刑法論証集のための判例引用リンク集

類推解釈の禁止

最判昭和30.3.1

 所論は、単なる法令違反の主張であるから、刑訴四〇五条の上告理由にあたらない。しかし、昭和二四年九月一九日人事院規則一四―七「政治的行為」五項一号にいう「特定の候補者」とは、所論のとおり、「法令の規定に基く立候補届出または推薦届出により、候補者としての地位を有するに至つた特定人」を指すものと解すべきであつて、原判決が、「立候補しようとする特定人」もこれに含まれるものと解したのは、あやまりであるといわなければならない。けだし、「特定の候補者」というのが、「立候補しようとする特定人」を含むものと解することは、用語の普通の意義からいつて無理であり、同規則の他の条項ないし他の法令との関係で、ぜひそのように解さなければならないような特段の根拠があるわけでもないのに、「国家公務員法一〇二条の精神に背反する」というような理由から、刑罰法令につき類推拡張解釈をとることは、あきらかに不当というべきだからである(同規則五項一号の「候補者」とは、右のように、立候補届出または推薦届出により候補者としての地位を有するに至つたものをいうのであり、候補者としての地位を有するに至らない者を支持しまたはこれに反対することが、同号に含まれないことについては、所論の指摘するとおり、人事院当局自身のはつきりした行政解釈が存在する。なお、以上のように解する結果、国家公務員が、立候補しようとする特定人を支持して選挙運動を行うことは、政治的行為の制限に関する国家公務員法の罰則にふれないことになつても、それが、事前運動禁止に関する公職選挙法の一般的罰則にふれるものであることは、いうまでもない)。

 

間接正犯

最決昭和58.9.21

 所論にかんがみ、職権をもつて判断すると、原判決及びその是認する第一審判決の認定したところによれば、被告人は、当時一二歳の養女Aを連れて四国a等を巡礼中、日頃被告人の言動に逆らう素振りを見せる都度顔面にタバコの火を押しつけたりドライバーで顔をこすつたりするなどの暴行を加えて自己の意のままに従わせていた同女に対し、本件各窃盗を命じてこれを行わせたというのであり、これによれば、被告人が、自己の日頃の言動に畏怖し意思を抑圧されている同女を利用して右各窃盗を行つたと認められるのであるから、たとえ所論のように同女が是非善悪の判断能力を有する者であつたとしても、被告人については本件各窃盗の間接正犯が成立すると認めるべきである。

 

因果関係

最決平成4.12.17(スキューバダイビング事件)

 右事実関係の下においては、被告人が、夜間潜水の講習指導中、受講生らの動向に注意することなく不用意に移動して受講生らのそばから離れ、同人らを見失うに至った行為は、それ自体が、指導者からの適切な指示、誘導がなければ事態に適応した措置を講ずることができないおそれがあった被害者をして、海中で空気を使い果たし、ひいては適切な措置を講ずることもできないままに、でき死させる結果を引き起こしかねない危険性を持つものであり、被告人を見失った後の指導補助者及び被害者に適切を欠く行動があったことは否定できないが、それは被告人の右行為から誘発されたものであって、被告人の行為と被害者の死亡との間の因果関係を肯定するに妨げないというべきである。右因果関係を肯定し、被告人につき業務上過失致死罪の成立を認めた原判断は、正当として是認することができる。

 

不真正不作為犯

最決平成17.7.4(シャクティパット事件)

【要旨】以上の事実関係によれば,被告人は,自己の責めに帰すべき事由により患者の生命に具体的な危険を生じさせた上,患者が運び込まれたホテルにおいて,被告人を信奉する患者の親族から,重篤な患者に対する手当てを全面的にゆだねられた立場にあったものと認められる。その際,被告人は,患者の重篤な状態を認識し,これを自らが救命できるとする根拠はなかったのであるから,直ちに患者の生命を維持するために必要な医療措置を受けさせる義務を負っていたものというべきである。それにもかかわらず,未必的な殺意をもって,上記医療措置を受けさせないまま放置して患者を死亡させた被告人には,不作為による殺人罪が成立し,殺意のない患者の親族との間では保護責任者遺棄致死罪の限度で共同正犯となると解するのが相当である。

 

故意

最判平成1.7.18

 しかしながら、変更届受理によつて被告会社に対する営業許可があつたといえるのかどうかという問題はさておき、被告人が変更届受理によつて被告会社に対する営業許可があつたと認識し、以後はその認識のもとに本件浴場の経営を担当していたことは、明らかというべきである。すなわち、記録によると、被告人は、昭和四七年になりDの健康が悪化したことから、本件浴場につき被告会社名義の営業許可を得たい旨を静岡県議会議員E(以下「E県議」という。)を通じて静岡県衛生部に陳情し、同部公衆衛生課長補佐Fから変更届及びこれに添付する書類の書き方などの教示を受けてこれらを作成し、静岡市南保健所に提出したのであるが、その受理前から、同課長補佐及び同保健所長Gらから県がこれを受理する方針である旨を聞いており、受理後直ちにそのことがE県議を通じて連絡されたので、被告人としては、この変更届受理により被告会社に対する営業許可がなされたものと認識していたこと、変更届受理の前後を問わず、被告人ら被告会社関係者において、本件浴場を営業しているのが被告会社であることを秘匿しようとしたことはなかつたが、昭和五六年三月に静岡市議会で変更届受理が問題になり新聞等で報道されるようになるまでは、本件浴場の定期的検査などを行つてきた静岡市南保健所からはもちろん誰からも被告会社の営業許可を問題とされたことがないこと、昭和五六年五月一九日に静岡県知事から被告会社に対して変更届ないしその受理が無効である旨の通知がなされているところ、被告会社はそれ以前の同年四月二六日に自発的に本件浴場の経営を中止していること、以上の事実が認められ、被告人が変更届受理によつて被告会社に対する営業許可があつたとの認識のもとに本件浴場の経営を担当していたことは明らかというべきである。なお、原判決が指摘する昭和四一年法律第九一号による風俗営業等取締法の改正、同年静岡県条例第五六号による同県風俗営業等取締法施行条例(昭和三四年同県条例第一八号)の改正、昭和四二、三年ころの被告人による顧問弁護士に対する相談、E県議の関与などの諸点は、右認定を左右するものではない。
 してみると、本件公訴事実中変更届受理後の昭和四七年一二月一二日から昭和五六年四月二六日までの本件浴場の営業については、被告人には「無許可」営業の故意が認められないことになり、被告人及び被告会社につき、公衆浴場法上の無許可営業罪は成立しない。

 

過失

最決平成20.3.3(薬害エイズ厚生省事件)

 確かに,行政指導自体は任意の措置を促す事実上の措置であって,これを行うことが法的に義務付けられるとはいえず,また,薬害発生の防止は,第一次的には製薬会社や医師の責任であり,国の監督権限は,第二次的,後見的なものであって,その発動については,公権力による介入であることから種々の要素を考慮して行う必要があることなどからすれば,これらの措置に関する不作為が公務員の服務上の責任や国の賠償責任を生じさせる場合があるとしても,これを超えて公務員に個人としての刑事法上の責任を直ちに生じさせるものではないというべきである。
 しかしながら,前記事実関係によれば,本件非加熱製剤は,当時広範に使用されていたところ,同製剤中にはHIVに汚染されていたものが相当量含まれており,医学的には未解明の部分があったとしても,これを使用した場合,HIVに感染してエイズを発症する者が現に出現し,かつ,いったんエイズを発症すると,有効な治療の方法がなく,多数の者が高度のがい然性をもって死に至ること自体はほぼ必然的なものとして予測されたこと,当時は同製剤の危険性についての認識が関係者に必ずしも共有されていたとはいえず,かつ,医師及び患者が同製剤を使用する場合,これがHIVに汚染されたものかどうか見分けることも不可能であって,医師や患者においてHIV感染の結果を回避することは期待できなかったこと,同製剤は,国によって承認が与えられていたものであるところ,その危険性にかんがみれば,本来その販売,使用が中止され,又は,少なくとも,医療上やむを得ない場合以外は,使用が控えられるべきものであるにもかかわらず,国が明確な方針を示さなければ,引き続き,安易な,あるいはこれに乗じた販売や使用が行われるおそれがあり,それまでの経緯に照らしても,その取扱いを製薬会社等にゆだねれば,そのおそれが現実化する具体的な危険が存在していたことなどが認められる。
 このような状況の下では,薬品による危害発生を防止するため,薬事法69条の2の緊急命令など,厚生大臣が薬事法上付与された各種の強制的な監督権限を行使することが許容される前提となるべき重大な危険の存在が認められ,薬務行政上,その防止のために必要かつ十分な措置を採るべき具体的義務が生じたといえるのみならず,刑事法上も,本件非加熱製剤の製造,使用や安全確保に係る薬務行政を担当する者には,社会生活上,薬品による危害発生の防止の業務に従事する者としての注意義務が生じたものというべきである。
 そして,防止措置の中には,必ずしも法律上の強制監督措置だけではなく,任意の措置を促すことで防止の目的を達成することが合理的に期待できるときは,これを行政指導というかどうかはともかく,そのような措置も含まれるというべきであり,本件においては,厚生大臣が監督権限を有する製薬会社等に対する措置であることからすれば,そのような措置も防止措置として合理性を有するものと認められる。
 被告人は,エイズとの関連が問題となった本件非加熱製剤が,被告人が課長である生物製剤課の所管に係る血液製剤であることから,厚生省における同製剤に係るエイズ対策に関して中心的な立場にあったものであり,厚生大臣を補佐して,薬品による危害の防止という薬務行政を一体的に遂行すべき立場にあったのであるから,被告人には,必要に応じて他の部局等と協議して所要の措置を採ることを促すことを含め,薬務行政上必要かつ十分な対応を図るべき義務があったことも明らかであり,かつ,原判断指摘のような措置を採ることを不可能又は困難とするような重大な法律上又は事実上の支障も認められないのであって,本件被害者の死亡について専ら被告人の責任に帰すべきものでないことはもとよりとしても,被告人においてその責任を免れるものではない。

 

正当行為

最判昭和48.4.25(国労久留米駅事件)

 ところで、勤労者の組織的集団行動としての争議行為に際して行なわれた犯罪構成要件該当行為について刑法上の違法性阻却事由の有無を判断するにあたつては、その行為が争議行為に際して行なわれたものであるという事実をも含めて、当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを判定しなければならないのである。

 

正当防衛

最判昭和46.11.16(くり小刀事件)

 刑法三六条にいう「急迫」とは、法益の侵害が現に存在しているか、または間近に押し迫つていることを意味し、その侵害があらかじめ予期されていたものであるとしても、そのことからただちに急迫性を失うものと解すべきではない。

(中略)

 刑法三六条の防衛行為は、防衛の意思をもつてなされることが必要であるが、相手の加害行為に対し憤激または逆上して反撃を加えたからといつて、ただちに防衛の意思を欠くものと解すべきではない。

 

緊急避難

最判昭和35.2.4

 しかし、職権をもつて調査すると、原審は、本件吊橋を利用する者は夏から秋にかけて一日平均約二、三十人、冬から春にかけても一日平均二、三人を数える有様であつたところ、右吊橋は腐朽甚しく、両三度に亘る補強にも拘らず通行の都度激しく動揺し、いつ落下するかも知れないような極めて危険な状態を呈していたとの事実を認定し、その動揺により通行者の生命、身体等に対し直接切迫した危険を及ぼしていたもの、すなわち通行者は刑法三七条一項にいわゆる「現在の危難」に直面していたと判断しているのである。しかし、記録によれば、右吊橋は二〇〇貫ないし三〇〇貫の荷馬車が通る場合には極めて危険であつたが、人の通行には差支えなく(被告人Aの差戻前第二審公判の供述五二五丁以下、同Bの供述五三七丁、証人Cの原審における尋問調書六八三丁以下等参照)、しかも右の荷馬車も、村当局の重量制限を犯して時に通行する者があつた程度であつたことが窺える(被告人Bの前掲供述、原審における証人Dの証言七一六丁等参照)のであつて、果してしからば、本件吊橋の動揺による危険は、少くとも本件犯行当時たる昭和二八年二月二一日頃の冬期においては原審の認定する程に切迫したものではなかつたのではないかと考えちれる。更に、また原審は、被告人等の本件所為は右危険を防止するためやむことを得ざるに出でた行為であつて、ただその程度を超えたものであると判断するのであるが、仮に本件吊橋が原審認定のように切迫した危険な状態にあつたとしても、その危険を防止するためには、通行制限の強化その他適当な手段、方法を講ずる余地のないことはなく、本件におけるようにダイナマイトを使用してこれを爆破しなければ右危険を防止しえないものであつたとは到底認められない。しからば被告人等の本件所為については、緊急避難を認める余地なく、従つてまた過剰避難も成立しえないものといわなければならない。

 

原因において自由な行為

最判昭和26.1.17

 本件殺人の点に関する公訴事実に対し、原判決の判示によれば「然しながら……被告人には精神病の遺伝的素質が潜在すると共に、著しい回帰性精神病者的顕在症状を有するため、犯時甚しく多量に飲酒したことによつて病的酩酊に陥り、ついに心神喪失的状盤において右殺人の犯罪を行つたことが認められる」旨認定判断し、もつてこの点に対し無罪の言渡をしているのである。しかしながら、本件被告人の如く、多量に飲酒するときは病的酩酊に陥り、因つて心神喪失の状態において他人に犯罪の害悪を及ぽす危険ある素質を有する者は、居常右心神喪失の原因となる飲酒を抑止又は制限する等前示危険の発生を未然に防止するよう注意する義務あるものといわねばならない。しからば、たとえ原判決認定のように、本件殺人の所為は被告人の心神喪失時の所為であつたとしても、(イ)被告人にして既に前示のような己れの素質を自覚していたものであり且つ(ロ)本件事前の飲酒につき前示注意義務を怠つたがためであるとするならば、被告人は過失致死の罪責を免れ得ないものといわねばならない。そして、本件殺人の公訴事実中には過失致死の事実をも包含するものと解するを至当とすべきである。しからは原審は本件殺人の点に関する公訴事実に対し、単に被告人の犯時における精神状態のみによつてその責任の有無を決することなく、進んで上示(イ)(ロ)の各点につき審理判断し、もつてその罪責の有無を決せねばならいものであるにかかわらず、原審は以上の点につき判断を加えているものと認められないことは、その判文に照し明瞭である。しからば原判決には、以上の点において判断遣脱又は審判の請求を受けた事件につき判決をなさなかつた、何れかの違法ありというの外なく、即ち論旨はこの点において理由ありといわねばならない。

 

実行の着手

最決平成16.3.22(クロロホルム事件)

 【要旨1】上記1の認定事実によれば,実行犯3名の殺害計画は,クロロホルムを吸引させてVを失神させた上,その失神状態を利用して,Vを港まで運び自動車ごと海中に転落させてでき死させるというものであって,第1行為は第2行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠なものであったといえること,第1行為に成功した場合,それ以降の殺害計画を遂行する上で障害となるような特段の事情が存しなかったと認められることや,第1行為と第2行為との間の時間的場所的近接性などに照らすと,第1行為は第2行為に密接な行為であり,実行犯3名が第1行為を開始した時点で既に殺人に至る客観的な危険性が明らかに認められるから,その時点において殺人罪の実行の着手があったものと解するのが相当である。また,【要旨2】実行犯3名は,クロロホルムを吸引させてVを失神させた上自動車ごと海中に転落させるという一連の殺人行為に着手して,その目的を遂げたのであるから,たとえ,実行犯3名の認識と異なり,第2行為の前の時点でVが第1行為により死亡していたとしても,殺人の故意に欠けるところはなく,実行犯3名については殺人既遂の共同正犯が成立するものと認められる。そして,実行犯3名は被告人両名との共謀に基づいて上記殺人行為に及んだものであるから,被告人両名もまた殺人既遂の共同正犯の罪責を負うものといわねばならない。したがって,被告人両名について殺人罪の成立を認めた原判断は,正当である。

 

不能犯と未遂犯

最判昭和37.3.23

 所論は、判例違反をいうが、所論引用の判例は事案を異にする本件には適切でないから、その前提を缺き不適法であり、その余は事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由に当らない(なお、所論は、人体に空気を注射し、いわゆる空気栓塞による殺人は絶対に不可能であるというが、原判決並びにその是認する第一審判決は、本件のように静脈内に注射された空気の量が致死量以下であつても被注射者の身体的条件その他の事情の如何によつては死の結果発生の危険が絶対にないとはいえないと判示しており、右判断は、原判示挙示の各鑑定書に照らし肯認するに十分であるから、結局、この点に関する所論原判示は、相当であるというべきである。)。

 

中止犯

最判昭和24.7.9

 しかし、被告人が所論強姦の所為を中止した原由として原判決の認定したところは、これを原判決摘示の事実と、これが証拠として挙示されたところについて見れば、当夜は一〇月一六日の午後六時半過ぎて、すでにあたりはまつくらであり、被告人は人事不省に陥つている被害者を墓地内に引摺り込み、その上になり、姦淫の所為に及ぼうとしたが被告人は当時二三歳で性交の経験が全くなかつたため、容易に目的を遂げず、かれこれ焦慮している際突然約一丁をへだてたa駅に停車した電車の前燈の直射を受け、よつて犯行の現場を照明されたのみならず、その明りによつて、被害者の陰部に挿入した二指を見たところ、赤黒い血が人差指から手の甲か伝わり手首まで一面に附着していたので、性交に経験のない被告人は、その出血に驚愕して姦淫の行為を中止したというにあることがわかる。かくのごとき諸般の情況は被告人をして強姦の遂行を思い止まらしめる障礙の事情として、客観性のないものとはいえないのであつて被告人が久保田弁護人所論のように反省悔悟して、その所為を中止したとの事実は、原判決の認定せざるところである。また驚愕が犯行中止の動機であることは、矢部弁護人所論のとおりであるけれども、その驚愕の原因となつた諸般の事情を考慮するときは、それが被告人の強姦の遂行に障礙となるべき客観性ある事情であることは前述のとおりである以上、本件被告人の所為を以て、原判決が障礙未遂に該当するものとし、これを中止未遂にあらずと判定したのは相当であつて何ら所論のごとき違法はない。

 

共謀共同正犯

最判昭和33.5.28(練馬事件)

 共謀共同正犯が成立するには、二人以上の者が、特定の犯罪を行うため、共同意思の下に一体となつで互に他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をなし、よつて犯罪を実行した事実が認められなければならない。したがつて右のような関係において共謀に参加した事実が認められる以上、直接実行行為に関与しない者でも、他人の行為をいわば自己の手段として犯罪を行つたという意味において、その間刑責の成立に差異を生ずると解すべき理由はない。さればこの関係において実行行為に直接関与したかどうか、その分担または役割のいかんは右共犯の刑責じたいの成立を左右するものではないと解するを相当とする。他面ここにいう「共謀」または「謀議」は、共謀共同正犯における「罪となるべき事実」にほかならないから、これを認めるためには厳格な証明によらなければならないこというまでもない。しかし「共謀」の事実が厳格な証明によつて認められ、その証拠が判決に挙示されている以上、共謀の判示は、前示の趣旨において成立したことが明らかにされれば足り、さらに進んで、謀議の行われた日時、場所またはその内容の詳細、すなわち実行の方法、各人の行為の分担役割等についていちいち具体的に判示することを要するものではない。

 

教唆犯

最判昭和26.12.6

 教唆犯の成立には、ただ漠然と特定しない犯罪を惹起せしめるに過ぎないような行為だけでは足りないけれども、いやしくも一定の犯罪を実行する決意を相手方に生ぜしめるものであれば足りるものであつて、これを生ぜしめる手段、方法が指示たると指揮たると、命令たると嘱託たると、誘導たると慫慂たるとその他の方法たるとを問うものではない。

 

幇助犯

最決平成23.12.19(Winny事件)

(1) 刑法62条1項の従犯とは,他人の犯罪に加功する意思をもって,有形,無形の方法によりこれを幇助し,他人の犯罪を容易ならしむるものである(最高裁昭和24年(れ)第1506号同年10月1日第二小法廷判決・刑集3巻10号1629頁参照)。すなわち,幇助犯は,他人の犯罪を容易ならしめる行為を,それと認識,認容しつつ行い,実際に正犯行為が行われることによって成立する。原判決は,インターネット上における不特定多数者に対する価値中立ソフトの提供という本件行為の特殊性に着目し,「ソフトを違法行為の用途のみに又はこれを主要な用途として使用させるようにインターネット上で勧めてソフトを提供する場合」に限って幇助犯が成立すると解するが,当該ソフトの性質(違法行為に使用される可能性の高さ)や客観的利用状況のいかんを問わず,提供者において外部的に違法使用を勧めて提供するという場合のみに限定することに十分な根拠があるとは認め難く,刑法62条の解釈を誤ったものであるといわざるを得ない。
(2) もっとも,Winnyは,1,2審判決が価値中立ソフトと称するように,適法な用途にも,著作権侵害という違法な用途にも利用できるソフトであり,これを著作権侵害に利用するか,その他の用途に利用するかは,あくまで個々の利用者の判断に委ねられている。また,被告人がしたように,開発途上のソフトをインターネット上で不特定多数の者に対して無償で公開,提供し,利用者の意見を聴取しながら当該ソフトの開発を進めるという方法は,ソフトの開発方法として特異なものではなく,合理的なものと受け止められている。新たに開発されるソフトには社会的に幅広い評価があり得る一方で,その開発には迅速性が要求されることも考慮すれば,かかるソフトの開発行為に対する過度の萎縮効果を生じさせないためにも,単に他人の著作権侵害に利用される一般的可能性があり,それを提供者において認識,認容しつつ当該ソフトの公開,提供をし,それを用いて著作権侵害が行われたというだけで,直ちに著作権侵害の幇助行為に当たると解すべきではない。かかるソフトの提供行為について,幇助犯が成立するためには,一般的可能性を超える具体的な侵害利用状況が必要であり,また,そのことを提供者においても認識,認容していることを要するというべきである。すなわち,ソフトの提供者において,当該ソフトを利用して現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識,認容しながら,その公開,提供を行い,実際に当該著作権侵害が行われた場合や,当該ソフトの性質,その客観的利用状況,提供方法などに照らし,同ソフトを入手する者のうち例外的とはいえない範囲の者が同ソフトを著作権侵害に利用する蓋然性が高いと認められる場合で,提供者もそのことを認識,認容しながら同ソフトの公開,提供を行い,実際にそれを用いて著作権侵害(正犯行為)が行われたときに限り,当該ソフトの公開,提供行為がそれらの著作権侵害の幇助行為に当たると解するのが相当である。

 

共犯と身分

最判昭和42.3.7

 職権によつて調査するに、麻薬取締法六四条一項は、同法一二条一項の規定に違反して麻薬を輸入した者は一年以上の有期懲役に処する旨規定し、同法六四条二項は、営利の目的で前項の違反行為をした者は無期若しくは三年以上の懲役に処し、又は情状により無期若しくは三年以上の懲役及び五百万円以下の罰金に処する旨規定している。これによつてみると、同条は、同じように同法一二条一項の規定に違反して麻薬を輸入した者に対しても、犯人が営利の目的をもつていたか否かという犯人の特殊な状態の差異によつて、各犯人に科すべき刑に軽重の区別をしているものであつて、刑法六五条二項にいう「身分ニ因リ特ニ刑ノ軽重アルトキ」に当るものと解するのが相当である。そうすると、営利の目的をもつ者ともたない者とが、共同して麻薬取締法一二条一項の規定に違反して麻薬を輸入した場合には、刑法六五条二項により、営利の目的をもつ者に対しては麻薬取締法六四条二項の刑を、営利の目的をもたない者に対しては同条一項の刑を科すべきものといわなければならない。

 

承継的共犯

最決平成24.11.6

そこで検討すると,前記1の事実関係によれば,被告人は,Aらが共謀してCらに暴行を加えて傷害を負わせた後に,Aらに共謀加担した上,金属製はしごや角材を用いて,Dの背中や足,Cの頭,肩,背中や足を殴打し,Dの頭を蹴るなど更に強度の暴行を加えており,少なくとも,共謀加担後に暴行を加えた上記部位についてはCらの傷害(したがって,第1審判決が認定した傷害のうちDの顔面両耳鼻部打撲擦過とCの右母指基節骨骨折は除かれる。以下同じ。)を相当程度重篤化させたものと認められる。この場合,被告人は,共謀加担前にAらが既に生じさせていた傷害結果については,被告人の共謀及びそれに基づく行為がこれと因果関係を有することはないから,傷害罪の共同正犯としての責任を負うことはなく,共謀加担後の傷害を引き起こすに足りる暴行によってCらの傷害の発生に寄与したことについてのみ,傷害罪の共同正犯としての責任を負うと解するのが相当である。原判決の上記2の認定は,被告人において,CらがAらの暴行を受けて負傷し,逃亡や抵抗が困難になっている状態を利用して更に暴行に及んだ趣旨をいうものと解されるが,そのような事実があったとしても,それは,被告人が共謀加担後に更に暴行を行った動機ないし契機にすぎず,共謀加担前の傷害結果について刑事責任を問い得る理由とはいえないものであって,傷害罪の共同正犯の成立範囲に関する上記判断を左右するものではない。そうすると,被告人の共謀加担前にAらが既に生じさせていた傷害結果を含めて被告人に傷害罪の共同正犯の成立を認めた原判決には,傷害罪の共同正犯の成立範囲に関する刑法60条,204条の解釈適用を誤った法令違反があるものといわざるを得ない。

 

共犯からの離脱(中止犯)

最決平成1.6.26

 一 傷害致死の点について、原判決(原判決の是認する一審判決の一部を含む。)が認定した事実の要旨は次のとおりである。(1) 被告人は、一審相被告人のAの舎弟分であるが、両名は、昭和六一年一月二三日深夜スナツクで一緒に飲んでいた本件被害者のBの酒癖が悪く、再三たしなめたのに、逆に反抗的な態度を示したことに憤慨し、同人に謝らせるべく、車でA方に連行した。(2) 被告人は、Aとともに、一階八畳間において、Bの態度などを難詰し、謝ることを強く促したが、同人が頑としてこれに応じないで反抗的な態度をとり続けたことに激昂し、その身体に対して暴行を加える意思をAと相通じた上、翌二四日午前三時三〇分ころから約一時間ないし一時間半にわたり、竹刀や木刀でこもごも同人の顔面、背部等を多数回殴打するなどの暴行を加えた。(3) 被告人は、同日午前五時過ぎころ、A方を立ち去つたが、その際「おれ帰る」といつただけで、自分としてはBに対しこれ以上制裁を加えることを止めるという趣旨のことを告げず、Aに対しても、以後はBに暴行を加えることを止めるよう求めたり、あるいは同人を寝かせてやつてほしいとか、病院に連れていつてほしいなどと頼んだりせずに、現場をそのままにして立ち去つた。(4) その後ほどなくして、Aは、Bの言動に再び激昂して、「まだシメ足りないか」と怒鳴つて右八畳間においてその顔を木刀で突くなどの暴行を加えた。(5)Bは、そのころから同日午後一時ころまでの間に、A方において甲状軟骨左上角骨折に基づく頸部圧迫等により窒息死したが、右の死の結果が被告人が帰る前に被告人とAがこもごも加えた暴行にようて生じたものか、その後のAによる前記暴行により生じたものかは断定できない。
 二 右事実関係に照らすと、被告人が帰つた時点では、Aにおいてなお制裁を加えるおそれが消滅していなかつたのに、被告人において格別これを防止する措置を講ずることなく、成り行きに任せて現場を去つたに過ぎないのであるから、Aとの間の当初の共犯関係が右の時点で解消したということはできず、その後のAの暴行も右の共謀に基づくものと認めるのが相当である。そうすると、原判決がこれと同旨の判断に立ち、かりにBの死の結果が被告人が帰つた後にAが加えた暴行によつて生じていたとしても、被告人は傷害致死の責を負うとしたのは、正当である。

 

観念的競合

最判昭和49.5.29

 しかしながら、刑法五四条一項前段の規定は、一個の行為が同時に数個の犯罪構成要件に該当して数個の犯罪が競合する場合において、これを処断上の一罪として刑を科する趣旨のものであるところ、右規定にいう一個の行為とは、法的評価をはなれ構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで、行為者の動態が社会的見解上一個のものとの評価をうける場合をいうと解すべきである。
 ところで、本件の事例のような、酒に酔つた状態で自動車を運転中に過つて人身事故を発生させた場合についてみるに、もともと自動車を運転する行為は、その形態が、通常、時間的継続と場所的移動とを伴うものであるのに対し、その過程において人身事故を発生させる行為は、運転継続中における一時点一場所における事象であつて、前記の自然的観察からするならば、両者は、酒に酔つた状態で運転したことが事故を惹起した過失の内容をなすものかどうかにかかわりなく、社会的見解上別個のものと評価すべきであつて、これを一個のものとみることはできない。
 したがつて、本件における酒酔い運転の罪とその運転中に行なわれた業務上過失致死の罪とは併合罪の関係にあるものと解するのが相当であり、原判決のこの点に関する結論は正当というべきである。以上の理由により、当裁判所は、所論引用の最高裁判所の判例を変更して、原判決の判断を維持するのを相当と認めるので、結局、最高裁判所の判例違反をいう論旨は原判決破棄の理由とはなりえないものである。

 

殺人罪と自殺関与罪

最判昭和33.11.21

 同第二点は判例違反を主張するのであるが、所論掲記の大審院判決(昭和八年(れ)第一二七号同年四月一九日言渡、集一二巻四七一頁)の要旨は「詐言ヲ以テ被害者ヲ錯誤ニ陥ラシメ之ヲシテ自殺スルノ意思ナク自ラ頸部ヲ縊リ一時仮死状態ト為ルモ再ヒ蘇生セシメラルヘシト誤信セシメ自ラ其ノ頸部ヲ縊リテ死亡スルニ至ラシメタルトキハ殺人罪ヲ構成ス」というのであり、又次の大審院判決(昭和九年(れ)第七五七号同年八月二七日言渡、集一三巻一〇八六頁)の要旨は「自殺ノ何タルカヲ理解スルノ能力ナキ幼児ハ自己ヲ殺害スルコトヲ嘱託シ又ハ殺害ヲ承諾スルノ能力ナキモノトス」というのであつて、原判決はこれらを本件被害者の「心中の決意実行は正常な自由意思によるものではなく、全く被告人の欺罔に基くものであり、被告人は同女の命を断つ手段としてかかる方法をとつたに過ぎない」から「被告人には心中する意思がないのにこれある如く装い、その結果同女をして被告人が追死してくれるものと誤信したことに因り心中を決意せしめ、被告人がこれに青化ソーダを与えて嚥下せしめ同女を死亡せしめた」被告人の所為は殺人罪に当り単に自殺関与罪に過ぎないものてはない、という判示に参照として引用したものである。してみれば、原判決の意図するところは、被害者の意思に重大な瑕疵がある場合においては、それが被害者の能力に関するものであると、はたまた犯人の欺罔による錯誤に基くものであるとを問わず、要するに被害者の自由な真意に基かない場合は刑法二〇二条にいう被殺者の嘱託承諾としては認め得られないとの見解の下に、本件被告人の所為を殺人罪に問擬するに当り如上判例を参照として掲記したものというべく、そしてこの点に関する原判断は正当であつて、何ら判例に違反する判断あるものということはできない。所論はまた前記大審院判例の事案は真実自殺する意思なきものの自殺行為を利用して殺害した場合であるに対し、本件被害者は死を認識決意していたものであり錯誤は単に動機縁由に関するものにすぎないが故に判例違反の違法があるというが、その主張は事実誤認を前提とするか独自の見解の下に原判示を曲解した論難というべきであつて採用できない。(なお所論高裁判例は正に本件と趣旨を同じくするものであり、所論は事実誤認を前提とするもので採用できない。)
 同第三点は、本件被害者は自己の死そのものにつき誤認はなく、それを認識承諾していたものであるが故に刑法上有効な承諾あるものというべく、本件被告人の所為を殺人罪に問擬した原判決は法律の解釈を誤つた違法があると主張するのであるが、本件被害者は被告人の欺罔の結果被告人の追死を予期して死を決意したものであり、その決意は真意に添わない重大な瑕疵ある意思であることが明らかである。そしてこのように被告人に追死の意思がないに拘らず被害者を欺罔し被告人の追死を誤信させて自殺させた被告入の所為は通常の殺人罪に該当するものというべく、原判示は正当であつて所論は理由がない。

 

傷害

最判昭和27.6.6

 しかし、傷害罪は他人の身体の生理的機能を毀損するものである以上、その手段が何であるかを問はないのであり、本件のごとく暴行によらずに病毒を他人に感染させる場合にも成立するのである。従つて、これと見解を異にする論旨は採用できない(所論引用の判例は暴行を手段とした傷害の案件に関するものであつて、本件には適切でない。)

 

同意傷害

最決昭和55.11.13

 なお、被害者が身体傷害を承諾したばあいに傷害罪が成立するか否かは、単に承諾が存在するという事実だけでなく、右承諾を得た動機、目的、身体傷害の手段、方法、損傷の部位、程度など諸般の事情を照らし合せて決すべきものであるが、本件のように、過失による自動車衝突事故であるかのように装い保険金を騙取する目的をもつて、被害者の承諾を得てその者に故意に自己の運転する自動車を衝突させて傷害を負わせたばあいには、右承諾は、保険金を騙取するという違法な目的に利用するために得られた違法なものであつて、これによつて当該傷害行為の違法性を阻却するものではないと解するのが相当である。したがつて本件は、原判決の認めた業務上過失傷害罪にかえて重い傷害罪が成立することになるから、同法四三五条六号の「有罪の言渡を受けた者に対して無罪を言い渡し、又は原判決において認めた罪より軽い罪を認める」べきばあいにあたらないことが明らかである。

 

暴行

最判昭和29.8.20

 論旨は憲法三一条違反をいうが、その実質は法令違反の主張であつて刑訴四〇五条の上告理由にあたらない。なお、刑法二〇八条にいう暴行とは人の身体に対し不法な攻撃を加えることをいうのである。従つて第一審判決判示の如く被告人等が共同して判示部課長等に対しその身辺近くにおいてブラスバンド用の大太鼓、鉦等を連打し同人等をして頭脳の感覚鈍り意識朦朧たる気分を与え又は脳貧血を起さしめ息詰る如き程度に達せしめたときは人の身体に対し不法な攻撃を加えたものであつて暴行と解すべきであるから同旨に出でた原判示は正当である。

 

業務上過失致死傷罪の業務

最判昭和33.4.18

しかし、職権で調査するに、刑法二一一条にいわゆる業務とは、本来人が社会生活上の地位に基き反覆継続して行う行為であつて(昭和二五年(れ)一四六号同二六年六月七日第一小法廷判決、集五巻七号一二三六頁参照)、かつその行為は他人の生命身体等に危害を加える虞あるものであることを必要とするけれども、行為者の目的がこれによつて収入を得るにあるとその他の欲望を充たすにあるとは問わないと解すべきである。従つて銃器を使用してなす狩猟行為の如き他人の生命、身体等に危害を及ぼす虞ある行為を、免許を受けて反覆継続してなすときは、たといその目的が娯楽のためであつても、なおこれを刑法二一一条にいわゆる業務と認むべきものといわねばならない。

 

保護責任者

最判昭和34.7.24

 弁護人清瀬一郎、同内山弘の上告趣意第一点は、判例違反を主張するが、車馬等の交通に因り人の殺傷があつた場合には、当該車馬等の操縦者は、直ちに被害者の救護その他必要な措置を講ずる義務があり、これらの措置を終り且つ警察官の指示を受けてからでなければ車馬等の操縦を継続し又は現場を立去ることを許されないのであるから(道路交通取締法二四条、同法施行令六七条)、本件の如く自動車の操縦中過失に因り通行人に自動車を接触させて同人を路上に顛倒せしめ、約三箇月の入院加療を要する顔面打撲擦傷及び左下腿開放性骨折の重傷を負わせ歩行不能に至らしめたときは、かかる自動車操縦者は法令により「病者ヲ保護ス可キ責任アル者」に該当するものというべく、原審が本件につき刑法二一八条をも適用処断したことはまことに正当であり、且つこの点についての原判示はむしろ論旨引用の判例と同趣旨のものであつて論旨はすべて理由がない。
 同第二点は、刑法二一八条の解釈の誤り、審理不尽の違法及び量刑不当を主張するが、所論はすべて刑訴四〇五条の上告理由に当らない。そして刑法二一八条にいう遺棄には単なる置去りをも包含すと解すべく、本件の如く、自動車の操縦者が過失に因り通行人に前示のような歩行不能の重傷を負わしめながら道路交通取締法、同法施行令に定むる救護その他必要な措置を講ずることなく、被害者を自動車に乗せて事故現場を離れ、折柄降雪中の薄暗い車道上まで運び、医者を呼んで来てやる旨申欺いて被害者を自動車から下ろし、同人を同所に放置したまま自動車の操縦を継続して同所を立去つたときは、正に「病者ヲ遺棄シタルトキ」に該当するものというべく、原判決には所論の如く法令の解釈を誤つた違法はない。また第一審判決が懲役刑の執行猶予を言渡した場合に、控訴裁判所が何ら事実の取調をしないで、第一審判決を量刑不当として破棄し、みずから訴訟記録及び第一審で取調べた証拠のみによつて、懲役刑(実刑)の言渡をしても刑訴四〇〇条但書に違反しないことは、昭和二七年(あ)第四二二三号、同三一年七月一八日大法廷判決、刑集一〇巻七号一一七三頁、の判示せるところであり、原審の訴訟手続には所論の如き審理不尽の違法はない。

 

脅迫

最判昭和35.3.18

なお所論は要するに刑法二二二条の脅迫罪は同条所定の法益に対して害悪を加うべきことを告知することによつて成立し、その害悪は一般に人を畏怖させるに足る程度のものでなければならないところ、本件二枚の葉書の各文面は、これを如何に解釈しても出火見舞にすぎず、一般人が右葉書を受取つても放火される危険があると畏怖の念を生ずることはないであらうから、仮に右葉書が被告人によつて差出されたものであるとしても被告人に脅迫罪の成立はない旨主張するけれども、本件におけるが如く、二つの派の抗争が熾烈になつている時期に、一方の派の中心人物宅に、現実に出火もないのに、「出火御見舞申上げます、火の元に御用心」、「出火御見舞申上げます、火の用心に御注意」という趣旨の文面の葉書が舞込めば、火をつけられるのではないかと畏怖するのが通常であるから、右は一般に人を畏怖させるに足る性質のものであると解して、本件被告人に脅迫罪の成立を認めた原審の判断は相当である。

 

未成年者略取・誘拐罪の保護法益

最決平成17.12.6

 【要旨】本件において,被告人は,離婚係争中の他方親権者であるBの下からCを奪取して自分の手元に置こうとしたものであって,そのような行動に出ることにつき,Cの監護養育上それが現に必要とされるような特段の事情は認められないから,その行為は,親権者によるものであるとしても,正当なものということはできない。また,本件の行為態様が粗暴で強引なものであること,Cが自分の生活環境についての判断・選択の能力が備わっていない2歳の幼児であること,その年齢上,常時監護養育が必要とされるのに,略取後の監護養育について確たる見通しがあったとも認め難いことなどに徴すると,家族間における行為として社会通念上許容され得る枠内にとどまるものと評することもできない。以上によれば,本件行為につき,違法性が阻却されるべき事情は認められないのであり,未成年者略取罪の成立を認めた原判断は,正当である。

 

安否を憂慮する者

最決昭和62.3.24

 なお、所論にかんがみ、職権をもつて判断するに、刑法二二五条の二にいう「近親其他被拐取者の安否を憂慮する者」には、単なる同情から被拐取者の安否を気づかうにすぎないとみられる第三者は含まれないが、被拐取者の近親でなくとも、被拐取者の安否を親身になつて憂慮するのが社会通念上当然とみられる特別な関係にある者はこれに含まれるものと解するのが相当である。本件のように、A銀行の代表取締役社長が拐取された場合における同銀行幹部らは、被拐取者の安否を親身になつて憂慮するのが社会通念上当然とみられる特別な関係にある者に当たるというべきであるから、本件銀行の幹部らが同条にいう「近親其他被拐取者の安否を憂慮する者」に当たるとした原判断の結論は正当である。

 

強制わいせつ等致死傷罪

最決平成20.1.22

上記事実関係によれば,被告人は,被害者が覚せいし,被告人のTシャツをつかむなどしたことによって,わいせつな行為を行う意思を喪失した後に,その場から逃走するため,被害者に対して暴行を加えたものであるが,被告人のこのような暴行は,上記準強制わいせつ行為に随伴するものといえるから,これによって生じた上記被害者の傷害について強制わいせつ致傷罪が成立するというべきであり,これと同旨の原判断は正当である。

 

名誉毀損と真実性の錯誤

最判昭和44.6.25(夕刊和歌山時事事件)

 しかし、刑法二三〇条ノ二の規定は、人格権としての個人の名誉の保護と、憲法二一条による正当な言論の保障との調和をはかつたものというべきであり、これら両者間の調和と均衡を考慮するならば、たとい刑法二三〇条ノ二第一項にいう事実が真実であることの証明がない場合でも、行為者がその事実を真実であると誤信し、その誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らし相当の理由があるときは、犯罪の故意がなく、名誉毀損の罪は成立しないものと解するのが相当である。これと異なり、右のような誤信があつたとしても、およそ事実が真実であることの証明がない以上名誉毀損の罪責を免れることがないとした当裁判所の前記判例(昭和三三年(あ)第二六九八号同三四年五月七日第一小法廷判決、刑集一三巻五号六四一頁)は、これを変更すべきものと認める。したがつて、原判決の前記判断は法令の解釈適用を誤つたものといわなければならない。

 

威力業務妨害

最決平成14.9.30(新宿ダンボール事件)

 2 【要旨1】以上の事実関係によれば,本件において妨害の対象となった職務は,動く歩道を設置するため,本件通路上に起居する路上生活者に対して自主的に退去するよう説得し,これらの者が自主的に退去した後,本件通路上に残された段ボール小屋等を撤去することなどを内容とする環境整備工事であって,強制力を行使する権力的公務ではないから,刑法234条にいう「業務」に当たると解するのが相当であり(最高裁昭和59年(あ)第627号同62年3月12日第一小法廷決定・刑集41巻2号140頁,最高裁平成9年(あ)第324号同12年2月17日第二小法廷決定・刑集54巻2号38頁参照),このことは,前記1(8)のように,段ボール小屋の中に起居する路上生活者が警察官によって排除,連行された後,その意思に反してその段ボール小屋が撤去された場合であっても異ならないというべきである。
 3 さらに,本件工事が威力業務妨害罪における業務として保護されるべきものといえるかどうかについて検討する。
【要旨2】本件工事は,上記のように路上生活者の意思に反して段ボール小屋を撤去するに及んだものであったが,前記1の事実関係にかんがみると,本件工事は,公共目的に基づくものであるのに対し,本件通路上に起居していた路上生活者は,これを不法に占拠していた者であって,これらの者が段ボール小屋の撤去によって被る財産的不利益はごくわずかであり,居住上の不利益についても,行政的に一応の対策が立てられていた上,事前の周知活動により,路上生活者が本件工事の着手によって不意打ちを受けることがないよう配慮されていたということができる。しかも,東京都が道路法32条1項又は43条2号に違反する物件であるとして,段ボール小屋を撤去するため,同法71条1項に基づき除却命令を発した上,行政代執行の手続を採る場合には,除却命令及び代執行の戒告等の相手方や目的物の特定等の点で困難を来し,実効性が期し難かったものと認められる。そうすると,道路管理者である東京都が本件工事により段ボール小屋を撤去したことは,やむを得ない事情に基づくものであって,業務妨害罪としての要保護性を失わせるような法的瑕疵があったとは認められない。

 

占有

最判昭和32.11.8

 論旨第一点は要するに、被告人は本件写真機を拾つたもので盗んだものではないから占有離脱物横領罪を構成することあるも窃盗罪は成立しないとし、原判決は引用の判例に違反すると主張する。よつて本件写真機が果して被害者(占有者)の意思に基かないでその占有を離脱したものかどうかを考えてみるのに、刑法上の占有は人が物を実力的に支配する関係であつて、その支配の態様は物の形状その他の具体的事情によつて一様ではないが、必ずしも物の現実の所持又は監視を必要とするものではなく、物が占有者の支配力の及ぶ場所に存在するを以て足りると解すべきである。しかして、その物がなお占有者の支配内にあるというを得るか否かは通常人ならば何人も首肯するであろうところの社会通念によつて決するの外はない。
 ところで原判決が本件第一審判決挙示の証拠によつて説示したような具体的状況(本件写真機は当日昇仙峡行のバスに乗るため行列していた被害者がバスを待つ間に身辺の左約三〇糎の判示個所に置いたものであつて、同人は行列の移動に連れて改札口の方に進んだが、改札口の手前約二間(三・六六米)の所に来たとき、写真機を置き忘れたことに気がつき直ちに引き返したところ、既にその場から持ち去られていたものであり、行列が動き始めてからその場所に引き返すまでの時間は約五分に過ぎないもので、且つ写真機を置いた場所と被害者が引き返した点との距離は約一九・五八米に過ぎないと認められる)を客観的に考察すれば、原判決が右写真機はなお被害者の実力的支配のうちにあつたもので、未だ同人の占有を離脱したものとは認められないと判断したことは正当である。引用の仙台高等裁判所判例は事案を異にし本件に適切でない(なお、引用の昭和二三年(れ)第七九七号事件は同年八月一六日上告取下により終了したものである)。また、原判決が、当時右写真機はバス乗客中の何人かが一時その場所においた所持品であることは何人にも明らかに認識しうる状況にあつたものと認め、被告人がこれを遺失物と思つたという弁解を措信し難いとした点も、正当であつて所論の違法は認められない。

 

窃盗罪・詐欺罪の不法領得の意思

最決平成16.11.30

 他方,本件において,被告人は,前記のとおり,郵便配達員から正規の受送達者を装って債務者あての支払督促正本等を受領することにより,送達が適式にされたものとして支払督促の効力を生じさせ,債務者から督促異議申立ての機会を奪ったまま支払督促の効力を確定させて,債務名義を取得して債務者の財産を差し押さえようとしたものであって,受領した支払督促正本等はそのまま廃棄する意図であった。【要旨2】このように,郵便配達員を欺いて交付を受けた支払督促正本等について,廃棄するだけで外に何らかの用途に利用,処分する意思がなかった場合には,支払督促正本等に対する不法領得の意思を認めることはできないというべきであり,このことは,郵便配達員からの受領行為を財産的利得を得るための手段の一つとして行ったときであっても異ならないと解するのが相当である。そうすると,被告人に不法領得の意思が認められるとして詐欺罪の成立を認めた原判決は,法令の解釈適用を誤ったものといわざるを得ない。

 

不動産侵奪

最判平成12.12.15

刑法二三五条の二の不動産侵奪罪にいう「侵奪」とは、不法領得の意思をもって、不動産に対する他人の占有を排除し、これを自己又は第三者の占有に移すことをいうものである。そして、当該行為が侵奪行為に当たるかどうかは、具体的事案に応じて、不動産の種類、占有侵害の方法、態様、占有期間の長短、原状回復の難易、占有排除及び占有設定の意思の強弱、相手方に与えた損害の有無などを総合的に判断し、社会通念に従って決定すべきものであることは、原判決の摘示するとおりである。

 

強盗罪の暴行・脅迫

最判昭和24.2.8

 他人に暴行又は脅迫を加えて財物を奪取した場合に、それが恐喝罪となるか強盗罪となるかは、その暴行又は脅迫が、社会通念上一般に被害者の反抗を抑圧するに足る程度のものであるかどうかと云う客観的基準によつて決せられるのであつて、具体的事案の被害者の主観を基準としてその被害者の反抗を抑圧する程度であつたかどうかと云うことによつて決せられるものではない。原判決は所論の判示第二の事実について、被告人等三名が昭和二二年八月二三日午後十一時半頃被害者方に到り、判示の如く匕首を示して同人を脅迫し同人の差出した現金二百円を強取し、更に財布を・ぎ取つた事実を認定しているのであるから、右の脅迫は社会通念上被害者の反抗を抑圧するに足る程度のものであることは明かである。従つて右認定事実は強盗罪に該当するものであつて、仮りに所論の如く被害者Aに対しては偶々同人の反抗を抑圧する程度に至らなかつたとしても恐喝罪となるものではない。果して然らば原判決には何等所論の如き擬律錯誤の違法はない。論旨は、理由なきものである。

 

窃盗の機会

最判平成16.12.10

 しかしながら,【要旨】上記事実によれば,被告人は,財布等を窃取した後,だれからも発見,追跡されることなく,いったん犯行現場を離れ,ある程度の時間を過ごしており,この間に,被告人が被害者等から容易に発見されて,財物を取り返され,あるいは逮捕され得る状況はなくなったものというべきである。そうすると,被告人が,その後に,再度窃盗をする目的で犯行現場に戻ったとしても,その際に行われた上記脅迫が,窃盗の機会の継続中に行われたものということはできない。

 

詐欺罪と不法原因給付

最判昭和25.7.4

 論旨は闇取引については取引当事者の財産的利益は刑法の対象にはならないものであるから、原判決は刑法の放任した範囲に法の効力を及ぼした違法があると主張する。しかし詐欺罪の如く他人の財産権の侵害を本質とする犯罪が、処罰されたのは単に被害者の財産権の保護のみにあるのではなく、かかる違法な手段による行為は社会の秩序をみだす危険があるからである、そして社会秩序をみだす点においては所謂闇取引の際に行われた欺罔手段でも通常の取引の場合と何等異るところはない。従つて、闇取引として経済統制法規によつて処罰される行為であるとしても相手方を欺罔する方法即ち社会秩序をみだすような手段を以て相手方の占有する財物を交付せしめて財産権を侵害した以上被告人の行為が刑法の適用をまぬかるべき理由はないから論旨は採用できない。

 

財産上の損害

最判平成13.7.19

 【要旨】請負人が本来受領する権利を有する請負代金を欺罔手段を用いて不当に早く受領した場合には,その代金全額について刑法246条1項の詐欺罪が成立することがあるが,本来受領する権利を有する請負代金を不当に早く受領したことをもって詐欺罪が成立するというためには,欺罔手段を用いなかった場合に得られたであろう請負代金の支払とは社会通念上別個の支払に当たるといい得る程度の期間支払時期を早めたものであることを要すると解するのが相当である。

 

三角詐欺

最判昭和45.3.26

 ところで、詐欺罪が成立するためには、被欺罔者が錯誤によつてなんらかの財産的処分行為をすることを要するのであり、被欺罔者と財産上の被害者とが同一人でない場合には、被欺罔者において被害者のためその財産を処分しうる権能または地位のあることを要するものと解すべきである。

 

権利行使と恐喝

最判昭和30.10.14

 他人に対して権利を有する者が、その権利を実行することは、その権利の範囲内であり且つその方法が社会通念上一般に忍溶すべきものと認められる程度を超えない限り、何等違法の問題を生じないけれども、右の範囲程度を逸脱するときは違法となり、恐喝罪の成立することがあるものと解するを相当とする(昭和二六年(れ)二四八二号同二七年五月二〇日第三小法廷判決参照)。

 

横領罪の不法領得の意思

最判昭和24.3.8

 横領罪の成立に必要な不法領得の意志とは、他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意志をいうのであつて、必ずしも占有者が自己の利益取得を意図することを必要とするものではなく、又占有者において不法に処分したものを後日に補填する意志が行為当時にあつたからとて横領罪の成立を妨げるものでもない。本件につき原審の確定した事実によると、被告人は居村の農業会長として、村内の各農家が食糧管理法及び同法に基ずく命令の定めるところによつて政府に売渡すべき米穀すなわち供出米を農業会に寄託し政府への売渡を委託したので、右供出米を保管中、米穀と魚粕とを交換するため、右保管米をA消費組合外二者に宛て送付して横領したというのである。農業会は各農家から寄託を受けた供出米については、政府への売渡手続を終つた後、政府の指図によつて出庫するまでの間は、これを保管する任務を有するのであるから、農業会長がほしいままに他にこれを処分するが如きことは、固より法の許さないところである。そして、前段に説明した理由によれば、原審の確定した事実自体から被告人に横領罪の成立に必要な不法領得の意志のあつたことを知ることができるのであるから、原判決には所論のような理由の不備若しくは齟齬の違法はなく、論旨は理由がない。

 

図利加害目的

最判平成10.11.25

以上の事実関係によれば、被告人及びHらは、本件融資が、Bに対し、遊休資産化していた土地を売却してその代金を直ちに入手できるようにするなどの利益を与えるとともに、D及びCに対し、大幅な担保不足であるのに多額の融資を受けられるという利益を与えることになることを認識しつつ、あえて右融資を行うこととしたことが明らかである。そして、被告人及びHらには、本件融資に際し、Bが募集していたレジャークラブ会員権の預り保証金の償還資金を同社に確保させることによりひいては、Bと密接な関係にあるA銀行の利益を図るという動機があったにしても、右資金の確保のためにA銀行にとって極めて問題が大きい本件融資を行わなければならないという必要性、緊急性は認められないこと等にも照らすと、前記一6のとおり、それは融資の決定的な動機ではなく、本件融資は、主として右のようにB、D及びCの利益を図る目的をもって行われたということができる。そうすると、被告人及びHらには、本件融資につき特別背任罪におけるいわゆる図利目的があったというに妨げなく、被告人につきHらとの共謀による同罪の成立が認められるというべきであるから、これと同旨の原判断は正当である。

 

盗品等関与罪

最決平成14.7.1

 【要旨】なお,所論にかんがみ,職権で判断するに,盗品等の有償の処分のあっせんをする行為は,窃盗等の被害者を処分の相手方とする場合であっても,被害者による盗品等の正常な回復を困難にするばかりでなく,窃盗等の犯罪を助長し誘発するおそれのある行為であるから,刑法256条2項にいう盗品等の「有償の処分のあっせん」に当たると解するのが相当である(最高裁昭和25年(れ)第194号同26年1月30日第三小法廷判決・刑集5巻1号117頁,最高裁昭和26年(あ)第1580号同27年7月10日第一小法廷決定・刑集6巻7号876頁,最高裁昭和31年(あ)第3533号同34年2月9日第二小法廷決定・刑集13巻1号76頁参照)。これと同旨の見解に立ち,被告人の行為が盗品等処分あっせん罪に当たるとした原判断は,正当である。

 

公共の危険

最決平成15.4.14

 所論は,刑法110条1項にいう「公共の危険」は,同法108条,109条所定の建造物等への延焼のおそれに限られる旨主張する。しかし,【要旨1】同法110条1項にいう「公共の危険」は,必ずしも同法108条及び109条1項に規定する建造物等に対する延焼の危険のみに限られるものではなく,不特定又は多数の人の生命,身体又は前記建造物等以外の財産に対する危険も含まれると解するのが相当である。そして,【要旨2】市街地の駐車場において,被害車両からの出火により,第1,第2車両に延焼の危険が及んだ等の本件事実関係の下では,同法110条1項にいう「公共の危険」の発生を肯定することができるというべきである。本件について同項の建造物等以外放火罪の成立を認めた原判決の判断は,正当である。

 

写真コピー

最判昭和51.4.30

 おもうに、公文書偽造罪は、公文書に対する公共的信用を保護法益とし、公文書が証明手段としてもつ社会的機能を保護し、社会生活の安定を図ろうとするものであるから、公文書偽造罪の客体となる文書は、これを原本たる公文書そのものに限る根拠はなく、たとえ原本の写であつても、原本と同一の意識内容を保有し、証明文書としてこれと同様の社会的機能と信用性を有するものと認められる限り、これに含まれるものと解するのが相当である。すなわち、手書きの写のように、それ自体としては原本作成者の意識内容を直接に表示するものではなく、原本を正写した旨の写作成者の意識内容を保有するに過ぎず、原本と写との間に写作成者の意識が介在混入するおそれがあると認められるような写文書は、それ自体信用性に欠けるところがあつて、権限ある写作成者の認証があると認められない限り、原本である公文書と同様の証明文書としての社会的機能を有せず、公文書偽造罪の客体たる文書とはいいえないものであるが、写真機、複写機等を使用し、機械的方法により原本を複写した文書(以下「写真コピー」という。)は、写ではあるが、複写した者の意識が介在する余地のない、機械的に正確な複写版であつて、紙質等の点を除けば、その内容のみならず筆跡、形状にいたるまで、原本と全く同じく正確に再現されているという外観をもち、また、一般にそのようなものとして信頼されうるような性質のもの、換言すれば、これを見る者をして、同一内容の原本の存在を信用させるだけではなく、印章、署名を含む原本の内容についてまで、原本そのものに接した場合と同様に認識させる特質をもち、その作成者の意識内容でなく、原本作成者の意識内容が直接伝達保有されている文書とみうるようなものであるから、このような写真コピーは、そこに複写されている原本が右コピーどおりの内容、形状において存在していることにつき極めて強力な証明力をもちうるのであり、それゆえに、公文書の写真コピーが実生活上原本に代わるべき証明文書として一般に通用し、原本と同程度の社会的機能と信用性を有するものとされている場合が多いのである。右のような公文書の写真コピーの性質とその社会的機能に照らすときは、右コピーは、文書本来の性質上写真コピーが原本と同様の機能と信用性を有しえない場合を除き、公文書偽造罪の客体たりうるものであつて、この場合においては、原本と同一の意識内容を保有する原本作成名義人作成名義の公文書と解すべきであり、また、右作成名義人の印章、署名の有無についても、写真コピーの上に印章、署名が複写されている以上、これを写真コピーの保有する意識内容の場合と別異に解する理由はないから、原本作成名義人の印章、署名のある文書として公文書偽造罪の客体たりうるものと認めるのが相当である。そして、原本の複写自体は一般に禁止されているところではないから、真正な公文書原本そのものをなんら格別の作為を加えることなく写真コピーの方法によつて複写することは原本の作成名義を冒用したことにはならず、したがつて公文書偽造罪を構成するものでないことは当然であるとしても原本の作成名義を不正に使用し、原本と異なる意識内容を作出して写真コピーを作成するがごときことは、もとより原本作成名義人の許容するところではなく、また、そもそも公文書の原本のない場合に、公務所または公務員作成名義を一定の意識内容とともに写真コピーの上に現出させ、あたかもその作成名義人が作成した公文書の原本の写真コピーであるかのような文書を作成することについては、右写真コピーに作成名義人と表示された者の許諾のあり得ないことは当然であつて、行使の目的をもつてするこのような写真コピーの作成は、その意味において、公務所または公務員の作成名義を冒用して、本来公務所または公務員の作るべき公文書を偽造したものにあたるというべきである。

 

名義人

最決平成15.10.6

私文書偽造の本質は,文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽る点にあると解される(最高裁昭和58年(あ)第257号同59年2月17日第二小法廷判決・刑集38巻3号336頁,最高裁平成5年(あ)第135号同年10月5日第一小法廷決定・刑集47巻8号7頁参照)。本件についてこれをみるに,【要旨】上記1のような本件文書の記載内容,性質などに照らすと,ジュネーブ条約に基づく国際運転免許証の発給権限を有する団体により作成されているということが,正に本件文書の社会的信用性を基礎付けるものといえるから,本件文書の名義人は,「ジュネーブ条約に基づく国際運転免許証の発給権限を有する団体である国際旅行連盟」であると解すべきである。そうすると,国際旅行連盟が同条約に基づきその締約国等から国際運転免許証の発給権限を与えられた事実はないのであるから,所論のように,国際旅行連盟が実在の団体であり,被告人に本件文書の作成を委託していたとの前提に立ったとしても,被告人が国際旅行連盟の名称を用いて本件文書を作成する行為は,文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽るものであるといわねばならない。したがって,被告人に対し有印私文書偽造罪の成立を認めた原判決の判断は,正当である。

 

虚偽公文書作成罪の間接正犯

最判昭和32.10.4

 刑法一五六条の虚偽公文書作成罪は、公文書の作成権限者たる公務員を主体とする身分犯ではあるが、作成権限者たる公務員の職務を補佐して公文書の起案を担当する職員が、その地位を利用し行使の目的をもつてその職務上起案を担当する文書につき内容虚偽のものを起案し、これを情を知らない右上司に提出し上司をして右起案文書の内容を真実なものと誤信して署名若しくは記名、捺印せしめ、もつて内容虚偽の公文書を作らせた場合の如きも、なお、虚偽公文書作成罪の間接正犯の成立あるものと解すべきである。けだし、この場合においては、右職員は、その職務に関し内容虚偽の文書を起案し情を知らない作成権限者たる公務員を利用して虚偽の公文書を完成したものとみるを相当とするからである(昭和一〇年(れ)第一四二四号同一一年二月一四日大審院判決、昭和一五年(れ)第六三号、同年四月二日大審院判決参照)。
これを本件についてみると、原判決の是認した第一審判決の判示認定事実によれば、被告人は、その第一の(一)及び(二)の犯行当時、宮城県栗原地方事務所において同地方事務所長Aの下にあつて同地方事務所の建築係として一般建築に関する建築申請書類の審査、建築物の現場審査並びに住宅金融公庫よりの融資により建築される住宅の建築設計審査、建築進行状況の審査及びこれらに関する文書の起案等の職務を担当していたものであるところ、その地位を利用し行使の目的をもつて右第一の(一)及び(二)の判示の如く未だ着工していないBの住宅の現場審査申請書に、建前が完了した旨又は屋根葺、荒壁が完了した旨いずれも虚偽の報告記載をなし、これを右住宅の現場審査合格書の作成権限者たる右地方事務所長に提出し、情を知らない同所長をして真実その報告記載のとおり建築が進行したものと誤信させて所要の記名、捺印をなさしめ、もつてそれぞれ内容虚偽の現場審査合格書を作らせたものであるから、被告人の右所為を刑法一五六条に問擬し、右虚偽の各審査合格書を各関係官庁並びに銀行に提出行使した所為を各同法一五八条の罪を構成するものと認定した第一審判決を是認した原判決は正当であるといわなければならない。所論引用の当裁判所の判例は、公務員でない者が虚偽の申立をなし情を知らない公務員をして虚偽の文書を作らせた事案に関するものであつて、本件に適切でない。論旨は理由がない。

 

有価証券

最判昭和32.7.25

 弁護人坂井寅治の上告趣意は、違憲をいうが、憲法三七条の公平な裁判所の裁判とは所論のごときものをいうものでないこと当裁判所大法廷の屡々判示したところであるから、採るを得ない。また、原判決は、量刑不当の控訴趣意に対する判断をしたに過ぎないものであるから、所論法令違反の主張は、第一審判決に対する非難であつて、原判決に対する適法な上告理由と認められない。(なお、刑法にいわゆる有価証券とは、大審院が屡々判示したように、財産上の権利が証券に表示され、その表示された財産上の権利の行使につきその証券の占有を必要とし、その証券が取引上流通性を有すると否とは刑法上は必ずしもこれを問わないものと解するを相当とする。されば、第一審判決が本件定期乗車券を有価証券と解したのは正当である。)

 

わいせつ

最判昭和55.11.28(四畳半襖の下張事件)

 なお、文書のわいせつ性の判断にあたつては、当該文書の性に関する露骨で詳細な描写叙述の程度とその手法、右描写叙述の文書全体に占める比重、文書に表現された思想等と右描写叙述との関連性、文書の構成や展開、さらには芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度、これらの観点から該文書を全体としてみたときに、主として、読者の好色的興味にうつたえるものと認められるか否かなどの諸点を検討することが必要であり、これらの事情を総合し、その時代の健全な社会通念に照らして、それが「徒らに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」(前掲最高裁昭和三二年三月一三日大法廷判決参照)といえるか否かを決すべきである。本件についてこれをみると、本件「四畳半襖の下張」は、男女の性的交渉の情景を扇情的な筆致で露骨、詳細かつ具体的に描写した部分が量的質的に文書の中枢を占めており、その構成や展開、さらには文芸的、思想的価値などを考慮に容れても、主として読者の好色的興味にうつたえるものと認められるから、以上の諸点を総合検討したうえ、本件文書が刑法一七五条にいう「わいせつの文書」にあたると認めた原判断は、正当である。

 

公務執行妨害

最判昭和45.12.22

 なお、所論にかんがみ、刑法九五条一項の定める公務執行妨害罪の要件について考えるに、右条項の趣旨とするところは、公務員そのものについて、その身分ないし地位を特別に保護しようとするものではなく、公務員によつて行なわれる公務の公共性にかんがみ、その適正な執行を保護しようとするものであるから、その保護の対象となるべき職務の執行というのは、漫然と抽象的・包括的に捉えられるべきものではなく、具体的・個別的に特定されていることを要するものと解すべきである。そして、右条項に「職務ヲ執行スルニ当り」と限定的に規定されている点からして、ただ漠然と公務員の勤務時間中の行為は、すべて右職務執行に該当し保護の対象となるものと解すべきではなく、右のように具体的・個別的に特定された職務の執行を開始してからこれを終了するまでの時間的範囲およびまさに当該職務の執行を開始しようとしている場合のように当該職務の執行と時間的に接着しこれと切り離し得ない一体的関係にあるとみることができる範囲内の職務行為にかぎつて、公務執行妨害罪による保護の対象となるものと解するのが相当である。以上と異なり、職務の執行を抽象的・包括的に捉え、しかも「職務ヲ執行スルニ当り」を広く漫然と公務員の勤務時間中との意味に解するときは、公務の公共性にかんがみ、公務員の職務の執行を他の妨害から保護しようとする刑法九五条一項の趣旨に反し、これを不当に拡張し、公務員そのものの身分ないし地位の保護の対象とする不合理な結果を招来することとなるを免れないからである。

 

身代わり犯

最決平成1.5.1

 所論は、既に犯人が逮捕勾留されている場合には、その身代り犯人として警察に出頭しても犯人隠避罪は成立しない旨主張するので、以下職権により判断する。刑法一〇三条は、捜査、審判及び刑の執行等広義における刑事司法の作用を妨害する者を処罰しようとする趣旨の規定であつて(最高裁昭和二四年(れ)第一五六六号同年八月九日第三小法廷判決・刑集三巻九号一四四〇頁参照)、同条にいう「罪ヲ犯シタル者」には、犯人として逮捕勾留されている者も含まれ、かかる者をして現になされている身柄の拘束を免れさせるような性質の行為も同条にいう「隠避」に当たると解すべきである。そうすると、犯人が殺人未遂事件で逮捕勾留された後、被告人が他の者を教唆して右事件の身代り犯人として警察署に出頭させ、自己が犯人である旨の虚偽の陳述をさせた行為を犯人隠避教唆罪に当たるとした原判断は、正当である。

 

賄賂罪の保護法益

最判平成7.2.22(ロッキード事件丸紅ルート)

 賄賂罪は、公務員の職務の公正とこれに対する社会一般の信頼を保護法益とするものであるから、賄賂と対価関係に立つ行為は、法令上公務員の一般的職務権限に属する行為であれば足り、公務員が具体的事情の下においてその行為を適法に行うことができたかどうかは、問うところではない。けだし、公務員が右のような行為の対価として金品を収受することは、それ自体、職務の公正に対する社会一般の信頼を害するからである。

 




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