平成27(2015)年司法試験予備試験論文再現答案商法

問題

 次の文章を読んで,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。

 

1.X株式会社(以下「X社」という。)は,昭和60年に設立され,「甲荘」という名称のホテルを経営していたが,平成20年から新たに高級弁当の製造販売事業を始め,これを全国の百貨店で販売するようになった。X社の平成26年3月末現在の資本金は5000万円,純資産額は1億円であり,平成25年4月から平成26年3月末までの売上高は20億円,当期純利益は5000万円である。
 X社は,取締役会設置会社であり,その代表取締役は,創業時からAのみが務めている。また,X社の発行済株式は,A及びその親族がその70%を,Bが残り30%をいずれも創業時から保有している。なお,Bは,X社の役員ではない。

2.X社の取締役であり,弁当事業部門本部長を務めるCは,消費期限が切れて百貨店から回収せざるを得ない弁当が多いことに頭を悩ませており,回収された弁当の食材の一部を再利用するよう,弁当製造工場の責任者Dに指示していた。

3.平成26年4月,上記2の指示についてDから相談を受けたAは,Cから事情を聞いた。Cは,食材の再利用をDに指示していることを認めた上で,「再利用する食材は新鮮なもののみに限定しており,かつ,衛生面には万全を期している。また,食材の再利用によって食材費をかなり節約できる。」などとAに説明した。これに対し,Aは,「衛生面には十分に気を付けるように。」と述べただけであった。

4.平成26年8月,X社が製造した弁当を食べた人々におう吐,腹痛といった症状が現れたため,X社の弁当製造工場は,直ちに保健所の調査を受けた。その結果,上記症状の原因は,再利用した食材に大腸菌が付着していたことによる食中毒であったことが明らかとなり,X社の弁当製造工場は,食品衛生法違反により10日間の操業停止となった。

5.X社は,損害賠償金の支払と事業継続のための資金を確保する目的で,「甲荘」の名称で営むホテル事業の売却先を探すこととした。その結果,平成26年10月,Y株式会社(以下「Y社」という。)に対し,ホテル事業を1億円で譲渡することとなった。X社は,その取締役会決議を経て,株主総会を開催し,ホテル事業をY社に譲渡することに係る契約について特別決議による承認を得た。当該特別決議は,Bを含むX社の株主全員の賛成で成立した。なお,X社とその株主は,いずれもY社の株式を保有しておらず,X社の役員とY社の役員を兼任している者はいない。また,X社及びY社は,いずれもその商号中に「甲荘」の文字を使用していない。

6.その後,Y社は,譲渡代金1億円をX社に支払い,ホテル事業に係る資産と従業員を継承し,かつ,ホテル事業に係る取引上の債務を引き受けてホテル事業を承継し,「甲荘」の経営を続けている。1億円の譲渡代金は,債務の引受けを前提としたホテル事業の価値に見合う適正な価額であった。

7.X社は,弁当の製造販売事業を継続していたが,売上げが伸びず,かつ,食中毒の被害者としてX社に損害賠償を請求する者の数が予想を大幅に超え,ホテル事業の譲渡代金を含めたX社の資産の全額によっても,被害者であるEらに対して損害の全額を賠償することができず,取引先への弁済もできないことが明らかとなった。そこで,X社は,平成27年1月,破産手続開始の申立てを行った。

8.Eらは,食中毒により被った損害のうち,なお1億円相当の額について賠償を受けられないでいる。また,X社の株式は,X社に係る破産手続開始の決定により,無価値となった。

9.Bは,X社の破産手続開始後,上記3の事実を知るに至った。

 

〔設問1〕
(1) A及びCは,食中毒の被害者であるEらに対し,会社法上の損害賠償責任を負うかについて,論じなさい。
(2) A及びCは,X社の株主であるBに対し,会社法上の損害賠償責任を負うかについて,論じなさい。

 

〔設問2〕
 ホテル事業をX社から承継したY社は,X社のEらに対する損害賠償債務を弁済する責任を負うかについて,論じなさい。

 

再現答案

以下会社法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
(1)役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う(429条1項)。「役員等」とは取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人である(423条1項)。
 A及びCはX社の取締役であり、役員等である。Eらが食した弁当を製造することはA及びCの職務である。その弁当に大腸菌が付着していたことをA及びCは知らなかったであろうが、回収した弁当の消費期限の切れた食材を再利用していたので重大な過失がある。Aは直接再利用していたわけではないが、Cから再利用していることの報告を受け、黙認していたので、代表取締役という立場を考慮すると、A及びCの共同行為であると言ってよい。消費期限の切れた食材を用いることは食中毒が発生する危険性が十分考えられる行為であり、予見可能性はあった。そして食中毒の発生を避けるためには消費期限の切れた食材を再利用しなければよいだけであり(再利用させなければよいだけであり)、回避可能性もあった。Eらが食中毒の被害を受けたのはX社の製造した弁当を食したせいであると明らかに認められる(問題文の4)。
 以上より、A及びCは、食中毒の被害者であるEらに対し、会社法上の損害賠償責任を負う。
(2)事実関係は(1)と同じなので、X社の株主であるBが、429条1項の第三者に当たるかを検討する。
 Bが被った損害は、X社の株式が無価値になったことである。株式の価値は会社の価値を反映したものである。会社が被った損害は、429条1項ではなく、423条1項に基づき賠償される。このような会社法の構造からすると、会社が損害を被り、会社の価値が低下し、株式の価値も下がった場合は、423条1項に基づき損害賠償をして会社の被った損害を回復させ、会社の価値を上げ、その結果株式の価値を取り戻すという道筋をたどるべきである。よって、X社の株主であるBは、429条1項の第三者には当たらない。
 本件のように、破産開始手続きが開始した場合には、423条1項で損害を回復させるのは極めて困難であるが、そうならないように、株主としては、取締役の行為を差止めたり(360条1項)、取締役を解任したり(339条1項)すべきであるので、この結論は妥当である。
 以上より、A及びCは、X社の株主であるBに対し、会社法上の損害賠償責任を負わない。

 

[設問2]
第1 事業譲渡の基本的性質
 事業譲渡は、合併(748条)とは異なり、通常の商品の売買と同じであり、その事業以外に影響が及ぶことは基本的にはない。譲渡された事業に従事していた従業員の雇用契約も、当然には承継されず、締結し直さなければならない。しかしながら、場合によっては合併と同じような状態になるので、一定の規制に服している。
第2 事業譲渡に関する諸規制
 譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合には、その譲受会社も、譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負う(22条1項)。Y社は商号を続用していないので、これにより責任を負うことはない。債務引受けの広告をしたという事実も認められないので、23条1項の責任も負わない。譲渡会社が譲受会社に承継されない債務の債権者を害することを知って事業を譲渡した場合には、残存債権者は、その譲受会社に対して、承継した財産の価額を限度として、当該債務の履行を請求することができる(23条の2第1項前段)。ただし、その譲受会社が事業の譲渡の効力が生じた時において残存債権者を害すべき事実を知らなかったときは、この限りでない(23条の2第1項後段)。Y社としては、事業譲渡は価格・手続きとも適正に行われていたので、事業の譲渡の効力が生じた時において残存債権者を害すべき事実を知らなかったと言える。よって前段について検討するまでもなく、Y社は責任を負わない。
第3 結論
 以上より、ホテル事業をX社から承継したY社は、X社のEらに対する損害賠償債務を弁済する責任を負わない。なお、X社とY社の法人格を否認して、同一視し、Y社に責任を負わせるべきだという事情はない。

以上

 

感想

表現が拙く、論点の抜け落ちもありそうですが、最低限の記述はできたかなと思っております。

 



  • 設問1(1)については、法定責任説から悪意重過失の対象が任務懈怠であるとしたうえで、ACの行為がこれにあたるかを検討すべきであるように思います。
    その中で、食品衛生法が遵守すべき「法令」(355)にあたるか、取締役会非上呈事項に対する監督義務があるか、などが問題になるのではないでしょうか。

    設問2については、22条1項の類推適用(名称の続用)の問題でしたね。

    • 匿名様

      ご指摘の通りです。

      設問1(1)については、民法709条の不法行為と同じかなと思いながら漠然と記述してしまいました。429条を民法709条の特則だと考えるにしても、それならそうと明記すべきですし、やはりそう考えるのは特則でわざわざ責任を軽減することになり変です。

      設問2については、22条1項の類推適用(名称の続用)の問題だとは思い至りませんでした。「商号の続用はされていないが、『甲荘』というホテルの名称は続用されているので、22条1項を類推適用して譲受会社も責任を負うのではないかという主張もあり得るが、『甲荘』というのはX社が営む事業の中の1つのホテルの名称に過ぎず、X社・Y社ともその商号中に『甲荘』の文字を使用していないので、この主張は行き過ぎである。Eらとしても、『甲荘』に宿泊して食中毒になったのではなく百貨店で販売されていた弁当を食べて食中毒になったので、責任追及の対象はX社であって『甲荘』であるとは思っていなかったはずである。」くらいの記述を付け加えたいです。

  • 問題文中に破産手続開始決定があったと明示されていますね
    出題者としては詐害的会社分割は問題にならないこと前提に(23条の2第3項)、どう考えるかを問いたかったのでしょう
    改正直後ということで、23条の2に飛びついてそれで終わってしまった受験生も結構いそうです

    • 受験生様

      確かにそうですね。法改正があれば周辺事項も含めてしっかり理解するようにするのが理想的です。


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