浅野直樹の学習日記

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2015 / 2月

平成21年司法試験論文民事系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100〔設問1と設問2の配点の割合は,4:6〕)
次の文章を読んで,以下の1と2の設問に答えよ(なお,本問における賃貸借契約については借地法(大正10年法律第49号)の規定が適用されることを前提とする。)。
1 Xは,父Aの唯一の子であったが,Aが平成19年2月に他界したため,Aの所有する土地(以下「本件土地」という。)を単独で相続した。本件土地上にはAの知り合いであるYの所有する建物(以下「本件建物」という。)が存在しているが,Yは,現在,家族とともに他県に居住しており,2か月に一度程度,維持管理のため,本件建物を訪れている。Xは,以前,Aから,Yが不法に本件土地を占拠していると聞いたことがあったため,Aの他界後,Yに対し,本件建物を取り壊し,本件土地を明け渡すように求めた。すると,Yは,Aの相続人が明らかになったことから地代を支払いたいとして,30万円をX方に持参したが,Xは,本件土地をYに貸した覚えはないとして,Yの持参した金銭の受領を拒絶した。
 Yが本件土地の明渡しに応じなかったことから,Xは,同年12月25日,Yを被告として,T地方裁判所に建物収去土地明渡しを求める訴え(以下「第1訴訟」という。)を提起した。平成20年1月29日に開かれた第1回口頭弁論の期日において,Xは訴状を陳述し,Xが本件土地を現在所有していること,Yが本件土地上に本件建物を所有して本件土地を占有していることを主張し,本件建物の収去及び本件土地の明渡しを求めた。これに対し,Yは,同期日において,答弁書を陳述し,Xの主張する事実はいずれも認めるが,Yは,昭和53年3月8日,Aとの間において,本件土地につき,賃料を年額30万円,存続期間を30年とし,建物の所有を目的とする賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結しており,本件賃貸借契約の効力はなお継続しているから,Xの請求には理由がないと反論した。
 第1回口頭弁論の期日において,裁判所は,当事者の意見を聴いて,事件を弁論準備手続に付した。平成20年2月26日に開かれた第1回弁論準備手続の期日において,Xは,YからAに対し賃料の支払がされた形跡はなく,AがYとの間に本件賃貸借契約を締結したことはないと反論した。これに対し,Yは,本件賃貸借契約の成立や賃料の支払に関する書証を提出し,その取調べが行われた。
 第1回弁論準備手続の期日の結果を踏まえ,Xは,本件賃貸借契約の成立を前提とする訴訟活動を行うことも必要であると考えるに至り,同年3月28日に開かれた第2回弁論準備手続の期日において,Yが主張する本件賃貸借契約の内容に基づき,仮に本件賃貸借契約の成立の事実が認められる場合であっても,その契約は訴え提起後に30年の存続期間(昭和53年3月8日から平成20年3月7日まで)が満了したので終了したと主張した。また,Xは,同期日において,平成20年3月1日にYから本件賃貸借契約の更新を請求されたが,その翌日,その更新を拒絶したと主張した。
 同年4月25日に開かれた第3回弁論準備手続の期日において,Xは,本件賃貸借契約の更新を拒絶する正当事由として,Yは他県に自宅を構えて家族とともに居住しており,今後,本件土地を使用する必要性に乏しいこと,他方,Xは,現在,築45年の木造賃貸アパートに居住しているが,老朽化に伴う危険性から建て替え工事が必要であり,家主からも強く立ち退きを求められていることから,本件土地を使用する必要性が高いことなどを主張したが,Yは,正当事由の存在を争った。
 その後,同年5月28日に開かれた第4回弁論準備手続の期日において,Xは,以下の事実を主張した。
 「第3回弁論準備手続の期日の2日後である平成20年4月27日,Yから突然電話があり,本件訴訟の件で話合いをしたいと言われたので,Xの自宅近くの喫茶店でYと会った。Yは,訴えを提起されている以上,Xの主張に対しては必要な反論をせざるを得ないが,Aの長男であるXと長期間にわたり訴訟で争うことは必ずしも自らの本意ではないと述べて,本件建物をその時価である500万円で買い取ってほしいと依頼してきた。自分としては,弁護士から,建物買取請求権という制度があるとの説明を受けたことがあり,知り合いの不動産鑑定士から,本件建物の時価は500万円程度ではないかと聞いていたことから,本来は,Yの費用で本件建物を収去してほしいところではあるが,Yが本件建物から早期に退去してくれるのであれば,500万円で本件建物を買い取ることもやむを得ないと考えた。そこで,Yに対し,本件賃貸借契約が存続期間の満了により終了したことを認めた上で,本件建物を500万円で買い取ることを請求するのですかと確認したところ,Yは,そのとおりであると回答した。このようにして,Yは,本件建物の買取請求権の行使の意思表示を行った。」

 

 以下は,第4回弁論準備手続の期日が終了した直後に,裁判長と傍聴を許された司法修習生との間で交わされた会話である。

裁判長:本期日におけるXの主張についてはどのように理解すればよいでしょうか。

修習生:Xの主張は,Yが,Xに対し,平成20年4月27日,本件建物の買取請求権を行使する旨意思表示をしたという主張であると理解できます。

裁判長:そうですね。この主張は,本件訴訟の主張立証責任との関係ではどのような意味を有するのでしょうか。

修習生:本件訴訟において,Xは,所有権に基づく建物収去土地明渡しを請求しています。これに対し,Yは,本件土地の占有権原に関する主張として,建物の所有を目的とする本件賃貸借契約をYとの間で締結し,それに基づき本件土地の引渡しを受けたと主張していますが,Xは,更に本件賃貸借契約が存続期間の満了により終了し,その更新拒絶について正当事由があると主張しています。Yによる建物買取請求権の行使は,本件賃貸借契約の存続期間が満了し,契約の更新がないことを前提として,借地権者であるYが,借地権設定者であるXに対し,本件建物を時価である500万円で買い取ることを請求するものです。

裁判長:建物買取請求権の行使は,本件訴訟のように建物収去土地明渡請求がされている場合には,いずれの当事者が主張すべきものですか。

修習生:建物買取請求権の行使の事実を主張するのは,本来,借地権者であるYのはずです・・・。しかし,本件訴訟ではXが主張しています。

裁判長:Xとしては,本件賃貸借契約が認められるのであれば,とにかくYに建物から早期に退去してもらい,土地を明け渡してほしいと望むことも考えられますが,Yによる建物買取請求権の行使の事実が認められると,本件建物の所有権は建物買取請求権の行使と同時にXに移転することになりますから,少なくとも,XはYに対し建物収去を求めることはできなくなりますね。ところで,仮に,裁判所が,Yに対し,本件建物の買取請求権の行使について釈明を求めた場合,Yとしては,どのような対応をすることが考えられるでしょうか。

修習生:Yの対応としては,①Yが本件建物の買取請求権を行使したというXの主張する事実を争う場合,②Xの主張する事実を自ら援用する場合,③裁判所が釈明を求めたにもかかわらず,Xの主張する事実を争うことを明らかにしない場合,の3通りが考えられるのではないでしょうか。

裁判長:そうですね。本件賃貸借契約の終了が認められる場合において,Yが本件建物の買取請求権を行使したというXの主張する事実を,証拠調べをすることなく,判決の基礎とすることはできますか。あなたが考えた3通りの各場合について検討してください。

修習生:はい。わかりました。

 

〔設問1〕
前記会話を踏まえた上で,本件賃貸借契約の終了が認められる場合において,「YはXに対して本件建物を時価である500万円で買い取るべきことを請求した」というXの主張する事実を,(i)Yが否認したとき,(ii)Yが援用したとき,(iii)Yが争うことを明らかにしなかったときについて,それぞれ,証拠調べをすることなく,判決の基礎とすることができるかどうかについて論じなさい。

 

2 第1訴訟のその後の審理において,Yは,Xの主張する建物買取請求権の行使の事実を援用するとともに,本件建物の時価相当額である500万円の支払があるまでは本件建物の引渡しを拒むと申し立てたことから,裁判所は,結局,Yに対し,本件建物の代金500万円の支払を受けるのと引換えに本件建物を退去して本件土地を明け渡すよう命ずる旨の判決を言い渡し,その判決は平成20年11月21日の経過により確定した。
 Xは,平成21年1月ころ,親戚の集う新年会の席上,親戚Bから,「数年前にAと会った際,本件土地をめぐってYとトラブルになっており,その件で,今は亡き兄Cと相談していると言っていた。」と聞いた。そこで,Xは,すぐにAの亡兄Cの家族を訪ねて事情を聞いたところ,確かに,数年前にAが書類を封筒に入れて持参し,Cと2人で相談していたことがあったとのことであり,AがC方に持参した書類は,封筒に入れたまま保管しているとのことであった。そこで,Xは,Cの家族からその封筒を受け取って自宅に戻り,封筒内の書類を整理したところ,AからYにあてた平成18年4月3日付け内容証明郵便が見付かった。同内容証明郵便には,Aが,Yに賃料支払の催告を行い,2週間以内に未払賃料の支払がないときは本件賃貸借契約を解除するとの意思表示を行った旨の記載があり,Yが同内容証明郵便を同月6日に受領したことを示す郵便物配達証明書も同封されていた。
 そこで,Xは,Yを被告として,平成21年4月13日,別紙の訴状をT地方裁判所に提出して,新たな訴え(以下「第2訴訟」という。)を提起した。これに対し,Yは,弁護士に委任して答弁書を裁判所に提出し,Xの提起した訴えは,訴えの利益が認められないので却下されるべきであると主張するとともに,第2訴訟におけるXの請求には,第1訴訟の確定判決の効力が及ぶので,第2訴訟の請求は,少なくとも建物収去を求める部分については棄却されるべきであると主張した。この答弁書の送達を受けたXは不安になり,自分も弁護士に相談した方がよいと考え,第2訴訟の第1回口頭弁論の期日の前に,D弁護士を訪れた。

 

 以下は,Xから相談を受けたD弁護士と同弁護士の下で修習中の司法修習生との会話である。

弁護士:Xは,第1訴訟の判決確定後に新たな事実が判明したとの理由から,Yに対して第2の訴えを提起したのですね。

修習生:はい。第2訴訟は,賃料不払による賃貸借契約の解除の場合には建物買取請求権の行使ができないことを前提とする訴訟です。建物買取請求権は,誠実な借地人の保護のための規定ですので,借地人の債務不履行による賃貸借契約の解除の場合には,借地人には建物買取請求権は認められないとする最高裁判所の判例があります。

弁護士:よく勉強していますね。次に,第2訴訟の訴訟物について考えてみましょう。第2訴訟において,Xは,Yに対し,本件土地の所有権に基づき,本件建物の収去と本件土地の明渡しを求めていますが,土地所有者が,土地上に建物を所有してその土地を占有する者に対して,所有権に基づき建物収去土地明渡しを請求する場合の訴訟物については,どのように考えられますか。

修習生:はい。この場合の訴訟物については,考え方が分かれていますが,一般的な考え方によれば,この場合の訴訟物は所有権に基づく返還請求権としての土地明渡請求権1個であり,判決主文に建物収去が加えられるのは,土地明渡しの債務名義だけでは別個の不動産である地上建物の収去執行ができないという執行法上の制約から,執行方法を明示するためであるにすぎないとされています。したがって,建物収去は,土地明渡しの手段ないし履行態様であって,土地明渡しと別個の実体法上の請求権の発現ではないということになります。

弁護士:その考え方に立つと,第2訴訟の訴訟物と第1訴訟の訴訟物とが同一かどうかについては,どのように考えるべきでしょうか。

修習生:第1訴訟の判決は,Yに対し,本件建物の代金500万円の支払を受けるのと引換えに,本件建物を退去して本件土地を明け渡すよう命ずるものです。建物収去土地明渡訴訟の訴訟物について先ほどお話しした一般的な考え方に立つとすれば,建物退去土地明渡訴訟についても,訴訟物は所有権に基づく返還請求権としての土地明渡請求権であり,「建物退去」の点については「建物収去」の点と同様に,土地明渡しの手段ないし履行態様にすぎないと考えることができますので,その訴訟物は同一であるといえるかと思います。

弁護士:そうですね。ここでは,第1訴訟と第2訴訟の訴訟物は同一であるという考え方を前提として考えてみましょう。ところで,Yは,第2訴訟において,どのような主張をしていますか。

修習生:Xの提起した訴えは,訴えの利益が認められないので却下されるべきであると主張するとともに,第2訴訟におけるXの請求には,Yに対し,本件建物の代金500万円の支払を受けるのと引換えに本件建物を退去して本件土地を明け渡すよう命じた第1訴訟の確定判決の効力が及ぶので,第2訴訟の請求は,少なくとも建物収去を求める部分については棄却されるべきであると主張しています。

弁護士:Yの主張を理解するには,建物収去土地明渡請求と,建物代金の支払を受けるのと引換えに建物退去土地明渡しを命ずる判決との関係をどのように考えるかが問題となりそうですね。まず,Yのそれぞれの主張について,その論拠をまとめてみた方がよいかもしれません。その上で,それぞれの主張について,どのような反論をすべきか,検討してください。

修習生:はい。わかりました。

 

〔設問2〕
⑴ 前記会話を踏まえた上で,Xには第2訴訟について訴えの利益が認められないので,その訴えは却下されるべきであるとするYの主張につき,その考えられる論拠を説明しなさい。
⑵ 前記会話を踏まえた上で,第2訴訟におけるXの請求には第1訴訟の確定判決の効力が及ぶので,第2訴訟の請求は,少なくとも建物収去を求める部分については棄却されるべきであるとのYの主張につき,その考えられる論拠を説明しなさい。
⑶ 上記⑴及び⑵の論拠を踏まえた上で,第2訴訟におけるYの主張に対し,Xとしてはいかなる反論をすべきかについて論じなさい。

 

【別 紙】
訴 状
平成21年4月13日
T地方裁判所
原告 X 印
当事者の表示 (省略)
建物収去土地明渡請求事件
訴訟物の価額 (省略)
貼用印紙額 (省略)
第1 請求の趣旨
1 被告は,原告に対し,別紙物件目録1(省略)記載の建物を収去して同目録2(省略)記載の土地を明け渡せ
2 訴訟費用は被告の負担とする
との判決を求める。
第2 請求の原因
1 別紙物件目録2記載の土地(以下「本件土地」という。)は,もと原告の父である訴外亡A(以下「亡A」という。)が所有していたところ,平成19年2月3日,亡Aが死亡した。原告は,亡Aの唯一の相続人であったことから,本件土地を相続した。
2 被告は,昭和53年8月10日から本件土地上に別紙物件目録1記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有して,本件土地を占有し続けている。
3 よって,原告は,被告に対し,本件土地の所有権に基づき,本件建物の収去及び本件土地の明渡しを求める。
第3 事情
1 原告は,被告に対し,かつて本件土地につき建物収去土地明渡しを求める訴えを提起したが(T地方裁判所(ワ)第○○号事件),裁判所は,亡Aと被告間の昭和53年3月8日付け土地賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)の存在と被告の建物買取請求権の行使を前提に,建物代金500万円の支払を受けるのと引換えに,建物退去土地明渡しを命ずる旨の判決を言い渡し,この判決は確定した。
2 しかし,もともと被告は,平成16年分及び平成17年分の賃料の支払を怠り,平成18年4月6日配達の内容証明郵便によって,亡Aから賃料不払を理由とする解除の意思表示を受けていた。したがって,被告が建物買取請求権を行使した時点で,本件賃貸借契約は消滅していたのであって,本件賃貸借契約の存続を前提にYが行った建物買取請求権の行使は無効な行為というほかない。被告は,原告に対し,本件建物を収去して本件土地を明け渡すべきである。
証拠方法 (省略)
附属書類 (省略)
【資 料】
○ 借地法(大正10年法律第49号)
第2条 借地権ノ存続期間ハ石造,土造,瓦造又ハ之ニ類スル堅固ノ建物ノ所有ヲ目的トスルモノニ付テハ60年,其ノ他ノ建物ノ所有ヲ目的トスルモノニ付テハ30年トス但シ建物カ此ノ期間満了前朽廃シタルトキハ借地権ハ之ニ因リテ消滅ス
2 契約ヲ以テ堅固ノ建物ニ付30年以上,其ノ他ノ建物ニ付20年以上ノ存続期間ヲ定メタルトキハ借地権ハ前項ノ規定ニ拘ラス其ノ期間ノ満了ニ因リテ消滅ス
第3条 契約ヲ以テ借地権ヲ設定スル場合ニ於テ建物ノ種類及構造ヲ定メサルトキハ借地権ハ堅固ノ建物以外ノ建物ノ所有ヲ目的トスルモノト看做ス
第4条 借地権消滅ノ場合ニ於テ借地権者カ契約ノ更新ヲ請求シタルトキハ建物アル場合ニ限リ前契約ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ借地権ヲ設定シタルモノト看做ス但シ土地所有者カ自ラ土地ヲ使用スルコトヲ必要トスル場合其ノ他正当ノ事由アル場合ニ於テ遅滞ナク異議ヲ述ヘタルトキハ此ノ限ニ在ラス
2 借地権者ハ契約ノ更新ナキ場合ニ於テハ時価ヲ以テ建物其ノ他借地権者カ権原ニ因リテ土地ニ附属セシメタル物ヲ買取ルヘキコトヲ請求スルコトヲ得
3 第5条第1項ノ規定ハ第1項ノ場合ニ之ヲ準用ス第5条 当事者カ契約ヲ更新スル場合ニ於テハ借地権ノ存続期間ハ更新ノ時ヨリ起算シ堅固ノ建物ニ付テハ30年,其ノ他ノ建物ニ付テハ20年トス此ノ場合ニ於テハ第2条第1項但書ノ規定ヲ準用ス
2 当事者カ前項ニ規定スル期間ヨリ長キ期間ヲ定メタルトキハ其ノ定ニ従フ

 

練習答案

以下民事訴訟【原文ママ】についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 裁判所において当事者が自白した事実及び顕著な事実は、証明することを要しない(179条)。「YはXに対して本件建物を時価である500万円で買い取るべきことを請求した」というXの主張する事実(以下「本件事実」とする)は顕著な事実ではないので、当事者が自白した事実に該当すれば証明することを要しない、つまり証拠調べをすることなく判決の基礎とすることができるが、当事者が自白した事実に該当しなければ証拠調べをすることなく判決の基礎とすることはできない。自白というのは自らが法律上不利になるような事実の告白のことである。
 (i)Yが否認したとき
 建物買取請求権の行使は、賃貸借契約の存続期間が満了し契約の更新がないことを前提にしている(借地法4条2項)という点でYにとって法律上不利になる事実である。Yは、Xの主張する本件賃貸借契約の更新を拒絶する正当事由の存在を争っているのだから、契約の更新を主張しているのである。よって本件事実をYが否認したときはYの自白がないので、証拠調べをすることなく判決の基礎とすることはできない。
 (ii)Yが援用したとき
 本件事実をYが援用したときはYが自白したことになる。Xも同様に本件事実を主張することで自白をしている。よって本件事実は証拠調べをすることなく判決の基礎とすることができる。民事訴訟法の基調となっている当事者主義の原則からもこの結論は妥当である。
 (iii)Yが争うことを明らかにしなかったとき
 Yが争うことを明らかにしなかったときは、黙示の自白があったということで、(ii)と同様に証拠調べをすることなく判決の基礎とすることができる。裁判長がYに対し「本件事実は契約の更新がないことを前提としているが、その点についてはどう考えているのか」と問いを発して釈明を求める(149条1項)ほうが当事者の主張をはっきりさせられるので望ましい。

 

[設問2]
 確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する(114条1項)。既判力に反する訴えが提起された場合にその訴えが却下されるのか棄却されるのかという問題があるが、形式上の不備か本案での不適切な主張のどちらに近いかで判断することになる。また、いずれの場合でも、既判力の範囲をめぐって争いになる可能性がある。その際には「主文に包含するもの」をいかに解釈するかがポイントとなる。
 (1)
 このYの主張は、Xの提起した第2訴訟は第1訴訟の既判力に反しており、しかもそれが形式上の不備に等しいということを論拠にしている。本件土地を明け渡せという第1訴訟が確定しているのだから、第2訴訟でそれと同じことを請求しても同じ訴訟を繰り返しているだけであって、請求の趣旨及び原因に不備があるのだから、訴えが却下されるべきだということである(133条2項2号、137条1項及び2項)。
 (2)
 このYの主張は、第1訴訟の確定判決の効力(既判力)が及ぶので、それに反するXの主張は失当であり、第2訴訟の請求は棄却されるべきだということを論拠にしている。より詳しく言うと、第2訴訟で建物収去を求める部分が、建物退却【原文ママ】して本件土地を明け渡せという第1訴訟の確定判決と矛循【原文ママ】するということである。
 (3)
 まずXは(1)のYの主張に対し、第2訴訟は第1訴訟と同じ請求をしているということはなく、従って請求の趣旨及び原因に不備はなく、訴えが却下されることはないと反論すべきである。
 次にXは(2)のYの主張に対し、第1訴訟の既判力の範囲は土地を明け渡せという部分だけであり、執行方法の明示にすぎない建物退却【原文ママ】の部分は含まれないと反論すべきである。114条1項の「主文に包含するもの」というのは主文と呼ばれるところに書かれていることをそのまま含めるのではなく、訴えの実情に応じて真に主文と言える部分のみを含めるべきであるという理屈である。執行方法の明示などはあくまでも執行のために便宜上主文に配されたまでであって、本来であれば主文ではなく理由中に書くべき事柄である。

以上

 

修正答案

以下民事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 現行の民事訴訟法は当事者主義を基調にしており、当事者の主張しない事実を判決の基礎としてはならない(弁論主義の第1テーゼ)。これは裁判所と当事者との役割分担について言ったもので、当事者の主張が、ある点においては一方に有利で別の点においては他方に有利な場合があることからしても、ここでの当事者は原告と被告のどちらでもよいと解釈すべきである(主張共通の原則)。そして主要事実については、当事者に争いがなければ(自白が成立すれば)、証明することを要しない(179条)だけでなく、むしろ証拠調べをすることなくこれを判決の基礎としなければならない(弁論主義の第2テーゼ)。証拠調べをする場合は、当事者の申し出た証拠に基づく(弁論主義の第3テーゼ、職権証拠調べの原則的禁止)。
 「YはXに対して本件建物を時価である500万円で買い取るべきことを請求した」というXの主張する事実(以下「本件事実」とする)は、建物買取請求権の行使をしたという意味では建物収去を免れるという点でYにとって有利な主要事実であるが、本件賃貸借契約の満了を推認させるという意味ではYにとって不利な間接事実である。
 (i)Yが否認したとき
 主張共通の原則から、本件事実を判決の基礎としてもよい。しかしYが否認してこれを争っているので、自白は成立しておらず、証拠調べを要するのが原則である。建物買取請求権を行使して建物収去を免れるという主要事実の面では主張責任を負うYが否認して、逆に不利になるXが自ら主張しているのだから、訴訟経済などを考慮して例外的に証拠調べを要さずに事実認定をしてもよいという考え方もある。しかし本件事実は同時に本件賃貸借契約の満了を推認させるという意味でYにとって不利な間接事実にもなっており、証拠調べの結果次第ではそもそも契約が満了していないという結論になるかもしれないので、原則通り、証拠調べをすることなく判決の基礎とすることはできないとすべきである。
 (ii)Yが援用したとき
 本件事実をYが援用したときは、間接事実についてはYが自白したことになり、主要事実についてはXが自白をしたことになる。先に一方が自白をして後に他方が援用しようが、先に一方が他方の自白に相当する事実を主張して後に他方がそれを認めることで自白をしようが、自白が有効に成立していることに変わりはない。よって本件事実は当事者に争いのないものであって、証拠調べをすることなく判決の基礎とすることができる。当事者主義の原則からもこの結論は妥当である。
 (iii)Yが争うことを明らかにしなかったとき
 当事者が口頭弁論において相手方の主張した事実を争うことを明らかにしない場合には、その事実を自白したものとみなす(159条1項、擬制自白)。自白というのは自らが法律上不利になることを告白することなので、ここでの相手方の主張とは、相手方が主張責任を負う事実の主張を指している。本件事実は主要事実の面ではYが主張責任を負うものであるので、擬制自白の規定をそのまま適用することはできない。しかし擬制自白の制度趣旨は、争うことを明らかにしない場合には黙示的にその事実を認めるなり主張するなりしたとみなすことで審理を簡略化しても当事者主義に反しないという点にあるので、(ii)と同様に証拠調べをすることなく判決の基礎とすることができるとしても差し支えない。

 

[設問2]
 (1)
 Yは、Xには第2訴訟について訴えの利益が認められないので、その訴えは却下されるべきであると主張している。給付訴訟では原則として訴えの利益は認められるところ、同一訴訟物について既に債務名義を得ているときは、訴えの利益が否定される。裁判所に訴える意味がないのに訴えることにより訴訟資源を浪費して関係者を煩わせるのを避けるためである。そして訴えの利益が認められない場合には、その訴えが却下されるべきだということに異論はない。
 (2)
 Yは、第2訴訟におけるXの請求には第1訴訟の確定判決の効力が及ぶので、第2訴訟の請求は,少なくとも建物収去を求める部分については棄却されるべきであると主張している。確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する(114条1項)ところ、第1訴訟では建物退去土地明け渡しが主文に包含されているので、それに反するXの主張は失当であり、第2訴訟の請求は棄却されるべきだということを論拠にしている。より詳しく言うと、第2訴訟で建物収去を求める部分が、第1訴訟の主文に含まれる建物退去と矛盾しているということである。
 (3)
 まずXは(1)のYの主張に対し、第2訴訟は同一訴訟物について既に債務名義を得ているといっても、その債務名義には「本件建物の代金500万円の支払を受けるのと引換えに」という条件が付されており、その条件をなくすということに意味(実益)があるので、例外的に訴えの利益が認められ、訴えが却下されることはないと反論すべきである。
 次にXは(2)のYの主張に対し、第1訴訟の既判力の範囲は土地を明け渡せという部分だけであり、執行方法の明示にすぎない建物退去の部分は含まれないと反論すべきである。114条1項の「主文に包含するもの」というのは主文と呼ばれるところに書かれていることをそのまま含めるのではなく、訴えの実情に応じて真に主文と言える部分のみを含めるべきであるという理屈である。執行方法の明示などはあくまでも執行のために便宜上主文に配されたまでであって、本来であれば主文ではなく理由中に書くべき事柄である。
 仮に建物退去の部分が既判力の範囲に入るとしても、亡Aから賃料不払を理由とする解除の意思表示を受けていたことをXが第1訴訟で主張することは不可能であったので、基準時(第1訴訟の最終口頭弁論時)以前の事実であっても既判力に妨げられずに主張できるとするのが相当である。
 Yは信義則(2条)の観点から第2訴訟でのXの主張を排斥するように求めるかもしれないが、先に述べたように第1訴訟でXが主張することが不可能であった事実をYは容易に主張することができたという点からしても、このようなYの要求は不当である。

以上

 

 

感想

全体的にひどい出来でした。[設問1]では弁論主義の原則を理解できていないことを思い知らされました。[設問2]も暗中模索でした。修正答案をまとめる作業をして理解は進んだので、次につなげたいと思います。

 



平成22年司法試験論文公法系第2問答案練習

問題

〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,2:4.5:3.5〕)
 A村は,人口が昭和30年には約5000人であったが,年々減少し,平成20年には約2400人にまで落ち込んでいる。その間,過疎地域の指定も受け,村の財政は極めて厳しい状況が続いている。こうした状況下で,A村は,人口減少対策・過疎対策として,A村の保有する土地(10区画)(以下「本件土地」という。)を,希望者を募って平成21年4月20日に売却した。本件土地は,近隣市の中心部まで自動車で30分程度の通勤圏に位置している。前年にもA村は売却を試みたが,相場並みに価格を定めたところ,1区画に応募があったのみであり,この1区画についても契約の締結に至らなかった。そこで今回は,下限の価格を定めずに,「分譲価格と条件は購入希望者と直接相談させていただきます」という内容を記載した村民向けチラシ,近隣市町村における折り込みチラシ,新聞広告,現地看板などにより広報を行い,10区画すべてをそのとおりに売却した。成約価格は結果として,最も高い区画で560万円,最も安い区画で400万円,全区画の売却価格の総額は4800万円であった。購入者の中には,側溝部分など,一部の土地対価について支払を免除された者も多数存在する。また,購入者の中には,A村の部長の弟や売却担当部局職員の妻も含まれていた。さらに,村内の利便性を欠く地区に住む者による買換えが,複数見られた。
 ある週刊誌に,本件土地の売買に疑惑があるとする記事が掲載されたことを契機として,村民B及びCは,平成22年3月19日に地方自治法第242条による住民監査請求を行った。B及びCは,本件土地は慎重に時間を掛ければより高価で売却できる物件であったにもかかわらず,性急に破格の安値で売却した村長Eの措置は,村の財政を悪化させ,村の財産を無駄遣いするものであり,また,このような財産の処分のために必要な議会の議決を欠くことのほか,本件土地の売買は村関係者の身内に便宜を図るものであり,売却の方式や相手方の選定に関して公正を欠くことを主張した。しかしA村の監査委員は,B及びCの請求には理由がないと判断し,その旨を同年4月23日にB及びCに通知した。そこでB及びCは,Eによる本件土地の売買契約の締結によって,A村が売却価格と時価との差額分(約3200万円)の損害を被ったとして,Eに損害賠償を求めるための住民訴訟を提起しようとしている。このうちCは,同年5月1日にA村から転出しており,現在は他の市に住んでいる。また,村民Dは,住民監査請求を行っていないが,B及びCが提起を検討している住民訴訟に原告として加わろうとしている。
 他方,A村議会の議員の一部は,Eは,平成19年に村長に就任して以来,厳しい環境の中でA村の財政再建に貢献してきた功労者であるし,必ずしも裕福ではないことから,村がEに損害賠償を請求するのは適切でないと主張して,B,C及びDの3名(以下「Bら」という。)の動きに反発している。これらの議員は,Bらの請求を認容する一審判決が出された場合には,控訴した上で,Eに対する村の損害賠償請求権を放棄する議会の議決を行うことを検討し始めている。A村はこれまで行政訴訟を提起された経験がないことから,Eは,急きょ,そうした訟務に詳しい顧問弁護士Fと同村の総務課職員G,H及びIとで,対応策を検討する会議(以下「検討会議」という。)を平成22年5月6日に開催することとした。検討会議の中では,職員から様々な疑問,質問,課題が提示されたため,弁護士Fが,その整理・検討を任されることとなった。
 【資料1 検討会議の会議録】を読んだ上で,弁護士Fの立場に立って,以下の設問に答えなさい。
 なお,地方自治法施行令の抜粋を【資料2 関係法令】に,また関連する裁判例を【資料3 議会による請求権放棄に関する裁判例】に,それぞれ掲げるので,適宜参照しなさい。

 

〔設問1〕
 Bらが提起することが予想される住民訴訟を具体的に示して,これをBらが適法に提起できるかどうかについて検討しなさい。

 

〔設問2〕
 Bらによる住民訴訟が適法とされる場合には,Eが本件土地の売買契約を締結したことの適法性が争点になると考えられる。この契約締結の適法性について,詳細に検討しなさい。

 

〔設問3〕
 Bらの請求を認容する一審判決が出されて,A村議会が請求権を放棄する議決を行う場合を想定して,以下の小問に答えなさい。
⑴ 【資料3】に挙げた二つの判決の間で,地方議会による請求権放棄の議決の適法性に関して考え方が分かれた点を説明しなさい。
⑵ その上で,これらの判決の考え方をそれぞれ当てはめた場合,本件で村議会議員が検討している請求権放棄の議決の適法性についてはどのように判断されることになるか検討して,自らの意見を述べなさい。

 

【資料1 検討会議の会議録】
総務課長G:我が村は本当に小さな所で,これまで村を相手に村民が行政訴訟を起こした例など全くありませんでした。今回のBらの動きは驚きなのですが,聞くところでは,Bらは弁護士にも相談しながら訴訟の準備を進めているようですので,村としても,対応方針を立てておく必要があります。今日は,行政訴訟に通じた顧問弁護士のF先生にも出席いただきました。初回の会合ですので,この際,疑問に思っている点を率直に出してください。

職 員 H:村の行った売買に,それとは関係のないBらが裁判を起こすことなんてできないと考えていました。Bらは売買で損をしたわけでもないし,一体どういった権利や利益を根拠にして訴えを起こすつもりなのでしょうか。聞くところでは,住民訴訟という特別の制度があるようですが,それであれば利用できるのですか。

職 員 I:住民訴訟という特別の制度があるとしても,だれでも無条件に住民訴訟を起こせるわけではないですよね。今回のBらは適法に住民訴訟を起こせるのですか。

職 員 H:BやCの行った監査請求では,違法な契約によって村の土地がたたき売りされて,村が損をした点を問題にしているようですね。住民訴訟ではBらは4号請求で行く意向だといううわさです。

総務課長G:それは,地方自治法第242条の2第1項各号に挙げられた4つの請求のうち,第4号に規定された請求をするという意味ですね。F先生の方で,Bらが今回の売却に対して,どういった訴えを起こしてくるのか,4号請求の具体的な内容を示してもらえると参考になります。その上で,Bらが提起する訴えが適法かを,B,C及びDのそれぞれについて検討していただけますか。

弁護士F:分かりました。それでは,Bらが提起するであろう訴訟について,その具体的内容と適法性を記したペーパーを,早速用意いたします。

総務課長G:よろしくお願いします。次に,裁判になったとして,本件土地の売却のいかなる点が違法になるのか,この点の議論に移りたいと思います。本件土地の時価をどのように計算するかという問題もありますが,村としては,適正な対価を得て本件土地を売却したと考えています。ですから,契約の締結には議会の議決は不要であるという立場です。しかし,この点について,Bらは争っていますので,F先生に御検討をお願いしたいと思います。

弁護士F:議会の議決というのは,地方自治法第96条第1項第6号,第237条第2項に規定された議決のことですね。このほか,第96条第1項第5号も議決を定めていますが,これは請負契約を念頭に置いた規定ですから,本件では考えなくてもよいでしょう。また,第8号の議決の要否については,Bらは今の段階では問題にしていませんので,差し当たり検討の対象から除くことにします。

総務課長G:これ以外に,契約締結の適法性に関して,遠慮なく,疑問点を出してください。

職 員 H:入札手続を採らなかった点など,契約の手続や内容に様々な違法があるとBらは攻撃していますが,村としてはそのようには考えていません。週刊誌には,契約が不透明だと書かれたのですが,一体何が問題なのですか。

職 員 I:職員や議員の中では,過疎に悩む本村で採り得る政策として,やっとのことで買手を見付けて本件土地を売却したのは当然のことではないかとか,現に税収面でも貢献しているではないかという意見が圧倒的です。この売却の何が違法と言われるのか,理解に苦しむところです。

職 員 H:先日来,総務課でも,地方自治法第234条や同条第2項に基づく政令を検討し始めたのですが,今回の事案にどのように関連するのか,うまくまとめ切れていません。村がどのような手続によって,どのような内容の契約を締結するかは,当然に村長の裁量で決められると思うのですが。

総務課長G:契約締結の適法性に関する問題,特にH君が挙げていた条文の解釈が,最も重要な課題になりそうですね。まず,これらの法律や政令の規定のうち本件にかかわるものの趣旨を御説明いただけませんか。その上で,Bらが,本件土地の売買契約の締結のどういった点を違法だと主張してくるか,また,村の側では,契約締結を適法というためにどのような主張をすることが考えられるか,F先生の方で具体的に検討いただき,契約締結の適法性に関するF先生の御意見をお聞かせいただけますと助かります。契約締結の適法性は,何といっても村の職員にとって最も関心がある点ですので,できるだけ包括的に検討していただけませんか。

弁護士F:それでは,御質問の点について,次回の会合までに,ここは入念に整理しておくこととします。

総務課長G:お願いいたします。それと,先日もお話ししましたが,議員の間では,Bらの動きに反発する意見が強いのです。週刊誌でたたかれた点が影響しているのかもしれません。

職 員 H:ベテラン議員の中には,どこかの会合で聞いてきたようなのですが,Bらが村長の損害賠償責任を裁判に訴えたとしても,さらに,それを認める判決が出されたとしても,控訴した上で,村の損害賠償請求権を放棄する議決を議会が行えば大丈夫だといった意見を説く者もいます。こうした主張が日増しに強くなっている状況です。議会は,こうした議決を適法に行うことが可能なのですか。この点は,議会事務局も心配しています。

職 員 I:議決というのは,地方自治法第96条第1項に規定されている議決のことですか。

弁 護 士 F:ええ,その第10号ですね。地方議会による請求権放棄に関しては,これまで出された裁判例で,判断が分かれています。手元にある二つの判決【資料3】が,その例です。

総務課長G:村の請求権がどのような手続によって消滅するのかといった点も,議論する必要がありそうですが,今の段階では差し当たり,請求権を放棄する内容の議決を議会は適法に行うことができるのか,という点に絞って検討したいと思います。

職 員 H:それぞれの判決がよって立つ考え方の違いを整理していただけないでしょうか。特に,判決の中で「住民訴訟の制度が設けられた趣旨」といわれているのですが,住民訴訟の制度趣旨と議会による請求権放棄とは,どのように関連するのですか。

職 員 I:私が関心がありますのは,お話のあった二つの判決を本件の事案に当てはめた場合に,どういった判断が予想されるのかという点です。

総務課長G:いろいろと要望や質問が出ましたが,議決の適法性の問題に関しては,本村の議員にも説明する必要があると考えています。H君とI君も申しておりましたが,二つの判決がそれぞれどのような考え方に立っているのか,そしてそれぞれの判決によれば,今回の案件がどのように判断されるか,住民訴訟制度の趣旨を踏まえて分かりやすく整理していただき,本村議会の議員が検討している請求権放棄の議決の適法性について,F先生の御意見をお聞かせいただけませんか。

弁護士F:了解しました。早速,両判決の分析を進めまして,課題について検討結果を送らせていただきます。

総務課長G:お願いばかりで恐縮ですが,よろしくお願いいたします。他に質問がなければ,本日の会議は終了といたします。

 

【資料2 関係法令】
○ 地方自治法施行令(昭和22年5月3日政令第16号)(抜粋)
(指名競争入札)
第167条 地方自治法第234条第2項の規定により指名競争入札によることができる場合は,次の各号に掲げる場合とする。
一 工事又は製造の請負,物件の売買その他の契約でその性質又は目的が一般競争入札に適しないものをするとき。
二 その性質又は目的により競争に加わるべき者の数が一般競争入札に付する必要がないと認められる程度に少数である契約をするとき。
三 一般競争入札に付することが不利と認められるとき。
(随意契約)
第167条の2 地方自治法第234条第2項の規定により随意契約によることができる場合は,次に掲げる場合とする。
一 売買,貸借,請負その他の契約でその予定価格(貸借の契約にあつては,予定賃貸借料の年額又は総額)が別表第五上欄(注:左欄)に掲げる契約の種類に応じ同表下欄(注:右欄)に定める額の範囲内において普通地方公共団体の規則で定める額を超えないものをするとき。
二 不動産の買入れ又は借入れ,普通地方公共団体が必要とする物品の製造,修理,加工又は納入に使用させるため必要な物品の売払いその他の契約でその性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき。
三,四 (略)
五 緊急の必要により競争入札に付することができないとき。
六 競争入札に付することが不利と認められるとき。
七 時価に比して著しく有利な価格で契約を締結することができる見込みのあるとき。
八 競争入札に付し入札者がないとき,又は再度の入札に付し落札者がないとき。
九 落札者が契約を締結しないとき。
2 前項第8号の規定により随意契約による場合は,契約保証金及び履行期限を除くほか,最初競争入札に付するときに定めた予定価格その他の条件を変更することができない。
3 第1項第9号の規定により随意契約による場合は,落札金額の制限内でこれを行うものとし,かつ,履行期限を除くほか,最初競争入札に付するときに定めた条件を変更することができない。
4 前二項の場合においては,予定価格又は落札金額を分割して計算することができるときに限り,当該価格又は金額の制限内で数人に分割して契約を締結することができる。
(せり売り)
第167条の3 地方自治法第234条第2項の規定によりせり売りによることができる場合は,動産の売払いで当該契約の性質がせり売りに適しているものをする場合とする。
別表第五(第167条の2関係)
一 工事又は製造の請負 都道府県及び指定都市 250万円
市町村(指定都市を除く。以下この表において同じ。)
130万円
二 財産の買入れ 都道府県及び指定都市 160万円
市町村 80万円
三 物件の借入れ 都道府県及び指定都市 80万円
市町村 40万円
四 財産の売払い 都道府県及び指定都市 50万円
市町村 30万円
五 物件の貸付け 30万円
六 前各号に掲げるもの以外 都道府県及び指定都市 100万円
のもの 市町村 50万円

 

【資料3 議会による請求権放棄に関する裁判例】
○ 適法とする判決:東京高等裁判所平成18年7月20日判決(抜粋)
 「住民訴訟が提起されたからといって,住民の代表である地方公共団体の議会がその本来の権限に基づいて住民訴訟における個別的な請求に反した議決に出ることまで妨げられるべきものではない。本件は,(略)損害賠償請求権(注:長に対する地方公共団体の損害賠償請求権)の発生原因のいかんによって放棄の可否を定めた法令はなく,その放棄の可否は,住民の代表である議会が,損害賠償請求権の発生原因,賠償額,債務者の状況,放棄することによる影響・効果等を総合考慮した上で行う良識ある合理的判断にゆだねられているというほかないのであって,(略)甲町の住民の代表で構成される甲町議会は,本件議案について質疑,討論を行い,民主主義の原則にのっとり,多数決で本件損害賠償請求権を放棄する旨議決したのであるから,本件議決によって本件損害賠償請求権は消滅しており,そのことによって『法治主義に反する状態が続く』ことになるものでもない。」

○ 違法とする判決:大阪高等裁判所平成21年11月27日判決(抜粋)
 「控訴人(注:乙市長)は,地自法(注:地方自治法)96条1項10号により,権利の放棄が議会の議決事項とされている以上,乙市議会がした本件権利の放棄の議決は当然有効であると主張する。しかし,(略)①(略),②控訴人は上記財務会計行為(注:乙市による乙市の外郭団体(以下「本件各団体」という。)への補助金等の支出)は適法であるとして争っていたところ,原審は,上記財務会計行為の一部は違法であると認定し,乙市の本件各団体に対する不当利得返還請求権,乙市長に対する損害賠償請求権をそれぞれ一部認めたこと(本件権利),③控訴人は,この判決に対して控訴し,控訴審において引き続き上記財務会計上の行為は適法であると主張して争ったところ,当裁判所は平成21年1月21日弁論を終結し,判決言渡期日を同年3月18日と指定したこと,④控訴人は,平成21年2月20日,本件権利の放棄を含む(略)条例を提出し,議会は後記のと
おり合理的な理由もないまま本件権利を放棄する旨の決議をなしたこと,⑤控訴人は,平成21年3月4日,弁論再開の申立てをし,当裁判所は,同月11日弁論を再開する旨の決定をしたこと,⑥本件権利は,乙市の執行機関(市長)が行った違法な財務会計上の行為によって乙市が取得した
多額の不当利得返還請求権ないし損害賠償請求権であり,この権利の放棄が乙市の財政に与える影響は極めて大きいと考えられること,⑦議会は,上記権利を放棄する旨の決議をした際,本件と同種の事案(略)等についても,不当利得返還請求権及び損害賠償請求権をいずれも放棄する旨の決議をしたこと,⑧本件権利及び上記⑦の権利を放棄するについて,請求を受けることとなる者の資力等の個別的・具体的な事情について検討された形跡は窺えないことが認められる。
 (略)住民訴訟の制度が設けられた趣旨,一審で控訴人が敗訴し,これに対する控訴審の判決が予定されていた直前に本件権利の放棄がなされたこと,本件権利の内容・認容額,同種の事件を含めて不当利得返還請求権及び損害賠償請求権を放棄する旨の決議の乙市の財政に対する影響の大きさ,議会が本件権利を放棄する旨の決議をする合理的な理由はなく,放棄の相手方の個別的・具体的な事情の検討もなされていないこと等の事情に照らせば,本件権利を放棄する議会の決議は,地方公共団体の執行機関(市長)が行った違法な財務会計上の行為を放置し,損害の回復を含め,その是正の機会を放棄するに等しく,また,本件住民訴訟を無に帰せしめるものであって,地自法に定める住民訴訟の制度を根底から否定するものといわざるを得ず,上記議会の本件権利を放棄する旨の決議は,議決権の濫用に当たり,その効力を有しないものというべきである。」

 

練習答案

[設問1]
 Bらが提起することが予想される住民訴訟は行政事件訴訟法(以下「行訴法」とする)5条の民衆訴訟であって、自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するものである。これは法律に定める場合において、法律に定める者に限り、提起することができる(行訴法42条)。その法律がここでは地方自治法(以下「地自法」とする)242条の2第1項4号であるので、これに従ってBらが適法に本件訴訟を提起できるか検討する。
 地自法242条の2第1項には「普通地方公共団体の住民は」とあるので、現在A村の住民ではないCの原告適格は否定される。また、「前条第1項の規定による請求をした場合において」とあるので、その請求(住民監査請求)をしていないDの原告適格も否定される。自己の法律上の利益にかかわらない訴訟を特別に法定したものなので、その原告適格は法律に従って厳格に判断しなければならない。
 Bについてはこれら2つの要件を満たし、かつ監査委員の監査の結果に不服があるので、同項4号の請求をすることができる。その4号請求は、本件土地の売買契約の締結によってA村が被った損害の賠償をA村長Eに対して請求するというものである。
 以上よりBは本件訴訟を適法に提起できるが、C及びBは適法に提起できない。

 

[設問2]
第1 本件土地の売買に関して議会の議決がないことの適法性
 地自法238条の4第1項の規定の適用がある場合を除き、普通地方公共団体の財産は、条例又は議会の議決による場合でなければ、適正な対価なくしてこれを譲渡してはならない(地自法237条2項、96条1項6号)。
 本件は地自法238条の4第1項の規定の適用がある場合ではなく、条例も議会の議決もないので、適正な対価があったかどうかが適法性の判断の分れ目になる。
 ここでの適正な対価とは、時価と完全に一致しなければならないものではなく、社会通念上およそ適正な対価であればよい。時価を少しでも下回れば議会の議決が必要だということになれば手続があまりにも繁雑になってしまい、普通地方公共団体の運営に支障をきたしてしまいかねない。
 本件では時価総額が8000万円のところを4800万円という6割の水準で売却する契約が締結されているが、以前に時価での売却ができなかったという事情も考慮すると、社会通念上適正な対価があったと言える。
 以上より議会の議決がなくても適法である。
第2 契約締結方法の適法性
 売買契約は、一般競争入札、指名競争入札、随意契約、又はせり売りの方法により締結するものとされる(地自法234条1項)が、指名競争入札、随意契約又はせり売りは、政令で定める場合に該当するときに限り、これによることができる(地自法234条2項)。これは一般競争入札を原則とすることで公正に普通地方公共団体にとって最も有利な金額で契約を締結するのがよいという趣旨である。だからその政令である地方自治法施行令167条の2第1項6号に、競争入札に付することが不利と認められるときという規定があるのである。
 本件土地の売買契約は随意契約によって行われているが、競争入札に付すと入札がほとんどないことが予想され、そうして売却できないと随意契約で時価を多少下回って売却するよりも不利になるので、随意契約によることが許される(地方自治法施行令167条の2第1項、地自法234条2項)。
 以上より本件の契約締結方法は適法である。

 

[設問3]
 (1)
 民主主義の原則から、地方議会による請求権放棄の議決は基本的に適法である。しかし損害賠償請求権の発生原因、賠償額、債務者の状況、放棄することによる影響・効果等を総合考慮して、場合によっては住民訴訟の制度を根底から否定するような議決権の濫用として無効になることもある。
 この枠組みで、違法とする判決(大阪高等裁判所平成21年11月27日判決)では、住民訴訟が確定して損害賠償請求権がまさに確定されようとしているときに、多額の賠償を、債務者の事情も検討せずに、同種の事件を含めて放棄するという極めて影響の大きい議決をしたということで、無効という結論になっている。
 (2)
 本件ではまだ住民訴訟が提起されていない段階である。賠償額も最大で3200万円であり村民1人当たり1万円強でそこまで多額とも言えない。債務者である村長Eは過疎に悩まされる中でやむを得ず本件土地の売買契約を締結したという事情もある。本件で村議会議員が検討している請求権放棄の議決は今回限りのものであり、他に望ましくない影響が波及するということも考えられない。
 以上より、これらを総合考慮した議会の議決は民主主義の原則から尊重されるので、有効である。

以上

 

修正答案

[設問1]
 Bらが提起することが予想される住民訴訟は行政事件訴訟法(以下「行訴法」とする)5条の民衆訴訟であって、自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するものである。これは法律に定める場合において、法律に定める者に限り、提起することができる(行訴法42条)。その法律がここでは地方自治法(以下「地自法」とする)242条の2第1項4号であるので、これに従ってBらが適法に本件訴訟を提起できるか検討する。
 地自法242条の2第1項柱書には「普通地方公共団体の住民は」とあるので、現在A村の住民ではないCの原告適格は否定される。また、「前条第1項の規定による請求をした場合において」とあるので、その請求(住民監査請求)をしていないDの原告適格も否定される。自己の法律上の利益にかかわらない訴訟を特別に法定したものなので、その原告適格は法律に従って厳格に判断しなければならない。
 Bについてはこれら2つの要件を満たし、かつ監査委員の監査の結果に不服があるので、同項4号の請求をすることができる。その4号請求は、本件土地の売買契約の締結によってA村が被った損害の賠償を個人であるEに対して請求するように執行機関であるA村長Eに求めるというものである。なお、この住民訴訟の提起は、監査の結果の通知があった日から30日以内、つまり平成22年5月23日までにしなければならない(地自法242条の2第2項1号)。
 以上よりBは本件訴訟を適法に提起できるが、C及びBは適法に提起できない。

 

[設問2]
第1 本件土地の売買に関して議会の議決がないことの適法性
 地自法238条の4第1項の規定の適用がある場合を除き、普通地方公共団体の財産は、条例又は議会の議決による場合でなければ、適正な対価なくしてこれを譲渡してはならない(地自法237条2項、96条1項6号)。
 本件は地自法238条の4第1項の規定の適用がある場合ではなく、条例も議会の議決もないので、適正な対価があったかどうかが適法性の判断の分れ目になる。
 ここでの適正な対価とは、時価と完全に一致しなければならないものではなく、社会通念上およそ適正な対価であればよい。時価を少しでも下回れば議会の議決が必要だということになれば手続があまりにも繁雑になってしまい、普通地方公共団体の運営に支障をきたしてしまいかねない。
 本件では時価総額が8000万円のところを4800万円という6割の水準で売却する契約が締結されているが、以前に時価での売却ができなかったという事情も考慮すると、社会通念上適正な対価があったと言える。
 以上より議会の議決がなくても適法である。
第2 契約締結方法の適法性
 売買契約は、一般競争入札、指名競争入札、随意契約、又はせり売りの方法により締結するものとされる(地自法234条1項)が、指名競争入札、随意契約又はせり売りは、政令で定める場合に該当するときに限り、これによることができる(地自法234条2項)。その政令である地方自治法施行令167条の2第1項2号にはその性質又は目的が競争入札に適しないものをするときという規定があり、同6号には競争入札に付することが不利と認められるときという規定がある。地自法でこのように定められているのは、性質や目的上可能な場合は一般競争入札を原則とすることで公正に普通地方公共団体にとって最も有利な金額で契約を締結するのがよいという趣旨である。
 本件土地の売買契約は随意契約によって行われている。その結果A村の部長の弟や売却担当部局職員の妻が購入者の中に含まれていて公正さを疑わしめるし、売却価格の総額も4800万円と時価総額の6割の水準にとどまっている。しかし、財政が厳しくて収入を得る必要性が高いところ、競争入札に付すと入札がほとんどないことが予想され、そうして売却できないと随意契約で時価を多少下回って売却するよりも不利になるので、随意契約によることが許される(地方自治法施行令167条の2第1項6号)。また、人口減少対策・過疎対策という目的も併せ持っているので、本件土地を誰かに買ってもらってそこに住んでもらうことに意義があり、競争入札に適しないとも言える(地方自治法施行令167条の2第1項2号)。人口が2400人規模の村なので、職員の親族などが購入者の中にいても不思議ではない。成約価格が最も高い区画で560万円、最も安い区画で400万円とそれほど大きな差はないので、職員の親族が顕著に優遇されているということもない。
 以上より本件の契約締結方法は適法である。

 

[設問3]
 (1)
 民主主義の原則から、地方議会による請求権放棄の議決は基本的に適法である。地自法96条1項10号で権利の放棄を議決することが規定されており、住民訴訟によって確定された権利は除くといった規定はないということも、請求権放棄の議決を適法にできるという見解を補強する。しかし損害賠償請求権の発生原因、賠償額、債務者の状況、放棄することによる影響・効果等を総合考慮して、場合によっては住民訴訟の制度を根底から否定するような議決権の濫用として無効になることもある。住民訴訟制度の趣旨は、普通地方公共団体の違法を有志の住民が直接是正することにあるが、その訴訟の経過なども踏まえて議会が熟慮して議決したことは、民主主義の原則から尊重されるということである(司法は立法に対して謙抑的であるべきだということである)。
 この枠組みで、違法とする判決(大阪高等裁判所平成21年11月27日判決)では、住民訴訟が確定して損害賠償請求権がまさに確定されようとしているときに、多額の賠償を、債務者の事情も検討せずに、同種の事件を含めて放棄するという極めて影響の大きい議決をしたということで、無効という結論になっている。
 (2)
 本件では請求権放棄の議決を一審敗訴後に控訴してから行うにしても、まだ住民訴訟が提起されていない段階から熟慮が重ねられている。賠償額も最大で3200万円であり村民1人当たり1万円強でそこまで多額とも言えない。債務者である村長Eは過疎に悩まされる中でやむを得ず本件土地の売買契約を締結したという事情もある。本件で村議会議員が検討している請求権放棄の議決は今回限りのものであり、他に望ましくない影響が波及するということも考えられない。
 以上より、これらを総合考慮した議会の議決は民主主義の原則から尊重されるので、有効である。

以上

 

 

感想

判例知識よりも現場での思考力を問う問題だったのである程度はできたと思っています。[設問1]では出訴期間を書き落としていました。行政法では特に期間を意識したいです。[設問2]は練習ではほぼ村側の記述しかできなかったので、B側の主張を盛り込めば記述に厚みが増したと反省しています。[設問3]素直に国語力で解きましたが、それでよいのか少し不安です。

 

 



平成22年司法試験論文公法系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100)
 市町村長は,個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して,住民基本台帳を作成しなければならない【参考資料1】。生活の本拠である住所(民法第22条参照)の有無によって,権利や利益の享受に影響が生じる。国民の重要な基本的権利である選挙権も,住所を有していないと,選挙権を行使する機会自体を奪われる(公職選挙法第21条第1項,第28条第2号,第42条第1項参照)。また,国民健康保険や介護保険等の手続をするためには,住民登録が必要である。ただし,生活保護法は,「住所」という語を用いておらず,「居住地」あるいは「現在地」を基準として保護するか否かを決定し,かつ,これを実施する者を定めている【参考資料2】。
 ボランティア活動などの社会貢献活動を行う,営利を目的としない団体(NPO)である団体Aは,ホームレスの人たちなどが最底辺の生活から抜け出すための支援活動を行っている。団体Aは,支援活動の一環として,Y市内に2つのシェルター(総収容人数は100名)を所有している。その2つのシェルターに居住する人たちは,それぞれのシェルターを住所として住民登録を行い,生活保護受給申請や雇用保険手帳の取得,国民健康保険や介護保険等の手続をしている。
 Xは,Y市内にあるB社に正規社員として20年勤めていたが,B社が倒産し,突然職を失った。そして,失職が大きな原因となり,X夫婦は離婚した。その後,Xは,C派遣会社に登録し,紹介されたY市内にあるD社に派遣社員として勤め始め,Y市内にあるD社の寮に入居した。しかし,D社の経営状況が悪化したために,いわゆる「派遣切り」されたXは,寮からも退去させられた。職も住む所も失ってしまったXは,団体Aに支援を求めた。そして,その団体Aのシェルターに入居し,そこを住所として住民登録を行った。不定期のアルバイトをしながら,できる限り自立した生活をしたいと思っているXは,正規社員としての採用を目指して,正規社員募集の情報を知ると応募していたが,すべて不採用であった。その後,厳しい経済不況の中,団体Aの支援を求める人も急増し,2つのシェルターに居住し,そこを住所として住民登録を行う人数が200名を超えるに至った。シェルターが「飽和状態」となって息苦しさを感じたXは,シェルターに帰らなくなり,正規社員への途も得られず,アルバイトで得たお金があるときはY市内のインターネット・カフェを泊まり歩き,所持金がなくなったときにはY市内のビルの軒先で寝た。
 201*年4月に,Y市は,住民の居住実態に関する調査を行った。調査の結果,団体Aのシェルターを住所として住民登録している人のうち,Xを含む60名には当該シェルターでの居住実態がないと判断した。Y市長は,それらの住民登録を抹消した。
 住民登録が抹消されたことを知ったXは,それによって生活上どのようなことになるのかを質問しに,市役所に行ったところ,国民健康保険被保険者証も失効するなどの説明を受けた。Xは,胃弱という持病があるし,最近体調も思わしくなかったが,医療費が全額自己負担になるので,病院に行くに行けなくなった。
 住民登録を抹消され,貧困ばかりでなく,生命や健康さえも脅かされる状況に追い詰められたXは,生活保護制度に医療扶助もあることを知り,申請日前日に宿泊していたインタ-ネット・カフェを「居住地」として,Y市長から委任(生活保護法第19条第4項参照)を受けている福祉事務所長に生活保護の認定申請を行った。
 Y市は,財政上の問題(生活保護のための財源は,国が4分の3,都道府県や市,特別区が4分の1を負担する。)もあるが,それ以上にホームレス【参考資料3】などが市に増えることで市のイメージが悪くなることを嫌って,インターネット・カフェやビルの軒先を「居住地」あるいは「現在地」とは認めない制度運用を行っている。そこで,Y市福祉事務所長は,Xの申請を却下した。Xは,たまたまインターネット・カフェで見ていたニュースで,自分と全く同じ状況にある人にも生活保護を認める自治体があることを知った。その自治体は,インターネット・カフェやビルの軒先も「居住地」あるいは「現在地」と認めている。そこで,Xは,Y市福祉事務所長の却下処分に対して,自分と同じ状況にある人の保護を認定している自治体もあることなどを理由に,不服申立てを行った。しかし,不服申立ても,棄却された。
 Y市は,衆議院議員総選挙における選挙区を定める公職選挙法別表第1によれば,市全域で1選挙区と定められている。Xは,住民登録が抹消された年の10月に行われた衆議院議員総選挙の際に,選挙人名簿から登録を抹消されたために投票することができなかった。このような事態は,従来から,ホームレスの人たちなどの支援活動を行っているNPOから指摘されていた。そして,それらのNPOは,Xの住民登録が抹消された年の10月に行われた衆議院議員総選挙よりも7年前に行われた200*年8月の衆議院議員総選挙の際に,国政選挙における「住所」要件(公職選挙法第21条第1項,第28条第2号及び第42条第1項のほか,同法第9条,第11条,第12条,第21条,第27条第1項参照)の改正を求める請願書を総務省に提出していた。
 Xは,無料法律相談に行き,生活保護と選挙権について弁護士に相談した。

 

〔設問1〕
あなたがXの訴訟代理人として訴訟を提起するとした場合,訴訟においてどのような憲法上の主張を行うか。憲法上の問題ごとに,その主張内容を書きなさい。

 

〔設問2〕
設問1における憲法上の主張に関するあなた自身の見解を,被告側の反論を想定しつつ,述べなさい。

 

【参考資料1】住民基本台帳法(昭和42年7月25日法律第81号)(抄録)
(目的)
第1条 この法律は,市町村(特別区を含む。以下同じ。)において,住民の居住関係の公証,選挙人名簿の登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とするとともに住民の住所に関する届出等の簡素化を図り,あわせて住民に関する記録の適正な管理を図るため,住民に関する記録を正確かつ統一的に行う住民基本台帳の制度を定め,もつて住民の利便を増進するとともに,国及び地方公共団体の行政の合理化に資することを目的とする。
(国及び都道府県の責務)
第2条 国及び都道府県は,市町村の住民の住所又は世帯若しくは世帯主の変更及びこれらに伴う住民の権利又は義務の異動その他の住民としての地位の変更に関する市町村長(特別区の区長を含む。以下同じ。)その他の市町村の執行機関に対する届出その他の行為(次条第3項及び第21条において「住民としての地位の変更に関する届出」と総称する。)がすべて一の行為により行われ,かつ,住民に関する事務の処理がすべて住民基本台帳に基づいて行われるように,法制上その他必要な措置を講じなければならない。
(市町村長等の責務)
第3条 市町村長は,常に,住民基本台帳を整備し,住民に関する正確な記録が行われるように努めるとともに,住民に関する記録の管理が適正に行われるように必要な措置を講ずるよう努めなければならない。
2 市町村長その他の市町村の執行機関は,住民基本台帳に基づいて住民に関する事務を管理し,又は執行するとともに,住民からの届出その他の行為に関する事務の処理の合理化に努めなければならない。
3 住民は,常に,住民としての地位の変更に関する届出を正確に行なうように努めなければならず,虚偽の届出その他住民基本台帳の正確性を阻害するような行為をしてはならない。
4 (略)
(住民の住所に関する法令の規定の解釈)
第4条 住民の住所に関する法令の規定は,地方自治法(昭和22年法律第67号)第10条第1項に規定する住民の住所と異なる意義の住所を定めるものと解釈してはならない。
(住民基本台帳の備付け)
第5条 市町村は,住民基本台帳を備え,その住民につき,第7条に規定する事項を記録するものとする。
(住民基本台帳の作成)
第6条 市町村長は,個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して,住民基本台帳を作成しなければならない。
2,3 (略)
(住民票の記載事項)
第7条 住民票には,次に掲げる事項について記載(前条第3項の規定により磁気ディスクをもつて調製する住民票にあつては,記録。以下同じ。)をする。
一 氏名
二 出生の年月日
三 男女の別
四 世帯主についてはその旨,世帯主でない者については世帯主の氏名及び世帯主との続柄
五 戸籍の表示。ただし,本籍のない者及び本籍の明らかでない者については,その旨
六 住民となつた年月日
七 住所及び一の市町村の区域内において新たに住所を変更した者については,その住所を定めた年月日
八 新たに市町村の区域内に住所を定めた者については,その住所を定めた旨の届出の年月日(職権で住民票の記載をした者については,その年月日)及び従前の住所
九 選挙人名簿に登録された者については,その旨
十~十四 (略)
(選挙人名簿の登録等に関する選挙管理委員会の通知)
第10条 市町村の選挙管理委員会は,公職選挙法(昭和25年法律第100号)第22条第1項若しくは第2項若しくは第26条の規定により選挙人名簿に登録したとき,又は同法第28条の規定により選挙人名簿から抹消したときは,遅滞なく,その旨を当該市町村の市町村長に通知しなければならない。
(選挙人名簿との関係)
第15条 選挙人名簿の登録は,住民基本台帳に記録されている者で選挙権を有するものについて行なうものとする。
2 市町村長は,第8条の規定により住民票の記載等をしたときは,遅滞なく,当該記載等で選挙人名簿の登録に関係がある事項を当該市町村の選挙管理委員会に通知しなければならない。
3 市町村の選挙管理委員会は,前項の規定により通知された事項を不当な目的に使用されることがないよう努めなければならない。

 

【参考資料2】生活保護法(昭和25年5月4日法律第144号)(抄録)
(この法律の目的)
第1条 この法律は,日本国憲法第25条に規定する理念に基き,国が生活に困窮するすべての国民に対し,その困窮の程度に応じ,必要な保護を行い,その最低限度の生活を保障するとともに,その自立を助長することを目的とする。
(無差別平等)
第2条 すべて国民は,この法律の定める要件を満たす限り,この法律による保護(以下「保護」という。)を,無差別平等に受けることができる。
(最低生活)
第3条 この法律により保障される最低限度の生活は,健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない。
(実施機関)
第19条 都道府県知事,市長及び社会福祉法(昭和26年法律第45号)に規定する福祉に関する事務所(以下「福祉事務所」という。)を管理する町村長は,次に掲げる者に対して,この法律の定めるところにより,保護を決定し,かつ,実施しなければならない。
一 その管理に属する福祉事務所の所管区域内に居住地を有する要保護者
二 居住地がないか,又は明らかでない要保護者であつて,その管理に属する福祉事務所の所管区域内に現在地を有するもの
2 居住地が明らかである要保護者であつても,その者が急迫した状況にあるときは,その急迫した事由が止むまでは,その者に対する保護は,前項の規定にかかわらず,その者の現在地を所管する福祉事務所を管理する都道府県知事又は市町村長が行うものとする。
3 第30条第1項ただし書の規定により被保護者を救護施設,更生施設若しくはその他の適当な施設に入所させ,若しくはこれらの施設に入所を委託し,若しくは私人の家庭に養護を委託した場合又は第34条の2第2項の規定により被保護者に対する介護扶助(施設介護に限る。)を介護
老人福祉施設(介護保険法第8条第24項に規定する介護老人福祉施設をいう。以下同じ。)に委託して行う場合においては,当該入所又は委託の継続中,その者に対して保護を行うべき者は,その者に係る入所又は委託前の居住地又は現在地によつて定めるものとする。
4 前三項の規定により保護を行うべき者(以下「保護の実施機関」という。)は,保護の決定及び実施に関する事務の全部又は一部を,その管理に属する行政庁に限り,委任することができる。

 

【参考資料3】ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法(平成14年8月7日法律第105号)
(抄録)
(目的)
第1条 この法律は,自立の意思がありながらホームレスとなることを余儀なくされた者が多数存在し,健康で文化的な生活を送ることができないでいるとともに,地域社会とのあつれきが生じつつある現状にかんがみ,ホームレスの自立の支援,ホームレスとなることを防止するための生活上の支援等に関し,国等の果たすべき責務を明らかにするとともに,ホームレスの人権に配慮し,かつ,地域社会の理解と協力を得つつ,必要な施策を講ずることにより,ホームレスに関する問題の解決に資することを目的とする。
(定義)
第2条 この法律において「ホームレス」とは,都市公園,河川,道路,駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし,日常生活を営んでいる者をいう。

 

練習答案

日本国憲法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
第1 Xが提起する訴訟
 設問に答える前提として、Xが提起する訴訟をはっきりさせておく。生活保護に関しては、Xによる申請の却下処分の取消訴訟と生活保護決定処分の義務付けの訴えを併合提起する(行政事件訴訟法3条2項、6項2号)。選挙権に関してはXが選挙権を有することの確認訴訟を提起する。両者とも、必要があれば国家賠償法に基づく国家賠償請求訴訟を提起する。
第2 生存権の侵害
 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有し(25条1項)、国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない(25条2項)。これを受けて生活保護法19条1項では、市長はその管理に属する福祉事務所の所管区域内に居住地を有する要保護者(19条1項2号)に対して、保護を決定し、かつ、実施しなければならないと規定されている。にもかかわらずXの申請が却下されたので、これは25条1項、2項で定められた生存権を侵害している。
第3 選挙権の侵害
 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である(15条1項)。それを受けて公職選挙法では具体的に、日本国民で年齢満20年以上の者は、衆議院議員の選挙権を有する(公職選挙法9条1項)と規定され、選挙権を有しない者(11条)、選挙の単位(12条)などが定められている。これらの規定からXは衆議院議員選挙の選挙権をY市全域の選挙区で有するはずなのに201*年の選挙でそれを行使できず、次の選挙でも行使できない恐れがある。これはXの選挙権を侵害している。
第4 平等違反
 すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない(14条)。しかしながら、Xはホームレス状態にあるということで、生活保護申請を却下され、選挙権を行使することもできなかった。これは14条の平等原則に違反している。

 

[設問2]
第1 生存権の侵害について
 [設問1]に記載したように、25条を受けて生活保護法が制定されている。よって25条を直接的な請求権を授けるものだと考えるにせよ、抽象的な規定で直接的な請求権を授けるものではないと考えるにせよ、また国家の努力目標を示したものであると考えるにせよ、具体的な立法である生活保護法に即して検討しなければならない。
 つまり、25条の生存権規定は国家の努力目標でありどのような福祉政策を行うかには裁量があるという被告側の反論について、あくまでも生活保護法の範囲内で考えなければならないということになる。
 本件での、インターネット・カフェやビルの軒先を「居住地」あるいは「現在地」とは認めない制度運用は生活保護法の素直な文理解釈に反しているだけでなく、すべての国民に最低限度の生活を保障して、無差別平等の保護を提供するという生活保護法1条及び2条にも反するので違法であり、Xの生存権を侵害している。
第2 選挙権の侵害
 被告側は、公職選挙法28条2号に基づきXを選挙人名簿から抹消したのであって、何ら違法にXの選挙権を侵害したのではないと反論するだろう。しかしながら、Xは当該シェルターでの居住実態はなかったとしてもY市内のインターネット・カフェやビルの軒先で寝泊まりしており、Y市の区域内でずっと寝泊まりしていたことになる。衆議院議員選挙はY市全域が1つの選挙区である。また、住民登録が抹消されたことを知ったXは、それによって生活上どのようなことになるのかを質問しに市役所へ行ったが、選挙権については何も言われなかった。さらに、第1で述べたように違法に生活保護申請を却下されている。生活保護が決定されていれば住所が確定して選挙人名簿に登録されただろうし、市役所に質問しに行ったときに主に寝泊まりしているY市内のインターネット・カフェで選挙人名簿に登録することができるかどうか検討することもできた。要するに、ずっと同じ選挙区であるY市内にいて帰責事由もないXから選挙権を奪うのは不当であり、Y市の対応は公職選挙法の適用を誤ったものであり違憲である。
第3 平等違反について
 14条が禁じているのは不合理な差別であり、合理的な区別は許されるのだから、Y市の対応は適切であるとの被告側の反論が想定される。
 私もこの反論の前提は共有するが、何が合理的な区別で何が不合理な差別かについては慎重に考えなければならない。
 Y市の対応からすると、ホームレス状態であってインターネット・カフェやビルの軒先で寝泊まりする人は生活保護が受けられず、選挙権が行使できなくても合理的だとY市は考えていることになる。しかし居住や移転の自由は22条1項ではっきりと保障されているし、むしろホームレス状態の人こそ生活保護が必要である。ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法にもホームレスの人権への配慮が明文化されている。市のイメージが悪くなるということでは、生活保護に関するY市の方針は合理化できない。選挙権に関して住所の規定があるのは不正な投票を防ぐためである。例えば選挙のために数日だけ居住を移して投票するのを防ぐために3ヶ月という居住要件を設ける(公職選挙法30条の4)のは合理的であるが、同じ選挙区内にずっといるのにインターネット・カフェやビルの軒先で寝泊まりしているという理由で選挙権を制限するのは不合理である。以上より、平等違反という観点からも、Y市の対応は違憲である。

以上

 

修正答案

日本国憲法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
第1 生存権の侵害
 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有し(25条1項)、国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない(25条2項)。これを受けて生活保護法19条1項では、市長はその管理に属する福祉事務所の所管区域内に居住地を有する要保護者(1号)及びその管理に属する福祉事務所の所管区域内に居住地を有する要保護者(2号)に対して、保護を決定し、かつ、実施しなければならないと規定されている。Xはこれに該当するにもかかわらずその申請が却下されたので、これは25条1項、2項で定められた生存権を侵害している。
第2 選挙権の侵害
 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利であり(15条1項)、公務員の選挙は成年者による普通選挙が保障される(15条3項)。それを受けて公職選挙法では具体的に、日本国民で年齢満20年以上の者は、衆議院議員の選挙権を有する(公職選挙法9条1項)と規定され、選挙権を有しない者(11条)、選挙の単位(12条)などが定められている。これらの規定からXは衆議院議員選挙の選挙権をY市全域の選挙区で有するはずなのに201*年の選挙でそれを行使できず、次の選挙でも行使できない恐れがある。これはXの選挙権を侵害している。
第3 平等違反
 すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない(14条)。しかしながら、XはY市内においてホームレス状態にあるということで、生活保護申請を却下され、選挙権を行使することもできなかった。これは14条の平等原則に違反している。

 

[設問2]
第1 生存権の侵害について
 [設問1]に記載したように、25条を受けて生活保護法が制定されている。よって25条を直接的な請求権を授けるものだと考えるにせよ、抽象的な規定で直接的な請求権を授けるものではないと考えるにせよ、また国家の努力目標を示したものであると考えるにせよ、具体的な立法である生活保護法に即して検討しなければならない。
 Y市は生活保護の財政上の負担をしているので、その運用においてY市に一定の裁量が認められるべきだと反論するかもしれない。しかしながら、本件での、インターネット・カフェやビルの軒先を「居住地」あるいは「現在地」とは認めない制度運用は生活保護法の素直な文理解釈に反しているだけでなく、すべての国民に最低限度の生活を保障して、無差別平等の保護を提供するという生活保護法1条及び2条にも反するので明らかに違法であり、Xの生存権を侵害している。
第2 選挙権の侵害について
 15条1項や3項に規定される選挙権は間接民主制の下で国民主権の基礎となる重大な権利であり、選挙権又はその行使を制限するためには、そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならない。
 被告側は、公職選挙法28条2号に基づきXを選挙人名簿から抹消したのであって、何ら違法にXの選挙権を侵害したのではないと反論するだろう。公正な選挙を実施するためには住所を基準に選挙権の行使を判断するのもやむを得ないというのである。しかしながら、Xは当該シェルターでの居住実態はなかったとしてもY市内のインターネット・カフェやビルの軒先で寝泊まりしており、Y市の区域内に住所を有していたと考えられる。衆議院議員選挙はY市全域が1つの選挙区であるので、Y市のどこに住所を有していてもその選挙区において選挙権を有する。また、住民登録が抹消されたことを知ったXは、それによって生活上どのようなことになるのかを質問しに市役所へ行ったが、選挙権については何も言われなかった。さらに、第1で述べたように違法に生活保護申請を却下されている。生活保護が決定されていれば住所が確定して選挙人名簿に登録されただろうし、市役所に質問しに行ったときに主に寝泊まりしているY市内のインターネット・カフェを住所として選挙人名簿に登録することができるかどうか検討することもできた。このように、やむを得ない事由もないのにXの選挙権の行使を制限したY市の対応は公職選挙法の適用を誤ったものであり違憲である。
第3 平等違反について
 14条が禁じているのは不合理な差別であり、合理的な区別は許されるのだから、Y市及び国の対応は適切であるとの被告側の反論が想定される。
 私もこの反論の前提は共有するが、何が合理的な区別で何が不合理な差別かについては慎重に考えなければならない。
 Y市の対応からすると、ホームレス状態であってインターネット・カフェやビルの軒先で寝泊まりする人は生活保護が受けらなくても合理的だとY市は考えていることになる。しかし居住や移転の自由は22条1項ではっきりと保障されているし、むしろホームレス状態の人こそ生活保護が必要である。ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法にもホームレスの人権への配慮が明文化されている。市のイメージが悪くなるということでは、生活保護に関するY市の方針は合理化できない。Y市は観光に力を入れているなどの理由で地域の特殊性を主張するかもしれないが、生存権は国内で一律に保障されるべき性質のものであり、Y市の主張は失当である。
 選挙権に関して住所要件があるのは不正な投票を防ぐためであり、合理的である。およそ人が生活している以上はどこかに住所があるはずであり、その住所を適切に認定できなかったY市の対応に問題があったわけであって、現行の公職選挙法が直ちに違憲であるとは言えない。よって立法不作為による国家賠償請求は認められない。

以上

 

 

感想

Xが提起する訴訟について論じるべきか悩みました。修正答案では削除しましたが、練習答案の記述で間違ってはいないと思います。その点に関して次年度以降からはわかりやすくなっているので、出題者も反省したのでしょう。生活保護のことは日頃からよく考えていたので素直に書けたと思います。選挙権のほうは平成17年判決の言い回しを使えなかったのが勉強不足です。14条の平等違反は独立した項目を立てるか随所に盛り込むか迷います。

 

 



平成22年司法試験論文刑事系2問答案練習

問題

〔第2問〕(配点:100)
次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。

 

【事 例】
1 暴力団A組は,けん銃を組織的に密売することによって多額の利益を得ていたが,同組では,発覚を恐れ一般人には販売せず,暴力団に属する者に対してのみ,電話連絡等を通じて取引の交渉をし,取引成立後,宅配等によりけん銃を引き渡すという慎重な方法が採られていた。司法警察員Pらは,A組による組織的な密売ルートを解明すべく内偵捜査を続けていたが,A組幹部の甲がけん銃密売の責任者であるとの情報や,甲からの指示を受けた組員らが,取引成立後,組事務所とは別の場所に保管するけん銃を顧客に発送するなどの方法によりけん銃を譲渡しているとの情報を把握したものの,顧客が暴力団関係者のみであることから,甲らを検挙する証拠を入手できずにいた。
 平成21年6月1日,Pらは,甲らによるけん銃密売に関する証拠を入手するため,A組の組事務所であるアパート前路上で張り込んでいたところ,甲が同アパート前公道上にあったごみ集積所にごみ袋を置いたのを現認した。そこで,Pらは,同ごみ袋を警察署に持ち帰り,その内容物を確認したところ,「5/20 1丁→N.H 150」などと日付,アルファベットのイニシャル及び数字が記載された複数のメモ片を発見したため,この裁断されていたメモ片を復元した[捜査①]。
 さらに,同月2日,Pらは,甲が入居しているマンション前路上で張り込んでいたところ,甲が同マンション専用のごみ集積所にごみ袋を置いたのを現認した。なお,同ごみ集積所は,同マンション敷地内にあるが,居住部分の建物棟とは少し離れた場所の倉庫内にあり,その出入口は施錠されておらず,誰でも出入りすることが可能な場所にあった。そこで,Pらは,同集積所に立ち入り,同所において,同ごみ袋内を確認したところ,「5/22 1丁→T.K 150」などと記載された同様のメモ片を発見したため,このメモ片を持ち帰り復元した[捜査②]。
 Pらが復元した各メモ片の内容を確認したところ,甲らが,同年5月中に,10名に対して,代金総額2250万円で合計15丁のけん銃を密売したのではないかとの嫌疑が濃厚となった。

2 その後,Pらは,更なる内偵捜査により,A組とは対立する暴力団B組に属する乙が,以前に甲からけん銃を入手しようとしたものの,その代金額について折り合いがつかずにけん銃を入手できなかったため,B組内で処分を受け,甲及びA組に対して強い敵意を抱いているとの情報を入手した。
 そこで,Pは,同年6月5日,乙と接触し,同人に対し,もう一度甲と連絡を取ってけん銃を譲り受け,甲を検挙することを手伝ってほしい旨依頼したところ,乙の協力が得られることとなった。この際,Pは,乙に対し,電話で甲に連絡をした際や直接会って話をした際には,甲との会話内容をICレコーダーに録音したいこと,さらに会話終了後には,引き続き,乙にその会話内容を説明してもらい,それも併せて録音したい旨を依頼し,乙の了解を得た。
 同月7日午前11時ころ,乙は,乙方近くのE公園において,自らの携帯電話から甲の携帯電話に電話をかけ,甲に対し,「前には金額で折り合わなかったが,やはり物を購入したい。もう一度話し合いたいんだ。」などと言い,甲から,「分かった。値段が張るのはやむを得ない。よく考えてくれよ。」などとの話を引き出した。乙の近くにいたPは,この会話を乙の携帯電話に接続したICレコーダーに録音し,さらに,同会話終了後にされた「自分は,平成21年6月7日午前11時ころ,E公園において,甲と電話で話したが,甲は自分にけん銃を売ることについての話合いに応じてくれた。明日午後1時ころ,F喫茶店で直接会って更に詳しい話合いをすることになった。」という乙による説明も録音した[録音①]。
 翌8日午後1時ころ,待ち合わせ場所のF喫茶店において,甲と乙は,けん銃の譲渡について話合いをした。その際,甲と乙は,代金総額300万円でけん銃2丁を譲渡すること,けん銃は後日乙の指定したマンションへ宅配便で配送すること,けん銃の受取後,代金を直接甲に支払う-6-ことなどを合意するに至った。隣のテーブルにいたPは,このけん銃譲渡に関する会話をICレコーダーに録音し,さらに,甲が同店を立ち去った後にされた「自分は,平成21年6月8日午後1時ころ,F喫茶店で甲と直接話合いをした。甲が自分にけん銃2丁を300万円で売ってくれることになった。けん銃2丁は宅配便で,りんごと一緒に自分のマンションに配送される。代金300万円は後で連絡を取り合って場所を決め,その時渡すことになった。」という乙による説明も録音した[録音②]。

3 翌9日以降,Pらは,乙がけん銃を受け取ったことを確認し次第,甲をけん銃の譲渡罪で逮捕し,関係箇所を捜索しようと考え,度々乙と電話で連絡を取り,甲からけん銃2丁が配送されてきたか否か確認を続けた。しかし,同月14日午後9時ころ,Pらは,乙が電話に出なくなったことから不審に思い,乙の生命又は身体に危険な事態が発生した可能性があることからその安全を確認するため,乙方マンション管理人立会いの下,乙方に立ち入ると,乙が居間において,頭部右こめかみ付近から出血した状態で死亡しているのを発見した。乙の死体付近にはけん銃2丁が落ちており,その近くには開封された宅配便の箱があり,その中を確認するとりんごが数個入っていた。また,机上には乙の物とみられる携帯電話1台があった。Pらは,甲によるけん銃譲渡の被疑事実について,裁判官から捜索差押許可状の発付を得た上で,発見したけん銃2丁及び携帯電話1台を押収した。さらに,Pらは,押収した乙の携帯電話の発信歴や着信歴を確認したが,すべて消去されていたため,直ちに科学捜査研究所で,消去されたデータの復元・分析を図った[捜査③]。その結果,頻繁に発着信歴のある電話番号「090-7274-△△△△」が確認され,さらにこの契約者を捜査すると丙女であることが明らかとなった。なお,Pらは,乙方では遺書等を発見できず,押収したけん銃2丁には乙の右手指紋が付着していたものの,乙が死亡した原因を自殺か他殺か特定できなかった上,捜査の必要から,乙死亡についてマスコミ発表をしなかった。また,宅配便の箱に貼付されていた発送伝票の発送者欄には,住所,人名及び電話番号が記載されていたが,捜査の結果,それらはすべて架空のものであることが明らかとなった。

4 翌15日午後7時ころ,Pらが乙の携帯電話を持参して丙女方を訪ねると,丙女は,当初は乙を知らないと供述したものの,Pらが乙の携帯電話の電源を入れ,丙女の携帯電話番号の発着信歴が頻繁にあったことを告げると,ようやく,乙と約2年前から交際していたことを認め,乙から,今回警察の捜査に協力していることやそのためにA組の甲からけん銃を譲り受けることを打ち明けられていたなどと供述した。そのような事情聴取を継続中に,突然,乙の携帯電話の着信音が鳴った。Pらは,着信の表示番号が以前に乙から教わっていた甲の携帯電話番号であったので,甲からの電話であると分かり,とっさに,丙女から,電話に出ること及び会話の録音についての同意を得た上で,丙女に電話に出てもらうとともに,乙の携帯電話の録音機能を使用して録音を開始した。すると,甲と思われる男の声で,「もしもし,甲だ。物届いただろう。約束どおりりんごと一緒に届いただろう。300を早く支払ってくれよ。」との話があり,丙女が,乙が死亡してしまったこと,自分は乙の婚約者であることを告げると,甲と思われる男は,「婚約者なら乙の代わりに代金300万円を用意して持ってこい。物は約束どおり届いたはずだろう。」などと強く言ってきた。Pがメモ紙に代金は警察が用意するので待ち合わせ場所を決めるようにと記載して示すと,丙女は,その記載に従って,「分かりました。代金は,乙に代わって私が用意します。待ち合わせ場所を指定してください。」などと言い,同月17日に甲とF喫茶店で待ち合わせることになった。Pは,電話終了後,乙の携帯電話の録音機能を停止して再生し,丙女と甲と思われる男の会話内容が録音されていることを確認した[録音③]。

5 同月17日午後3時ころ,丙女がF喫茶店に赴いたところ,甲が現れたので,Pらは,甲をけん銃2丁の譲渡罪で緊急逮捕した。
 甲は勾留後,否認を続けたが,検察官は,本件けん銃2丁,甲乙間及び甲丙女間の本件けん銃譲渡に関する[録音①],[録音②]及び[録音③]を反訳した捜査報告書【資料】,丙女の供述等-7-を証拠に,同年7月8日,甲をけん銃2丁の譲渡罪で起訴した。
 被告人甲は,第一回公判期日において,「自分は,乙に対してけん銃2丁を譲り渡したことはない。」旨述べた。その後の証拠調べ手続において,検察官は,「甲乙間の本件けん銃譲渡に関する甲乙間及び甲丙女間の会話の存在と内容」を立証趣旨として,前記捜査報告書を証拠調べ請求したところ,弁護人は,不同意とした。

 

〔設問1〕 下線部の[捜査①]から[捜査③]の適法性について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。

 

〔設問2〕 【事例】中の捜査報告書の証拠能力について,前提となる捜査の適法性を含めて論じなさい。

 

【資料】
捜査報告書
平成21年6月18日
○○県□□警察署
司法警察員 警視 P 殿
○○県□□警察署
司法警察員 巡査部長 K ,
被疑者 甲
(本籍,住居,職業,生年月日省略)
上記の者,平成21年6月17日,銃砲刀剣類所持等取締法違反被疑事件の被疑者として緊急逮捕したものであるが,被疑者は,乙及び丙女との間で電話等による会話をしており,その状況を録音したICレコーダー及び携帯電話を本職が再生して反訳したところ,下記のとおり判明したので報告する。

1 平成21年6月7日午前11時ころ~午前11時5分ころ,電話による通話等
⑴乙 「もしもし,乙ですが,この間は申し訳なかったね。」「やはり,物必要なんだ。前には金額で折り合わなかったが,やはり物を購入したい。もう一度話し合いたいんだ。」
甲 「今更何言ってるの。物って何のことよ。」
乙 「とぼけないでくださいよ。×××のことですよ。」
甲 「前は,高過ぎるとか,ほんとに良い物なのかとか,うるさかったじゃない。うちのは××××とは違うんだよ。」
乙 「悪かったね。やはりどうしても欲しいんだ。助けてほしい。」
甲 「分かった。うちの回転×××の×××は物が良いので,値段が張るのはやむを得ない。よく考えてくれよ。」
乙 「よく分かったよ。明日1時に前回と同じF喫茶店でどうだい。」
甲 「分かった。明日会おう。」
ここで,甲乙間の会話が終了し(なお×××部分は聞き取れず),引き続き,乙の声で,
⑵乙 「自分は,平成21年6月7日午前11時ころ,E公園において,甲と電話で話したが,甲は自分にけん銃を売ることについての話合いに応じてくれた。明日午後1時ころ,F喫茶店で直接会って更に詳しい話合いをすることになった。」との話が録音されていた。
2 同月8日午後1時ころ,F喫茶店における会話等
⑴乙 「お久しぶり。この前は悪かったね。」
甲 「だから,この間の条件で買っておけばよかったんだよ。うちの条件は前回と同じ,1丁150万円,2丁なら×××××,物がいいんだからびた一文負けられないよ。」
乙 「分かったよ。それでいいよ。物どうやって受け取るんだい。」
甲 「うちのやり方は,直接渡したりはしないんだ。そこでパクられたら,所持で逃げようないからね。あんたのマンションへ宅配便で送るよ。りんごの箱に入れて,一緒に送るから。受け取ったら,×××渡してくれよ。場所はまた連絡する。」
乙 「それでいこう。頼むね。」
ここで,甲乙間の会話が終了し(なお×××部分は聞き取れず),引き続き,乙の声で,
⑵乙 「自分は,平成21年6月8日午後1時ころ,F喫茶店で甲と直接話合いをした。
甲が自分にけん銃2丁を300万円で売ってくれることになった。けん銃2丁は宅配便で,りんごと一緒に自分のマンションに配送される。代金300万円は後で連絡を取り合って場所を決め,その時渡すことになった。」との話が録音されていた。
3 同月15日午後7時15分ころ~午後7時20分ころ,電話による通話
甲 「もしもし,甲だ。物届いただろう。約束どおりりんごと一緒に届いただろう。300を早く支払ってくれよ。」
丙女「私は,乙の婚約者の丙女です。乙は死んでしまいました。」
甲 「ええ。死んだ。本当かよ。どうして死んだんだ。××か。」
丙女「分かりません。でも,遺書はありませんし,近くにけん銃が落ちていました。」
甲 「それはお気の毒だ。でも物は届いたんだろう。それなら,あんたが代わりに300万円払ってくれ。」
丙女「そんなお金は持っていません。」
甲 「婚約者なんだろ。婚約者なら乙の代わりに代金300万円を用意して持ってこい。物は約束どおり届いたはずだろう。」
丙女「分かりました。代金は,乙に代わって私が用意します。待ち合わせ場所を指定してください。」
甲 「本当に用意できるのか。それじゃあ。明後日の17日午後3時,F喫茶店に金を持ってきてくれ。××には言うなよ。」
丙女「分かりました。必ず行きます。」
ここで甲丙女間の会話が終了した(なお××部分は聞き取れず)。

 

練習答案

以下刑事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
第1 捜査の適法性一般
 捜査については、その目的を達するために必要な取調をすることができるが、強制の処分は刑事訴訟法に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない(197条1項)。そこでは何が強制の処分に該当し、何が強制の処分に該当せず任意の処分に該当するかが問題となる。ここでは、対象者の身体、財産、プライバシーなどの法益が侵害されれば強制の処分で、そうでなければ任意の処分であると考える。
 司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、捜索又は検証をすることができる(218条1項)。また、司法警察職員は、被疑者その他の者が遺留した物又は所有者若しくは保管者が任意に提出した物は、これを領置することができる(221条)。
第2 捜査①の適法性
 Pは司法警察職員であるので遺留物の領置をすることができる。公道上にあったごみ集積所に置いてあったごみ袋は遺留物である。よってPは令状なしでも本件ごみ袋を領置することができる。公道上にあるごみ集積所にある物を置くということは、その物の所有権やプライバシーの権利などを放棄する行為なので、それを領置するのは任意の処分である。
 またPは検証をすることができ、裁断されていたメモ片を復元してそこに記載された文字等を記み【原文ママ】取る行為は検証であるので、メモ片の復元も適法である。
第3 捜査②の適法性
 捜査②は捜査①とかなり似ているので捜査①についての先ほどの記述を前提として、相違点のみを考える。
 その相違点は、ごみ袋があった集積所が公道上ではなく甲が入居しているマンションの敷地内にあったということである。そしてそうなるとそこにあったごみ袋は遺留物ではなくなるので領置できず、令状により差押えすべき物品となる。というのも、マンションの敷地内に存在する物はマンションの管理者の権限が及ぶ物であるからである。捜査②で持ち帰られたごみ袋には同マンション管理者の所有権が及び、甲のプライバシーの権利も同マンションの管理者や入居者に対してのみ放棄されているにすぎない。このことから本件ごみ袋を持ち帰るのは強制の処分であると言える。よって令状に基づき差押えすべきところを令状なしで領置したこの捜査②は違法である。
第4 捜査③の適法性
 捜査③は裁判所から捜索差押許可状(令状)を得た上でなされているので、その点については適法である。問題になり得るのは消去されたデータの復元・分析を図ったことである。
 仮に乙が生きていて同意していたら法益が侵害されることもないのでデータの復元・分析を任意の処分として行うことができる。しかし乙が死亡しているので同意を得ることはできない。そこでこのデータの復元・分析が何らかの法益を侵害しないかを検討する。乙は死亡しているので乙の法益を考える必要はない。乙の携帯電話は相続人の財産となるのでその財産権を侵害してはならないが、データの復元・分析で携帯電話の財産的価値を損なうことはないと考えられるので、相続人の財産権を侵害するということもない。
 以上より令状の発付などの手続に問題はなく、データの復元・分析も法益を侵害しない任意の処分としてできるので、捜査③は適法である。

 

[設問2]
第1 違法収集証拠(おとり捜査)
 本件捜査報告書が違法に収集したものであれば証拠能力が否定されることがある。
 [設問1]で捜査②は違法であると結論づけたが、この捜査②がなくても捜査①などから甲のけん銃密売の嫌疑は導けるので、その違法が本件捜査報告書の証拠能力を否定することはない。
 Pが乙らと協力して行った捜査はいわゆるおとり捜査であり、その適法性が問題となり得る。おとり捜査は捜査機関がわざわざ犯罪を作り出すものであると言えるからである。しかし本件では捜査機関が働きかける前から甲が乙にけん銃の売買を持ちかけており、その時の交渉を再開させたにすぎないので、新たに犯罪を作り出したとは言えない。また、執ように犯罪行為をそそのかしたということもない。さらに本件で疑われているのはけん銃の売買という重大犯罪であり、他の手段で甲らを検挙する証拠を入手することもできなかったという事情もある。こうしたことから、本件でPが乙らと協力して行った捜査は適法である。
 以上より、本件捜査報告書が違法収集証拠としてその証拠能力を否定されることはない。
第2 伝聞証拠
 本件捜査報告書の要証事実は甲がけん銃の譲渡を行ったことである。それを裏づける甲、乙、丙女の供述は後半で反対尋問にさらすのが原則であり、一定の例外を除いては書面で証拠とすることはできない(320条1項)。以下では3にんそれぞれについて例外(伝聞例外)に該当しないかを検討する。
 (1) 甲について
 322条1項に沿って検討する。甲は被告人である。署名も押印もないが、ICレコーダーは機械的正確性でもって記録するので、この要件は不要である。署名や押印を求める理由は、被告人の供述を聞いて記録した者が内容をねじ曲げていないかどうかをチェックすることであり、本件のようにICレコーダーを用いればその危険はないので、この要件を不要としてもよいのである。そしてけん銃の譲渡という不利益な事実を承認していて、任意にされたものではない疑いもない。以上より甲の発言部分は322条1項の伝聞例外に該当するので証拠能力が肯定される。
 (2) 乙について
 321条1項3号に沿って検討する。乙は被告人以外の者である。署名や押印は先ほどと同じ理由で必要ない。その供述は裁判官の面前でも検察官の面前でもされていないので三号の書面になる。供述者の乙は死亡していて公判期日において供述することができない。この捜査報告書がほぼ唯一の有力な証拠なので、犯罪事実の存否の証明に欠くことができない。電話でのプライベートな会話であり特に信用すべき情況の下にされている。以上より乙の発言部分は321条1項3号の伝聞例外に該当するので証拠能力が肯定される。
 (3) 丙女について
 乙と同様に321条1項3号に沿って検討する。丙女は死亡その他の理由で公判期日において供述することができないとは認められないので伝聞例外には該当しない。よって丙女の発言部分の証拠能力は否定される。
 以上より、本件捜査報告書の証拠能力は、丙女発言部分のみ否定される。

以上

 

修正答案

以下刑事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
第1 捜査の適法性一般
 捜査については、その目的を達するために必要な取調をすることができるが、強制の処分は刑事訴訟法に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない(197条1項)。そこでは何が強制の処分に該当し、何が強制の処分に該当せず任意の処分に該当するかが問題となる。ここでは、対象者の身体、財産、プライバシーなどの法益が侵害されれば強制の処分で、そうでなければ任意の処分であると考える。
 司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、捜索又は検証をすることができる(218条1項)。また、司法警察職員は、被疑者その他の者が遺留した物又は所有者若しくは保管者が任意に提出した物は、これを領置することができる(221条)。そして差押状または捜索状の執行及び押収物については必要な処分をすることができる(222条1項、111条)
第2 捜査①の適法性
 Pは司法警察職員であるので遺留物の領置をすることができる。公道上にあったごみ集積所に置いてあったごみ袋は遺留物である。よってPは令状なしでも本件ごみ袋を領置することができる。公道上にあるごみ集積所にごみ袋を出すということは、その物の所有権やプライバシーの権利などを放棄する行為なので、それを領置するのは任意の処分である。また、Pは押収物について必要な処分をすることができるので、裁断されていたメモ片を復元する行為も適法である。
第3 捜査②の適法性
 捜査②は捜査①とかなり似ているので捜査①についての先ほどの記述を前提として、相違点のみを考える。
 その相違点は、ごみ袋があった集積所が公道上ではなく甲が入居しているマンションの敷地内にあったということである。そしてそうなるとそこにあったごみ袋は遺留物ではなくなるので領置できず、令状により差押えすべき物品となる。というのも、マンションの敷地内に存在する物はマンションの管理者の権限が及ぶ物であるからである。捜査②で持ち帰られたごみ袋には同マンション管理者の所有権が及び、甲のプライバシーの権利も同マンションの管理者や入居者に対してのみ放棄されているにすぎない。施錠されていなかったとはいえ、管理者に無断で本件マンションの敷地内に入り、そこにある本件ごみ袋を持ち去る行為は、管理者及び甲の法益を侵害している。このことから本件ごみ袋を持ち帰るのは強制の処分であると言える。よって令状に基づき差押えすべきところを令状なしで領置したこの捜査②は違法である。
第4 捜査③の適法性
 捜査③は裁判所から捜索差押許可状(令状)を得た上でなされているので、その点については適法である。問題になり得るのは消去されたデータの復元・分析を図ったことである。これが押収物についての必要な処分に該当するかどうかが問われるのである。
 仮に乙が生きていて同意していたら法益が侵害されることもないので、データの復元・分析を押収物についての必要な処分(任意の処分)として行うことができる。しかし乙が死亡しているので同意を得ることはできない。そこでこのデータの復元・分析が何らかの法益を侵害しないかを検討する。乙は死亡しているので乙の法益を考える必要はない。乙の携帯電話は相続人の財産となるのでその財産権を侵害してはならないが、データの復元・分析で携帯電話の財産的価値を損なうことはないと考えられるので、相続人の財産権を侵害するということもない。よってこのような本件の場合でもデータの復元・分析を押収物についての必要な処分(任意の処分)として行うことができる。
 以上より令状の発付などの手続に問題はなく、データの復元・分析も押収物についての必要な処分(任意の処分)としてできるので、捜査③は適法である。

 

[設問2]
第1 違法収集証拠(おとり捜査、秘密録音)
 本件捜査報告書が違法に収集したものであれば証拠能力が否定されることがある。そこでまずその点につき検討する。
 [設問1]で捜査②は違法であると結論づけたが、この捜査②がなくても捜査①などから甲のけん銃密売の嫌疑を導いて本件捜査報告書が得られたと考えられるので、その違法が本件捜査報告書の証拠能力を否定することはない。
 (1) おとり捜査
 Pが乙及び丙女と協力して行った捜査は、犯罪行為をするように働きかけるいわゆるおとり捜査であり、その適法性が問題となり得る。おとり捜査は捜査機関がわざわざ犯罪を作り出すものであると言えるからである。しかし本件では捜査機関が働きかける前から甲が乙にけん銃の売買を持ちかけており、その時の交渉を再開させたにすぎないので、新たに犯罪を作り出したとは言えない。そしてけん銃の売買は被害者が発生する犯罪類型でもない。また、Pが乙及び丙女を通じて甲に対して執拗に犯罪行為をそそのかしたということもない。さらに本件で疑われているのはけん銃の売買という重大犯罪であり、他の手段で甲らを検挙する証拠を入手することもできなかったという事情もある。こうしたことから、本件でPが乙らと協力して行った捜査は許容される(適法である)。
 (2) 秘密録音
 甲の発言を甲の同意を得ずに録音したことが秘密録音として違法にならないかも検討する。甲は自分の発言が録音されることに同意していないが、乙及び丙女は同意している。電話で会話する場合には自分の発言が相手、さらには電話口の近くにいる人に聞かれることを想定しているはずである。その通話相手である乙及び丙女が自分の聞いたことを司法警察職員のPに伝えるのは自由であり、そのためにメモや録音することも乙及び丙女の自由である。つまり甲の法益を侵害していないので、任意の処分として行うことができ、適法である。
 (3) 結論
 以上より、本件捜査報告書が違法収集証拠としてその証拠能力を否定されることはない。
第2 伝聞証拠
 本件捜査報告書の要証事実は甲乙間の本件けん銃譲渡に関する甲乙間及び甲丙女間の会話の存在と内容であり、それらの会話の録音を司法警察職員のKが聞いて反訳したものであるから、これは司法警察職員の検証の結果を記載した書面である。よってKが公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときは、これを証拠とすることができる(321条3項)。
 (1) 捜査報告書1(1)、2(1)、3について
 捜査報告書1(1)、2(1)、3については、会話の内容の真実性ではなく、そうした会話が存在したことに意味があるので(甲が乙にけん銃を譲渡したという内容が見られないので)、伝聞証拠には該当せず、証拠能力が肯定される。
 (2) 捜査報告書1(2)、2(2)について
 捜査報告書1(2)、2(2)については、甲が乙にけん銃を売ることについての話し合いに応じてくれたこと、そしてけん銃を売ってくれるようになったということの内容に意味があるので、伝聞証拠に該当する。そうすると321条ないし328条に規定する場合(伝聞例外)を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とすることができない(320条1項)。本件で伝聞例外になる可能性があるのは321条1項3号であり、それに沿って検討する。
 乙は被告人以外の者であって、その供述は裁判官の面前でも検察官の面前でもされていない。署名も押印もないが、ICレコーダーは機械的正確性でもって記録するので、この要件は不要である。署名や押印を求める理由は、被告人の供述を聞いて記録した者が内容をねじ曲げていないかどうかをチェックすることであり、本件のようにICレコーダーを用いればその危険はないので、この要件を不要としてもよいのである。供述者の乙は死亡していて公判期日において供述することができない。この捜査報告書がほぼ唯一の有力な証拠なので、犯罪事実の存否の証明に欠くことができない。甲との会話の直後に乙が自主的に録音したものであり、乙方でりんごの箱とともに発見されたけん銃2丁などの客観的状況とも整合しているので、特に信用すべき情況の下にされている。以上より乙の発言部分は321条1項3号の伝聞例外に該当するので証拠能力が肯定される。
 (3) 結論
 以上より、Kが公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときは、捜査報告書の全部につき証拠能力が肯定される。

以上

 

 

感想

定番の論点ながらも多くのミスをしてしまいました。[設問1]では222条1項で準用される111条という必要な処分を書けなかったのが悔やまれます。そして何より[設問2]のKについて全く触れていなかったのは致命的です。次からはこのようなひどいミスをしないように強く意識します。

 




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