浅野直樹の学習日記

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2018 / 5月

平成26年司法試験論文刑事系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100)
 以下の事例に基づき,甲,乙及び丙の罪責について,具体的な事実を摘示しつつ論じなさい(特別法違反の点を除く。)。

1 甲(23歳,女性)は,乙(24歳,男性)と婚姻し,某年3月1日(以下「某年」は省略する。),乙との間に長男Aを出産し,乙名義で借りたアパートの一室に暮らしていたが,Aを出産してから乙と不仲となった。乙は,甲と離婚しないまま別居することとなり,5月1日,同アパートから出て行った。乙は,その際,甲から,「二度とアパートには来ないで。アパートの鍵は置いていって。」と言われ,同アパートの玄関の鍵を甲に渡したものの,以前に作った合鍵1個を甲に内緒で引き続き所持していた。甲は,乙が出て行った後も名義を変えずに同アパート(以下「甲方」という。)にAと住み続け,自分でその家賃を支払うようになった。甲は,5月中旬頃,丙(30歳,男性)と知り合い,6月1日頃から,甲方において,丙と同棲するようになった。
2 丙は,甲と同棲を開始した後,家賃を除く甲やAとの生活に必要な費用を負担するとともに,育児に協力してAのおむつを交換したり,Aを入浴させるなどしていた。しかし,丙は,Aの連日の夜泣きにより寝不足となったことから,6月20日頃には,Aのことを疎ましく思うようになり,その頃からおむつ交換や入浴などの世話を一切しなくなった。
3 甲は,その後,丙がAのことを疎ましく思っていることに気付き,「このままAがいれば,丙との関係が保てなくなるのではないか。」と不安になり,思い悩んだ末,6月末頃,丙に気付かれないようにAを殺害することを決意した。Aは,容易に入手できる安価な市販の乳児用ミルクに対してはアレルギーがあり,母乳しか飲むことができなかったところ,甲は,「Aに授乳しなければ,数日で死亡するだろう。」と考え,7月1日朝の授乳を最後に,Aに授乳や水分補給(以下「授乳等」という。)を一切しなくなった。
 このときまで,甲は,2時間ないし3時間おきにAに授乳し,Aは,順調に成育し,体重や栄養状態は標準的であり,特段の疾患や障害もなかった。通常,Aのような生後4か月の健康な乳児に授乳等を一切しなくなった場合,その時点から,①約24時間を超えると,脱水症状や体力消耗による生命の危険が生じ,②約48時間後までは,授乳等を再開すれば快復するものの,授乳等を再開しなければ生命の危険が次第に高まり,③約48時間を超えると,病院で適切な治療を受けさせない限り救命することが不可能となり,④約72時間を超えると,病院で適切な治療を受けさせても救命することが不可能となるとされている。
 なお,甲は,Aを殺害しようとの意図を丙に察知されないように,Aに授乳等を一切しないほかは,Aのおむつ交換,着替え,入浴などは通常どおりに行った。
 7月2日昼前には,Aに脱水症状や体力消耗による生命の危険が生じた。丙は,その頃,Aが頻繁に泣きながら手足をばたつかせるなどしているのに,甲が全くAに授乳等をしないことに気付き,甲の意図を察知した。しかし,丙は,「Aが死んでしまえば,夜泣きに悩まされずに済む。Aは自分の子でもないし,普通のミルクにはアレルギーがあるから,俺がミルクを与えるわけにもいかない。Aに授乳しないのは甲の責任だから,このままにしておこう。」と考え,このままではAが確実に死亡することになると思いながら,甲に対し,Aに授乳等をするように言うなどの措置は何ら講じず,見て見ぬふりをした。
 甲は,丙が何も言わないことから,「丙は,私の意図に気付いていないに違いない。Aが死んでも,何らかの病気で死んだと思うだろう。丙が気付いて何か言ってきたら,Aを殺すことは諦めるしかないが,丙が何か言ってくるまではこのままにしていよう。」と考え,引き続き,Aに授乳等をしなかった。
5 7月3日昼には,Aの脱水症状や体力消耗は深刻なものとなり,病院で適切な治療を受けさせない限り救命することが不可能な状態となった。同日昼過ぎ,丙は,甲が買物に出掛けている間に,Aを溺愛している甲の母親から電話を受け,同日夕方にAの顔を見たいので甲方を訪問したいと言われた。Aは,同日夕方に病院に連れて行って適切な治療を受けさせれば,いまだ救命可能な状態にあったが,丙は,「甲の母親は,Aの衰弱した姿を見れば,必ず病院に連れて行く。そうなれば,Aが助かってしまう。」と考え,甲の母親に対し,甲らと出掛ける予定がないのに,「あいにく,今日は,これからみんなで出掛け,帰りも遅くなるので,またの機会にしてください。」などと嘘をつき,甲の母親は,やむなく,その日の甲方訪問を断念した。
6 7月3日夕方,甲は,目に見えて衰弱してきたAを見てかわいそうになり,Aを殺害するのをやめようと考え,Aへの授乳を再開し,以後,その翌日の昼前までの間,2時間ないし3時間おきにAに授乳した。しかし,Aは,いずれの授乳においても,衰弱のため,僅かしか母乳を飲まなかった。甲は,Aが早く快復するためには病院に連れて行くことが必要であると考えたが,病院から警察に通報されることを恐れ,「授乳を続ければ,少しずつ元気になるだろう。」と考えてAを病院に連れて行かなかった。
7 他方,乙は,知人から,甲が丙と同棲するようになったと聞き,「俺にも親権があるのだから,Aを自分の手で育てたい。」との思いを募らせていた。乙は,7月4日昼,歩いて甲方アパートの近くまで行き,甲方の様子をうかがっていたところ,甲と丙が外出して近所の食堂に入ったのを見た。乙は,甲らが外出している隙に,甲に無断でAを連れ去ろうと考え,持っていた合鍵を使い,玄関のドアを開けて甲方に立ち入り,Aを抱きかかえて甲方から連れ去った。
8 乙は,甲方から約300メートル離れた地点で,タクシーを拾おうと道路端の歩道上に立ち止まり,そこでAの顔を見たところ,Aがひどく衰弱していることに気付いた。乙は,「あいつら何をやっていたんだ。Aを連れ出して良かった。一刻も早くAを病院に連れて行こう。」と考え,走行してきたタクシーに向かって歩道上から手を挙げたところ,同タクシーの運転手が脇見をして乙に気付くのが遅れ,直前で無理に停車しようとしてハンドル及びブレーキ操作を誤った。そのため,同タクシーは,歩道に乗り上げ,Aを抱いていた乙に衝突して乙とAを路上に転倒させた。
9 乙とAは直ちに救急車で病院に搬送され,乙は治療を受けて一命をとりとめたものの,Aは病院到着時には既に死亡していた。司法解剖の結果,Aの死因は,タクシーに衝突されたことで生じた脳挫傷であるが,他方で,Aの衰弱は深刻なものであり,仮に乙が事故に遭うことなくタクシーでAを病院に連れて行き,Aに適切な治療を受けさせたとしても,Aが助かる可能性はなく,1日ないし2日後には,衰弱により確実に死亡していたであろうことが判明した。

 

練習答案

 以下刑法についてはその条数のみを示す。

第1 乙の罪責
(1) 住居侵入罪
 「正当な理由がないのに、人の住居…に侵入し…た者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する」(130条)。乙は結果的に衰弱したAを助け出そうとしたが、7月4日の昼に持っていた合鍵を使い、玄関のドアを開けて甲方に立ち入った際には「Aを自分の手で育てたい」というだけで甲に無断でAを連れ去ろうとしており、正当な理由がないと評価できる。甲方は、甲、丙、Aが生活する人の住居である。住居侵入罪の保護法益は、人の住居は一般にプライバシーの度合いが高く、そこに住む人はその住居に入れる人を選ぶことができるべきであるので、そこに住む人の管理権であると考える。甲は、乙に対し、「二度とアパートには来ないで。アパートの鍵は置いていって」と言っており、その管理権として乙を入れたくないという強い意思を有していた。この保護法益からすると、甲方の名義が乙のままであったことは罪の成立に消長をきたさない。以上より、乙は甲方に侵入したと言える。よって乙には甲方への住居侵入罪が成立する。

(2)未成年者略取罪
 「未成年者を略取し…た者は、三月以上七年以下の懲役に処する」(224条)。Aは未成年者である。未成年者略取罪の保護法益は、未成年者の生命や身体などの権利であるが、その権利は一般に保護者を通じて守られるものである。親権者は、未成年者の子どもと別居していても保護者である。乙はAの親権者である。よって乙はAを略取したとは言えない。以上より乙に未成年者略取罪は成立しない。

(3)結論
 乙には住居侵入罪のみが成立する。

第2 甲の罪責
(1)殺人罪
 「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する」(199条)。甲は、Aに授乳しないことにより、Aという人を殺したと言える。殺人罪は典型的には作為による殺人を想定しているが、不作為による殺人を排除するものではない。このような不真性不作為犯が成立するためには、一定の作為義務が存在し、その義務に違反したことが必要だと考える。そうしないと処罰範囲が広くなりすぎてしまう。甲はAの母親であり、Aの養育を自宅で引き受けていた。母親には子どもを扶養する義務があり、このような事情の下では、甲に、Aを授乳するなどして適切に養育する義務がある。そして甲はその義務に違反している。また、甲のAに授乳しないという不作為とA死亡との間に因果関係があるかも問題となり得る。Aの直接の死因は、タクシーに衝突されたことで生じた脳挫傷だったからである。因果関係は、条件関係を前提として、社会的に相当な因果関係があるかどうかで判断する。甲の不作為がなければ(適切に授乳していれば)乙がAを病院に連れて行こうとすることもなく、タクシーに衝突されることもなかった。よって条件関係はある。Aの死因は脳挫傷だが、事故に遭うことなくタクシーでAを病院に連れて行き、Aに適切な治療を受けさせたとしても、Aが助かる可能性はなく、1日ないし2日後には、衰弱により確実に死亡していたであろうことが判明しているので、タクシーの衝突はAの死期を若干早めただけであり、甲の不作為とA死亡との間には、社会的に相当な因果関係がある。タクシーで病院に連れて行こうとすることと甲の不作為とが密接につながっているという事情もある。
 甲はAを殺害することを決意して授乳を止めたので、故意に欠けるところもない。殺人の故意があるので、保護責任者遺棄致死罪(219条)ではない。違法性を阻却する事情もない。
 以上より、甲には殺人罪が成立する。
 *1

(2)結論
 甲にはその他の罪責は見当たらないので、殺人罪が成立する。

第3 丙の罪責
(1)殺人罪の幇助
 Aを殺害することに関して、甲と丙との間に意思連絡はなかった。明示的な意思連絡がなくても、特殊な関係下で黙示的な意思連絡があると認められる場合もあるが、本件ではお互いの意思をあやふやなまま推測しているにとどまり、黙示の意思連絡があったとも言えない。共同正犯(60条)には意思連絡が必要なので、本件では共同正犯は成立しない。
 他方、「正犯を幇助した者は、従犯とする」(62条)の幇助には、意思連絡のない片面的幇助も含まれるというのが判例の立場である。そこで以下では幇助を検討する。
 幇助と言うためには、正犯の罪の成立を、心理的物理的に助けたことが必要である。片面的幇助では心理的な助力は考えられないので、物理的な助力がなければならない。
 丙は、甲が外出していた7月3日の昼過ぎに、甲の母親から電話を受け、このまま甲の母親が甲方に来ると衰弱したAを見て病院に連れていくだろうと考えて、これから外出するとうそをついて甲の母親の訪問を妨げた。これは甲によるA殺害を助けたと言える。よって丙には殺人罪の幇助が成立する。
 先に述べたように、甲には保護責任者遺棄致死罪ではなく殺人罪が成立するのであり、丙にその幇助が成立するのだから、別途丙に保護責任者遺棄致死罪が成立することはない。また、不作為の幇助を認めない理由もない。

(2)結論
 以上より、丙には殺人罪の幇助が成立する。

*1
 甲に中止犯が成立するかどうかを検討する。「自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する」(43条但書)。自己の意思によるとは、障害がないのに自分の任意で犯罪を中止することである。7月3日夕方、甲は衰弱したAを見てかわいそうになり、Aを殺害するのをやめようとして、Aへの授乳を再開した。授乳を再開せざるを得ないような外的な障害がなかったにもかかわらずそうしているので、自己の意思によると言える。犯罪を中止するというのは、犯罪の結果が発生する危険が生じる前であれば単に犯罪行為を中止するだけでよいが、その危険が生じた後は結果発生を防ぐべく手を尽くさなければならない。7月3日夕方時点では、Aに死の危険が生じている。よって単なる犯罪行為の中止(授乳の再開)だけでは足りず、結果発生を防ぐべく手を尽くす(救急車を呼ぶ等)ことが必要である。よって甲は犯罪を中止したとは言えないので、中止犯は成立しない。

以上

 

修正答案

 以下刑法についてはその条数のみを示す。

第1 乙の罪責
(1) 住居侵入罪
 「正当な理由がないのに、人の住居…に侵入し…た者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する」(130条)。乙は結果的に衰弱したAを助け出そうとしたが、7月4日の昼に持っていた合鍵を使い、玄関のドアを開けて甲方に立ち入った際には「Aを自分の手で育てたい」というだけで甲に無断でAを連れ去ろうとしており、正当な理由がないと評価できる。甲方は、甲、丙、Aが生活する人の住居である。住居侵入罪の保護法益は、人の住居は一般にプライバシーの度合いが高く、そこに住む人はその住居に入れる人を選ぶことができるべきであるので、そこに住む人の管理権であると考える。甲は、乙に対し、「二度とアパートには来ないで。アパートの鍵は置いていって」と言っており、その管理権として乙を入れたくないという強い意思を有していた。この保護法益からすると、甲方の名義が乙のままであったことは罪の成立に消長をきたさない。以上より、乙は甲方に侵入したと言える。よって乙には甲方への住居侵入罪が成立する。

(2)未成年者略取罪
 「未成年者を略取し…た者は、三月以上七年以下の懲役に処する」(224条)。Aは未成年者である。略取とは暴力や脅迫により被略取者を生活環境から引き離し、自己の支配下に置くことである。乙は合鍵を用いて甲方に侵入し、Aを抱きかかえて連れ去り、自己の手元に留めたので、略取したと言える。もっとも、乙はAの親権者であり、社会的に相当な行為として例外的に違法性が阻却されないかが問題となり得る。未成年者略取罪の保護法益は、未成年者の生命や身体などの権利である。結果的には衰弱したAを乙が病院へ連れて行こうとしたが、Aを連れ去った実行の着手の時点では、Aのために特段の必要性がないのに粗暴なやり方で判断能力のないAを連れ去っているので、社会的に相当だとして違法性が阻却されることはない。以上より乙に未成年者略取罪が成立する。

(3)結論
 乙には住居侵入罪と未成年者略取罪が成立し、これらは牽連犯になる。

第2 甲の罪責
(1)殺人罪
 「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する」(199条)。甲は、Aに授乳しないことにより、Aという人を殺したと言えるかどうかを検討する。
(A)不真性不作為犯
 殺人罪は典型的には作為による殺人を想定しているが、不作為による殺人を排除するものではない。このような不真性不作為犯が成立するためには、法律や先行行為などにより一定の作為義務が存在し、その作為が可能であるにもかかわらずその義務に違反したことが必要だと考える。そうしないと処罰範囲が広くなりすぎてしまう。甲はAの母親であり、Aの養育を自宅で引き受けていた。母親には法律上子どもを扶養する義務があり、このような事情の下では、甲に、Aを授乳するなどして適切に養育する義務がある。そして甲は授乳をすることができたのにその義務に違反している。7月2日昼前にはAに生命の危険が生じているので、この時点で甲には不作為によりAを殺すという実行の着手があったと言える。
(B)因果関係
 また、甲のAに授乳しないという不作為とA死亡との間に因果関係があるかも問題となり得る。因果関係は、条件関係を前提として、社会経験上相当な因果関係があるかどうかで判断する。甲の不作為がなければ(適切に授乳していれば)乙が急いでAを病院に連れて行こうとすることもなく、タクシーに衝突されることもなかった。よって条件関係はある。しかし、授乳をしないことで衰弱させて乳児(A)を殺そうとした際に、何者か(乙)が合鍵を使って自宅に侵入してその乳児を連れ出し病院に向かう途中でタクシーに衝突されて脳挫傷で乳児が死亡するということは、一般人も甲も予見できず、社会経験上相当な因果関係はない。よって、既遂とはならず未遂である。
(C)中止犯
 甲に中止犯が成立するかどうかを検討する。「自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する」(43条但書)。自己の意思によるとは、障害がないのに自分の任意で犯罪を中止することである。7月3日夕方、甲は衰弱したAを見てかわいそうになり、Aを殺害するのをやめようとして、Aへの授乳を再開した。授乳を再開せざるを得ないような外的な障害がなかったにもかかわらずそうしているので、自己の意思によると言える。犯罪を中止するというのは、犯罪の結果が発生する危険が生じる前であれば単に犯罪行為を中止するだけでよいが、その危険が生じた後は結果発生を防ぐべく手を尽くさなければならない。7月3日夕方時点では、Aに死の危険が生じている。よって単なる犯罪行為の中止(授乳の再開)だけでは足りず、結果発生を防ぐべく手を尽くす(救急車を呼ぶ等)ことが必要である。よって甲は犯罪を中止したとは言えないので、中止犯は成立しない。
(D)殺人罪の成否の結論
 甲はAを殺害することを決意して授乳を止めたので、故意に欠けるところもない。殺人の故意があるので、保護責任者遺棄致死罪(219条)ではない。違法性を阻却する事情もない。
 以上より、甲には殺人罪の未遂(203条)が成立する。

(2)結論
 甲にはその他の罪責は見当たらないので、殺人罪が成立する。

第3 丙の罪責
(1)殺人罪
(A)単独正犯
 甲と同様に、不作為による殺人罪の成否を検討する。丙はAの父親ではなく、A及び甲と同居してAのおむつ交換や入浴などの世話をしていたが、それはわずか20日ほどのことであり、Aの世話は甲が主として行っていたので、法律や先行行為などの事情から丙にAを養育するといった義務は生じていなかったと考えられる。よって丙に殺人罪の単独正犯が成立することはない。
(B)共同正犯
 「二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする」(60条)。「共同して」というからには意思連絡が必要である。Aを殺害することに関して、甲と丙との間に意思連絡はなかった。明示的な意思連絡がなくても、特殊な関係下で黙示的な意思連絡があると認められる場合もあるが、本件ではお互いの意思をあやふやなまま推測しているにとどまり、黙示の意思連絡があったとも言えない。以上より、丙に殺人罪の共同正犯が成立することもない。
(C)幇助
 「正犯を幇助した者は、従犯とする」(62条)の幇助には、意思連絡のない片面的幇助も含まれるというのが判例の立場である。そこで以下では幇助を検討する。
 幇助と言うためには、正犯の罪の成立を容易にする行為を、それと認識,認容しつつ行い、実際に正犯行為が行われることによって成立する。片面的幇助では心理的な助力は考えられないので、物理的な助力がなければならない。
 丙は、7月2日昼前に、甲が全くAに授乳等をしないことに気付き、このままではAが確実に死亡することになると思いながら、甲に対し、Aに授乳等をするように言うなどの措置は何ら講じなかった。同居する乳児の生命に危機が発生していることに気づいたら、他の人に助けを求めるなどしてその乳児の生命を救おうとする義務があると言える。丙はAやその他の人に助けを求めるなどすることができたのにそうせず前述の義務に違反し、それにより甲によるA殺害を容易にして、そのことを認識していたので、不作為により甲のA殺人を幇助したと言える。また、丙は、甲が外出していた7月3日の昼過ぎに、甲の母親から電話を受け、このまま甲の母親が甲方に来ると衰弱したAを見て病院に連れていくだろうと考えて、これから外出するとうそをついて甲の母親の訪問を妨げた。これは甲によるA殺害を容易にしたと言え、丙にはその認識もあった。よって丙には殺人罪の幇助が成立する。

(2)結論
 以上より、丙には殺人罪の幇助が成立する。

以上

 

 



平成26年司法試験論文民事系第3問答案練習

問題

〔第3問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,4:2:4〕)
 次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。

【事例】
 Xは,横断歩道を歩行中,車道を直進してきたAの運転する車両に衝突されそうになったので,Aの運転態度を注意したところ,激高し降車してきたAにいきなり突き飛ばされた。路上に背中から倒れ込んだXは,路面に頭を打ち付けて意識を失い,救急車で病院に搬送された。幸い頭部には目立った外傷もなく,その他の異状も認められなかったが,腰部及び頸部の脊椎を痛めたため,検査等の目的で2日間入院した後,腰椎及び頸椎に受けた傷害の治療のため,約半年間通院して加療を受けた。上記車両は,運送業を営むB株式会社(以下「B社」という。)の所有する車両であり,Aは,配送業務を実施中であった。
 Xは,上記の通院治療が終了した後に,A及び同人を雇用するB社に対し,上記傷害に関して,治療費や交通費などの実費のほか,入通院による休業損害及び傷害慰謝料を請求したものの,いずれからも誠意ある対応はなかった。Xから相談を受けた弁護士L1は,この事件を受任し,損害賠償金の支払を求める内容証明郵便をA及びB社に送付したところ,Aからは返事がなく,B社からは,従業員の起こした暴力事件のことであり会社としては関知しない旨の書面が返送されてきた。そこで,L1は,A及びB社を被告とし,上記の損害に係る賠償金に弁護士費用を加えた合計330万円を連帯して支払うよう求める訴えを提起することとした。
 B社に対する訴えについては,L1が同社の登記事項証明書を入手した上,代表取締役として登記されていたCを代表者と記載した訴状を裁判所に提出したところ,訴状副本及び第1回口頭弁論期日への呼出状等がB社の本店所在地の住所に宛てて送達され,同社の従業員がこれらを受領した旨の送達報告書が裁判所に送付された。
 第1回口頭弁論期日において,Aは,口頭で請求棄却を求める答弁をし,その余は弁護士を頼んでから対応したい旨を述べ,一方,B社の代表者として出頭したCは,Aの暴行はB社の業務とは無関係に行われたものであると答弁しつつ,道義的責任は感じるので和解による解決を希望する旨を述べたことから,裁判所は和解を勧試した。
 その後,Aは弁護士L2に事件を依頼し,L2はAの訴訟代理人となった。その際,Aは,本件の内容を詳しく説明するほか,第1回口頭弁論期日に裁判所が和解を勧試するに至った経緯を説明し,和解のため指定された次回期日までに原告及び被告らがそれぞれ和解条件について検討してくるよう指示されたことを報告した。
 和解期日において,X及びL1,L2並びにCが出頭し,XとA及びB社との間で訴訟上の和解が成立し,次のとおりの条項が調書に記載された。
(和解条項)
1 被告Aは,本件における傷害行為について深く反省し,原告に対し,心から謝罪の意を表し,今後二度と本件のような事件を起こさないことを誓約する。
2 被告らは,原告に対し,損害賠償債務として150万円を連帯して支払う義務があることを認める。
3 被告らは,原告に対し,連帯して,前項の金員を,平成〇〇年〇月〇日限り,〇〇銀行〇〇支店の原告名義の普通預金口座(口座番号〇〇〇〇〇〇〇)に振り込む方法で支払う。
4 原告はその余の請求をいずれも放棄する。
5 原告及び被告らは,原告と被告らとの間には,この和解条項に定めるもののほかに何らの債権債務のないことを相互に確認する。
6 訴訟費用は各自の負担とする。

以下は,Xの訴訟代理人である弁護士L1と司法修習生Pとの間でされた会話である。
L1:P君にも検討してもらったXさんの事件ですが,被告であるA及びB社との間で成立した訴訟上の和解について,賠償金の支払期日を前にしてB社から代表取締役D名義の書面が送付されてきました。
 それによれば,B社の内部には紛争があったようで,Cは訴状が送達される1年近く前に解任されていて代表者の地位になく,したがって,Cを代表者として成立した訴訟上の和解はB社に対して効力を有しないとのことです。書面に添付されていた同社の登記事項証明書を見ると,確かにCはDが主張する時期に解任され,その同じ日にDが新しい代表者として選定されて就任したようですが,ただこうした解任と就任の登記がされたのは和解が成立した期日の数週間後になっています。このように代表者に異動があったにもかかわらず,なぜ,登記がされないまま放置され,それが今になって登記されたのか,そもそもB社にどのような内紛があったのか,真の代表者は誰なのか,その経緯は我々には分かりません。しかし,いずれにしても早急に対応を考えなければなりません。仮にDの主張することが事実だとすると,訴訟上の和解の効力はB社には及ばないと言わざるを得ないでしょうか。
P:先生,最高裁判所昭和45年12月15日第三小法廷判決(民集24巻13号2072頁)があります。
L1:どのような事案においてどのような判示をした判例ですか。
P:はい。やはり登記上代表取締役であったが実際には代表取締役ではなかった者を被告会社の代表者として提起された訴えについて,請求を認容した第一審の本案判決を取り消し,訴状の送達からやり直すべし,として事件を第一審に差し戻したものです。
 一般論としては,「民法一〇九条および商法二六二条の規定は,いずれも取引の相手方を保護し,取引の安全を図るために設けられた規定であるから,取引行為と異なる訴訟手続において会社を代表する権限を有する者を定めるにあたつては適用されないものと解するを相当とする。この理は,同様に取引の相手方保護を図った規定である商法四二条一項が,その本文において表見支配人のした取引行為について一定の効果を認めながらも,その但書において表見支配人のした訴訟上の行為について右本文の規定の適用を除外していることから考えても明らかである。」と述べています。訴訟手続において会社の代表者を定めるに当たって表見法理の適用はないという判例法理があるということになりそうです。
 この判例法理の当否については議論があり,判旨が言及している点のほか,代表権の存否は職権調査事項であり,その欠缺は絶対的上告理由・再審事由であることや,手続の安定などが問題にされていたと思います。
L1:確かにこの判例の一般論については議論があるところですが,ここでは訴訟上の和解に表見法理を適用することの可否に絞って考えることにしましょう。本件のように訴訟上の和解が成立した事案においては,民法や商法の表見法理を適用することを否定する理由として,判旨が挙げるような取引行為と訴訟手続の違いや,P君が言うような手続の不安定を招くといった点を持ち出すことに果たして説得力があるかということを踏まえ,本件和解の訴訟法上の効力を維持する方向で立論してみてください。
P:訴訟上の和解には,私法上の契約とそれを裁判所に対して陳述するという両面がありますから,仮に訴訟行為としての和解の効力が否定されるとして,では私法上何の効果も生じないことになるのか,といった辺りも考えてみる必要がありそうです。
L1:頼もしいですね。それでは,和解が無効だとするDの主張を退け,無事に和解の履行期限を迎えられるよう,我々の側として用意できる法律論をまとめてみてください。実体法上の表見法理のうちどの条文の適用を主張すべきか,という問題もありますが,そこはひとまずおいて,まずは訴訟法の問題について検討してください。よろしくお願いします。

〔設問1〕
 あなたが司法修習生Pであるとして,弁護士L1から与えられた課題に答えなさい。
 なお,引用した判決文中の「商法二六二条」は現行会社法の第354条に相当する規定であり,「商法四二条」は現行商法の第24条に相当する規定であり,その内容は次のとおりである。
「第四十二条本店又ハ支店ノ営業ノ主任者タルコトヲ示スベキ名称ヲ附シタル使用人ハ之ヲ其ノ本店又ハ支店ノ支配人ト同一ノ権限ヲ有スルモノト看做ス但シ裁判上ノ行為ニ付テハ此ノ限ニ在ラズ
②前項ノ規定ハ相手方ガ悪意ナリシ場合ニハ之ヲ適用セズ」

以下は,後日,L1とPとの間でされた会話である。
L1:例の事件ですが,和解無効を主張するDに対して私の進めてきた説得がなんとかうまく運び,ようやくDも折れ,改めて賠償金の支払を約束してくれ,安堵していたところ,今度は,被告のA本人から書面で申入れがありました。
 そこに書かれた内容を法律的に整理してみると,Aが訴訟代理人のL2弁護士に与えた訴訟代理権の範囲には,和解条項第1項にあるように「被告Aは,本件における傷害行為について深く反省し,原告に対し,心から謝罪の意を表し,今後二度と本件のような事件を起こさないことを誓約する。」という謝罪や誓約の文言を設けることまでは含まれておらず,これはL2弁護士が和解期日当日に出頭していなかったAに無断でしたことなので,この条項は無権代理として無効であり,和解全体も無効となるというのです。
P:先生,和解条項第1項が設けられた経過はどのようなものだったのですか。
L1:和解が成立した期日には,私のほかにXさんも出頭しましたが,Aは欠席し,代理人のL2弁護士だけが出頭していました。Xさんは,被告らが要望する賠償金の減額に応じてもよいが,その代わりAが事件のことを反省して謝罪をし,二度と同じような事件を起こさないことを約束してほしい,そのことを和解条項にしっかり書き残してほしいと要請しました。欠席していたAの意思を直接確認することはできませんでしたが,L2弁護士が言うには,「Aはかねてから事件のことを真摯に反省していたので,そうした条項を設けることに異存はないはずだ。」ということでした。その結果,第1項としてあのような条項が加えられ,他方,損害賠償の金額については150万円とすることで原告と被告らとの間で合意ができたのです。
P:よく分かりました。これに関連した判例があったと記憶しています。最高裁判所昭和38年2月21日第一小法廷判決(民集17巻1号182頁)がそれです。
L1:どのような事案においてどのような判示をした判例ですか。
P:単純化すると,貸金返還請求訴訟において,証拠調べが終わった段階で和解が勧められ,裁判所から和解案が示されていたところ,借主である被告本人がそれを拒んで帰宅してしまった後,被告の訴訟代理人弁護士はそのまま話合いを続行し,最終的に被告本人が同席しない中で,請求されていた貸金債務の弁済期を延期して分割払とする代わりに,その担保として被告が所有する不動産に抵当権を設定するという内容の和解を成立させたという事情の下,後日その被告がこの和解の無効確認等を求めたという訴訟において,最高裁は,被告訴訟代理人が授権された和解の代理権限のうちに抵当権設定契約をする権限も包含されていたと解するのが相当である,と判示したものです。
L1:なるほど。念のため,裁判所に確認したところ,本件でAがL2弁護士に訴訟委任をした際,民事訴訟法第55条第2項第2号の和解に関する特別授権はされていましたから,そのことを前提として,この最高裁判決の内容を踏まえ,AはXさんとの間で本件和解の効力を争うことはできない,と立論してみてください。

〔設問2〕
 あなたが司法修習生Pであるとして,弁護士L1から与えられた課題に答えなさい。
 なお,AとL2との間の訴訟委任契約に関連して生じ得る弁護士倫理の問題や契約違反を理由とした損害賠償の問題について論ずる必要はない。

以下は,Pが司法修習を終えて弁護士登録をし,L1の法律事務所に勤務弁護士として就職した後に,L1との間でされた会話である。
L1:P君が司法修習生だった頃に扱っていたXさんの和解の件を覚えていますか。いろいろありましたけれども,P君が奮闘して判例等を研究してくれたおかげで,いずれも事なきを得,和解の効力には問題がないということで,賠償金の支払も無事に約束どおり履行されました。
 ところが,あの和解期日から半年以上も経過したつい先日のこと,Xさんから相談がありました。近ごろめまいや吐き気などを覚えるようになったので,事故後に入通院していた病院で診察を受けたところ,本件事故により腰椎及び頸椎に受けた傷害が原因で発症したもので,後遺障害として残存するだろうと診断されたそうです。一般に,事故から相当期間が経過した後に初めて発症した症状については,当該事故による傷害に起因するものであっても法的にみて因果関係を有する後遺障害と評価できるかどうかが争われることが多いので,本件でもそのことは綿密に調査・検討する必要があります。しかし,その点はしばらくおき,この後遺障害に基づく新たな損害賠償を求める訴えをAとB社に対して提起することも視野に入れ,ひとまずAの代理人であったL2弁護士に連絡したところ,既に委任関係は終了しているということでしたので,直接Aに文書で連絡しました。
 これに対してAから送られてきた回答書では,和解条項では,第2項で損害賠償債務は150万円であるとされ,第5項では「原告と被告らとの間には,この和解条項に定めるもののほかに何らの債権債務のないことを相互に確認する。」となっており,かつその損害賠償金は全額既に支払が完了しているので,もはやこれ以上の賠償責任は負うことはないとされています。
P:先生,今後,Aが弁護士に相談すれば,訴訟上の和解には既判力があるから,Xさんからの賠償請求はその既判力に触れるとの主張をしてくることが考えられます。判例にも,裁判上の和解について「既判力を有する」という一般論を述べたものがあります(最高裁判所昭和33年3月5日大法廷判決・民集12巻3号381頁)。
L1:そうですね。訴訟上の和解調書の記載に既判力が生じるとの前提に立つとして,何か反論が考えられますか。
P:訴訟上の和解が成立した後に別の新たな損害が生じたから,これには既判力は及ばないとの議論はいかがでしょうか。
L1:しかし,不法行為に基づく損害賠償請求権は当該不法行為時に確定額の請求権としていまだ現実化していなかった損害も含めて損害全体について成立しているはずであり,後に生じた後遺障害はたまたま請求時に認識できなかっただけのことですから,和解成立後に生じた事由とはいえないと考えられます。
 また,本件では,和解条項第5項によって,「原告及び被告らは,原告と被告らとの間には,この和解条項に定めるもののほかに何らの債権債務のないことを相互に確認する。」とされていますから,一部請求後の残部請求の議論を応用することも困難ではないでしょうか。
P:そうしますと,既判力肯定説に立ちつつ,我々に有利な結論を導くには,和解条項第2項及び第5項について生じる既判力を本件後遺障害に基づく損害賠償請求権の主張を遮断しない限度にまで縮小させる,あるいは,本件和解契約は同請求権を対象として締結されたものではないから,訴訟上の和解につき既判力肯定説を採るとしても,本件の和解条項第2項及び第5項につき同請求権を不存在とする趣旨の既判力は生じない,というような議論を考えればよいわけですね。
L1:そうだと思います。一つヒントですが,定期金方式による損害賠償判決の基礎となった事情に事後的な変動が生じたときには損害額の再調整をすることができるという民事訴訟法第117条を参考にしてはどうでしょうか。この条文を単純に類推適用するというのではなく,人身損害の損害賠償を主として念頭に置いてそのような規定が作られた趣旨を参考にしてほしいということです。難問ですが,諦めないで頑張ってください。

〔設問3〕
 あなたが弁護士Pであるとして,弁護士L1から与えられた課題に答えなさい。なお,訴訟上の和解に既判力が認められるかについての一般論には触れなくてよい。

 

練習答案

 以下民事訴訟法についてはその条数のみを示す。

〔設問1〕

第1 取引行為と訴訟手続の違い
 確かに、代表権の存否は職権調査事項であり、取引行為と訴訟手続の違いを重視する判例の立場も理解できる。しかしながら、取引行為といえども任意での履行がなされない場合には訴訟を通じた履行が想定されており、その点において連続性がある。ましてや本件で問題となっているのは訴訟上の和解であり、当事者が自らの意思に基づいて互譲して内容を定めるので、取引行為に近くなる。訴訟外の和解は取引行為であるところ、訴訟上の和解と訴訟外の和解とで結論が異なるのは不適切である。以上より、少なくとも訴訟上の和解の場合は、効力が維持されるべきである。

第2 手続きの不安定
 代表権の欠缺は絶対的上告理由・再審事由であり、手続の安定のために判例の立場を採ることも理解できる。しかし訴訟上の和解の錯誤無効を再審で主張することができるというのが判例である。このように、訴訟上の和解の瑕疵を再審で争うことができるのであるから、代表権の欠缺についても、訴訟上の和解を一律無効にするのではなく、原則的に有効とした上で、その瑕疵を再審で争うことができるようにしても、手続を徒らに不安定にすることにはならない。

第3 私法上の効果
 仮に訴訟行為としての和解の効力が否定されるとしても、私法上何の効果も生じないということにはならない。私法上の和解は取引行為であり、これが有効になる。その結果、この私法上の和解に基づいて別訴を提起すれば、証拠面からしてもまずまちがいなく和解の内容を実現する判決を得ることができる。それならば訴訟行為としての和解の効力を否定する実益はないと言える。

〔設問2〕
 この最高裁判決の内容をそのまま適用すると、AはXさんとの間で本件和解の効力を争うことはできないという結論になる。
 しかし、Aは、和解の内容として、抵当権の設定という財産的行為と、謝罪や誓約の文言を設けるといった精神的行為とでは性質が異なり、判例の射程が及ばないと反論するかもしれない。表現の自由は日本国憲法21条1項で保障され、そこには消極的表現の自由も含まれると解されていることが、その反論を根拠となり得る。とはいえ、判決で謝罪広告を命じることは、一般的な謝罪の文言である限り、憲法に反しないという判例がある。本件においても一般的な謝罪の文言であり、しかもXさんにのみ交付され広く公開されるものではないので、許される。
 以上より、AはXさんとの間で本件和解の効力を争うことはできない。

〔設問3〕

第1 既判力の縮小
 定期金方式による損害賠償判決の基礎となった事情に事後的な変動が生じたときには損害額の再調整をすることができるという117条の趣旨は、人身損害の損害賠償を主として念頭に置いて、そうした倍賞は数十年といった長期間続くこともまれではなく、著しい事情変動により金額が不相当になった場合は、公平の見地から、再調整を認めるという趣旨である。判決時にそうした事情は両当事者にとって一般に予見不可能なのだから、判決前に主張すべきだと言うことはできない。
 判決ですらこれが認められているのだから、判決よりも柔軟な和解でこれが認められない理由はない。他方で判決と同じように既判力が認められるのであれば、事情変動による再調整を認める必要性はある。
 本件和解は判決の代わりに締結されたものであり、117条の再調整は留保されていると解すべきである。本件後遺障害は、117条の損害額の算定の基礎となった事情に著しい変更が生じた場合に当たる。よって117条の趣旨から、本件後遺障害に基づく損害賠償請求権の主張は遮断されない。

第2 既判力の不存在
 本件和解のもととなった訴訟は、本件後遺障害が発生する前の時点で、治療費や交通費などの実費のほか、入退院による休業損害及び傷害慰謝料に弁護士費用を加えた合計330万円を請求したものである。つまり、本件不法行為に基づく損害賠償請求権の明示的一部請求である。よって本件和解契約は、この一部請求の範囲内でのみ有効である。金額的にもそれが妥当である。よってそれを超える範囲に既判力は生じないので、本件後遺障害に基づく損害賠償請求権の主張をすることができる。

以上

 

修正答案

 以下民事訴訟法についてはその条数のみを示す。

〔設問1〕

第1 取引行為と訴訟手続の違い
 確かに、代表権の存否は職権調査事項であり、代表権の欠缺は絶対的上告理由・再審事由であるため、裁判所が関与しない取引行為と裁判所の指揮下で行われる訴訟手続の違いを重視する判例の立場も理解できる。しかしながら、取引行為といえども任意での履行がなされない場合には訴訟を通じた履行が想定されており、その点において連続性がある。ましてや本件で問題となっているのは訴訟上の和解であり、当事者が自らの意思に基づいて互譲して内容を定めるので、取引行為に近くなる。訴訟外の和解は取引行為であるところ、訴訟上の和解と訴訟外の和解とで結論が異なるのは不適切である。以上より、少なくとも訴訟上の和解の場合は、表見法理を適用して、その効力が維持されるべきである。

第2 手続の不安定
 訴訟行為に表見法理を適用すると、相手方の善意・悪意という主観的状態に訴訟の進行が左右されることになるため、手続の安定のために表見法理を一律に適用しないという判例の立場を採ることも理解できる。しかしながら、訴訟上の和解の場合は、それにより訴訟が終了するのであってこれ以上手続が積み重ねられることがないので、手続の安定を考慮しなくてもよい。よって、手続の不安定は、訴訟上の和解に表見法理を適用しないことの理由とならない。

第3 私法上の効果
 仮に訴訟行為としての和解の効力が否定されるとしても、訴訟上の和解は訴訟上の効果と私法上の効果が併存していると考えられているので、私法上何の効果も生じないということにはならない。私法上の和解は取引行為であり、これが有効になる。その結果、この私法上の和解に基づいて別訴を提起すれば、証拠面からしてもまずまちがいなく和解の内容を実現する判決を得ることができる。それならば訴訟行為としての和解の効力を否定する実益はないと言える。むしろ、これを否定して、真正でない登記を放置した者に時間的猶予を与え、できるだけのことをして登記を信頼した者に別訴の労を取らせることは不当である。

〔設問2〕
 この最高裁判決の内容をそのまま適用すると、AはXさんとの間で本件和解の効力を争うことはできないという結論になる。というのも、和解とは当事者が互譲した内容で合意して裁判を終わらせるものであるところ、支払う金額を引き下げるのと引きかえに謝罪の文言を盛り込むことは、分割払いにするかわりに抵当権を設定することと同じように、一般的な和解の態様であり、AがL2弁護士に与えた和解に関する特別授権の範囲内だと考えられるからである。
 しかし、Aは、和解の内容として、抵当権の設定という財産的行為と、謝罪や誓約の文言を設けるといった精神的行為とでは性質が異なり、判例の射程が及ばないと反論するかもしれない。良心の自由は日本国憲法19条で保障されることが、その反論を根拠となり得る。とはいえ、判決で謝罪広告を命じることは、単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明するに止まる程度のものであれば、憲法に反しないという判例がある。本件においても単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明するに止まる程度のものであり、しかもXさんにのみ交付され広く公開されるものではないので、これを和解の内容としても許される。
 以上より、AはXさんとの間で本件和解の効力を争うことはできない。

〔設問3〕

第1 和解と既判力の原則論
 訴訟上の和解調書の記載に既判力が生じるとの前提に立つとすれば、本件和解に既判力が生じる結果、本件和解の内容に反する判決を裁判所がすることができなくなり、本件後遺障害に基づく損害賠償請求権の主張が認められなくなってしまう。本件和解のどこまでが主文に包含するもの(114条1項)として既判力を有するかに多少曖昧な部分は残るものの、本件和解条項の2項及び5項は既判力を有することとなるだろう。

第2 既判力の縮小
 定期金方式による損害賠償判決の基礎となった事情に事後的な変動が生じたときには損害額の再調整をすることができるという117条の趣旨は、人身損害の損害賠償を主として念頭に置いて、そうした倍賞は数十年といった長期間続くこともまれではなく、後遺障害の発生など著しい事情変動により金額が不相当になった場合は、公平の見地から、再調整を認めるという趣旨である。判決時にそうした事情は両当事者にとって一般に予見不可能なのだから、判決前に主張すべきだと言うことはできない。一時金方式であっても事情は同じであるため、再調整の余地があると考えるべきである。
 判決ですらこれが認められているのだから、判決よりも柔軟な和解でこれが認められない理由はない。他方で判決と同じように既判力が認められるのであれば、事情変動による再調整を認める必要性はある。
 本件和解は判決の代わりに締結されたものであり、117条の再調整が留保された範囲にまで既判力が縮小されると解すべきである。本件後遺障害は、117条の損害額の算定の基礎となった事情に著しい変更が生じた場合に当たる。よって117条の趣旨から、本件後遺障害に基づく損害賠償請求権の主張は遮断されない。

第3 既判力の不存在
 本件和解のもととなった訴訟は、本件後遺障害が発生する前の時点で、治療費や交通費などの実費のほか、入退院による休業損害及び傷害慰謝料に弁護士費用を加えた合計330万円を請求したものである。つまり、本件不法行為に基づく損害賠償請求権の明示的一部請求である。よって本件和解契約は、この一部請求の範囲内でのみ有効であると解するのが当事者の意思にかなっている。金額的にもそれが妥当である。よって、当事者の意思に基づく私法上の和解契約を超えた効果を訴訟上の和解にもたせるのは不当であるため、それを超える範囲に既判力は生じないと考えるべきであり、本件後遺障害に基づく損害賠償請求権の主張をすることができる。

以上

 

 



平成26年司法試験論文民事系第2問答案練習

問題

〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,3:4:3〕)
 次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。

1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は,食品の製造及び販売等を業とする取締役会設置会社である。平成26年4月の時点における甲社の登記事項証明書(履歴事項全部証明書)は,別紙のとおりである。
2.甲社の創業者であるAには,妻Bとの間に子Cがあり,Bの死亡後に再婚した妻Dとの間に子Eがある。甲社の株主構成としては,Aが300株,Cが50株,Dが100株,Eが50株をそれぞれ有していた。
 甲社では,設立当初から,Aが代表取締役として対外的な事業活動を行い,CはAを手伝って事業活動に従事し,Dは資金管理・人事管理等を担当していた。
3.Eは,Cと性格が合わなかったため,甲社で就労することはなく,不動産の販売等を業とする乙株式会社(以下「乙社」という。)の取締役を務めていた。乙社の取締役は,Eのほか,Eの妻Fと乙社の創業者Gの合計3人であり,その代表取締役はGであった。
4.甲社は,平成21年6月,その店舗に隣接してFが所有する狭小な土地(以下「本件土地」という。)があったことから,これを駐車場の用地として取得することとし,Fとの間で,本件土地の売買契約を締結した。その際,売買代金は,本件土地に関する不動産鑑定士の鑑定評価に従い,250万円と定められた。
 Fは,上記の売買代金を受領し,甲社に対し本件土地を引き渡したが,本件土地の所有権移転登記手続に必要な書類を交付せず,甲社も,Fに対してその所有権移転登記手続を督促しなかったため,本件土地の登記名義人は,Fのままであった。
5.甲社の売上げは順調に推移し,平成22年頃には,その年商は2億円程度に達した。
 これに対し,乙社は,不動産開発のための資金調達に苦労し,不動産販売等の事業展開が低迷した。
 Eは,乙社の将来に不安を覚えて転身を考え,Dに相談したところ,Dは,Eに対し,甲社に入社した上でCと接触の少ない部門において勤務することを勧めた。そこで,Eは,平成22年2月,乙社の取締役を辞任し,甲社の総務・企画部長として勤務を開始したが,間もなくして,新規出店の計画立案,店舗用地の調達,金融機関からの資金調達等につき経営手腕を発揮し,頭角を現した。
6.その後,Dは,自らの存命中にEの甲社における地位を強固にすることを望み,Aと相談の上で,平成24年5月20日,自らの取締役の任期が満了する機会に,その後任としてEを取締役の地位に就かせ,さらに,Aのほか,Eも代表取締役の地位に就かせることとした。
 Aは,必要な書類を準備して甲社の役員の変更の登記を申請し,その旨の登記がされた。
 Aは,Eが甲社の代表取締役に就任することにつき,あらかじめCの了解を得る予定であったが,Cの反発を恐れ,Cに説明をすることができず,また,上記の登記がされた後も,Cに何らの説明をしなかった。A及びDは,当面,引き続きAが代表取締役として活動しつつ,Eに副社長という肩書で対外的に活動することを認めることとした。
7.Eは,将来のAの相続の在り方によっては,その保有株式数に照らして甲社における地位が安定的でないことを懸念していた。
 そこで,Dは,平成24年6月,Eが甲社の支配株主となることを目的として,甲社が400株の募集株式を発行し,その全部をEに割り当てることを計画した。Eは,甲社株式の1株当たりの直近の純資産額が10万円である旨の専門家の鑑定評価があったことから,自ら所有する4000万円相当の賃貸用の建物を出資の目的とすることとした。この建物は,必要経費を控除しても,毎年100万円の収益が見込まれるものであった。
 Dは,A,C及びEに対し,甲社の将来の運営について相談したい旨を伝え,これらの者が集まった席上で,EをAの後継者としたいこと,及び甲社が400株の募集株式を発行してその全部をEに割り当てたいことを説明し,賛同を求めた。Cは,この提案に反発して直ちに退席し,Aは,時期尚早であるとして態度を保留した。
 しかし,Eは,上記の甲社の募集株式の発行(以下「本件株式発行」という。)につき,株主全員の賛成があった旨の株主総会議事録を作成し,甲社に対し上記の出資の履行をした。なお,出資の目的とされた建物に関しては,価額が相当であることについての弁護士の証明及び不動産鑑定士の鑑定評価を受けており,検査役の調査を経ていない。
 Eは,必要な書類を準備して甲社の募集株式の発行による変更の登記を申請し,その旨の登記がされた。そして,Dは,A及びCに対し,本件株式発行の計画を断念したなどと,虚偽の事実を述べた。
8.その後,Fは,Eが甲社を代表して金融機関との折衝を行っていたことから,甲社から乙社に対する貸付けにより乙社の不動産開発計画を推進することを計画し,開発した不動産の分譲後に借入金を甲社に返済する旨を説明して,この計画をEに提案した。Eが甲社の運転資金から貸付金を捻出することは難しい旨を述べると,Fは,知人のHが甲社に資金を貸し付けた上で,甲社がその資金を乙社に貸し付けるという方法を提案した。
 Eは,平成24年12月,上記のFの提案についてDに相談したところ,Dは,「既に取締役を退任して資金管理をEに委ねているので,自分が判断すべき事柄ではないが,甲社にはリスクがあるだけでメリットがないので,やめた方がよいのではないか。」と述べた。
 Eは,Dの助言に戸惑いつつも,Fの要請に抗し難く,その提案を受け入れることとし,独断で,甲社を代表して,Hから2億円を年10%の利息の約定で借り入れた(以下「本件借入れ」という。)。本件借入れに先立ち,Eは,Hに対し,甲社の店舗建設のための資金として必要である旨を説明したが,その説明が曖昧であったため,Hから,甲社の事業計画に関する資料等を交付するよう求められていた。もっとも,本件借入れは,Eがこれらの資料等を交付しないまま実行された。
 そして,Eは,平成25年1月,独断で,甲社を代表して,乙社に対し上記の2億円を年10%の利息の約定で貸し付けた(以下「本件貸付け」という。)。
9.Fは,平成26年3月に死亡し,その全財産をEが相続した。これに伴い,本件土地につき,相続を原因とするEへの所有権移転登記がされた。
10.A及びCは,平成26年4月,本件借入れ及び本件貸付けの事実を知り,その調査を進める中で,上記の一連の経緯が明らかになった。
 また,乙社は,不動産開発計画が行き詰まって財務状態が悪化し,その結果,甲社は,本件貸付けに係る金員の返済を受けられないことが確実になった。

〔設問1〕 平成26年4月の時点で,本件株式発行の効力を争うためにCの立場において考えられる主張及びその主張の当否並びに本件株式発行に係る法律関係について,論じなさい。

〔設問2〕 本件借入れの効果が甲社に帰属するかどうかに関し,これを肯定するHの立場とこれを否定する甲社の立場において考えられる主張及びその主張の当否について,論じなさい。

〔設問3〕 CがD及びEに対し株主代表訴訟を提起する場合に,Cの立場において考えられる主張及びその主張の当否について,論じなさい。

 

練習答案

 以下会社法についてはその条数のみを示す。

〔設問1〕
 平成26年4月の時点で、本件株式発行の効力を争うためにCの立場において考えられる主張は、本件株式発行の無効の訴え(834条2号)である。本件株式発行の不存在の確認の訴え(829条1号)も考えられなくはないが、これは実際に出資がなされていないような場合のためのものであり、実際に出資がされている本件には適さない。既に株式が発行されている以上、株式発行の差止請求(210条)の余地はない。
 次のこの主張の当否を検討する。募集株式を発行し、株主に割当てるためには、199条及び202条に定める事項を、公開会社ではない甲社においては、株主総会で定めなければならない。しかしながら、本件において、株主総会でその定めはされていない。よって本件株式発行は法令に違反し、仮に株式発行の差止請求をしていたとしたら、その請求が認容されていた(210条1号)。もっとも、ここでの主張は本件株式発行の無効の訴えであり、取引の安全なども考慮しなければならない。本件株式は譲渡制限株式であり、現在もEが保有している。また、CはDから虚偽の説明を受けるなど、株式発行の差止請求をする機会がなかった。よってCの主張が認められ、本件株式発行は無効である。
 新株発行の無効の訴えに係る請求を認容する判決が確定したときは、当該株式会社は、当該判決の確定時における当該株式に係る株主に対し、払込みを受けた金額又は給付を受けた財産の給付の時における価額に相当する金銭を支払わなければならない(840条1項前段)。本件においては、甲社が、Eに対し、4000万円を支払わなければならない。

〔設問2〕

第1 これを肯定するHの立場
 Eは甲社の代表権を有しており、それが登記にも表れている。詳しい資料は交付されなかったものの、甲社の店舗建設のために2億円の借り入れが必要だと聞いていた。以上より、Hと甲社との本件借入れは有効である。

第2 これを否定する甲社の立場
(1) 代表権のない者との契約
 Eには本当は代表権がなかったので、本件借入れの効果は甲社に帰属しない。
(2) 取締役会の議決のない多額の借財(362条4項2号)
 本件借入れは取締役会の議決を欠く多額の借財であるため、その効果は甲社に帰属しない。
(3) 利益相反取引(356条1項3号)
 本件借入れは株主総会の承認を受けずにした利益相反取引であり、その効果は甲社に帰属しない。

第3 これらの主張の当否
(1) 代表権
 故意又は過失によって不実の事項を登記した者は、その事項が不実であることをもって善意の第三者に対抗することができない(908条2項)。代表権のあるAとEの善人の取締役であったDが故意にEに代表者があるという登記をした。HはEの代表権に関して善意の第三者であった。以上より、仮にEが真実甲社の代表権を有していなかったとしても、それをHに対抗できないので、それにより本件借入れの効果が甲社に帰属しないということはない。
(2) 多額の借財
 多額の借財であるかどうかは、会社の資本金、売上高(年商)などの事情を総合的に考慮して判断する。甲社の資本金は4000万円であり年商は2億円程度である。資本金の5倍で年商と同程度の借入れは多額の借財である。利息だけで年商の1割に達するという事情もある。よって本件借入れは取締役会の決議を経なければならない。
 取締役会の決議を欠く多額の借財の効力は、民法93条の心裡留保を類推適用して、相手方が表意者の真意を知り、又は知ることができたときは、その意思表示は無効とするというのが判例である。相手方であるHは、表意者である甲社の真意を知ることができた。つまり、本件借入れが取締役会の決議が必要な多額の借財であることは登記そのたの事情から明らかであり、その決議の写しを請求するなどをHができたからである。よって本件借入れは無効となり、その効果は甲社に帰属しない。
(3) 利益相反取引
 本件借入れは、甲社にはリスクがあるだけでメリットがなく、取締役であるEにとっては妻Fが取締役をしている乙社の利益になるという事情があるので、利益相反取引に該当し、株主総会の承認を受けなければならない。
 その承認を欠く取引の効力について、会社と取締役との直接取引であれば無効であるが、第三者との間接取引であれば、第三者の保護も考えなければならず、(2)と同様に心裡留保の類推適用で判断する。Hは本件借入れが利益相反取引だということを知ることができなかったので、その点においては本件取引は有効である。
(4) 結論
 (2)多額の借財という理由で本件借入れの効果は甲社に帰属しない。

〔設問3〕
 CがD及びEに対し株主代表訴訟(847条)を提起する場合に、Cの立場において考えられる主張は、(1)利益相反取引と(2)任務け怠である。
(1) 利益相反取引
 〔設問2〕で述べたように、本件借入れは利益相反取引である。その結果、甲社は、本件貸付けに係る金員の返済を受けられないことが確実となったという損害が生じている。Eは本件借入れを決定した取締役であるので、その任務を怠ったものと推定される(423条3項2号)。Dはその決定時に取締役ではなかったのでそのような推定はされない。
(2) 任務け怠
 取締役の任務け怠(423条1項)とは、会社との委任契約に基づく善管注意義務(民法644条)である。忠実義務(355条)も中身はこれと同じであると解する。Dが取締役に在任中にそのような義務違反がなかったかどうかを検討する。
 本件土地の売買は不動産鑑定士の鑑定評価に従って価額を定めたので義務違反はない。本件株式発行は、〔設問1〕で述べたように無効原因はあるものの、甲社に損害が発生していない。
 以上より、Cは、Eの責任を追及することはできるが、Dの責任を追及することはできない。

以上

 

修正答案

 以下会社法についてはその条数のみを示す。

〔設問1〕
 平成26年4月の時点で、本件株式発行の効力を争うためにCの立場において考えられる主張は、本件株式発行の不存在の確認の訴え(829条1号)である。既に株式が発行されている以上、株式発行の差止請求(210条)の余地はなく、本件株式発行の無効の訴え(834条2号)に関しては、株式の発行の効力が生じた日である平成24年6月10日から1年以上経過しているため、提起することができない。
 次のこの主張の当否を検討する。株式発行の不存在の確認の訴え(829条1号)が認められるのは、株式発行が不存在だと言えるほどの重大な瑕疵があり、取引の安全を考慮しても不存在であるとすべき場合である。募集株式を発行し、株主に割当てるためには、199条及び202条に定める事項を、公開会社ではない甲社においては、株主総会で定めなければならない。しかしながら、本件において、株主総会でその定めはされていない。また、適正に取締役に選任されていないEが本件募集株式の決定を行っている。よって本件株式発行は法令に違反し、仮に株式発行の差止請求をしていたとしたら、その請求が認容されていた(210条1号)。CはDから虚偽の説明を受けるなど、株式発行の差止請求をする機会がなかったのであり、実際に出資がなされていたという事情を含めても、瑕疵は重大である。他方で本件株式は現在もEが所有しており、取引の安全を考慮する必要はない。以上よりCの主張が認められ、本件株式発行は無効である。
 新株発行の無効の訴えに係る請求を認容する判決が確定したときは、当該株式会社は、当該判決の確定時における当該株式に係る株主に対し、払込みを受けた金額又は給付を受けた財産の給付の時における価額に相当する金銭を支払わなければならない(840条1項前段)。本件においては、株式発行の不存在の確認の訴えの認容であるが、株式発行の効力を無に帰すという点で共通しているので、無効の訴えの場合を類推適用すべきである。よって、甲社が、Eに対し、4000万円を支払わなければならない。

〔設問2〕

第1 これを肯定するHの立場
 Eは甲社の代表権を有しており、それが登記にも表れている。詳しい資料は交付されなかったものの、甲社の店舗建設のために2億円の借り入れが必要だと聞いていた。以上より、Hと甲社との本件借入れは有効である。

第2 これを否定する甲社の立場
(1) 代表権のない者との契約
 Eには本当は代表権がなかったので、本件借入れの効果は甲社に帰属しない。
(2) 取締役会の議決のない多額の借財(362条4項2号)
 本件借入れは取締役会の議決を欠く多額の借財であるため、その効果は甲社に帰属しない。
(3) 利益相反取引(356条1項3号)
 本件借入れは株主総会の承認を受けずにした利益相反取引であり、その効果は甲社に帰属しない。
(4) 代表権の濫用
 本件借入れは、Eが代表権を濫用して自己のために行ったものであり、その効果は甲社に帰属しない。

第3 これらの主張の当否
(1) 代表権
 故意又は過失によって不実の事項を登記した者は、その事項が不実であることをもって善意の第三者に対抗することができない(908条2項)。代表権のあるAとEの善人の取締役であったDが故意にEに代表者があるという登記をした。HはEの代表権に関して善意の第三者であった。以上より、仮にEが真実甲社の代表権を有していなかったとしても、それをHに対抗できないので、それにより本件借入れの効果が甲社に帰属しないということはない。A及びDはEに副社長という肩書で対外的に活動することを認めることとしていたので、表見代表取締役(354条)の類推適用でも同じ結論となる。
(2) 多額の借財
 多額の借財であるかどうかは、会社の純資産、売上高(年商)、利益、利息などの事情を総合的に考慮して判断する。甲社の純資産は〔設問1〕で無効とした株式の分を含めたとしても9000万円であり、年商は2億円程度である。利益率は不明であるが、利息だけで年商の1割に達するという事情もある。こうした事情より、2億円を年10%の利息の約定で借り入れる本件借入れは、多額の借財に当たり、取締役会の決議を経なければならない。
 取締役会の決議を欠く多額の借財の効力は、民法93条の心裡留保を類推適用して、相手方が表意者の真意を知り、又は知ることができたときは、その意思表示は無効とするというのが判例である。ここでの真意は会社の真意(取締役会の決議)であり、表意は取締役会の決議を欠く意思表示である。相手方であるHは、表意者である甲社の真意を知ることができた。つまり、本件借入れが取締役会の決議が必要な多額の借財であることは甲社の規模から推測でき、取締役会の決議の写しを請求するなどをHができたからである。よって本件借入れは無効となり、その効果は甲社に帰属しない。
(3) 利益相反取引
 本件借入れは、甲社にはリスクがあるだけでメリットがなく、取締役であるEにとっては妻Fが取締役をしている乙社の利益になるという事情があるので、利益相反取引に該当する疑いがある。しかしながら、EとF、さらにはFと乙社を同視するには無理があり、利益相反取引とは言えない。
(4)代表権の濫用
 本件借入れは、Eの代表権の範囲内で、甲社ではなく自己のために取引をしていることになるので、代表権の濫用であると言える。その効力は、民法93条の心裡留保を類推適用して、相手方が表意者の真意を知り、又は知ることができたときは、その意思表示は無効とするというのが判例である。Hは、Fから紹介されたとはいえ、どこまでの事情をFから聞いていたか定かではなく、代表権の濫用であることを知り、又は知ることができたとは言えない。
(5) 結論
 (2)多額の借財という理由で本件借入れの効果は甲社に帰属しない。

〔設問3〕
 CがD及びEに対し株主代表訴訟(847条)を提起する場合に、Cの立場において考えられる主張は、取締役の任務懈怠(423条1項)である。
 取締役の任務懈怠とは、会社との委任契約に基づく善管注意義務(民法644条)である。忠実義務(355条)も中身はこれと同じであると解する。D及びEが取締役に在任中にそのような義務違反をしなかったかどうかを検討する。
(1)Dの任務懈怠
 Dがいつまで取締役であったかを考える。登記上は平成24年5月20日に退任している。しかしながら、その退任と同時に就任したEは適正に取締役に選ばれていない。また、甲社は取締役会設置会社であり、取締役は3人以上必要である(331条5項)。そのため、同日以降もDが引き続き取締役の職にあると考えられる。
 本件株式発行は、〔設問1〕で述べたように無効原因はあるものの、甲社に損害が発生していない。本件借入れに関しては、Eから話を持ちかけられて「やめた方がよいのではないか」と言っただけであった。一般に取締役には他の取締役を監視する義務があるので、会社に損害を与えるような取引(そして実際に損害が生じた)を他の取締役がしようとしてたらそれを止める義務がある。とはいえ、D及びEはDがそのときに取締役ではないと信じており、Dがそれ以上強く反論したとしてもEの行動を変えられなかったと推測される。よって損害との間に因果関係がないと評価できるので、Dの責任を追及することはできない。
(2)Eの任務懈怠
 Eは、逆に、登記上は取締役であったが、適正に選任されていなかった。423条は取締役の責任を規定したものであるが、取締役ではなくても取締役として振る舞った者の責任を除外するいわれはない。そのほうが会社の損害の回復に資する。よってEもその対象となる。
 Eは、会社のためにではなく自己(及び妻F)のために本件貸付けを行った。これは善管注意義務に違反している。そして本件貸付けに係る金員の返済を受けられないことが確実となったという損害が甲社に生じている。因果関係も当然に認められる。よって、Eの責任を追及することができる。
(3)結論
 以上より、Cは、Eの責任を追及することはできるが、Dの責任を追及することはできない。

以上

 

 

 



平成26年司法試験論文民事系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100〔〔設問1〕,〔設問2〕及び〔設問3〕の配点の割合は,3:4:3〕)
 次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。


【事実】
1.平成20年8月頃,Aは,妻であるBと一緒にフラワーショップを開くため,賃貸物件を探していたところ,Cの所有する建物(以下「甲建物」という。)の1階部分が空いていることを知った。
2.甲建物は10階建ての新築建物で,1階及び2階は店舗用の賃貸物件として,3階以上は居住用の賃貸物件として,それぞれ利用されることになっていた。また,甲建物は最新の免震構造を備えているものとして,賃料は周辺の物件に比べ,25パーセント高く設定されていた。
3.Aは,建物の安全性に強い関心を持っていたことから,Cに問い合わせたところ,【事実】2の事情について説明を受けたので,賃料が高くても仕方がないと考え,甲建物の1階部分を借りることを決め,平成20年9月30日,Cとの間で甲建物の1階部分について賃貸借契約を締結した。AC間の約定では,期間は同年10月1日から3年,賃料は月額25万円,各月の賃料は前月末日までに支払うこととされ,同年9月30日,AはCに同年10月分の賃料を支払った。この賃貸借契約に基づき,同年10月1日,CはAに甲建物の1階部分を引き渡した。
4.その後,甲建物の1階部分でAがBと一緒に始めたフラワーショップは繁盛し,Cに対する賃料の支払も約定どおり行われた。ところが,平成22年8月頃,甲建物を建築した建設業者が手抜き工事をしていたことが判明した。この事実を知らなかったCが慌てて調査したところ,甲建物は,法令上の耐震基準は満たしているものの,免震構造を備えておらず,予定していたとおりの免震構造にするためには,甲建物を取り壊して建て直すしかないことが明らかになった。
5.Cから【事実】4の事情について説明を受けたAは,フラワーショップを移転することも考えたが,既に常連客もおり,付近に適当な賃貸物件もなかったため,そのまま甲建物の1階部分を借り続けることにした。しかし,Aは,甲建物が免震構造を備えていなかった以上,賃料は月額20万円に減額されるべきであると考え,平成22年9月10日,Cにその旨を申し入れた。これに対し,Cは,【事実】2の事情は認めつつも,自分も被害者であること,また,甲建物は法令上の耐震基準を満たしており,Aの使用にも支障がないことを理由に,賃料減額には応じられない,と回答した。
6.Aは,Cのこのような態度に腹を立て,平成22年9月30日,Cに対して,今後6か月間,賃料は一切支払わない,と告げた。Cがその理由を問いただしたのに対し,Aは,甲建物の1階部分の賃料は,本来,月額20万円であるはずなのに,Aは,既に2年間,毎月25万円をCに支払ってきたため,120万円を支払い過ぎた状態にあり,少なくとも今後6か月分の賃料は支払わなくてもよいはずである,と答えた。
 これに対して,Cは,そのような一方的な行為は認められないと抗議し,Aに対して従来どおり賃料を支払うように催促したが,その翌月以降もCの再三にわたる催促を無視してAが賃料を支払わない状態が続いた。そこで,平成23年3月1日,Cは,Aに対して,賃料の不払を理由としてAとの賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

〔設問1〕 【事実】1から6までを前提として,次の問いに答えなさい。
 AがCによる賃貸借契約の解除は認められないと主張するためには,【事実】6の下線を付した部分の法律上の意義をどのように説明すればよいかを検討しなさい。

Ⅱ 【事実】1から6までに加え,以下の【事実】7から11までの経緯があった。
【事実】
7.平成23年5月28日,Aは,種苗の仕入れをするために市場に出かけた際に,市場の近くで建設業者Dが建築しているビルの工事現場に面した道路を歩いていたところ,道路に駐車していたトラックからクレーンでつり上げられていた建築資材が落下し,その直撃を受けたAは死亡した。このAの死亡時に,Bは妊娠2か月目であった(Bが妊娠中の胎児を,以下「本件胎児」という。)。
8.【事実】7の建築資材が落下したのは,Dの従業員であるEがクレーンの操作を誤ったためである。
9.Bは,B及び本件胎児がAの相続人であるとして,Dに対し,Aの死亡による損害賠償として,1億円の支払を求めた。Dは,Eの使用者として不法行為責任を負うことについては争わなかったが,損害賠償の額について争った。その後,BD間で協議が重ねられたが,Bは,Aが死亡し,フラワーショップの維持に資金が必要であることもあり,早期の和解の成立を望んだ。そこで,平成23年7月25日,Dは,Aの死亡による損害賠償について,Bと本件胎児がAの相続人であり,両者の相続分は各2分の1であることを前提として,「Dは,B及び本件胎児に対し,和解金として各4000万円の支払義務があることを認め,平成23年8月31日限り,これらの金員をBに支払う。B及び本件胎児並びにDは,BとDとの間及び本件胎児とDとの間には,本件に関し,本和解条項に定めるもののほか,何らの債権債務がないことを相互に確認する。」という内容の和解案をBに提示し,Bもそれに同意した結果,和解(以下「本件和解」という。)が成立した。Dは,同年8月31日,本件和解に基づき,8000万円をBに支払った。
10.Bは,平成23年9月13日,流産をした。Aには,本件胎児のほかに子はなく,両親と祖父母も既に死亡しており,相続人となるのは,BのほかはAの兄であるFのみであった。
11.Fは,平成23年11月25日,Aの相続人として,Dに対して損害賠償を求めた。Dは,【事実】9の本件和解があるものの,このFの請求を拒むことは困難であると考え,これに応じることとした。

〔設問2〕 【事実】1から11までを前提として,以下の⑴から⑶までについて,本件和解の趣旨を踏まえて検討し,理由を付して解答しなさい。なお,損害賠償に関しては,Aの死亡による損害賠償の額は1億円であることを前提とし,遺族固有の損害賠償は考慮しないものとする。
⑴ FのDに対する請求の根拠を説明した上で,その請求が認められる額は幾らであるかを検討しなさい。
⑵ Dは,Bに対して,本件和解に基づいて支払った金銭の返還を求めた。このDの請求の根拠として,どのようなものが考えられるか,また,仮にその請求が認められる場合,その額は幾らであるかを検討しなさい。
⑶ ⑵のDの請求が認められる場合,Bは,Dに対して,何らかの請求をすることができるか,また,仮にそれができる場合,どのような請求をすることができるかを検討しなさい。

Ⅲ 【事実】1から11までに加え,以下の【事実】12から18までの経緯があった。
【事実】
12.乙土地は,甲建物の敷地であり,平成24年初頭当時,Cが所有しており,Cを所有権登記名義人とする登記がされていた。また,この当時,甲建物の近くには,Cが所有する丙建物が存在していた。丙建物は,Cが甲建物の管理業務のために使用しており,Cを所有権登記名義人とする登記がされていた。
13.丁土地は,乙土地に隣接する土地であり,同じ頃,Gが所有しており,Gを所有権登記名義人とする登記がされていた。丁土地には,当時Gが個人で行っていた木工品製造のための工場が存在していた。
14.Gは,平成24年夏頃,木工品製造の事業を会社組織にして営むこととし,株式会社Hを設立して,その代表取締役となった。Hの設立の際,①Gは,丁土地の持分3分の1を出資し,同年9月12日,②Hへの所有権の一部移転の登記をした
15.Gは,平成25年9月30日,高齢となったことから,Hの代表取締役を退任し,Hの経営から退いた。これに伴い,同日,③Gは,代金を780万円として,丁土地に係るGの持分3分の2をHに売却し,Hは,この代金として780万円をGに支払った。しかし,④このGの持分を移転する旨の登記はされていない
16.Cは,平成26年2月7日,甲建物及び⑤丙建物をCの子Kに贈与した。しかし,⑥丙建物についてKへの所有権の移転の登記はされていない。丙建物は,乙土地に存在しているというのがC及びKの認識であったが,実際は,丁土地に存在していた。
17.その後,丙建物が丁土地に存在していることが明らかになったため,平成26年4月15日,Hは,Cに対し,丙建物の収去及びその敷地(丁土地のうち丙建物の敷地である部分)の明渡しを求めた。これに対し,Cは,丙建物は既にKに贈与しているという事実を告げて,Hの請求には応じられない,と答えた。そこで,同月20日,Hは,Kに対し,丙建物の収去及びその敷地の明渡しを求めた。
18.Kは,この請求を受けて,丁土地の登記簿を調べたところ,Hは丁土地について3分の1しか持分を有しておらず,Gが3分の2の持分を有している旨が記されていたことから,Hに対し,Hが丙建物の収去及びその敷地の明渡しを求めることができる立場にあるか疑問である,と述べた。

〔設問3〕 【事実】1から18までを前提として,次の問いに答えなさい。
 Hは,Kに対し,丙建物の収去及びその敷地の明渡しを請求することができるか。【事実】14から16までの下線を付した①から⑥までの事実がそれぞれ法律上の意義を有するかどうかを検討した上で,理由を付して解答しなさい。

 

練習答案

 以下民法については条数のみを示す。

〔設問1〕
 Cは、Aに対して、賃料の不払を理由としてAとの賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしている。そこで、Aとしては、賃料の不払がないことを主張する。
 賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求することができる(611条1項)。甲建物は賃借物である。甲建物が免震構造を備えていなかったのは滅失であると言える。法令上の耐震基準は満たしているものの、免震構造を備えているから周辺の物件と比べ賃料が25パーセント高く設定されていたからである。建築当初から免震構造を備えていなかったのであるが、途中で滅失した場合と別異に取り扱うべき理由はない。そしてこれは賃借人Aの過失によるものではない。先に述べた事情から、滅失した部分の割合に応じた減額(甲建物が免震構造を備えていないことによる減額)は、賃料の125分の25で5万円である。よって賃借人Aは5万円の賃料減額を請求することができる。また、期限の利益を放棄して賃料債務を先払いすることにも問題はない。

〔設問2〕
(1) FのDに対する請求の根拠は、Aが取得したDに対する1億円の損害賠償請求権を、相続により4分の1取得したということであり、2500万円認められる。
 まず、Fが、Aが取得したDに対する1億円の損害賠償請求権を相続により取得することができるかを検討する。相続は死亡により開始し(882条)、被相続人の一身に専属するもの以外の一切の権利義務を相続人が承継する(896条)。古い判例では、故人が生前に損害賠償請求権を行使する意思を示していた場合のみ相続されると判断されていたが、その意思が示されていたかどうかの判断が微妙であることに加え、即死の場合との不均衡から、現在では故人が生前にその意思表示をしていなくても相続されると判例でされている。よってその点は問題ない。
 本件において、相続人となるのは、BとAの兄であるFのみであったので、Fの法定相続分は4分の1である。(900条3号)。
 最後に、その4分の1がいくらの金額になるかが問題となり得る。損害賠償の額は1億円であるが、総額8000万円の和解がDとB及び本件胎児との間で成立しているからである。もっとも、Fはこの和解に参加しておらず、それに拘束されるのは不当なので、1億円の4分の1で2500万円となる。

(2) Dの請求の根拠は、不当利得であり、4000万円認められる。
 703条の不当利得に関して、BはDから和解金を受け取っているので、Bの受益とDの損失は明らかであるため、そこに法律上の原因があるかないかを検討する。胎児は、損害賠償の請求権については、既に生まれたものとみなす(721条)が、流産したときはその限りではないとするのが判例である。そうなるとDから本件胎児に支払われてBが受け取った損害賠償の和解金4000万円については法律上の原因がないことになる。利益が現存していないという事情も見当たらないので、Dの不当利得返還請求権は4000万円認められる。

(3) Bは、Dに対して、事情変更による損害賠償の和解金の増額を請求することができる。
 本件とは異なる事案で、損害賠償の和解成立後に新たな症状が出てきた場合に、その新しい症状分の損害賠償を認めた判例がある。これと同様に考えると、和解時に存在しなかった事情が新たに発生した場合に、その事情の分の損害賠償を新たに請求することができる余地がある。本件胎児の流産はそのような新たな事情であり、これによりBと本件胎児が2分の1ずつという状態から、Bが4分の3でFが4分の1という状態に、法定相続分が変わってしまう。Bは、2分の1の相続分で4000万円という和解を成立させていたのだから、新事情により4分の3となった現在では差額の2000万円をDに対して請求することができる。

〔設問3〕
 Hは、Kに対し、丙建物の収去及びその敷地の明渡しを請求することができない。
 ある土地に関して、その土地上の建物の収去及びその敷地の明渡しを請求することは保存行為である。土地上に建物が存在するとその土地を自由に利用できないからである。そして保存行為は各共有者がすることができる(252条)。
 丙建物は丁土地上に存在する。①、②より、Hは、丁土地の所有権を持分3分の1で確定的に取得する。③によりHは残り3分の2の持分も取得するが、④の事情があるのでそれを第三者には対抗できない(177条)。もっとも、先に述べたように、保存行為は各共有者ができるので、この点は問題にならない。
 他方で、ある建物を収去してその敷地を明渡す義務を負うのは、登記上の建物の所有者である。そうしないと義務者の確定が困難である。
 ⑤、⑥その他の事情より、Kは丙建物の登記上の所有者ではないが、丙建物の所有権を有していると考えられる。しかし先に述べたように建物を収去してその敷地を明渡す義務を負うのは登記上の所有者である。登記が実態に即していないとしても、登記を放置した責任がある。以上より、本件では、丙建物を収去してその敷地を明け渡す義務を負うのはCであり、Kに対してその請求をすることはできない。

以上

 

修正答案

 以下民法については条数のみを示す。

〔設問1〕
 Cは、Aに対して、賃料の不払という債務不履行(541条)を理由としてAとの賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしている。そこで、Aとしては、賃料の不払がないことを主張する。
 賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求することができる(611条1項)ことの類推適用を検討する。甲建物は賃借物である。甲建物が免震構造を備えていなかったのは滅失と同視できる。本条では典型的には2棟のうち1棟が物理的に消失したといった場面が想定されているが、その趣旨は賃貸借契約において使用収益できなかった部分については減額すべしという危険負担(536条)の考え方であり、物理的な滅失でなくても使用収益に支障をきたしている場合には類推適用してよい。本件での使用収益は、免震構造を備えているから周辺の物件と比べ賃料が25パーセント高く設定されていたという事情も踏まえて、免震構造を備えている建物を使用することである。建築当初から免震構造を備えていなかったのであるが、途中で滅失した場合と別異に取り扱うべき理由はない。また、上記の趣旨からして、請求時からではなく滅失時(本件においては使用収益開始時)からの減額が認められるべきである。そしてこの滅失は賃借人Aの過失によるものではない。先に述べた事情から、滅失した部分の割合に応じた減額(甲建物が免震構造を備えていないことによる減額)は、賃料の125分の25で5万円である。よって賃借人Aは5万円の賃料減額を請求することができる。また、期限の利益を放棄して賃料債務を先払いすることにも問題はないので、平成20年10月分賃料として支払われた25万円を同年10月分の賃料20万円と同年11月分の賃料5万円というように読み替えるのが当事者の意思にかなっていると考えられ、そのように順次読み替えると賃料不払いがなくなる。

〔設問2〕
(1) FのDに対する請求の根拠は、Aが取得したDに対する1億円の損害賠償請求権を、相続により4分の1取得したということであり、2500万円認められる。
 相続は死亡により開始し(882条)、被相続人の一身に専属するもの以外の一切の権利義務を相続人が承継する(896条)。胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす(886条1項)が、前項の規定は、胎児が死体で生まれたときは、適用しない(886条2項)ので、本件胎児は相続人とならない。その結果、相続人となるのは、BとAの兄であるFのみであったので、Fの法定相続分は4分の1である。(900条3号)。金銭債権は当然に分割承継される。
 最後に、その4分の1がいくらの金額になるかが問題となり得る。損害賠償の額は1億円であるが、総額8000万円の和解がDとB及び本件胎児との間で成立しているからである。もっとも、Fはこの和解に参加しておらず、それに拘束されるのは不当なので、1億円の4分の1で2500万円となる。

(2) Dの請求の根拠は、不当利得であり、4000万円認められる。
 703条の不当利得に関して、BはDから和解金を受け取っているので、Bの受益とDの損失は明らかであるため、そこに法律上の原因があるかないかを検討する。(1)で述べたように、本件胎児は相続人とならない。そうなるとDから本件胎児に支払われてBが受け取った損害賠償の和解金4000万円については法律上の原因がないことになる。本件和解は本件胎児が相続分を2分の1の有することを前提として締結されており、黙示的に胎児が流産して相続人とならないことを解除条件としていると解されるからである。その解除条件が成就したので、その部分(本件胎児に係る4000万円)部分の法律上の原因がなくなる。利益が現存していないという事情も見当たらないので、Dの不当利得返還請求権は4000万円認められる。

(3) Bは、Dに対して、本件和解契約に基づき2000万円を請求することができる。
 (2)と同様に考えて、本件和解はBが相続分を2分の1有することを前提としてDがBに対し4000万円支払うという内容になっているのだから、本件胎児死亡によりBの相続分4分の3になった場合はDがBに対し6000万円支払うという黙示の合意があったと解釈するのが当事者の意思に適う。つまり、本件和解の本質部分は本件損害賠償請求権の全体が8000万円であるという点にあり、それをもとにして機械的に相続分に応じて割り振るというところにあるのである。

〔設問3〕
 Hは、Kに対し、丙建物の収去及びその敷地の明渡しを請求することができる。
 ある土地に関して、その土地上の建物の収去及びその敷地の明渡しを請求することは保存行為である。土地上に建物が存在するとその土地を自由に利用できないからである。そして保存行為は各共有者がすることができる(252条)。
 丙建物は丁土地上に存在する。①、②より、Hは、丁土地の所有権を持分3分の1で確定的に取得する。③によりHは残り3分の2の持分も取得するが、④の事情があるのでそれを第三者には対抗できない(177条)。もっとも、Kは不法占拠者であるため登記の欠缺を主張するに値する第三者には当たらないことに加え、先に述べたように保存行為は各共有者ができるので、この点は問題にならない。
 他方で、ある建物を収去してその敷地を明渡す義務を負うのは、一義的には現に建物を所有することを通じて土地を占有している者であり、二義的には登記上の建物の所有者である。不法占拠による侵害を除去するために、この両方に請求することを認めるのが合理的である。
 ⑤、⑥その他の事情より、Kは丙建物の登記上の所有者ではないが、丙建物の所有権を有していると考えられる。よって、現に丙建物を所有することを通じて丁土地を占有しているKに対して、Hは、丙建物の収去及びその敷地の明渡しを請求することができる。

以上

 

 

 



平成26年司法試験論文公法系第2問答案練習

問題

〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕,〔設問2〕,〔設問3〕の配点割合は,5:2.5:2.5〕)
 株式会社Aは,B県知事により採石法所定の登録を受けている採石業者である。Aは,B県の区域にある岩石採取場(以下「本件採取場」という。)で岩石を採取する計画を定め,採石法に基づき,B県知事に対し,採取計画の認可の申請(以下「本件申請」という。)をした。Aの採取計画には,跡地防災措置(岩石採取の跡地で岩石採取に起因する災害が発生することを防止するために必要な措置をいう。以下同じ。)として,掘削面の緑化等の措置を行うことが定められていた。
 B県知事は,B県採石法事務取扱要綱(以下「本件要綱」という。)において,跡地防災措置が確実に行われるように,跡地防災措置に係る保証(以下「跡地防災保証」という。)について定めている。本件要綱によれば,採石法による採取計画の認可(以下「採石認可」という。)を申請する者は,跡地防災措置を,申請者自身が行わない場合に,C組合が行う旨の保証書を,認可申請書に添付しなければならないものとされる。C組合は,B県で営業している大部分の採石業者を組合員とする,法人格を有する事業協同組合であり,AもC組合の組合員である。Aは,本件要綱に従って,C組合との間で保証契約(以下「本件保証契約」という。)を締結し,その旨を記載した保証書を添付して,本件申請をしていた。B県知事は,本件申請に対し,岩石採取の期間を5年として採石認可(以下「本件認可」という。)をした。Aは,本件認可を受け,直ちに本件採取場での岩石採取を開始した。
 しかし,Aは,小規模な事業者の多いB県下の採石業者の中では突出して資本金の額や事業規模が大きく,経営状況の良好な会社であり,採取計画に定められた跡地防災措置を実現できるように資金を確保しているので,保証を受ける必要はないのではないか,また,保証を受けるとしても,他の採石業者から保証を受ければ十分であり,保証料が割高なC組合に保証料を支払い続ける必要はないのではないか,との疑問をもっていた。加えて,Aは,C組合の運営に関してC組合の役員と事あるたびに対立していた。こうしたことから,Aは,本件認可を受けるために仕方なく本件保証契約を締結したものの,当初から契約を継続する意思はなく,本件認可を受けた1か月後には,本件保証契約を解除した。
 これに対し,B県の担当職員は,Aは採石業者の中では大規模な事業者の部類に入るとはいえ,大企業とまではいえないから,地元の事業者団体であるC組合の保証を受けることが必要であるとして,Aに対し,C組合による保証を受けるよう指導した。しかし,Aは,そもそもC組合による保証をAに対する採石認可の要件とすることは違法であり,Aは本件申請の際にC組合による保証を受ける必要はなかったと主張している。
 他方,本件採取場から下方に約10メートル離れた土地に,居住はしていないが森林を所有し,林業を営んでいるDは,Aによる跡地防災措置が確実に行われないおそれがあり,もし跡地防災措置が行われなければ,Dの所有する森林が土砂災害により被害を受けるおそれがあると考えた。そして,Dは,B県知事がAに対し岩石の採取をやめさせる処分を行うようにさせる何らかの行政訴訟を提起することを検討していると,B県の担当職員に伝えた。
 B県の担当職員Eは,AがC組合から跡地防災保証を受けるように,引き続き指導していく方針であり,現時点で直ちにAに対して岩石の採取をやめさせるために何らかの処分を行う必要はないと考えている。しかし,Dが行政訴訟を提起する構えを見せていることから,B県知事はDが求めるようにAに対して処分を行うことができるのか,Dは行政訴訟を適法に提起できるのか,また,Aが主張するように,そもそもC組合による保証をAに対する採石認可の要件とすることは違法なのか,検討しておく必要があると考えて,弁護士Fに助言を求めた。
 以下に示された【資料1会議録】を読んだ上で,職員Eから依頼を受けた弁護士Fの立場に立って,次の設問に答えなさい。
 なお,採石法及び採石法施行規則の抜粋を【資料2関係法令】に,本件要綱の抜粋を【資料3B県採石法事務取扱要綱(抜粋)】に,それぞれ掲げてあるので,適宜参照しなさい。

〔設問1〕
 Aは,採石認可申請の際にC組合による保証を受ける必要はなかったと主張している。仮にAが採石認可申請の際にC組合から保証を受けていなかった場合,B県知事がAに対し採石認可拒否処分をすることは適法か。採石法及び採石法施行規則の関係する規定の趣旨及び内容を検討し,本件要綱の関係する規定が法的にどのような性質及び効果をもつかを明らかにしながら答えなさい。

〔設問2〕
 B県知事は,Aに対し,岩石の採取をやめさせるために何らかの処分を行うことができるか。候補となる処分を複数挙げ,採石法の関係する規定を検討しながら答えなさい。解答に当たっては,〔設問1〕におけるB県知事の採石認可拒否処分は適法であるという考え方を前提にしなさい。

〔設問3〕
 Dが〔設問2〕で挙げられた処分をさせることを求める行政訴訟を提起した場合,当該訴えは適法か。行政事件訴訟法第3条第2項以下に列挙されている抗告訴訟として考えられる訴えの例を具体的に一つ挙げ,その訴えが訴訟要件を満たすか否かについて検討しなさい。なお,仮の救済は解答の対象から除く。

【資料1会議録】
職員E:Aは,C組合による保証をAに対する採石認可の要件とすることは違法であると主張しています。これまでは,採石認可申請が保証書の添付なしに行われた場合も,指導すれば,採石業者はすぐにC組合から保証書をとってきましたので,Aの言うような問題は詰めて考えたことがないのです。しかし,これからAに指導を行う上では,Aの主張に対して答える必要が出てきそうですので,検討していただけないでしょうか。
弁護士F:Aの主張については,Dによる行政訴訟に関して検討する前提としても明らかにしておく必要がありますので,よく調べてお答えすることにいたします。まずは採石法と採石法施行規則の関係規定から調べますが,B県では要綱も定めているのですね。
職員E:はい。採石業は,骨材,建築・装飾用材料,工業用原料等として用いられる岩石を採取する事業ですが,岩石資源は単価が安く,また,輸送面での制約があるため,地場産業として全国各地に点在しており,小規模事業者の比率が高い点に特徴があります。ところが,跡地防災措置は多額の費用を必要とし,確実に行われないおそれがあります。そのような背景から,本件要綱は,採石認可の申請者はC組合の跡地防災保証を受けなければならないとし,保証書を採石認可申請の際の添付書類として規定しています。本件要綱のこうした規定によれば,C組合の保証を受けない者による採石認可申請を拒否できることは,当然のようにも思われるのですが。
弁護士F:御指摘の要綱の定めは,法律に基づく政省令等により,保証を許認可の要件として規定する場合とは,法的な意味が異なります。御指摘の本件要綱の規定が,採石法や採石法施行規則との関係でどのような法的性質をもち,どのような法的効果をもつか,私の方で検討しましょう。
職員E:お願いします。
弁護士F:ところで,他の都道府県でも,本件要綱と同じように,特定の採石事業協同組合による保証を求めているのですか。
職員E:その点は,都道府県によってまちまちです。保証人は申請者以外の複数の採石業者でもよいとしている県もありますし,跡地防災措置のための資金計画の提出を求めるのみで,保証を求めていない県もあります。しかし,B県では,跡地防災措置が適切になされない例が多く,跡地防災措置を確実に履行させるためには,地元のC組合による保証が必要と考えています。
弁護士F:なるほど。今までのお話を踏まえて,Aからの反論も想定した上で,仮にAがC組合による保証を受けずに採石認可申請をした場合,B県知事が申請を拒否することが適法といえるかどうか,まとめておきます。
職員E:今後の私たちの採石認可業務にも参考になりますので,よろしくお願いします。
弁護士F:承知しました。ところで,Dが行政訴訟を起こそうとしていることも伺いました。B県としては,保証が必要と考えておられるのでしたら,Aに対して何らかの処分をすることは考えておられないのですか。
職員E:Aに対して保証を受けるように指導はしているのですが,今のところ,Aの財務状況は良好で,岩石の採取をやめさせる処分を直ちに行う必要はないと考えています。それに,こんな事例は初めてで,どのような処分が可能なのか,やはり詰めて考えたことがないのです。
弁護士F:そうですか。それでは,Dが求めているように,Aに対し岩石の採取をやめさせる処分が可能なのか,検討しておく必要がありますね。Dは,Aの主張とは逆に,仮にC組合による跡地防災保証がなければ,Aからの採石認可申請は拒否すべきであったと主張するでしょうから,こうした主張を前提にして考えてみます。検討の前提として伺いますが,認可されたAの採取計画には,跡地防災保証についても記載されているのですか。
職員E:採取計画には,法令上,跡地防災措置について記載する必要があると考えられ,Aの採取計画にも,採取跡地について掘削面の緑化等の措置を行うことが記載されていますが,跡地防災保証については,法令上,採取計画に定める事項とはされておらず,Aの採取計画にも記載されていません。跡地防災保証については,申請書に添付された保証書によって審査しています。しかし,採取計画と保証書とは一体であると考えていまして,保証によって跡地防災措置が確実に履行されることを前提として,採取計画を認可しています。
弁護士F:分かりました。今のお話を踏まえ,採石法の関係する規定に照らして,Aに対し岩石の採取をやめさせるために行うことのできる処分について,様々な可能性を検討してみます。
職員E:お願いします。ただ,素朴に考えると,認可の審査の際に前提としていた保証がなくなってしまったわけですから,認可の取消しは,採石法の個々の規定にかかわらず当然できるように思うのですが,いかがでしょうか。
弁護士F:なるほど。まずは採石法の個々の規定を綿密に読む必要がありますが,御指摘の点も検討しておく価値がありますね。
職員E:お願いします。ところで,Aに対して何らかの処分を行うことが可能だとしても,処分を行うか否かはB県知事が判断することだと思うのですが,Dが裁判で求めるようなことができるのですか。
弁護士F:Dがどのような訴えを起こすのか,現時点では確かではありませんが,法定抗告訴訟を提起する可能性が高いと思いますので,法定抗告訴訟として考えられる訴えの例を具体的に一つ想定し,Dの訴えが訴訟要件を満たすか否かについて,もちろん法令の関係する規定を踏まえて,検討しておきます。Dは,行政訴訟に併せて仮の救済も申し立ててくると思いますが,仮の救済の問題は,今回は検討せず,次の段階で検討することにします。

【資料2関係法令】

○採石法(昭和25年12月20日法律第291号)(抜粋)

(目的)
第1条 この法律は,採石権の制度を創設し,岩石の採取の事業についてその事業を行なう者の登録,岩石の採取計画の認可その他の規制等を行ない,岩石の採取に伴う災害を防止し,岩石の採取の事業の健全な発達を図ることによつて公共の福祉の増進に寄与することを目的とする。
(採取計画の認可)
第33条 採石業者は,岩石の採取を行なおうとするときは,当該岩石の採取を行なう場所(以下「岩石採取場」という。)ごとに採取計画を定め,当該岩石採取場の所在地を管轄する都道府県知事の認可を受けなければならない。
(採取計画に定めるべき事項)
第33条の2 前条の採取計画には,次に掲げる事項を定めなければならない。
 一 岩石採取場の区域
 二 採取をする岩石の種類及び数量並びにその採取の期間
 三 岩石の採取の方法及び岩石の採取のための設備その他の施設に関する事項
 四 岩石の採取に伴う災害の防止のための方法及び施設に関する事項
 五 前各号に掲げるもののほか,経済産業省令で定める事項
(認可の申請)
第33条の3 第33条の認可を受けようとする採石業者は,次に掲げる事項を記載した申請書を都道府県知事に提出しなければならない。
 一 氏名又は名称及び住所並びに法人にあつては,その代表者の氏名
 二 登録の年月日及び登録番号
 三 採取計画2前項の申請書には,岩石採取場及びその周辺の状況を示す図面その他の経済産業省令で定める書類を添附しなければならない。
(認可の基準)
第33条の4 都道府県知事は,第33条の認可の申請があつた場合において,当該申請に係る採取計画に基づいて行なう岩石の採取が他人に危害を及ぼし,公共の用に供する施設を損傷し,又は農業,林業若しくはその他の産業の利益を損じ,公共の福祉に反すると認めるときは,同条の認可をしてはならない。
(認可の条件)
第33条の7 第33条の認可(中略)には,条件を附することができる。
2 前項の条件は,認可に係る事項の確実な実施を図るため必要な最小限度のものに限り,かつ,認可を受ける者に不当な義務を課することとなるものであつてはならない。
(遵守義務)
第33条の8 第33条の認可を受けた採石業者は,当該認可に係る採取計画(中略)に従つて岩石の採取を行なわなければならない。
(認可の取消し等)
第33条の12 都道府県知事は,第33条の認可を受けた採石業者が次の各号の一に該当するときは,その認可を取り消し,又は六箇月以内の期間を定めてその認可に係る岩石採取場における岩石の採取の停止を命ずることができる。
 一 第33条の7第1項の条件に違反したとき。
 二 第33条の8の規定に違反したとき。
 三 (中略)次条第1項の規定による命令に違反したとき。
 四 不正の手段により第33条の認可を受けたとき。
(緊急措置命令等)
第33条の13 都道府県知事は,岩石の採取に伴う災害の防止のため緊急の必要があると認めるときは,採取計画についてその認可を受けた採石業者に対し,岩石の採取に伴う災害の防止のための必要な措置をとるべきこと又は岩石の採取を停止すべきことを命ずることができる。
2 都道府県知事は,(中略)第33条若しくは第33条の8の規定に違反して岩石の採取を行なつた者に対し,採取跡の崩壊防止施設の設置その他岩石の採取に伴う災害の防止のための必要な措置をとるべきことを命ずることができる。
第43条 次の各号の一に該当する者は,1年以下の懲役若しくは10万円以下の罰金に処し,又はこれを併科する。
 一 (略)
 二 (前略)第33条の12,第33条の13第1項若しくは第2項又は(中略)の規定による命令に違反した者
 三 第33条又は第33条の8の規定に違反して岩石の採取を行なつた者
 四 (略)

○採石法施行規則(昭和26年1月31日通商産業省令第6号)(抜粋)

(採取計画に定めるべき事項)
第8条の14 法(注:採石法)第33条の2第5号の経済産業省令で定める事項は,次に掲げるとおりとする。
 一 岩石の賦存の状況
 二 採取をする岩石の用途
 三 廃土又は廃石のたい積の方法
(認可の申請)
第8条の15 (略)
2 法第33条の3第2項の経済産業省令で定める書類は,次に掲げるとおりとする。
 一 岩石採取場の位置を示す縮尺五万分の一の地図
 二 岩石採取場及びその周辺の状況を示す図面
 三 掘採に係る土地の実測平面図
 四 掘採に係る土地の実測縦断面図及び実測横断面図に当該土地の計画地盤面を記載したもの
 五 (略)
 六 岩石採取場を管理する事務所の名称及び所在地,当該事務所の業務管理者の氏名並びに当該業務管理者が当該岩石採取場において認可採取計画に従つて岩石の採取及び災害の防止が行われるよう監督するための計画を記載した書面
 七 岩石採取場で岩石の採取を行うことについて申請者が権原を有すること又は権原を取得する見込みが十分であることを示す書面
 八 岩石の採取に係る行為に関し,他の行政庁の許可,認可その他の処分を受けることを必要とするときは,その処分を受けていることを示す書面又は受ける見込みに関する書面
 九 岩石採取場からの岩石の搬出の方法及び当該岩石採取場から国道又は都道府県道にいたるまでの岩石の搬出の経路を記載した書面
 十 採取跡における災害の防止のために必要な資金計画を記載した書面
 十一 その他参考となる事項を記載した図面又は書面

【資料3B県採石法事務取扱要綱(抜粋)】

第7条 法(注:採石法)第33条の認可を受けようとする採石業者は,法第33条の2第4号により採取計画に定められた跡地防災措置(岩石採取の跡地で岩石採取に起因する災害が発生することを防止するために必要な措置をいう。以下同じ。)につき,C組合を保証人として立てなければならない。
2 前項の保証人は,その保証に係る採石業者が破産等により跡地防災措置を行わない場合に,その採石業者に代わって跡地防災措置を行うものとする。
第8条 採取計画の認可を受けようとする採石業者は,法第33条の3第1項の申請書に,法施行規則第8条の15第2項第11号の図面又は書面として,次に掲げる書類を添付しなければならない。
 一 第7条の保証人を立てていることを証する書面
 二~五(略)

 

練習答案

 以下行政事件訴訟法についてはその条数のみを示す。

〔設問1〕

第1 本件要綱の性質及び効果
 本件要綱は形式上、法律でも政省令でもない。法律や政省令に基づき許認可等を判断する際に参照する審査基準(行政手続法5条)だと考えられる。国民の権利を制限しあるいは義務を課すには法律に基づかなければならないので、審査基準によってそうすることはできない。あくまでも法律の内容を明確にする効果を有するにとどまる。

第2 採石法(以下「法」という)及び採石法施行規則(以下「規則」という)の関係する規定の趣旨及び内容
 法の目的は、岩石の採取計画の認可等を行い、岩石の採取に伴う災害を防止し、岩石の採取の事業の健全な発達を図ることによって公共の福祉の増進に寄与することである(法1条)。それを受けて、岩石の採取に伴う災害の防止のための方法及び施設の関する事項を定めた採取計画を定め、それを提出し、都道府県知事の認可を受けなければならないと規定されている(法33条、33条の2第4号、33条の3第1項3号)。その際に添付しなければならない書類は、規則で定められている(法33条の3第2項)。その規則には、採取跡における災害の防止のために必要な資金計画を記載した書面が挙げられている(規則8条の15第2項10号)。これは、事業者の財政状況も考慮して防災を確実にするという趣旨である。

第3 採石認可拒否処分(以下「本件処分」という)の適法性
 ここまでのところからして、本件要綱は、事業者の財政状況も考慮して防災を確実にするという法の趣旨を明確にするという範囲内で有効である。本件を取り巻く状況からすれば、Aは採石業者の中では大規模な事業者の部類に入るとはいえ、大企業とまではいえず、また他の採石業者から保証を受けたとしてもその採石業者も倒産したりすれば防災措置を確実にすることができないので、C組合の保証がなければ認可しないという本件処分は適法である。

〔設問2〕

第1 緊急措置命令等
 都道府県知事は、第33条若しくは第33条の8の規定に違反して岩石の採取を行った者に対し、採取跡の崩壊防止施設の設置その他岩石の採取に伴う災害の防止のための必要な措置をとるべきことを命ずることができる(法33条の13第2項)。〔設問1〕での検討からして、C組合の保証は、採取計画の一部を成す。Aはその保証契約を解除した。よって採取計画の遵守義務(法33条の8)の規定に違反している。以上より、B県知事は、岩石の採取に伴う災害の防止のための必要な措置として、Aに対し、岩石の採取をやめるように命じることができる。

第2 認可の取り消し等
 都道府県知事は、第33条の認可を受けた採石業者が次の各号の一に該当するときは、その認可を取り消し、又は六箇月以内の期間を定めてその認可に係る岩石採取場における岩石の採取の停止を命ずることができる(法33条の12柱書)。第1で述べたように、Aは法33条の8の規定に違反したといえるので、同条2号に該当する。また、すぐにCとの保証契約を解除するつもりで、申請時に表面的に保証書面を用意したことは、不正の手段により第33条の認可を受けたとき(法同条4号)にも該当する。よってB県知事は、認可の取り消し又は岩石の採取の停止を命ずることで、Aに対し岩石の採取をやめさせることができる。

第3 罰則
 第1及び第2のように命じたとしてもAが従わない場合は、法43条第2号及び3号に該当することになるので、1年以下の懲役若しくは10万円以下の罰金に処し、又はこれは併科することで、Aに対し岩石の採取をやめさせることができる。

〔設問3〕

第1 訴えの例
 本問において考えられる訴えの例は、いわゆる非申請型義務付けの訴え(3条6項1号)である。

第2 訴訟要件
(1) 義務付けの訴えの要件
 第三条第六項第一号に掲げる場合において、義務付けの訴えは、一定の処分がされないことにより重大な損害が生ずるおそれがあり、かつ、その損害を避けるために他に適当な方法がないときに限り、提起することができる(37条の2第1項)。この判断をするに当たっては、損害の回復の困難の程度を考慮し、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとする(37条の2第2項)。本問での処分がされないことにより、Dの所有する森林が土砂災害により被害を受けるおそれがある。Dはそこに居住してはいないが、林業を営んでいるので、仕事で立ち入ることは十分に考えられ、その時に土砂災害が発生すればDの生命・身体が危険にさらされる。森林という財産がき損されることは言うまでもない。生命・身体の回復は不可能あるいは困難である。他方で本問で検討している処分は採石をやめさせることである。以上より、重大な損害が生ずるおそれがあると言える。また、本件では民事訴訟よりも義務付けの訴えのほうがC組合の保証のことを適切に扱えるので、他に適当な方法がないときでもある。以上より、義務付けの訴えの要件を満たす。
(2) 原告適格
 第一項の義務付けの訴えは、行政庁が一定の処分をすべき旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができ、その判断については9条2項の規定が準用される(37条2第3項、4項)。9条の法律上の利益とは、一般的な公益に解消されない個々人の個別具体的な利益のことである。そして処分の相手方以外の者については9条2項に沿って判断される。
 Dは処分の相手方以外の者である。法の目的には防災があり、そのために岩石採取場関係の図面の提出が要求されている(規則8条の15各号)。これからすると、本件採取場から下方に約10メートル離れた土地に森林を所有しているDの個別具体的な利益が法及び規則によって保護されていると解される。以上よりDには原告適格が認められる。
(3) 結論
 (1),(2)より、訴訟要件を満たす。

以上

 

修正答案

 以下行政事件訴訟法についてはその条数のみを示す。

〔設問1〕

第1 本件要綱の性質及び効果
 本件要綱は形式上、法律でも政省令でもないし、法律の委任を受けたものでもない。よって国民の権利を制限しあるいは義務を課す法規命令ではなく、行政規則である。その行政規則のうちで、裁量の範囲内に含まれれば外部的な効果をもつ審査基準(行政手続法5条)であり、含まれなければ外部的な効果をもたない行政指導指針(行政手続法36条)である。
 そこで本件要綱が裁量の範囲内に含まれるかどうかを検討する。採石法(以下「法」という)33条の4には、「都道府県知事は…公共の福祉に反すると認めるときは,同条の認可をしてはならない」とある。「公共の福祉に反すると認めるとき」という抽象的な基準が法で定められており、また、「岩石の採取に伴う災害を防止し,岩石の採取の事業の健全な発達を図る」(法1条)という目的を達成するためには、地域の事情を考慮する必要があるため、都道府県知事に一定の裁量が与えられると解釈できる。その裁量を一定程度明確にしたものが本件要綱であり、審査基準であると言える。

第2 採石法及び採石法施行規則(以下「規則」という)の関係する規定の趣旨及び内容
 法の目的は、岩石の採取計画の認可等を行い、岩石の採取に伴う災害を防止し、岩石の採取の事業の健全な発達を図ることによって公共の福祉の増進に寄与することである(法1条)。それを受けて、岩石の採取に伴う災害の防止のための方法及び施設の関する事項を定めた採取計画を定め、それを提出し、都道府県知事の認可を受けなければならないと規定されている(法33条、33条の2第4号、33条の3第1項3号)。その際に添付しなければならない書類は、規則で定められている(法33条の3第2項)。その規則には、採取跡における災害の防止のために必要な資金計画を記載した書面が挙げられている(規則8条の15第2項10号)。これは、事業者の財政状況も考慮して防災を確実にするという趣旨である。

第3 採石認可拒否処分(以下「本件処分」という)の適法性
 ここまで述べたところからして、本件要綱は、事業者の財政状況も考慮して防災を確実にするという法の趣旨から導かられる都道府県知事の裁量の範囲内で有効である。本件要綱はあくまでもその裁量の基準を示したものであり、国民の権利義務を直接定めたものではないため、必ずしも機械的に運用しなければならないものでもない。以上を踏まえて、本件処分が裁量権の逸脱・濫用に当たらないかを検討する。
 本件を取り巻く状況からすれば、Aは採石業者の中では大規模な事業者の部類に入るとはいえ、大企業とまではいえず、また他の採石業者から保証を受けたとしてもその採石業者も倒産したりすれば防災措置を確実にすることができないので、C組合の保証がなければ認可しないという本件処分はB県知事の裁量の範囲内であり、適法である。

〔設問2〕

第1 緊急措置命令等
 都道府県知事は、第33条若しくは第33条の8の規定に違反して岩石の採取を行った者に対し、採取跡の崩壊防止施設の設置その他岩石の採取に伴う災害の防止のための必要な措置をとるべきことを命ずることができる(法33条の13第2項)。〔設問1〕での検討からして、C組合の保証は、採取計画の一部を成す。Aはその保証契約を解除した。よって採取計画の遵守義務(法33条の8)の規定に違反している。以上より、B県知事は、岩石の採取に伴う災害の防止のための必要な措置として、Aに対し、岩石の採取をやめるように命じることができる。なお、具体的な危険が現れていない本件では「緊急の必要」があるとは認められないので、法33条の13第1項に基づくことはできない。

第2 認可の取り消し等
 都道府県知事は、第33条の認可を受けた採石業者が次の各号の一に該当するときは、その認可を取り消し、又は六箇月以内の期間を定めてその認可に係る岩石採取場における岩石の採取の停止を命ずることができる(法33条の12柱書)。C組合との保証契約を継続することを法33条の7の条件だと解釈することができるので、その条件に違反したという同条1号に該当する。また、第1で述べたように、Aは法33条の8の規定に違反したといえるので、同条2号に該当する。さらに、すぐにCとの保証契約を解除するつもりで、申請時に表面的に保証書面を用意したことは、不正の手段により第33条の認可を受けたとき(法同条4号)にも該当する。よってB県知事は、認可の取り消し又は岩石の採取の停止を命ずることで、Aに対し岩石の採取をやめさせることができる。

第3 法に明文の定めのない撤回
 本件認可は当初適法であったから、職権取消しの余地はない。そこで、その後の本件保証契約の解除を原因とする本件認可の撤回の可否を検討する。一般に、法に明文の根拠がなくても、処分行政庁は撤回をすることができると解されている。しかしながら、名宛人の信頼保護なども考慮しなければならず、受益的行為を撤回する場合は、名宛人の同意か不正行為がなければならない。本件認可は受益的処分である。〔設問1〕におけるB県知事の採石認可拒否処分は適法であるという考え方を前提とすると、C組合との保証契約を解除したことは名宛人Aの不正行為である。よって、行政庁たるB県知事は、法に明文の定めがなくても、本件認可を撤回し、それによりAに対し岩石の採取をやめさせることができる。

〔設問3〕

第1 訴えの例
 本問において考えられる訴えの例は、いわゆる非申請型義務付けの訴え(3条6項1号)である。

第2 訴訟要件
(1) 義務付けの訴えの要件
 第三条第六項第一号に掲げる場合において、義務付けの訴えは、一定の処分がされないことにより重大な損害が生ずるおそれがあり、かつ、その損害を避けるために他に適当な方法がないときに限り、提起することができる(37条の2第1項)。この判断をするに当たっては、損害の回復の困難の程度を考慮し、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとする(37条の2第2項)。本問での処分がされないことにより、Dの所有する森林が土砂災害により被害を受けるおそれがある。Dはそこに居住してはいないが、林業を営んでいるので、仕事で立ち入ることは十分に考えられ、その時に土砂災害が発生すればDの生命・身体が危険にさらされる。森林という財産がき損されることは言うまでもない。生命・身体の回復は不可能あるいは困難である。他方で本問で検討している処分は採石をやめさせることであり、せいぜいが一定程度の財産的損害である。以上より、重大な損害が生ずるおそれがあると言える。また、本件では民事訴訟よりも義務付けの訴えのほうがC組合の保証のことを適切に扱えるので、他に適当な方法がないときでもある。以上より、義務付けの訴えの要件を満たす。
(2) 原告適格
 第一項の義務付けの訴えは、行政庁が一定の処分をすべき旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができ、その判断については9条2項の規定が準用される(37条2第3項、4項)。「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであるが、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益をもつぱら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益も右にいう法律上保護された利益に当たる。そして処分の相手方以外の者については9条2項に沿って判断される。
 Dは処分の相手方以外の者である。法の目的には防災があり、そのために岩石採取場関係の図面の提出が要求されている(規則8条の15各号)。これからすると、本件採取場から下方に約10メートル離れた土地に森林を所有していて、そこに立ち入る可能性のあるDの生命や身体という個別具体的な利益が法及び規則によって保護されていると解される。また、法33条の4の認可の基準に林業の利益も明記されており、Dが営む林業及びその基盤となる森林の所有権も保護されていると解される。以上よりDには原告適格が認められる。
(3) 結論
 (1),(2)より、訴訟要件を満たす。

以上

 

 

 




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