平成25年司法試験予備試験論文(行政法)答案練習

問題

 A市は,景観法(以下「法」という。)に基づく事務を処理する地方公共団体(景観行政団体)であり,市の全域について景観計画(以下「本件計画」という。)を定めている。本件計画には,A市の臨海部の建築物に係る形態意匠の制限として,「水域に面した外壁の幅は,原則として50メートル以内とし,外壁による圧迫感の軽減を図る。」と定められている。事業者Bは,A市の臨海部に,水域に面した外壁の幅が70メートルのマンション(以下「本件マンション」という。)を建築する計画を立て,2013年7月10日に,A市長に対し法第16条第1項による届出を行った。本件マンションの建築は,法第17条第1項にいう特定届出対象行為にも該当する。しかし,本件マンションの建築予定地の隣に建っているマンションに居住するCは,本件マンションの建築は本件計画に違反し良好な景観を破壊するものと考えた。Cは,本件マンションの建築を本件計画に適合させるためには,水域に面した外壁の幅が50メートル以内になるように本件マンションの設計を変更させることが不可欠であると考え,法及び行政事件訴訟法による法的手段を採ることができないか,弁護士Dに相談した。Cから同月14日の時点で相談を受けたDの立場に立って,以下の設問に解答しなさい。
 なお,法の抜粋を資料として掲げるので,適宜参照しなさい。

 

〔設問1〕
 Cが,本件計画に適合するように本件マンションの設計を変更させるという目的を実現するには,法及び行政事件訴訟法によりどのような法的手段を採ることが必要か。法的手段を具体的に示すとともに,当該法的手段を採ることが必要な理由を,これらの法律の定めを踏まえて説明しなさい。

 

〔設問2〕
 〔設問1〕の法的手段について,法及び行政事件訴訟法を適用する上で問題となる論点のうち,訴訟要件の論点に絞って検討しなさい。

 

【資料】景観法(平成16年法律第110号)(抜粋)
(目的)
第1条 この法律は,我が国の都市,農山漁村等における良好な景観の形成を促進するため,景観計画の策定その他の施策を総合的に講ずることにより,美しく風格のある国土の形成,潤いのある豊かな生活環境の創造及び個性的で活力ある地域社会の実現を図り,もって国民生活の向上並びに国民経済及び地域社会の健全な発展に寄与することを目的とする。
(基本理念)
第2条 良好な景観は,美しく風格のある国土の形成と潤いのある豊かな生活環境の創造に不可欠なものであることにかんがみ,国民共通の資産として,現在及び将来の国民がその恵沢を享受できるよう,その整備及び保全が図られなければならない。
2~5 (略)
(住民の責務)
第6条 住民は,基本理念にのっとり,良好な景観の形成に関する理解を深め,良好な景観の形成に積極的な役割を果たすよう努めるとともに,国又は地方公共団体が実施する良好な景観の形成に関する施策に協力しなければならない。
(景観計画)
第8条 景観行政団体は,都市,農山漁村その他市街地又は集落を形成している地域及びこれと一体となって景観を形成している地域における次の各号のいずれかに該当する土地(中略)の区域について,良好な景観の形成に関する計画(以下「景観計画」という。)を定めることができる。
一~五 (略)
2~11 (略)
(届出及び勧告等)
第16条 景観計画区域内において,次に掲げる行為をしようとする者は,あらかじめ,(中略)行為の種類,場所,設計又は施行方法,着手予定日その他国土交通省令で定める事項を景観行政団体の長に届け出なければならない。
一 建築物の新築(以下略)
二~四 (略)
2~7 (略)
(変更命令等)
第17条 景観行政団体の長は,良好な景観の形成のために必要があると認めるときは,特定届出対象行為(前条第1項第1号又は第2号の届出を要する行為のうち,当該景観行政団体の条例で定めるものをいう。(中略))について,景観計画に定められた建築物又は工作物の形態意匠の制限に適合しないものをしようとする者又はした者に対し,当該制限に適合させるため必要な限度において,当該行為に関し設計の変更その他の必要な措置をとることを命ずることができる。(以下略)
2 前項の処分は,前条第1項又は第2項の届出をした者に対しては,当該届出があった日から30日以内に限り,することができる。
3~9 (略)

 

練習答案

以下行政事件訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 Cが、本件計画に適合するように本件マンションの設計を変更させるという目的を実現するには、A市長に、景観法17条1項に基づいて、Bが行った本件特定届出対象行為に関し設計の変更その他の必要な措置をとることを命じてもらえばよい。Cが求めている変更は水域に面した外壁の幅が50メートル以内になるようにするというものであり、本件景観計画の制限に適合させるものであるので、景観法17条1項の要件を満たしている。
 そのために、Cは、A市長を被告として、上記景観法17条1項に基づく命令という処分(この命令はA市長が公権力の行使として私人Bに義務を負わせるものなので処分である)をすべき旨を命ずることを求める義務付けの訴え(3条6項1号)を提起することが必要となる。
 さらに、上記訴訟が確定する前にBが本件マンションを建築してしまうことを防ぐために、仮の義務付けの訴え(37条の5第1項)の活用も検討すべきである。

 

[設問2]
第1 原告適格
 3条6項1号の義務付けの訴えは、行政庁が一定の処分をすべき旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができる(37条の2第3項)。そしてその法律上の利益の有無の判断については、9条2項の規定が準用される(37条の2第4項)。つまり、処分の相手方以外の者について法律上の利益の有無を判断するに当たっては、当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び性質を考慮するものとする(9条2項)。
 Cが求める処分は景観法17条1項に基づく命令なので、景観法について検討する。同法では地域の良好な景観や健全な発展がその目的とされている(景観法1条)が、それ以上に特定の者の個別的利益を保護するという趣旨は読み取れない。現に景観計画はA市全域に及んでいるほどである。
 以上より、本件マンションの建築予定地の隣に建っているマンションに居住するCは、[設問1]で述べた義務付けの訴えに関して、法律上の利益を有さず、原告適格が否定される。
第2 重大な損害と補充性
 3条6項1号の義務付けの訴えは、一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあり、かつ、その損害を避けるため他に適当な方法がないときに限り、提起することができる(37条の2第1項)。裁判所がその重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たっては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとする(37条の2第2項)。
 Cが求める景観法17条1項の処分がなされないと、景観を害するマンションが建築されてしまい、それを取り壊して景観を回復させるのは極めて困難である。景観を害される損害の程度をどう捉えるかには個人差があるだろうが、事後的に金銭賠償することになじまない性質のものである。処分の内容は損害を避けるために適切であり、計画段階で少しの修正を命じられてもBが受ける不利益は比較的小さい。他の方法としてBを被告とする民事訴訟も考えられなくはないが、義務付けの訴えのほうが景観法にぴったりとはまるので適当であり、他に適切な方法がないと言ってよい。
 以上より、重大な損害及び補充性の要件は満たされる。
第3 出訴期間
 3条6項1号の義務付けの訴えに出訴期間は定められていないので問題ない。処分の根拠となる景観法17条2項には、「前項の処分は、前条第1項又は第2項の届出をした者に対しては、当該届出があった日から30日以内に限り、することができる」とあるが、その届出があったのは2013年7月10日で、現在は同月14日と30日以内なので、その点も問題ない。

以上

 

修正答案

以下行政事件訴訟法についてはその条数のみを示す。

[設問1]
 Cが、本件計画に適合するように本件マンションの設計を変更させるという目的を実現するには、A市長に、景観法17条1項に基づいて、Bが行った本件特定届出対象行為に関し設計の変更その他の必要な措置をとることを命じてもらう必要がある。景観法では、景観法第16条第1項による届出は文字通り届出であって、届出により効力が発生するため、景観法17条1項の命令でその届出の不備を是正するという仕組みになっている。Cが求めている変更は水域に面した外壁の幅が50メートル以内になるようにするというものであり、本件景観計画の制限に適合させるものであるので、景観法17条1項の要件を満たしている。
 そのために、Cは、上記景観法17条1項に基づく命令という処分(この命令はA市長が公権力の行使として私人Bに義務を負わせるものなので処分である)をすべき旨を命ずることを求める義務付けの訴え(3条6項1号)を提起することが必要となる。具体的には、A市を被告として(38条1項、11条1項1号)、「被告の長は、Bに対し、『水域に面した外壁の幅が50メートル以内になるように本件マンションの設計を変更せよ』と命ぜよ」という請求の趣旨を立てることになる。
 景観法17条2項には、「前項の処分は、前条第1項又は第2項の届出をした者に対しては、当該届出があった日から30日以内に限り、することができる」とあるが、その届出があったのは2013年7月10日で、現在は同月14日と30日以内なので、観法17条1項に基づく命令を現時点ではすることができるが、30日が経過してそれができなくなることを防ぐために、仮の義務付けの訴え(37条の5第1項)もあわせて提起することが必要となる。

 

[設問2]
第1 重大な損害と補充性
 3条6項1号の義務付けの訴えは、一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあり、かつ、その損害を避けるため他に適当な方法がないときに限り、提起することができる(37条の2第1項)。裁判所がその重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たっては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとする(37条の2第2項)。
 Cが求める景観法17条1項の処分がなされないと、景観を害するマンションが建築されてしまい、それを取り壊して景観を回復させるのは極めて困難である。景観を害される損害の程度をどう捉えるかには個人差があるだろうが、事後的に金銭賠償することになじまない性質のものである。処分の内容は、水域に面した外壁の幅が70メートルから50メートル以内になるように本件マンションの設計を変更することを命じるというものであり、損害を避けるために適切であり、計画段階での修正であるのでBが受ける不利益は比較的小さい。他の方法としてBを被告とした本件マンション建設の差止めを求める民事訴訟も考えられなくはないが、景観法を適用できるのは義務付けの訴えのみであるため、これが適当であり、他に適切な方法がないと言ってよい。
 以上より、重大な損害及び補充性の要件は満たされる。
第2 原告適格
 3条6項1号の義務付けの訴えは、行政庁が一定の処分をすべき旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができる(37条の2第3項)。そしてその法律上の利益の有無の判断については、9条2項の規定が準用される(37条の2第4項)。つまり、処分の相手方以外の者について法律上の利益の有無を判断するに当たっては、当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び性質を考慮するものとする(9条2項)。
 処分の相手方以外の者であるCが求める処分は景観法17条1項に基づく命令なので、景観法について検討する。同法では地域の良好な景観や健全な発展がその目的とされている(景観法1条)が、それ以上に特定の者の個別的利益を保護するという趣旨は読み取れない。現に景観計画はA市全域に及んでいるほどである。景観法は一般的公益を保護しているに過ぎないのである。
 以上より、本件マンションの建築予定地の隣に建っているマンションに居住するCは、[設問1]で述べた義務付けの訴えに関して、法律上の利益を有さず、原告適格が否定される。
第3 結論
 以上より、Cは、原告適格が否定されるので、[設問1]で述べた義務付けの訴えを提起することができない。

以上

 

 

感想

練習答案では、仮の義務付けと被告適格の部分をミスしました。あとはまずまずできたと思います。

 



  • わかりやすいと思いました。

    ・重大な損害と補充性をまとめて認定したのはよくないかもしれません。要件は1つずつ認定したほうが読みやすいし間違いがないと思います。

    ・原告適格は判例の規範くらい書くべきではないでしょうか。9条等の条文をのっぺり全部引用するよりは判例の規範を書くべきと思います。
    処分性と原告適格は判例の規範を正確に書けないと点が来ないとよく言われている気がします。(予備校だけでなく大学教授などからも)。

    ・あてはめでいきなり一般的公益とか個別的利益という言葉がでてきてびっくりします。

    ・原告適格で1条以外も条文指摘をすると良いかと思います。条文指摘はすればするだけ点がつく気がします。もっと仕組み解釈をしようとする姿勢を見せたほうが良いかもしれません。予備試験にしてはたくさん条文が上がっているので、使わないともったいない気がします。

    ・9条2項にあげられてる利益の内容性質なんかも認定するとなお良いと思います。

    • 通りすがり様

      ご指摘いただいたことは全てもっともだと大きく肯きながら読ませてもらいました。

      9条2項の条文はうまく抜粋して分量を圧縮し、先に「当該利益を一般的公益としてのみ保護するのではなく、一般的公益に吸収解消されない個々人の個別的利益としても保護していることを必要とする」と書いて、あてはめをするということですね。

      原告適格を否定する方向なら、「国民共通の資産として,現在及び将来の国民が…」(2条)、「都市,農山漁村その他市街地又は集落を形成している地域」(8条)あたりも引っ張ってきて一般的公益っぽさをアピールし、その一般的公益の主体(国民や広い意味での住民)が美しい景観を享受する利益が保護されているといったところでしょうか。

      • ・そうですね。「Cは処分の相手方以外の者であるから9条2項の考慮要素によって判断する。」みたいに条文の指摘だけでも良いかもしれません。

        ・原告適格の規範部分の論証は、①「法律上の利益を有する者」の意義(法律上保護された利益説か、法律上保護に値する利益説か)、②法律上保護された利益説をとるにしても法律上保護された利益の判断基準はなにか、③その判断の際の考慮要素は9条2項のものを使うこと
        の3つの部分によって作られると思います。浅野さんの論証には①がないと思います。

        判例は①について、「法律上の利益を有する者とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいう」と述べてます。法律上保護された利益説ですね。
        この定義にはア自己の権利の場合と、イ法律上保護された利益の2つが書かれており、これらはしっかり区別されなければならないと言われていますが、原告適格が問題になるのはもっぱらイの場合なので、イだけ書いても良いかもしれません。

        次に②について、判例は「当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益をもっぱら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に該当する。」と述べています。
        →「当該処分を定めた行政法規が」という部分が重要だと思います。行政法規の解釈をすることが重要だとわかると思います。
        あと、ここで行政法規が何を指すかは自分の立ち位置を決めておいたほうがよいかもしれません。受験生には、行政法規について、処分の根拠となる条文(処分の要件となる規範)を指すと考える人と、法令全体を指すと考える人がいるようです。本件で言うと景観法17条1項か景観法全体かって感じですかね。
        浅野さんは17条1項を指摘していることから後者でしょうか。そうすると、法1条の目的などは17条1項の趣旨を追求する際に考慮する「当該法令の趣旨及び目的」(←9条2項の考慮要素)の位置づけになりますよね。

        それで、この3つの部分をコンパクトにまとめると次のようになるのではないでしょうか。この論証は私が作成したものではないですが、私が試験で使っている論証です。
         「9 条 1 項の「法律上の利益を有する者」には、当該処分を定める行政法規が個々人の個別的利益として保護する利益を、当該処分により侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者も含まれ、処分の名宛人でない者については、9 条 2 項の諸要素を考慮して判断する。」

        >原告適格を否定する方向なら、「国民共通の資産として,現在及び将来の国民が…」(2条)、「都市,農山漁村その他市街地又は集落を形成している地域」(8条)あたりも引っ張ってきて一般的公益っぽさをアピールし、その一般的公益の主体(国民や広い意味での住民)が美しい景観を享受する利益が保護されているといったところでしょうか。
        このような認定があるとさらに加点される気がします。

  • 通りすがり様

    ①につきまして、「法律上の利益」の解釈に争いがあるという意識がありませんでした。ご指摘のおかげでそれに気づくことができました。

    ②につきまして、「行政法規」が何を指すかの立ち位置もはっきり定めていたわけではありませんが、まずは処分の根拠条文を見て、それから法令全体に進むイメージを持っていたので、前者の、処分の根拠となる条文(処分の要件となる規範)を指すと考える立場に近いと思いました。

    9条2項は予備試験や司法試験で使う頻度が高そうなので、お示しいただいたコンパクトな論証を参考にさせていただきます。


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