浅野直樹の学習日記

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平成29(2017)年司法試験予備試験論文(憲法)答案練習

問題

次の文章を読んで,後記の〔設問〕に答えなさい。

 A県の特定地域で産出される農産物Xは,1年のうち限られた時期にのみ産出され,同地域の気 候・土壌に適応した特産品として著名な農産物であった。Xが特別に豊作になる等の事情があると, 価格が下落し,そのブランド価値が下がることが懸念されたことから,A県は,同県で産出される Xの流通量を調整し,一定以上の価格で安定して流通させ,A県産のXのブランド価値を維持し, もってXの生産者を保護するための条例を制定した(以下「本件条例」という。)。
 本件条例では,①Xの生産の総量が増大し,あらかじめ定められたXの価格を適正に維持できる 最大許容生産量を超えるときは,A県知事は,全ての生産者に対し,全生産量に占める最大許容生 産量の超過分の割合と同じ割合で,収穫されたXの廃棄を命ずる,②A県知事は,生産者が廃棄命 令に従わない場合には,法律上の手続に従い,県においてXの廃棄を代執行する,③Xの廃棄に起 因する損失については補償しない,旨定められた。
 条例の制定過程では,Xについて一定割合を一律に廃棄することを命ずる必要があるのか,との 意見もあったが,Xの特性から,事前の生産調整,備蓄,加工等は困難であり,迅速な出荷調整の 要請にかなう一律廃棄もやむを得ず,また,価格を安定させ,Xのブランド価値を維持するために は,総流通量を一律に規制する必要がある,と説明された。この他,廃棄を命ずるのであれば,一 定の補償が必要ではないか等の議論もあったが,価格が著しく下落したときに出荷を制限すること はやむを得ないものであり,また,本件条例上の措置によってXの価格が安定することにより,X のブランド価値が維持され,生産者の利益となり,ひいてはA県全体の農業振興にもつながる等と 説明された。
 20××年,作付け状況は例年と同じであったものの,天候状況が大きく異なったことから,X の生産量は著しく増大し,最大許容生産量の1.5倍であった。このため,A県知事は,本件条例 に基づき,Xの生産者全てに対し,全生産量に占める最大許容生産量の超過分の割合に相当する3 分の1の割合でのXの廃棄を命じた(以下「本件命令」という。)。
 甲は,より高品質なXを安定して生産するため,本件条例が制定される前から,特別の栽培法を 開発し,天候に左右されない高品質のXを一定量生産しており,20××年も生産量は平年並みで あった。また,甲は,独自の顧客を持っていたことから,自らは例年同様の価格で販売できると考 えていた。このため,甲は,本件命令にもかかわらず,自らの生産したXを廃棄しないでいたとこ ろ,A県知事により,甲が生産したXの3分の1が廃棄された。納得できない甲は,本件条例によ ってXの廃棄が命じられ,補償もなされないことは,憲法上の財産権の侵害であるとして,訴えを 提起しようと考えている。

〔設問〕
 甲の立場からの憲法上の主張とこれに対して想定される反論との対立点を明確にしつつ,あな た自身の見解を述べなさい。なお,法律と条例の関係及び訴訟形態の問題については論じなく てよい。

 

再現答案

以下日本国憲法については条数のみを示す。

第1 甲の立場からの憲法上の主張
 財産権は、これを侵してはならない(29条1項)ので、本件条例は違憲である。仮に本件条例が違憲でないとしても、A県知事により甲が生産したXの3分の1が廃棄された処置は違憲である。仮にこれも違憲でないとしても、私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる(29条3項)ところ、何らの補償もなされなかったことは違憲である。

第2 想定される反論
 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める(29条2項)のであって、法律と同じように議会で制定された条例によって制限することができる。そもそも財産権は法律(条例)によって定められるものであって、絶対不可侵ではない。よって本件条例は違憲ではない。また、本件でのA県知事の処置も、この違憲でない条例に則って行われたものなので、違憲ではない。また、本件条例による制約は、財産権に内在する制約であり、特別の犠牲とは言えないので、損失補償も不要である。

第3 私自身の見解
 (1)本件条例の合憲性
 第2で述べたように、条例で財産権を制約することは許される。そうはいっても無制限の制約が許されるわけではなく、その目的と手段を検討しなければならない。本件条例の目的は、A県産のXのブランド価値を維持し、もってXの生産者を保護することである。これは積極目的であり、議会の広範な裁量が認められる。そのための手段として①から②が定められている。この手段は合理的である。①から②のようにすればXの流通量が調整され、それによりA県産のXのブランド価値が維持できるからである。以上より、本件条例は合憲である。
 (2)A県知事の甲に対する処置の合憲性
 甲は、高品質のXを生産していて独自の販路も持っているのでXを廃棄しないでいたところ、A県知事によって自分が生産したXの3分の1が廃棄されたという処置が違憲であると主張している。高品質であるとはいえXはXであり、一律に対処しなければ意味がないので、A県知事の処置は本件条例に則っているので、合憲である。
 (3)損失補償
 本件条例には損失補償に関する規定がないのだけれども、甲が主張するように、29条3項を根拠にして直接損失補償を請求することができるとするのが判例の立場である。しかし第2で述べたように、財産権に内在する制約であって特別の犠牲と言えなければ損失補償を要しない。本件においては、Xの生産者は、最大許容生産量を超えるときに超過分の割合と同じ割合でXの廃棄を命じられる。このようにXの生産者に一律に課される制約であり、特別の犠牲とは言えない。ため池の所有者が、その堤とうで耕作をしてはいけないと一律に禁止されることは財産権に内在する制約であり、特別の犠牲とは言えないとした判例もある。本件では、この制約はXの生産者の利益にもなるので、なおさら違憲ではない。以上より、損失補償がないことも違憲とはならない。

以上

修正答案

以下日本国憲法については条数のみを示す。

第1 甲の立場からの憲法上の主張
 「財産権は、これを侵してはならない」(29条1項)。ここでの「財産権」には、私有財産制という制度だけでなく、個々人の具体的な財産に対する権利も含まれる。よって、X生産者のXに対する権利を侵害する本件条例は違憲である。仮に本件条例が違憲でないとしても、A県知事により甲が生産したXの3分の1が廃棄された処置は、合理的でないので違憲である。仮にこれも違憲でないとしても、「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる」(29条3項)ところ、この損失補償の規定のない本件条例は違憲であり、本件で甲が何らの補償もなされなかったことは違憲である。

第2 想定される反論
 「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める」(29条2項)のであって、法律と同じように議会で制定された条例によって制限することができる。そもそも財産権は法律(条例)によって定められるものであって、絶対不可侵ではない。よって本件条例は違憲ではない。また、本件でのA県知事の処置も、この違憲でない条例に則って行われたものなので、違憲ではない。また、甲が主張する29条3項の損失補償は、特定人が特別の犠牲を強いられた場合にのみ適用されるものであり、本件のように一般的な受忍すべき制約の場合は損失補償も不要である。

第3 私自身の見解
 (1)本件条例の合憲性
 第2で述べた公共の福祉による制約とは、財産権それ自体に内在する制約のほか、立法機関が多種多様な利害調整のために定める規制に服するということである。よって、財産権を制約する条例の合憲性は、そうした多種多様な利害を総合考慮して判断すべきであり、立法機関の判断を尊重すべきである。そこで、その目的が正当でない場合か、目的が正当であってもそのための手段が合理的でない場合にのみ違憲になると考える。
 本件条例の目的は、A県産のXのブランド価値を維持し、もってXの生産者を保護することである。これは社会経済政策上の積極目的であり、議会の広範な裁量が認められる。地域の特産物の生産者を保護するということはこの裁量の範囲内であり、この目的が正当でないとは言えない。
 そのための手段として①から②が定められている。①から②のようにすればXの流通量が調整され、それによりA県産のXのブランド価値が維持できるということである。需要に比して供給が多すぎると値崩れして生産者が損害を被るということは十分に考えられ、②のようにXの廃棄を代執行しなければ闇市場が発生して実質的な値崩れを防げないと想定されるので、この手段はXの生産者を保護するという目的に対して合理的である。以上より、本件条例は合憲である。
 (2)A県知事の甲に対する処置の合憲性
 甲は、高品質のXを生産していて独自の販路も持っているのでXを廃棄しないでいたところ、A県知事によって自分が生産したXの3分の1が廃棄されたという処置が違憲であると主張している。高品質であるとはいえXはXであり、一律に対処しなければ意味がないので、A県知事の処置は合理的であり、合憲である。その都度高品質がどうかを判定して廃棄量を個別事情に応じて決定していたのでは迅速な調整ができない。
 (3)損失補償
 本件条例には損失補償に関する規定がないのだけれども、29条3項を根拠にして直接損失補償を請求することができるとするのが判例の立場である。言い換えると、損失補償の規定を欠く条例であったとしても、条例そのものが違憲となるわけではないということである。しかし、財産権の性質からして、第2で述べたように損失補償を要するのは、公共の福祉のためにする一般的な制限ではなく、特定人に特別の犠牲を強いる場合に限られる。
 本件においては、Xの生産者は、最大許容生産量を超えるときに超過分の割合と同じ割合でXの廃棄を命じられる。これはXの生産者に一律に課される制約であり、特定人に課せられたものではない。さらに、本件で問題となっているのはXの全量の廃棄ではなく、むしろ利益の総計が増えるような分量の廃棄であり、通常は特別の犠牲とは言えない。
 しかしながら、より高品質なXを安定して生産するため、本件条例が制定される前から、特別の栽培法を開発し、天候に左右されない高品質のXを一定量生産していた甲にとっては事情が異なる。甲は、一般的なXの生産者ではなく、本件条例制定前から労力を投入して高品質のXを開発してきた者である。そしてその甲が生産するXの性質上、この年の好天によっても生産量が増えなかった。それにもかかわらずXの3分の1の廃棄をするとなると、甲には利益になるどころか損害が生じている。以上より、甲との関係では、本件処置は特別の犠牲に当たり、損失補償が必要である。

以上

 

 

 



商法(会社法)論証集のための判例引用リンク集

法人格否認の法理

最判昭和44.2.27

 およそ社団法人において法人とその構成員たる社員とが法律上別個の人格であることはいうまでもなく、このことは社員が一人である場合でも同様である。しかし、およそ法人格の付与は社会的に存在する団体についてその価値を評価してなされる立法政策によるものであつて、これを権利主体として表現せしめるに値すると認めるときに、法的技術に基づいて行なわれるものなのである。従つて、法人格が全くの形骸にすぎない場合、またはそれが法律の適用を回避するために濫用されるが如き場合においては、法人格を認めることは、法人格なるものの本来の目的に照らして許すべからざるものというべきであり、法人格を否認すべきことが要請される場合を生じるのである。そして、この点に関し、株式会社については、特に次の場合が考慮されなければならないのである。
 思うに、株式会社は準則主義によつて容易に設立され得、かつ、いわゆる一人会社すら可能であるため、株式会社形態がいわば単なる藁人形に過ぎず、会社即個人であり、個人則会社であつて、その実質が全く個人企業と認められるが如き場合を生じるのであつて、このような場合、これと取引する相手方としては、その取引がはたして会社としてなされたか、または個人としてなされたか判然しないことすら多く、相手方の保護を必要とするのである。ここにおいて次のことが認められる。すなわち、このような場合、会社という法的形態の背後に存在する実体たる個人に迫る必要を生じるときは、会社名義でなされた取引であつても、相手方は会社という法人格を否認して恰も法人格のないと同様、その取引をば背後者たる個人の行為であると認めて、その責任を追求することを得、そして、また、個人名義でなされた行為であつても、相手方は敢て商法五〇四条を俟つまでもなく、直ちにその行為を会社の行為であると認め得るのである。けだし、このように解しなければ、個人が株式会社形態を利用することによつて、いわれなく相手方の利益が害される虞があるからである。

 

法人格否認の法理による判決効の拡張

最判昭和53.9.14

 しかしながら、上告会社が訴外会社とは別個の法人として設立手続、設立登記を経ているものである以上、上記のような事実関係から直ちに両会社が全く同一の法人格であると解することは、商法が、株式会社の設立の無効は一定の要件の下に認められる設立無効の訴のみによつて主張されるべきことを定めていること(同法四二八条)及び法的安定の見地からいつて是認し難い。
 もつとも、右のように上告会社の設立が訴外会社の債務の支払を免れる意図の下にされたものであり、法人格の濫用と認められる場合には、いわゆる法人格否認の法理により被上告人は自己と訴外会社間の前記確定判決の内容である損害賠償請求を上告会社に対しすることができるものと解するのが相当である。しかし、この場合においても、権利関係の公権的な確定及びその迅速確実な実現をはかるために手続の明確、安定を重んずる訴訟手続ないし強制執行手続においては、その手続の性格上訴外会社に対する判決の既判力及び執行力の範囲を上告会社にまで拡張することは許されないものというべきである(最高裁昭和四三年(オ)第八七七号同四四年二月二七日第一小法廷判決・民集二三巻二号五一一頁参照)。

 

事業譲渡

最判昭和40.9.22

 (一)よつて、まず、右(一)の所論(法令違反)について判断する。商法二四五条一項一号【引用者注:現会社法四六七条一項一号、二号】によつて特別決議を経ることを必要とする営業の譲渡とは、同法二四条【引用者注:現会社法二一条】以下にいう営業の譲渡と同一意義であつて、営業そのものの全部または重要な一部を譲渡すること、詳言すれば、一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産(得意先関係等の経済的価値のある事実関係を含む。)の全部または重要な一部を譲渡し、これによつて、譲渡会社がその財産によつて営んでいた営業的活動の全部または重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社がその譲渡の限度に応じ法律上当然に同法二五条に定める競業避止業務を負う結果を伴うものをいうものと解するのが相当である。
 所論は、要するに、右判示のような見解を採るときは、譲渡会社またはその株主の利益が害される危険があることを力説した上、営業の譲渡とは、いわゆる機能的財産の移転を目的とする契約であり、営業が譲受人に移転し受継されるのを通例とするが、必ずしもそのように狭く解すべきではなく、かかる機能的財産を構成している重要な営業用財産が一括して譲渡され、その結果譲渡会社の運命に重大な影響を及ぼすような場合、たとえば譲渡会社がその結果営業を遂行できなくなるような場合において、当事者がその結果を予見しているときは、いわゆる狭義の「営業譲渡」の場合に準じて、該当会社の株主総会の特別決議を要するものと解するのが相当である、というにある。
 しかしながら、商法二四五条一項一号の規定の制定およびその改正の経緯に照しても、右法条に営業の譲渡という文言が採用されているのは、商法総則における既定概念であり、その内容も比較的に明らかな右文言を用いることによつて、譲渡会社がする単なる営業用財産の譲渡ではなく、それよりも重要である営業の譲渡に該当するものについて規制を加えることとし、併せて法律関係の明確性と取引の安全を企図しているものと理解される。前示所論のように解することは、明らかに前示法条の文理に反し、法解釈の統一性、安定牲を害するばかりでなく、その譲渡が無効であるかどうかが、譲渡の相手方または第三者にとつては必ずしも詳らかにしえない譲渡会社の内部的事情によつて左右される結果を認めることとなり、前判示のように解する場合に比較して、法律関係の明確性ないし取引の安全を害するおそれも多く、右所論のような拡張解釈は、法解釈の限度を逸脱するものというほかはない。所論は、立法政策としては考慮の余地があるとしても、現行法の解釈論としては、とうてい採用することをえない。
 されば、右判示と見解を同じくする原判決には、商法二四五条一項一号の解釈を誤つた違法はない。

 

表見法理と会社の登記

最判昭和49.3.22

 商法は、商人に関する取引上重要な一定の事項を登記事項と定め、かつ、商法一二条【引用者注:現会社法九〇八条】において、商人は、右登記事項については、登記及び公告をしないかぎりこれを善意の第三者に対抗することができないとするとともに、反面、登記及び公告をしたときは善意の第三者にもこれを対抗することができ、第三者は同条所定の「正当ノ事由」のない限りこれを否定することができない旨定めている(もつとも昭和二四年法律一三七号「法務局及び地方法務局の設置に伴う関係法律の整理に関する法律」附則一〇項により、「商法一二条の規定の適用については、登記の時に登記及び公告があつたものとみなす。」こととされている。)。商法が右のように定めているのは、商人の取引活動が、一般私人の場合に比し、大量的、反復的に行われ、一方これに利害関係をもつ第三者も不特定多数の広い範囲の者に及ぶことから、商人と第三者の利害の調整を図るために、登記事項を定め、一般私法である民法とは別に、特に登記に右のような効力を賦与することを必要とし、又相当とするからに外ならない。
 ところで、株式会社の代表取締役の退任及び代表権喪失は、商法一八八条及び一五条【引用者注:現会社法九一一条及び九一五条】によつて登記事項とされているのであるから、前記法の趣旨に鑑みると、これについてはもつぱら商法一二条のみが適用され、右の登記後は同条所定の「正当ノ事由」がないかぎり、善意の第三者にも対抗することができるのであつて、別に民法一一二条を適用ないし類推適用する余地はないものと解すべきである。
 これを本件についてみるに、原審の適法に確定したところによると、本件約束手形は、上告人会社代表取締役Dが取締役を退任して代表権を喪失し、その登記がなされた後に、同人により会社の代表者名義をもつてE組ことFに宛てて振出され、更にFから株式会社G商店を経て被上告人に裏書譲渡されたというのであるから、被上告人は、Fにおいて、Dより右手形の振出交付を受けた際、右代表権の喪失につき善意であり、かつ、商法一二条所定の「正当ノ事由」があつたことを主張立証することによつてのみ上告人会社に右手形金を請求することができるにとどまり、Fの善意無過失を理由に民法一一二条を適用ないし類推適用して上告人会社の表見代理責任を追及することは許されないものといわなければならない。

 

会社の承認がない譲渡制限株式譲渡の効力

最判昭和63.3.15

 商法二〇四条一項但し書【引用者注:現会社法一〇七条一項一号】に基づき定款に株式の譲渡につき取締役会の承認を要する旨の譲渡制限の定めがおかれている場合に、取締役会の承認をえないでされた株式の譲渡は、譲渡の当事者間においては有効であるが、会社に対する関係では効力を生じないと解すべきであるから(最高裁昭和四七年(オ)第九一号同四八年六月一五日第二小法廷判決・民集二七巻六号七〇〇頁)、会社は、右譲渡人を株主として取り扱う義務があるものというべきであり、その反面として、譲渡人は、会社に対してはなお株主の地位を有するものというべきである。そして、譲渡が競売手続によつてされた場合の効力については、商法は特別の規定をおいていないし、会社の利益を保護するために会社にとつて好ましくない者が株主となることを防止しようとする同法二〇四条一項但し書の立法趣旨に照らすと、右の場合における譲渡の効力について、任意譲渡の場合と別異に解すべき実質的理由もないから、譲渡が競売手続によつてされた場合の効力についても、前記と同様に解すべきである。

 

新株(新株予約権)発行の差止

最決平成19.8.7(ブルドックソース事件)

 本件新株予約権無償割当てが,株主平等の原則から見て著しく不公正な方法によるものといえないことは,これまで説示したことから明らかである。また,相手方が,経営支配権を取得しようとする行為に対し,本件のような対応策を採用することをあらかじめ定めていなかった点や当該対応策を採用した目的の点から見ても,これを著しく不公正な方法によるものということはできない。その理由は,次のとおりである。
 すなわち,本件新株予約権無償割当ては,本件公開買付けに対応するために,相手方の定款を変更して急きょ行われたもので,経営支配権を取得しようとする行為に対する対応策の内容等が事前に定められ,それが示されていたわけではない。確かに,会社の経営支配権の取得を目的とする買収が行われる場合に備えて,対応策を講ずるか否か,講ずるとしてどのような対応策を採用するかについては,そのような事態が生ずるより前の段階で,あらかじめ定めておくことが,株主,投資家,買収をしようとする者等の関係者の予見可能性を高めることになり,現にそのような定めをする事例が増加していることがうかがわれる。しかし,事前の定めがされていないからといって,そのことだけで,経営支配権の取得を目的とする買収が開始された時点において対応策を講ずることが許容されないものではない。本件新株予約権無償割当ては,突然本件公開買付けが実行され,抗告人による相手方の経営支配権の取得の可能性が現に生じたため,株主総会において相手方の企業価値のき損を防ぎ,相手方の利益ひいては株主の共同の利益の侵害を防ぐためには多額の支出をしてもこれを採用する必要があると判断されて行われたものであり,緊急の事態に対処するための措置であること,前記のとおり,抗告人関係者に割り当てられた本件新株予約権に対してはその価値に見合う対価が支払われることも考慮すれば,対応策が事前に定められ,それが示されていなかったからといって,本件新株予約権無償割当てを著しく不公正な方法によるものということはできない。
また,株主に割り当てられる新株予約権の内容に差別のある新株予約権無償割当てが,会社の企業価値ひいては株主の共同の利益を維持するためではなく,専ら経営を担当している取締役等又はこれを支持する特定の株主の経営支配権を維持するためのものである場合には,その新株予約権無償割当ては原則として著しく不公正な方法によるものと解すべきであるが,本件新株予約権無償割当てが,そのような場合に該当しないことも,これまで説示したところにより明らかである。

 

新株発行の無効

最判平成9.1.28

 原審の適法に確定したところによれば、上告会社の昭和六三年六月の新株発行については、(一) 新株発行に関する事項について商法二八〇条ノ三ノ二に定める公告又は通知がされておらず、(二) 新株発行を決議した取締役会について、取締役Dに招集の通知(同法二五九条ノ二)がされておらず、(三) 代表取締役Aが来る株主総会における自己の支配権を確立するためにしたものであると認められ、(四) 新株を引き受けた者が真実の出資をしたとはいえず、資本の実質的な充実を欠いているというのである。
 原判決は、このうち(三)及び(四)の点を理由として右新株発行を無効としたが、原審のこの判断は是認することができない。けだし、会社を代表する権限のある取締役によって行われた新株発行は、それが著しく不公正な方法によってされたものであっても有効であるから(最高裁平成二年(オ)第三九一号同六年七月一四日第一小法廷判決・裁判集民事一七二号七七一頁参照)、右(三)の点は新株発行の無効原因とならず、また、いわゆる見せ金による払込みがされた場合など新株の引受けがあったとはいえない場合であっても、取締役が共同してこれを引き受けたものとみなされるから(同法二八〇条ノ一三第一項)、新株発行が無効となるものではなく(最高裁昭和二七年(オ)第七九七号同三〇年四月一九日第三小法廷判決・民集九巻五号五一一頁参照)、右(四)の点も新株発行の無効原因とならないからである。
 しかしながら、新株発行に関する事項の公示(同法二八〇条ノ三ノ二に定める公告又は通知)は、株主が新株発行差止請求権(同法二八〇条ノ一〇)を行使する機会を保障することを目的として会社に義務付けられたものであるから(最高裁平成元年(オ)第六六六号同五年一二月一六日第一小法廷判決・民集四七巻一〇号五四二三頁参照)、新株発行に関する事項の公示を欠くことは、新株発行差止請求をしたとしても差止めの事由がないためにこれが許容されないと認められる場合でない限り、新株発行の無効原因となると解するのが相当であり、右(三)及び(四)の点に照らせば、本件において新株発行差止請求の事由がないとはいえないから、結局、本件の新株発行には、右(一)の点で無効原因があるといわなければならない。

 

議決権の代理行使

最判昭和43.11.1

 しかし、同条項は、議決権を行使する代理人の資格を制限すべき合理的な理由がある場合に、定款の規定により、相当と認められる程度の制限を加えることまでも禁止したものとは解されず、右代理人は株主にかぎる旨の所論上告会社の定款の規定は、株主総会が、株主以外の第三者によつて攪乱されることを防止し、会社の利益を保護する趣旨にでたものと認められ、合理的な理由による相当程度の制限ということができるから、右商法二三九条三項に反することなく、有効であると解するのが相当である。論旨は、右と異なる見解に立つて、原審の判断を攻撃するものであつて、採用できない。

 

重要な財産

最判平成6.1.20

 商法二六〇条二項一号【引用者注:現会社法三六二条四項一号】にいう重要な財産の処分に該当するかどうかは、当該財産の価額、その会社の総資産に占める割合、当該財産の保有目的、処分行為の態様及び会社における従来の取扱い等の事情を総合的に考慮して判断すべきものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、本件株式の帳簿価額は七八〇〇万円で、これは上告人の前記総資産四七億八六四〇万円余の約一・六パーセントに相当し、本件株式はその適正時価が把握し難くその代価いかんによっては上告人の資産及び損益に著しい影響を与え得るものであり、しかも、本件株式の譲渡は上告人の営業のため通常行われる取引に属さないのであるから、これらの事情からすると、原判決の挙示する理由をもって、本件株式の譲渡は同号にいう重要な財産の処分に当たらないとすることはできない。さらに、本件株式はEの発行済み株式の七・五六パーセントに当たり、Eは上告人の発行済み株式の一七・八六パーセントを有しているのであり、甲第一一号証によればEは平成二年五月三〇日に開催された上告人の株主総会に出席した上取締役選任に関する動議を提出したことがうかがわれるのであるから、本件株式の譲渡は上告人とEとの関係に影響を与え、上告人にとって相当な重要性を有するとみることもできる。また、甲第一〇号証によれば本件株式譲渡の翌日である同年一月一九日に開催された上告人の取締役会において本件株式及び上告人の有するG酒造株式会社の株式四〇〇株をHに譲渡することの承認決議がされたことがうかがわれ、甲第一八号証によれば昭和六三年六月一五日に上告人の取締役会でされた上告人の有する株式の譲渡承認決議は株式会社I商店の額面五〇円の株式四〇〇〇株及びJ株式会社の額面五〇円の株式一万三五〇〇株を対象とするものであることがうかがわれるのであり、上告人においてはその保有株式の譲渡については少額のものでも取締役会がその可否を決してきたものとみることもできる。

 

取締役会の決議のない取引の効力

最判昭和40.9.22

 株式会社の一定の業務執行に関する内部的意思決定をする権限が取締役会に属する場合には、代表取締役は、取締役会の決議に従つて、株式会社を代表して右業務執行に関する法律行為をすることを要する。しかし、代表取締役は、株式会社の業務に関し一切の裁判上または裁判外の行為をする権限を有する点にかんがみれば、代表取締役が、取締役会の決議を経てすることを要する対外的な個々的取引行為を、右決議を経ないでした場合でも、右取引行為は、内部的意思決定を欠くに止まるから、原則として有効であつて、ただ、相手方が右決議を経ていないことを知りまたは知り得べかりしときに限つて、無効である、と解するのが相当である。

 

忠実義務

最判昭和45.6.24(八幡製鉄政治献金事件)

 商法二五四条ノ二【引用者注:現会社法三五五条】の規定は、同法二五四条三項【引用者注:現会社法三三〇条】民法六四四条に定める善管義務を敷衍し、かつ一層明確にしたにとどまるのであつて、所論のように、通常の委任関係に伴う善管義務とは別個の、高度な義務を規定したものとは解することができない。

 

監視義務

最判昭和48.5.22

 株式会社の取締役会は会社の業務執行につき監査する地位にあるから、取締役会を構成する取締役は、会社に対し、取締役会に上程された事柄についてだけ監視するにとどまらず、代表取締役の業務執行一般につき、これを監視し、必要があれば、取締役会を自ら招集し、あるいは招集することを求め、取締役会を通じて業務執行が適正に行なわれるようにする職務を有するものと解すべきである。

 

利益相反取引と株主全員の合意

最判昭和49.9.26

 しかしながら、商法二六五条が取締役と会社との取引につき取締役会の承認を要する旨を定めている趣旨は、取締役がその地位を利用して会社と取引をし、自己又は第三者の利益をはかり、会社ひいて株主に不測の損害を蒙らせることを防止することにあると解されるところ、原審の適法に確定したところによると、Dから上告人への株式の譲渡は、Dの実質上の株主の全員であるEら前記五名の合意によつてなされたものというのであるから、このように株主全員の合意がある以上、別に取締役会の承認を要しないことは、上述のように会社の利益保護を目的とする商法二六五条の立法趣旨に照らし当然であつて、右譲渡の効力を否定することは許されないものといわなければならない。

 

利益相反取引の効力

最判昭和43.12.25

 そして、取締役が右規定に違反して、取締役会の承認を受けることなく、右の如き行為をなしたときは、本来、その行為は無効と解すべきである。このことは、同条は、取締役会の承認を受けた場合においては、民法一〇八条の規定を適用しない旨規定している反対解釈として、その承認を受けないでした行為は、民法一〇八条違反の場合と同様に、一種の無権代理人の行為として無効となることを予定しているものと解すべきであるからである。
 取締役と会社との間に直接成立すべき利益相反する取引にあつては、会社は、当該取締役に対して、取締役会の承認を受けなかつたことを理由として、その行為の無効を主張し得ることは、前述のとおり当然であるが、会社以外の第三者と取締役が会社を代表して自己のためにした取引については、取引の安全の見地より、善意の第三者を保護する必要があるから、会社は、その取引について取締役会の承認を受けなかつたことのほか、相手方である第三者が悪意(その旨を知つていること)であることを主張し、立証して始めて、その無効をその相手方である第三者に主張し得るものと解するのが相当である。

 

退職慰労金

最判昭和39.12.11

 原判決は、従来被上告会社(被控訴会社)において退職した役員に対し慰労金を与へるには、その都度株主総会の議に付し、株主総会はその金額、時期、方法を取締役会に一任し、取締役会は自由な判断によることなく、会社の業績はもちろん、退職役員の勤続年数、担当業務、功績の軽重等から割り出した一定の基準により慰労金を決定し、右決定方法は慣例となつているのであるが、辞任した常任監査役Dに対する退職慰労金に関する本件決議に当つては、右慣例によつてこれを定むべきことを黙示して右決議をなしたというのであり、右事実認定は、挙示の証拠により肯認できる。株式会社の役員に対する退職慰労金は、その在職中における職務執行の対価として支給されるものである限り、商法二八〇条、同二六九条【引用者注:現会社法三六一条】にいう報酬に含まれるものと解すべく、これにつき定款にその額の定めがない限り株主総会の決議をもつてこれを定むべきものであり、無条件に取締役会の決定に一任することは許されないこと所論のとおりであるが、被上告会社の前記退職慰労金支給決議は、その金額、支給期日、支給方法を無条件に取締役会の決定に一任した趣旨でなく、前記の如き一定の基準に従うべき趣旨であること前示のとおりである以上、株主総会においてその金額等に関する一定の枠が決定されたものというべきであるから、これをもつて同条の趣旨に反し無効の決議であるということはできない。

 

取締役の同意のない報酬減額

最判平成4.12.18

 株式会社において、定款又は株主総会の決議(株主総会において取締役報酬の総額を定め、取締役会において各取締役に対する配分を決議した場合を含む。)によって取締役の報酬額が具体的に定められた場合には、その報酬額は、会社と取締役間の契約内容となり、契約当事者である会社と取締役の双方を拘束するから、その後株主総会が当該取締役の報酬につきこれを無報酬とする旨の決議をしたとしても、当該取締役は、これに同意しない限り、右報酬の請求権を失うものではないと解するのが相当である。この理は、取締役の職務内容に著しい変更があり、それを前提に右株主総会決議がされた場合であっても異ならない。

 

善管注意義務と経営判断の原則

最判平成22.7.15(アパマンショップ株主代表訴訟)

 前記事実関係によれば,本件取引は,AをBに合併して不動産賃貸管理等の事業を担わせるという参加人のグループの事業再編計画の一環として,Aを参加人の完全子会社とする目的で行われたものであるところ,このような事業再編計画の策定は,完全子会社とすることのメリットの評価を含め,将来予測にわたる経営上の専門的判断にゆだねられていると解される。そして,この場合における株式取得の方法や価格についても,取締役において,株式の評価額のほか,取得の必要性,参加人の財務上の負担,株式の取得を円滑に進める必要性の程度等をも総合考慮して決定することができ,その決定の過程,内容に著しく不合理な点がない限り,取締役としての善管注意義務に違反するものではないと解すべきである。
 以上の見地からすると,参加人がAの株式を任意の合意に基づいて買い取ることは,円滑に株式取得を進める方法として合理性があるというべきであるし,その買取価格についても,Aの設立から5年が経過しているにすぎないことからすれば,払込金額である5万円を基準とすることには,一般的にみて相応の合理性がないわけではなく,参加人以外のAの株主には参加人が事業の遂行上重要であると考えていた加盟店等が含まれており,買取りを円満に進めてそれらの加盟店等との友好関係を維持することが今後における参加人及びその傘下のグループ企業各社の事業遂行のために有益であったことや,非上場株式であるAの株式の評価額には相当の幅があり,事業再編の効果によるAの企業価値の増加も期待できたことからすれば,株式交換に備えて算定されたAの株式の評価額や実際の交換比率が前記のようなものであったとしても,買取価格を1株当たり5万円と決定したことが著しく不合理であるとはいい難い。そして,本件決定に至る過程においては,参加人及びその傘下のグループ企業各社の全般的な経営方針等を協議する機関である経営会議において検討され,弁護士の意見も聴取されるなどの手続が履践されているのであって,その決定過程にも,何ら不合理な点は見当たらない。
 以上によれば,本件決定についての上告人らの判断は,参加人の取締役の判断として著しく不合理なものということはできないから,上告人らが,参加人の取締役としての善管注意義務に違反したということはできない。

 

取引債務と取締役の責任

最判平成21.3.10

 昭和25年法律第167号により導入された商法267条【引用者注:現会社法八四七条】所定の株主代表訴訟の制度は,取締役が会社に対して責任を負う場合,役員相互間の特殊な関係から会社による取締役の責任追及が行われないおそれがあるので,会社や株主の利益を保護するため,会社が取締役の責任追及の訴えを提起しないときは,株主が同訴えを提起することができることとしたものと解される。そして,会社が取締役の責任追及をけ怠するおそれがあるのは,取締役の地位に基づく責任が追及される場合に限られないこと,同法266条1項3号は,取締役が会社を代表して他の取締役に金銭を貸し付け,その弁済がされないときは,会社を代表した取締役が会社に対し連帯して責任を負う旨定めているところ,株主代表訴訟の対象が取締役の地位に基づく責任に限られるとすると,会社を代表した取締役の責任は株主代表訴訟の対象となるが,同取締役の責任よりも重いというべき貸付けを受けた取締役の取引上の債務についての責任は株主代表訴訟の対象とならないことになり,均衡を欠くこと,取締役は,このような会社との取引によって負担することになった債務(以下「取締役の会社に対する取引債務」という。)についても,会社に対して忠実に履行すべき義務を負うと解されることなどにかんがみると,同法267条1項にいう「取締役ノ責任」には,取締役の地位に基づく責任のほか,取締役の会社に対する取引債務についての責任も含まれると解するのが相当である。

 

429条の第三者に対する責任

最判昭和44.11.26

 しかし、法は、株式会社が経済社会において重要な地位を占めていること、しかも株式会社の活動はその機関である取締役の職務執行に依存するものであることを考慮して、第三者保護の立場から、取締役において悪意または重大な過失により右義務に違反し、これによつて第三者に損害を被らせたときは、取締役の任務懈怠の行為と第三者の損害との間に相当の因果関係があるかぎり、会社がこれによつて損害を被つた結果、ひいて第三者に損害を生じた場合であると、直接第三者が損害を被つた場合であるとを問うことなく、当該取締役が直接に第三者に対し損害賠償の責に任ずべきことを規定したのである。
 このことは、現行法が、取締役において法令または定款に違反する行為をしたときは第三者に対し損害賠償の責に任ずる旨定めていた旧規定(昭和二五年法律第十六七号による改正前の商法二六六条二項)を改め、右取締役の責任の客観的要件については、会社に対する義務違反があれば足りるものとしてこれを拡張し、主観的要件については、重過失を要するものとするに至つた立法の沿革に徴して明らかであるばかりでなく、発起人の責任に関する商法一九三条および合名会社の清算人の責任に関する同法一三四条ノ二の諸規定と対比しても十分に首肯することができる。
 したがつて、以上のことは、取締役がその職務を行なうにつき故意または過失により直接第三者に損害を加えた場合に、一般不法行為の規定によつて、その損害を賠償する義務を負うことを妨げるものではないが、取締役の任務懈怠により損害を受けた第三者としては、その任務懈怠につき取締役の悪意または重大な過失を主張し立証しさえすれば、自己に対する加害につき故意または過失のあることを主張し立証するまでもなく、商法二六六条ノ三の規定により、取締役に対し損害の賠償を求めることができるわけであり、また、同条の規定に基づいて第三者が取締役に対し損害の賠償を求めることができるのは、取締役の第三者への加害に対する故意または過失を前提として会社自体が民法四四条の規定によつて第三者に対し損害の賠償義務を負う場合に限る必要もないわけである。

 

429条と登記簿上の取締役

最判昭和62.4.16

 株式会社の取締役を辞任した者は、辞任したにもかかわらずなお積極的に取締役として対外的又は内部的な行為をあえてした場合を除いては、辞任登記が未了であることによりその者が取締役であると信じて当該株式会社と取引した第三者に対しても、商法(昭和五六年法律第七四号による改正前のもの、以下同じ。)二六六条ノ三第一項前段【引用者注:現会社法四二九条一項】に基づく損害賠償責任を負わないものというべきである(最高裁昭和三三年(オ)第三七〇号同三七年八月二八日第三小法廷判決・裁判集民事六二号二七三頁参照)が、右の取締役を辞任した者が、登記申請権者である当該株式会社の代表者に対し、辞任登記を申請しないで不実の登記を残存させることにつき明示的に承諾を与えていたなどの特段の事情が存在する場合には、右の取締役を辞任した者は、同法一四条【引用者注:現会社法九〇八条二項】の類推適用により、善意の第三者に対して当該株式会社の取締役でないことをもつて対抗することができない結果、同法二六六条ノ三第一項前段にいう取締役として所定の責任を免れることはできないものと解するのが相当である。

 

見せ金

最判昭和38.12.6

 よつて審案するに株式の払込は、株式会社の設立にあたつてその営業活動の基盤たる資本の充実を計ることを目的とするものであるから、これにより現実に営業活動の資金が獲得されなければならないものであつて、このことは、現実の払込確保のため商法が幾多の規定を設けていることに徴しても明らかなところである。従つて、当初から真実の株式の払込として会社資金を確保するの意図なく、一時的の借入金を以て単に払込の外形を整え、株式会社成立の手続後直ちに右払込金を払い戻してこれを借入先に返済する場合の如きは、右会社の営業資金はなんら確保されたことにはならないのであつて、かかる払込は、単に外見上株式払込の形式こそ備えているが、実質的には到底払込があつたものとは解し得ず、払込としての効力を有しないものといわなければならない。しかして本件についてこれを見るに、原判決の確定するところによれば、訴外D株式会社は資本金二〇〇万円全額払込ずみの株式会社として昭和二四年一一月五日その設立登記を経由したものであるが、被上告人Bは、発起人総代として同じく発起人たるその余の被上告人らから、設立事務一切を委任されて担当し、株式払込については、被上告人Bが主債務者としてその余の被上告人らのため一括して訴外E銀行Gから金二〇〇万円を借り受け、その後右金二〇〇万円を払込取扱銀行である右銀行支店に株式払込金として一括払い込み、同支店から払込金保管証明書の発行を得て設立登記手続を進め、右手続を終えて会社成立後、同会社は右銀行支店から株金二〇〇万円の払戻を受けた上、被上告人Bに右金二〇〇万円を貸し付け、同被上告人はこれを同銀行支店に対する前記借入金二〇〇万円の債務の弁済にあてたというのであつて、会社成立後前記借入金を返済するまでの期間の長短、右払戻金が会社資金として運用された事実の有無、或は右借入金の返済が会社の資金関係に及ぼす影響の有無等、その如何によつては本件株式の払込が実質的には会社の資金とするの意図なく単に払込の外形を装つたに過ぎないものであり、従つて株式の払込としての効力を有しないものではないかとの疑いがあるのみならず、むしろ記録によれば、被上告人Bの前記銀行支店に対する借入金二〇〇万円の弁済は会社成立後間もない時期であつて、右株式払込金が実質的に会社の資金として確保されたものではない事情が窺われないでもない。然るに、原審がかかる事情につきなんら審理を尽さず、従つてなんら特段の事情を判示することなく、本件株式の払込につき単にその外形のみに着目してこれを有効な払込と認めて被上告人らの本件株式払込責任を否定したのは、審理不尽理由不備の違法があるものといわざるを得ず、その結果は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は、その余の論点に対する判断を俟つまでもなく、破棄を免れない。

 

株主総会決議を経ない事業譲渡の効力

最判昭和61.9.11

 1 原審の確定した右の事実関係によれば、Dが被上告会社との間で締結した本件営業譲渡契約は、その契約の実質的な目的及び内容等にかんがみるならば、Dが上告会社の発起人組合の代表者として設立中の上告会社のために会社の設立を停止条件としてした積極消極両財産を含む営業財産を取得する旨の契約であると認められるから、本件営業譲渡契約は、商法一六八条一項六号【引用者注:現会社法二八条二項】の定める財産引受に当たるものというべきである。そうすると、本件営業譲渡契約は、上告会社の原始定款に同号所定の事項が記載されているのでなければ、無効であり、しかも、同条項が無効と定めるのは、広く株主・債権者等の会社の利害関係人の保護を目的とするものであるから、本件営業譲渡契約は何人との関係においても常に無効であつて、設立後の上告会社が追認したとしても、あるいは上告会社が譲渡代金債務の一部を履行し、譲り受けた目的物について使用若しくは消費、収益、処分又は権利の行使などしたとしても、これによつて有効となりうるものではないと解すべきであるところ、原審の確定したところによると、右の所定事項は記載されていないというのであるから、本件営業譲渡契約は無効であつて、契約の当事者である上告会社は、特段の事情のない限り、右の無効をいつでも主張することができるものというべきである。
 2 つぎに、本件営業譲渡契約が譲渡の目的としたものは、原審の確定したところによると、たばこ製造機械・小型デイーゼルエンジンの製造販売を目的とする被上告会社の有する三工場のうち専ら小型デイーゼルエンジンの製造販売に当たつていたE工場の営業一切であるというのであるから、商法二四五条一項一号【引用者注:現会社法四六七条一項二号】にいう営業の「重要ナル一部」に当たるものというべきである。そうすると、本件営業譲渡契約は、譲渡をした被上告会社が商法二四五条一項に基づき同法三四三条【引用者注:現会社法三〇九条】に定める株主総会の特別決議によつてこれを承認する手続を経由しているのでなければ、無効であり、しかも、その無効は、原始定款に記載のない財産引受と同様、広く株主・債権者等の会社の利害関係人の保護を目的とするものであるから、本件営業譲渡契約は何人との関係においても常に無効であると解すべきである。しかるところ、原審の確定したところによると、本件営業譲渡契約については事前又は事後においても右の株主総会による承認の手続をしていないというのであるから、これによつても、本件営業譲渡契約は無効であるというべきである。そして、営業譲渡が譲渡会社の株主総会による承認の手続をしないことによつて無効である場合、譲渡会社、譲渡会社の株主・債権者等の会社の利害関係人のほか、譲受会社もまた右の無効を主張することができるものと解するのが相当である。けだし、譲渡会社ないしその利害関係人のみが右の無効を主張することができ、譲受会社がこれを主張することができないとすると、譲受会社は、譲渡会社ないしその利害関係人が無効を主張するまで営業譲渡を有効なものと扱うことを余儀なくされるなど著しく不安定な立場におかれることになるからである。したがつて、譲受会社である上告会社は、特段の事情のない限り、本件営業譲渡契約について右の無効をいつでも主張することができるものというべきである。
 3 そこで、上告会社に本件営業譲渡契約の無効を主張することができない特段の事情があるかどうかについて検討するに、原審の確定した事実関係によれば、被上告会社は本件営業譲渡契約に基づく債務をすべて履行ずみであり、他方上告会社は右の履行について苦情を申し出たことがなく、また、上告会社は、本件営業譲渡契約が有効であることを前提に、被上告会社に対し本件営業譲渡契約に基づく自己の債務を承認し、その履行として譲渡代金の一部を弁済し、かつ、譲り受けた製品・原材料等を販売又は消費し、しかも、上告会社は、原始定款に所定事項の記載がないことを理由とする無効事由については契約後約九年、株主総会の承認手続を経由していないことを理由とする無効事由については契約後約二〇年を経て、初めて主張するに至つたものであり、両会社の株主・債権者等の会社の利害関係人が右の理由に基づき本件営業譲渡契約が無効であるなどとして問題にしたことは全くなかつた、というのであるから、上告会社が本件営業譲渡契約について商法一六八条一項六号又は二四五条一項一号の規定違反を理由にその無効を主張することは、法が本来予定した上告会社又は被上告会社の株主・債権者等の利害関係人の利益を保護するという意図に基づいたものとは認められず、右違反に籍口して、専ら、既に遅滞に陥つた本件営業譲渡契約に基づく自己の残債務の履行を拒むためのものであると認められ、信義則に反し許されないものといわなければならない。したがつて、上告会社が本件営業譲渡契約について商法の右各規定の違反を理由として無効を主張することは、これを許さない特段の事情があるというべきである。

 

商人資格の取得時期

最判昭和33.6.19

 原判決が、所論摘録のとおり説示を附加し、また、原判決の引用した第一審判決が、所論摘録のとおり認定したことは、所論のとおりである。そして、右認定によれば、第一審被告Dは、上告人等組合のために被上告人に対し判示共同事業を説明して判示契約を申込み、被上告人もまた該共同事業を発展せしめうる助けになるならばと好意的に上告人等の本件申込を承諾したというのである。従つて、かかる事実関係の下において、原判決が本件担保利用契約を控訴人等(上告人等)の営業の準備行為と認め且つ特定の営業を開始する目的で、その準備行為をなした者は、その行為により営業を開始する意思を実現したものでこれにより商人たる資格を取得すべく、その準備行為もまた商人がその営業のためにする行為として商行為となるものとした判断は、正当であつて、論旨はすべて採るを得ない。

 

約款

最判昭和42.10.24

 そして保険契約者が、保険会社の普通保険約款を承認のうえ保険契約を申し込む旨の文言が記載されている保険契約の申込書を作成して保険契約を締結したときば、反証のないかぎり、たとい保険契約者が盲目であつて、右約款の内容を告げられず、これを知らなかつたとしても、なお右約款による意思があつたものと推定すべきものであるから、本件において、上告人Aが作成したものであることについて争いがない甲第一号証の一ないし四(各火災保険契約の申込書)に被上告人らの火災保険普通保険約款を承認のうえ火災保険契約を申し込む旨の文言が印刷されている事実を適法に確定し、右約款の規定は、本件各火災保険契約の内容をなすものであるとした原審の判断は相当である。

 

商事代理

最判昭和43.4.24

 民法は、法律行為の代理について、代理人が本人のためにすることを示して意思表示をしなければ、本人に対しその効力を生じないものとして、いわゆる顕名主義を採用している(同法九九条一項)が、商法は、本人のための商行為の代理については、代理人が本人のためにすることを示さなくても、その行為は本人に対して効力を生ずるものとして、顕名主義に対する例外を認めている(同法五〇四条本文)のである。これは、営業主が商業使用人を使用して大量的、継続的取引をするのを通常とする商取引において、いちいち、本人の名を示すことは煩雑であり、取引の敏活を害する虞れがある一方、相手方においても、その取引が営業主のためされたものであることを知つている場合が多い等の事由により、簡易、迅速を期する便宜のために、とくに商行為の代理について認められた例外であると解される。
 しかし、この非顕名主義を徹底させるときは、相手方が本人のためにすることを知らなかつた場合に代理人を本人と信じて取引をした相手方に不測の損害を及ぼす虞れがないとはいえず、かような場合の相手方を保護するため、同条但書は、相手方は代理人に対して履行の請求をすることを妨げないと規定して、相手方の救済を図り、もつて関係当事者間の利害を妥当に調和させているのである。そして、右但書は善意の相手方を保護しようとする趣旨であるが、自らの過失により本人のためにすることを知らなかつた相手方までも保護する必要はないものというべく、したがつて、かような過失ある相手方は、右但書の相手方に包含しないものと解するのが相当である。
 かように、代理人に対して履行の請求をすることを妨げないとしている趣旨は、本人と相手方との間には、すでに同条本文の規定によつて、代理に基づく法律関係が生じているのであるが、相手方において、代理人が本人のためにすることを知らなかつたとき(過失により知らなかつたときを除く)は、相手方保護のため、相手方と代理人との間にも右と同一の法律関係が生ずるものとし、相手方は、その選択に従い、本人との法律関係を否定し、代理人との法律関係を主張することを許容したものと解するのが相当であり、相手方が代理人との法律関係を主張したときは、本人は、もはや相手方に対し、右本人相手方間の法律関係の存在を主張することはできないものと解すべきである。もとより、相手方が代理人に対し同人との法律関係を主張するについては、相手方において、本人のためにすることを知らなかつたことを主張し、立証する責任があり、また、代理人において、相手方が本人のためにすることを過失により知らなかつたことを主張し、立証したときは、代理人はその責任を免れるものと解するのが相当である。

 

報酬請求権

最判昭和44.6.26

 一般に、宅地建物取引業者は、商法五四三条にいう「他人間ノ商行為ノ媒介」を業とする者ではないから、いわゆる商事仲立人ではなく、民事仲立人ではあるが、同法五〇二条一一号にいう「仲立ニ関スル行為」を営業とする者であるから同法四条一項の定めるところにより商人であることはいうまでもなく、他に特段の事情のない本件においては、上告人もその例外となるものではない。(なお、論旨は、媒介の委託を準委任ではないというが、これは法律行為でない事務の委託であるから民法六五六条に定める準委任たる性質を有するものである。)しかしながら、上告人は、前示のように被上告人の委託により、または同人のためにする意思をもつて、本件売買の媒介をしたものではないのであるから、被上告人に対し同法五一二条の規定により右媒介につき報酬請求権を取得できるものではなく、また同法五五〇条の規定の適用をみる余地はないものといわなければならない。なお、宅地建物取引業法一七条の規定は、宅地建物取引業者の受ける報酬額の最高限度に関するものであつて、その報酬請求権発生の根拠となるものではない。

 

運送の損害賠償責任と不法行為

最判昭和38.11.5

 論旨は、前記の場合債務不履行に基づく賠償請求権に不法行為に基づく賠償請求権が競合することを認めうるとしても、これが認められるのは、運送取扱人ないし運送人の側に故意又は重過失の存する場合に限られるべきであるのに、原判決は、故意にあらざることを判示しながら、右過失の軽重につき何ら判示することなく、たやすく不法行為に基づく賠償請求権の成立を認めたのは違法であると主張する。
 しかし、右請求権の競合が認められるには、運送取扱人ないし運送人の側に過失あるをもつて足り、必ずしも故意又は重過失の存することを要するものではない。

 

倉庫証券の要因性と文言性

最判昭和44.4.15

原審の確定したところによれば、本件各倉荷証券には、倉庫証券約款として、「受寄物の内容を検査することが不適当なものについては、その種類、品質および数量を記載しても当会社(被上告人)はその責に任じない」旨の免責条項の記載があつたというのであるが、右免責条項の効力を認めたうえ、倉庫営業者は、該証券に表示された荷造りの方法、受寄物の種類からみて、その内容を検査することが容易でなく、または荷造りを解いて内容を検査することによりその品質または価格に影響を及ぼすことが、一般取引の通念に照らして、明らかな場合にかぎり、右免責条項を援用して証券の所持人に対する文言上の責任を免れうると解すべきものとした原審の判断、ならびに原審の確定した事実関係(その事実認定は、原判決挙示の証拠関係によつて首肯するに足りる。)に照らせば、本件各証券に表象された木函入り緑茶は、その荷造りの方法および品物の種類からみて、一般取引の通念上、内容を検査することが不適当なものに該当する旨の原審の判断は、ともに正当として是認しうるものである。

 

手形と錯誤

最判昭和54.9.6

 ところで、手形の裏書は、裏書人が手形であることを認識してその裏書人欄に署名又は記名捺印した以上、裏書としては有効に成立するのであつて、裏書人は、錯誤その他の事情によつて手形債務負担の具体的な意思がなかつた場合でも、手形の記載内容に応じた償還義務の負担を免れることはできないが、右手形債務負担の意思がないことを知つて手形を取得した悪意の取得者に対する関係においては、裏書人は人的抗弁として償還義務の履行を拒むことができるものと解するのが相当であり、被上告人の前記主張も、右のような趣旨に帰着するものと解される。そこで、被上告人は、錯誤によつて手形債務負担の意思がなかつたことを理由にして本件手形金全部の償還義務の履行を拒むことができるかどうかであるが、前記のように、被上告人が金額一五〇〇万円の本件手形を金額一五〇万円の手形と誤信して裏書したものであるとすれば、被上告人には、本件手形金のうち一五〇万円を超える部分については手形債務負担の意思がなかつたとしても、一五〇万円以下の部分については必ずしも手形債務負担の意思がなかつたとはいえず、しかも、本来金銭債務はその性質上可分なものであるから、少なくとも裏書に伴う債務負担に関する限り、本件手形の裏書についての被上告人の錯誤は、本件手形金のうち一五〇万円を超える部分についてのみ存し、その余の部分については錯誤はなかつたものと解する余地があり、そうとすれば、特段の事情のない限り、被上告人が悪意の取得者に対する関係で錯誤を理由にして本件手形金の償還義務の履行を拒むことができるのは、本件手形金のうち一五〇万円を超える部分についてだけであつて、その全部についてではないものといわなければならない(手形の一部裏書を禁止した手形法一二条二項の規定は、上記の解釈を妨げるものではない。)。

 

手形と代理

最判昭和36.12.12

 しかしながら、約束手形が代理人によりその権限を踰越して振出された場合、民法一一〇条によりこれを有効とするには、受取人が右代理人に振出の権限あるものと信ずべき正当の理由あるときに限るものであつて、かゝる事由のないときは、縦令、その後の手形所持人が、右代理人にかゝる権限あるものと信ずべき正当の理由を有して居つたものとしても、同条を適用して、右所持人に対し振出人をして手形上の責任を負担せしめ得ないものであることは、大審院判例(大審院大正一三年(オ)第六〇一号、同一四年三月一二日判決、同院民集四巻一二〇頁)の示す所であつて、いま、これを改める要はない。

 

手形の偽造

最判昭和27.10.21

手形の被偽造者は偽造手形により何ら手形上の義務を負うものではなく、このことは被偽造者に重大な過失があつたと否と、また受取人が善意であつたと否とにかかわらない。更に所論のような手形の社会上の地位もこの原則を左右するものではない。論旨は右と異なる独自の見解に立脚し、又は判旨に添わない主張をなすものであるから、いずれの点も採用することができない。

 

融通手形

最判昭和34.7.14

 論旨は、原判決には手形法一七条但書の解釈適用を誤つた違法があると主張する。しかし、所論原判示のいわゆる融通手形なるものは、被融通者をして該手形を利用して金銭を得もしくは得たと同一の効果を受けさせるためのものであるから、該手形を振出したものは、被融通者から直接請求のあつた場合に当事者間の合意の趣旨にしたがい支払いを拒絶することができるのは格別、その手形が利用されて被融通者以外の人の手に渡り、その者が手形所持人として支払いを求めて来た場合には、手形振出人として手形上の責任を負わなければならないこと当然であり、融通手形であるの故をもつて、支払いを拒絶することはできない。しかも、このことは、手形振出人になんら手形上の責任を負わせない等当事者間の特段の合意があり所持人がかゝる合意の存在を知つて手形を取得したような場合は格別、その手形所持人が単に原判示のような融通手形であることを知つていたと否とにより異るところはないのである。しからば、本件手形二通はいずれもいわゆる融通手形であることを認定し、右と同趣旨の理由で上告人の所論悪意の抗弁を排斥した原判決の判断は正当であり、所論は理由がない。その他の主張は、原判決の右の判断が正当である以上、その前提を欠くことに帰し、採用し得ない。

 

善意者と戻裏書

最判昭和40.4.9

 しかし、本件にあつては、善意の取得者たる前示銀行から裏書譲渡を受けたEは、もともと右銀行に対し本件手形を裏書譲渡したものであり、更に同銀行より戻裏書を受けた関係にあるから、事実関係が原判決参照の前記判例の場合と異るものといわねばならない。手形の振出人が手形所持人に対して直接対抗し得べき事由を有する以上、その所持人が該手形を善意の第三者に裏書譲渡した後、戻裏書により再び所持人となつた場合といえども、その手形取得者は、その裏書譲渡以前にすでに振出人から抗弁の対抗を受ける地位にあつたのであるから、当該手形がその後善意者を経て戻裏書により受け戻されたからといつて、手形上の権利行使について、自己の裏書譲渡前の法律的地位よりも有利な地位を取得すると解しなければならない理はない。それ故、本件にあつては、振出人たる上告人は、戻裏書により再び所持人となつたEに抗弁事由を対抗できるものといわねばならず、Eから被上告人に対する裏書譲渡が隠れた取立委任によるものであるとすれば被上告人に対してもこれを対抗しうることになるわけである。(当裁判所昭和三六年(オ)第一二七〇号同三九年一〇月一六日第二小法廷判決参照)。

 

 



民事訴訟法論証集のための判例引用リンク集

非訴事件

最決昭和40.6.30

 憲法八二条は「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ」旨規定する。そして如何なる事項を公開の法廷における対審及び判決によつて裁判すべきかについて、憲法は何ら規定を設けていない。しかし、法律上の実体的権利義務自体につき争があり、これを確定するには、公開の法廷における対審及び判決によるべきものと解する。けだし、法律上の実体的権利義務自体を確定することが固有の司法権の主たる作用であり、かかる争訟を非訟事件手続または審判事件手続により、決定の形式を以て裁判することは、前記憲法の規定を回避することになり、立法を以てしても許されざるところであると解すべきであるからである。
 家事審判法九条一項乙類は、夫婦の同居その他夫婦間の協力扶助に関する事件を婚姻費用の分担、財産分与、扶養、遺産分割等の事件と共に、審判事項として審判手続により審判の形式を以て裁判すべき旨規定している。その趣旨とするところは、夫婦同居の義務その他前記の親族法、相続法上の権利義務は、多分に倫理的、道義的な要素を含む身分関係のものであるから、一般訴訟事件の如く当事者の対立抗争の形式による弁論主義によることを避け、先ず当事者の協議により解決せしめるため調停を試み、調停不成立の場合に審判手続に移し、非公開にて審理を進め、職権を以て事実の探知及び必要な証拠調を行わしめるなど、訴訟事件に比し簡易迅速に処理せしめることとし、更に決定の一種である審判の形式により裁判せしめることが、かかる身分関係の事件の処理としてふさわしいと考えたものであると解する。しかし、前記同居義務等は多分に倫理的、道義的な要素を含むとはいえ、法律上の実体的権利義務であることは否定できないところであるから、かかる権利義務自体を終局的に確定するには公開の法廷における対審及び判決によつて為すべきものと解せられる(旧人事訴訟手続法〔家事審判法施行法による改正前のもの〕一条一項参照)。従つて前記の審判は夫婦同居の義務等の実体的権利義務自体を確定する趣旨のものではなく、これら実体的権利義務の存することを前提として、例えば夫婦の同居についていえば、その同居の時期、場所、態様等について具体的内容を定める処分であり、また必要に応じてこれに基づき給付を命ずる処分であると解するのが相当である。けだし、民法は同居の時期、場所、態様について一定の基準を規定していないのであるから、家庭裁判所が後見的立場から、合目的の見地に立つて、裁量権を行使してその具体的内容を形成することが必要であり、かかる裁判こそは、本質的に非訟事件の裁判であつて、公開の法廷における対審及び判決によつて為すことを要しないものであるからである。すなわち、家事審判法による審判は形成的効力を有し、また、これに基づき給付を命じた場合には、執行力ある債務名義と同一の効力を有するものであることは同法一五条の明定するところであるが、同法二五条三項の調停に代わる審判が確定した場合には、これに確定判決と同一の効力を認めているところより考察するときは、その他の審判については確定判決と同一の効力を認めない立法の趣旨と解せられる。然りとすれば、審判確定後は、審判の形成的効力については争いえないところであるが、その前提たる同居義務等自体については公開の法廷における対審及び判決を求める途が閉ざされているわけではない。従つて、同法の審判に関する規定は何ら憲法八二条、三二条に牴触するものとはいい難く、また、これに従つて為した原決定にも違憲の廉はない。それ故、違憲を主張する論旨は理由がなく、その余の論旨は原決定の違憲を主張するものではないから、特別抗告の理由にあたらない。

 

忌避

最判昭和30.1.28

 原審における裁判長たる裁判官が、原審における被上告組合の訴訟代理人の女壻であるからといつて、右の事実は民訴三五条所定事項に該当せず、又これがため直ちに民訴三七条にいわゆる裁判官につき裁判の公正を妨ぐべき事情があるものとはいえないから、所論は理由がない。

 

死者名義訴訟の承継

最判昭和51.3.15

 本件記録によると、(一)被上告人の先代Dから昭和四三年一二月二七日適法に訴訟委任を受けた弁護士佐治良三ほか四名の訴訟代理人が、同月三〇日Dが死亡したことを知らずに、昭和四四年三月一一日亡Dを原告、上告人を被告と表示した本件訴状を第一審裁判所へ提出し、これが上告人に送達されたこと、(二)同年五月一三日亡Dの相続人たる被上告人ほか二名からの申立により第一審裁判所が被上告人ほか二名の原告としての訴訟承継を認めて審理判決したこと、(三)原審において、遺産分割の結果被上告人だけが本件土地の権利を承継したので被上告人以外の当事者が訴を取り下げ、上告人がこれに同意したこと、がそれぞれ認められる。このような事実関係のもとにおいては、民訴法八五条【引用者注:現五八条】、二〇八条【引用者注:現一二四条】の規定を類推適用して、本訴提起は適法なものであり、亡Dの相続人において本訴を承継したものと解するのが相当である。したがつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は、叙上と反する独自の見解を主張するものにすぎず、採用することができない。

 

法人格のない団体(権利能力なき社団)

最判昭和39.10.15(引揚者更生生活協同組合連盟杉並支部事件)

 法人格を有しない社団すなわち権利能力のない社団については、民訴四六条【引用者注:現二九条】がこれについて規定するほか実定法上何ら明文がないけれども、権利能力のない社団といいうるためには、団体としての組織をそなえ、そこには多数決の原則が行なわれ、構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続し、しかしてその組織によつて代表の方法、総会の運営、財産の管理その他団体としての主要な点が確定しているものでなければならないのである。しかして、このような権利能力のない社団の資産は構成員に総有的に帰属する。そして権利能力のない社団は「権利能力のない」社団でありながら、その代表者によつてその社団の名において構成員全体のため権利を取得し、義務を負担するのであるが、社団の名において行なわれるのは、一々すべての構成員の氏名を列挙することの煩を避けるために外ならない(従つて登記の場合、権利者自体の名を登記することを要し、権利能力なき社団においては、その実質的権利者たる構成員全部の名を登記できない結果として、その代表者名義をもつて不動産登記簿に登記するよりほかに方法がないのである。)。

 

訴訟代理権と和解

最判昭和38.2.21

 原審が当事者間に争いのない事実として確定したところによれば、本件においていわゆる前事件(徳島地方裁判所富岡支部昭和三元年(ワ)第一八号貸金請求事件)において上告人が訴訟代理人弁護士埴渕可雄に対し民訴八一条二項【引用者注:現五五条二項】所定の和解の権限を授与し、かつ、右委任状(書面)が前事件の裁判所に提出されているというのである。また原審が適法に認定したところによれば、右前事件は、前事件原告(本件被上告人先代)Dから前事件被告(本件控訴人、上告人)に対する金銭債権に関する事件であり、この弁済期日を延期し、かつ分割払いとするかわりに、その担保として上告人所有の不動産について、被上告人先代のために抵当権の設定がなされたものであつて、このような抵当権の設定は、訴訟物に関する互譲の一方法としてなされたものであることがうかがえるのである。しからば、右のような事実関係の下においては、前記埴渕弁護士が授権された和解の代理権限のうちに右抵当権設定契約をなす権限も包含されていたものと解するのが相当であつて、これと同趣旨に出た原判決の判断は、正当であり、この点に関する原判決の説示はこれを是認することができる。

 

形式的形成訴訟

最判平成7.3.7

 しかしながら、境界確定を求める訴えは、公簿上特定の地番により表示される甲乙両地が相隣接する場合において、その境界が事実上不明なため争いがあるときに、裁判によって新たにその境界を定めることを求める訴えであって、裁判所が境界を定めるに当たっては、当事者の主張に拘束されず、控訴された場合も民訴法三八五条【引用者注:現三〇四条】の不利益変更禁止の原則の適用もない(最高裁昭和三七年(オ)第九三八号同三八年一〇月一五日第三小法廷判決・民集一七巻九号一二二〇頁参照)。右訴えは、もとより土地所有権確認の訴えとその性質を異にするが、その当事者適格を定めるに当たっては、何ぴとをしてその名において訴訟を追行させ、また何ぴとに対し本案の判決をすることが必要かつ有意義であるかの観点から決すべきであるから、相隣接する土地の各所有者が、境界を確定するについて最も密接な利害を有する者として、その当事者となるのである。したがって、右の訴えにおいて、甲地のうち境界の全部に接続する部分を乙地の所有者が時効取得した場合においても、甲乙両地の各所有者は、境界に争いがある隣接土地の所有者同士という関係にあることに変わりはなく、境界確定の訴えの当事者適格を失わない。なお、隣接地の所有者が他方の土地の一部を時効取得した場合も、これを第三者に対抗するためには登記を具備することが必要であるところ、右取得に係る土地の範囲は、両土地の境界が明確にされることによって定まる関係にあるから、登記の前提として時効取得に係る土地部分を分筆するためにも両土地の境界の確定が必要となるのである(最高裁昭和五七年(オ)第九七号同五八年一〇月一八日第三小法廷判決・民集三七巻八号一一二一頁参照)。

 

将来の給付の訴え

最判昭和56.12.16(大阪国際空港事件)

 民訴法二二六条【引用者注:現一三五条】はあらかじめ請求する必要があることを条件として将来の給付の訴えを許容しているが、同条は、およそ将来に生ずる可能性のある給付請求権のすべてについて前記の要件のもとに将来の給付の訴えを認めたものではなく、主として、いわゆる期限付請求権や条件付請求権のように、既に権利発生の基礎をなす事実上及び法律上の関係が存在し、ただ、これに基づく具体的な給付義務の成立が将来における一定の時期の到来や債権者において立証を必要としないか又は容易に立証しうる別の一定の事実の発生にかかつているにすぎず、将来具体的な給付義務が成立したときに改めて訴訟により右請求権成立のすべての要件の存在を立証することを必要としないと考えられるようなものについて、例外として将来の給付の訴えによる請求を可能ならしめたにすぎないものと解される。このような規定の趣旨に照らすと、継続的不法行為に基づき将来発生すべき損害賠償請求権についても、例えば不動産の不法占有者に対して明渡義務の履行完了までの賃料相当額の損害金の支払を訴求する場合のように、右請求権の基礎となるべき事実関係及び法律関係が既に存在し、その継続が予測されるとともに、右請求権の成否及びその内容につき債務者に有利な影響を生ずるような将来における事情の変動としては、債務者による占有の廃止、新たな占有権原の取得等のあらかじめ明確に予測しうる事由に限られ、しかもこれについては請求異議の訴えによりその発生を証明してのみ執行を阻止しうるという負担を債務者に課しても格別不当とはいえない点において前記の期限付債権等と同視しうるような場合には、これにつき将来の給付の訴えを許しても格別支障があるとはいえない。しかし、たとえ同一態様の行為が将来も継続されることが予測される場合であつても、それが現在と同様に不法行為を構成するか否か及び賠償すべき損害の範囲いかん等が流動性をもつ今後の複雑な事実関係の展開とそれらに対する法的評価に左右されるなど、損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することができず、具体的に請求権が成立したとされる時点においてはじめてこれを認定することができるとともに、その場合における権利の成立要件の具備については当然に債権者においてこれを立証すべく、事情の変動を専ら債務者の立証すべき新たな権利成立阻却事由の発生としてとらえてその負担を債務者に課するのは不当であると考えられるようなものについては、前記の不動産の継続的不法占有の場合とはとうてい同一に論ずることはできず、かかる将来の損害賠償請求権については、冒頭に説示したとおり、本来例外的にのみ認められる将来の給付の訴えにおける請求権としての適格を有するものとすることはできないと解するのが相当である。

 

確認の利益

最判昭和47.2.15

 よつて按ずるに、いわゆる遺言無効確認の訴は、遺言が無効であることを確認するとの請求の趣旨のもとに提起されるから、形式上過去の法律行為の確認を求めることとなるが、請求の趣旨がかかる形式をとつていても、遺言が有効であるとすれば、それから生ずべき現在の特定の法律関係が存在しないことの確認を求めるものと解される場合で、原告がかかる確認を求めるにつき法律上の利益を有するときは、適法として許容されうるものと解するのが相当である。けだし、右の如き場合には、請求の趣旨を、あえて遺言から生ずべき現在の個別的法律関係に還元して表現するまでもなく、いかなる権利関係につき審理判断するかについて明確さを欠くことはなく、また、判決において、端的に、当事者間の紛争の直接的な対象である基本的法律行為たる遺言の無効の当否を判示することによつて、確認訴訟のもつ紛争解決機能が果たされることが明らかだからである。

 

形成の訴えの利益の喪失

最判昭和58.6.7

 株主総会決議取消の訴えのような形成の訴えは、法律に規定のある場合に限つて許される訴えであるから、法律の規定する要件を充たす場合には訴えの利益の存するのが通常であるけれども、その後の事情の変化により右利益を喪失するに至る場合のあることは否定しえないところである。しかして、被上告人らの上告人に対する本訴請求は、昭和四五年一一月二八日に開催された上告会社の第四二回定時株主総会における「昭和四五年四月一日より同年九月三〇日に至る第四二期営業報告書、貸借対照表、損益計算書、利益金処分案を原案どおり承認する」旨の本件決議について、その手続に瑕疵があることを理由として取消を求めるものであるところ、その勝訴の判決が確定すれば、右決議は初めに遡つて無効となる結果、営業報告書等の計算書類については総会における承認を欠くことになり、また、右決議に基づく利益処分もその効力を有しないことになつて、法律上再決議が必要となるものというべきであるから、その後に右議案につき再決議がされたなどの特別の事情かない限り、右決議取消を求める訴えの利益が失われることはないものと解するのが相当である。
 そこで、叙上の見地に立つて、本件につきかかる特別の事情が存するか否かについて検討する。この点に関し、論旨は、本件決議が取り消されたとしても、右決議ののち第四三期ないし第五四期の各定時株主総会において各期の決算案は承認されて確定しており、右決議取消の効果は、右第四三期ないし第五四期の決算承認決議の効力に影響を及ぼすものではないから、もはや本件決議取消の訴えはその利益を欠くに至つたというのであるが、株主総会における計算書類等の承認決議がその手続に法令違反等があるとして取消されたときは、たとえ計算書類等の内容に違法、不当がない場合であつても、右決議は既往に遡つて無効となり、右計算書類等は未確定となるから、それを前提とする次期以降の計算書類等の記載内容も不確定なものになると解さざるをえず、したがつて、上告会社としては、あらためて取消された期の計算書類等の承認決議を行わなければならないことになるから、所論のような事情をもつて右特別の事情があるということはできない。また、論旨は、修正動議無視の瑕疵は、その後右動議にいう水俣病補償積立金及び水俣病対策積立金以上の額の水俣病の補償金及び対策費が支出され、右動議の目的がすでに達成されているので、右瑕疵は治癒され訴えの利益は失われたというが、被上告人らの上告人に対する本訴請求は、株主の入場制限及び修正動議無視という株主総会決議の手続的瑕疵を主張してその効力の否認を求めるものであるから、右修正動議の内容が後日実現されたということがあつても、そのことをもつて右特別の事情と認めるに足りず、他に右特別の事情を認めるに足る事実関係のない本件においては、訴えの利益を欠くに至つたものと解することはできない。これと同旨の原審の判断は、正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

 

任意的訴訟担当

最判昭和45.11.11

 ところで、訴訟における当事者適格は、特定の訴訟物について、何人をしてその名において訴訟を追行させ、また何人に対し本案の判決をすることが必要かつ有意義であるかの観点から決せられるべきものである。したがつて、これを財産権上の請求における原告についていうならば、訴訟物である権利または法律関係について管理処分権を有する権利主体が当事者適格を有するのを原則とするのである。しかし、それに限られるものでないのはもとよりであつて、たとえば、第三者であつても、直接法律の定めるところにより一定の権利または法律関係につき当事者適格を有することがあるほか、本来の権利主体からその意思に基づいて訴訟追行権を授与されることにより当事者適格が認められる場合もありうるのである。
 そして、このようないわゆる任意的訴訟信託については、民訴法上は、同法四七条【引用者注:現三七条】が一定の要件と形式のもとに選定当事者の制度を設けこれを許容しているのであるから、通常はこの手続によるべきものではあるが、同条は、任意的な訴訟信託が許容される原則的な場合を示すにとどまり、同条の手続による以外には、任意的訴訟信託は許されないと解すべきではない。すなわち、任意的訴訟信託は、民訴法が訴訟代理人を原則として弁護士に限り、また、信託法一一条が訴訟行為を為さしめることを主たる目的とする信託を禁止している趣旨に照らし、一般に無制限にこれを許容することはできないが、当該訴訟信託がこのような制限を回避、潜脱するおそれがなく、かつ、これを認める合理的必要がある場合には許容するに妨げないと解すべきである。
 そして、民法上の組合において、組合規約に基づいて、業務執行組合員に自己の名で組合財産を管理し、組合財産に関する訴訟を追行する権限が授与されている場合には、単に訴訟追行権のみが授与されたものではなく、実体上の管理権、対外的業務執行権とともに訴訟追行権が授与されているのであるから、業務執行組合員に対する組合員のこのような任意的訴訟信託は、弁護士代理の原則を回避し、または信託法一一条の制限を潜脱するものとはいえず、特段の事情のないかぎり、合理的必要を欠くものとはいえないのであつて、民訴法四七条による選定手続によらなくても、これを許容して妨げないと解すべきである。したがつて、当裁判所の判例(昭和三四年(オ)第五七七号・同三七年七月一三日言渡第二小法廷判決・民集一六巻八号一五一六頁)は、右と見解を異にする限度においてこれを変更すべきものである。
 そして、本件の前示事実関係は記録によりこれを肯認しうるところ、その事実関係によれば、民法上の組合たる前記企業体において、組合規約に基づいて、自己の名で組合財産を管理し、対外的業務を執行する権限を与えられた業務執行組合員たる上告人は、組合財産に関する訴訟につき組合員から任意的訴訟信託を受け、本訴につき自己の名で訴訟を追行する当事者適格を有するものというべきである。しかるに、これと異なる見解のもとに上告人が右の当事者適格を欠くことを理由に本件訴を不適法として却下した原判決は、民訴法の解釈を誤るもので、この点に関する論旨は理由がある。したがつて、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れず、更に本件を審理させるためこれを原審に差し戻すこととする。

 

相殺の抗弁と重複起訴の禁止

最判平成10.6.30

 1 民訴法一四二条(旧民訴法二三一条)が係属中の事件について重複して訴えを提起することを禁じているのは、審理の重複による無駄を避けるとともに、同一の請求について異なる判決がされ、既判力の矛盾抵触が生ずることを防止する点にある。そうすると、自働債権の成立又は不成立の判断が相殺をもって対抗した額について既判力を有する相殺の抗弁についても、その趣旨を及ぼすべきことは当然であって、既に係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することが許されないことは、原審の判示するとおりである(前記平成三年一二月一七日第三小法廷判決参照)。
 2 しかしながら、他面、一個の債権の一部であっても、そのことを明示して訴えが提起された場合には、訴訟物となるのは右債権のうち当該一部のみに限られ、その確定判決の既判力も右一部のみについて生じ、残部の債権に及ばないことは、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和三五年(オ)第三五九号同三七年八月一〇日第二小法廷判決・民集一六巻八号一七二〇頁参照)。この理は相殺の抗弁についても同様に当てはまるところであって、一個の債権の一部をもってする相殺の主張も、それ自体は当然に許容されるところである。
 3 もっとも、一個の債権が訴訟上分割して行使された場合には、実質的な争点が共通であるため、ある程度審理の重複が生ずることは避け難く、応訴を強いられる被告や裁判所に少なからぬ負担をかける上、債権の一部と残部とで異なる判決がされ、事実上の判断の抵触が生ずる可能性もないではない。そうすると、右2のように一個の債権の一部について訴えの提起ないし相殺の主張を許容した場合に、その残部について、訴えを提起し、あるいは、これをもって他の債権との相殺を主張することができるかについては、別途に検討を要するところであり、残部請求等が当然に許容されることになるものとはいえない。
 しかし、こと相殺の抗弁に関しては、訴えの提起と異なり、相手方の提訴を契機として防御の手段として提出されるものであり、相手方の訴求する債権と簡易迅速かつ確実な決済を図るという機能を有するものであるから、一個の債権の残部をもって他の債権との相殺を主張することは、債権の発生事由、一部請求がされるに至った経緯、その後の審理経過等にかんがみ、債権の分割行使による相殺の主張が訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情の存する場合を除いて、正当な防御権の行使として許容されるものと解すべきである。
 したがって、一個の債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えが提起された場合において、当該債権の残部を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは、債権の分割行使をすることが訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情の存しない限り、許されるものと解するのが相当である。

 

表見法理

最判昭和45.12.15

 ところで、所論は、まず、民法一〇九条、商法二六二条の規定により被上告会社についてDにその代表権限を肯認すべきであるとする。しかし、民法一〇九条および商法二六二条の規定は、いずれも取引の相手方を保護し、取引の安全を図るために設けられた規定であるから、取引行為と異なる訴訟手続において会社を代表する権限を有する者を定めるにあたつては適用されないものと解するを相当とする。この理は、同様に取引の相手方保護を図つた規定である商法四二条一項が、その本文において表見支配人のした取引行為について一定の効果を認めながらも、その但書において表見支配人のした訴訟上の行為について右本文の規定の適用を除外していることから考えても明らかである。したがつて、本訴において、Dには被上告会社の代表者としての資格はなく、同人を被告たる被上告会社の代表者として提起された本件訴は不適法である旨の原審の判断は正当である。
 そうして、右のような場合、訴状は、民訴法五八条【引用者注:現三七条】、一六五条【引用者注:現一〇二条】により、被上告会社の真正な代表者に宛てて送達されなければならないところ、記録によれば、本件訴状は、被上告会社の代表者として表示されたDに宛てて送達されたものであることが認められ、Dに訴訟上被上告会社を代表すべき権限のないことは前記説示のとおりであるから、代表権のない者に宛てた送達をもつてしては、適式を訴状送達の効果を生じないものというべきである。したがつて、このような場合には、裁判所としては、民訴法二二九条二項【引用者注:現一三八条】、二二八条一項【引用者注:現一三七条】により、上告人に対し訴状の補正を命じ、また、被上告会社に真正な代表者のない場合には、上告人よりの申立に応じて特別代理人を選任するなどして、正当な権限を有する者に対しあらためて訴状の送達をすることを要するのであつて、上告人において右のような補正手続をとらない場合にはじめて裁判所は上告人の訴を却下すべきものである。そして、右補正命令の手続は、事柄の性質上第一審裁判所においてこれをなすべきものと解すべきであるから、このような場合、原審としては、第一審判決を取り消し、第一審裁判所をして上告人に対する前記補正命令をさせるべく、本件を第一審裁判所に差し戻すべきものと解するを相当とする。しかるに、原審がDに被上告会社の代表権限がない事実よりただちに本件訴を不適法として却下したことは、民訴法の解釈を誤るものであつて、この点に関する論旨は理由がある。

 

信義則

最判昭和51.3.23

 右の事実関係に照らすと、被上告人が、上告人の主張に沿つて、本件売買契約の無効、取消、解除の主張を撤回し、右売買契約上の自己の義務を完全に履行したうえ、再反訴請求に及んだところ、その後に上告人は、一転して、さきに自ら否認し、そのため被上告人が撤回した取消、解除の主張を本件売買契約の効力を争うための防禦方法として提出したものであつて、上告人の右のような態度は、訴訟上の信義則に著しく反し許されないと解するのが、相当である。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、独自の見解を主張するか、原判決の結論に影響を及ぼさない部分を非難するものに帰し、採用することができない。

 

釈明義務

最判平成7.10.24

 そこで、検討するのに、本件においては、公図の記載等によれば、本件係争部分がすべて上告人所有の本件(一)土地に該当するとの上告人の主位的主張を認めることは困難であるとしても、上告人及びその先代が、上告人耕作地は一体として本件(一)土地であるとの認識の下に、長年にわたりこれを平穏に占有してきたことは原審の認定するところであって、上告人が前記予備的主張を維持していれば、上告人が時効により本件係争部分の所有権を取得したとして、本件所有権確認請求が認容されることも十分に考えられる(ちなみに、被上告人がD外一名から本件(二)土地を買い受けたのが右時効完成後であるとしても、原審の認定によれば、同土地が本件係争部分に含まれるか否かもまた確定し得ないことになるから、必ずしも上告人が本件係争部分の時効取得を被上告人に対抗し得ないことになるものではない。)。
 そうすると、上告人がいったん取得時効の予備的主張を提出しながら、次回の口頭弁論期日に至ってこれを撤回したのは、上告人の誤解ないし不注意に基づくものとみられるのであって、原審としては、右撤回について上告人の真意を釈明し、その結果、上告人が右予備的主張を維持するというのであれば、その主張に係る取得時効の成否について更に審理を尽くした上、本件係争部分の所有権の帰属について判断すべきものである。
 したがって、原審が、右のような措置に出ることなく上告人の本件所有権確認請求を棄却したのは、釈明権の行使を怠り、ひいては審理不尽、理由不備の違法を犯したものといわなければならず、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。これと同旨をいう論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中上告人敗訴の部分は破棄を免れない。そこで、本件については、右部分について更に審理を尽くさせるため、これを原審に差し戻すこととする。

 

主要事実と間接事実

最判昭和46.6.29

 原告の請求をその主張した請求原因事実に基づかず、主張しない事実関係に基づいて認容し、または、被告の抗弁をその主張にかかる事実以外の事実に基づいて採用し原告の請求を排斥することは、所論弁論主義に違反するもので、許されないところであるが、被告が原告の主張する請求原因事実を否認し、または原告が被告の抗弁事実を否認している場合に、事実審裁判所が右請求原因または抗弁として主張された事実を証拠上肯認することができない事情として、右事実と両立せず、かつ、相手方に主張立証責任のない事実を認定し、もつて右請求原因たる主張または抗弁の立証なしとして排斥することは、その認定にかかる事実が当事者によつて主張されていない場合でも弁論主義に違反するものではない。けだし、右の場合に主張者たる当事者が不利益を受けるのはもつぱら自己の主張にかかる請求原因事実または抗弁事実の立証ができなかつたためであつて、別個の事実が認定されたことの直接の結果ではないからである。本件についてこれをみるに、上告人において、訴外Dの被上告人に対する弁済を主張するについては、訴外Dにおいて債務の履行に適合する給付をしたことのほか、右給付が本件手形金債権によつて担保された原判示の原因債権に対応する債務の履行としてなされたものであることの二つの点を立証する責務を負うものであるところ、原判決は、その措辞に正鵠を欠く点はあるが、要するに、Dが被上告人に支払つた原判示の金員は、Dにおいて別に被上告人に対して負担していた五〇万円の借入金債務の内入れ弁済として支払つたものであることを認定することにより、上告人の抗弁は、後者の点についての立証を欠くものとしてこれを排斥したものと認められる。してみれば、原判決にはなんら弁論主義違背のかどはないものというべきである。また、原判決は、Dの支払にかかる金員は別口の債務に全額充当されることを確定したのであるから、原審が所論法定充当の規定の適用を考慮する余地はなかつたものであり、この点においても原判決に所論の違法はない。なお、口頭弁論を再開しなかつた原審の措置を違法として非難する所論は、裁判所の裁量に属する行為について不服を述べるものにすぎず、また、Dが前記金員の支払に際し、これを本件手形金の支払に充当すべき旨指定をしたとして、原審の事実認定を非難する所論は、記録によるも右指定をなした事実が原審で主張された事実は認められないから、その前提を欠くことに帰する。したがつて、論旨は、いずれも採用することができない。

 

間接事実の自白

最判昭和41.9.22

 上告人の父Dの被上告人らに対する三〇万円の貸金債権を相続により取得したことを請求の原因とする上告人の本訴請求に対し、被上告人らが、Dは右債権を訴外Eに譲渡した旨抗弁し、右債権譲渡の経緯について、Dは、Eよりその所有にかかる本件建物を代金七〇万円で買い受けたが、右代金決済の方法としてDが被上告人らに対して有する本件債権をEに譲渡した旨主張し、上告人が、第一審において右売買の事実を認めながら、原審において右自白は真実に反しかつ錯誤に基づくものであるからこれを取り消すと主張し、被上告人らが、右自白の取消に異議を留めたことは記録上明らかである。
 しかし、被上告人らの前記抗弁における主要事実は「債権の譲渡」であつて、前記自白にかかる「本件建物の売買」は、右主要事実認定の資料となりうべき、いわゆる間接事実にすぎない。かかる間接事実についての自白は、裁判所を拘束しないのはもちろん、自白した当事者を拘束するものでもないと解するのが相当である。しかるに、原審は、前記自白の取消は許されないものと判断し、自白によつて、DがEより本件建物を代金七〇万円で買い受けたという事実を確定し、右事実を資料として前記主要事実を認定したのであつて、原判決には、証拠資料たりえないものを事実認定の用に供した違法があり、右違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨はこの点において理由があり、原判決は破棄を免れない。

 

自白の撤回

最判昭和25.7.11

 当事者の自白した事実が真実に合致しないことの証明がある以上その自白は錯誤に出たものと認めることができるから原審において被上告人の供述其他の資料により被上告人の自白を真実に合致しないものと認めた上之を錯誤に基くものと認定したことは違法とはいえない。論旨は独自の見解に基くものであるから採用し難い。

 

証言拒絶権

最決平成18.10.3(NHK記者証言拒絶事件)

 民訴法は,公正な民事裁判の実現を目的として,何人も,証人として証言をすべき義務を負い(同法190条),一定の事由がある場合に限って例外的に証言を拒絶することができる旨定めている(同法196条,197条)。そして,同法197条1項3号は,「職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合」には,証人は,証言を拒むことができると規定している。ここにいう「職業の秘密」とは,その事項が公開されると,当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをいうと解される(最高裁平成11年(許)第20号同12年3月10日第一小法廷決定・民集54巻3号1073頁参照)。もっとも,ある秘密が上記の意味での職業の秘密に当たる場合においても,そのことから直ちに証言拒絶が認められるものではなく,そのうち保護に値する秘密についてのみ証言拒絶が認められると解すべきである。そして,保護に値する秘密であるかどうかは,秘密の公表によって生ずる不利益と証言の拒絶によって犠牲になる真実発見及び裁判の公正との比較衡量により決せられるというべきである。
 報道関係者の取材源は,一般に,それがみだりに開示されると,報道関係者と取材源となる者との間の信頼関係が損なわれ,将来にわたる自由で円滑な取材活動が妨げられることとなり,報道機関の業務に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になると解されるので,取材源の秘密は職業の秘密に当たるというべきである。そして,当該取材源の秘密が保護に値する秘密であるかどうかは,当該報道の内容,性質,その持つ社会的な意義・価値,当該取材の態様,将来における同種の取材活動が妨げられることによって生ずる不利益の内容,程度等と,当該民事事件の内容,性質,その持つ社会的な意義・価値,当該民事事件において当該証言を必要とする程度,代替証拠の有無等の諸事情を比較衡量して決すべきことになる。
そして,この比較衡量にあたっては,次のような点が考慮されなければならない。
 すなわち,報道機関の報道は,民主主義社会において,国民が国政に関与するにつき,重要な判断の資料を提供し,国民の知る権利に奉仕するものである。したがって,思想の表明の自由と並んで,事実報道の自由は,表現の自由を規定した憲法21条の保障の下にあることはいうまでもない。また,このような報道機関の報道が正しい内容を持つためには,報道の自由とともに,報道のための取材の自由も,憲法21条の精神に照らし,十分尊重に値するものといわなければならない(最高裁昭和44年(し)第68号同年11月26日大法廷決定・刑集23巻11号1490頁参照)。取材の自由の持つ上記のような意義に照らして考えれば,取材源の秘密は,取材の自由を確保するために必要なものとして,重要な社会的価値を有するというべきである。そうすると,当該報道が公共の利益に関するものであって,その取材の手段,方法が一般の刑罰法令に触れるとか,取材源となった者が取材源の秘密の開示を承諾しているなどの事情がなく,しかも,当該民事事件が社会的意義や影響のある重大な民事事件であるため,当該取材源の秘密の社会的価値を考慮してもなお公正な裁判を実現すべき必要性が高く,そのために当該証言を得ることが必要不可欠であるといった事情が認められない場合には,当該取材源の秘密は保護に値すると解すべきであり,証人は,原則として,当該取材源に係る証言を拒絶することができると解するのが相当である。

 

文書の成立の真正(二段の推定)

最判昭和50.6.12

 私文書の作成名義人の印影が当該名義人の印章によつて顕出されたものであるときは、反証のないかぎり、右印影は名義人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定されるところ(最高裁昭和三九年(オ)第七一号同年五月一二日第三小法廷判決・民集一八巻四号五九七頁ほか参照)、右にいう当該名義人の印章とは、印鑑登録をされている実印のみをさすものではないが、当該名義人の印章であることを要し、名義人が他の者と共有、共用している印章はこれに含まれないと解するのを相当とする。
 これを本件についてみると、原審の適法に確定した事実によれば、「本件各修正申告書の上告人名下の印影を顕出した印章は、上告人ら親子の家庭で用いられている通常のいわゆる三文判であり、上告人のものと限つたものでない」というのであるから、右印章を本件各申告書の名義人である上告人の印章ということはできないのであつて、その印影が上告人の意思に基づいて顕出されたものとたやすく推定することは許されないといわなければならない。

 

文書提出義務の範囲

最決平成11.11.12

 1 【要旨第一】ある文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には、特段の事情がない限り、当該文書は民訴法二二〇条四号ハ【引用者注:現二二〇条四号ニ】所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解するのが相当である。
 2 これを本件についてみるに、記録によれば、銀行の貸出稟議書とは、支店長等の決裁限度を超える規模、内容の融資案件について、本部の決裁を求めるために作成されるものであって、通常は、融資の相手方、融資金額、資金使途、担保・保証、返済方法といった融資の内容に加え、銀行にとっての収益の見込み、融資の相手方の信用状況、融資の相手方に対する評価、融資についての担当者の意見などが記載され、それを受けて審査を行った本部の担当者、次長、部長など所定の決裁権者が当該貸出しを認めるか否かについて表明した意見が記載される文書であること、本件文書は、貸出稟議書及びこれと一体を成す本部認可書であって、いずれも抗告人がJに対する融資を決定する意思を形成する過程で、右のような点を確認、検討、審査するために作成されたものであることが明らかである。
 3 右に述べた文書作成の目的や記載内容等からすると、銀行の貸出稟議書は、銀行内部において、融資案件についての意思形成を円滑、適切に行うために作成される文書であって、法令によってその作成が義務付けられたものでもなく、融資の是非の審査に当たって作成されるという文書の性質上、忌たんのない評価や意見も記載されることが予定されているものである。したがって、【要旨第二】貸出稟議書は、専ら銀行内部の利用に供する目的で作成され、外部に開示することが予定されていない文書であって、開示されると銀行内部における自由な意見の表明に支障を来し銀行の自由な意思形成が阻害されるおそれがあるものとして、特段の事情がない限り、「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解すべきである。そして、本件文書は、前記のとおり、右のような貸出稟議書及びこれと一体を成す本部認可書であり、本件において特段の事情の存在はうかがわれないから、いずれも「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たるというべきであり、本件文書につき、抗告人に対し民訴法二二〇条四号に基づく提出義務を認めることはできない。

 

証明度

最判昭和50.10.24(ルンバール事件)

 訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。

 

証明責任の転換

最判平成4.10.29(伊方原発訴訟)

 以上の点を考慮すると、右の原子炉施設の安全性に関する判断の適否が争われる原子炉設置許可処分の取消訴訟における裁判所の審理、判断は、原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた被告行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであって、現在の科学技術水準に照らし、右調査審議において用いられた具体的審査基準に不合理な点があり、あるいは当該原子炉施設が右の具体的審査基準に適合するとした原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり、被告行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、被告行政庁の右判断に不合理な点があるものとして、右判断に基づく原子炉設置許可処分は違法と解すべきである。
 原子炉設置許可処分についての右取消訴訟においては、右処分が前記のような性質を有することにかんがみると、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることの主張、立証責任は、本来、原告が負うべきものと解されるが、当該原子炉施設の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持していることなどの点を考慮すると、被告行政庁の側において、まず、その依拠した前記の具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、被告行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要があり、被告行政庁が右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認されるものというべきである。

 

争点効

最判昭和44.6.24

 所論の別件訴訟について上告人(別件訴訟の被上告人)勝訴の確定判決があつた事実は、当裁判所に顕著な事実である。しかし、右別件訴訟における上告人(別件訴訟の被上告人)の請求原因は、被上告人(別件訴訟の上告人)所有にかかる原判決末尾添付の別紙目録記載の建物(以下単に「本件建物」という。)およびその敷地(以下両者を指称するときは、単に「本件不動産」という。)について、被上告人と上告人との間に売買契約が締結され、その旨の所有権移転登記を経由したが、被上告人(別件訴訟の上告人)が約定の明渡期日に至つても、本件建物を明け渡さないので、上告人(別件訴訟の被上告人)は、右契約の履行として本件建物の明渡および約定の明渡期日の翌日以降の右契約不履行による損害賠償としての金銭支払を求める、というのであり、右別件訴訟の確定判決は、被上告人(別件訴訟の上告人)主張の右契約の詐欺による取消の抗弁を排斥して、上告人(別件訴訟の被上告人)の請求原因を全部認容したものである。されば、右確定判決は、その理由において、本件売買契約の詐欺による取消の抗弁を排斥し、右売買契約が有効であること、現在の法律関係に引き直していえば、本件不動産が上告人(別件訴訟の被上告人)の所有であることを確認していても、訴訟物である本件建物の明渡請求権および右契約不履行による損害賠償としての金銭支払請求権の有無について既判力を有するにすぎず、本件建物の所有権の存否について、既判力およびこれに類似する効力(いわゆる争点効、以下同様とする。)を有するものではない。一方、本件訴訟における被上告人の請求原因は、右本件不動産の売買契約が詐欺によつて取り消されたことを理由として、本件不動産の所有権に基づいて、すでに経由された前叙の所有権移転登記の抹消登記手続を求めるというにあるから、かりに、本件訴訟において、被上告人の右請求原因が認容され、被上告人勝訴の判決が確定したとしても、訴訟物である右抹消登記請求権の有無について既判力を有するにすぎず、本件不動産の所有権の存否については、既判力およびこれに類似する効力を有するものではない。以上のように、別件訴訟の確定判決の既判力と本件訴訟において被上告人勝訴の判決が確定した場合に生ずる既判力とは牴触衝突するところがなく、両訴訟の確定判決は、ともに本件不動産の所有権の存否について既判力およびこれに類似する効力を有するものではないから、論旨は採るをえない。なお、右説示のとおり、両訴訟の確定判決は、ともに本件不動産の所有権の存否について既判力およびこれに類似する効力を有するものではないから、上告人は、別に被上告人を被告として、本件不動産の所有権確認訴訟を提起し、右所有権の存否について既判力を有する確定判決を求めることができることは、いうまでもない。

 

一部請求

最判平成10.6.12

 一個の金銭債権の数量的一部請求は、当該債権が存在しその額は一定額を下回らないことを主張して右額の限度でこれを請求するものであり、債権の特定の一部を請求するものではないから、このような請求の当否を判断するためには、おのずから債権の全部について審理判断することが必要になる。すなわち、裁判所は、当該債権の全部について当事者の主張する発生、消滅の原因事実の存否を判断し、債権の一部の消滅が認められるときは債権の総額からこれを控除して口頭弁論終結時における債権の現存額を確定し(最高裁平成二年(オ)第一一四六号同六年一一月二二日第三小法廷判決・民集四八巻七号一三五五頁参照)、現存額が一部請求の額以上であるときは右請求を認容し、現存額が請求額に満たないときは現存額の限度でこれを認容し、債権が全く現存しないときは右請求を棄却するのであって、当事者双方の主張立証の範囲、程度も、通常は債権の全部が請求されている場合と変わるところはない。数量的一部請求を全部又は一部棄却する旨の判決は、このように債権の全部について行われた審理の結果に基づいて、当該債権が全く現存しないか又は一部として請求された額に満たない額しか現存しないとの判断を示すものであって、言い換えれば、後に残部として請求し得る部分が存在しないとの判断を示すものにほかならない。したがって、右判決が確定した後に原告が残部請求の訴えを提起することは、実質的には前訴で認められなかった請求及び主張を蒸し返すものであり、前訴の確定判決によって当該債権の全部について紛争が解決されたとの被告の合理的期待に反し、被告に二重の応訴の負担を強いるものというべきである。以上の点に照らすと、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されないと解するのが相当である。

 

基準時後の形成権

最判平成7.12.15

 借地上に建物を所有する土地の賃借人が、賃貸人から提起された建物収去土地明渡請求訴訟の事実審口頭弁論終結時までに借地法四条二頃所定の建物買取請求権を行使しないまま、賃貸人の右請求を認容する判決がされ、同判決が確定した場合であっても、賃借人は、その後に建物買取請求権を行使した上、賃貸人に対して右確定判決による強制執行の不許を求める請求異議の訴えを提起し、建物買取請求権行使の効果を異議の事由として主張することができるものと解するのが相当である。けだし、(1) 建物買買請求権は、前訴確定判決によって確定された賃貸人の建物収去土地明渡請求権の発生原因に内在する瑕疵に基づく権利とは異なり、これとは別個の制度目的及び原因に基づいて発生する権利であって、賃借人がこれを行使することにより建物の所有権が法律上当然に賃貸人に移転し、その結果として賃借人の建物収去義務が消滅するに至るのである、(2) したがって、賃借人が前訴の事実審口頭弁論終結時までに建物買取請求権を行使しなかったとしても、実体法上、その事実は同権利の消滅事由に当たるものではなく(最高裁昭和五二年(オ)第二六八号同五二年六月二〇日第二小法廷判決・裁判集民事一二一号六三頁)、訴訟法上も、前訴確定判決の既判力によって同権利の主張が遮断されることはないと解すべきものである、(3) そうすると、賃借人が前訴の事実訴口頭弁論終結時以後に建物買取請求権を行使したときは、それによって前訴確定判決により確定された賃借人の建物収去義務が消滅し、前訴確定判決はその限度で執行力を失うから、建物買取請求権行使の効果は、民事執行法三五条二項所定の口頭弁論の終結後に生じた異議の事由に該当するものというべきであるからである。これと同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

 

後遺症

最判昭和42.7.18

 一個の債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合には、訴訟物は、右債権の一部の存否のみであつて全部の存否ではなく、従つて、右一部の請求についての確定判決の既判力は残部の請求に及ばないと解するのが相当である(当裁判所昭和三五年(オ)第三五九号、同三七年八月一〇日言渡第二小法廷判決、民集一六巻八号一七二〇頁参照)。ところで、記録によれば、所論の前訴(東京地方裁判所昭和三一年(ワ)第九五〇四号、東京高等裁判所同三三年(ネ)第二五五九号、第二六二三号)における被上告人の請求は、被上告人主張の本件不法行為により惹起された損害のうち、右前訴の最終口頭弁論期日たる同三五年五月二五日までに支出された治療費を損害として主張しその賠償を求めるものであるところ、本件訴訟における被上告人の請求は、前記の口頭弁論期日後にその主張のような経緯で再手術を受けることを余儀なくされるにいたつたと主張し、右治療に要した費用を損害としてその賠償を請求するものであることが明らかである。右の事実によれば、所論の前訴と本件訴訟とはそれぞれ訴訟物を異にするから、前訴の確定判決の既判力は本件訴訟に及ばないというべきであり、原判決に所論の違法は存しない。所論は、独自の見解に基づき原判決を非難するものであつて、採用することができない。

 

反射効

最判昭和51.10.21

 所論は、要するに、上告人に対する前記判決は連帯保証債務の履行を命ずるものであるところ、その主債務は、右判決確定後、主債務関係の当事者である被上告人と右相続人ら間の確定判決により不存在と確定されたから、上告人は、連帯保証債務の附従性に基づき請求異議の訴により自己に対する前記判決の執行力の排除を求めることができる筋合であると主張する。そこで案ずるに、一般に保証人が、債権者からの保証債務履行請求訴訟において、主債務者勝訴の確定判決を援用することにより保証人勝訴の判決を導きうると解せられるにしても、保証人がすでに保証人敗訴の確定判決を受けているときは、保証人敗訴の判決確定後に主債務者勝訴の判決が確定しても、同判決が保証人敗訴の確定判決の基礎となつた事実審口頭弁論終結の時までに生じた事実を理由としてされている以上、保証人は右主債務者勝訴の確定判決を保証人敗訴の確定判決に対する請求異議の事由にする余地はないものと解すべきである。けだし、保証人が主債務者勝訴の確定判決を援用することが許されるにしても、これは、右確定判決の既判力が保証人に拡張されることに基づくものではないと解すべきであり、また、保証人は、保証人敗訴の確定判決の効力として、その判決の基礎となつた事実審口頭弁論終結の時までに提出できたにもかかわらず提出しなかつた事実に基づいてはもはや債権者の権利を争うことは許されないと解すべきところ、保証人敗訴判決の確定後において主債務者勝訴の確定判決があつても、その勝訴の理由が保証人敗訴判決の基礎となつた事実審口頭弁論の終結後に生じた事由に基づくものでない限り、この主債務者勝訴判決を援用して、保証人敗訴の確定判決に対する請求異議事由とするのを認めることは、実質的には前記保証人敗訴の確定判決の効力により保証人が主張することのできない事実に基づいて再び債権者の権利を争うことを容認するのとなんら異なるところがないといえるからである。

 

和解と錯誤

最判昭和33.6.14

 しかし、原判決の適法に確定したところによれば、本件和解は、本件請求金額六二万九七七七円五〇銭の支払義務あるか否かが争の目的であつて、当事者である原告(被控訴人、被上告人)、被告(控訴人、上告人)が原判示のごとく互に譲歩をして右争を止めるため仮差押にかかる本件ジヤムを市場で一般に通用している特選D印苺ジヤムであることを前提とし、これを一箱当り三千円(一罐平均六二円五〇銭相当)と見込んで控訴人から被控訴人に代物弁済として引渡すことを約したものであるところ、本件ジヤムは、原判示のごとき粗悪品であつたから、本件和解に関与した被控訴会社の訴訟代理人の意思表示にはその重要な部分に錯誤があつたというのであるから、原判決には所論のごとき法令の解釈に誤りがあるとは認められない。

 

和解の解除

最判昭和43.2.15

 訴訟が訴訟上の和解によつて終了した場合においては、その後その和解の内容たる私法上の契約が債務不履行のため解除されるに至つたとしても、そのことによつては、単にその契約に基づく私法上の権利関係が消滅するのみであつて、和解によつて一旦終了した訴訟が復活するものではないと解するのが相当である。従つて右と異なる見解に立つて、本件の訴提起が二重起訴に該当するとの所論は採用し得ない。

 

請求の交換的変更

最判昭和32.2.28

 然るに第一審判決が訴訟物として判断の対象としたものは前説示のとおり貸金債権であり、原審の認容した求償債権ではない。この両個の債権はその権利関係の当事者と金額とが同一であるというだけでその発生原因を異にし全然別異の存在たることは多言を要しない。そして本件控訴はいうまでもなく第一審判決に対してなされたものであり、原審の認容した求償債権は控訴審ではじめて主張されたものであつて第一審判決には何等の係りもない。原審が本件訴の変更を許すべきものとし、また求償債権に基づく新訴請求を認容すべしとの見解に到達したからとて、それは実質上初審としてなす裁判に外ならないのであるから第一審判決の当否、従つて本件控訴の理由の有無を解決するものではない。それ故原審は本件控訴を理由なきものとなすべきいわれはなく、単に新請求たる求償債権の存在を確定し「控訴人は被控訴人に対し金七一三、六二六円を支払わなければならない」旨の判決をなすべかりしものなのである。それは一見第一審判決と同旨の主文を徒らに繰り返えすが如き感を与えるかも知れないけれど、実は、法律上重大な意義を有する。けだし控訴を棄却する旨の判決は、民訴三八四条一項の法文上明らかなように第一審判決を相当とし維持さるべきことを宣告するものであり、この判決が確定することによつて第一審判決も確定し、その裁判の内容に従いそれに相応する既判力、執行力、形成力等を生ずるのである。同条二項にいわゆる「判決カ其ノ理由ニ依レハ不当ナル場合ニ於テモ他ノ理由ニ依リテ正当ナルトキ」とは、第一審判決でなされた判断そのものの正当性が判決の理由とするところによつては維持せられないが、他の理由によつて肯定される場合をいうのである。例えば第一審判決が原告主張の貸金債権が弁済により消滅したものとして原告の請求を排斥したものであるとき、控訴審においては弁済の事実は認められないけれど、免除の事実が認められ、結局当該貸金債権の消滅を確定した第一審判決の判断が維持し得るような場合をいうのであつて、本件のように第一審判決と第二審判決とがその判断の対象を異にし偶々その主文の文言が同一に帰するというが如き場合をも包含するものでないことは同条一項の法意に照らし疑なきところである。それ故原審が求償債権に基づく請求(新訴)を認容すべき旨を判示しながら主文で控訴棄却の判示をしたのは、前掲法条の適用を誤り理由齟齬の違法を来たしたものであり、原判決はこの点において破棄を免れず論旨は結局理由がある。
 なお貸金債権に基づく請求に関して附言する。原判決は既に説示したとおり主文で控訴を棄却する旨判示しているけれども、それは原審で新たに提起された求償債権に基づく新訴に対する裁判であつて貸金債権を認容した第一審判決の当否、換言すれば本件控訴の理由の有無については実質上何等の裁判もしてはいない。この事は原判文を一読して容易に了解し得るところである。それ故原判決に対する上告申立によつては、該請求は適法に当審に移審せられることはない。然らばこの請求についての訴訟関係如何というに、これを明確にすべき資料は記録上存在しない。従つて次に述べるが如く起り得べき各場合の事情に従い必ずしも単一ではない。すなわち被上告人は原審において前説示の如く訴の変更をしている。元来、請求の原因を変更するというのは、旧訴の繋属中原告が新たな権利関係を訴訟物とする新訴を追加的に併合提起することを指称するのであり、この場合原告はなお旧訴を維持し、新訴と併存的にその審判を求めることがあり、また旧訴の維持し難きことを自認し新訴のみの審判を求めんとすることがある。しかし、この後者の場合においても訴の変更そのものが許さるべきものであるというだけでは、これによつて当然に旧訴の訴訟繋属が消滅するものではない。けだし訴の変更の許否ということは旧訴の繋属中新訴を追加的に提起することが許されるか否かの問題であり、一旦繋属した旧訴の訴訟繋属が消滅するか否かの問題とは係りないところだからである。もし原告がその一方的意思に基づいて旧訴の訴訟繋属を消滅せしめんとするならば、法律の定めるところに従いその取下をなすか、或はその請求の拠棄をしなければならない。訴は原告の任意提起するところであるが、一旦提起した訴の繋属を消滅せしめんとするには、相手方の訴訟上受くべき利益も尊重さるべきであり、原告の意思のみに放任さるべきではない。それ故法律は原告の一方的意思に基づき訴訟繋属の消滅を来たすべき訴の取下、請求の拠棄等に関しては相手方の利益保護を考慮して、これが規定を設けている。すなわち「訴ノ取下ハ相手方カ本案ニ付準備書面ヲ提出シ、準備手続ユ於ナ申述ヲ為シ又ハ口頭弁論ヲ為シタル後ニ在リテハ相手方ノ同意ヲ得ルニ非サレハ其ノ効力ヲ生セス」とされ(民訴二三六条二項、なお同条三項以下、並びに二三七条二項等参照)、また請求の抛棄はこれを調書に記載することによりその記載が確定判決と同一の効力を有するものとされているのである(同二〇三条)。されば原告が訴提起の当初から併合されていた請求の一につき既になしたる弁論の結果これを維持し得ないことを自認しこれを撤回せんとするならば、その請求を拠棄するか、または相手方の同意を得て訴の取下をしなければならない。このことは原告が訴の変更をなし、一旦旧訴と新訴につき併存的にその審判を求めた後、旧訴の維持すべからざることを悟つてその訴訟繋属を終了せしめんと欲する場合においても、その趣を異にするものではない。果して然りとすれば原告が交替的に訴の変更をなし、旧訴に替え新訴のみの審理を求めんとする場合においてもその理を一にするものといわなければならない。何となればただ原告が訴の変更と同時に旧訴の訴訟繋属を消滅せしめんと欲したというだけで、相手方保護の必要を無視して直ちに旧訴の訴訟繋属消滅の効果を認むべきいわれはないからである。

 

主観的追加的併合

最判昭和62.7.17

 しかし、甲が、乙を被告として提起した訴訟(以下「旧訴訟」という。)の係属後に丙を被告とする請求を旧訴訟に追加して一個の判決を得ようとする場合は、甲は、丙に対する別訴(以下「新訴」という。)を提起したうえで、法一三二条【引用者注:現一五二条】の規定による口頭弁論の併合を裁判所に促し、併合につき裁判所の判断を受けるべきであり、仮に新旧両訴訟の目的たる権利又は義務につき法五九条【引用者注:現三八条】所定の共同訴訟の要件が具備する場合であっても、新訴が法一三二条の適用をまたずに当然に旧訴訟に併合されるとの効果を認めることはできないというべきである。けだし、かかる併合を認める明文の規定がないのみでなく、これを認めた場合でも、新訴につき旧訴訟の訴訟状態を当然に利用することができるかどうかについては問題があり、必ずしも訴訟経済に適うものでもなく、かえって訴訟を複雑化させるという弊害も予想され、また、軽率な提訴ないし濫訴が増えるおそれもあり、新訴の提起の時期いかんによっては訴訟の遅延を招きやすいことなどを勘案すれば、所論のいう追加的併合を認めるのは相当ではないからである。

 

固有必要的共同訴訟の成否

最判昭和43.3.15

 被上告人の被告Dに対する本訴請求が本件土地の所有権に基づいてその地上にある建物の所有者である同被告に対し建物収去土地明渡を求めるものであることは記録上明らかであるから、同被告が死亡した場合には、かりにEが同被告の相続人の一人であるとすれば、Eは当然に同被告の地位を承継し、右請求について当事者の地位を取得することは当然である。しかし、土地の所有者がその所有権に基づいて地上の建物の所有者である共同相続人を相手方とし、建物収去土地明渡を請求する訴訟は、いわゆる固有必要的共同訴訟ではないと解すべきである。けだし、右の場合、共同相続人らの義務はいわゆる不可分債務であるから、その請求において理由があるときは、同人らは土地所有者に対する関係では、各自係争物件の全部についてその侵害行為の全部を除去すべき義務を負うのであつて、土地所有者は共同相続人ら各自に対し、順次その義務の履行を訴求することができ、必ずしも全員に対して同時に訴を提起し、同時に判決を得ることを要しないからである。もし論旨のいうごとくこれを固有必要的共同訴訟であると解するならば、共同相続人の全部を共同の被告としなければ被告たる当事者適格を有しないことになるのであるが、そうだとすると、原告は、建物収去土地明渡の義務あることについて争う意思を全く有しない共同相続人をも被告としなければならないわけであり、また被告たる共同相続人のうちで訴訟進行中に原告の主張を認めるにいたつた者がある場合でも、当該被告がこれを認諾し、または原告がこれに対する訴を取り下げる等の手段に出ることができず、いたずらに無用の手続を重ねなければならないことになるのである。のみならず、相続登記のない家屋を数人の共同相続人が所有してその敷地を不法に占拠しているような場合には、その所有者が果して何びとであるかを明らかにしえないことが稀ではない。そのような場合は、その一部の者を手続に加えなかつたために、既になされた訴訟手続ないし判決が無効に帰するおそれもあるのである。以上のように、これを必要的共同訴訟と解するならば、手続上の不経済と不安定を招来するおそれなしとしないのであつて、これらの障碍を避けるためにも、これを必要的共同訴訟と解しないのが相当である。また、他面、これを通常の共同訴訟であると解したとしても、一般に、土地所有者は、共同相続人各自に対して債務名義を取得するか、あるいはその同意をえたうえでなければ、その強制執行をすることが許されないのであるから、かく解することが、直ちに、被告の権利保護に欠けるものとはいえないのである。そうであれば、本件において、所論の如く、他に同被告の承継人が存在する場合であつても、受継手続を了した者のみについて手続を進行し、その者との関係においてのみ審理判決することを妨げる理由はないから、原審の手続には、ひつきよう、所論の違法はないことに帰する。したがつて、論旨は採用できない。

 

補助参加の要件

最決平成13.1.30

 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 (1)民訴法42条所定の補助参加が認められるのは,専ら訴訟の結果につき法律上の利害関係を有する場合に限られ,単に事実上の利害関係を有するにとどまる場合は補助参加は許されない(最高裁昭和38年(オ)第722号同39年1月23日第一小法廷判決・裁判集民事71号271頁参照)。そして,法律上の利害関係を有する場合とは,当該訴訟の判決が参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがある場合をいうものと解される。
 (2)【要旨】取締役会の意思決定が違法であるとして取締役に対し提起された株主代表訴訟において,株式会社は,特段の事情がない限り,取締役を補助するため訴訟に参加することが許されると解するのが相当である。けだし,取締役の個人的な権限逸脱行為ではなく,取締役会の意思決定の違法を原因とする,株式会社の取締役に対する損害賠償請求が認められれば,その取締役会の意思決定を前提として形成された株式会社の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがあるというべきであり,株式会社は,取締役の敗訴を防ぐことに法律上の利害関係を有するということができるからである。そして,株式会社が株主代表訴訟につき中立的立場を採るか補助参加をするかはそれ自体が取締役の責任にかかわる経営判断の一つであることからすると,補助参加を認めたからといって,株主の利益を害するような補助参加がされ,公正妥当な訴訟運営が損なわれるとまではいえず,それによる著しい訴訟の遅延や複雑化を招くおそれはなく,また,会社側からの訴訟資料,証拠資料の提出が期待され,その結果として審理の充実が図られる利点も認められる。

 

補助参加の効力

最判昭和45.10.22

 まず、民訴法七〇条【引用者注:現四六条】の定める判決の補助参加人に対する効力の性質およびその効力の及ぶ客観的範囲について考えるに、この効力は、いわゆる既判力ではなく、それとは異なる特殊な効力、すなわち、判決の確定後補助参加人が被参加人に対してその判決が不当であると主張することを禁ずる効力であつて、判決の主文に包含された訴訟物たる権利関係の存否についての判断だけではなく、その前提として判決の理由中でなされた事実の認定や先決的権利関係の存否についての判断などにも及ぶものと解するのが相当である。けだし、補助参加の制度は、他人間に係属する訴訟の結果について利害関係を有する第三者、すなわち、補助参加人が、その訴訟の当事者の一方、すなわち、被参加人を勝訴させることにより自己の利益を守るため、被参加人に協力して訴訟を追行することを認めた制度であるから、補助参加人が被参加人の訴訟の追行に現実に協力し、または、これに協力しえたにもかかわらず、被参加人が敗訴の確定判決を受けるに至つたときには、その敗訴の責任はあらゆる点で補助参加人にも分担させるのが衡平にかなうというべきであるし、また、民訴法七〇条が判決の補助参加人に対する効力につき種々の制約を付しており、同法七八条【引用者注:現五三条】が単に訴訟告知を受けたにすぎない者についても右と同一の効力の発生を認めていることからすれば、民訴法七〇条は補助参加人につき既判力とは異なる特殊な効力の生じることを定めたものと解するのが合理的であるからである。

 

独立当事者参加

最判昭和48.4.24

 思うに、債権者が民法四二三条一項の規定により代位権を行使して第三債務者に対し訴を提起した場合であつても、債務者が民訴法七一条により右代位訴訟に参加し第三債務者に対し右代位訴訟と訴訟物を同じくする訴を提起することは、民訴法二三一条【引用者注:現一四二条】の重複起訴禁止にふれるものではないと解するのが相当である。けだし、この場合は、同一訴訟物を目的とする訴訟の係属にかかわらず債務者の利益擁護のため訴を提起する特別の必要を認めることができるのであり、また、債務者の提起した訴と右代位訴訟とは併合審理が強制され、訴訟の目的は合一に確定されるのであるから、重複起訴禁止の理由である審判の重複による不経済、既判力抵触の可能性および被告の応訴の煩という弊害がないからである。したがつて、債務者の右訴は、債権者の代位訴訟が係属しているというだけでただちに不適法として排斥されるべきものと解すべきではない。もつとも、債権者が適法に代位権行使に着手した場合において、債務者に対しその事実を通知するかまたは債務者がこれを了知したときは、債務者は代位の目的となつた権利につき債権者の代位権行使を妨げるような処分をする権能を失い、したがつて、右処分行為と目される訴を提起することができなくなる(大審院昭和一三年(オ)第一九〇一号同一四年五月一六日判決・民集一八巻九号五五七頁参照)のであつて、この理は、債務者の訴提起が前記参加による場合であつても異なるものではない。したがつて、審理の結果債権者の代位権行使が適法であること、すなわち、債権者が代位の目的となつた権利につき訴訟追行権を有していることが判明したときは、債務者は右権利につき訴訟追行権を有せず、当事者適格を欠くものとして、その訴は不適法といわざるをえない反面、債権者が右訴訟追行権を有しないことが判明したときは、債務者はその訴訟追行権を失つていないものとして、その訴は適法ということができる。

 

承継人

最判昭和41.3.22

 賃貸人が、土地賃貸借契約の終了を理由に、賃借人に対して地上建物の収去、土地の明渡を求める訴訟が係属中に、土地賃借人からその所有の前記建物の一部を賃借し、これに基づき、当該建物部分および建物敷地の占有を承継した者は、民訴法七四条【引用者注:現五〇条】にいう「其ノ訴訟ノ目的タル債務ヲ承継シタル」者に該当すると解するのが相当である。けだし、土地賃借人が契約の終了に基づいて土地賃貸人に対して負担する地上建物の収去義務は、右建物から立ち退く義務を包含するものであり、当該建物収去義務の存否に関する紛争のうち建物からの退去にかかる部分は、第三者が土地賃借人から係争建物の一部および建物敷地の占有を承継することによつて、第三者の土地賃貸人に対する退去義務の存否に関する紛争という型態をとつて、右両者間に移行し、第三者は当該紛争の主体たる地位を土地賃借人から承継したものと解されるからである。これを実質的に考察しても、第三者の占有の適否ないし土地賃貸人に対する退去義務の存否は、帰するところ、土地賃貸借契約が終了していないとする土地賃借人の主張とこれを支える証拠関係(訴訟資料)に依存するとともに、他面において、土地賃貸人側の反対の訴訟資料によつて否定されうる関係にあるのが通常であるから、かかる場合、土地賃貸人が、第三者を相手どつて新たに訴訟を提起する代わりに、土地賃借人との間の既存の訴訟を第三者に承継させて、従前の訴訟資料を利用し、争いの実効的な解決を計ろうとする要請は、民訴法七四条の法意に鑑み、正当なものとしてこれを是認すべきであるし、これにより第三者の利益を損うものとは考えられないのである。そして、たとえ、土地賃貸人の第三者に対する請求が土地所有権に基づく物上請求であり、土地賃借人に対する請求が債権的請求であつて、前者と後者とが権利としての性質を異にするからといつて、叙上の理は左右されないというべきである。されば、本件土地賃貸借契約の終了を理由とする建物収去土地明渡請求訴訟の係属中、土地賃借人であつた第一審被告亡Dからその所有の地上建物中の判示部分を賃借使用するにいたつた上告人Aに対して被上告人がした訴訟引受の申立を許容すべきものとした原審の判断は正当であり、所論は採用できない。

 

不利益変更禁止の原則

最判平成6.11.22

 特定の金銭債権のうちの一部が訴訟上請求されているいわゆる一部請求の事件において、被告から相殺の抗弁が提出されてそれが理由がある場合には、まず、当該債権の総額を確定し、その額から自働債権の額を控除した残存額を算定した上、原告の請求に係る一部請求の額が残存額の範囲内であるときはそのまま認容し、残存額を超えるときはその残存額の限度でこれを認容すべきである。けだし、一部請求は、特定の金銭債権について、その数量的な一部を少なくともその範囲においては請求権が現存するとして請求するものであるので、右債権の総額が何らかの理由で減少している場合に、債権の総額からではなく、一部請求の額から減少額の全額又は債権総額に対する一部請求の額の割合で案分した額を控除して認容額を決することは、一部請求を認める趣旨に反するからである。
 そして、一部請求において、確定判決の既判力は、当該債権の訴訟上請求されなかった残部の存否には及ばないとすること判例であり(最高裁昭和三五年(オ)第三五九号同三七年八月一〇日第二小法廷判決・民集一六巻八号一七二〇頁)、相殺の抗弁により自働債権の存否について既判力が生ずるのは、請求の範囲に対して「相殺ヲ以テ対抗シタル額」に限られるから、当該債権の総額から自働債権の額を控除した結果残存額が一部請求の額を超えるときは、一部請求の額を超える範囲の自働債権の存否については既判力を生じない。したがって、一部請求を認容した第一審判決に対し、被告のみが控訴し、控訴審において新たに主張された相殺の抗弁が理由がある場合に、控訴審において、まず当該債権の総額を確定し、その額から自働債権の額を控除した残存額が第一審で認容された一部請求の額を超えるとして控訴を棄却しても、不利益変更禁止の原則に反するものではない。
 そうすると、原審の適法に確定した事実関係の下において、被上告人の請求債権の総額を第一審の認定額を超えて確定し、その上で上告人が原審において新たに主張した相殺の自働債権の額を請求債権の総額から控除し、その残存額が第一審判決の認容額を超えるとして上告人の控訴を棄却した原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

 



Shotcutの使い方(動画の切り貼り、字幕、音入れ)

動画を切り貼りしたり、字幕(キャプション)を入れたり、音を重ねたりするのに最適な無料ソフトを発見しました。Shotcutです。Windows, mac, Linuxのそれぞれに対応しています。インストールはShotcut – Downloadから行ってください。

 

せっかくのよいソフトなのに、日本語で解説しているサイトが少なく、慣れるまでに時間がかかりました。これから使い始める人の時間を節約するために、基本的な使い方を共有します。

 

1.基本構成

赤色の①プレビューは動画のプレビューを確認するメイン画面です。②の作業机とは具体的にはプレイリストとフィルタです。ここで場面ごとの動画を加工します。③のタイムラインでひとつながりの動画を作っていきます。もしこの3画面構成になっていなければ、メニューアイコンの「プレイリスト」や「タイムライン」をクリックしてください。

 

2.動画の切り貼り

下のようなNHKクリエイトの「2000年 新年各地のカウントダウン」を編集して

 

下のような短縮版を作ってみましょう。

 

Shotcutの「ファイルを開く」で、NHKクリエイトからダウンロードした元ファイルを開きます。するとプレビュー画面で自動的に再生が始まるので、一時停止ボタンで止めます。

 

この元動画は3つの場面から構成されているので、新年の3秒前から2秒前を第一部分、2秒前から1秒前を第二部分、1秒前から新年を第三部分から取るようにします。

 

シークバーの先端と終端をマウスでドラッグ操作して、欲しい部分だけが青くなるようにしてから、プレビュー画面をドラッグで作業机であるプレイリストに送りましょう。後で微調整できるので多めに切り取るとよいです。

同様に第二部分と第三部分をプレイリストに切り出します。

次に、プレイリストにある動画をタイムラインに送ります。プレイリストにある動画をダブルクリックしてプレビュー画面に表示させてから、+記号をクリックして現在のトラックに付加します。これを3つの動画それぞれに対して行えば、3つの動画をつなげることができます。タイムラインの白い縦線をドラッグして先頭にまで持っていってプレビュー画面の再生ボタンを押せば、3つの動画が連続して再生されるはずです。

最後に微調整をしましょう。私の場合は第二部分が長すぎたので調整します。プレビューで再生させながら第二部分の欲しいところまで再生させて一時停止します。そこで横長の長方形のマークをクリックしてプレイヘッドで分割します。すると下図のように第二部分が2つに分割されたので、いらないほうを右クリックして削除します。要はいらない部分をプレイヘッドの分割で区切ってあげて削除するということです。

最後にメニューアイコンのExportを押して作業机にエクスポート画面を出し、YouTubeを選んでファイルをExportをクリックすれば出来上がりです。長い動画だとここで時間がかかります。

複数のファイルから切り貼りする場合も、「ファイルを開く」からファイルを開いて必要な部分をプレイリストに送ることを繰り返せば同じようにできます。

 

3.字幕(キャプション)をつける

このように字幕(キャプション)をつけるのが目標です。NHKクリエイトの「ポケットベル」を利用しました。

 

プレビュー画面のシークバーの先端と終端を調整して必要な箇所を選択し、プレイリストに追加するところまでは先ほどと同じです。それからメニューアイコンの「フィルター」を押し、プラス記号をクリックして、ディスプレイマークの中からテキストを選びます。

デフォルトでは画面下部にtimecodeが表示されると思いますが、その代わりに表示したいテキストを入力し(日本語入力ができないようならメモ帳等に入力した文字をコピーペーストすればうまくいきます)、色を適当に変え、枠と位置を調整します。

さらに字幕を追加してみましょう。今度はバックグラウンドの色も指定しました。

 

先ほどと同じようにプラス記号でタイムラインに追加して、エクスポートをすれば完成です。

 

4.音入れ

次は音を入れてみましょう。

 

無音の動画に音をつけることもできますし、最初から音声が入っている動画に音を重ねることもできます。上の作業で作った2つの動画をプレイリストに入れ、タイムラインでつなげます(今はわかりやすいように一つずつ作業していますが、本来は元動画からの編集を一挙に行ってエクスポートは1回だけするほうがよいです)。

 

タイムラインの三本線をクリックしてオーディオトラック追加を行うと、タイムラインの下のほうにA1が追加されるはずです。

 

NHKクリエイトの「キャット・スキャット」を使わせてもらいます。これをダウンロードして、「ファイルを開く」から開いてプレイリストに追加します。先ほど追加したA1をクリックして選んだ状態でプラス記号を押すと音楽が追加されます。音楽のほうを動画の長さに合わせて10秒くらいだけに縮めてプレイリストに追加してからA1に加えたほうが見やすいと思います。音楽も動画と同様に、横長の長方形でプレイヘッドで分割して削除をすれば微調整できます。

これでいつものようにエクスポートすれば出来上がりです。元々動画に音声があるところに重ねたくなければその部分のA1の音楽を削除すればよいですし、元々の動画の音声を消したければ、先ほどの字幕と同じようにフィルタからミュートを選べばよいです。

 

5.応用編

例えばこのようなものが作れます。


メニューバーの「ファイル」→「他を開く」→「色」で単色の動画を作ることができます。これに字幕を載せればオープニング画面のようなものが作れます。

タイムラインを使いこなすことができればやりたいことができます。オープニング画面を2つ作り、後半には字幕を増やして、そこの切り替わり目でNHKクリエイトの鈴の音がなるようにしました。音は何重にも重ねることができます。

 

 

いかがだったでしょうか。3Dテキストとかフェードアウトとか凝りだすときりがありませんが、一通りのことはこれでできるはずです。

 

それでは楽しい動画ライフをお送りください。

 



刑法論証集のための判例引用リンク集

類推解釈の禁止

最判昭和30.3.1

 所論は、単なる法令違反の主張であるから、刑訴四〇五条の上告理由にあたらない。しかし、昭和二四年九月一九日人事院規則一四―七「政治的行為」五項一号にいう「特定の候補者」とは、所論のとおり、「法令の規定に基く立候補届出または推薦届出により、候補者としての地位を有するに至つた特定人」を指すものと解すべきであつて、原判決が、「立候補しようとする特定人」もこれに含まれるものと解したのは、あやまりであるといわなければならない。けだし、「特定の候補者」というのが、「立候補しようとする特定人」を含むものと解することは、用語の普通の意義からいつて無理であり、同規則の他の条項ないし他の法令との関係で、ぜひそのように解さなければならないような特段の根拠があるわけでもないのに、「国家公務員法一〇二条の精神に背反する」というような理由から、刑罰法令につき類推拡張解釈をとることは、あきらかに不当というべきだからである(同規則五項一号の「候補者」とは、右のように、立候補届出または推薦届出により候補者としての地位を有するに至つたものをいうのであり、候補者としての地位を有するに至らない者を支持しまたはこれに反対することが、同号に含まれないことについては、所論の指摘するとおり、人事院当局自身のはつきりした行政解釈が存在する。なお、以上のように解する結果、国家公務員が、立候補しようとする特定人を支持して選挙運動を行うことは、政治的行為の制限に関する国家公務員法の罰則にふれないことになつても、それが、事前運動禁止に関する公職選挙法の一般的罰則にふれるものであることは、いうまでもない)。

 

間接正犯

最決昭和58.9.21

 所論にかんがみ、職権をもつて判断すると、原判決及びその是認する第一審判決の認定したところによれば、被告人は、当時一二歳の養女Aを連れて四国a等を巡礼中、日頃被告人の言動に逆らう素振りを見せる都度顔面にタバコの火を押しつけたりドライバーで顔をこすつたりするなどの暴行を加えて自己の意のままに従わせていた同女に対し、本件各窃盗を命じてこれを行わせたというのであり、これによれば、被告人が、自己の日頃の言動に畏怖し意思を抑圧されている同女を利用して右各窃盗を行つたと認められるのであるから、たとえ所論のように同女が是非善悪の判断能力を有する者であつたとしても、被告人については本件各窃盗の間接正犯が成立すると認めるべきである。

 

因果関係

最決平成4.12.17(スキューバダイビング事件)

 右事実関係の下においては、被告人が、夜間潜水の講習指導中、受講生らの動向に注意することなく不用意に移動して受講生らのそばから離れ、同人らを見失うに至った行為は、それ自体が、指導者からの適切な指示、誘導がなければ事態に適応した措置を講ずることができないおそれがあった被害者をして、海中で空気を使い果たし、ひいては適切な措置を講ずることもできないままに、でき死させる結果を引き起こしかねない危険性を持つものであり、被告人を見失った後の指導補助者及び被害者に適切を欠く行動があったことは否定できないが、それは被告人の右行為から誘発されたものであって、被告人の行為と被害者の死亡との間の因果関係を肯定するに妨げないというべきである。右因果関係を肯定し、被告人につき業務上過失致死罪の成立を認めた原判断は、正当として是認することができる。

 

不真正不作為犯

最決平成17.7.4(シャクティパット事件)

【要旨】以上の事実関係によれば,被告人は,自己の責めに帰すべき事由により患者の生命に具体的な危険を生じさせた上,患者が運び込まれたホテルにおいて,被告人を信奉する患者の親族から,重篤な患者に対する手当てを全面的にゆだねられた立場にあったものと認められる。その際,被告人は,患者の重篤な状態を認識し,これを自らが救命できるとする根拠はなかったのであるから,直ちに患者の生命を維持するために必要な医療措置を受けさせる義務を負っていたものというべきである。それにもかかわらず,未必的な殺意をもって,上記医療措置を受けさせないまま放置して患者を死亡させた被告人には,不作為による殺人罪が成立し,殺意のない患者の親族との間では保護責任者遺棄致死罪の限度で共同正犯となると解するのが相当である。

 

故意

最判平成1.7.18

 しかしながら、変更届受理によつて被告会社に対する営業許可があつたといえるのかどうかという問題はさておき、被告人が変更届受理によつて被告会社に対する営業許可があつたと認識し、以後はその認識のもとに本件浴場の経営を担当していたことは、明らかというべきである。すなわち、記録によると、被告人は、昭和四七年になりDの健康が悪化したことから、本件浴場につき被告会社名義の営業許可を得たい旨を静岡県議会議員E(以下「E県議」という。)を通じて静岡県衛生部に陳情し、同部公衆衛生課長補佐Fから変更届及びこれに添付する書類の書き方などの教示を受けてこれらを作成し、静岡市南保健所に提出したのであるが、その受理前から、同課長補佐及び同保健所長Gらから県がこれを受理する方針である旨を聞いており、受理後直ちにそのことがE県議を通じて連絡されたので、被告人としては、この変更届受理により被告会社に対する営業許可がなされたものと認識していたこと、変更届受理の前後を問わず、被告人ら被告会社関係者において、本件浴場を営業しているのが被告会社であることを秘匿しようとしたことはなかつたが、昭和五六年三月に静岡市議会で変更届受理が問題になり新聞等で報道されるようになるまでは、本件浴場の定期的検査などを行つてきた静岡市南保健所からはもちろん誰からも被告会社の営業許可を問題とされたことがないこと、昭和五六年五月一九日に静岡県知事から被告会社に対して変更届ないしその受理が無効である旨の通知がなされているところ、被告会社はそれ以前の同年四月二六日に自発的に本件浴場の経営を中止していること、以上の事実が認められ、被告人が変更届受理によつて被告会社に対する営業許可があつたとの認識のもとに本件浴場の経営を担当していたことは明らかというべきである。なお、原判決が指摘する昭和四一年法律第九一号による風俗営業等取締法の改正、同年静岡県条例第五六号による同県風俗営業等取締法施行条例(昭和三四年同県条例第一八号)の改正、昭和四二、三年ころの被告人による顧問弁護士に対する相談、E県議の関与などの諸点は、右認定を左右するものではない。
 してみると、本件公訴事実中変更届受理後の昭和四七年一二月一二日から昭和五六年四月二六日までの本件浴場の営業については、被告人には「無許可」営業の故意が認められないことになり、被告人及び被告会社につき、公衆浴場法上の無許可営業罪は成立しない。

 

過失

最決平成20.3.3(薬害エイズ厚生省事件)

 確かに,行政指導自体は任意の措置を促す事実上の措置であって,これを行うことが法的に義務付けられるとはいえず,また,薬害発生の防止は,第一次的には製薬会社や医師の責任であり,国の監督権限は,第二次的,後見的なものであって,その発動については,公権力による介入であることから種々の要素を考慮して行う必要があることなどからすれば,これらの措置に関する不作為が公務員の服務上の責任や国の賠償責任を生じさせる場合があるとしても,これを超えて公務員に個人としての刑事法上の責任を直ちに生じさせるものではないというべきである。
 しかしながら,前記事実関係によれば,本件非加熱製剤は,当時広範に使用されていたところ,同製剤中にはHIVに汚染されていたものが相当量含まれており,医学的には未解明の部分があったとしても,これを使用した場合,HIVに感染してエイズを発症する者が現に出現し,かつ,いったんエイズを発症すると,有効な治療の方法がなく,多数の者が高度のがい然性をもって死に至ること自体はほぼ必然的なものとして予測されたこと,当時は同製剤の危険性についての認識が関係者に必ずしも共有されていたとはいえず,かつ,医師及び患者が同製剤を使用する場合,これがHIVに汚染されたものかどうか見分けることも不可能であって,医師や患者においてHIV感染の結果を回避することは期待できなかったこと,同製剤は,国によって承認が与えられていたものであるところ,その危険性にかんがみれば,本来その販売,使用が中止され,又は,少なくとも,医療上やむを得ない場合以外は,使用が控えられるべきものであるにもかかわらず,国が明確な方針を示さなければ,引き続き,安易な,あるいはこれに乗じた販売や使用が行われるおそれがあり,それまでの経緯に照らしても,その取扱いを製薬会社等にゆだねれば,そのおそれが現実化する具体的な危険が存在していたことなどが認められる。
 このような状況の下では,薬品による危害発生を防止するため,薬事法69条の2の緊急命令など,厚生大臣が薬事法上付与された各種の強制的な監督権限を行使することが許容される前提となるべき重大な危険の存在が認められ,薬務行政上,その防止のために必要かつ十分な措置を採るべき具体的義務が生じたといえるのみならず,刑事法上も,本件非加熱製剤の製造,使用や安全確保に係る薬務行政を担当する者には,社会生活上,薬品による危害発生の防止の業務に従事する者としての注意義務が生じたものというべきである。
 そして,防止措置の中には,必ずしも法律上の強制監督措置だけではなく,任意の措置を促すことで防止の目的を達成することが合理的に期待できるときは,これを行政指導というかどうかはともかく,そのような措置も含まれるというべきであり,本件においては,厚生大臣が監督権限を有する製薬会社等に対する措置であることからすれば,そのような措置も防止措置として合理性を有するものと認められる。
 被告人は,エイズとの関連が問題となった本件非加熱製剤が,被告人が課長である生物製剤課の所管に係る血液製剤であることから,厚生省における同製剤に係るエイズ対策に関して中心的な立場にあったものであり,厚生大臣を補佐して,薬品による危害の防止という薬務行政を一体的に遂行すべき立場にあったのであるから,被告人には,必要に応じて他の部局等と協議して所要の措置を採ることを促すことを含め,薬務行政上必要かつ十分な対応を図るべき義務があったことも明らかであり,かつ,原判断指摘のような措置を採ることを不可能又は困難とするような重大な法律上又は事実上の支障も認められないのであって,本件被害者の死亡について専ら被告人の責任に帰すべきものでないことはもとよりとしても,被告人においてその責任を免れるものではない。

 

正当行為

最判昭和48.4.25(国労久留米駅事件)

 ところで、勤労者の組織的集団行動としての争議行為に際して行なわれた犯罪構成要件該当行為について刑法上の違法性阻却事由の有無を判断するにあたつては、その行為が争議行為に際して行なわれたものであるという事実をも含めて、当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを判定しなければならないのである。

 

正当防衛

最判昭和46.11.16(くり小刀事件)

 刑法三六条にいう「急迫」とは、法益の侵害が現に存在しているか、または間近に押し迫つていることを意味し、その侵害があらかじめ予期されていたものであるとしても、そのことからただちに急迫性を失うものと解すべきではない。

(中略)

 刑法三六条の防衛行為は、防衛の意思をもつてなされることが必要であるが、相手の加害行為に対し憤激または逆上して反撃を加えたからといつて、ただちに防衛の意思を欠くものと解すべきではない。

 

緊急避難

最判昭和35.2.4

 しかし、職権をもつて調査すると、原審は、本件吊橋を利用する者は夏から秋にかけて一日平均約二、三十人、冬から春にかけても一日平均二、三人を数える有様であつたところ、右吊橋は腐朽甚しく、両三度に亘る補強にも拘らず通行の都度激しく動揺し、いつ落下するかも知れないような極めて危険な状態を呈していたとの事実を認定し、その動揺により通行者の生命、身体等に対し直接切迫した危険を及ぼしていたもの、すなわち通行者は刑法三七条一項にいわゆる「現在の危難」に直面していたと判断しているのである。しかし、記録によれば、右吊橋は二〇〇貫ないし三〇〇貫の荷馬車が通る場合には極めて危険であつたが、人の通行には差支えなく(被告人Aの差戻前第二審公判の供述五二五丁以下、同Bの供述五三七丁、証人Cの原審における尋問調書六八三丁以下等参照)、しかも右の荷馬車も、村当局の重量制限を犯して時に通行する者があつた程度であつたことが窺える(被告人Bの前掲供述、原審における証人Dの証言七一六丁等参照)のであつて、果してしからば、本件吊橋の動揺による危険は、少くとも本件犯行当時たる昭和二八年二月二一日頃の冬期においては原審の認定する程に切迫したものではなかつたのではないかと考えちれる。更に、また原審は、被告人等の本件所為は右危険を防止するためやむことを得ざるに出でた行為であつて、ただその程度を超えたものであると判断するのであるが、仮に本件吊橋が原審認定のように切迫した危険な状態にあつたとしても、その危険を防止するためには、通行制限の強化その他適当な手段、方法を講ずる余地のないことはなく、本件におけるようにダイナマイトを使用してこれを爆破しなければ右危険を防止しえないものであつたとは到底認められない。しからば被告人等の本件所為については、緊急避難を認める余地なく、従つてまた過剰避難も成立しえないものといわなければならない。

 

原因において自由な行為

最判昭和26.1.17

 本件殺人の点に関する公訴事実に対し、原判決の判示によれば「然しながら……被告人には精神病の遺伝的素質が潜在すると共に、著しい回帰性精神病者的顕在症状を有するため、犯時甚しく多量に飲酒したことによつて病的酩酊に陥り、ついに心神喪失的状盤において右殺人の犯罪を行つたことが認められる」旨認定判断し、もつてこの点に対し無罪の言渡をしているのである。しかしながら、本件被告人の如く、多量に飲酒するときは病的酩酊に陥り、因つて心神喪失の状態において他人に犯罪の害悪を及ぽす危険ある素質を有する者は、居常右心神喪失の原因となる飲酒を抑止又は制限する等前示危険の発生を未然に防止するよう注意する義務あるものといわねばならない。しからば、たとえ原判決認定のように、本件殺人の所為は被告人の心神喪失時の所為であつたとしても、(イ)被告人にして既に前示のような己れの素質を自覚していたものであり且つ(ロ)本件事前の飲酒につき前示注意義務を怠つたがためであるとするならば、被告人は過失致死の罪責を免れ得ないものといわねばならない。そして、本件殺人の公訴事実中には過失致死の事実をも包含するものと解するを至当とすべきである。しからは原審は本件殺人の点に関する公訴事実に対し、単に被告人の犯時における精神状態のみによつてその責任の有無を決することなく、進んで上示(イ)(ロ)の各点につき審理判断し、もつてその罪責の有無を決せねばならいものであるにかかわらず、原審は以上の点につき判断を加えているものと認められないことは、その判文に照し明瞭である。しからば原判決には、以上の点において判断遣脱又は審判の請求を受けた事件につき判決をなさなかつた、何れかの違法ありというの外なく、即ち論旨はこの点において理由ありといわねばならない。

 

実行の着手

最決平成16.3.22(クロロホルム事件)

 【要旨1】上記1の認定事実によれば,実行犯3名の殺害計画は,クロロホルムを吸引させてVを失神させた上,その失神状態を利用して,Vを港まで運び自動車ごと海中に転落させてでき死させるというものであって,第1行為は第2行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠なものであったといえること,第1行為に成功した場合,それ以降の殺害計画を遂行する上で障害となるような特段の事情が存しなかったと認められることや,第1行為と第2行為との間の時間的場所的近接性などに照らすと,第1行為は第2行為に密接な行為であり,実行犯3名が第1行為を開始した時点で既に殺人に至る客観的な危険性が明らかに認められるから,その時点において殺人罪の実行の着手があったものと解するのが相当である。また,【要旨2】実行犯3名は,クロロホルムを吸引させてVを失神させた上自動車ごと海中に転落させるという一連の殺人行為に着手して,その目的を遂げたのであるから,たとえ,実行犯3名の認識と異なり,第2行為の前の時点でVが第1行為により死亡していたとしても,殺人の故意に欠けるところはなく,実行犯3名については殺人既遂の共同正犯が成立するものと認められる。そして,実行犯3名は被告人両名との共謀に基づいて上記殺人行為に及んだものであるから,被告人両名もまた殺人既遂の共同正犯の罪責を負うものといわねばならない。したがって,被告人両名について殺人罪の成立を認めた原判断は,正当である。

 

不能犯と未遂犯

最判昭和37.3.23

 所論は、判例違反をいうが、所論引用の判例は事案を異にする本件には適切でないから、その前提を缺き不適法であり、その余は事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由に当らない(なお、所論は、人体に空気を注射し、いわゆる空気栓塞による殺人は絶対に不可能であるというが、原判決並びにその是認する第一審判決は、本件のように静脈内に注射された空気の量が致死量以下であつても被注射者の身体的条件その他の事情の如何によつては死の結果発生の危険が絶対にないとはいえないと判示しており、右判断は、原判示挙示の各鑑定書に照らし肯認するに十分であるから、結局、この点に関する所論原判示は、相当であるというべきである。)。

 

中止犯

最判昭和24.7.9

 しかし、被告人が所論強姦の所為を中止した原由として原判決の認定したところは、これを原判決摘示の事実と、これが証拠として挙示されたところについて見れば、当夜は一〇月一六日の午後六時半過ぎて、すでにあたりはまつくらであり、被告人は人事不省に陥つている被害者を墓地内に引摺り込み、その上になり、姦淫の所為に及ぼうとしたが被告人は当時二三歳で性交の経験が全くなかつたため、容易に目的を遂げず、かれこれ焦慮している際突然約一丁をへだてたa駅に停車した電車の前燈の直射を受け、よつて犯行の現場を照明されたのみならず、その明りによつて、被害者の陰部に挿入した二指を見たところ、赤黒い血が人差指から手の甲か伝わり手首まで一面に附着していたので、性交に経験のない被告人は、その出血に驚愕して姦淫の行為を中止したというにあることがわかる。かくのごとき諸般の情況は被告人をして強姦の遂行を思い止まらしめる障礙の事情として、客観性のないものとはいえないのであつて被告人が久保田弁護人所論のように反省悔悟して、その所為を中止したとの事実は、原判決の認定せざるところである。また驚愕が犯行中止の動機であることは、矢部弁護人所論のとおりであるけれども、その驚愕の原因となつた諸般の事情を考慮するときは、それが被告人の強姦の遂行に障礙となるべき客観性ある事情であることは前述のとおりである以上、本件被告人の所為を以て、原判決が障礙未遂に該当するものとし、これを中止未遂にあらずと判定したのは相当であつて何ら所論のごとき違法はない。

 

共謀共同正犯

最判昭和33.5.28(練馬事件)

 共謀共同正犯が成立するには、二人以上の者が、特定の犯罪を行うため、共同意思の下に一体となつで互に他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をなし、よつて犯罪を実行した事実が認められなければならない。したがつて右のような関係において共謀に参加した事実が認められる以上、直接実行行為に関与しない者でも、他人の行為をいわば自己の手段として犯罪を行つたという意味において、その間刑責の成立に差異を生ずると解すべき理由はない。さればこの関係において実行行為に直接関与したかどうか、その分担または役割のいかんは右共犯の刑責じたいの成立を左右するものではないと解するを相当とする。他面ここにいう「共謀」または「謀議」は、共謀共同正犯における「罪となるべき事実」にほかならないから、これを認めるためには厳格な証明によらなければならないこというまでもない。しかし「共謀」の事実が厳格な証明によつて認められ、その証拠が判決に挙示されている以上、共謀の判示は、前示の趣旨において成立したことが明らかにされれば足り、さらに進んで、謀議の行われた日時、場所またはその内容の詳細、すなわち実行の方法、各人の行為の分担役割等についていちいち具体的に判示することを要するものではない。

 

教唆犯

最判昭和26.12.6

 教唆犯の成立には、ただ漠然と特定しない犯罪を惹起せしめるに過ぎないような行為だけでは足りないけれども、いやしくも一定の犯罪を実行する決意を相手方に生ぜしめるものであれば足りるものであつて、これを生ぜしめる手段、方法が指示たると指揮たると、命令たると嘱託たると、誘導たると慫慂たるとその他の方法たるとを問うものではない。

 

幇助犯

最決平成23.12.19(Winny事件)

(1) 刑法62条1項の従犯とは,他人の犯罪に加功する意思をもって,有形,無形の方法によりこれを幇助し,他人の犯罪を容易ならしむるものである(最高裁昭和24年(れ)第1506号同年10月1日第二小法廷判決・刑集3巻10号1629頁参照)。すなわち,幇助犯は,他人の犯罪を容易ならしめる行為を,それと認識,認容しつつ行い,実際に正犯行為が行われることによって成立する。原判決は,インターネット上における不特定多数者に対する価値中立ソフトの提供という本件行為の特殊性に着目し,「ソフトを違法行為の用途のみに又はこれを主要な用途として使用させるようにインターネット上で勧めてソフトを提供する場合」に限って幇助犯が成立すると解するが,当該ソフトの性質(違法行為に使用される可能性の高さ)や客観的利用状況のいかんを問わず,提供者において外部的に違法使用を勧めて提供するという場合のみに限定することに十分な根拠があるとは認め難く,刑法62条の解釈を誤ったものであるといわざるを得ない。
(2) もっとも,Winnyは,1,2審判決が価値中立ソフトと称するように,適法な用途にも,著作権侵害という違法な用途にも利用できるソフトであり,これを著作権侵害に利用するか,その他の用途に利用するかは,あくまで個々の利用者の判断に委ねられている。また,被告人がしたように,開発途上のソフトをインターネット上で不特定多数の者に対して無償で公開,提供し,利用者の意見を聴取しながら当該ソフトの開発を進めるという方法は,ソフトの開発方法として特異なものではなく,合理的なものと受け止められている。新たに開発されるソフトには社会的に幅広い評価があり得る一方で,その開発には迅速性が要求されることも考慮すれば,かかるソフトの開発行為に対する過度の萎縮効果を生じさせないためにも,単に他人の著作権侵害に利用される一般的可能性があり,それを提供者において認識,認容しつつ当該ソフトの公開,提供をし,それを用いて著作権侵害が行われたというだけで,直ちに著作権侵害の幇助行為に当たると解すべきではない。かかるソフトの提供行為について,幇助犯が成立するためには,一般的可能性を超える具体的な侵害利用状況が必要であり,また,そのことを提供者においても認識,認容していることを要するというべきである。すなわち,ソフトの提供者において,当該ソフトを利用して現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識,認容しながら,その公開,提供を行い,実際に当該著作権侵害が行われた場合や,当該ソフトの性質,その客観的利用状況,提供方法などに照らし,同ソフトを入手する者のうち例外的とはいえない範囲の者が同ソフトを著作権侵害に利用する蓋然性が高いと認められる場合で,提供者もそのことを認識,認容しながら同ソフトの公開,提供を行い,実際にそれを用いて著作権侵害(正犯行為)が行われたときに限り,当該ソフトの公開,提供行為がそれらの著作権侵害の幇助行為に当たると解するのが相当である。

 

共犯と身分

最判昭和42.3.7

 職権によつて調査するに、麻薬取締法六四条一項は、同法一二条一項の規定に違反して麻薬を輸入した者は一年以上の有期懲役に処する旨規定し、同法六四条二項は、営利の目的で前項の違反行為をした者は無期若しくは三年以上の懲役に処し、又は情状により無期若しくは三年以上の懲役及び五百万円以下の罰金に処する旨規定している。これによつてみると、同条は、同じように同法一二条一項の規定に違反して麻薬を輸入した者に対しても、犯人が営利の目的をもつていたか否かという犯人の特殊な状態の差異によつて、各犯人に科すべき刑に軽重の区別をしているものであつて、刑法六五条二項にいう「身分ニ因リ特ニ刑ノ軽重アルトキ」に当るものと解するのが相当である。そうすると、営利の目的をもつ者ともたない者とが、共同して麻薬取締法一二条一項の規定に違反して麻薬を輸入した場合には、刑法六五条二項により、営利の目的をもつ者に対しては麻薬取締法六四条二項の刑を、営利の目的をもたない者に対しては同条一項の刑を科すべきものといわなければならない。

 

承継的共犯

最決平成24.11.6

そこで検討すると,前記1の事実関係によれば,被告人は,Aらが共謀してCらに暴行を加えて傷害を負わせた後に,Aらに共謀加担した上,金属製はしごや角材を用いて,Dの背中や足,Cの頭,肩,背中や足を殴打し,Dの頭を蹴るなど更に強度の暴行を加えており,少なくとも,共謀加担後に暴行を加えた上記部位についてはCらの傷害(したがって,第1審判決が認定した傷害のうちDの顔面両耳鼻部打撲擦過とCの右母指基節骨骨折は除かれる。以下同じ。)を相当程度重篤化させたものと認められる。この場合,被告人は,共謀加担前にAらが既に生じさせていた傷害結果については,被告人の共謀及びそれに基づく行為がこれと因果関係を有することはないから,傷害罪の共同正犯としての責任を負うことはなく,共謀加担後の傷害を引き起こすに足りる暴行によってCらの傷害の発生に寄与したことについてのみ,傷害罪の共同正犯としての責任を負うと解するのが相当である。原判決の上記2の認定は,被告人において,CらがAらの暴行を受けて負傷し,逃亡や抵抗が困難になっている状態を利用して更に暴行に及んだ趣旨をいうものと解されるが,そのような事実があったとしても,それは,被告人が共謀加担後に更に暴行を行った動機ないし契機にすぎず,共謀加担前の傷害結果について刑事責任を問い得る理由とはいえないものであって,傷害罪の共同正犯の成立範囲に関する上記判断を左右するものではない。そうすると,被告人の共謀加担前にAらが既に生じさせていた傷害結果を含めて被告人に傷害罪の共同正犯の成立を認めた原判決には,傷害罪の共同正犯の成立範囲に関する刑法60条,204条の解釈適用を誤った法令違反があるものといわざるを得ない。

 

共犯からの離脱(中止犯)

最決平成1.6.26

 一 傷害致死の点について、原判決(原判決の是認する一審判決の一部を含む。)が認定した事実の要旨は次のとおりである。(1) 被告人は、一審相被告人のAの舎弟分であるが、両名は、昭和六一年一月二三日深夜スナツクで一緒に飲んでいた本件被害者のBの酒癖が悪く、再三たしなめたのに、逆に反抗的な態度を示したことに憤慨し、同人に謝らせるべく、車でA方に連行した。(2) 被告人は、Aとともに、一階八畳間において、Bの態度などを難詰し、謝ることを強く促したが、同人が頑としてこれに応じないで反抗的な態度をとり続けたことに激昂し、その身体に対して暴行を加える意思をAと相通じた上、翌二四日午前三時三〇分ころから約一時間ないし一時間半にわたり、竹刀や木刀でこもごも同人の顔面、背部等を多数回殴打するなどの暴行を加えた。(3) 被告人は、同日午前五時過ぎころ、A方を立ち去つたが、その際「おれ帰る」といつただけで、自分としてはBに対しこれ以上制裁を加えることを止めるという趣旨のことを告げず、Aに対しても、以後はBに暴行を加えることを止めるよう求めたり、あるいは同人を寝かせてやつてほしいとか、病院に連れていつてほしいなどと頼んだりせずに、現場をそのままにして立ち去つた。(4) その後ほどなくして、Aは、Bの言動に再び激昂して、「まだシメ足りないか」と怒鳴つて右八畳間においてその顔を木刀で突くなどの暴行を加えた。(5)Bは、そのころから同日午後一時ころまでの間に、A方において甲状軟骨左上角骨折に基づく頸部圧迫等により窒息死したが、右の死の結果が被告人が帰る前に被告人とAがこもごも加えた暴行にようて生じたものか、その後のAによる前記暴行により生じたものかは断定できない。
 二 右事実関係に照らすと、被告人が帰つた時点では、Aにおいてなお制裁を加えるおそれが消滅していなかつたのに、被告人において格別これを防止する措置を講ずることなく、成り行きに任せて現場を去つたに過ぎないのであるから、Aとの間の当初の共犯関係が右の時点で解消したということはできず、その後のAの暴行も右の共謀に基づくものと認めるのが相当である。そうすると、原判決がこれと同旨の判断に立ち、かりにBの死の結果が被告人が帰つた後にAが加えた暴行によつて生じていたとしても、被告人は傷害致死の責を負うとしたのは、正当である。

 

観念的競合

最判昭和49.5.29

 しかしながら、刑法五四条一項前段の規定は、一個の行為が同時に数個の犯罪構成要件に該当して数個の犯罪が競合する場合において、これを処断上の一罪として刑を科する趣旨のものであるところ、右規定にいう一個の行為とは、法的評価をはなれ構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで、行為者の動態が社会的見解上一個のものとの評価をうける場合をいうと解すべきである。
 ところで、本件の事例のような、酒に酔つた状態で自動車を運転中に過つて人身事故を発生させた場合についてみるに、もともと自動車を運転する行為は、その形態が、通常、時間的継続と場所的移動とを伴うものであるのに対し、その過程において人身事故を発生させる行為は、運転継続中における一時点一場所における事象であつて、前記の自然的観察からするならば、両者は、酒に酔つた状態で運転したことが事故を惹起した過失の内容をなすものかどうかにかかわりなく、社会的見解上別個のものと評価すべきであつて、これを一個のものとみることはできない。
 したがつて、本件における酒酔い運転の罪とその運転中に行なわれた業務上過失致死の罪とは併合罪の関係にあるものと解するのが相当であり、原判決のこの点に関する結論は正当というべきである。以上の理由により、当裁判所は、所論引用の最高裁判所の判例を変更して、原判決の判断を維持するのを相当と認めるので、結局、最高裁判所の判例違反をいう論旨は原判決破棄の理由とはなりえないものである。

 

殺人罪と自殺関与罪

最判昭和33.11.21

 同第二点は判例違反を主張するのであるが、所論掲記の大審院判決(昭和八年(れ)第一二七号同年四月一九日言渡、集一二巻四七一頁)の要旨は「詐言ヲ以テ被害者ヲ錯誤ニ陥ラシメ之ヲシテ自殺スルノ意思ナク自ラ頸部ヲ縊リ一時仮死状態ト為ルモ再ヒ蘇生セシメラルヘシト誤信セシメ自ラ其ノ頸部ヲ縊リテ死亡スルニ至ラシメタルトキハ殺人罪ヲ構成ス」というのであり、又次の大審院判決(昭和九年(れ)第七五七号同年八月二七日言渡、集一三巻一〇八六頁)の要旨は「自殺ノ何タルカヲ理解スルノ能力ナキ幼児ハ自己ヲ殺害スルコトヲ嘱託シ又ハ殺害ヲ承諾スルノ能力ナキモノトス」というのであつて、原判決はこれらを本件被害者の「心中の決意実行は正常な自由意思によるものではなく、全く被告人の欺罔に基くものであり、被告人は同女の命を断つ手段としてかかる方法をとつたに過ぎない」から「被告人には心中する意思がないのにこれある如く装い、その結果同女をして被告人が追死してくれるものと誤信したことに因り心中を決意せしめ、被告人がこれに青化ソーダを与えて嚥下せしめ同女を死亡せしめた」被告人の所為は殺人罪に当り単に自殺関与罪に過ぎないものてはない、という判示に参照として引用したものである。してみれば、原判決の意図するところは、被害者の意思に重大な瑕疵がある場合においては、それが被害者の能力に関するものであると、はたまた犯人の欺罔による錯誤に基くものであるとを問わず、要するに被害者の自由な真意に基かない場合は刑法二〇二条にいう被殺者の嘱託承諾としては認め得られないとの見解の下に、本件被告人の所為を殺人罪に問擬するに当り如上判例を参照として掲記したものというべく、そしてこの点に関する原判断は正当であつて、何ら判例に違反する判断あるものということはできない。所論はまた前記大審院判例の事案は真実自殺する意思なきものの自殺行為を利用して殺害した場合であるに対し、本件被害者は死を認識決意していたものであり錯誤は単に動機縁由に関するものにすぎないが故に判例違反の違法があるというが、その主張は事実誤認を前提とするか独自の見解の下に原判示を曲解した論難というべきであつて採用できない。(なお所論高裁判例は正に本件と趣旨を同じくするものであり、所論は事実誤認を前提とするもので採用できない。)
 同第三点は、本件被害者は自己の死そのものにつき誤認はなく、それを認識承諾していたものであるが故に刑法上有効な承諾あるものというべく、本件被告人の所為を殺人罪に問擬した原判決は法律の解釈を誤つた違法があると主張するのであるが、本件被害者は被告人の欺罔の結果被告人の追死を予期して死を決意したものであり、その決意は真意に添わない重大な瑕疵ある意思であることが明らかである。そしてこのように被告人に追死の意思がないに拘らず被害者を欺罔し被告人の追死を誤信させて自殺させた被告入の所為は通常の殺人罪に該当するものというべく、原判示は正当であつて所論は理由がない。

 

傷害

最判昭和27.6.6

 しかし、傷害罪は他人の身体の生理的機能を毀損するものである以上、その手段が何であるかを問はないのであり、本件のごとく暴行によらずに病毒を他人に感染させる場合にも成立するのである。従つて、これと見解を異にする論旨は採用できない(所論引用の判例は暴行を手段とした傷害の案件に関するものであつて、本件には適切でない。)

 

同意傷害

最決昭和55.11.13

 なお、被害者が身体傷害を承諾したばあいに傷害罪が成立するか否かは、単に承諾が存在するという事実だけでなく、右承諾を得た動機、目的、身体傷害の手段、方法、損傷の部位、程度など諸般の事情を照らし合せて決すべきものであるが、本件のように、過失による自動車衝突事故であるかのように装い保険金を騙取する目的をもつて、被害者の承諾を得てその者に故意に自己の運転する自動車を衝突させて傷害を負わせたばあいには、右承諾は、保険金を騙取するという違法な目的に利用するために得られた違法なものであつて、これによつて当該傷害行為の違法性を阻却するものではないと解するのが相当である。したがつて本件は、原判決の認めた業務上過失傷害罪にかえて重い傷害罪が成立することになるから、同法四三五条六号の「有罪の言渡を受けた者に対して無罪を言い渡し、又は原判決において認めた罪より軽い罪を認める」べきばあいにあたらないことが明らかである。

 

暴行

最判昭和29.8.20

 論旨は憲法三一条違反をいうが、その実質は法令違反の主張であつて刑訴四〇五条の上告理由にあたらない。なお、刑法二〇八条にいう暴行とは人の身体に対し不法な攻撃を加えることをいうのである。従つて第一審判決判示の如く被告人等が共同して判示部課長等に対しその身辺近くにおいてブラスバンド用の大太鼓、鉦等を連打し同人等をして頭脳の感覚鈍り意識朦朧たる気分を与え又は脳貧血を起さしめ息詰る如き程度に達せしめたときは人の身体に対し不法な攻撃を加えたものであつて暴行と解すべきであるから同旨に出でた原判示は正当である。

 

業務上過失致死傷罪の業務

最判昭和33.4.18

しかし、職権で調査するに、刑法二一一条にいわゆる業務とは、本来人が社会生活上の地位に基き反覆継続して行う行為であつて(昭和二五年(れ)一四六号同二六年六月七日第一小法廷判決、集五巻七号一二三六頁参照)、かつその行為は他人の生命身体等に危害を加える虞あるものであることを必要とするけれども、行為者の目的がこれによつて収入を得るにあるとその他の欲望を充たすにあるとは問わないと解すべきである。従つて銃器を使用してなす狩猟行為の如き他人の生命、身体等に危害を及ぼす虞ある行為を、免許を受けて反覆継続してなすときは、たといその目的が娯楽のためであつても、なおこれを刑法二一一条にいわゆる業務と認むべきものといわねばならない。

 

保護責任者

最判昭和34.7.24

 弁護人清瀬一郎、同内山弘の上告趣意第一点は、判例違反を主張するが、車馬等の交通に因り人の殺傷があつた場合には、当該車馬等の操縦者は、直ちに被害者の救護その他必要な措置を講ずる義務があり、これらの措置を終り且つ警察官の指示を受けてからでなければ車馬等の操縦を継続し又は現場を立去ることを許されないのであるから(道路交通取締法二四条、同法施行令六七条)、本件の如く自動車の操縦中過失に因り通行人に自動車を接触させて同人を路上に顛倒せしめ、約三箇月の入院加療を要する顔面打撲擦傷及び左下腿開放性骨折の重傷を負わせ歩行不能に至らしめたときは、かかる自動車操縦者は法令により「病者ヲ保護ス可キ責任アル者」に該当するものというべく、原審が本件につき刑法二一八条をも適用処断したことはまことに正当であり、且つこの点についての原判示はむしろ論旨引用の判例と同趣旨のものであつて論旨はすべて理由がない。
 同第二点は、刑法二一八条の解釈の誤り、審理不尽の違法及び量刑不当を主張するが、所論はすべて刑訴四〇五条の上告理由に当らない。そして刑法二一八条にいう遺棄には単なる置去りをも包含すと解すべく、本件の如く、自動車の操縦者が過失に因り通行人に前示のような歩行不能の重傷を負わしめながら道路交通取締法、同法施行令に定むる救護その他必要な措置を講ずることなく、被害者を自動車に乗せて事故現場を離れ、折柄降雪中の薄暗い車道上まで運び、医者を呼んで来てやる旨申欺いて被害者を自動車から下ろし、同人を同所に放置したまま自動車の操縦を継続して同所を立去つたときは、正に「病者ヲ遺棄シタルトキ」に該当するものというべく、原判決には所論の如く法令の解釈を誤つた違法はない。また第一審判決が懲役刑の執行猶予を言渡した場合に、控訴裁判所が何ら事実の取調をしないで、第一審判決を量刑不当として破棄し、みずから訴訟記録及び第一審で取調べた証拠のみによつて、懲役刑(実刑)の言渡をしても刑訴四〇〇条但書に違反しないことは、昭和二七年(あ)第四二二三号、同三一年七月一八日大法廷判決、刑集一〇巻七号一一七三頁、の判示せるところであり、原審の訴訟手続には所論の如き審理不尽の違法はない。

 

脅迫

最判昭和35.3.18

なお所論は要するに刑法二二二条の脅迫罪は同条所定の法益に対して害悪を加うべきことを告知することによつて成立し、その害悪は一般に人を畏怖させるに足る程度のものでなければならないところ、本件二枚の葉書の各文面は、これを如何に解釈しても出火見舞にすぎず、一般人が右葉書を受取つても放火される危険があると畏怖の念を生ずることはないであらうから、仮に右葉書が被告人によつて差出されたものであるとしても被告人に脅迫罪の成立はない旨主張するけれども、本件におけるが如く、二つの派の抗争が熾烈になつている時期に、一方の派の中心人物宅に、現実に出火もないのに、「出火御見舞申上げます、火の元に御用心」、「出火御見舞申上げます、火の用心に御注意」という趣旨の文面の葉書が舞込めば、火をつけられるのではないかと畏怖するのが通常であるから、右は一般に人を畏怖させるに足る性質のものであると解して、本件被告人に脅迫罪の成立を認めた原審の判断は相当である。

 

未成年者略取・誘拐罪の保護法益

最決平成17.12.6

 【要旨】本件において,被告人は,離婚係争中の他方親権者であるBの下からCを奪取して自分の手元に置こうとしたものであって,そのような行動に出ることにつき,Cの監護養育上それが現に必要とされるような特段の事情は認められないから,その行為は,親権者によるものであるとしても,正当なものということはできない。また,本件の行為態様が粗暴で強引なものであること,Cが自分の生活環境についての判断・選択の能力が備わっていない2歳の幼児であること,その年齢上,常時監護養育が必要とされるのに,略取後の監護養育について確たる見通しがあったとも認め難いことなどに徴すると,家族間における行為として社会通念上許容され得る枠内にとどまるものと評することもできない。以上によれば,本件行為につき,違法性が阻却されるべき事情は認められないのであり,未成年者略取罪の成立を認めた原判断は,正当である。

 

安否を憂慮する者

最決昭和62.3.24

 なお、所論にかんがみ、職権をもつて判断するに、刑法二二五条の二にいう「近親其他被拐取者の安否を憂慮する者」には、単なる同情から被拐取者の安否を気づかうにすぎないとみられる第三者は含まれないが、被拐取者の近親でなくとも、被拐取者の安否を親身になつて憂慮するのが社会通念上当然とみられる特別な関係にある者はこれに含まれるものと解するのが相当である。本件のように、A銀行の代表取締役社長が拐取された場合における同銀行幹部らは、被拐取者の安否を親身になつて憂慮するのが社会通念上当然とみられる特別な関係にある者に当たるというべきであるから、本件銀行の幹部らが同条にいう「近親其他被拐取者の安否を憂慮する者」に当たるとした原判断の結論は正当である。

 

強制わいせつ等致死傷罪

最決平成20.1.22

上記事実関係によれば,被告人は,被害者が覚せいし,被告人のTシャツをつかむなどしたことによって,わいせつな行為を行う意思を喪失した後に,その場から逃走するため,被害者に対して暴行を加えたものであるが,被告人のこのような暴行は,上記準強制わいせつ行為に随伴するものといえるから,これによって生じた上記被害者の傷害について強制わいせつ致傷罪が成立するというべきであり,これと同旨の原判断は正当である。

 

名誉毀損と真実性の錯誤

最判昭和44.6.25(夕刊和歌山時事事件)

 しかし、刑法二三〇条ノ二の規定は、人格権としての個人の名誉の保護と、憲法二一条による正当な言論の保障との調和をはかつたものというべきであり、これら両者間の調和と均衡を考慮するならば、たとい刑法二三〇条ノ二第一項にいう事実が真実であることの証明がない場合でも、行為者がその事実を真実であると誤信し、その誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らし相当の理由があるときは、犯罪の故意がなく、名誉毀損の罪は成立しないものと解するのが相当である。これと異なり、右のような誤信があつたとしても、およそ事実が真実であることの証明がない以上名誉毀損の罪責を免れることがないとした当裁判所の前記判例(昭和三三年(あ)第二六九八号同三四年五月七日第一小法廷判決、刑集一三巻五号六四一頁)は、これを変更すべきものと認める。したがつて、原判決の前記判断は法令の解釈適用を誤つたものといわなければならない。

 

威力業務妨害

最決平成14.9.30(新宿ダンボール事件)

 2 【要旨1】以上の事実関係によれば,本件において妨害の対象となった職務は,動く歩道を設置するため,本件通路上に起居する路上生活者に対して自主的に退去するよう説得し,これらの者が自主的に退去した後,本件通路上に残された段ボール小屋等を撤去することなどを内容とする環境整備工事であって,強制力を行使する権力的公務ではないから,刑法234条にいう「業務」に当たると解するのが相当であり(最高裁昭和59年(あ)第627号同62年3月12日第一小法廷決定・刑集41巻2号140頁,最高裁平成9年(あ)第324号同12年2月17日第二小法廷決定・刑集54巻2号38頁参照),このことは,前記1(8)のように,段ボール小屋の中に起居する路上生活者が警察官によって排除,連行された後,その意思に反してその段ボール小屋が撤去された場合であっても異ならないというべきである。
 3 さらに,本件工事が威力業務妨害罪における業務として保護されるべきものといえるかどうかについて検討する。
【要旨2】本件工事は,上記のように路上生活者の意思に反して段ボール小屋を撤去するに及んだものであったが,前記1の事実関係にかんがみると,本件工事は,公共目的に基づくものであるのに対し,本件通路上に起居していた路上生活者は,これを不法に占拠していた者であって,これらの者が段ボール小屋の撤去によって被る財産的不利益はごくわずかであり,居住上の不利益についても,行政的に一応の対策が立てられていた上,事前の周知活動により,路上生活者が本件工事の着手によって不意打ちを受けることがないよう配慮されていたということができる。しかも,東京都が道路法32条1項又は43条2号に違反する物件であるとして,段ボール小屋を撤去するため,同法71条1項に基づき除却命令を発した上,行政代執行の手続を採る場合には,除却命令及び代執行の戒告等の相手方や目的物の特定等の点で困難を来し,実効性が期し難かったものと認められる。そうすると,道路管理者である東京都が本件工事により段ボール小屋を撤去したことは,やむを得ない事情に基づくものであって,業務妨害罪としての要保護性を失わせるような法的瑕疵があったとは認められない。

 

占有

最判昭和32.11.8

 論旨第一点は要するに、被告人は本件写真機を拾つたもので盗んだものではないから占有離脱物横領罪を構成することあるも窃盗罪は成立しないとし、原判決は引用の判例に違反すると主張する。よつて本件写真機が果して被害者(占有者)の意思に基かないでその占有を離脱したものかどうかを考えてみるのに、刑法上の占有は人が物を実力的に支配する関係であつて、その支配の態様は物の形状その他の具体的事情によつて一様ではないが、必ずしも物の現実の所持又は監視を必要とするものではなく、物が占有者の支配力の及ぶ場所に存在するを以て足りると解すべきである。しかして、その物がなお占有者の支配内にあるというを得るか否かは通常人ならば何人も首肯するであろうところの社会通念によつて決するの外はない。
 ところで原判決が本件第一審判決挙示の証拠によつて説示したような具体的状況(本件写真機は当日昇仙峡行のバスに乗るため行列していた被害者がバスを待つ間に身辺の左約三〇糎の判示個所に置いたものであつて、同人は行列の移動に連れて改札口の方に進んだが、改札口の手前約二間(三・六六米)の所に来たとき、写真機を置き忘れたことに気がつき直ちに引き返したところ、既にその場から持ち去られていたものであり、行列が動き始めてからその場所に引き返すまでの時間は約五分に過ぎないもので、且つ写真機を置いた場所と被害者が引き返した点との距離は約一九・五八米に過ぎないと認められる)を客観的に考察すれば、原判決が右写真機はなお被害者の実力的支配のうちにあつたもので、未だ同人の占有を離脱したものとは認められないと判断したことは正当である。引用の仙台高等裁判所判例は事案を異にし本件に適切でない(なお、引用の昭和二三年(れ)第七九七号事件は同年八月一六日上告取下により終了したものである)。また、原判決が、当時右写真機はバス乗客中の何人かが一時その場所においた所持品であることは何人にも明らかに認識しうる状況にあつたものと認め、被告人がこれを遺失物と思つたという弁解を措信し難いとした点も、正当であつて所論の違法は認められない。

 

窃盗罪・詐欺罪の不法領得の意思

最決平成16.11.30

 他方,本件において,被告人は,前記のとおり,郵便配達員から正規の受送達者を装って債務者あての支払督促正本等を受領することにより,送達が適式にされたものとして支払督促の効力を生じさせ,債務者から督促異議申立ての機会を奪ったまま支払督促の効力を確定させて,債務名義を取得して債務者の財産を差し押さえようとしたものであって,受領した支払督促正本等はそのまま廃棄する意図であった。【要旨2】このように,郵便配達員を欺いて交付を受けた支払督促正本等について,廃棄するだけで外に何らかの用途に利用,処分する意思がなかった場合には,支払督促正本等に対する不法領得の意思を認めることはできないというべきであり,このことは,郵便配達員からの受領行為を財産的利得を得るための手段の一つとして行ったときであっても異ならないと解するのが相当である。そうすると,被告人に不法領得の意思が認められるとして詐欺罪の成立を認めた原判決は,法令の解釈適用を誤ったものといわざるを得ない。

 

不動産侵奪

最判平成12.12.15

刑法二三五条の二の不動産侵奪罪にいう「侵奪」とは、不法領得の意思をもって、不動産に対する他人の占有を排除し、これを自己又は第三者の占有に移すことをいうものである。そして、当該行為が侵奪行為に当たるかどうかは、具体的事案に応じて、不動産の種類、占有侵害の方法、態様、占有期間の長短、原状回復の難易、占有排除及び占有設定の意思の強弱、相手方に与えた損害の有無などを総合的に判断し、社会通念に従って決定すべきものであることは、原判決の摘示するとおりである。

 

強盗罪の暴行・脅迫

最判昭和24.2.8

 他人に暴行又は脅迫を加えて財物を奪取した場合に、それが恐喝罪となるか強盗罪となるかは、その暴行又は脅迫が、社会通念上一般に被害者の反抗を抑圧するに足る程度のものであるかどうかと云う客観的基準によつて決せられるのであつて、具体的事案の被害者の主観を基準としてその被害者の反抗を抑圧する程度であつたかどうかと云うことによつて決せられるものではない。原判決は所論の判示第二の事実について、被告人等三名が昭和二二年八月二三日午後十一時半頃被害者方に到り、判示の如く匕首を示して同人を脅迫し同人の差出した現金二百円を強取し、更に財布を・ぎ取つた事実を認定しているのであるから、右の脅迫は社会通念上被害者の反抗を抑圧するに足る程度のものであることは明かである。従つて右認定事実は強盗罪に該当するものであつて、仮りに所論の如く被害者Aに対しては偶々同人の反抗を抑圧する程度に至らなかつたとしても恐喝罪となるものではない。果して然らば原判決には何等所論の如き擬律錯誤の違法はない。論旨は、理由なきものである。

 

窃盗の機会

最判平成16.12.10

 しかしながら,【要旨】上記事実によれば,被告人は,財布等を窃取した後,だれからも発見,追跡されることなく,いったん犯行現場を離れ,ある程度の時間を過ごしており,この間に,被告人が被害者等から容易に発見されて,財物を取り返され,あるいは逮捕され得る状況はなくなったものというべきである。そうすると,被告人が,その後に,再度窃盗をする目的で犯行現場に戻ったとしても,その際に行われた上記脅迫が,窃盗の機会の継続中に行われたものということはできない。

 

詐欺罪と不法原因給付

最判昭和25.7.4

 論旨は闇取引については取引当事者の財産的利益は刑法の対象にはならないものであるから、原判決は刑法の放任した範囲に法の効力を及ぼした違法があると主張する。しかし詐欺罪の如く他人の財産権の侵害を本質とする犯罪が、処罰されたのは単に被害者の財産権の保護のみにあるのではなく、かかる違法な手段による行為は社会の秩序をみだす危険があるからである、そして社会秩序をみだす点においては所謂闇取引の際に行われた欺罔手段でも通常の取引の場合と何等異るところはない。従つて、闇取引として経済統制法規によつて処罰される行為であるとしても相手方を欺罔する方法即ち社会秩序をみだすような手段を以て相手方の占有する財物を交付せしめて財産権を侵害した以上被告人の行為が刑法の適用をまぬかるべき理由はないから論旨は採用できない。

 

財産上の損害

最判平成13.7.19

 【要旨】請負人が本来受領する権利を有する請負代金を欺罔手段を用いて不当に早く受領した場合には,その代金全額について刑法246条1項の詐欺罪が成立することがあるが,本来受領する権利を有する請負代金を不当に早く受領したことをもって詐欺罪が成立するというためには,欺罔手段を用いなかった場合に得られたであろう請負代金の支払とは社会通念上別個の支払に当たるといい得る程度の期間支払時期を早めたものであることを要すると解するのが相当である。

 

三角詐欺

最判昭和45.3.26

 ところで、詐欺罪が成立するためには、被欺罔者が錯誤によつてなんらかの財産的処分行為をすることを要するのであり、被欺罔者と財産上の被害者とが同一人でない場合には、被欺罔者において被害者のためその財産を処分しうる権能または地位のあることを要するものと解すべきである。

 

権利行使と恐喝

最判昭和30.10.14

 他人に対して権利を有する者が、その権利を実行することは、その権利の範囲内であり且つその方法が社会通念上一般に忍溶すべきものと認められる程度を超えない限り、何等違法の問題を生じないけれども、右の範囲程度を逸脱するときは違法となり、恐喝罪の成立することがあるものと解するを相当とする(昭和二六年(れ)二四八二号同二七年五月二〇日第三小法廷判決参照)。

 

横領罪の不法領得の意思

最判昭和24.3.8

 横領罪の成立に必要な不法領得の意志とは、他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意志をいうのであつて、必ずしも占有者が自己の利益取得を意図することを必要とするものではなく、又占有者において不法に処分したものを後日に補填する意志が行為当時にあつたからとて横領罪の成立を妨げるものでもない。本件につき原審の確定した事実によると、被告人は居村の農業会長として、村内の各農家が食糧管理法及び同法に基ずく命令の定めるところによつて政府に売渡すべき米穀すなわち供出米を農業会に寄託し政府への売渡を委託したので、右供出米を保管中、米穀と魚粕とを交換するため、右保管米をA消費組合外二者に宛て送付して横領したというのである。農業会は各農家から寄託を受けた供出米については、政府への売渡手続を終つた後、政府の指図によつて出庫するまでの間は、これを保管する任務を有するのであるから、農業会長がほしいままに他にこれを処分するが如きことは、固より法の許さないところである。そして、前段に説明した理由によれば、原審の確定した事実自体から被告人に横領罪の成立に必要な不法領得の意志のあつたことを知ることができるのであるから、原判決には所論のような理由の不備若しくは齟齬の違法はなく、論旨は理由がない。

 

図利加害目的

最判平成10.11.25

以上の事実関係によれば、被告人及びHらは、本件融資が、Bに対し、遊休資産化していた土地を売却してその代金を直ちに入手できるようにするなどの利益を与えるとともに、D及びCに対し、大幅な担保不足であるのに多額の融資を受けられるという利益を与えることになることを認識しつつ、あえて右融資を行うこととしたことが明らかである。そして、被告人及びHらには、本件融資に際し、Bが募集していたレジャークラブ会員権の預り保証金の償還資金を同社に確保させることによりひいては、Bと密接な関係にあるA銀行の利益を図るという動機があったにしても、右資金の確保のためにA銀行にとって極めて問題が大きい本件融資を行わなければならないという必要性、緊急性は認められないこと等にも照らすと、前記一6のとおり、それは融資の決定的な動機ではなく、本件融資は、主として右のようにB、D及びCの利益を図る目的をもって行われたということができる。そうすると、被告人及びHらには、本件融資につき特別背任罪におけるいわゆる図利目的があったというに妨げなく、被告人につきHらとの共謀による同罪の成立が認められるというべきであるから、これと同旨の原判断は正当である。

 

盗品等関与罪

最決平成14.7.1

 【要旨】なお,所論にかんがみ,職権で判断するに,盗品等の有償の処分のあっせんをする行為は,窃盗等の被害者を処分の相手方とする場合であっても,被害者による盗品等の正常な回復を困難にするばかりでなく,窃盗等の犯罪を助長し誘発するおそれのある行為であるから,刑法256条2項にいう盗品等の「有償の処分のあっせん」に当たると解するのが相当である(最高裁昭和25年(れ)第194号同26年1月30日第三小法廷判決・刑集5巻1号117頁,最高裁昭和26年(あ)第1580号同27年7月10日第一小法廷決定・刑集6巻7号876頁,最高裁昭和31年(あ)第3533号同34年2月9日第二小法廷決定・刑集13巻1号76頁参照)。これと同旨の見解に立ち,被告人の行為が盗品等処分あっせん罪に当たるとした原判断は,正当である。

 

公共の危険

最決平成15.4.14

 所論は,刑法110条1項にいう「公共の危険」は,同法108条,109条所定の建造物等への延焼のおそれに限られる旨主張する。しかし,【要旨1】同法110条1項にいう「公共の危険」は,必ずしも同法108条及び109条1項に規定する建造物等に対する延焼の危険のみに限られるものではなく,不特定又は多数の人の生命,身体又は前記建造物等以外の財産に対する危険も含まれると解するのが相当である。そして,【要旨2】市街地の駐車場において,被害車両からの出火により,第1,第2車両に延焼の危険が及んだ等の本件事実関係の下では,同法110条1項にいう「公共の危険」の発生を肯定することができるというべきである。本件について同項の建造物等以外放火罪の成立を認めた原判決の判断は,正当である。

 

写真コピー

最判昭和51.4.30

 おもうに、公文書偽造罪は、公文書に対する公共的信用を保護法益とし、公文書が証明手段としてもつ社会的機能を保護し、社会生活の安定を図ろうとするものであるから、公文書偽造罪の客体となる文書は、これを原本たる公文書そのものに限る根拠はなく、たとえ原本の写であつても、原本と同一の意識内容を保有し、証明文書としてこれと同様の社会的機能と信用性を有するものと認められる限り、これに含まれるものと解するのが相当である。すなわち、手書きの写のように、それ自体としては原本作成者の意識内容を直接に表示するものではなく、原本を正写した旨の写作成者の意識内容を保有するに過ぎず、原本と写との間に写作成者の意識が介在混入するおそれがあると認められるような写文書は、それ自体信用性に欠けるところがあつて、権限ある写作成者の認証があると認められない限り、原本である公文書と同様の証明文書としての社会的機能を有せず、公文書偽造罪の客体たる文書とはいいえないものであるが、写真機、複写機等を使用し、機械的方法により原本を複写した文書(以下「写真コピー」という。)は、写ではあるが、複写した者の意識が介在する余地のない、機械的に正確な複写版であつて、紙質等の点を除けば、その内容のみならず筆跡、形状にいたるまで、原本と全く同じく正確に再現されているという外観をもち、また、一般にそのようなものとして信頼されうるような性質のもの、換言すれば、これを見る者をして、同一内容の原本の存在を信用させるだけではなく、印章、署名を含む原本の内容についてまで、原本そのものに接した場合と同様に認識させる特質をもち、その作成者の意識内容でなく、原本作成者の意識内容が直接伝達保有されている文書とみうるようなものであるから、このような写真コピーは、そこに複写されている原本が右コピーどおりの内容、形状において存在していることにつき極めて強力な証明力をもちうるのであり、それゆえに、公文書の写真コピーが実生活上原本に代わるべき証明文書として一般に通用し、原本と同程度の社会的機能と信用性を有するものとされている場合が多いのである。右のような公文書の写真コピーの性質とその社会的機能に照らすときは、右コピーは、文書本来の性質上写真コピーが原本と同様の機能と信用性を有しえない場合を除き、公文書偽造罪の客体たりうるものであつて、この場合においては、原本と同一の意識内容を保有する原本作成名義人作成名義の公文書と解すべきであり、また、右作成名義人の印章、署名の有無についても、写真コピーの上に印章、署名が複写されている以上、これを写真コピーの保有する意識内容の場合と別異に解する理由はないから、原本作成名義人の印章、署名のある文書として公文書偽造罪の客体たりうるものと認めるのが相当である。そして、原本の複写自体は一般に禁止されているところではないから、真正な公文書原本そのものをなんら格別の作為を加えることなく写真コピーの方法によつて複写することは原本の作成名義を冒用したことにはならず、したがつて公文書偽造罪を構成するものでないことは当然であるとしても原本の作成名義を不正に使用し、原本と異なる意識内容を作出して写真コピーを作成するがごときことは、もとより原本作成名義人の許容するところではなく、また、そもそも公文書の原本のない場合に、公務所または公務員作成名義を一定の意識内容とともに写真コピーの上に現出させ、あたかもその作成名義人が作成した公文書の原本の写真コピーであるかのような文書を作成することについては、右写真コピーに作成名義人と表示された者の許諾のあり得ないことは当然であつて、行使の目的をもつてするこのような写真コピーの作成は、その意味において、公務所または公務員の作成名義を冒用して、本来公務所または公務員の作るべき公文書を偽造したものにあたるというべきである。

 

名義人

最決平成15.10.6

私文書偽造の本質は,文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽る点にあると解される(最高裁昭和58年(あ)第257号同59年2月17日第二小法廷判決・刑集38巻3号336頁,最高裁平成5年(あ)第135号同年10月5日第一小法廷決定・刑集47巻8号7頁参照)。本件についてこれをみるに,【要旨】上記1のような本件文書の記載内容,性質などに照らすと,ジュネーブ条約に基づく国際運転免許証の発給権限を有する団体により作成されているということが,正に本件文書の社会的信用性を基礎付けるものといえるから,本件文書の名義人は,「ジュネーブ条約に基づく国際運転免許証の発給権限を有する団体である国際旅行連盟」であると解すべきである。そうすると,国際旅行連盟が同条約に基づきその締約国等から国際運転免許証の発給権限を与えられた事実はないのであるから,所論のように,国際旅行連盟が実在の団体であり,被告人に本件文書の作成を委託していたとの前提に立ったとしても,被告人が国際旅行連盟の名称を用いて本件文書を作成する行為は,文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽るものであるといわねばならない。したがって,被告人に対し有印私文書偽造罪の成立を認めた原判決の判断は,正当である。

 

虚偽公文書作成罪の間接正犯

最判昭和32.10.4

 刑法一五六条の虚偽公文書作成罪は、公文書の作成権限者たる公務員を主体とする身分犯ではあるが、作成権限者たる公務員の職務を補佐して公文書の起案を担当する職員が、その地位を利用し行使の目的をもつてその職務上起案を担当する文書につき内容虚偽のものを起案し、これを情を知らない右上司に提出し上司をして右起案文書の内容を真実なものと誤信して署名若しくは記名、捺印せしめ、もつて内容虚偽の公文書を作らせた場合の如きも、なお、虚偽公文書作成罪の間接正犯の成立あるものと解すべきである。けだし、この場合においては、右職員は、その職務に関し内容虚偽の文書を起案し情を知らない作成権限者たる公務員を利用して虚偽の公文書を完成したものとみるを相当とするからである(昭和一〇年(れ)第一四二四号同一一年二月一四日大審院判決、昭和一五年(れ)第六三号、同年四月二日大審院判決参照)。
これを本件についてみると、原判決の是認した第一審判決の判示認定事実によれば、被告人は、その第一の(一)及び(二)の犯行当時、宮城県栗原地方事務所において同地方事務所長Aの下にあつて同地方事務所の建築係として一般建築に関する建築申請書類の審査、建築物の現場審査並びに住宅金融公庫よりの融資により建築される住宅の建築設計審査、建築進行状況の審査及びこれらに関する文書の起案等の職務を担当していたものであるところ、その地位を利用し行使の目的をもつて右第一の(一)及び(二)の判示の如く未だ着工していないBの住宅の現場審査申請書に、建前が完了した旨又は屋根葺、荒壁が完了した旨いずれも虚偽の報告記載をなし、これを右住宅の現場審査合格書の作成権限者たる右地方事務所長に提出し、情を知らない同所長をして真実その報告記載のとおり建築が進行したものと誤信させて所要の記名、捺印をなさしめ、もつてそれぞれ内容虚偽の現場審査合格書を作らせたものであるから、被告人の右所為を刑法一五六条に問擬し、右虚偽の各審査合格書を各関係官庁並びに銀行に提出行使した所為を各同法一五八条の罪を構成するものと認定した第一審判決を是認した原判決は正当であるといわなければならない。所論引用の当裁判所の判例は、公務員でない者が虚偽の申立をなし情を知らない公務員をして虚偽の文書を作らせた事案に関するものであつて、本件に適切でない。論旨は理由がない。

 

有価証券

最判昭和32.7.25

 弁護人坂井寅治の上告趣意は、違憲をいうが、憲法三七条の公平な裁判所の裁判とは所論のごときものをいうものでないこと当裁判所大法廷の屡々判示したところであるから、採るを得ない。また、原判決は、量刑不当の控訴趣意に対する判断をしたに過ぎないものであるから、所論法令違反の主張は、第一審判決に対する非難であつて、原判決に対する適法な上告理由と認められない。(なお、刑法にいわゆる有価証券とは、大審院が屡々判示したように、財産上の権利が証券に表示され、その表示された財産上の権利の行使につきその証券の占有を必要とし、その証券が取引上流通性を有すると否とは刑法上は必ずしもこれを問わないものと解するを相当とする。されば、第一審判決が本件定期乗車券を有価証券と解したのは正当である。)

 

わいせつ

最判昭和55.11.28(四畳半襖の下張事件)

 なお、文書のわいせつ性の判断にあたつては、当該文書の性に関する露骨で詳細な描写叙述の程度とその手法、右描写叙述の文書全体に占める比重、文書に表現された思想等と右描写叙述との関連性、文書の構成や展開、さらには芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度、これらの観点から該文書を全体としてみたときに、主として、読者の好色的興味にうつたえるものと認められるか否かなどの諸点を検討することが必要であり、これらの事情を総合し、その時代の健全な社会通念に照らして、それが「徒らに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」(前掲最高裁昭和三二年三月一三日大法廷判決参照)といえるか否かを決すべきである。本件についてこれをみると、本件「四畳半襖の下張」は、男女の性的交渉の情景を扇情的な筆致で露骨、詳細かつ具体的に描写した部分が量的質的に文書の中枢を占めており、その構成や展開、さらには文芸的、思想的価値などを考慮に容れても、主として読者の好色的興味にうつたえるものと認められるから、以上の諸点を総合検討したうえ、本件文書が刑法一七五条にいう「わいせつの文書」にあたると認めた原判断は、正当である。

 

公務執行妨害

最判昭和45.12.22

 なお、所論にかんがみ、刑法九五条一項の定める公務執行妨害罪の要件について考えるに、右条項の趣旨とするところは、公務員そのものについて、その身分ないし地位を特別に保護しようとするものではなく、公務員によつて行なわれる公務の公共性にかんがみ、その適正な執行を保護しようとするものであるから、その保護の対象となるべき職務の執行というのは、漫然と抽象的・包括的に捉えられるべきものではなく、具体的・個別的に特定されていることを要するものと解すべきである。そして、右条項に「職務ヲ執行スルニ当り」と限定的に規定されている点からして、ただ漠然と公務員の勤務時間中の行為は、すべて右職務執行に該当し保護の対象となるものと解すべきではなく、右のように具体的・個別的に特定された職務の執行を開始してからこれを終了するまでの時間的範囲およびまさに当該職務の執行を開始しようとしている場合のように当該職務の執行と時間的に接着しこれと切り離し得ない一体的関係にあるとみることができる範囲内の職務行為にかぎつて、公務執行妨害罪による保護の対象となるものと解するのが相当である。以上と異なり、職務の執行を抽象的・包括的に捉え、しかも「職務ヲ執行スルニ当り」を広く漫然と公務員の勤務時間中との意味に解するときは、公務の公共性にかんがみ、公務員の職務の執行を他の妨害から保護しようとする刑法九五条一項の趣旨に反し、これを不当に拡張し、公務員そのものの身分ないし地位の保護の対象とする不合理な結果を招来することとなるを免れないからである。

 

身代わり犯

最決平成1.5.1

 所論は、既に犯人が逮捕勾留されている場合には、その身代り犯人として警察に出頭しても犯人隠避罪は成立しない旨主張するので、以下職権により判断する。刑法一〇三条は、捜査、審判及び刑の執行等広義における刑事司法の作用を妨害する者を処罰しようとする趣旨の規定であつて(最高裁昭和二四年(れ)第一五六六号同年八月九日第三小法廷判決・刑集三巻九号一四四〇頁参照)、同条にいう「罪ヲ犯シタル者」には、犯人として逮捕勾留されている者も含まれ、かかる者をして現になされている身柄の拘束を免れさせるような性質の行為も同条にいう「隠避」に当たると解すべきである。そうすると、犯人が殺人未遂事件で逮捕勾留された後、被告人が他の者を教唆して右事件の身代り犯人として警察署に出頭させ、自己が犯人である旨の虚偽の陳述をさせた行為を犯人隠避教唆罪に当たるとした原判断は、正当である。

 

賄賂罪の保護法益

最判平成7.2.22(ロッキード事件丸紅ルート)

 賄賂罪は、公務員の職務の公正とこれに対する社会一般の信頼を保護法益とするものであるから、賄賂と対価関係に立つ行為は、法令上公務員の一般的職務権限に属する行為であれば足り、公務員が具体的事情の下においてその行為を適法に行うことができたかどうかは、問うところではない。けだし、公務員が右のような行為の対価として金品を収受することは、それ自体、職務の公正に対する社会一般の信頼を害するからである。

 




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