浅野直樹の学習日記

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2014 / 12月

平成23年司法試験論文公法系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100)
 インターネット上で地図を提供している複数の会社は,公道から当該地域の風景を撮影した画像をインターネットで見ることができる機能に基づくサービスを提供している。ユーザーが地図上の任意の地点を選びクリックすると,路上風景のパノラマ画像(以下「Z機能画像」という。)に切り替わる。
 Z機能画像は,どの会社の場合もほぼ共通した方法で撮影されている。公道を走る自動車の屋根に高さ2メートル80センチ前後(地上約4メートル)の位置にカメラを取付け,3次元方向のほぼ全周(水平方向360度,上下方向290度)を撮影している。そのために,Z機能画像では,路上にいる人の顔,通行している車のナンバーや家の表札も映し出される。さらに,各家の塀を越えた高さから撮影するので,庭にいる人や庭にある物ばかりでなく,家の中の様子までもが映し出される場合がある。また,上下方向290度を撮影していることから,マンションの上の方の階のベランダにいる人やそこに置いてある物も映し出される場合がある。これにより個人が特定され得るばかりでなく,庭,ベランダ,室内等に置いてある物から,そこに住む人の家族構成や生活ぶりが推測され得る。さらに,このような情報は,犯罪を企む者に悪用されるおそれもあり得る。しかしながら,会社側は,事前にZ機能画像の撮影日時や場所を住民に周知する措置を採っていなかった。
 インターネット上で提供されるZ機能画像が惹起するプライバシーの問題に関して,会社側は,基本的には,公道から見えているものを映しているだけであり,言わば誰もが見ることのできるものなので,プライバシー侵害とはいえない,と主張している。特にX社は,以下のように,より積極的にZ機能画像が提供する情報の価値を主張している。まず,その情報は,ユーザー自身がそこを実際に歩いている感覚で画像を見ることができるので,ユーザーの利便性の向上に役立つ。また,それは,不動産広告が誇大広告であるか否かを画像を見て確かめることによって詐欺被害を未然に防止できるなど,社会的意義を有する。
 ところで,Z機能画像をめぐっては,個人を特定されないことや生活ぶりをのぞかれないことをめぐる問題ばかりでなく,次のような問題も生じている。Z機能画像には,公道上であっても,その場所にいることやそこでの行動を知られたくない人にとっては,公開されたくない画像が大量に含まれている。また,ドメスティック・バイオレンスからの保護施設など,公開されては困る施設も映されている。加えて,路上や公園で遊ぶ子供が映されていることで,誘拐等の誘因になるのではないかと案ずる親もいる。さらに,インターネット上に公開されたZ機能画像の第三者による二次的利用が,頻繁に見られるようになっている。
 こういう中,Z機能画像をインターネット上に提供することの中止を求める声が高まってきた。
 20**年に,国会は,「特定地図検索システムによる情報の提供に伴う国民の被害の防止及び回復に関する法律」(以下「法」という。)を制定した【参考資料】。法は,システム提供者に対し,Z機能画像をインターネット上に掲載する前に,A大臣に届け出ることを求めている(法第6条参照)。また,法は,システム提供者が遵守すべき事項を規定している(法第7条参照)。A大臣は,Z機能画像の提供によって被害を受けた者からの申立てがあったときは,法に定める手続に従って被害の回復のための措置を講じることとされている(法第8条参照)。
 法が制定されてから,多くの会社は,法の定める遵守事項を守り,また個別の苦情に応じて必要な修正を施している。X社も,人の顔や表札など特定個人を識別することのできる情報と車のナンバープレートについてはマスキングを施し,車載カメラの高さも法が定める高さに改めた。しかし,X社は,家の中の様子など生活ぶりがうかがえるような画像については,法で具体的に明記されていないとして,修正しなかった。数件の申立てに応じて,X社に対して,そのような画像に必要な修正をすることを求める改善勧告がなされた。しかし,X社は,それらの修正を行わなかった。その結果,X社は,A大臣から,行政手続法の定める手続に従って,特定地図検索システムの提供の中止命令を受けた。

 

〔設問1〕
 あなたがX社から依頼を受けた弁護士である場合,どのような訴訟を提起するか。そして,その訴訟において,どのような憲法上の主張を行うか。憲法上の問題ごとに,その主張内容を書きなさい。

 

〔設問2〕
 設問1における憲法上の主張に関するあなた自身の見解を,被告側の反論を想定しつつ,述べなさい。

 

【参考資料】特定地図検索システムによる情報の提供に伴う国民の被害の防止及び回復に関する法律
第1章 総則
(目的)
第1条 この法律は,特定地図検索システムによる情報の提供が,インターネットの普及その他社会経済情勢の変化に伴うコンテンツに対する需要の高度化及び多様化に対応した利用者の利便の増進に寄与するものであることに留意しつつ,当該情報の提供に伴い個人に関する情報が公にされることによる被害から適確に国民を保護することの緊要性に鑑み,当該被害の防止及び回復に関し,基本理念を定め,国及びシステム提供者の責務を明らかにするとともに,システム提供者の遵守事項,被害回復のための措置,被害回復委員会の設置その他必要な事項を定めることにより,国民生活の安全と平穏の確保に資することを目的とする。
(定義)
第2条 この法律において,次の各号に掲げる用語の意義は,当該各号に定めるところによる。
一 特定地図検索システム インターネットを通じて不特定又は多数の者に提供される地図に関する情報の検索システムであって,文字,記号その他の符号又は航空写真を用いて表現される情報提供の機能を補完するための機能として,画像の情報を提供するZ機能を有するものをいう。
二 Z機能 地図に対応する道路,建築物,工作物等及びその周辺の状況を路上等を移動する車両に設置した水平方向に360度回転するカメラにより撮影した画像の情報を,電磁的方式(電子的方式,磁気的方式その他の人の知覚によっては認識することができない方式をいう。)によりインターネットを通じて不特定又は多数の者に提供するための機能をいう。
三 システム提供者 インターネットを通じて特定地図検索システムを提供する事業を営む者をいう。
四 個人識別情報 個人に関する情報であって,特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ,それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)をいう。
五 個人自動車登録番号等 個人の所有する自動車に係る道路運送車両法(昭和26年法律第185号)の規定による自動車登録番号又は車両番号をいう。
六 個人権利利益侵害情報 個人識別情報及び個人自動車登録番号等以外の個人に関する情報であって,公にすることにより,個人の権利利益を害するおそれのあるものをいう。
(基本理念)
第3条 特定地図検索システムによる情報の提供に伴う国民の被害の防止及び回復のために講ずべき措置は,Z機能の特性に鑑み,当該情報の提供が国民の生活の安全と平穏に重大な被害を及ぼすおそれがあり,かつ,国民自らその被害を回復することが著しく困難であることを踏まえ,国の関与により,その被害を適確に防止するとともに,現に発生している被害を迅速に回復することが極めて重要であるという基本的認識の下に,行われなければならない。
(国の責務)
第4条 国は,前条に定める基本理念にのっとり,特定地図検索システムによる情報の提供に伴う国民の被害の防止及び回復に関する施策を総合的に策定し,及び実施する責務を有する。
(システム提供者の責務)
第5条 システム提供者は,特定地図検索システムによる情報の提供に伴う国民の被害の防止及び回復について第一義的責任を有していることを認識し,その提供すべき画像の撮影及び編集,インターネットによる当該情報の公開及び管理その他の各段階において,自らその被害の防止及び回復のために必要な措置を講じる責務を有する。
第2章 被害の防止及び回復に関する措置
(提供開始の届出)
第6条 システム提供者は,インターネットにより特定地図検索システムを提供しようとするときは,あらかじめ,その旨及びその内容をA大臣に届け出なければならない。その内容を変更しようとするときも,同様とする。
(遵守すべき事項)
第7条 システム提供者は,特定地図検索システムによる情報の提供に伴う国民の被害の防止及び回復のために必要な次に掲げる事項を遵守しなければならない。
一 提供すべき画像の撮影に当たっては,これに用いるカメラを地上から1メートル60センチメートルの高さを超える位置に設置してはならないこと。
二 提供すべき画像に個人識別情報若しくは個人自動車登録番号等又は個人権利利益侵害情報が含まれている場合には,特定の個人若しくは個人自動車登録番号等を識別することができないよう,又は個人の権利利益を害するおそれをなくすよう,画像の修正その他の改善のために必要な措置をとらなければならないこと。
三 インターネットにより提供した画像に個人識別情報若しくは個人自動車登録番号等又は個人権利利益侵害情報が含まれていたことが判明した場合には,特定の個人若しくは個人自動車登録番号等を識別することができないよう,又は個人の権利利益を害するおそれをなくすよう,画像の修正その他の改善のために必要な措置をとらなければならないこと。この場合において,改善のために必要な措置をとることができないときは,インターネットによる特定地図検索システムの提供を中止しなければならないこと。
四 提供すべき画像の撮影又はインターネットにより画像を提供するに当たっては,適時かつ適切な方法で,対象となる地域の住民に対する周知の措置を講じるよう努めること。
五 特定地図検索システムによる情報の提供に伴う被害に関し,苦情等の申出があった場合には,当該申出に対し適切な措置を講じるよう努めること。
六 前各号に掲げるもののほか,特定地図検索システムによる情報の提供に伴う国民の被害の防止及び回復のために必要な事項として政令で定めるもの
(被害回復措置)
第8条 A大臣は,特定地図検索システムによる情報の提供により被害を受けた者から申立てがあったときは,措置を講じる必要が明らかにないと認める場合を除き,当該申立てに係る被害及びこれと同種の被害を回復するために必要な措置について,被害回復委員会に諮問しなければならない。
2 A大臣は,前項の規定による諮問に対する答申があった場合において,同項の申立てに係る被害及びこれと同種の被害を回復するため必要があると認めるときは,システム提供者に対し,画像の修正その他の提供に係る情報の改善のために必要な措置をとるべき旨を勧告することができる。
3 A大臣は,前項の規定による勧告を受けた者が,正当な理由がなくてその勧告に係る措置をとらなかった場合において,第1項の申立てに係る被害及びこれと同種の被害を回復するため特に必要があると認めるときは,その者に対し,その勧告に係る措置の実施又はインターネットによる特定地図検索システムの提供の中止を命ずることができる。
4 A大臣は,前項の規定による命令をしたときは,その旨を公表しなければならない。
第3章 被害回復委員会
(委員会の設置)
第9条 A省に,被害回復委員会(以下「委員会」という。)を置く。
(所掌事務)
第10条 委員会は,次に掲げる事務をつかさどる。
一 第8条第1項の規定による諮問に応じて,調査審議し,A大臣に対し,必要な答申をすること。
二 特定地図検索システムによる情報の提供に伴う国民の被害の防止及び回復のために国が講ずべき施策について,A大臣に意見を述べること。
2 委員会は,その所掌事務を遂行するため必要があると認めるときは,A大臣に対し,資料の提出,説明その他必要な協力を求めることができる。
3 A大臣は,第1項第一号の答申に基づき講じた措置について,委員会に報告しなければならない。
(組織等)
第11条 委員会は,委員10人をもって組織する。
2 委員は,優れた識見を有する者のうちから,A大臣が任命する。
3 委員の任期は,3年とする。
4 その他委員会の組織及び運営に関し必要な事項は,政令で定める。

 

練習答案

以下日本国憲法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 私がX社から依頼を受けた弁護士である場合、X社がA大臣から受けた、特定地図検索システムの提供の中止命令という処分の取消しの訴え(行政事件訴訟法3条2項)を提起する。あわせて執行停止(行政事件訴訟法25条)も申立てる。そして以下のような憲法上の主張を行う。
 1.営業の自由(22条1項)
 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する(22条1項)。職業選択の自由を有するということは、その職業に必然的に付随する営業の自由も有するということである。また、現代においては営業活動が法人を通じて行われることも多いが、日本国憲法の人権規定は性質上可能な限り法人にも適用されるべきであり、法人も営業の自由を有する。X社はおそらく法人であろうが、営業の自由を有するのである。X社がA大臣から受けた、特定地図検索システムの提供の中止命令は、そのX社の営業の自由を侵害するものであり、違憲である。
 2.表現の自由(21条1項)
 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する(21条1項)と定められている。この表現の自由も法人にも保障されるべきものである。X社による特定地図検索システムの提供は、「集会、結社及び言論、出版」には含まれないかもしれないが、少なくとも「その他一切の表現」には含まれる。ある表現をそもそも表現に当たらないとして規制するようなことがあってはいけないので、「その他一切の表現」には文字通りおよそ全ての表現を含めるべきである。現にX社の特定地図検索システムは、各ユーザーが任意の場所から見える風景を見て詐欺被害を未然に防止できたほうがよいという思想の表れだとも解釈できる。本件中止命令は、こうしたX社の表現の自由を規制するものであり、違憲である。

 

[設問2]
 1.被告側の反論
 A大臣によるX社への、特定地図検索システムの提供中止命令は、公共の福祉という観点からなされたものであり、違憲ではない。
 営業の自由(職業選択の自由)に関しては「公共の福祉に反しない限り」という留保が付されている。表現の自由にはそのような留保が付されていないが、「国民はこれ(この憲法が国民に保障する自由及び権利)を濫用してはならない」(12条)と定められており、また権利同士の衝突という論理的必然性から、公共の福祉による一定の制約を免れ得ない。
 本件における公共の福祉はプライバシーの権利である。すべて国民は、個人として尊重され、生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については最大の尊重を必要とする(13条)ということから、本人の意に反してみだりに私生活を公開されない権利、つまりプライバシーの権利を有していると言える。家の中の様子など生活ぶりがうかがえるような画像は私生活である。
 このような権利と権利の衝突は、国会が国権の最高機関であること(41条)からして立法により解決されるべきであり、現に特定地図検索システムによる情報の提供に伴う国民の被害の防止及び回復に関する法律(以下「法」という。)が制定されている。本件命令はこの法に則ってなされており、その点においても正当性がある。
 2.私自身の見解
 私自身は、A大臣によるX社への特定地図検索システムの提供の中止命令は違憲であり、取消されるべきだと考える。
 確かに被告側が反論するように、X社の営業の自由や表現の自由は、プライバシーの権利をもとにした公共の福祉と調整されなければならない。ましてやその調整のための法まで制定されているのだから、それには従わなければならない。
 本件中止命令の根拠は法8条3項である。そこから同2項、同1項と逆算すると、特定地図検索システムによる情報の提供により被害を受けた者からの申立てがあったはずである。その被害は、法7条2号及び3号を参考にすると、個人権利利益侵害情報(法2条6号)であると考えられる。そうなると、個人権利利益侵害情報とはあいまいで不明確ではないかという問題が生じる。31条に代表される罪刑法定主義の原則から、自由が奪われるためにはそれが明定されていなければならないからである。
 とはいえ、概括的な規定も一定必要であり、一般人が合理的に解釈できる程度は許容される。法2条6号の「個人識別情報及び個人自動車登録番号等以外の個人に関する情報であって、公にすることにより、個人の権利利益を害するおそれのあるもの」もその基準から許容される。しかし、法制定の経緯からしても、家の中の様子など生活ぶりがうかがえるような画像はそこに含まれない。法制定以前よりそのような画像があることが認識されていたにもかかわらず、個人識別情報(法2条4号)や個人自動車登録番号等(法2条5号)のように明定されなかったからである。それよりもむしろ画像撮影の高さ制限(法7条1号)によってこれに対処しようとしている。この制限を遵守していたX社にとって本件中止命令は不合理な不意打ちになる。法2条6号は家の中の様子など生活ぶりがうかがえるような画像を除外して合憲となる。
 以上より、本件中止命令は、法2条6号の適用を誤ったものであり、違憲である。

以上

 

修正答案

以下日本国憲法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 私がX社から依頼を受けた弁護士である場合、X社がA大臣から受けた、特定地図検索システムの提供の中止命令という処分の取消しの訴え(行政事件訴訟法3条2項)を提起する。あわせて執行停止(行政事件訴訟法25条)も申立てる。損害が生じれば国会賠償請求訴訟(国家賠償法1条1項)も提起する。そして以下のような憲法上の主張を行う。
 1.営業の自由(22条1項)
 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する(22条1項)。職業選択の自由を有するということは、その職業に必然的に付随する営業の自由も有するということである。また、現代においては営業活動が法人を通じて行われることも多いが、日本国憲法の人権規定は性質上可能な限り法人にも適用されるべきであり、法人も営業の自由を有する。X社はおそらく法人であろうが、営業の自由を有するのである。X社がA大臣から受けた、特定地図検索システムの提供の中止命令は、そのX社の営業の自由を侵害するものであり、違憲である。
 2.表現の自由(21条1項)
 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する(21条1項)と定められている。この表現の自由も法人にも保障されるべきものである。X社による特定地図検索システムの提供は、「集会、結社及び言論、出版」には含まれないかもしれないが、少なくとも「その他一切の表現」には含まれる。ある表現をそもそも表現に当たらないとして規制するようなことがあってはいけないので、「その他一切の表現」には文字通りおよそ全ての表現を含めるべきである。
 まず、X社の特定地図検索システムは、各ユーザーが任意の場所から見える風景を見て詐欺被害を未然に防止できたほうがよいといった思想の表れだとも解釈できる。インターネット等を活用して情報の透明性を高めて各個人が主体的に判断を下すのが望ましいという思想である。仮に特定地図検索システムそのものが思想の表れでないとしても、思想を形成するための材料ということで、表現の自由の保障の範囲内にある。事実の報道の自由が表現の自由に含まれることは言うまでもないとした判例も存在している。
 本件中止命令は、こうしたX社の表現の自由を規制するものであり、違憲である。

 

[設問2]
 1.被告側の反論
 A大臣によるX社への、特定地図検索システムの提供中止命令は、公共の福祉という観点からなされたものであり、違憲ではない。
 営業の自由(職業選択の自由)に関しては「公共の福祉に反しない限り」という留保が付されている。表現の自由にはそのような留保が付されていないが、「国民はこれ(この憲法が国民に保障する自由及び権利)を濫用してはならない」(12条)と定められており、また権利同士の衝突という論理的必然性から、公共の福祉による一定の制約を免れ得ない。
 本件における公共の福祉はプライバシーの権利である。すべて国民は、個人として尊重され、生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については最大の尊重を必要とする(13条)ということから、本人の意に反してみだりに私生活を公開されない権利、つまりプライバシーの権利を有していると言える。家の中の様子など生活ぶりがうかがえるような画像は私生活である。
 このような権利と権利の衝突は、国会が国権の最高機関であること(41条)からして立法により解決されるべきであり、現に特定地図検索システムによる情報の提供に伴う国民の被害の防止及び回復に関する法律(以下「法」という。)が制定されている。本件命令はこの法に則ってなされており、その点においても正当性がある。
 2.私自身の見解
 私自身は、A大臣によるX社への特定地図検索システムの提供の中止命令は違憲であり、取消されるべきだと考える。
 確かに被告側が反論するように、X社の営業の自由や表現の自由は、プライバシーの権利をもとにした公共の福祉と調整されなければならない。ましてやその調整のための法まで制定されているのだから、原則としてそれには従わなければならない。ただしその法自体が違憲(法令違憲)であったり、法の適用が違憲(適用違憲)であったりすれば、その限りではない。
 本件中止命令の根拠は法8条3項である。そこから同2項、同1項と逆算すると、特定地図検索システムによる情報の提供により被害を受けた者からの申立てがあったはずである。その被害は、法7条2号及び3号を参考にすると、個人権利利益侵害情報(法2条6号)であると考えられる。
 そうなると、個人権利利益侵害情報とはあいまいで不明確ではないかという問題が生じる。31条に代表される罪刑法定主義の原則から、自由が奪われるためにはそれが明定されていなければならないからである。とはいえ、概括的な規定も一定必要であり、一般人が合理的に解釈できる程度は許容される。法2条6号の「個人識別情報及び個人自動車登録番号等以外の個人に関する情報であって、公にすることにより、個人の権利利益を害するおそれのあるもの」も、個人識別情報(法2条4号)や個人自動車登録番号等(法2条5号)に準じるものだと読み取れるので、その基準から許容される。
 このように個人権利利益侵害情報の内容が十分に明確だとしても、法制定の経緯からして、家の中の様子など生活ぶりがうかがえるような画像はそこに含まれない。法制定以前よりそのような画像があることが認識されていたにもかかわらず、個人識別情報(法2条4号)や個人自動車登録番号等(法2条5号)のように明定されなかったからである。それよりもむしろ法は画像撮影の高さ制限(法7条1号)によってこれに対処しようとしている。その高さ制限は1メートル60センチという平均的な身長と同程度であり、その制限下で撮影された画像は公道上を歩く人が目にする風景と大差ない。そのような画像であってもインターネット上で公開されると悪用される危険性があるという反論もあろうが、本気で悪用しようとすればインターネット上に公開されていなくても自らあるいは誰かに頼んで公道から撮影してそうした画像を手に入れることもできるので、その点を過大に評価すべきではない。この高さ制限を遵守していたX社にとって本件中止命令は不合理な不意打ちになる。法2条6号は家の中の様子など生活ぶりがうかがえるような画像を除外して合憲となる。
 以上より、家の中の様子など生活ぶりがうかがえるような画像(法7条1号の高さ制限を遵守して撮影されたもの)が公開されることを被害だと判断してなされた本件中止命令は、法の適用を誤ったものであり、違憲である。

以上

 

 

感想

Googleのストリートビューが題材にされているとすぐにわかったのでイメージはしやすかったです。練習答案でもそれなりに書けたような気はします。というよりむしろ修正答案でどう修正すべきかよくわからなかったと言ったほうが正確かもしれません。採点実感の辛口具合には驚きました。

 



中級者が英文を楽に読めるようになるための参考書紹介

ここで中級者というのは、一通りの文法を学習し、単語もある程度は知っているが、新聞・雑誌・本などを読むには苦労する人をここでは指します。英検なら2級か準1級、TOEICなら700〜800点台、センター試験なら8〜9割といったところでしょうか。そこから上級者(新聞・雑誌・本などまとまった英文を楽に読める)になるためにはどのような学習をすればよいのかを、具体的な参考書を交えて紹介します。

 

1.語彙

(1)単語集

英文を楽に読むためには一定の語彙が必要です。一つの文にわからない語が複数あるようだと苦しいです。そこまでひどい状況ではなくても、語彙は多ければ多いほどよいです。英文を楽に読むというここでの目的からして、やはりZ会の『速読英単語』シリーズをおすすめします。

背景が白い受験用とそうでない大人用の2系統あります。主に受験用は入試問題(論文)から、大人用は新聞やインターネットなどから題材が採られているという違いがあります。少なくとも、受験用の必修編と大人用のCoreはやることをおすすめします。


速読英単語


作 者: 

出版社: Z会

発売日: 2015年06月08日


速読速聴・英単語


作 者: 

出版社: Z会

発売日: 2012年06月06日

あとは興味や使ってみた感触から、受験用なら上級編、速読英熟語、多読英語長文、リンガメタリカ、大人用ならDaily, Opinion, Business, Advancedへと好きなものを読みまくるのがよいです。

 

(2)語源

上記の単語集などでいくら語彙を増やしたところで実際の英文には未知の単語が登場します。未知の単語に対処するためにも、また知っている単語を楽に把握するためにも、語源の知識は欠かせません。河合塾の『つむぐ英単語』など、語源をまとめた本があるので気に入ったものを通して読むとよいです。


つむぐ英単語 : 部品で覚える入試重要2300語


作 者: 

出版社: 河合出版

発売日: 2016年08月24日

辞書によっては語源の説明がされているものもありますし、Online Etymology Dictionaryという便利な検索サイトもあります。

 

2.構文

もう一つの柱が構文です。数行程度の英文の精読です。どこがどこにかかっているかなどの練習です。

Z会の『120構文で攻略する 英文和訳のトレーニング』と桐原書店の『基礎英文解釈の技術100』をおすすめします。





作 者: 

出版社: 

発売日: 1970年01月01日





作 者: 

出版社: 

発売日: 1970年01月01日

これらの同種の構文本として、西きょうじ先生(代ゼミ)が好きなら『ポレポレ英文読解プロセス50』、伊藤和夫先生(駿台)が好きなら『ビジュアル英文解釈』や『英文解釈教室』もあります。もしもここまでに紹介したものが難しく感じられたら美誠社の『英語の構文150』ですね。

 

3.最後に

ここまで参考書を紹介してきましたが、究極的には自分の読みたい英文をひたすら読むことです。 興味に従って読み進めれば必ず得るものがあります。

最後に英文を読む際の注意点をお伝えすると、基本的には前から英語のままで理解することです。これができるようになると楽に読めます。いわゆるスラッシュリーディングです。切るべきところで切りながら音読するのもそのための練習として役立つでしょう。意味を英語のまま把握するのと精読して日本語訳を作るのとは別の作業です。

英文を楽に読めるようになると楽しい世界が広がりますので、みなさまがそこまでたどり着けることを願っております。

 



平成23年司法試験論文刑事系第2問答案練習

問題

〔第2問〕(配点:100)
次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。

 

【事 例】

1 平成22年5月1日,A女は,H県警察本部刑事部捜査第一課を訪れ,同課所属の司法警察員Pに,「2か月前のことですが,午後8時ころ,結婚を前提に交際していたBと電話で話していると,Bから『甲が来たから,また,後で連絡する。』と言われて電話を切られたことがありました。甲は,Bの友人です。その3時間後,Bが私の携帯電話にメールを送信してきました。そのメールには,Bが甲及び乙と一緒に,甲の奥さんであるV女の死体を,『一本杉』のすぐ横に埋めたという内容が書かれていました。ちなみに,『一本杉』は,H県I市内にあるJ山の頂上付近にそびえ立っている有名な杉です。また,乙も,Bの友人です。私は,このメールを見て,怖くなったので,思わず,メールを消去しました。その後,私は,このことを警察に伝えるべきかどうか迷いましたが,Bとは結婚するつもりでしたので,結局,警察に伝えることができませんでした。しかし,昨日,Bとも完全に別れましたので,警察に伝えることに踏ん切りがつきました。Bが私にうそをつく理由は全くありません。ですから,Bが私にメールで伝えてきたことは間違いないはずです。よく調べてみてください。」などと言った。その後,司法警察員Pらは,直ちに,前記「一本杉」付近に赴き,その周辺の土を掘り返して死体の有無を確認したところ,女性の死体を発見した。そして,女性の死体と共に埋められていたバッグにV女の運転免許証が在中していたことなどから,女性の死体がV女の死体であることが判明した。
 そこで,同月3日,司法警察員Pらは,Bから事情を聞くため,Bが独り暮らしをしているKマンション403号室に赴き,BにH県警察本部への任意同行を求めたところ,Bは,突然,司法警察員Pらを振り切ってKマンションの屋上に駆け上がり逃走を試みたが,同所から転落して死亡した。

2 同日,司法警察員Pは,死体遺棄の被疑事実で捜索差押許可状の発付を受け,部下と共に,前記Kマンション403号室を捜索し,Bのパソコンを差し押さえた。
 そして,同日,司法警察員Pは,H県警察本部において,差し押さえたBのパソコンに保存されていたメールの内容を確認したところ,A女とBとの間におけるメールの交信記録しか残っていなかったが,Bが甲及び乙からV女を殺害したことを聞いた状況や甲及び乙と一緒にV女の死体を遺棄した状況等を記載したA女宛てのメールが残っていた。そこで,司法警察員Pは,このメール[メール①]を印刷し,これを添付した捜査報告書【資料1】を作成した。また,司法警察員Pは,直ちに,[メール①]をA女に示したところ,A女は,「[メール①]には見覚えがあります。[メール①]は,Bが作成して私に送信したものに間違いありません。Bのパソコンは,B以外に使用することはありません。私がパソコンに触れようとしただけで,『触るな。』と激しく怒ったことがありますので,Bのパソコンを他人が使用することは,絶対にないと断言できます。」などと供述した。

3 V女に対する殺人,死体遺棄の犯人として甲及び乙が浮上したことから,司法警察員Pらは,直ちに,甲及び乙の前歴及び前科を照会したところ,甲には,前歴及び前科がなかったものの,乙には,平成21年6月,窃盗(万引き)により,起訴猶予となった前歴1件があることが判明した。
 また,司法警察員Pは,差し押さえたBのパソコンにつき,Bと甲との間におけるメールの交信記録,Bと乙との間におけるメールの交信記録が消去されているのではないかと考え,直ちに科学捜査研究所に,消去されたメールの復元・分析を嘱託した。
 さらに,司法警察員Pらは,前記メールの復元・分析を進めている間に,甲及び乙が所在不明となることを避けるため,甲及び乙に対する尾行や張り込みを開始した。

4 その一方,司法警察員Pは,V女に対する殺人,死体遺棄事件を解明するため,甲及び乙を逮捕したいと考えたものの,まだ,[メール①]だけでは,証拠が不十分であると判断し,V女に対する殺人,死体遺棄事件以外の犯罪事実により甲及び乙を逮捕するため,部下に対し,甲及び乙がV女に対する殺人,死体遺棄事件以外に犯罪を犯していないかを調べさせた。その結果,乙については,V女に対する殺人,死体遺棄事件以外の犯罪の嫌疑が見当たらなかったが,甲については,平成22年1月10日にI市内で発生したコンビニエンスストアLにおける強盗事件の2人組の犯人のうちの1名に酷似していることが判明した。そこで,同年5月10日,司法警察員Pは,コンビニエンスストアLに赴き,被害者である店員Wに対し,甲の写真を含む複数の写真を示して犯人が写った写真の有無を確認したところ,Wが甲の写真を選択して犯人の1人に間違いない旨を供述したことから,その旨の供述録取書を作成した。
 その後,司法警察員Pは,この供述録取書等を疎明資料として,前記強盗の被疑事実で甲に係る逮捕状の発付を受け,同月11日,同逮捕状に基づき,甲を通常逮捕した【逮捕①】。そして,その際,司法警察員Pは,逮捕に伴う捜索を実施し,甲の携帯電話を発見したところ,前記強盗事件の共犯者を解明するには,甲の交遊関係を把握する必要があると考え,この携帯電話を差し押さえた。なお,この際,甲は,「差し押さえられた携帯電話については,私のものであり,私以外の他人が使用したことは一切ない。」などと供述した。
 司法警察員Pは,直ちに,この携帯電話に保存されたメールの内容を確認したところ,Bと甲との間におけるメールの交信記録が残っており,その中には,BがV女の死体を遺棄したことに対する報酬に関するものがあった。そこで,司法警察員Pは,同月12日,殺人,死体遺棄の被疑事実で捜索差押許可状の発付を受け,この携帯電話を差し押さえた。引き続き,司法警察員Pは,パソコンを利用して前記Bと甲との間におけるメール[メール②-1]及び[メール②-2]を印刷し,これらを添付した捜査報告書【資料2】を作成した。
 甲は,同日,H地方検察庁検察官に送致された上,同日中に前記強盗の被疑事実で勾留された。なお,甲は,前記強盗については,全く身に覚えがないなどと供述し,自己が犯人であることを否認した。

5 同月13日,司法警察員Pの指示を受けた部下である司法警察員Qが,乙を尾行してその行動を確認していたところ,乙がH県I市内のスーパーMにおいて,500円相当の刺身パック1個を万引きしたのを現認し,乙が同店を出たところで,乙を呼び止めた。すると,乙が突然逃げ出したので,司法警察員Pは,直ちに,乙を追い掛けて現行犯逮捕した【逮捕②】。その後,乙は,司法警察員Qの取調べに対し,犯罪事実について黙秘した。そこで,司法警察員Pは,乙の万引きに関する動機や背景事情を解明するには,乙の家計簿やパソコンなど乙の生活状況が判明する証拠を収集するよりほかないと考え,同日,窃盗の被疑事実で捜索差押許可状の発付を受け,部下と共に,乙が単身で居住する自宅を捜索し,乙のパソコン等を差し押さえた。
 その後,司法警察員Pは,同日中に,H県警察本部内において,差し押さえた乙のパソコンに保存されたデータの内容を確認したところ,Bと乙との間におけるメールの交信記録が残っているのを発見した。そして,その中には,[メール②-1]及び[メール②-2]と同様のBがV女の死体を遺棄したことに対する報酬に関するメールの交信記録が存在した。
 乙は,同月14日,H地方検察庁検察官に送致された上,同日中に前記窃盗の被疑事実で勾留された。

6 甲に対する取調べは,司法警察員Pが担当し,乙に対する取調べは,司法警察員Qが担当していたところ,司法警察員P及びQは,いずれも,同月15日,甲及び乙に対し,「他に何かやっていないか。」などと余罪の有無について確認した。
 すると,甲は,同日,「V女の死体を『一本杉』付近に埋めた」旨を供述したため,司法警察員Pは,同日及び翌16日の2日間,V女が死亡した経緯やV女の死体を遺棄した経緯等を聴取した。これに対し,甲は,[メール①]の内容に沿う供述をしたものの,上申書及び供述録取書の作成を拒否した。そのため,司法警察員Pは,同月17日から,連日,前記強盗事件に関連する事項を中心に聴取しながら,1日約30分間ずつ,V女に対する殺人,死体遺棄事件に関する上申書及び供述録取書の作成に応じるように説得を続けた。しかし,結局,甲は,この説得に応じなかった。なお,司法警察員Pは,甲の前記供述を内容とする捜査報告書を作成しなかった。
 一方,乙は,同月15日に余罪がない旨を供述したので,司法警察員Qは,以後,V女に対する殺人,死体遺棄事件に関連する事項を一切聴取することがなかった。

7 甲は,司法警察員Pによる取調べにおいて,前記強盗の犯人であることを一貫して否認した。同月21日,検察官は,甲を前記強盗の事実により公判請求するには証拠が足りないと判断し,甲を釈放した。
 乙は,同月18日,司法警察員Qによる取調べにおいて,前記万引きの事実を認めた上,同月20日,弁護人を通じて被害を弁償した。そのため,同日,スーパーMの店長は,乙の処罰を望まない旨の上申書を検察官に提出した。そこで,検察官は,乙を勾留されている窃盗の事実により公判請求する必要はないと判断し,同月21日,乙を釈放した。
 その一方で,同日中に,甲及び乙は,V女に対する殺人,死体遺棄の被疑事実で通常逮捕された【甲につき,逮捕③。乙につき,逮捕④。】。甲及び乙は,同月23日,H地方検察庁検察官に送致された上,同日中に前記殺人,死体遺棄の被疑事実で勾留された。なお,甲及び乙は,殺人,死体遺棄の被疑事実による逮捕後,一切の質問に対して黙秘した。また,司法警察員Pは,殺人,死体遺棄の被疑事実で捜索差押許可状の発付を受け,部下と共に,甲及び乙の自宅を捜索したものの,殺人,死体遺棄事件に関連する差し押さえるべき物を発見できなかった。その後,検察官は,Bのパソコンにおけるメールの復元・分析の結果,Bのパソコンにも,甲の携帯電話及び乙のパソコンに残っていた前記各メールと同じメールが保存されていたことが判明したことなどを踏まえ,勾留延長後の同年6月11日,甲及び乙を,殺人,死体遺棄の事実により,H地方裁判所に公判請求した。
 検察官は,公判前整理手続において,捜査報告書【資料1】につき,「殺人及び死体遺棄に関する犯罪事実の存在」,捜査報告書【資料2】につき,「死体遺棄の報酬に関するメールの交信記録の存在と内容」を立証趣旨として,各捜査報告書を証拠調べ請求したところ,被告人甲及び被告人乙の弁護人は,いずれも,不同意の意見を述べた。

 

〔設問1〕 【逮捕①】ないし【逮捕④】及びこれらの各逮捕に引き続く身体拘束の適法性について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。

 

〔設問2〕 捜査報告書(【資料1】及び【資料2】)の証拠能力について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。

 

【資料1】
捜査報告書
平成22年5月3日
H県警察本部刑事部長
司法警察員 警視正 S 殿
H県警察本部刑事部捜査第一課
司法警察員 警部 P 印
死体遺棄 被疑者 B
(本籍,住居,職業,生年月日省略)
被疑者Bに対する頭書被疑事件につき,平成22年5月3日,被疑者Bの自宅において
差し押さえたパソコンに保存されたデータを精査したところ,A女あてのメールを発見し
たので,同メールを印刷した用紙1枚を添付して報告する。

 

[メール①]
送信者: B
宛先: A女
送信日時: 2010年3月1日 23:03
件名: さっきはゴメン
さっきは,電話を途中で切ってゴメンな。今日の午後8時に甲が家に来たやろ。ここから,すごいことが起こったんや。いずれ結婚するお前やから,打ち明けるが,甲は,俺の家で,いきなり,「30分前に,俺の家で,乙と一緒にV女の首を絞めて殺した。俺がV女の体を押さえて,乙が両手でV女の首を絞めて殺した。V女を運んだり,V女を埋める道具を積み込むには,俺や乙の車では小さい。お前の大きい車を貸してほしい。V女の死体を捨てるのを手伝ってくれ。お礼として,100万円をお前にやるから。」と言ってきたんや。甲とV女のことは知っているやろ。甲は俺の友人で,V女は甲の奥さんや。乙のことは知らんやろうけど,俺の友人に乙というのがいるんや。その乙と甲がV女を殺したんや。俺も金がないし,お前にも指輪の一つくらい買ってやろうと思い,引き受けた。人殺しならともかく,死体を捨てるだけだから,大したことないと思うたんや。その後,すぐに,甲の家に行くと,V女の死体があったわ。また,そこには,乙もいて,「俺と甲の2人で殺した。甲がV女の体を押さえて,俺が両手でV女の首を絞めて殺したんや。死体を捨てるのを手伝ってくれ。」と言ってきた。その後,俺は,甲と乙と一緒に,V女の死体を俺の車で一本杉まで運び,そのすぐ横の土を3人で掘ってV女の死体をバッグと一緒に投げ入れ,土を上からかぶせて完全に埋めたんや。V女の死体を埋めるのに,午後9時から1時間くらいかかったわ。疲れた。分かっていると思うが,このことは誰にも言うなよ。これがばれたら,俺も捕まることになるから。そうなったら,結婚もできんわ。100万円もらったら,何でも好きなもの買ってやるから,言ってな。

 

【資料2】
捜査報告書
平成22年5月12日
H県警察本部刑事部長
司法警察員 警視正 S 殿
H県警察本部刑事部捜査第一課
司法警察員 警部 P 印
殺人,死体遺棄 被疑者 甲
被疑者 乙
(いずれも,本籍,住居,職業,生年月日省略)
被疑者甲及び同乙に対する頭書被疑事件につき,平成22年5月12日,H県警察本部
において差し押さえた甲の携帯電話に保存されていた甲とBとの間におけるメールの交信
記録を用紙1枚に印刷したので,これを添付して報告する。

 

[メール②-1]
送信者: B
宛先: 甲
受信日時: 2010年4月28日 22:00
件名: 早うせえ
V女の死体を埋めたお礼の100万円払え,早うせえや。
お前らがやったことをばらすぞ。
[メール②-2]
送信者: 甲
宛先: B
送信日時: 2010年4月28日 22:30
件名: Re:早うせえ
もう少し待ってくれ。
必ず,お礼の100万円を払うから。

 

練習答案

以下刑事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 1.逮捕①の適法性
 司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる(199条1項)。本件強盗事件の2人組の犯人のうちの1名に酷似しており、被害者である店員Wが複数の写真の中から甲の写真を選択して犯人の1人に間違いないと供述しているので、罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある。そして司法警察職員であるPが、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により甲を逮捕しているので、この逮捕①は適法である。強盗罪は30万円以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪ではないので、199条1項ただし書には該当しない。
 2.逮捕②の適法性
 まず尾行や張り込みは強制捜査ではないので、法律に特別の定のある場合でなくても行うことができる。
 現に罪を行い、又は現に罪を行い終った者を現行犯人とし(212条1項)、現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる(213条)。Qは乙が窃盗(万引き)という罪を現に行うのを認めてこれを逮捕している。よってこの逮捕②は適法である。
 3.逮捕③の適法性
 罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるかどうかがここでの争点になる(その他の手続はきちんとなされていると推測できる)。
 甲は、逮捕①に伴う取り調べ時にではあるが、司法警察員Pに対して、「V女の死体を『一本杉』付近に埋めた」旨を任意に自白している。Pは「他に何かやっていないか。」などと余罪の有無について確認しただけであり、自白を強要したわけではないので、この自白の採取に関して違法性はない。そしてこの自白と資料1, 2の捜査報告書をあわせると罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると言える。よって逮捕③は適法である。
 4.逮捕④の適法性
 逮捕③と同じ枠組で検討する。
 乙自身は自白をしていないが、甲がメール①の内容に沿う供述、つまり甲、乙、Bの3人がV女の死体を埋めたという供述をしている。また、報酬に関するB乙間のメールの交信記録が存在したとのことである。しかしこれらは捜査報告書にされておらず、罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるかどうかを判断する際の資料とすることができない。このような責任の所在があいまいな資料を許してしまうと、捜査機関は何とでも言えてしまう。これらの資料を考慮に入れず資料1の捜査報告書だけでは罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由はない。よって逮捕④は違法である。
 5.逮捕に引き続く身体拘束の適法性
 逮捕に引き続く身体拘束で問題になり得るのは、いわゆる別件取調べである。逮捕した罪とは別件の取調べがもっぱら行われるようであればその身体拘束は違法のそしりを免れないが、別件に話題が及んだとしたら直ちに違法になるというわけではない。逮捕①に引き続く甲の身体拘束に関して、1日約30分ずつ別件であるV女に対する殺人、死体遺棄事件に関する説得が続けられたが、この程度であれば、もっぱら別件を取り調べているとは言えず、適法である。

 

[設問2]
 1.伝聞証拠
 321条ないし328条に規定する場合を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とすることはできない(320条1項)。人の供述は公判期日において反対尋問にさらしてその真実性を吟味するのが相当だからである。資料1及び資料2は、この点から、公判期日において供述すべきものであり、320条1項の伝聞証拠に当たる。
 しかしながら伝聞証拠に当たると絶対に証拠とすることができないのでは事実認定に支障をきたすので、321条ないし328条で一定の例外が認められている。資料1に関わるのは321条1項3号である。321条1項の各号に共通して、被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるもの、という条件が課されている。これは供述者の供述が録取者によりねじ曲げられずに真正なものであることを保証する趣旨である。資料1には供述者であるBの署名も押印もないが、メールは機械的に正確に記録するので録取者によってねじ曲げられることがないので、署名も押印もなくてもこの条件は満たしていると考えてよい。資料1は裁判官の面前や検察官の面前で録取された書面ではないので3号の書面である。そうすると供述不能+特信状況という2つの要件を満たさなければ伝聞例外にはならない。Bは死亡しており公判準備又は公判期日において供述することができない。V女の死体を発見するきっかけとなる情報をもたらしたA女がこのメールはBが送信したものに間違いないと請け合っており、特に信用すべき情況の下になされたと言える。よってこの2つの要件を満たし伝聞例外に該当するので資料1の証拠能力は肯定される。資料2のメール②ー1もほぼ同様ではあるが特信情況がないので伝聞例外にはならず証拠能力が認められない。
 2.違法収集証拠
 違法に収集された証拠はその証拠能力が否定されることがある。資料2の証拠はいわゆる別件差押えとして違法とされる余地がある。というのも、強盗の被疑事実である逮捕①に伴う捜索で差し押さえられた携帯電話から採取されたものだからである。しかし殊更に別件差し押さえをしたわけではなく、強盗の被疑事実に関連して共犯者を解明するために甲の交友関係を把握する必要があると考えて差し押さえられたものである。よってこの差し押さえは違法ではないので、その点で資料2の証拠能力が否定されることはない。
 3.結論
 資料1の証拠能力は320条1項3号の伝聞例外により肯定される。資料2の証拠能力は違法収集証拠であるとして否定されることはないが、伝聞証拠として否定される。

以上

 

修正答案

以下刑事訴訟法についてはその条数のみを示す。

[設問1]
 1.別件逮捕について
 個別具体的な逮捕や身体拘束の適法性を考える前に、一般論として別件逮捕についての考え方を示しておく。別件逮捕とは捜査機関が本当に逮捕したいと考えている罪(本件)での逮捕をすることが困難なので、別の逮捕しやすい罪(別件)で逮捕して、その別件の逮捕についての捜索や取り調べ等から本件の逮捕をするための材料を集める行為を言う。刑事訴訟法では一罪一逮捕一勾留の原則から、逮捕や勾留について被疑者・被告人の権利を守るために手続きや時間制限などが定められており、これを潜脱するような別件逮捕は違法となる。しかし別件とはいえ逮捕の必要があり要件を満たしているのに捜査機関の主観を考慮してこれを違法とするのは困難が強いられることになる。そこで別件逮捕の適法性は別件を基準にして考え、あとは取り調べや本件の逮捕が違法になるかどうかを考えるのがよい。ここではその線に沿って検討する。
 2.逮捕①の適法性
 司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる(199条1項)。本件強盗事件の2人組の犯人のうちの1名に酷似しており、被害者である店員Wが複数の写真の中から甲の写真を選択して犯人の1人に間違いないと供述しているので、罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある。そして司法警察職員であるPが、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により甲を逮捕しているので、この逮捕①は適法である。強盗罪は30万円以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪ではないので、199条1項ただし書には該当しない。
 3.逮捕②の適法性
 まず尾行や張り込みは強制捜査ではないので、法律に特別の定のある場合でなくても行うことができる。
 現に罪を行い、又は現に罪を行い終った者を現行犯人とし(212条1項)、現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる(213条)。Qは乙が窃盗(万引き)という罪を現に行うのを認めてPがこれを逮捕している。よってこの逮捕②は適法である。PとQとは同じ捜査機関の司法警察員であり、相互に緊密に連絡を取り合っていたと考えられるので、一体のものとして捉えてもよい。被害額が500円と少額であるが、同種の前歴があることと突然逃げ出したことを考慮すると、逮捕が行き過ぎであるとも言えない。
 4.逮捕③の適法性
 別件逮捕という観点も考慮しつつ、罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるかどうかがここでの争点になる(その他の手続はきちんとなされていると推測できる)。
 資料1,2の捜査報告書(メール①とメール②ー1、②ー2)から罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると言える。当然の理として、公判で有罪とするに足りる証拠と、逮捕を行うに足りる証拠とを比べると、後者のほうが弱くてもよい。言い換えると、罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由とは比較的緩やかに解してもよく、本件のように複数の客観的な資料から罪を犯したことが疑われる場合は、相当な理由があるとしてよい。
 資料2の捜査報告書にある証拠は、違法な別件差押えに由来するものであると考える余地もある。しかし殊更に別件差し押さえをしたわけではなく、強盗の被疑事実に関連して共犯者を解明するために甲の交友関係を把握する必要があると考えて差し押さえられたものである。強盗は重大犯罪であり、共犯者が未だ見つかっていない状態では、共犯者を解明する必要性は高く、すでに逮捕されている者の携帯電話を差し押さえるというのがそのために相当な手段である。よってこの差し押さえは違法ではない。
 甲は、逮捕①に伴う取り調べ時に、司法警察員Pに対して、「V女の死体を『一本杉』付近に埋めた」旨を任意に自白している。Pは「他に何かやっていないか。」などと余罪の有無について確認しただけであり、自白を強要したわけではないので、この自白の採取に関して違法性はない。ただし甲は上申書及び供述録取書の作成を拒否したので、これを逮捕の必要性を疎明するための証拠として用いることは困難である。それでも前述したように、資料1,2から逮捕③は適法である。
 5.逮捕④の適法性
 逮捕③と同じ枠組で検討する。
 乙のパソコンの中には,[メール②-1]及び[メール②-2]と同様のBがV女の死体を遺棄したことに対する報酬に関するメールの交信記録が存在したとのことである。しかしこれは違法な別件差押えに由来するものであり、逮捕の必要性を疎明するために用いることはできない。おそらくそのためにこの証拠資料については捜査報告書が作成されなかったのであろう。司法警察員Pは,乙の万引きに関する動機や背景事情を解明するには,乙の家計簿やパソコンなど乙の生活状況が判明する証拠を収集するよりほかないと考えて乙のパソコンを差押えたのであるが、500円相当の刺身パック1個を万引きしたという事実からはその必要性が導けない。違法な別件差押えであると判断せざるを得ない。
 先にも述べたように、甲の自白を逮捕の必要性を疎明するための証拠として用いることは困難であり、資料1の捜査報告書だけでは捜査機関自身がそう考えているように、罪を犯したことを疑うに足りる理由がない。よって逮捕④は違法である。
 6.逮捕に引き続く身体拘束の適法性
 まず、逮捕・勾留の制限時間はクリアしている。すべての逮捕について、逮捕、検察官送致、勾留請求が同日中になされているので203条1項・205条1項・同条2項に適合しており、逮捕①と②の後の勾留は10日以内で、逮捕③と④の後の勾留は20日以内であるので、208条1項・同条2項に適合している。また、勾留の必要性について207条1項により準用される60条1項の要件を満たす(少なくとも同項3号の逃亡のおそれはある)。そして起訴前の勾留は起訴をするかどうかを決めるために行われるのだから、起訴されなかったからと言ってその前の勾留が違法になるというわけでもない。
 逮捕に引き続く身体拘束で問題になり得るのは、いわゆる別件取調べである。逮捕した罪とは別件の取調べがもっぱら行われるようであればその身体拘束は違法のそしりを免れないが、別件に話題が及んだとしたら直ちに違法になるというわけではない。逮捕①に引き続く甲の身体拘束に関して、1日約30分ずつ別件であるV女に対する殺人、死体遺棄事件に関する説得が連日続けられたが、あくまでも逮捕①のもととなった強盗事件に関連する事項を中心に聴取されたのであり、この程度であれば、もっぱら別件を取り調べているとは言えず、適法である。平成22年5月15日、16日の2日間はV女に対する殺人,死体遺棄事件に関連する経緯等が聴取されたが、これは甲が任意に話し続けたのであって、これをもって違法な別件取調べであったとも言えない。逮捕②に引き続く乙の身体拘束については、乙が余罪がない旨を供述して以後は、V女に対する殺人、死体遺棄事件に関連する事項を一切聴取することがなかったので、適法であったことは言うまでもない。

[設問2]
 原則として、公判期日における供述に代えて書面を証拠とすることはできない(320条1項)。人の供述は公判期日において反対尋問にさらしてその真実性を吟味するのが相当だからである。資料1及び資料2は、この点から、公判期日において供述すべきものであり、320条1項の伝聞証拠に当たり得る。伝聞証拠に該当するかどうかは要証事実との関わりで判断されるので、以下では資料1,2について要証事実との関係から検討する。伝聞証拠当たるとしても、それでは絶対に証拠とすることができないのでは事実認定に支障をきたすので、321条ないし328条で一定の例外が認められている。
 1.資料1の要証事実「死体遺棄に関する犯罪事実の存在」との関係
 要証事実「死体遺棄に関する犯罪事実の存在」は、資料1のBの「俺は,甲と乙と一緒に,V女の死体を俺の車で一本杉まで運び,そのすぐ横の土を3人で掘ってV女の死体をバッグと一緒に投げ入れ,土を上からかぶせて完全に埋めたんや」といった言述の真実性に依拠しているので、これは伝聞証拠に該当する。これは司法警察職員の検証の結果を記載した書面(司法警察職員であるPが五感の働きを通じて感知した内容を記載した書面)であると言えるので、321条3項の書面であり、Pが公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときは、伝聞例外が認められることがある。裁判官の面前や検察官の面前で録取された書面ではないので321条1項3号の書面である。そうすると伝聞例外が認められるためには、供述不能+必要不可欠性+特信情況という3つの要件を満たさなければならない。
 Bは死亡しており公判準備又は公判期日において供述することができない(供述不能)。甲・乙が死体遺棄の罪を犯したとする他に有力な証拠がないので、犯罪事実の存否の証明に欠くことができない(必要不可欠性)。V女の死体を発見するきっかけとなる情報をもたらしたA女への私信であり、特に信用すべき情況の下になされている(特信情況)。以上よりこの3つの要件を満たし伝聞例外に該当するので資料1のBの言述部分の証拠能力は肯定される。
 2.資料1の要証事実「殺人に関する犯罪事実の存在」との関係
 要証事実「殺人に関する犯罪事実の存在」は、資料1の「30分前に,俺の家で,乙と一緒にV女の首を絞めて殺した。俺がV女の体を押さえて,乙が両手でV女の首を絞めて殺した」という甲の発言及び「俺と甲の2人で殺した。甲がV女の体を押さえて,俺が両手でV女の首を絞めて殺したんや。」という乙の発言をBが引用した部分の真実性に依拠しているので、これは再伝聞証拠に該当する。そこでこれが伝聞例外に当たらないかを検討する。
 先に述べたように、資料1のBの言述部分は伝聞例外に該当して証拠能力が肯定される。つまりBが公判で供述したのと同視されるわけであり、そこで被告人又は被告人以外の者の供述をその内容としているので、324条1項及び2項の問題となる。そしてそれぞれ322条及び321条1項3号が準用される。前者については不利益な事実の承認又は特信情況という条件をクリアすれば伝聞例外に該当し、後者については先ほどと同様に供述不能+必要不可欠性+特信情況という3つの要件をクリアすれば伝聞例外に該当する。前者については自らが殺人の罪を犯したという不利益な事実の承認にあたり伝聞例外になる。後者については必要不可欠性と特信情況は満たすとして、供述不能は公判で黙秘しない限り満たさない。いずれの場合でも、伝聞例外に該当すれば証拠能力が肯定される。
 3,資料2の要証事実「死体遺棄の報酬に関するメールの交信記録の存在と内容」との関係
 要証事実「死体遺棄の報酬に関するメールの交信記録の存在と内容」は資料2のメールの交信記録が存在することが重要なのであり、内容の真実性に依拠しているわけではない。よって伝聞証拠には当たらないので、証拠能力は肯定される。

以上

 

感想

伝聞証拠が理解できていなかったことを思い知らされました。要証事実を意識するという最初の一歩から踏み外していました。逮捕後の身体拘束についての条文も引用できていませんでした。修正答案を書くことでそれらを理解できたように思います。

 

 

 



平成23年司法試験論文刑事系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100)
 以下の事例に基づき,甲,乙及び丙の罪責について,具体的な事実を摘示しつつ論じなさい(特別法違反の点を除く。)。

1 甲(35歳,男)は,ある夏の日の夜,A県B市内の繁華街の飲食店にいる友人を迎えに行くため,同繁華街周辺まで車を運転し,車道の左側端に同車を駐車した後,友人との待ち合わせ場所に向かって歩道を歩いていた。
 その頃,乙(23歳,男)と丙(22歳,男)は,二人で酒を飲むため,同繁華街で適当な居酒屋を探しながら歩いていた。乙と丙は,かつて同じ暴走族に所属しており,丙は,暴走族をやめた後,会社員として働いていたが,乙は,少年時代から凶暴な性格で知られ,何度か傷害事件を起こして少年院への入退院を繰り返しており,この当時は,地元の暴力団の事務所に出入りしていた。丙は,乙の先を歩きながら居酒屋を探しており,乙は,少し遅れて丙の後方を歩いていた。
 その日は週末であったため,繁華街に出ている人も多く,歩道上を多くの人が行き交っていたところ,甲は,歩道を対向して歩いてきた乙と肩が接触した。しかし,乙は,謝りもせず,振り返ることもなく歩いていった。甲は,一旦はやり過ごしたものの,乙の態度に腹が立ったので,一言謝らせようと思い,4,5メートル先まで進んでいた乙を追い掛けた上,後ろから乙の肩に手を掛け,「おい。人にぶつかっておいて何も言わないのか。謝れ。」と強い口調で言った。乙は,振り向いて甲の顔をにらみつけながら,「お前,俺を誰だと思ってんだ。」などと言ってすごんだ。甲は,もともと短気な性格であった上,普段から体を鍛えていて腕力に自信もあり,乙の態度にひるむこともなかったので,甲と乙はにらみ合いになった。
 甲と乙は,歩道上に向かい合って立ちながら,「謝れ。」,「そっちこそ謝れ。」などと言い合いをしていたが,そのうち,甲は,興奮のあまり,乙の腹部を右手の拳で1回殴打し,さらに,腹部の痛みでしゃがみ込んだ乙の髪の毛をつかんだ上,その顔面を右膝で3回,立て続けに蹴った。これにより,乙は,前歯を2本折るとともに口の中から出血し,加療約1か月間を要する上顎左側中切歯・側切歯歯牙破折及び顔面打撲等の怪我をした。
 丙は,乙がついてこないので引き返し,通行人が集まっている場所まで戻って来たところ,複数の通行人に囲まれた中で,ちょうど,乙が甲に殴られた上で膝で蹴られる場面を見た。丙は,乙が一方的にやられており,更に乙への攻撃が続けられる様子だったので,乙を助けてやろうと思い,「何やってんだ。やめろ。」と怒鳴りながら,甲に駆け寄り,両手で甲の胸付近を強く押した。
 甲は,一旦後ずさりしたものの,すぐに「何だお前は。仲間か。」などと言いながら丙に近づき,丙の腹部や大腿部を右足で2回蹴った。さらに,体格で勝る甲は,ひるんだ丙に対し,丙が着ていたシャツの胸倉を両手でつかんで引き寄せた上,丙の頭部を右脇に抱え込み,「おら,おら,どうした。」などと言いながら,両手を組んで丙の頭部を締め上げた。
 丙は,たまらず,近くの歩道上にしゃがみ込んでいた乙に対し,「助けてくれ。」と言った。
 乙は,丙が助けを求めるのを聞いて立ち上がり,丙を助けるとともに甲にやられた仕返しをしてやろうと思い,丙の頭部を締め上げていた甲に背後から近寄り,甲の後ろからその腰背部付近を右足で2回蹴った。
 甲は,それでもひるまず,丙の頭部を締め上げ続けたので,乙は,さらに,甲の腰背部付近を数回右足で強く蹴った。
 そのため,甲は,丙の頭部を締め上げていた手をようやく離した。
 丙は,甲の手が離れるや,乙に向かっていこうとした甲の背後からその頭部を右手の拳で2回殴打した。
 甲は,乙及び丙による上記一連の暴行により,加療約2週間を要する頭部打撲及び腰背部打撲等の怪我をした。また,丙は,甲による上記一連の暴行により,加療約1週間を要する腹部打撲等の怪我をした。

2 甲は,二人組の相手に前後から挟まれ,形勢が不利になった上,周囲に多数の通行人が集まり,騒ぎが大きくなってきたので,この場から逃れようと思い,全速力で走って逃げ出した。
 乙は,「待て。逃げんのか。」などと怒鳴りながら,甲の5,6メートル後ろを走って追い掛けた。
 丙は,乙が興奮すると何をするか分からないと知っていたので,逃げ出した甲を乙が追い掛けていくのを見て心配になり,少し遅れて二人を追い掛けた。
 乙は,多数の通行人が見ている場所で甲からやられたことで面子を潰されたと思って逆上しており,甲を痛めつけてやらなければ気持ちがおさまらないと思い,走りながらズボンの後ろポケットに入れていた折り畳み式ナイフ(刃体の長さ約10センチメートル)を取り出し,ナイフの刃を立てて右手に持った。
 乙の後方を走っていた丙は,乙がナイフを右手に持っているのを見て,乙が甲に対して大怪我をさせるのではないかなどと不安になり,走りながら,「やめとけ。ナイフなんかしまえ。」と何度か叫んだ。
 甲は,約300メートル離れた車道上に止めてあった自分の車の近くまで駆け寄り,車の鍵を取り出し,左手に持った鍵を運転席側ドアの鍵穴に差し込んだ。
 乙は,甲に追い付き,その左手付近を目掛けてナイフで切りかかった。甲は左前腕部を切り付けられて左前腕部に加療約3週間を要する切創を負った。
 その頃,甲と乙を追い掛けてきた丙は,乙が甲に切りかかったのを見て,乙を制止するため,乙の後ろから両肩をつかんで強く後方に引っ張り,乙を甲から引き離した。

3 甲は,その隙に車の運転席に乗り込み,運転席ドアの鍵を掛け,エンジンをかけて車を発進させた。
 甲が車を発進させた場所は,片側3車線のアスファルト舗装された道路であり,甲の車の前方には信号機があり,その手前には赤信号のため車が数台止まっていた。
 甲は,前方に車が止まっていたので,低速で車を走行させたところ,乙は,丙を振り払い,走って同車を追い掛け,運転席側ドアの少し開けられていた窓ガラスの上端部分を左手でつかみ,窓ガラスの開いていた部分から右手に持ったナイフを車内に突っ込み,運転席に座っていた甲の頭部や顔面に向けて何度か突き出しながら,「てめえ,やくざ者なめんな。逃げられると思ってんのか。降りてこい。」などと言って甲に車から降りてこさせようとした。
 甲は,信号が変わり前方の車が無くなったことから,しつこく車についてくる乙を何とかして振り切ろうと思い,アクセルを踏んで車の速度を上げた。乙は,車の速度が上がるにつれて全速力で走り出したが,次第に走っても車に追い付かないようになったため,運転席側ドアの窓ガラスの上端部分と同ドアのドアミラーの部分を両手でつかみ,運転席側ドアの下にあるステップに両足を乗せて車に飛び乗った。その際,乙は,右手で持っていたナイフを車内の運転席シートとドアの間に落としてしまった。なお,甲の車は,四輪駆動の車高が高いタイプのものであった。
 甲は,乙がそのような状態にあり,ナイフを車内に落としたことに気付いたものの,乙から逃れるため,「乙が路面に頭などを強く打ち付けられてしまうだろうが,乙を振り落としてしまおう。」と思い,アクセルを更に踏み込んで加速するとともに,ハンドルを左右に急激に切って車を左右に蛇行させ始めた。
 乙は,それでも,開いていた運転席側ドア窓ガラスの上端部分を左手でつかみ,右手の拳で窓ガラスをたたきながら,「てめえ,降りてこい。車を止めろ。」などと言っていた。しかし,甲が最初に車を発進させた場所から約250メートル車が進行した地点(甲が車を加速させるとともに蛇行運転を開始した地点から約200メートル進行した地点)で,甲が何回目かにハンドルを急激に左に切って左方向に車を進行させた際,乙は,手で自分の体を支えることができなくなり,車から落下して路上に転倒し,頭部を路面に強打した。その際の車の速度は,時速約50キロメートルに達していた。甲は,乙を車から振り落とした後,そのまま逃走した。
 乙は,頭部を路面に強打した結果,頭蓋骨骨折及び脳挫傷等の大怪我を負い,目撃者の通報で臨場した救急車によって病院に搬送され,救命処置を受けて一命を取り留めたものの,意識は回復せず,将来意識を回復する見込みも低いと診断された。

 

練習答案

以下刑法についてはその条数のみを示す。

 

[甲の罪責]
 1.第一暴行
 本文1にあるように、甲は乙と歩道上に向かい合って立ちながら言い合いをしているうちに、乙の腹部を右手の拳で1回殴打し、乙の髪の毛をつかみながらその顔面を右膝で3回立て続けに蹴った(これを本答案では第一暴行と呼ぶ)。これにより乙は加療約1か月を要する怪我をした。このように甲は乙の身体を傷害したので傷害罪(204条)が成立する。
 2.第二暴行
 その後甲は丙の腹部や大腿部を右足で2回蹴り、さらに丙の頭部を締め上げた(これを本答案では第二暴行と呼ぶ)。これにより丙は加療約1週間を要する怪我をした。先ほどと同様に甲には傷害罪が成立する。
 この第二暴行は、丙が両手で甲の胸付近を強く押した後で発生しているので、正当防衛や緊急避難が成立しないかが問題となり得る。しかし甲は自ら丙に近づいて第二暴行に及んでおり、自己又は他人の権利を防衛するためやむを得ずにした行為でも、自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるためにやむを得ずにした行為でもない。よって正当防衛(36条)も緊急避難(37条)も成立しない。
 3.乙を車から振り落とした行為
 本文3にあるように、甲は乙が外側から飛び乗った自車を蛇行運転させ、そのことにより乙を車から振り落とした。その結果乙は頭部を路面に強打し、救命処置を受けて一命を取り留めたものの、意識は回復せず将来意識を回復する見込みも低いと診断されるほどの大怪我を負った。
 甲が乙を車から振り落とした際の車の速度は時速約50キロメートルに達しており、そのような状況で車から人を振り落とすと一般にその人が死亡する危険性が高い。それにもかかわらず、甲は「乙が路面に頭などを強く打ち付けられてしまうだろうが、乙を振り落としてしまおう。」と思って、車を加速して蛇行させた。つまり甲は乙を殺すという故意でそのための行為をした。乙は死亡していないので甲には殺人未遂罪(203条)が成立する。
 ここでも正当防衛(36条)や緊急避難(37条)について検討しなければならない。乙が甲を攻撃しようと甲の車を追いかけていたからである。乙は最初ナイフを持って追いかけてきたが、甲の車に飛び乗る際にナイフを落としてとても拾えないような状態になり、甲もそのことを認識していた。つまり甲は乙が素手で甲の身体や車を傷つけられるという危険を感じていた。これは急迫不正の侵害であり、自己の身体、財産に対する現在の危難である。そして乙を車から振り落とそうとした行為はやむを得ずにした行為である。乙を車に乗せたままだと車の窓ガラスを割って攻撃される等の危険があり、そうした危険から逃れるには乙を振り落とす以外に考えづらいからである。しかし生じた害(乙の生命の危険)が避けようとした害(甲の身体や財産の危険)の程度を超えているし、防衛の程度も超えている。よって過剰防衛(36条2項)や過剰避難(37条1項ただし書)が成立し、甲の殺人未遂罪は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
 4.結論
 以上より、甲には2つの傷害罪と1つの殺人未遂罪が成立し、殺人未遂罪には過剰防衛と過剰避難が成立する。これら3つは併合罪(45条)の関係に立つ。

 

[乙及び丙の罪責]
 1.甲への素手での暴行
 本文1にあるように、乙は甲の後ろから、計5回程度その腰背部付近を右足で蹴った。丙はその直後に甲の背後からその頭部を右手の拳で2回殴打した。甲は、乙及び丙による上記一連の暴行により、加療約2週間を要する怪我をした。その際に乙と丙との間に意思の連絡があったかどうかはわからないが、なかったとしても同時傷害の特例(207条)で乙と丙は共犯の例により、傷害罪(204条)が成立する。
 しかし、乙及び丙には正当防衛(36条1項)が成立するので、この傷害罪は不可罰である。甲が丙の頭部を締め上げたり、乙に向かって攻撃しようとしていたりしたことは、丙及び乙の身体への急迫不正の侵害である。そして先の傷害罪の構成要件に該当する乙及び丙の行為は、そのそれぞれ他人の権利を防衛するためにやむを得ずにした行為なので、正当防衛が成立する。
 2.乙が甲にナイフで切りかかった行為
 本文2にあるように、乙は車に乗って逃げようとしていた甲の左手付近を目掛けてナイフで切りかかり、それによって甲は加療約3週間を要する切創を負った。よって乙には傷害罪が成立する。丙は乙がナイフで甲に切りかかることを全力で阻止しようとしており、仮に先の甲への素手での暴行の際に乙と丙が共犯関係になっていたとしても、その共犯関係から離脱しているので、丙に傷害罪は成立しない。
 乙には正当防衛も緊急避難も成立しない。進んで逃げようとしている甲に対してわざわざ追いかけて攻撃するに及んでいるからである。
 3.乙が甲に車から降りてこさせようとした行為
 本文3にあるように、乙は窓ガラスからナイフを車内に突っ込み、甲の頭部や顔面に向けて何度か突き出しながら、「てめえ、やくざ者なめんな。逃げられると思ってんのか。降りてこい。」などと言って甲に車から降りてこさせようとした。甲が車に乗って移動するのは自由であり、車から降りる義務はない。よって乙は暴行を用いて甲に義務のないことを行わせようとしている。実際に甲は車から降りなかったので強要未遂(223条3項)が乙には成立する。
 4.結論
 丙は素手で甲を暴行した行為につき傷害罪が成立するが正当防衛により罰せられない。乙は丙と同様に素手で甲を暴行した行為については傷害罪が成立するが正当防衛により罰せられないものの、ナイフで甲に切りかかった行為については傷害罪が成立し、甲に車から降りてこさせようとした行為については強要未遂罪が成立する。この両者は併合罪の関係に立つ。

以上

 

修正答案

以下刑法についてはその条数のみを示す。

 

[甲の罪責]
 1.第一暴行
 本文1にあるように、甲は乙と歩道上に向かい合って立ちながら言い合いをしているうちに、乙の腹部を右手の拳で1回殴打し、乙の髪の毛をつかみながらその顔面を右膝で3回立て続けに蹴った(これを本答案では第一暴行と呼ぶ)。これにより乙は加療約1か月を要する怪我をした。甲に乙の身体を傷害しようという故意まで存在したかどうかはわからないが、少なくとも乙を暴行しようという故意はあり、そして甲は乙の身体を傷害した。よって傷害罪(204条)が成立する。208条の暴行罪の「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったとき」という規定から、「暴行を加えた者が人を傷害するに至ったとき」は暴行罪ではなく傷害罪に該当する。
 2.第二暴行
 その後甲は丙の腹部や大腿部を右足で2回蹴り、さらに丙の頭部を締め上げた(これを本答案では第二暴行と呼ぶ)。これにより丙は加療約1週間を要する怪我をした。先ほどと同様に甲には傷害罪が成立する。
 3.乙を車から振り落とした行為
 本文3にあるように、甲は乙が外側から飛び乗った自車を蛇行運転させ、そのことにより乙を車から振り落とした。その結果乙は頭部を路面に強打し、救命処置を受けて一命を取り留めたものの、意識は回復せず将来意識を回復する見込みも低いと診断されるほどの大怪我を負った。
 甲が乙を車から振り落とした際の車の速度は時速約50キロメートルに達しており、そのような状況で甲が乗っていたような車高の高い車から人を振り落とすと一般にその人が死亡する危険性が高い。それにもかかわらず、甲は「乙が路面に頭などを強く打ち付けられてしまうだろうが、乙を振り落としてしまおう。」と思って、車を加速して蛇行させた。つまり甲は乙を殺すという故意でそのための行為をした。乙は死亡していないので甲の行為は殺人未遂罪(203条)の構成要件を満たす。
 ここで正当防衛(36条)について検討しなければならない。乙が甲を攻撃しようと甲の車を追いかけていたからである。乙は最初ナイフを持って追いかけてきたが、甲の車に飛び乗る際にナイフを落としてとても拾えないような状態になり、甲もそのことを認識していた。つまり甲は乙が素手で甲の身体や車を傷つけられるという危険を感じていた。これは急迫不正の侵害である。そして乙を車から振り落とそうとした行為は、自己の身体及び財産を防衛するためにやむを得ずにした行為である。乙を車に乗せたままだと車の窓ガラスを割って攻撃される等の危険があり、そうした危険から逃れるには乙を振り落とす以外に考えづらいからである。時速50キロメートルに達するまで加速したという点が相当かどうがという点については、例えば時速30キロメートルで乙を振り落とすことが可能だったとしても、自らの身体及び財産に対する急迫不正の侵害に直面しているときにそこまでの調整を甲に求めるのは酷であり、相当性の範囲内であると言える。また、乙が甲を攻撃しようとしたのは先に甲が乙を攻撃したからであり、自ら招いた侵害については正当防衛が成立しない場合もあるが、ちょっとした口論から甲が乙に暴行して傷害を負わせたことに対し、乙が甲をナイフまで持って追い回して車に乗ってもまだ追跡をやめないというのはもはや甲が自ら招いた侵害とは言えず、正当防衛が成立する。よって36条1項により、この行為は不可罰である。
 4.結論
 以上より、甲には2つの傷害罪が成立し、これらは併合罪(45条)の関係に立つ。殺人未遂については正当防衛により不可罰となる。

 

[乙及び丙の罪責]
 1.甲への素手での暴行
 本文1にあるように、乙は甲の後ろから、計5回程度その腰背部付近を右足で蹴った。丙はその直後に甲の背後からその頭部を右手の拳で2回殴打した。甲は、乙及び丙による上記一連の暴行により、加療約2週間を要する怪我をした。これらの行為は傷害罪(204条)の構成要件を満たす。
 乙は丙の「助けてくれ。」という言葉に応じて甲を暴行したのであり、丙はそうして乙に助けてもらって甲が乙を攻撃しようとしているところを暴行した。さらに、もともと乙と丙は旧知の仲でこの日も共に行動しており、どちらも甲から暴行を受けたというこの行為以前の事情もある。よってこれら乙及び丙による甲への素手での暴行は現場で共謀して共同で行われたものであると評価でき、乙と丙は共犯になる。
 しかし、乙及び丙には正当防衛(36条1項)が成立するので、この傷害罪は不可罰である。甲が丙の頭部を締め上げたり、乙に向かって攻撃しようとしていたりしたことは、丙及び乙の身体への急迫不正の侵害である。そして先の傷害罪の構成要件に該当する乙及び丙の行為は、そのそれぞれ丙及び乙の身体という他人の権利を防衛するためにやむを得ずにした行為である。乙も丙もすでに甲から傷害を負わされており説得などができるような状況ではとてもなかったし、警察などに助けを呼ぶ時間的余裕もなかった。乙及び丙の甲への暴行は素手で行われており、丙及び乙への侵害をやめさせるのに相当な程度であった。以上より正当防衛により、この傷害罪については乙も丙も不可罰である。
 2.乙が甲にナイフで切りかかった行為
 本文2にあるように、乙は車に乗って逃げようとしていた甲の左手付近を目掛けてナイフで切りかかり、それによって甲は加療約3週間を要する切創を負った。よって乙には傷害罪が成立する。進んで逃げようとしている甲に対してわざわざ追いかけてナイフで攻撃するに及んでいるのだから、正当防衛は成立しない(先の素手での暴行の応酬とは別個の行為である)。
 このように乙が甲にナイフで切りかかった行為は、先の甲・乙・丙間での暴行の応酬とは別個の行為であり、乙と丙の現場共謀による共犯の射程外である。そして新たに共謀がなされたわけでもない。丙は乙がナイフで甲に切りかかることを全力で阻止しようとしていることからもそのことがわかる。よって丙に傷害罪は成立しない。
 3.結論
 丙は素手で甲を暴行した行為につき傷害罪の構成要件を満たすが正当防衛により罰せられない。乙は丙と同様に素手で甲を暴行した行為については同様に正当防衛により罰せられないものの、ナイフで甲に切りかかった行為については傷害罪が成立する。

以上

 

 

感想

少しずつ練習でもましな答案が作れるようになってきているように感じます。しかし正当防衛と緊急避難をごっちゃにしていたのはいただけません。また、共犯の成立を並列的に記述するのではなく、きちんと結論を出すべきでした。

 

 



平成23年司法試験論文民事系第3問答案練習

問題

〔第3問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,3:4:3〕)
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。
【事例1】
 Aは,医師であり,個人医院を開設しているが,将来の値上がりを期待して,近隣の土地を購入してきた。しかし,同じ市内に開設された総合病院に対抗するために,平成19年5月に借入れをして高価な医療機器を購入したにもかかわらず,Aの医院の患者数は伸び悩み,Aは,平成21年夏頃から資金繰りに窮している。
 Bは,Aの友人であり,Aが土地を購入するに際して,購入資金を貸与するなどの付き合いがある。Bは,かねてAから,甲土地は実はAの所有地である,と聞かされてきた。
 Cは,Aの弟D(故人)の子であり,Dの唯一の相続人である。甲土地の所有権登記名義は,平成14年3月26日に売買を原因としてEからDに移転している。
 Bは,弁護士Pに依頼し,Dの単独相続人であるCを被告として,Aの甲土地の所有権に基づき,甲土地についてDからAへの所有権移転登記手続を請求して,平成22年12月8日に訴えを提起した(以下,この訴訟を「訴訟1」という。)。

 平成23年1月25日に開かれた第1回口頭弁論期日において,Pは,次のような主張をした。
  ① Bは,平成17年6月12日に,Aに対して,平成22年6月12日に元本1200万円に利息200万円を付して返済を受ける約束で,1200万円を貸し渡した。
  ② 平成22年6月12日は経過した。
  ③ Aは,甲土地を現に所有している。
  ④ 甲土地の所有権登記名義はDにある。
  ⑤ Aは,無資力である。
  ⑥ CはDの子であるところ,Dは,平成18年5月28日に死亡した。
 これに対して,Cは,同期日において,「②③④⑥は認めるが,①⑤は知らない。」旨の陳述をした。
 裁判官が,Pに対して,①の消費貸借契約について契約書があるかどうか質問したところ,Pは,「作成されていない。」と返答した。裁判官は,Pに対して,次回の口頭弁論期日に①と⑤の事実を立証するよう促した。

 第1回口頭弁論期日が終了した後,Cは,弁護士Qに訴訟1について相談し,Qを訴訟代理人に選任した。

 平成23年3月8日に開かれた第2回口頭弁論期日において,Qは,次のような陳述をした。
  ⑦ 甲土地は,Eがもと所有していた。
  ⑧ 平成14年2月26日,Aは,Eとの間で,甲土地を2200万円で購入する旨の契約を締結した。
  ⑨ Aは,⑧の契約を締結するに際して,Dのためにすることを示した。
  ⑩ 同年2月18日,Dは,Aに対して,甲土地の購入について代理権を授与した。
 裁判官がQに対して,新たな陳述をした理由をただしたところ,Qは,次のように述べた。
 Dが死亡した後,Cは,事あるごとに,Aから,「甲土地は,Dのものではなく,Aのものだ。」と聞かされてきたので,それを鵜呑みにしてきました。しかし,私が改めてEから事情を聴取したところ,新たな事実が判明したので,甲土地の所有権がEからDへ,DからCへと移転したと主張する次第です。
 Pは,①と⑤の事実を証明するための文書を提出したが,⑦⑧⑨⑩に対する認否は,次回の口頭弁論期日まで留保した。

 以下は,第2回口頭弁論期日の数日後のPと司法修習生Rとの会話である。

P:第2回口頭弁論期日でのQの陳述について検討してみましょう。
 Qが,甲土地の所有権がEからDへ,DからCへと移転したと主張したので,Aに問い合わせてみました。すると,Aからは,Dから代理権の授与を受けたことはないし,Aが甲土地の購入資金を出した,という説明を受けました。Aによると,EはDの知人で,AはDの紹介でEから甲土地を購入したが,後になって思うと,DとEは共謀してAをだまして,甲土地の所有権登記名義をDに移したようだ,とのことでした。しかし,Aは,弟や甥を相手に事を荒立てるのはどうかと思い,Cに対して所有者がAであることを告げるにとどめ,登記は今までそのままにしていたそうです。
 以上のAの説明を前提にすると,次回の口頭弁論期日では,⑨と⑩を争うことが考えられます。
 しかし,そもそもQの⑨と⑩の陳述は,Cが第1回口頭弁論期日で③を認めたことと矛盾しています。そこが気になっているのです。

R:第1回口頭弁論期日で「甲土地は,Aが現に所有している。」という点に権利自白が成立しているにもかかわらず,第2回口頭弁論期日でのQの陳述は,甲土地をAが現に所有していることを否定する趣旨ですから,権利自白の撤回に当たるということでしょうか。

P:そのとおりです。もしそのような権利自白の撤回が許されないとすると,⑨と⑩についての認否が要らないことになります。ですから,私としては,被告側の権利自白の撤回は許されない,と次回の口頭弁論期日で主張してみようかと思っています。そこで,あなたにお願いなのですが,このような私の主張を理論的に基礎付けることができるかどうか,検討していただきたいのです。

R:はい。しかし,考えたことのない問題ですので,うまくできるかどうか・・・。

P:確かに難しそうな問題ですね。事実の自白の撤回制限効の根拠にまで遡った検討が必要かもしれません。「理論的基礎付けは難しい。」という結論になってもやむを得ませんが,ギリギリのところまで「被告側の権利自白の撤回は許されない。」という方向で検討してみてください。では,頑張ってください。

 

〔設問1〕 あなたが司法修習生Rであるとして,弁護士Pから与えられた課題に答えなさい。

 

【事例1(続き)】
 F銀行は,Aの言わばメインバンクであり,Aに対して医療機器の購入資金や医院の運転資金などを貸し付けてきた。現在,Fは,Aに対して2500万円の貸付金残高を有している。訴訟1が第一審に係属していることを知ったFがその進行状況を調査したところ,BがBA間の消費貸借契約締結の事実(①の事実)やAの無資力の事実(⑤の事実)の立証に難渋している,との情報が得られた。そこで,Fは,Aに甲土地の所有権登記名義を得させるために,自らも訴訟1に関与することはできないかと,弁護士Sに相談した。Sは,Bの原告適格が否定される可能性があることを考慮すると,補助参加ではなく当事者として参加することを検討しなければならないと考えたが,どのような参加の方法が適当であるかについては,結論に至らなかった。

 

〔設問2〕 Fが訴訟1に参加する方法として,独立当事者参加と共同訴訟参加のそれぞれについて,認められるかどうかを検討しなさい。ただし,民事訴訟法第47条第1項前段の詐害防止参加を検討する必要はない。

 

【事例2】
 Kは,乙土地上の丙建物に居住している。Kの配偶者は既に死亡しているが,KにはLとMの2人の嫡出子があり,共に成人している。このうち,Lは,Kと同居しているが,遠く離れた地方に居住するMは,進路についてKと対立したため,KやLとほとんど没交渉となっている。
 乙土地の所有権登記名義はKの旧友であるNにあり,丙建物の所有権登記名義はKにある。
 Nは,Kを被告として,平成22年9月2日,乙土地の所有権に基づき,丙建物を収去して,乙土地をNに明け渡すことを請求して,訴えを提起した(以下,この訴訟を「訴訟2」という。)。なお,訴訟2において,NにもKにも訴訟代理人はいない。

 平成22年10月12日に開かれた第1回口頭弁論期日において,次の事項については,NとKとの間で争いがなかった。
  ・ 乙土地をNがもと所有していたこと。
  ・ Kが,丙建物を所有して,乙土地を占有していること。
  ・ 平成10年5月頃,Nが,Kに対して,期間を定めないで,乙土地を,資材置場として,無償で貸し渡したこと。
  ・ 平成22年9月8日,Nが,Kに対して,乙土地の使用貸借契約を解除する旨の意思表示をしたこと。
 同期日において,Kは,平成17年12月頃,NとKとの間で乙土地の贈与契約が締結されたと主張し,Nは,これを否認した。さらに,Kは,KとNとの間で乙土地をKが所有することの確認を求める中間確認の訴えを提起した。

 平成22年10月16日,Kは交通事故により死亡し,LとMがKを共同相続し,それぞれについて相続放棄をすることができる期間が経過した。平成23年3月7日,NがLとMを相手方として受継の申立てをし,同年4月11日,受継の決定がされた。

 平成23年5月10日に開かれた第2回口頭弁論期日において,Lは争う意思を明確にしたが,Mは「本訴請求を認諾し,中間確認請求を放棄する。」旨の陳述をした。

 以下は,第2回口頭弁論期日終了後の裁判官Tと司法修習生Uとの会話である。

T:今日の期日で,Mは本訴請求の認諾と中間確認請求の放棄をしましたね。

U:はい。しかし,Lは認諾も放棄もせず,Nと争うつもりのようですね。

T:Lがそのような態度をとっている場合に,Mのした認諾と放棄がどのように扱われるべきかは,一考を要する問題です。この問題をあなたに考えてもらうことにしましょう。
 なお,LとMが本訴被告の地位と中間確認の訴えの原告の地位を相続により承継したことによって,本訴請求と中間確認請求がどうなるかについては議論のあるところですが,当然承継の効果として当事者の訴訟行為を経ずに,本訴請求の趣旨は「L及びMは,丙建物を収去して,乙土地をNに明け渡せ。」に,中間確認請求の趣旨は「L及びMとNとの間で,乙土地をL及びMが共有することを確認する。」に,それぞれ変更される,という見解を前提としてください。
 このような本訴請求の認諾と中間確認請求の放棄の陳述をMだけがした場合に,この陳述がどのように扱われるべきか,考えてみてください。その際には,判例がある場合にはそれを踏まえる必要がありますが,それに無批判に従うことはせずに,本件での結果の妥当性などを考えて,あなたの意見をまとめてください。

 

〔設問3〕 あなたが司法修習生Uであるとして,裁判官Tから与えられた課題に答えなさい。

 

練習答案

以下民事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 現行の民事訴訟法は当事者主義を基調にしている。そして自白については、裁判所において当事者が自白した事実及び顕著な事実は、証明することを要しない(179条)と明文で定められている。このように事実の自白には証明不要効があるが、それが事実ではなく法律関係の自白である権利自白にも妥当するのかということと、どのような場合に自白を撤回できるのかという問題がある。
 事実の自白と権利自白とを理論的に区別できるとしても、「私に過失があった」という言述のように、区別が難しい場合がある。また、請求の放棄や認諾をすることはできるのであるから、権利自白に効力を認めない理由も見出しがたい。以上より、権利自白にも事実の自白と同じ効力が認められるべきである。
 事実の自白といっても、一度それをしてしまえば絶対に撤回できないとすると裁判が硬直しすぎてしまう。当事者主義の観点からして相手方が撤回を認めればそれを許容してもよいだろう。また、事実の自白が錯誤に基づいてなされ、それが真実に反した自白であった場合にも自白の撤回は許されるべきである。
 事実の自白の撤回制限効は、自白したことについての相手方の信頼と裁判所の円滑な訴訟進行を保護することを根拠としている。相手方の信頼や裁判所の円滑な訴訟進行を害さない場合や、それらを害するとしても公正の観点から撤回を許すべき場合には、撤回が許されるのである。
 権利自白も事実の自白と同じように扱うのが相当なので、原則的には撤回が許されない。しかし権利自白は事実の自白と比べて錯誤に基づく反真実の自白になりやすい。本件でも錯誤に基づく反真実の自白であれば撤回が許されるが、そうでなければ撤回がゆるされるべきではない。

 

[設問2]
 ①独立当事者参加は認められる
 訴訟の目的の全部若しくは一部が自己の権利であることを主張する第三者は、その訴訟の当事者の双方または一方を相手方として、当事者としてその訴訟に参加することができる(47条1項後段)。FはAに対して2500万円の貸付金残高を有しているので、債権者代位権(民法423条)により、Aに属する権利を行使することができるので、甲土地についてDからAへの所有権移転登記を請求することができる。これは訴訟の目的の全部若しくは一部が自己の権利であることの主張である。よってFはCを相手方として独立当事者参加をすることができる。
 ②共同訴訟参加は認められる
 訴訟の目的が当事者の一方及び第三者について合一にのみ確定すべき場合には、その第三者は、共同訴訟人としてその訴訟に参加することができる(52条1項)。訴訟の目的は、甲土地についてのDからAへの所有権移転登記手続請求である。BもFも自らのAに対する債権をもとにした債権者代位によりこの請求をしているので、これは合一にのみ確定すべき場合である。よってFは共同訴訟参加をすることができる。

 

[設問3]
 Mのした認諾と放棄の陳述は効力を生じない
 問題文にあるように、当然承継の効果として問題文にかかれているような趣旨の変更がなされるのであれば、共有物が訴訟の目的になるので、必要的共同訴訟になる(40条1項)。訴訟の目的が共同訴訟人の全員について合一にのみ確定すべき場合であり、その一人の訴訟行為は、全員の利益においてのみその効力を生ずる(40条1項)。Mのした認諾や放棄はLとMの利益にならないので、効力を生じない。
 Mとしては自らの望まない訴訟に関与させられ続けることになるが、実際に訴訟遂行はLに任せればよいのであって不利益はさほどなく、それよりも合一確定を優先させるべきである。
 Mとしては、それでも本件に関わるのが嫌なのであれば、丙建物と(それが認められるとして)乙土地の共有持分権をLに譲り渡すことによって本件から完全に身を引くことができる。

以上

 

修正答案

以下民事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 現行の民事訴訟法は当事者主義を基調にしている。当事者が自白したことを裁判所は審判しなくてもよく、裁判所において当事者が自白した事実(中略)は、証明することを要しない(179条)と明文で定められている。このように事実の自白には審判排除効や証明不要効があるが、それが事実の自白ではなく法律関係の自白である権利自白にも妥当するのかということと、どのような場合に自白を撤回できるのかという問題がある。
 事実の自白と権利自白とを理論的に区別できるとしても、「私に過失があった」という言述のように、区別が難しい場合がある。本件における「○○を所有している」という言述も、「所有」は法律用語であるとともに日常用語でもあるので、事実の自白という性質を兼ね備えている。さらに、所有権については原始取得から証明を積み重ねていくことが現実的には困難なので、自白の効果を認めて当事者の争いのない時点以前は考えずに済むようにする必要性も高い。また、請求の放棄や認諾をすることはできるのであるから、権利自白に効力を認めないのも不合理である。以上より、法律関係は裁判所の専権事項であるが、権利自白にも事実の自白と同じ効力が基本的に認められるべきである。
 事実の自白といっても、一度それをしてしまえば絶対に撤回できないとすると裁判が硬直しすぎてしまう。当事者主義の観点からして相手方が撤回を認めればそれを許容してもよいだろう。また、事実の自白が錯誤に基づいてなされ、それが真実に反した自白であった場合にも自白の撤回は許されるべきである。
 事実の自白の撤回制限効は、自白したことについての相手方の信頼と裁判所の円滑な訴訟進行を保護することを根拠としている。相手方の信頼や裁判所の円滑な訴訟進行を害さない場合や、それらを害するとしても公正の観点から撤回を許すべき場合には、撤回が許されるのである。
 権利自白も事実の自白と同じように扱うのが相当なので、原則的には撤回が許されない。しかし権利自白は事実の自白と比べて錯誤に基づく反真実の自白になりやすい。本件でも錯誤に基づく反真実の自白であれば撤回が許されるが、そうでなければ撤回がゆるされるべきではない。錯誤に基づく反真実の自白であっても、錯誤に陥ったことにCの重大な過失があったり、自白の撤回を認めることで訴訟の完結を著しく遅延させる場合は撤回が認められないと主張することもできる。

 

[設問2]
 それぞれの訴訟参加が認められるかどうかを検討する前に、訴訟1の性質やFの立場を考える。
 訴訟1でBはAに対し貸金債権を有しているとして、債権者代位権(民法423条)により、甲土地についてDからAへの所有権移転登記を請求している。Fも同じ根拠で同じ請求をしようと考えている。これは債権者代位権の競合に当たるが、一人が債権者代位権を行使して、債務者がそのこと知ればもはや債務者はその自らが有する債権を自由に処分することはできなくなるので、その時点より後では他の者は債権者代位権を行使できなくなる。
 ①独立当事者参加は認められる
 訴訟の目的の全部若しくは一部が自己の権利であることを主張する第三者は、その訴訟の当事者の双方または一方を相手方として、当事者としてその訴訟に参加することができる(47条1項後段)。これは三者間の法律関係を矛盾なく解決するための制度なので、原告の請求と第三者の請求とが両立しない場合にのみ認められる(両立する場合は別訴を提起すればよい)。
 本件では、Bの請求が認められる場合、債権者代位権の行使に遅れたFは自らの債権者代位権を行使することができず、逆にFの請求が認められる場合はBの被保全債権が存在しないことになるので、BとFの請求は両立しない。よってFはBとCの双方を相手方として独立当事者参加をすることができる。
 ②共同訴訟参加は認められない
 訴訟の目的が当事者の一方及び第三者について合一にのみ確定すべき場合には、その第三者は、共同訴訟人としてその訴訟に参加することができる(52条1項)。これは訴訟係属後に必要的共同訴訟(40条)を発生させるものである。固有必要的共同訴訟の場合は提訴の段階で全員が当事者となっていなければならないので、共同訴訟参加が認められるのは、類似必要的共同訴訟の場合である。類似必要的共同訴訟では訴訟に参加しなかった者にも判決の効力が及ぶので、途中からでもその訴訟に関与させる必要があるのである。
 本件では、訴訟1の既判力が債務者であるAには及ぶが、Fに直接及ぶことはない。BとFとが通常共同訴訟をしたと仮定した場合、債務者Aに及ぶ既判力に矛盾が生じる可能性があるが、先に見たように一人が債権者代位権を行使すれば他の者は行使できなくなるので、そうした不都合が生じることはない。そもそも、合一確定の必要性があっても、原告適格を有しないものは共同訴訟を提起できないし、共同訴訟参加もできない。よって共同訴訟参加は認められない。

 

[設問3]
 Mのした認諾と放棄の陳述は本訴請求においても中間確認請求においても効力を生じないと私は考える。
 問題文にあるように、当然承継の効果として問題文にかかれているような趣旨の変更がなされるのであれば、訴訟の目的が、本訴請求では乙土地の所有権に基づく丙建物収去乙土地明渡請求、中間確認請求では乙土地をL及びMが共有することの確認請求になる。判例によると、前者で被告が負う建物収去土地明渡義務は不可分債務であり、それぞれに請求できるので固有必要的共同訴訟ではなく、後者は対外的な共有権の確認なので固有必要的共同訴訟になる。そうすると、前者ではMの認諾の効果はLには生じないが原告のNに対しては生じ(共同訴訟人独立の原則、39条)、後者ではMの放棄の効果は全員の利益にはならないのでLに対してもNに対しても生じない(40条1項)。
 この判例の結果だけを無批判に当てはめると、中間確認請求によりMの乙土地の共有権が認められかつ本訴請求によりMが乙土地について建物収去土地明渡義務を負うという矛盾した結果が生じ得る。乙土地についての建物収去土地明渡義務はNの乙土地についての所有権に基づいているだけに、この結果は奇妙である。
 そこで判例の射程を限定して、本件本訴請求も必要的共同訴訟であると解釈すべきであると私は考える。判例では、思わぬ相続人がいたために積み上げてきた訴訟手続を無に帰すのは不合理だということで、固有必要的共同訴訟ではないという結論になったと考えられる。つまり、判例のほうが例外的な事例であり、本件のようにそうした例外的な事情がない場合は、原則通りに必要的共同訴訟になると考えるのである。
 Mとしては自らの望まない訴訟に関与させられ続けることになるが、選定当事者を選定して(30条1項、2項)訴訟遂行はLに任せればよいのであって不利益はさほどなく、それよりも合一確定を優先させるべきである。
 Mとしては、それでも本件に関わるのが嫌なのであれば、丙建物と(それが認められるとして)乙土地の共有持分権をLに譲り渡すことによって本件から完全に身を引くことができる。

以上

 

 

感想

共同訴訟や訴訟参加の理解が怪しいところにこの問題を解こうとして苦労しました。調べてかなり理解してからも結論がいろいろと考えられる難しい問題だと思います。

 

 




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