浅野直樹の学習日記

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平成22年司法試験論文公法系第2問答案練習

問題

〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,2:4.5:3.5〕)
 A村は,人口が昭和30年には約5000人であったが,年々減少し,平成20年には約2400人にまで落ち込んでいる。その間,過疎地域の指定も受け,村の財政は極めて厳しい状況が続いている。こうした状況下で,A村は,人口減少対策・過疎対策として,A村の保有する土地(10区画)(以下「本件土地」という。)を,希望者を募って平成21年4月20日に売却した。本件土地は,近隣市の中心部まで自動車で30分程度の通勤圏に位置している。前年にもA村は売却を試みたが,相場並みに価格を定めたところ,1区画に応募があったのみであり,この1区画についても契約の締結に至らなかった。そこで今回は,下限の価格を定めずに,「分譲価格と条件は購入希望者と直接相談させていただきます」という内容を記載した村民向けチラシ,近隣市町村における折り込みチラシ,新聞広告,現地看板などにより広報を行い,10区画すべてをそのとおりに売却した。成約価格は結果として,最も高い区画で560万円,最も安い区画で400万円,全区画の売却価格の総額は4800万円であった。購入者の中には,側溝部分など,一部の土地対価について支払を免除された者も多数存在する。また,購入者の中には,A村の部長の弟や売却担当部局職員の妻も含まれていた。さらに,村内の利便性を欠く地区に住む者による買換えが,複数見られた。
 ある週刊誌に,本件土地の売買に疑惑があるとする記事が掲載されたことを契機として,村民B及びCは,平成22年3月19日に地方自治法第242条による住民監査請求を行った。B及びCは,本件土地は慎重に時間を掛ければより高価で売却できる物件であったにもかかわらず,性急に破格の安値で売却した村長Eの措置は,村の財政を悪化させ,村の財産を無駄遣いするものであり,また,このような財産の処分のために必要な議会の議決を欠くことのほか,本件土地の売買は村関係者の身内に便宜を図るものであり,売却の方式や相手方の選定に関して公正を欠くことを主張した。しかしA村の監査委員は,B及びCの請求には理由がないと判断し,その旨を同年4月23日にB及びCに通知した。そこでB及びCは,Eによる本件土地の売買契約の締結によって,A村が売却価格と時価との差額分(約3200万円)の損害を被ったとして,Eに損害賠償を求めるための住民訴訟を提起しようとしている。このうちCは,同年5月1日にA村から転出しており,現在は他の市に住んでいる。また,村民Dは,住民監査請求を行っていないが,B及びCが提起を検討している住民訴訟に原告として加わろうとしている。
 他方,A村議会の議員の一部は,Eは,平成19年に村長に就任して以来,厳しい環境の中でA村の財政再建に貢献してきた功労者であるし,必ずしも裕福ではないことから,村がEに損害賠償を請求するのは適切でないと主張して,B,C及びDの3名(以下「Bら」という。)の動きに反発している。これらの議員は,Bらの請求を認容する一審判決が出された場合には,控訴した上で,Eに対する村の損害賠償請求権を放棄する議会の議決を行うことを検討し始めている。A村はこれまで行政訴訟を提起された経験がないことから,Eは,急きょ,そうした訟務に詳しい顧問弁護士Fと同村の総務課職員G,H及びIとで,対応策を検討する会議(以下「検討会議」という。)を平成22年5月6日に開催することとした。検討会議の中では,職員から様々な疑問,質問,課題が提示されたため,弁護士Fが,その整理・検討を任されることとなった。
 【資料1 検討会議の会議録】を読んだ上で,弁護士Fの立場に立って,以下の設問に答えなさい。
 なお,地方自治法施行令の抜粋を【資料2 関係法令】に,また関連する裁判例を【資料3 議会による請求権放棄に関する裁判例】に,それぞれ掲げるので,適宜参照しなさい。

 

〔設問1〕
 Bらが提起することが予想される住民訴訟を具体的に示して,これをBらが適法に提起できるかどうかについて検討しなさい。

 

〔設問2〕
 Bらによる住民訴訟が適法とされる場合には,Eが本件土地の売買契約を締結したことの適法性が争点になると考えられる。この契約締結の適法性について,詳細に検討しなさい。

 

〔設問3〕
 Bらの請求を認容する一審判決が出されて,A村議会が請求権を放棄する議決を行う場合を想定して,以下の小問に答えなさい。
⑴ 【資料3】に挙げた二つの判決の間で,地方議会による請求権放棄の議決の適法性に関して考え方が分かれた点を説明しなさい。
⑵ その上で,これらの判決の考え方をそれぞれ当てはめた場合,本件で村議会議員が検討している請求権放棄の議決の適法性についてはどのように判断されることになるか検討して,自らの意見を述べなさい。

 

【資料1 検討会議の会議録】
総務課長G:我が村は本当に小さな所で,これまで村を相手に村民が行政訴訟を起こした例など全くありませんでした。今回のBらの動きは驚きなのですが,聞くところでは,Bらは弁護士にも相談しながら訴訟の準備を進めているようですので,村としても,対応方針を立てておく必要があります。今日は,行政訴訟に通じた顧問弁護士のF先生にも出席いただきました。初回の会合ですので,この際,疑問に思っている点を率直に出してください。

職 員 H:村の行った売買に,それとは関係のないBらが裁判を起こすことなんてできないと考えていました。Bらは売買で損をしたわけでもないし,一体どういった権利や利益を根拠にして訴えを起こすつもりなのでしょうか。聞くところでは,住民訴訟という特別の制度があるようですが,それであれば利用できるのですか。

職 員 I:住民訴訟という特別の制度があるとしても,だれでも無条件に住民訴訟を起こせるわけではないですよね。今回のBらは適法に住民訴訟を起こせるのですか。

職 員 H:BやCの行った監査請求では,違法な契約によって村の土地がたたき売りされて,村が損をした点を問題にしているようですね。住民訴訟ではBらは4号請求で行く意向だといううわさです。

総務課長G:それは,地方自治法第242条の2第1項各号に挙げられた4つの請求のうち,第4号に規定された請求をするという意味ですね。F先生の方で,Bらが今回の売却に対して,どういった訴えを起こしてくるのか,4号請求の具体的な内容を示してもらえると参考になります。その上で,Bらが提起する訴えが適法かを,B,C及びDのそれぞれについて検討していただけますか。

弁護士F:分かりました。それでは,Bらが提起するであろう訴訟について,その具体的内容と適法性を記したペーパーを,早速用意いたします。

総務課長G:よろしくお願いします。次に,裁判になったとして,本件土地の売却のいかなる点が違法になるのか,この点の議論に移りたいと思います。本件土地の時価をどのように計算するかという問題もありますが,村としては,適正な対価を得て本件土地を売却したと考えています。ですから,契約の締結には議会の議決は不要であるという立場です。しかし,この点について,Bらは争っていますので,F先生に御検討をお願いしたいと思います。

弁護士F:議会の議決というのは,地方自治法第96条第1項第6号,第237条第2項に規定された議決のことですね。このほか,第96条第1項第5号も議決を定めていますが,これは請負契約を念頭に置いた規定ですから,本件では考えなくてもよいでしょう。また,第8号の議決の要否については,Bらは今の段階では問題にしていませんので,差し当たり検討の対象から除くことにします。

総務課長G:これ以外に,契約締結の適法性に関して,遠慮なく,疑問点を出してください。

職 員 H:入札手続を採らなかった点など,契約の手続や内容に様々な違法があるとBらは攻撃していますが,村としてはそのようには考えていません。週刊誌には,契約が不透明だと書かれたのですが,一体何が問題なのですか。

職 員 I:職員や議員の中では,過疎に悩む本村で採り得る政策として,やっとのことで買手を見付けて本件土地を売却したのは当然のことではないかとか,現に税収面でも貢献しているではないかという意見が圧倒的です。この売却の何が違法と言われるのか,理解に苦しむところです。

職 員 H:先日来,総務課でも,地方自治法第234条や同条第2項に基づく政令を検討し始めたのですが,今回の事案にどのように関連するのか,うまくまとめ切れていません。村がどのような手続によって,どのような内容の契約を締結するかは,当然に村長の裁量で決められると思うのですが。

総務課長G:契約締結の適法性に関する問題,特にH君が挙げていた条文の解釈が,最も重要な課題になりそうですね。まず,これらの法律や政令の規定のうち本件にかかわるものの趣旨を御説明いただけませんか。その上で,Bらが,本件土地の売買契約の締結のどういった点を違法だと主張してくるか,また,村の側では,契約締結を適法というためにどのような主張をすることが考えられるか,F先生の方で具体的に検討いただき,契約締結の適法性に関するF先生の御意見をお聞かせいただけますと助かります。契約締結の適法性は,何といっても村の職員にとって最も関心がある点ですので,できるだけ包括的に検討していただけませんか。

弁護士F:それでは,御質問の点について,次回の会合までに,ここは入念に整理しておくこととします。

総務課長G:お願いいたします。それと,先日もお話ししましたが,議員の間では,Bらの動きに反発する意見が強いのです。週刊誌でたたかれた点が影響しているのかもしれません。

職 員 H:ベテラン議員の中には,どこかの会合で聞いてきたようなのですが,Bらが村長の損害賠償責任を裁判に訴えたとしても,さらに,それを認める判決が出されたとしても,控訴した上で,村の損害賠償請求権を放棄する議決を議会が行えば大丈夫だといった意見を説く者もいます。こうした主張が日増しに強くなっている状況です。議会は,こうした議決を適法に行うことが可能なのですか。この点は,議会事務局も心配しています。

職 員 I:議決というのは,地方自治法第96条第1項に規定されている議決のことですか。

弁 護 士 F:ええ,その第10号ですね。地方議会による請求権放棄に関しては,これまで出された裁判例で,判断が分かれています。手元にある二つの判決【資料3】が,その例です。

総務課長G:村の請求権がどのような手続によって消滅するのかといった点も,議論する必要がありそうですが,今の段階では差し当たり,請求権を放棄する内容の議決を議会は適法に行うことができるのか,という点に絞って検討したいと思います。

職 員 H:それぞれの判決がよって立つ考え方の違いを整理していただけないでしょうか。特に,判決の中で「住民訴訟の制度が設けられた趣旨」といわれているのですが,住民訴訟の制度趣旨と議会による請求権放棄とは,どのように関連するのですか。

職 員 I:私が関心がありますのは,お話のあった二つの判決を本件の事案に当てはめた場合に,どういった判断が予想されるのかという点です。

総務課長G:いろいろと要望や質問が出ましたが,議決の適法性の問題に関しては,本村の議員にも説明する必要があると考えています。H君とI君も申しておりましたが,二つの判決がそれぞれどのような考え方に立っているのか,そしてそれぞれの判決によれば,今回の案件がどのように判断されるか,住民訴訟制度の趣旨を踏まえて分かりやすく整理していただき,本村議会の議員が検討している請求権放棄の議決の適法性について,F先生の御意見をお聞かせいただけませんか。

弁護士F:了解しました。早速,両判決の分析を進めまして,課題について検討結果を送らせていただきます。

総務課長G:お願いばかりで恐縮ですが,よろしくお願いいたします。他に質問がなければ,本日の会議は終了といたします。

 

【資料2 関係法令】
○ 地方自治法施行令(昭和22年5月3日政令第16号)(抜粋)
(指名競争入札)
第167条 地方自治法第234条第2項の規定により指名競争入札によることができる場合は,次の各号に掲げる場合とする。
一 工事又は製造の請負,物件の売買その他の契約でその性質又は目的が一般競争入札に適しないものをするとき。
二 その性質又は目的により競争に加わるべき者の数が一般競争入札に付する必要がないと認められる程度に少数である契約をするとき。
三 一般競争入札に付することが不利と認められるとき。
(随意契約)
第167条の2 地方自治法第234条第2項の規定により随意契約によることができる場合は,次に掲げる場合とする。
一 売買,貸借,請負その他の契約でその予定価格(貸借の契約にあつては,予定賃貸借料の年額又は総額)が別表第五上欄(注:左欄)に掲げる契約の種類に応じ同表下欄(注:右欄)に定める額の範囲内において普通地方公共団体の規則で定める額を超えないものをするとき。
二 不動産の買入れ又は借入れ,普通地方公共団体が必要とする物品の製造,修理,加工又は納入に使用させるため必要な物品の売払いその他の契約でその性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき。
三,四 (略)
五 緊急の必要により競争入札に付することができないとき。
六 競争入札に付することが不利と認められるとき。
七 時価に比して著しく有利な価格で契約を締結することができる見込みのあるとき。
八 競争入札に付し入札者がないとき,又は再度の入札に付し落札者がないとき。
九 落札者が契約を締結しないとき。
2 前項第8号の規定により随意契約による場合は,契約保証金及び履行期限を除くほか,最初競争入札に付するときに定めた予定価格その他の条件を変更することができない。
3 第1項第9号の規定により随意契約による場合は,落札金額の制限内でこれを行うものとし,かつ,履行期限を除くほか,最初競争入札に付するときに定めた条件を変更することができない。
4 前二項の場合においては,予定価格又は落札金額を分割して計算することができるときに限り,当該価格又は金額の制限内で数人に分割して契約を締結することができる。
(せり売り)
第167条の3 地方自治法第234条第2項の規定によりせり売りによることができる場合は,動産の売払いで当該契約の性質がせり売りに適しているものをする場合とする。
別表第五(第167条の2関係)
一 工事又は製造の請負 都道府県及び指定都市 250万円
市町村(指定都市を除く。以下この表において同じ。)
130万円
二 財産の買入れ 都道府県及び指定都市 160万円
市町村 80万円
三 物件の借入れ 都道府県及び指定都市 80万円
市町村 40万円
四 財産の売払い 都道府県及び指定都市 50万円
市町村 30万円
五 物件の貸付け 30万円
六 前各号に掲げるもの以外 都道府県及び指定都市 100万円
のもの 市町村 50万円

 

【資料3 議会による請求権放棄に関する裁判例】
○ 適法とする判決:東京高等裁判所平成18年7月20日判決(抜粋)
 「住民訴訟が提起されたからといって,住民の代表である地方公共団体の議会がその本来の権限に基づいて住民訴訟における個別的な請求に反した議決に出ることまで妨げられるべきものではない。本件は,(略)損害賠償請求権(注:長に対する地方公共団体の損害賠償請求権)の発生原因のいかんによって放棄の可否を定めた法令はなく,その放棄の可否は,住民の代表である議会が,損害賠償請求権の発生原因,賠償額,債務者の状況,放棄することによる影響・効果等を総合考慮した上で行う良識ある合理的判断にゆだねられているというほかないのであって,(略)甲町の住民の代表で構成される甲町議会は,本件議案について質疑,討論を行い,民主主義の原則にのっとり,多数決で本件損害賠償請求権を放棄する旨議決したのであるから,本件議決によって本件損害賠償請求権は消滅しており,そのことによって『法治主義に反する状態が続く』ことになるものでもない。」

○ 違法とする判決:大阪高等裁判所平成21年11月27日判決(抜粋)
 「控訴人(注:乙市長)は,地自法(注:地方自治法)96条1項10号により,権利の放棄が議会の議決事項とされている以上,乙市議会がした本件権利の放棄の議決は当然有効であると主張する。しかし,(略)①(略),②控訴人は上記財務会計行為(注:乙市による乙市の外郭団体(以下「本件各団体」という。)への補助金等の支出)は適法であるとして争っていたところ,原審は,上記財務会計行為の一部は違法であると認定し,乙市の本件各団体に対する不当利得返還請求権,乙市長に対する損害賠償請求権をそれぞれ一部認めたこと(本件権利),③控訴人は,この判決に対して控訴し,控訴審において引き続き上記財務会計上の行為は適法であると主張して争ったところ,当裁判所は平成21年1月21日弁論を終結し,判決言渡期日を同年3月18日と指定したこと,④控訴人は,平成21年2月20日,本件権利の放棄を含む(略)条例を提出し,議会は後記のと
おり合理的な理由もないまま本件権利を放棄する旨の決議をなしたこと,⑤控訴人は,平成21年3月4日,弁論再開の申立てをし,当裁判所は,同月11日弁論を再開する旨の決定をしたこと,⑥本件権利は,乙市の執行機関(市長)が行った違法な財務会計上の行為によって乙市が取得した
多額の不当利得返還請求権ないし損害賠償請求権であり,この権利の放棄が乙市の財政に与える影響は極めて大きいと考えられること,⑦議会は,上記権利を放棄する旨の決議をした際,本件と同種の事案(略)等についても,不当利得返還請求権及び損害賠償請求権をいずれも放棄する旨の決議をしたこと,⑧本件権利及び上記⑦の権利を放棄するについて,請求を受けることとなる者の資力等の個別的・具体的な事情について検討された形跡は窺えないことが認められる。
 (略)住民訴訟の制度が設けられた趣旨,一審で控訴人が敗訴し,これに対する控訴審の判決が予定されていた直前に本件権利の放棄がなされたこと,本件権利の内容・認容額,同種の事件を含めて不当利得返還請求権及び損害賠償請求権を放棄する旨の決議の乙市の財政に対する影響の大きさ,議会が本件権利を放棄する旨の決議をする合理的な理由はなく,放棄の相手方の個別的・具体的な事情の検討もなされていないこと等の事情に照らせば,本件権利を放棄する議会の決議は,地方公共団体の執行機関(市長)が行った違法な財務会計上の行為を放置し,損害の回復を含め,その是正の機会を放棄するに等しく,また,本件住民訴訟を無に帰せしめるものであって,地自法に定める住民訴訟の制度を根底から否定するものといわざるを得ず,上記議会の本件権利を放棄する旨の決議は,議決権の濫用に当たり,その効力を有しないものというべきである。」

 

練習答案

[設問1]
 Bらが提起することが予想される住民訴訟は行政事件訴訟法(以下「行訴法」とする)5条の民衆訴訟であって、自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するものである。これは法律に定める場合において、法律に定める者に限り、提起することができる(行訴法42条)。その法律がここでは地方自治法(以下「地自法」とする)242条の2第1項4号であるので、これに従ってBらが適法に本件訴訟を提起できるか検討する。
 地自法242条の2第1項には「普通地方公共団体の住民は」とあるので、現在A村の住民ではないCの原告適格は否定される。また、「前条第1項の規定による請求をした場合において」とあるので、その請求(住民監査請求)をしていないDの原告適格も否定される。自己の法律上の利益にかかわらない訴訟を特別に法定したものなので、その原告適格は法律に従って厳格に判断しなければならない。
 Bについてはこれら2つの要件を満たし、かつ監査委員の監査の結果に不服があるので、同項4号の請求をすることができる。その4号請求は、本件土地の売買契約の締結によってA村が被った損害の賠償をA村長Eに対して請求するというものである。
 以上よりBは本件訴訟を適法に提起できるが、C及びBは適法に提起できない。

 

[設問2]
第1 本件土地の売買に関して議会の議決がないことの適法性
 地自法238条の4第1項の規定の適用がある場合を除き、普通地方公共団体の財産は、条例又は議会の議決による場合でなければ、適正な対価なくしてこれを譲渡してはならない(地自法237条2項、96条1項6号)。
 本件は地自法238条の4第1項の規定の適用がある場合ではなく、条例も議会の議決もないので、適正な対価があったかどうかが適法性の判断の分れ目になる。
 ここでの適正な対価とは、時価と完全に一致しなければならないものではなく、社会通念上およそ適正な対価であればよい。時価を少しでも下回れば議会の議決が必要だということになれば手続があまりにも繁雑になってしまい、普通地方公共団体の運営に支障をきたしてしまいかねない。
 本件では時価総額が8000万円のところを4800万円という6割の水準で売却する契約が締結されているが、以前に時価での売却ができなかったという事情も考慮すると、社会通念上適正な対価があったと言える。
 以上より議会の議決がなくても適法である。
第2 契約締結方法の適法性
 売買契約は、一般競争入札、指名競争入札、随意契約、又はせり売りの方法により締結するものとされる(地自法234条1項)が、指名競争入札、随意契約又はせり売りは、政令で定める場合に該当するときに限り、これによることができる(地自法234条2項)。これは一般競争入札を原則とすることで公正に普通地方公共団体にとって最も有利な金額で契約を締結するのがよいという趣旨である。だからその政令である地方自治法施行令167条の2第1項6号に、競争入札に付することが不利と認められるときという規定があるのである。
 本件土地の売買契約は随意契約によって行われているが、競争入札に付すと入札がほとんどないことが予想され、そうして売却できないと随意契約で時価を多少下回って売却するよりも不利になるので、随意契約によることが許される(地方自治法施行令167条の2第1項、地自法234条2項)。
 以上より本件の契約締結方法は適法である。

 

[設問3]
 (1)
 民主主義の原則から、地方議会による請求権放棄の議決は基本的に適法である。しかし損害賠償請求権の発生原因、賠償額、債務者の状況、放棄することによる影響・効果等を総合考慮して、場合によっては住民訴訟の制度を根底から否定するような議決権の濫用として無効になることもある。
 この枠組みで、違法とする判決(大阪高等裁判所平成21年11月27日判決)では、住民訴訟が確定して損害賠償請求権がまさに確定されようとしているときに、多額の賠償を、債務者の事情も検討せずに、同種の事件を含めて放棄するという極めて影響の大きい議決をしたということで、無効という結論になっている。
 (2)
 本件ではまだ住民訴訟が提起されていない段階である。賠償額も最大で3200万円であり村民1人当たり1万円強でそこまで多額とも言えない。債務者である村長Eは過疎に悩まされる中でやむを得ず本件土地の売買契約を締結したという事情もある。本件で村議会議員が検討している請求権放棄の議決は今回限りのものであり、他に望ましくない影響が波及するということも考えられない。
 以上より、これらを総合考慮した議会の議決は民主主義の原則から尊重されるので、有効である。

以上

 

修正答案

[設問1]
 Bらが提起することが予想される住民訴訟は行政事件訴訟法(以下「行訴法」とする)5条の民衆訴訟であって、自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するものである。これは法律に定める場合において、法律に定める者に限り、提起することができる(行訴法42条)。その法律がここでは地方自治法(以下「地自法」とする)242条の2第1項4号であるので、これに従ってBらが適法に本件訴訟を提起できるか検討する。
 地自法242条の2第1項柱書には「普通地方公共団体の住民は」とあるので、現在A村の住民ではないCの原告適格は否定される。また、「前条第1項の規定による請求をした場合において」とあるので、その請求(住民監査請求)をしていないDの原告適格も否定される。自己の法律上の利益にかかわらない訴訟を特別に法定したものなので、その原告適格は法律に従って厳格に判断しなければならない。
 Bについてはこれら2つの要件を満たし、かつ監査委員の監査の結果に不服があるので、同項4号の請求をすることができる。その4号請求は、本件土地の売買契約の締結によってA村が被った損害の賠償を個人であるEに対して請求するように執行機関であるA村長Eに求めるというものである。なお、この住民訴訟の提起は、監査の結果の通知があった日から30日以内、つまり平成22年5月23日までにしなければならない(地自法242条の2第2項1号)。
 以上よりBは本件訴訟を適法に提起できるが、C及びBは適法に提起できない。

 

[設問2]
第1 本件土地の売買に関して議会の議決がないことの適法性
 地自法238条の4第1項の規定の適用がある場合を除き、普通地方公共団体の財産は、条例又は議会の議決による場合でなければ、適正な対価なくしてこれを譲渡してはならない(地自法237条2項、96条1項6号)。
 本件は地自法238条の4第1項の規定の適用がある場合ではなく、条例も議会の議決もないので、適正な対価があったかどうかが適法性の判断の分れ目になる。
 ここでの適正な対価とは、時価と完全に一致しなければならないものではなく、社会通念上およそ適正な対価であればよい。時価を少しでも下回れば議会の議決が必要だということになれば手続があまりにも繁雑になってしまい、普通地方公共団体の運営に支障をきたしてしまいかねない。
 本件では時価総額が8000万円のところを4800万円という6割の水準で売却する契約が締結されているが、以前に時価での売却ができなかったという事情も考慮すると、社会通念上適正な対価があったと言える。
 以上より議会の議決がなくても適法である。
第2 契約締結方法の適法性
 売買契約は、一般競争入札、指名競争入札、随意契約、又はせり売りの方法により締結するものとされる(地自法234条1項)が、指名競争入札、随意契約又はせり売りは、政令で定める場合に該当するときに限り、これによることができる(地自法234条2項)。その政令である地方自治法施行令167条の2第1項2号にはその性質又は目的が競争入札に適しないものをするときという規定があり、同6号には競争入札に付することが不利と認められるときという規定がある。地自法でこのように定められているのは、性質や目的上可能な場合は一般競争入札を原則とすることで公正に普通地方公共団体にとって最も有利な金額で契約を締結するのがよいという趣旨である。
 本件土地の売買契約は随意契約によって行われている。その結果A村の部長の弟や売却担当部局職員の妻が購入者の中に含まれていて公正さを疑わしめるし、売却価格の総額も4800万円と時価総額の6割の水準にとどまっている。しかし、財政が厳しくて収入を得る必要性が高いところ、競争入札に付すと入札がほとんどないことが予想され、そうして売却できないと随意契約で時価を多少下回って売却するよりも不利になるので、随意契約によることが許される(地方自治法施行令167条の2第1項6号)。また、人口減少対策・過疎対策という目的も併せ持っているので、本件土地を誰かに買ってもらってそこに住んでもらうことに意義があり、競争入札に適しないとも言える(地方自治法施行令167条の2第1項2号)。人口が2400人規模の村なので、職員の親族などが購入者の中にいても不思議ではない。成約価格が最も高い区画で560万円、最も安い区画で400万円とそれほど大きな差はないので、職員の親族が顕著に優遇されているということもない。
 以上より本件の契約締結方法は適法である。

 

[設問3]
 (1)
 民主主義の原則から、地方議会による請求権放棄の議決は基本的に適法である。地自法96条1項10号で権利の放棄を議決することが規定されており、住民訴訟によって確定された権利は除くといった規定はないということも、請求権放棄の議決を適法にできるという見解を補強する。しかし損害賠償請求権の発生原因、賠償額、債務者の状況、放棄することによる影響・効果等を総合考慮して、場合によっては住民訴訟の制度を根底から否定するような議決権の濫用として無効になることもある。住民訴訟制度の趣旨は、普通地方公共団体の違法を有志の住民が直接是正することにあるが、その訴訟の経過なども踏まえて議会が熟慮して議決したことは、民主主義の原則から尊重されるということである(司法は立法に対して謙抑的であるべきだということである)。
 この枠組みで、違法とする判決(大阪高等裁判所平成21年11月27日判決)では、住民訴訟が確定して損害賠償請求権がまさに確定されようとしているときに、多額の賠償を、債務者の事情も検討せずに、同種の事件を含めて放棄するという極めて影響の大きい議決をしたということで、無効という結論になっている。
 (2)
 本件では請求権放棄の議決を一審敗訴後に控訴してから行うにしても、まだ住民訴訟が提起されていない段階から熟慮が重ねられている。賠償額も最大で3200万円であり村民1人当たり1万円強でそこまで多額とも言えない。債務者である村長Eは過疎に悩まされる中でやむを得ず本件土地の売買契約を締結したという事情もある。本件で村議会議員が検討している請求権放棄の議決は今回限りのものであり、他に望ましくない影響が波及するということも考えられない。
 以上より、これらを総合考慮した議会の議決は民主主義の原則から尊重されるので、有効である。

以上

 

 

感想

判例知識よりも現場での思考力を問う問題だったのである程度はできたと思っています。[設問1]では出訴期間を書き落としていました。行政法では特に期間を意識したいです。[設問2]は練習ではほぼ村側の記述しかできなかったので、B側の主張を盛り込めば記述に厚みが増したと反省しています。[設問3]素直に国語力で解きましたが、それでよいのか少し不安です。

 

 



平成22年司法試験論文公法系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100)
 市町村長は,個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して,住民基本台帳を作成しなければならない【参考資料1】。生活の本拠である住所(民法第22条参照)の有無によって,権利や利益の享受に影響が生じる。国民の重要な基本的権利である選挙権も,住所を有していないと,選挙権を行使する機会自体を奪われる(公職選挙法第21条第1項,第28条第2号,第42条第1項参照)。また,国民健康保険や介護保険等の手続をするためには,住民登録が必要である。ただし,生活保護法は,「住所」という語を用いておらず,「居住地」あるいは「現在地」を基準として保護するか否かを決定し,かつ,これを実施する者を定めている【参考資料2】。
 ボランティア活動などの社会貢献活動を行う,営利を目的としない団体(NPO)である団体Aは,ホームレスの人たちなどが最底辺の生活から抜け出すための支援活動を行っている。団体Aは,支援活動の一環として,Y市内に2つのシェルター(総収容人数は100名)を所有している。その2つのシェルターに居住する人たちは,それぞれのシェルターを住所として住民登録を行い,生活保護受給申請や雇用保険手帳の取得,国民健康保険や介護保険等の手続をしている。
 Xは,Y市内にあるB社に正規社員として20年勤めていたが,B社が倒産し,突然職を失った。そして,失職が大きな原因となり,X夫婦は離婚した。その後,Xは,C派遣会社に登録し,紹介されたY市内にあるD社に派遣社員として勤め始め,Y市内にあるD社の寮に入居した。しかし,D社の経営状況が悪化したために,いわゆる「派遣切り」されたXは,寮からも退去させられた。職も住む所も失ってしまったXは,団体Aに支援を求めた。そして,その団体Aのシェルターに入居し,そこを住所として住民登録を行った。不定期のアルバイトをしながら,できる限り自立した生活をしたいと思っているXは,正規社員としての採用を目指して,正規社員募集の情報を知ると応募していたが,すべて不採用であった。その後,厳しい経済不況の中,団体Aの支援を求める人も急増し,2つのシェルターに居住し,そこを住所として住民登録を行う人数が200名を超えるに至った。シェルターが「飽和状態」となって息苦しさを感じたXは,シェルターに帰らなくなり,正規社員への途も得られず,アルバイトで得たお金があるときはY市内のインターネット・カフェを泊まり歩き,所持金がなくなったときにはY市内のビルの軒先で寝た。
 201*年4月に,Y市は,住民の居住実態に関する調査を行った。調査の結果,団体Aのシェルターを住所として住民登録している人のうち,Xを含む60名には当該シェルターでの居住実態がないと判断した。Y市長は,それらの住民登録を抹消した。
 住民登録が抹消されたことを知ったXは,それによって生活上どのようなことになるのかを質問しに,市役所に行ったところ,国民健康保険被保険者証も失効するなどの説明を受けた。Xは,胃弱という持病があるし,最近体調も思わしくなかったが,医療費が全額自己負担になるので,病院に行くに行けなくなった。
 住民登録を抹消され,貧困ばかりでなく,生命や健康さえも脅かされる状況に追い詰められたXは,生活保護制度に医療扶助もあることを知り,申請日前日に宿泊していたインタ-ネット・カフェを「居住地」として,Y市長から委任(生活保護法第19条第4項参照)を受けている福祉事務所長に生活保護の認定申請を行った。
 Y市は,財政上の問題(生活保護のための財源は,国が4分の3,都道府県や市,特別区が4分の1を負担する。)もあるが,それ以上にホームレス【参考資料3】などが市に増えることで市のイメージが悪くなることを嫌って,インターネット・カフェやビルの軒先を「居住地」あるいは「現在地」とは認めない制度運用を行っている。そこで,Y市福祉事務所長は,Xの申請を却下した。Xは,たまたまインターネット・カフェで見ていたニュースで,自分と全く同じ状況にある人にも生活保護を認める自治体があることを知った。その自治体は,インターネット・カフェやビルの軒先も「居住地」あるいは「現在地」と認めている。そこで,Xは,Y市福祉事務所長の却下処分に対して,自分と同じ状況にある人の保護を認定している自治体もあることなどを理由に,不服申立てを行った。しかし,不服申立ても,棄却された。
 Y市は,衆議院議員総選挙における選挙区を定める公職選挙法別表第1によれば,市全域で1選挙区と定められている。Xは,住民登録が抹消された年の10月に行われた衆議院議員総選挙の際に,選挙人名簿から登録を抹消されたために投票することができなかった。このような事態は,従来から,ホームレスの人たちなどの支援活動を行っているNPOから指摘されていた。そして,それらのNPOは,Xの住民登録が抹消された年の10月に行われた衆議院議員総選挙よりも7年前に行われた200*年8月の衆議院議員総選挙の際に,国政選挙における「住所」要件(公職選挙法第21条第1項,第28条第2号及び第42条第1項のほか,同法第9条,第11条,第12条,第21条,第27条第1項参照)の改正を求める請願書を総務省に提出していた。
 Xは,無料法律相談に行き,生活保護と選挙権について弁護士に相談した。

 

〔設問1〕
あなたがXの訴訟代理人として訴訟を提起するとした場合,訴訟においてどのような憲法上の主張を行うか。憲法上の問題ごとに,その主張内容を書きなさい。

 

〔設問2〕
設問1における憲法上の主張に関するあなた自身の見解を,被告側の反論を想定しつつ,述べなさい。

 

【参考資料1】住民基本台帳法(昭和42年7月25日法律第81号)(抄録)
(目的)
第1条 この法律は,市町村(特別区を含む。以下同じ。)において,住民の居住関係の公証,選挙人名簿の登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とするとともに住民の住所に関する届出等の簡素化を図り,あわせて住民に関する記録の適正な管理を図るため,住民に関する記録を正確かつ統一的に行う住民基本台帳の制度を定め,もつて住民の利便を増進するとともに,国及び地方公共団体の行政の合理化に資することを目的とする。
(国及び都道府県の責務)
第2条 国及び都道府県は,市町村の住民の住所又は世帯若しくは世帯主の変更及びこれらに伴う住民の権利又は義務の異動その他の住民としての地位の変更に関する市町村長(特別区の区長を含む。以下同じ。)その他の市町村の執行機関に対する届出その他の行為(次条第3項及び第21条において「住民としての地位の変更に関する届出」と総称する。)がすべて一の行為により行われ,かつ,住民に関する事務の処理がすべて住民基本台帳に基づいて行われるように,法制上その他必要な措置を講じなければならない。
(市町村長等の責務)
第3条 市町村長は,常に,住民基本台帳を整備し,住民に関する正確な記録が行われるように努めるとともに,住民に関する記録の管理が適正に行われるように必要な措置を講ずるよう努めなければならない。
2 市町村長その他の市町村の執行機関は,住民基本台帳に基づいて住民に関する事務を管理し,又は執行するとともに,住民からの届出その他の行為に関する事務の処理の合理化に努めなければならない。
3 住民は,常に,住民としての地位の変更に関する届出を正確に行なうように努めなければならず,虚偽の届出その他住民基本台帳の正確性を阻害するような行為をしてはならない。
4 (略)
(住民の住所に関する法令の規定の解釈)
第4条 住民の住所に関する法令の規定は,地方自治法(昭和22年法律第67号)第10条第1項に規定する住民の住所と異なる意義の住所を定めるものと解釈してはならない。
(住民基本台帳の備付け)
第5条 市町村は,住民基本台帳を備え,その住民につき,第7条に規定する事項を記録するものとする。
(住民基本台帳の作成)
第6条 市町村長は,個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して,住民基本台帳を作成しなければならない。
2,3 (略)
(住民票の記載事項)
第7条 住民票には,次に掲げる事項について記載(前条第3項の規定により磁気ディスクをもつて調製する住民票にあつては,記録。以下同じ。)をする。
一 氏名
二 出生の年月日
三 男女の別
四 世帯主についてはその旨,世帯主でない者については世帯主の氏名及び世帯主との続柄
五 戸籍の表示。ただし,本籍のない者及び本籍の明らかでない者については,その旨
六 住民となつた年月日
七 住所及び一の市町村の区域内において新たに住所を変更した者については,その住所を定めた年月日
八 新たに市町村の区域内に住所を定めた者については,その住所を定めた旨の届出の年月日(職権で住民票の記載をした者については,その年月日)及び従前の住所
九 選挙人名簿に登録された者については,その旨
十~十四 (略)
(選挙人名簿の登録等に関する選挙管理委員会の通知)
第10条 市町村の選挙管理委員会は,公職選挙法(昭和25年法律第100号)第22条第1項若しくは第2項若しくは第26条の規定により選挙人名簿に登録したとき,又は同法第28条の規定により選挙人名簿から抹消したときは,遅滞なく,その旨を当該市町村の市町村長に通知しなければならない。
(選挙人名簿との関係)
第15条 選挙人名簿の登録は,住民基本台帳に記録されている者で選挙権を有するものについて行なうものとする。
2 市町村長は,第8条の規定により住民票の記載等をしたときは,遅滞なく,当該記載等で選挙人名簿の登録に関係がある事項を当該市町村の選挙管理委員会に通知しなければならない。
3 市町村の選挙管理委員会は,前項の規定により通知された事項を不当な目的に使用されることがないよう努めなければならない。

 

【参考資料2】生活保護法(昭和25年5月4日法律第144号)(抄録)
(この法律の目的)
第1条 この法律は,日本国憲法第25条に規定する理念に基き,国が生活に困窮するすべての国民に対し,その困窮の程度に応じ,必要な保護を行い,その最低限度の生活を保障するとともに,その自立を助長することを目的とする。
(無差別平等)
第2条 すべて国民は,この法律の定める要件を満たす限り,この法律による保護(以下「保護」という。)を,無差別平等に受けることができる。
(最低生活)
第3条 この法律により保障される最低限度の生活は,健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない。
(実施機関)
第19条 都道府県知事,市長及び社会福祉法(昭和26年法律第45号)に規定する福祉に関する事務所(以下「福祉事務所」という。)を管理する町村長は,次に掲げる者に対して,この法律の定めるところにより,保護を決定し,かつ,実施しなければならない。
一 その管理に属する福祉事務所の所管区域内に居住地を有する要保護者
二 居住地がないか,又は明らかでない要保護者であつて,その管理に属する福祉事務所の所管区域内に現在地を有するもの
2 居住地が明らかである要保護者であつても,その者が急迫した状況にあるときは,その急迫した事由が止むまでは,その者に対する保護は,前項の規定にかかわらず,その者の現在地を所管する福祉事務所を管理する都道府県知事又は市町村長が行うものとする。
3 第30条第1項ただし書の規定により被保護者を救護施設,更生施設若しくはその他の適当な施設に入所させ,若しくはこれらの施設に入所を委託し,若しくは私人の家庭に養護を委託した場合又は第34条の2第2項の規定により被保護者に対する介護扶助(施設介護に限る。)を介護
老人福祉施設(介護保険法第8条第24項に規定する介護老人福祉施設をいう。以下同じ。)に委託して行う場合においては,当該入所又は委託の継続中,その者に対して保護を行うべき者は,その者に係る入所又は委託前の居住地又は現在地によつて定めるものとする。
4 前三項の規定により保護を行うべき者(以下「保護の実施機関」という。)は,保護の決定及び実施に関する事務の全部又は一部を,その管理に属する行政庁に限り,委任することができる。

 

【参考資料3】ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法(平成14年8月7日法律第105号)
(抄録)
(目的)
第1条 この法律は,自立の意思がありながらホームレスとなることを余儀なくされた者が多数存在し,健康で文化的な生活を送ることができないでいるとともに,地域社会とのあつれきが生じつつある現状にかんがみ,ホームレスの自立の支援,ホームレスとなることを防止するための生活上の支援等に関し,国等の果たすべき責務を明らかにするとともに,ホームレスの人権に配慮し,かつ,地域社会の理解と協力を得つつ,必要な施策を講ずることにより,ホームレスに関する問題の解決に資することを目的とする。
(定義)
第2条 この法律において「ホームレス」とは,都市公園,河川,道路,駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし,日常生活を営んでいる者をいう。

 

練習答案

日本国憲法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
第1 Xが提起する訴訟
 設問に答える前提として、Xが提起する訴訟をはっきりさせておく。生活保護に関しては、Xによる申請の却下処分の取消訴訟と生活保護決定処分の義務付けの訴えを併合提起する(行政事件訴訟法3条2項、6項2号)。選挙権に関してはXが選挙権を有することの確認訴訟を提起する。両者とも、必要があれば国家賠償法に基づく国家賠償請求訴訟を提起する。
第2 生存権の侵害
 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有し(25条1項)、国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない(25条2項)。これを受けて生活保護法19条1項では、市長はその管理に属する福祉事務所の所管区域内に居住地を有する要保護者(19条1項2号)に対して、保護を決定し、かつ、実施しなければならないと規定されている。にもかかわらずXの申請が却下されたので、これは25条1項、2項で定められた生存権を侵害している。
第3 選挙権の侵害
 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である(15条1項)。それを受けて公職選挙法では具体的に、日本国民で年齢満20年以上の者は、衆議院議員の選挙権を有する(公職選挙法9条1項)と規定され、選挙権を有しない者(11条)、選挙の単位(12条)などが定められている。これらの規定からXは衆議院議員選挙の選挙権をY市全域の選挙区で有するはずなのに201*年の選挙でそれを行使できず、次の選挙でも行使できない恐れがある。これはXの選挙権を侵害している。
第4 平等違反
 すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない(14条)。しかしながら、Xはホームレス状態にあるということで、生活保護申請を却下され、選挙権を行使することもできなかった。これは14条の平等原則に違反している。

 

[設問2]
第1 生存権の侵害について
 [設問1]に記載したように、25条を受けて生活保護法が制定されている。よって25条を直接的な請求権を授けるものだと考えるにせよ、抽象的な規定で直接的な請求権を授けるものではないと考えるにせよ、また国家の努力目標を示したものであると考えるにせよ、具体的な立法である生活保護法に即して検討しなければならない。
 つまり、25条の生存権規定は国家の努力目標でありどのような福祉政策を行うかには裁量があるという被告側の反論について、あくまでも生活保護法の範囲内で考えなければならないということになる。
 本件での、インターネット・カフェやビルの軒先を「居住地」あるいは「現在地」とは認めない制度運用は生活保護法の素直な文理解釈に反しているだけでなく、すべての国民に最低限度の生活を保障して、無差別平等の保護を提供するという生活保護法1条及び2条にも反するので違法であり、Xの生存権を侵害している。
第2 選挙権の侵害
 被告側は、公職選挙法28条2号に基づきXを選挙人名簿から抹消したのであって、何ら違法にXの選挙権を侵害したのではないと反論するだろう。しかしながら、Xは当該シェルターでの居住実態はなかったとしてもY市内のインターネット・カフェやビルの軒先で寝泊まりしており、Y市の区域内でずっと寝泊まりしていたことになる。衆議院議員選挙はY市全域が1つの選挙区である。また、住民登録が抹消されたことを知ったXは、それによって生活上どのようなことになるのかを質問しに市役所へ行ったが、選挙権については何も言われなかった。さらに、第1で述べたように違法に生活保護申請を却下されている。生活保護が決定されていれば住所が確定して選挙人名簿に登録されただろうし、市役所に質問しに行ったときに主に寝泊まりしているY市内のインターネット・カフェで選挙人名簿に登録することができるかどうか検討することもできた。要するに、ずっと同じ選挙区であるY市内にいて帰責事由もないXから選挙権を奪うのは不当であり、Y市の対応は公職選挙法の適用を誤ったものであり違憲である。
第3 平等違反について
 14条が禁じているのは不合理な差別であり、合理的な区別は許されるのだから、Y市の対応は適切であるとの被告側の反論が想定される。
 私もこの反論の前提は共有するが、何が合理的な区別で何が不合理な差別かについては慎重に考えなければならない。
 Y市の対応からすると、ホームレス状態であってインターネット・カフェやビルの軒先で寝泊まりする人は生活保護が受けられず、選挙権が行使できなくても合理的だとY市は考えていることになる。しかし居住や移転の自由は22条1項ではっきりと保障されているし、むしろホームレス状態の人こそ生活保護が必要である。ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法にもホームレスの人権への配慮が明文化されている。市のイメージが悪くなるということでは、生活保護に関するY市の方針は合理化できない。選挙権に関して住所の規定があるのは不正な投票を防ぐためである。例えば選挙のために数日だけ居住を移して投票するのを防ぐために3ヶ月という居住要件を設ける(公職選挙法30条の4)のは合理的であるが、同じ選挙区内にずっといるのにインターネット・カフェやビルの軒先で寝泊まりしているという理由で選挙権を制限するのは不合理である。以上より、平等違反という観点からも、Y市の対応は違憲である。

以上

 

修正答案

日本国憲法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
第1 生存権の侵害
 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有し(25条1項)、国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない(25条2項)。これを受けて生活保護法19条1項では、市長はその管理に属する福祉事務所の所管区域内に居住地を有する要保護者(1号)及びその管理に属する福祉事務所の所管区域内に居住地を有する要保護者(2号)に対して、保護を決定し、かつ、実施しなければならないと規定されている。Xはこれに該当するにもかかわらずその申請が却下されたので、これは25条1項、2項で定められた生存権を侵害している。
第2 選挙権の侵害
 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利であり(15条1項)、公務員の選挙は成年者による普通選挙が保障される(15条3項)。それを受けて公職選挙法では具体的に、日本国民で年齢満20年以上の者は、衆議院議員の選挙権を有する(公職選挙法9条1項)と規定され、選挙権を有しない者(11条)、選挙の単位(12条)などが定められている。これらの規定からXは衆議院議員選挙の選挙権をY市全域の選挙区で有するはずなのに201*年の選挙でそれを行使できず、次の選挙でも行使できない恐れがある。これはXの選挙権を侵害している。
第3 平等違反
 すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない(14条)。しかしながら、XはY市内においてホームレス状態にあるということで、生活保護申請を却下され、選挙権を行使することもできなかった。これは14条の平等原則に違反している。

 

[設問2]
第1 生存権の侵害について
 [設問1]に記載したように、25条を受けて生活保護法が制定されている。よって25条を直接的な請求権を授けるものだと考えるにせよ、抽象的な規定で直接的な請求権を授けるものではないと考えるにせよ、また国家の努力目標を示したものであると考えるにせよ、具体的な立法である生活保護法に即して検討しなければならない。
 Y市は生活保護の財政上の負担をしているので、その運用においてY市に一定の裁量が認められるべきだと反論するかもしれない。しかしながら、本件での、インターネット・カフェやビルの軒先を「居住地」あるいは「現在地」とは認めない制度運用は生活保護法の素直な文理解釈に反しているだけでなく、すべての国民に最低限度の生活を保障して、無差別平等の保護を提供するという生活保護法1条及び2条にも反するので明らかに違法であり、Xの生存権を侵害している。
第2 選挙権の侵害について
 15条1項や3項に規定される選挙権は間接民主制の下で国民主権の基礎となる重大な権利であり、選挙権又はその行使を制限するためには、そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならない。
 被告側は、公職選挙法28条2号に基づきXを選挙人名簿から抹消したのであって、何ら違法にXの選挙権を侵害したのではないと反論するだろう。公正な選挙を実施するためには住所を基準に選挙権の行使を判断するのもやむを得ないというのである。しかしながら、Xは当該シェルターでの居住実態はなかったとしてもY市内のインターネット・カフェやビルの軒先で寝泊まりしており、Y市の区域内に住所を有していたと考えられる。衆議院議員選挙はY市全域が1つの選挙区であるので、Y市のどこに住所を有していてもその選挙区において選挙権を有する。また、住民登録が抹消されたことを知ったXは、それによって生活上どのようなことになるのかを質問しに市役所へ行ったが、選挙権については何も言われなかった。さらに、第1で述べたように違法に生活保護申請を却下されている。生活保護が決定されていれば住所が確定して選挙人名簿に登録されただろうし、市役所に質問しに行ったときに主に寝泊まりしているY市内のインターネット・カフェを住所として選挙人名簿に登録することができるかどうか検討することもできた。このように、やむを得ない事由もないのにXの選挙権の行使を制限したY市の対応は公職選挙法の適用を誤ったものであり違憲である。
第3 平等違反について
 14条が禁じているのは不合理な差別であり、合理的な区別は許されるのだから、Y市及び国の対応は適切であるとの被告側の反論が想定される。
 私もこの反論の前提は共有するが、何が合理的な区別で何が不合理な差別かについては慎重に考えなければならない。
 Y市の対応からすると、ホームレス状態であってインターネット・カフェやビルの軒先で寝泊まりする人は生活保護が受けらなくても合理的だとY市は考えていることになる。しかし居住や移転の自由は22条1項ではっきりと保障されているし、むしろホームレス状態の人こそ生活保護が必要である。ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法にもホームレスの人権への配慮が明文化されている。市のイメージが悪くなるということでは、生活保護に関するY市の方針は合理化できない。Y市は観光に力を入れているなどの理由で地域の特殊性を主張するかもしれないが、生存権は国内で一律に保障されるべき性質のものであり、Y市の主張は失当である。
 選挙権に関して住所要件があるのは不正な投票を防ぐためであり、合理的である。およそ人が生活している以上はどこかに住所があるはずであり、その住所を適切に認定できなかったY市の対応に問題があったわけであって、現行の公職選挙法が直ちに違憲であるとは言えない。よって立法不作為による国家賠償請求は認められない。

以上

 

 

感想

Xが提起する訴訟について論じるべきか悩みました。修正答案では削除しましたが、練習答案の記述で間違ってはいないと思います。その点に関して次年度以降からはわかりやすくなっているので、出題者も反省したのでしょう。生活保護のことは日頃からよく考えていたので素直に書けたと思います。選挙権のほうは平成17年判決の言い回しを使えなかったのが勉強不足です。14条の平等違反は独立した項目を立てるか随所に盛り込むか迷います。

 

 



平成22年司法試験論文刑事系2問答案練習

問題

〔第2問〕(配点:100)
次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。

 

【事 例】
1 暴力団A組は,けん銃を組織的に密売することによって多額の利益を得ていたが,同組では,発覚を恐れ一般人には販売せず,暴力団に属する者に対してのみ,電話連絡等を通じて取引の交渉をし,取引成立後,宅配等によりけん銃を引き渡すという慎重な方法が採られていた。司法警察員Pらは,A組による組織的な密売ルートを解明すべく内偵捜査を続けていたが,A組幹部の甲がけん銃密売の責任者であるとの情報や,甲からの指示を受けた組員らが,取引成立後,組事務所とは別の場所に保管するけん銃を顧客に発送するなどの方法によりけん銃を譲渡しているとの情報を把握したものの,顧客が暴力団関係者のみであることから,甲らを検挙する証拠を入手できずにいた。
 平成21年6月1日,Pらは,甲らによるけん銃密売に関する証拠を入手するため,A組の組事務所であるアパート前路上で張り込んでいたところ,甲が同アパート前公道上にあったごみ集積所にごみ袋を置いたのを現認した。そこで,Pらは,同ごみ袋を警察署に持ち帰り,その内容物を確認したところ,「5/20 1丁→N.H 150」などと日付,アルファベットのイニシャル及び数字が記載された複数のメモ片を発見したため,この裁断されていたメモ片を復元した[捜査①]。
 さらに,同月2日,Pらは,甲が入居しているマンション前路上で張り込んでいたところ,甲が同マンション専用のごみ集積所にごみ袋を置いたのを現認した。なお,同ごみ集積所は,同マンション敷地内にあるが,居住部分の建物棟とは少し離れた場所の倉庫内にあり,その出入口は施錠されておらず,誰でも出入りすることが可能な場所にあった。そこで,Pらは,同集積所に立ち入り,同所において,同ごみ袋内を確認したところ,「5/22 1丁→T.K 150」などと記載された同様のメモ片を発見したため,このメモ片を持ち帰り復元した[捜査②]。
 Pらが復元した各メモ片の内容を確認したところ,甲らが,同年5月中に,10名に対して,代金総額2250万円で合計15丁のけん銃を密売したのではないかとの嫌疑が濃厚となった。

2 その後,Pらは,更なる内偵捜査により,A組とは対立する暴力団B組に属する乙が,以前に甲からけん銃を入手しようとしたものの,その代金額について折り合いがつかずにけん銃を入手できなかったため,B組内で処分を受け,甲及びA組に対して強い敵意を抱いているとの情報を入手した。
 そこで,Pは,同年6月5日,乙と接触し,同人に対し,もう一度甲と連絡を取ってけん銃を譲り受け,甲を検挙することを手伝ってほしい旨依頼したところ,乙の協力が得られることとなった。この際,Pは,乙に対し,電話で甲に連絡をした際や直接会って話をした際には,甲との会話内容をICレコーダーに録音したいこと,さらに会話終了後には,引き続き,乙にその会話内容を説明してもらい,それも併せて録音したい旨を依頼し,乙の了解を得た。
 同月7日午前11時ころ,乙は,乙方近くのE公園において,自らの携帯電話から甲の携帯電話に電話をかけ,甲に対し,「前には金額で折り合わなかったが,やはり物を購入したい。もう一度話し合いたいんだ。」などと言い,甲から,「分かった。値段が張るのはやむを得ない。よく考えてくれよ。」などとの話を引き出した。乙の近くにいたPは,この会話を乙の携帯電話に接続したICレコーダーに録音し,さらに,同会話終了後にされた「自分は,平成21年6月7日午前11時ころ,E公園において,甲と電話で話したが,甲は自分にけん銃を売ることについての話合いに応じてくれた。明日午後1時ころ,F喫茶店で直接会って更に詳しい話合いをすることになった。」という乙による説明も録音した[録音①]。
 翌8日午後1時ころ,待ち合わせ場所のF喫茶店において,甲と乙は,けん銃の譲渡について話合いをした。その際,甲と乙は,代金総額300万円でけん銃2丁を譲渡すること,けん銃は後日乙の指定したマンションへ宅配便で配送すること,けん銃の受取後,代金を直接甲に支払う-6-ことなどを合意するに至った。隣のテーブルにいたPは,このけん銃譲渡に関する会話をICレコーダーに録音し,さらに,甲が同店を立ち去った後にされた「自分は,平成21年6月8日午後1時ころ,F喫茶店で甲と直接話合いをした。甲が自分にけん銃2丁を300万円で売ってくれることになった。けん銃2丁は宅配便で,りんごと一緒に自分のマンションに配送される。代金300万円は後で連絡を取り合って場所を決め,その時渡すことになった。」という乙による説明も録音した[録音②]。

3 翌9日以降,Pらは,乙がけん銃を受け取ったことを確認し次第,甲をけん銃の譲渡罪で逮捕し,関係箇所を捜索しようと考え,度々乙と電話で連絡を取り,甲からけん銃2丁が配送されてきたか否か確認を続けた。しかし,同月14日午後9時ころ,Pらは,乙が電話に出なくなったことから不審に思い,乙の生命又は身体に危険な事態が発生した可能性があることからその安全を確認するため,乙方マンション管理人立会いの下,乙方に立ち入ると,乙が居間において,頭部右こめかみ付近から出血した状態で死亡しているのを発見した。乙の死体付近にはけん銃2丁が落ちており,その近くには開封された宅配便の箱があり,その中を確認するとりんごが数個入っていた。また,机上には乙の物とみられる携帯電話1台があった。Pらは,甲によるけん銃譲渡の被疑事実について,裁判官から捜索差押許可状の発付を得た上で,発見したけん銃2丁及び携帯電話1台を押収した。さらに,Pらは,押収した乙の携帯電話の発信歴や着信歴を確認したが,すべて消去されていたため,直ちに科学捜査研究所で,消去されたデータの復元・分析を図った[捜査③]。その結果,頻繁に発着信歴のある電話番号「090-7274-△△△△」が確認され,さらにこの契約者を捜査すると丙女であることが明らかとなった。なお,Pらは,乙方では遺書等を発見できず,押収したけん銃2丁には乙の右手指紋が付着していたものの,乙が死亡した原因を自殺か他殺か特定できなかった上,捜査の必要から,乙死亡についてマスコミ発表をしなかった。また,宅配便の箱に貼付されていた発送伝票の発送者欄には,住所,人名及び電話番号が記載されていたが,捜査の結果,それらはすべて架空のものであることが明らかとなった。

4 翌15日午後7時ころ,Pらが乙の携帯電話を持参して丙女方を訪ねると,丙女は,当初は乙を知らないと供述したものの,Pらが乙の携帯電話の電源を入れ,丙女の携帯電話番号の発着信歴が頻繁にあったことを告げると,ようやく,乙と約2年前から交際していたことを認め,乙から,今回警察の捜査に協力していることやそのためにA組の甲からけん銃を譲り受けることを打ち明けられていたなどと供述した。そのような事情聴取を継続中に,突然,乙の携帯電話の着信音が鳴った。Pらは,着信の表示番号が以前に乙から教わっていた甲の携帯電話番号であったので,甲からの電話であると分かり,とっさに,丙女から,電話に出ること及び会話の録音についての同意を得た上で,丙女に電話に出てもらうとともに,乙の携帯電話の録音機能を使用して録音を開始した。すると,甲と思われる男の声で,「もしもし,甲だ。物届いただろう。約束どおりりんごと一緒に届いただろう。300を早く支払ってくれよ。」との話があり,丙女が,乙が死亡してしまったこと,自分は乙の婚約者であることを告げると,甲と思われる男は,「婚約者なら乙の代わりに代金300万円を用意して持ってこい。物は約束どおり届いたはずだろう。」などと強く言ってきた。Pがメモ紙に代金は警察が用意するので待ち合わせ場所を決めるようにと記載して示すと,丙女は,その記載に従って,「分かりました。代金は,乙に代わって私が用意します。待ち合わせ場所を指定してください。」などと言い,同月17日に甲とF喫茶店で待ち合わせることになった。Pは,電話終了後,乙の携帯電話の録音機能を停止して再生し,丙女と甲と思われる男の会話内容が録音されていることを確認した[録音③]。

5 同月17日午後3時ころ,丙女がF喫茶店に赴いたところ,甲が現れたので,Pらは,甲をけん銃2丁の譲渡罪で緊急逮捕した。
 甲は勾留後,否認を続けたが,検察官は,本件けん銃2丁,甲乙間及び甲丙女間の本件けん銃譲渡に関する[録音①],[録音②]及び[録音③]を反訳した捜査報告書【資料】,丙女の供述等-7-を証拠に,同年7月8日,甲をけん銃2丁の譲渡罪で起訴した。
 被告人甲は,第一回公判期日において,「自分は,乙に対してけん銃2丁を譲り渡したことはない。」旨述べた。その後の証拠調べ手続において,検察官は,「甲乙間の本件けん銃譲渡に関する甲乙間及び甲丙女間の会話の存在と内容」を立証趣旨として,前記捜査報告書を証拠調べ請求したところ,弁護人は,不同意とした。

 

〔設問1〕 下線部の[捜査①]から[捜査③]の適法性について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。

 

〔設問2〕 【事例】中の捜査報告書の証拠能力について,前提となる捜査の適法性を含めて論じなさい。

 

【資料】
捜査報告書
平成21年6月18日
○○県□□警察署
司法警察員 警視 P 殿
○○県□□警察署
司法警察員 巡査部長 K ,
被疑者 甲
(本籍,住居,職業,生年月日省略)
上記の者,平成21年6月17日,銃砲刀剣類所持等取締法違反被疑事件の被疑者として緊急逮捕したものであるが,被疑者は,乙及び丙女との間で電話等による会話をしており,その状況を録音したICレコーダー及び携帯電話を本職が再生して反訳したところ,下記のとおり判明したので報告する。

1 平成21年6月7日午前11時ころ~午前11時5分ころ,電話による通話等
⑴乙 「もしもし,乙ですが,この間は申し訳なかったね。」「やはり,物必要なんだ。前には金額で折り合わなかったが,やはり物を購入したい。もう一度話し合いたいんだ。」
甲 「今更何言ってるの。物って何のことよ。」
乙 「とぼけないでくださいよ。×××のことですよ。」
甲 「前は,高過ぎるとか,ほんとに良い物なのかとか,うるさかったじゃない。うちのは××××とは違うんだよ。」
乙 「悪かったね。やはりどうしても欲しいんだ。助けてほしい。」
甲 「分かった。うちの回転×××の×××は物が良いので,値段が張るのはやむを得ない。よく考えてくれよ。」
乙 「よく分かったよ。明日1時に前回と同じF喫茶店でどうだい。」
甲 「分かった。明日会おう。」
ここで,甲乙間の会話が終了し(なお×××部分は聞き取れず),引き続き,乙の声で,
⑵乙 「自分は,平成21年6月7日午前11時ころ,E公園において,甲と電話で話したが,甲は自分にけん銃を売ることについての話合いに応じてくれた。明日午後1時ころ,F喫茶店で直接会って更に詳しい話合いをすることになった。」との話が録音されていた。
2 同月8日午後1時ころ,F喫茶店における会話等
⑴乙 「お久しぶり。この前は悪かったね。」
甲 「だから,この間の条件で買っておけばよかったんだよ。うちの条件は前回と同じ,1丁150万円,2丁なら×××××,物がいいんだからびた一文負けられないよ。」
乙 「分かったよ。それでいいよ。物どうやって受け取るんだい。」
甲 「うちのやり方は,直接渡したりはしないんだ。そこでパクられたら,所持で逃げようないからね。あんたのマンションへ宅配便で送るよ。りんごの箱に入れて,一緒に送るから。受け取ったら,×××渡してくれよ。場所はまた連絡する。」
乙 「それでいこう。頼むね。」
ここで,甲乙間の会話が終了し(なお×××部分は聞き取れず),引き続き,乙の声で,
⑵乙 「自分は,平成21年6月8日午後1時ころ,F喫茶店で甲と直接話合いをした。
甲が自分にけん銃2丁を300万円で売ってくれることになった。けん銃2丁は宅配便で,りんごと一緒に自分のマンションに配送される。代金300万円は後で連絡を取り合って場所を決め,その時渡すことになった。」との話が録音されていた。
3 同月15日午後7時15分ころ~午後7時20分ころ,電話による通話
甲 「もしもし,甲だ。物届いただろう。約束どおりりんごと一緒に届いただろう。300を早く支払ってくれよ。」
丙女「私は,乙の婚約者の丙女です。乙は死んでしまいました。」
甲 「ええ。死んだ。本当かよ。どうして死んだんだ。××か。」
丙女「分かりません。でも,遺書はありませんし,近くにけん銃が落ちていました。」
甲 「それはお気の毒だ。でも物は届いたんだろう。それなら,あんたが代わりに300万円払ってくれ。」
丙女「そんなお金は持っていません。」
甲 「婚約者なんだろ。婚約者なら乙の代わりに代金300万円を用意して持ってこい。物は約束どおり届いたはずだろう。」
丙女「分かりました。代金は,乙に代わって私が用意します。待ち合わせ場所を指定してください。」
甲 「本当に用意できるのか。それじゃあ。明後日の17日午後3時,F喫茶店に金を持ってきてくれ。××には言うなよ。」
丙女「分かりました。必ず行きます。」
ここで甲丙女間の会話が終了した(なお××部分は聞き取れず)。

 

練習答案

以下刑事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
第1 捜査の適法性一般
 捜査については、その目的を達するために必要な取調をすることができるが、強制の処分は刑事訴訟法に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない(197条1項)。そこでは何が強制の処分に該当し、何が強制の処分に該当せず任意の処分に該当するかが問題となる。ここでは、対象者の身体、財産、プライバシーなどの法益が侵害されれば強制の処分で、そうでなければ任意の処分であると考える。
 司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、捜索又は検証をすることができる(218条1項)。また、司法警察職員は、被疑者その他の者が遺留した物又は所有者若しくは保管者が任意に提出した物は、これを領置することができる(221条)。
第2 捜査①の適法性
 Pは司法警察職員であるので遺留物の領置をすることができる。公道上にあったごみ集積所に置いてあったごみ袋は遺留物である。よってPは令状なしでも本件ごみ袋を領置することができる。公道上にあるごみ集積所にある物を置くということは、その物の所有権やプライバシーの権利などを放棄する行為なので、それを領置するのは任意の処分である。
 またPは検証をすることができ、裁断されていたメモ片を復元してそこに記載された文字等を記み【原文ママ】取る行為は検証であるので、メモ片の復元も適法である。
第3 捜査②の適法性
 捜査②は捜査①とかなり似ているので捜査①についての先ほどの記述を前提として、相違点のみを考える。
 その相違点は、ごみ袋があった集積所が公道上ではなく甲が入居しているマンションの敷地内にあったということである。そしてそうなるとそこにあったごみ袋は遺留物ではなくなるので領置できず、令状により差押えすべき物品となる。というのも、マンションの敷地内に存在する物はマンションの管理者の権限が及ぶ物であるからである。捜査②で持ち帰られたごみ袋には同マンション管理者の所有権が及び、甲のプライバシーの権利も同マンションの管理者や入居者に対してのみ放棄されているにすぎない。このことから本件ごみ袋を持ち帰るのは強制の処分であると言える。よって令状に基づき差押えすべきところを令状なしで領置したこの捜査②は違法である。
第4 捜査③の適法性
 捜査③は裁判所から捜索差押許可状(令状)を得た上でなされているので、その点については適法である。問題になり得るのは消去されたデータの復元・分析を図ったことである。
 仮に乙が生きていて同意していたら法益が侵害されることもないのでデータの復元・分析を任意の処分として行うことができる。しかし乙が死亡しているので同意を得ることはできない。そこでこのデータの復元・分析が何らかの法益を侵害しないかを検討する。乙は死亡しているので乙の法益を考える必要はない。乙の携帯電話は相続人の財産となるのでその財産権を侵害してはならないが、データの復元・分析で携帯電話の財産的価値を損なうことはないと考えられるので、相続人の財産権を侵害するということもない。
 以上より令状の発付などの手続に問題はなく、データの復元・分析も法益を侵害しない任意の処分としてできるので、捜査③は適法である。

 

[設問2]
第1 違法収集証拠(おとり捜査)
 本件捜査報告書が違法に収集したものであれば証拠能力が否定されることがある。
 [設問1]で捜査②は違法であると結論づけたが、この捜査②がなくても捜査①などから甲のけん銃密売の嫌疑は導けるので、その違法が本件捜査報告書の証拠能力を否定することはない。
 Pが乙らと協力して行った捜査はいわゆるおとり捜査であり、その適法性が問題となり得る。おとり捜査は捜査機関がわざわざ犯罪を作り出すものであると言えるからである。しかし本件では捜査機関が働きかける前から甲が乙にけん銃の売買を持ちかけており、その時の交渉を再開させたにすぎないので、新たに犯罪を作り出したとは言えない。また、執ように犯罪行為をそそのかしたということもない。さらに本件で疑われているのはけん銃の売買という重大犯罪であり、他の手段で甲らを検挙する証拠を入手することもできなかったという事情もある。こうしたことから、本件でPが乙らと協力して行った捜査は適法である。
 以上より、本件捜査報告書が違法収集証拠としてその証拠能力を否定されることはない。
第2 伝聞証拠
 本件捜査報告書の要証事実は甲がけん銃の譲渡を行ったことである。それを裏づける甲、乙、丙女の供述は後半で反対尋問にさらすのが原則であり、一定の例外を除いては書面で証拠とすることはできない(320条1項)。以下では3にんそれぞれについて例外(伝聞例外)に該当しないかを検討する。
 (1) 甲について
 322条1項に沿って検討する。甲は被告人である。署名も押印もないが、ICレコーダーは機械的正確性でもって記録するので、この要件は不要である。署名や押印を求める理由は、被告人の供述を聞いて記録した者が内容をねじ曲げていないかどうかをチェックすることであり、本件のようにICレコーダーを用いればその危険はないので、この要件を不要としてもよいのである。そしてけん銃の譲渡という不利益な事実を承認していて、任意にされたものではない疑いもない。以上より甲の発言部分は322条1項の伝聞例外に該当するので証拠能力が肯定される。
 (2) 乙について
 321条1項3号に沿って検討する。乙は被告人以外の者である。署名や押印は先ほどと同じ理由で必要ない。その供述は裁判官の面前でも検察官の面前でもされていないので三号の書面になる。供述者の乙は死亡していて公判期日において供述することができない。この捜査報告書がほぼ唯一の有力な証拠なので、犯罪事実の存否の証明に欠くことができない。電話でのプライベートな会話であり特に信用すべき情況の下にされている。以上より乙の発言部分は321条1項3号の伝聞例外に該当するので証拠能力が肯定される。
 (3) 丙女について
 乙と同様に321条1項3号に沿って検討する。丙女は死亡その他の理由で公判期日において供述することができないとは認められないので伝聞例外には該当しない。よって丙女の発言部分の証拠能力は否定される。
 以上より、本件捜査報告書の証拠能力は、丙女発言部分のみ否定される。

以上

 

修正答案

以下刑事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
第1 捜査の適法性一般
 捜査については、その目的を達するために必要な取調をすることができるが、強制の処分は刑事訴訟法に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない(197条1項)。そこでは何が強制の処分に該当し、何が強制の処分に該当せず任意の処分に該当するかが問題となる。ここでは、対象者の身体、財産、プライバシーなどの法益が侵害されれば強制の処分で、そうでなければ任意の処分であると考える。
 司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、捜索又は検証をすることができる(218条1項)。また、司法警察職員は、被疑者その他の者が遺留した物又は所有者若しくは保管者が任意に提出した物は、これを領置することができる(221条)。そして差押状または捜索状の執行及び押収物については必要な処分をすることができる(222条1項、111条)
第2 捜査①の適法性
 Pは司法警察職員であるので遺留物の領置をすることができる。公道上にあったごみ集積所に置いてあったごみ袋は遺留物である。よってPは令状なしでも本件ごみ袋を領置することができる。公道上にあるごみ集積所にごみ袋を出すということは、その物の所有権やプライバシーの権利などを放棄する行為なので、それを領置するのは任意の処分である。また、Pは押収物について必要な処分をすることができるので、裁断されていたメモ片を復元する行為も適法である。
第3 捜査②の適法性
 捜査②は捜査①とかなり似ているので捜査①についての先ほどの記述を前提として、相違点のみを考える。
 その相違点は、ごみ袋があった集積所が公道上ではなく甲が入居しているマンションの敷地内にあったということである。そしてそうなるとそこにあったごみ袋は遺留物ではなくなるので領置できず、令状により差押えすべき物品となる。というのも、マンションの敷地内に存在する物はマンションの管理者の権限が及ぶ物であるからである。捜査②で持ち帰られたごみ袋には同マンション管理者の所有権が及び、甲のプライバシーの権利も同マンションの管理者や入居者に対してのみ放棄されているにすぎない。施錠されていなかったとはいえ、管理者に無断で本件マンションの敷地内に入り、そこにある本件ごみ袋を持ち去る行為は、管理者及び甲の法益を侵害している。このことから本件ごみ袋を持ち帰るのは強制の処分であると言える。よって令状に基づき差押えすべきところを令状なしで領置したこの捜査②は違法である。
第4 捜査③の適法性
 捜査③は裁判所から捜索差押許可状(令状)を得た上でなされているので、その点については適法である。問題になり得るのは消去されたデータの復元・分析を図ったことである。これが押収物についての必要な処分に該当するかどうかが問われるのである。
 仮に乙が生きていて同意していたら法益が侵害されることもないので、データの復元・分析を押収物についての必要な処分(任意の処分)として行うことができる。しかし乙が死亡しているので同意を得ることはできない。そこでこのデータの復元・分析が何らかの法益を侵害しないかを検討する。乙は死亡しているので乙の法益を考える必要はない。乙の携帯電話は相続人の財産となるのでその財産権を侵害してはならないが、データの復元・分析で携帯電話の財産的価値を損なうことはないと考えられるので、相続人の財産権を侵害するということもない。よってこのような本件の場合でもデータの復元・分析を押収物についての必要な処分(任意の処分)として行うことができる。
 以上より令状の発付などの手続に問題はなく、データの復元・分析も押収物についての必要な処分(任意の処分)としてできるので、捜査③は適法である。

 

[設問2]
第1 違法収集証拠(おとり捜査、秘密録音)
 本件捜査報告書が違法に収集したものであれば証拠能力が否定されることがある。そこでまずその点につき検討する。
 [設問1]で捜査②は違法であると結論づけたが、この捜査②がなくても捜査①などから甲のけん銃密売の嫌疑を導いて本件捜査報告書が得られたと考えられるので、その違法が本件捜査報告書の証拠能力を否定することはない。
 (1) おとり捜査
 Pが乙及び丙女と協力して行った捜査は、犯罪行為をするように働きかけるいわゆるおとり捜査であり、その適法性が問題となり得る。おとり捜査は捜査機関がわざわざ犯罪を作り出すものであると言えるからである。しかし本件では捜査機関が働きかける前から甲が乙にけん銃の売買を持ちかけており、その時の交渉を再開させたにすぎないので、新たに犯罪を作り出したとは言えない。そしてけん銃の売買は被害者が発生する犯罪類型でもない。また、Pが乙及び丙女を通じて甲に対して執拗に犯罪行為をそそのかしたということもない。さらに本件で疑われているのはけん銃の売買という重大犯罪であり、他の手段で甲らを検挙する証拠を入手することもできなかったという事情もある。こうしたことから、本件でPが乙らと協力して行った捜査は許容される(適法である)。
 (2) 秘密録音
 甲の発言を甲の同意を得ずに録音したことが秘密録音として違法にならないかも検討する。甲は自分の発言が録音されることに同意していないが、乙及び丙女は同意している。電話で会話する場合には自分の発言が相手、さらには電話口の近くにいる人に聞かれることを想定しているはずである。その通話相手である乙及び丙女が自分の聞いたことを司法警察職員のPに伝えるのは自由であり、そのためにメモや録音することも乙及び丙女の自由である。つまり甲の法益を侵害していないので、任意の処分として行うことができ、適法である。
 (3) 結論
 以上より、本件捜査報告書が違法収集証拠としてその証拠能力を否定されることはない。
第2 伝聞証拠
 本件捜査報告書の要証事実は甲乙間の本件けん銃譲渡に関する甲乙間及び甲丙女間の会話の存在と内容であり、それらの会話の録音を司法警察職員のKが聞いて反訳したものであるから、これは司法警察職員の検証の結果を記載した書面である。よってKが公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときは、これを証拠とすることができる(321条3項)。
 (1) 捜査報告書1(1)、2(1)、3について
 捜査報告書1(1)、2(1)、3については、会話の内容の真実性ではなく、そうした会話が存在したことに意味があるので(甲が乙にけん銃を譲渡したという内容が見られないので)、伝聞証拠には該当せず、証拠能力が肯定される。
 (2) 捜査報告書1(2)、2(2)について
 捜査報告書1(2)、2(2)については、甲が乙にけん銃を売ることについての話し合いに応じてくれたこと、そしてけん銃を売ってくれるようになったということの内容に意味があるので、伝聞証拠に該当する。そうすると321条ないし328条に規定する場合(伝聞例外)を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とすることができない(320条1項)。本件で伝聞例外になる可能性があるのは321条1項3号であり、それに沿って検討する。
 乙は被告人以外の者であって、その供述は裁判官の面前でも検察官の面前でもされていない。署名も押印もないが、ICレコーダーは機械的正確性でもって記録するので、この要件は不要である。署名や押印を求める理由は、被告人の供述を聞いて記録した者が内容をねじ曲げていないかどうかをチェックすることであり、本件のようにICレコーダーを用いればその危険はないので、この要件を不要としてもよいのである。供述者の乙は死亡していて公判期日において供述することができない。この捜査報告書がほぼ唯一の有力な証拠なので、犯罪事実の存否の証明に欠くことができない。甲との会話の直後に乙が自主的に録音したものであり、乙方でりんごの箱とともに発見されたけん銃2丁などの客観的状況とも整合しているので、特に信用すべき情況の下にされている。以上より乙の発言部分は321条1項3号の伝聞例外に該当するので証拠能力が肯定される。
 (3) 結論
 以上より、Kが公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときは、捜査報告書の全部につき証拠能力が肯定される。

以上

 

 

感想

定番の論点ながらも多くのミスをしてしまいました。[設問1]では222条1項で準用される111条という必要な処分を書けなかったのが悔やまれます。そして何より[設問2]のKについて全く触れていなかったのは致命的です。次からはこのようなひどいミスをしないように強く意識します。

 



平成22年司法試験論文刑事系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100)
以下の事例に基づき,甲,乙及び丙の罪責について,具体的な事実を摘示しつつ論じなさい(特別法違反の点を除く。)。

1 V(78歳)は,数年前から自力で食事や排せつを行うことができない,いわゆる寝たきりの要介護状態にあり,自宅で,妻甲(68歳)の介護を受けていたが,風邪をこじらせて肺炎となり,A病院の一般病棟の個室に入院して主治医Bの治療を受け,容体は快方に向かっていた。
 A病院に勤務し,Vを担当する看護師乙は,Vの容体が快方に向かってからは,Bの指示により,2時間ないし3時間に1回程度の割合でVの病室を巡回し,検温をするほか,容体の確認,投薬や食事・排せつの世話などをしていた。
 一方,甲は,Vが入院した時から,連日,Vの病室を訪れ,数時間にわたってVの身の回りの世話をしていた。このため,乙は,Vの病状に何か異状があれば甲が気付いて看護師等に知らせるだろうと考え,甲がVの病室に来ている間の巡回を控えめにしていた。その際,乙は,甲に対し,「何か異状があったら,すぐに教えてください。」と依頼しており,甲も,その旨了承し,「私がいる間はゆっくりしていてください。」などと乙に話し,実際に,甲は,病室を訪れている間,Vの検温,食事・排せつの世話などをしていた。

2 Vは,入院開始から約3週間経過後のある日,午前11時過ぎに発熱し,正午ころには39度を超える高熱となった(以下,時刻の記載は同日の時刻をいう。)。Bは,発熱の原因が必ずしもはっきりしなかったものの,このような場合に通常行われる処置である解熱消炎剤の投与をすることにした。ところが,Vは,一般的な解熱消炎剤の「D薬」に対する強いアレルギー体質で,D薬による急性のアレルギー反応でショック死する危険があったため,Bは,D薬に代えて使用されることの多い別の解熱消炎剤の「E薬」を点滴で投与することにし,午後0時30分ころ,その旨の処方せんを作成して乙に手渡し,「Vさんに解熱消炎剤のE薬を点滴してください。」と指示した。そして,高齢のVの発熱の原因がはっきりせず,E薬の点滴投与後もVの熱が下がらなかったり容体の急変等が起こる可能性があったため,Bは,看護師によるVの慎重な経過観察が必要であると判断し,乙に,「Vさんの発熱の原因がはっきりしない上,Vさんは高齢なので,熱が下がらなかったり容体が急変しないか心配です。容体をよく観察してください。半日くらいは,約30分ごとにVさんの様子を確認してください。」と指示した。

3 Bの指示を受けた乙は,A病院の薬剤部に行き,Bから受け取った前記処方せんを,同部に勤務する薬剤師丙に渡した。
 A病院では,医師作成の処方せんに従って薬剤部の薬剤師が薬を準備することとなっていたが,薬の誤投与は,患者の病状や体質によってはその生命を危険にさらしかねないため,薬剤師において,医師の処方が患者の病状や体質に適合するかどうかをチェックする態勢が取られており,かかるチェックを必ずした上で薬を医師・看護師らに提供することとされていた。仮に,医師の処方に疑問があれば,薬剤師は,医師に確認した上で薬を提供することになっていた。
 ところが,乙から前記処方せんを受け取った丙は,Bの処方に間違いはないものと思い,処方された薬の適否やVのアレルギー体質等の確認も行わずに,E薬の薬液入りガラス製容器(アンプル)が多数保管されているE薬用の引き出しからアンプルを1本取り出した。その引き出しには,本来E薬しか保管されていないはずであったが,たまたまD薬のアンプルが数本混入していて,丙が取り出したのは,そのうちの1本であった。しかし,丙は,それをE薬と思い込んだまま,アンプルの薬名を確認せず,それを点滴に必要な点滴容器や注射針などの器具と一緒にVの名前を記載した袋に入れ,前記処方せんの写しとともに乙に渡した。
 なお,D薬のアンプルとE薬のアンプルの外観はほぼ同じであったが,貼付されたラベルには各薬名が明記されていた。
 また,D薬に対するアレルギー体質の患者に対し,D薬に代えてE薬が処方される例は多く,丙もその旨の知識を有していた。

4 A病院では,看護師が点滴その他の投薬をする場合,薬の誤投与を防ぐため,看護師において,薬が医師の処方どおりであるかを処方せんの写しと対照してチェックし,処方や薬に疑問がある場合には,医師や薬剤師に確認すべきこととなっており,その際,患者のアレルギー体質等については,その生命にかかわることから十分に注意することとされ,乙もA病院の看護師としてこれらの点を熟知していた。
 しかし,丙から前記のとおりアンプルや点滴に必要な器具等を受け取った乙は,丙がこれまで間違いを犯したことがなく,丙の仕事ぶりを信頼していたことから,丙が,処方やVの体質等の確認をしなかったり,処方せんと異なる薬を渡したりすることを全く予想していなかったため,受け取った薬が処方されたものに間違いないかどうかを確認せず,丙から受け取ったアンプルが処方されたE薬ではないことに気付かなかった。また,乙は,VがD薬に対するアレルギー体質を有することを,Vの入院当初に確認してVの看護記録にも記入していたが,そのことも失念していた。
 そして,乙は,丙から受け取ったD薬のアンプル内の薬液を点滴容器に注入し,午後1時ころからVに対し,それがE薬ではないことに気付かないままD薬の点滴を開始した。その際,Vの検温をしたところ,体温は39度2分であったため,乙は,Vのベッド脇に置かれた検温表にその旨記載して病室を出た。
 乙は,Bの前記指示に従って,点滴を開始した午後1時ころから約30分おきにVの病室を巡回することとし,1回目の巡回を午後1時30分ころに行い,Vの容体を観察したが,その時点では異状はなかった。この時のVの体温は39度で,乙はその旨検温表に記載した。

5 午後1時35分ころ,甲が来院し,Vの病室に行く前に看護師詰所(ナースステーション)に立ち寄ったので,乙は,甲に,「Vさんが発熱したので,午後1時ころから,解熱消炎剤の点滴を始めました。そのうち熱は下がると思いますが,何かあったら声を掛けてください。私も30分おきに病室に顔を出します。」などと言い,甲は,「分かりました。」と答えてVの病室に行った。
 甲は,Vが眠っていたため病室を片付けるなどしていたところ,午後1時50分ころ,Vが呼吸の際ゼイゼイと音を立てて息苦しそうにし,顔や手足に赤い発しんが出ていたので,慌ててVに声を掛けて体を揺すったが,明りょうな返事はなかった。
 Vは,数年前に,薬によるアレルギー反応で赤い発しんが出て呼吸困難に陥って次第に容体が悪化し,やがてチアノーゼ(血液中の酸素濃度低下により皮膚が青紫色になること)が現れるに至ったが,医師の救命処置により一命を取り留めたことがあった。甲は,その経過を直接見ており,後に医師から,「薬に対するアレルギーでショック状態になっていたので,もう少し救命処置が遅れていれば助からなかったかもしれない。」と聞かされた。
 このような経験から,甲は,Vが再び薬によるアレルギー反応を起こして呼吸困難等に陥っていることが分かり,放置すると手遅れになるおそれがあると思った。
 しかし,甲は,他に身寄りのないVを,Vが要介護状態になった数年前から一人で介護する生活を続け,肉体的にも精神的にも疲れ切っており,退院後も将来にわたってVの介護を続けなければならないことに悲観していたため,このままVが死亡すれば,先の見えない介護生活から解放されるのではないかと思った。また,甲は,時折Vが「こんな生活もう嫌だ。」などと嘆いていたことから,介護を受けながら寝たきりの生活を続けるより,このまま死んだ方がVにとっても幸せなのではないかとも思った。
 他方,甲は,長年連れ添ったVを失いたくない気持ちもあった上,Vが死亡すると,これまで受け取っていた甲とVの2名分の年金受給額が減少するのも嫌だとの思いもあった。
 このように,甲が,これまでの人生を振り返り,かつ今後の人生を考えて,これからどうするのが甲やVにとって良いことなのか思い悩んでいた午後2時ころ,乙が,巡回のため,Vの病室の閉じられていた出入口ドアをノックした。しかし,心を決めかねていた甲は,もうしばらく考えてからでもVの救命は間に合うだろうと思い,時間を稼ぐため,ドア越しに,「今,体を拭いてあげているので20分ほど待ってください。夫に変わりはありません。」と嘘を言った。
 乙は,その言葉を全く疑わずに信じ込み,Vに付き添って体を拭いているのだから,Vに異状があれば甲が必ず気付くはずだと思い,Vの容体に異状がないことの確認はできたものと判断し,約30分後の午後2時30分ころに再び巡回すれば足りると考え,「分かりました。30分ほどしたらまた来ます。」とドア越しに甲に言って立ち去った。

6 乙が立ち去った後,甲がVの様子を見ると,顔にチアノーゼが現れ,呼吸も更に苦しそうに見えたことなどから,甲は,Vの容体が更に悪化していることが分かった。
 甲は,しばらく悩んだ末,数年前にVが同様の症状に陥って助かった時の前記経験から,現時点のVの症状ならば,速やかに救命処置が開始されればVはまだ助かるだろうと思いながらも,事態を事の成り行きに任せ,Vの生死を,医師等の医療従事者の手にではなく,運命にゆだねることに決め,その結果がどうなろうとその運命に従うことにした。
 その後,甲は,乙の次の巡回が午後2時30分ころに予定されていたので,午後2時15分ころ,検温もしていないのに,検温表に午後2時20分の検温結果として38度5分と記入した上,午後2時30分ころ,更に容体が悪化しているVを病室に残して看護師詰所に行き,乙に検温表を示しながら,「体を拭いたら気持ち良さそうに眠りました。しばらくそっとしておいてもらえませんか。熱は下がり始めているようです。何かあればすぐにお知らせしますから。」と嘘を言ってVの病室に戻った。

7 乙は,他の患者の看護に追われて多忙であった上,甲の話と検温表の記載から,Vの容体に異状はなく,熱も下がり始めて容体が安定してきたものと信じ込み,甲が付き添っているのだから眠っているVの様子をわざわざ見に行く必要はなく,午後2時30分ころに予定していた巡回は行わずに午後3時ころVの容体を確認すれば足りると判断した。
 午後2時50分ころ,甲は,Vの呼吸が止まっていることに気付き,Vは助からない運命だと思って帰宅した。
 午後3時ころ,Vの病室に入った乙が,意識がなく呼吸が停止しているVを発見し,直ちに,Bらによる救命処置が講じられたが,午後3時50分にVの死亡が確認された。

8 その後の司法解剖や甲,乙,丙及び他のA病院関係者らに対する事情聴取等の捜査の結果,次の各事実が判明した。
 ⑴ Vの死因は,肺炎によるものではなく,D薬を投与されたことに基づく急性アレルギー反応による呼吸困難を伴うショック死であった。
 ⑵ 遅くとも午後2時20分までに,医師,看護師等がVの異変に気付けば,当時のA病院の態勢では直ちに医師等による救命処置が開始可能であって,それによりVは救命されたものと認められたが,Vの異変に気付くのが,それより後になると,Vが救命されたかどうかは明らかでなく,午後2時50分を過ぎると,Vが救命される可能性はほとんどなかったものと認められた。
 なお,本件において,Vに施された救命処置は適切であった。
 ⑶ VにE薬に対するアレルギーはなく,VにE薬を投与してもこれによって死亡することはなかった。
 なお,BのVに対する治療方針やE薬の処方及び乙への指示は適切であった。
 ⑷ E薬用の引き出しには数本のD薬のアンプルが混入していたが,その原因は,A病院関係者の何者かが,D薬のアンプルを保管場所にしまう際,D薬用の引き出しにしまわず,間違って,E薬用の引き出しに入れてしまったことにあると推測された。しかし,それ以上の具体的な事実関係は明らかにならなかった。

 

練習答案

以下刑法についてはその条数のみを示す。

 

第1 甲の罪責
 Vが死亡しているので殺人罪(199条)の成否を検討する。その際には、不作為による殺人が認められるかどうか、甲に殺人の故意があったかどうかを中心に検討する。
 1 不作為による殺人
 199条は「人を殺した者」と規定するだけで、作為・不作為を問うていない。しかし刑法で責任を負わせる以上、単なる不作為では足りず、作為義務があるにもかかわらず不作為であった場合のみ構成要件を満たすと考えるのが適切である。
 本件においては、看護師等医療従事者には患者の生命を保護する責任があるところ、患者Vの妻である甲は看護師等のケアを排して自らの一手にVの生命を保護する義務を引き受けていた。Vが死亡した日の午後2時頃(以下、時刻の記載は同日の時刻をいう)に看護師乙に対して「今、体を拭いてあげているので20分ほど待ってください。夫に変わりはありません。」と嘘を言っており、午後2時30分頃にも乙に同様の嘘を言っているので、午後2時頃から午後2時30分からしばらく時間が経過するまでの間は甲にVの生命を保護する作為義務が生じていた。それにもかかわらず甲はその作為をしなかったので、Vという人を殺した者に該当する。
 2 殺人の故意
 殺人罪が成立するためには殺人の故意が存在していなければならない。そこでの故意は「人を殺してやる」という明確な故意のみならず「人が死ぬかもしれないがそれでもいいや」という未必の故意をも含む。
 本件で甲は「このままVが死亡すれば、先の見えない介護生活から解放されるのではないか」と思い、「事態を事の成り行きに任せ、Vの生死を、医師等の医療従事者の手にではなく、運命にゆだねる」ことに決め、その結果がどうなろうとその運命に従うことにした。ここからV殺人についての未必の故意が読み取れるので、殺人罪の故意に欠けるところはない。
 3 その他の事項
 甲がVの異変に気づいてから速やかに自ら救命処置をするか医師等による救命処置を求めるかすればVは救命されたものと認められるので、甲の不作為とVの死亡との間に因果関係があると言える。甲は介護生活から肉体的にも精神的にも疲れ切っていたとのことであるが、これにより違法性が阻却されたり責任能力が否定されたりすることはない。
 4 結論
 以上より甲には殺人罪が成立する。

 

第2 乙の罪責
 Vが死亡しており乙にはV殺害の故意は認められないので、業務上過失致死罪(211条)の成否を検討する。
 211条では「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者」と規定されているので、その構成要件を満たすかを検討する。
 乙は看護師である。看護師には一般的に患者の生命を保護するために注意しなければならないことがある。本件に関係する範囲で具体的に考えると、薬が医師の処方どおりであるかを処方せんの写しと対照してチェックし、処方や薬に疑問がある場合には、医師や薬剤師に確認すること(以下「注意①」とする)と、午後1時頃から半日くらい約30分おきにVの病室を巡回すること(以下「注意②」とする)が乙に業務上必要な注意として課されていた。これらは病院のきまりであったり医師Bの指示であったりして、乙もそのことを知っていた。
 しかしながら、乙はこの注意①を怠った。アレルギーのことを失念していたのは乙の怠慢であるし、丙の仕事ぶりを信頼していたというのは正当な理由にならない。注意①は医師、薬剤師、看護師という三重のチェックをすることにその意義があるからである。他方で注意②を怠ったとは言えない。午後2時頃にはVの病室に入ろうとしたところを甲によって入室を拒まれたのであったし、午後2時30分頃に巡回しなかったのも甲が自分の代わりに必要なことをしてくれたと誤信したからであった。従前もこのように甲に自分の代わりに必要なことをやってもらっており、家族にそうしたことをしてもらうのが不合理だとも言えない。
 そして乙がもし注意①を怠らなかったとしたら、VにD薬が不適切に投与されようとしていたことに気づいていたはずであり、それでD薬を投与しなければVは死亡していなかったと認められる。乙が業務上必要な注意をしていれば、V死亡という結果は生じなかったのである。
 以上より乙には業務上過失致死罪が成立する。

 

第3 丙の罪責
 丙についても乙と同様に業務上過失致死傷等罪の成否を検討する。
 薬剤師である丙に課されていた注意は、医師の処方が患者の病状や体質に適合するかどうかをチェックした上で薬を医師・看護師らに提供することであった。
 丙はそのチェックを怠っていたが、仮に怠らずにチェックしていたとしてもE薬は患者の病状や体質に適合していたので、同じようにその後の仕事を行い、Vも死亡していたはずである。つまり丙の注意の怠りとV死亡との間には因果関係がないので、このことについて丙に業務上過失致死傷等罪が成立する余地はない。
 V死亡と因果関係のある丙の行為はE薬のアルプル【原文ママ】とD薬のアンプルを取り違えたことであるが、そのことに関して丙が業務上必要な注意を怠ったとは言えない。E薬用の引き出しにD薬が入っていることは通常考えられず、アルプル【原文ママ】に貼付されたラベルを丙が確認すべきだという医師の指示や病院の決まりもなかったからである。
 以上より、丙には業務上過失致死傷等罪は成立しない。また、より重い業務上の過失が丙にはなかったのだから、業務上ではない過失が存在するということもなく、過失致死罪(210条)も成立しない。その他の罪も成立しない。

以上

修正答案

以下刑法についてはその条数のみを示す。

 

第1 甲の罪責
 Vが死亡しているので殺人罪(199条)の成否を検討する。その際には、不作為による殺人が認められるかどうか、甲に殺人の故意があったかどうかを中心に検討する。遅くとも午後2時20分までに、医師、看護師等がVの異変に気付けば、Vは救命されたものと認められているので、甲の不作為や故意は2時20分までの時点を基準として考える。
 1 不作為による殺人
 199条は「人を殺した者」と規定するだけで、作為・不作為を問うていない。しかし刑法で責任を負わせる以上、単なる不作為では足りず、作為義務があるにもかかわらず不作為であった場合のみ構成要件を満たすと考えるのが適切である。
 本件においては、看護師等医療従事者には患者の生命を保護する責任があるところ、患者Vの妻(民法上夫Vを扶助する義務を負う)である甲は看護師等のケアを排して自らの一手にVの生命を保護する義務を引き受けていた。Vが死亡した日の午後2時ころ(以下、時刻の記載は同日の時刻をいう)に看護師乙に対して「今、体を拭いてあげているので20分ほど待ってください。夫に変わりはありません。」と嘘を言っており、午後2時30分ころにも乙に同様の嘘を言っているので、午後2時頃から午後2時30分からしばらく時間が経過するまでの間は甲にVの生命を保護する作為義務が生じていた。それにもかかわらず甲はその作為をせずVが死亡したので、Vという人を殺した者に該当する。
 2 殺人の故意
 殺人罪が成立するためには殺人の故意が存在していなければならない。そこでの故意は「人を殺してやる」という明確な故意のみならず「人が死ぬかもしれないがそれでもいいや」という結果の発生に対する認識・認容がある未必の故意をも含む。
 本件で甲は午後2時ころに「このままVが死亡すれば、先の見えない介護生活から解放されるのではないか」と思い、午後2時から2時15分の間には「事態を事の成り行きに任せ、Vの生死を、医師等の医療従事者の手にではなく、運命にゆだねる」ことに決め、その結果がどうなろうとその運命に従うことにした。ここから遅くとも午後2時15分までに甲はV殺人についての未必の故意を抱いたことが読み取れるので、殺人罪の故意に欠けるところはない。
 3 その他の事項
 甲が負っていた作為義務は、Vの異変に気づいてから速やかに自ら救命処置をするか医師等による救命処置を求めるかすることであったが、それは容易なことでありそうすることは十分に可能であった。そしてそうしていればVは救命されたものと認められるので、甲の不作為とVの死亡との間に因果関係があると言える。甲は介護生活から肉体的にも精神的にも疲れ切っていたとのことであるが、これにより違法性が阻却されたり責任能力が否定されたりすることはない。
 4 結論
 以上より甲には殺人罪が成立する。殺意があって殺人罪が成立する以上、保護責任者遺棄罪(218条)は成立しない。

 

第2 乙の罪責
 Vが死亡しており乙にはV殺害の故意は認められないので、業務上過失致死傷等罪(211条)の成否を検討する。
 211条では「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者」と規定されているので、その構成要件を満たすかを検討する。つまり注意義務違反があったかどうかを考える。
 乙は看護師である。看護師は生命身体に危険のある行為を反復継続して行い、一般的に患者の生命を保護するために注意しなければならないことがある。本件に関係する範囲で具体的に考えると、薬が医師の処方どおりであるかを処方せんの写しと対照してチェックし、処方や薬に疑問がある場合には、医師や薬剤師に確認すること(以下「注意①」とする)と、午後1時頃から半日くらい約30分おきにVの病室を巡回すること(以下「注意②」とする)が乙に業務上必要な注意として課されていた。これらは病院のきまりであったり医師Bの指示であったりして、乙もそのことを知っていた。また、これらの注意を怠れば、患者が死亡するかもしれないということも十分に予見できた。
 しかしながら、乙はこの注意①を怠った。アレルギーのことを失念していたのは乙の怠慢であるし、丙の仕事ぶりを信頼していたというのは正当な理由にならない。注意①は医師、薬剤師、看護師という三重のチェックをすることにその意義があるからである。他方で注意②を怠ったとは言えない。午後2時頃にはVの病室に入ろうとしたところを甲によって入室を拒まれたのであったし、午後2時30分頃に巡回しなかったのも甲が自分の代わりに必要なことをしてくれたと誤信したからであった。従前もこのように甲に自分の代わりに必要なことをやってもらっており、家族にそうしたことをしてもらうのが不合理だとも言えない。
 そして乙がもし注意①を怠らなかったとしたら、VにD薬が不適切に投与されようとしていたことに気づいていたはずであり、それでD薬を投与しなければVは死亡していなかったと認められる。乙が業務上必要な注意をしていれば、V死亡という結果は生じなかったのである。
 本件ではその後に甲の不作為によるV殺害が認められるが、これはたまたまVの生命を左右する立場に立った甲が不作為によりVを殺害したものであって、乙の注意義務違反から生じた危険が現実化したものであり、ここでの因果関係を切断するには至らない。
 以上より乙には業務上過失致死罪が成立する。

 

第3 丙の罪責
 丙についても乙と同様に業務上過失致死罪の成否を検討する。
 生命身体に危険のある行為を反復継続して行う薬剤師である丙に課されていた注意は、医師の処方が患者の病状や体質に適合するかどうかをチェックした上で薬を医師・看護師らに提供することであった。
 丙はそのチェックを怠り、結果として患者の体質に適合しない薬を看護師乙に提供してしまった。医師の処方が患者の病状や体質に適合するかどうかをチェックしていれば、Vの体質からしてD薬には特に注意すべきことを認識できたはずであり、その認識があればたとえE薬用の引き出しから取り出したアンプルであってもD薬ではないかラベルを確認する義務が薬剤師の丙にはあったと言える。こうした注意義務に違反すれば、患者が死亡する可能性のあることは十分に予見できた。
 そもそも丙が薬を取り違えなければVが死亡するということはなかった。しかし、丙がこのように薬を取り違えたとしても、乙がきちんと注意して途中で気づいたり、甲がVの生命保持義務を果たしておればVが死亡しなかったとも考えられる。とはいえ、V死亡は丙による薬の取り違えという注意義務違反から生じた危険か現実化したものであり、乙がそれに気づかなかったことや、甲がVの異変にすぐに気づいて助けなかったことは異常な介在事情ではない。
 以上より、丙には業務上過失致死罪が成立する。

以上

 

感想

事例に沿った検討はそれなりにできたかなと思っています。過失論の対立(予見可能性を重視するか結果回避義務違反を重視するか)ということはまったく頭になかったので、予見可能性のことをすっかりとばしてしまいました。乙丙の過失のところで甲の行為の介在という論点も落としてしまいました。丙の過失を認定するかどうかは迷いましたが、認定したほうが答案としては書きやすい気がします。

 

 



平成22年司法試験論文民事系第2問答案練習

問題

〔第2問〕(配点:200〔〔設問1〕から〔設問5〕までの配点の割合は,3.5:4:3.5:6.5:2.5〕)
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問5〕までに答えなさい。

 


【事実】
1.印刷や製版の工場を個人で営むAとその妻であるBとの間には,昭和58年8月20日にC男が生まれた。やがて平成5年にBが病没すると,Aは,平成6年2月にDと婚姻した。この時,Dには子としてE女があり,Eは,昭和60年2月6日生まれである。
 Aには,主な資産として,工場とその敷地のほかに,当面は使用する予定がない甲土地があり,また,甲土地の近くにある乙土地とその上に所在する丙建物も所有しており,丙建物は,事務所を兼ねた商品の一時保管の場所として用いられてきた。これら甲,乙及び丙の各不動産は,いずれもAを所有権登記名義人とする登記がされている。

2.Cは,大学卒業後,いったんは大手の食品メーカーに就職したが,やがて,小さくてもよいから年来の希望であった出版の仕事を自ら手がけたいと考え,就職先を辞め,雑誌出版の事業を始めた。そして,事業が軌道に乗るまで,出版する雑誌の印刷はAの工場で安価に引き受けてもらうことになった。

3.そのころ,Aは,事業を拡張することを考えていた。そこで,Aは,金融の事業を営むFに資金の融資を要請し,両者間で折衝が持たれた結果,平成19年3月1日に,AとFが面談の上,FがAに1500万円を融資することとし,その担保として甲,乙及び丙の各不動産に抵当権を設定するという交渉がほぼまとまり,同月15日に正式な書類を調えることになった。なお,このころになって,Cの出版の事業も本格的に動き出し,そのための資金が不足になりがちであった。

4.ところが,平成19年3月15日にAに所用ができたことから,前日である14日にAはFに電話をし,「自分が行けないことはお詫びするが,息子のCを赴かせる。先日の交渉の経過を話してあり,息子も理解しているから,後は息子との間でよろしく進めてほしい。」と述べ,これをFも了解した。

5.平成19年3月15日午前にFと会ったCは,Fに対し,「父の方で資金の需要が急にできたことから,融資額を2000万円に増やしてほしい。」と述べた。そこで,Fは,一応Aの携帯電話に電話をして確認をしようとしたが,Aの携帯電話がつながらなかったことから,Aの自宅に電話をしたところ,Aは不在であり,電話に出たDは,Fの照会に対し「融資のことはCに任せてあると聞いている。」と答えた。これを受けFは,同日に,融資額を2000万円とし,最終の弁済期を平成22年3月15日として融資をする旨の金銭消費貸借の証書を作成し,また,2000万円を被担保債権の額とし,甲,乙及び丙の各不動産に抵当権を設定する旨の抵当権設定契約の証書が作成され,Cが,これらにAの名を記してAの印鑑を押捺した。

6.この2000万円の貸付けの融資条件は,返済を3度に分けてすることとされ,第1回は平成20年3月15日に500万円を,次いで第2回は平成21年3月15日に1000万円を,そして第3回は平成22年3月15日に500万円を支払うべきものとされた。また,利息は,年365日の日割計算で年1割2分とし,借入日にその翌日から1年分の前払をし,以後も平成20年3月15日及び平成21年3月15日にそれぞれの翌日から1年分の前払をすることとした。なお,遅延損害金については,同じく年365日の日割計算で年2割と定められた。

7.同じ3月15日の午後にAの銀行口座にFから2000万円が振り込まれた。これを受けCは,同日中に,日ごろから銀行口座の管理を任されているAの従業員を促し500万円を引き出させた上で,それを同従業員から受け取った。
 また,甲,乙及び丙の各不動産に係る抵当権の設定の登記も,同日中に申請された。これらの抵当権の設定の登記は,甲土地については,数日後に申請のとおりFを抵当権登記名義人とする登記がされた。しかし,乙及び丙の各不動産については,添付書面に不備があるため登記官から補正を求められたが,その補正はされなかった。その後,【事実】9に記すとおり,AF間に被担保債権をめぐり争いが生じたことから,乙及び丙の各不動産について抵当権の設定の登記の再度の申請がされるには至らなかった。

8.翌4月になって,甲,乙及び丙の各不動産の登記事項証明書を調べて不審を感じたAは,Cを問いただした。Cは,乙及び丙の各不動産について手続の手違いがあって登記の手続が遅れていると説明し,また,自分の判断で2000万円の借入れを決めたことを認めた。

9.借入れの経過に納得しないAは,弁護士Pに相談した。そして,Aは弁護士Pを訴訟代理人に選任した上で,平成19年6月1日,Fに対し,平成19年3月15日付けの消費貸借契約(以下「本件消費貸借契約」という。)に基づきAがFに対して負う元本返還債務が1500万円を超えては存在しないことの確認を求める訴え(以下「第1訴訟」という。)をJ地方裁判所に提起した。

 

〔設問1〕 【事実】1から9までを前提として,Fが,第1訴訟において,AがCに借入れの代理権でその金額に限度のないものを授与したとする主張,及びAがCに借入れの代理権でその金額の限度を1500万円とするものを授与したとする主張とを選択的にしたとする場合,それぞれの主張にとって,次に掲げる事実①及び事実②は法律上の意義を有するか,また,それを有すると考えられるときに,どのような法律上の意義を有するか,それぞれ理由を付して解答しなさい。
① 【事実】4に記す事実のうち,AがFに電話をして,3月15日に赴かせるCには交渉の経過を話してあり,それをCが理解しているから,後はCとの間でよろしく進めてほしい,と述べたこと。
② 【事実】5に記す事実のうち,Fが,Aの携帯電話に電話をして融資額の変更を確認しようとしたが,Aの電話がつながらなかったこと。

 

Ⅱ 【事実】1から9までに加え,以下の【事実】10から14までの経緯があった。
【事実】
10.Eは,AとDが婚姻して以来,A,D及びCと同居しており,その後は,Cと年齢が近かったこともあって,お互いに様々な悩みについて相談し合ったり,進路についてアドバイスをし合ったりしていたが,平成19年6月中旬ころ,Cの勧めもあって,Eは,Aらとの同居をやめて独立し,幼なじみのG女を誘って一緒に事業を始めることを決意した。そして,Eは,同月,アパートを借りてGと同居生活を始めた。

11.平成19年7月,Aは,乙土地及び丙建物につきFを抵当権者とする抵当権の設定の登記がされていないことに乗じて,Eに対し,「いつもCの相談相手になり,励ましてくれてありがとう。私としては,今後もCにとって信頼できる友人として付き合ってほしいと願っている。また,独立して自分の道を歩もうとする君を大いに支援したいので,乙土地及び丙建物を君に贈与したい。」と述べた。

12.Eは,AがFから金銭を借り入れた事情や,その担保として甲土地,乙土地及び丙建物にFのための抵当権を設定する契約が結ばれたものの,乙土地及び丙建物については抵当権の設定の登記がされていないことなどについて,平成19年4月ころにAとCが話しているのを耳にしており,同年7月の時点でも,乙土地及び丙建物については抵当権の設定の登記がされていないことを知っていた。

13.しかし,Eは,Aから乙土地及び丙建物の贈与を受けることができれば,丙建物を取り壊して自分の住居を建築することができると算段し,乙土地及び丙建物にFのための抵当権の設定の登記がされていない事情を十分に認識した上で,Aによる乙土地及び丙建物の贈与の申出を受け入れ,平成19年7月27日,乙土地及び丙建物につき,贈与を登記原因としてAからEへの所有権移転登記がされた。

14.平成19年8月19日,Eは,乙土地上に自己の居住用建物を建築するため,同土地上にあった丙建物を取り壊した。これを知ったFは,弁護士Qを訴訟代理人に選任した上で,Eに対し,抵当権の侵害による不法行為に基づく損害賠償を求める訴えを提起することとした。

 

〔設問2〕 【事実】1から14までを前提として,以下の⑴及び⑵に答えなさい。
⑴ 【事実】14に記す訴えに係る訴訟においてFの損害をどのようにとらえるべきかを検討するに当たり,留意すべき事項を挙げ,それらの事項についてどのように考えるべきか,想定される反論も考慮しつつ論じなさい。
⑵ 弁護士Qは,【事実】14に記す訴えに係る訴訟において,Eから,「丙建物については,Fのために抵当権の設定の登記がされていなかったので,Fは,Eに対し,Eの不法行為を理由とする損害賠償を請求することができない。」と反論されることを想定した。この反論の当否について,どのような再反論をすることができるかを含め,論じなさい。

 

Ⅲ 【事実】1から14までに加え,以下の【事実】15から17までの経緯があった。
【事実】
15.平成19年9月10日,Fは「被告E」と訴状に記載して,【事実】14に記す訴え(以下「第2訴訟」という。)をJ地方裁判所に提起した。第2訴訟は,被告側に訴訟代理人が選任されないまま進行した。第1回口頭弁論期日が開かれた後,口頭弁論が続行され,第3回口頭弁論期日までの間に,双方から事実に関する主張及びそれに対する認否が行われた。

16.弁護士Qは,第4回口頭弁論期日にこれまでどおり出頭し,J地方裁判所の法廷入口に用意された期日の出頭票の原告訴訟代理人氏名欄に自らの名前をボールペンで書き入れようとした際,これまでの口頭弁論期日にEとして出頭していた人物が,同じく出頭票の被告氏名欄にボールペンで「G」という氏名を記載した後に,慌ててその名前を塗りつぶして,「E」と記載したところを目撃した。
 そこで,弁護士Qは,不審に思い,第4回口頭弁論期日の冒頭において,Eとして出頭した人物に対し,「あなたは,先ほど,出頭票に「G」という今まで見たことがない名前を書いていませんでしたか。訴状には,「被告E」と記載されています。あなたは,本当にEさんですか。」と問いただした。すると,Eとして出頭した人物は,「実は,私は,Eと同居しているGです。」と述べ,次回期日には,Eを連れてくる旨を確約した。裁判所は,口頭弁論を続行することとし,第5回口頭弁論期日が指定された。

17.その後,第2訴訟に係る経緯をGから聞いたEは,訴訟代理人として弁護士Rを選任した。そして,第5回口頭弁論期日には,弁護士Q並びにE,G及び弁護士Rが出頭した。
 第5回口頭弁論期日においては,E本人が訴状の送達を受け,Gに対応を相談したところ,Gが,「この裁判は,あなたの身代わりとして私がするから任せてほしい。」と申し出たので,EがGに対し「任せる。」とこたえた,という事実が確認された。
 そして,弁護士Rは,「これまでにGがした訴訟行為は,すべて無効である。」と主張し,裁判所に対し,これを前提として手続を進めることを求めた。
 これに対し,弁護士Qは,「弁護士Rの主張は認められない。Gがした訴訟行為の効力はEに及ぶ。」と主張した。

 

〔設問3〕 【事実】1から17までを前提として,第2訴訟において,訴状の送達後,Gが第3回口頭弁論期日までの間にした訴訟行為の効力がEに及ぶかどうかについて,理由を付して論じなさい。

 

Ⅳ 【事実】1から9までに加え,以下の【事実】18から20までの経緯があった。
【事実】
18.第1訴訟の第1回口頭弁論期日は,平成19年7月27日に開かれ,訴状の陳述などが行われた。その後数回の期日を経て,平成20年4月11日に口頭弁論が終結し,同年6月2日にAの請求を全部認容する旨の終局判決が言い渡され,この判決が確定した。

19.平成21年4月23日に,Aは,弁護士Pを訴訟代理人に選任した上で,Fに対し,被担保債権(被担保債権は,【事実】9に記した本件消費貸借契約上の貸金返還請求権のみであるとする。)の全額が弁済により消滅したことを理由として,J地方裁判所に,甲土地の所有権に基づき甲土地に係る抵当権の設定の登記の抹消登記手続を求める訴え(以下「第3訴訟」という。)を提起した。

20.第3訴訟の第1回口頭弁論期日において,弁護士Pは,被担保債権に関し,「本件消費貸借契約に基づきAがFに対して負う元本返還債務の金額は1500万円であるところ,AはFに対し,平成20年3月15日に500万円,平成21年3月15日に1000万円をそれぞれ弁済した。」と主張した。
 この期日において,弁護士Pは,裁判長の釈明に対し,「平成20年3月15日にされた弁済が第1訴訟において主張されなかったのは,Aが,同弁済が第1訴訟において意味がある事実だとは思わなかったので,私に連絡を怠ったためである。」と陳述した。
 これに対し,Fの訴訟代理人である弁護士Qは,弁護士Pの被担保債権に関する主張のうち,平成20年3月15日の弁済については次回の口頭弁論期日まで認否を留保し,その余は認める旨の陳述をした。

 

〔設問4〕 【事実】1から9まで及び18から20までを前提として,第3訴訟に関する次の⑴及び⑵に答えなさい。
⑴ 第3訴訟の第1回口頭弁論期日後数日してされた次の弁護士Qと司法修習生Sの会話を読んだ上で,あなたが司法修習生Sであるとして,弁護士Qが示した課題(会話中の下線を引いた部分)を検討した結果を理由を付して述べなさい。
 ただし,信義則違反については論ずる必要がない。
 なお,貸金返還請求権については,利息及び遅延損害金を考慮に入れないものとする。

 

Q: 第1訴訟の確定判決の既判力が第3訴訟で作用することは理解できますか。

S: 第3訴訟の訴訟物は,所有権に基づく妨害排除請求権としての抵当権設定登記抹消登記請求権ですから,抵当権が消滅したかどうかが争点になります。そして,抵当権が消滅したかどうかを判断するためには,抵当権の付従性から,被担保債権が消滅したかどうかを判断しなければなりません。つまり,被担保債権である本件消費貸借契約上の貸金返還請求権の存否が,訴訟物である抵当権設定登記抹消登記請求権の存否にとって,いわゆる先決関係にあるということになります。

Q: そのとおりです。ですから,第1訴訟の確定判決の既判力の作用によって,私たちは,第3訴訟で,第1訴訟の口頭弁論が終結した平成20年4月11日の時点で,本件消費貸借契約上の元本返還請求権の金額が1500万円を超えていたことを主張できなくなります。この点は分かりますか。

S: はい。

Q: ところが,Aは,第3訴訟で,第1訴訟の口頭弁論終結前の平成20年3月15日にされた弁済を主張してきましたね。このような主張は許されてよいものでしょうか。

S: 確かにそうですね。信義則に反すると思います。

Q: いきなり信義則違反に飛び付くのは,いかがなものでしょうか。最終的には,信義則違反の主張をすることになるかもしれませんが,その前に,Aの弁済の主張が第1訴訟で生じた既判力によって遮断されるかどうかを検討すべきではないでしょうか。

S: すみません。先走り過ぎました。

Q: 第1回口頭弁論期日が終わってから,私なりに既判力について考えてみました。その結果,二つの法律構成が残ったのですが,そこから先の検討がまだ済んでいないのです。第2回口頭弁論期日のための準備書面をそろそろ書き始めなければなりませんので,あなたにも協力してほしいのです。

S: 分かりました。

Q: では,二つの法律構成を説明します。
 第1の法律構成(法律構成①)は,第1訴訟の訴訟物は元本返還債務の全体であって,Aの「1500万円を超えては存在しない」ことの確認を求めるという請求の趣旨は,例えば「1200万円を超えては存在しない」というような,より原告に有利な判決を求めないという意味において,原告が自ら,請求の認容の範囲を限定したものにすぎない,というものです。このように考えると,既判力の対象はあくまでも,元本返還債務の全体ですから,第1訴訟の確定判決の既判力によって,「平成20年4月11日の時点で元本債務は1500万円であった」ということが確定されることになります。
 第2の法律構成(法律構成②)も,やはり第1訴訟の訴訟物は元本返還債務の全体であるとするのですが,同債務のうち1500万円についてはAが請求を放棄したために,実際に審判対象となったのは1500万円を超える部分だというものです。このように考える場合には,第1訴訟の確定判決の既判力の客観的範囲は元本返還債務のうち1500万円を超える部分だけになりますが,請求の放棄,正確には請求の一部放棄の既判力により,元本債務の金額が1500万円であったことが確定されることになります。
 理解できましたか。

S: はい。

Q: それでは,これから,あなたにお願いする課題を説明します。法律構成①と法律構成②のそれぞれについて,長所と短所を検討してください。ただし,最高裁判所の判例に適合的であるから良い,あるいは,最高裁判所の判例に反するから駄目だ,というような紋切り型の答えでは困ります。

S: 分かりました。頑張ってみます。

 

⑵ 審理の結果,被担保債権の元本が500万円残っているとの結論に至った場合,裁判所は,Fに対し,AがFに500万円を支払うことを条件として,抵当権の設定の登記の抹消登記手続をすることを命ずる判決をすることができるか,Aの請求を全部棄却することと比較しながら,論じなさい。
 なお,貸金返還請求権については,利息及び遅延損害金を考慮に入れないものとする。

 

Ⅴ 【事実】1から9までに加え,以下の【事実】21から25までの経緯があった。
【事実】
21.Dは平成20年2月16日に病没した。

22.Aは,外国に住んでいる親族の結婚式に出席するため,5日間の外国旅行に出ることとなった。Aは,出発前夜である平成22年1月12日に,CとEを呼び,「今まで隠していたが,実はEは私とDとの間にできた子で,私はEを認知することにした。認知届の書類にもすべて私が必要な項目を埋めて署名押印しておいたから,Eは,私が旅行に出ている間に,認知届の日付を埋めた上で必ず市役所に提出しておいてほしい。」と告げた。突然の話にEは驚いたものの,了解し,認知届の提出に必要な書類一式をAから受け取った。

23.翌朝,Aは旅行に出発した。同月14日,Aは事故に巻き込まれ,死亡した。Eは,この件の事後処理に忙殺され,認知届を提出しないままになっている。

24.Aの遺品を整理していたCは,同年2月3日に,Aの愛用していた机の引出しの奥に,「遺言」と表面に書かれた1通の封書を見つけた。この封書には自筆証書遺言として適式な証書が入っていて,そこには,「私が死亡したときは,私の遺産はCを2,Eを1とする割合で分けること。」とAの筆跡で記されていた。遺言の日付は平成20年4月6日となっていた。

25.Hは生前のAに対し600万円を貸し付けており,平成22年4月現在,この貸金債権の弁済期は既に到来している。平成22年5月になって,Hが,前記貸金債権に係る元本の返済をC及びEに対し請求してきた。

 

〔設問5〕 【事実】1から9まで及び21から25までを前提として,C及びEはHに対し元本の支払義務を負うか,支払義務を負うとした場合,いくらの支払義務を負うか,これらについて,EがAの子であるかどうかにも言及しつつ論じなさい。

 

練習答案

以下民法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 第1訴訟におけるFの、AがCに借入れの代理権でその金額に限度のないものを授与したとする主張(以下「主張①」とする)は、代理権授与の表示による表見代理(109条)を根拠に請求棄却を求めるものであるのに対して、AがCに借入れの代理権でその金額の限度を1500万円とするものを授与したとする主張(以下「主張②」とする)は、権限外の行為の表見代理(110条)を根拠に請求棄却を求めるものである。
 主張①にとって、事実①はFに対してAがCに本件借入れの代理権を与えた旨を表示したことを基礎付ける法律上の意義を有する。事実②は法律上の意義を有さない。
 主張②にとって、事実①は基本代理権(CがAのために1500万円を限度としてFから借入れをするという代理権)の存在を基礎づけるという法律上の意義と、FがCにAのために2000万円の借入れをする代理権があると信ずべき正当な理由があることを基礎づける法律上の意義を有する。事実②は、上記正当な理由がないことを基礎づける法律上の意義を有する。

 

[設問2]
 (1)
 不法行為に基づく損害賠償は、権利利益の侵害によって生じた損害の賠償である(709条)。損害が生じたか否かということに留意すべきである。
 抵当権とは、被抵当物の交換価値を担保にするものなので、その交換価値が毀損されれば損害が生じたと考えるべきである。
 しかし他方で抵当権は質権と異なり、抵当権設定者が被抵当物を使用し続けられるところに特徴があり、その使用は所有権の性質からして自由であるべきだという反論が想定される。しかしながら所有権も抵当権を設定することによって制約され得るのであって、殊更に被抵当物の交換価値を損なうような使用は制限されるべきである。
 本件について見ると、丙建物の取り壊しは被抵当物である丙建物の交換価値をゼロにする行為であり、殊更に交換価値を損なう行為である。
 以上より、本件ではFの損害が生じていると言える。
 (2)
 設問中のEの反論は、不動産に関する物件の得喪及び変更は、その登記をしなければ、第三者に対抗することができないという177条をその根拠にしている。丙建物が不動産で抵当権が物件であることに争いはないはずだから、Eが第三者に当たるかどうかが問題となる。
 177条は真実の権利と取引の安全の調整規定である。よってこの2つの観点から第三者の範囲が画定されるべきである。
 本件では、真実の権利者であるFは本件の抵当権を登記するために自分の側としてできることはしていたと考えられる。登記官から求められた補正をすれば登記できるところまで進んでいたにもかかわらず、Aとの間に争いが生じたためにそのままになっていたのである。他方でEはこうした事情を全て知っていた。登記を見て抵当権が存在しないと誤信していたわけではない。むしろ登記がなされていないことを希貨【原文ママ】としてFの抵当権を害そうとする意図さえ窺える。いわゆる背信的悪意者である。
 以上より、Eは177条の第三者には当たらないので、この反論は不当である。

[設問3]
 実体的にも形式的にも被告はEであり、Gが被告になる余地はない。また本件第2訴訟はJ地方裁判所に提起されているので、法定代理人か弁護士でなければ訴訟代理人になれない(民事訴訟法54条1項本文)ところ、Gは法定代理人でも弁護士でもない。Gが補佐人(民事訴訟法60条)として裁判所から許可を得たということもない。
 こうした事情からすると、Gが第3回口頭弁論期日までの間にした訴訟行為は無効とせざるを得ない。仮にこれを有効とすると本人になりすますことで容易に弁護士でもない者が訴訟行為をすることができるようになってしまい、法秩序が乱されるおそれが生じる。
 弁護士Qが、Gがした訴訟行為の効力はEに及ぶと主張している理由は、これまでに積み上げた訴訟行為を無に帰して今より不利な立場に立ちたくないということだと推測できる。これに関しては、弁護士Rの主張如何では時期に遅れた攻撃防御(民事訴訟法156条)として裁判所が取り上げないということで、一定弁護士Qのけねんに対応できる。

 

[設問4]
 (1)
 1.法律構成①の長所と短所
 法律構成①の長所は、一挙にはっきりと紛争を解決できるということである。短所は訴訟係属中に弁済があるとそれを取り込んで訴えの変更をしなければならず、手続が面倒になるということである。
 本件では、第1訴訟の口頭弁論終結時である平成20年4月11日の時点で、AのFに対する債務が1500万円であったことが確定する。そして以後の訴訟でこれと矛循【原文ママ】する主張は既判力によって遮断されるので、Aの弁済の主張は失当となる。Aとしては平成20年3月15日に500万円を弁済した時点で、平成19年3月15日付けの消費貸借契約に基づきAがFに対して負う元本返還債務が1000万円を超えては存在しないことの確認を求める訴えに変更すべきであったのである。
 2.法律構成②の長所と短所
 法律構成②の長所は訴訟をシンプルにできるということである。短所は紛争を一挙に解決できず後に紛争の種を残すことである。
 本件では、第1訴訟の口頭弁論終結時である平成20年4月11日の時点で、AのFに対する債務が1500万円を超えては存在しないことが確定する。Aによる請求の一部放棄が認められればAの弁済の主張は既判力により遮断されるが、認められなければ1500万円の部分には既判力が及ばないのでAの弁済の主張を第3訴訟で審判対象としなければならなくなる。
 (2)
 当事者主義の原則から、裁判所は、当事者が申し立てていない事項について、判決をすることができない(民事訴訟法246条)。もっとも、当事者が申し立てた範囲で一部認容判決はすることができるので、設問の事例が当事者の申し立ての範囲外なのか、それとも範囲内の一部認容なのかを考えることになる。
 司法修習生Sの発言にもあるように、第3訴訟では抵当権が消滅したかどうかが争点になり、抵当権の付従性から被担保債権が消滅したかどうかを判断しなければならない。実際、Aはその被担保債権である本件消費貸借契約に基づきAがFに対して負う元本返還債務の金額は1500万円であるところ、AはFに1500万円を弁済したと主張している。そうすると1500万円より低い500万円を支払うことを条件として、抵当権の設定の登記の発症登記手続をすることを命ずる判決は一部認容であると言える。
 仮にAの請求を全部棄却すると、Aとしてはあといくら払えば抵当権の設定の登記の抹消ができるかわからないし、それがわかって弁済したとしても、Fが任意に協力しなければもう一度提訴しなければならず、Aの期待からも訴訟経済からも不合理である。

 

[設問5]
 1.EがAの子であるかどうか
 AがEを養子とした事実はなく、DがAと婚姻していた時期の子でもないので、AがEを認知しなければEはAの子とならない。
 認知は、戸籍法の定めるところにより届け出ることによってし(781条1項)、また遺言によってもすることができる(781条2項)。
 本件ではAによって認知届が作成されたものの届け出はされておらず、遺言によっても認知はされていない。認知のような戸籍に関わるものは届け出により画一的に決定されるべきなので、意思表示があっても届け出がなければ無効である。よってEはAの子ではない。
 ただし、Eは認知の訴えを提起することができる(787条)。
 2.C及びEはHに対し元本の支払義務を負うか
 包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有する(990条)。相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する(896条本文)。相続は死亡によって開始する(882条)。各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する(899条)。
 EはAの子でないから相続人ではないが、遺言により包括受遺者になるので相続人と同一の権利義務を有する。CはAの子であり相続人である。よってCとEはAのHに対する債務を承継する。これはAの一身に専属したものではないので896条但書には該当しない。Aが平成22年1月14日に死亡しているので相続は開始している。CとAの相続分は2:1である。以上よりCとEはHに対し元本の支払義務を負い、その義務はCが400万円、Eが200万円である。
 ここまではC及びEが単純承認をした場合について述べたが、もし限定承認をしていれば上記の義務は相続財産の限度で負い、相続放棄をしていれば初めから相続人とならなかったものとみなされるので上記の義務を負わない。

以上

 

修正答案

以下民法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 第1訴訟におけるFの、AがCに借入れの代理権でその金額に限度のないものを授与したとする主張(以下「主張①」とする)は、有権代理(99条)を根拠に請求棄却を求めるものであるのに対して、AがCに借入れの代理権でその金額の限度を1500万円とするものを授与したとする主張(以下「主張②」とする)は、権限外の行為の表見代理(110条)を根拠に請求棄却を求めるものである。
 主張①にとって、事実①はFに対してAがCに本件借入れの代理権を与えたことを推認させる間接事実であるという法律上の意義を有する。事実②は特段、法律上の意義を有さない。
 主張②にとって、事実①は基本代理権(CがAのために1500万円を限度としてFから借入れをするという代理権)の存在を推認させる間接事実であるという法律上の意義と、FがCにAのために2000万円の借入れをする代理権があると信ずべき正当な理由があることを推認させる間接事実であるという法律上の意義を有する。事実②は、CがAのために2000万円を借りようとしたところFが不審に思ってAに問い合わせたがAは電話に出なかったためにFはさらに不審に思ったはずだというように解釈できるので、上記正当な理由がないことを推認させる間接事実となり得るという法律上の意義を有する。

 

[設問2]
 (1)
 不法行為に基づく損害賠償は、権利利益の侵害によって生じた損害の賠償である(709条)。損害が生じたか否かということに留意すべきである。本件では特に、①金額的に損害が生じたかということと、②時期的に損害が生じたかということが問題となる。
 ①金額的に損害が生じたかどうか
 本件消費貸借契約では、甲、乙、丙の3つの不動産に抵当権が設定されている。Eは丙建物を取り壊したが、甲、乙の土地は残存している。それら不動産の価額が本件消費貸借契約の価額を超えていれば損害が発生していないという反論もあり得る。しかしながら、不動産価額の下落なども想定してFは甲、乙、丙の3つの不動産に抵当権を設定したのであるから、その一部でも毀損されれば、それは損害が生じたことになる。よって、抵当権が設定された複数の不動産のうちの一つだけが滅失し、残りの不動産の現在価額だけでも被担保債権の額を超えている場合であったとしても、損害が生じたと言うべきである。
 ②時期的に損害が生じたかどうか
 本件消費貸借契約の第1回の弁済日は平成20年3月15日であり、Eが丙建物を取り壊したのは平成19年8月19日であるので、まだ弁済が滞っていない段階で損害の発生を認めてもよいのかという問題がある。弁済期にはきちんと弁済されるはずであり、それまでは抵当目的物を所有者が自由に使えるべきではないという反論である。しかし、抵当目的物についての妨害排除請求権を抵当権者が行使できると結論づけた、この反論に対抗する判例がある。その判例の理屈からすると、Eが丙建物を不法占拠したりその中に備え付けてある機械などを運びだそうとしていたら、Fは抵当権に基づきEの妨害を排除できたはずである。この仮定の場合より侵害の度合いが大きい取壊しがEによってされているのだから、損害が発生しないとする道理はない。
 以上より、本件では金額的にも時期的にも損害が生じていると言うべきである。
 (2)
 設問中のEの反論は、不動産に関する物件の得喪及び変更は、その登記をしなければ、第三者に対抗することができないという177条をその根拠にしている。そこでは丙建物が不動産で抵当権が物件であることに争いはないはずだから、Eが177条に規定される第三者に当たるかどうかが問題となる。
 177条は真実の権利と取引の安全の調整規定である。よってこの2つの観点から177条の第三者は登記の不存在を主張する正当な利益を有する者に限定されるべきである。
 本件では、真実の権利者であるFは本件の抵当権を登記するために自分の側としてできることはしていたと考えられる。登記官から求められた補正をすれば登記できるところまで進んでいたにもかかわらず、Aとの間に争いが生じたためにそのままになっていたのである。他方でEはこうした事情を全て知っていた。登記を見て抵当権が存在しないと誤信していたわけではない。むしろ登記がされていないことを奇貨としてFの抵当権を害そうとする意図さえ窺える。事実11からAにはFの抵当権を害そうとする意図がはっきりと見て取れるところ、Eも十分に事情を認識した上でこのAの意図に応じているのである。これらよりEはいわゆる背信的悪意者である。
 以上より、Eは177条の第三者(登記の不存在を主張する正当な利益を有する第三者)には当たらないので、この反論は不当である。

[設問3]
 民事訴訟の被告は明確に定まったほうがよいので、原則的には訴状に被告として記載された者が被告になる。訴状に被告として記載された者が知らない間に別の者が被告として振る舞い不利な訴訟行為が積み重ねられた場合などは別様に考えるべきかもしれないが、本件ではGが被告として訴訟行為をしていることを当初よりEは認識していた。よって原則通りにEが被告となる。
 EはGに対して「(第2訴訟の遂行を)任せる。」と言っているので、Gの行為がEの代理人として有効になる可能性がある。しかし本件第2訴訟はJ地方裁判所に提起されているので、法定代理人か弁護士でなければ訴訟代理人になれない(民事訴訟法54条1項本文)ところ、Gは法定代理人でも弁護士でもない。Gが補佐人(民事訴訟法60条)として裁判所から許可を得たということもない。
 こうした事情からすると、Gが第3回口頭弁論期日までの間にした訴訟行為は無効とせざるを得ない。仮にこれを有効とすると本人になりすますことで容易に弁護士でもない者が訴訟行為をすることができるようになってしまい、法秩序が乱されるおそれが生じる。
 弁護士Qが、Gがした訴訟行為の効力はEに及ぶと主張している理由は、これまでに積み上げた訴訟行為を無に帰して今より不利な立場に立ちたくないということだと推測できる。これに関しては、弁護士Rの主張如何では時期に遅れた攻撃防御(民事訴訟法156条)として裁判所が取り上げないということで、一定弁護士Qの懸念に対応できる。

 

[設問4]
 (1)
 法律構成①は審判対象も訴訟物も元本債務全体とすることで既判力を働かせるものであり、法律構成②は審判対象は元本債務のうち1500万円を超える部分であるが1500万円についてはAの請求放棄があったということで訴訟物は元本債務全体として既判力を働かせるものである。どちらの構成も、訴訟物が1500万円を超える部分だとして1500万円部分には既判力を働かせない判例とは異なっている。
 1.法律構成①の長所と短所
 法律構成①の長所は明確に既判力を働かせることができるということである。元本債務全体が審判対象になり、それについて審判が下され、その結果既判力が生じるという構成は非常にすっきりとしている。本件では、第1訴訟の口頭弁論終結時である平成20年4月11日の時点で、AのFに対する債務が1500万円であったことが確定し、以後の訴訟でこれと矛盾する主張は既判力によって遮断されるので、Aの弁済の主張は失当となる。
 短所は裁判の脱漏(民事訴訟法258条1項)、判決の理由不備(民事訴訟法312条2項6号)、判断の遺脱(民事訴訟法338条1項9号)であるとして、紛争を蒸し返される恐れがあることである。本件では、Aが自認している1500万円部分について、裁判の脱漏としてJ地裁に係属したままになっているので審理の再開を求める、審理不尽で判決の理由が不備であるとして上訴する、あるいは判断の遺脱として再審を申し立てるといったことがAによってなされるかもしれない。
 2.法律構成②の長所と短所
 法律構成②の長所は紛争を蒸し返される危険性が少ないということである。本件では、Aが1500万円部分については自認しているのでそれを請求の放棄だとみなせばもはやそれを蒸し返すことはできない。
 短所は既判力が明確には働かないおそれがあるということである。請求の放棄は調書に記載されたときに確定判決と同一の効力を有する(民事訴訟法267条)のであって、その反対解釈から調書に記載されなければ確定判決と同一の効力を有さないと解釈できる。また、確定判決と同一の効力を有するとして、それが確定判決と全く同じ既判力が生じるという意味なのかということにも争いが生じる余地があるし、既判力の基準がいつになるのかという問題もある。本件では、平成19年7月27日に開かれた第1回口頭弁論で訴状の陳述などが行われたので、Aの請求の放棄に当たる部分が調書に記載されたとは言えそうである。しかし請求の放棄は確定判決とは異なり錯誤無効が主張できるとの反論があり得るし、既判力の基準日は請求の放棄をした平成19年7月27日であって、平成20年3月15日にした弁済の主張を第3訴訟ですることは差し支えないという反論もあり得る。
 (2)
 当事者主義の原則から、裁判所は、当事者が申し立てていない事項について、判決をすることができない(民事訴訟法246条)。もっとも、当事者が申し立てた範囲で一部認容判決はすることができるので、設問の事例が当事者の申し立ての範囲外なのか、それとも範囲内の一部認容なのかを考えることになる。また、条件付給付判決は将来の給付を命ずる判決であるので、あらかじめその請求をする必要がある場合(民事訴訟法135条)なのかも検討しなければならない。そして条件の部分にも既判力が発生するのかも考えなければならない。
 司法修習生Sの発言にもあるように、第3訴訟では抵当権が消滅したかどうかが争点になり、抵当権の付従性から被担保債権が消滅したかどうかを判断しなければならない。実際、Aはその被担保債権である本件消費貸借契約に基づきAがFに対して負う元本返還債務の金額は1500万円であるところ、AはFに1500万円を弁済したと主張している。そうすると1500万円より低い500万円を支払うことを条件として、抵当権の設定の登記の発症登記手続をすることを命ずる判決は一部認容判決であると言える。被告のFにとっても弁済額を争った上で500万円の支払いが残っていると判断されることは不意打ちにならない。仮にAの請求を全部棄却すると、Aとしてはあといくら払えば抵当権の設定の登記の抹消ができるかわからないし、それがわかって弁済したとしても、Fが任意に協力しなければもう一度提訴しなければならず、Aの期待からも訴訟経済からも不合理である。
 被担保債権(本件消費貸借契約による債権)の弁済について争いがあり、Fによる抵当権抹消登記の任意の履行は期待できないので、あらかじめ請求をする必要がある場合に当たる。
 条件の部分は訴訟物ではないと考えられるので、既判力は生じない。ただし既判力が生じないとはいっても、実質的に紛争の蒸し返しとなるような主張を後訴ですることは信義則によって制限されることがある。
[設問5]
 1.EがAの子であるかどうか
 AがEを養子とした事実はなく、DがAと婚姻していた時期の子でもないので、AがEを認知しなければEはAの子とならない。
 認知は、戸籍法の定めるところにより届け出ることによってし(781条1項)、また遺言によってもすることができる(781条2項)。
 本件ではAによって認知届が作成されたものの届け出はされておらず、遺言によっても認知はされていない。認知のような戸籍に関わるものは届け出により画一的に決定されるべきなので、意思表示があっても届け出がなければ無効である。よってEはAの子ではない。
 ただし、Eは認知の訴えを提起することができる(787条)。
 2.C及びEはHに対し元本の支払義務を負うか
 包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有する(990条)。相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する(896条本文)。相続は死亡によって開始する(882条)。各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する(899条)。
 EはAの子でないから相続人ではないが、遺言により包括受遺者になるので相続人と同一の権利義務を有する。CはAの子であり相続人である。よってCとEはAのHに対する債務を承継する。これはAの一身に専属したものではないので896条但書には該当しない。Aが平成22年1月14日に死亡しているので相続は開始している。CとAの相続分は2:1である。以上よりCとEはHに対し元本の支払義務を負い、その義務はCが400万円、Eが200万円である。
 ここまではC及びEが単純承認をした場合について述べたが、もし限定承認をしていれば上記の義務は相続財産の限度で負い、相続放棄をしていれば初めから相続人とならなかったものとみなされるので上記の義務を負わない。

以上

 

 

感想

[設問1]は代理についての理解不足が明らかになりました。[設問2]はおよその問題点の所在はわかっていたものの、きれいな記述ができませんでした。 [設問3]はいわゆる表示説をもっと意識して書けばよかったです。[設問4]の(1)は法律構成②が判例と同じ立場(旧訴訟物理論)で、新訴訟物理論と旧訴訟物理論の対比かと思ったのですが、実際にはどちらも判例とは異なる立場だと出題趣旨を読んでようやく気づきました。(2)は将来給付や既判力について記述すべきとは思いつきませんでした。[設問5]は悪くはなかったかなと思います。

 




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