平成21年司法試験論文民事系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100〔設問1と設問2の配点の割合は,4:6〕)
次の文章を読んで,以下の1と2の設問に答えよ(なお,本問における賃貸借契約については借地法(大正10年法律第49号)の規定が適用されることを前提とする。)。
1 Xは,父Aの唯一の子であったが,Aが平成19年2月に他界したため,Aの所有する土地(以下「本件土地」という。)を単独で相続した。本件土地上にはAの知り合いであるYの所有する建物(以下「本件建物」という。)が存在しているが,Yは,現在,家族とともに他県に居住しており,2か月に一度程度,維持管理のため,本件建物を訪れている。Xは,以前,Aから,Yが不法に本件土地を占拠していると聞いたことがあったため,Aの他界後,Yに対し,本件建物を取り壊し,本件土地を明け渡すように求めた。すると,Yは,Aの相続人が明らかになったことから地代を支払いたいとして,30万円をX方に持参したが,Xは,本件土地をYに貸した覚えはないとして,Yの持参した金銭の受領を拒絶した。
 Yが本件土地の明渡しに応じなかったことから,Xは,同年12月25日,Yを被告として,T地方裁判所に建物収去土地明渡しを求める訴え(以下「第1訴訟」という。)を提起した。平成20年1月29日に開かれた第1回口頭弁論の期日において,Xは訴状を陳述し,Xが本件土地を現在所有していること,Yが本件土地上に本件建物を所有して本件土地を占有していることを主張し,本件建物の収去及び本件土地の明渡しを求めた。これに対し,Yは,同期日において,答弁書を陳述し,Xの主張する事実はいずれも認めるが,Yは,昭和53年3月8日,Aとの間において,本件土地につき,賃料を年額30万円,存続期間を30年とし,建物の所有を目的とする賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結しており,本件賃貸借契約の効力はなお継続しているから,Xの請求には理由がないと反論した。
 第1回口頭弁論の期日において,裁判所は,当事者の意見を聴いて,事件を弁論準備手続に付した。平成20年2月26日に開かれた第1回弁論準備手続の期日において,Xは,YからAに対し賃料の支払がされた形跡はなく,AがYとの間に本件賃貸借契約を締結したことはないと反論した。これに対し,Yは,本件賃貸借契約の成立や賃料の支払に関する書証を提出し,その取調べが行われた。
 第1回弁論準備手続の期日の結果を踏まえ,Xは,本件賃貸借契約の成立を前提とする訴訟活動を行うことも必要であると考えるに至り,同年3月28日に開かれた第2回弁論準備手続の期日において,Yが主張する本件賃貸借契約の内容に基づき,仮に本件賃貸借契約の成立の事実が認められる場合であっても,その契約は訴え提起後に30年の存続期間(昭和53年3月8日から平成20年3月7日まで)が満了したので終了したと主張した。また,Xは,同期日において,平成20年3月1日にYから本件賃貸借契約の更新を請求されたが,その翌日,その更新を拒絶したと主張した。
 同年4月25日に開かれた第3回弁論準備手続の期日において,Xは,本件賃貸借契約の更新を拒絶する正当事由として,Yは他県に自宅を構えて家族とともに居住しており,今後,本件土地を使用する必要性に乏しいこと,他方,Xは,現在,築45年の木造賃貸アパートに居住しているが,老朽化に伴う危険性から建て替え工事が必要であり,家主からも強く立ち退きを求められていることから,本件土地を使用する必要性が高いことなどを主張したが,Yは,正当事由の存在を争った。
 その後,同年5月28日に開かれた第4回弁論準備手続の期日において,Xは,以下の事実を主張した。
 「第3回弁論準備手続の期日の2日後である平成20年4月27日,Yから突然電話があり,本件訴訟の件で話合いをしたいと言われたので,Xの自宅近くの喫茶店でYと会った。Yは,訴えを提起されている以上,Xの主張に対しては必要な反論をせざるを得ないが,Aの長男であるXと長期間にわたり訴訟で争うことは必ずしも自らの本意ではないと述べて,本件建物をその時価である500万円で買い取ってほしいと依頼してきた。自分としては,弁護士から,建物買取請求権という制度があるとの説明を受けたことがあり,知り合いの不動産鑑定士から,本件建物の時価は500万円程度ではないかと聞いていたことから,本来は,Yの費用で本件建物を収去してほしいところではあるが,Yが本件建物から早期に退去してくれるのであれば,500万円で本件建物を買い取ることもやむを得ないと考えた。そこで,Yに対し,本件賃貸借契約が存続期間の満了により終了したことを認めた上で,本件建物を500万円で買い取ることを請求するのですかと確認したところ,Yは,そのとおりであると回答した。このようにして,Yは,本件建物の買取請求権の行使の意思表示を行った。」

 

 以下は,第4回弁論準備手続の期日が終了した直後に,裁判長と傍聴を許された司法修習生との間で交わされた会話である。

裁判長:本期日におけるXの主張についてはどのように理解すればよいでしょうか。

修習生:Xの主張は,Yが,Xに対し,平成20年4月27日,本件建物の買取請求権を行使する旨意思表示をしたという主張であると理解できます。

裁判長:そうですね。この主張は,本件訴訟の主張立証責任との関係ではどのような意味を有するのでしょうか。

修習生:本件訴訟において,Xは,所有権に基づく建物収去土地明渡しを請求しています。これに対し,Yは,本件土地の占有権原に関する主張として,建物の所有を目的とする本件賃貸借契約をYとの間で締結し,それに基づき本件土地の引渡しを受けたと主張していますが,Xは,更に本件賃貸借契約が存続期間の満了により終了し,その更新拒絶について正当事由があると主張しています。Yによる建物買取請求権の行使は,本件賃貸借契約の存続期間が満了し,契約の更新がないことを前提として,借地権者であるYが,借地権設定者であるXに対し,本件建物を時価である500万円で買い取ることを請求するものです。

裁判長:建物買取請求権の行使は,本件訴訟のように建物収去土地明渡請求がされている場合には,いずれの当事者が主張すべきものですか。

修習生:建物買取請求権の行使の事実を主張するのは,本来,借地権者であるYのはずです・・・。しかし,本件訴訟ではXが主張しています。

裁判長:Xとしては,本件賃貸借契約が認められるのであれば,とにかくYに建物から早期に退去してもらい,土地を明け渡してほしいと望むことも考えられますが,Yによる建物買取請求権の行使の事実が認められると,本件建物の所有権は建物買取請求権の行使と同時にXに移転することになりますから,少なくとも,XはYに対し建物収去を求めることはできなくなりますね。ところで,仮に,裁判所が,Yに対し,本件建物の買取請求権の行使について釈明を求めた場合,Yとしては,どのような対応をすることが考えられるでしょうか。

修習生:Yの対応としては,①Yが本件建物の買取請求権を行使したというXの主張する事実を争う場合,②Xの主張する事実を自ら援用する場合,③裁判所が釈明を求めたにもかかわらず,Xの主張する事実を争うことを明らかにしない場合,の3通りが考えられるのではないでしょうか。

裁判長:そうですね。本件賃貸借契約の終了が認められる場合において,Yが本件建物の買取請求権を行使したというXの主張する事実を,証拠調べをすることなく,判決の基礎とすることはできますか。あなたが考えた3通りの各場合について検討してください。

修習生:はい。わかりました。

 

〔設問1〕
前記会話を踏まえた上で,本件賃貸借契約の終了が認められる場合において,「YはXに対して本件建物を時価である500万円で買い取るべきことを請求した」というXの主張する事実を,(i)Yが否認したとき,(ii)Yが援用したとき,(iii)Yが争うことを明らかにしなかったときについて,それぞれ,証拠調べをすることなく,判決の基礎とすることができるかどうかについて論じなさい。

 

2 第1訴訟のその後の審理において,Yは,Xの主張する建物買取請求権の行使の事実を援用するとともに,本件建物の時価相当額である500万円の支払があるまでは本件建物の引渡しを拒むと申し立てたことから,裁判所は,結局,Yに対し,本件建物の代金500万円の支払を受けるのと引換えに本件建物を退去して本件土地を明け渡すよう命ずる旨の判決を言い渡し,その判決は平成20年11月21日の経過により確定した。
 Xは,平成21年1月ころ,親戚の集う新年会の席上,親戚Bから,「数年前にAと会った際,本件土地をめぐってYとトラブルになっており,その件で,今は亡き兄Cと相談していると言っていた。」と聞いた。そこで,Xは,すぐにAの亡兄Cの家族を訪ねて事情を聞いたところ,確かに,数年前にAが書類を封筒に入れて持参し,Cと2人で相談していたことがあったとのことであり,AがC方に持参した書類は,封筒に入れたまま保管しているとのことであった。そこで,Xは,Cの家族からその封筒を受け取って自宅に戻り,封筒内の書類を整理したところ,AからYにあてた平成18年4月3日付け内容証明郵便が見付かった。同内容証明郵便には,Aが,Yに賃料支払の催告を行い,2週間以内に未払賃料の支払がないときは本件賃貸借契約を解除するとの意思表示を行った旨の記載があり,Yが同内容証明郵便を同月6日に受領したことを示す郵便物配達証明書も同封されていた。
 そこで,Xは,Yを被告として,平成21年4月13日,別紙の訴状をT地方裁判所に提出して,新たな訴え(以下「第2訴訟」という。)を提起した。これに対し,Yは,弁護士に委任して答弁書を裁判所に提出し,Xの提起した訴えは,訴えの利益が認められないので却下されるべきであると主張するとともに,第2訴訟におけるXの請求には,第1訴訟の確定判決の効力が及ぶので,第2訴訟の請求は,少なくとも建物収去を求める部分については棄却されるべきであると主張した。この答弁書の送達を受けたXは不安になり,自分も弁護士に相談した方がよいと考え,第2訴訟の第1回口頭弁論の期日の前に,D弁護士を訪れた。

 

 以下は,Xから相談を受けたD弁護士と同弁護士の下で修習中の司法修習生との会話である。

弁護士:Xは,第1訴訟の判決確定後に新たな事実が判明したとの理由から,Yに対して第2の訴えを提起したのですね。

修習生:はい。第2訴訟は,賃料不払による賃貸借契約の解除の場合には建物買取請求権の行使ができないことを前提とする訴訟です。建物買取請求権は,誠実な借地人の保護のための規定ですので,借地人の債務不履行による賃貸借契約の解除の場合には,借地人には建物買取請求権は認められないとする最高裁判所の判例があります。

弁護士:よく勉強していますね。次に,第2訴訟の訴訟物について考えてみましょう。第2訴訟において,Xは,Yに対し,本件土地の所有権に基づき,本件建物の収去と本件土地の明渡しを求めていますが,土地所有者が,土地上に建物を所有してその土地を占有する者に対して,所有権に基づき建物収去土地明渡しを請求する場合の訴訟物については,どのように考えられますか。

修習生:はい。この場合の訴訟物については,考え方が分かれていますが,一般的な考え方によれば,この場合の訴訟物は所有権に基づく返還請求権としての土地明渡請求権1個であり,判決主文に建物収去が加えられるのは,土地明渡しの債務名義だけでは別個の不動産である地上建物の収去執行ができないという執行法上の制約から,執行方法を明示するためであるにすぎないとされています。したがって,建物収去は,土地明渡しの手段ないし履行態様であって,土地明渡しと別個の実体法上の請求権の発現ではないということになります。

弁護士:その考え方に立つと,第2訴訟の訴訟物と第1訴訟の訴訟物とが同一かどうかについては,どのように考えるべきでしょうか。

修習生:第1訴訟の判決は,Yに対し,本件建物の代金500万円の支払を受けるのと引換えに,本件建物を退去して本件土地を明け渡すよう命ずるものです。建物収去土地明渡訴訟の訴訟物について先ほどお話しした一般的な考え方に立つとすれば,建物退去土地明渡訴訟についても,訴訟物は所有権に基づく返還請求権としての土地明渡請求権であり,「建物退去」の点については「建物収去」の点と同様に,土地明渡しの手段ないし履行態様にすぎないと考えることができますので,その訴訟物は同一であるといえるかと思います。

弁護士:そうですね。ここでは,第1訴訟と第2訴訟の訴訟物は同一であるという考え方を前提として考えてみましょう。ところで,Yは,第2訴訟において,どのような主張をしていますか。

修習生:Xの提起した訴えは,訴えの利益が認められないので却下されるべきであると主張するとともに,第2訴訟におけるXの請求には,Yに対し,本件建物の代金500万円の支払を受けるのと引換えに本件建物を退去して本件土地を明け渡すよう命じた第1訴訟の確定判決の効力が及ぶので,第2訴訟の請求は,少なくとも建物収去を求める部分については棄却されるべきであると主張しています。

弁護士:Yの主張を理解するには,建物収去土地明渡請求と,建物代金の支払を受けるのと引換えに建物退去土地明渡しを命ずる判決との関係をどのように考えるかが問題となりそうですね。まず,Yのそれぞれの主張について,その論拠をまとめてみた方がよいかもしれません。その上で,それぞれの主張について,どのような反論をすべきか,検討してください。

修習生:はい。わかりました。

 

〔設問2〕
⑴ 前記会話を踏まえた上で,Xには第2訴訟について訴えの利益が認められないので,その訴えは却下されるべきであるとするYの主張につき,その考えられる論拠を説明しなさい。
⑵ 前記会話を踏まえた上で,第2訴訟におけるXの請求には第1訴訟の確定判決の効力が及ぶので,第2訴訟の請求は,少なくとも建物収去を求める部分については棄却されるべきであるとのYの主張につき,その考えられる論拠を説明しなさい。
⑶ 上記⑴及び⑵の論拠を踏まえた上で,第2訴訟におけるYの主張に対し,Xとしてはいかなる反論をすべきかについて論じなさい。

 

【別 紙】
訴 状
平成21年4月13日
T地方裁判所
原告 X 印
当事者の表示 (省略)
建物収去土地明渡請求事件
訴訟物の価額 (省略)
貼用印紙額 (省略)
第1 請求の趣旨
1 被告は,原告に対し,別紙物件目録1(省略)記載の建物を収去して同目録2(省略)記載の土地を明け渡せ
2 訴訟費用は被告の負担とする
との判決を求める。
第2 請求の原因
1 別紙物件目録2記載の土地(以下「本件土地」という。)は,もと原告の父である訴外亡A(以下「亡A」という。)が所有していたところ,平成19年2月3日,亡Aが死亡した。原告は,亡Aの唯一の相続人であったことから,本件土地を相続した。
2 被告は,昭和53年8月10日から本件土地上に別紙物件目録1記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有して,本件土地を占有し続けている。
3 よって,原告は,被告に対し,本件土地の所有権に基づき,本件建物の収去及び本件土地の明渡しを求める。
第3 事情
1 原告は,被告に対し,かつて本件土地につき建物収去土地明渡しを求める訴えを提起したが(T地方裁判所(ワ)第○○号事件),裁判所は,亡Aと被告間の昭和53年3月8日付け土地賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)の存在と被告の建物買取請求権の行使を前提に,建物代金500万円の支払を受けるのと引換えに,建物退去土地明渡しを命ずる旨の判決を言い渡し,この判決は確定した。
2 しかし,もともと被告は,平成16年分及び平成17年分の賃料の支払を怠り,平成18年4月6日配達の内容証明郵便によって,亡Aから賃料不払を理由とする解除の意思表示を受けていた。したがって,被告が建物買取請求権を行使した時点で,本件賃貸借契約は消滅していたのであって,本件賃貸借契約の存続を前提にYが行った建物買取請求権の行使は無効な行為というほかない。被告は,原告に対し,本件建物を収去して本件土地を明け渡すべきである。
証拠方法 (省略)
附属書類 (省略)
【資 料】
○ 借地法(大正10年法律第49号)
第2条 借地権ノ存続期間ハ石造,土造,瓦造又ハ之ニ類スル堅固ノ建物ノ所有ヲ目的トスルモノニ付テハ60年,其ノ他ノ建物ノ所有ヲ目的トスルモノニ付テハ30年トス但シ建物カ此ノ期間満了前朽廃シタルトキハ借地権ハ之ニ因リテ消滅ス
2 契約ヲ以テ堅固ノ建物ニ付30年以上,其ノ他ノ建物ニ付20年以上ノ存続期間ヲ定メタルトキハ借地権ハ前項ノ規定ニ拘ラス其ノ期間ノ満了ニ因リテ消滅ス
第3条 契約ヲ以テ借地権ヲ設定スル場合ニ於テ建物ノ種類及構造ヲ定メサルトキハ借地権ハ堅固ノ建物以外ノ建物ノ所有ヲ目的トスルモノト看做ス
第4条 借地権消滅ノ場合ニ於テ借地権者カ契約ノ更新ヲ請求シタルトキハ建物アル場合ニ限リ前契約ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ借地権ヲ設定シタルモノト看做ス但シ土地所有者カ自ラ土地ヲ使用スルコトヲ必要トスル場合其ノ他正当ノ事由アル場合ニ於テ遅滞ナク異議ヲ述ヘタルトキハ此ノ限ニ在ラス
2 借地権者ハ契約ノ更新ナキ場合ニ於テハ時価ヲ以テ建物其ノ他借地権者カ権原ニ因リテ土地ニ附属セシメタル物ヲ買取ルヘキコトヲ請求スルコトヲ得
3 第5条第1項ノ規定ハ第1項ノ場合ニ之ヲ準用ス第5条 当事者カ契約ヲ更新スル場合ニ於テハ借地権ノ存続期間ハ更新ノ時ヨリ起算シ堅固ノ建物ニ付テハ30年,其ノ他ノ建物ニ付テハ20年トス此ノ場合ニ於テハ第2条第1項但書ノ規定ヲ準用ス
2 当事者カ前項ニ規定スル期間ヨリ長キ期間ヲ定メタルトキハ其ノ定ニ従フ

 

練習答案

以下民事訴訟【原文ママ】についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 裁判所において当事者が自白した事実及び顕著な事実は、証明することを要しない(179条)。「YはXに対して本件建物を時価である500万円で買い取るべきことを請求した」というXの主張する事実(以下「本件事実」とする)は顕著な事実ではないので、当事者が自白した事実に該当すれば証明することを要しない、つまり証拠調べをすることなく判決の基礎とすることができるが、当事者が自白した事実に該当しなければ証拠調べをすることなく判決の基礎とすることはできない。自白というのは自らが法律上不利になるような事実の告白のことである。
 (i)Yが否認したとき
 建物買取請求権の行使は、賃貸借契約の存続期間が満了し契約の更新がないことを前提にしている(借地法4条2項)という点でYにとって法律上不利になる事実である。Yは、Xの主張する本件賃貸借契約の更新を拒絶する正当事由の存在を争っているのだから、契約の更新を主張しているのである。よって本件事実をYが否認したときはYの自白がないので、証拠調べをすることなく判決の基礎とすることはできない。
 (ii)Yが援用したとき
 本件事実をYが援用したときはYが自白したことになる。Xも同様に本件事実を主張することで自白をしている。よって本件事実は証拠調べをすることなく判決の基礎とすることができる。民事訴訟法の基調となっている当事者主義の原則からもこの結論は妥当である。
 (iii)Yが争うことを明らかにしなかったとき
 Yが争うことを明らかにしなかったときは、黙示の自白があったということで、(ii)と同様に証拠調べをすることなく判決の基礎とすることができる。裁判長がYに対し「本件事実は契約の更新がないことを前提としているが、その点についてはどう考えているのか」と問いを発して釈明を求める(149条1項)ほうが当事者の主張をはっきりさせられるので望ましい。

 

[設問2]
 確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する(114条1項)。既判力に反する訴えが提起された場合にその訴えが却下されるのか棄却されるのかという問題があるが、形式上の不備か本案での不適切な主張のどちらに近いかで判断することになる。また、いずれの場合でも、既判力の範囲をめぐって争いになる可能性がある。その際には「主文に包含するもの」をいかに解釈するかがポイントとなる。
 (1)
 このYの主張は、Xの提起した第2訴訟は第1訴訟の既判力に反しており、しかもそれが形式上の不備に等しいということを論拠にしている。本件土地を明け渡せという第1訴訟が確定しているのだから、第2訴訟でそれと同じことを請求しても同じ訴訟を繰り返しているだけであって、請求の趣旨及び原因に不備があるのだから、訴えが却下されるべきだということである(133条2項2号、137条1項及び2項)。
 (2)
 このYの主張は、第1訴訟の確定判決の効力(既判力)が及ぶので、それに反するXの主張は失当であり、第2訴訟の請求は棄却されるべきだということを論拠にしている。より詳しく言うと、第2訴訟で建物収去を求める部分が、建物退却【原文ママ】して本件土地を明け渡せという第1訴訟の確定判決と矛循【原文ママ】するということである。
 (3)
 まずXは(1)のYの主張に対し、第2訴訟は第1訴訟と同じ請求をしているということはなく、従って請求の趣旨及び原因に不備はなく、訴えが却下されることはないと反論すべきである。
 次にXは(2)のYの主張に対し、第1訴訟の既判力の範囲は土地を明け渡せという部分だけであり、執行方法の明示にすぎない建物退却【原文ママ】の部分は含まれないと反論すべきである。114条1項の「主文に包含するもの」というのは主文と呼ばれるところに書かれていることをそのまま含めるのではなく、訴えの実情に応じて真に主文と言える部分のみを含めるべきであるという理屈である。執行方法の明示などはあくまでも執行のために便宜上主文に配されたまでであって、本来であれば主文ではなく理由中に書くべき事柄である。

以上

 

修正答案

以下民事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 現行の民事訴訟法は当事者主義を基調にしており、当事者の主張しない事実を判決の基礎としてはならない(弁論主義の第1テーゼ)。これは裁判所と当事者との役割分担について言ったもので、当事者の主張が、ある点においては一方に有利で別の点においては他方に有利な場合があることからしても、ここでの当事者は原告と被告のどちらでもよいと解釈すべきである(主張共通の原則)。そして主要事実については、当事者に争いがなければ(自白が成立すれば)、証明することを要しない(179条)だけでなく、むしろ証拠調べをすることなくこれを判決の基礎としなければならない(弁論主義の第2テーゼ)。証拠調べをする場合は、当事者の申し出た証拠に基づく(弁論主義の第3テーゼ、職権証拠調べの原則的禁止)。
 「YはXに対して本件建物を時価である500万円で買い取るべきことを請求した」というXの主張する事実(以下「本件事実」とする)は、建物買取請求権の行使をしたという意味では建物収去を免れるという点でYにとって有利な主要事実であるが、本件賃貸借契約の満了を推認させるという意味ではYにとって不利な間接事実である。
 (i)Yが否認したとき
 主張共通の原則から、本件事実を判決の基礎としてもよい。しかしYが否認してこれを争っているので、自白は成立しておらず、証拠調べを要するのが原則である。建物買取請求権を行使して建物収去を免れるという主要事実の面では主張責任を負うYが否認して、逆に不利になるXが自ら主張しているのだから、訴訟経済などを考慮して例外的に証拠調べを要さずに事実認定をしてもよいという考え方もある。しかし本件事実は同時に本件賃貸借契約の満了を推認させるという意味でYにとって不利な間接事実にもなっており、証拠調べの結果次第ではそもそも契約が満了していないという結論になるかもしれないので、原則通り、証拠調べをすることなく判決の基礎とすることはできないとすべきである。
 (ii)Yが援用したとき
 本件事実をYが援用したときは、間接事実についてはYが自白したことになり、主要事実についてはXが自白をしたことになる。先に一方が自白をして後に他方が援用しようが、先に一方が他方の自白に相当する事実を主張して後に他方がそれを認めることで自白をしようが、自白が有効に成立していることに変わりはない。よって本件事実は当事者に争いのないものであって、証拠調べをすることなく判決の基礎とすることができる。当事者主義の原則からもこの結論は妥当である。
 (iii)Yが争うことを明らかにしなかったとき
 当事者が口頭弁論において相手方の主張した事実を争うことを明らかにしない場合には、その事実を自白したものとみなす(159条1項、擬制自白)。自白というのは自らが法律上不利になることを告白することなので、ここでの相手方の主張とは、相手方が主張責任を負う事実の主張を指している。本件事実は主要事実の面ではYが主張責任を負うものであるので、擬制自白の規定をそのまま適用することはできない。しかし擬制自白の制度趣旨は、争うことを明らかにしない場合には黙示的にその事実を認めるなり主張するなりしたとみなすことで審理を簡略化しても当事者主義に反しないという点にあるので、(ii)と同様に証拠調べをすることなく判決の基礎とすることができるとしても差し支えない。

 

[設問2]
 (1)
 Yは、Xには第2訴訟について訴えの利益が認められないので、その訴えは却下されるべきであると主張している。給付訴訟では原則として訴えの利益は認められるところ、同一訴訟物について既に債務名義を得ているときは、訴えの利益が否定される。裁判所に訴える意味がないのに訴えることにより訴訟資源を浪費して関係者を煩わせるのを避けるためである。そして訴えの利益が認められない場合には、その訴えが却下されるべきだということに異論はない。
 (2)
 Yは、第2訴訟におけるXの請求には第1訴訟の確定判決の効力が及ぶので、第2訴訟の請求は,少なくとも建物収去を求める部分については棄却されるべきであると主張している。確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する(114条1項)ところ、第1訴訟では建物退去土地明け渡しが主文に包含されているので、それに反するXの主張は失当であり、第2訴訟の請求は棄却されるべきだということを論拠にしている。より詳しく言うと、第2訴訟で建物収去を求める部分が、第1訴訟の主文に含まれる建物退去と矛盾しているということである。
 (3)
 まずXは(1)のYの主張に対し、第2訴訟は同一訴訟物について既に債務名義を得ているといっても、その債務名義には「本件建物の代金500万円の支払を受けるのと引換えに」という条件が付されており、その条件をなくすということに意味(実益)があるので、例外的に訴えの利益が認められ、訴えが却下されることはないと反論すべきである。
 次にXは(2)のYの主張に対し、第1訴訟の既判力の範囲は土地を明け渡せという部分だけであり、執行方法の明示にすぎない建物退去の部分は含まれないと反論すべきである。114条1項の「主文に包含するもの」というのは主文と呼ばれるところに書かれていることをそのまま含めるのではなく、訴えの実情に応じて真に主文と言える部分のみを含めるべきであるという理屈である。執行方法の明示などはあくまでも執行のために便宜上主文に配されたまでであって、本来であれば主文ではなく理由中に書くべき事柄である。
 仮に建物退去の部分が既判力の範囲に入るとしても、亡Aから賃料不払を理由とする解除の意思表示を受けていたことをXが第1訴訟で主張することは不可能であったので、基準時(第1訴訟の最終口頭弁論時)以前の事実であっても既判力に妨げられずに主張できるとするのが相当である。
 Yは信義則(2条)の観点から第2訴訟でのXの主張を排斥するように求めるかもしれないが、先に述べたように第1訴訟でXが主張することが不可能であった事実をYは容易に主張することができたという点からしても、このようなYの要求は不当である。

以上

 

 

感想

全体的にひどい出来でした。[設問1]では弁論主義の原則を理解できていないことを思い知らされました。[設問2]も暗中模索でした。修正答案をまとめる作業をして理解は進んだので、次につなげたいと思います。

 




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