浅野直樹の学習日記

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平成25年司法試験論文労働法第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:50)
 次の事例を読んで,後記の設問に答えなさい。
【事 例】
 Xは,平成20年3月に大学の理工学部を卒業し,自動車製造会社に勤務していたが,自己が希望していた電気自動車の開発に携わることができず,営業を担当させられたことから,転職したいと考えるようになった。
 学校法人Yは,同法人が経営する私立高校(以下「Y高校」という。)について,理数系特進クラスを設けて生徒数を増加させるとの方針を採り,理科系教育に力を入れるべく,物理教員の中途採用を拡充することとし,平成23年6月に,就職情報誌に物理教員の中途採用者募集広告を出した。当該募集広告には,中途採用者の給与に関し,「既卒者でも収入面のハンデはありません。例えば,平成20年3月大卒の方なら,同年に新卒で採用した教員の現時点での給与と同等の額をお約束いたします。」などと記載されていた。
 Xは大学在学中に教員を志望し,教員免許を取得していたこともあり,前記募集広告を見て応募し,筆記試験を受け,平成23年9月に実施された採用説明会に出席した。同説明会において,XがYから示された書面では,採用後の労働条件について,各種手当の額は表示されていたものの,基本給については具体的な額を示す資料は提示されなかった。
 Xは,同年10月に実施された採用面接の際,Yの理事長から,「契約期間は平成24年4月1日から1年ということに一応しておきます。その1年間の勤務状態を見て再雇用するかどうかを決めたいと思います。その条件で良ければあなたを本校に採用したいと思います。」と言われたが,Xとしては,早く転職して念願の教員になりたかったことから,その申出を承諾するとともに,「私は,平成25年3月31日までの契約期間1年の常勤講師としてYに採用されることを承諾いたします。同期間が満了したときは解雇予告その他何らの通知を要せず,期間満了の日に当然退職の効果が生ずることに異議はありません。」という内容の誓約書をYに提出した。なお,Yは,教員経験のない者を新規採用する際の契約期間については,Xに限らず,これを1年としていたが,同期間経過後に引き続き雇用する場合に契約書作成の手続等は採られていなかった。
 Xは,Yに採用され,平成24年4月1日からY高校において物理教員として勤務し,同僚教員と同程度の週12時限の特進クラスの授業を受け持ち,卓球部の顧問として部活指導等も行っていた。そうした中,Xは,同年8月に至って,自己の給与については,平成24年4月に新卒で採用された教員の給与と同等の給与であることを初めて知らされ,Yに対し,平成20年4月に新卒で採用された教員の現時点での給与と同等の給与への増額を求めたものの認められなかった。
 Yの就業規則には,「賞与として,7月10日(算定対象期間:前年12月1日から当年5月31日まで)及び12月25日(同期間:6月1日から11月30日まで)に,それぞれ基本給の1か月分を支給する。」という規定があった。ところが,Yは,特進クラス創設に伴い,大規模な設備投資や多数の教員採用等を行ったことから,経営状態が急激に悪化し,資金繰りに窮するようになり,平成24年12月の賞与を支払えない見込みとなった。そこで,Yの理事長は,平成24年12月14日,教職員に対する説明会を開催し,平成24年12月の賞与を支払えないこと及びその理由を説明したところ,教職員側からは何ら異議は出ず,また,Xを含む教職員全員から,平成24年12月の賞与の不支給について同意する旨の書面が提出された。しかし,Yは,就業規則の変更は行わなかった。そして,その後,Yは,平成24年12月の賞与を教職員に支払っていない。
 その後,Yは,父母会からXの授業は特進クラスのレベルに達していないとのクレームが相次いでいるため再雇用はしないとして,Xに対し,平成25年3月31日をもってXの労働契約は期間満了により終了する旨の通知を行った。
〔設 問〕
 弁護士であるあなたが,Xから,Y高校で今後も教員として働き続けるため,並びに,本来支給されるべきものと考えた賃金及び賞与を得るため,Yを相手方として訴えを提起したいとの相談を受けた場合に検討すべき法律上の問題点を指摘し,それについてのあなたの見解を述べなさい。

 

練習答案

 まずXがY高校で今後も働き続けるという雇用契約について検討する。次にXの基本給について論じる。最後にXがYに対し平成24年12月の賞与の支払いを請求することを考える。

 1.XとYとの間の雇用契約について(XがY高校で今後も教員として働き続けるという要求)
 平成24年4月1日以前にXとYとの間で締結された契約は、Xが平成24年4月1日から平成25年3月31日までYで勤務をするという有期雇用契約であった。雇用契約書などと題された書面は存在しないようであるが、平成23年10月に実施された採用面接の際にYの理事長から提案された申し出に対して、Xが誓約書をYに提出したことをもって先に述べた雇用契約が成立したと言える。期間満了の日(平成25年3月31日)に当然退職の効果が生ずること及び1年間の勤務状態を見て再雇用するかどうかをYが決めることについてXY両者の合意があった。
 上記の契約内容からすると、平成25年3月31日をもってXとの雇用契約が期間満了により終了し、Xの勤務状態を理由として再雇用しないというYの主張は、原則的に適法である。
 しかし無期雇用では解雇が規制されている(労働契約法第16条)のに比して、有期雇用では期間満了により当然に契約が終了するというのでは不均衡に労働者にとって不利である。そこで一定の場合には有期雇用契約が更新されたものとみなすと労働契約法第19条に規定されている。本件では第2号の「労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること」という規定が関係する。具体的には、採用面接の際にYの理事長が「契約期間は平成24年4月1日から1年ということに一応しておきます」(傍点は本答案の作成者による)と発言していること、及びこれまで再雇用する場合に契約書作成の手続等が採られていなかったことがその根拠になる。これらの事情から、表面的には一年の有期雇用契約になっていても、契約が更新されるものと期待していたとXは主張することができる。
 それだけではXが契約の更新を期待するには弱く、原則通りYの主張が認められて、Xは平成25年4月1日以降にY高校で教員として働き続けることはできないと私は考える。

 2.基本給について(Xの主張する増額が認められるかどうか)
 基本給について、募集広告では、「平成20年3月大卒の方なら、同年に新卒で採用した教員の現時点での給与と同等の額をお約束いたします」と記載されていた。ただしこれは誘引にすぎず契約内容にそのままなるとは限らない。これとは別の条件で合意がされればそちらが契約内容になる。
 本件では採用の際に、基本給については具体的な額を示す資料が提示されていなかった。そうであるなら募集広告記載の条件で黙示の合意があったとXは主張することができる。この主張が認められれば、Xは実際に支払いを受けた給与と平成20年4月に新卒で採用された教員のその時点での給与との差額の支払いをYに請求することができる。
 Yは採用の際に基本給の額を示そうと思えば示すことができたにもかかわらず示さなかったのであるから、Xの主張する黙示の合意が認められると私は考える。

 3.平成24年12月の賞与
 Yの就業規則には基本給1ヶ月分の賞与の支給が規定されており、それによると平成24年12月の賞与の算定対象期間は平成24年6月1日から11月30日までとなり、この間XはYで勤務をしていたので、Xはこの賞与を受け取ることができるはずである。
 しかしYは経営状態の悪化を理由として、この平成24年12月の賞与を支給しないことを、Xと合意したと主張するであろう。ただし就業規則の変更は行わなかった。
 就業規則と個別合意のどちらが優先するかという問題になるが、私は就業規則が優先すると考える。というのも、使用者と労働者という力関係から個別合意は使用者に有利になりがちであり、それを正すために法律や就業規則などで一律に規定すべきだからである。

以上

 

修正答案

 まずXがY高校で今後も働き続けるために雇用契約について検討する。次にXの基本給について論じる。最後にXがYに対し平成24年12月の賞与の支払いを請求することを考える。

 1.XとYとの間の雇用契約について(XがY高校で今後も教員として働き続けるという要求)
 XはY高校で今後も教員として働き続けるために、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する訴えを提起することになる。この訴えを認めてもらうためには、XとYとの間で期間の定めのない雇用契約が成立していてYの主張する解雇は無効であると主張することが、Xとしては最も有利である。
 Yは、Xとの間で成立した雇用契約は期間の定めのある雇用契約であったと主張するであろう。確かにYは契約期間が1年であることをXに通告し、Xもそのことを承諾する書面を提出している。しかしながら、これをもってXY両者が契約期間を1年とすることに真に合意していたとは言えない。Xは常勤講師として勤務しているので、その業務内容が一時的・臨時的なものではなく、勤務を継続する意思を有することが通常であり、現に今後も働き続けることを希望している。Yが契約期間を1年にしようとした理由も、勤務状態を見て勤務を続けてもらうかを判断したいというものなので、1年という期間は雇用契約の存続する期間ではなく試用期間であると解釈するのが相当である。この1年という期間経過後に引き続き雇用する場合に契約書作成の手続等は採られていなかったという事情もこの解釈を補強する。要するに、XとYとの間では、平成24年4月1日以前に、試用期間を1年とする期間の定めのない雇用契約が締結されていたのである。
 試用期間中の雇用契約は解約権留保付雇用契約であると一般に解されている。そこで、その留保しておいた解約権のYによる行使(試用期間中の解雇)が適法であるかを次に検討する。解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とされる(労働契約法第16条)。試用期間中の解雇は通常の解雇よりも広く認められるにしても、労働契約法第16条に照らして有効か無効かを判断することとなる。
 父母会からXの授業は特進クラスのレベルに達していないとのクレームが相次いでいるという理由を示すだけで一方的にする解雇は、試用期間中の解雇であっても、社会通念上相当であるとは認められない。Xにだけクレームが寄せられているのかどうかもわからなければ、特進クラスの父母会の期待水準が適切なのかどうかもわからない。YがXを指導した形跡もなければ、Xに反論を述べる機会が与えられた形跡もない。このような状況下で解雇という重大な処分を行うことは権利の濫用である。
 よって、Yの主張する解雇は無効であり、Xは雇用契約上の権利を有する地位にあると私は考える。

 

 2.基本給について(Xの主張する増額が認められるかどうか)
 基本給について、募集広告では、「平成20年3月大卒の方なら、同年に新卒で採用した教員の現時点での給与と同等の額をお約束いたします」と記載されていた。ただしこれは誘引にすぎず契約内容にそのままなるとは限らない。これとは別の条件で合意がされればそちらが契約内容になる。
 本件では採用の際に、基本給については具体的な額を示す資料が提示されていなかった。そうであるなら募集広告記載の条件で黙示の合意があったとXは主張することができる。この主張が認められれば、Xは実際に支払いを受けた給与と平成20年4月に新卒で採用された教員のその時点での給与との差額の支払いをYに請求することができる。
 Xは平成20年3月大卒の者である。そして「同年に新卒で採用した教員の現時点での給与と同等の額」というのは一義的にその額が定まる文言であり、明確さに欠けるところはない。その上でYは採用の際に基本給の額を示そうと思えば示すことができたにもかかわらず示さなかったのであるから、Xの主張する黙示の合意が認められると私は考える。労働基準法第15条第1項及び労働契約法第4条の趣旨からして労働条件を明示するのは使用者の義務であって労働者の義務ではない。Xに給与額を明らかにしようとしなかったという落ち度はない。
 以上より、Xは実際に支払いを受けた給与と平成20年4月に新卒で採用された教員のその時点での給与との差額の支払いをYに請求することが認められると私は考える。

 

 3.平成24年12月の賞与
 Yの就業規則には基本給1ヶ月分の賞与の支給が規定されており、それによると平成24年12月の賞与の算定対象期間は平成24年6月1日から11月30日までとなり、この間XはYで勤務をしていたので、Xはこの賞与を受け取ることができるはずである。
 しかしYは経営状態の悪化を理由として、この平成24年12月の賞与を支給しないことを、Xと合意したと主張するであろう。ただし就業規則の変更は行わなかった。
 就業規則と個別に合意した労働条件のどちらが優先するかという問題になるが、就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約はその部分については無効となり、無効となった部分は就業規則で定める基準による(労働契約法第12条)。本件ではXが労働条件の変更に合意したのではなく賞与という債権そのものを放棄したのだとYは主張するかもしれないが、労働契約法第12条を潜脱するようなそうした主張が認められるべきではない。労働契約法第12条の制度趣旨は、使用者と労働者という力関係から個別合意は使用者に有利になりがちであり、それを正すために就業規則で最低基準を一律に規定すべきだというものだからである。
以上より、XのYに対する平成24年12月の賞与の支払い請求は認められると私は考える。

以上

 

感想

雇用契約については期間の定めのある雇用契約(有期雇用契約)だと思い込んで期待権で構成するしかなかったので苦戦しました。Xに有利にするためには試用期間構成にすべきですね。あとの部分は条文を丁寧に示すように修正しただけです。

 



平成25年司法試験論文刑事系第2問答案練習

問題

次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。

 
【事 例】
1 平成25年2月1日午後10時,Wは,帰宅途中にH市内にあるH公園の南東側入口から同公園内に入った際,2名の男(以下,「男1」及び「男2」とする。)が同入口から約8メートル離れた地点にある街灯の下でVと対峙しているのを目撃した。Wは,何か良くないことが起こるのではないかと心配になり,男1,男2及びVを注視していたところ,男2が「やれ。」と言った直後に,男1が右手に所持していた包丁でVの胸を2回突き刺し,Vが胸に包丁が刺さったまま仰向けに倒れるのを目撃した。その後,Wは,男2が「逃げるぞ。」と叫ぶのを聞くとともに,男1及び男2が,Vを放置したまま,北西に逃げていくのを目撃した。
 そこで,Wは,同日午後10時2分に持っていた携帯電話を使って110番通報し,前記目撃状況を説明したほか,「男1は身長約190センチメートル,痩せ型,20歳くらい,上下とも青色の着衣,長髪」,「男2は身長約170センチメートル,小太り,30歳くらい,上が白色の着衣,下が黒色の着衣,短髪」という男1及び男2の特徴も説明した。
 この通報を受けて,H県警察本部所属の司法警察員が,同日午後10時8分,Vが倒れている現場に臨場し,Vの死亡を確認した。
 また,H県警察本部所属の別の司法警察員は,H公園付近を管轄するH警察署の司法警察員に対し,H公園で殺人事件が発生したこと,Wから通報された前記目撃状況,男1及び男2の特徴を伝達するとともに,男1及び男2を発見するように指令を発した。

2 前記指令を受けた司法警察員P及びQの2名は,一緒に,男1及び男2を探索していたところ,同日午後10時20分,H公園から北西方向に約800メートル離れた路上において,「身長約190センチメートル,痩せ型,20歳くらい,上下とも青色の着衣,長髪の男」,「身長約170センチメートル,小太り,30歳くらい,上が白色の着衣,下が黒色の着衣,短髪の男」の2名が一緒に歩いているのを発見し,そのうち,身長約190センチメートルの男の上下の着衣及び靴に一見して血と分かる赤い液体が付着していることに気付いた。そのため,司法警察員Pらは,これら男2名を呼び止めて氏名等の人定事項を確認したところ,身長約190センチメートルの男が甲,身長約170センチメートルの男が乙であることが判明した。その後,司法警察員Pは,甲及び乙に対し,「なぜ甲の着衣と靴に血が付いているのか。」と質問した。
 これに対し,甲は,何も答えなかった。
 一方,乙は,司法警察員P及びQに対し,「甲の着衣と靴に血が付いているのは,20分前にH公園でVを殺したからだ。二日前に俺が,甲に対し,報酬を約束してVの殺害を頼んだ。そして,今日の午後10時に俺がVをH公園に誘い出した。その後,俺が『やれ。』と言ってVを殺すように指示すると,甲が包丁でVの胸を2回突き刺してVを殺した。その場から早く逃げようと思い,俺が甲に『逃げるぞ。』と呼び掛けて一緒に逃げた。俺は,甲がVを殺すのを見ていただけだが,俺にも責任があるのは間違いない。」などと述べた。
 その後,同日午後10時30分,前記路上において,甲は,司法警察員Pにより,刑事訴訟法第212条第2項に基づき,乙と共謀の上,Vを殺害した事実で逮捕された【逮捕①】。また,その頃,同所において,乙は,司法警察員Qにより,同項に基づき,甲と共謀の上,Vを殺害した事実で逮捕された【逮捕②】
 その直後,乙は,司法警察員P及びQに対し,「今朝,甲に対し,メールでVを殺害することに対する報酬の金額を伝えた。」旨述べ,所持していた携帯電話を取り出し,同日午前9時に甲宛てに送信された「報酬だけど,100万円でどうだ。」と記載されたメールを示した。これを受けて,司法警察員Qは,乙に対し,この携帯電話を任意提出するように求めたところ,乙がこれに応じたため,この携帯電話を領置した。

3 他方,司法警察員Pは,甲の身体着衣について,前記路上において,逮捕に伴う捜索を実施しようとしたが,甲は暴れ始めた。ちょうどその頃,酒に酔った学生の集団が同所を通り掛かり,司法警察員P及び甲を取り囲んだ。そのため,1台の車が同所を通行できず,停車を余儀なくされた。
 そこで,司法警察員Pは,同所における捜索を断念し,まず,甲を300メートル離れたI交番に連れて行き,同交番内において,逮捕に伴う捜索を実施することとした。司法警察員Pは,甲に対し,I交番に向かう旨告げたところ,甲は,おとなしくなり,これに応じた。
 その後,司法警察員Pと甲は,I交番に向かって歩いていたところ,同日午後10時40分頃,前記路上から約200メートル離れた地点において,甲がつまずいて転倒した。その拍子に,甲のズボンのポケットから携帯電話が落ちたことから,甲は直ちに立ち上がり,その携帯電話を取ろうとして携帯電話に手を伸ばした。
 一方,司法警察員Pも,甲のズボンのポケットから携帯電話が落ちたことに気付き,この携帯電話に乙から送信された前記報酬に関するメールが残っていると思い,この携帯電話を差し押さえる必要があると判断した。そこで,司法警察員Pは,携帯電話を差し押さえるため,携帯電話に手を伸ばしたところ,甲より先に携帯電話をつかむことができ,これを差し押さえた【差押え】。なお,この差押えの際,司法警察員Pが携帯電話の記録内容を確認することはなかった。
 その後,司法警察員Pは,甲をI交番まで連れて行き,同所において,差し押さえた携帯電話の記録内容を確認したが,送信及び受信ともメールは存在しなかった。

4 甲及び乙は,同月2日にH地方検察庁検察官に送致され,同日中に勾留された。
 その後,同月4日までの間,司法警察員Pが,差し押さえた甲の携帯電話の解析及び甲の自宅における捜索差押えを実施したところ,乙からの前記報酬に関するメールについては,差し押さえた甲の携帯電話ではなく,甲の自宅において差し押さえたパソコンに送信されていたことが判明した。
 また,司法警察員Pは,同月5日午後10時,H公園において,Wを立会人とする実況見分を実施した。この実況見分は,Wが目撃した犯行状況及びWが犯行を目撃することが可能であったことを明らかにすることを目的とするものであり,司法警察員Pは,必要に応じてWに説明を求めるとともに,その状況を写真撮影した。
 この実況見分において,Wは,目撃した犯行状況につき,「このように,犯人の一人が,被害者に対し,右手に持った包丁を胸に突き刺した。」と説明した。司法警察員Pは,この説明に基づいて司法警察員2名(犯人役1名,被害者役1名)をWが指示した甲とVが立っていた位置に立たせて犯行を再現させ,その状況を約1メートル離れた場所から写真撮影した。そして,後日,司法警察員Pは,この写真を貼付して説明内容を記載した別紙1を作成した【別紙1】。
 また,Wは,同じく実況見分において,犯行を目撃することが可能であったことにつき,「私が犯行を目撃した時に立っていた場所はここです。」と説明してその位置を指示した上で,その位置において「このように,犯行状況については,私が目撃した時に立っていた位置から十分に見ることができます。」と説明した。この説明を受けて司法警察員Pは,Wが指示した目撃当時Wが立っていた位置に立ち,Wが指示した甲とVが立っていた位置において司法警察員2名が犯行を再現している状況を目撃することができるかどうか確認した。その結果,司法警察員Pが立っている位置から司法警察員2名が立っている位置までの間に視界を遮る障害物がなく,かつ,再現している司法警察員2名が街灯に照らされていたため,司法警察員Pは,司法警察員2名による再現状況を十分に確認することができた。そこで,司法警察員Pは,Wが指示した目撃当時Wが立っていた位置,すなわち,司法警察員2名が立っている位置から約8メートル離れた位置から,司法警察員2名による再現状況を写真撮影した。そして,後日,司法警察員Pは,この写真を貼付して説明内容を記載した別紙2を作成した【別紙2】。
 司法警察員Pは,同月10日付けで【別紙1】及び【別紙2】を添付した実況見分調書を作成した【実況見分調書】

5 甲及び乙は,勾留期間の延長を経て同月21日に殺人罪(甲及び乙の共同正犯)によりH地方裁判所に起訴された。なお,本件殺人につき,甲は一貫して黙秘し,乙は一貫して自白していたことなどを踏まえ,検察官Aは,甲を乙と分離して起訴した。
 甲に対する殺人被告事件については,裁判員裁判の対象事件であったことから,H地方裁判所の決定により,公判前整理手続に付されたところ,同手続の中で,検察官Aは,【実況見分調書】につき,立証趣旨を「犯行状況及びWが犯行を目撃することが可能であったこと」として証拠調べの請求をした。これに対し,甲の弁護人Bは,これを不同意とした。

〔設問1〕 【逮捕①】及び【逮捕②】並びに【差押え】の適法性について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。

 
〔設問2〕 【別紙1】及び【別紙2】が添付された【実況見分調書】の証拠能力について論じなさい。

 

実況見分調書

平成25年2月10日
H警察署
司法警察員 P  印

被疑者甲ほか1名に対する殺人被疑事件につき,本職は,下記のとおり実況見分をした。

1 実況見分の日時
平成25年2月5日午後10時から同日午後11時まで
2 実況見分の場所,身体又は物
H公園
3 実況見分の目的
(1)Wが目撃した犯行状況を明らかにするため
(2)Wが犯行を目撃することが可能であったことを明らかにするため
4 実況見分の立会人

5 実況見分の結果
別紙1及び別紙2のとおり

以 上

【別紙1】
司法警察員2名が犯行状況を再現した写真
(約1メートル離れた場所から撮影したもの)
 立会人(W)は,「このように,犯人の一人が,被害者に対し,右手に持った包丁を胸に突き刺した。」と説明した。

 

【別紙2】
司法警察員2名が犯行状況を再現した写真
(約8メートル離れた場所[Wが指示した位置]から撮影したもの)

 立会人(W)は,「私が犯行を目撃した時に立っていた場所はここです。」と指示し,その位置において「このように,犯行状況については,私が目撃した時に立っていた位置から十分に見ることができます。」と説明した。
 本職も,Wが指示した位置から司法警察員2名が犯行を再現している状況を目撃することができるか確認したところ,本職が立っている位置から司法警察員2名が立っている位置までの間に視界を遮る障害物がなく,かつ,再現している司法警察員2名が街灯に照らされていたため,司法警察員2名による再現状況を十分に確認することができた。
 そこで,本職は,これらの状況を明らかにするため,Wが指示した位置から司法警察員2名によ
る再現状況を写真撮影した。

 

 

練習答案

以下刑事訴訟法については条数のみを示す。

 

[設問1]
 1.逮捕①の適法性
 逮捕①は第212条第2項の準現行犯逮捕として適法である。
 平成25年2月1日午後10時2分にWは110番通報し、それを受けてH県警察本部所属の司法警察員が現場のH公園でVの死亡を確認した。そこでH県警察本部所属の別の司法警察員が、P及びQに対し、必要な情報を伝えるとともに、男1及び男2を発見するように指令を発した。
 そしてPは同日午後10時30分にH公園から約800メートル離れた路上において、着衣と靴に血が付いている甲を、Vを殺害した事実で逮捕した。甲は、被服に犯罪の顕著な証跡があり(第212条第2項第3号)、罪を行い終わってから間がないと明らかに認められるので、これを現行犯人とみなすことになる。
 以上より冒頭で述べた適法という結論になる。
 2.逮捕②の適法性
 逮捕②は第212条第2項の準現行犯逮捕としては不適法であるが、第210条第1項の緊急逮捕としては適法である。
 逮捕①の甲とは違って、乙の被服には犯罪の顕著な証跡がなく、その他第212条第2項各号に当てはまらない。よって同条の逮捕をすることは不適法である。甲との共犯が疑われるといっても、逮捕の要件は個人ごとに判断されなければならない。
 ただし、逮捕②は別途第210条第1項の要件は満たすので、その限りでは適法である。Qは司法警察職員であり、殺人罪(刑法第199条)は死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁錮にあたる罪である。Wの目撃状況に加えて乙自らの自白もあるので、その罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がある。急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないのも明らかである。よってこの理由を告げて乙を逮捕することができる。この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならない。
 3.差押えの適法性(以下、本問で問われている差押えを[差押え]と表記する)
 [差押え]は第220条第1項第2号により適法である。
 同号により、一般的に、逮捕の現場で差押えをすることができる。本問の状況が「逮捕の現場」に当たるかが問題になり得る。というのも、文字通りの逮捕の現場から約200メートル離れた地点で[差押え]がなされているからである。しかし本件で文字通りの逮捕の現場から移動したのは、そこで取り調べをすることが通行の支障を生じさせていたからである。だから近くのI交番に行こうとしたのである。また、[差押え]を受けた物は甲のズボンのポケットに入って文字通りの逮捕の現場から甲と共に移動してきた携帯電話である。これらの事情から、[差押え]は逮捕の現場でされたと言ってもよい。
 [差押え]はPが甲のズボンのポケットに手を入れたのではなく、甲が転倒して自然にポケットから出てきたものをPがつかんだだけであるので、その点でも適法である。

 

[設問2](以下本問で問われている実況見分調書を[実況見分調書]を表記する)
 [実況見分調書]は違法に作成された事情が見当たらず、公判前整理手続という適時に証拠調べの請求がされているので、伝聞証拠に該当しない限り証拠能力が否定されることはない。
 よってWが犯行を目撃することが可能であったことを立証趣旨とする部分の証拠能力は認められる。具体的には別紙2のWの発言以外の部分全てである。
 別紙2のWの発言部分と別紙1の全ては、Wが証人として公判期日に証言するのが原則であり、例外的な事情がない限り供述に代えて書面を証拠とすることはできない(第320条第1項)。別紙1の写真はその下に添えられたWの発言と一体となって初めて意味を成すものであり、ここではWの発言と同視してよい。
 その例外的な事情(伝聞例外)を1つずつ検討する。Wが死亡等の理由で公判期日において供述することができないという事情は見当たらないので、第321条第1項第3号の伝聞例外には該当しない。第326条や第327条に書かれている被告人や弁護人の同意もない。また、第328条に規定されている、いわゆる弾劾証拠にも、ここで挙げられている立証趣旨からして該当しない。以上いずれの伝聞例外にも該当しないので、この部分の証拠能力は否定される。
 以上より、[実況見分調書]の別紙2のWの発言以外は証拠能力が認められ、その他の部分(別紙2のWの発言と別紙1の全部)は第320条第1項により証拠能力が否定される。

以上

 

修正答案

以下刑事訴訟法については条数のみを示す。

 

[設問1]
 1.逮捕①の適法性
 逮捕①は第212条第2項の準現行犯逮捕として適法である。
 通常は逮捕をするために令状が必要であるが、現行犯は罪を犯したことが明白で誤認逮捕の恐れがないために許容されている。そしてさらに一定の場合には現行犯でなくても現行犯に準じるものとして、令状なしの逮捕が認められている。それが第212条第2項に規定される準現行犯逮捕である。準現行犯逮捕として適法かどうかは、罪を犯したことが明白であるかどうかという基準で判断されなければならない。以下ではこの観点から本件の逮捕①について検討する。
 平成25年2月1日午後10時2分にWは110番通報し、それを受けてH県警察本部所属の司法警察員が現場のH公園でVの死亡を確認した。そこでH県警察本部所属の別の司法警察員が、P及びQに対し、必要な情報を伝えるとともに、男1及び男2を発見するように指令を発した。そしてPは同日午後10時30分にH公園から約800メートル離れた路上において、Wの目撃情報通りであって、着衣と靴に血が付いている甲を、Vを殺害した事実で逮捕した。
 司法警察員が確認しているように、Vが殺害されたことは確実である。そして甲の被服に犯罪の顕著な証跡がある(第212条第2項第3号)。包丁で人を刺し殺すと返り血を浴びることは容易に想定され、またそれ以外の理由で服や靴に血が付着することはめったにないので、犯罪の顕著な証跡と言える。そして罪を行い終わってから間がないと明らかに認められる。犯行時刻から30分しか経っておらず、Wの目撃情報通りに甲が発見されたからである。以上より、甲は現行犯に準じるほど、Vを殺害したのが明白である。よってこれを現行犯人とみなすことになる。
 以上より冒頭で述べた適法という結論になる。
 2.逮捕②の適法性
 逮捕②は第212条第2項の準現行犯逮捕としては不適法であるが、第210条第1項の緊急逮捕としては適法である。
 逮捕①の甲とは違って、乙の被服には犯罪の顕著な証跡がなく、その他第212条第2項各号に当てはまらない。よって同条の逮捕をすることは不適法である。乙がV殺害の犯人であることは明白でない。
 乙が自白のように甲との共犯でV殺害の罪を犯したとすると、乙は実行行為を担当していないので、殺人罪の共謀共同正犯になる。そうすると、乙が甲と共謀したことについて明白でなければ準現行犯逮捕をすることができないことになる。そして本件では乙の自白とWの目撃情報以外に乙と甲の共謀を明白にする事情がない。よって準現行犯逮捕は不適法である。
 ただし、逮捕②は別途第210条第1項の要件は満たすので、その限りでは適法である。Qは司法警察職員であり、殺人罪(刑法第199条)は死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁錮にあたる罪である。Wの目撃状況に加えて乙自らの自白もあるので、その罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がある。急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないのも明らかである。よってこの理由を告げて乙を逮捕することができる。この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならない。
 3.差押えの適法性(以下、本問で問われている差押えを[差押え]と表記する)
 [差押え]は第220条第1項第2号により適法である。
 差押えは令状により行うのが原則であるが、逮捕の現場で行うこともできる(第220条第1項第2号)。逮捕の現場には差押えすべき物が存在する可能性が高いにもかかわらず、令状を待たなければならないとなると隠滅のおそれもあるので、例外的に認められるのである。(準)現行犯で令状なしで逮捕ができるのだから、それよりも法益侵害の度合いが低い差押えが令状なしでできない理由はない。
 しかし本問の状況が「逮捕の現場」に当たるかが問題になり得る。というのも、文字通りの逮捕の現場から約200メートル離れた地点で[差押え]がなされているからである。しかし本件で文字通りの逮捕の現場から移動したのは、そこで取り調べをすることが通行の支障を生じさせていたからである。だから近くのI交番に行こうとしたのである。また、[差押え]を受けた物は甲のズボンのポケットに入って文字通りの逮捕の現場から甲と共に移動してきた携帯電話である。これらの事情から、[差押え]は逮捕の現場でされたと言ってもよい。「逮捕の現場」を不当に拡大解釈して、差押えしたい物が存在する場所に理由もなく被疑者を移動させて別件の差押えをするような事態は避けなければならないが、本件ではそのような危険がないと言える。
 そもそもこの携帯電話を差押えるべきだったのかという疑問も考えられる。後に判明したところによると、この携帯電話はV殺害の罪とは関係なかっただけになおさらである。しかし[差押え]の時点では、乙がこの携帯電話に事件と関係するメールが送ったと考えるのも自然である。後に関係がなかったとわかったからといって、その差押えが遡って違法になることはない。仮にそうなると差押えを萎縮させてしまうことになる。

 

[設問2](以下本問で問われている実況見分調書を[実況見分調書]を表記する)
 [実況見分調書]は違法に作成された事情が見当たらず、公判前整理手続という適時に証拠調べの請求がされているので、伝聞証拠に該当しない限り証拠能力が否定されることはない。
 よってWが犯行を目撃することが可能であったことを立証趣旨とする部分の証拠能力は認められる。これは発言内容の真実性とは関わらず、物理的にWが犯行を目撃することが可能であったことを示そうとする証拠なので、伝聞証拠には当たらないからである。具体的には別紙2のWの発言以外の部分全てである。Wの発言部分は、Wが犯行を目撃した時にその場所に立っていたという、Wが目撃した犯行状況を明らかにするという立証趣旨の一部になってしまい、その真実性が問題となるので、伝聞証拠である。
 Wが目撃した犯行状況を明らかにすることを立証趣旨とする部分(別紙2のWの発言部分と別紙1の全て)は伝聞証拠であり、Wが証人として公判期日に証言するのが原則であって、例外的な事情がない限り供述に代えて書面を証拠とすることはできない(第320条第1項)。別紙1の写真はその下に添えられたWの発言と一体となって初めて意味を成すものであり、ここではWの発言と同視してよい。いわば図像という手段による言述である。
 その例外的な事情(伝聞例外)を1つずつ検討する。Wが死亡等の理由で公判期日において供述することができないという事情は見当たらないので、第321条第1項第3号の伝聞例外には該当しない。第326条や第327条に書かれている被告人や弁護人の同意や合意もない。また、第328条に規定されている、いわゆる弾劾証拠にも、ここで挙げられている立証趣旨からして該当しない。以上いずれの伝聞例外にも該当しないので、この部分の証拠能力は否定される。
 以上より、[実況見分調書]の別紙2のWの発言以外は証拠能力が認められ、その他の部分(別紙2のWの発言と別紙1の全部)は第320条第1項により証拠能力が否定される。

 

感想

論点は拾えたかなという感触でした。逮捕②については緊急逮捕のことを書くべきだと思いましたが、出題の趣旨ではそのことに触れられていなかったので、余計な部分かもしれません。全体として結論に問題はないとしても、説明が足りない部分が多かったので、修正答案では分厚く記述しました。

 



平成25年司法試験論文刑事系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100)
以下の事例に基づき,甲及び乙の罪責について,具体的な事実を摘示しつつ論じなさい(特別法違反の点を除く。)。

1 暴力団組長である甲(35歳)は,同組幹部のA(30歳)が対立する暴力団に情報提供していることを知り,Aの殺害を決意した。
 甲は,Aに睡眠薬を混入させた飲料を飲ませて眠らせた上,Aを車のトランク内に閉じ込め,ひとけのない山中の採石場で車ごと燃やしてAを殺害することとした。甲は,Aを殺害する時間帯の自己のアリバイを作っておくため,Aに睡眠薬を飲ませて車のトランク内に閉じ込めるところまでは甲自身が行うものの,採石場に車を運んでこれを燃やすことは,末端組員である乙(20歳)に指示して実行させようと計画した。ただし,甲は,乙が実行をちゅうちょしないよう,乙にはトランク内にAを閉じ込めていることは伝えないこととした。

2 甲は,上記計画を実行する当日夜,乙に電話をかけ,「後でお前の家に行くから待ってろ。」と指示した上,Aに電話をかけ,「ちょっと話があるから付き合え。」などと言ってAを呼び出した。甲は,古い自己所有の普通乗用自動車(以下「B車」という。)を運転してAとの待ち合わせ場所に向かったが,その少し手前のコンビニエンスストアに立ち寄り,カップ入りのホットコーヒー2杯を購入し,そのうちの1杯に,あらかじめ用意しておいた睡眠薬5錠分の粉末を混入させた。甲は,程なく待ち合わせ場所に到着し,そこで待っていたAに対し,「乗れ。」と言い,AをB車助手席に乗せた。甲は,B車を運転して出発し,走行中の車内で,上記睡眠薬入りコーヒーをAに差し出した。Aは,甲の意図に気付くことなくこれを飲み干し,その約30分後,昏睡状態に陥った。甲は,Aが昏睡したことを確認し,ひとけのない場所にB車を止め,車内でAの手足をロープで縛り,Aが自由に動けないようにした上,昏睡したままのAを助手席から引きずり出して抱え上げ,B車のトランク内に入れて閉じ込めた。なお,上記睡眠薬の1回分の通常使用量は1錠であり,5錠を一度に服用した場合,昏睡状態には陥るものの死亡する可能性はなく,甲も,上記睡眠薬入りコーヒーを飲んだだけでAが死亡することはないと思っていた。

3 その後,甲は,給油所でガソリン10リットルを購入し,B車の後部座席にそのガソリンを入れた容器を置いた上,B車を運転して乙宅に行った。甲は,乙に対し,「この車を廃車にしようと思うが,手続が面倒だから,お前と何度か行ったことがある採石場の駐車場に持って行ってガソリンをまいて燃やしてくれ。ガソリンはもう後部座席に積んである。」などと言い,トランク内にAを閉じ込めた状態であることを秘したまま,B車を燃やすよう指示した。乙は,組長である甲の指示であることから,これを引き受けた。甲が以前に乙と行ったことがある採石場(以下「本件採石場」という。)は,人里離れた山中にあり,夜間はひとけがなく,周囲に建物等もない場所であり,甲は,本件採石場の駐車場(以下「本件駐車場」という。)でB車を燃やしても,建物その他の物や人に火勢が及ぶおそれは全くないと認識していた。

4 甲が乙宅から帰宅した後,乙は,一人でB車を運転し,甲に指示された本件採石場に向かった。乙の運転開始から約1時間後,Aは,B車のトランク内で意識を取り戻し,「助けてくれ。出してくれ。」などと叫び出した。乙は,トランク内から人の声が聞こえたことから,道端にB車を止めてトランクを開けてみた。トランク内には,Aが手足をロープで縛られて横たわっており,「助けてくれ。出してくれ。」と言って乙に助けを求めてきた。乙は,この時点で,甲が自分に事情を告げずにB車を燃やすように仕向けてAを焼き殺すつもりだったのだと気付いた。乙は,Aを殺害することにちゅうちょしたが,組長である甲の指示であることや,乙自身,日頃,Aからいじめを受けてAに恨みを抱いていたことから,Aをトランク内に閉じ込めたままB車を燃やし,Aを焼き殺すことを決意した。乙は,Aが声を出さないようにAの口を車内にあったガムテープで塞いだ上,トランクを閉じ,再びB車を運転して本件採石場に向かった。乙は,Aの口をガムテープで塞いだものの,鼻を塞いだわけではないので,それによってAが死亡するとは思っていなかった。

5 乙は,その後,山中の悪路を約1時間走行し,トランク内のAに気付いた地点から距離にして約20キロメートル離れた本件駐車場に到着した。Aは,その間に,睡眠薬の影響ではなく上記走行による車酔いによりおう吐し,ガムテープで口を塞がれていたため,その吐しゃ物が気管を塞ぎ,本件駐車場に到着する前に窒息死した。

6 本件駐車場は,南北に走る道路の西側に面する南北約20メートル,東西約10メートルの長方形状の砂利の敷地であり,その周囲には岩ばかりの採石現場が広がっていた。本件採石場に建物はなく,当時夜間であったので,人もいなかった。乙は,上記南北に走る道路から本件駐車場に入ると,B車を本件駐車場の南西角にB車前方を西に向けて駐車した。本件駐車場には,以前甲と乙が数回訪れたときには駐車車両はなかったが,この日は,乙が駐車したB車の右側,すなわち北側約5メートルの地点に,荷台にベニヤ板が3枚積まれている無人の普通貨物自動車1台(C所有)がB車と並列に駐車されていた。また,その更に北側にも,順に約1メートルずつの間隔で,無人の普通乗用自動車1台(D所有)及び荷物が積まれていない無人の普通貨物自動車1台(E所有)がいずれも並列に駐車されていた。しかし,本件駐車場内にはその他の車両はなく,人もいなかった。当時の天候は,晴れで,北西に向かって毎秒約2メートルの風が吹いていた。また,B車の車内のシートは布製であり,後部座席には雑誌数冊と新聞紙が置いてあった。乙は,それら本件駐車場内外の状況,天候や車内の状況等を認識した上,「ここなら,誰にも気付かれずにB車を燃やすことができる。他の車に火が燃え移ることもないだろう。」と考え,その場でB車を燃やすこととした。乙は,トランク内のAがまだ生存していると思っており,トランクを開けて確認することなく,B車を燃やしてAを殺害することとした。乙は,B車後部座席に容器に入れて置いてあったガソリン10リットルをB車の車内及び外側のボディーに満遍なくまき,B車の東方約5メートルの地点まで離れた上,丸めた新聞紙にライターで火をつけてこれをB車の方に投げ付けた。すると,その火は,乙がまいたガソリンに引火し,B車全体が炎に包まれてAの死体もろとも炎上した。その炎は,地上から約5メートルの高さに達し,時折,隣のC所有の普通貨物自動車の左側面にも届いたが,間もなく風向きが変わり,南東に向かって風が吹くようになったため,C所有の普通貨物自動車は,左側面が一部すすけたものの,燃え上がるには至らず,その他の2台の駐車車両は何らの被害も受けなかった。

 

練習答案

以下刑法については条数のみを示す。

 

[甲の罪責]
 1.暴行罪(第208条)
 甲はAに睡眠薬を飲ませて昏睡状態に陥らせた。このまま時間が経過してAが意識を回復したら身体に傷害を受けることはなかったであろうし、昏睡状態でも傷害を受けてはいない。これは「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったとき」に該当するので、甲には暴行罪が成立する。
 2.監禁罪(第220条)
 甲はB車内でAの手足をロープで縛り、Aが自由に動けないようにした上、B車のトランク内に入れて閉じ込めた。よって甲には監禁罪が成立する。
 3.殺人罪(第199条)
 甲はAをB車のトランク内に閉じ込めて、この車を燃やすためのガソリンも用意した上で、乙にこの車を燃やすように指示した。乙はB車にAが閉じ込められていることを知らなかったので、このままB車を燃やしてAが死亡していたら、甲は殺人罪の間接正犯になっていたはずである。
 しかし現実には乙が途中でB車のトランク内にAがいることに気づいた。そして乙自身のAに対する恨みからAの殺害を決意しているので、甲に殺人罪が成立するかどうかが問題となる。乙は自らの恨みという動機も持っていたが、組長である甲の指示であることも動機になっていた。また、当初から甲が考え準備してきた方法のままAを殺害しようとしている。乙が甲の影響を排して独自にAを殺害したとは言えないので、間接正犯ではなく共同正犯になるとしても、甲には殺人罪が成立する。
 Aは実際には乙からガムテープで口を塞がれたことに起因する窒息で死亡している。これは甲が想定していた焼死とは異なる。しかし甲が計画した一連の行為の中での死亡であり、時間的場所的に想定と接着している(時間にして1時間程度、距離にして20キロメートル程度である)。乙がB車トランク内のAの口をガムテープで塞ぐということは、甲の計画からして、特に異常な行為ではない。よってこの事情が甲の殺人罪の成立を妨げることはない。
 4.その他
 建造物等以外放火罪(第110条第2項)は公共の危険を生じさせていないので成立しない。
 5.結論
 以上より、甲には、暴行罪、監禁罪、殺人罪が成立する。暴行罪は監禁罪及び殺人罪に吸収される。監禁罪と殺人罪は併合罪の関係に立つ。

 

[乙の罪責]
 1.殺人罪(第199条)
 [甲の罪責]3で検討したように、乙は甲と共同してAを殺害したので殺人罪が成立する。甲とは共同正犯になる。乙はA殺害の実行行為をしたので十分に正犯性がある。
 乙は暴力団組長である甲に命令されて自己の現在の危難を避けるためにやむを得ずAを殺したのだと緊急避難(第37条第1項)を主張するかもしれない。しかし乙が自己の現在の危難に直面していたことはうかがい知れない。本件では生じた害が死亡であるので、避けようとした害も乙の生命でなければならず、なおさらそのような事情は考えづらい。よって乙の殺人罪の成立は妨げられない。
 2.建造物等以外放火罪(第110条)
 乙はB車に放火してこれを焼損している。これによって公共の危険を生じさせたら建造物等以外放火罪の構成要件に該当する。
 本件では建物はなく人もいない採石場の駐車場で放火がなされている。仮にB車の近くにあった車に火が燃え移ったとしても、それ以上に燃え広がることは考えられないので公共の危険は生じない。
 以上より乙に建造物等以外放火罪は成立しない。
 3.器物損壊罪(第261条)
 ①B車
 乙はB車を燃やして損壊している。B車は甲という他人の物であり、表面的には器物損壊罪の構成要件を満たす。しかしこれはB車の所有者である甲の指示を受けて行われたものであり、何らの法益も侵害していない。よって不可罰である。
 ②C所有の普通貨物自動車(以下C車とする)
 乙はB車を燃やすことにより近くにあったC車の左側面の一部をすすけさせてしまった。車は外観が重要であり、すすけた部分を元に戻すには相応の修理代も必要になるだろう。これは他人の物の傷害に当たるので、乙には器物損壊罪が成立する。
 4.まとめ
 乙には殺人罪と器物損壊罪が成立する。殺人罪はAが窒息により死亡した時点で既遂に達しており、B車を燃やすことでは生じていないので、この両罪は観念的競合ではなく併合罪の関係に立つ。

以上

 

修正答案

以下刑法については条数のみを示す。

 

[乙の罪責]
 1.殺人罪(第199条)
 乙はAを殺すことを決意し、実際に殺したので、殺人罪が成立する。
 乙はAがB車のトランク内にいることに気づき、ちゅうちょしたものの、Aを焼き殺すことを決意した。そしてそのためにAをB車のトランク内に閉じ込めたままにして、Aの口をガムテープで塞いだ。その結果、Aは車酔いにより吐出された吐しゃ物を詰まらせて窒息死した。乙はガムテープでAの口を塞ぐという行為によってAが死ぬとは思っていなかったが、この行為はAを焼き殺すための準備行為であり、時間的場所的にも焼き殺すはずであったところと接着しており(時間にして1時間程度、距離にして20キロメートル程度である)、Aを焼き殺すのに障害となる事情もなかった。よって乙がAの口をガムテープで塞ぐ行為の時点で実行行為に着手したと言ってもよいので、乙には殺人罪が成立する。乙は故意にAの口をガムテープで塞いだのであるし、この行為とAの死亡との間には因果関係があった。
 2.監禁罪(220条)
 乙はB車を運転し始めてから約1時間後にAがトランク内にいることに気づいた。にもかかわらずAをトランク内から救出するどころかかえってAの口をガムテープで塞いでトランク内に閉じ込めたままにした。この時点で乙はAを監禁したと言えるので、監禁罪が成立する。
 さらに、1で検討したようにAは死亡している。「前条[第220条]の罪を犯し、よって人を死傷させた」という要件に該当して監禁致死罪(第221条)が成立するかのように見えるが、乙はAを監禁とは別途殺害したのであり、そのことは殺人罪で評価され尽くしている。このため、監禁致死罪までは成立しない。
 3.建造物等以外放火罪(第110条)
 乙はB車に放火してこれを焼損している。これによって公共の危険を生じさせたら建造物等以外放火罪の構成要件に該当する。
 本件では建物はなく人もいない採石場の駐車場で放火がなされている。仮にB車の近くにあった車に火が燃え移ったとしても、それ以上に燃え広がることは考えられないので公共の危険は生じない。本罪の「公共の危険」という言葉で保護しようとしている法益は不特定多数の人の生命・身体・財産であるのだから、本件はその射程外である。乙には建造物等以外放火罪は成立しない。
 4.結論
 乙には殺人罪と監禁罪が成立し、これらは併合罪の関係に立つ。

 

[甲の罪責]
 1.殺人罪(第199条)
 甲はAをB車のトランク内に閉じ込めて、この車を燃やすためのガソリンも用意した上で、乙にこの車を燃やすように指示した。乙はB車にAが閉じ込められていることを知らなかったので、このままB車を燃やしてAが死亡していたら、甲は殺人罪の間接正犯になっていたはずである。
 しかし現実には乙が途中でB車のトランク内にAがいることに気づいた。そのことに気づいた以上、そのまま甲の計画通りにAを殺したとしても、乙は甲に利用されただけであるとは言えない。この時点で乙の道具性は失われる。間接正犯の実行着手は被利用者を基準にして考えて、甲にはこの時点で殺人予備(第201条)が成立するとするのが妥当である。利用者を基準にして考えて殺人未遂(第203条)が成立するとすると、現実的な死亡の危険が生じていない場合にまで対象が広がってしまい不当である。
 その後、乙はAを殺害している。甲がその共犯にならないかどうかを検討する。まず、甲と乙との間でA殺害について何らの共謀もなされていないような片面的共同正犯は否定されるべきである。共同正犯で責任の個人主義を超えて処罰される根拠は、それぞれの行為が一体となって結果の発生に寄与しているという点に求められるのだから、共謀もなく因果的に寄与していない甲が共同正犯になるべきではない。甲は乙にAを殺すことを指示したとは言えるので、殺人罪の教唆犯になる。元来は乙を道具的に利用するつもりではあったが、ひとたび乙がAの存在に気づいたら、甲が乙にAの殺害を指示したと解釈するのが自然である。
 教唆犯には正犯の刑が科される(第61条第1項)ので、殺人予備は殺人教唆に吸収される。
 2.監禁罪(第220条)
 甲はB車内でAの手足をロープで縛り、Aが自由に動けないようにした上、B車のトランク内に入れて閉じ込めた。よってこの時点で甲には監禁罪が成立する。この時点でAは甲に飲まされた睡眠薬の影響で昏睡状態であったが、それでも潜在的な移動の自由が侵害されているので、監禁罪は成立する。B車のトランク内に閉じ込めることに主眼が置かれているので略取誘拐とまでは言えない。[乙の罪責]の2で述べた乙による監禁罪が成立するまでは、甲による監禁罪が継続して成立していると考えられる。
 3.建造物等以外放火罪(第110条2項)
 建造物等以外放火罪は先に[乙の罪責]の3で検討したように、公共の危険を生じさせていないので成立しない。
 4.結論
 以上より、甲には、殺人罪の幇助及び監禁罪が成立する。これらは併合罪の関係に立つ。

以上

 

感想

練習答案はひどい出来です。そもそも乙の罪責から書き出すべきでした。共犯の扱いも雑すぎでした。出題の趣旨からすると、暴行罪(傷害罪)、器物損壊罪、死体損壊罪を扱うよりも、主要な3つの罪についてしっかりと論じるべきのようです。

 



平成25年司法試験論文民事系第3問答案練習

問題

〔第3問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問4〕までの配点の割合は,2.5:2.5:2:3〕)
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問4〕までに答えなさい。

【事例1】
 Aは,甲1及び甲2の二筆の土地を所有していたところ,平成24年9月30日,土地甲1をBに遺贈する旨の遺言(遺言①)をし,同年10月31日,土地甲2をCに遺贈し,遺言執行者としてDを指定する旨の遺言(遺言②)をした。Aの夫は,既に亡くなっており,子EがいるもののAとは疎遠となっており,B及びCはいずれもAの友人である。Aは,同年12月1日,死亡した。
 遺言①の存在を知ったEは,平成25年1月10日,遺言①はAが意思能力を欠いた状態でされたものであり無効であると主張し,Bを被告として,遺言①が無効であることの確認を求める訴えを提起した(訴訟Ⅰ)。

 以下は,Bの訴訟代理人である弁護士L1と司法修習生P1との間でされた会話である。
 L1:遺言無効確認の訴えは,遺言という過去にされた法律行為の効力の確認を求める訴えですが,確認の利益は認められるでしょうか。判例はありますか。
 P1:はい。最高裁判所昭和47年2月15日第三小法廷判決(民集26巻1号30頁)は,三十筆余の土地及び数棟の建物を含む全財産を遺贈する内容の遺言の効力が争われた事案において,次のように判示しています。

 「本件記録によれば,Xら(原告・控訴人・上告人)は,訴外某が昭和35年9月30日自筆証書によつてなした遺言は無効であることを確認する旨の判決を求め,その請求原因として述べるところは,右某は昭和37年2月21日死亡し,Xら及びY1からY5まで(被告・被控訴人・被上告人)が同人を共同相続したものであるところ,右某は昭和35年9月30日第一審判決別紙のとおり遺言書を自筆により作成し,昭和37年4月2日大分家庭裁判所の検認をえたものであるが,右遺言は,右某がその全財産を共同相続人の一人にのみ与えようとするものであつて,家族制度,家督相続制を廃止した憲法24条に違背し,かつ,その一人が誰であるかは明らかでなく,権利関係が不明確であるから無効である,というものである。これに対し,Y1を除くその余の被上告人らは,本訴の確認の利益を争うとともに,本件遺言により右某の全財産の遺贈を受けた者はY2であることが明らかであるから,本件遺言は有効である旨抗争したものである。第一審は,遺言は過去の法律行為であるから,その有効無効の確認を求める訴は確認の利益を欠くとして,本訴を却下し,右第一審判決に対してXらより控訴したが,原審も,右第一審判決とほぼ同様の見解のもとに,本訴を不適法として却下すべき旨判断し,Xらの控訴を棄却したものである。
 よつて按ずるに,いわゆる遺言無効確認の訴は,遺言が無効であることを確認するとの請求の趣旨のもとに提起されるから,形式上過去の法律行為の確認を求めることとなるが,請求の趣旨がかかる形式をとつていても,遺言が有効であるとすれば,それから生ずべき現在の特定の法律関係が存在しないことの確認を求めるものと解される場合で,原告がかかる確認を求めるにつき法律上の利益を有するときは,適法として許容されうるものと解するのが相当である。けだし,右の如き場合には,請求の趣旨を,あえて遺言から生ずべき現在の個別的法律関係に還元して表現するまでもなく,いかなる権利関係につき審理判断するかについて明確さを欠くことはなく,また,判決において,端的に,当事者間の紛争の直接的な対象である基本的法律行為たる遺言の無効の当否を判示することによつて,確認訴訟のもつ紛争解決機能が果たされることが明らかだからである。
 以上説示したところによれば,前示のような事実関係のもとにおける本件訴訟は適法というべきである。それゆえ,これと異なる見解のもとに,本訴を不適法として却下した原審ならびに第一審の判断は,民訴法の解釈を誤るものであり,この点に関する論旨は理由がある。したがつて,原判決は破棄を免れず,第一審判決を取り消し,さらに本案について審理させるため,本件を第一審に差し戻すのが相当である。」

 L1:ありがとう。ただ,訴訟Ⅰの事案には昭和47年判決の事案とは異なるところがあるように思います。昭和47年判決を前提としながら,事案の違いを踏まえ,Eが提起した遺言①の無効確認を求める訴えが確認の利益を欠き不適法であると立論してみてください。

〔設問1〕
 あなたが司法修習生P1であるとして,弁護士L1から与えられた課題に答えなさい。

【事例1(続き)】
 Cは,平成25年3月1日,土地甲2につき,遺言執行者Dとともに遺贈を原因とする所有権移転登記手続の申請をし,同日,上記登記が経由された。
 Eは,同年5月1日,遺言②はAが意思能力を欠いた状態でされたものであり無効であると主張し,Dを被告として,上記所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴えを提起した(訴訟Ⅱ)。

 以下は,Dの訴訟代理人である弁護士L2と司法修習生P2との間でされた会話である。
 L2:EがDを被告として本件訴えを提起したのはなぜだか分かりますか。
 P2:はい。遺言執行者は,遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有しており,遺言執行者がある場合に,相続人は相続財産についての処分権を失い,右処分権は遺言執行者に帰属します(民法第1012条,第1013条)。また,最高裁判所の判決にも,「相続人は遺言執行者を被告として,遺言の無効を主張し,相続財産について自己が持分権を有することの確認を求める訴を提起することができるのである。」と述べるものがあります(最高裁判所昭和51年7月19日第二小法廷判決・民集30巻7号706頁)。Eはその趣旨に従ったのだと思います。
 L2:なるほど。ただ,本件でもそのように言うことができるでしょうか。私としては,本案前の抗弁として,訴訟Ⅱの被告適格は受遺者Cにあり,遺言執行者Dには被告適格がないと主張し,訴えの却下の判決を求めようと考えています。このような立場から立論してみてください。
〔設問2〕
 あなたが司法修習生P2であるとして,弁護士L2から与えられた課題に答えなさい。

【事例2】
 材木商Fは,土地乙をその所有者Jから賃借し,材木置場として利用していたところ,平成15年4月1日,死亡した。Fの相続人は,その子であるG及びHの2名であり,Fの妻I(G及びHの母)はFより先に亡くなっている。
 Gは,Fの死亡後,家業を継ぎ,土地乙を引き続き材木置場として利用している。
 ところが,土地乙については,平成13年4月1日に同日付け売買を原因とするJからHへの所有権移転登記がされている。
 Gは,平成23年1月10日,Hを被告として,土地乙につきGが所有権を有することの確認及びGへの所有権移転登記手続を求める訴えを提起したところ,Hは,土地乙の明渡しを求める反訴を提起した。
 この訴訟(以下「前訴」という。)において,Gは,土地乙は,Gの父Fからその生前に贈与を受けた資金でGがJから買い受けたものであると主張し,Hは,Jから土地乙を買い受けたのはGではなく,Hの父Fであり,その後HがFから土地乙の贈与を受けたと主張した。
 前訴の裁判所は,審理の結果,土地乙をJから買い受けたのは,GではなくFであると認められるが,HがFから土地乙の贈与を受けた事実は認められないとの心証を得たものの,それ以上,何らの釈明を求めることなく,Gの本訴請求とHの反訴請求をいずれも棄却する判決を言い渡し,同判決は,そのまま確定した。
 ところが,その後もHが贈与により土地乙の単独所有権を取得したと主張したため,Gは,平成25年3月15日,Hに対し,土地乙がFの遺産であることを前提として,相続により取得した土地乙の共有持分権に基づく所有権一部移転登記手続を求める訴えを提起した。
 この訴訟(以下「後訴」という。)において,Hは,前訴の本訴請求についての判決により,土地乙はGの所有でないことが確定しており,この点について既判力が生じているから,Gは相続による共有持分の取得を主張することもできないと主張している。

 以下は,後訴におけるGの訴訟代理人である弁護士L3と司法修習生P3との間でされた会話である。
 P3:前訴判決の認定によれば,土地乙はFの遺産に属し,したがって,Gは法定相続分に応じた共有持分権を有していることになるので,前訴において,Gの請求はその限度で認容されるべきであったのではないでしょうか。
 L3:確かにそのような疑問は湧きますね。そもそも訴訟物のレベルにおいてGが単独所有権に基づく請求をしているのに,共有持分権の限度で請求を認容することが一部認容としてできるかについては議論がありますが,両者は実体的に包含関係にあり,一個の訴訟物の一部として共有持分権の限度で請求を認容することは可能であるという前提で考えてください。
 P3:分かりました。
 L3:それから,今の点とは別に,Gが相続によって不動産を取得したことを主張する場合の請求原因が何であるか確認する必要がありますね。その上で,主張のレベルにおいて,裁判所は,請求原因の一部であってGが主張していない事実を判決の基礎とすることができるかということが問題になりそうです。検討してみてください。

〔設問3〕
 (1)相続による特定財産の取得を主張する者が主張すべき請求原因は何か。本件の事実関係に即して説明しなさい(共有持分の割合に関する部分は捨象すること。)。
 (2)前訴における当事者の主張を前提とすると,裁判所は,適切に釈明権を行使したならば,上記請求原因を判決の基礎とすることができるかどうか,検討しなさい。

【事例2(続き)】
 以下は,数日後に弁護士L3と司法修習生P3との間でされた会話である。
 L3:さて,我々としては,前に検討してもらった諸点を踏まえて,Hの上記主張に対し,Gの法律上の反論を考えることになりますが,見通しはどうですか。
 P3:法律論としてまとめきれていないのですが,前訴ではHの反訴請求も棄却されているにもかかわらず,後訴で前訴判決の既判力を持ち出してGの共有持分権を否定するというHの態度には問題があるような気がします。既判力によっては妨げられない訴えを信義則に基づいて却下した判例(最高裁判所昭和51年9月30日第一小法廷判決・民集30巻8号799頁,最高裁判所平成10年6月12日第二小法廷判決・民集52巻4号1147頁)と関連付けて法律論を組み立てられないかと考えています。
 例えば,平成10年判決は,次のように述べています。いわゆる明示の一部請求の訴訟物は,その債権全体のうちの一部請求部分に限られるという考え方を前提とする判旨です。

 「一個の金銭債権の数量的一部請求は,当該債権が存在しその額は一定額を下回らないことを主張して右額の限度でこれを請求するものであり,債権の特定の一部を請求するものではないから,このような請求の当否を判断するためには,おのずから債権の全部について審理判断することが必要になる。すなわち,裁判所は,当該債権の全部について当事者の主張する発生,消滅の原因事実の存否を判断し,債権の一部の消滅が認められるときは債権の総額からこれを控除して口頭弁論終結時における債権の現存額を確定し(最高裁平成2年(オ)第1146号同6年11月22日第三小法廷判決・民集48巻7号1355頁参照),現存額が一部請求の額以上であるときは右請求を認容し,現存額が請求額に満たないときは現存額の限度でこれを認容し,債権が全く現存しないときは右請求を棄却するのであって,当事者双方の主張立証の範囲,程度も,通常は債権の全部が請求されている場合と変わるところはない。数量的一部請求を全部又は一部棄却する旨の判決は,このように債権の全部について行われた審理の結果に基づいて,当該債権が全く現存しないか又は一部として請求された額に満たない額しか現存しないとの判断を示すものであって,言い換えれば,後に残部として請求し得る部分が存在しないとの判断を示すものにほかならない。したがって,右判決が確定した後に原告が残部請求の訴えを提起することは,実質的には前訴で認められなかった請求及び主張を蒸し返すものであり,前訴の確定判決によって当該債権の全部について紛争が解決されたとの被告の合理的期待に反し,被告に二重の応訴の負担を強いるものというべきである。以上の点に照らすと,金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは,特段の事情がない限り,信義則に反して許されないと解するのが相当である。」

 L3:そうですね。既判力は前訴の訴訟物の範囲について生じ,その範囲で後訴において作用するのが原則ですが,あなたが指摘してくれた昭和51年判決や平成10年判決のように,判例は,訴訟物の範囲を超えて後訴における蒸し返しを封じる場合を認めています。訴訟物の範囲を超える部分では信義則が働くという論法です。
 このように信義則を理由として訴訟物の範囲よりも広く蒸し返しを禁じること(遮断効の拡張)が認められるのであれば,信義則を理由として既判力の作用を訴訟物よりも狭い範囲に止めること(遮断効の縮小)も認められるかもしれません。遮断効の縮小に関しては,色々な考え方があり得ますが,本件では,平成10年判決を参考にして立論することにしましょう。言うまでもなく,信義則は一般条項ですから,これを持ち出す場合には,どのような事情がいかなる理由により信義則の適用を基礎付けるのか,十分検討する必要があります。困難な課題ではありますが,Hの上記主張に対し,Gの立場から考えられる法律上の主張を立論してみてください。
〔設問4〕
 あなたが司法修習生P3であるとして,弁護士L3から与えられた課題に答えなさい。

 

練習答案

以下民事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 遺言①の無効確認を求める訴えは、表面上は過去にされた法律行為の効力の確認を求める訴えであり、例外的な事情がない限り確認の利益を欠き不適法である。
 その例外的な事情とは、昭和47年判決の言葉を借りると、「あえて遺言から生ずべき現在の個別的法律関係に還元して表現するまでもなく、いかなる権利関係につき審理判断するかについて明確さを欠くことはな」い場合である。この事案では、遺言の無効確認という体裁を取っていても、相続財産を共同相続人が共有していることの確認を求めているのだと明確にわかるということである。
 本件ではそのように現在の法律関係の確認へと明確に引き直すことができない。Bが甲1を所有していないことの確認であれば、遺言①以外の事情も含めて審判しなければならない。Eが甲1を所有していることの確認だとしても同様である。いずれにしても、遺言①の無効確認ではなく、現在の所有権などの法律関係の確認を求めるべきである。

 

[設問2]
 本件では原告であるEが、土地甲2について、遺贈を原因とするCへの所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴えを提起している。この手続をすることができるのは所有権移転登記がなされたCであり、遺言執行者のDではない。つまり、仮にEがDを被告として勝訴したとしても、DはEの求める手続ができないのであるから、無意味である。Dに被告適格はなく、Cにあるのである。
 確かに本文中で私(P2)が述べたように、相続財産の処分権は遺言執行人に帰属し、遺言執行者を被告として、遺言の無効確認を主張し、相続財産について自己が持分権を有することの確認を求める訴を提起することができるとする最高裁判例もある。しかしそれは遺言執行者が相続財産を処分するまで妥当するにすぎず、現に処分してしまってからは妥当しない。特に現金である相続財産を処分してその人の一般財産と混ざってしまった場合などを想起するとその理は自明である。

 

[設問3]
 (1)相続による特定財産の取得を主張する者が主張すべき請求原因は、①被相続人が死亡した事実、②自分が相続人であること、③その特定財産が相続財産に含まれることの3つである。本件の事実関係に即して説明すると、①Fは平成15年4月1日に死亡した、②GはFの子であり、Fの妻IはFより先に亡くなっている、③平成15年4月1日時点でFが土地乙を所有していた、の3つである。
 (2)前訴における当事者の主張を前提とすると、裁判所は、適切に釈明権を行使したならば、上記請求原因を判決の基礎とすることができる。そして問題分にあるように共有持分権の限度で請求を認容することが一部認容としてできるという前提で考えるなら、Gが共有持分権の限度で所有権を有することを確認し、その限度で所有権移転登記手続をせよという判決を下すことになる。
 (1)①のF死亡の事実は、Gが「生前に贈与を受けた資金」と主張していることから、Gの主張に含まれている。②については、裁判所がGに対して相続による取得について釈明権を行使して、GがFの子でありFの妻IはFより先に亡くなっているという事実が現れればよい。③は土地乙をJから買い受けたのはFであると裁判所が認めている。

 

[設問4]
 信義則を理由として既判力の作用を訴訟物よりも狭い範囲に止めること(遮断効の縮小)を主張する。本件に即して言うなら、後訴で働く前訴の既判力を、通常考えられる「土地乙はGの所有でないこと」から「土地乙はGがJから買い受けたことを理由としてGの所有になることはない」へと縮小するという主張である。判断の理由までを既判力に取り込み遮断効を縮小するということである。もしこれが認められれば、Gが相続という別の理由で土地乙の所有を主張することが許される。
 このような、信義則を理由とした遮断効の縮小が基礎づけられる事情を以下で検討する。まず、前訴で訴訟物について判断をするための主張にもれがあったという事情が必要である。仮に本件の前訴で相続の主張をGがしていた、あるいはするように釈明を求められたのにしなかったとしたら、遮断効を縮小してはいけない。
 また、別様の遮断効の縮小も考えることができる。それは本件に即して言うと、「土地乙はGの単独所有ではない」へと縮小するという主張である。既判力の作用を量的に縮減するということである。こちらの路線でも前訴の既判力が後訴の妨げになることがなくなる。
 こちらの遮断効の縮小が基礎づけられる事情を以下で検討する。それは前訴で、共有持分権の限度で請求を認容することが一部認容としてもできないと考えられた場合である。この場合は裁判所が、原告が共有持分権を有するという心証を抱いたとしても、請求を棄却せざるを得ない。しかしそれにより原告が後訴で共有持分権に基づく主張をすることができなくなるのは不合理である。
 以上より、Gの立場から、信義則(第2条)を理由として、上記2通りの遮断効の縮小を主張することができる。

以上

 

修正答案

以下民事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 遺言①の無効確認を求める訴えは、表面上は過去にされた法律行為の効力の確認を求める訴えであり、例外的な事情がない限り確認の利益を欠き不適法である。というのも、過去にされた法律行為の効力の確認をしても、その後の事情が考慮されず、現在の紛争の解決に役立つとは限らないからである。直接現在の法律関係の確認を求めるのが基本原則である。
 過去にされた法律行為の効力の確認を許す例外的な事情とは、昭和47年判決の言葉を借りると、「あえて遺言から生ずべき現在の個別的法律関係に還元して表現するまでもなく、いかなる権利関係につき審理判断するかについて明確さを欠くことはな」い場合である。この事案では、遺言の無効確認という体裁を取っていても、相続財産を共同相続人が共有していることの確認を求めているのだと明確にわかるということである。
 本件ではそのように現在の法律関係の確認へと明確に引き直すことができない。Bが土地甲1を所有していないことの確認であれば、遺言①以外の事情も含めて審判しなければならない。Eが甲1を所有していることの確認だとしても同様である。いずれにしても、遺言①の無効確認ではなく、現在の所有権などの法律関係の確認を求めるべきである。
 確かに昭和47年判決の事案でも、個々の財産について共有持分権を確認することを求めることが理論的には可能であったが、そうすると相続財産全てを網羅的に挙げる必要があり、漏れがあったとしたらそれについては判断が下されない。この事案ではそれよりも遺言の無効を確認したほうがより簡単に、そして直接的に現在の紛争を解決することにつながったのである。

 

[設問2]
 本件では原告であるEが、土地甲2について、遺贈を原因とするCへの所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴えを提起している。この手続をすることができるのは所有権移転登記がなされたCであり、遺言執行者のDではない。つまり、仮にEがDを被告として勝訴したとしても、DはEの求める手続ができないのであるから、無意味である。Dに被告適格はなく、Cにあるのである。
 確かに本文中で私(P2)が述べたように、相続財産の処分権は遺言執行者に帰属し、遺言執行者を被告として、遺言の無効確認を主張し、相続財産について自己が持分権を有することの確認を求める訴を提起することができるとする最高裁判例もある。遺言執行者は民法第1012条を根拠にして法定訴訟担当である解釈できるのである。しかしそれは遺言執行者が相続財産を処分するまで妥当するにすぎず、現に処分してしまってからは妥当しない。本件では遺言執行者であるDは土地甲2の登記をCに移転したことでその任務を終了している。よって土地甲2の処分権はCが有することになる。もしも遺言執行者がその任務を終えてからも相続財産であった財産の訴訟を担当しなければならないとなると、遺言執行者の負担が過大になってしまう。

 

[設問3]
 (1)相続による特定財産の取得を主張する者が主張すべき請求原因は、①被相続人が死亡した事実、②自分が相続人であること、③その特定財産が相続財産に含まれることの3つである。本件の事実関係に即して説明すると、①Fは平成15年4月1日に死亡した、②GはFの子である、③平成15年4月1日時点でFが土地乙を所有していた、の3つである。
 (2)前訴における当事者の主張を前提とすると、裁判所は、適切に釈明権を行使したならば、上記請求原因を判決の基礎とすることができる。そして問題分にあるように共有持分権の限度で請求を認容することが一部認容としてできるという前提で考えるなら、Gが共有持分権の限度で所有権を有することを確認し、その限度で所有権移転登記手続をせよという判決を下すことになる。
 民事訴訟法の基本理念である弁論主義の観点から、裁判所は当事者が主張しないことを判決の基礎としてはならない。そこで(1)の各事実を当事者であるG又はHが主張しているかどうかを検討する。自由心証主義(第247条)の帰結として、その主張はG又はHのいずれかが主張していればそれで足りる(証拠共通の原則)。
 ①のF死亡の事実は、Gが「生前に贈与を受けた資金」と主張していることから、Gの主張に含まれている。②については、GがFの子であることは「Gの父F」という表現から読み取れる。③は土地乙をJから買い受けたのはFであるとHが主張し、それを裁判所が認めている。以上より、①から③の事実はG又はHが主張していたと言える。
 しかし、①と②の事実が主要な争点となっていなかったと思われるところ、これらを判決の基礎とすると当事者にとって不意打ちになる恐れがある。また、Gが相続を理由とした共有持分権による請求の一部認容を求めるかどうかも確認したほうがよい。裁判所がこれらの点について適切に釈明権を行使したならば、上記請求原因を判決の基礎とすることができる。

 

[設問4]
 信義則を理由として既判力の作用を訴訟物よりも狭い範囲に止めること(遮断効の縮小)を主張する。本件に即して言うなら、後訴で働く前訴の既判力を、通常考えられる「土地乙はGの所有でないこと」から「土地乙はGがJから買い受けたことを理由としてGの所有になることはない」へと縮小するという主張である。判断の理由までを既判力に取り込み遮断効を縮小するということである。もしこれが認められれば、Gが相続という別の理由で土地乙の所有を主張することが許される。
 このような、信義則を理由とした遮断効の縮小が基礎づけられるためには、前訴で訴訟物について判断をするための主張にもれがあったという事情が必要である。仮に本件の前訴で相続の主張をGがしていた、あるいはするように釈明を求められたのにしなかったとしたら、遮断効を縮小してはいけない。
 また、別様の遮断効の縮小も考えることができる。それは本件に即して言うと、「土地乙はGの単独所有ではない」へと縮小するという主張である。既判力の作用を量的に縮減するということである。こちらの路線でも前訴の既判力が後訴の妨げになることがなくなる。
 こちらの遮断効の縮小が基礎づけられる事情を以下で検討する。それは前訴で、共有持分権の限度で請求を認容することが一部認容としてもできないと考えられた場合である。この場合は、原告が共有持分権を有するという心証を裁判所が抱いたとしても、請求を棄却せざるを得ない。しかしそれにより原告が後訴で共有持分権に基づく主張をすることができなくなるのは不合理である。
 そもそも既判力が認められるのは、一度決着した訴訟を蒸し返して当事者の期待と訴訟経済を害することを防ぐためである。本件の前訴の決着は、土地乙が売買を理由としてGが単独所有するのでもなければ贈与を理由としてHが単独所有するものでもないというものであった。Gはその決着に沿った請求を後訴でしているのであって、前訴を蒸し返しているのはむしろHのほうである。よってGの立場から、Hの主張は信義則(第2条)に反しているとして、上記2通りの遮断効の縮小を主張することができる。

以上

 

感想

細かいミスはたくさんしていたものの、全体としておよそ理解できていたかなと思います。しかし基本原則の説明を抜かしていた部分があったので、それを反省しなければなりません。

 



勉強法の本のまとめ

私はこれまでに、仕事のため、自分のために勉強法の本はかなり読んできました。それぞれの本で共通している部分もあれば、相反している部分もあります。山の学校の「勉強とは何か?」トークイベントで話すことになったので、これを機会に勉強法の本をまとめておきます。

 

1.孔子『論語』、プラトン『ソクラテスの弁明』、福沢諭吉『学問のすすめ』

勉強法と関わる古典としてはこの3つを挙げたいです。テキストは見つけやすいと思いますので、それぞれ入手してください。

 

孔子『論語』は最初の部分で学びについて述べられています。

 

子曰わく、学びて時に之を習う、亦説ばしからずや。朋遠方より来たる有り、亦楽しからずや。人知らずして慍みず、亦君子ならずや。

 

私なりに勉強法に引きつけて解釈すると、「学んで復習するとよく理解できて喜ばしいことだ。勉強仲間が来て共に勉強するのも楽しいことだ。自分が勉強していることを他人が知らなくても気にしないというのは立派なことだ。」となります。

 

他にも有名な「四十にして惑わず」は「十有五にして学に志し」から続いているので学べば人生に迷わないという意味だと解釈できますし、「温故知新」も「古いものと新しいものの両方勉強すべきだ」という主張だと読めます。学ぶことと思うこと(暗記することと考えること)の両方をすべきだと説く箇所などは、「数学は暗記か理解か」というテーマを想起させます。

 

プラトン『ソクラテスの弁明』には「無知の知」と呼ばれる部分があります。ソクラテスも当時賢いとされた人も物事を知らないのであるが、ソクラテスは自分が物事を知らないということをわきまえているのに対し、賢いとされた人は自分が物事を知らないということをわきまえていないということです。そしてソクラテスは対話を通じて相手と共により高次の理解へと至ります。「無知の知」と「対話術(弁証法)」は有力な勉強法として現代でもそのまま通用します。

 

福沢諭吉『学問のすすめ』は何のために勉強するのかを考える書です。そこでは個人が独立し、国家が独立することがその目的とされます。狭い意味での勉強法からは少し離れますが、今で言うところの、学者の役割や、行政と民間との関係なども論じられます。

 

 

2.野口悠紀雄『「超」勉強法』(講談社、1995)とアルベルト湯川『「超」勉強法 「超」批判』(データハウス、1996)


「超」勉強法


作 者: 

出版社: 講談社

発売日: 2007年08月16日


「超」勉強法「超」批判


作 者: 

出版社: データハウス

発売日: 2007年08月15日

私の記憶がある範囲では、野口悠紀雄『「超」勉強法』が「勉強法」と題して話題になった最初の本です。中学生か高校生くらいのときに読みました。その主張は次の通りです。

 

第一原則:面白いことを勉強する

第二原則:全体から理解する

第三原則:八割原則

 

そしてこれらに基づいて、英語は教科書などを丸暗記する、国語で文章を書くときは字数に着目する、数学では基礎がわからなくても百科事典で必要な項目を読む「パラシュート学習法」をすることがすすめられます。

 

これを受けてアルベルト湯川『「超」勉強法 「超」批判』では、特に数学と英語に関して、暗記ではなく理解をする学習が大事だと反論されます。さらにこの本では、統計学を批判しその代わりに厳密科学を提唱して経済学を大きく作り変えるような試みがなされるかと思えば、睡眠時間を確保してタバコの煙を避けるべきだという非常に身近な助言がなされたりもします。

 

それぞれに続編があります。それでも両者の対立点は同じで、野口悠紀雄さんのほうは大まかに暗記で乗り切ろうとして、アルベルト湯川さんのほうは厳密な理解を重視します。

 

 

3.和田秀樹『できる大人の勉強法大全』(ロングセラーズ、2013)


できる大人の勉強法大全


作 者: 

出版社: ロングセラーズ

発売日: 2013年06月11日

和田秀樹さんと言えば数えきれないほどの勉強法本を出されています。ご自身の学歴が灘中学・高校から東大理IIIと日本では最高のものです。そうはいっても全く挫折知らずだということはありません。灘中学・高校では落ちこぼれになり、だからこそ「できる人から学ぶ」という姿勢を身につけられたのでしょうし、「数学は暗記」といった効率的な勉強法を追い求められたのでしょう。

 

和田秀樹さんのスタイルは神経科学や認知心理学に依拠しつつ、効率的に勉強することです。私の言葉でまとめると、勉強を始めるときはできる人や入門書から学び、いろいろとエピソードなどをつなげながら記憶し、過去問を活用して、わからないところは答えを見て記憶し、適度に復習するということになります。「複眼思考」、「メタ認知」、「EQ」といったキーワードが印象的です。これは知性の働きによって感情的な部分にも対処しようとする、知性→感情という方向です。逆の感情→知性(動機付けをして勉強のやる気を高める)という方向にはほとんど注目されていません。和田秀樹さんにとっては一週間のうち日曜日に休んだり遊んだりするとやる気は自然に出てくるもののようです。

 

この『できる大人の勉強法大全』という本ではこうしたコツが非常に短くコンパクトに記述されています。これまでに聞いたり読んだりしたことの総まとめとしては適していますが、その分だけ掘り下げが少なく物足りないとも言えます。

 

4.市川伸一『勉強法の科学――心理学から学習を探る』(岩波書店、2013)


勉強法の科学 : 心理学から学習を探る


作 者: 

出版社: 岩波書店

発売日: 2013年09月26日

さらに科学的に勉強法を考えるのがこの本です。さながら心理学の入門書です。

 

記憶についてはチャンク化してつなげる、有意味化して理解することが推奨されます。知識の使い方ではスキーマ(枠組み)という概念が重要で、それが助けになることもあれば妨げになることもあります。動機付けについては学習性無力感などが紹介されます。高校生との質疑応答も参考になります。これが1997年に行われていたとは驚きです。心理学の基礎的な知見に基づいているので、2013年に再度編集されて出版されても内容は色あせていません。

 

5.伊藤真『夢をかなえる勉強法』(サンマーク出版、2006)


夢をかなえる勉強法


作 者: 

出版社: サンマーク出版

発売日: 2007年08月06日

資格試験と言えば司法試験(医師国家試験はどちらかと言うと医学部入試での勝負ですが、司法試験は予備試験経由で誰でも受験できます)ということで伊藤真さんの本を取り上げます。

 

この本では勉強法以前の部分に感銘を受けました。伊藤真さんは生徒にまず合格体験記を書いてもらうのだそうです。目標をはっきりさせるためです。その上で合格しないことも直視されています。司法試験は合格者の人数が予め決められているので必ず不合格者が発生しますからね。塾や予備校では誰でも合格できるかのうように喧伝するのが常なのに、伊藤真さんは合格しないこと可能性にはっきり言及されていたのに驚きました。

 

勉強法はオーソドックスなものです。目次をコピーして全体像を把握する、過去問に早くから取り組む、セルフレクチャーをする、しんどくなったときにあと5分粘るといったことです。ここまでは私も同感ですが、色分けしてマーカーで塗るという部分にだけ違和感を覚えました。個人的にそこまで几帳面にできないからです。

 

エジプトのピラミッドに閉じ込められた話や、睡眠時間を削って勉強して眠ると本が落ちてきて目を覚ますような仕掛けを作った話など、熱いエピソードが満載です。睡眠時間はきちんと取ったほうが効率的だと主張する和田秀樹さんとはある意味対照的です。

 

6.三田紀房監修『ドラゴン桜 公式ガイドブック 東大へ行こう』(講談社、2005)と7人の特別講義プロジェクト『ドラゴン桜公式副読本 16歳の教科書 なぜ学び、なにを学ぶのか』(講談社、2007)


東大へ行こう! : ドラゴン桜公式ガイドブック


作 者: 

出版社: 講談社

発売日: 2005年08月18日


16歳の教科書 : なぜ学び、なにを学ぶのか : ドラゴン桜公式副読本


作 者: 

出版社: 講談社

発売日: 2024年02月13日

勉強法を語る上では『ドラゴン桜』を避けては通れません。本当は原作を読むべきなのでしょうが、絵や世界観に好き好きがあり、私はガイドブックと公式副読本で済ませてしまいました。

 

『ドラゴン桜 公式ガイドブック 東大へ行こう』は『ドラゴン桜』の勉強法部分のまとめと、それに対する現役東大生からのコメントから構成されています。細かなコツがたくさん載っています。東大に特化した部分、東大に限らず日本の大学入試に応用できる部分、広く勉強法に関わる部分があります。メモリーツリーで関連付けて記憶せよといったよく聞くコツもあれば、街に出ていろいろなものに好奇心を向けよといった目新しいコツもあります。

 

『ドラゴン桜公式副読本』のシリーズは16歳の教科書が2冊、40歳の教科書が2冊の計4冊が出版されています。勉強法と言えるのは上に画像を示した16歳の教科書の1冊目で、残りはいろいろな人が勉強と関連付けて自分の人生や考えを語っています。この本では5教科について専門家が勉強法を述べていて、例えば数学では計算の工夫の仕方や数学力の分析が示されます。

 

7.菅広文『京大芸人』(講談社、2008)と坪田信貴『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』(KADOKAWA/アスキー・メディアワークス、2013)


京大芸人


作 者: 

出版社: 講談社

発売日: 2008年12月17日


学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話


作 者: 

出版社: KADOKAWA

発売日: 2014年02月27日

勉強法に関わる伝記ものとしてこの2冊を紹介します。

 

『京大芸人』はロザンの宇治原さんの伝記を相方である菅ちゃんが記した本です。面白おかしく読めて、嫌味でなく、かつそこで紹介されている勉強法はおよそ正しいという絶妙なバランスが保たれていると感じました。具体的には「京大芸人」及び「京大少年」で紹介されている宇治原さんの勉強法について教えて… – Yahoo!知恵袋の回答にある通りです。この本の続編である『京大少年』の冒頭でも同じ内容がまとめられています。

 

『京大芸人』で書かれている勉強法は私にとって目新しいものではなかったので、大学入学以後が記された『京大少年』のほうが興味深かったです。宇治原さんは「ええかっこしい」であり、わからないことがあれば移動中にでもすぐに調べるといったあたりです。高校時代は勉強ができても嫌な奴だという印象だったのが、大人になるにつれて人間性の部分が変わってきたというところがこの物語の見せ場です。

 

宇治原さんは小さい頃から周りからかしこいかしこいと言われるような少年でしたが、周りからバカだと言われ続けた少女が慶応大学に入学するという話があります。今話題の「ビリギャル」本です。

 

この話はウソではないと感じましたし、そこで実践されている方法も正しいと思います。歴史をストーリーで覚えるというのは『京大芸人』とも共通しますし、入試で必要な科目に絞って勉強するのも当然でしょう。しかしこの本の主役はビリギャルことさやかちゃんではなく、著者である坪田信貴さんだと思います。勉強法よりも教授法です。

 

そして坪田信貴さんが上手に教えれば教えるほど、救いようのない気分が湧いてきます。親が塾代を払い、本人は塾で決められたように勉強するだけになるからです。さやかちゃん自身がとてつもなく頑張ったことは否定しませんが、創意工夫をした跡がうかがえないのです。親が安くない塾代を払えたからその塾に通えて希望の大学に合格できたのです。そして大学に合格したらそれで終わりといった感じです。

 

8.馬場祐平『受験はゲーム-「道塾式」劇的合格法』(光文社、2009)、花房孟胤『予備校なんてぶっ潰そうぜ。』(集英社、2014)


受験はゲーム!「道塾式」劇的合格法 : 授業もノートもいらない、レベル1からはじめる早稲田攻略への道


作 者: 

出版社: 光文社

発売日: 2009年07月30日


予備校なんてぶっ潰そうぜ。


作 者: 

出版社: 集英社

発売日: 2014年06月11日

塾に通え(通わ)なくてもインターネットを活用すれば勉強できるという新しい時代の動きを紹介します。

 

馬場祐平さんは高校中退の後、大検(現在の高卒認定試験)を経て早稲田大学に入学し、勉強法を学ぶ意義を解いている人です。本のタイトルからもわかるように、受験をゲームだと捉えて、その攻略法をインターネットで探し、2ちゃんねるにまとめるというスタイルが独特です。参考書の具体的な名前や生活リズムにまで話が及んでいて極めて実践的です。

 

花房孟胤さんは東大在学中にmanaveeという無料授業動画サイトを作った人です。地理的、経済的な壁を取っ払うことはもちろん、多様な講師陣から好みの講師を選ぶというコンセプトが特徴的です。『予備校なんてぶっ潰そうぜ。』は勉強法についての本ではなく、いかにmanaveeを運営してきたかについての本です。

 

 

9.齋藤孝『地アタマを鍛える知的勉強法』(講談社、2009)と池上彰『<わかりやすさ>の勉強法』(講談社、2010)


地アタマを鍛える知的勉強法


作 者: 

出版社: 講談社

発売日: 2010年01月25日


〈わかりやすさ〉の勉強法


作 者: 

出版社: 講談社

発売日: 2010年08月13日

最後にテレビでも見かける文化人に登場いただき、少し角度を変えて勉強法を考えます。

 

齋藤孝さんは『声に出して読みたい日本語』や「三色ボールペン」でおなじみの教育学者です。身体性や視覚イメージを重視した勉強法です。ニーチェに憑依されると言ってみたり、野生の勉強法と言ってみたりするかと思えば、第四章のまとめでは、スタンダードな本を選び、往復を繰り返し、苦手ノートを作るといった穏当なアドバイスが並べられています。かと思えばその後の終章では丹田呼吸をして直感的に本質をつかむといったことが語られます。

 

池上彰さんはわかりやすさの代名詞とも言える人です。常に根本的な疑問を持つ、絵を描けるような説明をするといったことは勉強法にもつながりそうです。名前ネタはフックになるというコラムも、例えば英単語を覚える際に応用できるでしょう。その他新聞や本の活用の仕方、ノートの取り方、インタビューの仕方などが本の後半では取り上げられます。

 

まとめ

  • 楽しみながら勉強する
  • 理解できることは理解する
  • 適度に復習をする
  • 関連づけながら記憶する
  • 目的をはっきりさせ、自分の現状を把握する
  • 各自でなぜ勉強するのかを追求する

 

楽しみながら勉強するということに反対する人はいないでしょう。理解できることは理解したほうが楽しくなりますし、思考力を養うことができます。記憶に関しては適度に復習することと関連づけながら覚えるようにするのが2つの大きなコツです。一歩引いて、目的をはっきりさせて自分の現状を把握するのも大切です。入学試験や資格試験なら過去問を最大限活用する、合格者の話を聞くなど最適な方法を探ることができます。その目的を突き詰めると「なぜ勉強するのか」という問いに行き着きますが、その答えは各自で追求するしかありません。

 




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