浅野直樹の学習日記

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平成24年司法試験論文公法系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100)
 A寺は,人口約1000人のB村にある寺である。伝承によると,A寺は,江戸時代に,庄屋を務めていた村一番の長者によって創建された。その後,A寺は,C宗の末寺となった。現在では,A寺はB村にある唯一の寺であり,B村の全世帯約300世帯のうち約200世帯がA寺の檀家である。A寺の檀家でない村民の多くも,初詣,節分会,釈迦の誕生日を祝う灌仏会(花祭り)等のA寺の行事に参加しており,A寺は村民の交流の場ともなっている。また,A寺は,悩み事など心理的ストレスを抱えている村民の相談も受け付けており,檀家でない村民も相談に訪れている。
 A寺の本堂は,江戸時代の一般的な寺院の建築様式で建てられており,そこには観音菩薩像が祀られている。本堂では,礼拝供養といった宗教儀式ばかりでなく,上記のような村民の相談も行われている。本堂の裏手には,広い墓地がある。B村には数基のお墓があるだけの小さな墓地を持つ集落もあるが,大きな墓地はA寺の墓地だけである。
 かつては一般に,寺院が所有する墓地に墓石を建立することができるのは,当該寺院の宗旨・宗派の信徒のみであった。しかし,最近は,宗旨・宗派を一切問わない寺院墓地もある。A寺も,近時,墓地のパンフレットに「宗旨・宗派は問わない」と記載していた。村民Dの家は,先祖代々,C宗の信徒ではない。Dは,両親が死亡した際に,A寺のこのパンフレットを見て,両親の遺骨をA寺の墓地に埋蔵し,墓石を建立したいと思い,住職にその旨を申し出た。「宗旨・宗派は問わない」ということは,住職の説明によれば,C宗の規則で,他の宗旨・宗派の信者からの希望があった場合,当該希望者がC宗の典礼方式で埋葬又は埋蔵を行うことに同意した場合にこれを認めるということであった(墓地等管理者の埋蔵等の応諾義務に関する法規制については,【参考資料】を参照。)。しかし,Dは,この条件を受け入れることができなかったので,A寺の墓地には墓石を建立しなかった。
 山間にあるB村の主要産業は林業であり,多くの村民が村にある民間企業の製材工場やその関連会社で働いている。20**年に,A寺に隣接する家屋での失火を原因とする火災(なお,失火者に故意や重過失はなかった。)が発生したが,その折の強風のために広い範囲にわたって家屋等が延焼した。A寺では,観音菩薩像は持ち出せたものの,この火災により本堂及び住職の住居である庫裏が全焼した。炎でなめ尽くされたA寺の墓地では,木立,物置小屋,各区画にある水場の手桶やひしゃく,各墓石に供えられた花,そして卒塔婆等が全て焼失してしまった。A寺の墓地は,消火後も,荒涼とした光景を呈している。また,B村の村立小学校も,上記製材工場やその関連会社の建物も全焼した。もっとも,幸いなことに,この火事で亡くなった人は一人もいなかった。
 A寺は,創建以来,自然災害等によって被害を受けることが全くなかったので,火災保険には入っていなかった。A寺の再建には,土地全体の整地費用も含めて億単位の資金が必要である。通常,寺院の建物を修理するなどの場合には,檀家に寄付を募る。しかし,檀家の人たちの多くが勤めていた製材工場やその関連会社の建物も全焼してしまったため,各檀家も生計を立てることが厳しくなっている。それゆえ,檀家からの寄付によるA寺の建物等の再建は,困難であった。
 この年,B村村長は,全焼した村立小学校の再建を主たる目的とした補正予算を議会に提出した。その予算項目には,A寺への再建助成も挙げられていた。補正予算審議の際に,村長は,「A寺は,長い歴史を有するばかりでなく,村の唯一のお寺である。A寺は,宗旨・宗派を越えて村民に親しまれ,村民の心のよりどころでもあり,村の交流の場ともなっている。A寺は,村にとっても,村民にとっても必要不可欠な,言わば公共的な存在である。できる限り速やかに再建できるよう,A寺には特別に助成を行いたい。その助成には,多くの村民がお墓を建立しているA寺の墓地の整備も含まれる。墓地は,亡くなった人の遺骨を埋蔵し,故人を弔うためばかりでなく,先祖の供養という人倫の大本といえる行為の場である。それゆえ,速やかにA寺の墓地の整備を行う必要がある。」と説明した。
 A寺への助成の内訳は,墓地の整備を含めた土地全体の整地の助成として2500万円(必要な費用の2分の1に相当する額),本堂再建の助成として4000万円(必要な費用の4分の1に相当する額),そして庫裏再建の助成として1000万円(必要な費用の2分の1に相当する額)となっている。補正予算は,村議会で議決された。その後,B村村長はA寺への助成の執行を終了した。

 

〔設問1〕
 Dは,今回のB村によるA寺への助成は憲法に違反するのではないかと思い,あなたが在籍する法律事務所に相談に来た。
 あなたがその相談を受けた弁護士である場合,どのような訴訟を提起するか(なお,当該訴訟を提起するために法律上求められている手続は尽くした上でのこととする。)。そして,その訴訟において,あなたが訴訟代理人として行う憲法上の主張を述べなさい。

 

〔設問2〕
 設問1における憲法上の主張に関するあなた自身の見解を,被告側の反論を想定しつつ,述べなさい。

 

【参考資料】墓地,埋葬等に関する法律(昭和23年5月31日法律第48号)(抄録)
第1条 この法律は,墓地,納骨堂又は火葬場の管理及び埋葬等が,国民の宗教的感情に適合し,且つ公衆衛生その他公共の福祉の見地から,支障なく行われることを目的とする。
第13条 墓地,納骨堂又は火葬場の管理者は,埋葬,埋蔵,収蔵又は火葬の求めを受けたときは,正当の理由がなければこれを拒んではならない。

 

練習答案

以下日本国憲法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 私がこの相談を受けた弁護士である場合、本件助成は違法若しくは不当な公金の支出であるとして、A寺に不当利得返還の請求をすることをB村村長に対して求める請求(地方自治法第242条の2第1項第4号)をする訴訟を提起する。
 そしてその訴訟において、私は訴訟代理人として、本件助成は宗教上の組織若しくは団体の使用、便益、若しくは維持のために公金を支出しているので、第89条に反しており違法(違憲)であるという主張を行う。本件助成ではB村の公金が支出されていることは間違いない。そしてそれがA寺という宗教上の組織が火災により損なわれた土地建物を回復して維持させるために支出されている。
 ひいては第20条第1項のいわゆる政教分離原則にも反するので違憲であるという主張も行う。B村の公金には国に由来する部分もあるので、本件助成はA寺という宗教団体が国から特権を受けることになるからである。

 

[設問2]
 1.被告側の反論
 本件助成は、宗教上の組織の維持のために支出されているのでもなければ、宗教団体に特権を与えるものでもないので第89条にも第20条第1項にも反さず適法である。
 日本国憲法は少しでも宗教的な色彩を帯びている事柄には一切公金を支出してはならないとまでするものではない。宗教的な由来をもつ事柄は多岐にわたるので、もしそれへの公金の支出を禁じればありとあらゆる支出が禁じられてしまい不合理である。例えば公立学校でのクリスマスパーティーや都道府県の発注した建物の地鎮祭などのように、一般に定着していて特定の宗教を援助する目的も効果もないような事柄には公金を支出することも可能であると解すべきである。
 この観点から本件助成を検討すると、確かにA寺の土地建物を回復することが目的とされているように見えるが、これは宗教団体であるA寺を援助する目的ではなく、墓地や相談集会場という公共的な施設の回復を目的としたものである。実際、A寺の檀家であるか否かを問わず、行事や相談に参加していたのであり、墓地に埋葬してもらうことも可能であった。B村の一般的な村民にとって、本件助成はA寺という特定の宗教を援助するものであるとは映らなかったであろう。
 以上より、本件助成は、多少宗教的な要素を含んでいたとしても、特定の宗教を援助する目的でなされたのではなく一般人にとってその効果もなかったので違憲ではなく適法である。
 2.私自身の見解
 私自身は本件助成が適法であると考える。
 被告側が反論するように、少しでも宗教的な要素がある事柄に対しては一切公金を支出してはならないのではなく、特定の宗教を援助する目的や効果がなければ公金を支出してもよいと考えるのが妥当である。しかし被告側の反論をうのみにするのではなく、より詳細に検討しなければならない。
 少なくとも原告のDは本件助成にA寺を援助する効果を認めたために本件提訴に及んだのである。そしてそれは埋葬にまつわる出来事にも関係している。DはA寺の墓地に両親を埋葬してもらうことを希望したが、C宗の典礼方式で行われるという条件のために断念したのであった。ここから考えると、本件墓地への助成は、C宗(A寺)の典礼方式を促進させるという効果を持つとも考えられる。しかしここでC宗の典礼方式と呼ばれているものはおそらく何回線香を供えるとかいつお参りするとかいった形式的なものであって、多くの人にとっては宗教的な意義を有さないものであると考えられる。よってこの点を考慮してもなお本件助成にはA寺(C宗)という特定の宗教を援助する効果は一般人を基準にすればないと言える。
 また、墓地や相談集会場が必要なのだとしたら、B村公営の施設を新たに作ればよいのではないかという原告からの再反論も想定される。確かにそれも一案ではあるが、本件助成なら費用を一部負担するだけなので安く上がり、また村民にとっても慣れ親しんだところを使用できるという効用もある。こうした事情からしても本件助成には合理性があり、特定の宗教を援助する意図は認め難い。
 以上より、本件助成は第89条にも第20条第1項にも反さず適法であると私は考える。

以上

 

修正答案

以下日本国憲法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 私がこの相談を受けた弁護士である場合、本件助成は違法な公金の支出であるとして、A寺に不当利得返還の請求をすることをB村の執行機関であるB村村長に対して求める請求(地方自治法第242条の2第1項第4号)をする訴訟を提起する。
 そしてその訴訟において、私は訴訟代理人として、本件助成は宗教上の組織若しくは団体の使用、便益、若しくは維持のために公金を支出しているので、第89条に反しており違法(違憲)であるという主張を行う。A寺は宗教法人であるかどうかわからないが、いずれにしてもC宗に属していて宗教的活動をすることを本来の目的とする宗教上の組織若しくは団体である。本件助成ではB村の公金が支出されていることは間違いない。そしてその公金が、火災により損なわれた土地建物を回復して、A寺が使用し、便益を受け、維持されるために支出されている。
 ひいては第20条第1項のいわゆる政教分離原則にも反するので違憲であるという主張も行う。B村の公金には国に由来する部分もあるので、本件助成はA寺という宗教団体が国から特権を受けることになるからである。

 

[設問2]
 1.被告側の反論
 本件助成は、宗教上の組織の使用、便益、維持のために支出されているのでもなければ、宗教団体に特権を与えるものでもないので第89条にも第20条第1項にも反さず適法である。
 第二次世界大戦時には国家と神道とが結びついた結果悲惨な結果がもたらされたという反省から、日本国憲法では第20条の政教分離が定められ、それが第89条で財政面からも裏付けられた。しかし日本国憲法は少しでも宗教的な色彩を帯びている事柄には一切公金を支出してはならないとまでするものではない。宗教的な由来をもつ事柄は多岐にわたるので、もしそれへの公金の支出を禁じればありとあらゆる支出が禁じられてしまい不合理である。例えば公立学校でのクリスマスパーティーや都道府県の発注した建物の地鎮祭などのように、一般に定着していて特定の宗教を援助する目的も効果もないような事柄には公金を支出することも可能であると解すべきである。日本国憲法は、国が一定限度を越えて宗教と関わることを禁じているのである。
 この観点から本件助成を検討すると、確かにA寺の土地建物を回復することが目的とされているように見えるが、これは宗教団体であるA寺を援助する目的ではなく、墓地や相談集会場という公共的な施設の回復を目的としたものである。実際、A寺の檀家であるか否かを問わず、村民が行事や相談に参加していたのであり、墓地に埋葬してもらうことも可能であった。B村の一般的な村民にとって、本件助成はA寺という特定の宗教を援助するものであるとは映らなかったであろう。
 以上より、本件助成は、多少宗教的な要素を含んでいたとしても、特定の宗教を援助する目的でなされたのではなくその効果もなかったので、日本国憲法で許容される範囲内の宗教との関わりなので違憲ではなく適法である。
 2.私自身の見解
 私自身は本件助成が適法であると考える。
 被告側が反論するように、少しでも宗教的な要素がある事柄に対しては一切公金を支出してはならないのではなく、特定の宗教を援助する目的や効果がなければ公金を支出してもよいと考えるのが妥当である。しかし被告側の反論を鵜呑みにするのではなく、より詳細に検討しなければならない。
 まず、本件助成は、火災で失われた墓地や相談集会場を回復するという世俗的な目的からなされたことが補正予算審議の際のB村村長の発言から読み取れるし、全焼した村立小学校の再建を主たる目的とした補正予算に組み入れられていたという事情からも窺い知れる。実際に、火災以前はA寺の檀家であるかどうかを問わず村民が交流や相談、埋葬のために本件助成を受けるA寺の施設を活用していたという実績もある。ただ、このように世俗的な目的があったとしても、それとともに特定の宗教を援助する目的や効果があれば違憲となるので、その検討をしなければならない。以下では本件助成の内訳ごとに詳細に検討する。
 第一に墓地の整備を含めた土地全体の整地である。本件での訴訟は[設問1]で記したように住民訴訟であるため原告の個人的な事情が直接訴訟の帰趨を決することはないが、埋葬にまつわる個人的な体験が原告Dの本件提訴に及んだ一因になっていると推測でき、これが参考になる。DはA寺の墓地に両親を埋葬してもらうことを希望したが、C宗の典礼方式で行われるという条件のために断念したのであった。ここから考えると、本件墓地への助成は、C宗(A寺)の典礼方式を促進させるという効果を持つとも考えられる。しかしここでC宗の典礼方式と呼ばれているものはおそらく火葬にするとかいつ埋葬するとかいった形式的なものであって、多くの人にとっては宗教的な意義を有さないものであると考えられる。埋葬をするためには何らかの典礼によらなければならず、墓地を管理するA寺(C宗)の方式によるのも自然なことである。仮に公営の墓地であっても管理権に属する部分は管理者に委ねられるのであってDが自由にできるわけではないのだから、Dは公営の墓地に両親を埋葬することも拒否することになったかもしれない。よってこの点を考慮してもなお本件助成にはA寺(C宗)という特定の宗教を援助する効果は一般人を基準にすればないと言える。
 第二に本堂再建である。本堂を再建したら従前のように観音菩薩像が置かれることになろうから、この助成は特定の宗教を援助することになると原告は主張するかもしれない。しかし観音菩薩像が置かれていたら即宗教かというとそういうわけではない。特に何らかの宗教を信仰しているわけではない人の家に仏具がインテリアとして置かれていることも珍しくない。
 第三に庫裏再建である。これは直接村民の用に供されておらず、もっぱら宗教者である住職の住居なのであるから、それへの助成は特定の宗教への援助にあたると原告が主張することが考えられる。仮に庫裏そのものが村民の用に供されていないとしても、そこで調理した飲食物が本堂などで村民に提供されることは大いにあり得る。また、住職といえども人間なのだからどこかに住まねばならず、仕事場の近くに住んでも何らおかしくない。ここでも庫裏の再建を助成することが特定の宗教を援助することには当たらないと言える。
 また、墓地や相談集会場が必要なのだとしたら、B村公営の施設を新たに作ればよいのではないかという原告からの再反論も想定される。確かにそれも一案ではあるが、本件助成なら費用を一部負担するだけなので安く上がり、また村民にとっても慣れ親しんだところを使用できるという効用もある。こうした事情からしても本件助成には合理性があり、特定の宗教を援助する目的は認め難い。
 以上より、本件助成は第89条にも第20条第1項にも反さず適法であると私は考える。

以上

 

 

感想

住民訴訟なのに不当を審査すると書いたことと、A寺が宗教上の組織であることを検討しなかったことの2つが明らかなミスです。他の人の参考答案を見ると違憲だという結論が多かったので、あえて合憲という最初の直感のまま結論を変えずに修正答案を作ってみました。

 



平成24年司法試験論文刑事系第2問答案練習

問題

〔第2問〕(配点:100)
次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。

 

【事 例】
1 平成23年10月3日,覚せい剤取締法違反の検挙歴を有する者がH県警察I警察署を訪れ,司法警察員Kに対し,「昨日(同月2日),H県I市J町にある人材派遣会社のT株式会社の社長室で,代表取締役社長甲から,覚せい剤様の白色粉末を示され,『シャブをやらないか。安くするよ。』などと覚せい剤の購入を勧められた。自分は断ったけれども,甲は,裏で手広く覚せい剤の密売を行っているといううわさがある。」旨の情報提供をした。そこで,司法警察員Kは,部下に,T株式会社についての内偵捜査を命じた。同社は,H県I市J町○丁目△番地に平屋建ての事務所建物を設けて人材派遣業を営んでおり,代表取締役社長の甲以外に数名の従業員が同事務所で働いていることが判明した。また,司法警察員Kの部下が同事務所を見張っていたところ,かつて覚せい剤取締法違反で検挙したことのある者数名が同事務所に出入りしているのが確認できた。その後,司法警察員Kは,部下に,同事務所に出入りしている人物1名に対する職務質問を実施させたが,その者はこれに応じなかったため,司法警察員Kは,証拠隠滅を防ぐには,すぐにT株式会社に対する捜索差押えを実施する必要があると考えた。そこで,司法警察員Kは,同月5日,H地方裁判所裁判官に,被疑者を「甲」,犯罪事実の要旨を「被疑者は,営利の目的で,みだりに,平成23年10月2日,H県I市J町○丁目△番地所在のT株式会社において,覚せい剤若干量を所持した。」として捜索差押許可状の発付を請求した。これを受けて,H地方裁判所裁判官は,捜索すべき場所を「H県I市J町○丁目△番地T株式会社」,差し押さえるべき物を「本件に関連する覚せい剤,電子秤,ビニール袋,はさみ,注射器,手帳,メモ,ノート,携帯電話」とする捜索差押許可状を発付した。

2 司法警察員Kらは,同月5日午後3時,T株式会社事務所に赴き,応対に出た同社従業員のWに対し,「警察だ。社長のところに案内してくれ。」と告げて同事務所に入り,Wの案内で社長室に入ったところ,そこには,甲及び同社従業員の乙の2名がいた。司法警察員Kらは,甲に前記捜索差押許可状を呈示した上で,捜索に着手し,同社長室内において,電子秤,チャック付きの小型ビニール袋100枚,注射器50本のほか甲の携帯電話を発見してこれらを差し押さえた。
 捜索が継続中の同日午後3時16分,T株式会社事務所に宅配便荷物2個が届き,Wがこれを受領した。同宅配便荷物は,1個が甲宛て,もう1個は乙宛てであったが,いずれも差出人は「U株式会社」,内容物については「書籍」と記載されていた上,伝票の筆跡は酷似し,外箱も同じであった。Wは,これを社長室に届け,甲宛ての荷物を甲に,乙宛ての荷物を乙に渡した。甲は,手に持った荷物に貼付されていた伝票を見た後,乙の顔を見て,「受け取ってしまったものは仕方がないよな。今更返せないよな。」などと言い,この荷物を自分の足下に置いた。これに対し,乙も,甲の顔を見ながら,「そうですね。仕方ないですね。」などと言い,同じく,受け取った荷物を自分の足下に置いた。このやり取りを不審に思った司法警察員Kは,甲及び乙に,「どういう意味か。」と聞いたが,甲及び乙は,いずれも,無言であった。
 司法警察員Kは,差し押さえた甲の携帯電話の確認作業を行ったところ,丙なる人物から送信された「ブツを送る。いつものようにさばけ。10月5日午後3時過ぎには届くはずだ。二つに分けて送る。お前宛てのは,お前1人でさばく分,乙宛てのは,お前と乙の2人でさばく分だ。10日間でさばき切れなかったら,取りあえず送り返せ。乙にも伝えておけ。」と記載されたメールを発見した。さらに,司法警察員Kは,甲から乙宛てに送信した「丙さんから連絡があった。10月5日午後3時過ぎには,新しいのが届く。2人でさばく分も来る。その日,午後3時前には社長室に来い。ブツが届いたら2人で分ける。」と記載されたメールを発見するとともに,乙から送信された「分かりました。その頃に社長室に行きます。」と記載されたメールを発見した。この間,司法警察員Kが,伝票に記載されていた「U株式会社」の所在地等について部下に調べさせたところ,その地番は実在せず,また,電話番号も現在使用されていないものであることが判明した。
このような経緯から,司法警察員Kは,これらの宅配便荷物2個には,いずれも,覚せい剤が入っていると判断し,甲及び乙に対し,それぞれの荷物の開封を求めた。しかし,甲及び乙は,いずれも,「勘弁してください。」と言い,その要請を拒否した。その後も司法警察員Kは,同様の説得を繰り返したが,甲及び乙は応じなかった。
 そこで,司法警察員Kは,同日午後3時45分,乙宛ての荷物を開封した[捜査①]。その結果,荷物の中から大量の白色粉末が発見された。次いで,司法警察員Kは,甲宛ての荷物を開封したところ,こちらからも乙宛ての荷物の半分くらいの量の白色粉末が発見された。司法警察員Kは,これらの白色粉末は覚せい剤だと判断し,甲及び乙に,「これは覚せい剤だな。売るためのものだな。覚せい剤かどうか調べさせてもらうぞ。」と言った。これに対し,甲は,「ばれてしまったものは仕方がない。調べるなり何なり好きにしていい。」と言い,乙も,「仕方ないな。俺宛てのものも調べてもいい。」などと言った。そこで,司法警察員Kは,部下に命じて,各荷物に入っていた白色粉末が覚せい剤か否か試薬を用いて調べさせたところ,いずれも覚せい剤である旨の結果が出たことから,同日午後3時55分,甲及び乙を,いずれも営利目的での覚せい剤所持の事実で現行犯逮捕し,それぞれに伴う差押えとして,各覚せい剤を差し押さえた。

3 司法警察員Kは,甲及び乙による覚せい剤密売の全容を明らかにするためには,乙の携帯電話や手帳等を押収する必要があると考え,乙に対し,これらの所在場所を確認したものの,乙は無言であった。そこで,司法警察員Kは,甲にも確認したが,甲は,「さあ,どこにあるか知らない。隣の更衣室のロッカーにでも入っているんじゃないの。でも,更衣室もロッカーも,社長の俺が管理しているけど,中の荷物は乙のものだから,乙に聞いてくれ。」などと言った。これを受けて,司法警察員Kが,乙に対し,ロッカーの中を見せるよう求めたところ,乙は,「俺のものを勝手に荒らされたくない。」と述べて拒否した。
 そこで,司法警察員Kは,乙に対する説得を諦め,部下を連れて社長室に隣接している更衣室に入った。乙と表示のあるロッカーは,施錠されていたことから,司法警察員Kは,乙に対し,鍵を開けるよう言ったが,乙は応じなかった。そのため,司法警察員Kは,同日午後4時20分,社長室の壁に掛かっていたマスターキーを使って同ロッカーを解錠し,捜索を実施した[捜査②]。同ロッカーには,乙の運転免許証が入った財布が入っており,乙のロッカーであることは確認できたものの,差し押さえるべき物は発見できず,司法警察員Kらは捜索を終了した。

4 その後,司法警察員Kら及び事件の送致を受けたH地方検察庁検察官Pが所要の捜査を行った。甲及び乙は,事実関係を認め,密売をするために覚せい剤をT株式会社社長室で所持していたこと,甲宛ての覚せい剤は甲1人で密売するためのもの,乙宛ての覚せい剤は甲と乙が2人で密売するためのものであることなどを述べた。一方で,甲及び乙は,各覚せい剤について,密売組織の元締である丙から送られたもので,10日間の期限内に売り切れなかった分は丙に送り返さなければならなかったこと,覚せい剤の売上金は,その9割を丙に送金しなければならず,自分たちの取り分は合わせて1割だけであったことなどを述べた。また,甲宛ての宅配便荷物内に入っていた覚せい剤は100グラム,乙宛ての宅配便荷物内に入っていた覚せい剤は200グラムであった。
 同月26日,検察官Pは,甲について,営利の目的で,単独で,覚せい剤100グラムを所持した事実(公訴事実の第1事実),及び,営利の目的で,乙と共謀して,覚せい剤200グラムを所持した事実(公訴事実の第2事実)で,H地方裁判所に起訴した(甲に対する公訴事実は【資料1】のとおり)。また,検察官Pは,乙についても,営利の目的で,甲と共謀して,覚せい剤200グラムを所持した事実で,H地方裁判所に起訴し,甲及び乙は,別々に審理されることとなった。
 なお,検察官Pは,甲及び乙を起訴するに当たり,両名について,丙との間の共謀の成否を念頭に置いて捜査し,丙が実在する人物であることは確認できたものの,最終的には,丙及びその周辺者が所在不明であり,これらの者に対する取調べを実施できなかったことなどから,甲及び乙と,丙との間の共謀については立証できないと判断した。

5 同年11月24日に開かれた甲に対する第1回公判期日で,甲及びその弁護人Bは,被告事件についての陳述において,公訴事実記載の客観的事実自体はこれを認めたが,弁護人Bは,覚せい剤は,密売組織の元締である丙の手足として,その支配下で甲らが販売を行うことになっていたもので,公訴事実の第1事実及び第2事実いずれについても,丙との共謀が成立することを主張し,その旨の事実を認定すべきであるとの意見を述べた。引き続き,検察官Pは冒頭陳述を行い,甲らが丙から覚せい剤を宅配便荷物により交付されたことについて言及したものの,それ以上,甲らと丙との関係には言及しなかった。
 証拠調べの結果,裁判所は,公訴事実について,①甲らが,営利の目的で,同日同所において,各分量の覚せい剤を所持した事実自体は認められる,②各覚せい剤の所持が,丙との共謀に基づくものである可能性はあるものの,共謀の存否はいずれとも確定できない,③仮に甲らと丙との間に共謀があるとした場合,甲らは従属的立場にあることになるから,甲らと丙との間に共謀がない場合よりは犯情が軽くなる,と考えた。
 論告・弁論を経て,裁判所は,同年12月8日に開かれた公判期日において,【資料1】の公訴事実に対し,格別の手続的な手当てを講じないまま,弁護人Bの主張どおり,【資料2】の罪となるべき事実を認定し,甲に有罪判決を宣告した。

 

〔設問1〕 下線部の[捜査①]及び[捜査②]の適法性について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。[捜査②]については,捜索差押許可状に基づく捜索としての適法性及び乙の現行犯逮捕に伴う捜索としての適法性の両者を論じなさい。
 なお,甲の携帯電話の差押え及びその中身の確認までの一連の手続の適法性については問題がないものとする。

 

〔設問2〕 裁判所が,【資料1】の公訴事実の第1事実に対し,【資料2】の罪となるべき事実の第1事実を認定したことについて,判決の内容及びそれに至る手続の適否を論じなさい。
 なお,取り調べられた証拠の証拠能力及び裁判所によるその証明力の評価並びに公訴事実の罪数評価については問題がないものとする。

 

(参照条文) 覚せい剤取締法
第41条の2 覚せい剤を,みだりに,所持し,譲り渡し,又は譲り受けた者(第42条第5号に該当する者を除く。)は,10年以下の懲役に処する。
2 営利の目的で前項の罪を犯した者は,1年以上の有期懲役に処し,又は情状により1年以上の有期懲役及び500万円以下の罰金に処する。
3 (略)

 

【資料1】
公訴事実
被告人は
第1 営利の目的で,みだりに,平成23年10月5日,H県I市J町○丁目△番地T株式会社社長室において,覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの粉末100グラムを所持し
第2 (以下,省略)
たものである。

 

【資料2】
罪となるべき事実
被告人は
第1 丙と共謀の上,営利の目的で,みだりに,平成23年10月5日,H県I市J町○丁目△番地T株式会社社長室において,覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの粉末100グラムを所持し
第2 (以下,省略)
たものである。

 

練習答案

以下刑事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 日本国憲法35条により、何人も逮捕される場合を除いては、令状なしにその所持品について捜査及び押収を受けることのない権利を有する。強制捜査はこの法律に特別の定のある場合でなければすることができないとする197条1項も同趣旨である。
 司法警察職員は被疑者を令状により又は現行犯で逮捕する場合に、必要があるときは逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすることができる(220条1項2号)。また、司法警察職員は、犯罪の捜査をするにいて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、捜索又は検証をすることができる(218条1項)。
 よって捜査の適法性を論じる際には、これらの規定に合致しているかを検討することになる。
 1.捜査①の適法性
 捜査①は令状による捜査なので、上記218条1項に基づいて適法性が判断される。そこでは「犯罪の捜査をするについて必要があるとき」という要件が掲げられていて、その令状には被疑者の氏名、罪名、差し押さえるべき物、捜索すべき場所、有効期間などを記載しなければならない(219条1項)。これはこうした記載事項から定まる必要性を超えて強制捜査をすることを防ぐという趣旨である。
 この観点から本件の捜査①を検討すると、被疑者を甲、犯罪事実の要旨を「被疑者は、営利の目的で、みだりに、(中略)、覚せい剤若干量を所持した。」、差し押さえるべき物を「本件に関連する覚せい剤、(中略)」とする捜索差押許可状(令状)が発付されていた。乙宛ての荷物を開封するという捜査①の行為がこの令状によって定められる捜査の必要性を逸脱しないかが問題となり得る。
 捜査①以前の適法な甲の携帯電話の確認作業から、乙宛の荷物は宛名こそ乙であっても甲と乙の共有に属し、中身は覚せい剤であり、それを甲と乙が売る目的であったということがうかがわれた。こうした事情から、捜査①は本件捜索差押許可状から定まる捜査の必要性の範囲内であり、適法である。
 2.捜査②の適法性
 (1)捜索差押許可状に基づく捜索としての適法性
 上でしたのと同じ要領で適法性を考えると、乙のロッカーを解錠し、捜索を実施するということは、本件捜索差押許可状から定まる捜査の必要性の範囲を逸脱している。被疑者である甲が覚せい剤を所持したという犯罪事実から極めて遠く離れているからである。裁判官が本件捜索差押許可状を発付した時点では乙の存在すら認識されていなかったのだからなおさらである。司法警察員Kは、甲及び乙による覚せい剤密売の全容を明らかにするためには、乙の携帯電話や手帳等を押収する必要があると考えたとのことであるが、それで必要性が満たされてしまうと事前に裁判官が令状を発付すると刑事訴訟法で定めた意味がなくなってしまう。
 このように令状の範囲外で、捜索を拒否している乙のロッカーをマスターキーで解錠して捜索を実施するという捜査②は、捜索差押許可状に基づく捜索としては違法である。強制捜査を法の定めなしに行うことになるからである。
 (2)乙の現行犯逮捕に伴う捜索としての適法性
 冒頭で述べたように、220条1項2号に基づいて現行犯逮捕をする場合に、必要があるときは逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすることができる。これが許されているのは、逮捕の現場には証拠がある可能性が高く、それを隠滅されることを防ぐためである。
 乙は社長室で逮捕されたが、そこに隣接している更衣室は逮捕の現場であると言える。同じ建物内で距離が近いということに加えて、更衣室と社長室などは機能分化しつつ一体の目的のもとに存在しており、証拠が更衣室にある可能性が高いからである。よって捜査②の行われた場所に問題はない。また、乙のロッカーを捜索することは、乙が営利目的で覚せい剤を所持していたという犯罪事実とも直接つながる。よって必要性も満たす。この時点でこのロッカーを捜索しておかないと、そのロッカーの中にある証拠が隠滅されることも十分考えられる。
 以上より、乙の現行犯逮捕に伴う捜査としては適法である。

 

[設問2」
 公訴は、検察官がこれを行う(247条)が、被告人の氏名、公訴事実、罪名を記載した起訴状を提出してこれをしなければならない(256条1項、2項)。被告人はこの範囲で防御をして、裁判所もこの範囲で判決を下す。起訴状の範囲外の判決を下されると被告人の防御権が侵害されてしまう。起訴状と判決にずれがあるように見えるときは、判決が起訴状の範囲内にあるのか範囲外に出てしまっているのかを検討しなければならない。
 資料1と資料2を見くらべると、判決には「丙と共謀の上」という文言が付け加えられている。これは一見起訴状の公訴事実の範囲外にあるように思われるが、実は範囲内である。というのも、「丙と共謀の上」というのはもっぱら犯情に関わる部分であって、丙との共謀がなければおよそ犯罪が成立しないというわけではない。公訴事実の冒頭に「丙と共謀の上又は単独で」という文言が暗黙のうちに含まれていたと考えるとよりわかりやすい。このような記載も256条5項で許されている。
 手続的に、裁判所は訴因の変更を命じることもできた(312条2項)が、これをしなかったからといって不適当だったとは言えない。また、甲に防御権を侵害されたという事情も見当たらない。
 以上より、裁判所が資料1の公訴事実の第1事実に対し、資料2の罪となるべき事実の第1事実を認定したことについて、判決の内容及びそれに至る手続は適当であった。

以上

 

修正答案

以下刑事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 日本国憲法35条により、何人も逮捕される場合を除いては、令状なしにその所持品について捜査及び押収を受けることのない権利を有する。強制捜査はこの法律に特別の定のある場合でなければすることができないとする197条1項も同趣旨である。
 司法警察職員は被疑者を令状により又は現行犯で逮捕する場合に、必要があるときは逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすることができる(220条1項2号)。また、司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、捜索又は検証をすることができる(218条1項)。
 よって捜査の適法性を論じる際には、これらの規定に合致しているかを検討することになる。
 1.捜査①の適法性
 捜査①は令状による捜査なので、上記218条1項に基づいて適法性が判断される。そこでは「犯罪の捜査をするについて必要があるとき」という要件が掲げられていて、その令状には被疑者の氏名、罪名、差し押さえるべき物、捜索すべき場所、有効期間などを記載しなければならない(219条1項)。これはこうした記載事項から定まる必要性を超えて強制捜査をすることを防ぐという趣旨である。
 この観点から本件の捜査①を検討すると、被疑者を甲、犯罪事実の要旨を「被疑者は、営利の目的で、みだりに、(中略)、覚せい剤若干量を所持した。」、捜索すべき場所を「H県I市J町○丁目△番地T株式会社」、差し押さえるべき物を「本件に関連する覚せい剤、(中略)」とする捜索差押許可状(令状)が発付されていた。つまり、捜索すべき場所を管理しているT株式会社の管理権が及ぶ物を、被疑者・犯罪事実・差し押さえるべき物に適合する範囲内で有効期間内に捜査することが許されたのである。そこで捜査開始後に運び込まれた乙宛ての荷物を開封するという捜査①の行為がこの令状によって許された範囲を逸脱しないかが問題となり得る。
 まず、捜査開始後に運び込まれた荷物を捜索するのは適法である。捜索すべき場所に有効期間中存在すると想定される物には令状の審査が及んでいるからである。捜査の開始時間は捜査機関の裁量に委ねられているところ、仮に荷物が運び込まれてから捜査を開始していたとしたら当然適法に捜索できていたのだから、このことは明らかである。
 乙宛の荷物を開封して捜査するのも本件の事情下では適法である。捜査①以前の適法な甲の携帯電話の確認作業から、乙宛の荷物は宛名こそ乙であっても甲と乙の共有に属し、中身は覚せい剤であり、それを甲と乙が売る目的であったということがうかがわれた。また、荷物が届けられたのは乙の自宅ではなくT株式会社であった。こうした事情から、本件荷物にはT株式会社の管理権が及んでおり、令状に記載された被疑者・犯罪事実・差し押さえるべき物(甲が営利目的で所持している覚せい剤)にも適合するので、それを捜査するのは適法である。
 以上より、捜査①は本件捜索差押許可状から定まる捜査の必要性の範囲内であり、適法である。
 2.捜査②の適法性
 (1)捜索差押許可状に基づく捜索としての適法性
 上でしたのと同じ要領で適法性を考えると、乙のロッカーを解錠し、捜索を実施するということは、本件捜索差押許可状から定まる捜査の必要性の範囲を逸脱している。
 施錠された乙のロッカーにはT株式会社の管理権は及ばない。鍵のかけられたロッカーというのはプライバシーの度合いが高く、いくらそのロッカーが会社の備品でマスターキーもあったとしても、会社が勝手に開けられるものではない。この点において令状で許された範囲を超える。
 このように令状の範囲外で、捜索を拒否している乙のロッカーをマスターキーで解錠して捜索を実施するという捜査②は、捜索差押許可状に基づく捜索としては違法である。強制捜査を法の定めなしに行うことになるからである。
 (2)乙の現行犯逮捕に伴う捜索としての適法性
 冒頭で述べたように、220条1項2号に基づいて現行犯逮捕をする場合に、必要があるときは逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすることができる。これが許されているのは、逮捕の現場には証拠がある可能性が高く、それを隠滅されることを防ぐためである。逮捕というより侵害の度合いが強い行為が適法に行われているのだから、仮に捜索差押許可状の発付を請求したら当然認められる状況なので、適法に捜索・差押ができるのである。本件では、被疑者を乙、捜索すべき場所を逮捕の現場、有効期間を逮捕をする場合、その他の点では甲に対するものと同じである捜索差押許可状が発付されたと擬制できるのである。
 乙は社長室で逮捕されたが、そこに隣接している更衣室は逮捕の現場であると言える。同じ建物内で距離が近いということに加えて、更衣室と社長室などは機能分化しつつ一体の目的のもとに存在しており、証拠が更衣室にある可能性が高いからである。よって捜査②の行われた場所に問題はない。乙のロッカーを捜索することは、乙が被疑者となっているのでこの場合は問題にならない。また、逮捕の25分後なので逮捕をする場合であると言える。この時点でこのロッカーを捜索しておかないと、そのロッカーの中にある証拠が隠滅されることも十分考えられる。被疑事実と関連する乙の携帯電話や手帳等が存在する蓋然性も高い。
 以上より、乙の現行犯逮捕に伴う捜査としては適法である。

 

[設問2」
 公訴は、検察官がこれを行う(247条)が、被告人の氏名、公訴事実、罪名を記載した起訴状を提出してこれをしなければならない(256条1項、2項)。そして公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない(256条3項)。被告人はこの範囲で防御をして、裁判所もこの範囲で判決を下す。起訴状と判決にずれがあるように見えるときは、判決が起訴状の範囲内にあるのか範囲外に出てしまっているのかを検討しなければならない。
 資料1と資料2を見くらべると、判決には「丙と共謀の上」という文言が付け加えられている。これは起訴状の公訴事実の範囲外にある。公訴事実では一切共謀について触れられていないのに、判決でいきなり共謀が登場している。共謀の有無は決して些細な違いではないので、審判範囲がずれていることは明白である。本件では例外的に被告人である甲の防御権を侵害していないが、いきなり共謀を認定されると多くの場合は被告人の防御権を侵害することにもなる。よって少なくともこの判決に至る手続は違法であったと言える。もしこのような判決を下すのであれば、訴因変更が必要であった。本件では裁判所が訴因の変更を命じることになる(312条2項)。
 また、判決の内容そのものも違法である。証拠上存否を確定できない共謀を認定しているからである。確かに「疑わしきは被告人の利益に」という利益原則があるが、それは犯罪の成立の部分においてのみ妥当するのであり、犯情という情状の部分においては妥当しない。もしも情状の部分においても利益原則が妥当するとしたら、情状が不明な場合に常に被告人に有利になってしまい、不合理である。
 以上より、本件判決は手続と内容の両面で違法であり、本来は「丙と共謀の上」という文言を取り除いた判決を下すべきであった。

以上

 

感想

捜査開始後に宅配便が届けられた場合については判例も知っていたのに当たり前だと思い込んで答案に書かなかったのがもったいないです。あと、管理権という発想をできなかったのも反省です。[設問2]は時間がなかったこともあって乱暴な論を立ててしまいました。

 



平成26年司法試験予備試験成績通知(論文)

平成26年司法試験予備試験論文の成績通知を公開します。ひどい結果ですが、しっかり反省して次につなげます。

 

論文成績1

 

 

試験科目 順位ランク
憲法 F
行政法 F
民法 A
商法 E
民事訴訟法 E
刑法 F
刑事訴訟法 F
一般教養科目 D
法律実務基礎科目 F
合計点 112.18
順位 1,810

 

 

全体的に知識と練習が不足している自覚はありましたが、ここまでひどいとは思っていませんでした。せめてもの救いは民法です。ポジティブに考えると、自分のわかっていることなら合格するような答案を作れるのではないかと推測できます。一般教養科目は自信があっただけに納得できません。出題の趣旨のポイントを外していたのでしょう。

 



平成24年司法試験論文刑事系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100)
 以下の事例に基づき,甲及び乙の罪責について,具体的な事実を摘示しつつ論じなさい(特別法違反の点を除く。)。
1 A合同会社(以下「A社」という。)は,社員甲,社員B及び社員Cの3名で構成されており,同社の定款において,代表社員は甲と定められていた。

2 甲は,自己の海外での賭博費用で生じた多額の借入金の返済に窮していたため,知人であるDから個人で1億円を借り受けて返済資金に充てようと考え,Dに対し,「借金の返済に充てたいので,私に1億円を融資してくれないか。」と申し入れた。
 Dは,相応の担保の提供があれば,損をすることはないだろうと考え,甲に対し,「1億円に見合った担保を提供してくれるのであれば,融資に応じてもいい。」と答えた。

3 甲は,A社が所有し,甲が代表社員として管理を行っている東京都南区川野山○-○-○所在の土地一筆(時価1億円相当。以下「本件土地」という。)に第一順位の抵当権を設定することにより,Dに対する担保の提供を行おうと考えた。
 なお,A社では,同社の所有する不動産の処分・管理権は,代表社員が有していた。また,会社法第595条第1項各号に定められた利益相反取引の承認手続については,定款で,全社員が出席する社員総会を開催した上,同総会において,利益相反取引を行おうとする社員を除く全社員がこれを承認することが必要であり,同総会により利益相反取引の承認が行われた場合には,社員の互選により選任された社員総会議事録作成者が,その旨記載した社員総会議事録を作成の上,これに署名押印することが必要である旨定められていた。

4 その後,甲は,A社社員総会を開催せず,社員B及び社員Cの承認を得ないまま,Dに対し,1億円の融資の担保として本件土地に第一順位の抵当権を設定する旨申し入れ,Dもこれを承諾したので,甲とDとの間で,甲がDから金1億円を借り入れることを内容とする消費貸借契約,及び,甲の同債務を担保するためにA社が本件土地に第一順位の抵当権を設定することを内容とする抵当権設定契約が締結された。
 その際,甲は,別紙の「社員総会議事録」を,その他の抵当権設定登記手続に必要な書類と共にDに交付した。この「社員総会議事録」は,実際には,平成××年××月××日,A社では社員総会は開催されておらず,社員総会において社員B及び社員Cが本件土地に対する抵当権設定について承認を行っていなかったにもかかわらず,甲が議事録作成者欄に「代表社員甲」と署名し,甲の印を押捺するなどして作成したものであった。
 Dは,これらの必要書類を用いて,前記抵当権設定契約に基づき,本件土地に対する第一順位の抵当権設定登記を行うとともに,甲に現金1億円を交付した。
 なお,その際,Dは,会社法及びA社の定款で定める利益相反取引の承認手続が適正に行われ,抵当権設定契約が有効に成立していると信じており,そのように信じたことについて過失もなかった。
 甲は,Dから借り入れた現金1億円を,全て自己の海外での賭博費用で生じた借入金の返済に充てた。

5 本件土地に対する第一順位の抵当権設定登記及び1億円の融資から1か月後,甲は,A社所有不動産に抵当権が設定されていることが取引先に分かれば,A社の信用が失われるかもしれないと考えるようになり,Dに対し,「会社の土地に抵当権が設定されていることが取引先に分かると恥ずかしいので,抵当権設定登記を抹消してくれないか。登記を抹消しても,土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりしないし,抵当権設定登記が今後必要になればいつでも協力するから。」などと申し入れた。Dは,抵当権設定登記を抹消しても抵当権自体が消滅するわけではないし,約束をしている以上,甲が本件土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりすることはなく,もし登記が必要になれば再び抵当権設定登記に協力してくれるだろうと考え,甲の求めに応じて本件土地に対する第一順位の抵当権設定登記を抹消する手続をした。
 なお,この時点において,甲には,本件土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりするつもりは全くなかった。

6 本件土地に対する第一順位の抵当権設定登記の抹消から半年後,甲は,知人である乙から,「本件土地をA社からEに売却するつもりはないか。」との申入れを受けた。
 乙は,Eから,「本件土地をA社から購入したい。本件土地を購入できれば乙に仲介手数料を支払うから,A社と話を付けてくれないか。」と依頼されていたため,A社代表社員である甲に本件土地の売却を持ち掛けたものであった。
 しかし,甲は,Dとの間で,本件土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりしないと約束していたことから,乙の申入れを断った。

7 更に半年後,甲は,再び自己の海外での賭博費用で生じた多額の借入金の返済に窮するようになり,その中でも暴力団関係者からの5000万円の借入れについて,厳しい取立てを受けるようになったことから,その返済資金に充てるため,乙に対し,「暴力団関係者から借金をして厳しい取立てを受けている。その返済に充てたいので5000万円を私に融資してほしい。」などと申し入れた。
 乙は,甲の借金の原因が賭博であり,暴力団関係者以外からも多額の負債を抱えていることを知っていたため,甲に融資を行っても返済を受けられなくなる可能性が高いと考え,甲による融資の申入れを断ったが,甲が金に困っている状態を利用して本件土地をEに売却させようと考え,甲に対し,「そんなに金に困っているんだったら,以前話した本件土地をA社からEに売却する件を,前向きに考えてみてくれないか。」と申し入れた。
 甲は,乙からの申入れに対し,「実は,既に,金に困ってDから私個人名義で1億円を借り入れて,その担保として会社に無断で本件土地に抵当権を設定したんだ。その後で抵当権設定登記だけはDに頼んで抹消してもらったんだけど,その時に,Dと本件土地を売ったり他の抵当権を設定したりしないと約束しちゃったんだ。だから売るわけにはいかないんだよ。」などと事情を説明した。
 乙は,甲の説明を聞き,甲に対し,「会社に無断で抵当権を設定しているんだったら,会社に無断で売却したって一緒だよ。Dの抵当権だって,登記なしで放っておくDが悪いんだ。本件土地をEに売却すれば,1億円にはなるよ。僕への仲介手数料は1000万円でいいから。君の手元には9000万円も残るじゃないか。それだけあれば暴力団関係者に対する返済だってできるだろ。」などと言って甲を説得した。
 甲は,乙の説得を受け,本件土地を売却して得た金員で暴力団関係者への返済を行えば,暴力団関係者からの取立てを免れることができると考え,本件土地をEに売却することを決意した。

8 数日後,甲は,A社社員B,同社員C及びDに無断で,本件土地をEに売却するために必要な書類を,乙を介してEに交付するなどして,A社が本件土地をEに代金1億円で売却する旨の売買契約を締結し,Eへの所有権移転登記手続を完了した。甲は,乙を介して,Eから売買代金1億円を受領した。
 なお,その際,Eは,甲が本件土地を売却して得た金員を自己の用途に充てる目的であることは知らず,A社との正規の取引であると信じており,そのように信じたことについて過失もなかった。
 甲は,Eから受領した1億円から,乙に約束どおり1000万円を支払ったほか,5000万円を暴力団関係者への返済に充て,残余の4000万円については,海外での賭博に費消した。
 乙は,甲から1000万円を受領したほか,Eから仲介手数料として300万円を受領した。

 
【別 紙】
社員総会議事録
1 開催日時
平成××年××月××日
2 開催場所
A合同会社本社特別会議室
3 社員総数
3名
4 出席社員
代表社員 甲
社員 B
社員 C
 社員Bは,互選によって議長となり,社員全員の出席を得て,社員総会の開会を宣言するとともに下記議案の議事に入った。
なお,本社員総会の議事録作成者については,出席社員の互選により,代表社員甲が選任された。

議案 当社所有不動産に対する抵当権設定について議長から,代表社員甲がDに対して負担する1億円の債務について,これを被担保債権とする第一順位の抵当権を当社所有の東京都南区川野山○-○-○所在の土地一筆に設定したい旨の説明があり,これを議場に諮ったところ,全員異議なくこれを承認した。
 なお,代表社員甲は,特別利害関係人のため,決議に参加しなかった。
 以上をもって議事を終了したので,議長は閉会を宣言した。
 以上の決議を証するため,この議事録を作成し,議事録作成者が署名押印する。
平成××年××月××日
議事録作成者 代表社員甲 印

 

練習答案

以下刑法についてはその条数のみを示す。

 

[甲の罪責]
 1.有印私文書偽造(159条1項)の成立
 本文中の事実4に書かれているように、甲は、社員総会が開催されておらず、社員総会において社員B及び社員Cが本件土地に対する抵当権設定について承認を行っていなかったにもかかわらず、議事録作成者欄に「代表社員甲」と署名し甲の印を押捺して、別紙の「社員総会議事録」を作成した。「社員総会議事録」はそこに記載された内容の社員総会が開催されたという事実証明に関する文書である。そして甲はこれをDに示すという行使の目的で作成した。甲はそこに自分の実際の名前と肩書きを署名し、自分の印を押捺しているが、本件の事情下では他人の印章若しくは署名を使用していることになる。というのも、その議事録作成者欄に期待されるのは社員の互選により選任された者であるところ、甲はそのようにして選任されてはいなかったからである。言い換えると、「社員の互選により選任された代表社員甲」と「社員の互選により選任されていない代表社員甲」とは別人格であるということである。私文書偽造等罪は、文書作成者の人格の同一性を偽り責任追及を困難にさせる場合を規制していると考えられるので、このように解釈するのが適当である。
 以上より甲には有印私文書偽造罪(159条1項)が成立する。161条の偽造私文書等行使罪は偽造等を自らは行っていないが行使はした者を罰するための規程なので、甲に重ねてこれが成立することはない。また、本件で作出された登記は真正なものなので、公正証書原本不実記載罪(157条1項)が成立する余地はない。
 2.業務上横領罪(253条)の成立
 本文の事実4に書かれているように、甲は、A社所有の本件土地に抵当権を設定する契約を結び、その登記も行った。また、事実8に書かれているように、甲は本件土地を売却する契約を結び、所有権移転登記も完了させた。
 本件土地はA社所有のものなので、甲にとっては他人の物である。A社の所有する不動産の処分・管理権は代表社員が有していたので、甲にとって本件土地の処分・管理を行うことは業務である。本件土地に対しては甲が支配権を有していたので甲が占有していたと言える。
 本件土地に抵当権を設定する行為は、本件土地の交換価値を大きく減じるものであり、横領に当たる。遅くとも抵当権設定登記を行った時点で、業務上横領罪(253条)は既遂に達する。よってその後にこの抵当権の登記を抹消したとしても、43条の未遂減免の余地はない。
 その後の本件土地の売却についても横領が成立するのか、それとも二重に横領が成立することはないのかが問題となり得る。後者の論拠は一度横領したものを重ねて横領することは不可能であるということだろうが、本件のように抵当権を設定してから売却する場合には段階的に対象物が減損しているので、二重に横領することも可能である。
 以上より、甲には本件土地に対する抵当権設定と売却について合わせて2つの業務上横領罪が成立する。
 3.詐欺罪(246条1項)の成立
 本文中の事実4にあるように、甲はDに対し、別紙の「社員総会議事録」を交付し、その結果甲とDとの間で抵当権設定契約が締結され、実際に甲には現金1億円がDから交付された。
 甲はDに対し、「社員総会議事録」を交付することで、会社法及びA社定款で定める利益相反取引の承認手続が適正に行われたと欺いている。そしてその結果、Dに1億円という財物を交付させた。上記承認手続が適正に行われていないとDが知っていたら1億円を交付しなかったであろう。Dは元々事実2にあるように1億円に見合った担保を求めていたのであり、承認手続が適正に行われておらずいつ無効になったり取消されたりするかもわからない担保には満足しなかったと推測されるからである。
 事実5にある抵当権設定登記の抹消については、この時点において甲には本件土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりするつもりは全くなかったので、故意に欠け詐欺罪は成立しない。
 事実8にあるEへの本件土地の売却については、Dへの本件土地の抵当権設定と同様である。
 以上より甲にはDを欺いて1億円を交付させたことと、Eを欺いて1億円を交付させたことの2つの詐欺罪(246条1項)が成立する。
 4.結論
 甲には有印私文書偽造罪(159条1項)、2つの業務上横領罪(253条)、2つの詐欺罪(246条1項)が成立する。なお、暴力団関係者から厳しい取り立てを受けていたという事情はこれらの罪の違法性や責任能力に影響しない。そうした取り立てには警察に相談して対処すべきであり、甲は心神喪失や心神耗弱には至っていなかったからである。上記の罪はすべて併合罪の関係に立つ。
[乙の罪責]
 本件土地の売却に関して、甲に業務上横領罪とEに対する詐欺罪が成立することは上で確認した。乙はこの両罪について甲と共同正犯(60条)になる。
 Eに対する詐欺罪について乙が甲の共同正犯になることは明らかである。この売却を仲介し、さらにはその分け前ももらっているからである。
 業務上横領については乙が実行行為には全く関わっていない。しかし乙は売却に反対する甲を執ように説得し、売却代金の使途についても甲に指示をしている。これは教唆(61条)にとどまらず、共謀による共同正犯に当たる。共同正犯をすべて正犯として罰するのは、共同することで犯罪の実現が容易になることを考慮してのことである。乙は計画を立てたり心理的に励ましたりして甲の横領の成立を容易にしている。
 以上より乙には業務上横領罪(253条)と詐欺罪(246条1項)が甲との共同正犯で成立する。そしてこれらは併合罪の関係に立つ。

以上

 

修正答案

以下刑法についてはその条数のみを示す。

 

[甲の罪責]
 1.有印私文書偽造(159条1項)・同行使罪(161条)の成立
 本文中の事実4に書かれているように、甲は、社員総会が開催されておらず、社員総会において社員B及び社員Cが本件土地に対する抵当権設定について承認を行っていなかったにもかかわらず、議事録作成者欄に「代表社員甲」と署名し甲の印を押捺して、別紙の「社員総会議事録」を作成した。「社員総会議事録」はそこに記載された内容の社員総会が開催されたという事実証明に関する文書である。そして甲はこれをDに交付するという行使の目的で作成した。甲はそこに自分の実際の名前と肩書きを署名し、自分の印を押捺しているが、本件の事情下では他人の印章若しくは署名を使用していることになる。というのも、その議事録作成者欄に期待される名義人は社員の互選により選任された者であるところ、作成者である甲はそのようにして選任されてはいなかったからである。言い換えると、「社員の互選により選任された代表社員甲」と「社員の互選により選任されていない代表社員甲」とは別人格であるということである。私文書偽造等罪は、文書作成者の人格の同一性を偽り責任追及を困難にさせる場合を規制していると考えられるので、このように解釈するのが適当である。
 以上より甲には有印私文書偽造罪(159条1項)が成立する。そしてこの文書を実際にDに交付しているので、161条の偽造私文書等行使罪が成立する。また、本件で作出された登記は真正なものなので、公正証書原本不実記載罪(157条1項)が成立する余地はない。
 2.業務上横領罪(253条)の成立
 本件の検討に先立ち、一般論として横領罪と背任罪との関係を論じておく。横領罪と背任罪とが重なり合う部分については、罪責の重い横領罪が成立すれば背任罪は成立しないと考える。両罪の保護法益が重なるので、このように法条競合だと捉えるのが適当である。
 本文の事実4に書かれているように、甲は自己の借金返済のための借入れの担保として、A社所有の本件土地に抵当権を設定する契約を結び、その登記も行った。また、事実8に書かれているように、甲は自己の借金返済の原資を得るために、本件土地を売却する契約を結び、所有権移転登記も完了させた。
 本件土地はA社所有のものなので、甲にとっては他人の物である。A社の所有する不動産の処分・管理権は代表社員が有していたので、甲にとって本件土地の処分・管理を行うことは業務である。本件土地に関しては甲が処分できる状態であったので甲が占有していたと言える。
 自己の借金返済のための借入れの担保として本件土地に抵当権を設定する行為は、所有権者(A社)しかできない処分を自己のためにしていることになるので、不法領得の意思が発現しており、横領に当たる。そして抵当権設定登記を行った時点で対抗要件を備えることになるので、業務上横領罪(253条)は既遂に達する。よってその後にこの抵当権の登記を抹消したとしても、43条の未遂減免の余地はない。
 その後の本件土地の売却についても横領が成立するのか、それとも二重に横領が成立することはないのかが問題となり得る。後者の論拠は一度横領したものを重ねて横領することは不可罰的事後行為又は共罰的事後行為であるということだろうが、本件のように抵当権を設定してから売却する場合には、抵当権を設定していても他人の物には変わりないので、二重に横領が成立することになる。
 以上より、甲には本件土地に対する抵当権設定と売却について合わせて2つの業務上横領罪が成立する。
 3.背任罪(247条)の成立
 上で述べたことと重なるが、甲はDの抵当権を設定してその登記はされていない本件土地をEに売却した。甲は「登記を抹消しても、土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりしないし、抵当権設定登記が今後必要になればいつでも協力するから」と申し入れてDもそれに応じているので、甲にはDのために本件土地の抵当権に関わる事務を処理する者に該当する。その後自己の利益を図る目的でその任務に背いて本件土地を売却し、Dに抵当権が対抗できなくなるという財産上の損害を与えているので、背任罪(247条)が成立する。
 4.詐欺罪(246条1項)の成立
 本文中の事実4にあるように、甲はDに対し、別紙の「社員総会議事録」を交付し、その結果甲とDとの間で抵当権設定契約が締結され、実際に甲には現金1億円がDから交付された。
 甲はDに対し、「社員総会議事録」を交付することで、会社法及びA社定款で定める利益相反取引の承認手続が適正に行われたと欺いている。そしてその結果、Dに1億円という財物を交付させた。上記承認手続が適正に行われていないとDが知っていたら1億円を交付しなかったであろう。Dは元々事実2にあるように1億円に見合った担保を求めていたのであり、承認手続が適正に行われておらずいつ無効になったり取消されたりするかもわからない担保には満足しなかったと推測されるからである。
 事実5にある抵当権設定登記の抹消については、この時点において甲には本件土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりするつもりは全くなかったので、故意に欠け詐欺罪は成立しない。
 事実8にあるEへの本件土地の売却については、Eが欺かれていなかったとしても土地の売買に応じたかどうかがわからないので、これだけの情報で詐欺罪が成立するとは言えない。
 以上より甲にはDを欺いて1億円を交付させたこととによる詐欺罪(246条1項)が成立する。
 5.結論
 甲には有印私文書偽造罪(159条1項)と同行使罪(161条)、2つの業務上横領罪(253条)、背任罪(247条)、詐欺罪(246条1項)が成立する。有印私文書偽造罪と同行使罪は牽連犯の関係に立つ。2つの業務上横領罪は独立した横領なので併合罪になる(同じ土地に対する横領だということは量刑の参考にされる)。詐欺罪と有印私文書行使罪と1つ目の業務上横領罪は観念的競合であり、背任罪と2つ目の業務上横領罪も観念的競合である。なお、暴力団関係者から厳しい取り立てを受けていたという事情はこれらの罪の違法性や責任能力に影響しない。そうした取り立てには警察に相談して対処すべきであり、甲は心神喪失や心神耗弱には至っていなかったからである。

 
[乙の罪責]
 本件土地の売却に関して、甲に業務上横領罪と背任罪が成立することは上で確認した。乙はこの両罪について甲と共同正犯(60条)になる。
 乙は本件土地の売却という両罪の実行行為には直接携わってはいない。しかしながら、乙は売却に反対する甲を執拗に説得し、売却代金の使途についても甲に指示を出し、この売却を仲介し、さらにはその分け前ももらっている。これは教唆(61条)にとどまらず、共謀による共同正犯に当たる。共同正犯をすべて正犯として罰するのは、共同することで犯罪の実現が容易になることを考慮してのことである。乙は計画を立てたり心理的に励ましたりして甲の横領の成立を容易にしている。
 身分犯の共犯については65条で規定されている。それを文言に忠実に読むと、1項で構成的身分が連帯し、2項で加減的身分が個別化する。横領罪の占有者や背任罪の他人の事務処理者は構成的身分であり、横領罪の業務上という身分は加減的身分である。そうすると乙には単純横領罪(252条1項)と背任罪(247条)が成立することになる。
 以上より乙には単純横領罪(252条1項)と背任罪(247条)が甲との共同正犯で成立する。そしてこれらは1つの行為なので観念的競合の関係に立つ。

以上

 

 

感想

まだまだ詰め切れていませんでした。Dに対する背任という論点は全く頭に浮かびませんでした。かえってEに対する詐欺を意識しすぎてしまいました。有印私文書偽造罪と同行使罪が両方成立して牽連犯となるとすべきところを、同行使罪は成立しないと書いてしまったのもミスです。横領罪で不法領得の意思の検討が甘すぎたのもいけません。乙の罪責の記述が少なすぎると感じながらも、時間が足りず共犯と身分の論点を思いつくことができませんでした。

 



平成24年司法試験論文民事系第3問答案練習

問題

〔第3問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,3.5:4:2.5〕)
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。

 

【事例】
 Xは,Aに対し,300万円を貸し渡したが,返済がされないまま,Aについて破産手続が開始された。Xは,BがAの上記貸金返還債務を連帯保証したとして,Bに対し,連帯保証債務の履行を求める訴えを提起した(以下,この訴訟を「訴訟1」という。)。

 第1回口頭弁論期日において,被告Bは,保証契約の締結の事実を否認した。
 原告Xは,書証として,連帯保証人欄にBの記名及び印影のある金銭消費貸借契約書兼連帯保証契約書(資料参照。以下「本件連帯保証契約書」という。なお,その作成者は証拠説明書においてX,A及びBとされている。)を提出した。
 Bは,本件連帯保証契約書の連帯保証人欄の印影は自分の印章により顕出されたものであるが,この印章は,日頃から自分の所有するアパートの賃貸借契約の締結等その管理全般を任せている娘婿Cに預けているものであり,押印の経緯は分からないと述べた。Xが主張の補充を検討したいと述べたことから,裁判所は,口頭弁論の続行の期日を指定した。

 以下は,第1回口頭弁論期日の後にXの訴訟代理人弁護士Lと司法修習生Pとの間でされた会話である。
弁護士L:証拠として本件連帯保証契約書がありますから,立証が比較的容易な事件だと考えていましたが,予想していなかった主張が被告から出てきました。被告の主張は,現在のところ裏付けもなく,そのまま鵜呑みにすることはできませんから,当初の請求原因を維持し,本件連帯保証契約書を立証の柱としていく方針には変わりはありません。もっとも,Xによれば,本件連帯保証契約書の作成の経緯は「主債務者AがCとともにX方を訪れた上,連帯保証人欄にあらかじめBの記名がされ,Bの押印のみがない状態の契約書を一旦持ち帰り,後日,AとCがBの押印のある本件連帯保証契約書を持参した」ということのようですから,こちら側から本件連帯保証契約書の作成状況を明らかにしていくことはなかなか難しいと思います。

修習生P:二段の推定を使えば,本件連帯保証契約書の成立の真正を立証できますから,それで十分ではないでしょうか。

弁護士L:確かに,保証契約を締結した者がB本人であるとの前提に立てば,二段の推定を考えていけば足りるでしょう。他方で,仮にCがBから印章を預かっていたとすると,CがBの代理人として本件連帯保証契約書を作成したということも十分考えられます。

修習生P:しかし,本件連帯保証契約書には「B代理人C」と表示されていないので,代理人Cが作成した文書には見えないのですが。

弁護士L:代理人が本人に代わって文書を作成する場合に,代理人自身の署名や押印をせず,直接本人の氏名を記載したり,本人の印章で押印したりする場合があり,このような場合を署名代理と呼んでいます。その法律構成については,考え方が分かれるところですが,ここでは取りあえず通常の代理と同じであると考え,かつ,代理人の作成した文書の場合,その文書に現れているのは代理人の意思であると考えると,本件連帯保証契約書の作成者は代理人Cとなります。
 そこで,私は,念のため,第2の請求原因として,Bではなくその代理人Cが署名代理の方式によりBのために保証契約を締結した旨の主張を追加し,敗訴したときには無権代理人Cに対し民法第117条の責任を追及する訴えを提起することを想定して,Cに対し,訴訟告知をしようと考えています。

修習生P:訴訟告知ですか。余り勉強しない分野ですのでよく調べておきます。しかし,本件連帯保証契約書を誰が作成したかが明らかでないからといって,第2の請求原因を追加する必要までありますか。裁判所が審理の結果を踏まえてCがBの代理人として保証契約を締結したと認定すれば足りるのではないでしょうか。最高裁判所の判決にも,傍論ながら,契約の締結が当事者本人によってされたか,代理人によってされたかは,その法律効果に変わりがないからとして,当事者の主張がないにもかかわらず契約の締結が代理人によってされたものと認定した原判決が弁論主義に反しないと判示したもの(最高裁判所昭和33年7月8日第三小法廷判決・民集12巻11号1740頁)があるようですが。

弁護士L:その判例の読み方にはやや難しいところがありますから,もう少し慎重に考えてください。先にも言ったとおり,本件連帯保証契約書の作成者が代理人Cであるという前提に立つと,本件連帯保証契約書において保証意思を表示したのは代理人Cであると考えられ,その効果がBに帰属するためには,BからCに対し代理権が授与されていたことが必要となります。そうだとすると,第2の請求原因との関係では,BからCへの代理権授与の有無が主要な争点になるものと予想され,本件連帯保証契約書が証拠として持つ意味も当初の請求原因とは違ってきますね。なぜだか分かりますか。

修習生P:二段の推定が使えるかどうかといったことでしょうか。

弁護士L:良い機会ですから,当初の請求原因(請求を基礎付ける事実)が,①XA間における貸金返還債務の発生原因事実,②XB間における保証契約の締結,③②の保証契約が書面によること及び④①の貸金返還債務の弁済期の到来であり,第2の請求原因(請求を基礎付ける事実)が,①XA間における貸金返還債務の発生原因事実,②代理人Cが本人Bのためにすることを示してXとの間で保証契約を締結したこと(顕名及び法律行為),③②の保証契約の締結に先立って,BがCに対し,同契約の締結についての代理権を授与したこと(代理権の発生原因事実),④②の保証契約が書面によること及び⑤①の貸金返還債務の弁済期の到来であるとして,処分証書とは何か,それによって何がどのように証明できるかといった基本に立ち返って考えてみましょう。

 

〔設問1〕
 (1) Xが当初の請求原因②の事実を立証する場合と第2の請求原因③の事実を立証する場合とで,本件連帯保証契約書が持つ意味や,同契約書中にBの印章による印影が顕出されていることが持つ意味にどのような違いがあるか。弁護士Lと司法修習生Pの会話を踏まえて説明せよ。
 (2) Xが第2の請求原因を追加しない場合においても,裁判所がCはBの代理人として本件連帯保証契約書を作成したとの心証を持つに至ったときは,裁判所は,審理の結果を踏まえて,CがBの代理人として保証契約を締結したと認定して判決の基礎とすることができるというPの見解の問題点を説明せよ。

 

【事例(続き)】
 第2回口頭弁論期日において,原告Xは,第2の請求原因として,被告Bではなくその代理人Cが署名代理の方式によりBのために保証契約を締結した旨の主張を追加した。Bは,第2の請求原因に係る請求原因事実のうち,保証契約の締結に先立ちBがCに対し同契約の締結についての代理権を授与したこと(代理権の発生原因事実)を否認し,代理人Cが本人Bのためにすることを示してXとの間で保証契約を締結したこと(顕名及び法律行為)は知らないと述べた。
 第3回口頭弁論期日において,Xは,第3の請求原因として,Xは,Cには保証契約を締結することについての代理権があるものと信じ,そのように信じたことについて正当な理由があるから,民法第110条の表見代理が成立する旨の主張を追加した。Bは,表見代理の成立の要件となる事実のうち,基本代理権の授与として主張されている事実は認め,その余の事実を否認した。
 同期日の後,Xは,Cに対し,訴訟告知をし,その後,BもCに対して訴訟告知をしたが,Cは,X及びBのいずれの側にも参加しなかった。

 裁判所は,審理の結果,表見代理が成立することを理由として,XのBに対する請求を認容する判決を言い渡し,同判決は確定した。Bは,CがBから代理権を与えられていないにもかかわらず,Xとの間で保証契約を締結したことによって訴訟1の確定判決において支払を命じられた金員を支払い,損害を被ったとして,Cに対し,不法行為に基づき損害賠償を求める訴えを提起した(以下,この訴訟を「訴訟2」という。)。

 

〔設問2〕
 訴訟2においてBが,①CがBのためにすることを示してXとの間で保証契約を締結したこと,②①の保証契約の締結に先立って,Cが同契約の締結についての代理権をBから授与されたことはなかったこと,を主張した場合において,Cは,上記①又は②の各事実を否認することができるか。Bが訴訟1においてした訴訟告知に基づく判決の効力を援用した場合において,Cの立場から考えられる法律上の主張とその当否を検討せよ。

 

【事例(続き)】
 以下は,訴訟1の判決が確定した後に原告Xの訴訟代理人弁護士Lと司法修習生Pとの間でされた会話である。

弁護士L:今回は幸いにして勝訴することができましたが,私たちの依頼者Xとしては,仮にBに敗訴することがあったとしても,少なくともCの責任は問いたいところでした。そこで,B及びCに対する各請求がいずれも棄却されるといういわゆる「両負け」を避けるため,今回は訴訟告知をしましたが,民事訴訟法にはほかにも「両負け」を避けるための制度があることを知っていますか。

修習生P:同時審判の申出がある共同訴訟でしょうか。

弁護士L:そうですね。良い機会ですから,今回の事件の事実関係の下で同時審判の申出がある共同訴訟によったとすれば,どのようにして,どの程度まで審判の統一が図られ,原告が「両負け」を避けることができたのか,整理してみてください。例えば,以下の事案ではどうなるでしょうか。

 

(事案) XがB及びCを共同被告として訴えを提起し,Bに対しては有権代理を前提として保証債務の履行を求め,Cに対しては民法第117条に基づく責任を追及する請求をし,同時審判の申出をした。第一審においては,Cに対する代理権授与が認められないという理由で,Bに対する請求を棄却し,Cに対する請求を認容する判決がされた。

 

〔設問3〕
 同時審判の申出がある共同訴訟において,どのようにして,どの程度まで審判の統一が図られ,原告の「両負け」を避けることができるか。上記(事案)の第一審の判決に対し,①Cのみが控訴し,Xは控訴しなかった場合と,②C及びXが控訴した場合とを比較し,控訴審における審判の範囲との関係で論じなさい。

 

【資料】
金銭消費貸借契約書兼連帯保証契約書
平成○○年○月○日
住 所 ○○県○○市・・・(略)
貸 主X印
住 所 ○○県○○市・・・(略)
借 主A印
住 所 ○○県○○市・・・(略)
連帯保証人 B 印
1 本日,借主は,貸主から金三百萬円を次の約定で借入れ,受領した。
弁済期 平成○○年○月○日
利 息 年3パーセント(各月末払)
損害金 年10パーセント
2 借主が次の各号の一にでも該当したときは,借主は何らの催告を要しないで期限の利益を失い,
元利金を一時に支払わなければならない。
⑴ 第三者から仮差押え,仮処分又は強制執行を受けたとき
・・・・(略)
3 連帯保証人は,借主がこの契約によって負担する一切の債務について,借主と連帯して保証債務
を負う。

 

練習答案

民事訴訟法については以下でその条数のみを示す。

 

[設問1]
 (1)
 (ア)当初の請求原因②の事実を立証する場合
 本件連帯保証契約書はこの②の事実を直接証明するという意味を持つ。そして同契約書中にBの印章による印影が顕出されていることは、その印章をBが所持していたことを示せばBがその印影を顕出させた、つまり押印したことが推定され、その結果228条4項により文書の成立の真正が推定される(二段の推定)という意味を持つ。
 (イ)第2の請求原因③の事実を立証する場合
 本件連帯保証契約書は、その成立が真正であると認められても、この③の事実を証明することはない。同契約書中にBの印章による印影が顕出されていることも同様である。その印章をBがCに預けていたことが認められればこの③の事実を示す1つの証拠となる。
 (2)
 設問中に書かれたPの見解には、裁判に関与していないCが不利益を被ってしまうという問題点がある。また、裁判に関与しているBにとっても不意打ちとなってしまうという問題点がある。
 Pの見解のような裁判がなされると、その後にBがCに対して不法行為に基づく損害賠償請求の訴えを提起することが十分想定できる。既判力が主文に包含するものに限り及ぶ(114条1項)ので、BのXに対する連帯保証債務の存在を後の裁判で争うことが原則的にできなくなる。既判力は判決の理由にまでは及ばないので、CはBの代理人として保証契約を締結したことを争うことができるといっても、連帯保証債務の存在そのものを争うことができなくなる。Cにとっては、自らの関与しなかった裁判によって不利益を負わされるので問題である。
 Pの見解はBが十分に防御できないという問題点もある。Bとしては、Xの当初の請求原因に対して防御が成功しているのに、不意打ちで敗訴させられたと感じられるだろう。Xが第2の請求原因を追加していれば代理権の発生原因事実を争うことができたのに、その機会が与えられなかったからである。

 

[設問2]
 Cは、設問中の①及び②の各事実を否認することができる。
 [設問1]でも述べたように、既判力は判決の理由にまでは及ばないので、①及び②の各事実に既判力は作用しない。
 よってBが援用した訴訟告知に基づく判決の効力とは、自らが一度裁判で行った主張を正当な理由なく変更してはならないという信義誠実の原則(2条)であると考えられる。CはX及びBから53条1項の訴訟告知を受けたのだから、同条4項及び46条により、訴訟1の裁判の効力はCに及ぶ。①の主張をXの側で、②の主張をBの側でしたのと同じなのであるから、訴訟2でもその主張を変更してはならないとBは主張するのである。
 しかしCにとって、Bの側に立って①の事実を争い、Xの側に立って②の事実を争うのは、訴訟1で対立している当事者の両側に立たなければならないもので困難であった。だからこそCは訴訟1に参加しなかったのであろう。このCのふるまいは信義誠実の原則に反していない。よってCは訴訟2で①及び②の各事実を否認することができる。

 

[設問3]
 同時審判の申出がある共同訴訟では、弁論及び裁判は分離しないでしなければならない(41条1項)が、すべての当事者が控訴を強制されるわけではない。
 ①Cのみが控訴しXは控訴しなかった場合
 この場合はBに対する請求棄却の部分は確定し、Cに対する請求だけが控訴審で審判される。第一審判決の取消し及び変更は、不服申立ての限度においてのみ、これをすることができる(304条)からである。この場合に控訴審で第一審判決が取消されたり変更されたりすると、原告が「両負け」をすることになる。原告(X)としては控訴することができたのにこれをしなかったのであるから、このような結果になってもやむを得ない。
 ②C及びXが控訴した場合
 この場合はBに対する請求棄却部分もCに対する請求認容の部分も控訴審における審判の範囲に入る。297条によって41条を含む第一審の訴訟手続が控訴審の訴訟手続で準用されるので、原告(X)が「両負け」になる心配はない。

以上

 

修正答案

民事訴訟法については以下でその条数のみを示す。

 

[設問1]
 (1)
 (ア)当初の請求原因②の事実を立証する場合
 本件連帯保証契約書は、その成立が真正であると証明される(228条1項)と、この②の事実を直接証明するという意味を持つ。というのもこれは連帯保証契約という法律行為がそこで行われている処分文書だからである。そして同契約書はBが作成者であると考えられるところ、そこにBの印章による印影が顕出されていることは、その印章をBが所持していたことを示せばBがその印影を顕出させた、つまり押印したことが推定され、その結果228条4項により文書の成立の真正が推定される(二段の推定)という意味を持つ。
 (イ)第2の請求原因③の事実を立証する場合
 本件連帯保証契約書は、その成立が真正であると証明され(228条1項)ても、この③の事実を証明することはない。これは代理権を付与するという法律行為がそこで行われている処分文書ではないからである。さらに言うなら、同契約書中には代理であることを示す文言がないので、これだけでは代理権付与という法律行為とそもそも関係がない。同契約書中にBの印章による印影が顕出されていることも同様である。同契約書はCが作成者であると考えられるところ、Bが自分の印章を本件連帯保証契約の締結のためにCに預けていたことが認められれば、この③の事実を示す1つの証拠となる。
 (2)
 設問中に書かれたPの見解には、Bにとって不意打ちとなってしまうという問題点がある。
 民事訴訟では、私的自治や個人の自己決定という原則から、対等な当事者が自ら主導して訴訟活動を行い、その結果を引き受けるのが基本原則である。これは弁論主義と一般に呼ばれ、裁判所は当事者が主張しない事実を判決の基礎としてはならないとされる。そうはいってもこの原則を細部に至るまで厳密に適用しすぎると裁判が硬直し、真実の発見や適切な結果を大いに損なう事態が生じてしまう。そこで、法律効果の発生に直接つながる主要事実については弁論主義を厳密に適用しつつ、些細な事実については当事者の主張しない事実も判決の基礎としてよいとしたのがPの引用する判例の意図であると考えられる。
 本件におけるCがBの代理人として保証契約を締結したという事実は、保証契約の成立という法律効果の発生に直接つながるので主要事実である。これを当事者の主張なしに判決の基礎としてよいとするPの見解は、民事訴訟の基本原則である弁論主義に反するという問題点がある。Bとしては、Xの当初の請求原因に対して防御が成功しているのに、不意打ちで敗訴させられたと感じられるだろう。Xが第2の請求原因を追加していれば代理権の発生原因事実を争うことができたのに、その機会が与えられなかったからである。Bという当事者の決定ではどうすることもできない事情から不利益を負わされているので、私的自治や個人の自己決定の原則からすると問題になる。

 

[設問2]
 Cは、設問中の①及び②の各事実を否認することができる。
 既判力は主文に包含するものに限り及び(114条1項)、判決の理由にまでは及ばないので、①及び②の各事実に既判力は作用しない。よってBが援用した訴訟告知に基づく判決の効力とは、自らが一度裁判で行った(行うことのできた)主張を正当な理由なく変更してはならないという信義誠実の原則(2条)に由来するものであると考えられる。CはX及びBから53条1項の訴訟告知を受けたのだから、同条4項及び46条により、訴訟1の判決の効力はCに及ぶ。①の主張をXの側で、②の主張をBの側でしたのと同じなのであるから、訴訟2でもその主張を変更してはならないとBは主張するのである。
 これに対してCは2つの反論を主張することができる。1つは判決の効力が及ぶ客観的範囲に関する反論である。主文だけでなく判決の理由にも判決の効力が及ぶとしても、それが際限なく及ぶわけではない。傍論にすぎない部分にまで判決の効力が及んでしまうと裁判所の負担が増えるだけでなく、判決の効力を恐れて訴訟活動が不自由になってしまう。よって判決の効力が及ぶのは主文を導き出すのに必要十分な部分に限られる。本件について見ると、表見代理の成立を示す①の事実はここに含まれるが、無権代理の成立を示す②の事実は含まれない。以上より、②の事実にはBの援用する判決の効力が及ばないとするCの反論の主張は正当である。
 もう1つの反論は、訴訟告知を受けても参加を期待できないような場合には判決の効力が及ばないという主張である。訴訟告知の意義は敗訴責任を分担するところにあるからである。本件におけるCにとって、Bの側に立って①の事実を争い、Xの側に立って②の事実を争うのは、訴訟1で対立している当事者の両側に立たなければならないもので困難であった。言い換えると、Cは訴訟1で敗訴の責任を分担するような立場にはなかった。だからこそCは訴訟1に参加しなかったのであろう。このCのふるまいは信義誠実の原則に反さず、判決の効力がCに及ぶべきではない。よって訴訟2で①及び②の各事実を否認することができるというCの主張は正当である。

 

[設問3]
 同時審判の申出がある共同訴訟では、弁論及び裁判は分離しないでしなければならず(41条1項)、証拠や裁判官の心証が共通になるので、事実上裁判の統一が図られ、実体法上両立しないような「両負け」の事態を避けることができる。しかし必要的共同訴訟(40条)ではなく通常共同訴訟なので、共同訴訟人の一人について生じた事項は他の共同訴訟人に影響を及ぼさない(39条)ため、独立に控訴をすることができる。
 ①Cのみが控訴しXは控訴しなかった場合
 この場合はBに対する請求棄却の部分は確定し、Cに対する請求だけが控訴審で審判される。第一審判決の取消し及び変更は、不服申立ての限度においてのみ、これをすることができる(304条)からである。この場合に控訴審で第一審判決が取消されたり変更されたりすると、原告が「両負け」をすることになる。原告(X)としては控訴することができたのにこれをしなかったのであるから、このような結果になってもやむを得ない。
 ②C及びXが控訴した場合
 この場合はBに対する請求棄却部分もCに対する請求認容の部分も控訴審における審判の範囲に入る。297条によって41条を含む第一審の訴訟手続が控訴審の訴訟手続で準用されるので、弁論及び裁判は分離しないでしなければならず、原告(X)が「両負け」になる心配は事実上ない。

以上

 

感想

[設問1]の(1)では処分証書とは何かの理解が曖昧だったので言及しそこねてしまいました。(2)では裁判外のCにとっての不利益という的外れなことを書いてしまいました。[設問2]は判例をよくは知らないなりに記述できたほうだと思います。[設問3]の結論は知っていたので書きやすかったのですが、必要的共同訴訟と通常共同訴訟の違いを掻き落としてしまいました。

 




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