浅野直樹の学習日記

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平成29(2017)年司法試験予備試験論文(刑法)答案練習

問題

以下の事例に基づき,甲及び乙の罪責について論じなさい(特別法違反の点を除く。)。

1 甲(40歳,男性)は,公務員ではない医師であり,A私立大学附属病院(以下「A病院」という。)の内科部長を務めていたところ,V(35歳,女性)と交際していた。Vの心臓には特異な疾患があり,そのことについて,甲とVは知っていたが,通常の診察では判明し得ないものであった。
2 甲は,Vの浪費癖に嫌気がさし,某年8月上旬頃から,Vに別れ話を持ち掛けていたが,Vから頑なに拒否されたため,Vを殺害するしかないと考えた。甲は,Vがワイン好きで,気に入ったワインであれば,2時間から3時間でワイン1本(750ミリリットルの瓶入り)を一人で飲み切ることを知っていたことから,劇薬を混入したワインをVに飲ませてVを殺害しようと考えた。
 甲は,同月22日,Vが飲みたがっていた高級ワイン1本(750ミリリットルの瓶入り)を購入し,同月23日,甲の自宅において,同ワインの入った瓶に劇薬Xを注入し,同瓶を梱包した上,自宅近くのコンビニエンスストアからVが一人で住むV宅宛てに宅配便で送った。劇薬Xの致死量(以下「致死量」とは,それ以上の量を体内に摂取すると,人の生命に危険を及ぼす量をいう。)は10ミリリットルであるが,甲は,劇薬Xの致死量を4ミリリットルと勘違いしていたところ,Vを確実に殺害するため,8ミリリットルの劇薬Xを用意して同瓶に注入した。そのため,甲がV宅宛てに送ったワインに含まれていた劇薬Xの量は致死量に達していなかったが,心臓に特異な疾患があるVが,その全量を数時間以内で摂取した場合,死亡する危険があった。なお,劇薬Xは,体内に摂取してから半日後に効果が現れ,ワインに混入してもワインの味や臭いに変化を生じさせないものであった。
 同月25日,宅配業者が同瓶を持ってV宅前まで行ったが,V宅が留守であったため,V宅の郵便受けに不在連絡票を残して同瓶を持ち帰ったところ,Vは,同連絡票に気付かず,同瓶を受け取ることはなかった。
3 同月26日午後1時,Vが熱中症の症状を訴えてA病院を訪れた。公務員ではない医師であり,A病院の内科に勤務する乙(30歳,男性)は,Vを診察し,熱中症と診断した。乙からVの治療方針について相談を受けた甲は,Vが生きていることを知り,Vに劇薬Yを注射してVを殺害しようと考えた。甲は,劇薬Yの致死量が6ミリリットルであること,Vの心臓には特異な疾患があるため,Vに致死量の半分に相当する3ミリリットルの劇薬Yを注射すれば,Vが死亡する危険があることを知っていたが,Vを確実に殺害するため,6ミリリットルの劇薬YをVに注射しようと考えた。そして,甲は,乙のA病院への就職を世話したことがあり,乙が甲に恩義を感じていることを知っていたことから,乙であれば,甲の指示に忠実に従うと思い,乙に対し,劇薬Yを熱中症の治療に効果のあるB薬と偽って渡し,Vに注射させようと考えた。
 甲は,同日午後1時30分,乙に対し,「VにB薬を6ミリリットル注射してください。私はこれから出掛けるので,後は任せます。」と指示し,6ミリリットルの劇薬Yを入れた容器を渡した。乙は,甲に「分かりました。」と答えた。乙は,甲が出掛けた後,甲から渡された容器を見て,同容器に薬剤名の記載がないことに気付いたが,甲の指示に従い,同容器の中身を確認せずにVに注射することにした。
 乙は,同日午後1時40分,A病院において,甲から渡された容器内の劇薬YをVの左腕に注射したが,Vが痛がったため,3ミリリットルを注射したところで注射をやめた。乙がVに注射した劇薬Yの量は,それだけでは致死量に達していなかったが,Vは,心臓に特異な疾患があったため,劇薬Yの影響により心臓発作を起こし,同日午後1時45分,急性心不全により死亡した。乙は,Vの心臓に特異な疾患があることを知らず,内科部長である甲の指示に従って熱中症の治療に効果のあるB薬と信じて注射したものの,甲から渡された容器に薬剤名の記載がないことに気付いたにもかかわらず,その中身を確認しないままVに劇薬Yを注射した点において,Vの死の結果について刑事上の過失があった。
4 乙は,A病院において,Vの死亡を確認し,その後の検査の結果,Vに劇薬Yを注射したことが原因でVが心臓発作を起こして急性心不全により死亡したことが分かったことから,Vの死亡について,Vに対する劇薬Yの注射を乙に指示した甲にまで刑事責任の追及がなされると考えた。乙は,A病院への就職の際,甲の世話になっていたことから,Vに注射した自分はともかく,甲には刑事責任が及ばないようにしたいと思い,専ら甲のために,Vの親族らがVの死亡届に添付してC市役所に提出する必要があるVの死亡診断書に虚偽の死因を記載しようと考えた。
 乙は,同月27日午後1時,A病院において,死亡診断書用紙に,Vが熱中症に基づく多臓器不全により死亡した旨の虚偽の死因を記載し,乙の署名押印をしてVの死亡診断書を作成し,同日,同死亡診断書をVの母親Dに渡した。Dは,同月28日,同死亡診断書記載の死因が虚偽であることを知らずに,同死亡診断書をVの死亡届に添付してC市役所に提出した。

 

再現答案

以下刑法については条数のみを示す。

第1 甲の罪責
 (1) 劇薬Xを混入したワインを送付した行為
 殺人罪(199条)について検討する。甲は劇薬Xを8ミリリットル混入したワインを自宅近くのコンビニエンスストアからV宅宛てに宅配便で送った。これをVが数時間で全部飲み、Vが死亡したとすれば、殺人罪が成立する。故意に欠ける部分もないし、違法性を阻却する事由もない。
 実際にはVはこのワインを飲まず死亡しなかった。そこで殺人未遂罪(203条)の成否を検討する。未遂とは、犯罪の実行に着手したがその犯罪を遂げなかった場合のことである。実行の着手は、犯罪の結果の危険性が生じたときにあったと判断する。本件において、劇薬Xを混入したワインを送付した行為は、実行に着手したと言える。というのも、宅配便で送れば業者がまず間違いなく宛先に届けるし、甲からワインが届けばVは数時間でワイン1本を一人で飲み切り、そうすればV死亡の危険があったと認められるからである。こうした事情は客観的事実であり、甲が認識していた事実でもある。よって甲には殺人未遂罪が成立する。なお、殺人未遂罪が成立する前のどこかの時点で殺人予備罪(201条)が成立するが、これは殺人未遂罪に吸収されるので、そのことを論じる実益はない。
 (2) 乙をして劇薬YをVに注射させた行為
 (1)と同様に殺人罪を検討する。劇薬Yが6ミリリットル入った注射をすることによりVが死亡している。しかしこの注射を直接したのは乙であり、甲の罪責となるかが問題となる。人を道具として用いた場合には間接正犯として犯罪が成立する。人ではない道具を用いた場合と区別する必要がないからである。甲は、乙は自分に恩義を感じていて自分の指示に忠実に従うと思って注射を指示しているので、乙を道具として用いている。乙は容器に薬剤名の記載がないことに気づいたにもかかわらず、その中身を確認しないままVに劇薬Yを注射した点において過失があったとのことであるが、それでも道具性は失われていない。というのも、乙の過失は確認をしないという不作為であり、自分の意思で積極的な行動をしたわけではないからである。よって甲には間接正犯として殺人罪が成立する。
 (3)結論
 以上より、甲には、殺人未遂罪と殺人罪が成立し、これらは併合罪(47条)となる。これらはどちらもVの生命を保護法益にしているが、別個の機会の別個の行為なので、併合罪となる。

第2 乙の罪責
 (1) 劇薬YをVに注射した行為
 業務上過失致死罪(211条)を検討する。「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた」ことがその構成要件である。ここでいう「業務」とは「社会生活上反復・継続して行う行為で、人の生命に危険をもたらすおそれのあるもの」である。
 乙は医師であり、Vに注射をした行為は、上記の業務上だと言える。Vの死の結果について刑事上の過失があったとのことなので、乙には業務上過失致死罪が成立する。
 (2) 虚偽の死因を死亡診断書に記載してC市役所に提出した行為
 虚偽診断書等作成罪(160条)及び同行使罪(161条1項)を検討する。構成要件はそれぞれ「医師が公務所に提出すべき診断書、検案書又は死亡証書に虚偽の記載をした」ことと、「前二条の文書……を行使した」ことである。
 乙は医師である。死亡診断書は公務所に提出すべき死亡証書である。乙はそこに虚偽の死因を記載している。よって乙には虚偽診断書等作成罪が成立する。そしてこれをC市役所に提出しているので、同行使罪も成立する。乙はこれを専ら甲のためにしたとのことであるが、そのために乙に犯罪が成立しないということはないし、犯罪に何ら関わっていない甲が罪に問われるということもない。
 (3)結論
 以上より、乙には、業務上過失致死罪、虚偽診断書等作成罪、同行使罪が成立し、後二者と前者とは併合罪(47条)となる。後二者はけん連犯である。

第3 共犯関係
 甲と乙との間には、犯罪について意思連絡がなかったので、共犯は成立しない。

以上

 

修正答案

以下刑法については条数のみを示す。

第1 甲の罪責
 (1) 劇薬Xを混入したワインを送付した行為
 殺人未遂罪(199条、203条)の成否を検討する。殺人罪の構成要件は人を殺すことである。未遂とは実行の着手があったものの所定の結果が発生しなかった場合のことである。実行の着手は、犯罪の結果の客観的な危険性が生じたときにあったと判断する。甲は劇薬Xを8ミリリットル混入したワインを自宅近くのコンビニエンスストアからV宅宛てに宅配便で送った。宅配便で送ると業者がまず間違いなく宛先に届け、甲からワインが届けばVは数時間でワイン1本を一人で飲み切り、そうすればV死亡の危険があったと認められるから、この時点で実行の着手があったと言える。
 劇薬X8ミリリットルでは通常人の致死量には達しないが、心臓に特異な疾患があるVにとっては死亡の危険があったので、不能犯ではなく未遂犯である。また、甲はこれらの事情を認識していたので、故意に欠けるところもない。
 以上より、甲には殺人未遂罪が成立する。
 (2) 乙に劇薬Yの入った容器を渡してVに注射するよう指示した行為
 殺人罪(199条)の成否を検討する。甲が乙に対して劇薬Yが6ミリリットル入った容器を渡してこれをVに注射をするよう指示した。そして乙がその注射をするにことによってVが死亡した。Vを殺すという行為を直接行ったのは乙であるため、間接正犯についてまず検討する。間接正犯は、①利用者が被利用者の行為を利用して自己の犯罪を実行する意思、②利用者による被利用者の行為の支配、の2点が満たされた場合に認められる。本件において、甲は乙の行為を利用してV殺害という自己の犯罪を実行する意思があった。乙は事情を知らなかったので、甲が乙の行為を支配していたと言える。よって、甲は間接正犯である。
 次に因果関係について検討する。条件関係を前提として、社会通念上相当であるかどうかによって判断する。甲が乙に劇薬Yの入った容器を渡してVに注射するように指示しなければ、乙がこれをVに注射することもなく、Vが死亡することもなかった。よって条件関係はある。また、年上で恩義も感じている医師である甲から注射の指示を受けて実際に注射をするという因果関係は社会通念上相当である。乙は容器に薬剤名の記載がないことに気づいたにもかかわらず、その中身を確認しないままVに劇薬Yを注射した点において過失があったとのことであるが、その乙の過失は確認をしないという不作為であり、自分の意思で積極的な行動をしたわけではないので、因果関係は切断されない。
 以上より、甲には間接正犯として殺人罪が成立する。
 (3)結論
 以上より、甲には、殺人未遂罪と殺人罪が成立し、これらは併合罪(47条)となる。これらはどちらもVの生命を保護法益にしているが、別個の機会の別個の行為なので、併合罪となる。

第2 乙の罪責
 (1) 劇薬YをVに注射した行為
 業務上過失致死罪(211条)の成否を検討する。「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた」ことがその構成要件である。ここでいう「業務」とは「社会生活上反復・継続して行う行為で、人の生命に危険をもたらすおそれのあるもの」である。
 乙は医師であり、Vに注射をした行為は、上記の業務上だと言える。Vの死の結果について刑事上の過失があったとのことなので、必要な注意を怠ったと言え、乙には業務上過失致死罪が成立する。この過失がなければVは死亡しなかったという条件関係があり、医師が薬剤の確認を怠ると患者が死亡するというのは社会通念上相当な因果関係である。
 (2) 虚偽の死因を死亡診断書に記載してC市役所に提出した行為
 虚偽診断書等作成罪(160条)及び同行使罪(161条1項)の成否を検討する。構成要件はそれぞれ「医師が公務所に提出すべき診断書、検案書又は死亡証書に虚偽の記載をした」ことと、「前二条の文書……を行使した」ことである。乙は医師である。死亡診断書は公務所に提出すべき死亡証書である。乙はそこに虚偽の死因を記載している。よって乙には虚偽診断書等作成罪が成立する。そしてこれをDに渡して、DがC市役所に提出しているので、同行使罪も成立する(第1で述べた間接正犯に当てはまる)。
 次に証拠隠滅罪(104条)の成否を検討する。構成要件は「他人の刑事事件に関する証拠を…偽造」することである。甲という他人の殺人罪という刑事事件に関する死亡診断書という証拠を偽造しているので、証拠隠滅罪が成立する。自己の刑事事件に関する証拠であるとも言えなくないが、専ら甲のために証拠を偽造しているので、証拠隠滅罪は成立する。
 (3)結論
 以上より、乙には、(A)業務上過失致死罪、(B)虚偽診断書等作成罪、(C)同行使罪、(D)証拠隠滅が成立し、(A)と(B)ないし(D)は併合罪(47条)、(B)及び(C)は牽連犯、(B)及び(D)は観念的競合である。

第3 共犯関係
 甲と乙との間には、犯罪について意思連絡がなかったので、共犯は成立しない。

以上

 

 

 



平成29(2017)年司法試験予備試験論文(民事訴訟法)答案練習

問題

次の文章を読んで,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。

【事例】
 Yは,甲土地の所有者であったが,甲土地については,Aとの間で,賃貸期間を20年とし,その期間中は定額の賃料を支払う旨の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結しており,Aはその土地をゴルフ場用地として利用していた。その後,甲土地は,XとYとの共有となった。しかし,甲土地の管理は引き続きYが行っており,YA間の本件賃貸借契約も従前どおり維持されていた。そして,Aからの賃料については,Yが回収を行い,Xに対してはその持分割合に応じた額が回収した賃料から交付されていた。
 ところが,ある時点からYはXに対してこれを交付しないようになったので,Xから委任を受けた弁護士LがYと裁判外で交渉をしたものの,Yは支払に応じなかった。そこで,弁護士Lは,回収した賃料のうちYの持分割合を超える部分についてはYが不当に利得しているとして,Yに対して不当利得返還請求訴訟を提起することとした。
 なお,弁護士Lが確認したところによると,Aが運営するゴルフ場の経営は極めて順調であり,本件賃貸借契約が締結されてからこの10年間本件賃貸借契約の約定どおりに賃料の支払を続けていて,これまで未払はないとのことであった。

〔設問1〕
 下記の弁護士Lと司法修習生Pとの会話を読んだ上で,訴え提起の時点では未発生である利得分も含めて不当利得返還請求訴訟を提起することの適法性の有無について論じなさい。

弁護士L:今回の不当利得返還請求訴訟において,Xは,何度も訴訟を提起したくないということで,この際,残りの賃貸期間に係る利得分についても請求をしたいと希望しています。そうすると,訴え提起の時点では未発生である利得分についても請求することになりますが,何か問題はありそうですか。
修習生P:そのような請求を認めると,相手方であるYに不利益が生じてしまうかもしれません。特に口頭弁論終結後に発生する利得分をどう考えるかが難しそうです。
弁護士L:そうですね。その点にも配慮しつつ,今回の不当利得返還請求訴訟において未発生の利得分まで請求をすることが許されないか,検討してみてください。

【事例(続き)】
 弁護士Lは,Xと相談した結果,差し当たり,訴え提起の時点までに既に発生した利得分の合計300万円のみを不当利得返還請求権に基づいて請求することとした。
 これに対し,Yは,この訴訟(以下「第1訴訟」という。)の口頭弁論期日において,Xに対して有する500万円の貸金債権(以下「本件貸金債権」という。)とXの有する上記の不当利得返還請求権に係る債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。
 第1訴訟の受訴裁判所は,審理の結果,Xの不当利得返還請求権に係る債権については300万円全額が認められる一方,Yの本件貸金債権は500万円のうち450万円が弁済されているため50万円の範囲でのみ認められるとの心証を得て,その心証に従った判決(以下「前訴判決」という。)をし,前訴判決は確定した。
 ところが,その後,Yは,本件貸金債権のうち前訴判決において相殺が認められた50万円を除く残額450万円はいまだ弁済されていないとして,Xに対し,その支払を求めて貸金返還請求訴訟(以下「第2訴訟」という。)を提起した。

〔設問2〕
 第2訴訟において,受訴裁判所は,貸金債権の存否について改めて審理・判断をすることができるか,検討しなさい。

 

再現答案

以下民事訴訟法については条数のみを示す。

〔設問1〕
 将来の給付を求める訴えは、あらかじめその請求をする必要がある場合に限り、提起することができる(135条)。将来給付の訴えを無制限に認めると、被告が不安定な地位に立たされるので、このように制限されているのである。本件に即して言うと、Yが賃料が得られなくなったのに、Xへの支払い義務が残るといった場合である。
 115条1項3項などから、判決の基準時は口頭弁論終結時であると考えられる。よって、口頭弁論終結後に発生する利得分の請求は将来の給付を求める訴えになる。本件では、Aが運営するゴルフ場の経営は極めて順調であり、ここ10年に渡って約定どおりに賃料が支払われている。よってこれから10年も定額の賃料が支払われると予想できる。それでも今後賃料が支払われなくなるとか、Yが死亡するとかいうことも考えられないではないが、そのようなことを言うと、およそ将来給付訴訟が認められなくなってしまう。他方で、Xとしてはできる限りのことをしてから本件訴訟の提起に至ったのである。Xはこの賃料で生計を立てようとしているのかもしれない。よって、あらかじめその請求をする必要がある場合に当たり、訴え提起の時点では未発生である利得分も含めて不当利得返還請求訴訟を提起することができる。

〔設問2〕
 確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有し(114条1項)、相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する(114条2項)。相殺をもって対抗した額は50万円なので、それを除く残額450万円には既判力が働かないというのがYの主張であると考えられる。
 既判力が設けられたのは、被告の応訴する負担と裁判所の訴訟不経済を防ぐためである。実質的に同じ訴訟を繰り返して紛争を蒸し返すことが許されないのである。本件では、第1訴訟でYの本件貸金債権が全額審理されている。このような外側説と呼ばれるやり方は一般に採用されているものである。よって第2訴訟は実質的に第1訴訟の蒸し返しである。第1訴訟で紛争が解決したというXと裁判所の期待が裏切られている。しかしYが主張するように、114条の文言から既判力とすることはできない。そうしてしまうとそれはそれで当事者の期待を裏切ってしまう。そこで、信義に反するとして(2条)、受訴裁判所は、貸金債権の存否について改めて審理・判断をすることはできないと考えるべきである。

以上

 

修正答案

以下民事訴訟法については条数のみを示す。

〔設問1〕
 判決の基準となる時は最終口頭弁論終結時である。よって、訴え提起の時点では未発生であっても、最終口頭弁論終結時までに発生した利得分は、問題なく判決の対象となる。
 最終口頭弁論終結時より後に発生する利得分は、将来給付の訴え(135条)となる。そこでこれが認められるかどうかを検討する。
 将来の給付を求める訴えは、あらかじめその請求をする必要がある場合に限り、提起することができる(135条)。そこでまず必要性について考える。Xから委任を受けた弁護士LがYと裁判外で交渉をしたものの、Yは支払に応じなかったという事情があるので、任意での支払は期待できないため、あらかじめ請求をする必要性があると言える。
 135条で将来給付の訴えが規定されているのだけれども、将来のことは不確定であり、およそどのような将来給付の訴えも適法であるということではなく、一定の条件を満たす場合にのみ例外的に認められていると解すべきである。その一定の条件とは、①権利発生の基礎をなす関係が既に存在していて、②その権利の消滅など債務者にとって有利な事情の発生が明確に予測できる事由に限られ、③その債務者に有利な事情を請求異議の訴えで主張すべしとしても格別不公平ではない、という条件である。本件においては、不当利得返還請求権の基礎をなす甲土地のXY間での共有及び甲土地をAに賃貸するという契約(契約期間は20年であり契約が締結されてからこの10年間本件賃貸借契約の約定どおりに賃料の支払が滞りなく続けられていた)が既に存在し、その権利の消滅はXY間の共有関係の解消やAの賃料不払いなどに限られ、それらははっきりとした事情であるため請求異議の訴えでYが主張すべしだとしても格別不公平ではない。
 以上より、最終口頭弁論終結時の前後を問わず訴え提起の時点では未発生である利得分も含めて不当利得返還請求訴訟を提起することは適法である。

〔設問2〕
 確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有し(114条1項)、相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する(114条2項)。第2訴訟で支払を請求されている本件貸金債権は第1訴訟の主文に包含されていないので、もっぱら114条2項が問題となる。
 第1訴訟でのXの請求金額は300万円であり、それに対してYは500万円の本件貸金債権による相殺を主張したので、相殺をもって対抗した額はこれら金額の重複する部分である300万円である。よって、その本件貸金債権300万円のうち、50万円が成立し250万円が成立しないという判断には既判力が働く。そのため、本件貸金債権のうち300万円については、第2訴訟において、受訴裁判所は、改めて審理・判断をすることができない。
 本件貸金債権のうち、残りの200万円については既判力が働かないため、第2訴訟での審理・判断の対象となるように一見思われる。しかし、一部請求の場合にいわゆる外側説で判断をする裁判所は、本件貸金債権の500万円全額につき第1訴訟で審理・判断した結果、50万円だけが存在するという心証を得たのである。既判力が設けられたのは、実質的に同一の訴訟の繰り返しを避けて被告の応訴する負担と裁判所の訴訟不経済を防ぐためであるのだから、この理は残りの200万円についても妥当する。そこで、本件貸金債権のうち、残りの200万円については、信義に反するとして(2条)、受訴裁判所は、貸金債権の存否について改めて審理・判断をすることはできないと考えるべきである。

以上

 

 

 

 



平成29(2017)年司法試験予備試験論文(商法)答案練習

問題

次の文章を読んで,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。

1.X株式会社(以下「X社」という。)は,会社法上の公開会社であり,株券発行会社ではない。X社は,種類株式発行会社ではなく,その発行可能株式総数は10万株であり,発行済株式の総数は4万株(議決権の総数も4万個)である。X社の事業年度は6月1日から翌年5月31日までであり,定時株主総会の議決権の基準日は5月31日である。
2.X社は,主たる事業である電子機器の製造・販売業は堅調であったが,業績拡大の目的で多額の投資を行って開始した電力事業の不振により多額の負債を抱え,このままでは債務超過に陥るおそれがあった。
 そこで,X社は,この状況から脱却するため,電力事業を売却し,同事業から撤退するとともに,募集株式を発行し,債権者に当該募集株式を引き受けてもらうことにより負債を減少させる計画を立てた。
3.X社は,同社に対して5億円の金銭債権(弁済期平成28年7月1日)を有するA株式会社(以下「A社」という。)に対し,A社のX社に対する同債権を利用して,募集株式1万株を発行することとして(払込金額は5万円,出資の履行の期日は平成28年5月27日),A社にその旨の申入れをしたところ,A社の了解を得ることができた。
 なお,当該募集株式の払込金額5万円は,A社に特に有利な金額ではない。また,A社は,当該募集株式の発行を受けるまで,X社の株式を有していなかった。

〔設問1〕
 X社がA社に対してX社の募集株式1万株を発行するに当たって,上記3のA社のX社に対する5億円の金銭債権を利用するには,どのような方法が考えられるか,論じなさい。なお,これを論ずるに当たっては,その方法を採る場合に会社法上必要となる手続についても,言及しなさい。

4.X社は,電力事業の売却及び上記3の募集株式の発行により負債額を減少し,債権者に対する月々の弁済額を減額することができたが,電力事業によって生じた負債が完全に解消されたわけではなかった。また,主たる事業においても,大口の取引先が倒産したことなどによって事業計画に狂いが生じ,新たに資金調達をする必要が生じた。そこで,X社代表取締役Yは,Yの親族が経営し,X社と取引関係のないZ株式会社(以下「Z社」という。)に3億円を出資してもらってX社の募集株式を発行することとした(払込金額は5万円,出資の履行の期日は平成29年2月1日)。ところが,X社において当該募集株式についての募集事項の決定をした後,Yは,Z社から,同社が行っている事業が急激に悪化したことにより,3億円を払い込むことができない旨を告げられた。Z社の払込みがされずに,当該募集株式の発行ができないこととなると,X社の財務状態に対する信用が更に悪化するだけでなく,払込みをすることができなかったZ社の信用も悪化することが懸念された。そこで,YとZ社は,協議した上で,Z社がX社の連帯保証を受けて金融機関から3億円を借り入れ,これを当該募集株式の払込金額の払込みに充てるとともに,当該払込金をもって直ちに当該借入金を弁済することとした。
5.Z社は,平成29年2月1日,X社の連帯保証を受けて,金融機関(X社が定めた払込取扱機関とは異なる。)から3億円を借り入れ,同日,当該3億円をもって当該募集株式の払込金額の払込みに充て,X社は,Z社に対して,当該募集株式6000株を発行した。
 なお,当該募集株式の払込金額5万円は,Z社に特に有利な金額ではない。また,Z社は,当該募集株式の発行を受けるまで,X社の株式を有していなかった。
6.X社は,平成29年2月2日,当該払込金をX社の預金口座から引き出して,上記5のZ社の借入金債務を弁済した。
7.その後も,Z社の事業の状態は,悪化の一途をたどった。Z社の債権者であるB株式会社(以下「B社」という。)は,このままではZ社から弁済を受けることができなくなることを危惧し,Z社の保有する上記5のX社の株式をもって,Z社のB社に対する債務を代物弁済するよう求め,Z社もこれに応ずることとした。
 そこで,平成29年5月29日,Z社は,B社に当該株式の全部をもって代物弁済し,また,B社は,当該株式について,X社から株主名簿の名義書換えを受けた。

〔設問2〕
(1)上記5の募集株式の発行に関して,X社の株主であるCが,Y及びZ社に対して,会社法上どのような責任を追及することができるか,その手段を含めて論じなさい。
(2)上記7の代物弁済を受けたB社は,X社の定時株主総会において,当該株式につき議決権を行使することができるか,論じなさい。なお,これを論ずるに当たっては,上記5の募集株式の発行の効力についても,言及しなさい。

 

再現答案

以下会社法については条数のみを示す。

〔設問1〕
 A社は、当該募集株式の発行を受けるまで、X社の株式を有していなかったので、株主への割当ではないので募集株式の発行について検討する。株式会社は、その発行する株式を引き受ける者の募集をしようとするときは、その都度、募集株式について199条1項各号に定める事項を定めなければならない(199条1項)。公開会社ではその事項を取締役会の決議によらなければならない(201条1項、199条2項)。X社は公開会社である。よって募集株式の数が1万株であること(199条1項1号)、募集株式の払込金額が5万円であること(同項2号)、A社のX社に対する金銭債権を出資の目的とすること及びその金額が5億円であること(同項3号)、その財産の給付の期日が平成28年5月27日であること(同項4号)、「資本金が5億円増加する」や「資本金が2億5千万円、資本準備金が2億5千万円増加する」といったような増加する資本金及び資本準備金に関する事項(同項5号)を、取締役会で決議しなければならない。
 それから、現物出資財産の価額を調査させるため、裁判所に対し、検査役の選任の申立てをしなければならない(207条1項)。
 出資の履行がなされると、混同(民法520条)により、X社のA社に対する債務は消滅する。

〔設問2〕
 (1)Z社に対する責任追及
 募集株式の出資の履行を仮装した場合には、払込みを仮装した払込金額の全額の支払をする義務を負う(213条の2第1項1号)。Z社は金融機関から3億円を借り入れて、当該募集株式の払込みに充て、その3億円はX社の預金口座から引き出されて金融機関に返済された。出資されたのは金融機関からZ社が借りた3億円であり、平成29年2月1日にそれを借り入れて募集株式の払込みに充て、その翌日である2月2日に3億円を返済している。X社でこれが運用されていない。よってこれは見せ金と評価でき、出資の履行を仮装したと言える。以上より、Z社は、3億円の支払をする義務を負う。
 本来であれば、X社が提訴して、この責任を追及するのが筋である。しかしこの仮装を共同したXがそうするとは期待できない。そこでX社の株主であるCは、X社に代わって、Z社の責任を追及する訴訟を提起することができる(847条1項)。これはX社にZ社を訴えるように請求してから60日が経過してからのことである(847条3項)。
 Yに対する責任追及
 X社はZ社が金融機関から借りた3億円の債務の連帯保証をしている。これはZ社の利益になると同時に、X社の損害になる。Z社はYの親族が経営しているので、Z社の利益はYの利益とも言える。よってこれは利益相反取引である(356条1項3号)。そしてこの利益相反取引によってX社に損害が生じたと言える。きちんと返済されたのでX社に損害はなかったではないかという反論が想定されるが、それは結果論であり、保証をした時点で損害が発生している。よってYは任務を怠ったものと推定される(423条3項1号)。
 Cによる責任追及の方法は、先に述べたZ社のときと同様である。
 (2)
 (1)で述べたように、Z社の出資の履行は仮装であり、無効である。ただしこれと株式の効力とは別であり、株式自体は有効である。そう解さないと、B社のように、何の落ち度もない者が議決権を行使できなくなってしまう。外形的には株式が発行されていたのである。
 X社の定時株主総会の議決権の基準日は5月31日であるので、5月29に株式を譲り受け名義書換も受けたB社は議決権を行使できる。

修正答案

以下会社法については条数のみを示す。

〔設問1〕
 A社は、当該募集株式の発行を受けるまで、X社の株式を有していなかったので、株主への割当ではないので募集株式の発行について検討する。募集株式の発行に関しては、金銭出資と現物出資の2種類がある。
第1 金銭出資
 金銭出資の場合に本件金銭債権を利用するには、出資金の払込義務と本件金銭債権とを相殺する必要がある。しかしながら、そのような相殺は208条3項により禁止されている。これは現物出資の規制の潜脱を防ぐという趣旨である。この趣旨からすると、同項では会社からの相殺については触れられていないが、これも同様に禁止されていると解すべきである。よってこの方法は採り得ない。
第2 現物出資
 現物出資の場合は、基本的に、その価額を調査させるため、裁判所に対し、検査役の選任の申立てをしなければならない(207条1項)。同条9項には例外的に検査役の選任を申し立てなくてもよい場合が列挙されている。本件は同項1号ないし3項には該当しない。同項4号にあるように、価額が相当であることについて弁護士、弁護士法人、公認会計士、監査法人、税理士又は税理士法人の証明を受けた場合は、検査役の選任を申し立てなくてもよい。また、会社が本件金銭債権の期限の利益を放棄すれば、同項5号に該当するので、この場合も検査役の選任を申し立てなくてもよい。
第3 手続き
 X社は、その発行する株式を引き受ける者の募集をしようとするときは、その都度、募集株式について199条1項各号に定める事項を定めなければならない(199条1項)。X社は公開会社であり、本件募集株式の発行は有利発行ではないので、199条1項各号に定める事項を取締役会の決議による(201条1項、199条2項)。

〔設問2〕
 (1)
(A)Z社に対する責任追及
 募集株式の出資の履行を仮装した場合には、払込みを仮装した払込金額の全額の支払をする義務を負う(213条の2第1項1号)。この点につき、いわゆる見せ金が払込みの仮装と言えるかが問題となるが、①払込金が引き出されるまでの期間の長短、②払込金の運用の有無、③会社の資金関係に及ぼす影響、の3点から判断する。出資されたのは金融機関からZ社が借りた3億円であり、平成29年2月1日にそれを借り入れて募集株式の払込みに充て、その翌日である2月2日に3億円を返済している。X社でこれが運用されていない。また、財務状況が悪化している中での3億円の返済はX社の資金関係に及ぼす影響が大きい。よってこれは見せ金と評価でき、出資の履行を仮装したと言える。以上より、Z社は、3億円の支払をする義務を負う。
 本来であれば、X社が提訴して、この責任を追及するのが筋である。しかしこの仮装を共同したX社がそうするとは期待できない。そこでX社の株主であるCは、X社に代わって、Z社の責任を追及する訴訟を提起することができる(847条1項)。これはX社にZ社を訴えるように請求してから60日が経過してからのことである(847条3項)。
(B)Yに対する責任追及
 (A)で述べたように本件では出資の履行を仮装したと言えるので、これに関与したYも出資の履行として3億円の支払をする義務を負う(213条の3第1項)。
 さらに、利益相反取引により任務を怠ったものとして、役員であるYの責任を追及することもできる。「株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき」は利益相反取引に当たる(356条1項3号)。Z社はYの親族が経営しているのでZ社の債務を保証するに際してはX社とYとの利益が相反する。そしてこの利益相反取引によってX社に損害が生じたと言える。きちんと返済されたのでX社に損害はなかったではないかという反論が想定されるが、それは結果論であり、保証をした時点で損害が発生している。よってYは任務を怠ったものと推定される(423条3項1号)。
 Cによる責任追及の方法は、先に述べたZ社のときと同様である。
 (2)
 (1)で述べたように、Z社の出資の履行は仮装であり、無効である。そして株式発行の無効は834条1項2号に基づいて訴えを提起し、その訴えが認容されれば株式の発行が将来に向かって効力を失う。逆に言えば、訴えが認容されるまでは有効に扱われるということである。以上より、その訴えが認容されたという事情のない本件においては、X社の定時株主総会の議決権の基準日は5月31日であるので、5月29に株式を譲り受け名義書換も受けたB社は、悪意又は重過失がなければ議決権を行使できる(209条3項)。

 

 



平成29(2017)年司法試験予備試験論文(民法)答案練習

問題

次の文章を読んで,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。

【事実】
1.Aは,年来の友人であるBから,B所有の甲建物の購入を持ち掛けられた。Aは,甲建物を気に入り,平成23年7月14日,Bとの間で,甲建物を1000万円で購入する旨の契約を締結し,同日,Bに対して代金全額を支払った。この際,法律の知識に乏しいAは,甲建物を管理するために必要であるというBの言葉を信じ,Aが甲建物の使用を開始するまでは甲建物の登記名義を引き続きBが保有することを承諾した。
2.Bは,自身が営む事業の資金繰りに窮していたため,Aに甲建物を売却した当時から,甲建物の登記名義を自分の下にとどめ,折を見て甲建物を他の者に売却して金銭を得ようと企てていた。もっとも,平成23年9月に入り,親戚から「不動産を買ったのならば登記名義を移してもらった方がよい。」という助言を受けたAが,甲建物の登記を求めてきたため,Bは,法律に疎いAが自分を信じ切っていることを利用して,何らかの方法でAを欺く必要があると考えた。そこで,Bは,実際にはAからの借金は一切存在しないにもかかわらず,AのBに対する300万円の架空の貸金債権(貸付日平成23年9月21日,弁済期平成24年9月21日)を担保するためにBがAに甲建物を譲渡する旨の譲渡担保設定契約書と,譲渡担保を登記原因とする甲建物についての所有権移転登記の登記申請書を作成した上で,平成23年9月21日,Aを呼び出し,これらの書面を提示した。Aは,これらの書面の意味を理解できなかったが,これで甲建物の登記名義の移転は万全であるというBの言葉を鵜呑みにし,書面を持ち帰って検討したりすることなく,その場でそれらの書面に署名・押印した。同日,Bは,これらの書面を用いて,甲建物について譲渡担保を登記原因とする所有権移転登記(以下「本件登記」という。)を行った。
3.平成23年12月13日,Bは,不動産業者Cとの間で,甲建物をCに500万円で売却する旨の契約を締結し,同日,Cから代金全額を受領するとともに,甲建物をCに引き渡した。この契約の締結に際して,Bは,【事実】2の譲渡担保設定契約書と甲建物の登記事項証明書をCに提示した上で,甲建物にはAのために譲渡担保が設定されているが,弁済期にCがAに対し【事実】2の貸金債権を弁済することにより,Aの譲渡担保権を消滅させることができる旨を説明し,このことを考慮して甲建物の代金が低く設定された。Cは,Aが実際には甲建物の譲渡担保権者でないことを知らなかったが,知らなかったことについて過失があった。
4.平成24年9月21日,Cは,A宅に出向き,自分がBに代わって【事実】2の貸金債権を弁済する旨を伝え,300万円及びこれに対する平成23年9月21日から平成24年9月21日までの利息に相当する金額を現金でAに支払おうとしたが,Aは,Bに金銭を貸した覚えはないとして,その受領を拒んだ。そのため,Cは,同日,債権者による受領拒否を理由として,弁済供託を行った。

〔設問1〕
 Cは,Aに対し,甲建物の所有権に基づき,本件登記の抹消登記手続を請求することができるかどうかを検討しなさい。

【事実(続き)】
5.平成25年3月1日,AとCとの間で,甲建物の所有権がCに帰属する旨の裁判上の和解が成立した。それに従って,Cを甲建物の所有者とする登記が行われた。
6.平成25年4月1日,Cは甲建物をDに賃貸した。その賃貸借契約では,契約期間は5年,賃料は近隣の賃料相場25万円よりも少し低い月額20万円とし,通常の使用により必要となる修繕については,その費用をDが負担することが合意された。その後,Dは,甲建物を趣味の油絵を描くアトリエとして使用していたが,本業の事業が忙しくなったことから甲建物をあまり使用しなくなった。そこで,Dは,Cの承諾を得て,平成26年8月1日,甲建物をEに転貸した。その転貸借契約では,契約期間は2年,賃料は従前のDE間の取引関係を考慮して,月額15万円とすることが合意されたが,甲建物の修繕に関して明文の条項は定められなかった。
7.その後,Eは甲建物を使用していたが,平成27年2月15日,甲建物に雨漏りが生じた。Eは,借主である自分が甲建物の修繕費用を負担する義務はないと考えたが,同月20日,修理業者Fに甲建物の修理を依頼し,その費用30万円を支払った。
8.平成27年3月10日,Cは,Dとの間で甲建物の賃貸借契約を同年4月30日限り解除する旨合意した。そして,Cは,同年3月15日,Eに対し,CD間の甲建物の賃貸借契約は合意解除されるので,同年4月30日までに甲建物を明け渡すか,もし明け渡さないのであれば,同年5月以降の甲建物の使用について相場賃料である月額25万円の賃料を支払うよう求めたが,Eはこれを拒絶した。
9.平成27年5月18日,Eは,Cに対し,【事実】7の甲建物の修繕費用30万円を支払うよう求めた。

〔設問2〕
 CD間の賃貸借契約が合意解除された場合にそれ以後のCE間の法律関係はどのようになるかを踏まえて,【事実】8に記したCのEに対する請求及び【事実】9に記したEのCに対する請求が認められるかどうかを検討しなさい。

 

再現答案

以下民法については条数のみを示す。

 

〔設問1〕
第1 虚偽表示
 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とされ(94条1項)、その意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない(94条2項)。これは外観を信じて取引に入った者を保護するという趣旨であるので、相手方と通じてした意思表示でなくても、相手方にこれと同視できるほどの帰責性があれば94条2項を類推適用することができる。
 本件譲渡担保設定契約とそれを原因とする登記は、虚偽の意思表示に基づいてなされている。Bは相手方であるAと通じてはいないが、Aは契約書面を検討したりすることがなかったので帰責性があり、94条を類推適用することができる。Cは善意の第三者であると言えるので、Aは本件登記の無効をCに対抗することができない。
第2 弁済による代位
 債務の弁済は、第三者もすることができる(474条1項本文)。よってCはBのAに対する本件貸金債務を弁済することができる。これがBの意思に反してはいないが、仮に反していたとしても、474条2項の反対解釈により、利害関係を有するCは弁済することができる。
 実際にはAが受領を拒んだので、Cは弁済する代わりに供託をしている(494条)。同条によると、供託の効果は「債務を免れることができる」ことであるが、これは有効な弁済をしたという意味であり、弁済に伴うその他の効果も発生する。
 弁済をするについて正当な利益を有する者は、弁済によって当然に債権者に代位する(500条)。Cは、本件登記抹消を請求しているのであり、正当な利益を有する者である。よって上記の弁済によって債権者Bに代位する【原文ママ】。以上より、Cは、本件登記抹消を請求することができる。なお、Bは虚偽表示の当事者であって無効を対抗できないが、先に述べたようにCは第三者なので、この結論でよい。

〔設問2〕
第1 合意解除後のCE間の法律関係
 CD間の賃貸借契約が合意解除されたからといって、CE間の法律関係が自動的に発生するわけではない。契約を締結したのは、それぞれCD、DEである。Cによる承諾は、612条1項の制限を解除するためのものである。
 CE間の法律関係が発生しないとなると、Cは甲建物の所有権に基づきEに明け渡しを請求できそうに見える。しかし、このように賃貸人と転貸人の意思によって転借人が賃貸物を明け渡さなければならないとすると、転借人の地位が極めて不安定になってしまう。そこで、このような場合には、明け渡しを請求することができないとするのが判例の立場である。
 以上より、CのEに対する明け渡し請求は認められない。
第2 相場賃料である月額25万円の賃料支払
 第1で述べたように、CE間に法律関係が発生するわけではないので、Cは、Eに対して、相場賃料である月額25万円の賃料支払を請求することはできない。CとD、DとEが契約したのだから、CはDの責任を追及するしかない。借地借家法32条1項の借賃増減請求の余地もない。
第3 修繕費用30万円の支払
 賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる(608条1項)。Eは賃借人である。甲建物は賃借物である。Cが賃貸人であるかどうかは問題となり得る。この規定は、通常はいち早く修繕の必要性などに気づくであろう賃借人に安心して修繕をしてもらう趣旨である。そこでの賃貸人とは修繕の効果が帰属する賃貸物の所有者であると解釈するのが合理的である。よってCは賃貸人である。雨漏りがしていると甲建物の使用及び収益ができないので、その修繕は必要費である。よって、Cは、Eに対し、直ちにその償還を請求することができる。よって修繕費用30万円の支払が認められる。CはDとの間では修繕についてはその費用をDが負担することが合意されていた。しかしDとEとの間では甲建物の修繕に関して明文の条項は定められなかったので、そうなると民法の規定に従うことになる。

以上

 

 

修正答案

以下民法については条数のみを示す。

 

〔設問1〕
 Cは、甲土地の所有及び本件登記の存在を主張しなければならない。本件登記の存在は問題なく認められるので、甲土地の所有について検討する。
第1 平成23年12月13日時点での甲土地の所有権
 平成23年7月14日に、Bが甲土地を所有していた。同日、売買により、甲土地の所有権は、Aに移転した。177条により登記をするまではAが甲土地の所有権を対抗することができないが、同年9月21日に登記を備えたので、この時点で甲土地の所有権は確定的にAに移転した。譲渡担保を登記原因としていたのだけれども、所有権移転登記であり、その点は問題ない。
 そうなるとCは同年12月13日に甲土地の売買契約をBとの間で締結したが、無権利者との売買であり、Aと対抗関係に立つわけではなく、この時点ではCが甲土地の所有権を取得できない。
第2 平成24年9月21日時点での甲土地の所有権
 その後、Cは、平成24年9月21日に、【事実】2の貸金債権及びその利息を、債権者Aによる受領拒否を理由として、弁済供託した。これによりCが甲土地の所有権を取得するか否かを検討する。
 平成23年9月21日のAとBの間での譲渡担保契約は、Aにその契約の意思がないため、原則的には無効である。しかしながら、譲渡担保が本件登記に表出されており、それを信じて取引に入った第三者を保護することも考えなければならない。通謀して虚偽の意思表示をしたに等しい帰責性が真の権利者にある場合には、虚偽表示(94条2項)及び権限外の行為の表見代理(110条)の法意からして、その外観を信頼して取引に入った第三者が善意無過失であれば保護されるべきだというのが判例の立場である。真の権利者であるAには、Bの言葉を鵜呑みにし,書面を持ち帰って検討したりすることなく,その場でそれらの書面に署名・押印したという帰責性がある。その外観を信頼して取引に入った第三者のCには、Aが実際には甲建物の譲渡担保権者でないことを知らなかったことについて過失があった。以上より、善意無過失ではないため、Cは保護されない。つまり、Cは甲土地の所有権を取得することができない。
第3 結論
 以上より、Cは,Aに対し,甲建物の所有権に基づき,本件登記の抹消登記手続を請求することができない。

〔設問2〕
第1 合意解除後のCE間の法律関係
 CD間の賃貸借契約が合意解除されたからといって、CE間の法律関係が自動的に発生するわけではない。契約を締結したのは、それぞれCD、DEである。Cによる承諾は、612条1項の制限を解除するためのものである。
 CE間の法律関係が発生しないとなると、Cは甲建物の所有権に基づきEに明け渡しを請求できそうに見える。しかし、このように賃貸人と転貸人の意思によって転借人が賃貸物を明け渡さなければならないとすると、転借人の地位が極めて不安定になってしまう。そこで、このような場合には、明け渡しを請求することができないとするのが判例の立場である。この考え方からすると、明け渡しを拒める限度でCD,DE間の契約が残存すると考えるべきである。
 以上より、CのEに対する明け渡し請求は認められない。
第2 相場賃料である月額25万円の賃料支払
 第1で述べたように、CE間に法律関係が発生するわけではなく、明け渡しを拒める限度でCD,DE間の契約が残存するので、Cは、Eに対して、相場賃料である月額25万円の賃料支払を請求することはできない。とはいえ、実際にDが介在して、E→D→Cと賃料が支払われる必然性はない。E→Cと支払われてもよい。ただその金額がCD間とDE間の契約のうちで小さい方の限度になる。よってCは、Eに対して、月額15万円の限度で支払い請求をすることができる。
第3 修繕費用30万円の支払
 賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる(608条1項)。Eは賃借人である。甲建物は賃借物である。Cが賃貸人であるかどうかは問題となり得る。この規定は、通常はいち早く修繕の必要性などに気づくであろう賃借人に安心して修繕をしてもらう趣旨である。そこでの賃貸人とは修繕の効果が帰属する賃貸物の所有者であると解釈するのが合理的である。よってCは賃貸人である。雨漏りがしていると甲建物の使用及び収益ができないので、その修繕は必要費である。よって、Cは、Eに対し、直ちにその償還を請求することができる。よって修繕費用30万円の支払が認められる。CはDとの間では修繕についてはその費用をDが負担することが合意されていた。しかしDとEとの間では甲建物の修繕に関して明文の条項は定められなかったので、そうなると民法の規定に従うことになる。

以上

 

 

 



平成29(2017)年司法試験予備試験論文(行政法)答案練習

問題

 産業廃棄物の処分等を業とする株式会社Aは,甲県の山中に産業廃棄物の最終処分場(以下「本件処分場」という。)を設置することを計画し,甲県知事Bに対し,廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「法」という。)第15条第1項に基づく産業廃棄物処理施設の設置許可の申請(以下「本件申請」という。)をした。
 Bは,同条第4項に基づき,本件申請に係る必要事項を告示し,申請書類及び本件処分場の設置が周辺地域の生活環境に及ぼす影響についての調査の結果を記載した書類(Aが同条第3項に基づき申請書に添付したもの。以下「本件調査書」という。)を公衆の縦覧に供するとともに,これらの書類を踏まえて許可要件に関する審査を行い,本件申請が法第15条の2第1項所定の要件を全て満たしていると判断するに至った。
  しかし,本件処分場の設置予定地(以下「本件予定地」という。)の周辺では新種の高級ぶどうの栽培が盛んであったため,周辺の住民及びぶどう栽培農家(以下,併せて「住民」という。)の一部は,本件処分場が設置されると,地下水の汚染や有害物質の飛散により,住民の健康が脅かされるだけでなく,ぶどうの栽培にも影響が及ぶのではないかとの懸念を抱き,Bに対して本件申請を不許可とするように求める法第15条第6項の意見書を提出し,本件処分場の設置に反対する運動を行った。
 そこで,Bは,本件申請に対する許可を一旦留保した上で,Aに対し,住民と十分に協議し,紛争を円満に解決するように求める行政指導を行った。これを受けて,Aは,住民に対する説明会を開催し,本件調査書に基づき本件処分場の安全性を説明するとともに,住民に対し,本件処分場の安全性を直接確認してもらうため,工事又は業務に支障のない限り,住民が工事現場及び完成後の本件処分場の施設を見学することを認める旨の提案(以下「本件提案」という。)をした。
 本件提案を受けて,反対派住民の一部は態度を軟化させたが,その後,上記の説明会に際してAが,(ア)住民のように装ったA社従業員を説明会に参加させ,本件処分場の安全性に問題がないとする方向の質問をさせたり意見を述べさせたりした,(イ)あえて手狭な説明会場を準備し,賛成派住民を早めに会場に到着させて,反対派住民が十分に参加できないような形で説明会を運営した,という行為に及んでいたことが判明した。
 その結果,反対派住民は本件処分場の設置に強く反発し,Aが本件処分場の安全性に関する説明を尽くしても,円満な解決には至らなかった。他方で,建設資材の価格が上昇しAの経営状況を圧迫するおそれが生じていたことから,Aは,本件提案を撤回し,説明会の継続を断念することとし,Bに対し,前記の行政指導にはこれ以上応じられないので直ちに本件申請に対して許可をするように求める旨の内容証明郵便を送付した。
 これを受けて,Bは,Aに対し,説明会の運営方法を改善するとともに再度本件提案をすることにより住民との紛争を円満に解決するように求める行政指導を行って許可の留保を継続し,Aも,これに従い,月1回程度の説明会を開催して再度本件提案をするなどして住民の説得を試みたものの,結局,事態が改善する見通しは得られなかった。そこで,Bは,上記の内容証明郵便の送付を受けてから10か月経過後,本件申請に対する許可(以下「本件許可」という。)をした。
 Aは,この間も建設資材の価格が上昇したため,本件許可の遅延により生じた損害の賠償を求めて,国家賠償法に基づき,甲県を被告とする国家賠償請求訴訟を提起した。
 他方,本件予定地の周辺に居住するC1及びC2は,本件許可の取消しを求めて甲県を被告とする取消訴訟を提起した。原告両名の置かれている状況は,次のとおりである。C1は,本件予定地から下流側に約2キロメートル離れた場所に居住しており,居住地内の果樹園で地下水を利用して新種の高級ぶどうを栽培しているが,地下水は飲用していない。C2は,本件予定地から上流側に約500メートル離れた場所に居住しており,地下水を飲用している。なお,環境省が法第15条第3項の調査に関する技術的な事項を取りまとめて公表している指針において,同調査は,施設の種類及び規模,自然的条件並びに社会的条件を踏まえて,当該施設の設置が生活環境に影響を及ぼすおそれがある地域を対象地域として行うものとされているところ,本件調査書において,C2の居住地は上記の対象地域に含まれているが,C1の居住地はこれに含まれていない。
 以上を前提として,以下の設問に答えなさい。
 なお,関係法令の抜粋を【資料】として掲げるので,適宜参照しなさい。

〔設問1〕
 Aは,上記の国家賠償請求訴訟において,本件申請に対する許可の留保の違法性に関し,どのような主張をすべきか。解答に当たっては,上記の許可の留保がいつの時点から違法になるかを示すとともに,想定される甲県の反論を踏まえつつ検討しなさい。

〔設問2〕
 上記の取消訴訟において,C1及びC2に原告適格は認められるか。解答に当たっては,①仮に本件処分場の有害物質が地下水に浸透した場合,それが,下流側のC1の居住地に到達するおそれは認められるが,上流側のC2の居住地に到達するおそれはないこと,②仮に本件処分場の有害物質が風等の影響で飛散した場合,それがC1及びC2の居住地に到達するおそれの有無については明らかでないことの2点を前提にすること。

【資料】 ○ 廃棄物の処理及び清掃に関する法律(昭和45年法律第137号)(抜粋)

(目的)
第1条 この法律は,廃棄物の排出を抑制し,及び廃棄物の適正な分別,保管,収集,運搬,再生,処分等の処理をし,並びに生活環境を清潔にすることにより,生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ることを目的とする。
(産業廃棄物処理施設)
第15条 産業廃棄物処理施設(廃プラスチック類処理施設,産業廃棄物の最終処分場その他の産業廃棄物の処理施設で政令で定めるものをいう。以下同じ。)を設置しようとする者は,当該産業廃棄物処理施設を設置しようとする地を管轄する都道府県知事の許可を受けなければならない。
2 前項の許可を受けようとする者は,環境省令で定めるところにより,次に掲げる事項を記載した申請書を提出しなければならない。
一~九 (略)
3 前項の申請書には,環境省令で定めるところにより,当該産業廃棄物処理施設を設置することが周辺地域の生活環境に及ぼす影響についての調査の結果を記載した書類を添付しなければならない。(以下略)
4 都道府県知事は,産業廃棄物処理施設(中略)について第1項の許可の申請があつた場合には,遅滞なく,第2項(中略)に掲げる事項,申請年月日及び縦覧場所を告示するとともに,同項の申請書及び前項の書類(中略)を当該告示の日から1月間公衆の縦覧に供しなければならない。
5 (略)
6 第4項の規定による告示があつたときは,当該産業廃棄物処理施設の設置に関し利害関係を有する者は,同項の縦覧期間満了の日の翌日から起算して2週間を経過する日までに,当該都道府県知事に生活環境の保全上の見地からの意見書を提出することができる。
(許可の基準等)
第15条の2 都道府県知事は,前条第1項の許可の申請が次の各号のいずれにも適合していると認めるときでなければ,同項の許可をしてはならない。
一 その産業廃棄物処理施設の設置に関する計画が環境省令で定める技術上の基準に適合していること。
二 その産業廃棄物処理施設の設置に関する計画及び維持管理に関する計画が当該産業廃棄物処理施設に係る周辺地域の生活環境の保全及び環境省令で定める周辺の施設について適正な配慮がなされたものであること。
三 申請者の能力がその産業廃棄物処理施設の設置に関する計画及び維持管理に関する計画に従つて当該産業廃棄物処理施設の設置及び維持管理を的確に,かつ,継続して行うに足りるものとして環境省令で定める基準に適合するものであること。
四 (略)
2~5 (略)

○ 廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則(昭和46年厚生省令第35号)(抜粋)

(生活環境に及ぼす影響についての調査の結果を記載した書類)
第11条の2 法第15条第3項の書類には,次に掲げる事項を記載しなければならない。
一 設置しようとする産業廃棄物処理施設の種類及び規模並びに処理する産業廃棄物の種類を勘案し,当該産業廃棄物処理施設を設置することに伴い生ずる大気質,騒音,振動,悪臭,水質又は地下水に係る事項のうち,周辺地域の生活環境に影響を及ぼすおそれがあるものとして調査を行つたもの(以下この条において「産業廃棄物処理施設生活環境影響調査項目」という。)
二 産業廃棄物処理施設生活環境影響調査項目の現況及びその把握の方法
三 当該産業廃棄物処理施設を設置することが周辺地域の生活環境に及ぼす影響の程度を予測するために把握した水象,気象その他自然的条件及び人口,土地利用その他社会的条件の現況並びにその把握の方法
四 当該産業廃棄物処理施設を設置することにより予測される産業廃棄物処理施設生活環境影響調査項目に係る変化の程度及び当該変化の及ぶ範囲並びにその予測の方法
五 当該産業廃棄物処理施設を設置することが周辺地域の生活環境に及ぼす影響の程度を分析した結果
六 大気質,騒音,振動,悪臭,水質又は地下水のうち,これらに係る事項を産業廃棄物処理施設生活環境影響調査項目に含めなかつたもの及びその理由
七 その他当該産業廃棄物処理施設を設置することが周辺地域の生活環境に及ぼす影響についての調査に関して参考となる事項

 

再現答案

以下行政事件訴訟法についてはその条数のみを記す。

〔設問1〕
 本件申請の根拠となっている廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「法」という。)15条の2の文言は、「許可の申請が次の各号のいずれにも適合していると認めるときでなければ、同項の許可をしてはならない」となっていて、「許可の申請が次の各号のいずれにも適合している認めるときは、同項の許可をしなければならない」ではないので、甲県知事Bには許可に関して裁量がある。
 その許可申請があれば、申請年月日や縦覧場所などを告示し、当該告示の日から1月間公衆の縦覧に供しなければならない(法15条4項)。そしてその縦覧期間終了の日の翌日から起算して2週間を経過する日までに、意見書を提出することができる(法15条6項)。本件においては、その意見書が提出されている。このように法に定められているのだから、この時点で許可の留保が違法となることはない。
 意見書の提出が予定されているということは、意見書の提出後に調整を行うことも当然に予定されている。その調整は、行政指導(行政手続法(以下「行手法」という。)第4章)で行うのが適切であり、本件でもそうされている。Aはしばらくの間その行政指導に任意で従っていて、その間は許可の留保が違法とはならない。
 しかし、Aは、行政指導にはこれ以上応じられないので直ちに本件申請に対して許可をするように求める旨の内容証明郵便を送付した。申請の取下げ又は内容の変更を求める行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を表明したにもかかわらず当該行政指導を継続すること等により当該申請者の権利の行使を妨げるようなことをしてはならない(行手法33条)。本件の行政指導は、申請の内容の変更を求める行政指導である。甲県知事Bは行政指導に携わる者である。上記のようにAは当該行政指導に従う意思がない旨を表明した。よって、当該行政指導を継続すること等により当該申請者の権利の行使を妨げるようなことをしてはならなくなるので、この時点から許可の留保は違法となる。
 甲県としては、許可に関して裁量があるのだから、違法にはならないと反論するだろう。しかし行政指導に従わないことを考慮することは、行手法33条の規定を無に帰すこととなるので、他事考慮であり違法である。また、Aは内容証明郵便送付後も任意で行政指導に従っているではないかとの反論も考えられるが、内容証明郵便を送付するということは通常真しな意思の表示であるので、やはりこの時点から違法になる。

〔設問2〕
 C1及びC2は処分の直接の名あて人ではないので、9条2項に従って原告適格が判断される。これは、当該法令及び関係法令を参酌して、個別的な法律上の利益が保護されているのか、それとも一般公益に含まれるに過ぎないのかを判断するという趣旨である。
 当該法令である法の目的は、生活環境の保全及び公衆衛生の向上である(法1条)。これだけでは漠然としていてはっきりとしないので、廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則(以下「規則」という。)を参酌する。これは法の細部を規定するものであり、関係法令である。法15条3項の書類には、地下水について記載しなければならない(規則11条の2第1号)。C2の居住地は法15条3項の調査の対象内であり、その調査書類には地下水のことが書かれているはずである。そして仮に地下水に有害物質が混入すれば、地下水を飲用しているC2は生命や身体に危険が生じる。よってC2の利益は保護されるべき法律上の利益であると言えるので、原告適格が認められる。他方でC1の居住地はこの調査の対象外であり、C2は地下水を飲用しておらずぶどう栽培に使用しているだけなので、有害物質が混入したとしてもせいぜいが財産的な被害である。よってC1に原告適格は認められない。以上は地下水について述べたが、大気質でも同様である。よって①及び②の事実を前提としても結論は変わらない。つまり、法15条3項の調査の対象内であるかどうかと、危険にさられるのが生命・身体なのか財産なのかということが判断の分かれ目となる。

以上

修正答案

以下行政事件訴訟法についてはその条数のみを記す。

〔設問1〕
 Aは、上記の国家賠償請求訴訟において、本件申請に対する許可の留保の違法性に関し、行政手続法33条に反し違法であると主張すべきである。
第1 申請者であるAが当該行政指導に従う意思がない旨を表明したかどうか
 この意思表明は真摯かつ明確なものであることが必要である(判例)。本件提案に基づいて、問題文から窺える限りでは最初の説明会の開催時までは、Aが本件行政指導に従う意思がない旨の表明はなかった。その後、Aは、Bに対し、本件行政指導にはこれ以上応じられないので直ちに本件申請に対して許可をするように求める旨の内容証明郵便を送付した。このように内容証明郵便を送付するということは、真摯かつ明確な意思表示である。よって、この時点で、申請者であるAが当該行政指導に従う意思がない旨を表明したと言える。
第2 特段の事情
 第1で述べたことを前提にすると、それ以後に、Bが、行政指導を継続し、許可の留保を継続した時点で、原則的には行政手続法33条に反して違法となる。しかしながら、行政指導の目的や必要性と行政指導を継続することにより申請者が被る不利益とを比較考量して、申請者に社会通念上正義の観念に反するような特段の事情があれば、例外的に違法とならない場合がある、とBは反論するだろう。そこで次に、その特段の事情について検討する。
 本件行政指導の目的は地域住民の健康などのために生活環境を守ることであり、それらが侵害されるという懸念から現に住民の間で反対運動が起こっているため、必要性もある。他方で申請者であるAが被る不利益は、資材価格高騰による財産的な損害である。そしてAには問題文(ア)、(イ)のような、本件行政指導に基づく説明会を無意味にするような社会通念上正義の観念に反する特段の事情があった。以上より、行政指導を継続して許可の留保を継続しても、例外的に違法とはならないと考えられる。

〔設問2〕
 9条1項の「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利もしくは法律上保護された利益を侵害されまたは必然的に侵害されるおそれのある者のことであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益をもっぱら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、そのような利益も法律上保護された利益に当たる。そして、C1及びC2は、処分の名宛人ではないため、9条2項に沿って判断される。
 当該法令である廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「法」という。)の目的は、生活環境の保全及び公衆衛生の向上である(法1条)。この目的の中心は健康や生命であると解される。法15条3項では、調査書に周辺地域の生活環境に及ぼす影響についての調査の結果を記載した書類を添付しなければならないと規定されている。よって、その調査対象となる周辺住民の健康や生命を中心とする生活環境は、個別的利益として保護すべきものとされていると言える。法の細部を規定するものであり関係法令である廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則(以下「規則」という。)を参酌すると、大気質や地下水などが生活環境に影響を及ぼすおそれのある事項として列挙されている(規則11条の2第1号)。
 C2の居住地は法15条3項の調査の対象内であり、地下水はそこに到達しないとのことであるが、大気質が到達するおそれがないとは言えない。よってC2の生命や健康といった利益は保護されるべき法律上の利益であると言えるので、原告適格が認められる。
 他方でC1の居住地はこの調査の対象外である。地下水がそこまで到達するおそれが認められるとのことであるが、C1は地下水を飲用しておらずぶどう栽培に使用しているだけなので、有害物質が混入したとしてもせいぜいが財産的な被害である。よってC1に原告適格は認められない。

以上

 




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