問題
以下の事例に基づき,Vに現金50万円を振り込ませた行為及びD銀行E支店ATMコーナーにおいて,現金自動預払機から現金50万円を引き出そうとした行為について,甲,乙及び丙の罪責を論じなさい(特別法違反の点を除く。)。
1 甲は,友人である乙に誘われ,以下のような犯行を繰り返していた。
①乙は,犯行を行うための部屋,携帯電話並びに他人名義の預金口座の預金通帳,キャッシュカード及びその暗証番号情報を準備する。②乙は,犯行当日,甲に,その日の犯行に用いる他人名義の預金口座の口座番号や名義人名を連絡し,乙が雇った預金引出し役に,同口座のキャッシュカードを交付して暗証番号を教える。③甲は,乙の準備した部屋から,乙の準備した携帯電話を用いて電話会社発行の電話帳から抽出した相手に電話をかけ,その息子を装い,交通事故を起こして示談金を要求されているなどと嘘を言い,これを信じた相手に,その日乙が指定した預金口座に現金を振り込ませた後,振り込ませた金額を乙に連絡する。④乙は,振り込ませた金額を預金引出し役に連絡し,預金引出し役は,上記キャッシュカードを使って上記預金口座に振り込まれた現金を引き出し,これを乙に手渡す。⑤引き出した現金の7割を乙が,3割を甲がそれぞれ取得し,預金引出し役は,1万円の日当を乙から受け取る。
2 甲は,分け前が少ないことに不満を抱き,乙に無断で,自分で準備した他人名義の預金口座に上記同様の手段で現金を振り込ませて,その全額を自分のものにしようと計画した。そこで,甲は,インターネットを通じて,他人であるAが既に開設していたA名義の預金口座の預金通帳,キャッシュカード及びその暗証番号情報を購入した。
3 某日,甲は,上記1の犯行を繰り返す合間に,上記2の計画に基づき,乙の準備した部屋から,乙の準備した携帯電話を用いて,上記電話帳から新たに抽出したV方に電話をかけ,Vに対し,その息子を装い,「母さん。俺だよ。どうしよう。俺,お酒を飲んで車を運転して,交通事故を起こしちゃった。相手のAが,『示談金50万円をすぐに払わなければ事故のことを警察に言う。』って言うんだよ。警察に言われたら逮捕されてしまう。示談金を払えば逮捕されずに済む。母さん,頼む,助けてほしい。」などと嘘を言った。Vは,電話の相手が息子であり,50万円をAに払わなければ,息子が逮捕されてしまうと信じ,50万円をすぐに準備する旨答えた。甲は,Vに対し,上記A名義の預金口座の口座番号を教え,50万円をすぐに振り込んで上記携帯電話に連絡するように言った。Vは,自宅近くのB銀行C支店において,自己の所有する現金50万円を上記A名義の預金口座に振り込み,上記携帯電話に電話をかけ,甲に振込みを済ませた旨連絡した。
4 上記振込みの1時間後,たまたまVに息子から電話があり,Vは,甲の言ったことが嘘であると気付き,警察に被害を申告した。警察の依頼により,上記振込みの3時間後,上記A名義の預金口座の取引の停止措置が講じられた。その時点で,Vが振り込んだ50万円は,同口座から引き出されていなかった。
5 甲は,上記振込みの2時間後,友人である丙に,上記2及び3の事情を明かした上,上記A名義の預金口座から現金50万円を引き出してくれれば報酬として5万円を払う旨持ちかけ,丙は,金欲しさからこれを引き受けた。甲は,丙に,上記A名義の預金口座のキャッシュカードを交付して暗証番号を教え,丙は,上記振込みの3時間10分後,現金50万円を引き出すため,D銀行E支店(支店長F)のATMコーナーにおいて,現金自動預払機に上記キャッシュカードを挿入して暗証番号を入力したが,既に同口座の取引の停止措置が講じられていたため,現金を引き出すことができなかった。なお,金融機関は,いずれも,預金取引に関する約款等において,預金口座の譲渡を禁止し,これを預金口座の取引停止事由としており,譲渡された預金口座を利用した取引に応じることはなく,甲,乙及び丙も,これを知っていた。
練習答案
以下刑法についてはその条数のみを示す。
第1 丙の罪責
1.住居侵入罪(130条)
正当な理由がないのに、人の看守する建造物に侵入することは住居侵入罪の構成要件である。
D銀行E支店のATMコーナーは人の看守する建造物である。丙はそこに正当な理由がないのに侵入している。譲渡された預金口座を利用した取引をすることは正当な理由ではなく、その他の正当な理由も見当たらない。また、支店長Fはそのような丙がATMコーナーに立入ることを知ったらそれを拒絶していたことが容易に推測できるので、丙は管理者の意に反して侵入したと言える。
以上より、丙には住居侵入罪が成立する。
2.窃盗罪(235条)
他人の財物を窃取することが窃盗罪の構成要件である。現代社会では所有と占有が分離することが多く、真の所有者であっても占有者から自力で取り戻すことは原則的に禁止されているので、「他人の財物」とは「他人の占有する財物」のことである。また、窃盗罪は財産に対する罪なので、不法領得の意思や財産的損害も書かれざる構成要件になる。
丙が引き出そうとした現金50万円はD銀行が占有する他人の財物である。もしも丙がその50万円を引き出して自己の占有下に置けば窃取したと言えるが、実際には取引の停止措置が講じられていたので、丙は窃取に至らなかった。丙は現金自動預払機にキャッシュカードを挿入して暗証番号を入力した時点で実行に着手している。不法領得の意思や財産的損害に欠けるところはない。
以上より、丙には窃盗罪の未遂(43条)が成立する。
3.その他
丙は人を欺いてはいないので詐欺罪(246条)は成立しない。また、Vに現金50万円を振り込ませた行為については甲から事後的に知らされただけで何らその実現に寄与していないので共犯となる余地はない。
4.結論
以上より、丙には、住居侵入罪と窃盗罪の未遂が成立し、これらはけん連犯となる。
第2 甲の罪責
1.住居侵入罪(130条)、窃盗罪(235条)
2人以上共同して犯罪を実行した者はすべて正犯とする(60条)。甲は、上で検討した丙の住居侵入罪及び窃盗未遂罪について、丙と共謀して共同して犯罪を実行したと言える。A名義の預金口座、キャッシュカード、暗証番号を用意して発案したのは甲であり、50万円のうち45万円を甲の取り分とすることになっていたので、正犯性に欠けるところはない。
以上より、甲には、丙との共同正犯として、住居侵入罪と窃盗罪の未遂が成立する。
2.詐欺罪(246条2項)
人を欺いて、財産上不法の利益を得たことが詐欺罪の構成要件である。財産に対する罪なので不法領得の意思と財産的損害も書かれざる構成要件である。
甲はVに対し電話で息子を装って、逮捕を避けるために飲酒運転の事故の示談金として50万円を支払う必要があると嘘を言ったので、Vという人を欺いている。Vはそのせいで錯誤に陥り、甲から指定されたA名義の預金口座に50万円を振り込んだ。この振り込みにより甲が財産上不法の利益を得たかどうかが問題となり得るが、その口座のキャッシュカードと暗証番号を管理している甲はこれにより50万円を自由に引き出したり送金したりできる地位を取得したので、財産上不法の利益を得たと言える。不法領得の意思や財産的損害に欠けるところもない。
以上より、甲には、詐欺罪が成立する。
3.結論
以上より、甲には、住居侵入罪及び窃盗未遂罪(以上けん連犯)と詐欺罪が成立し、前二者と後者は併合罪(45条)となる。
第3 乙の罪責
ここまでに検討してきた丙及び甲の罪責について、乙にはその故意が欠けていたので、共犯にならないのはもちろん、従犯にもならない。
以上より、乙には、問題文で指定された行為につき何らの犯罪も成立しない。
以上
修正答案
以下刑法についてはその条数のみを示す。
第1 丙の罪責
1.窃盗罪(235条)
他人の財物を窃取することが窃盗罪の構成要件である。現代社会では所有と占有が分離することが多く、真の所有者であっても占有者から自力で取り戻すことは原則的に禁止されているので、「他人の財物」とは「他人の占有する財物」のことである。
丙が引き出そうとした現金50万円はD銀行が占有する他人の財物である。銀行が預金口座の取引の停止措置を講じたということは、その口座に入っている金銭を占有しているということである。もしも丙がその50万円を引き出して自己の占有下に置けば窃取したと言えるが、停止措置が講じられていたので、丙は窃取に至らなかった。しかし、現金自動預払機にキャッシュカードを挿入して暗証番号を入力した時点で、50万円の金銭を引き出す現実的な危険が生じていたので、実行に着手していたと言える。わずか10分の差で引き出すことができなかっただけであり、また停止措置が講じられていることは丙も一般人も知らなかった事情である。不法領得の意思や財産的損害に欠けるところはない。
以上より、丙には窃盗罪の未遂(43条、243条)が成立する。
2.その他
丙は人を欺いてはいないので詐欺罪(246条)は成立しない。また、Vに現金50万円を振り込ませた行為については、その振り込みの時点で既遂に達しており、その後に事情を知らされただけで何らその実現に寄与していないので、共犯となる余地はない。
3.結論
以上より、丙には、窃盗罪の未遂が成立する。
第2 甲の罪責
1.窃盗罪(235条)
2人以上共同して犯罪を実行した者はすべて正犯とする(60条)。甲は、上で検討した丙の窃盗罪について、丙と共謀して共同して犯罪を実行したと言える。A名義の預金口座、キャッシュカード、暗証番号を用意して発案したのは甲であり、50万円のうち45万円を甲の取り分(残りの5万円は丙の取り分)とすることになっていたので、正犯性に欠けるところはない。
以上より、甲には、丙との共同正犯として、窃盗罪の未遂が成立する。
2.詐欺罪(246条1項)
人を欺いて財物を交付させたことが詐欺罪(246条1項)の構成要件である。
甲はVに対し電話で息子を装って、逮捕を避けるために飲酒運転の事故の示談金として50万円を支払う必要があると嘘を言ったので、Vという人を欺いている。Vはそのせいで錯誤に陥り、甲から指定されたA名義の預金口座に50万円を振り込んだ。この振り込みが財物を交付させたことになるかどうかが問題となり得るが、その口座のキャッシュカードと暗証番号を管理している甲は、これにより50万円を自由に引き出したり送金したりできるようになったので、この時点で財物が交付されたと言ってよい。このような状況下では預金も現金と大差いので、振り込みがあった時点で詐欺罪は既遂に達する。実際にはその3時間後に銀行が預金口座の取引の停止措置を講じたために、甲が50万円を自由に処分することができなくなっていたが、それは一度手にした現金の占有を何らかの事情により第三者に奪取されたのと同じであり、詐欺罪の成否に消長をきたさない。不法領得の意思や財産的損害に欠けるところもない。
以上より、甲には、詐欺罪が成立する。
3.結論
以上より、甲には、窃盗罪の未遂と詐欺罪が成立し、これらは併合罪(45条)となる。前者はD銀行の占有の侵害、後者はVの財産に対する侵害と保護法益が異なっているので、併合罪とすることに問題はない。
第3 乙の罪責
ここまでに検討してきた丙及び甲の罪について、乙にはその故意が欠けていたので、共同正犯(60条)にならないのはもちろん、教唆(61条)や幇助(62条)にもならない。
乙は問題文1に示されたような犯行を甲と共同して繰り返しており、ここまでに検討してきた丙及び甲の罪について錯誤はあっても故意は否定されないのではないかという疑問が生じるかもしれないが、後者は前者と異なり、乙に無断で、甲が自分で準備した他人名義の預金口座に上記同様の手段で現金を振り込ませて、その全額を自分のものにしようと計画したものであるので、乙の部屋や携帯電話こそ用いているものの、別個の犯罪である。
以上より、乙には、問題文で指定された行為につき何らの犯罪も成立しない。
以上
感想
練習答案では記述が不正確だったり足りなかったりした部分があったので、修正答案ではそれらを補いました。出題趣旨で求められている論理的一貫性は保たれていると思います。