行及びY銀行への届出印と似ていた。Pらは,その引き出し内にあったものをいずれも元の位置に戻した上,その引き出し内を写真撮影した。

4 引き続き,Pらは,X銀行の預金通帳を事務机の上に置き,それを写真撮影しようとすると,Bは,「それはAさんの通帳なので写真を撮らないでください。」と述べ,その写真撮影に抗議した。しかし,Pらは,「捜査に必要である。」と答え,その場で,その表紙及び印字されているすべてのページを写真撮影した[写真②]。さらに,Pらは,Y銀行の預金通帳を事務机の上に置き,同様に,その表紙及び印字されているすべてのページを写真撮影した[写真③]。なお,Pらは,X銀行の預金通帳を差し押さえたが,Y銀行の預金通帳は差し押さえなかった。

5 次に,Pらは,パスポート,名刺,はがき及び印鑑を事務机の上に置き,パスポートの名義の記載があるページを開いた上,そのページ,名刺10枚,はがき3枚のあて名部分及び印鑑2個の刻印部分を順次写真撮影した[写真④]。なお,Pらは,そのパスポート,名刺,はがき及び印鑑をいずれも差し押さえず,捜索差押えを終了した。

6 その後,捜査を継続していたPらは,平成21年2月3日,甲の立会いの下,M埠頭において,海中に転落した本件車両と同一型式の実験車両及びVと同じ重量の人形を用い,本件車両を海中に転落させた状況を再現する実験を行った。なお,実験車両は,本件車両と同じオートマチック仕様の軽自動車であり,現場は,岸壁に向かって約1度から2度の下り勾配になっていた。
 Pらは,甲に対し,犯行当時と同じ方法で実験車両を海中に転落させるよう求めると,甲は,本件車両を岸壁から約5メートル離れた地点に停車させたと説明してから,その地点に停車した実験車両の助手席にある人形を両手で抱えて車外に持ち出した。甲は,その人形を運転席側ドアまで移動させてから車内の運転席に押し込み,その人形にシートベルトを締めた。そして,甲は,運転席側ドアから車内に上半身を入れ,サイドブレーキを解除した上,セレクトレバーをドライブレンジにして運転席側ドアを閉めた。すると,同車両は,岸壁に向けて徐々に動き出し,前輪が岸壁から落ちたものの,車底部が岸壁にぶつかったため,その上で止まり,海中に転落しなかった。甲は,同車両の後方に移動し,後部バンパーを両手で持ち上げ,前方に重心を移動させると,同車両が海中に転落して沈んでいった。その後,Pらが海中から同車両を引き上げ,その車底部を確認したところ,車底部の損傷箇所が同年1月17日に発見された本件車両と同じ位置にあった。

7 Pは,この実験結果につき,実況見分調書を作成した。同調書には,作成名義人であるPの署名押印があるほか,実況見分の日時,場所及び立会人についての記載があり,実況見分の目的として「死体遺棄の手段方法を明らかにして,証拠を保全するため」との記載がある。加えて,実況見分の経過として,写真が添付され,その写真の下に甲の説明が記載されている。
 具体的には,岸壁から約5メートル離れた地点に停止している実験車両を甲が指さしている場面の写真,甲が両手で抱えた人形を運転席に向けて引きずっている場面の写真,甲が運転席に上半身を入れて,サイドブレーキを解除し,セレクトレバーをドライブレンジにした場面の写真,同車両の前輪が岸壁から落ちたものの車底部が岸壁にぶつかってその上で同車両が止まっている場面の写真,甲が同車両の後部バンパーを両手で持ち上げている場面の写真,同車両が岸壁から海中に転落した場面の写真,同車両底部の損傷箇所の位置が分かる写真が添付されている。そして,各写真の下に「私は,車をこのように停止させました。」,「私は,助手席の被害者をこのように運転席に移動させました。」,「私は,このようにサイドブレーキを解除してセレクトレバーをドライブレンジにしました。」,「車は,このように岸壁の上で止まりました。」,「私は,このように車の後部バンパーを持ち上げました。」,「車は,このように海に転落しました。」,「車の底には傷が付いています。」との記載がある。

8 その後,同年2月9日,検察官は,被告人甲が乙と共謀の上,Vを殺害してその死体を遺棄した旨の公訴事実で,甲を殺人罪及び死体遺棄罪により起訴した。被告人甲は,第一回公判期日において,「自分は,殺人,死体遺棄の犯人ではない。」旨述べた。その後の証拠調べ手続において,検察官が,前記実況見分調書につき,「被告人が本件車両を海中に沈めることができたこと」という立証趣旨で証拠調べ請求したところ,弁護人は,その立証趣旨を「被告人が本件車両を海中に沈めて死体遺棄したこと」であると考え,証拠とすることに不同意の意見を述べた。

 

〔設問1〕 [写真①]から[写真④]の写真撮影の適法性について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。

 

〔設問2〕 【事例】中の実況見分調書の証拠能力について論じなさい。

 

【資料1】
供述調書
本籍,住居,職業,生年月日省略
甲野 太郎
 上記の者に対する殺人,死体遺棄被疑事件につき,平成21年1月24日○○県□□警察署において,本職は,あらかじめ被疑者に対し,自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げて取り調べたところ,任意次のとおり供述した。
1 私は,平成21年1月13日午前2時ころ,V方前の道で,Vの首をロープで絞めて殺し,その死体を海に捨てましたが,私がそのようなことをしたのは,乙からVを殺すように頼まれたからでした。
2 私は,約2年前に,クリーニング店で働いており,その取引先に乙が経営していたT化粧品販売という会社があったため,乙と知り合いました。私は,次第に乙に惹かれるようになり,平成19年12月ころから,乙と付き合うようになりました。乙の話では,乙にはVという夫がいるものの,別居しているということでした。
3 平成20年11月中旬ころ,私は,乙から「Vに3000万円の生命保険を掛けている。Vが死ねば約2000万円ある借金を返すことができる。報酬として300万円をあげるからVを殺して。」と言われました。私は,最初,乙の冗談であると思いましたが,その後,乙と話をするたびに何回も同じ話をされたので,乙が本気であることが分かりました。そのころ,私にも約300万円の借金があったため,報酬の金が手に入ればその借金を返すことができると思い,Vを殺すことに決めました。そこで,平成21年1月11日午後9時ころ,乙から私に電話があったとき,私は,乙に「明日の夜,M埠頭で車の転落事故を装ってVを殺す。」と言うと,乙から「お願い。」と言われました。
4 1月12日の夜,私がV方前の道でVを待ち伏せしていると,翌日の午前2時ころ,酔っ払った様子のVが歩いて帰ってきました。私は,Vを殺すため,その後ろから首にロープを巻き付け,思い切りそのロープの端を両手で引っ張りました。Vは,手足をばたつかせましたが,しばらくすると,動かなくなりました。私が手をVの口に当てると,Vは,息をしていませんでした。
5 私は,Vの服のポケットから車の鍵を取り出し,その鍵でV方にあった軽自動車のドアを開け,Vの死体を助手席に乗せました。そして,私は,Vが運転中に誤って岸壁から転落したという事故を装うため,その車を運転してM埠頭に向かいました。私は,午前3時過ぎころ,M埠頭の岸壁から少し離れたところに車を止め,助手席の死体を両手で抱えて車外に持ち出し,運転席側ドアまで移動して,その死体を運転席に押し込み,その上半身にシートベルトを締めました。そして,私は,運転席側ドアから車内に上半身を入れ,サイドブレーキを解除し,セレクトレバーをドライブレンジにしてからそのドアを閉めました。すると,その車は,岸壁に向けて少しずつ動き出し,前輪が岸壁から落ちたものの,車の底が岸壁にぶつかってしまい,車がその上で止まってしまいました。そこで,私は,車の後ろに移動し,思い切り力を入れて後ろのバンパーを両手で持ち上げ,前方に重心を移動させると,軽自動車であったため,車が少し動き,そのままザッブーンという大きな音を立てて海の中に落ちました。私は,だれかに見られていないかとドキドキしながらすぐに走って逃げました。
6 その後,私は,乙にVを殺したことを告げ,1月15日の夕方,乙と待ち合わせた喫茶店で,乙から報酬の一部として現金30万円を受け取り,その翌日の夕方,同じ喫茶店で,乙から報酬の一部として現金20万円を受け取りました。
甲 野 太 郎 指印
以上のとおり録取して読み聞かせた上,閲覧させたところ,誤りのないことを申し立て,欄外に指印した上,末尾に署名指印した。(欄外の指印省略)
前同日
○○県□□警察署
司法警察員 警部補 P 印

 

【資料2】
捜索差押許可状
被疑者の氏名
及び年齢 甲野太郎
昭和 32 年 9 月 29 日生
罪 名 殺 人,死体遺棄
捜 索 す べ き 場 所 , ○○県□□市桜が岡6丁目24番4号日本橋ビル1階
身 体 又 は 物 T化粧品販売株式会社事務所
差 し 押 さ え る べ き 物 本件に関連する保険証書,借用証書,預金通帳,金銭出納帳,手帳,メモ,ノート
請求者の官公職氏名 司法警察員警部補 P
有 効 期 間 平成 21 年 2 月 1 日まで
有効期間経過後は,この令状により捜索又は差押えに着手することができない。この場合には,これを当裁判所に返還しなければならない。
有効期間内であっても,捜索又は差押えの必要がなくなったときは,直ちにこれを当裁判所に返還しなければならない。
被疑者に対する上記被疑事件について,上記のとおり捜索及び差押えをすることを許可する。
平成 21 年 1 月 25 日
□□簡易裁判所 印
裁判官 某 印

 

練習答案

以下刑事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 捜査については、その目的を達するために必要な取調をすることができるが、強制の処分は刑事訴訟法に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない(197条1項)。司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、捜索をすることができる(218条1項)。その執行については、錠をはずし、封を開き、その他必要な処分をすることができる(222条1項に準用される111条1項)。
 T社事務所に立ち入り、そこにある物品の写真撮影をすることは、その物品の持ち主や管理者のプライバシーを侵害するので強制の処分である。よって適法に発付された捜索差押許可状の範囲内では適法であるが、それを超えると違法になる。その判断をする際には、写真撮影が111条1項の「その他必要な処分」に含まれるかどうかが決め手になる。差押をすることのできる物を写真撮影することは、写真撮影のほうが差押えよりも法益侵害の度合いが小さいので、その他必要な処分として許されるが、差押をすることのできない物を写真撮影して事実上差押をしたに等しい状態を作り出すことは、令状の範囲を超えるので、違法である。
 写真①は、差押をすることのできる本件に関するメモを撮影したものなので、適法である。「1/12△フトウ」というのは本件の発生した時間・場所と一致するので、本件に関連するメモである。
 写真②に写っているX銀行の預金通帳(以下「X通帳」とする)と、写真③に写っているY銀行の預金通帳(以下「Y通帳」とする)のそれぞれについて検討する。X通帳には平成21年1月14日の取引日欄に、カードによる現金30万円の出金が印字されていて、その部分の右横に「→T.K」と鉛筆で書き込まれていた。これは甲が同年1月15日の夕方に乙から本件の報酬の一部として現金30万円を受け取ったという事実に対応すると考えられる(「T.K」は甲野太郎のイニシャルである)ので、X通帳は本件に関連する預金通帳であり、差押できる(実際に差し押さえられている)。名義人こそAであるが、Aが雇われている乙社【原文ママ】内に通帳が存在していて、乙の意思で30万円が引き出されたと考えるのも不自然ではない。他方でY通帳は何ら本件との関連を思わせる部分がなかったので差押できない物であり、そのすべてのページを撮影して差し押さえたに等しくする写真③は違法である。記述が前後するが、写真②は適法である。
 パスポート、名刺、はがき、印鑑はいずれも令状の差し押さえられるべき物に記載されておらず、差押できない物なので、それらを撮影した写真④は違法である。
 以上より、写真①及び写真②は適法であるが、写真③及び写真④は違法である。

 

[設問2]
 伝聞法則より、公判期日における供述に代えて、本件実況見分調書という書面を証拠とすることは、いくつかの例外に該当しない限りできない(320条1項)。
 まず、弁護人は証拠とすることに不同意の意見を述べたので、326条の伝聞例外には該当しない。
 本件実況見分調書は、司法警察職員であるPが検証の結果を記載した書面であると考えられるので、Pが公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときは、伝聞例外として、これを証拠とすることができる(321条3項)。ただし、その中で被告人の供述をその内容とするものについては、被告人の署名若しくは押印がなければこれを証拠とすることができない(324条1項に準用される322条1項)。甲の署名も押印もないので、甲の供述部分の証拠能力は否定される。
 具体的には、「被告人(のような身体的特徴を有する者)が本件車両を海中に沈めることができたこと」を立証趣旨としたPの供述部分と写真の証拠能力は肯定されるが、「被告人(甲自身)が本件車両を海中に沈めて死体遺棄したこと」を立証趣旨とした甲の写真下の説明部分の証拠能力は否定される。
 しかしながら、321条ないし324条の規定により証拠とすることができない書面であっても、公判準備又は公判期日における被告人の供述の証明力を争うためには、これを証拠とすることができる(328条)ので、「被告人(甲自身)の供述は信用できないこと」を立証趣旨とした甲の写真下の説明部分の証拠能力は肯定される。
 甲は公判期日において殺人や死体遺棄を認める供述をしていないが、【資料1】の供述調書が本件実況見分調書と同様に321条3項、324条1項、322条1項が適用され、今度は甲の押印がありかつ被告人甲に不利益な事実の承認を内容とする書面なので供述に代えた証拠とすることができるからである。供述調書の供述が任意にされたものではない疑いはない。そうすると供述調書の内容を甲が公判期日に供述したのと同視できるので、328条を適用することができるのである。

以上

 

修正答案

以下刑事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
第1 前提
 捜査については、その目的を達するために必要な取調をすることができるが、強制の処分は刑事訴訟法に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない(197条1項)。司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、捜索をすることができる(218条1項)。その執行については、錠をはずし、封を開き、その他必要な処分をすることができる(222条1項に準用される111条1項)。
 T社事務所のような会社事務所に立ち入り、そこにある物品の写真撮影をすることは、その物品の持ち主や管理者のプライバシーを侵害するので強制の処分である。よって適法に発付された捜索差押許可状の範囲内では適法であるが、それを超えると違法になる。その判断をする際には、写真撮影が111条1項の「その他必要な処分」に含まれるかどうかが決め手になる。差押をすることのできる物を写真撮影することは、写真撮影のほうが差押えよりも法益侵害の度合いが小さいので、必要性と相当性が認められる限りその他必要な処分として許されるが、差押をすることのできない物を写真撮影して事実上差押をしたに等しい状態を作り出すことは、令状の範囲を超えるので、違法である。
第2 写真①撮影の適法性
 写真①の撮影は、差押をすることのできる本件に関するメモを対象としたものなので、適法である。「1/12△フトウ」というのは本件の発生した時間・場所と一致するので、本件に関連するメモである。コンクリートの壁を壊して差押をするよりも、その写真を撮るほうが合理的なので、必要性と相当性が認められる。
第3 写真②及び③撮影の適法性
 次に写真②に写っているX銀行の預金通帳(以下「X通帳」とする)と、写真③に写っているY銀行の預金通帳(以下「Y通帳」とする)のそれぞれについて検討する。X通帳には平成21年1月14日の取引日欄に、カードによる現金30万円の出金が印字されていて、その部分の右横に「→T.K」と鉛筆で書き込まれていた。これは甲が同年1月15日の夕方に乙から本件の報酬の一部として現金30万円を受け取ったという事実に対応すると考えられる(「T.K」は甲野太郎のイニシャルである)ので、X通帳は本件に関連する預金通帳であり、差押できる(実際に差し押さえられている)。名義人こそAであるが、Aが雇われているT社内に通帳が存在していて、乙の意思で30万円が引き出されたと考えるのも不自然ではない。そして鉛筆での書き込みが捜索時から存在したということを記録するために写真撮影をする必要性があると言える。すべてのページを撮影したことも、鉛筆での書き込み部分が本当にX通帳のものであることを示すことに資するという点で相当である。よって写真②の撮影は適法である。他方でY通帳は何ら本件との関連を思わせる部分がなかったので差押できない物であり、そのすべてのページを撮影して差し押さえたに等しくする写真③の撮影は違法である。
第4 写真④撮影の適法性
 パスポート、名刺、はがき、印鑑はいずれも令状の差し押さえられるべき物に記載されておらず、差押できない物なので、それらを撮影した写真④の撮影は違法である。適法に差押をすることができるX通帳の保管状態を示すために写真撮影をすることが必要であると考えることもできるが、それならばX通帳が入っていた引き出しを遠景で撮影すべきであり、パスポート等をわざわざ取り出して机の上に置いて1つずつ、つまり大きな画像で撮影したことは、本来であれば差押できないものを写真撮影して差押えたに等しい効果を生み出しているという点で違法と言わざるを得ない。
第5 結論
 以上より、写真①及び写真②の撮影は適法であるが、写真③及び写真④の撮影は違法である。

 

[設問2]
第1 要証事実
 本件実況見分調書は本件と関連性があり、違法に収集されたという事情もないので、その証拠能力が否定されるとすれば伝聞法則が理由となる。ある証拠に伝聞法則が適用されるかどうかは要証事実を基準として判断されるので、まず要証事実をはっきりさせる。
 当事者主義という構造から、第一次的には、証拠調べ請求をする当事者からの立証趣旨が要証事実を画定することになる。本件で検察官は「被告人が本件車両を海中に沈めることができたこと」という立証趣旨で証拠調べ請求した。これはもう少し詳しく言うと「被告人のような身体的特徴を有する者が物理的に本件車両を海中に沈めることができたこと」であり、本件では物理的にそのような犯行が可能かということを証明しなければならないので、そのための証拠であると合理的に解釈できる。裁判所の認定する要証事実は検察官の立証趣旨に必ずしも拘束されないというのが判例であるが、本件では敢えて検察官の立証趣旨を離れる理由を見出し難い。よって本件実況見分調書の要証事実は「被告人が本件車両を海中に沈めることができたこと」である。
第2 伝聞法則
 伝聞法則より、公判期日における供述に代えて、本件実況見分調書という書面を証拠とすることは、いくつかの伝聞例外に該当しない限りできない(320条1項)。
 まず、弁護人は証拠とすることに不同意の意見を述べたので、326条の伝聞例外には該当しない。
 本件実況見分調書は、司法警察職員であるPが検証の結果を記載した書面であると考えられるので、Pが公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときは、伝聞例外として、これを証拠とすることができる(321条3項)。被告人が物理的に本件車両を海中に沈めることができたことの検証である。写真や被告人の説明部分も、「被告人が本件車両を海中に沈めることができたこと」という要証事実との関係では、現場供述ではなく現場指示に過ぎず、その真実性が問題となることはないので、一括して本件実況見分調書全体の証拠能力が肯定される。ただし、裁判所がその要証事実から離れて「被告人(甲自身)が本件車両を海中に沈めて死体遺棄したこと」を証明する証拠として用いることはできない。

以上

 

 

感想

[設問1]は踏み込み不足ではあっても大きな間違いはしていなかったかなと思っております。[設問2]はひどいことをしていまいました。要証事実をきちんと検討せずに漫然と伝聞の処理をしたせいで時間とスペースが余ったので、弾劾証拠のことを書くという失態を重ねてしまいました。出題趣旨等を読んでから後付けで書くなら修正答案のようなものになるでしょう。

 



平成21年司法試験論文刑事系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100)
以下の事例に基づき,甲及び乙の罪責について,具体的な事実を摘示しつつ論じなさい(特別法違反の点を除く。)。

 

1 甲は,「Aクレジット」名で高利の貸金業を営むAに雇われて,同貸金業務に従事していた。甲は,「Aクレジット」の開業時からの従業員であり,Aの信頼が厚かったため,同貸金業の営業について,新規貸付けの可否,貸付金額・貸付条件等を判断し,その判断に従って顧客との間で金銭消費貸借契約を締結し,貸付けを実行する事務を行っていたほか,同貸金業の資金管理について,現金出納,取引先に対する支払や「Aクレジット」名義の銀行預金口座(以下「Aの口座」という。)の預金の出し入れ,帳簿等経理関係の書類作成・保管等の事務を行っていた。
 「Aクレジット」では,Aの口座の通帳(以下「Aの通帳」という。)及びその届出印,同口座のキャッシュカード(以下「Aのカード」という。)を事務所内の金庫に入れて保管し,同金庫の鍵は,甲が所持していた。甲は,Aの口座の預金の出し入れをする場合には,自ら金庫の鍵を開けてAのカード及びAの通帳を取り出し,これを甲の部下である経理担当の事務員に手渡した上,金額や出金先等を指示して預金の出し入れに関する事務を行わせていた。なお,「Aクレジット」では,取引先に対する経費の支払は,Aの口座から取引先の銀行口座に直接振り込むことによって行っていたが,顧客に対する貸付けは,その要望に応じて,銀行口座への振込みによるほか,現金を直接顧客に手渡して行うこともあった。
 また,甲は,自ら金銭消費貸借契約書,請求書,領収証等を確認して帳簿の記載を行い,同帳簿を自己の机の引き出しに入れて保管していた。
 一方,Aは,ほぼ毎日事務所に顔を出すものの,甲が作成・保管する帳簿及びAの通帳に目を通して収入・支出の状況を確認するだけであり,帳簿と金銭消費貸借契約書,請求書,領収証等とを突き合わせることはなかった。
 乙は,甲の部下として営業を担当する事務員であり,顧客との契約交渉,貸付金の回収等を行っていたが,経理事務は担当しておらず,Aのカードの暗証番号を知らなかった。

2 甲は,愛人との遊興のため浪費が続き,次第に金銭に窮するようになっていたところ,Aが帳簿及び通帳に目を通すだけであったことから,通帳の記載に合う架空の出金事由を帳簿に記載しておけば,Aのカードを使って金銭を手に入れてもAに発覚することはないと考えた。
 そこで,甲は,当面の遊興費として200万円を,Aの口座から,甲自身が代表者となっており,自ら通帳,届出印及びキャッシュカードを保管しているB社名義の銀行口座(以下「B社の口座」という。)に振り込むこととする一方,帳簿に広告宣伝費としてB社に200万円を支払った旨記載することとした。
 ただ,経理担当の事務員は「Aクレジット」の取引先にB社がないことを知っていたため,同事務員にB社の口座への振込手続を行わせると不審に思われるおそれがあった。そこで,甲は,営業担当の事務員である乙であれば,経費の支払先のことを詳しくは知らないはずなので,自分の不正に気付かれることはないと考え,経理担当の事務員がいない時を見計らって,乙に振込手続を行わせることとした。

3 某日,経理担当の事務員が休暇を取って不在であったため,甲は,前記計画を実行することとし,自ら金庫を開けてAのカード及びAの通帳を取り出し,事務所にいた乙に「今日は経理担当者がいないから代わりに銀行に行ってくれ。B社から支払請求が来ているからB社の口座に200万円を振り込んでくれ。忘れずに記帳してきてくれ。」と指示してAのカード及びAの通帳を手渡すとともに,Aのカードの暗証番号,B社の口座番号等を伝えた。

4 他方,この指示を受けた乙は,かつて甲の机の中にB社名義の通帳があるのを見たことがあった上,他の営業担当の事務員から,B社は甲がAに内緒で代表者となっている実体のない会社で,「Aクレジット」との取引関係が生ずることはあり得ない会社であると聞いたことがあったので,甲がB社の口座に振り込むことにより不正に200万円を手に入れようとしていることに気付いた。
 しかし,乙は,甲が上司であったことから,とりあえずその指示に従うこととし,甲から受け取ったAのカード及びAの通帳を持って銀行に向かった。ところが,自己の借金の返済資金に窮していた乙は,銀行に行く途中で,経理事務の責任者である甲が200万円を不正に手に入れようとしているのだから,甲はその範囲内ならば経理関係の書類をごまかせるはずだと考え,この機会に便乗して自分も金銭を手に入れることとした。そして,乙は,すぐにも120万円の借金の返済が必要だったことから,Aの口座から120万円を引き下ろして自己の借金の返済に充て,甲から指示された金額との差額の80万円は,甲の指示どおりAの口座からB社の口座に振り込むこととした。

5 銀行に着いた乙は,Aのカードを現金自動預払機(以下「ATM」という。)に挿入し,まず80万円をAの口座からB社の口座に口座間で直接振り込む操作を行ってB社の口座に入金した後,すぐに同じATMにAのカードを再び挿入し,Aの口座から現金合計120万円を引き下ろしてこれを自己のポケットに入れた。そして,乙は,Aの通帳にB社に対する80万円の振込みと120万円の現金出金の取引を記帳した後,直ちに同銀行の窓口に行き,自己の借金の返済のため前記現金120万円をサラ金業者の銀行口座に振り込む手続を行った。
 その後,乙は,銀行を出て「Aクレジット」の事務所に戻り,Aのカード及びAの通帳を甲に渡した。

6 乙からAの通帳等を受け取った甲は,Aの通帳の記帳内容を見て,B社に80万円しか振り込まれていない上,120万円の現金出金がなされていたことから,乙に問いただしたところ,乙は,甲に「120万円は私の方で借金の返済に使ってしまいました。あなたも同じようなことをやっているじゃないですか。私の分も何とかしてくださいよ。」と言った。
 甲は,それまで,乙が甲の不正を知っているとは思っておらず,また,乙がそのような不正をするとは予想もしていなかった。
 甲は,乙が指示に従わずに120万円を引き下ろしたことに腹が立ったが,このことがAに発覚すれば,自己の不正も発覚し,暴力団と関係があり粗暴なAにどんなひどい目に遭わされるか分からないため,そのような事態は何としても避けなければならないと考えた。そこで,甲は,乙に「分かった。お前の下ろした120万円は今回は何とかしてやるが,もう二度とこんなことはするな。」と言った。

7 「Aクレジット」では,前記のとおり取引先に対する経費の支払は,Aの口座から取引先の口座に直接振り込むことによって行っていたことから,甲は,Aの口座からB社の口座に振り込まれた80万円については,当初の計画どおり帳簿に架空の広告宣伝費を計上しておけばAに発覚せずに済むが,120万円については,現金出金であるため,架空経費の計上を装ってごまかすことは難しいと考えた。
 そこで,「Aクレジット」では,前記のとおり顧客に対する貸付けは,現金で行うこともあったので,甲は,120万円の現金出金日に,甲の友人でAと面識のない丙に対して返済期日を10日後とする現金120万円の貸付けを行ったことにした上で,その返済期日に集金した現金を強盗に奪われたように装うこととした。

8 その数日後,甲は,乙に「お前が下ろした120万円は,出金日の10日後を返済期日として丙に貸し付けたことにしてある。お前が丙の住んでいるCマンションで丙から集金して帰る途中,その地下駐車場で強盗に襲われて集金した金を奪われたことにしたい。お前は自動車のトランクに入ってくれ。俺がガムテープでお前の手足を縛り,口を塞いでやる。そうすれば,強盗に襲われたように見える。30分くらいしたら俺が警察に通報してやるから大丈夫だ。警察にはけん銃を持った強盗に襲われたと言ってくれ。」と持ちかけた。乙は,自己の借金の返済に充てた金銭の後始末であることやAが粗暴な人間であることを考えると,甲の言うとおりにするのが最も良いと思い,これを承諾した。
 なお,甲は,警察に事情を聴かれた場合に備えて,丙に対し,前記事情を一切告げずに,「『Aクレジット』から120万円を借りて10日後に返済したことにしてくれ。迷惑はかけない。」と依頼した。

9 前記120万円の返済期日とした日,甲と乙は,Cマンションの地下駐車場で落ち合った。乙は,集金の際に平素から使用している営業用の自動車に乗ってきており,これを同地下駐車場に駐車していた。甲は,その自動車のトランク内に横たわった乙の両手首と両足首をガムテープで縛り,乙の口を更にガムテープで塞ぎ,乙が鼻で呼吸できることを確認した後,トランクを閉めてその場を立ち去った。

10 その約30分後,甲は,匿名で警察に電話をかけて,「Cマンションの地下駐車場に駐車中の車のトランクの中からゴトゴトと不審な音がするから調べてほしい。」と通報した。この通報を受けて間もなく同駐車場に駆けつけた警察官により,乙は発見された。乙は,警察官に「けん銃を持った強盗に襲われて丙から集金した現金120万円とその利息を奪われ,自動車のトランクに閉じ込められた。」と説明した。

 

練習答案

以下刑法についてはその条数のみを示す。

 

第1 Aの口座から200万円を引き出した(振り込んだ)行為(問題文の1〜6)
 (1)横領か背任か
 横領罪(252条)と背任罪(247条)は重なり合う部分があると考えられるので、先に刑罰の重い横領罪について検討し、それが成立しない場合に背任罪を検討することにする。背任罪は罰金刑が選択できるので、同じ5年以下の懲役でも背任罪のほうが刑罰が軽いと言えるし、業務上横領罪(253条)と比べるとなおさらである。
 (2)甲、乙それぞれの罪責
 業務上横領罪の構成要件は、「業務上自己の占有する他人の物を横領した者」である(253条)。
 甲は貸金業という業務上で、他人である雇い主Aの通帳及びカードを占有していた。貸金業そのものが違法であったかどうかはともかく、甲の担当していた経理業務が違法であるとは考えられない。甲が物理的に占有していたのはAの通帳及びカードであったが、甲はその暗証番号を知っていたので、通帳及びカードで引き出したり振り込んだりできるAの金銭を占有していたと言える。銀行で預金を引き出したり他の口座へ送金したりする際に特段の障害がないからである。
 そして乙にAの通帳及びカードを手渡すとともに、カードの暗証番号等を教えて、結果的に、甲が代表者をしていて管理もしているB社の口座に80万円を、Aの口座から送金した。いわば道具たる乙を利用した間接正犯か、乙との共同正犯かは後で論じるとして、甲に業務上横領罪が成立する。
 乙も甲から振り込みを依頼されてAの通帳及びカードを手渡されることによって、業務上、他人Aの通帳及びカード、ひいてはそれらを使って自由になるAの金銭を占有するに至った。そして自己の借金返済の原資とするためにAの口座から現金120万円を引き下ろし、甲の管理下に置く目的でB社の口座に80万円の振込みをした。つまりAの金銭を故意に横領したのである。よって乙に業務上横領罪が成立する。
 (3)共犯関係
 当初、甲は乙と共同して犯罪を実行する意図はもっていなかった。乙が、甲が横領を実行しようとしていることに気づき、その計画に乗りつつ自らも横領する意思を発現させた。共同正犯がすべて正犯とされる(60条)のは、共同することで犯罪の実現が容易になるので、一部しか分担していなかったとしても正犯にするという趣旨である。そこから考えると、乙は甲のおかげで横領を容易に実行しているので甲と共犯になり200万円全額につき責任を負う。他方で甲は乙が120万円を自分のために引き出すとは全く予想していなかったので、その部分については責任を問うことができず、80万円についてのみ乙との共犯となる。

 

第2 甲が乙をガムテープで縛り、トランクに閉じ込めた行為(問題文の9)
 甲は乙をガムテープで縛り、自動車のトランク内に閉じ込めた。これは乙の同意があるので暴行には該当せず、暴行罪(208条)は成立しない。乙の身体という法益を事実上侵害していないからである。また、監禁罪(220条)の監禁は移動しようと思ったときに移動できない状態を指しているのであって、移動しようと思わない人が密閉されたところにいたとしても監禁には当たらないので、監禁罪も成立しない。移動の自由が同罪の保護法益だからである。

 

第3 強盗に見せかけて警察を呼んだ行為(問題文の7〜10)
 (1)公務執行妨害と業務妨害の関係
 一般の業務妨害(233、234条)とは別に公務執行妨害(95条)が法定されているので、その関係が問題になる。公務員は実力で妨害を排除できるのだから一般の業務妨害が公務については成立しないという見解もあるが、偽計の場合などは実力で排除することも困難であるので、公務についても一般の業務妨害が成立し得ると考えるのが適切である。
 (2)甲、乙の罪責
 偽計業務妨害罪の構成要件は、「偽計を用いて人の業務を妨害した者」である。甲と乙とは、共同して、実際には強盗事件が発生していないのに発生したと見せかけることで警察官を出動させた。警察官の人員には限りがあり、1つの現場に警察官が出動すると他の場所に行けなくなることもあるし、行けたとしても時間がかかったりするし、その間に他の仕事はできなくなる。このように甲と乙とは偽計により警察の業務を妨害しているので、偽計業務妨害罪が成立する。甲と乙とは共同正犯になる。

 

第4 結論
 以上より、甲はAの80万円について、乙はAの200万円について業務上横領罪が成立する。また、甲乙の両者に偽計業務妨害罪が成立する。これら両罪は併合罪(45条)の関係に立つ。

以上

 

修正答案

以下刑法についてはその条数のみを示す。

 

第1 Aの口座から200万円を引き出した(振り込んだ)行為(問題文の1〜6)
 1.横領か背任か
  横領罪(252条)と背任罪(247条)は重なり合う部分があると考えられるので、先に刑罰の重い横領罪について検討し、それが成立しない場合に背任罪を検討することにする。背任罪は罰金刑が選択できるので、同じ5年以下の懲役でも背任罪のほうが刑罰が軽いと言えるし、業務上横領罪(253条)と比べるとなおさらである。
 2.甲、乙それぞれの罪責
  (1)甲の罪責
   業務上横領罪の構成要件は、「業務上自己の占有する他人の物を横領した者」である(253条)。
   甲は貸金業を営むAに雇われて各種の経理業務に従事し、その業務上で他人であるAの通帳及びカードを占有していた。甲が物理的に占有していたのはAの通帳及びカードであったが、甲はその暗証番号を知っていたので、対銀行との関係で払戻権限を有しており、通帳及びカードで引き出したり振り込んだりできるAの金銭を占有していたと言える。このような場合には、銀行で預金を引き出したり他の口座へ送金したりする際に特段の障害が存在せず、実際に甲はこれまでの業務でAの預金の出し入れをしていた。
   そして乙にAの通帳及びカードを手渡すとともに、カードの暗証番号等を教えて、結果的に、Aの口座から200万円を不法領得した。甲が代表者をしていて管理もしているB社の口座に80万円を送金したことはもちろん、乙が勝手に120万円を引き出したのも、構成要件内での結果の錯誤に過ぎず、不法領得したことに変わりはない。いわば道具たる乙を利用した間接正犯か、乙との共同正犯かは後で論じるとして、甲に業務上横領罪が成立する。
  (2)乙の罪責
   乙も甲から振り込みを依頼されてAの通帳及びカードを手渡されることによって、業務上、他人Aの通帳及びカード、ひいてはそれらを使って自由になるAの金銭を占有するに至った。乙は日頃営業を担当していたが、経理担当者が不在のときなどに上司の指示で経理の業務を行うこともその業務に含まれる。そして自己の借金返済の原資とするためにAの口座から現金120万円を引き下ろし、甲の管理下に置く目的でB社の口座に80万円の振込みをした。つまりAの金銭を故意に横領したのである。よって乙に業務上横領罪が成立する。
 3.共犯関係
  当初、甲は乙と共同して犯罪を実行する意図はもっていなかった。乙が、甲が横領を実行しようとしていることに気づき、その計画に乗りつつ自らも横領する意思を発現させた。乙は自らの意思で実行行為を行っているのであり、もはや道具性は失われているので、甲が間接正犯となることはない。
  甲は本件横領を計画し、通帳やカード、暗証番号を用意し、さらに結果として80万円を自らの管理下に置いているので、直接の実行行為こそしていないものの、正犯性が認められる(教唆では足りない)。乙は本件の計画や準備こそしていないが、自らの意思で実行行為を担当し、120万円を自分のために領得したので、正犯性が認められる(幇助では足りない)。そうすると意思の連絡はないものの、甲と乙とは共同正犯になるとするのが適切である。共同正犯がすべて正犯とされる(60条)のは、共同することで犯罪の実現が容易になるので、一部しか分担していなかったとしても正犯にするという趣旨である。そこから考えると、甲と乙とは互いに犯罪の実現を容易にしているので、共同正犯となる。

 

第2 甲が乙をガムテープで縛り、トランクに閉じ込めた行為(問題文の9)
 甲は乙をガムテープで縛り、自動車のトランク内に閉じ込めたが、乙はそのことに同意していた。監禁罪(220条)の監禁は現実に移動しようと思ったときに移動できない状態を指しているのであって、現実に移動しようと思わない人が密閉されたところにいたとしても監禁には当たらないので、監禁罪は成立しない。移動の自由が同罪の保護法益であるので、移動の自由を侵害していない場合は監禁罪が成立しない。

 

第3 強盗に見せかけて警察を呼んだ行為(問題文の7〜10)
 1.公務執行妨害と業務妨害の関係
 一般の業務妨害(233、234条)とは別に公務執行妨害(95条)が法定されているので、その関係が問題になる。公務員は実力で妨害を排除できるのだから一般の業務妨害が公務については成立しないという見解もあるが、偽計の場合などは実力で排除することも困難であるので、公務についても一般の業務妨害が成立し得ると考えるのが適切である。
 2.甲、乙の罪責
 偽計業務妨害罪の構成要件は、「偽計を用いて人の業務を妨害した者」である。甲と乙とは、共同して、実際には強盗事件が発生していないのに発生したと見せかけること(偽計)で警察官を出動させた。警察官の人員には限りがあり、1つの現場に警察官が出動すると他の場所に行けなくなることもあるし、行けたとしても時間がかかったりするし、その間に他の仕事はできなくなる。このように甲と乙とは偽計により警察の業務を妨害しているので、偽計業務妨害罪が成立する。甲と乙とは共同正犯になる。

 

第4 結論
 以上より、甲乙の両者にAの200万円についての業務上横領罪と、偽計により警察の業務を妨害したことについての偽計業務妨害罪が成立する。これら両罪は併合罪(45条)の関係に立つ。

以上

 

 

感想

難しい問題だと感じましたが、それは多くの人が感じるところだったようで、少し安心しました。努力の跡は示せたと思います。構成要件内の錯誤である120万円について甲の責任を免れさせてしまったのはミスだと言えます。片面的共犯を認めるという立場をもっと強く打ち出せばよかったと思いました。

 



平成21年司法試験論文民事系第2問答案練習

問題

〔第2問〕(配点:200〔〔設問1〕から〔設問6〕までの配点の割合は,1.4:4.8:3.8:3:4:3〕)
 以下の【事実】1から9までを読んで〔設問1〕から〔設問3〕までに,【事実】10から14までを読んで〔設問4〕に,【事実】15から20までを読んで〔設問5〕及び〔設問6〕にそれぞれ答えよ。

 

【事実】
1.X株式会社(以下「X社」という。)は,機械を製造して販売する事業を営む会社である。X社が製造する機械のうち,金属加工機械は,25の機種があり,それぞれの機種に1つの型番が付されていて,その型番はPS101からPS125までである。
 Y株式会社(以下「Y社」という。)は,ナイフやフォークなど金属製の食器を製造する事業を営む会社である。Y社が製造する商品の中でも,合金を素材とするコップは,特徴的なデザインと独特の触感が好評を得ていて,人気の商品である。
 A株式会社(以下「A社」という。)は,物品を販売する事業を営む会社である。A社は,従来,Y社に物品を納入してきた実績がある。

2.Y社は,数年ぶりに,主力商品のコップを製造するために使用する金属加工機械を更新することを決定し,これをA社から調達する方針を固め,Y社の役員であるBが,その実行に携わることとなった。Bは,これまでA社との折衝に当たってきた従業員のCに対し,A社との交渉においては,Y社の主力商品の製造に使用する高額の機械の調達であるから,諸事について慎重を期するよう指示した。

3.Cは,A社の担当者と相談したところ,X社製の型番PS112という番号で特定される機種の金属加工機械を調達することが適切であると考えるに至った。Cの意向を知ったA社の担当者は,X社に問い合わせをし,型番PS112の機械の在庫があることを確認した。

4.このようにして,YAの両社間で交渉が進められた結果,Y社は,平成20年2月1日,A社との間で,X社製の型番PS112の金属加工機械1台(新品)を代金1050万円(消費税相当額を含む。)で買い受ける旨の契約を締結した。売買代金は,まず,そのうち200万円を契約締結時に,また,残金の850万円は目的物の引渡しを受ける際に,それぞれ支払うこととされた。そして,Y社は,同日,A社に代金の一部として200万円を支払った。
 なお,A社は,前記の売買契約を締結する際,型番PS112の機械をX社から近日中に売買により調達することをY社に伝えていた。

5.A社の担当者は,Y社との売買契約が締結された平成20年2月1日の夕刻,改めてX社の担当者に電話をし,Y社に転売する予定であることを告げた上,X社から同社製の型番PS112の金属加工機械1台(新品)を購入するに当たっての契約条件を協議した。この契約条件の中には,AX間の売買代金額(消費税相当額を含む。)を840万円とすること,内金100万円は銀行振込みとし,残金740万円についてはA社が支払のために約束手形1通を振り出して交付すること,引渡しの時期及び場所のほか,次に示す注文書の備考欄①②の内容の条件が含まれていた。契約条件の協議が整った後,A社の担当者はX社の担当者に対し,「後ほど発注権限のある上司の決裁を得て,正式に注文書をお送りしますのでよろしくお願いします。」と述べた。A社の担当者は,発注権限のある上司に対し,Y社に売り渡す型番PS112の機械をX社から調達するための協議が整ったことの報告をし,その上司の決裁を得た上,次の注文書を作成し,これをX社の担当者に送付した。この注文書の記載は,担当者間の前記の協議内容を反映するものであるが,品名欄には,型番の誤記があった。

 

No.0751
平成20年2月4日
注文書
X株式会社 御中
○県○市○区○町3-5-1
A株式会社
代表取締役 ○○○○ 印
下記のとおりご注文いたします。
(1) 品 名 貴社製の金属加工機械(型番PS122)
(2) 数 量 1台
(3) 金 額 840万円(消費税を含む)
(4) 支払方法 内金100万円は平成20年2月12日に貴社銀行預金口座に振込み。残金は,引渡完了の際に,弊社振出の約束手形1通を交付(額面額740万円,支払期日平成20年4月30日)。
(5) 引渡時期 平成20年2月15日
(6) 引渡場所 Y株式会社工場(○県○市○町1-4-12)に貴社から直接納品。
〔備考〕
① 本件機械の所有権は,弊社が上記(4)記載の代金を完済するまで貴社が留保し,代金完済時に移転するものとします。
② 弊社が上記(4)記載の代金の一部でも支払わない場合,貴社は,催告をすることなく直ちに契約を解除することができるものとします。

 

6.この注文書を受け取ったX社の担当者は,受注を決定する権限のある上司に対し,A社の担当者と協議した契約条件で型番PS112の機械の販売を受注したいと説明し,その決裁を得た上,平成20年2月7日,【事実】5記載の注文書と同一内容である注文請書をA社に送付した。なお,この注文請書においても,「(1) 品 名 弊社製の金属加工機械(型番PS122)」と記載されていた。同月8日,これを受け取ったA社の担当者は,確かに注文請書を受け取った旨をX社に連絡した(以下このXA間の売買契約を「本件売買契約」という。)。そして,A社は,X社に対し,同月12日,代金の一部として100万円をX社の銀行預金口座に振り込んだ。

7.X社の納品作業を担当する従業員は,注文請書の写しを参照しながら納品の準備を進め,平成20年2月15日の午前に,A社との約定により直接にY社の工場に,型番PS122の機械1台を搬入しようとした。しかし,Y社の側から,調達しようとしたのは型番PS112の機械であることが指摘されたため,X社の前記従業員は,X社の受注事務担当者と連絡を取ったところ,Y社の指摘のとおりであることが確認された。そこで,いったん搬入を取りやめ,改めて同日午後に型番PS112の機械1台をY社の工場に運んだ(以下この1台の機械を「動産甲」という。)。Y社の担当者が,間違いなく動産甲が型番PS112の機械であることを確認し,動産甲は,滞りなく同日中にY社の工場に搬入された。
 そこで,同日,Y社は,A社に対し,両社間の売買の残代金850万円を支払った。また,A社は,X社に対し,支払期日を平成20年4月30日とするA社振出しの額面額740万円の約束手形を交付した。

8.動産甲の取引を担当したA社の担当者は,平成20年2月20日,Y社を訪ね,搬入の過程で機種の取り違いがあった不手際を詫び,それにもかかわらず一連の取引が無事に終了したことへの謝辞を述べた。応接に当たったCは,取引を慎重に進めるように求めた【事実】2記載のBの指示を踏まえ,XAの両社間の代金決済について特にトラブルが起きていないか,ということを質した。これに対し,A社の担当者は,代金の一部が既に支払われていること,及び残代金の支払のため平成20年4月30日を支払期日とするA社振出しの約束手形を交付したことを説明したが,代金が完済されるまでX社が動産甲の所有権を留保していることは告げなかった。Cは,この説明を受けたことで一応納得し,直接にX社に対し取引経過を照会することはしなかった。

9.その後,A社は,平成20年4月30日に前記約束手形に係る手形金の支払をせず,そのころに事実上倒産した。そこで,X社は,A社に対し,【事実】5記載の注文書の備考欄②の特約に基づき,同年5月2日到達の書面により,本件売買契約を解除する旨の意思表示をし,また,Y社に対し,同年5月7日到達の書面により,動産甲の返還を請求した。しかし,Y社がこれに応じないので,X社は,Y社に対し,所有権に基づき動産甲の返還を請求する訴訟を提起した(以下この訴訟を「本件訴訟」という。)。

 

〔設問1〕 本件売買契約は,何を目的物として成立したものであると考えられるか,理由を付して結論を述べなさい。その際,【事実】5記載の注文書及び【事実】6記載の注文請書にあった型番誤記が本件売買契約の効力に影響を与えるか,錯誤の成否にも言及しつつ述べなさい。

 

〔設問2〕
⑴ X社のY社に対する本件訴訟において,Y社が,自己の即時取得によりX社が動産甲の所有権を喪失したことを主張しようとするときに,「A社が,平成20年2月1日,Y社との間で,【事実】4記載の売買契約を締結したこと」のほか,次に掲げる事実①及び事実②を主張立証する必要があると考えられるか。それぞれ理由を付して説明しなさい。

① A社が,Y社に対し,平成20年2月15日,【事実】4記載の売買契約に基づき動産甲を引き渡したこと。
② Y社が,①の引渡しを受ける際,A社がX社に対し代金全額を弁済していない事実を知らなかったこと。

⑵ 本件訴訟においてY社のする即時取得の主張に対し,X社から,それへの反論として「Y社は,A社に動産甲の所有権があると信じたことについて過失がある。」との主張がされた場合において,Y社の過失の有無を認定判断する上で,次に掲げる事実③及び事実④は,どのように評価されるか。それぞれ理由を付して説明しなさい。

③ 【事実】4記載のとおり,Y社が,A社がX社との売買により目的物を調達することを知っていたこと。
④ 【事実】8記載のとおり,Y社が,本件売買契約の残代金が平成20年4月30日を支払期日とする約束手形で支払われることを知っていたこと。

 

〔設問3〕 X社は,本件訴訟において,Y社に対し,動産甲の使用料相当額の支払も併せて請求したいと考えた。X社は,どのような法的根拠に基づいて,いつからの使用料相当額の請求をすることができるか,考えられる法的根拠を一つ示し,その法的根拠が成り立つ理由及びいつからの請求をすることができるかの理由を付して説明しなさい。

 

【事実】 以下の10から14までは,【事実】1から9までのX社に関するものである。
10.X社は,監査役会設置会社であり,発行済株式総数(普通株式のみ)10万株,株主数5000人の上場企業である(単元株制度は採用していない。)。X社は,財務状況が悪化したため,同じ機械メーカーであり,X社の発行済株式の5%を長年保有して友好関係にあるZ株式会社(以下「Z社」という。)に対し,事業の柱の一つである精密機械製造事業を譲渡するとともに,同社との間に研究,開発,販売等の面における協同関係を築くことにより,この苦境を乗り切ろうと考えた。そして,X社は,平成20年6月2日,Z社との間で,事業の譲渡及び協同関係の構築に向けた交渉を始めるための基本合意を締結した(以下この合意を「本件基本合意」という。)。

11.ところが,本件基本合意の締結後,X社は,財務状況の悪化が急速に進み,キャッシュフローの確保も難しくなったため,本件基本合意に基づくZ社への事業の譲渡によって得ることができる対価による収入や,同社との協同関係の構築だけでは,企業としての存続が危うくなってきた。

12.そのような折,Z社のライバル企業である機械メーカーのD株式会社(以下「D社」という。)がX社に対して合併を申し入れてきた。合併の条件は,X社の普通株式4株にD社の普通株式1株を交付するという合併比率によって,D社を吸収合併存続株式会社とし,X社を吸収合併消滅株式会社とする吸収合併を行うというものであり,D社は,X社の精密機械製造事業に魅力を感じ,同事業を含めてX社の事業全部を吸収合併により取得することを申し入れてきたものであった。

13.X社の取締役会は,Z社よりも企業体力に優るD社に吸収合併されれば,X社は独立した企業ではなくなるものの,同社の財務状況の悪化やキャッシュフロー不足の問題が解決され,事業全体の存続や従業員の雇用の確保につながると考え,平成20年10月8日,Z社との本件基本合意を白紙撤回した上,D社から申入れのあったとおりの合併条件により,X社がD社に吸収合併されることを受け入れることを決めた。

14.これに対し,Z社は,X社の精密機械製造事業を何としても手に入れたいと考え,X社に対し,本件基本合意に基づく事業の譲渡及び協同関係の構築の実現を迫り,D社との合併に反対した。Z社は,本件基本合意に基づき,X社を債務者として,D社との合併の交渉の差止めの仮処分命令の申立てを行ったが,当該申立てが却下されたため,X社に対する本件基本合意違反を理由とする損害賠償請求の訴えの提起を準備している。また,Z社は,X社とD社の合併は,両社の企業規模や1株当たり純資産の比較,X社の培ってきた取引関係や評判等からすれば,その合併比率がX社の株主にとって不当に不利益なものとなっており,また,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)第15条第1項第1号に規定する「当該合併によって一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合」に当たり,同法に違反するものであると主張し(独禁法違反の点は,実際に認定され得るものであった。),合併に反対している。

 

〔設問4〕 Z社は,X社の株主としての権利を行使し,合併契約の締結や当該合併契約の承認を目的とする株主総会の招集を阻止したいと考えている。Z社は,X社の株主として,どのような会社法上の手段を採ることができるか。理由を付して説明しなさい。

 

【事実】 【事実】10から14までのX社については,その後,以下の15から20までの経過があった。
15.X社は,Z社の反対にもかかわらず,D社との間で合併契約を平成20年10月15日に締結し,X社取締役会は,当該合併契約の承認を目的とする臨時株主総会を同年12月1日に開催することを決定したことから,同社取締役は,その招集通知を発するとともに,株主総会参考書類及び次の議決権行使書面を株主に交付した。

 

議 決 権 行 使 書 株主番号 議決権行使個数 個
X株式会社 御中
私は,平成20年12月1日開催の 議案 第 1 号 議 案
貴社臨時株主総会(継続会又は延会を (略)
含む。)における議案につき,右記の
とおり(賛否を○印で表示)議決権を 賛 賛
行使します。 否
平成20年 月 日 表

欄 否
議案につき賛否の表示
をされない場合は,賛成
の表示があったものとし
て取り扱います。 株主 住所
X株式会社 氏名
届出印

 

16.これに対し,Z社は,合併条件がX社の株主にとって不利益であるとして,X社の株主に対し,合併契約の承認に反対する内容の委任状勧誘を行った。このZ社による委任状勧誘は,次の委任状用紙に基づいて行われており,金融商品取引法に従って行われたものであった。

 

委任状
私は, を代理人と定め,下記の権限を委任します。
1 平成20年12月1日開催予定のX株式会社臨時株主総会並びにその延会及び継続総会に出席し,下記議案につき,私の指示(○印で表示)に従って議決権を行使すること。ただし,賛否を明示しない場合,代理人名を記載しない場合及び原案に対し修正案が提出された場合は,いずれも白紙委任します。
2 復代理人の選任の件

X株式会社とD株式会
社が平成20年10月
15日に締結した合併 原案に対し 賛 否
契約の承認についての
議案
平成20年 月 日
議決権行使個数 個
株主 住所
氏名
届出印

 

17.X社に議決権行使書面を提出して行使された議決権の数は,合計3万6000個であった。そのうち,合併契約の承認議案に賛成と記載されていた数は5000個で,同議案に反対と記載されていた数は2000個,さらに,同議案に対する賛否の記載がされていない数は2万9000個であった。これに対し,Z社に委任状を交付した株主の議決権の数は,合計1万2050個であった。そのうち,会社提案の合併契約の承認議案に反対と記載されている委任状の議決権の数は2000個で,同議案に賛成と記載されている委任状の議決権の数は50個,さらに,同議案に対する賛否の記載がされていない委任状の議決権の数は1万個であった。

18.平成20年12月1日,X社の臨時株主総会が開催された。この臨時株主総会において議決権を行使することができる者を定める基準日現在において,X社は自己株式を保有しておらず,また,相互保有株式も存在しなかった。

19.Z社は,X社の臨時株主総会の議場に1万2050株分のすべての委任状を持参し,自ら保有する5000株分と合わせて,特に留保なしに,合併契約の承認議案につき,議決権を行使して反対の意思表示を行った。当該臨時株主総会におけるZ社以外のX社株主による議決権行使(議決権行使書面によるものを除く。)は,合併契約の承認議案への賛成が6000個で,反対が1000個であった。議場においては,X社とZ社が議案の当否及び投票内容の賛否への算入方法をめぐって激しく対立し,混乱したが,定款の定めにより議長とされているX社の代表取締役社長Eは,Z社の提出した議長不信任動議や,投票数の算入方法に対する抗議を無視し,合併契約の承認決議の成立を宣言した。

20.その後,X社は,平成21年4月1日を合併の効力発生日とする合併の登記を行うこととしている。

 

〔設問5〕 X社の臨時株主総会において,合併契約の承認議案に対し,賛否それぞれどれだけの数の議決権の行使があったと考えるべきか。次の①及び②の場合に分け,それぞれ理由を付して説明しなさい。

① X社株主には,X社に議決権行使書面を提出しつつ,Z社に委任状を交付した者はいなかった場合
② X社株主には,X社に議決権行使書面を提出するとともに,Z社に委任状も交付し,いずれにおいても合併契約の承認議案に対する賛否の欄に賛否を記載しなかったFがおり,同人の有する議決権が100個含まれていた場合

 

〔設問6〕 X社の臨時株主総会の終了後,Z社が合併の実現を阻止するためには,会社法に基づき,どのような手段を採ることができるか(〔設問4〕で解答した手段を除く。)。合併の効力が発生する前と後とで分け,それぞれ理由を付して説明しなさい。

 

練習答案

[設問1]
 売買契約は売主と買主の意思が表示され、それらが合致したときに成立する。書面であるか口頭であるかは問わない。
 本件売買契約の売主はX社で買主はA社である。両者とも株式会社であり法人なので(会社法3条)、売買契約の当事者となることができる。A社の担当者CはX社に対して型番PS112の金属加工機械1台(以下「PS112」とする)の在庫があることを確認したり、X社の担当者とPS112を購入するに当たっての契約条件を協議していた。その後注文書と注文請書が両者の間で交わされ、その書面上は型番PS122と誤記されていたが、上記交渉の経緯から当事者の意思はPS112を売買することであったと容易に決定できる。現に搬入の際に誤りに気づいてPS112が結果的に搬入されている。以上より、本件売買契約は、PS112を目的物として成立したものであると考えられる。意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは無効とされる(民法95条)が、上で見たようにX社とA社とも錯誤はなかったので、本件売買契約は無効とはならない。

 

[設問2]
(1)
 取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する(民法192条)。
 
  占有権の移転は、引き渡し(民法182条)だけでなく、占有改定(民法183条)や指図による占有移転(民法184条)でも発生する。よって即時取得に必要な占有の開始を主張するためには、A社が、平成20年2月1日、Y社との間で【事実】4記載の売買契約を締結したことから帰結する*1の主張だけで足り、A社が、Y社に対し、平成20年2月15日、【事実】4記載の売買契約に基づき動産甲を引き渡したことまで主張する必要はない。 *1に「指図による占有移転」を挿入
 
  即時取得には善意の占有が求められているが、占有者は善意で占有するものと推定される(民法186条1項)ので、Y社が、①の引き渡しを受ける際、A社がX社に対し代金全額を弁済していない事実を知らなかったことを主張する必要はない。
(2)
 
  A社のような物品を販売する事業を営む会社は、どこかから物品を仕入れて別のどこかへ販売するのが通例である。よって、【事実】4記載のとおり、Y社が、A社がX社との売買により目的物を調達することを知っていたとしても、それは何ら異常なことではなくA社がX社から適法に所有権を取得するだろうと考えるのも合理的なので、これがY社の過失を認定するように評価されることはない。
 
  売買契約のような双務契約では同時履行の抗弁(民法533条)が許されるので、売主が先に目的物を引き渡さなければならないということはない。それにもかかわらず、X社はA社の求めに応じてY社に、高額な代金の大部分を受領する前に目的物を引き渡している。これはいわば未払代金をX社がA社に融資したに等しい状況であり、何らかの担保を取るのが通常である。その担保を売買の目的物とする(所有権を留保する)というのは自然な発想であり、広く用いられている手段である。よって【事実】8記載のとおり、Y社が、本件売買契約の残代金が平成20年4月30日を支払期日とする約束手形で支払われることを知っていたことは、Y社は、A社に動産甲の所有権があると信じたことについて過失があるという主張が正しいことを推認させる間接事実であると評価できる。

 

[設問3]
 法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(受益者)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負い(民法703条)、悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない(民法704条前段)。
 動産甲の所有権がX社にありY社になければ、Y社は法律上の原因なく他人であるX社の財産である動産甲によって動産甲の使用という利益を受け、そのためにX社に動産甲を使用収益できないという損失を及ぼしている。つまりY社は不当利得の受益者である。そしてY社は平成20年5月7日に、X社からの動産甲の返還を請求する書面の到達により、自らが不当利得の受益者であることを知った。
 以上より、X社は、本件訴訟において、Y社に対し、Y社が悪意の不当利得の受益者であるとして、平成20年5月8日以降の動産甲の使用料相当額の支払を併せて請求することができる。

 

[設問4]
 六箇月前から引き続き株式を有する株主は、取締役が法令に違反する行為をし、又はこれらの行為をするおそれがある場合において、当該行為によって当該株式会社に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、当該取締役に対し、当該行為をやめることを請求することができる(会社法360条1項)。
 Z社はX社の株式を長年有する株主である。X社の取締役は、本件合併契約を締結してD社と合併することで独禁法に違反する行為をするおそれがある。そしてそうなると制裁を受けたりイメージが悪化したりすることでX社に著しい損害が生ずるおそれがある。よってZ社は本件合併を進めようとしている取締役に対し、合併契約の締結や当該合併契約の承認を目的とする株主総会の招集をやめることを請求することができる。

 

[設問5]

 X社に議決権行使書面を提出して行使された議決権の数は、同書面中に「議案につき賛否の表示をされない場合は、賛成の表示があったものとして取り扱います」という文言があるのでそれに従って計算すると、賛成が3万4000個、反対が2000個となる。Z社に委任状を交付した株主の議決権の数は、委任状用紙に「賛否を明示しない場合、(中略)は、いずれも白紙委任します」とあり、Z社は本件株主総会で議決権を行使して反対の意思表示を行ったので、賛否が記載されていないものを反対だとして計算すると、賛成が50個、反対が1万2000個となる。また、Z社の有する5000株分は反対の意思表示がされたので反対5000個と計算する。そして本件株主総会でそれ以外に議決権が行使されたのは賛成6000個、反対1000個である。以上を合計すると、賛成が4万50個、反対が2万個となる。

 Fは100個の議決権しか有していないのに、都合200個の議決権を行使したことになるので、このまま算入することは株式会社の基本原理からして許されない。しかも本件では、賛否を記載しないと、X社への議決権行使書面では賛成とカウントされ、Z社への委任状では反対とカウントされる。こういった場合には株主Fの真意が定まらず、議決権の行使に瑕疵があるので、Fの議決権行使はすべて無効とされるべきである。会社法313条1項で議決権の不統一行使が認められているが、同条2項で事前にその旨とその理由の通知が求められており、同条3項ではその株主が他人のために株式を有する者でないときは、不統一行使を拒むことができるとされていることからしても、Fの議決権を賛成50個反対50個とするのは適当ではない。
 以上より①をもとにして計算すると、賛成3万9950個、反対1万9900個となる。

 

[設問6]
第1 合併の効力が発生する前
 (1)株主総会の決議無効の確認の訴え
  株主総会の決議については、決議の内容が法令に違反することを理由として、決議が無効であることの確認を、訴えをもって請求することができる(会社法830条2項)。本件合併は独禁法に違反するので、その決議は無効であることの確認の訴えを請求することができる。
 (2)株主総会の決議の取消しの訴え
  株主総会の決議の方法が法令に違反し、又は著しく不公正なときは、株主は、株主総会の決議の日から三箇月以内に、訴えをもって当該決議の取消しを請求することができる(会社法831条1項1号)。
 取締役は、株主総会において、株主から特定の事項について説明を求められた場合には、当該事項について必要な説明をしなければならない(会社法314条本文)ところ、柱主【原文ママ】であるZ社から求められた議案の当否や投票数の参入方法について説明をしていないので、同条に違反する。なお、同条但書に該当する事情は見当たらない。
 また、議長不信任動議や投票数の参入方法に対する抗議を無視した点につき、決議の方法が不公正である。
 よってX社株主であるZ社は、本件決議の日から三箇月以内の平成21年3月1日までに、当該決議の取消しを請求することができる。
第2 合併の効力が発生する後
 会社の吸収合併の無効は、吸収合併の効力が生じた日から六箇月以内に、訴えをもってのみ主張することができる(会社法828条1項7号)。その訴えは、吸収合併の効力が生じた日において吸収合併をする会社の株主が提起することができる(会社法828条2項)。
 上記第1で記述した理由でX社の吸収合併の無効を主張する場合は、吸収合併の効力が生じた日から六箇月以内である平成21年10月1日までに、平成21年4月1日時点でZ社がX社の株主であれば、訴えを提起して行うことができる。

以上

 

修正答案

[設問1]
 売買契約は売主と買主の意思が表示され、それらが合致したときに成立する。書面であるか口頭であるかは問わない。
 本件売買契約の売主はX社で買主はA社である。両者とも株式会社であり法人なので(会社法3条)、売買契約の当事者となることができる。A社の担当者CはX社に対して型番PS112の金属加工機械1台(以下「PS112」とする)の在庫があることを確認したり、X社の担当者とPS112を購入するに当たっての契約条件を協議していた。その後注文書と注文請書が両者の間で交わされ、その書面上は型番PS122と誤記されていたが、上記交渉の経緯から当事者の意思はPS112を売買することであったと容易に決定できる。つまり、物理的・客観的には「PS122」と記載されているが、それが当事者間では「PS112」を意味するということである。現に搬入の際に誤りに気づいてPS112が結果的に搬入されている。以上より、本件売買契約は、PS112を目的物として成立したものであると考えられる。意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは無効とされる(民法95条)が、上で見たようにX社とA社とも錯誤はなかったので、本件売買契約は無効とはならない。

 

[設問2]
(1)
 取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する(民法192条)。
 
  即時取得するためには、取引行為によって動産の占有を始めることが要件とされているので、Y社は、A社が、Y社に対し、平成20年2月15日、【事実】4記載の売買契約に基づき動産甲を引き渡したことを主張する必要がある。
 
  即時取得には善意・無過失の占有が求められているが、占有者は善意で占有するものと推定され(民法186条1項)、占有者が占有物について行使する権利は適法に有するものと推定される(民法188条)結果、無過失も推定される。①の引き渡しを受ける際、A社がX社に対し代金全額を弁済していない事実を知らなかったことは、その即時取得に必要な善意・無過失を推認させる間接事実になるが、前述の推定の効果として一義的な主張責任はこれを否定する側(X社)にあるので、Y社がこの事実を主張する必要はない。
(2)
 
  A社のような物品を販売する事業を営む会社は、どこかから物品を仕入れて別のどこかへ販売するのが通例である。よって、【事実】4記載のとおり、Y社が、A社がX社との売買により目的物を調達することを知っていたとしても、それは何ら異常なことではなくA社がX社から適法に所有権を取得するだろうと考えるのも合理的なので、これがY社の過失を認定するように評価されることはない。
 
  Y社が動産甲の引き渡しを受けることによって占有を開始したのは平成20年2月15日である。他方で、【事実】8記載のとおり、Y社が、本件売買契約の残代金が平成20年4月30日を支払期日とする約束手形で支払われることを知ったのは同年2月20日である。「Y社は、A社に動産甲の所有権があると信じたことについて過失がある」ということの判断は、即時取得の要件からして占有開始時を基準とすべきであるので、その基準より後の事実④は評価の対象とならない。

 

[設問3]
 法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(受益者)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う(民法703条)。
 動産甲の所有権がX社にありY社になければ、Y社は法律上の原因なく他人であるX社の財産である動産甲によって動産甲の使用という利益を受け、そのためにX社に動産甲を使用収益できないという損失を及ぼしている。つまりY社は不当利得の受益者である。しかしながら、善意の占有者は占有物から生ずる果実を取得する(民法189条1項)ので、善意の占有者でいる間は動産甲を使用することができる。このように民法189条1項を民法703条の特則だと解釈することは、所有権留保についての当事者の期待に合致する。X社は所有権こそ留保していたものの、Y社が動産甲を使用することを認容していたのであり、X社が留保していた所有権を自らのものとするまでは、Y社が適法に動産甲を使用することができたというべきである。Y社は平成20年5月7日に、X社からの動産甲の返還を請求する書面の到達により、自らが不当利得の受益者であることを知り、悪意の占有者となった。
 以上より、X社は、本件訴訟において、Y社に対し、Y社が悪意の不当利得の受益者であるとして、平成20年5月8日以降の動産甲の使用料相当額の支払を併せて請求することができる。

 

[設問4]
 監査役設置会社については、六箇月前から引き続き株式を有する株主は、取締役が法令に違反する行為をし、又はこれらの行為をするおそれがある場合において、当該行為によって当該株式会社に回復することができない損害が生ずるおそれがあるときは、当該取締役に対し、当該行為をやめることを請求することができる(会社法360条1項、3項)。
 X社は監査役設置会社であり、Z社はX社の株式を長年有する株主である。X社の取締役は、本件合併契約を締結してD社と合併することで独禁法に違反する行為をするおそれがある。会社法360条の「法令」は条文上何らの限定も付されていないので、独禁法もそこに含まれると考えられる。また、取締役は株式会社に対して善管注意義務(会社法330条、民法644条)や、忠実義務(会社法355条)を負うところ、基本合意違反による損害賠償債務を発生させることは、これらの義務に違反する行為であると言える。合併比率の不公正さは法令違反ではない。
 そして上記の違法な行為をすると、制裁を受けたりイメージが悪化したりすることや、多額の賠償金を支払わせられることによってX社に回復することのできない損害が生ずるおそれがある。よってZ社は本件合併を進めようとしている取締役に対し、合併契約の締結や当該合併契約の承認を目的とする株主総会の招集をやめることを請求することができる。

 

[設問5]

 書面による議決権の行使は認められており(会社法311条)、賛否の記載のない議決権行使書面について各議案につき賛成又は反対とみなす旨を記載することも可能である(会社法施行規則66条1項2号)。議決権の代理行使も認められており(会社法310条)、代理権を証明する書面の提出は求められているが(会社法310条1項)、その書面の形式は定められていない。よって白紙委任も可能であり、代理行為の効果は民法に従って決定される。
 X社に議決権行使書面を提出して行使された議決権の数は、同書面中に「議案につき賛否の表示をされない場合は、賛成の表示があったものとして取り扱います」という文言があるのでそれに従って計算すると、賛成が3万4000個、反対が2000個となる。Z社に委任状を交付した株主の議決権の数は、委任状用紙に「賛否を明示しない場合、(中略)は、いずれも白紙委任します」とあり、Z社は本件株主総会で議決権を行使して反対の意思表示を行ったので、賛否が記載されていないものを反対だとして計算すると、反対が1万2000個となる。賛成と書かれたものも50個あるが、代理人であるZが賛成の意思表示をしていないので、有効な賛成として数えることはできない。他方で無権代理となるので有効な反対としても数えることはできない(民法113条1項)。また、Z社が自ら有する5000株分は反対の意思表示がされたので反対5000個と計算する。そして本件株主総会でそれ以外に議決権が行使されたのは賛成6000個、反対1000個である。以上を合計すると、賛成が4万個、反対が2万個となる。

 Fは100個の議決権しか有していないのに、都合200個の議決権を行使したことになるので、このまま算入することは株主平等という株式会社の基本原理からして許されない。しかも本件では、賛否を記載しないと、X社への議決権行使書面では賛成とカウントされ、Z社への委任状では反対とカウントされる。こういった場合には株主Fの真意が定まらず、議決権の行使に瑕疵があるので、Fの議決権行使はすべて無効とされるべきである。会社法313条1項で議決権の不統一行使が認められているが、同条2項で事前にその旨とその理由の通知が求められており、同条3項ではその株主が他人のために株式を有する者でないときは、不統一行使を拒むことができるとされていることからしても、Fの議決権を賛成50個反対50個とするのは適当ではない。また、F自身が株主総会に出席して会場での説明などを聞いて翻意し、先に送付した議決権行使書面を破棄してそこに記載したのとは別の内容で議決権を行使することは許されるとしても、事前に同じような状況下で送付された議決権行使書面と委任状とが食い違っている場合は、委任状に基づいて議決権を行使した代理人の内容を重視することに合理性もない。
 以上より①をもとにして計算すると、賛成3万9900個、反対1万9900個となる。

 

[設問6]
第1 合併の効力が発生する前
 (1)株主総会の決議無効の確認の訴え
  株主総会の決議については、決議の内容が法令に違反することを理由として、決議が無効であることの確認を、訴えをもって請求することができる(会社法830条2項)。本件合併は独禁法に違反するので、その決議は無効であることの確認の訴えを請求することができる。合併の実現を阻止するためには仮処分の申請もすべきである。会社法830条2項の「法令」は条文上何らの限定も付されていないので、独禁法もそこに含まれると考えられる。合併比率の不公正さは法令違反ではない。
 (2)株主総会の決議の取消しの訴え
  株主総会の決議の方法が法令に違反し、又は著しく不公正なときは、株主は、株主総会の決議の日から三箇月以内に、訴えをもって当該決議の取消しを請求することができる(会社法831条1項1号)。
 取締役は、株主総会において、株主から特定の事項について説明を求められた場合には、当該事項について必要な説明をしなければならない(会社法314条本文)ところ、株主であるZ社から求められた議案の当否や投票数の参入方法について説明をしていないので、同条に違反する。なお、同条但書に該当する事情は見当たらない。
 また、議長不信任動議や投票数の参入方法に対する抗議を無視した点につき、決議の方法が不公正である。
 よってX社株主であるZ社は、本件決議の日から三箇月以内の平成21年3月1日までに、当該決議の取消しを請求することができる。合併の実現を阻止するためには仮処分の申請もすべきである。
第2 合併の効力が発生する後
 会社の吸収合併の無効は、吸収合併の効力が生じた日から六箇月以内に、訴えをもってのみ主張することができる(会社法828条1項7号)。その訴えは、吸収合併の効力が生じた日において吸収合併をする会社の株主が提起することができる(会社法828条2項)。
 上記第1で記述した理由でX社の吸収合併の無効を主張する場合は、吸収合併の効力が生じた日から六箇月以内である平成21年10月1日までに、平成21年4月1日時点でZ社がX社の株主であれば、訴えを提起して行うことができる。ただし、株主総会の決議の取消しの訴えを提起することが可能であったにもかかわらず、特段の理由なくその訴えを提起せずに出訴期間を徒過した場合は、もはやそこで主張すべきであった理由は主張できないと解すべきである。

以上

 

 

感想

民法に関しては、占有や取得時効についてきちんと理解できていませんでした。 会社法の部分では監査役設置会社なので「著しい損害」ではなく「回復することのできない損害」だということを書けなかったのは単純なミスです。その他にも落としている論点が多々あり、勉強不足を感じました。

 

 




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