令和元(2019)年司法試験予備試験論文再現答案法律実務基礎科目(刑事)

〔設問1〕

 「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」とは、単なる抽象的な可能性ではなく、具体的事実に基づく可能性であることが必要である。
 本件では、⑦の押収したスマートフォンに保存されたデータに関する捜査報告書が決定的である。それによると、AとBは口裏を合わせて本件犯行を隠そうとしている。一度したことを二度する可能性は高い。また、Bは、Aの中学の後輩であり、Aやその仲間の先輩たちなどを恐れているという事情もある。Aは執行猶予中の身であり、それを取り消されたくないという動機もある。

 

〔設問2〕

第1 前提

 直接証拠とは、被疑事実を直接立証する証拠のことで、間接証拠とは、被疑事実を推認を経て立証する証拠のことである。本件の被疑事実は事例の1に書かれている通りである。

第2 Bについて

 この供述録取書は直接証拠である。というのも、Wが顔を確認した茶髪の男、すなわちBが、Vの腹部や脇腹等の上半身を多数回蹴ったことが直接立証されているからである。Bは、傘の先端でVの腹部を突いていないが、その行為で本件の傷害がすべて発生するとは考えられず(特に肋骨骨折が考えられない)、蹴るという行為だけで傷害が発生している。AまたはBのどちらの蹴るという行為で傷害が発生しているかわからないとしても、共同正犯(刑法60条)または同時傷害の特例(刑法207条)により、Bを帰責できる。

第3 Aについて

 この供述録取書は間接証拠である。黒色キャップの男が傘の先端でVの腹部を付く行為及びVの腹部や脇腹等の上半身を多数回蹴る行為によりVに傷害を負わせたことは立証できるが、その黒色キャップの男がAであることを立証できないからである。その黒色キャップの男がAであることは、⑤以下の証拠で立証でき、それによりAがVを暴行して傷害を負わせたという本件被疑事実が推認される。

 

〔設問3〕

第1 「傘の先端でその腹部を2回突いた」行為

 Aの弁護人は、この行為は実際には「手に持っていた傘の先端が、偶然Vの腹部に1回当たった」のであって、故意(刑法38条1項)がないので、罪が成立しないと主張すると考えられる。いきなり後ろから肩を手でつかまれて、驚いて勢いよく振り返ったところ、手に持っていた傘の先端が偶然当たっただけなので、Vに暴行をはたらこうとする故意はなかったということである。

第2 「足でその腹部及び脇腹等の上半身を多数回蹴る暴行を加えた」行為

 Aの弁護人は、この行為はAが自分がやられないように、またVから逃げたい一心で行ったものであり、正当防衛(36条)または緊急避難(37条)が成立すると主張すると考えられる。
 Vが、拳骨で殴り掛かってきたことは急迫不正の侵害である。そしてVの身体という自己の権利を防衛するために、やむを得ずこの行為に及んだので、正当防衛が成立する(36条1項)。
 仮に、Vが拳骨で殴り掛かってきたことが、自招侵害として急迫不正の侵害ではないとされたとしても、自己の身体に対する現在の危難を避けるためにやむを得ずした行為なので、緊急避難あるいは過剰避難が成立する(37条1項)。

 

〔設問4〕

 Aの弁護人が無罪を主張したことは、弁護士職務基本規程(以下「規程」という。)5条に反し、弁護士倫理上の問題がある。もっとも、同条の「真実を尊重し、信義に従い、誠実かつ公正に職務を行う」というのは、弁護士は自分の知っている真実を可能な限り積極的に発言しなければならないということではなく、規程21条の「依頼者の権利及び正当な利益」の範囲内で真実を尊重すべきだということである。依頼者であるAには黙秘権があるので(日本国憲法38条、刑事訴訟法各所)、その黙秘権を行使することは可能であるが、積極的に虚偽を述べることは、偽証罪(刑法169条)で禁止されていることであり、依頼者の権利及び正当な利益とは言えない。

 

〔設問5〕

 検察官が取調べを請求しようと考えた証拠は、事例7にあるBの発言が記載された公判調書(刑事訴訟法48条)であると考えられる。その公判調書には、Bの発言が記載されているはずである(刑事訴訟規則44条1項13号)。
 この証拠についての弁護人の不同意は、刑事訴訟法320条1項の伝聞証拠に当たるという主張だと考えられる。検察官は、321条1項1号の伝聞例外に該当すると主張すべきである。この公判調書は裁判官の面前における供述を記載した書面であり、BはAを被告人とする公判期日の証人尋問で、前の供述と異なった供述(Aの暴行の有無が異なっている)をしたため、刑事訴訟法321条1項1号に該当する。

 




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