浅野直樹の学習日記

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平成27(2015)年司法試験予備試験論文再現答案刑法

問題

以下の事例に基づき,甲,乙,丙及び丁の罪責について論じなさい(特別法違反の点を除く 。)。

 

1 甲は,建設業等を営むA株式会社(以下「A社」という。)の社員であり,同社の総務部長として同部を統括していた。また,甲は,総務部長として,用度品購入に充てるための現金(以下「用度品購入用現金」という。)を手提げ金庫に入れて管理しており,甲は,用度品を購入する場合に限って,その権限において,用度品購入用現金を支出することが認められていた。
 乙は,A社の社員であり,同社の営業部長として同部を統括していた。また,乙は,甲の職場の先輩であり,以前営業部の部員であった頃,同じく同部員であった甲の営業成績を向上させるため,甲に客を紹介するなどして甲を助けたことがあった。甲はそのことに恩義を感じていたし,乙においても,甲が自己に恩義を感じていることを認識していた。
 丙は,B市職員であり,公共工事に関して業者を選定し,B市として契約を締結する職務に従事していた。なお,甲と丙は同じ高校の同級生であり,それ以来の付き合いをしていた。
 丁は,丙の妻であった。

2 乙は,1年前に営業部長に就任したが,その就任頃からA社の売上げが下降していった。乙は,某年5月28日,A社の社長室に呼び出され,社長から,「6月の営業成績が向上しなかった場合,君を降格する。」と言い渡された。

3 乙は,甲に対して,社長から言われた内容を話した上, 「お前はB市職員の丙と同級生なんだろう。丙に,お礼を渡すからA社と公共工事の契約をしてほしいと頼んでくれ。お礼として渡す金は,お前が総務部長として用度品を買うために管理している現金から,用度品を購入したことにして流用してくれないか。昔は,お前を随分助けたじゃないか。」などと言った。甲は,乙に対して恩義を感じていたことから,専ら乙を助けることを目的として,自己が管理する用度品購入用現金の中から50万円を謝礼として丙に渡すことで,A社との間で公共工事の契約をしてもらえるよう丙に頼もうと決心し,乙にその旨を告げた。

4 甲は,同年6月3日,丙と会って,「今度発注予定の公共工事についてA社と契約してほしい。 もし,契約を取ることができたら,そのお礼として50万円を渡したい。」 などと言った。丙は,甲の頼みを受け入れ,甲に対し, 「分かった。何とかしてあげよう。」などと言った。
 丙は,公共工事の受注業者としてA社を選定し,同月21日,B市としてA社との間で契約を締結した。なお,その契約の内容や締結手続については,法令上も内規上も何ら問題がなかった。

5 乙は,B市と契約することができたことによって降格を免れた。
 甲は,丙に対して謝礼として50万円を渡すため,同月27日,手提げ金庫の用度品購入用現金の中から50万円を取り出して封筒に入れ,これを持って丙方を訪問した。しかし,丙は外出しており不在であったため,甲は,応対に出た丁に対し,これまでの経緯を話した上,「御主人と約束していたお礼のお金を持参しましたので,御主人にお渡しください。」と頼んだ 。丁は,外出中の丙に電話で連絡を取り,丙に対して,甲が来訪したことや契約締結の謝礼を渡そうとしていることを伝えたところ,丙は,丁に対して,「私の代わりにもらっておいてくれ。」と言った。
 そこで,丁は,甲から封筒に入った50万円を受領し,これを帰宅した丙に封筒のまま渡した。

 

再現答案

以下刑法についてはその条数のみを示す。

 

第1 丙の罪責
 丙は、B市職員という公務員である。A社にB市の公共工事を発注することは、そのBの職務に関している。「もし、(A社がB市の発注する公共工事の)契約を取ることができたら、そのお礼として50万円渡したい」という甲の発言に対し、丙は「分かった。何とかしてあげよう」と答えているので、賄賂の約束をしている。同時に請託も受けている。よって、この時点で、丙には受託収賄罪(197条1項後段)が成立する。その契約の内容や締結手続については、法令上も内規上も何ら問題がなかったと問題文に書かれているので、加重収賄罪(197条の3第1項)は成立しない。なお、その後、丁を通じて甲から50万円を受け取ったことは、不可罰的事後行為であるが、没収又は追徴の対象にはなる(197条の5)。
第2 丁の罪責
 丁は、上記の丙の収賄罪の経緯を甲から聞いた上で、「御主人と約束していたお礼のお金を持参しましたので、御主人にお渡しください」と甲から言われ、丙に電話で「私の代わりにもらっておいてくれ」と言われて、甲から封筒に入った50万円を受領し、これを帰宅した丙に封筒のまま渡した。これは正犯の丙の収賄罪を助けているので、幇助(62条1項)に当たる。故意がなかったということはない。
 丁は公務員ではないので、収賄罪が成立するかどうかが問題となる。収賄罪の公務員という身分は構成的身分なので、65条1項を文言通りに適用して、丁は収賄罪の共犯となる。
 以上より、丁は受託収賄罪(197条1項後段)の幇助が成立する。なお、その犯罪の企画・利益は丙に帰属し、丁は偶然それを助けたに過ぎない(丙が在宅時に甲が訪ねて来ていたら丙が自ら受領していたと考えられる)ので、共同正犯(60条)にはならない。
第3 甲の罪責
 丙に受託収賄罪(197条1項後段)が成立するのは先に述べた通りであるので、甲は賄賂を約束した者となり、贈賄罪(198条)が成立する。50万円を渡した行為は、丙と同様に、不可罰的事後行為である。
 自己の占有する他人の物を横領した者には横領罪が成立する。「横領した」と言えるためには、他の財産に対する罪と同じように、不法領得の意思が必要である。また、財産的損害も必要である。
 甲が用度品購入用現金を占有していたのは、A社の用度品を購入するという業務上である。その現金はA社という他人の物である。その中から50万円を丙に交付したので、横領したと言える。そのおかげで乙は降格を免れたのであり、甲としては営業成績を向上させてもらったお礼を乙にするためにこの行為に及んでいるので、不法領得の意思があると言ってよい。A社にはこの50万円分の財産的損害が生じているし、仮にB市との契約からの利益でそれをまかなうことができるとしても、贈収賄が表に出ると企業のマイナスイメージなどで大きな損害を被るので、財産的損害が生じていると言える。よって甲には業務上横領罪(253条)が成立する。
 以上より、甲には贈賄罪と業務上横領罪が成立し、これらは1個の行為ではないので、併合罪(45条)となる。
第4 乙の罪責
 上で検討した甲の罪責は、乙が企画し、問題文の3にあるように乙にその実行を頼んでいる。このように共謀があり、二人以上共同して犯罪を実行したと言えるので、乙は共同正犯(60条)となる。二人以上共同して犯罪を実行した者はすべて正犯とするのは、共同することで犯罪が容易になるので、一部しか分担してない者にも全部の責任を負わすという趣旨である。実際、乙は実行行為を担当していないが、甲にやり方を示すなど犯罪を容易にしているので、共同正犯になるのが妥当である。
 横領罪について、乙は業務上でも占有してもいなかった。占有という身分は構成的身分なので65条1項により乙には横領罪が成立し、業務上という身分は加減的身分なので65条2項により通常の横領罪(252条1項)の刑が課される。
 以上より、乙には贈賄罪と横領罪(252条1項)が成立し、これら併合罪となる。共謀は1個の行為であるが、共犯の者の間で差がつかないほうが合理的なので、実行行為を基準にして考えるべきだからである。

以上

 

感想

書いているうちに共犯と身分といったいろいろな論点が見えてきて、多少ちぐはぐになりながらも、どうにか盛り込みました。

 



平成27(2015)年司法試験予備試験論文再現答案行政法

問題

 A県に存するB川の河川管理者であるA県知事は,1983年,B川につき,河川法第6条第1項第3号に基づく河川区域の指定(以下「本件指定」という。)を行い,公示した。本件指定は,縮尺2500分の1の地図に河川区域の境界を表示した図面(以下「本件図面」という。)によって行われた。
 Cは,2000年,B川流水域の渓谷にキャンプ場(以下「本件キャンプ場」という。)を設置し,本件キャンプ場内にコテージ1棟(以下「本件コテージ」という。)を建築した。その際,Cは,本件コテージの位置につき,本件図面が作成された1983年当時と土地の形状が変化しているため不明確ではあるものの,本件図面に表示された河川区域の境界から数メートル離れており,河川区域外にあると判断し,本件コテージの建築につき河川法に基づく許可を受けなかった。そして,河川法上の問題について,2014年7月に至るまで,A県知事から指摘を受けることはなかった。
 2013年6月,A県知事は,Cに対し,本件コテージにつき建築基準法違反があるとして是正の指導(以下「本件指導」という。)をした。Cは,本件指導に従うには本件コテージの大規模な改築が必要となり多額の費用を要するため,ちゅうちょしたが,本件指導に従わなければ建築基準法に基づく是正命令を発すると迫られ,やむなく本件指導に従って本件コテージを改築した。Cは,本件コテージの改築を決断する際,本件指導に携わるA県の建築指導課の職員Dに対し,「本件コテージは河川区域外にあると理解しているが間違いないか。」と尋ねた。Dは,A県の河川課の担当職員Eに照会したところ,Eから「測量をしないと正確なことは言えないが,今のところ,本件コテージは河川区域外にあると判断している。」旨の回答を受けたので,その旨をCに伝えた。
 2014年7月,A県外にある他のキャンプ場で河川の急激な増水による事故が発生したことを契機として,A県知事は本件コテージの設置場所について調査した。そして,本件コテージは,本件指定による河川区域内にあると判断するに至った。そこで,A県知事は,Cに対し,行政手続法上の手続を執った上で,本件コテージの除却命令(以下「本件命令」という。)を発した。
 Cは,本件命令の取消しを求める訴訟(以下「本件取消訴訟」という。)を提起し,本件コテージが本件指定による河川区域外にあることを主張している。さらに,Cは,このような主張に加えて,本件コテージが本件指定による河川区域内にあると仮定した場合にも,本件命令の何らかの違法事由を主張することができるか,また,本件取消訴訟以外に何らかの行政訴訟を提起することができるかという点を,明確にしておきたいと考え,弁護士Fに相談した。Fの立場に立って,以下の設問に答えなさい。なお,河川法及び同法施行令の抜粋を資料として掲げるので,適宜参照しなさい。

 

〔設問1〕
 本件取消訴訟以外にCが提起できる行政訴訟があるかを判断する前提として,本件指定が抗告訴訟の対象となる処分に当たるか否かを検討する必要がある。本件指定の処分性の有無に絞り,河川法及び同法施行令の規定に即して検討しなさい。なお,本件取消訴訟以外にCが提起できる行政訴訟の有無までは,検討しなくてよい。

 

〔設問2〕
 本件コテージが本件指定による河川区域内にあり,本件指定に瑕疵はないと仮定した場合,Cは,本件取消訴訟において,本件命令のどのような違法事由を主張することが考えられるか。また,当該違法事由は認められるか。

 

【資 料】
〇 河川法(昭和39年7月10日法律第167号)(抜粋)
(河川区域)
第6条 この法律において「河川区域」とは,次の各号に掲げる区域をいう。
一 河川の流水が継続して存する土地及び地形,草木の生茂の状況その他その状況が河川の流水が継続して存する土地に類する状況を呈している土地(中略)の区域
二 (略)
三 堤外の土地(中略)の区域のうち,第1号に掲げる区域と一体として管理を行う必要があるものとして河川管理者が指定した区域 〔注:「堤外の土地」とは,堤防から見て流水の存する側の土地をいう。〕
2・3 (略)
4 河川管理者は,第1項第3号の区域(中略)を指定するときは,国土交通省令で定めるところにより,その旨を公示しなければならない。これを変更し,又は廃止するときも,同様とする。
5・6 (略)
(河川の台帳)
第12条 河川管理者は,その管理する河川の台帳を調製し,これを保管しなければならない。
2 河川の台帳は,河川現況台帳及び水利台帳とする。
3 河川の台帳の記載事項その他その調製及び保管に関し必要な事項は,政令で定める。
4 河川管理者は,河川の台帳の閲覧を求められた場合においては,正当な理由がなければ,これを拒むことができない。
(工作物の新築等の許可)
第26条 河川区域内の土地において工作物を新築し,改築し,又は除却しようとする者は,国土交通省令で定めるところにより,河川管理者の許可を受けなければならない。(以下略)
2~5 (略)
(河川管理者の監督処分)
第75条 河川管理者は,次の各号のいずれかに該当する者に対して,(中略)工事その他の行為の中止,工作物の改築若しくは除却(中略),工事その他の行為若しくは工作物により生じた若しくは生ずべき損害を除去し,若しくは予防するために必要な施設の設置その他の措置をとること若しくは河川を原状に回復することを命ずることができる。
一 この法律(中略)の規定(中略)に違反した者(以下略)
二・三 (略)
2~10 (略)
第102条 次の各号のいずれかに該当する者は,1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
一 (略)
二 第26条第1項の規定に違反して,工作物の新築,改築又は除却をした者
三 (略)

 

〇 河川法施行令(昭和40年2月11日政令第14号)(抜粋)
(河川現況台帳)
第5条 (略)
2 河川現況台帳の図面は,付近の地形及び方位を表示した縮尺2500分の1以上(中略)の平面図(中略)に,次に掲げる事項について記載をして調製するものとする。
一 河川区域の境界
二~九 (略)

 

再現答案

以下行政事件訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 抗告訴訟の対象となる「処分」とは「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」である(3条2項)。その処分の内実は、行政庁が、国民を名あて人として、直接権利を与えたり義務を課したりすることであると、判例などを通じて解されている。このように解釈すると、行政事件訴訟法の対象となる処分を絞ることができ、適当である。また、ある行為が処分であるかどうかを判断する際には、行政庁の一連の行為の中のどの段階で訴訟の場で争うのが適切であるかという観点も重要である。
 本件指定をしたA県知事は行政庁である。本件指定は私人としての行為ではなく公権力の行使に当たる。本件指定は、表面的に、Cのような特定の個人(国民)を名あて人とはしていないが、本件指定の区域内で工作物を所有していたり建築しようとしていたりする者は特定されるので、国民を名あて人としていると言ってよい。河川区域内の土地において工作物を新築し、改築し、又は除去しようとする者は、河川管理者の許可を受けなければならなくなり(河川法26条1項)、それに違反すると1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処される(河川法102条柱書)ので、一見義務が課されているように思われる。しかし、この義務は抽象的な可能性にとどまり、直接義務を課されたとは言えない。河川法26条1項の許可の申請をした後に、その不許可処分や何らの処分もなされないことを訴訟で争うほうが適切であり、この段階という観点からも、本件指定は処分でないと考えたほうが適当である。
 以上より、本件指定に処分性は認められない。

 

[設問2]
 河川管理者は、河川法の規定に違反した者に対して、工作物の除去を命ずることができる(河川法75条1項柱書)。河川区域内の土地において工作物を新築しようとする者は、河川管理者の許可を受けなければならない(河川法26条1項)。A県知事は河川管理者である。本件コテージが本件指定による河川区域内にあり、本件指定に瑕疵はないと仮定した場合、Cは許可を受けずに2000年に河川区域内の土地において工作物を新築したことになる。このようにCは河川法の規定に違反しているので、A県知事は本件コテージという工作物の除去を命ずることができる。つまり、本件命令の内容は適法ということになる。また、行政手続法上の手続を執ったと問題文にあるので、手続的にも適法である。
 行政庁の行為にも、信義則(民法2条2項、3項)の適用があると解されている。日本国憲法は、大日本帝国憲法とは異なり、行政庁の無びゅう性を前提としていないからである。ただ、公権力の行使という特性を踏まえて、慎重に信義則を適用しなければならない。
 Cとしては、本件コテージ建築の際に、本件図面に表示された河川区域の境界から数メートル離れており、河川区域外にあると判断した。そしてその後も2014年7月に至るまで、河川法上の問題についてA県知事から指摘を受けることがなかったばかりか、2013年6月に、A県の建築指導課の職員Dを通じて河川課の担当職員Eの「測量をしないと正確なことは言えないが、今のところ、本件コテージは河川区域外にあると理解している」旨の回答をCは聞いている。それにもかかわらず本件命令を行うことは、信義則に反し違法であるとCが主張することが考えられる。
 本件図面は、河川管理者のA県知事が調整・保管することが要求されているものであり(河川法12条1項)、閲覧も予定されている(河川法12条4項)ので、重要な資料ではあるが、河川という自然の性質上、寸分違わず記載されているとは期待できない。Eの発言にしても、「測量をしないと正確なことは言えないが」という留保付きであった。そして何より、本件コテージを除去しないと河川の急激な増水などで危険であり、それを踏まえると、信義則を適用して本件命令が違法だとするべきではない。
 以上より、Cは、本件取消訴訟において、本件命令は信義則に反して違法であると主張することが考えられるが、その違法事由は認められない。なお、取消訴訟の違法と国家賠償訴訟の違法とは必ずしも同じではないので、別途国家賠償請求訴訟で違法だと認定される可能性はある。

以上

 

感想

関連する判例も頭に思い浮かび、事実や河川法の条文もまずまずうまく拾えたので、練習した成果は発揮できたと思います。

 



平成27(2015)年司法試験予備試験論文再現答案憲法

問題

 違憲審査権の憲法上の根拠や限界について,後記の〔設問〕にそれぞれ答えなさい。

 
〔設問1〕
 違憲審査権に関し,次のような見解がある。
 「憲法第81条は,最高裁判所に,いわゆる違憲審査権を認めている。ただし,この条文がなくても,一層根本的な考え方からすれば,憲法の最高法規性を規定する憲法第98条,裁判官は憲法に拘束されると規定する憲法第76条第3項,そして裁判官の憲法尊重擁護義務を規定する憲法第99条から,違憲審査権は十分に抽出され得る。」
 上記見解に列挙されている各条文に即して検討しつつ,違憲審査権をめぐる上記見解の妥当性
について,あなた自身の見解を述べなさい。(配点:20点)

 

〔設問2〕
 内閣は,日本経済のグローバル化を推進するために農産物の市場開放を推し進め,何よりもX国との間での貿易摩擦を解消することを目的として,X国との間で農産物の貿易自由化に関する条約(以下「本条約」という。)を締結した。国会では,本条約の承認をめぐって議論が紛糾したために,事前の承認は得られなかった。国会は,これを事後に承認した。
 内閣が本条約上の義務を履行する措置を講じた結果,X国からの農産物輸入量が飛躍的に増加し,日本の食料自給率は20パーセントを下回るまでになることが予想される状況となった。ちなみに,X国の食料自給率は100パーセントを超えており,世界的に見ても60から70パーセントが平均的な数字で,先進国で20パーセントを切る国はない。
 農業を営むAは,X国から輸入が増大したものと同じ種類の農産物を生産していたが,X国と日本とでは農地の規模が異なるため大量生産ができず,価格競争力において劣るため,農業を継続することが困難な状況にある。Aは,本条約は,農業を営む者の生存権や職業選択の自由を侵害するのみならず,国民生活の安定にとって不可欠な食料自給体制を崩壊させる違憲な条約であるとして訴訟を提起した。これに対して,被告となった国から本条約は違憲審査の対象とならない旨の主張がなされ,この点が争点となった。
 本条約が違憲審査の対象となるか否か,及び本条約について憲法判断を行うべきか否かに関し
て,Aの主張及び想定される国の主張を簡潔に指摘し,その上でこれらの点に関するあなた自身
の見解を述べなさい。(配点:30点)

 

再現答案

以下日本国憲法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 違憲審査権をめぐる上記見解は妥当でないと私は考える。
 「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」(98条1項)とあるが、それは憲法が法律などよりも上位にあるという序列を示しているだけであって、(最高)裁判所に違憲審査権を認めているわけではない。かえって、「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である」(41条)と規定されているので、違憲であるかどうかを判断するのは国会であると考えるほうが自然である。
 「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」(76条3項)とあるが、これは裁判官の独立を規定したものであり、「この憲法及び法律」と並列させていることからも、違憲審査権を規定したものではない。
 「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」(99条)というのは、公務の公平性を求めるものである。仮にここから違憲審査権を導くとすれば、天皇やその他の公務員が違憲審査権を持つとも言えるわけで、明らかに不合理である。
 以上より、(最高)裁判所に違憲審査権を認める上記見解は、妥当ではない。

 

[設問2]
第1 Aの主張
 81条は、最高裁判所に、いわゆる違憲審査権を認めている。「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」(98条1項)のであって、憲法に反するあらゆる行為が効力を有さないので、本条約も当然違憲審査の対象となる。
第2 国の主張
 「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である」(81条)。その違憲審査の対象は「一切の法律、命令、規則又は処分」であり、そこに条約は含まれていない。「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」(98条2項)ことからしても、条約が違憲審査の対象とならないのは明らかである。
第3 私の見解
 Aの主張も国の主張も一定の合理性を有しているので、ここでは条約というものの本質から考える。
 条約とは、主権国家間の約束事である。主権はその国にのみ通用するものであり、日本国憲法は本条約でのX国のような相手国には及ばない。一旦条約を締結した後に、その国の憲法に反していたことを理由としてその条約をなかったことにするという理屈は通用しない。そのようなことがあれば政治的に大きな問題となり、下手をすると戦争につながるかもしれない。相手国(X国)としては、その国(日本国)の条約締結の担当者を決めておいてくれと思うはずである。
 その条約締結の担当者は、実際的には内閣であり(73条3号本文)、承認を与えて正当なものとするという権威的な意味合いでは国会である(73条3号但書)。裁判所ではない。よって、本条約は裁判所に拠る違憲審査の対象とはならない。
 もっとも、条約に基づいて国内法が制定された場合は、81条より違憲審査の対象となるが、本条約に基づいて国内法が制定されたという事情は見られない。
 また、本条約が違憲審査の対象とならなくても、傍論のような形で裁判所が憲法判断を行うべきという考えもあるかもしれないが、そのようなことをしても実効性がなく、混乱を広げるだけなので、憲法判断を行うべきではない。
 以上より、本条約は、違憲審査の対象とはならず、(最高)裁判所は本条約について憲法判断を行うべきではない。

以上

 

 

感想

一行問題に近くて驚きました。[設問1]は挙げられている条文の根拠にケチをつけただけなので、これでよいのか不安です。[設問2]は食料自給率などの数字が挙げられていることもあり、一瞬本案についての記述をしかけましたが、問題をよく読んでこのような記述にしました。

 

 



平成25年司法試験予備試験論文(民法)答案練習

問題

 次の文章を読んで,後記の〔設問1〕 〔設問2〕 及び に答えなさい。

 

【事実】
1.Aは,太陽光発電パネル(以下「パネル」という。)の部品を製造し販売することを事業とする株式会社である。工場設備の刷新のための資金を必要としていたAは,平成25年1月11日,Bから,利息年5%,毎月末日に元金100万円及び利息を支払うとの条件で,1200万円の融資を受けると共に,その担保として,パネルの部品の製造及び販売に係る代金債権であって,現在有しているもの及び今後1年の間に有することとなるもの一切を,Bに譲渡した。A及びBは,融資金の返済が滞るまでは上記代金債権をAのみが取り立てることができることのほか,Aが融資金の返済を一度でも怠れば,BがAに対して通知をすることによりAの上記代金債権に係る取立権限を喪失させることができることも,併せて合意した。

2.Aは,平成25年3月1日,Cとの間で,パネルの部品を100万円で製造して納品する旨の契約を締結した。代金は同年5月14日払いとした。Aは,上記部品を製造し,同年3月12日,Cに納品した(以下,この契約に基づくAのCに対する代金債権を「甲債権」という。)。Aは,同月25日,Dとの間で,甲債権に係る債務をDが引き受け,これによりCを当該債務から免責させる旨の合意をした。

3.Aは,平成25年3月5日,Eとの間で,パネルの部品を150万円で製造して納品する旨の契約を締結した。代金は同年5月14日払いとした。Aは,上記部品を製造し,同年3月26日,Eに納品した(以下,この契約に基づくAのEに対する代金債権を「乙債権」という。)。乙債権については,Eからの要請を受けて,上記契約を締結した同月5日,AE間で譲渡禁止の特約がされた。Aは,Bに対してこの旨を同月5日到達の内容証明郵便で通知した。

4.その直後,Aは,大口取引先の倒産のあおりを受けて資金繰りに窮するようになり,平成25年4月末日に予定されていたBへの返済が滞った。

5.Aの債権者であるFは,平成25年5月1日,Aを債務者,Cを第三債務者として甲債権の差押命令を申し立て,同日,差押命令を得た。そして,その差押命令は同月2日にCに送達された。

6.Bは,平成25年5月7日,Aに対し,同年1月11日の合意に基づき取立権限を喪失させる旨を同年5月7日到達の内容証明郵便で通知した。Aは,同年5月7日,D及びEに対し,甲債権及び乙債権をBに譲渡したので,これらの債権についてはBに対して弁済されたい旨を,同月7日到達の内容証明郵便で通知した。

 

〔設問1〕
(1) 【事実】1の下線を付した契約は有効であるか否か,有効であるとしたならば,Bは甲債権をいつの時点で取得するかを検討しなさい。
(2) Cは,平成25年5月14日,Fから甲債権の支払を求められた。この場合において,Cの立場に立ち,その支払を拒絶する論拠を示しなさい。

 

〔設問2〕
Eは,平成25年5月14日,Bから乙債権の支払を求められた。この請求に対し,Eは,【事実】3の譲渡禁止特約をもって対抗することができるか。譲渡禁止特約の意義を踏まえ,かつ,Bが乙債権を取得した時期に留意しつつ,理由を付して論じなさい。

 

練習答案

以下民法についてはその条数のみを示す。

[設問1]
 (1)
  ①原則
   債権は、譲り渡すことができる(466条1項本文)。ただし、その性質がこれを許さないときは、この限りでない(466条1項但書)。
  ②特定性
   債権譲渡ができるのが原則だとしても、譲渡するには債権が特定されていなければならない。
   「パネルの部品の製造及び販売に係る代金債権であって、(Aが)現在有しているもの及び今後1年間の間[平成25年1月12日から平成26年1月11日]に有することとなるもの一切」で債権を特定することができるので、この点は問題ない。
  ③将来債権
   将来に発生する債権は、その発生が不確実でありこれを譲渡すると法的関係が不安定にあるので、性質上譲渡が許されないという考え方がある。しかしAはパネルの部品を製造し販売することを事業とする株式会社で本件債権が発生することはほぼ確実であり、かつ資金繰りからその必要性も高いので、譲渡できると考えるべきである。
  ④債権譲渡の時期
   贈与や売買は契約によりその効力が生ずる(549条、555条)ので、本件契約時に債権譲渡の効力が発生するのが原則であるが、まだ発生していない債権を譲渡することは理論上不可能なので、将来債権についてはその発生時に譲渡の効力が生ずる。よってBは甲債権を平成25年3月1日に取得する。
 (2)
  ①免責的債務引受
   Aは、平成25年3月25日、Dとの間で、甲債権に係る債務をDが引き受け、これによりCを当該債務から免責させる旨の合意をした。これにCが関知していないことは考えづらく、この意思表示はCに対してもされていたと考えられる。するとこれはCとの関係では免除になり、その債権(Cにとっての債務である甲債権)は消滅する(519条)。Fが平成25年5月1日に差押命令を得た甲債権は、それ以前にCについては消滅しているので、Cはその支払を拒絶できる。
  ②Bによる甲債権の取得
   (1)で検討したようにBが甲債権を平成25年3月1日に取得すると、Fが平成25年5月1日にAを債務者として甲債権の差押命令を得たとしてもそれは無効であるので、Cはその支払を拒絶できる。

 

[設問2]
第1 譲渡禁止特約の意義
 [設問1]でも確認したように、466条1項から、債権譲渡ができるのが原則である。しかし、前項(466条1項)の規定は、当事者が反対の意思を表示した場合には適用しない(466条2項前段)とされているので、譲渡禁止特約を付すことも可能である。ただし、その意思表示は、善意の第三者に対抗することができない(466条2項後段)とあることからも、取引安全の見地からも、債権譲渡ができることが原則なのである。債権譲渡は債権者の権利であり、第三者を害さない限りはその権利を放棄することはできるということである。
第2 Bが乙債権を取得した時期
 [設問1]と同様に考えて、Bは、乙債権を、平成25年3月5日に取得する。
第3 結論
 このように、Bは、平成25年3月5日に、乙債権が発生すると同時にこれを取得する。乙債権のもととなる契約をEと結ぶのはAであるが、乙債権については発生時からBが債権者となる。するとAの一存でBの利益を放棄して譲渡禁止特約を付すことはできない。よってその特約は無効であり、Eはこれをもって対抗することはできない。
 この結論はEにとって酷なように見えるかもしれないが、Bの要保護性のほうが大きいので(仮に譲渡禁止特約が有効だとするとBが下線部のような契約を結んだ意味がなくなる)、この結論が妥当である。

以上

 

修正答案

以下民法についてはその条数のみを示す。

[設問1]
 (1)
  ①原則
   債権は、譲り渡すことができる(466条1項本文)。ただし、その性質がこれを許さないときは、この限りでない(466条1項但書)。
  ②特定性
   債権譲渡ができるのが原則だとしても、譲渡するには債権が特定されていなければならない。
   「パネルの部品の製造及び販売に係る代金債権であって、(Aが)現在有しているもの及び今後1年間の間[平成25年1月12日から平成26年1月11日]に有することとなるもの一切」で債権を特定することができるので、この点は問題ない。
  ③将来債権
   将来に発生する債権は、その発生が不確実でありこれを譲渡すると法的関係が不安定にあるので、性質上譲渡が許されないという考え方がある。しかしAはパネルの部品を製造し販売することを事業とする株式会社で本件債権が発生することはほぼ確実であり、かつ資金繰りからその必要性も高いので、譲渡できると考えるべきである。譲渡人(A)や他の債権者を不当に害するという公序良俗(90条)に反する特段の事情もない。
  ④債権譲渡の時期
   贈与や売買は契約によりその効力が生ずる(549条、555条)ので、本件契約時に債権譲渡の効力が発生するのが原則であるが、まだ発生していない債権を譲渡することは理論上不可能なので、将来債権についてはその発生時に譲渡の効力が生ずる。よってBは甲債権を平成25年3月1日に取得する。
 (2)
  ①Bによる甲債権の取得
   (1)で検討したようにBが甲債権を平成25年3月1日に取得すると、Fが平成25年5月1日にAを債務者として甲債権の差押命令を得たとしてもそれは無効であるので、Cはその支払を拒絶できるように見える。しかし、CないしDが、甲債権がAからBへと譲渡されたことを通知されたのは平成25年5月7日であり、他方でFによる差押命令がCに到達したのは同年5月2日であるので、Fの差押が優先する(467条1項、2項)。よってBによる甲債権の取得を理由としてCはFへの甲債権の支払を拒絶できない。
  ②免責的債務引受
   Aは、平成25年3月25日、Dとの間で、甲債権に係る債務をDが引き受け、これによりCを当該債務から免責させる旨の合意をした。これにCが関知していないことは考えづらく、この意思表示はCに対してもされていたと考えられる。するとこれはCとの関係では免除になり、その債権(Cにとっての債務である甲債権)は消滅する(519条)。Fが平成25年5月1日に差押命令を得た甲債権は、それ以前にCについては消滅しているので、Cはその支払を拒絶できる。

 

[設問2]
第1 譲渡禁止特約の意義
 [設問1]でも確認したように、466条1項から、債権譲渡ができるのが原則である。しかし、前項(466条1項)の規定は、当事者が反対の意思を表示した場合には適用しない(466条2項前段)とされているので、譲渡禁止特約を付すことも可能である。ただし、その意思表示は、善意の第三者に対抗することができない(466条2項後段)とあることからも、取引安全の見地からも、債権譲渡ができることが原則なのである。債権譲渡は債権者の権利であり、第三者を害さない限りはその権利を放棄することはできるということである。
第2 Bが乙債権を取得した時期
 [設問1]と同様に考えて、Bは、乙債権を、平成25年3月5日に取得する。
第3 結論
 このように、Bは、平成25年3月5日に、乙債権が発生すると同時にこれを取得する。乙債権のもととなる契約をEと結ぶのはAであるが、乙債権については発生時からBが債権者となる。するとAの一存でBの利益を放棄して譲渡禁止特約を付すことはできないことになる。Bは、平成25年3月5日到着の内容証明郵便で本件譲渡禁止特約が付されたことを知ったが、理論的には同じ3月5日でもその内容証明郵便が到達する前の本件契約成立時にBはこれを取得すると考えられるので、その瞬間にBは善意であったため、466条2項後段により、EはこれをもってBに対抗することはできない。
 この結論はEにとって酷なように見えるかもしれないが、Bの要保護性のほうが大きいので(債権譲渡は原則的に自由である反面、仮に譲渡禁止特約が有効だとするとBが下線部のような契約を結んだ意味がなくなる)、この結論が妥当である。

以上

 

 

感想

ややこしい問題です。[設問1]の(2)は債務者との対抗関係と第三者との対抗関係を間違えてしまっていました。[設問2]は自分なりに頑張って書きましたが、これが通用するかどうかは不明です。

 



平成25年司法試験予備試験論文(法律実務基礎科目(刑事))答案練習

問題

 次の【事例】を読んで,後記〔設問〕に答えなさい。

 

【事 例】
1 V(男性,27歳)は,平成25年2月12日,カメラ量販店で,大手メーカーであるC社製のデジタルカメラ(商品名「X」)を30万円で購入した。同デジタルカメラは,ヒット商品で飛ぶように売れていたため,販売店では在庫が不足気味であり,なかなか手に入りにくいものであった。

2 Vは,同月26日午後10時頃から,S県T市内のQマンション405号室のV方居室で,テーブルを囲んで友人のA(男性,25歳)とその友人の甲(男性,26歳)と共に酒を飲んだが,その際,上記「X」を同人らに見せた。Vは,その後同デジタルカメラを箱に戻して同室の机の引き出しにしまい,引き続きAや甲と酒を飲んだが,Vは途中で眠ってしまい,翌27日午前7時頃,Vが同所で目を覚ますと,既に甲もAも帰っていた。Vは,その後外出することなく同室内でテレビを見るなどしていたが,同日午後1時頃,机の引き出しにしまっていた同デジタルカメラを取り出そうとしたところ,これが収納していた箱ごと無くなっていることに気付いた。Vは,前夜V方で一緒に飲んだAや甲が何か知っているかもしれないと考え,Aに電話をして同デジタルカメラのことを聞いたが,Aは,「知らない。」と答えた。また,Vは,Aの友人である甲については連絡先を知らなかったため,Aに聞いたところ,Aは,「自分の方から甲に聞いておく。」と答えた。
 VがV方の窓や玄関ドアを確認したところ,窓は施錠されていたが,玄関ドアは閉まっていたものの施錠はされていなかった。Vは,同デジタルカメラは何者かに盗まれたと判断し,同日午後3時頃,警察に盗難被害に遭った旨届け出た。

3 同日午後3時40分頃,通報を受けたL警察署の司法警察員Kら司法警察職員3名がV方に臨場し,Vは上記2の被害状況を司法警察員Kらに説明した。なお,司法警察員KがVに被害に遭ったデジタルカメラの製造番号を確認したところ,Vは,「製造番号は保証書に書いてあったが,それを入れた箱ごと被害に遭ったため分からない。」と答えた。
 司法警察員Kらは,引き続き同室の実況見分を行った。V方居室はQマンションの4階にあり,間取りは広さ約6畳のワンルームであり,テーブル,机及びベッドは全て一室に置かれていた。同室の窓はベランダに面した掃き出し窓一つのみであり,同窓にはこじ開けられたような形跡はなく,Vに確認したところ,Vは,「窓はふだんから施錠しており,昨日の夜も施錠していた。」と申し立てた。また,鑑識活動の結果,盗難に遭ったデジタルカメラをしまっていた机やその近くのテーブルから対照可能な指紋3個を採取した。
 さらに,司法警察員KらがVと共にQマンションに設置されている防犯ビデオの画像を確認したところ,同月26日午後9時55分にV,甲及びAの3人が連れ立って同マンション内に入ってきた様子,同日午後11時50分にAが一人で同マンションから出て行く様子,その後約5分遅れて甲が一人で同マンションから出て行く様子がそれぞれ撮影されていた。Aや甲が同マンションから出て行った際の所持品の有無については,画像が不鮮明なため判然としなかった。なお,甲が一人で同マンションを出て行って以降,同月27日午前7時20分まで,同マンションに人が出入りする状況は撮影されていなかった。また,同マンションの出入口は防犯ビデオが設置されているエントランス1か所のみであり,それ以外の場所からは出入りできない構造になっていた。
 司法警察員Kは,同日,盗難に遭ったデジタルカメラの商品名を基に,L警察署管内の質屋やリサイクルショップ等に取扱いの有無を照会した。また,司法警察員Kは,A及び甲の前歴を確認したところ,Aには前歴はなかったが,甲には窃盗の前科前歴があることが判明した。

4 同年3月1日,L警察署に対し,T市内のリサイクルショップRから,「甲という男からC社の『X』1台の買取りを行った。」旨の回答があった。そこで,司法警察員KがリサイクルショップRに赴き,同店店員Wから事情を聴取したところ,店員Wは,「一昨日の2月27日午前10時頃,甲が来店したので応対に当たった。甲の身元は自動車運転免許証で確認した。甲から『X』1台を箱付きで27万円で買い取った。甲には現金27万円と買取票の写しを渡した。」旨供述した。そのときの買取票を店員Wが呈示したため,司法警察員Kがこれを確認したところ,2月27日の日付,甲の氏名,製造番号SV10008643番の「X」1台を買い取った旨の記載があった。司法警察員Kは甲の写真を含む男性20名の写真を貼付した写真台帳を店員Wに示したところ,店員Wは甲の写真を選んで「その『X』を持ち込んできたのはこの男に間違いない。」と申し立てた。
 司法警察員Kは,同店店長から,甲から買い取った「X」1台の任意提出を受け,L警察署に持ち帰って調べたところ,内蔵時計は正確な時刻を示していたが,撮影した画像のデータを保存するためのメモリーカードが同デジタルカメラには入っておらず,抜かれたままになっていた。司法警察員Kは,同デジタルカメラを鑑識係員に渡して,指紋の採取を依頼し,同デジタルカメラの裏面から指紋1個を採取した。この指紋及び同年2月27日にV方から採取した指紋をV及び甲の指紋と照合したところ,同デジタルカメラから採取された指紋及びV方のテーブルから採取された指紋1個が甲の指紋と合致し,V方の机から採取された指紋1個がVの指紋と合致し,それ以外の指紋は甲,Vいずれの指紋とも合致しなかった。

5 司法警察員Kは,甲を尾行するなどしてその行動を確認したところ,甲が消費者金融会社Oに出入りしている様子を目撃したことから,甲の借金の有無をO社に照会したところ,限度額一杯の30万円を借り,その返済が滞っていたこと,同月27日に27万円が返済されていることが判明した。
 さらに,司法警察員Kは,同年3月4日,AをL警察署に呼び出して事情を聞いたところ,Aは以下のとおり供述した。
(1) Vは前にアルバイト先で知り合った友人で,月に1,2回は一緒に飲んだり遊んだりしている。甲は高校時代の同級生であり,2か月くらい前に偶然再会し,それ以降,毎週のように一緒に遊んでいる。甲とVは直接の面識はなかったが,先月の初め頃,自分が紹介して3人で一緒に飲んだことがあった。
(2) 今年の2月26日は,Vに誘われて甲と共にV方に行って3人で酒を飲んだ。その際,Vからデジタルカメラを見せられた記憶がある。しかし,Vが先に眠ってしまい,自分も終電があるので甲を誘って午後11時50分頃V方を出て帰った。その後,Vから「カメラが無くなった。」と聞かされたが,自分は知らない。甲にも聞いてみたが,甲も知らないと言っていた。ただ,思い出してみると,あの日帰るとき,甲が「たばこを一本吸ってから帰る。」と言うので,Vの部屋の前で甲と別れて一人で帰った。その後甲がいつ帰ったかは知らない。

6 司法警察員Kは,裁判官から甲を被疑者とする後記【被疑事実】での逮捕状の発付を得て,同年3月5日午前8時頃,甲方に赴いた。すると,甲が自宅前で普通乗用自動車(白色ワゴン車,登録番号「T550よ6789」)に乗り込み発進しようとするところであったことから,司法警察員Kは甲を呼び止めて降車を促し,その場で甲を通常逮捕するとともに同車内の捜索を行った。その際,司法警察員Kは同車内のダッシュボードからちり紙にくるまれたメモリーカード1枚を発見したので,これを押収した。なお,同車は甲が勤務するZ社所有の物であった。

7 その後,同日午前9時からL警察署内で行われた弁解録取手続及びその後の取調べにおいて,甲は以下のとおり供述した。
(1) 結婚歴はなく,T市内のアパートに一人で住んでいる。兄弟はおらず,隣のU市に今年65歳になる母が一人で住んでいる。高校卒業後,しばらくアルバイトで生活していたが,平成23年8月からZ社で正社員として働くようになり,今に至っている。仕事の内容は営業回りである。収入は手取りで月17万円くらいだが,借金が120万円ほどあり,月々3万円を返済に回しているので生活は苦しい。警察に捕まったことがこれまで2回あり,最初は平成19年5月,友人方で友人の財布を盗み,そのことがばれて捕まったが,弁償し謝罪して被害届を取り下げてもらったので,処分は受けなかった。2回目は,平成22年10月に換金目的でゲーム機やDVDを万引き窃取して捕まり,同事件で同年12月に懲役1年,3年間執行猶予の有罪判決を受け,今も執行猶予期間中である。
(2) 今年の2月26日夜,AとV方に行った時にVからカメラを見せられた。そのカメラを盗んだと疑われているらしいが,私はそんなことはしていない。私はその日はAと一緒に帰ったから,Aに聞いてもらえれば自分が盗みをしていないことが分かるはずだ。

8 司法警察員Kは,甲が乗っていた自動車内から押収したメモリーカードを精査したところ,同カードはデジタルカメラで広く使われている規格のもので「X」にも適合するものであった。そこで,その内容を解析したところ,写真画像6枚のデータが記録されており,撮影時期はいずれも同年2月12日から同月25日の間,撮影したデジタルカメラの機種はいずれも「X」であることが明らかとなった。司法警察員Kは,同年3月5日午後6時頃,VをL警察署に呼んで上記データの画像をVに示したところ,Vは,「写っている写真は全て自分が新しく買った『X』で撮影したものに間違いないので,そのメモリーカードは『X』と一緒に盗まれたものに間違いない。」旨供述した。さらに,Vがその写真の一部は自分がインターネット上で公開していると申し立てたので,司法警察員Kがインターネットで調べたところ,メモリーカード内の画像のうち3枚が,実際にVによって公開された画像と同一であることが判明した。
 また,司法警察員Kは,同月6日午前9時頃,甲の勤務するZ社に電話をして,代表者から同社が所有する車両の管理状況について聴取したところ,同人は,「会社所有の車は4台あり,うち1台は私が常時使っている。残りの3台は3人の営業員に使わせているが,誰がどの車両を使っているかは車の鍵の管理簿を付けているのでそれを見れば分かる。登録番号『T550よ6789』のワゴン車については,今年の2月24日から甲が使っている。」旨供述した。

9 司法警察員Kは,同年3月6日午前9時30分頃から再度甲の取調べを行ったところ,甲は以下のとおり供述した。
(1) Vのデジタルカメラは盗んでいない。
(2) 自分が今年の2月27日にリサイクルショップにデジタルカメラを持ち込んだことはあるが,それは名前を言えない知り合いからもらった物だ。
(3) 車の中にあったメモリーカードのことは知らない。
(4) 自分が疑われて不愉快だからこれ以上話したくない。

10 司法警察員Kは,同年3月6日午前11時頃,後記【被疑事実】で甲をS地方検察庁検察官に送致した。甲は,同日午後1時頃,検察官Pによる弁解録取手続において,「事件のことについては何も話すつもりはない。」と供述した。

11 検察官Pは,同日午後2時30分頃,S地方裁判所裁判官に対して,甲につき後記【被疑事実】で勾留請求した。S地方裁判所裁判官Jは,同日午後4時頃,甲に対する勾留質問を行ったところ,甲は被疑事実について「検察官に対して話したとおり,事件のことについて話すつもりはない。」と供述した。

 

【被疑事実】
被疑者は,平成25年2月26日午後11時55分頃,S県T市内所在のQマンション405号室V方において,同人が所有するデジタルカメラ1台(時価30万円相当)を窃取したものである。

 

〔設 問〕
 上記【事例】の事実を前提として,本件勾留請求を受けた裁判官Jは,甲を勾留すべきか。関連条文を挙げながら,上記事例に即して具体的に論じなさい。ただし,勾留請求に係る時間的制限,逮捕前置の遵守及び先行する逮捕の適法性については論じる必要はない。
 なお,甲が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由について論じるに当たっては,具体的な事実を摘示するのみならず,上記理由の有無の判断に際してそれらの事実がどのような意味を持つかについても説明しなさい。

 

練習答案

以下、刑事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

第1 勾留の根拠
 204条から206条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する(207条1項)ので、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、60条1項各号の一にあたるときは、これを勾留することができる(60条1項柱書)。
 裁判官丁は、甲につき、205条の規定による請求を受けた。
第2 罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由
 1 Xの所持
  甲が平成25年2月27日にリサイクルショップに商品名Xのデジタルカメラを持ち込んだことに争いはない。この甲の持ち込んだXがVから窃取されたXと同一の物であるという確証はないが、別の物であるという確証もなく、窃取の翌日に持ち込まれていることからしても、同一の物であるという疑いがある。
 2 メモリーカードの所持
  司法警察員Kは、甲が平成25年2月24日から同年3月6日にかけて使用していた「T550よ6789」車のダッシュボードからちり紙にくるまれたメモリーカード1枚を発見した。甲はこのメモリーカードのことは知らないと述べているが、本件窃取の前後を通じて同車を管理していたので、甲の同意なしにメモリーカードをダッシュボードに置くことは考えづらい。そしてそのメモリーカードは写真の内容から窃取されたXに入っていたものとみて間違いなく、それを所持しているのは犯人である可能性が高い。
 3 他の可能性
  V方の窓の状況及びQマンションに設置されている防犯ビデオの画像から、甲、A以外に犯行時刻にV方へ侵入した人が存在した可能性はほぼない。また、Aが甲の知らないあいだにXを窃取できた可能性も認められない。甲は平成25年2月26日の午後11時50分頃に5分ほど一人になっていた時間があり、Xを窃取することが可能であった。
 4 結論
  以上より、甲がVの所有するXを窃取するという罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある。
第3 逃亡すると疑うに足りる相当な理由
 1 生活状況
  甲は結婚歴がなくアパートに一人で住んでいるので、逃亡が比較的容易だと言える。乙社での勤務もまだ3年に満たず、その点からも逃亡の可能性は比較的高いと言える。
 2 動機
  甲は今も執行猶予期間中であり、今度有罪判決を受けるとまず執行猶予は取り消されるので、逃亡をする動機が強いと言える。
 3 様子
  甲は一貫して犯行を否認しており、「事件のことについて話すつもりはない」と繰り返し述べている。捜査への任意の協力はとても期待できそうにない。この様子も逃亡のおそれを感じさせる。
 4 結論
  以上より、甲には逃亡すると疑うに足りる相当な理由があり、60条1項3号にあたる。
第4 結論
 以上より、本件勾留請求を受けた裁判官丁は、甲を勾留すべきである。

以上

 

修正答案

以下、刑事訴訟法についてはその条数のみを示す。

第1 勾留の根拠
 204条から206条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する(207条1項)ので、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、60条1項各号の一にあたるときは、これを勾留することができる(60条1項柱書)。
 裁判官丁は、甲につき、205条の規定による請求を受けた。
第2 罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由
 1 Xの所持
  甲が平成25年2月27日にリサイクルショップに商品名Xのデジタルカメラを持ち込んだことに争いはない。この甲の持ち込んだXからはVの指紋が検出されておらず、これがVから窃取されたXと同一の物であるという確証はない。他方で、甲も持ち込んだXの入手経路について合理的な説明ができておらず、窃取された物とは別の物であるという確証もない。窃取の翌日に持ち込まれていることからしても、同一の物であるという疑いがある。
 2 メモリーカードの所持
  司法警察員Kは、甲が平成25年2月24日から同年3月6日にかけて使用していた「T550よ6789」車のダッシュボードからちり紙にくるまれたメモリーカード1枚を発見した。甲はこのメモリーカードのことは知らないと述べているが、本件窃取の前後を通じて甲が同車を管理していたので(そのことはZ社の管理簿からわかるので間違いないと見てよい)、甲の同意なしに他の者がメモリーカードをダッシュボードに置くことは考えづらい。そしてそのメモリーカードは写真の内容から窃取されたXに入っていたものとみて間違いなく、それを所持しているのは犯人である可能性が極めて高い。
 3 他の可能性
  V方の窓の状況及びQマンションに設置されている防犯ビデオの画像から、甲、A以外にQマンションの外部から犯行時刻前後にV方へ侵入した人が存在した可能性はまずない。また、Aが甲の知らないあいだにXを窃取できた可能性も認められない。甲は平成25年2月26日の午後11時50分頃に5分ほど一人になっていた時間があり、Xを窃取することが可能であった。
 4 結論
  以上より、甲がVの所有するXを窃取するという罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある。
第3 逃亡すると疑うに足りる相当な理由
 1 生活状況
  甲は結婚歴がなくアパートに一人で住んでいるので、逃亡が比較的容易だと言える。乙社での勤務もまだ2年に満たず、その点からも逃亡の可能性は比較的高いと言える。
 2 動機
  甲は今も執行猶予期間中であり、今度有罪判決を受けるとまず執行猶予は取り消されるので、逃亡をする動機が強いと言える。
 3 様子
  甲は一貫して犯行を否認しており、「事件のことについて話すつもりはない」と繰り返し述べている。捜査への任意の協力はとても期待できそうにない。この様子も逃亡のおそれを感じさせる。
 4 結論
  以上より、甲には逃亡すると疑うに足りる相当な理由があり、60条1項3号にあたる。
第4 結論
 以上より、本件勾留請求を受けた裁判官丁は、甲を勾留すべきである。

以上

 

 

感想

それなりにできたという感触があります。修正答案では問題文で示された事実への言及を増やしました。

 




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