浅野直樹の学習日記

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2014 / 11月

平成23年司法試験論文民事系第2問答案練習

問題

〔第2問〕(配点:100)
次の文章を読んで,後記の設問に答えよ。
1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は,携帯電話の販売を目的とする会社法上の公開会社であり,その株式をP証券取引所の新興企業向けの市場に上場している。
 Aは,甲社の創業者として,その発行済株式総数1000万株のうち250万株の株式を有していたが,平成21年12月に死亡した。そのため,Aの唯一の相続人であるBは,その株式を相続した。
 なお,甲社は,種類株式発行会社ではない大会社である。

2.甲社は,携帯電話を低価格で販売する手法により急成長を遂げたが,スマートフォン市場の拡大という事業環境の変化への対応が遅れ,平成22年に入り,その経営に陰りが見え始めた。そこで,甲社の代表取締役であるCは,甲社の経営を立て直すため,大手電気通信事業者であり,甲社株式30万株を有する乙株式会社(以下「乙社」という。)との間で資本関係を強化して,甲社の販売力を高めたいと考えた。
 そこで,Cは,乙社に対し資本関係の強化を求め交渉したところ,乙社から,「市場価格を下回る価格であれば,更に甲社株式を取得してよい。ただし,Bに甲社株式を手放させ,創業家の影響力を一掃してほしい。」との回答を受けた。

3.これを受けて,CがBと交渉したところ,Bは,相続税の支払資金を捻出する必要があったため,Cに対し,「創業以来のAの多大な貢献を考慮した価格であれば,甲社株式の全てを手放しても構わない。」と述べた。そこで,甲社は,Bとの間で,Bの有する甲社株式250万株の全てを相対での取引により一括で取得することとし,その価格については,市場価格を25%上回る価格とすることで合意した。

4.そこで,甲社は,乙社と再交渉の結果,乙社との間で,甲社が,乙社に対し,Bから取得する甲社株式250万株を市場価格の80%で処分することに合意した。

5.甲社は,平成22年6月1日に取締役会を開催し,同月29日に開催する予定の定時株主総会において,(ア)Bから甲社株式250万株を取得すること及び(イ)乙社にその自己株式を処分することを議案とすることを決定した。
 なお,甲社の定款には,定時株主総会における議決権の基準日は,事業年度の末日である毎年3月31日とすると定められていた。

6.5の(ア)を第1号議案とし,5の(イ)を第2号議案とする平成22年6月29日開催の定時株主総会の招集通知並びに株主総会参考書類及び貸借対照表(【資料①】及び【資料②】は,それぞれその概要を示したものである。)等が同月10日に発送された。
 なお,甲社は,B以外の甲社の株主に対し,第1号議案の「取得する相手方」の株主に自己をも加えたものを株主総会の議案とすることを請求することができる旨を通知しなかった。

7.甲社は,同月29日,定時株主総会を開催した。第1号議案の審議に入り,甲社の株主であるDが,「私も,値段によっては買ってもらいたいが,どのような値段で取得するつもりなのか。」と質問したところ,Cは,Bから甲社株式を取得する際の価格の算定方法やその理由を丁寧に説明した。採決の結果,多くの株主が反対したものの,Bが賛成したため,議長であるCは,出席した株主の議決権の3分の2をかろうじて上回る賛成が得られたと判断して,第1号議案が可決
されたと宣言した。

8.続いて第2号議案の審議に入り,Cは,株主総会参考書類の記載に即して,乙社に特に有利な金額で自己株式の処分をすることを必要とする理由を説明したが,再びDが,「処分価格を市場価格の80%と定めた根拠を明らかにされたい。」と質問したのに対し,Cが「企業秘密に関わるため,その根拠を示すことはできない。」と述べて説明を拒絶したことから,審議が紛糾した。その結果,多くの株主が反対したものの,乙社が賛成したため,Cは,出席した株主の議決権の3分の2をかろうじて上回る賛成が得られたと判断して,第2号議案が可決されたと宣言した。

9.甲社は,定時株主総会の終了後引き続き,同日,取締役会を開催し,Bの有する甲社株式250万株の全てを同月30日に取得すること,同月28日のP証券取引所における甲社株式の最終の価格が1株800円であったため,この価格を25%上回る1株当たり1000円をその取得価格とすることなどを決定した。これに基づき,甲社は,Bから,同月30日,甲社株式250万株を総額25億円で取得した(以下「本件自己株式取得」という。)。
 なお,同年3月31日から同年6月30日までの間,甲社は,B以外の甲社の株主から甲社株式を取得しておらず,また,甲社には,分配可能額に変動をもたらすその他の事象も生じていなかった。

10.また,甲社は,同年7月20日,乙社に対し,250万株の自己株式の処分を行い,その対価として合計16億円を得た(以下「本件自己株式処分」という。)。
 その後,乙社は,同年8月31日までに,50万株の甲社株式を市場にて売却した。

11.ところが,甲社において,同年9月1日,従業員の内部告発によって,西日本事業部が平成21年度に架空売上げの計上を行っていたことが発覚した。そこで,甲社は,弁護士及び公認会計士をメンバーとする調査委員会を設けて,徹底的な調査を行った上で,平成22年3月31日時点における正しい貸借対照表(【資料③】は,その概要を示したものである。)を作り直した。
 調査委員会の調査結果によれば,今回の架空売上げの計上による粉飾決算は,西日本事業部の従業員が会計監査人ですら見抜けないような巧妙な手口で行ったもので,甲社の内部統制の体制には問題がなく,Cが架空売上げの計上を見抜けなかったことに過失はなかったとされた。

12.その後,甲社では,その業績が急激に悪化した結果,甲社の平成23年3月31日時点における貸借対照表を取締役会で承認した時点で,30億円の欠損が生じた。

 

 

〔設 問〕 ①本件自己株式取得の効力及び本件自己株式取得に関する甲社とBとの間の法律関係,②本件自己株式処分の効力並びに③本件自己株式取得及び本件自己株式処分に関するCの甲社に対する会社法上の責任について,それぞれ説明しなさい。

 

【資料①】
株主総会参考書類
議案及び参考事項
第1号議案 特定の株主からの自己の株式の取得の件
当社は,今般,当社創業者A氏の唯一の相続人であるB氏から,同氏の有する当社株式全てについて市場価格を上回る額での売却の打診を受けました。そ
こで,キャッシュフローの状況及び取得価格等を総合的に検討し,以下の要領にて,市場価格を上回る額で自己の株式の取得を行うことにつき,ご承認をお願いするものであります。
(1) 取得する相手方
B氏
(2) 取得する株式の数
当社株式2,500,000株(発行済株式総数に対する割合25%)を上限とする。
(3) 株式を取得するのと引換えに交付する金銭等の内容及びその総額
金銭とし,25億円を上限とする。
(4) 株式を取得することができる期間
本株主総会終結の日の翌日から平成22年7月19日まで

第2号議案 自己株式処分の件
以下の要領にて,乙株式会社に対し,自己株式を処分することにつき,ご承認をお願いするものであります。
(1) 処分する相手方
乙株式会社
(2) 処分する株式の数
当社株式2,500,000株
(3) 処分する株式の払込金額
1株当たり640円(平成21年12月1日から平成22年5月31日までの6か月間のP証券取引所における当社株式の最終の価格の平均値(800円)に0.8を乗じた価格)
(4) 払込期日及び処分の日
平成22年7月20日
(5) 乙株式会社に特に有利な金額で自己株式の処分をすることを必要とする理由
当社は,……(略)。

 

【資料②】
貸借対照表
(平成22年3月31日現在)
(単位:百万円)
科目 金額 科目 金額
(資産の部) (負債の部)
流動資産 9,000 (略)
(略) 負債合計 3,000
(純資産の部)
株主資本 7,000
資本金 1,500
資本剰余金 1,500
固定資産 1,000 資本準備金 1,500
(略) その他資本剰余金 -
利益剰余金 4,000
利益準備金 500
その他利益剰余金 3,500
純資産合計 7,000
資産合計 10,000 負債・純資産合計 10,000
(注) 「-」は金額が0円であることを示す。

 

【資料③】
貸借対照表
(平成22年3月31日現在)
(単位:百万円)
科目 金額 科目 金額
(資産の部) (負債の部)
流動資産 6,000 (略)
(略) 負債合計 3,000
(純資産の部)
株主資本 4,000
資本金 1,500
資本剰余金 1,500
固定資産 1,000 資本準備金 1,500
(略) その他資本剰余金 -
利益剰余金 1,000
利益準備金 500
その他利益剰余金 500
純資産合計 4,000
資産合計 7,000 負債・純資産合計 7,000
(注) 「-」は金額が0円であることを示す。

 

練習答案

以下会社法についてはその条数のみを示す。

 

[設問]
 ① (ア)本件自己株式取得の効力は有効である
 自己株式の取得は、会社資本を切り崩し、会社経営や債務の履行に悪影響を及ぼす恐れがあるので、155条の各号の場合に限り許容されている。本件では同条1号、2号、4号〜13号に該当しないので、同条3号の156条1項の決議があった場合である。
 そして156条1項1号〜3号の事項が、資料①にあるように、株主総会の議案になっている。それと併せて、特定の株主(B)からの取得について、160条1項に従い株主総会の議案になっている。もしこの議案が可決されると、157条1項の取得価格等が決定されたら、Bにのみそれらの事項を通知すればよいことになる。特定の株主からの取得について決議されない場合は、全株主に取得価格等を通知しなければならない(158条1項)。
 160条1項の特定の株主からの取得について決定をしようとするときは、法務省令で定める時までに、株主に対し同条3項の規定による請求をすることができる旨を通知しなければならない(160条2項)。同条3項とは、特定の株主に自己をも加えたものを株主総会の議案とすることを、法務省令で定める時までに、請求することができる、というものである。本件のように、市場価格を上回る価格で会社が特定の株主から株式を取得して他の株主にそのような機会を与えないことは、株主平等の原則(109条1項)に反するので、このような規定が設けられているのである。
 本件では、本文の6にあるように、甲社は、B以外の甲社の株主に対し、第1号議案の「取得する相手方」の株主に自己をも加えたものを株主総会の議案とすることを請求することができる旨を通知しなかった。これは160条2項に違反する。
 そうなると本件株主総会の招集の手続が法令に違反するので、株主総会の決議の取消しの訴えの要件を満たす(831条1項1号)。しかしながら、この訴えが裁量棄却(831条2項)された場合はもとより、認容されたとしても、そのことから直ちに本件自己株式取得が無効になるわけではない。本件でもそうであるように、株式が転々と流通しているのを無効とするのは現実的でない。さらに、本件の違法により侵害されたのは、B以外の甲社株主が自己の有する甲社株式を市場価格より25%上回る1株当たり1000円で買い取ってもらう権利であり、金銭的な賠償が可能である。
 以上より、本件自己株式取得には手続の違法があったが、その効力はさまたげられない。
 (イ)本件自己株式取得に関する甲社とBとの法律関係
 本件自己株式取得に関する甲社とBとの法律関係は、Bが甲社にとって160条1項の特定の株主であるというものである。その特定の株主は、156条1項の株主総会において議決権を行使することができない(160条4項)。本件では、B以外の議決権を行使できる株主がいるので同項ただし書に該当しないにもかかわらず、Bが同項に違反して議決権を行使している。これも株主総会の決議の取消しの訴えの要件になる(831条1項1号)。

 ②本件自己株式処分の効力は有効である
 自己株式の処分は、会社が新たに株式を交付してその代わりに資金を得ることになるので、本質的には募集株式を発行するのと同じであり、199条1項などでも両者が並列されている。
 自己株式を引き受ける者の募集をしようとするときは、募集事項を定めなければならず(199条1項)、その決定を株主総会の決議によらなければならない(199条2項)。そして払込金額が自己株式を引き受ける者に特に有利な金額である場合には、取締役は、前項の株主総会において、当該払込金額でその者の募集をすることを必要とする理由を説明しなければならない(199条3項)。
 本件では資料①にあるようにこれらの手続が実践されている。しかし、有利な金額で自己株式の処分をすることを必要とする理由の説明が不十分であるとも考えられる。
 そのことに不満のある甲社株主は、自己株式の処分が著しく不公正な方法により行われる場合であるとして自己株式の処分をやめることを請求することができた(210条2号)。また、自己株式の処分後6か月以内には、自己株式の処分の無効を訴えをもって主張することができる(828条1項3号)。そうは言っても流通している株式を無効とするのは影響が極めて大きいのでよほど重大な理由や特別な事情がなければ認められるべきではない。本件では有利な価額の理由説明が不十分であったということなので、自己株式の処分が無効とされるべきではない。事前に自己株式の処分をやめることを請求していたらその請求は認められたかもしれない。

 ③本件自己株式取得及び本件自己株式処分に関するCの甲社に対する会社法上の責任は、429条1項に基づいて、B以外の甲社株主にBと同価額での甲社株式買い取りの機会を提供するというものである。
 ①で述べたように、CにはB以外の甲社株主へ通知を怠ったことと、本来議決権のないBに議決権を与えたという悪意又は重大な過失があったので、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う(429条1項)。B以外の甲社株主を第三者としない理由はないし、彼らにはBと同価額で自己の株式を買い取ってもらう機会を逃したという損害が生じている。
 本件自己株式処分に関しては、第一義的には乙社が公正な価額との差額に相当する金額を甲社に対し支払う義務を負う(212条1項1号)。

以上

 

修正答案

以下会社法についてはその条数のみを示す。

 

[設問]
 ① (ア)本件自己株式取得の効力は無効である
 自己株式の取得は、会社資本を切り崩し、会社経営や債務の履行に悪影響を及ぼす恐れがあるので、155条の各号の場合に限り許容されている。本件では同条1号、2号、4号〜13号に該当しないので、同条3号の156条1項の決議があった場合である。
 そして156条1項1号〜3号の事項が、資料①にあるように、株主総会の議案になっている。それと併せて、特定の株主(B)からの取得について、160条1項に従い株主総会の議案になっている。もしこの議案が可決されると、157条1項の取得価格等が決定されたら、Bにのみそれらの事項を通知すればよいことになる。特定の株主からの取得について決議されない場合は、他の株主にも取得価格等を通知しなければならない(158条1項)。
 160条1項の特定の株主からの取得について決定をしようとするときは、法務省令で定める時までに、株主に対し同条3項の規定による請求をすることができる旨を通知しなければならない(160条2項)。同条3項とは、特定の株主に自己をも加えたものを株主総会の議案とすることを、法務省令で定める時までに、請求することができる、というものである。本件のように、市場価格を上回る価格で会社が特定の株主から株式を取得して他の株主にそのような機会を与えないことは、株主平等の原則(109条1項)に反するので、このような規定が設けられているのである。また、その特定の株主は、156条1項の株主総会において議決権を行使することができない(160条4項)。
 本件では、本文の6にあるように、甲社は、B以外の甲社の株主に対し、第1号議案の「取得する相手方」の株主に自己をも加えたものを株主総会の議案とすることを請求することができる旨を通知しなかった。取得価格が市場価格を超えない場合(161条)や相続人等から取得する場合(162条柱書)には160条2項の通知義務は適用されないが、本件では取得価格が市場価格を超えており、甲社は公開会社であるという162条1号の適用除外に該当するので、通知義務が適用される。よってこれは160条2項に違反する。また、B以外の議決権を行使できる株主がいるので160条4項ただし書に該当しないにもかかわらず、Bが同項に違反して議決権を行使している。
 160条2項の通知義務違反は自己株式取得に関する手続違反なので、自己株式取得の無効事由となる。それに対し、160条4項に違反した議決権の行使は、株主総会の決議に関わるものであり、株主総会の決議の不存在又は無効の確認の訴え(830条)か株主総会の決議の取消しの訴え(831条)が提起されてそれが認容されるまでは決議が有効であることになる。この場合は株主総会の決議の方法が法令に違反しているので、決議の不存在又は無効の確認の訴え(830条)の要件は満たさないが、決議の取消しの訴えの要件を満たす(831条1項1号)。この訴えが認容されたら、必要な決議を欠くことになるので、自己株式取得は無効となる。
 さらに、甲社の正しい貸借対照表によれば、本件自己株式取得の効力発生日における分配可能額は5億円しかなかったので、本件自己株式取得は財源規制(461条1項3号)にも違反している。財源規制に違反して株主に会社の資金が分配されてしまうと会社に対する債権者を害する恐れが高まるので、そうした違法な分配は無効とされるべきである。この点からも本件自己株式取得は無効である。
 このように自己株式取得が無効になったとしても、本件の乙社のようにその自己株式を会社から取得したものは、善意無過失なら民法192条の即時取得によって保護されるので、取引の安全を害することはない。
 (イ)本件自己株式取得は無効であり、Bは甲社に不当利得の返還として差し引き9億円を返還すべきである。
 本件自己株式取得に関する甲社とBとの法律関係は、(ア)で述べたように本件自己株式取得が無効であるので、不当利得(民法703条)により原状回復するのが原則である。しかし本件で取得された株式は乙社に売却されており、乙社は先に述べたようにこの株式を即時取得するので、甲社はBに株式の現物を返還することができない。本件自己株式取得について一応は有効な株主総会決議がなされており、財源規制違反についても甲社の代表取締役であるCは善意であったので、甲社は現存利益を返還すれば足りる(民法703条)。本件自己株式を乙社に売却して得られた16億円が現存利益である。よってBは甲社に25億円、甲社はBに16億円を返還する義務を負い、これらを相殺させない理由はないので、差し引き9億円をBが甲社に返還すべきだということになる。そしてBは甲社の株主という地位を回復することはできない。
 財源規制違反に関する責任は462条で別に定められており、それによると当該行為により金銭の交付を受けた者であるBは、交付を受けた金銭等の帳簿価額に相当する金銭を支払う義務を負う。これは分配可能額を超えた部分だけが無効になるのではなく、その行為全体が無効になるということを注意するための規定であり、無効とされた後の処理は前段落で述べた一般の不当利得返還に則って行えばよい。

 ②本件自己株式処分の効力は有効である
 自己株式の処分は、会社が新たに株式を交付してその代わりに資金を得ることになるので、本質的には募集株式を発行するのと同じであり、199条1項などでも両者が並列されている。
 自己株式を引き受ける者の募集をしようとするときは、募集事項を定めなければならず(199条1項)、その決定を株主総会の決議によらなければならない(199条2項)。そして払込金額が自己株式を引き受ける者に特に有利な金額である場合には、取締役は、前項の株主総会において、当該払込金額でその者の募集をすることを必要とする理由を説明しなければならない(199条3項)。
 本件では資料①にあるようにこれらの手続が実践されている。しかし、株主総会において、有利な金額で自己株式の処分をすることを必要とする理由の説明が不十分であったとも考えられる。取締役は株主総会において、株主から特定の事項について説明を求められた場合には、当該事項について必要な説明をしなければならないが、その説明をすることにより株主の共同の利益を著しく害する場合はその限りではない(314条)。本件が株主の共同の利益を著しく害する場合とは言えないと思われる。その場合は株主総会の決議の方法が法令に違反することになる(831条1項1号)。
 とはいえ、それよりも、特別利害関係人である乙社が株主総会の決議について議決権を行使したことによって著しく不当な決議がされたとき(831条1項3号)に該当することのほうが明白である。
 また、①で述べたように、そもそもの自己株式の取得が無効であったという事情もある。
 いずれの場合にせよ、そのことに不満のある甲社株主は、自己株式の処分が著しく不公正な方法により行われる場合であるとして自己株式の処分をやめることを請求することができた(210条2号)。また、自己株式の処分後6か月以内には、自己株式の処分の無効を訴えをもって主張することができる(828条1項3号)。そうは言っても流通する株式を無効とするのは影響が極めて大きいのでよほど重大な理由や特別な事情がなければ認められるべきではない。株主総会の決議を欠いていても新株の有利発行が無効にならないという判例もあるほどなのだから、本件では自己株式の処分が無効とされるべきではない。事前に自己株式の処分をやめることを請求していたらその請求は認められたかもしれない。

 ③本件自己株式取得及び本件自己株式処分に関して、Cは甲社に対して会社法上の責任を負わない
 財産規制に違反して本件自己株式取得を行ったことの責任は、462条1項2号イに該当するので、Bと同じように、交付を受けた金銭等の帳簿価額に相当する金銭を支払う義務を負うというものであるが、同条2項によりその職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明したときは、同項の義務を負わない。Cが粉飾決算を見抜けなかったことに過失はなく、粉飾された決算に基づけば財産規制に違反しなかったのだから、Cは462条2項によりその責任を免れる。
 465条には欠損填補責任が規定されているが、これもただし書により、Cが462条2項と同様に、その職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明することでその責任を免れることができる。
 423条1項には一般の任務懈怠責任が定められており、本件自己株式取得及び処分の経営判断はともかく、①で述べた法令違反は通常任務懈怠に該当する。しかしながら、本件では、①で述べたようにBから不当利得の9億円が返還されれば、甲社に損害は生じていない。それゆえCは423条の責任も負わない。

以上

 

 

感想

まず計算の部分(財産規制違反)に全く触れられなかったことは反省材料です。また、株式に関することは何でも取引の安全からめったなことでは無効にならないと誤解していました(①の自己株式取得のほうは無効になっても取引の安全は害さない)。③は時間不足から焦って会社に対する責任という指示を読み飛ばして第三者たる株主に対する責任だと早とちりしました。

 



平成23年司法試験論文民事系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,4:3:3〕)
 次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。なお,解答に当たっては,利息及び遅延損害金を考慮に入れないものとする。

 

【事実】
1.AとBは,共に不動産賃貸業を営んでいる。Bは,地下1階,地上4階,各階の床面積が80平方メートルの事務所・店舗用の中古建物一棟(以下「甲建物」という。)及びその敷地200平方メートル(以下「乙土地」という。)を所有していた。甲建物の内装は剥がれ,エレベーターは老朽化して使用することができず,賃借人もいない状況であったが,Bは,資金面で余裕があったにもかかわらず,貸ビルの需要が低迷し,今後当分は賃借人が現れる見込みがないと考え,甲建物を改修せず,放置していた。Bは,平成21年7月上旬,現状のまま売却する場合の甲建物及び乙土地の市場価値を査定してもらったところ,甲建物は1億円,乙土地は4億円であるとの査定額が出た。

2.平成21年8月上旬,Bは,Aから,「甲建物の地下1階及び地上1階を店舗用に,地上2階から4階までを事務所用に,それぞれ内装を更新し,エレベーターも最新のものに入れ替えた建物に改修する工事を自らの費用で行うので,甲建物を賃貸してほしい。」との申出を受けた。この申出があった当時,甲建物を改修して賃貸に出せる状態にした前提で,これを一棟全体として賃貸する場合における賃料の相場は,少なくとも月額400万円であり,A及びBは,そのことを知っていた。

3.そこで,AとBは,平成21年10月30日,甲建物の使用収益のために必要なエレベーター設置及び内装工事費用等は全てAが負担すること,設置されたエレベーター及び更新された内装の所有権はBに帰属すること,甲建物の賃料は平成22年2月1日から月額200万円で発生し,その支払は毎月分を当月末日払いとすること,賃貸期間は同日から3年とすることを内容として,甲建物の賃貸借契約を締結した。その際,賃貸借契約終了による甲建物の返還時にAはBに対して上記工事に関連して名目のいかんを問わず金銭的請求をしないこと,Aが賃料の支払を3か月間怠った場合,Bは催告なしに賃貸借契約を解除することができること,Aは甲建物の全部又は一部を転貸することができること,契約終了の6か月前までに一方当事者から異議の申出がされない限り,同一条件で契約期間を自動更新することという特約が,AB間で交わされた。また,AB間での賃貸借契約の締結に際し,敷金として2500万円がAからBに支払われた。

4.平成21年11月10日,Aは,Bから甲建物の引渡しを受け,Bの承諾の下,Cとの間で,甲建物の地下1階から地上4階までの内装工事をCに5000万円で請け負わせる契約を締結し,また,Dとの間で,エレベーター設備の更新工事をDに2000万円で請け負わせる契約を締結した。いずれの契約においても,工事完成引渡日は平成22年1月31日限り,工事代金は着工時に上記金額の半額,完成引渡後の1週間以内に残金全部を支払うこととされた。そして,Aは,同日,Cに2500万円,Dに1000万円を支払った。

5.Cは,大部分の工事を,下請業者Eに請け負わせた。CE間の下請負契約における工事代金は4000万円であり,Cは,Eに前金として2000万円を支払った。

6.C及びDは,平成22年1月31日,全内装工事及びエレベーター設備の更新工事を完成し,同日,Aは,エレベーターを含む甲建物全体の引渡しを受けた。

7.Aは,Dに対しては,平成22年2月7日に請負工事残代金1000万円を支払ったが,Cに対しては,内装工事が自分の描いていたイメージと違うことを理由として,残代金の支払を拒否している。また,Cは,Eから下請負工事残代金の請求を受けているが,これを支払っていない。

8.Aは,Bとの賃貸借契約締結直後から,平成22年2月1日より甲建物を一棟全体として,月額賃料400万円で転貸しようと考え,借り手を探していたが,なかなか見付からなかった。そのため,Aは,Bに対し賃料の支払を同月分からしていない。

9.Bは,Aに対し再三にわたり賃料支払の督促をしたが,Aがこれを支払わないまま,3か月以上経過した。しかし,Bは,Aに対し賃貸借契約の解除通知をしなかった。その後,Bは,Aの未払賃料総額が6か月分の1200万円となった平成22年8月1日に,甲建物及び乙土地を,5億6000万円でFに売却した。代金の内訳は,甲建物が1億6000万円で,乙土地が4億円であった。甲建物の代金は,内装やエレベーターの状態など建物全体の価値を査定して得られた甲建物の市場価値が2億円であったことを踏まえ,FがBから承継する敷金返還債務の額が1300万円であることその他の事情を考慮に入れ,査定額から若干値引きすることにより決定したものである。Fは,同日,Bに代金全額を支払い,甲建物及び乙土地の引渡しを受けた。そして,同年8月2日付けで,上記売買を原因とするBからFへの甲建物及び乙土地の所有権移転登記がされた。なお,上記売買契約に際して,B及びFは,FがBの敷金返還債務を承継する旨の合意をした。

10.Fは,Bから甲建物及び乙土地を譲り受けるに際し,Aを呼び出してAから事情を聞いたところ,遅くとも平成22年中には転貸借契約を締結することができそうだと説明を受けた。そのため,Fは,早晩,Aが転借人を見付けることができ,Aの賃料の支払も可能になるだろうと考えた。また,Fは,甲建物及び乙土地の購入のために金融機関から資金を借り入れており,その利息負担の軽減のため,その借入元本債務を期限前に弁済しようと考えた。そこで,Fは,同年9月1日,FがAに対して有する平成23年1月分から同年12月分までの合計2400万円の賃料債権を,その額面から若干割り引いて,代金2000万円でGに譲渡する旨の契約をGとの間で締結し(以下「本件債権売買契約」という。),同日,代金全額がGからFに対して支払われた。そして,同日,FとGは,連名で,Aに対して,上記債権譲渡につき,配達証明付内容証明郵便によって通知を行い,翌日,同通知は,Aに到達した。

11.ところが,平成22年9月末頃,Aが売掛金債権を有している取引先が突然倒産し,売掛金の回収が見込めなくなり,Aは,この売掛金債権を自らの運転資金の当てにしていたため,資金繰りに窮する状態に陥るとともに無資力となった。そのため,Aは,Fとの間で協議の場を設け,今となっては事実上の倒産状態にあること及び甲建物の内装工事をしたCに対する請負残代金2500万円が未払であることを含め,自らの置かれた現在の状況を説明するとともに,甲建物の転借を希望する者が現れないこと,今後も賃料を支払うことのできる見込みが全くないことを告げ,Fに対し,この際,Fとの間の甲建物の賃貸借契約を終了させたいと申し入れた。Fは,Aに対する賃料債権をGに譲渡していることが気になったが,いずれにせよ,Aから賃料が支払われる可能性は乏しく,Gによる賃料債権回収の可能性はないと考え,Aの申入れを受けて,同年10月3日,A及びFは,甲建物の賃貸借契約を同月31日付けで解除する旨の合意をした。この合意に当たり,AF間では何らの金銭支払がなく,また,A及びFは,Fに対する敷金返還請求権をAが放棄することを相互に確認した。そして,同月31日,Aは,Fに甲建物を引き渡した。

12.Fは,Aとの間で甲建物の賃貸借契約を解除する旨の合意をした平成22年10月3日以降,直ちに,Aに代わる借り手の募集を開始した。Hは,満70歳であり,衣料品販売業を営んでいる。Hは,事業拡張に伴う営業所新設のための建物を探していたが,甲建物をその有力な候補とし,Fに対し,甲建物の内覧を申し出た。Hは,同月12日,Fを通じてAの同意をも得た上で,甲建物の内部を見て歩き,エレベーターに乗ったところ,このエレベーターが下降中に突然大きく揺れたため,Hは,転倒して右足を骨折し,3か月の入院加療が必要となった。このエレベーターの不具合は,設置工事を行ったDが,設置工程において必要とされていた数か所のボルトを十分に締めていなかったことに起因するものであった。

13.Hは,この事故に遭う1年ほど前から,時々,歩いていてバランスを崩したり,つまずいたりするなどの身体機能の低下があり,平成22年4月に総合病院で検査を受けていた。その検査の結果は,Hの身体機能の低下は加齢によるものであって,無理をしなければ日常生活を送る上での支障はないが,定期的に病院で検査を受けるよう勧める,というものであった。

14.Hは,この勧めに従って,上記総合病院で,平成22年5月から毎月1回の検査を受けていたが,特段の疾患はないと診断されていた。一方,この間,Hの妻が病気で入院したため,Hは,毎日のように病院と自宅とを往復し,時として徹夜で妻に付き添っていた。そのため,Hは,同年7月下旬頃から,かなりの疲労の蓄積を感じていた。Hが同年10月12日に甲建物のエレベーターの揺れによって転倒し,右足を骨折するほどの重傷を負ったのは,Hのここ1年ほどの身体機能の低下と妻の看病による疲労の蓄積も原因となっていた。

15.なお,甲建物の市場価値は,平成22年1月31日の工事完成による引渡し以降,現在に至るまで,大きな変化なく2億円ほどで推移している。乙土地の市場価値も,この間,大きな変化なく4億円ほどで推移している。

 

〔設問1〕 【事実】1から11まで及び【事実】15を前提として,以下の(1)及び(2)に答えなさい。なお,解答に当たっては,敷金返還債務はGに承継されていないものとして,また,【事実】7に示したAのCに対する支払拒絶には合理的理由がないものとして考えなさい。民法第248条に基づく請求については,検討する必要がない。
 (1) Cは,不当利得返還請求の方法によって,Bから,AC間の請負契約に基づく請負残代金に相当する額を回収することを考えた。Cが請求する場合の論拠及び請求額について,Bからの予想される反論も踏まえて検討しなさい。
 (2) Cは,不当利得返還請求以外の方法によって,Fから,AC間の請負契約に基づく請負残代金に相当する額を回収することを考えた。Cが請求する場合の論拠及び請求額について,Fからの予想される反論も踏まえて検討しなさい。

 

〔設問2〕 Gは,平成23年4月1日,Aに対して,同年1月分から同年3月分までの未払賃料総額計600万円の支払を求めた。しかし,Aは,そもそも当該期間に対応する賃料債務が発生していないことを理由に,これを拒絶した。そこで,Gは,Fの債務不履行を理由として,本件債権売買契約を解除し,Fに対し代金相当額の返還を求めることにした。
 【事実】1から11までを前提として,Gの上記解除の主張を支える法的根拠を1つ選び,それについて検討しなさい。その際,Fのどのような債務についての不履行を理由とすることができるか,また,解除の各要件は充足されているかを検討しなさい。
 なお,検討に当たって,本件債権売買契約は有効であること及びAF間の賃貸借契約の合意解除は有効であることを前提とするとともに,敷金については考慮に入れないものとする。また,GからFに対する損害賠償請求については,検討する必要がない。

 

〔設問3〕 【事実】1から14までを前提として,以下の(1)及び(2)に答えなさい。
 (1) Hは,【事実】12に示したエレベーター内での転倒により被った損害の賠償を請求しようと考えた。Hが損害賠償を請求する相手方として検討すべき者を挙げ,そのそれぞれに対して損害賠償を請求するための論拠について,予想される反論も踏まえて論じなさい。
 (2) Hの損害賠償請求が認められる場合に,Hの身体機能の低下及び疲労の蓄積が損害の発生又は拡大を招いたことを理由として,賠償額が減額されるべきか,理由を明らかにしつつ結論を示しなさい。

 

練習答案

以下、民法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 (1)CはBに対して、703条及び704条に基づいて2500万円及びこれの平成22年2月7日以降年5分の利息(404条)の不当利得返還請求を行うことになる。
 703条及び704条から、法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、悪意であれば、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。AはCに本件内装工事を請け負わせ、Cは自ら労務を提供するとともに自らの財産でEに下請けをさせて、本件内装工事を完成させている。しかしAは正当な理由なく、Cとの請負契約の代金のうち2500万円を平成22年2月7日の期限になっても支払っていない。Bはそのことを認識していたならBは利益を受けた2500万円に平成22年2月7日以降の利息を付してCに返還しなければならない。利息について当事者であるBC間で定められた形跡はないので、法定利率の年5分が適用される(404条)。
 BはAがCとの請負代金のうち2500万円を支払っていなかったことを知らなかったと反論するだろう。それが認められても703条から、Bは利益の存する限度において不当利得を返還しなければならない。甲建物の市場価値は、本件内装工事をする前には1億円だったのが、その後には建物全体の価値が増加して2億円になっている。BがFに売却したのは1億6000万円であったが、それでも6000万円価値が増えて、利益が存している。よってこの場合はBが2500万円の返還義務を負う。
 (2)Cは424条の詐害行為取消権を行使してAのFに対して有する1300万円の敷金返還請求権の放棄を取り消し、423条の債権者代位権に基づきその権利を行使して1300万円を請求することになる。
 債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした法律行為の取消しを裁判所に請求することができる(424条1項)。(1)で述べた事実から、本件内装工事の請負代金について、CはAに対して2500万円の債権を有している。債務者であるAは1300万円のFに対する敷金返還請求権を放棄すると債権者であるCを害すると知りつつもその放棄をした。これは債務の免除という法律行為である。よってCはその取消しを裁判所に請求することができる。転得者であるFはCを害するという事実をAから事情を聞いて知っていたので424条1項ただし書には該当しない。
 債権者は、自己の債権を保全するため、債務者に属する権利を行使することができる(423条1項)。債権者であるCは、自己のAに対する2500万円の債権を保全するために、債務者であるAに属する先ほどの取り消したFに対する1300万円の敷金返還請求権を行使することができる。これはAの一身に専属する権利ではないので423条1項のただし書には該当しない。
 Fは、Aが1300万円の敷金返還請求権を放棄したのではなく、FがAに対して有する賃料債権と相殺したのだと反論するだろう。その賃料債権は平成22年8月〜10月の3ヶ月分で600万円になる。はっきりとした意思表示はないが、当事者の意思は相殺させるつもりだったと考えるのが合理的である。敷金とは通常そのような性質である。よってAが放棄したのは実際には700万円である。
 以上より、Cはその700万円についてFに請求することができる。

 

[設問2]
 Gの解除の主張を支える法的根拠は570条の売主の瑕疵担保責任である。そこでは、売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは、566条の規定が準用され、買主がこの瑕疵を知らずかつそのために契約をした目的を達することができないときは、買主は、契約の解除をすることができると規定されている。Fは瑕疵のない物を売るという債務を負っており、それが履行されていないという主張である。本件の事情が瑕疵に当たるかが問題となる。2400万円の賃料債権を、その額面から割り引いて2000万円でGに譲渡されているのだから、Aによる不払いのリスクはその割り引きに含まれていると考えるのが合理的である。よって本件では隠れた瑕疵という要件を充足しない。

 

[設問3]
 (1)Hは709条の不法行為であるとしてDに対して損害賠償を請求する。また717条に基づいて甲建物の占有者であるAと所有者であるFに対して損害賠償を請求する。
 (2)賠償額が減額されるべきである。722条2項で過失相殺が定められているからである。被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができると規定されているが、当事者間の公平の見地から、これは任意規定ではなく義務規定であると解釈すべきである。
 Hの身体機能の低下や疲労の蓄積は被害者の過失である。

以上

 

修正答案

以下、民法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 (1)CはBに対して、703条に基づいて2500万円の不当利得返還請求を行うことになる。
 法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還しなければならない(703条)。BはCと何ら契約を結ぶことなく(法律上の原因なく)、Cが自ら労務を提供するとともに自らの財産でEに下請けをさせて本件内装工事を完成させ、甲建物の価値が増加するという利益がBに生じている。Cは自らの労務提供と、下請けのEに対する4000万円の工事代金の債務を負っていおり、CのAとの請負契約の内容から、これは合計5000万円と評価できる。Aから請負代金として得た2500万円を差し引いても2500万円の損失を被っている。現実にはCからEに2000万円しか支払われていないが、残りの2000万円についても債務を負っていることには変わりない。Bは甲建物をFに売却することにより、本件内装工事による価値増加分の利益を実現しており、その売却代金を費消したといった事情もうかがわれない(利益が現存している)。エレベーター設備の更新工事も同時に行われているため、本件内装工事による価値増加分を厳密に算定することは難しいが、AとCとの請負契約の内容である5000万円が基準になり、2500万円は下らない。よってCはBに対して2500万円の不当利得返還請求を行うことになる。
 Bは上記の請求に対して、法律上の原因があったと反論するだろう。というのも、BはAに対して本件内装工事の代金を直接には支払っていないが、平成22年2月1日からの甲建物の賃料は少なくとも月額400万円が相場であるところを、月額200万円で3年間賃貸することを契約していたからである。実質的には、Aが担当した本件内装工事とエレベーター設備の更新工事に対して、相場との差額の200万円×36ヶ月=7200万円をAに支払っているに等しいのである。これは両工事に要した7000万円とほぼつり合っており、対価関係が認められる。
 よってBの受益には法律上の原因があり、CのBに対する2500万円の不当利得返還請求は認められない。
 (2)Cは424条の詐害行為取消権を行使してAのFに対して有する1300万円の敷金返還請求権の放棄を取り消し、423条の債権者代位権に基づきその権利を行使して1300万円を請求することになる。
 債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした法律行為の取消しを裁判所に請求することができる(424条1項)。本件内装工事の請負代金について、CはAに対して2500万円の債権を有している。債務者であるAは、Fに対する1300万円の敷金返還請求権を放棄すると債権者であるCを害すると知りつつもその放棄をした。これは債務の免除(519条)という財産権を目的とした法律行為である。よってCはその取消しを裁判所に請求することができる。転得者であるFはCを害するという事実をAから事情を聞いて知っていたので424条1項ただし書には該当しない。
 債権者は、自己の債権を保全するため、債務者に属する権利を行使することができる(423条1項)。債権者であるCは、自己のAに対する2500万円の債権を保全するために、債務者であるAに属する先ほどの取り消したFに対する1300万円の敷金返還請求権を行使することができる。これはAの一身に専属する権利ではないので423条1項のただし書には該当しない。
 Fは、Aが1300万円の敷金返還請求権を放棄したのではなく、FがAに対して有する賃料債権と相殺したのだと反論するだろう。その賃料債権は平成22年8月分から10月分の3ヶ月分で600万円になる。はっきりとした意思表示はないが、当事者の意思は相殺させるつもりだったと考えるのが合理的である。敷金とは通常そのような性質である。よってAが放棄したのは実際には700万円である。
 また、Aが1300万円の敷金返還請求権を放棄したのではなく、FがAに対して有する本来の賃貸借期間の終了時までの賃料相当額を得べかりし利益とした損害賠償請求権に対して充当したとする考え方もある。しかしFがAからの賃貸借契約解除の申し入れに素直に応じていることと、借地借家法では賃借人からの解除は広く認めらていることから、本件ではこの考え方は妥当ではない。
 以上より、Cは、Aに対する2500万円の請負代金債権を被保全債権として、700万円についてAのFに対して有する敷金返還請求権を代位行使してFに請求することができる。

 

[設問2]
 Gの解除の主張を支える法的根拠は543条の履行不能による解除権である。履行の全部又は一部が不能となったときは、債権者は、契約の解除をすることができる。
 一つには、平成23年1月分から3月分のAの甲建物についての賃料債権を実際に発生させる義務をFが負っているとする考え方がある。しかしながら、本件では2400万円の賃料債権を、その額面から割り引いて2000万円でGに譲渡されているのだから、Fがそこまでの義務を負っているとするのは適当でない。あくまでも将来債権をGに帰属させることがAの義務であるに過ぎない。
 もう一つには、将来債権をGに帰属させることを主たる義務としつつも、その将来債権を棄損せずに維持する付随義務をFに認める考え方がある。瑕疵担保責任とも通ずる考え方である。FはAからの賃貸借契約解除の申し入れに安易に応じて、Gに譲渡した将来債権の発生を妨げ、その付随義務が不能になっている。これは債務者であるFの責めに帰することができると言える。そうは言っても、Fが合意しなくても賃借人であるAは一定の期間をおけば賃貸借契約を解除できたのであり、Aが無資力であるという状況では賃貸借契約を解除することに合理性があるのだから、Fの付随義務違反は契約解除に値するほど重大ではなかった。
 以上より、FがGに譲渡した将来債権を棄損せずに維持するという付随義務に違反したという理由で、Gは543条に基づいて本件債権売買契約の解除を請求することが考えられるが、その義務違反の帰責性は重大ではないので解除の要件は満たさない。

 

[設問3]
 (1)Hは709条の不法行為であるとしてDに対して損害賠償を請求する。また717条に基づいて甲建物の占有者であるAと間接占有者兼所有者であるFに対して損害賠償を請求することになる。
 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う(709条)。設置工事を行ったDが、設置工程において必要とされていた数か所のボルトを十分に締めていなかったことはDの過失であり、それによってHの身体という他人の権利又は法律上保護される利益を侵害している。DはHと請負契約を締結したのではないのだから、Hに対して特別の義務を負うことはないと反論するだろう。確かにDはHと特別の法律関係には入っていないが、エレベーターを設置する者は一般にそれを利用する者の生命や身体を侵害してはならないという義務を負っていると言え、本件のような過失はその義務に違反している。
 土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う(717条1項)。本件エレベーターはそれ自体が土地に定着しておらず土地の工作物に該当しないように見えるが、土地の工作物たる甲建物と一体となっているので、その限りで土地の工作物であると言える。ボルトのゆるみに起因して下降中に突然大きく揺れたのだから、そのエレベーターの設置又は保存に瑕疵があった。そのことによってHに3か月の入院加療という損害を与えている。Aは損害の発生を防止するのに必要な注意をしたとして同項ただし書の適用を求めるだろう。本件瑕疵はちょっと見ただけではわからないものであったと推測されるし、工事の完成から数ヶ月しか経っていないのだから、設置のためには適切な業者に依頼して目に明らかな異常があれば停止するといった注意はしていたので、このAの反論は認められる。Fも間接占有者としては同様の反論ができるが、同項ただし書が適用される場合は所有者として無過失責任を負うので、責任を逃れることはできない。
 (2)賠償額が減額されるべきである。被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる(722条2項)からである。
 Hの疲労の蓄積は、時として徹夜で妻に付き添うなどしたためにもたらされたものであり、Hの責任の範囲内だから被害者の過失だと言える。身体機能の低下のほうは、加齢に伴い誰にでも起こり得ることなので、疾患というよりは身体の機能に近く、直ちにHの過失であるとは言えないが、手すりにつかまるなどの注意を怠るという過失があったと言えるかもしれない。そのあたりは当事者の公平という観点から裁判所が判断することになる。
 そういう意味では過失があったとしても裁判所が賠償額の減額をしないという判断をするということも条文上は可能であるが、本件では当事者の公平のためにそこまでする必要はないと考えられるので、賠償額が減額されるべきである。

以上

 

 

感想

[設問1]の(1)で大きくつまづいて集中力を切らしてしまいました。利息を考慮に入れないという指示すら見落としてしまいました。不法行為の過失相殺は債務不履行とは異なり任意規定だということも正しく記述できていませんでした。事前に論点を用意しておかないと苦しく感じる問題でした。

 



平成24年司法試験論文公法系第2問答案練習

問題

〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,4:4:2〕)
 Pは,Q県が都市計画に都市計画施設として定め,建設を計画している道路(以下「本件計画道路」という。)の区域内に,土地(以下「本件土地」という。)及び本件土地上の鉄骨2階建ての店舗兼住宅(以下「本件建物」という。)を所有して,商店を営業している。Pは,1965年に,本件土地を相続により取得し,本件建物を建築して営業を始めた。本件計画道路に係る都市計画(以下「本件計画」という。)は,1970年に決定され(以下,この決定を「本件計画決定」という。),現在に至るまで基本的に変更されていない。本件計画によれば,本件計画道路は,延長を1万5000メートル,幅員を32メートルとされ,R市を南北に縦断するように,a地点を起点とし,他の道路(県道)と交差する交差点(b地点)を経由して,c地点を終点とするものと定められている。a地点とc地点のほぼ中間にb地点が位置し,本件土地はb地点とc地点のほぼ中間に位置している。
 Q県は,本件計画道路のうちa地点からb地点までの区間については,交通渋滞を緩和させる必要性が高かったため,1975年から徐々に事業を施行した。予算の制約や関係する土地建物の所有者等の反対があり,計画を実現するには長期間を要したが,2000年には道路の整備が完了した。これに対し,本件計画道路のうちb地点からc地点までの区間(以下「本件区間」という。)については,やはり関係する土地建物の所有者等の反対もあって,1970年から現在まで全く事業が施行されておらず,事業を施行するための具体的な準備や検討も一切行われていない。Q県の財政事情が逼迫しているため,事業の施行は財政上もますます困難になっている。
 こうした状況において,Q県は,b地点とc地点の間の交通需要が2030年には2010年比で約40パーセント増加するものと推計し,この将来の交通需要に応じるために,本件計画道路の区間や幅員を縮小する変更をせずに本件計画を存続させている。もっとも,Q県が5年ごとに行っている都市計画に関する基礎調査によれば,R市の旧市街地に位置するc地点の付近において事業所及び人口が減少する「空洞化」の傾向が見られ,b地点とc地点の間の交通量は1990年から漸減し,2010年までの20年間に約20パーセント減少している。しかし,c地点の付近で営業する事業者の多くは,空洞化に歯止めを掛けて街のにぎわいを取り戻すために,本件区間を整備する必要があると,Q県に対して強く主張し続けている。こうした地元の主張に配慮して,Q県も,本件区間の整備を進めれば,c地点付近の旧市街地の経済が活性化し,それに伴いb地点とc地点の間の交通需要が増えていくと予測して,上記のように将来交通需要を推計している。
 あわせて,Q県は,本件区間を整備しないと,本件区間付近において道路密度(都市計画において定められた道路の1平方キロメートル当たりの総延長)が過少になることも,本件区間について縮小する変更をせずに本件計画を存続させることの理由に挙げている。Q県は,道路密度が,住宅地においては1平方キロメートル当たり4キロメートル,商業地においては1平方キロメートル当たり5キロメートルは最低限確保されるように(これらの数値を,以下「基準道路密度」という。),道路に係る都市計画を定める運用をしている。本件区間付近は,住宅地及び本件土地のような商業地から成るが,いずれにおいても,本件区間を整備しないと,道路密度が基準道路密度を1キロメートル前後下回ることになるため,Q県は本件計画をそのまま存続させる姿勢を崩していない。
 最近になって,Pは,持病が悪化して商店を休業することが多くなった。また,本件建物は,建築から45年以上を経過して老朽化し,一部が使用できない状態になった。そこで,Pは,商店の営業をやめて本件建物を取り壊し,鉄筋コンクリート8階建てのマンションを建築して,自らも居住しながらマンションを経営して老後の生活を送ることを考えるようになった。しかし,このことをQ県の職員に話したところ,「本件土地は,本件計画道路の区域内にあるため建築が制限され(以下,この制限を「本件建築制限」という。),そのような高層の堅固な建物の建築は認められない。」と言われた。Pは,承服できず,訴訟を提起するために弁護士Sに相談した。Pは,8階建てマンションへの建て替えを第一に要望しているが,もしそれが無理であれば,Q県に対し,本件土地の地価が本件建築制限により低落している分に相当する額の支払を請求し(以下,この請求を「本件支払請求」という。),本件建物を鉄骨2階建てのバリアフリーの住宅に建て替えることを考えている。
 【資料1 法律事務所の会議録】を読んだ上で,弁護士Tの立場に立って,弁護士Sの指示に応じ,設問に答えなさい。
 なお,都市計画法及び都市計画法施行規則の抜粋を,【資料2 関係法令】に掲げてあるので,適宜参照しなさい。

 

〔設問1〕
 本件計画決定は,抗告訴訟の対象となる処分に当たるか。本件計画決定がどのような法的効果を有するかを明らかにした上で,そのような法的効果が本件計画決定の処分性を根拠付けるか否かを検討して答えなさい。

 

〔設問2〕
 Q県が本件計画道路の区間又は幅員を縮小する変更をせずに本件計画を存続させていることは適法か。都市計画法の関係する規定を挙げながら,適法とする法律論及び違法とする法律論として考えられるものを示して答えなさい。

 

〔設問3〕
 Q県が本件計画を変更せずに存続させていることは適法であると仮定する場合,PのQ県に対する本件支払請求は認められるか。請求の根拠規定を示した上で,請求の成否を判断するために考慮すべき要素を,本件に即して一つ一つ丁寧に示しながら答えなさい。

 

【資料1 法律事務所の会議録】
弁護士S:本日は,Pの案件について基本的な処理方針を議論したいと思います。まず,本件土地の現況はどうなっていますか。

弁護士T:本件土地は,都市計画法上の近隣商業地域にあります。本件計画がなければ,Pが要望している高層の堅固なマンションを建築することに,法的な支障はありません。実際に,本件土地の周辺では,高層の堅固な建物が建築されています。

弁護士S:しかし,PはQ県の職員から,本件計画があるために建築が認められないと言われたのですね。

弁護士T:はい。確かに,都市計画施設の区域内でも,都市計画法第53条の許可を受ければ,建築が可能です。しかし,鉄筋コンクリート8階建てという高層の堅固な建物になりますと,都市計画法が建築制限を定める趣旨から言って,許可を受けることは難しいと思います。そして,建築基準法の制度によれば,本件計画が定めるような都市計画施設の区域内では,都市計画法第53条の許可を受けていない建物は建築確認を受けられないことになります。

弁護士S:そうですね。それでは,本件計画が違法なのでPの建物は都市計画法第53条の建築制限の適用を受けないと主張する方向で検討することにしましょう。したがって,Pが考えているマンションが,都市計画法第53条の許可の要件を満たすか否かは,検討しなくて結構です。しかし,1970年において本件計画決定が違法であったと主張することも,難しそうですね。

弁護士T:はい。どの都道府県でも,道路に係る都市計画は,高度経済成長期に人口増加と経済成長を前提に定められた結果として増えたのですが,地方公共団体の財政が悪化して,事業が全部又は一部施行されていない計画が残されている状況にあります。Q県でも,道路に係る都市計画全体のうち道路の延べ延長にして約50パーセントが,事業未施行の状態です。そこで,Q県は,2005年から,Q県でも近年進行している少子高齢化による人口減少や低成長経済を前提にして,道路に係る都市計画を全面的に見直すことにしました。見直しの結果,道路の区間や幅員を縮小するように都市計画を変更した例もあります。しかし,本件区間については本件計画を変更せずに存続させることにしたのです。

弁護士S:では,現時点において本件計画を変更せずに存続させていること,ここでは単に計画の存続ということにしますが,このことが違法といえるかどうかを検討してください。本件計画決定が1970年において違法であったという主張は,検討の対象から外してください。それでも,都市計画の存続を違法とした先例はなかなか見当たりませんので,計画の存続を適法とする法律論と違法とする法律論の双方を示して,都市計画法の関係規定を挙げながら,本件の具体的な事情に即して綿密に検討するようにお願いします。

弁護士T:承知しました。それから,計画の存続の違法性を主張するために,どのような訴えを提起するべきかという問題もあります。

弁護士S:そのとおりです。最高裁判所は,大法廷判決で,土地区画整理事業の事業計画の決定に処分性を認める判例変更をしましたね(最高裁判所平成20年9月10日大法廷判決,民集62巻8号2029頁)。ただし,都市計画施設として道路を整備する事業は,都市計画決定とそれに基づく都市計画事業認可との2段階を経て実施されるのですが,土地区画整理事業の事業計画の決定は,道路に係る都市計画でいえば,事業認可の段階に相当します。

弁護士T:そのためか,Q県の職員は,道路に係る都市計画決定は,この大法廷判決の射程の外にあり,事業の「青写真」の決定にすぎず,処分性はない,と解釈しているようなのです。

弁護士S:私たちとしては,この大法廷判決の射程をよく考えながら,道路に係る都市計画決定の法的効果を分析して,本件計画決定に処分性が認められるかどうか,判断する必要があります。都市計画決定の法的効果を分析する際には,その次の段階に位置付けられる都市計画事業認可の法的効果との関係も考慮に入れてください。綿密な検討をお願いします。

弁護士T:承知しました。本件計画決定に処分性が認められる場合,本件計画の変更を求める義務付け訴訟や,本件計画決定の失効確認訴訟を提起することになるのでしょうか。

弁護士S:いろいろ考えられますが,今の段階では,こうした個々の抗告訴訟の適法性を検討することまでは,していただかなくて結構です。また,本件計画決定の処分性が認められない場合に,どのような訴えを提起するべきかも問題ですが,この点についても,今の段階では,処分性の検討の際に必要な範囲で考慮するだけで結構です。

弁護士T:分かりました。

弁護士S:それで,Pは,絶対にマンションを建築したいという希望なのですか。

弁護士T:強い希望を持っています。建築資金も調達できるとのことです。マンションの設計の依頼まではしていませんが,それは,高い費用を掛けてマンションの設計を依頼しても,法的にマンションを建築できないことになると,設計費用が無駄になるからであって,意欲や財源がないからではありません。ただし,本件建築制限が適法とされる可能性があることは十分承知していて,その場合は,代わりに本件支払請求をすることを要望しています。

弁護士S:そのような本件支払請求が可能かどうかを検討する場合,いろいろな要素を考慮する必要がありますね。Pに有利な要素も不利な要素も一つ一つ示しながら,検討してください。請求の根拠規定やごく基本的な考慮要素も,丁寧に挙げてください。当然ながら,箇条書にとどめないでください。税法に関わる問題もありそうですが,その点は考慮しなくて結構です。

弁護士T:承知しました。

 

【資料2 関係法令】

 

○ 都市計画法(昭和43年6月15日法律第100号)(抜粋)

 

(定義)
第4条 この法律において「都市計画」とは,都市の健全な発展と秩序ある整備を図るための土地利用,都市施設の整備及び市街地開発事業に関する計画で,次章の規定に従い定められたものをいう。
2~4 (略)
5 この法律において「都市施設」とは,都市計画において定められるべき第11条第1項各号に掲げる施設をいう。
6 この法律において「都市計画施設」とは,都市計画において定められた第11条第1項各号に掲げる施設をいう。
7~14 (略)
15 この法律において「都市計画事業」とは,この法律で定めるところにより第59条の規定による認可又は承認を受けて行なわれる都市計画施設の整備に関する事業及び市街地開発事業をいう。
16 (略)
(都市計画区域)
第5条 都道府県は,市又は人口,就業者数その他の事項が政令で定める要件に該当する町村の中心の市街地を含み,かつ,自然的及び社会的条件並びに人口,土地利用,交通量その他国土交通省令で定める事項に関する現況及び推移を勘案して,一体の都市として総合的に整備し,開発し,及び保全する必要がある区域を都市計画区域として指定するものとする。(以下略)
2~6 (略)
(都市計画に関する基礎調査)
第6条 都道府県は,都市計画区域について,おおむね5年ごとに,都市計画に関する基礎調査として,国土交通省令で定めるところにより,人口規模,産業分類別の就業人口の規模,市街地の面積,土地利用,交通量その他国土交通省令で定める事項に関する現況及び将来の見通しについての調査を行うものとする。
2~5 (略)
(都市施設)
第11条 都市計画区域については,都市計画に,次に掲げる施設を定めることができる。(以下略)
一 道路,都市高速鉄道,駐車場,自動車ターミナルその他の交通施設
二~十一 (略)
2 都市施設については,都市計画に,都市施設の種類,名称,位置及び区域を定めるものとするとともに,面積その他の政令で定める事項を定めるよう努めるものとする。
3~6 (略)
(都市計画基準)
第13条 都市計画区域について定められる都市計画(中略)は,(中略)当該都市の特質を考慮して,次に掲げるところに従つて,土地利用,都市施設の整備及び市街地開発事業に関する事項で当該都市の健全な発展と秩序ある整備を図るため必要なものを,一体的かつ総合的に定めなければならない。(以下略)
一~十 (略)
十一 都市施設は,土地利用,交通等の現状及び将来の見通しを勘案して,適切な規模で必要な位置に配置することにより,円滑な都市活動を確保し,良好な都市環境を保持するように定めること。(以下略)
十二~十八 (略)
十九 前各号の基準を適用するについては,第6条第1項の規定による都市計画に関する基礎調査の結果に基づき,かつ,政府が法律に基づき行う人口,産業,住宅,建築,交通,工場立地その他の調査の結果について配慮すること。
2~6 (略)
(都市計画の図書)
第14条 都市計画は,国土交通省令で定めるところにより,総括図,計画図及び計画書によつて表示するものとする。
2 計画図及び計画書における区域区分の表示又は次に掲げる区域の表示は,土地に関し権利を有する者が,自己の権利に係る土地が区域区分により区分される市街化区域若しくは市街化調整区域のいずれの区域に含まれるか又は次に掲げる区域に含まれるかどうかを容易に判断することができるものでなければならない。
一~六 (略)
七 都市計画施設の区域
八~十四 (略)
3 (略)
(都市計画の告示等)
第20条 都道府県又は市町村は,都市計画を決定したときは,その旨を告示し,かつ,都道府県にあつては国土交通大臣及び関係市町村長に,市町村にあつては国土交通大臣及び都道府県知事に,第14条第1項に規定する図書の写しを送付しなければならない。
2 都道府県知事及び市町村長は,国土交通省令で定めるところにより,前項の図書又はその写しを当該都道府県又は市町村の事務所に備え置いて一般の閲覧に供する方法その他の適切な方法により公衆の縦覧に供しなければならない。
3 都市計画は,第1項の規定による告示があつた日から,その効力を生ずる。
(都市計画の変更)
第21条 都道府県又は市町村は,都市計画区域又は準都市計画区域が変更されたとき,第6条第1項若しくは第2項の規定による都市計画に関する基礎調査又は第13条第1項第19号に規定する政府が行う調査の結果都市計画を変更する必要が明らかとなつたとき,(中略)その他都市計画を変更する必要が生じたときは,遅滞なく,当該都市計画を変更しなければならない。
2 第17条から第18条まで及び前二条の規定は,都市計画の変更(中略)について準用する。(以下略)
(建築の許可)
第53条 都市計画施設の区域又は市街地開発事業の施行区域内において建築物の建築をしようとする者は,国土交通省令で定めるところにより,都道府県知事の許可を受けなければならない。(以下略)
一~五 (略)
2・3 (略)
(許可の基準)
第54条 都道府県知事は,前条第1項の規定による許可の申請があつた場合において,当該申請が次の各号のいずれかに該当するときは,その許可をしなければならない。
一・二 (略)
三 当該建築物が次に掲げる要件に該当し,かつ,容易に移転し,又は除却することができるものであると認められること。
イ 階数が二以下で,かつ,地階を有しないこと。
ロ 主要構造部(中略)が木造,鉄骨造,コンクリートブロツク造その他これらに類する構造であること。
(施行者)
第59条 都市計画事業は,市町村が,都道府県知事(中略)の認可を受けて施行する。
2 都道府県は,市町村が施行することが困難又は不適当な場合その他特別な事情がある場合においては,国土交通大臣の認可を受けて,都市計画事業を施行することができる。
3 国の機関は,国土交通大臣の承認を受けて,国の利害に重大な関係を有する都市計画事業を施行することができる。
4~7 (略)
(認可又は承認の申請)
第60条 前条の認可又は承認を受けようとする者は,国土交通省令で定めるところにより,次に掲げる事項を記載した申請書を国土交通大臣又は都道府県知事に提出しなければならない。
一・二 (略)
三 事業計画
四 (略)
2 前項第3号の事業計画には,次に掲げる事項を定めなければならない。
一 収用又は使用の別を明らかにした事業地(都市計画事業を施行する土地をいう。以下同じ。)
二 設計の概要
三 事業施行期間
3 第1項の申請書には,国土交通省令で定めるところにより,次に掲げる書類を添附しなければならない。
一 事業地を表示する図面
二 設計の概要を表示する図書
三~五 (略)
4 第14条第2項の規定は,第2項第1号及び前項第1号の事業地の表示について準用する。
(認可等の基準)
第61条 国土交通大臣又は都道府県知事は,申請手続が法令に違反せず,かつ,申請に係る事業が次の各号に該当するときは,第59条の認可又は承認をすることができる。
一 事業の内容が都市計画に適合し,かつ,事業施行期間が適切であること。
二 (略)
(都市計画事業の認可等の告示)
第62条 国土交通大臣又は都道府県知事は,第59条の認可又は承認をしたときは,遅滞なく,国土交通省令で定めるところにより,施行者の名称,都市計画事業の種類,事業施行期間及び事業地を告示し,かつ,国土交通大臣にあつては関係都道府県知事及び関係市町村長に,都道府県知事にあつては国土交通大臣及び関係市町村長に,第60条第3項第1号及び第2号に掲げる図書の写しを送付しなければならない。
2 市町村長は,前項の告示に係る事業施行期間の終了の日(中略)まで,国土交通省令で定めるところにより,前項の図書の写しを当該市町村の事務所において公衆の縦覧に供しなければならない。
(建築等の制限)
第65条 第62条第1項の規定による告示(中略)があつた後においては,当該事業地内において,都市計画事業の施行の障害となるおそれがある土地の形質の変更若しくは建築物の建築その他工作物の建設を行ない,又は政令で定める移動の容易でない物件の設置若しくは堆積を行なおうとする者は,都道府県知事の許可を受けなければならない。
2・3 (略)
(都市計画事業のための土地等の収用又は使用)
第69条 都市計画事業については,これを土地収用法第3条各号の一に規定する事業に該当するものとみなし,同法の規定を適用する。
第70条 都市計画事業については,土地収用法第20条(中略)の規定による事業の認定は行なわず,第59条の規定による認可又は承認をもつてこれに代えるものとし,第62条第1項の規定による告示をもつて同法第26条第1項(中略)の規定による事業の認定の告示とみなす。
2 (略)
(監督処分等)
第81条 国土交通大臣,都道府県知事又は指定都市等の長は,次の各号のいずれかに該当する者に対して,都市計画上必要な限度において,(中略)工事その他の行為の停止を命じ,若しくは相当の期限を定めて,建築物その他の工作物若しくは物件(中略)の改築,移転若しくは除却その他違反を是正するため必要な措置をとることを命ずることができる。
一 この法律若しくはこの法律に基づく命令の規定若しくはこれらの規定に基づく処分に違反した者(以下略)
二~四 (略)
2~4 (略)
第91条 第81条第1項の規定による国土交通大臣,都道府県知事又は指定都市等の長の命令に違反した者は,1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
○ 都市計画法施行規則(昭和44年8月25日建設省令第49号)(抜粋)
(都市計画の図書)
第9条 (略)
2 法(注:都市計画法)第14条第1項の計画図は,縮尺2500分の1以上の平面図(中略)とするものとする。
3 (略)
第47条 法第60条第3項(中略)の規定により同条第1項(中略)の申請書に添附すべき書類は,それぞれ次の各号に定めるところにより作成(中略)するものとする。
一 事業地を表示する図面は,次に定めるところにより作成するものとする。
イ 縮尺50000分の1以上の地形図によつて事業地の位置を示すこと。
ロ 縮尺2500分の1以上の実測平面図によつて事業地を収用の部分は薄い黄色で,使用の部分は薄い緑色で着色し,事業地内に物件があるときは,その主要なものを図示すること。収用し,若しくは使用しようとする物件又は収用し,若しくは使用しようとする権利の目的である物件があるときは,これらの物件が存する土地の部分を薄い赤色で着色すること。
二 設計の概要を表示する図書は,次に定めるところにより作成するものとする。
イ 都市計画施設の整備に関する事業にあつては,縮尺2500分の1以上の平面図等によつて主要な施設の位置及び内容を図示すること。
ロ (略)
三 (略)

 

練習答案

[設問1]
 抗告訴訟(行政事件訴訟法3条)の対象となる処分とは、行政庁が特定の者を名あて人として、その者の権利を制限したりその者に義務を負わせたりする行為のことである。行政庁は私人に対し一方的にこうした処分をするので両者が対等の当事者であるとは言い難く、民事訴訟法の規定が行政事件訴訟法により修正されている。本件計画決定が処分に当たるかどうかを検討する際には、先に述べた処分の定義や趣旨から考えなければならない。
 都市計画とは、都市計画法(以下「法」とする)4条にあるように、都市の健全な発展と秩序ある整備を図るための土地利用、都市施設の整備及び市街地開発事業に関する計画である。本件計画決定は、その都市計画をQ県が決定したものであり、その旨の告示や指定された図書を公衆の縦覧に供しなければならないものである(法20条1項、2項)。
 本件計画に含まれる本件道路は都市計画施設である(法4条6項、11条1項1号)。よってその区域内の本件土地上で建築物の建築をしようとする者であるPは、Q県知事の許可を受けなければならない(法53条1項)。P自身もそのように考え、Q県の職員に8階建てマンションの建築について話したところ、Q県知事の許可は得られないだろうと言われている。
 このように、Pは自己所有の土地上に自分の希望する建物を建築するという権利を本件計画決定により制限されている。本件計画決定は表面的にPを名あて人としたものではないが、公衆の縦覧に供しなければならない指定された図書は、土地に関し権利を有する者が、自己の権利に係る土地が都市計画施設の区域に含まれるかどうかを容易に判断することができるものでなければならない(法14条1項、2項)ので、実質的にはPほか都市計画施設の区域の土地に権利を有する特定の者を名あて人にしているに等しい。*①を挿入
 以上より、本件計画決定は、Q県がPを名あて人として、Pが自己所有の土地上に自分の希望する建物を建築する権利を制限するものなので、抗告訴訟の対象となる処分に当たる。本件計画決定は事業の「青写真」の決定にすぎず処分性はないとするQ県の職員の主張は、最高裁判所平成20年9月10日大法廷判決の解釈を誤ったものであり、失当である。

 

[設問2]
 Q県が本件計画道路の区間又は幅員を縮小する変更をせずに本件計画を存続させていることは適法である。
 1.適法とする法律論
 そもそも都市計画を定めることはQ県の裁量の範囲内である。都市計画法に「都市計画を定めなければならない」や「都市計画を定めてはならない」といった規定は見当たらない。よって当不当の問題はさておき、都市計画が違法となるのはよほどの場合に限られる。
 本件計画決定がなされた1970年当時に適法であったことに争いはない。確かに本件計画道路の交通量が1990年から2010年までに約20パーセント減少しているという事実はあるが、他方で本件区間の整備を進めれば交通需要が増えていくという予測があるし、基準道路密度を満たすためという事情もある。都市計画区域は一体の都市として総合的に整備するものであり(法5条1項)、都市計画は当該都市の健全な発展と秩序ある整備を図るため必要なものを、一体的かつ総合的に定めなければならない(法13条1項)のであるから、1つの否定的な要素があっても他の肯定的な要素を合わせて総合的に考えて本件計画を存続させていることは適法である。
 2.違法とする法律論
 都道府県は、法第6条第1項の規定による都市計画に関する基礎調査の結果都市計画を変更する必要が明らかとなったときは、遅滞なく、当該都市計画を変更しなければならない(法21条1項)。Q県が5年ごとに行っている都市計画に関する基礎調査で本件計画道路の交通量が1990年から2010年までに約20パーセント減少しているという結果が出ているので、本件計画を変更する必要は明らかであり、Q県は遅滞なく本件計画を変更しなければならない。その調査結果が出されてからも本件計画を存続させていることは、法21条1項に反し違法である。
 3.結論
 法21条1項の「都市計画を変更する必要が明らかとなったとき」というのは、そもそものQ県の裁量や、他の要素も含めた総合的な都市整備という見地を考慮してもなお都市計画を変更する必要が明らかなときを指すのであり、本件ではそこまで至っていないので、本件計画を存続させていることは適法である。

 

[設問3]
 法には本件支払請求の根拠となりそうな規定がないので、Pは日本国憲法29条3項に基づいて損失補償を請求することになる。しかしその請求は認められない。
 Pが主張するように、本件建築制限により本件土地の地価が低落しているかどうかはわからない。建築制限があるといっても2階建ての住宅などは建てることができるのであるから、ほとんど制限されていないと言え、地価が低落しないことも十分考えられる。また、仮に地価が低落しているとしても、それは受忍限度内である。日本国憲法29条1項に保障される財産権といえども、絶対無制約ではあり得ず、公共の福祉のために制限されることがある。本件では適法な都市計画の一環で建築制限を受けているにすぎないず[原文ママ]、その制限もわずかなものなので、受忍限度内である。

*①また、これに従わなければ罰則もある(法81条1項、91条)

以上

 

 

 

修正答案

[設問1]
 抗告訴訟(行政事件訴訟法3条)の対象となる処分とは、行政庁が特定の者を名あて人として、その者の権利を制限したりその者に義務を負わせたりする行為のことである。行政庁は私人に対し一方的にこうした処分をするので両者が対等の当事者であるとは言い難く、民事訴訟法の規定が行政事件訴訟法により修正されている。本件計画決定が処分に当たるかどうかを検討する際には、先に述べた処分の定義や、どの段階で行政事件訴訟法の規律に服させるべきかという点から検討しなければならない。
 都市計画とは、都市計画法(以下「法」とする)4条にあるように、都市の健全な発展と秩序ある整備を図るための土地利用、都市施設の整備及び市街地開発事業に関する計画である。本件計画決定は、その都市計画をQ県が決定したものであり、その旨の告示や指定された図書を公衆の縦覧に供しなければならないものである(法20条1項、2項)。
 本件計画に含まれる本件道路は都市計画施設である(法4条6項、11条1項1号)。よってその区域内の本件土地上で建築物の建築をしようとする者であるPは、Q県知事の許可を受けなければならない(法53条1項)。P自身もそのように考え、Q県の職員に8階建てマンションの建築について話したところ、Q県知事の許可は得られないだろうと言われている。
 このように、Pは自己所有の土地上に自分の希望する建物を建築するという権利を本件計画決定により一定程度制限されている。しかしながら本件計画決定はPを名あて人としたものではなく、一般的な制限である。よって処分の定義に該当しない。
 また、どの段階で行政事件訴訟法の規律に服させるべきかという点からも、本件都市計画決定に処分性を見出す意義が認められない。というのも、Q県の職員が主張するように、都市計画決定は変更されることもある「青写真」であって、後続する都市計画事業認可の段階で処分性を認めれば足りるからである。この都市計画事業認可の段階になると、厳しい建築制限が課され(法65条1項)、その土地が収用又は使用されるという地位に個別に立たされる(法69条、法施行規則47条)。最高裁判所平成20年9月10日大法廷判決の基準からすればこのような結論となる。
 以上より、本件計画決定は、Pを含む一定の者に一定の建築制限を課すという法的効果を有するが、処分には当たらない。後続する都市計画事業認可は、特定の者に強度の建築制限を課し土地を収用又は使用される地位に立たせるという法的効果を有し、処分に当たる。

 

[設問2]
 Q県が本件計画道路の区間又は幅員を縮小する変更をせずに本件計画を存続させていることは適法である。
 1.適法とする法律論
 そもそも都市計画を定めることはQ県の裁量の範囲内である。都市計画法に「都市計画を定めなければならない」や「都市計画を定めてはならない」といった規定は見当たらない。都市計画には政策的、専門技術的な判断が求められるので、広範な裁量に委ねられているのである。よって当不当の問題はさておき、都市計画が違法となるのは不正な動機や事実誤認などのよほどの場合に限られる。
 本件計画決定がなされた1970年当時に適法であったことに争いはない。確かに本件計画道路の交通量が1990年から2010年までに約20パーセント減少しているという事実はあるが、他方で本件区間の整備を進めれば交通需要が増えていくという予測があるし、基準道路密度を満たすためという事情もある。都市計画区域は一体の都市として総合的に整備するものであり(法5条1項)、都市計画は当該都市の健全な発展と秩序ある整備を図るため必要なものを、一体的かつ総合的に定めなければならない(法13条1項)のであるから、1つの否定的な要素があっても他の肯定的な要素を合わせて総合的に考えて本件計画を存続させていることは適法である。
 2.違法とする法律論
 都道府県は、法第6条第1項の規定による都市計画に関する基礎調査の結果都市計画を変更する必要が明らかとなったときは、遅滞なく、当該都市計画を変更しなければならない(法21条1項)。Q県が5年ごとに行っている都市計画に関する基礎調査では、c地点の付近において事業所及び人口が減少する「空洞化」の傾向が見られ、本件計画道路の交通量が1990年から2010年までに約20パーセント減少しているという結果が出ているので、本件計画を変更する必要は明らかであり、Q県は遅滞なく本件計画を変更しなければならない。本件区間の整備を進めれば、c地点付近の旧市街地の経済が活性化し、それに伴いb地点とc地点の間の交通需要が増えていくと予測は、地元の主張に迎合して事実を歪めている可能性がある。このような状況下で本件計画を存続させていることは、法21条1項に反し違法である。
 基準道路密度は、数値がわずかでも下回ってはいけないというように機械的に運用するべきものではなく、地域の実態や財政状況にも配慮して目標とすべきものなので、その観点から本件計画を存続させるという正当性は薄い。
 3.結論
 法21条1項の「都市計画を変更する必要が明らかとなったとき」というのは、そもそものQ県の裁量や、他の要素も含めた総合的な都市整備という見地を考慮してもなお都市計画を変更する必要が明らかなときを指すのであり、本件ではそこまで至っていないので、本件計画を存続させていることは適法である。不正な動機や事実誤認がはっきりあるとも言えない。

 

[設問3]
 Q県が本件計画を変更せずに存続させていることは適法であると仮定する場合、国家賠償は請求できないので、損失補償を請求する道を探る。法には本件支払請求の根拠となりそうな規定がないので、Pは日本国憲法29条3項に基づいて損失補償を請求することになる。しかしその請求は認められない。
 日本国憲法29条1項に保障される財産権といえども、絶対無制約ではあり得ず、公共の福祉のために制限されることがあり、損失補償は特別の犠牲を被った場合にのみ認められる。本件は積極的な都市計画の一環としての制限なので、警察や安全などの消極的な目的のための制限と比べると、特別の犠牲が認定されやすい。しかしながら、Pが主張するように建築制限があるといっても、2階建ての住宅などは建てることができるのであるから、ほとんど制限されていないと言える。Pは従前からの商店営業を続けることができたのであるし、持病が悪化してからも本件土地上でバリアフリー住宅に住み続けることができるのである。地価が下落しているといっても、同じ土地に住み続けるのであれば、その損害も潜在的なものに過ぎない。制限されているのは8階建てのマンションを建てて新たにマンション経営をすることくらいなので、財産権の侵害といっても重大な侵害ではない。40年ほど建築制限を受けてきたといっても、Pがそれに不満を抱くようになったのは最近のことであると推察される。以上より本件は特別の犠牲には当たらず受忍限度内であるので、PのQ県に対する本件支払請求は認められない。

以上

 

 

 

感想

[設問1]は判例に習熟していないこともあって設問を意図を汲み取れておらず、修正答案で大きく書き直しました。[設問2]はまだましだったかなと。[設問3]は「特別の犠牲」というキーワードを出せなかったのが悔やまれます。また、時間不足で記述も足りませんでした。

 



平成24年司法試験論文公法系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100)
 A寺は,人口約1000人のB村にある寺である。伝承によると,A寺は,江戸時代に,庄屋を務めていた村一番の長者によって創建された。その後,A寺は,C宗の末寺となった。現在では,A寺はB村にある唯一の寺であり,B村の全世帯約300世帯のうち約200世帯がA寺の檀家である。A寺の檀家でない村民の多くも,初詣,節分会,釈迦の誕生日を祝う灌仏会(花祭り)等のA寺の行事に参加しており,A寺は村民の交流の場ともなっている。また,A寺は,悩み事など心理的ストレスを抱えている村民の相談も受け付けており,檀家でない村民も相談に訪れている。
 A寺の本堂は,江戸時代の一般的な寺院の建築様式で建てられており,そこには観音菩薩像が祀られている。本堂では,礼拝供養といった宗教儀式ばかりでなく,上記のような村民の相談も行われている。本堂の裏手には,広い墓地がある。B村には数基のお墓があるだけの小さな墓地を持つ集落もあるが,大きな墓地はA寺の墓地だけである。
 かつては一般に,寺院が所有する墓地に墓石を建立することができるのは,当該寺院の宗旨・宗派の信徒のみであった。しかし,最近は,宗旨・宗派を一切問わない寺院墓地もある。A寺も,近時,墓地のパンフレットに「宗旨・宗派は問わない」と記載していた。村民Dの家は,先祖代々,C宗の信徒ではない。Dは,両親が死亡した際に,A寺のこのパンフレットを見て,両親の遺骨をA寺の墓地に埋蔵し,墓石を建立したいと思い,住職にその旨を申し出た。「宗旨・宗派は問わない」ということは,住職の説明によれば,C宗の規則で,他の宗旨・宗派の信者からの希望があった場合,当該希望者がC宗の典礼方式で埋葬又は埋蔵を行うことに同意した場合にこれを認めるということであった(墓地等管理者の埋蔵等の応諾義務に関する法規制については,【参考資料】を参照。)。しかし,Dは,この条件を受け入れることができなかったので,A寺の墓地には墓石を建立しなかった。
 山間にあるB村の主要産業は林業であり,多くの村民が村にある民間企業の製材工場やその関連会社で働いている。20**年に,A寺に隣接する家屋での失火を原因とする火災(なお,失火者に故意や重過失はなかった。)が発生したが,その折の強風のために広い範囲にわたって家屋等が延焼した。A寺では,観音菩薩像は持ち出せたものの,この火災により本堂及び住職の住居である庫裏が全焼した。炎でなめ尽くされたA寺の墓地では,木立,物置小屋,各区画にある水場の手桶やひしゃく,各墓石に供えられた花,そして卒塔婆等が全て焼失してしまった。A寺の墓地は,消火後も,荒涼とした光景を呈している。また,B村の村立小学校も,上記製材工場やその関連会社の建物も全焼した。もっとも,幸いなことに,この火事で亡くなった人は一人もいなかった。
 A寺は,創建以来,自然災害等によって被害を受けることが全くなかったので,火災保険には入っていなかった。A寺の再建には,土地全体の整地費用も含めて億単位の資金が必要である。通常,寺院の建物を修理するなどの場合には,檀家に寄付を募る。しかし,檀家の人たちの多くが勤めていた製材工場やその関連会社の建物も全焼してしまったため,各檀家も生計を立てることが厳しくなっている。それゆえ,檀家からの寄付によるA寺の建物等の再建は,困難であった。
 この年,B村村長は,全焼した村立小学校の再建を主たる目的とした補正予算を議会に提出した。その予算項目には,A寺への再建助成も挙げられていた。補正予算審議の際に,村長は,「A寺は,長い歴史を有するばかりでなく,村の唯一のお寺である。A寺は,宗旨・宗派を越えて村民に親しまれ,村民の心のよりどころでもあり,村の交流の場ともなっている。A寺は,村にとっても,村民にとっても必要不可欠な,言わば公共的な存在である。できる限り速やかに再建できるよう,A寺には特別に助成を行いたい。その助成には,多くの村民がお墓を建立しているA寺の墓地の整備も含まれる。墓地は,亡くなった人の遺骨を埋蔵し,故人を弔うためばかりでなく,先祖の供養という人倫の大本といえる行為の場である。それゆえ,速やかにA寺の墓地の整備を行う必要がある。」と説明した。
 A寺への助成の内訳は,墓地の整備を含めた土地全体の整地の助成として2500万円(必要な費用の2分の1に相当する額),本堂再建の助成として4000万円(必要な費用の4分の1に相当する額),そして庫裏再建の助成として1000万円(必要な費用の2分の1に相当する額)となっている。補正予算は,村議会で議決された。その後,B村村長はA寺への助成の執行を終了した。

 

〔設問1〕
 Dは,今回のB村によるA寺への助成は憲法に違反するのではないかと思い,あなたが在籍する法律事務所に相談に来た。
 あなたがその相談を受けた弁護士である場合,どのような訴訟を提起するか(なお,当該訴訟を提起するために法律上求められている手続は尽くした上でのこととする。)。そして,その訴訟において,あなたが訴訟代理人として行う憲法上の主張を述べなさい。

 

〔設問2〕
 設問1における憲法上の主張に関するあなた自身の見解を,被告側の反論を想定しつつ,述べなさい。

 

【参考資料】墓地,埋葬等に関する法律(昭和23年5月31日法律第48号)(抄録)
第1条 この法律は,墓地,納骨堂又は火葬場の管理及び埋葬等が,国民の宗教的感情に適合し,且つ公衆衛生その他公共の福祉の見地から,支障なく行われることを目的とする。
第13条 墓地,納骨堂又は火葬場の管理者は,埋葬,埋蔵,収蔵又は火葬の求めを受けたときは,正当の理由がなければこれを拒んではならない。

 

練習答案

以下日本国憲法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 私がこの相談を受けた弁護士である場合、本件助成は違法若しくは不当な公金の支出であるとして、A寺に不当利得返還の請求をすることをB村村長に対して求める請求(地方自治法第242条の2第1項第4号)をする訴訟を提起する。
 そしてその訴訟において、私は訴訟代理人として、本件助成は宗教上の組織若しくは団体の使用、便益、若しくは維持のために公金を支出しているので、第89条に反しており違法(違憲)であるという主張を行う。本件助成ではB村の公金が支出されていることは間違いない。そしてそれがA寺という宗教上の組織が火災により損なわれた土地建物を回復して維持させるために支出されている。
 ひいては第20条第1項のいわゆる政教分離原則にも反するので違憲であるという主張も行う。B村の公金には国に由来する部分もあるので、本件助成はA寺という宗教団体が国から特権を受けることになるからである。

 

[設問2]
 1.被告側の反論
 本件助成は、宗教上の組織の維持のために支出されているのでもなければ、宗教団体に特権を与えるものでもないので第89条にも第20条第1項にも反さず適法である。
 日本国憲法は少しでも宗教的な色彩を帯びている事柄には一切公金を支出してはならないとまでするものではない。宗教的な由来をもつ事柄は多岐にわたるので、もしそれへの公金の支出を禁じればありとあらゆる支出が禁じられてしまい不合理である。例えば公立学校でのクリスマスパーティーや都道府県の発注した建物の地鎮祭などのように、一般に定着していて特定の宗教を援助する目的も効果もないような事柄には公金を支出することも可能であると解すべきである。
 この観点から本件助成を検討すると、確かにA寺の土地建物を回復することが目的とされているように見えるが、これは宗教団体であるA寺を援助する目的ではなく、墓地や相談集会場という公共的な施設の回復を目的としたものである。実際、A寺の檀家であるか否かを問わず、行事や相談に参加していたのであり、墓地に埋葬してもらうことも可能であった。B村の一般的な村民にとって、本件助成はA寺という特定の宗教を援助するものであるとは映らなかったであろう。
 以上より、本件助成は、多少宗教的な要素を含んでいたとしても、特定の宗教を援助する目的でなされたのではなく一般人にとってその効果もなかったので違憲ではなく適法である。
 2.私自身の見解
 私自身は本件助成が適法であると考える。
 被告側が反論するように、少しでも宗教的な要素がある事柄に対しては一切公金を支出してはならないのではなく、特定の宗教を援助する目的や効果がなければ公金を支出してもよいと考えるのが妥当である。しかし被告側の反論をうのみにするのではなく、より詳細に検討しなければならない。
 少なくとも原告のDは本件助成にA寺を援助する効果を認めたために本件提訴に及んだのである。そしてそれは埋葬にまつわる出来事にも関係している。DはA寺の墓地に両親を埋葬してもらうことを希望したが、C宗の典礼方式で行われるという条件のために断念したのであった。ここから考えると、本件墓地への助成は、C宗(A寺)の典礼方式を促進させるという効果を持つとも考えられる。しかしここでC宗の典礼方式と呼ばれているものはおそらく何回線香を供えるとかいつお参りするとかいった形式的なものであって、多くの人にとっては宗教的な意義を有さないものであると考えられる。よってこの点を考慮してもなお本件助成にはA寺(C宗)という特定の宗教を援助する効果は一般人を基準にすればないと言える。
 また、墓地や相談集会場が必要なのだとしたら、B村公営の施設を新たに作ればよいのではないかという原告からの再反論も想定される。確かにそれも一案ではあるが、本件助成なら費用を一部負担するだけなので安く上がり、また村民にとっても慣れ親しんだところを使用できるという効用もある。こうした事情からしても本件助成には合理性があり、特定の宗教を援助する意図は認め難い。
 以上より、本件助成は第89条にも第20条第1項にも反さず適法であると私は考える。

以上

 

修正答案

以下日本国憲法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 私がこの相談を受けた弁護士である場合、本件助成は違法な公金の支出であるとして、A寺に不当利得返還の請求をすることをB村の執行機関であるB村村長に対して求める請求(地方自治法第242条の2第1項第4号)をする訴訟を提起する。
 そしてその訴訟において、私は訴訟代理人として、本件助成は宗教上の組織若しくは団体の使用、便益、若しくは維持のために公金を支出しているので、第89条に反しており違法(違憲)であるという主張を行う。A寺は宗教法人であるかどうかわからないが、いずれにしてもC宗に属していて宗教的活動をすることを本来の目的とする宗教上の組織若しくは団体である。本件助成ではB村の公金が支出されていることは間違いない。そしてその公金が、火災により損なわれた土地建物を回復して、A寺が使用し、便益を受け、維持されるために支出されている。
 ひいては第20条第1項のいわゆる政教分離原則にも反するので違憲であるという主張も行う。B村の公金には国に由来する部分もあるので、本件助成はA寺という宗教団体が国から特権を受けることになるからである。

 

[設問2]
 1.被告側の反論
 本件助成は、宗教上の組織の使用、便益、維持のために支出されているのでもなければ、宗教団体に特権を与えるものでもないので第89条にも第20条第1項にも反さず適法である。
 第二次世界大戦時には国家と神道とが結びついた結果悲惨な結果がもたらされたという反省から、日本国憲法では第20条の政教分離が定められ、それが第89条で財政面からも裏付けられた。しかし日本国憲法は少しでも宗教的な色彩を帯びている事柄には一切公金を支出してはならないとまでするものではない。宗教的な由来をもつ事柄は多岐にわたるので、もしそれへの公金の支出を禁じればありとあらゆる支出が禁じられてしまい不合理である。例えば公立学校でのクリスマスパーティーや都道府県の発注した建物の地鎮祭などのように、一般に定着していて特定の宗教を援助する目的も効果もないような事柄には公金を支出することも可能であると解すべきである。日本国憲法は、国が一定限度を越えて宗教と関わることを禁じているのである。
 この観点から本件助成を検討すると、確かにA寺の土地建物を回復することが目的とされているように見えるが、これは宗教団体であるA寺を援助する目的ではなく、墓地や相談集会場という公共的な施設の回復を目的としたものである。実際、A寺の檀家であるか否かを問わず、村民が行事や相談に参加していたのであり、墓地に埋葬してもらうことも可能であった。B村の一般的な村民にとって、本件助成はA寺という特定の宗教を援助するものであるとは映らなかったであろう。
 以上より、本件助成は、多少宗教的な要素を含んでいたとしても、特定の宗教を援助する目的でなされたのではなくその効果もなかったので、日本国憲法で許容される範囲内の宗教との関わりなので違憲ではなく適法である。
 2.私自身の見解
 私自身は本件助成が適法であると考える。
 被告側が反論するように、少しでも宗教的な要素がある事柄に対しては一切公金を支出してはならないのではなく、特定の宗教を援助する目的や効果がなければ公金を支出してもよいと考えるのが妥当である。しかし被告側の反論を鵜呑みにするのではなく、より詳細に検討しなければならない。
 まず、本件助成は、火災で失われた墓地や相談集会場を回復するという世俗的な目的からなされたことが補正予算審議の際のB村村長の発言から読み取れるし、全焼した村立小学校の再建を主たる目的とした補正予算に組み入れられていたという事情からも窺い知れる。実際に、火災以前はA寺の檀家であるかどうかを問わず村民が交流や相談、埋葬のために本件助成を受けるA寺の施設を活用していたという実績もある。ただ、このように世俗的な目的があったとしても、それとともに特定の宗教を援助する目的や効果があれば違憲となるので、その検討をしなければならない。以下では本件助成の内訳ごとに詳細に検討する。
 第一に墓地の整備を含めた土地全体の整地である。本件での訴訟は[設問1]で記したように住民訴訟であるため原告の個人的な事情が直接訴訟の帰趨を決することはないが、埋葬にまつわる個人的な体験が原告Dの本件提訴に及んだ一因になっていると推測でき、これが参考になる。DはA寺の墓地に両親を埋葬してもらうことを希望したが、C宗の典礼方式で行われるという条件のために断念したのであった。ここから考えると、本件墓地への助成は、C宗(A寺)の典礼方式を促進させるという効果を持つとも考えられる。しかしここでC宗の典礼方式と呼ばれているものはおそらく火葬にするとかいつ埋葬するとかいった形式的なものであって、多くの人にとっては宗教的な意義を有さないものであると考えられる。埋葬をするためには何らかの典礼によらなければならず、墓地を管理するA寺(C宗)の方式によるのも自然なことである。仮に公営の墓地であっても管理権に属する部分は管理者に委ねられるのであってDが自由にできるわけではないのだから、Dは公営の墓地に両親を埋葬することも拒否することになったかもしれない。よってこの点を考慮してもなお本件助成にはA寺(C宗)という特定の宗教を援助する効果は一般人を基準にすればないと言える。
 第二に本堂再建である。本堂を再建したら従前のように観音菩薩像が置かれることになろうから、この助成は特定の宗教を援助することになると原告は主張するかもしれない。しかし観音菩薩像が置かれていたら即宗教かというとそういうわけではない。特に何らかの宗教を信仰しているわけではない人の家に仏具がインテリアとして置かれていることも珍しくない。
 第三に庫裏再建である。これは直接村民の用に供されておらず、もっぱら宗教者である住職の住居なのであるから、それへの助成は特定の宗教への援助にあたると原告が主張することが考えられる。仮に庫裏そのものが村民の用に供されていないとしても、そこで調理した飲食物が本堂などで村民に提供されることは大いにあり得る。また、住職といえども人間なのだからどこかに住まねばならず、仕事場の近くに住んでも何らおかしくない。ここでも庫裏の再建を助成することが特定の宗教を援助することには当たらないと言える。
 また、墓地や相談集会場が必要なのだとしたら、B村公営の施設を新たに作ればよいのではないかという原告からの再反論も想定される。確かにそれも一案ではあるが、本件助成なら費用を一部負担するだけなので安く上がり、また村民にとっても慣れ親しんだところを使用できるという効用もある。こうした事情からしても本件助成には合理性があり、特定の宗教を援助する目的は認め難い。
 以上より、本件助成は第89条にも第20条第1項にも反さず適法であると私は考える。

以上

 

 

感想

住民訴訟なのに不当を審査すると書いたことと、A寺が宗教上の組織であることを検討しなかったことの2つが明らかなミスです。他の人の参考答案を見ると違憲だという結論が多かったので、あえて合憲という最初の直感のまま結論を変えずに修正答案を作ってみました。

 



平成24年司法試験論文刑事系第2問答案練習

問題

〔第2問〕(配点:100)
次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。

 

【事 例】
1 平成23年10月3日,覚せい剤取締法違反の検挙歴を有する者がH県警察I警察署を訪れ,司法警察員Kに対し,「昨日(同月2日),H県I市J町にある人材派遣会社のT株式会社の社長室で,代表取締役社長甲から,覚せい剤様の白色粉末を示され,『シャブをやらないか。安くするよ。』などと覚せい剤の購入を勧められた。自分は断ったけれども,甲は,裏で手広く覚せい剤の密売を行っているといううわさがある。」旨の情報提供をした。そこで,司法警察員Kは,部下に,T株式会社についての内偵捜査を命じた。同社は,H県I市J町○丁目△番地に平屋建ての事務所建物を設けて人材派遣業を営んでおり,代表取締役社長の甲以外に数名の従業員が同事務所で働いていることが判明した。また,司法警察員Kの部下が同事務所を見張っていたところ,かつて覚せい剤取締法違反で検挙したことのある者数名が同事務所に出入りしているのが確認できた。その後,司法警察員Kは,部下に,同事務所に出入りしている人物1名に対する職務質問を実施させたが,その者はこれに応じなかったため,司法警察員Kは,証拠隠滅を防ぐには,すぐにT株式会社に対する捜索差押えを実施する必要があると考えた。そこで,司法警察員Kは,同月5日,H地方裁判所裁判官に,被疑者を「甲」,犯罪事実の要旨を「被疑者は,営利の目的で,みだりに,平成23年10月2日,H県I市J町○丁目△番地所在のT株式会社において,覚せい剤若干量を所持した。」として捜索差押許可状の発付を請求した。これを受けて,H地方裁判所裁判官は,捜索すべき場所を「H県I市J町○丁目△番地T株式会社」,差し押さえるべき物を「本件に関連する覚せい剤,電子秤,ビニール袋,はさみ,注射器,手帳,メモ,ノート,携帯電話」とする捜索差押許可状を発付した。

2 司法警察員Kらは,同月5日午後3時,T株式会社事務所に赴き,応対に出た同社従業員のWに対し,「警察だ。社長のところに案内してくれ。」と告げて同事務所に入り,Wの案内で社長室に入ったところ,そこには,甲及び同社従業員の乙の2名がいた。司法警察員Kらは,甲に前記捜索差押許可状を呈示した上で,捜索に着手し,同社長室内において,電子秤,チャック付きの小型ビニール袋100枚,注射器50本のほか甲の携帯電話を発見してこれらを差し押さえた。
 捜索が継続中の同日午後3時16分,T株式会社事務所に宅配便荷物2個が届き,Wがこれを受領した。同宅配便荷物は,1個が甲宛て,もう1個は乙宛てであったが,いずれも差出人は「U株式会社」,内容物については「書籍」と記載されていた上,伝票の筆跡は酷似し,外箱も同じであった。Wは,これを社長室に届け,甲宛ての荷物を甲に,乙宛ての荷物を乙に渡した。甲は,手に持った荷物に貼付されていた伝票を見た後,乙の顔を見て,「受け取ってしまったものは仕方がないよな。今更返せないよな。」などと言い,この荷物を自分の足下に置いた。これに対し,乙も,甲の顔を見ながら,「そうですね。仕方ないですね。」などと言い,同じく,受け取った荷物を自分の足下に置いた。このやり取りを不審に思った司法警察員Kは,甲及び乙に,「どういう意味か。」と聞いたが,甲及び乙は,いずれも,無言であった。
 司法警察員Kは,差し押さえた甲の携帯電話の確認作業を行ったところ,丙なる人物から送信された「ブツを送る。いつものようにさばけ。10月5日午後3時過ぎには届くはずだ。二つに分けて送る。お前宛てのは,お前1人でさばく分,乙宛てのは,お前と乙の2人でさばく分だ。10日間でさばき切れなかったら,取りあえず送り返せ。乙にも伝えておけ。」と記載されたメールを発見した。さらに,司法警察員Kは,甲から乙宛てに送信した「丙さんから連絡があった。10月5日午後3時過ぎには,新しいのが届く。2人でさばく分も来る。その日,午後3時前には社長室に来い。ブツが届いたら2人で分ける。」と記載されたメールを発見するとともに,乙から送信された「分かりました。その頃に社長室に行きます。」と記載されたメールを発見した。この間,司法警察員Kが,伝票に記載されていた「U株式会社」の所在地等について部下に調べさせたところ,その地番は実在せず,また,電話番号も現在使用されていないものであることが判明した。
このような経緯から,司法警察員Kは,これらの宅配便荷物2個には,いずれも,覚せい剤が入っていると判断し,甲及び乙に対し,それぞれの荷物の開封を求めた。しかし,甲及び乙は,いずれも,「勘弁してください。」と言い,その要請を拒否した。その後も司法警察員Kは,同様の説得を繰り返したが,甲及び乙は応じなかった。
 そこで,司法警察員Kは,同日午後3時45分,乙宛ての荷物を開封した[捜査①]。その結果,荷物の中から大量の白色粉末が発見された。次いで,司法警察員Kは,甲宛ての荷物を開封したところ,こちらからも乙宛ての荷物の半分くらいの量の白色粉末が発見された。司法警察員Kは,これらの白色粉末は覚せい剤だと判断し,甲及び乙に,「これは覚せい剤だな。売るためのものだな。覚せい剤かどうか調べさせてもらうぞ。」と言った。これに対し,甲は,「ばれてしまったものは仕方がない。調べるなり何なり好きにしていい。」と言い,乙も,「仕方ないな。俺宛てのものも調べてもいい。」などと言った。そこで,司法警察員Kは,部下に命じて,各荷物に入っていた白色粉末が覚せい剤か否か試薬を用いて調べさせたところ,いずれも覚せい剤である旨の結果が出たことから,同日午後3時55分,甲及び乙を,いずれも営利目的での覚せい剤所持の事実で現行犯逮捕し,それぞれに伴う差押えとして,各覚せい剤を差し押さえた。

3 司法警察員Kは,甲及び乙による覚せい剤密売の全容を明らかにするためには,乙の携帯電話や手帳等を押収する必要があると考え,乙に対し,これらの所在場所を確認したものの,乙は無言であった。そこで,司法警察員Kは,甲にも確認したが,甲は,「さあ,どこにあるか知らない。隣の更衣室のロッカーにでも入っているんじゃないの。でも,更衣室もロッカーも,社長の俺が管理しているけど,中の荷物は乙のものだから,乙に聞いてくれ。」などと言った。これを受けて,司法警察員Kが,乙に対し,ロッカーの中を見せるよう求めたところ,乙は,「俺のものを勝手に荒らされたくない。」と述べて拒否した。
 そこで,司法警察員Kは,乙に対する説得を諦め,部下を連れて社長室に隣接している更衣室に入った。乙と表示のあるロッカーは,施錠されていたことから,司法警察員Kは,乙に対し,鍵を開けるよう言ったが,乙は応じなかった。そのため,司法警察員Kは,同日午後4時20分,社長室の壁に掛かっていたマスターキーを使って同ロッカーを解錠し,捜索を実施した[捜査②]。同ロッカーには,乙の運転免許証が入った財布が入っており,乙のロッカーであることは確認できたものの,差し押さえるべき物は発見できず,司法警察員Kらは捜索を終了した。

4 その後,司法警察員Kら及び事件の送致を受けたH地方検察庁検察官Pが所要の捜査を行った。甲及び乙は,事実関係を認め,密売をするために覚せい剤をT株式会社社長室で所持していたこと,甲宛ての覚せい剤は甲1人で密売するためのもの,乙宛ての覚せい剤は甲と乙が2人で密売するためのものであることなどを述べた。一方で,甲及び乙は,各覚せい剤について,密売組織の元締である丙から送られたもので,10日間の期限内に売り切れなかった分は丙に送り返さなければならなかったこと,覚せい剤の売上金は,その9割を丙に送金しなければならず,自分たちの取り分は合わせて1割だけであったことなどを述べた。また,甲宛ての宅配便荷物内に入っていた覚せい剤は100グラム,乙宛ての宅配便荷物内に入っていた覚せい剤は200グラムであった。
 同月26日,検察官Pは,甲について,営利の目的で,単独で,覚せい剤100グラムを所持した事実(公訴事実の第1事実),及び,営利の目的で,乙と共謀して,覚せい剤200グラムを所持した事実(公訴事実の第2事実)で,H地方裁判所に起訴した(甲に対する公訴事実は【資料1】のとおり)。また,検察官Pは,乙についても,営利の目的で,甲と共謀して,覚せい剤200グラムを所持した事実で,H地方裁判所に起訴し,甲及び乙は,別々に審理されることとなった。
 なお,検察官Pは,甲及び乙を起訴するに当たり,両名について,丙との間の共謀の成否を念頭に置いて捜査し,丙が実在する人物であることは確認できたものの,最終的には,丙及びその周辺者が所在不明であり,これらの者に対する取調べを実施できなかったことなどから,甲及び乙と,丙との間の共謀については立証できないと判断した。

5 同年11月24日に開かれた甲に対する第1回公判期日で,甲及びその弁護人Bは,被告事件についての陳述において,公訴事実記載の客観的事実自体はこれを認めたが,弁護人Bは,覚せい剤は,密売組織の元締である丙の手足として,その支配下で甲らが販売を行うことになっていたもので,公訴事実の第1事実及び第2事実いずれについても,丙との共謀が成立することを主張し,その旨の事実を認定すべきであるとの意見を述べた。引き続き,検察官Pは冒頭陳述を行い,甲らが丙から覚せい剤を宅配便荷物により交付されたことについて言及したものの,それ以上,甲らと丙との関係には言及しなかった。
 証拠調べの結果,裁判所は,公訴事実について,①甲らが,営利の目的で,同日同所において,各分量の覚せい剤を所持した事実自体は認められる,②各覚せい剤の所持が,丙との共謀に基づくものである可能性はあるものの,共謀の存否はいずれとも確定できない,③仮に甲らと丙との間に共謀があるとした場合,甲らは従属的立場にあることになるから,甲らと丙との間に共謀がない場合よりは犯情が軽くなる,と考えた。
 論告・弁論を経て,裁判所は,同年12月8日に開かれた公判期日において,【資料1】の公訴事実に対し,格別の手続的な手当てを講じないまま,弁護人Bの主張どおり,【資料2】の罪となるべき事実を認定し,甲に有罪判決を宣告した。

 

〔設問1〕 下線部の[捜査①]及び[捜査②]の適法性について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。[捜査②]については,捜索差押許可状に基づく捜索としての適法性及び乙の現行犯逮捕に伴う捜索としての適法性の両者を論じなさい。
 なお,甲の携帯電話の差押え及びその中身の確認までの一連の手続の適法性については問題がないものとする。

 

〔設問2〕 裁判所が,【資料1】の公訴事実の第1事実に対し,【資料2】の罪となるべき事実の第1事実を認定したことについて,判決の内容及びそれに至る手続の適否を論じなさい。
 なお,取り調べられた証拠の証拠能力及び裁判所によるその証明力の評価並びに公訴事実の罪数評価については問題がないものとする。

 

(参照条文) 覚せい剤取締法
第41条の2 覚せい剤を,みだりに,所持し,譲り渡し,又は譲り受けた者(第42条第5号に該当する者を除く。)は,10年以下の懲役に処する。
2 営利の目的で前項の罪を犯した者は,1年以上の有期懲役に処し,又は情状により1年以上の有期懲役及び500万円以下の罰金に処する。
3 (略)

 

【資料1】
公訴事実
被告人は
第1 営利の目的で,みだりに,平成23年10月5日,H県I市J町○丁目△番地T株式会社社長室において,覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの粉末100グラムを所持し
第2 (以下,省略)
たものである。

 

【資料2】
罪となるべき事実
被告人は
第1 丙と共謀の上,営利の目的で,みだりに,平成23年10月5日,H県I市J町○丁目△番地T株式会社社長室において,覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの粉末100グラムを所持し
第2 (以下,省略)
たものである。

 

練習答案

以下刑事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 日本国憲法35条により、何人も逮捕される場合を除いては、令状なしにその所持品について捜査及び押収を受けることのない権利を有する。強制捜査はこの法律に特別の定のある場合でなければすることができないとする197条1項も同趣旨である。
 司法警察職員は被疑者を令状により又は現行犯で逮捕する場合に、必要があるときは逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすることができる(220条1項2号)。また、司法警察職員は、犯罪の捜査をするにいて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、捜索又は検証をすることができる(218条1項)。
 よって捜査の適法性を論じる際には、これらの規定に合致しているかを検討することになる。
 1.捜査①の適法性
 捜査①は令状による捜査なので、上記218条1項に基づいて適法性が判断される。そこでは「犯罪の捜査をするについて必要があるとき」という要件が掲げられていて、その令状には被疑者の氏名、罪名、差し押さえるべき物、捜索すべき場所、有効期間などを記載しなければならない(219条1項)。これはこうした記載事項から定まる必要性を超えて強制捜査をすることを防ぐという趣旨である。
 この観点から本件の捜査①を検討すると、被疑者を甲、犯罪事実の要旨を「被疑者は、営利の目的で、みだりに、(中略)、覚せい剤若干量を所持した。」、差し押さえるべき物を「本件に関連する覚せい剤、(中略)」とする捜索差押許可状(令状)が発付されていた。乙宛ての荷物を開封するという捜査①の行為がこの令状によって定められる捜査の必要性を逸脱しないかが問題となり得る。
 捜査①以前の適法な甲の携帯電話の確認作業から、乙宛の荷物は宛名こそ乙であっても甲と乙の共有に属し、中身は覚せい剤であり、それを甲と乙が売る目的であったということがうかがわれた。こうした事情から、捜査①は本件捜索差押許可状から定まる捜査の必要性の範囲内であり、適法である。
 2.捜査②の適法性
 (1)捜索差押許可状に基づく捜索としての適法性
 上でしたのと同じ要領で適法性を考えると、乙のロッカーを解錠し、捜索を実施するということは、本件捜索差押許可状から定まる捜査の必要性の範囲を逸脱している。被疑者である甲が覚せい剤を所持したという犯罪事実から極めて遠く離れているからである。裁判官が本件捜索差押許可状を発付した時点では乙の存在すら認識されていなかったのだからなおさらである。司法警察員Kは、甲及び乙による覚せい剤密売の全容を明らかにするためには、乙の携帯電話や手帳等を押収する必要があると考えたとのことであるが、それで必要性が満たされてしまうと事前に裁判官が令状を発付すると刑事訴訟法で定めた意味がなくなってしまう。
 このように令状の範囲外で、捜索を拒否している乙のロッカーをマスターキーで解錠して捜索を実施するという捜査②は、捜索差押許可状に基づく捜索としては違法である。強制捜査を法の定めなしに行うことになるからである。
 (2)乙の現行犯逮捕に伴う捜索としての適法性
 冒頭で述べたように、220条1項2号に基づいて現行犯逮捕をする場合に、必要があるときは逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすることができる。これが許されているのは、逮捕の現場には証拠がある可能性が高く、それを隠滅されることを防ぐためである。
 乙は社長室で逮捕されたが、そこに隣接している更衣室は逮捕の現場であると言える。同じ建物内で距離が近いということに加えて、更衣室と社長室などは機能分化しつつ一体の目的のもとに存在しており、証拠が更衣室にある可能性が高いからである。よって捜査②の行われた場所に問題はない。また、乙のロッカーを捜索することは、乙が営利目的で覚せい剤を所持していたという犯罪事実とも直接つながる。よって必要性も満たす。この時点でこのロッカーを捜索しておかないと、そのロッカーの中にある証拠が隠滅されることも十分考えられる。
 以上より、乙の現行犯逮捕に伴う捜査としては適法である。

 

[設問2」
 公訴は、検察官がこれを行う(247条)が、被告人の氏名、公訴事実、罪名を記載した起訴状を提出してこれをしなければならない(256条1項、2項)。被告人はこの範囲で防御をして、裁判所もこの範囲で判決を下す。起訴状の範囲外の判決を下されると被告人の防御権が侵害されてしまう。起訴状と判決にずれがあるように見えるときは、判決が起訴状の範囲内にあるのか範囲外に出てしまっているのかを検討しなければならない。
 資料1と資料2を見くらべると、判決には「丙と共謀の上」という文言が付け加えられている。これは一見起訴状の公訴事実の範囲外にあるように思われるが、実は範囲内である。というのも、「丙と共謀の上」というのはもっぱら犯情に関わる部分であって、丙との共謀がなければおよそ犯罪が成立しないというわけではない。公訴事実の冒頭に「丙と共謀の上又は単独で」という文言が暗黙のうちに含まれていたと考えるとよりわかりやすい。このような記載も256条5項で許されている。
 手続的に、裁判所は訴因の変更を命じることもできた(312条2項)が、これをしなかったからといって不適当だったとは言えない。また、甲に防御権を侵害されたという事情も見当たらない。
 以上より、裁判所が資料1の公訴事実の第1事実に対し、資料2の罪となるべき事実の第1事実を認定したことについて、判決の内容及びそれに至る手続は適当であった。

以上

 

修正答案

以下刑事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 日本国憲法35条により、何人も逮捕される場合を除いては、令状なしにその所持品について捜査及び押収を受けることのない権利を有する。強制捜査はこの法律に特別の定のある場合でなければすることができないとする197条1項も同趣旨である。
 司法警察職員は被疑者を令状により又は現行犯で逮捕する場合に、必要があるときは逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすることができる(220条1項2号)。また、司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、捜索又は検証をすることができる(218条1項)。
 よって捜査の適法性を論じる際には、これらの規定に合致しているかを検討することになる。
 1.捜査①の適法性
 捜査①は令状による捜査なので、上記218条1項に基づいて適法性が判断される。そこでは「犯罪の捜査をするについて必要があるとき」という要件が掲げられていて、その令状には被疑者の氏名、罪名、差し押さえるべき物、捜索すべき場所、有効期間などを記載しなければならない(219条1項)。これはこうした記載事項から定まる必要性を超えて強制捜査をすることを防ぐという趣旨である。
 この観点から本件の捜査①を検討すると、被疑者を甲、犯罪事実の要旨を「被疑者は、営利の目的で、みだりに、(中略)、覚せい剤若干量を所持した。」、捜索すべき場所を「H県I市J町○丁目△番地T株式会社」、差し押さえるべき物を「本件に関連する覚せい剤、(中略)」とする捜索差押許可状(令状)が発付されていた。つまり、捜索すべき場所を管理しているT株式会社の管理権が及ぶ物を、被疑者・犯罪事実・差し押さえるべき物に適合する範囲内で有効期間内に捜査することが許されたのである。そこで捜査開始後に運び込まれた乙宛ての荷物を開封するという捜査①の行為がこの令状によって許された範囲を逸脱しないかが問題となり得る。
 まず、捜査開始後に運び込まれた荷物を捜索するのは適法である。捜索すべき場所に有効期間中存在すると想定される物には令状の審査が及んでいるからである。捜査の開始時間は捜査機関の裁量に委ねられているところ、仮に荷物が運び込まれてから捜査を開始していたとしたら当然適法に捜索できていたのだから、このことは明らかである。
 乙宛の荷物を開封して捜査するのも本件の事情下では適法である。捜査①以前の適法な甲の携帯電話の確認作業から、乙宛の荷物は宛名こそ乙であっても甲と乙の共有に属し、中身は覚せい剤であり、それを甲と乙が売る目的であったということがうかがわれた。また、荷物が届けられたのは乙の自宅ではなくT株式会社であった。こうした事情から、本件荷物にはT株式会社の管理権が及んでおり、令状に記載された被疑者・犯罪事実・差し押さえるべき物(甲が営利目的で所持している覚せい剤)にも適合するので、それを捜査するのは適法である。
 以上より、捜査①は本件捜索差押許可状から定まる捜査の必要性の範囲内であり、適法である。
 2.捜査②の適法性
 (1)捜索差押許可状に基づく捜索としての適法性
 上でしたのと同じ要領で適法性を考えると、乙のロッカーを解錠し、捜索を実施するということは、本件捜索差押許可状から定まる捜査の必要性の範囲を逸脱している。
 施錠された乙のロッカーにはT株式会社の管理権は及ばない。鍵のかけられたロッカーというのはプライバシーの度合いが高く、いくらそのロッカーが会社の備品でマスターキーもあったとしても、会社が勝手に開けられるものではない。この点において令状で許された範囲を超える。
 このように令状の範囲外で、捜索を拒否している乙のロッカーをマスターキーで解錠して捜索を実施するという捜査②は、捜索差押許可状に基づく捜索としては違法である。強制捜査を法の定めなしに行うことになるからである。
 (2)乙の現行犯逮捕に伴う捜索としての適法性
 冒頭で述べたように、220条1項2号に基づいて現行犯逮捕をする場合に、必要があるときは逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすることができる。これが許されているのは、逮捕の現場には証拠がある可能性が高く、それを隠滅されることを防ぐためである。逮捕というより侵害の度合いが強い行為が適法に行われているのだから、仮に捜索差押許可状の発付を請求したら当然認められる状況なので、適法に捜索・差押ができるのである。本件では、被疑者を乙、捜索すべき場所を逮捕の現場、有効期間を逮捕をする場合、その他の点では甲に対するものと同じである捜索差押許可状が発付されたと擬制できるのである。
 乙は社長室で逮捕されたが、そこに隣接している更衣室は逮捕の現場であると言える。同じ建物内で距離が近いということに加えて、更衣室と社長室などは機能分化しつつ一体の目的のもとに存在しており、証拠が更衣室にある可能性が高いからである。よって捜査②の行われた場所に問題はない。乙のロッカーを捜索することは、乙が被疑者となっているのでこの場合は問題にならない。また、逮捕の25分後なので逮捕をする場合であると言える。この時点でこのロッカーを捜索しておかないと、そのロッカーの中にある証拠が隠滅されることも十分考えられる。被疑事実と関連する乙の携帯電話や手帳等が存在する蓋然性も高い。
 以上より、乙の現行犯逮捕に伴う捜査としては適法である。

 

[設問2」
 公訴は、検察官がこれを行う(247条)が、被告人の氏名、公訴事実、罪名を記載した起訴状を提出してこれをしなければならない(256条1項、2項)。そして公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない(256条3項)。被告人はこの範囲で防御をして、裁判所もこの範囲で判決を下す。起訴状と判決にずれがあるように見えるときは、判決が起訴状の範囲内にあるのか範囲外に出てしまっているのかを検討しなければならない。
 資料1と資料2を見くらべると、判決には「丙と共謀の上」という文言が付け加えられている。これは起訴状の公訴事実の範囲外にある。公訴事実では一切共謀について触れられていないのに、判決でいきなり共謀が登場している。共謀の有無は決して些細な違いではないので、審判範囲がずれていることは明白である。本件では例外的に被告人である甲の防御権を侵害していないが、いきなり共謀を認定されると多くの場合は被告人の防御権を侵害することにもなる。よって少なくともこの判決に至る手続は違法であったと言える。もしこのような判決を下すのであれば、訴因変更が必要であった。本件では裁判所が訴因の変更を命じることになる(312条2項)。
 また、判決の内容そのものも違法である。証拠上存否を確定できない共謀を認定しているからである。確かに「疑わしきは被告人の利益に」という利益原則があるが、それは犯罪の成立の部分においてのみ妥当するのであり、犯情という情状の部分においては妥当しない。もしも情状の部分においても利益原則が妥当するとしたら、情状が不明な場合に常に被告人に有利になってしまい、不合理である。
 以上より、本件判決は手続と内容の両面で違法であり、本来は「丙と共謀の上」という文言を取り除いた判決を下すべきであった。

以上

 

感想

捜査開始後に宅配便が届けられた場合については判例も知っていたのに当たり前だと思い込んで答案に書かなかったのがもったいないです。あと、管理権という発想をできなかったのも反省です。[設問2]は時間がなかったこともあって乱暴な論を立ててしまいました。

 




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