浅野直樹の学習日記

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平成23年司法試験論文刑事系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100)
 以下の事例に基づき,甲,乙及び丙の罪責について,具体的な事実を摘示しつつ論じなさい(特別法違反の点を除く。)。

1 甲(35歳,男)は,ある夏の日の夜,A県B市内の繁華街の飲食店にいる友人を迎えに行くため,同繁華街周辺まで車を運転し,車道の左側端に同車を駐車した後,友人との待ち合わせ場所に向かって歩道を歩いていた。
 その頃,乙(23歳,男)と丙(22歳,男)は,二人で酒を飲むため,同繁華街で適当な居酒屋を探しながら歩いていた。乙と丙は,かつて同じ暴走族に所属しており,丙は,暴走族をやめた後,会社員として働いていたが,乙は,少年時代から凶暴な性格で知られ,何度か傷害事件を起こして少年院への入退院を繰り返しており,この当時は,地元の暴力団の事務所に出入りしていた。丙は,乙の先を歩きながら居酒屋を探しており,乙は,少し遅れて丙の後方を歩いていた。
 その日は週末であったため,繁華街に出ている人も多く,歩道上を多くの人が行き交っていたところ,甲は,歩道を対向して歩いてきた乙と肩が接触した。しかし,乙は,謝りもせず,振り返ることもなく歩いていった。甲は,一旦はやり過ごしたものの,乙の態度に腹が立ったので,一言謝らせようと思い,4,5メートル先まで進んでいた乙を追い掛けた上,後ろから乙の肩に手を掛け,「おい。人にぶつかっておいて何も言わないのか。謝れ。」と強い口調で言った。乙は,振り向いて甲の顔をにらみつけながら,「お前,俺を誰だと思ってんだ。」などと言ってすごんだ。甲は,もともと短気な性格であった上,普段から体を鍛えていて腕力に自信もあり,乙の態度にひるむこともなかったので,甲と乙はにらみ合いになった。
 甲と乙は,歩道上に向かい合って立ちながら,「謝れ。」,「そっちこそ謝れ。」などと言い合いをしていたが,そのうち,甲は,興奮のあまり,乙の腹部を右手の拳で1回殴打し,さらに,腹部の痛みでしゃがみ込んだ乙の髪の毛をつかんだ上,その顔面を右膝で3回,立て続けに蹴った。これにより,乙は,前歯を2本折るとともに口の中から出血し,加療約1か月間を要する上顎左側中切歯・側切歯歯牙破折及び顔面打撲等の怪我をした。
 丙は,乙がついてこないので引き返し,通行人が集まっている場所まで戻って来たところ,複数の通行人に囲まれた中で,ちょうど,乙が甲に殴られた上で膝で蹴られる場面を見た。丙は,乙が一方的にやられており,更に乙への攻撃が続けられる様子だったので,乙を助けてやろうと思い,「何やってんだ。やめろ。」と怒鳴りながら,甲に駆け寄り,両手で甲の胸付近を強く押した。
 甲は,一旦後ずさりしたものの,すぐに「何だお前は。仲間か。」などと言いながら丙に近づき,丙の腹部や大腿部を右足で2回蹴った。さらに,体格で勝る甲は,ひるんだ丙に対し,丙が着ていたシャツの胸倉を両手でつかんで引き寄せた上,丙の頭部を右脇に抱え込み,「おら,おら,どうした。」などと言いながら,両手を組んで丙の頭部を締め上げた。
 丙は,たまらず,近くの歩道上にしゃがみ込んでいた乙に対し,「助けてくれ。」と言った。
 乙は,丙が助けを求めるのを聞いて立ち上がり,丙を助けるとともに甲にやられた仕返しをしてやろうと思い,丙の頭部を締め上げていた甲に背後から近寄り,甲の後ろからその腰背部付近を右足で2回蹴った。
 甲は,それでもひるまず,丙の頭部を締め上げ続けたので,乙は,さらに,甲の腰背部付近を数回右足で強く蹴った。
 そのため,甲は,丙の頭部を締め上げていた手をようやく離した。
 丙は,甲の手が離れるや,乙に向かっていこうとした甲の背後からその頭部を右手の拳で2回殴打した。
 甲は,乙及び丙による上記一連の暴行により,加療約2週間を要する頭部打撲及び腰背部打撲等の怪我をした。また,丙は,甲による上記一連の暴行により,加療約1週間を要する腹部打撲等の怪我をした。

2 甲は,二人組の相手に前後から挟まれ,形勢が不利になった上,周囲に多数の通行人が集まり,騒ぎが大きくなってきたので,この場から逃れようと思い,全速力で走って逃げ出した。
 乙は,「待て。逃げんのか。」などと怒鳴りながら,甲の5,6メートル後ろを走って追い掛けた。
 丙は,乙が興奮すると何をするか分からないと知っていたので,逃げ出した甲を乙が追い掛けていくのを見て心配になり,少し遅れて二人を追い掛けた。
 乙は,多数の通行人が見ている場所で甲からやられたことで面子を潰されたと思って逆上しており,甲を痛めつけてやらなければ気持ちがおさまらないと思い,走りながらズボンの後ろポケットに入れていた折り畳み式ナイフ(刃体の長さ約10センチメートル)を取り出し,ナイフの刃を立てて右手に持った。
 乙の後方を走っていた丙は,乙がナイフを右手に持っているのを見て,乙が甲に対して大怪我をさせるのではないかなどと不安になり,走りながら,「やめとけ。ナイフなんかしまえ。」と何度か叫んだ。
 甲は,約300メートル離れた車道上に止めてあった自分の車の近くまで駆け寄り,車の鍵を取り出し,左手に持った鍵を運転席側ドアの鍵穴に差し込んだ。
 乙は,甲に追い付き,その左手付近を目掛けてナイフで切りかかった。甲は左前腕部を切り付けられて左前腕部に加療約3週間を要する切創を負った。
 その頃,甲と乙を追い掛けてきた丙は,乙が甲に切りかかったのを見て,乙を制止するため,乙の後ろから両肩をつかんで強く後方に引っ張り,乙を甲から引き離した。

3 甲は,その隙に車の運転席に乗り込み,運転席ドアの鍵を掛け,エンジンをかけて車を発進させた。
 甲が車を発進させた場所は,片側3車線のアスファルト舗装された道路であり,甲の車の前方には信号機があり,その手前には赤信号のため車が数台止まっていた。
 甲は,前方に車が止まっていたので,低速で車を走行させたところ,乙は,丙を振り払い,走って同車を追い掛け,運転席側ドアの少し開けられていた窓ガラスの上端部分を左手でつかみ,窓ガラスの開いていた部分から右手に持ったナイフを車内に突っ込み,運転席に座っていた甲の頭部や顔面に向けて何度か突き出しながら,「てめえ,やくざ者なめんな。逃げられると思ってんのか。降りてこい。」などと言って甲に車から降りてこさせようとした。
 甲は,信号が変わり前方の車が無くなったことから,しつこく車についてくる乙を何とかして振り切ろうと思い,アクセルを踏んで車の速度を上げた。乙は,車の速度が上がるにつれて全速力で走り出したが,次第に走っても車に追い付かないようになったため,運転席側ドアの窓ガラスの上端部分と同ドアのドアミラーの部分を両手でつかみ,運転席側ドアの下にあるステップに両足を乗せて車に飛び乗った。その際,乙は,右手で持っていたナイフを車内の運転席シートとドアの間に落としてしまった。なお,甲の車は,四輪駆動の車高が高いタイプのものであった。
 甲は,乙がそのような状態にあり,ナイフを車内に落としたことに気付いたものの,乙から逃れるため,「乙が路面に頭などを強く打ち付けられてしまうだろうが,乙を振り落としてしまおう。」と思い,アクセルを更に踏み込んで加速するとともに,ハンドルを左右に急激に切って車を左右に蛇行させ始めた。
 乙は,それでも,開いていた運転席側ドア窓ガラスの上端部分を左手でつかみ,右手の拳で窓ガラスをたたきながら,「てめえ,降りてこい。車を止めろ。」などと言っていた。しかし,甲が最初に車を発進させた場所から約250メートル車が進行した地点(甲が車を加速させるとともに蛇行運転を開始した地点から約200メートル進行した地点)で,甲が何回目かにハンドルを急激に左に切って左方向に車を進行させた際,乙は,手で自分の体を支えることができなくなり,車から落下して路上に転倒し,頭部を路面に強打した。その際の車の速度は,時速約50キロメートルに達していた。甲は,乙を車から振り落とした後,そのまま逃走した。
 乙は,頭部を路面に強打した結果,頭蓋骨骨折及び脳挫傷等の大怪我を負い,目撃者の通報で臨場した救急車によって病院に搬送され,救命処置を受けて一命を取り留めたものの,意識は回復せず,将来意識を回復する見込みも低いと診断された。

 

練習答案

以下刑法についてはその条数のみを示す。

 

[甲の罪責]
 1.第一暴行
 本文1にあるように、甲は乙と歩道上に向かい合って立ちながら言い合いをしているうちに、乙の腹部を右手の拳で1回殴打し、乙の髪の毛をつかみながらその顔面を右膝で3回立て続けに蹴った(これを本答案では第一暴行と呼ぶ)。これにより乙は加療約1か月を要する怪我をした。このように甲は乙の身体を傷害したので傷害罪(204条)が成立する。
 2.第二暴行
 その後甲は丙の腹部や大腿部を右足で2回蹴り、さらに丙の頭部を締め上げた(これを本答案では第二暴行と呼ぶ)。これにより丙は加療約1週間を要する怪我をした。先ほどと同様に甲には傷害罪が成立する。
 この第二暴行は、丙が両手で甲の胸付近を強く押した後で発生しているので、正当防衛や緊急避難が成立しないかが問題となり得る。しかし甲は自ら丙に近づいて第二暴行に及んでおり、自己又は他人の権利を防衛するためやむを得ずにした行為でも、自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるためにやむを得ずにした行為でもない。よって正当防衛(36条)も緊急避難(37条)も成立しない。
 3.乙を車から振り落とした行為
 本文3にあるように、甲は乙が外側から飛び乗った自車を蛇行運転させ、そのことにより乙を車から振り落とした。その結果乙は頭部を路面に強打し、救命処置を受けて一命を取り留めたものの、意識は回復せず将来意識を回復する見込みも低いと診断されるほどの大怪我を負った。
 甲が乙を車から振り落とした際の車の速度は時速約50キロメートルに達しており、そのような状況で車から人を振り落とすと一般にその人が死亡する危険性が高い。それにもかかわらず、甲は「乙が路面に頭などを強く打ち付けられてしまうだろうが、乙を振り落としてしまおう。」と思って、車を加速して蛇行させた。つまり甲は乙を殺すという故意でそのための行為をした。乙は死亡していないので甲には殺人未遂罪(203条)が成立する。
 ここでも正当防衛(36条)や緊急避難(37条)について検討しなければならない。乙が甲を攻撃しようと甲の車を追いかけていたからである。乙は最初ナイフを持って追いかけてきたが、甲の車に飛び乗る際にナイフを落としてとても拾えないような状態になり、甲もそのことを認識していた。つまり甲は乙が素手で甲の身体や車を傷つけられるという危険を感じていた。これは急迫不正の侵害であり、自己の身体、財産に対する現在の危難である。そして乙を車から振り落とそうとした行為はやむを得ずにした行為である。乙を車に乗せたままだと車の窓ガラスを割って攻撃される等の危険があり、そうした危険から逃れるには乙を振り落とす以外に考えづらいからである。しかし生じた害(乙の生命の危険)が避けようとした害(甲の身体や財産の危険)の程度を超えているし、防衛の程度も超えている。よって過剰防衛(36条2項)や過剰避難(37条1項ただし書)が成立し、甲の殺人未遂罪は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
 4.結論
 以上より、甲には2つの傷害罪と1つの殺人未遂罪が成立し、殺人未遂罪には過剰防衛と過剰避難が成立する。これら3つは併合罪(45条)の関係に立つ。

 

[乙及び丙の罪責]
 1.甲への素手での暴行
 本文1にあるように、乙は甲の後ろから、計5回程度その腰背部付近を右足で蹴った。丙はその直後に甲の背後からその頭部を右手の拳で2回殴打した。甲は、乙及び丙による上記一連の暴行により、加療約2週間を要する怪我をした。その際に乙と丙との間に意思の連絡があったかどうかはわからないが、なかったとしても同時傷害の特例(207条)で乙と丙は共犯の例により、傷害罪(204条)が成立する。
 しかし、乙及び丙には正当防衛(36条1項)が成立するので、この傷害罪は不可罰である。甲が丙の頭部を締め上げたり、乙に向かって攻撃しようとしていたりしたことは、丙及び乙の身体への急迫不正の侵害である。そして先の傷害罪の構成要件に該当する乙及び丙の行為は、そのそれぞれ他人の権利を防衛するためにやむを得ずにした行為なので、正当防衛が成立する。
 2.乙が甲にナイフで切りかかった行為
 本文2にあるように、乙は車に乗って逃げようとしていた甲の左手付近を目掛けてナイフで切りかかり、それによって甲は加療約3週間を要する切創を負った。よって乙には傷害罪が成立する。丙は乙がナイフで甲に切りかかることを全力で阻止しようとしており、仮に先の甲への素手での暴行の際に乙と丙が共犯関係になっていたとしても、その共犯関係から離脱しているので、丙に傷害罪は成立しない。
 乙には正当防衛も緊急避難も成立しない。進んで逃げようとしている甲に対してわざわざ追いかけて攻撃するに及んでいるからである。
 3.乙が甲に車から降りてこさせようとした行為
 本文3にあるように、乙は窓ガラスからナイフを車内に突っ込み、甲の頭部や顔面に向けて何度か突き出しながら、「てめえ、やくざ者なめんな。逃げられると思ってんのか。降りてこい。」などと言って甲に車から降りてこさせようとした。甲が車に乗って移動するのは自由であり、車から降りる義務はない。よって乙は暴行を用いて甲に義務のないことを行わせようとしている。実際に甲は車から降りなかったので強要未遂(223条3項)が乙には成立する。
 4.結論
 丙は素手で甲を暴行した行為につき傷害罪が成立するが正当防衛により罰せられない。乙は丙と同様に素手で甲を暴行した行為については傷害罪が成立するが正当防衛により罰せられないものの、ナイフで甲に切りかかった行為については傷害罪が成立し、甲に車から降りてこさせようとした行為については強要未遂罪が成立する。この両者は併合罪の関係に立つ。

以上

 

修正答案

以下刑法についてはその条数のみを示す。

 

[甲の罪責]
 1.第一暴行
 本文1にあるように、甲は乙と歩道上に向かい合って立ちながら言い合いをしているうちに、乙の腹部を右手の拳で1回殴打し、乙の髪の毛をつかみながらその顔面を右膝で3回立て続けに蹴った(これを本答案では第一暴行と呼ぶ)。これにより乙は加療約1か月を要する怪我をした。甲に乙の身体を傷害しようという故意まで存在したかどうかはわからないが、少なくとも乙を暴行しようという故意はあり、そして甲は乙の身体を傷害した。よって傷害罪(204条)が成立する。208条の暴行罪の「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったとき」という規定から、「暴行を加えた者が人を傷害するに至ったとき」は暴行罪ではなく傷害罪に該当する。
 2.第二暴行
 その後甲は丙の腹部や大腿部を右足で2回蹴り、さらに丙の頭部を締め上げた(これを本答案では第二暴行と呼ぶ)。これにより丙は加療約1週間を要する怪我をした。先ほどと同様に甲には傷害罪が成立する。
 3.乙を車から振り落とした行為
 本文3にあるように、甲は乙が外側から飛び乗った自車を蛇行運転させ、そのことにより乙を車から振り落とした。その結果乙は頭部を路面に強打し、救命処置を受けて一命を取り留めたものの、意識は回復せず将来意識を回復する見込みも低いと診断されるほどの大怪我を負った。
 甲が乙を車から振り落とした際の車の速度は時速約50キロメートルに達しており、そのような状況で甲が乗っていたような車高の高い車から人を振り落とすと一般にその人が死亡する危険性が高い。それにもかかわらず、甲は「乙が路面に頭などを強く打ち付けられてしまうだろうが、乙を振り落としてしまおう。」と思って、車を加速して蛇行させた。つまり甲は乙を殺すという故意でそのための行為をした。乙は死亡していないので甲の行為は殺人未遂罪(203条)の構成要件を満たす。
 ここで正当防衛(36条)について検討しなければならない。乙が甲を攻撃しようと甲の車を追いかけていたからである。乙は最初ナイフを持って追いかけてきたが、甲の車に飛び乗る際にナイフを落としてとても拾えないような状態になり、甲もそのことを認識していた。つまり甲は乙が素手で甲の身体や車を傷つけられるという危険を感じていた。これは急迫不正の侵害である。そして乙を車から振り落とそうとした行為は、自己の身体及び財産を防衛するためにやむを得ずにした行為である。乙を車に乗せたままだと車の窓ガラスを割って攻撃される等の危険があり、そうした危険から逃れるには乙を振り落とす以外に考えづらいからである。時速50キロメートルに達するまで加速したという点が相当かどうがという点については、例えば時速30キロメートルで乙を振り落とすことが可能だったとしても、自らの身体及び財産に対する急迫不正の侵害に直面しているときにそこまでの調整を甲に求めるのは酷であり、相当性の範囲内であると言える。また、乙が甲を攻撃しようとしたのは先に甲が乙を攻撃したからであり、自ら招いた侵害については正当防衛が成立しない場合もあるが、ちょっとした口論から甲が乙に暴行して傷害を負わせたことに対し、乙が甲をナイフまで持って追い回して車に乗ってもまだ追跡をやめないというのはもはや甲が自ら招いた侵害とは言えず、正当防衛が成立する。よって36条1項により、この行為は不可罰である。
 4.結論
 以上より、甲には2つの傷害罪が成立し、これらは併合罪(45条)の関係に立つ。殺人未遂については正当防衛により不可罰となる。

 

[乙及び丙の罪責]
 1.甲への素手での暴行
 本文1にあるように、乙は甲の後ろから、計5回程度その腰背部付近を右足で蹴った。丙はその直後に甲の背後からその頭部を右手の拳で2回殴打した。甲は、乙及び丙による上記一連の暴行により、加療約2週間を要する怪我をした。これらの行為は傷害罪(204条)の構成要件を満たす。
 乙は丙の「助けてくれ。」という言葉に応じて甲を暴行したのであり、丙はそうして乙に助けてもらって甲が乙を攻撃しようとしているところを暴行した。さらに、もともと乙と丙は旧知の仲でこの日も共に行動しており、どちらも甲から暴行を受けたというこの行為以前の事情もある。よってこれら乙及び丙による甲への素手での暴行は現場で共謀して共同で行われたものであると評価でき、乙と丙は共犯になる。
 しかし、乙及び丙には正当防衛(36条1項)が成立するので、この傷害罪は不可罰である。甲が丙の頭部を締め上げたり、乙に向かって攻撃しようとしていたりしたことは、丙及び乙の身体への急迫不正の侵害である。そして先の傷害罪の構成要件に該当する乙及び丙の行為は、そのそれぞれ丙及び乙の身体という他人の権利を防衛するためにやむを得ずにした行為である。乙も丙もすでに甲から傷害を負わされており説得などができるような状況ではとてもなかったし、警察などに助けを呼ぶ時間的余裕もなかった。乙及び丙の甲への暴行は素手で行われており、丙及び乙への侵害をやめさせるのに相当な程度であった。以上より正当防衛により、この傷害罪については乙も丙も不可罰である。
 2.乙が甲にナイフで切りかかった行為
 本文2にあるように、乙は車に乗って逃げようとしていた甲の左手付近を目掛けてナイフで切りかかり、それによって甲は加療約3週間を要する切創を負った。よって乙には傷害罪が成立する。進んで逃げようとしている甲に対してわざわざ追いかけてナイフで攻撃するに及んでいるのだから、正当防衛は成立しない(先の素手での暴行の応酬とは別個の行為である)。
 このように乙が甲にナイフで切りかかった行為は、先の甲・乙・丙間での暴行の応酬とは別個の行為であり、乙と丙の現場共謀による共犯の射程外である。そして新たに共謀がなされたわけでもない。丙は乙がナイフで甲に切りかかることを全力で阻止しようとしていることからもそのことがわかる。よって丙に傷害罪は成立しない。
 3.結論
 丙は素手で甲を暴行した行為につき傷害罪の構成要件を満たすが正当防衛により罰せられない。乙は丙と同様に素手で甲を暴行した行為については同様に正当防衛により罰せられないものの、ナイフで甲に切りかかった行為については傷害罪が成立する。

以上

 

 

感想

少しずつ練習でもましな答案が作れるようになってきているように感じます。しかし正当防衛と緊急避難をごっちゃにしていたのはいただけません。また、共犯の成立を並列的に記述するのではなく、きちんと結論を出すべきでした。

 

 



平成23年司法試験論文民事系第3問答案練習

問題

〔第3問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,3:4:3〕)
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。
【事例1】
 Aは,医師であり,個人医院を開設しているが,将来の値上がりを期待して,近隣の土地を購入してきた。しかし,同じ市内に開設された総合病院に対抗するために,平成19年5月に借入れをして高価な医療機器を購入したにもかかわらず,Aの医院の患者数は伸び悩み,Aは,平成21年夏頃から資金繰りに窮している。
 Bは,Aの友人であり,Aが土地を購入するに際して,購入資金を貸与するなどの付き合いがある。Bは,かねてAから,甲土地は実はAの所有地である,と聞かされてきた。
 Cは,Aの弟D(故人)の子であり,Dの唯一の相続人である。甲土地の所有権登記名義は,平成14年3月26日に売買を原因としてEからDに移転している。
 Bは,弁護士Pに依頼し,Dの単独相続人であるCを被告として,Aの甲土地の所有権に基づき,甲土地についてDからAへの所有権移転登記手続を請求して,平成22年12月8日に訴えを提起した(以下,この訴訟を「訴訟1」という。)。

 平成23年1月25日に開かれた第1回口頭弁論期日において,Pは,次のような主張をした。
  ① Bは,平成17年6月12日に,Aに対して,平成22年6月12日に元本1200万円に利息200万円を付して返済を受ける約束で,1200万円を貸し渡した。
  ② 平成22年6月12日は経過した。
  ③ Aは,甲土地を現に所有している。
  ④ 甲土地の所有権登記名義はDにある。
  ⑤ Aは,無資力である。
  ⑥ CはDの子であるところ,Dは,平成18年5月28日に死亡した。
 これに対して,Cは,同期日において,「②③④⑥は認めるが,①⑤は知らない。」旨の陳述をした。
 裁判官が,Pに対して,①の消費貸借契約について契約書があるかどうか質問したところ,Pは,「作成されていない。」と返答した。裁判官は,Pに対して,次回の口頭弁論期日に①と⑤の事実を立証するよう促した。

 第1回口頭弁論期日が終了した後,Cは,弁護士Qに訴訟1について相談し,Qを訴訟代理人に選任した。

 平成23年3月8日に開かれた第2回口頭弁論期日において,Qは,次のような陳述をした。
  ⑦ 甲土地は,Eがもと所有していた。
  ⑧ 平成14年2月26日,Aは,Eとの間で,甲土地を2200万円で購入する旨の契約を締結した。
  ⑨ Aは,⑧の契約を締結するに際して,Dのためにすることを示した。
  ⑩ 同年2月18日,Dは,Aに対して,甲土地の購入について代理権を授与した。
 裁判官がQに対して,新たな陳述をした理由をただしたところ,Qは,次のように述べた。
 Dが死亡した後,Cは,事あるごとに,Aから,「甲土地は,Dのものではなく,Aのものだ。」と聞かされてきたので,それを鵜呑みにしてきました。しかし,私が改めてEから事情を聴取したところ,新たな事実が判明したので,甲土地の所有権がEからDへ,DからCへと移転したと主張する次第です。
 Pは,①と⑤の事実を証明するための文書を提出したが,⑦⑧⑨⑩に対する認否は,次回の口頭弁論期日まで留保した。

 以下は,第2回口頭弁論期日の数日後のPと司法修習生Rとの会話である。

P:第2回口頭弁論期日でのQの陳述について検討してみましょう。
 Qが,甲土地の所有権がEからDへ,DからCへと移転したと主張したので,Aに問い合わせてみました。すると,Aからは,Dから代理権の授与を受けたことはないし,Aが甲土地の購入資金を出した,という説明を受けました。Aによると,EはDの知人で,AはDの紹介でEから甲土地を購入したが,後になって思うと,DとEは共謀してAをだまして,甲土地の所有権登記名義をDに移したようだ,とのことでした。しかし,Aは,弟や甥を相手に事を荒立てるのはどうかと思い,Cに対して所有者がAであることを告げるにとどめ,登記は今までそのままにしていたそうです。
 以上のAの説明を前提にすると,次回の口頭弁論期日では,⑨と⑩を争うことが考えられます。
 しかし,そもそもQの⑨と⑩の陳述は,Cが第1回口頭弁論期日で③を認めたことと矛盾しています。そこが気になっているのです。

R:第1回口頭弁論期日で「甲土地は,Aが現に所有している。」という点に権利自白が成立しているにもかかわらず,第2回口頭弁論期日でのQの陳述は,甲土地をAが現に所有していることを否定する趣旨ですから,権利自白の撤回に当たるということでしょうか。

P:そのとおりです。もしそのような権利自白の撤回が許されないとすると,⑨と⑩についての認否が要らないことになります。ですから,私としては,被告側の権利自白の撤回は許されない,と次回の口頭弁論期日で主張してみようかと思っています。そこで,あなたにお願いなのですが,このような私の主張を理論的に基礎付けることができるかどうか,検討していただきたいのです。

R:はい。しかし,考えたことのない問題ですので,うまくできるかどうか・・・。

P:確かに難しそうな問題ですね。事実の自白の撤回制限効の根拠にまで遡った検討が必要かもしれません。「理論的基礎付けは難しい。」という結論になってもやむを得ませんが,ギリギリのところまで「被告側の権利自白の撤回は許されない。」という方向で検討してみてください。では,頑張ってください。

 

〔設問1〕 あなたが司法修習生Rであるとして,弁護士Pから与えられた課題に答えなさい。

 

【事例1(続き)】
 F銀行は,Aの言わばメインバンクであり,Aに対して医療機器の購入資金や医院の運転資金などを貸し付けてきた。現在,Fは,Aに対して2500万円の貸付金残高を有している。訴訟1が第一審に係属していることを知ったFがその進行状況を調査したところ,BがBA間の消費貸借契約締結の事実(①の事実)やAの無資力の事実(⑤の事実)の立証に難渋している,との情報が得られた。そこで,Fは,Aに甲土地の所有権登記名義を得させるために,自らも訴訟1に関与することはできないかと,弁護士Sに相談した。Sは,Bの原告適格が否定される可能性があることを考慮すると,補助参加ではなく当事者として参加することを検討しなければならないと考えたが,どのような参加の方法が適当であるかについては,結論に至らなかった。

 

〔設問2〕 Fが訴訟1に参加する方法として,独立当事者参加と共同訴訟参加のそれぞれについて,認められるかどうかを検討しなさい。ただし,民事訴訟法第47条第1項前段の詐害防止参加を検討する必要はない。

 

【事例2】
 Kは,乙土地上の丙建物に居住している。Kの配偶者は既に死亡しているが,KにはLとMの2人の嫡出子があり,共に成人している。このうち,Lは,Kと同居しているが,遠く離れた地方に居住するMは,進路についてKと対立したため,KやLとほとんど没交渉となっている。
 乙土地の所有権登記名義はKの旧友であるNにあり,丙建物の所有権登記名義はKにある。
 Nは,Kを被告として,平成22年9月2日,乙土地の所有権に基づき,丙建物を収去して,乙土地をNに明け渡すことを請求して,訴えを提起した(以下,この訴訟を「訴訟2」という。)。なお,訴訟2において,NにもKにも訴訟代理人はいない。

 平成22年10月12日に開かれた第1回口頭弁論期日において,次の事項については,NとKとの間で争いがなかった。
  ・ 乙土地をNがもと所有していたこと。
  ・ Kが,丙建物を所有して,乙土地を占有していること。
  ・ 平成10年5月頃,Nが,Kに対して,期間を定めないで,乙土地を,資材置場として,無償で貸し渡したこと。
  ・ 平成22年9月8日,Nが,Kに対して,乙土地の使用貸借契約を解除する旨の意思表示をしたこと。
 同期日において,Kは,平成17年12月頃,NとKとの間で乙土地の贈与契約が締結されたと主張し,Nは,これを否認した。さらに,Kは,KとNとの間で乙土地をKが所有することの確認を求める中間確認の訴えを提起した。

 平成22年10月16日,Kは交通事故により死亡し,LとMがKを共同相続し,それぞれについて相続放棄をすることができる期間が経過した。平成23年3月7日,NがLとMを相手方として受継の申立てをし,同年4月11日,受継の決定がされた。

 平成23年5月10日に開かれた第2回口頭弁論期日において,Lは争う意思を明確にしたが,Mは「本訴請求を認諾し,中間確認請求を放棄する。」旨の陳述をした。

 以下は,第2回口頭弁論期日終了後の裁判官Tと司法修習生Uとの会話である。

T:今日の期日で,Mは本訴請求の認諾と中間確認請求の放棄をしましたね。

U:はい。しかし,Lは認諾も放棄もせず,Nと争うつもりのようですね。

T:Lがそのような態度をとっている場合に,Mのした認諾と放棄がどのように扱われるべきかは,一考を要する問題です。この問題をあなたに考えてもらうことにしましょう。
 なお,LとMが本訴被告の地位と中間確認の訴えの原告の地位を相続により承継したことによって,本訴請求と中間確認請求がどうなるかについては議論のあるところですが,当然承継の効果として当事者の訴訟行為を経ずに,本訴請求の趣旨は「L及びMは,丙建物を収去して,乙土地をNに明け渡せ。」に,中間確認請求の趣旨は「L及びMとNとの間で,乙土地をL及びMが共有することを確認する。」に,それぞれ変更される,という見解を前提としてください。
 このような本訴請求の認諾と中間確認請求の放棄の陳述をMだけがした場合に,この陳述がどのように扱われるべきか,考えてみてください。その際には,判例がある場合にはそれを踏まえる必要がありますが,それに無批判に従うことはせずに,本件での結果の妥当性などを考えて,あなたの意見をまとめてください。

 

〔設問3〕 あなたが司法修習生Uであるとして,裁判官Tから与えられた課題に答えなさい。

 

練習答案

以下民事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 現行の民事訴訟法は当事者主義を基調にしている。そして自白については、裁判所において当事者が自白した事実及び顕著な事実は、証明することを要しない(179条)と明文で定められている。このように事実の自白には証明不要効があるが、それが事実ではなく法律関係の自白である権利自白にも妥当するのかということと、どのような場合に自白を撤回できるのかという問題がある。
 事実の自白と権利自白とを理論的に区別できるとしても、「私に過失があった」という言述のように、区別が難しい場合がある。また、請求の放棄や認諾をすることはできるのであるから、権利自白に効力を認めない理由も見出しがたい。以上より、権利自白にも事実の自白と同じ効力が認められるべきである。
 事実の自白といっても、一度それをしてしまえば絶対に撤回できないとすると裁判が硬直しすぎてしまう。当事者主義の観点からして相手方が撤回を認めればそれを許容してもよいだろう。また、事実の自白が錯誤に基づいてなされ、それが真実に反した自白であった場合にも自白の撤回は許されるべきである。
 事実の自白の撤回制限効は、自白したことについての相手方の信頼と裁判所の円滑な訴訟進行を保護することを根拠としている。相手方の信頼や裁判所の円滑な訴訟進行を害さない場合や、それらを害するとしても公正の観点から撤回を許すべき場合には、撤回が許されるのである。
 権利自白も事実の自白と同じように扱うのが相当なので、原則的には撤回が許されない。しかし権利自白は事実の自白と比べて錯誤に基づく反真実の自白になりやすい。本件でも錯誤に基づく反真実の自白であれば撤回が許されるが、そうでなければ撤回がゆるされるべきではない。

 

[設問2]
 ①独立当事者参加は認められる
 訴訟の目的の全部若しくは一部が自己の権利であることを主張する第三者は、その訴訟の当事者の双方または一方を相手方として、当事者としてその訴訟に参加することができる(47条1項後段)。FはAに対して2500万円の貸付金残高を有しているので、債権者代位権(民法423条)により、Aに属する権利を行使することができるので、甲土地についてDからAへの所有権移転登記を請求することができる。これは訴訟の目的の全部若しくは一部が自己の権利であることの主張である。よってFはCを相手方として独立当事者参加をすることができる。
 ②共同訴訟参加は認められる
 訴訟の目的が当事者の一方及び第三者について合一にのみ確定すべき場合には、その第三者は、共同訴訟人としてその訴訟に参加することができる(52条1項)。訴訟の目的は、甲土地についてのDからAへの所有権移転登記手続請求である。BもFも自らのAに対する債権をもとにした債権者代位によりこの請求をしているので、これは合一にのみ確定すべき場合である。よってFは共同訴訟参加をすることができる。

 

[設問3]
 Mのした認諾と放棄の陳述は効力を生じない
 問題文にあるように、当然承継の効果として問題文にかかれているような趣旨の変更がなされるのであれば、共有物が訴訟の目的になるので、必要的共同訴訟になる(40条1項)。訴訟の目的が共同訴訟人の全員について合一にのみ確定すべき場合であり、その一人の訴訟行為は、全員の利益においてのみその効力を生ずる(40条1項)。Mのした認諾や放棄はLとMの利益にならないので、効力を生じない。
 Mとしては自らの望まない訴訟に関与させられ続けることになるが、実際に訴訟遂行はLに任せればよいのであって不利益はさほどなく、それよりも合一確定を優先させるべきである。
 Mとしては、それでも本件に関わるのが嫌なのであれば、丙建物と(それが認められるとして)乙土地の共有持分権をLに譲り渡すことによって本件から完全に身を引くことができる。

以上

 

修正答案

以下民事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 現行の民事訴訟法は当事者主義を基調にしている。当事者が自白したことを裁判所は審判しなくてもよく、裁判所において当事者が自白した事実(中略)は、証明することを要しない(179条)と明文で定められている。このように事実の自白には審判排除効や証明不要効があるが、それが事実の自白ではなく法律関係の自白である権利自白にも妥当するのかということと、どのような場合に自白を撤回できるのかという問題がある。
 事実の自白と権利自白とを理論的に区別できるとしても、「私に過失があった」という言述のように、区別が難しい場合がある。本件における「○○を所有している」という言述も、「所有」は法律用語であるとともに日常用語でもあるので、事実の自白という性質を兼ね備えている。さらに、所有権については原始取得から証明を積み重ねていくことが現実的には困難なので、自白の効果を認めて当事者の争いのない時点以前は考えずに済むようにする必要性も高い。また、請求の放棄や認諾をすることはできるのであるから、権利自白に効力を認めないのも不合理である。以上より、法律関係は裁判所の専権事項であるが、権利自白にも事実の自白と同じ効力が基本的に認められるべきである。
 事実の自白といっても、一度それをしてしまえば絶対に撤回できないとすると裁判が硬直しすぎてしまう。当事者主義の観点からして相手方が撤回を認めればそれを許容してもよいだろう。また、事実の自白が錯誤に基づいてなされ、それが真実に反した自白であった場合にも自白の撤回は許されるべきである。
 事実の自白の撤回制限効は、自白したことについての相手方の信頼と裁判所の円滑な訴訟進行を保護することを根拠としている。相手方の信頼や裁判所の円滑な訴訟進行を害さない場合や、それらを害するとしても公正の観点から撤回を許すべき場合には、撤回が許されるのである。
 権利自白も事実の自白と同じように扱うのが相当なので、原則的には撤回が許されない。しかし権利自白は事実の自白と比べて錯誤に基づく反真実の自白になりやすい。本件でも錯誤に基づく反真実の自白であれば撤回が許されるが、そうでなければ撤回がゆるされるべきではない。錯誤に基づく反真実の自白であっても、錯誤に陥ったことにCの重大な過失があったり、自白の撤回を認めることで訴訟の完結を著しく遅延させる場合は撤回が認められないと主張することもできる。

 

[設問2]
 それぞれの訴訟参加が認められるかどうかを検討する前に、訴訟1の性質やFの立場を考える。
 訴訟1でBはAに対し貸金債権を有しているとして、債権者代位権(民法423条)により、甲土地についてDからAへの所有権移転登記を請求している。Fも同じ根拠で同じ請求をしようと考えている。これは債権者代位権の競合に当たるが、一人が債権者代位権を行使して、債務者がそのこと知ればもはや債務者はその自らが有する債権を自由に処分することはできなくなるので、その時点より後では他の者は債権者代位権を行使できなくなる。
 ①独立当事者参加は認められる
 訴訟の目的の全部若しくは一部が自己の権利であることを主張する第三者は、その訴訟の当事者の双方または一方を相手方として、当事者としてその訴訟に参加することができる(47条1項後段)。これは三者間の法律関係を矛盾なく解決するための制度なので、原告の請求と第三者の請求とが両立しない場合にのみ認められる(両立する場合は別訴を提起すればよい)。
 本件では、Bの請求が認められる場合、債権者代位権の行使に遅れたFは自らの債権者代位権を行使することができず、逆にFの請求が認められる場合はBの被保全債権が存在しないことになるので、BとFの請求は両立しない。よってFはBとCの双方を相手方として独立当事者参加をすることができる。
 ②共同訴訟参加は認められない
 訴訟の目的が当事者の一方及び第三者について合一にのみ確定すべき場合には、その第三者は、共同訴訟人としてその訴訟に参加することができる(52条1項)。これは訴訟係属後に必要的共同訴訟(40条)を発生させるものである。固有必要的共同訴訟の場合は提訴の段階で全員が当事者となっていなければならないので、共同訴訟参加が認められるのは、類似必要的共同訴訟の場合である。類似必要的共同訴訟では訴訟に参加しなかった者にも判決の効力が及ぶので、途中からでもその訴訟に関与させる必要があるのである。
 本件では、訴訟1の既判力が債務者であるAには及ぶが、Fに直接及ぶことはない。BとFとが通常共同訴訟をしたと仮定した場合、債務者Aに及ぶ既判力に矛盾が生じる可能性があるが、先に見たように一人が債権者代位権を行使すれば他の者は行使できなくなるので、そうした不都合が生じることはない。そもそも、合一確定の必要性があっても、原告適格を有しないものは共同訴訟を提起できないし、共同訴訟参加もできない。よって共同訴訟参加は認められない。

 

[設問3]
 Mのした認諾と放棄の陳述は本訴請求においても中間確認請求においても効力を生じないと私は考える。
 問題文にあるように、当然承継の効果として問題文にかかれているような趣旨の変更がなされるのであれば、訴訟の目的が、本訴請求では乙土地の所有権に基づく丙建物収去乙土地明渡請求、中間確認請求では乙土地をL及びMが共有することの確認請求になる。判例によると、前者で被告が負う建物収去土地明渡義務は不可分債務であり、それぞれに請求できるので固有必要的共同訴訟ではなく、後者は対外的な共有権の確認なので固有必要的共同訴訟になる。そうすると、前者ではMの認諾の効果はLには生じないが原告のNに対しては生じ(共同訴訟人独立の原則、39条)、後者ではMの放棄の効果は全員の利益にはならないのでLに対してもNに対しても生じない(40条1項)。
 この判例の結果だけを無批判に当てはめると、中間確認請求によりMの乙土地の共有権が認められかつ本訴請求によりMが乙土地について建物収去土地明渡義務を負うという矛盾した結果が生じ得る。乙土地についての建物収去土地明渡義務はNの乙土地についての所有権に基づいているだけに、この結果は奇妙である。
 そこで判例の射程を限定して、本件本訴請求も必要的共同訴訟であると解釈すべきであると私は考える。判例では、思わぬ相続人がいたために積み上げてきた訴訟手続を無に帰すのは不合理だということで、固有必要的共同訴訟ではないという結論になったと考えられる。つまり、判例のほうが例外的な事例であり、本件のようにそうした例外的な事情がない場合は、原則通りに必要的共同訴訟になると考えるのである。
 Mとしては自らの望まない訴訟に関与させられ続けることになるが、選定当事者を選定して(30条1項、2項)訴訟遂行はLに任せればよいのであって不利益はさほどなく、それよりも合一確定を優先させるべきである。
 Mとしては、それでも本件に関わるのが嫌なのであれば、丙建物と(それが認められるとして)乙土地の共有持分権をLに譲り渡すことによって本件から完全に身を引くことができる。

以上

 

 

感想

共同訴訟や訴訟参加の理解が怪しいところにこの問題を解こうとして苦労しました。調べてかなり理解してからも結論がいろいろと考えられる難しい問題だと思います。

 

 



平成23年司法試験論文民事系第2問答案練習

問題

〔第2問〕(配点:100)
次の文章を読んで,後記の設問に答えよ。
1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は,携帯電話の販売を目的とする会社法上の公開会社であり,その株式をP証券取引所の新興企業向けの市場に上場している。
 Aは,甲社の創業者として,その発行済株式総数1000万株のうち250万株の株式を有していたが,平成21年12月に死亡した。そのため,Aの唯一の相続人であるBは,その株式を相続した。
 なお,甲社は,種類株式発行会社ではない大会社である。

2.甲社は,携帯電話を低価格で販売する手法により急成長を遂げたが,スマートフォン市場の拡大という事業環境の変化への対応が遅れ,平成22年に入り,その経営に陰りが見え始めた。そこで,甲社の代表取締役であるCは,甲社の経営を立て直すため,大手電気通信事業者であり,甲社株式30万株を有する乙株式会社(以下「乙社」という。)との間で資本関係を強化して,甲社の販売力を高めたいと考えた。
 そこで,Cは,乙社に対し資本関係の強化を求め交渉したところ,乙社から,「市場価格を下回る価格であれば,更に甲社株式を取得してよい。ただし,Bに甲社株式を手放させ,創業家の影響力を一掃してほしい。」との回答を受けた。

3.これを受けて,CがBと交渉したところ,Bは,相続税の支払資金を捻出する必要があったため,Cに対し,「創業以来のAの多大な貢献を考慮した価格であれば,甲社株式の全てを手放しても構わない。」と述べた。そこで,甲社は,Bとの間で,Bの有する甲社株式250万株の全てを相対での取引により一括で取得することとし,その価格については,市場価格を25%上回る価格とすることで合意した。

4.そこで,甲社は,乙社と再交渉の結果,乙社との間で,甲社が,乙社に対し,Bから取得する甲社株式250万株を市場価格の80%で処分することに合意した。

5.甲社は,平成22年6月1日に取締役会を開催し,同月29日に開催する予定の定時株主総会において,(ア)Bから甲社株式250万株を取得すること及び(イ)乙社にその自己株式を処分することを議案とすることを決定した。
 なお,甲社の定款には,定時株主総会における議決権の基準日は,事業年度の末日である毎年3月31日とすると定められていた。

6.5の(ア)を第1号議案とし,5の(イ)を第2号議案とする平成22年6月29日開催の定時株主総会の招集通知並びに株主総会参考書類及び貸借対照表(【資料①】及び【資料②】は,それぞれその概要を示したものである。)等が同月10日に発送された。
 なお,甲社は,B以外の甲社の株主に対し,第1号議案の「取得する相手方」の株主に自己をも加えたものを株主総会の議案とすることを請求することができる旨を通知しなかった。

7.甲社は,同月29日,定時株主総会を開催した。第1号議案の審議に入り,甲社の株主であるDが,「私も,値段によっては買ってもらいたいが,どのような値段で取得するつもりなのか。」と質問したところ,Cは,Bから甲社株式を取得する際の価格の算定方法やその理由を丁寧に説明した。採決の結果,多くの株主が反対したものの,Bが賛成したため,議長であるCは,出席した株主の議決権の3分の2をかろうじて上回る賛成が得られたと判断して,第1号議案が可決
されたと宣言した。

8.続いて第2号議案の審議に入り,Cは,株主総会参考書類の記載に即して,乙社に特に有利な金額で自己株式の処分をすることを必要とする理由を説明したが,再びDが,「処分価格を市場価格の80%と定めた根拠を明らかにされたい。」と質問したのに対し,Cが「企業秘密に関わるため,その根拠を示すことはできない。」と述べて説明を拒絶したことから,審議が紛糾した。その結果,多くの株主が反対したものの,乙社が賛成したため,Cは,出席した株主の議決権の3分の2をかろうじて上回る賛成が得られたと判断して,第2号議案が可決されたと宣言した。

9.甲社は,定時株主総会の終了後引き続き,同日,取締役会を開催し,Bの有する甲社株式250万株の全てを同月30日に取得すること,同月28日のP証券取引所における甲社株式の最終の価格が1株800円であったため,この価格を25%上回る1株当たり1000円をその取得価格とすることなどを決定した。これに基づき,甲社は,Bから,同月30日,甲社株式250万株を総額25億円で取得した(以下「本件自己株式取得」という。)。
 なお,同年3月31日から同年6月30日までの間,甲社は,B以外の甲社の株主から甲社株式を取得しておらず,また,甲社には,分配可能額に変動をもたらすその他の事象も生じていなかった。

10.また,甲社は,同年7月20日,乙社に対し,250万株の自己株式の処分を行い,その対価として合計16億円を得た(以下「本件自己株式処分」という。)。
 その後,乙社は,同年8月31日までに,50万株の甲社株式を市場にて売却した。

11.ところが,甲社において,同年9月1日,従業員の内部告発によって,西日本事業部が平成21年度に架空売上げの計上を行っていたことが発覚した。そこで,甲社は,弁護士及び公認会計士をメンバーとする調査委員会を設けて,徹底的な調査を行った上で,平成22年3月31日時点における正しい貸借対照表(【資料③】は,その概要を示したものである。)を作り直した。
 調査委員会の調査結果によれば,今回の架空売上げの計上による粉飾決算は,西日本事業部の従業員が会計監査人ですら見抜けないような巧妙な手口で行ったもので,甲社の内部統制の体制には問題がなく,Cが架空売上げの計上を見抜けなかったことに過失はなかったとされた。

12.その後,甲社では,その業績が急激に悪化した結果,甲社の平成23年3月31日時点における貸借対照表を取締役会で承認した時点で,30億円の欠損が生じた。

 

 

〔設 問〕 ①本件自己株式取得の効力及び本件自己株式取得に関する甲社とBとの間の法律関係,②本件自己株式処分の効力並びに③本件自己株式取得及び本件自己株式処分に関するCの甲社に対する会社法上の責任について,それぞれ説明しなさい。

 

【資料①】
株主総会参考書類
議案及び参考事項
第1号議案 特定の株主からの自己の株式の取得の件
当社は,今般,当社創業者A氏の唯一の相続人であるB氏から,同氏の有する当社株式全てについて市場価格を上回る額での売却の打診を受けました。そ
こで,キャッシュフローの状況及び取得価格等を総合的に検討し,以下の要領にて,市場価格を上回る額で自己の株式の取得を行うことにつき,ご承認をお願いするものであります。
(1) 取得する相手方
B氏
(2) 取得する株式の数
当社株式2,500,000株(発行済株式総数に対する割合25%)を上限とする。
(3) 株式を取得するのと引換えに交付する金銭等の内容及びその総額
金銭とし,25億円を上限とする。
(4) 株式を取得することができる期間
本株主総会終結の日の翌日から平成22年7月19日まで

第2号議案 自己株式処分の件
以下の要領にて,乙株式会社に対し,自己株式を処分することにつき,ご承認をお願いするものであります。
(1) 処分する相手方
乙株式会社
(2) 処分する株式の数
当社株式2,500,000株
(3) 処分する株式の払込金額
1株当たり640円(平成21年12月1日から平成22年5月31日までの6か月間のP証券取引所における当社株式の最終の価格の平均値(800円)に0.8を乗じた価格)
(4) 払込期日及び処分の日
平成22年7月20日
(5) 乙株式会社に特に有利な金額で自己株式の処分をすることを必要とする理由
当社は,……(略)。

 

【資料②】
貸借対照表
(平成22年3月31日現在)
(単位:百万円)
科目 金額 科目 金額
(資産の部) (負債の部)
流動資産 9,000 (略)
(略) 負債合計 3,000
(純資産の部)
株主資本 7,000
資本金 1,500
資本剰余金 1,500
固定資産 1,000 資本準備金 1,500
(略) その他資本剰余金 -
利益剰余金 4,000
利益準備金 500
その他利益剰余金 3,500
純資産合計 7,000
資産合計 10,000 負債・純資産合計 10,000
(注) 「-」は金額が0円であることを示す。

 

【資料③】
貸借対照表
(平成22年3月31日現在)
(単位:百万円)
科目 金額 科目 金額
(資産の部) (負債の部)
流動資産 6,000 (略)
(略) 負債合計 3,000
(純資産の部)
株主資本 4,000
資本金 1,500
資本剰余金 1,500
固定資産 1,000 資本準備金 1,500
(略) その他資本剰余金 -
利益剰余金 1,000
利益準備金 500
その他利益剰余金 500
純資産合計 4,000
資産合計 7,000 負債・純資産合計 7,000
(注) 「-」は金額が0円であることを示す。

 

練習答案

以下会社法についてはその条数のみを示す。

 

[設問]
 ① (ア)本件自己株式取得の効力は有効である
 自己株式の取得は、会社資本を切り崩し、会社経営や債務の履行に悪影響を及ぼす恐れがあるので、155条の各号の場合に限り許容されている。本件では同条1号、2号、4号〜13号に該当しないので、同条3号の156条1項の決議があった場合である。
 そして156条1項1号〜3号の事項が、資料①にあるように、株主総会の議案になっている。それと併せて、特定の株主(B)からの取得について、160条1項に従い株主総会の議案になっている。もしこの議案が可決されると、157条1項の取得価格等が決定されたら、Bにのみそれらの事項を通知すればよいことになる。特定の株主からの取得について決議されない場合は、全株主に取得価格等を通知しなければならない(158条1項)。
 160条1項の特定の株主からの取得について決定をしようとするときは、法務省令で定める時までに、株主に対し同条3項の規定による請求をすることができる旨を通知しなければならない(160条2項)。同条3項とは、特定の株主に自己をも加えたものを株主総会の議案とすることを、法務省令で定める時までに、請求することができる、というものである。本件のように、市場価格を上回る価格で会社が特定の株主から株式を取得して他の株主にそのような機会を与えないことは、株主平等の原則(109条1項)に反するので、このような規定が設けられているのである。
 本件では、本文の6にあるように、甲社は、B以外の甲社の株主に対し、第1号議案の「取得する相手方」の株主に自己をも加えたものを株主総会の議案とすることを請求することができる旨を通知しなかった。これは160条2項に違反する。
 そうなると本件株主総会の招集の手続が法令に違反するので、株主総会の決議の取消しの訴えの要件を満たす(831条1項1号)。しかしながら、この訴えが裁量棄却(831条2項)された場合はもとより、認容されたとしても、そのことから直ちに本件自己株式取得が無効になるわけではない。本件でもそうであるように、株式が転々と流通しているのを無効とするのは現実的でない。さらに、本件の違法により侵害されたのは、B以外の甲社株主が自己の有する甲社株式を市場価格より25%上回る1株当たり1000円で買い取ってもらう権利であり、金銭的な賠償が可能である。
 以上より、本件自己株式取得には手続の違法があったが、その効力はさまたげられない。
 (イ)本件自己株式取得に関する甲社とBとの法律関係
 本件自己株式取得に関する甲社とBとの法律関係は、Bが甲社にとって160条1項の特定の株主であるというものである。その特定の株主は、156条1項の株主総会において議決権を行使することができない(160条4項)。本件では、B以外の議決権を行使できる株主がいるので同項ただし書に該当しないにもかかわらず、Bが同項に違反して議決権を行使している。これも株主総会の決議の取消しの訴えの要件になる(831条1項1号)。

 ②本件自己株式処分の効力は有効である
 自己株式の処分は、会社が新たに株式を交付してその代わりに資金を得ることになるので、本質的には募集株式を発行するのと同じであり、199条1項などでも両者が並列されている。
 自己株式を引き受ける者の募集をしようとするときは、募集事項を定めなければならず(199条1項)、その決定を株主総会の決議によらなければならない(199条2項)。そして払込金額が自己株式を引き受ける者に特に有利な金額である場合には、取締役は、前項の株主総会において、当該払込金額でその者の募集をすることを必要とする理由を説明しなければならない(199条3項)。
 本件では資料①にあるようにこれらの手続が実践されている。しかし、有利な金額で自己株式の処分をすることを必要とする理由の説明が不十分であるとも考えられる。
 そのことに不満のある甲社株主は、自己株式の処分が著しく不公正な方法により行われる場合であるとして自己株式の処分をやめることを請求することができた(210条2号)。また、自己株式の処分後6か月以内には、自己株式の処分の無効を訴えをもって主張することができる(828条1項3号)。そうは言っても流通している株式を無効とするのは影響が極めて大きいのでよほど重大な理由や特別な事情がなければ認められるべきではない。本件では有利な価額の理由説明が不十分であったということなので、自己株式の処分が無効とされるべきではない。事前に自己株式の処分をやめることを請求していたらその請求は認められたかもしれない。

 ③本件自己株式取得及び本件自己株式処分に関するCの甲社に対する会社法上の責任は、429条1項に基づいて、B以外の甲社株主にBと同価額での甲社株式買い取りの機会を提供するというものである。
 ①で述べたように、CにはB以外の甲社株主へ通知を怠ったことと、本来議決権のないBに議決権を与えたという悪意又は重大な過失があったので、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う(429条1項)。B以外の甲社株主を第三者としない理由はないし、彼らにはBと同価額で自己の株式を買い取ってもらう機会を逃したという損害が生じている。
 本件自己株式処分に関しては、第一義的には乙社が公正な価額との差額に相当する金額を甲社に対し支払う義務を負う(212条1項1号)。

以上

 

修正答案

以下会社法についてはその条数のみを示す。

 

[設問]
 ① (ア)本件自己株式取得の効力は無効である
 自己株式の取得は、会社資本を切り崩し、会社経営や債務の履行に悪影響を及ぼす恐れがあるので、155条の各号の場合に限り許容されている。本件では同条1号、2号、4号〜13号に該当しないので、同条3号の156条1項の決議があった場合である。
 そして156条1項1号〜3号の事項が、資料①にあるように、株主総会の議案になっている。それと併せて、特定の株主(B)からの取得について、160条1項に従い株主総会の議案になっている。もしこの議案が可決されると、157条1項の取得価格等が決定されたら、Bにのみそれらの事項を通知すればよいことになる。特定の株主からの取得について決議されない場合は、他の株主にも取得価格等を通知しなければならない(158条1項)。
 160条1項の特定の株主からの取得について決定をしようとするときは、法務省令で定める時までに、株主に対し同条3項の規定による請求をすることができる旨を通知しなければならない(160条2項)。同条3項とは、特定の株主に自己をも加えたものを株主総会の議案とすることを、法務省令で定める時までに、請求することができる、というものである。本件のように、市場価格を上回る価格で会社が特定の株主から株式を取得して他の株主にそのような機会を与えないことは、株主平等の原則(109条1項)に反するので、このような規定が設けられているのである。また、その特定の株主は、156条1項の株主総会において議決権を行使することができない(160条4項)。
 本件では、本文の6にあるように、甲社は、B以外の甲社の株主に対し、第1号議案の「取得する相手方」の株主に自己をも加えたものを株主総会の議案とすることを請求することができる旨を通知しなかった。取得価格が市場価格を超えない場合(161条)や相続人等から取得する場合(162条柱書)には160条2項の通知義務は適用されないが、本件では取得価格が市場価格を超えており、甲社は公開会社であるという162条1号の適用除外に該当するので、通知義務が適用される。よってこれは160条2項に違反する。また、B以外の議決権を行使できる株主がいるので160条4項ただし書に該当しないにもかかわらず、Bが同項に違反して議決権を行使している。
 160条2項の通知義務違反は自己株式取得に関する手続違反なので、自己株式取得の無効事由となる。それに対し、160条4項に違反した議決権の行使は、株主総会の決議に関わるものであり、株主総会の決議の不存在又は無効の確認の訴え(830条)か株主総会の決議の取消しの訴え(831条)が提起されてそれが認容されるまでは決議が有効であることになる。この場合は株主総会の決議の方法が法令に違反しているので、決議の不存在又は無効の確認の訴え(830条)の要件は満たさないが、決議の取消しの訴えの要件を満たす(831条1項1号)。この訴えが認容されたら、必要な決議を欠くことになるので、自己株式取得は無効となる。
 さらに、甲社の正しい貸借対照表によれば、本件自己株式取得の効力発生日における分配可能額は5億円しかなかったので、本件自己株式取得は財源規制(461条1項3号)にも違反している。財源規制に違反して株主に会社の資金が分配されてしまうと会社に対する債権者を害する恐れが高まるので、そうした違法な分配は無効とされるべきである。この点からも本件自己株式取得は無効である。
 このように自己株式取得が無効になったとしても、本件の乙社のようにその自己株式を会社から取得したものは、善意無過失なら民法192条の即時取得によって保護されるので、取引の安全を害することはない。
 (イ)本件自己株式取得は無効であり、Bは甲社に不当利得の返還として差し引き9億円を返還すべきである。
 本件自己株式取得に関する甲社とBとの法律関係は、(ア)で述べたように本件自己株式取得が無効であるので、不当利得(民法703条)により原状回復するのが原則である。しかし本件で取得された株式は乙社に売却されており、乙社は先に述べたようにこの株式を即時取得するので、甲社はBに株式の現物を返還することができない。本件自己株式取得について一応は有効な株主総会決議がなされており、財源規制違反についても甲社の代表取締役であるCは善意であったので、甲社は現存利益を返還すれば足りる(民法703条)。本件自己株式を乙社に売却して得られた16億円が現存利益である。よってBは甲社に25億円、甲社はBに16億円を返還する義務を負い、これらを相殺させない理由はないので、差し引き9億円をBが甲社に返還すべきだということになる。そしてBは甲社の株主という地位を回復することはできない。
 財源規制違反に関する責任は462条で別に定められており、それによると当該行為により金銭の交付を受けた者であるBは、交付を受けた金銭等の帳簿価額に相当する金銭を支払う義務を負う。これは分配可能額を超えた部分だけが無効になるのではなく、その行為全体が無効になるということを注意するための規定であり、無効とされた後の処理は前段落で述べた一般の不当利得返還に則って行えばよい。

 ②本件自己株式処分の効力は有効である
 自己株式の処分は、会社が新たに株式を交付してその代わりに資金を得ることになるので、本質的には募集株式を発行するのと同じであり、199条1項などでも両者が並列されている。
 自己株式を引き受ける者の募集をしようとするときは、募集事項を定めなければならず(199条1項)、その決定を株主総会の決議によらなければならない(199条2項)。そして払込金額が自己株式を引き受ける者に特に有利な金額である場合には、取締役は、前項の株主総会において、当該払込金額でその者の募集をすることを必要とする理由を説明しなければならない(199条3項)。
 本件では資料①にあるようにこれらの手続が実践されている。しかし、株主総会において、有利な金額で自己株式の処分をすることを必要とする理由の説明が不十分であったとも考えられる。取締役は株主総会において、株主から特定の事項について説明を求められた場合には、当該事項について必要な説明をしなければならないが、その説明をすることにより株主の共同の利益を著しく害する場合はその限りではない(314条)。本件が株主の共同の利益を著しく害する場合とは言えないと思われる。その場合は株主総会の決議の方法が法令に違反することになる(831条1項1号)。
 とはいえ、それよりも、特別利害関係人である乙社が株主総会の決議について議決権を行使したことによって著しく不当な決議がされたとき(831条1項3号)に該当することのほうが明白である。
 また、①で述べたように、そもそもの自己株式の取得が無効であったという事情もある。
 いずれの場合にせよ、そのことに不満のある甲社株主は、自己株式の処分が著しく不公正な方法により行われる場合であるとして自己株式の処分をやめることを請求することができた(210条2号)。また、自己株式の処分後6か月以内には、自己株式の処分の無効を訴えをもって主張することができる(828条1項3号)。そうは言っても流通する株式を無効とするのは影響が極めて大きいのでよほど重大な理由や特別な事情がなければ認められるべきではない。株主総会の決議を欠いていても新株の有利発行が無効にならないという判例もあるほどなのだから、本件では自己株式の処分が無効とされるべきではない。事前に自己株式の処分をやめることを請求していたらその請求は認められたかもしれない。

 ③本件自己株式取得及び本件自己株式処分に関して、Cは甲社に対して会社法上の責任を負わない
 財産規制に違反して本件自己株式取得を行ったことの責任は、462条1項2号イに該当するので、Bと同じように、交付を受けた金銭等の帳簿価額に相当する金銭を支払う義務を負うというものであるが、同条2項によりその職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明したときは、同項の義務を負わない。Cが粉飾決算を見抜けなかったことに過失はなく、粉飾された決算に基づけば財産規制に違反しなかったのだから、Cは462条2項によりその責任を免れる。
 465条には欠損填補責任が規定されているが、これもただし書により、Cが462条2項と同様に、その職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明することでその責任を免れることができる。
 423条1項には一般の任務懈怠責任が定められており、本件自己株式取得及び処分の経営判断はともかく、①で述べた法令違反は通常任務懈怠に該当する。しかしながら、本件では、①で述べたようにBから不当利得の9億円が返還されれば、甲社に損害は生じていない。それゆえCは423条の責任も負わない。

以上

 

 

感想

まず計算の部分(財産規制違反)に全く触れられなかったことは反省材料です。また、株式に関することは何でも取引の安全からめったなことでは無効にならないと誤解していました(①の自己株式取得のほうは無効になっても取引の安全は害さない)。③は時間不足から焦って会社に対する責任という指示を読み飛ばして第三者たる株主に対する責任だと早とちりしました。

 



平成23年司法試験論文民事系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,4:3:3〕)
 次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。なお,解答に当たっては,利息及び遅延損害金を考慮に入れないものとする。

 

【事実】
1.AとBは,共に不動産賃貸業を営んでいる。Bは,地下1階,地上4階,各階の床面積が80平方メートルの事務所・店舗用の中古建物一棟(以下「甲建物」という。)及びその敷地200平方メートル(以下「乙土地」という。)を所有していた。甲建物の内装は剥がれ,エレベーターは老朽化して使用することができず,賃借人もいない状況であったが,Bは,資金面で余裕があったにもかかわらず,貸ビルの需要が低迷し,今後当分は賃借人が現れる見込みがないと考え,甲建物を改修せず,放置していた。Bは,平成21年7月上旬,現状のまま売却する場合の甲建物及び乙土地の市場価値を査定してもらったところ,甲建物は1億円,乙土地は4億円であるとの査定額が出た。

2.平成21年8月上旬,Bは,Aから,「甲建物の地下1階及び地上1階を店舗用に,地上2階から4階までを事務所用に,それぞれ内装を更新し,エレベーターも最新のものに入れ替えた建物に改修する工事を自らの費用で行うので,甲建物を賃貸してほしい。」との申出を受けた。この申出があった当時,甲建物を改修して賃貸に出せる状態にした前提で,これを一棟全体として賃貸する場合における賃料の相場は,少なくとも月額400万円であり,A及びBは,そのことを知っていた。

3.そこで,AとBは,平成21年10月30日,甲建物の使用収益のために必要なエレベーター設置及び内装工事費用等は全てAが負担すること,設置されたエレベーター及び更新された内装の所有権はBに帰属すること,甲建物の賃料は平成22年2月1日から月額200万円で発生し,その支払は毎月分を当月末日払いとすること,賃貸期間は同日から3年とすることを内容として,甲建物の賃貸借契約を締結した。その際,賃貸借契約終了による甲建物の返還時にAはBに対して上記工事に関連して名目のいかんを問わず金銭的請求をしないこと,Aが賃料の支払を3か月間怠った場合,Bは催告なしに賃貸借契約を解除することができること,Aは甲建物の全部又は一部を転貸することができること,契約終了の6か月前までに一方当事者から異議の申出がされない限り,同一条件で契約期間を自動更新することという特約が,AB間で交わされた。また,AB間での賃貸借契約の締結に際し,敷金として2500万円がAからBに支払われた。

4.平成21年11月10日,Aは,Bから甲建物の引渡しを受け,Bの承諾の下,Cとの間で,甲建物の地下1階から地上4階までの内装工事をCに5000万円で請け負わせる契約を締結し,また,Dとの間で,エレベーター設備の更新工事をDに2000万円で請け負わせる契約を締結した。いずれの契約においても,工事完成引渡日は平成22年1月31日限り,工事代金は着工時に上記金額の半額,完成引渡後の1週間以内に残金全部を支払うこととされた。そして,Aは,同日,Cに2500万円,Dに1000万円を支払った。

5.Cは,大部分の工事を,下請業者Eに請け負わせた。CE間の下請負契約における工事代金は4000万円であり,Cは,Eに前金として2000万円を支払った。

6.C及びDは,平成22年1月31日,全内装工事及びエレベーター設備の更新工事を完成し,同日,Aは,エレベーターを含む甲建物全体の引渡しを受けた。

7.Aは,Dに対しては,平成22年2月7日に請負工事残代金1000万円を支払ったが,Cに対しては,内装工事が自分の描いていたイメージと違うことを理由として,残代金の支払を拒否している。また,Cは,Eから下請負工事残代金の請求を受けているが,これを支払っていない。

8.Aは,Bとの賃貸借契約締結直後から,平成22年2月1日より甲建物を一棟全体として,月額賃料400万円で転貸しようと考え,借り手を探していたが,なかなか見付からなかった。そのため,Aは,Bに対し賃料の支払を同月分からしていない。

9.Bは,Aに対し再三にわたり賃料支払の督促をしたが,Aがこれを支払わないまま,3か月以上経過した。しかし,Bは,Aに対し賃貸借契約の解除通知をしなかった。その後,Bは,Aの未払賃料総額が6か月分の1200万円となった平成22年8月1日に,甲建物及び乙土地を,5億6000万円でFに売却した。代金の内訳は,甲建物が1億6000万円で,乙土地が4億円であった。甲建物の代金は,内装やエレベーターの状態など建物全体の価値を査定して得られた甲建物の市場価値が2億円であったことを踏まえ,FがBから承継する敷金返還債務の額が1300万円であることその他の事情を考慮に入れ,査定額から若干値引きすることにより決定したものである。Fは,同日,Bに代金全額を支払い,甲建物及び乙土地の引渡しを受けた。そして,同年8月2日付けで,上記売買を原因とするBからFへの甲建物及び乙土地の所有権移転登記がされた。なお,上記売買契約に際して,B及びFは,FがBの敷金返還債務を承継する旨の合意をした。

10.Fは,Bから甲建物及び乙土地を譲り受けるに際し,Aを呼び出してAから事情を聞いたところ,遅くとも平成22年中には転貸借契約を締結することができそうだと説明を受けた。そのため,Fは,早晩,Aが転借人を見付けることができ,Aの賃料の支払も可能になるだろうと考えた。また,Fは,甲建物及び乙土地の購入のために金融機関から資金を借り入れており,その利息負担の軽減のため,その借入元本債務を期限前に弁済しようと考えた。そこで,Fは,同年9月1日,FがAに対して有する平成23年1月分から同年12月分までの合計2400万円の賃料債権を,その額面から若干割り引いて,代金2000万円でGに譲渡する旨の契約をGとの間で締結し(以下「本件債権売買契約」という。),同日,代金全額がGからFに対して支払われた。そして,同日,FとGは,連名で,Aに対して,上記債権譲渡につき,配達証明付内容証明郵便によって通知を行い,翌日,同通知は,Aに到達した。

11.ところが,平成22年9月末頃,Aが売掛金債権を有している取引先が突然倒産し,売掛金の回収が見込めなくなり,Aは,この売掛金債権を自らの運転資金の当てにしていたため,資金繰りに窮する状態に陥るとともに無資力となった。そのため,Aは,Fとの間で協議の場を設け,今となっては事実上の倒産状態にあること及び甲建物の内装工事をしたCに対する請負残代金2500万円が未払であることを含め,自らの置かれた現在の状況を説明するとともに,甲建物の転借を希望する者が現れないこと,今後も賃料を支払うことのできる見込みが全くないことを告げ,Fに対し,この際,Fとの間の甲建物の賃貸借契約を終了させたいと申し入れた。Fは,Aに対する賃料債権をGに譲渡していることが気になったが,いずれにせよ,Aから賃料が支払われる可能性は乏しく,Gによる賃料債権回収の可能性はないと考え,Aの申入れを受けて,同年10月3日,A及びFは,甲建物の賃貸借契約を同月31日付けで解除する旨の合意をした。この合意に当たり,AF間では何らの金銭支払がなく,また,A及びFは,Fに対する敷金返還請求権をAが放棄することを相互に確認した。そして,同月31日,Aは,Fに甲建物を引き渡した。

12.Fは,Aとの間で甲建物の賃貸借契約を解除する旨の合意をした平成22年10月3日以降,直ちに,Aに代わる借り手の募集を開始した。Hは,満70歳であり,衣料品販売業を営んでいる。Hは,事業拡張に伴う営業所新設のための建物を探していたが,甲建物をその有力な候補とし,Fに対し,甲建物の内覧を申し出た。Hは,同月12日,Fを通じてAの同意をも得た上で,甲建物の内部を見て歩き,エレベーターに乗ったところ,このエレベーターが下降中に突然大きく揺れたため,Hは,転倒して右足を骨折し,3か月の入院加療が必要となった。このエレベーターの不具合は,設置工事を行ったDが,設置工程において必要とされていた数か所のボルトを十分に締めていなかったことに起因するものであった。

13.Hは,この事故に遭う1年ほど前から,時々,歩いていてバランスを崩したり,つまずいたりするなどの身体機能の低下があり,平成22年4月に総合病院で検査を受けていた。その検査の結果は,Hの身体機能の低下は加齢によるものであって,無理をしなければ日常生活を送る上での支障はないが,定期的に病院で検査を受けるよう勧める,というものであった。

14.Hは,この勧めに従って,上記総合病院で,平成22年5月から毎月1回の検査を受けていたが,特段の疾患はないと診断されていた。一方,この間,Hの妻が病気で入院したため,Hは,毎日のように病院と自宅とを往復し,時として徹夜で妻に付き添っていた。そのため,Hは,同年7月下旬頃から,かなりの疲労の蓄積を感じていた。Hが同年10月12日に甲建物のエレベーターの揺れによって転倒し,右足を骨折するほどの重傷を負ったのは,Hのここ1年ほどの身体機能の低下と妻の看病による疲労の蓄積も原因となっていた。

15.なお,甲建物の市場価値は,平成22年1月31日の工事完成による引渡し以降,現在に至るまで,大きな変化なく2億円ほどで推移している。乙土地の市場価値も,この間,大きな変化なく4億円ほどで推移している。

 

〔設問1〕 【事実】1から11まで及び【事実】15を前提として,以下の(1)及び(2)に答えなさい。なお,解答に当たっては,敷金返還債務はGに承継されていないものとして,また,【事実】7に示したAのCに対する支払拒絶には合理的理由がないものとして考えなさい。民法第248条に基づく請求については,検討する必要がない。
 (1) Cは,不当利得返還請求の方法によって,Bから,AC間の請負契約に基づく請負残代金に相当する額を回収することを考えた。Cが請求する場合の論拠及び請求額について,Bからの予想される反論も踏まえて検討しなさい。
 (2) Cは,不当利得返還請求以外の方法によって,Fから,AC間の請負契約に基づく請負残代金に相当する額を回収することを考えた。Cが請求する場合の論拠及び請求額について,Fからの予想される反論も踏まえて検討しなさい。

 

〔設問2〕 Gは,平成23年4月1日,Aに対して,同年1月分から同年3月分までの未払賃料総額計600万円の支払を求めた。しかし,Aは,そもそも当該期間に対応する賃料債務が発生していないことを理由に,これを拒絶した。そこで,Gは,Fの債務不履行を理由として,本件債権売買契約を解除し,Fに対し代金相当額の返還を求めることにした。
 【事実】1から11までを前提として,Gの上記解除の主張を支える法的根拠を1つ選び,それについて検討しなさい。その際,Fのどのような債務についての不履行を理由とすることができるか,また,解除の各要件は充足されているかを検討しなさい。
 なお,検討に当たって,本件債権売買契約は有効であること及びAF間の賃貸借契約の合意解除は有効であることを前提とするとともに,敷金については考慮に入れないものとする。また,GからFに対する損害賠償請求については,検討する必要がない。

 

〔設問3〕 【事実】1から14までを前提として,以下の(1)及び(2)に答えなさい。
 (1) Hは,【事実】12に示したエレベーター内での転倒により被った損害の賠償を請求しようと考えた。Hが損害賠償を請求する相手方として検討すべき者を挙げ,そのそれぞれに対して損害賠償を請求するための論拠について,予想される反論も踏まえて論じなさい。
 (2) Hの損害賠償請求が認められる場合に,Hの身体機能の低下及び疲労の蓄積が損害の発生又は拡大を招いたことを理由として,賠償額が減額されるべきか,理由を明らかにしつつ結論を示しなさい。

 

練習答案

以下、民法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 (1)CはBに対して、703条及び704条に基づいて2500万円及びこれの平成22年2月7日以降年5分の利息(404条)の不当利得返還請求を行うことになる。
 703条及び704条から、法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、悪意であれば、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。AはCに本件内装工事を請け負わせ、Cは自ら労務を提供するとともに自らの財産でEに下請けをさせて、本件内装工事を完成させている。しかしAは正当な理由なく、Cとの請負契約の代金のうち2500万円を平成22年2月7日の期限になっても支払っていない。Bはそのことを認識していたならBは利益を受けた2500万円に平成22年2月7日以降の利息を付してCに返還しなければならない。利息について当事者であるBC間で定められた形跡はないので、法定利率の年5分が適用される(404条)。
 BはAがCとの請負代金のうち2500万円を支払っていなかったことを知らなかったと反論するだろう。それが認められても703条から、Bは利益の存する限度において不当利得を返還しなければならない。甲建物の市場価値は、本件内装工事をする前には1億円だったのが、その後には建物全体の価値が増加して2億円になっている。BがFに売却したのは1億6000万円であったが、それでも6000万円価値が増えて、利益が存している。よってこの場合はBが2500万円の返還義務を負う。
 (2)Cは424条の詐害行為取消権を行使してAのFに対して有する1300万円の敷金返還請求権の放棄を取り消し、423条の債権者代位権に基づきその権利を行使して1300万円を請求することになる。
 債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした法律行為の取消しを裁判所に請求することができる(424条1項)。(1)で述べた事実から、本件内装工事の請負代金について、CはAに対して2500万円の債権を有している。債務者であるAは1300万円のFに対する敷金返還請求権を放棄すると債権者であるCを害すると知りつつもその放棄をした。これは債務の免除という法律行為である。よってCはその取消しを裁判所に請求することができる。転得者であるFはCを害するという事実をAから事情を聞いて知っていたので424条1項ただし書には該当しない。
 債権者は、自己の債権を保全するため、債務者に属する権利を行使することができる(423条1項)。債権者であるCは、自己のAに対する2500万円の債権を保全するために、債務者であるAに属する先ほどの取り消したFに対する1300万円の敷金返還請求権を行使することができる。これはAの一身に専属する権利ではないので423条1項のただし書には該当しない。
 Fは、Aが1300万円の敷金返還請求権を放棄したのではなく、FがAに対して有する賃料債権と相殺したのだと反論するだろう。その賃料債権は平成22年8月〜10月の3ヶ月分で600万円になる。はっきりとした意思表示はないが、当事者の意思は相殺させるつもりだったと考えるのが合理的である。敷金とは通常そのような性質である。よってAが放棄したのは実際には700万円である。
 以上より、Cはその700万円についてFに請求することができる。

 

[設問2]
 Gの解除の主張を支える法的根拠は570条の売主の瑕疵担保責任である。そこでは、売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは、566条の規定が準用され、買主がこの瑕疵を知らずかつそのために契約をした目的を達することができないときは、買主は、契約の解除をすることができると規定されている。Fは瑕疵のない物を売るという債務を負っており、それが履行されていないという主張である。本件の事情が瑕疵に当たるかが問題となる。2400万円の賃料債権を、その額面から割り引いて2000万円でGに譲渡されているのだから、Aによる不払いのリスクはその割り引きに含まれていると考えるのが合理的である。よって本件では隠れた瑕疵という要件を充足しない。

 

[設問3]
 (1)Hは709条の不法行為であるとしてDに対して損害賠償を請求する。また717条に基づいて甲建物の占有者であるAと所有者であるFに対して損害賠償を請求する。
 (2)賠償額が減額されるべきである。722条2項で過失相殺が定められているからである。被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができると規定されているが、当事者間の公平の見地から、これは任意規定ではなく義務規定であると解釈すべきである。
 Hの身体機能の低下や疲労の蓄積は被害者の過失である。

以上

 

修正答案

以下、民法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 (1)CはBに対して、703条に基づいて2500万円の不当利得返還請求を行うことになる。
 法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還しなければならない(703条)。BはCと何ら契約を結ぶことなく(法律上の原因なく)、Cが自ら労務を提供するとともに自らの財産でEに下請けをさせて本件内装工事を完成させ、甲建物の価値が増加するという利益がBに生じている。Cは自らの労務提供と、下請けのEに対する4000万円の工事代金の債務を負っていおり、CのAとの請負契約の内容から、これは合計5000万円と評価できる。Aから請負代金として得た2500万円を差し引いても2500万円の損失を被っている。現実にはCからEに2000万円しか支払われていないが、残りの2000万円についても債務を負っていることには変わりない。Bは甲建物をFに売却することにより、本件内装工事による価値増加分の利益を実現しており、その売却代金を費消したといった事情もうかがわれない(利益が現存している)。エレベーター設備の更新工事も同時に行われているため、本件内装工事による価値増加分を厳密に算定することは難しいが、AとCとの請負契約の内容である5000万円が基準になり、2500万円は下らない。よってCはBに対して2500万円の不当利得返還請求を行うことになる。
 Bは上記の請求に対して、法律上の原因があったと反論するだろう。というのも、BはAに対して本件内装工事の代金を直接には支払っていないが、平成22年2月1日からの甲建物の賃料は少なくとも月額400万円が相場であるところを、月額200万円で3年間賃貸することを契約していたからである。実質的には、Aが担当した本件内装工事とエレベーター設備の更新工事に対して、相場との差額の200万円×36ヶ月=7200万円をAに支払っているに等しいのである。これは両工事に要した7000万円とほぼつり合っており、対価関係が認められる。
 よってBの受益には法律上の原因があり、CのBに対する2500万円の不当利得返還請求は認められない。
 (2)Cは424条の詐害行為取消権を行使してAのFに対して有する1300万円の敷金返還請求権の放棄を取り消し、423条の債権者代位権に基づきその権利を行使して1300万円を請求することになる。
 債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした法律行為の取消しを裁判所に請求することができる(424条1項)。本件内装工事の請負代金について、CはAに対して2500万円の債権を有している。債務者であるAは、Fに対する1300万円の敷金返還請求権を放棄すると債権者であるCを害すると知りつつもその放棄をした。これは債務の免除(519条)という財産権を目的とした法律行為である。よってCはその取消しを裁判所に請求することができる。転得者であるFはCを害するという事実をAから事情を聞いて知っていたので424条1項ただし書には該当しない。
 債権者は、自己の債権を保全するため、債務者に属する権利を行使することができる(423条1項)。債権者であるCは、自己のAに対する2500万円の債権を保全するために、債務者であるAに属する先ほどの取り消したFに対する1300万円の敷金返還請求権を行使することができる。これはAの一身に専属する権利ではないので423条1項のただし書には該当しない。
 Fは、Aが1300万円の敷金返還請求権を放棄したのではなく、FがAに対して有する賃料債権と相殺したのだと反論するだろう。その賃料債権は平成22年8月分から10月分の3ヶ月分で600万円になる。はっきりとした意思表示はないが、当事者の意思は相殺させるつもりだったと考えるのが合理的である。敷金とは通常そのような性質である。よってAが放棄したのは実際には700万円である。
 また、Aが1300万円の敷金返還請求権を放棄したのではなく、FがAに対して有する本来の賃貸借期間の終了時までの賃料相当額を得べかりし利益とした損害賠償請求権に対して充当したとする考え方もある。しかしFがAからの賃貸借契約解除の申し入れに素直に応じていることと、借地借家法では賃借人からの解除は広く認めらていることから、本件ではこの考え方は妥当ではない。
 以上より、Cは、Aに対する2500万円の請負代金債権を被保全債権として、700万円についてAのFに対して有する敷金返還請求権を代位行使してFに請求することができる。

 

[設問2]
 Gの解除の主張を支える法的根拠は543条の履行不能による解除権である。履行の全部又は一部が不能となったときは、債権者は、契約の解除をすることができる。
 一つには、平成23年1月分から3月分のAの甲建物についての賃料債権を実際に発生させる義務をFが負っているとする考え方がある。しかしながら、本件では2400万円の賃料債権を、その額面から割り引いて2000万円でGに譲渡されているのだから、Fがそこまでの義務を負っているとするのは適当でない。あくまでも将来債権をGに帰属させることがAの義務であるに過ぎない。
 もう一つには、将来債権をGに帰属させることを主たる義務としつつも、その将来債権を棄損せずに維持する付随義務をFに認める考え方がある。瑕疵担保責任とも通ずる考え方である。FはAからの賃貸借契約解除の申し入れに安易に応じて、Gに譲渡した将来債権の発生を妨げ、その付随義務が不能になっている。これは債務者であるFの責めに帰することができると言える。そうは言っても、Fが合意しなくても賃借人であるAは一定の期間をおけば賃貸借契約を解除できたのであり、Aが無資力であるという状況では賃貸借契約を解除することに合理性があるのだから、Fの付随義務違反は契約解除に値するほど重大ではなかった。
 以上より、FがGに譲渡した将来債権を棄損せずに維持するという付随義務に違反したという理由で、Gは543条に基づいて本件債権売買契約の解除を請求することが考えられるが、その義務違反の帰責性は重大ではないので解除の要件は満たさない。

 

[設問3]
 (1)Hは709条の不法行為であるとしてDに対して損害賠償を請求する。また717条に基づいて甲建物の占有者であるAと間接占有者兼所有者であるFに対して損害賠償を請求することになる。
 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う(709条)。設置工事を行ったDが、設置工程において必要とされていた数か所のボルトを十分に締めていなかったことはDの過失であり、それによってHの身体という他人の権利又は法律上保護される利益を侵害している。DはHと請負契約を締結したのではないのだから、Hに対して特別の義務を負うことはないと反論するだろう。確かにDはHと特別の法律関係には入っていないが、エレベーターを設置する者は一般にそれを利用する者の生命や身体を侵害してはならないという義務を負っていると言え、本件のような過失はその義務に違反している。
 土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う(717条1項)。本件エレベーターはそれ自体が土地に定着しておらず土地の工作物に該当しないように見えるが、土地の工作物たる甲建物と一体となっているので、その限りで土地の工作物であると言える。ボルトのゆるみに起因して下降中に突然大きく揺れたのだから、そのエレベーターの設置又は保存に瑕疵があった。そのことによってHに3か月の入院加療という損害を与えている。Aは損害の発生を防止するのに必要な注意をしたとして同項ただし書の適用を求めるだろう。本件瑕疵はちょっと見ただけではわからないものであったと推測されるし、工事の完成から数ヶ月しか経っていないのだから、設置のためには適切な業者に依頼して目に明らかな異常があれば停止するといった注意はしていたので、このAの反論は認められる。Fも間接占有者としては同様の反論ができるが、同項ただし書が適用される場合は所有者として無過失責任を負うので、責任を逃れることはできない。
 (2)賠償額が減額されるべきである。被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる(722条2項)からである。
 Hの疲労の蓄積は、時として徹夜で妻に付き添うなどしたためにもたらされたものであり、Hの責任の範囲内だから被害者の過失だと言える。身体機能の低下のほうは、加齢に伴い誰にでも起こり得ることなので、疾患というよりは身体の機能に近く、直ちにHの過失であるとは言えないが、手すりにつかまるなどの注意を怠るという過失があったと言えるかもしれない。そのあたりは当事者の公平という観点から裁判所が判断することになる。
 そういう意味では過失があったとしても裁判所が賠償額の減額をしないという判断をするということも条文上は可能であるが、本件では当事者の公平のためにそこまでする必要はないと考えられるので、賠償額が減額されるべきである。

以上

 

 

感想

[設問1]の(1)で大きくつまづいて集中力を切らしてしまいました。利息を考慮に入れないという指示すら見落としてしまいました。不法行為の過失相殺は債務不履行とは異なり任意規定だということも正しく記述できていませんでした。事前に論点を用意しておかないと苦しく感じる問題でした。

 



平成24年司法試験論文公法系第2問答案練習

問題

〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,4:4:2〕)
 Pは,Q県が都市計画に都市計画施設として定め,建設を計画している道路(以下「本件計画道路」という。)の区域内に,土地(以下「本件土地」という。)及び本件土地上の鉄骨2階建ての店舗兼住宅(以下「本件建物」という。)を所有して,商店を営業している。Pは,1965年に,本件土地を相続により取得し,本件建物を建築して営業を始めた。本件計画道路に係る都市計画(以下「本件計画」という。)は,1970年に決定され(以下,この決定を「本件計画決定」という。),現在に至るまで基本的に変更されていない。本件計画によれば,本件計画道路は,延長を1万5000メートル,幅員を32メートルとされ,R市を南北に縦断するように,a地点を起点とし,他の道路(県道)と交差する交差点(b地点)を経由して,c地点を終点とするものと定められている。a地点とc地点のほぼ中間にb地点が位置し,本件土地はb地点とc地点のほぼ中間に位置している。
 Q県は,本件計画道路のうちa地点からb地点までの区間については,交通渋滞を緩和させる必要性が高かったため,1975年から徐々に事業を施行した。予算の制約や関係する土地建物の所有者等の反対があり,計画を実現するには長期間を要したが,2000年には道路の整備が完了した。これに対し,本件計画道路のうちb地点からc地点までの区間(以下「本件区間」という。)については,やはり関係する土地建物の所有者等の反対もあって,1970年から現在まで全く事業が施行されておらず,事業を施行するための具体的な準備や検討も一切行われていない。Q県の財政事情が逼迫しているため,事業の施行は財政上もますます困難になっている。
 こうした状況において,Q県は,b地点とc地点の間の交通需要が2030年には2010年比で約40パーセント増加するものと推計し,この将来の交通需要に応じるために,本件計画道路の区間や幅員を縮小する変更をせずに本件計画を存続させている。もっとも,Q県が5年ごとに行っている都市計画に関する基礎調査によれば,R市の旧市街地に位置するc地点の付近において事業所及び人口が減少する「空洞化」の傾向が見られ,b地点とc地点の間の交通量は1990年から漸減し,2010年までの20年間に約20パーセント減少している。しかし,c地点の付近で営業する事業者の多くは,空洞化に歯止めを掛けて街のにぎわいを取り戻すために,本件区間を整備する必要があると,Q県に対して強く主張し続けている。こうした地元の主張に配慮して,Q県も,本件区間の整備を進めれば,c地点付近の旧市街地の経済が活性化し,それに伴いb地点とc地点の間の交通需要が増えていくと予測して,上記のように将来交通需要を推計している。
 あわせて,Q県は,本件区間を整備しないと,本件区間付近において道路密度(都市計画において定められた道路の1平方キロメートル当たりの総延長)が過少になることも,本件区間について縮小する変更をせずに本件計画を存続させることの理由に挙げている。Q県は,道路密度が,住宅地においては1平方キロメートル当たり4キロメートル,商業地においては1平方キロメートル当たり5キロメートルは最低限確保されるように(これらの数値を,以下「基準道路密度」という。),道路に係る都市計画を定める運用をしている。本件区間付近は,住宅地及び本件土地のような商業地から成るが,いずれにおいても,本件区間を整備しないと,道路密度が基準道路密度を1キロメートル前後下回ることになるため,Q県は本件計画をそのまま存続させる姿勢を崩していない。
 最近になって,Pは,持病が悪化して商店を休業することが多くなった。また,本件建物は,建築から45年以上を経過して老朽化し,一部が使用できない状態になった。そこで,Pは,商店の営業をやめて本件建物を取り壊し,鉄筋コンクリート8階建てのマンションを建築して,自らも居住しながらマンションを経営して老後の生活を送ることを考えるようになった。しかし,このことをQ県の職員に話したところ,「本件土地は,本件計画道路の区域内にあるため建築が制限され(以下,この制限を「本件建築制限」という。),そのような高層の堅固な建物の建築は認められない。」と言われた。Pは,承服できず,訴訟を提起するために弁護士Sに相談した。Pは,8階建てマンションへの建て替えを第一に要望しているが,もしそれが無理であれば,Q県に対し,本件土地の地価が本件建築制限により低落している分に相当する額の支払を請求し(以下,この請求を「本件支払請求」という。),本件建物を鉄骨2階建てのバリアフリーの住宅に建て替えることを考えている。
 【資料1 法律事務所の会議録】を読んだ上で,弁護士Tの立場に立って,弁護士Sの指示に応じ,設問に答えなさい。
 なお,都市計画法及び都市計画法施行規則の抜粋を,【資料2 関係法令】に掲げてあるので,適宜参照しなさい。

 

〔設問1〕
 本件計画決定は,抗告訴訟の対象となる処分に当たるか。本件計画決定がどのような法的効果を有するかを明らかにした上で,そのような法的効果が本件計画決定の処分性を根拠付けるか否かを検討して答えなさい。

 

〔設問2〕
 Q県が本件計画道路の区間又は幅員を縮小する変更をせずに本件計画を存続させていることは適法か。都市計画法の関係する規定を挙げながら,適法とする法律論及び違法とする法律論として考えられるものを示して答えなさい。

 

〔設問3〕
 Q県が本件計画を変更せずに存続させていることは適法であると仮定する場合,PのQ県に対する本件支払請求は認められるか。請求の根拠規定を示した上で,請求の成否を判断するために考慮すべき要素を,本件に即して一つ一つ丁寧に示しながら答えなさい。

 

【資料1 法律事務所の会議録】
弁護士S:本日は,Pの案件について基本的な処理方針を議論したいと思います。まず,本件土地の現況はどうなっていますか。

弁護士T:本件土地は,都市計画法上の近隣商業地域にあります。本件計画がなければ,Pが要望している高層の堅固なマンションを建築することに,法的な支障はありません。実際に,本件土地の周辺では,高層の堅固な建物が建築されています。

弁護士S:しかし,PはQ県の職員から,本件計画があるために建築が認められないと言われたのですね。

弁護士T:はい。確かに,都市計画施設の区域内でも,都市計画法第53条の許可を受ければ,建築が可能です。しかし,鉄筋コンクリート8階建てという高層の堅固な建物になりますと,都市計画法が建築制限を定める趣旨から言って,許可を受けることは難しいと思います。そして,建築基準法の制度によれば,本件計画が定めるような都市計画施設の区域内では,都市計画法第53条の許可を受けていない建物は建築確認を受けられないことになります。

弁護士S:そうですね。それでは,本件計画が違法なのでPの建物は都市計画法第53条の建築制限の適用を受けないと主張する方向で検討することにしましょう。したがって,Pが考えているマンションが,都市計画法第53条の許可の要件を満たすか否かは,検討しなくて結構です。しかし,1970年において本件計画決定が違法であったと主張することも,難しそうですね。

弁護士T:はい。どの都道府県でも,道路に係る都市計画は,高度経済成長期に人口増加と経済成長を前提に定められた結果として増えたのですが,地方公共団体の財政が悪化して,事業が全部又は一部施行されていない計画が残されている状況にあります。Q県でも,道路に係る都市計画全体のうち道路の延べ延長にして約50パーセントが,事業未施行の状態です。そこで,Q県は,2005年から,Q県でも近年進行している少子高齢化による人口減少や低成長経済を前提にして,道路に係る都市計画を全面的に見直すことにしました。見直しの結果,道路の区間や幅員を縮小するように都市計画を変更した例もあります。しかし,本件区間については本件計画を変更せずに存続させることにしたのです。

弁護士S:では,現時点において本件計画を変更せずに存続させていること,ここでは単に計画の存続ということにしますが,このことが違法といえるかどうかを検討してください。本件計画決定が1970年において違法であったという主張は,検討の対象から外してください。それでも,都市計画の存続を違法とした先例はなかなか見当たりませんので,計画の存続を適法とする法律論と違法とする法律論の双方を示して,都市計画法の関係規定を挙げながら,本件の具体的な事情に即して綿密に検討するようにお願いします。

弁護士T:承知しました。それから,計画の存続の違法性を主張するために,どのような訴えを提起するべきかという問題もあります。

弁護士S:そのとおりです。最高裁判所は,大法廷判決で,土地区画整理事業の事業計画の決定に処分性を認める判例変更をしましたね(最高裁判所平成20年9月10日大法廷判決,民集62巻8号2029頁)。ただし,都市計画施設として道路を整備する事業は,都市計画決定とそれに基づく都市計画事業認可との2段階を経て実施されるのですが,土地区画整理事業の事業計画の決定は,道路に係る都市計画でいえば,事業認可の段階に相当します。

弁護士T:そのためか,Q県の職員は,道路に係る都市計画決定は,この大法廷判決の射程の外にあり,事業の「青写真」の決定にすぎず,処分性はない,と解釈しているようなのです。

弁護士S:私たちとしては,この大法廷判決の射程をよく考えながら,道路に係る都市計画決定の法的効果を分析して,本件計画決定に処分性が認められるかどうか,判断する必要があります。都市計画決定の法的効果を分析する際には,その次の段階に位置付けられる都市計画事業認可の法的効果との関係も考慮に入れてください。綿密な検討をお願いします。

弁護士T:承知しました。本件計画決定に処分性が認められる場合,本件計画の変更を求める義務付け訴訟や,本件計画決定の失効確認訴訟を提起することになるのでしょうか。

弁護士S:いろいろ考えられますが,今の段階では,こうした個々の抗告訴訟の適法性を検討することまでは,していただかなくて結構です。また,本件計画決定の処分性が認められない場合に,どのような訴えを提起するべきかも問題ですが,この点についても,今の段階では,処分性の検討の際に必要な範囲で考慮するだけで結構です。

弁護士T:分かりました。

弁護士S:それで,Pは,絶対にマンションを建築したいという希望なのですか。

弁護士T:強い希望を持っています。建築資金も調達できるとのことです。マンションの設計の依頼まではしていませんが,それは,高い費用を掛けてマンションの設計を依頼しても,法的にマンションを建築できないことになると,設計費用が無駄になるからであって,意欲や財源がないからではありません。ただし,本件建築制限が適法とされる可能性があることは十分承知していて,その場合は,代わりに本件支払請求をすることを要望しています。

弁護士S:そのような本件支払請求が可能かどうかを検討する場合,いろいろな要素を考慮する必要がありますね。Pに有利な要素も不利な要素も一つ一つ示しながら,検討してください。請求の根拠規定やごく基本的な考慮要素も,丁寧に挙げてください。当然ながら,箇条書にとどめないでください。税法に関わる問題もありそうですが,その点は考慮しなくて結構です。

弁護士T:承知しました。

 

【資料2 関係法令】

 

○ 都市計画法(昭和43年6月15日法律第100号)(抜粋)

 

(定義)
第4条 この法律において「都市計画」とは,都市の健全な発展と秩序ある整備を図るための土地利用,都市施設の整備及び市街地開発事業に関する計画で,次章の規定に従い定められたものをいう。
2~4 (略)
5 この法律において「都市施設」とは,都市計画において定められるべき第11条第1項各号に掲げる施設をいう。
6 この法律において「都市計画施設」とは,都市計画において定められた第11条第1項各号に掲げる施設をいう。
7~14 (略)
15 この法律において「都市計画事業」とは,この法律で定めるところにより第59条の規定による認可又は承認を受けて行なわれる都市計画施設の整備に関する事業及び市街地開発事業をいう。
16 (略)
(都市計画区域)
第5条 都道府県は,市又は人口,就業者数その他の事項が政令で定める要件に該当する町村の中心の市街地を含み,かつ,自然的及び社会的条件並びに人口,土地利用,交通量その他国土交通省令で定める事項に関する現況及び推移を勘案して,一体の都市として総合的に整備し,開発し,及び保全する必要がある区域を都市計画区域として指定するものとする。(以下略)
2~6 (略)
(都市計画に関する基礎調査)
第6条 都道府県は,都市計画区域について,おおむね5年ごとに,都市計画に関する基礎調査として,国土交通省令で定めるところにより,人口規模,産業分類別の就業人口の規模,市街地の面積,土地利用,交通量その他国土交通省令で定める事項に関する現況及び将来の見通しについての調査を行うものとする。
2~5 (略)
(都市施設)
第11条 都市計画区域については,都市計画に,次に掲げる施設を定めることができる。(以下略)
一 道路,都市高速鉄道,駐車場,自動車ターミナルその他の交通施設
二~十一 (略)
2 都市施設については,都市計画に,都市施設の種類,名称,位置及び区域を定めるものとするとともに,面積その他の政令で定める事項を定めるよう努めるものとする。
3~6 (略)
(都市計画基準)
第13条 都市計画区域について定められる都市計画(中略)は,(中略)当該都市の特質を考慮して,次に掲げるところに従つて,土地利用,都市施設の整備及び市街地開発事業に関する事項で当該都市の健全な発展と秩序ある整備を図るため必要なものを,一体的かつ総合的に定めなければならない。(以下略)
一~十 (略)
十一 都市施設は,土地利用,交通等の現状及び将来の見通しを勘案して,適切な規模で必要な位置に配置することにより,円滑な都市活動を確保し,良好な都市環境を保持するように定めること。(以下略)
十二~十八 (略)
十九 前各号の基準を適用するについては,第6条第1項の規定による都市計画に関する基礎調査の結果に基づき,かつ,政府が法律に基づき行う人口,産業,住宅,建築,交通,工場立地その他の調査の結果について配慮すること。
2~6 (略)
(都市計画の図書)
第14条 都市計画は,国土交通省令で定めるところにより,総括図,計画図及び計画書によつて表示するものとする。
2 計画図及び計画書における区域区分の表示又は次に掲げる区域の表示は,土地に関し権利を有する者が,自己の権利に係る土地が区域区分により区分される市街化区域若しくは市街化調整区域のいずれの区域に含まれるか又は次に掲げる区域に含まれるかどうかを容易に判断することができるものでなければならない。
一~六 (略)
七 都市計画施設の区域
八~十四 (略)
3 (略)
(都市計画の告示等)
第20条 都道府県又は市町村は,都市計画を決定したときは,その旨を告示し,かつ,都道府県にあつては国土交通大臣及び関係市町村長に,市町村にあつては国土交通大臣及び都道府県知事に,第14条第1項に規定する図書の写しを送付しなければならない。
2 都道府県知事及び市町村長は,国土交通省令で定めるところにより,前項の図書又はその写しを当該都道府県又は市町村の事務所に備え置いて一般の閲覧に供する方法その他の適切な方法により公衆の縦覧に供しなければならない。
3 都市計画は,第1項の規定による告示があつた日から,その効力を生ずる。
(都市計画の変更)
第21条 都道府県又は市町村は,都市計画区域又は準都市計画区域が変更されたとき,第6条第1項若しくは第2項の規定による都市計画に関する基礎調査又は第13条第1項第19号に規定する政府が行う調査の結果都市計画を変更する必要が明らかとなつたとき,(中略)その他都市計画を変更する必要が生じたときは,遅滞なく,当該都市計画を変更しなければならない。
2 第17条から第18条まで及び前二条の規定は,都市計画の変更(中略)について準用する。(以下略)
(建築の許可)
第53条 都市計画施設の区域又は市街地開発事業の施行区域内において建築物の建築をしようとする者は,国土交通省令で定めるところにより,都道府県知事の許可を受けなければならない。(以下略)
一~五 (略)
2・3 (略)
(許可の基準)
第54条 都道府県知事は,前条第1項の規定による許可の申請があつた場合において,当該申請が次の各号のいずれかに該当するときは,その許可をしなければならない。
一・二 (略)
三 当該建築物が次に掲げる要件に該当し,かつ,容易に移転し,又は除却することができるものであると認められること。
イ 階数が二以下で,かつ,地階を有しないこと。
ロ 主要構造部(中略)が木造,鉄骨造,コンクリートブロツク造その他これらに類する構造であること。
(施行者)
第59条 都市計画事業は,市町村が,都道府県知事(中略)の認可を受けて施行する。
2 都道府県は,市町村が施行することが困難又は不適当な場合その他特別な事情がある場合においては,国土交通大臣の認可を受けて,都市計画事業を施行することができる。
3 国の機関は,国土交通大臣の承認を受けて,国の利害に重大な関係を有する都市計画事業を施行することができる。
4~7 (略)
(認可又は承認の申請)
第60条 前条の認可又は承認を受けようとする者は,国土交通省令で定めるところにより,次に掲げる事項を記載した申請書を国土交通大臣又は都道府県知事に提出しなければならない。
一・二 (略)
三 事業計画
四 (略)
2 前項第3号の事業計画には,次に掲げる事項を定めなければならない。
一 収用又は使用の別を明らかにした事業地(都市計画事業を施行する土地をいう。以下同じ。)
二 設計の概要
三 事業施行期間
3 第1項の申請書には,国土交通省令で定めるところにより,次に掲げる書類を添附しなければならない。
一 事業地を表示する図面
二 設計の概要を表示する図書
三~五 (略)
4 第14条第2項の規定は,第2項第1号及び前項第1号の事業地の表示について準用する。
(認可等の基準)
第61条 国土交通大臣又は都道府県知事は,申請手続が法令に違反せず,かつ,申請に係る事業が次の各号に該当するときは,第59条の認可又は承認をすることができる。
一 事業の内容が都市計画に適合し,かつ,事業施行期間が適切であること。
二 (略)
(都市計画事業の認可等の告示)
第62条 国土交通大臣又は都道府県知事は,第59条の認可又は承認をしたときは,遅滞なく,国土交通省令で定めるところにより,施行者の名称,都市計画事業の種類,事業施行期間及び事業地を告示し,かつ,国土交通大臣にあつては関係都道府県知事及び関係市町村長に,都道府県知事にあつては国土交通大臣及び関係市町村長に,第60条第3項第1号及び第2号に掲げる図書の写しを送付しなければならない。
2 市町村長は,前項の告示に係る事業施行期間の終了の日(中略)まで,国土交通省令で定めるところにより,前項の図書の写しを当該市町村の事務所において公衆の縦覧に供しなければならない。
(建築等の制限)
第65条 第62条第1項の規定による告示(中略)があつた後においては,当該事業地内において,都市計画事業の施行の障害となるおそれがある土地の形質の変更若しくは建築物の建築その他工作物の建設を行ない,又は政令で定める移動の容易でない物件の設置若しくは堆積を行なおうとする者は,都道府県知事の許可を受けなければならない。
2・3 (略)
(都市計画事業のための土地等の収用又は使用)
第69条 都市計画事業については,これを土地収用法第3条各号の一に規定する事業に該当するものとみなし,同法の規定を適用する。
第70条 都市計画事業については,土地収用法第20条(中略)の規定による事業の認定は行なわず,第59条の規定による認可又は承認をもつてこれに代えるものとし,第62条第1項の規定による告示をもつて同法第26条第1項(中略)の規定による事業の認定の告示とみなす。
2 (略)
(監督処分等)
第81条 国土交通大臣,都道府県知事又は指定都市等の長は,次の各号のいずれかに該当する者に対して,都市計画上必要な限度において,(中略)工事その他の行為の停止を命じ,若しくは相当の期限を定めて,建築物その他の工作物若しくは物件(中略)の改築,移転若しくは除却その他違反を是正するため必要な措置をとることを命ずることができる。
一 この法律若しくはこの法律に基づく命令の規定若しくはこれらの規定に基づく処分に違反した者(以下略)
二~四 (略)
2~4 (略)
第91条 第81条第1項の規定による国土交通大臣,都道府県知事又は指定都市等の長の命令に違反した者は,1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
○ 都市計画法施行規則(昭和44年8月25日建設省令第49号)(抜粋)
(都市計画の図書)
第9条 (略)
2 法(注:都市計画法)第14条第1項の計画図は,縮尺2500分の1以上の平面図(中略)とするものとする。
3 (略)
第47条 法第60条第3項(中略)の規定により同条第1項(中略)の申請書に添附すべき書類は,それぞれ次の各号に定めるところにより作成(中略)するものとする。
一 事業地を表示する図面は,次に定めるところにより作成するものとする。
イ 縮尺50000分の1以上の地形図によつて事業地の位置を示すこと。
ロ 縮尺2500分の1以上の実測平面図によつて事業地を収用の部分は薄い黄色で,使用の部分は薄い緑色で着色し,事業地内に物件があるときは,その主要なものを図示すること。収用し,若しくは使用しようとする物件又は収用し,若しくは使用しようとする権利の目的である物件があるときは,これらの物件が存する土地の部分を薄い赤色で着色すること。
二 設計の概要を表示する図書は,次に定めるところにより作成するものとする。
イ 都市計画施設の整備に関する事業にあつては,縮尺2500分の1以上の平面図等によつて主要な施設の位置及び内容を図示すること。
ロ (略)
三 (略)

 

練習答案

[設問1]
 抗告訴訟(行政事件訴訟法3条)の対象となる処分とは、行政庁が特定の者を名あて人として、その者の権利を制限したりその者に義務を負わせたりする行為のことである。行政庁は私人に対し一方的にこうした処分をするので両者が対等の当事者であるとは言い難く、民事訴訟法の規定が行政事件訴訟法により修正されている。本件計画決定が処分に当たるかどうかを検討する際には、先に述べた処分の定義や趣旨から考えなければならない。
 都市計画とは、都市計画法(以下「法」とする)4条にあるように、都市の健全な発展と秩序ある整備を図るための土地利用、都市施設の整備及び市街地開発事業に関する計画である。本件計画決定は、その都市計画をQ県が決定したものであり、その旨の告示や指定された図書を公衆の縦覧に供しなければならないものである(法20条1項、2項)。
 本件計画に含まれる本件道路は都市計画施設である(法4条6項、11条1項1号)。よってその区域内の本件土地上で建築物の建築をしようとする者であるPは、Q県知事の許可を受けなければならない(法53条1項)。P自身もそのように考え、Q県の職員に8階建てマンションの建築について話したところ、Q県知事の許可は得られないだろうと言われている。
 このように、Pは自己所有の土地上に自分の希望する建物を建築するという権利を本件計画決定により制限されている。本件計画決定は表面的にPを名あて人としたものではないが、公衆の縦覧に供しなければならない指定された図書は、土地に関し権利を有する者が、自己の権利に係る土地が都市計画施設の区域に含まれるかどうかを容易に判断することができるものでなければならない(法14条1項、2項)ので、実質的にはPほか都市計画施設の区域の土地に権利を有する特定の者を名あて人にしているに等しい。*①を挿入
 以上より、本件計画決定は、Q県がPを名あて人として、Pが自己所有の土地上に自分の希望する建物を建築する権利を制限するものなので、抗告訴訟の対象となる処分に当たる。本件計画決定は事業の「青写真」の決定にすぎず処分性はないとするQ県の職員の主張は、最高裁判所平成20年9月10日大法廷判決の解釈を誤ったものであり、失当である。

 

[設問2]
 Q県が本件計画道路の区間又は幅員を縮小する変更をせずに本件計画を存続させていることは適法である。
 1.適法とする法律論
 そもそも都市計画を定めることはQ県の裁量の範囲内である。都市計画法に「都市計画を定めなければならない」や「都市計画を定めてはならない」といった規定は見当たらない。よって当不当の問題はさておき、都市計画が違法となるのはよほどの場合に限られる。
 本件計画決定がなされた1970年当時に適法であったことに争いはない。確かに本件計画道路の交通量が1990年から2010年までに約20パーセント減少しているという事実はあるが、他方で本件区間の整備を進めれば交通需要が増えていくという予測があるし、基準道路密度を満たすためという事情もある。都市計画区域は一体の都市として総合的に整備するものであり(法5条1項)、都市計画は当該都市の健全な発展と秩序ある整備を図るため必要なものを、一体的かつ総合的に定めなければならない(法13条1項)のであるから、1つの否定的な要素があっても他の肯定的な要素を合わせて総合的に考えて本件計画を存続させていることは適法である。
 2.違法とする法律論
 都道府県は、法第6条第1項の規定による都市計画に関する基礎調査の結果都市計画を変更する必要が明らかとなったときは、遅滞なく、当該都市計画を変更しなければならない(法21条1項)。Q県が5年ごとに行っている都市計画に関する基礎調査で本件計画道路の交通量が1990年から2010年までに約20パーセント減少しているという結果が出ているので、本件計画を変更する必要は明らかであり、Q県は遅滞なく本件計画を変更しなければならない。その調査結果が出されてからも本件計画を存続させていることは、法21条1項に反し違法である。
 3.結論
 法21条1項の「都市計画を変更する必要が明らかとなったとき」というのは、そもそものQ県の裁量や、他の要素も含めた総合的な都市整備という見地を考慮してもなお都市計画を変更する必要が明らかなときを指すのであり、本件ではそこまで至っていないので、本件計画を存続させていることは適法である。

 

[設問3]
 法には本件支払請求の根拠となりそうな規定がないので、Pは日本国憲法29条3項に基づいて損失補償を請求することになる。しかしその請求は認められない。
 Pが主張するように、本件建築制限により本件土地の地価が低落しているかどうかはわからない。建築制限があるといっても2階建ての住宅などは建てることができるのであるから、ほとんど制限されていないと言え、地価が低落しないことも十分考えられる。また、仮に地価が低落しているとしても、それは受忍限度内である。日本国憲法29条1項に保障される財産権といえども、絶対無制約ではあり得ず、公共の福祉のために制限されることがある。本件では適法な都市計画の一環で建築制限を受けているにすぎないず[原文ママ]、その制限もわずかなものなので、受忍限度内である。

*①また、これに従わなければ罰則もある(法81条1項、91条)

以上

 

 

 

修正答案

[設問1]
 抗告訴訟(行政事件訴訟法3条)の対象となる処分とは、行政庁が特定の者を名あて人として、その者の権利を制限したりその者に義務を負わせたりする行為のことである。行政庁は私人に対し一方的にこうした処分をするので両者が対等の当事者であるとは言い難く、民事訴訟法の規定が行政事件訴訟法により修正されている。本件計画決定が処分に当たるかどうかを検討する際には、先に述べた処分の定義や、どの段階で行政事件訴訟法の規律に服させるべきかという点から検討しなければならない。
 都市計画とは、都市計画法(以下「法」とする)4条にあるように、都市の健全な発展と秩序ある整備を図るための土地利用、都市施設の整備及び市街地開発事業に関する計画である。本件計画決定は、その都市計画をQ県が決定したものであり、その旨の告示や指定された図書を公衆の縦覧に供しなければならないものである(法20条1項、2項)。
 本件計画に含まれる本件道路は都市計画施設である(法4条6項、11条1項1号)。よってその区域内の本件土地上で建築物の建築をしようとする者であるPは、Q県知事の許可を受けなければならない(法53条1項)。P自身もそのように考え、Q県の職員に8階建てマンションの建築について話したところ、Q県知事の許可は得られないだろうと言われている。
 このように、Pは自己所有の土地上に自分の希望する建物を建築するという権利を本件計画決定により一定程度制限されている。しかしながら本件計画決定はPを名あて人としたものではなく、一般的な制限である。よって処分の定義に該当しない。
 また、どの段階で行政事件訴訟法の規律に服させるべきかという点からも、本件都市計画決定に処分性を見出す意義が認められない。というのも、Q県の職員が主張するように、都市計画決定は変更されることもある「青写真」であって、後続する都市計画事業認可の段階で処分性を認めれば足りるからである。この都市計画事業認可の段階になると、厳しい建築制限が課され(法65条1項)、その土地が収用又は使用されるという地位に個別に立たされる(法69条、法施行規則47条)。最高裁判所平成20年9月10日大法廷判決の基準からすればこのような結論となる。
 以上より、本件計画決定は、Pを含む一定の者に一定の建築制限を課すという法的効果を有するが、処分には当たらない。後続する都市計画事業認可は、特定の者に強度の建築制限を課し土地を収用又は使用される地位に立たせるという法的効果を有し、処分に当たる。

 

[設問2]
 Q県が本件計画道路の区間又は幅員を縮小する変更をせずに本件計画を存続させていることは適法である。
 1.適法とする法律論
 そもそも都市計画を定めることはQ県の裁量の範囲内である。都市計画法に「都市計画を定めなければならない」や「都市計画を定めてはならない」といった規定は見当たらない。都市計画には政策的、専門技術的な判断が求められるので、広範な裁量に委ねられているのである。よって当不当の問題はさておき、都市計画が違法となるのは不正な動機や事実誤認などのよほどの場合に限られる。
 本件計画決定がなされた1970年当時に適法であったことに争いはない。確かに本件計画道路の交通量が1990年から2010年までに約20パーセント減少しているという事実はあるが、他方で本件区間の整備を進めれば交通需要が増えていくという予測があるし、基準道路密度を満たすためという事情もある。都市計画区域は一体の都市として総合的に整備するものであり(法5条1項)、都市計画は当該都市の健全な発展と秩序ある整備を図るため必要なものを、一体的かつ総合的に定めなければならない(法13条1項)のであるから、1つの否定的な要素があっても他の肯定的な要素を合わせて総合的に考えて本件計画を存続させていることは適法である。
 2.違法とする法律論
 都道府県は、法第6条第1項の規定による都市計画に関する基礎調査の結果都市計画を変更する必要が明らかとなったときは、遅滞なく、当該都市計画を変更しなければならない(法21条1項)。Q県が5年ごとに行っている都市計画に関する基礎調査では、c地点の付近において事業所及び人口が減少する「空洞化」の傾向が見られ、本件計画道路の交通量が1990年から2010年までに約20パーセント減少しているという結果が出ているので、本件計画を変更する必要は明らかであり、Q県は遅滞なく本件計画を変更しなければならない。本件区間の整備を進めれば、c地点付近の旧市街地の経済が活性化し、それに伴いb地点とc地点の間の交通需要が増えていくと予測は、地元の主張に迎合して事実を歪めている可能性がある。このような状況下で本件計画を存続させていることは、法21条1項に反し違法である。
 基準道路密度は、数値がわずかでも下回ってはいけないというように機械的に運用するべきものではなく、地域の実態や財政状況にも配慮して目標とすべきものなので、その観点から本件計画を存続させるという正当性は薄い。
 3.結論
 法21条1項の「都市計画を変更する必要が明らかとなったとき」というのは、そもそものQ県の裁量や、他の要素も含めた総合的な都市整備という見地を考慮してもなお都市計画を変更する必要が明らかなときを指すのであり、本件ではそこまで至っていないので、本件計画を存続させていることは適法である。不正な動機や事実誤認がはっきりあるとも言えない。

 

[設問3]
 Q県が本件計画を変更せずに存続させていることは適法であると仮定する場合、国家賠償は請求できないので、損失補償を請求する道を探る。法には本件支払請求の根拠となりそうな規定がないので、Pは日本国憲法29条3項に基づいて損失補償を請求することになる。しかしその請求は認められない。
 日本国憲法29条1項に保障される財産権といえども、絶対無制約ではあり得ず、公共の福祉のために制限されることがあり、損失補償は特別の犠牲を被った場合にのみ認められる。本件は積極的な都市計画の一環としての制限なので、警察や安全などの消極的な目的のための制限と比べると、特別の犠牲が認定されやすい。しかしながら、Pが主張するように建築制限があるといっても、2階建ての住宅などは建てることができるのであるから、ほとんど制限されていないと言える。Pは従前からの商店営業を続けることができたのであるし、持病が悪化してからも本件土地上でバリアフリー住宅に住み続けることができるのである。地価が下落しているといっても、同じ土地に住み続けるのであれば、その損害も潜在的なものに過ぎない。制限されているのは8階建てのマンションを建てて新たにマンション経営をすることくらいなので、財産権の侵害といっても重大な侵害ではない。40年ほど建築制限を受けてきたといっても、Pがそれに不満を抱くようになったのは最近のことであると推察される。以上より本件は特別の犠牲には当たらず受忍限度内であるので、PのQ県に対する本件支払請求は認められない。

以上

 

 

 

感想

[設問1]は判例に習熟していないこともあって設問を意図を汲み取れておらず、修正答案で大きく書き直しました。[設問2]はまだましだったかなと。[設問3]は「特別の犠牲」というキーワードを出せなかったのが悔やまれます。また、時間不足で記述も足りませんでした。

 




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