平成23年司法試験論文民事系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,4:3:3〕)
 次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。なお,解答に当たっては,利息及び遅延損害金を考慮に入れないものとする。

 

【事実】
1.AとBは,共に不動産賃貸業を営んでいる。Bは,地下1階,地上4階,各階の床面積が80平方メートルの事務所・店舗用の中古建物一棟(以下「甲建物」という。)及びその敷地200平方メートル(以下「乙土地」という。)を所有していた。甲建物の内装は剥がれ,エレベーターは老朽化して使用することができず,賃借人もいない状況であったが,Bは,資金面で余裕があったにもかかわらず,貸ビルの需要が低迷し,今後当分は賃借人が現れる見込みがないと考え,甲建物を改修せず,放置していた。Bは,平成21年7月上旬,現状のまま売却する場合の甲建物及び乙土地の市場価値を査定してもらったところ,甲建物は1億円,乙土地は4億円であるとの査定額が出た。

2.平成21年8月上旬,Bは,Aから,「甲建物の地下1階及び地上1階を店舗用に,地上2階から4階までを事務所用に,それぞれ内装を更新し,エレベーターも最新のものに入れ替えた建物に改修する工事を自らの費用で行うので,甲建物を賃貸してほしい。」との申出を受けた。この申出があった当時,甲建物を改修して賃貸に出せる状態にした前提で,これを一棟全体として賃貸する場合における賃料の相場は,少なくとも月額400万円であり,A及びBは,そのことを知っていた。

3.そこで,AとBは,平成21年10月30日,甲建物の使用収益のために必要なエレベーター設置及び内装工事費用等は全てAが負担すること,設置されたエレベーター及び更新された内装の所有権はBに帰属すること,甲建物の賃料は平成22年2月1日から月額200万円で発生し,その支払は毎月分を当月末日払いとすること,賃貸期間は同日から3年とすることを内容として,甲建物の賃貸借契約を締結した。その際,賃貸借契約終了による甲建物の返還時にAはBに対して上記工事に関連して名目のいかんを問わず金銭的請求をしないこと,Aが賃料の支払を3か月間怠った場合,Bは催告なしに賃貸借契約を解除することができること,Aは甲建物の全部又は一部を転貸することができること,契約終了の6か月前までに一方当事者から異議の申出がされない限り,同一条件で契約期間を自動更新することという特約が,AB間で交わされた。また,AB間での賃貸借契約の締結に際し,敷金として2500万円がAからBに支払われた。

4.平成21年11月10日,Aは,Bから甲建物の引渡しを受け,Bの承諾の下,Cとの間で,甲建物の地下1階から地上4階までの内装工事をCに5000万円で請け負わせる契約を締結し,また,Dとの間で,エレベーター設備の更新工事をDに2000万円で請け負わせる契約を締結した。いずれの契約においても,工事完成引渡日は平成22年1月31日限り,工事代金は着工時に上記金額の半額,完成引渡後の1週間以内に残金全部を支払うこととされた。そして,Aは,同日,Cに2500万円,Dに1000万円を支払った。

5.Cは,大部分の工事を,下請業者Eに請け負わせた。CE間の下請負契約における工事代金は4000万円であり,Cは,Eに前金として2000万円を支払った。

6.C及びDは,平成22年1月31日,全内装工事及びエレベーター設備の更新工事を完成し,同日,Aは,エレベーターを含む甲建物全体の引渡しを受けた。

7.Aは,Dに対しては,平成22年2月7日に請負工事残代金1000万円を支払ったが,Cに対しては,内装工事が自分の描いていたイメージと違うことを理由として,残代金の支払を拒否している。また,Cは,Eから下請負工事残代金の請求を受けているが,これを支払っていない。

8.Aは,Bとの賃貸借契約締結直後から,平成22年2月1日より甲建物を一棟全体として,月額賃料400万円で転貸しようと考え,借り手を探していたが,なかなか見付からなかった。そのため,Aは,Bに対し賃料の支払を同月分からしていない。

9.Bは,Aに対し再三にわたり賃料支払の督促をしたが,Aがこれを支払わないまま,3か月以上経過した。しかし,Bは,Aに対し賃貸借契約の解除通知をしなかった。その後,Bは,Aの未払賃料総額が6か月分の1200万円となった平成22年8月1日に,甲建物及び乙土地を,5億6000万円でFに売却した。代金の内訳は,甲建物が1億6000万円で,乙土地が4億円であった。甲建物の代金は,内装やエレベーターの状態など建物全体の価値を査定して得られた甲建物の市場価値が2億円であったことを踏まえ,FがBから承継する敷金返還債務の額が1300万円であることその他の事情を考慮に入れ,査定額から若干値引きすることにより決定したものである。Fは,同日,Bに代金全額を支払い,甲建物及び乙土地の引渡しを受けた。そして,同年8月2日付けで,上記売買を原因とするBからFへの甲建物及び乙土地の所有権移転登記がされた。なお,上記売買契約に際して,B及びFは,FがBの敷金返還債務を承継する旨の合意をした。

10.Fは,Bから甲建物及び乙土地を譲り受けるに際し,Aを呼び出してAから事情を聞いたところ,遅くとも平成22年中には転貸借契約を締結することができそうだと説明を受けた。そのため,Fは,早晩,Aが転借人を見付けることができ,Aの賃料の支払も可能になるだろうと考えた。また,Fは,甲建物及び乙土地の購入のために金融機関から資金を借り入れており,その利息負担の軽減のため,その借入元本債務を期限前に弁済しようと考えた。そこで,Fは,同年9月1日,FがAに対して有する平成23年1月分から同年12月分までの合計2400万円の賃料債権を,その額面から若干割り引いて,代金2000万円でGに譲渡する旨の契約をGとの間で締結し(以下「本件債権売買契約」という。),同日,代金全額がGからFに対して支払われた。そして,同日,FとGは,連名で,Aに対して,上記債権譲渡につき,配達証明付内容証明郵便によって通知を行い,翌日,同通知は,Aに到達した。

11.ところが,平成22年9月末頃,Aが売掛金債権を有している取引先が突然倒産し,売掛金の回収が見込めなくなり,Aは,この売掛金債権を自らの運転資金の当てにしていたため,資金繰りに窮する状態に陥るとともに無資力となった。そのため,Aは,Fとの間で協議の場を設け,今となっては事実上の倒産状態にあること及び甲建物の内装工事をしたCに対する請負残代金2500万円が未払であることを含め,自らの置かれた現在の状況を説明するとともに,甲建物の転借を希望する者が現れないこと,今後も賃料を支払うことのできる見込みが全くないことを告げ,Fに対し,この際,Fとの間の甲建物の賃貸借契約を終了させたいと申し入れた。Fは,Aに対する賃料債権をGに譲渡していることが気になったが,いずれにせよ,Aから賃料が支払われる可能性は乏しく,Gによる賃料債権回収の可能性はないと考え,Aの申入れを受けて,同年10月3日,A及びFは,甲建物の賃貸借契約を同月31日付けで解除する旨の合意をした。この合意に当たり,AF間では何らの金銭支払がなく,また,A及びFは,Fに対する敷金返還請求権をAが放棄することを相互に確認した。そして,同月31日,Aは,Fに甲建物を引き渡した。

12.Fは,Aとの間で甲建物の賃貸借契約を解除する旨の合意をした平成22年10月3日以降,直ちに,Aに代わる借り手の募集を開始した。Hは,満70歳であり,衣料品販売業を営んでいる。Hは,事業拡張に伴う営業所新設のための建物を探していたが,甲建物をその有力な候補とし,Fに対し,甲建物の内覧を申し出た。Hは,同月12日,Fを通じてAの同意をも得た上で,甲建物の内部を見て歩き,エレベーターに乗ったところ,このエレベーターが下降中に突然大きく揺れたため,Hは,転倒して右足を骨折し,3か月の入院加療が必要となった。このエレベーターの不具合は,設置工事を行ったDが,設置工程において必要とされていた数か所のボルトを十分に締めていなかったことに起因するものであった。

13.Hは,この事故に遭う1年ほど前から,時々,歩いていてバランスを崩したり,つまずいたりするなどの身体機能の低下があり,平成22年4月に総合病院で検査を受けていた。その検査の結果は,Hの身体機能の低下は加齢によるものであって,無理をしなければ日常生活を送る上での支障はないが,定期的に病院で検査を受けるよう勧める,というものであった。

14.Hは,この勧めに従って,上記総合病院で,平成22年5月から毎月1回の検査を受けていたが,特段の疾患はないと診断されていた。一方,この間,Hの妻が病気で入院したため,Hは,毎日のように病院と自宅とを往復し,時として徹夜で妻に付き添っていた。そのため,Hは,同年7月下旬頃から,かなりの疲労の蓄積を感じていた。Hが同年10月12日に甲建物のエレベーターの揺れによって転倒し,右足を骨折するほどの重傷を負ったのは,Hのここ1年ほどの身体機能の低下と妻の看病による疲労の蓄積も原因となっていた。

15.なお,甲建物の市場価値は,平成22年1月31日の工事完成による引渡し以降,現在に至るまで,大きな変化なく2億円ほどで推移している。乙土地の市場価値も,この間,大きな変化なく4億円ほどで推移している。

 

〔設問1〕 【事実】1から11まで及び【事実】15を前提として,以下の(1)及び(2)に答えなさい。なお,解答に当たっては,敷金返還債務はGに承継されていないものとして,また,【事実】7に示したAのCに対する支払拒絶には合理的理由がないものとして考えなさい。民法第248条に基づく請求については,検討する必要がない。
 (1) Cは,不当利得返還請求の方法によって,Bから,AC間の請負契約に基づく請負残代金に相当する額を回収することを考えた。Cが請求する場合の論拠及び請求額について,Bからの予想される反論も踏まえて検討しなさい。
 (2) Cは,不当利得返還請求以外の方法によって,Fから,AC間の請負契約に基づく請負残代金に相当する額を回収することを考えた。Cが請求する場合の論拠及び請求額について,Fからの予想される反論も踏まえて検討しなさい。

 

〔設問2〕 Gは,平成23年4月1日,Aに対して,同年1月分から同年3月分までの未払賃料総額計600万円の支払を求めた。しかし,Aは,そもそも当該期間に対応する賃料債務が発生していないことを理由に,これを拒絶した。そこで,Gは,Fの債務不履行を理由として,本件債権売買契約を解除し,Fに対し代金相当額の返還を求めることにした。
 【事実】1から11までを前提として,Gの上記解除の主張を支える法的根拠を1つ選び,それについて検討しなさい。その際,Fのどのような債務についての不履行を理由とすることができるか,また,解除の各要件は充足されているかを検討しなさい。
 なお,検討に当たって,本件債権売買契約は有効であること及びAF間の賃貸借契約の合意解除は有効であることを前提とするとともに,敷金については考慮に入れないものとする。また,GからFに対する損害賠償請求については,検討する必要がない。

 

〔設問3〕 【事実】1から14までを前提として,以下の(1)及び(2)に答えなさい。
 (1) Hは,【事実】12に示したエレベーター内での転倒により被った損害の賠償を請求しようと考えた。Hが損害賠償を請求する相手方として検討すべき者を挙げ,そのそれぞれに対して損害賠償を請求するための論拠について,予想される反論も踏まえて論じなさい。
 (2) Hの損害賠償請求が認められる場合に,Hの身体機能の低下及び疲労の蓄積が損害の発生又は拡大を招いたことを理由として,賠償額が減額されるべきか,理由を明らかにしつつ結論を示しなさい。

 

練習答案

以下、民法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 (1)CはBに対して、703条及び704条に基づいて2500万円及びこれの平成22年2月7日以降年5分の利息(404条)の不当利得返還請求を行うことになる。
 703条及び704条から、法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、悪意であれば、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。AはCに本件内装工事を請け負わせ、Cは自ら労務を提供するとともに自らの財産でEに下請けをさせて、本件内装工事を完成させている。しかしAは正当な理由なく、Cとの請負契約の代金のうち2500万円を平成22年2月7日の期限になっても支払っていない。Bはそのことを認識していたならBは利益を受けた2500万円に平成22年2月7日以降の利息を付してCに返還しなければならない。利息について当事者であるBC間で定められた形跡はないので、法定利率の年5分が適用される(404条)。
 BはAがCとの請負代金のうち2500万円を支払っていなかったことを知らなかったと反論するだろう。それが認められても703条から、Bは利益の存する限度において不当利得を返還しなければならない。甲建物の市場価値は、本件内装工事をする前には1億円だったのが、その後には建物全体の価値が増加して2億円になっている。BがFに売却したのは1億6000万円であったが、それでも6000万円価値が増えて、利益が存している。よってこの場合はBが2500万円の返還義務を負う。
 (2)Cは424条の詐害行為取消権を行使してAのFに対して有する1300万円の敷金返還請求権の放棄を取り消し、423条の債権者代位権に基づきその権利を行使して1300万円を請求することになる。
 債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした法律行為の取消しを裁判所に請求することができる(424条1項)。(1)で述べた事実から、本件内装工事の請負代金について、CはAに対して2500万円の債権を有している。債務者であるAは1300万円のFに対する敷金返還請求権を放棄すると債権者であるCを害すると知りつつもその放棄をした。これは債務の免除という法律行為である。よってCはその取消しを裁判所に請求することができる。転得者であるFはCを害するという事実をAから事情を聞いて知っていたので424条1項ただし書には該当しない。
 債権者は、自己の債権を保全するため、債務者に属する権利を行使することができる(423条1項)。債権者であるCは、自己のAに対する2500万円の債権を保全するために、債務者であるAに属する先ほどの取り消したFに対する1300万円の敷金返還請求権を行使することができる。これはAの一身に専属する権利ではないので423条1項のただし書には該当しない。
 Fは、Aが1300万円の敷金返還請求権を放棄したのではなく、FがAに対して有する賃料債権と相殺したのだと反論するだろう。その賃料債権は平成22年8月〜10月の3ヶ月分で600万円になる。はっきりとした意思表示はないが、当事者の意思は相殺させるつもりだったと考えるのが合理的である。敷金とは通常そのような性質である。よってAが放棄したのは実際には700万円である。
 以上より、Cはその700万円についてFに請求することができる。

 

[設問2]
 Gの解除の主張を支える法的根拠は570条の売主の瑕疵担保責任である。そこでは、売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは、566条の規定が準用され、買主がこの瑕疵を知らずかつそのために契約をした目的を達することができないときは、買主は、契約の解除をすることができると規定されている。Fは瑕疵のない物を売るという債務を負っており、それが履行されていないという主張である。本件の事情が瑕疵に当たるかが問題となる。2400万円の賃料債権を、その額面から割り引いて2000万円でGに譲渡されているのだから、Aによる不払いのリスクはその割り引きに含まれていると考えるのが合理的である。よって本件では隠れた瑕疵という要件を充足しない。

 

[設問3]
 (1)Hは709条の不法行為であるとしてDに対して損害賠償を請求する。また717条に基づいて甲建物の占有者であるAと所有者であるFに対して損害賠償を請求する。
 (2)賠償額が減額されるべきである。722条2項で過失相殺が定められているからである。被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができると規定されているが、当事者間の公平の見地から、これは任意規定ではなく義務規定であると解釈すべきである。
 Hの身体機能の低下や疲労の蓄積は被害者の過失である。

以上

 

修正答案

以下、民法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 (1)CはBに対して、703条に基づいて2500万円の不当利得返還請求を行うことになる。
 法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還しなければならない(703条)。BはCと何ら契約を結ぶことなく(法律上の原因なく)、Cが自ら労務を提供するとともに自らの財産でEに下請けをさせて本件内装工事を完成させ、甲建物の価値が増加するという利益がBに生じている。Cは自らの労務提供と、下請けのEに対する4000万円の工事代金の債務を負っていおり、CのAとの請負契約の内容から、これは合計5000万円と評価できる。Aから請負代金として得た2500万円を差し引いても2500万円の損失を被っている。現実にはCからEに2000万円しか支払われていないが、残りの2000万円についても債務を負っていることには変わりない。Bは甲建物をFに売却することにより、本件内装工事による価値増加分の利益を実現しており、その売却代金を費消したといった事情もうかがわれない(利益が現存している)。エレベーター設備の更新工事も同時に行われているため、本件内装工事による価値増加分を厳密に算定することは難しいが、AとCとの請負契約の内容である5000万円が基準になり、2500万円は下らない。よってCはBに対して2500万円の不当利得返還請求を行うことになる。
 Bは上記の請求に対して、法律上の原因があったと反論するだろう。というのも、BはAに対して本件内装工事の代金を直接には支払っていないが、平成22年2月1日からの甲建物の賃料は少なくとも月額400万円が相場であるところを、月額200万円で3年間賃貸することを契約していたからである。実質的には、Aが担当した本件内装工事とエレベーター設備の更新工事に対して、相場との差額の200万円×36ヶ月=7200万円をAに支払っているに等しいのである。これは両工事に要した7000万円とほぼつり合っており、対価関係が認められる。
 よってBの受益には法律上の原因があり、CのBに対する2500万円の不当利得返還請求は認められない。
 (2)Cは424条の詐害行為取消権を行使してAのFに対して有する1300万円の敷金返還請求権の放棄を取り消し、423条の債権者代位権に基づきその権利を行使して1300万円を請求することになる。
 債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした法律行為の取消しを裁判所に請求することができる(424条1項)。本件内装工事の請負代金について、CはAに対して2500万円の債権を有している。債務者であるAは、Fに対する1300万円の敷金返還請求権を放棄すると債権者であるCを害すると知りつつもその放棄をした。これは債務の免除(519条)という財産権を目的とした法律行為である。よってCはその取消しを裁判所に請求することができる。転得者であるFはCを害するという事実をAから事情を聞いて知っていたので424条1項ただし書には該当しない。
 債権者は、自己の債権を保全するため、債務者に属する権利を行使することができる(423条1項)。債権者であるCは、自己のAに対する2500万円の債権を保全するために、債務者であるAに属する先ほどの取り消したFに対する1300万円の敷金返還請求権を行使することができる。これはAの一身に専属する権利ではないので423条1項のただし書には該当しない。
 Fは、Aが1300万円の敷金返還請求権を放棄したのではなく、FがAに対して有する賃料債権と相殺したのだと反論するだろう。その賃料債権は平成22年8月分から10月分の3ヶ月分で600万円になる。はっきりとした意思表示はないが、当事者の意思は相殺させるつもりだったと考えるのが合理的である。敷金とは通常そのような性質である。よってAが放棄したのは実際には700万円である。
 また、Aが1300万円の敷金返還請求権を放棄したのではなく、FがAに対して有する本来の賃貸借期間の終了時までの賃料相当額を得べかりし利益とした損害賠償請求権に対して充当したとする考え方もある。しかしFがAからの賃貸借契約解除の申し入れに素直に応じていることと、借地借家法では賃借人からの解除は広く認めらていることから、本件ではこの考え方は妥当ではない。
 以上より、Cは、Aに対する2500万円の請負代金債権を被保全債権として、700万円についてAのFに対して有する敷金返還請求権を代位行使してFに請求することができる。

 

[設問2]
 Gの解除の主張を支える法的根拠は543条の履行不能による解除権である。履行の全部又は一部が不能となったときは、債権者は、契約の解除をすることができる。
 一つには、平成23年1月分から3月分のAの甲建物についての賃料債権を実際に発生させる義務をFが負っているとする考え方がある。しかしながら、本件では2400万円の賃料債権を、その額面から割り引いて2000万円でGに譲渡されているのだから、Fがそこまでの義務を負っているとするのは適当でない。あくまでも将来債権をGに帰属させることがAの義務であるに過ぎない。
 もう一つには、将来債権をGに帰属させることを主たる義務としつつも、その将来債権を棄損せずに維持する付随義務をFに認める考え方がある。瑕疵担保責任とも通ずる考え方である。FはAからの賃貸借契約解除の申し入れに安易に応じて、Gに譲渡した将来債権の発生を妨げ、その付随義務が不能になっている。これは債務者であるFの責めに帰することができると言える。そうは言っても、Fが合意しなくても賃借人であるAは一定の期間をおけば賃貸借契約を解除できたのであり、Aが無資力であるという状況では賃貸借契約を解除することに合理性があるのだから、Fの付随義務違反は契約解除に値するほど重大ではなかった。
 以上より、FがGに譲渡した将来債権を棄損せずに維持するという付随義務に違反したという理由で、Gは543条に基づいて本件債権売買契約の解除を請求することが考えられるが、その義務違反の帰責性は重大ではないので解除の要件は満たさない。

 

[設問3]
 (1)Hは709条の不法行為であるとしてDに対して損害賠償を請求する。また717条に基づいて甲建物の占有者であるAと間接占有者兼所有者であるFに対して損害賠償を請求することになる。
 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う(709条)。設置工事を行ったDが、設置工程において必要とされていた数か所のボルトを十分に締めていなかったことはDの過失であり、それによってHの身体という他人の権利又は法律上保護される利益を侵害している。DはHと請負契約を締結したのではないのだから、Hに対して特別の義務を負うことはないと反論するだろう。確かにDはHと特別の法律関係には入っていないが、エレベーターを設置する者は一般にそれを利用する者の生命や身体を侵害してはならないという義務を負っていると言え、本件のような過失はその義務に違反している。
 土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う(717条1項)。本件エレベーターはそれ自体が土地に定着しておらず土地の工作物に該当しないように見えるが、土地の工作物たる甲建物と一体となっているので、その限りで土地の工作物であると言える。ボルトのゆるみに起因して下降中に突然大きく揺れたのだから、そのエレベーターの設置又は保存に瑕疵があった。そのことによってHに3か月の入院加療という損害を与えている。Aは損害の発生を防止するのに必要な注意をしたとして同項ただし書の適用を求めるだろう。本件瑕疵はちょっと見ただけではわからないものであったと推測されるし、工事の完成から数ヶ月しか経っていないのだから、設置のためには適切な業者に依頼して目に明らかな異常があれば停止するといった注意はしていたので、このAの反論は認められる。Fも間接占有者としては同様の反論ができるが、同項ただし書が適用される場合は所有者として無過失責任を負うので、責任を逃れることはできない。
 (2)賠償額が減額されるべきである。被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる(722条2項)からである。
 Hの疲労の蓄積は、時として徹夜で妻に付き添うなどしたためにもたらされたものであり、Hの責任の範囲内だから被害者の過失だと言える。身体機能の低下のほうは、加齢に伴い誰にでも起こり得ることなので、疾患というよりは身体の機能に近く、直ちにHの過失であるとは言えないが、手すりにつかまるなどの注意を怠るという過失があったと言えるかもしれない。そのあたりは当事者の公平という観点から裁判所が判断することになる。
 そういう意味では過失があったとしても裁判所が賠償額の減額をしないという判断をするということも条文上は可能であるが、本件では当事者の公平のためにそこまでする必要はないと考えられるので、賠償額が減額されるべきである。

以上

 

 

感想

[設問1]の(1)で大きくつまづいて集中力を切らしてしまいました。利息を考慮に入れないという指示すら見落としてしまいました。不法行為の過失相殺は債務不履行とは異なり任意規定だということも正しく記述できていませんでした。事前に論点を用意しておかないと苦しく感じる問題でした。

 




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