浅野直樹の学習日記

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平成26年司法試験論文公法系第2問答案練習

問題

〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕,〔設問2〕,〔設問3〕の配点割合は,5:2.5:2.5〕)
 株式会社Aは,B県知事により採石法所定の登録を受けている採石業者である。Aは,B県の区域にある岩石採取場(以下「本件採取場」という。)で岩石を採取する計画を定め,採石法に基づき,B県知事に対し,採取計画の認可の申請(以下「本件申請」という。)をした。Aの採取計画には,跡地防災措置(岩石採取の跡地で岩石採取に起因する災害が発生することを防止するために必要な措置をいう。以下同じ。)として,掘削面の緑化等の措置を行うことが定められていた。
 B県知事は,B県採石法事務取扱要綱(以下「本件要綱」という。)において,跡地防災措置が確実に行われるように,跡地防災措置に係る保証(以下「跡地防災保証」という。)について定めている。本件要綱によれば,採石法による採取計画の認可(以下「採石認可」という。)を申請する者は,跡地防災措置を,申請者自身が行わない場合に,C組合が行う旨の保証書を,認可申請書に添付しなければならないものとされる。C組合は,B県で営業している大部分の採石業者を組合員とする,法人格を有する事業協同組合であり,AもC組合の組合員である。Aは,本件要綱に従って,C組合との間で保証契約(以下「本件保証契約」という。)を締結し,その旨を記載した保証書を添付して,本件申請をしていた。B県知事は,本件申請に対し,岩石採取の期間を5年として採石認可(以下「本件認可」という。)をした。Aは,本件認可を受け,直ちに本件採取場での岩石採取を開始した。
 しかし,Aは,小規模な事業者の多いB県下の採石業者の中では突出して資本金の額や事業規模が大きく,経営状況の良好な会社であり,採取計画に定められた跡地防災措置を実現できるように資金を確保しているので,保証を受ける必要はないのではないか,また,保証を受けるとしても,他の採石業者から保証を受ければ十分であり,保証料が割高なC組合に保証料を支払い続ける必要はないのではないか,との疑問をもっていた。加えて,Aは,C組合の運営に関してC組合の役員と事あるたびに対立していた。こうしたことから,Aは,本件認可を受けるために仕方なく本件保証契約を締結したものの,当初から契約を継続する意思はなく,本件認可を受けた1か月後には,本件保証契約を解除した。
 これに対し,B県の担当職員は,Aは採石業者の中では大規模な事業者の部類に入るとはいえ,大企業とまではいえないから,地元の事業者団体であるC組合の保証を受けることが必要であるとして,Aに対し,C組合による保証を受けるよう指導した。しかし,Aは,そもそもC組合による保証をAに対する採石認可の要件とすることは違法であり,Aは本件申請の際にC組合による保証を受ける必要はなかったと主張している。
 他方,本件採取場から下方に約10メートル離れた土地に,居住はしていないが森林を所有し,林業を営んでいるDは,Aによる跡地防災措置が確実に行われないおそれがあり,もし跡地防災措置が行われなければ,Dの所有する森林が土砂災害により被害を受けるおそれがあると考えた。そして,Dは,B県知事がAに対し岩石の採取をやめさせる処分を行うようにさせる何らかの行政訴訟を提起することを検討していると,B県の担当職員に伝えた。
 B県の担当職員Eは,AがC組合から跡地防災保証を受けるように,引き続き指導していく方針であり,現時点で直ちにAに対して岩石の採取をやめさせるために何らかの処分を行う必要はないと考えている。しかし,Dが行政訴訟を提起する構えを見せていることから,B県知事はDが求めるようにAに対して処分を行うことができるのか,Dは行政訴訟を適法に提起できるのか,また,Aが主張するように,そもそもC組合による保証をAに対する採石認可の要件とすることは違法なのか,検討しておく必要があると考えて,弁護士Fに助言を求めた。
 以下に示された【資料1会議録】を読んだ上で,職員Eから依頼を受けた弁護士Fの立場に立って,次の設問に答えなさい。
 なお,採石法及び採石法施行規則の抜粋を【資料2関係法令】に,本件要綱の抜粋を【資料3B県採石法事務取扱要綱(抜粋)】に,それぞれ掲げてあるので,適宜参照しなさい。

〔設問1〕
 Aは,採石認可申請の際にC組合による保証を受ける必要はなかったと主張している。仮にAが採石認可申請の際にC組合から保証を受けていなかった場合,B県知事がAに対し採石認可拒否処分をすることは適法か。採石法及び採石法施行規則の関係する規定の趣旨及び内容を検討し,本件要綱の関係する規定が法的にどのような性質及び効果をもつかを明らかにしながら答えなさい。

〔設問2〕
 B県知事は,Aに対し,岩石の採取をやめさせるために何らかの処分を行うことができるか。候補となる処分を複数挙げ,採石法の関係する規定を検討しながら答えなさい。解答に当たっては,〔設問1〕におけるB県知事の採石認可拒否処分は適法であるという考え方を前提にしなさい。

〔設問3〕
 Dが〔設問2〕で挙げられた処分をさせることを求める行政訴訟を提起した場合,当該訴えは適法か。行政事件訴訟法第3条第2項以下に列挙されている抗告訴訟として考えられる訴えの例を具体的に一つ挙げ,その訴えが訴訟要件を満たすか否かについて検討しなさい。なお,仮の救済は解答の対象から除く。

【資料1会議録】
職員E:Aは,C組合による保証をAに対する採石認可の要件とすることは違法であると主張しています。これまでは,採石認可申請が保証書の添付なしに行われた場合も,指導すれば,採石業者はすぐにC組合から保証書をとってきましたので,Aの言うような問題は詰めて考えたことがないのです。しかし,これからAに指導を行う上では,Aの主張に対して答える必要が出てきそうですので,検討していただけないでしょうか。
弁護士F:Aの主張については,Dによる行政訴訟に関して検討する前提としても明らかにしておく必要がありますので,よく調べてお答えすることにいたします。まずは採石法と採石法施行規則の関係規定から調べますが,B県では要綱も定めているのですね。
職員E:はい。採石業は,骨材,建築・装飾用材料,工業用原料等として用いられる岩石を採取する事業ですが,岩石資源は単価が安く,また,輸送面での制約があるため,地場産業として全国各地に点在しており,小規模事業者の比率が高い点に特徴があります。ところが,跡地防災措置は多額の費用を必要とし,確実に行われないおそれがあります。そのような背景から,本件要綱は,採石認可の申請者はC組合の跡地防災保証を受けなければならないとし,保証書を採石認可申請の際の添付書類として規定しています。本件要綱のこうした規定によれば,C組合の保証を受けない者による採石認可申請を拒否できることは,当然のようにも思われるのですが。
弁護士F:御指摘の要綱の定めは,法律に基づく政省令等により,保証を許認可の要件として規定する場合とは,法的な意味が異なります。御指摘の本件要綱の規定が,採石法や採石法施行規則との関係でどのような法的性質をもち,どのような法的効果をもつか,私の方で検討しましょう。
職員E:お願いします。
弁護士F:ところで,他の都道府県でも,本件要綱と同じように,特定の採石事業協同組合による保証を求めているのですか。
職員E:その点は,都道府県によってまちまちです。保証人は申請者以外の複数の採石業者でもよいとしている県もありますし,跡地防災措置のための資金計画の提出を求めるのみで,保証を求めていない県もあります。しかし,B県では,跡地防災措置が適切になされない例が多く,跡地防災措置を確実に履行させるためには,地元のC組合による保証が必要と考えています。
弁護士F:なるほど。今までのお話を踏まえて,Aからの反論も想定した上で,仮にAがC組合による保証を受けずに採石認可申請をした場合,B県知事が申請を拒否することが適法といえるかどうか,まとめておきます。
職員E:今後の私たちの採石認可業務にも参考になりますので,よろしくお願いします。
弁護士F:承知しました。ところで,Dが行政訴訟を起こそうとしていることも伺いました。B県としては,保証が必要と考えておられるのでしたら,Aに対して何らかの処分をすることは考えておられないのですか。
職員E:Aに対して保証を受けるように指導はしているのですが,今のところ,Aの財務状況は良好で,岩石の採取をやめさせる処分を直ちに行う必要はないと考えています。それに,こんな事例は初めてで,どのような処分が可能なのか,やはり詰めて考えたことがないのです。
弁護士F:そうですか。それでは,Dが求めているように,Aに対し岩石の採取をやめさせる処分が可能なのか,検討しておく必要がありますね。Dは,Aの主張とは逆に,仮にC組合による跡地防災保証がなければ,Aからの採石認可申請は拒否すべきであったと主張するでしょうから,こうした主張を前提にして考えてみます。検討の前提として伺いますが,認可されたAの採取計画には,跡地防災保証についても記載されているのですか。
職員E:採取計画には,法令上,跡地防災措置について記載する必要があると考えられ,Aの採取計画にも,採取跡地について掘削面の緑化等の措置を行うことが記載されていますが,跡地防災保証については,法令上,採取計画に定める事項とはされておらず,Aの採取計画にも記載されていません。跡地防災保証については,申請書に添付された保証書によって審査しています。しかし,採取計画と保証書とは一体であると考えていまして,保証によって跡地防災措置が確実に履行されることを前提として,採取計画を認可しています。
弁護士F:分かりました。今のお話を踏まえ,採石法の関係する規定に照らして,Aに対し岩石の採取をやめさせるために行うことのできる処分について,様々な可能性を検討してみます。
職員E:お願いします。ただ,素朴に考えると,認可の審査の際に前提としていた保証がなくなってしまったわけですから,認可の取消しは,採石法の個々の規定にかかわらず当然できるように思うのですが,いかがでしょうか。
弁護士F:なるほど。まずは採石法の個々の規定を綿密に読む必要がありますが,御指摘の点も検討しておく価値がありますね。
職員E:お願いします。ところで,Aに対して何らかの処分を行うことが可能だとしても,処分を行うか否かはB県知事が判断することだと思うのですが,Dが裁判で求めるようなことができるのですか。
弁護士F:Dがどのような訴えを起こすのか,現時点では確かではありませんが,法定抗告訴訟を提起する可能性が高いと思いますので,法定抗告訴訟として考えられる訴えの例を具体的に一つ想定し,Dの訴えが訴訟要件を満たすか否かについて,もちろん法令の関係する規定を踏まえて,検討しておきます。Dは,行政訴訟に併せて仮の救済も申し立ててくると思いますが,仮の救済の問題は,今回は検討せず,次の段階で検討することにします。

【資料2関係法令】

○採石法(昭和25年12月20日法律第291号)(抜粋)

(目的)
第1条 この法律は,採石権の制度を創設し,岩石の採取の事業についてその事業を行なう者の登録,岩石の採取計画の認可その他の規制等を行ない,岩石の採取に伴う災害を防止し,岩石の採取の事業の健全な発達を図ることによつて公共の福祉の増進に寄与することを目的とする。
(採取計画の認可)
第33条 採石業者は,岩石の採取を行なおうとするときは,当該岩石の採取を行なう場所(以下「岩石採取場」という。)ごとに採取計画を定め,当該岩石採取場の所在地を管轄する都道府県知事の認可を受けなければならない。
(採取計画に定めるべき事項)
第33条の2 前条の採取計画には,次に掲げる事項を定めなければならない。
 一 岩石採取場の区域
 二 採取をする岩石の種類及び数量並びにその採取の期間
 三 岩石の採取の方法及び岩石の採取のための設備その他の施設に関する事項
 四 岩石の採取に伴う災害の防止のための方法及び施設に関する事項
 五 前各号に掲げるもののほか,経済産業省令で定める事項
(認可の申請)
第33条の3 第33条の認可を受けようとする採石業者は,次に掲げる事項を記載した申請書を都道府県知事に提出しなければならない。
 一 氏名又は名称及び住所並びに法人にあつては,その代表者の氏名
 二 登録の年月日及び登録番号
 三 採取計画2前項の申請書には,岩石採取場及びその周辺の状況を示す図面その他の経済産業省令で定める書類を添附しなければならない。
(認可の基準)
第33条の4 都道府県知事は,第33条の認可の申請があつた場合において,当該申請に係る採取計画に基づいて行なう岩石の採取が他人に危害を及ぼし,公共の用に供する施設を損傷し,又は農業,林業若しくはその他の産業の利益を損じ,公共の福祉に反すると認めるときは,同条の認可をしてはならない。
(認可の条件)
第33条の7 第33条の認可(中略)には,条件を附することができる。
2 前項の条件は,認可に係る事項の確実な実施を図るため必要な最小限度のものに限り,かつ,認可を受ける者に不当な義務を課することとなるものであつてはならない。
(遵守義務)
第33条の8 第33条の認可を受けた採石業者は,当該認可に係る採取計画(中略)に従つて岩石の採取を行なわなければならない。
(認可の取消し等)
第33条の12 都道府県知事は,第33条の認可を受けた採石業者が次の各号の一に該当するときは,その認可を取り消し,又は六箇月以内の期間を定めてその認可に係る岩石採取場における岩石の採取の停止を命ずることができる。
 一 第33条の7第1項の条件に違反したとき。
 二 第33条の8の規定に違反したとき。
 三 (中略)次条第1項の規定による命令に違反したとき。
 四 不正の手段により第33条の認可を受けたとき。
(緊急措置命令等)
第33条の13 都道府県知事は,岩石の採取に伴う災害の防止のため緊急の必要があると認めるときは,採取計画についてその認可を受けた採石業者に対し,岩石の採取に伴う災害の防止のための必要な措置をとるべきこと又は岩石の採取を停止すべきことを命ずることができる。
2 都道府県知事は,(中略)第33条若しくは第33条の8の規定に違反して岩石の採取を行なつた者に対し,採取跡の崩壊防止施設の設置その他岩石の採取に伴う災害の防止のための必要な措置をとるべきことを命ずることができる。
第43条 次の各号の一に該当する者は,1年以下の懲役若しくは10万円以下の罰金に処し,又はこれを併科する。
 一 (略)
 二 (前略)第33条の12,第33条の13第1項若しくは第2項又は(中略)の規定による命令に違反した者
 三 第33条又は第33条の8の規定に違反して岩石の採取を行なつた者
 四 (略)

○採石法施行規則(昭和26年1月31日通商産業省令第6号)(抜粋)

(採取計画に定めるべき事項)
第8条の14 法(注:採石法)第33条の2第5号の経済産業省令で定める事項は,次に掲げるとおりとする。
 一 岩石の賦存の状況
 二 採取をする岩石の用途
 三 廃土又は廃石のたい積の方法
(認可の申請)
第8条の15 (略)
2 法第33条の3第2項の経済産業省令で定める書類は,次に掲げるとおりとする。
 一 岩石採取場の位置を示す縮尺五万分の一の地図
 二 岩石採取場及びその周辺の状況を示す図面
 三 掘採に係る土地の実測平面図
 四 掘採に係る土地の実測縦断面図及び実測横断面図に当該土地の計画地盤面を記載したもの
 五 (略)
 六 岩石採取場を管理する事務所の名称及び所在地,当該事務所の業務管理者の氏名並びに当該業務管理者が当該岩石採取場において認可採取計画に従つて岩石の採取及び災害の防止が行われるよう監督するための計画を記載した書面
 七 岩石採取場で岩石の採取を行うことについて申請者が権原を有すること又は権原を取得する見込みが十分であることを示す書面
 八 岩石の採取に係る行為に関し,他の行政庁の許可,認可その他の処分を受けることを必要とするときは,その処分を受けていることを示す書面又は受ける見込みに関する書面
 九 岩石採取場からの岩石の搬出の方法及び当該岩石採取場から国道又は都道府県道にいたるまでの岩石の搬出の経路を記載した書面
 十 採取跡における災害の防止のために必要な資金計画を記載した書面
 十一 その他参考となる事項を記載した図面又は書面

【資料3B県採石法事務取扱要綱(抜粋)】

第7条 法(注:採石法)第33条の認可を受けようとする採石業者は,法第33条の2第4号により採取計画に定められた跡地防災措置(岩石採取の跡地で岩石採取に起因する災害が発生することを防止するために必要な措置をいう。以下同じ。)につき,C組合を保証人として立てなければならない。
2 前項の保証人は,その保証に係る採石業者が破産等により跡地防災措置を行わない場合に,その採石業者に代わって跡地防災措置を行うものとする。
第8条 採取計画の認可を受けようとする採石業者は,法第33条の3第1項の申請書に,法施行規則第8条の15第2項第11号の図面又は書面として,次に掲げる書類を添付しなければならない。
 一 第7条の保証人を立てていることを証する書面
 二~五(略)

 

練習答案

 以下行政事件訴訟法についてはその条数のみを示す。

〔設問1〕

第1 本件要綱の性質及び効果
 本件要綱は形式上、法律でも政省令でもない。法律や政省令に基づき許認可等を判断する際に参照する審査基準(行政手続法5条)だと考えられる。国民の権利を制限しあるいは義務を課すには法律に基づかなければならないので、審査基準によってそうすることはできない。あくまでも法律の内容を明確にする効果を有するにとどまる。

第2 採石法(以下「法」という)及び採石法施行規則(以下「規則」という)の関係する規定の趣旨及び内容
 法の目的は、岩石の採取計画の認可等を行い、岩石の採取に伴う災害を防止し、岩石の採取の事業の健全な発達を図ることによって公共の福祉の増進に寄与することである(法1条)。それを受けて、岩石の採取に伴う災害の防止のための方法及び施設の関する事項を定めた採取計画を定め、それを提出し、都道府県知事の認可を受けなければならないと規定されている(法33条、33条の2第4号、33条の3第1項3号)。その際に添付しなければならない書類は、規則で定められている(法33条の3第2項)。その規則には、採取跡における災害の防止のために必要な資金計画を記載した書面が挙げられている(規則8条の15第2項10号)。これは、事業者の財政状況も考慮して防災を確実にするという趣旨である。

第3 採石認可拒否処分(以下「本件処分」という)の適法性
 ここまでのところからして、本件要綱は、事業者の財政状況も考慮して防災を確実にするという法の趣旨を明確にするという範囲内で有効である。本件を取り巻く状況からすれば、Aは採石業者の中では大規模な事業者の部類に入るとはいえ、大企業とまではいえず、また他の採石業者から保証を受けたとしてもその採石業者も倒産したりすれば防災措置を確実にすることができないので、C組合の保証がなければ認可しないという本件処分は適法である。

〔設問2〕

第1 緊急措置命令等
 都道府県知事は、第33条若しくは第33条の8の規定に違反して岩石の採取を行った者に対し、採取跡の崩壊防止施設の設置その他岩石の採取に伴う災害の防止のための必要な措置をとるべきことを命ずることができる(法33条の13第2項)。〔設問1〕での検討からして、C組合の保証は、採取計画の一部を成す。Aはその保証契約を解除した。よって採取計画の遵守義務(法33条の8)の規定に違反している。以上より、B県知事は、岩石の採取に伴う災害の防止のための必要な措置として、Aに対し、岩石の採取をやめるように命じることができる。

第2 認可の取り消し等
 都道府県知事は、第33条の認可を受けた採石業者が次の各号の一に該当するときは、その認可を取り消し、又は六箇月以内の期間を定めてその認可に係る岩石採取場における岩石の採取の停止を命ずることができる(法33条の12柱書)。第1で述べたように、Aは法33条の8の規定に違反したといえるので、同条2号に該当する。また、すぐにCとの保証契約を解除するつもりで、申請時に表面的に保証書面を用意したことは、不正の手段により第33条の認可を受けたとき(法同条4号)にも該当する。よってB県知事は、認可の取り消し又は岩石の採取の停止を命ずることで、Aに対し岩石の採取をやめさせることができる。

第3 罰則
 第1及び第2のように命じたとしてもAが従わない場合は、法43条第2号及び3号に該当することになるので、1年以下の懲役若しくは10万円以下の罰金に処し、又はこれは併科することで、Aに対し岩石の採取をやめさせることができる。

〔設問3〕

第1 訴えの例
 本問において考えられる訴えの例は、いわゆる非申請型義務付けの訴え(3条6項1号)である。

第2 訴訟要件
(1) 義務付けの訴えの要件
 第三条第六項第一号に掲げる場合において、義務付けの訴えは、一定の処分がされないことにより重大な損害が生ずるおそれがあり、かつ、その損害を避けるために他に適当な方法がないときに限り、提起することができる(37条の2第1項)。この判断をするに当たっては、損害の回復の困難の程度を考慮し、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとする(37条の2第2項)。本問での処分がされないことにより、Dの所有する森林が土砂災害により被害を受けるおそれがある。Dはそこに居住してはいないが、林業を営んでいるので、仕事で立ち入ることは十分に考えられ、その時に土砂災害が発生すればDの生命・身体が危険にさらされる。森林という財産がき損されることは言うまでもない。生命・身体の回復は不可能あるいは困難である。他方で本問で検討している処分は採石をやめさせることである。以上より、重大な損害が生ずるおそれがあると言える。また、本件では民事訴訟よりも義務付けの訴えのほうがC組合の保証のことを適切に扱えるので、他に適当な方法がないときでもある。以上より、義務付けの訴えの要件を満たす。
(2) 原告適格
 第一項の義務付けの訴えは、行政庁が一定の処分をすべき旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができ、その判断については9条2項の規定が準用される(37条2第3項、4項)。9条の法律上の利益とは、一般的な公益に解消されない個々人の個別具体的な利益のことである。そして処分の相手方以外の者については9条2項に沿って判断される。
 Dは処分の相手方以外の者である。法の目的には防災があり、そのために岩石採取場関係の図面の提出が要求されている(規則8条の15各号)。これからすると、本件採取場から下方に約10メートル離れた土地に森林を所有しているDの個別具体的な利益が法及び規則によって保護されていると解される。以上よりDには原告適格が認められる。
(3) 結論
 (1),(2)より、訴訟要件を満たす。

以上

 

修正答案

 以下行政事件訴訟法についてはその条数のみを示す。

〔設問1〕

第1 本件要綱の性質及び効果
 本件要綱は形式上、法律でも政省令でもないし、法律の委任を受けたものでもない。よって国民の権利を制限しあるいは義務を課す法規命令ではなく、行政規則である。その行政規則のうちで、裁量の範囲内に含まれれば外部的な効果をもつ審査基準(行政手続法5条)であり、含まれなければ外部的な効果をもたない行政指導指針(行政手続法36条)である。
 そこで本件要綱が裁量の範囲内に含まれるかどうかを検討する。採石法(以下「法」という)33条の4には、「都道府県知事は…公共の福祉に反すると認めるときは,同条の認可をしてはならない」とある。「公共の福祉に反すると認めるとき」という抽象的な基準が法で定められており、また、「岩石の採取に伴う災害を防止し,岩石の採取の事業の健全な発達を図る」(法1条)という目的を達成するためには、地域の事情を考慮する必要があるため、都道府県知事に一定の裁量が与えられると解釈できる。その裁量を一定程度明確にしたものが本件要綱であり、審査基準であると言える。

第2 採石法及び採石法施行規則(以下「規則」という)の関係する規定の趣旨及び内容
 法の目的は、岩石の採取計画の認可等を行い、岩石の採取に伴う災害を防止し、岩石の採取の事業の健全な発達を図ることによって公共の福祉の増進に寄与することである(法1条)。それを受けて、岩石の採取に伴う災害の防止のための方法及び施設の関する事項を定めた採取計画を定め、それを提出し、都道府県知事の認可を受けなければならないと規定されている(法33条、33条の2第4号、33条の3第1項3号)。その際に添付しなければならない書類は、規則で定められている(法33条の3第2項)。その規則には、採取跡における災害の防止のために必要な資金計画を記載した書面が挙げられている(規則8条の15第2項10号)。これは、事業者の財政状況も考慮して防災を確実にするという趣旨である。

第3 採石認可拒否処分(以下「本件処分」という)の適法性
 ここまで述べたところからして、本件要綱は、事業者の財政状況も考慮して防災を確実にするという法の趣旨から導かられる都道府県知事の裁量の範囲内で有効である。本件要綱はあくまでもその裁量の基準を示したものであり、国民の権利義務を直接定めたものではないため、必ずしも機械的に運用しなければならないものでもない。以上を踏まえて、本件処分が裁量権の逸脱・濫用に当たらないかを検討する。
 本件を取り巻く状況からすれば、Aは採石業者の中では大規模な事業者の部類に入るとはいえ、大企業とまではいえず、また他の採石業者から保証を受けたとしてもその採石業者も倒産したりすれば防災措置を確実にすることができないので、C組合の保証がなければ認可しないという本件処分はB県知事の裁量の範囲内であり、適法である。

〔設問2〕

第1 緊急措置命令等
 都道府県知事は、第33条若しくは第33条の8の規定に違反して岩石の採取を行った者に対し、採取跡の崩壊防止施設の設置その他岩石の採取に伴う災害の防止のための必要な措置をとるべきことを命ずることができる(法33条の13第2項)。〔設問1〕での検討からして、C組合の保証は、採取計画の一部を成す。Aはその保証契約を解除した。よって採取計画の遵守義務(法33条の8)の規定に違反している。以上より、B県知事は、岩石の採取に伴う災害の防止のための必要な措置として、Aに対し、岩石の採取をやめるように命じることができる。なお、具体的な危険が現れていない本件では「緊急の必要」があるとは認められないので、法33条の13第1項に基づくことはできない。

第2 認可の取り消し等
 都道府県知事は、第33条の認可を受けた採石業者が次の各号の一に該当するときは、その認可を取り消し、又は六箇月以内の期間を定めてその認可に係る岩石採取場における岩石の採取の停止を命ずることができる(法33条の12柱書)。C組合との保証契約を継続することを法33条の7の条件だと解釈することができるので、その条件に違反したという同条1号に該当する。また、第1で述べたように、Aは法33条の8の規定に違反したといえるので、同条2号に該当する。さらに、すぐにCとの保証契約を解除するつもりで、申請時に表面的に保証書面を用意したことは、不正の手段により第33条の認可を受けたとき(法同条4号)にも該当する。よってB県知事は、認可の取り消し又は岩石の採取の停止を命ずることで、Aに対し岩石の採取をやめさせることができる。

第3 法に明文の定めのない撤回
 本件認可は当初適法であったから、職権取消しの余地はない。そこで、その後の本件保証契約の解除を原因とする本件認可の撤回の可否を検討する。一般に、法に明文の根拠がなくても、処分行政庁は撤回をすることができると解されている。しかしながら、名宛人の信頼保護なども考慮しなければならず、受益的行為を撤回する場合は、名宛人の同意か不正行為がなければならない。本件認可は受益的処分である。〔設問1〕におけるB県知事の採石認可拒否処分は適法であるという考え方を前提とすると、C組合との保証契約を解除したことは名宛人Aの不正行為である。よって、行政庁たるB県知事は、法に明文の定めがなくても、本件認可を撤回し、それによりAに対し岩石の採取をやめさせることができる。

〔設問3〕

第1 訴えの例
 本問において考えられる訴えの例は、いわゆる非申請型義務付けの訴え(3条6項1号)である。

第2 訴訟要件
(1) 義務付けの訴えの要件
 第三条第六項第一号に掲げる場合において、義務付けの訴えは、一定の処分がされないことにより重大な損害が生ずるおそれがあり、かつ、その損害を避けるために他に適当な方法がないときに限り、提起することができる(37条の2第1項)。この判断をするに当たっては、損害の回復の困難の程度を考慮し、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとする(37条の2第2項)。本問での処分がされないことにより、Dの所有する森林が土砂災害により被害を受けるおそれがある。Dはそこに居住してはいないが、林業を営んでいるので、仕事で立ち入ることは十分に考えられ、その時に土砂災害が発生すればDの生命・身体が危険にさらされる。森林という財産がき損されることは言うまでもない。生命・身体の回復は不可能あるいは困難である。他方で本問で検討している処分は採石をやめさせることであり、せいぜいが一定程度の財産的損害である。以上より、重大な損害が生ずるおそれがあると言える。また、本件では民事訴訟よりも義務付けの訴えのほうがC組合の保証のことを適切に扱えるので、他に適当な方法がないときでもある。以上より、義務付けの訴えの要件を満たす。
(2) 原告適格
 第一項の義務付けの訴えは、行政庁が一定の処分をすべき旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができ、その判断については9条2項の規定が準用される(37条2第3項、4項)。「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであるが、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益をもつぱら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益も右にいう法律上保護された利益に当たる。そして処分の相手方以外の者については9条2項に沿って判断される。
 Dは処分の相手方以外の者である。法の目的には防災があり、そのために岩石採取場関係の図面の提出が要求されている(規則8条の15各号)。これからすると、本件採取場から下方に約10メートル離れた土地に森林を所有していて、そこに立ち入る可能性のあるDの生命や身体という個別具体的な利益が法及び規則によって保護されていると解される。また、法33条の4の認可の基準に林業の利益も明記されており、Dが営む林業及びその基盤となる森林の所有権も保護されていると解される。以上よりDには原告適格が認められる。
(3) 結論
 (1),(2)より、訴訟要件を満たす。

以上

 

 

 



平成26年司法試験論文公法系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100)
 A県B市には,日本で有数の緑濃い原生林と透明度の高さを誇る美しい湖を含む自然保護地域がある。このB市の自然保護地域には,自家用車や観光バスで直接,あるいは,自然保護地域への拠点となっているB駅からタクシーか,定員20名のマイクロバスで運行される市営の路線バスを利用して入ることになる。B市は,1年を通じて温暖な気候であることも幸いして,全国各地から年間500万人を超える観光客が訪れるA県で最大の観光都市となっている。
 しかしながら,湖周辺では観光客が増えて交通量が増加したために,車の排気ガスによる原生林の損傷や,心ない観光客の行為で湖が汚れ,透明度が低下するといった問題が深刻になりつつあった。それに加えて,自然保護地域内の道路のほとんどは道幅が狭く,片方が崖で曲がりくねっており,人身事故や車同士の接触事故など交通事故が多く発生した。そのほとんどは,この道路に不慣れな自家用車と観光バスによるものであった。
 そこで,A県公安委員会は,A県,B市等と協議し,自然保護地域内の道路について,道路交通法に基づき,路線バス及びタクシーを除く車両の通行を禁止した。その結果,自然保護地域には,観光客は,徒歩,あるいは,市営の路線バスかタクシーを利用しなければ入れないこととなり,B市のタクシー事業者にとっては,B駅と自然保護地域との間の運行が大きな収入源となった。
 タクシー事業については,当初,需給バランスに基づいて政府が事業者の参入を規制する免許制が採られていたが,その後,規制緩和の流れを受けて安全性等の一定条件を満たせば参入を認める許可制に移行した。しかし,再び,特定の地域に関してではあるが,参入規制等を強化する法律が制定されている。これに加えて,202*年には道路運送法が改正され,地方分権推進策の一環として,タクシー事業に関する各種規制が都道府県条例により行えることとされ,その許可権限が,国土交通大臣から各都道府県知事に移譲された。
 Cタクシー会社(以下「C社」という。)は,A県から遠く離れた都市で低運賃を売り物に成功を収めたが,その後,タクシーの利用客自体が大幅に減少し,業績が悪化した。そこで,C社は,新たな事業地として,一大観光地であるB市の自然保護地域に注目した。というのも,B駅に首都圏に直結する特急列車の乗り入れが新たに決まり,観光客の増加が見込め,B駅から低運賃で運行することで,より多くの観光客の獲得を期待できるからである。
 C社の新規参入の動きに対し,B市のタクシー事業者の団体は,C社の新規参入により,B市内のタクシー事業者の収入が減少して過酷な運転業務を強いられることに加え,自然保護地域内の道路の運転に不慣れなタクシー運転者による交通事故の発生によって輸送の安全が脅かされるとともに,公共交通機関たるタクシー事業の健全な発達が阻害されるとして,C社の参入阻止を訴えて反対集会を開くなどの反対運動を行うとともに,A県やB市に対し適切な対応を採るよう求めた。
 一方,C社は,マス・メディアを通じて,自社が進出すれば,従来よりも低運賃のタクシーで自然保護地域を往復することができ,首都圏からの日帰り旅行も容易になり,観光振興に寄与すると訴えた。
 このような状況において,A県は,B市と協議した上で,「A県B市の自然保護地域におけるタクシーの運行の許可に関する条例」(以下「本条例」という。)を制定し,本条例に定める目的のもとに,自然保護地域におけるタクシーの運行については,本条例に定める①車種,②営業所及び運転者に関する要件を満たし,A県知事の許可を得たタクシー事業者のタクシーのみ認めることにした(【資料】参照)。
 B市は,本条例の制定に伴い,新たに,B駅の傍らのタクシー乗り場と自然保護地域にあるタクシー乗り場に,電気自動車のための充電施設を設けた。なお,本条例の制定に当たっては,A県に本社のあるD自動車会社だけが車種に関する要件を満たす電気自動車を製造・販売していることも考慮された。ちなみに,B市に営業所を構えるタクシー会社の多くは,本条例の要求する車種要件を満たす電気自動車を,既にD自動車会社から購入している。
 C社は,営業所に関する年数要件及び運転者に関する要件のいずれも満たすことができなかった。そして,車種に関する要件についても,高額の電気自動車を購入することは,自社の最大の目玉である低運賃を困難にすることから,あえて電気自動車を購入せず,より安価なハイブリッド車(従来のガソリン車より燃費がよく排気ガスの排出量は少ない。)で対応しようとした。
 C社は,A県知事に対し,A県を営業区域とするタクシー事業の許可申請を行うとともに,自然保護地域における運行許可申請を行ったが,後者については本条例に規定する要件を満たさないとして不許可となった。これにより,C社は,A県内でタクシー事業を行うことは可能になったが,新規参入の動機でもあったA県内で最大の利益が見込める自然保護地域への運行はできない。C社は,本条例自体が不当な競争制限であり違憲であると主張して,不許可処分取消訴訟を提起した。

〔設問1〕
 あなたがC社の訴訟代理人となった場合,あなたは,どのような憲法上の主張を行うか。
 なお,法人の人権及び道路運送法と本条例との関係については,論じなくてよい。

〔設問2〕
 被告側の反論についてポイントのみを簡潔に述べた上で,あなた自身の見解を述べなさい。

【資料】A県B市の自然保護地域におけるタクシーの運行の許可に関する条例(抜粋)
(目的)
第1条 この条例は,A県B市の自然保護地域(以下「自然保護地域」という。)におけるタクシーによる輸送の安全を確保すること,及び自然保護地域の豊かな自然を保護するとともに観光客のより一層の安全・安心に配慮して観光振興を図ることを目的とする。
(タクシーの運行許可)
第2条 自然保護地域においてタクシーを運行しようとするタクシー事業者は,A県知事の許可を受けなければならない。
(許可申請)
第3条 (略)
(運行許可基準)
第4条 A県知事は,第2条の許可をしようとするときは,次の基準に適合するかどうかを審査して,これをしなければならない。
 一 自然保護地域において運行するタクシーの車種は,次に掲げる要件の全てを満たす電気自動車であること。
  イ 運転席,助手席及び後部座席にエアバッグを装備していること。
  ロ 自動体外式除細動器(AED)を搭載していること。
 二 5年以上継続してB市内に営業所を有していること。
 三 自然保護地域においてタクシーを運転する者は,次に掲げる要件の全てを満たす者であること。
  イ 自然保護地域の道路の状況及び自然環境について熟知し,B市が実施する試験に合格していること。
  ロ B市に営業所を置く同一のタクシー事業者において10年以上継続して運転者として雇用され,又はB市内に営業所を置いて10年以上継続して個人タクシー事業を経営した経歴があること。
  ハ 過去10年以内に,交通事故を起こしたことがなく,かつ,道路の交通に関する法令に違反したことがないこと。
第5条以下略
 附則
第1条 この条例は,平成XX年XX月XX日から施行する。
2 第2条の許可は,この条例の施行日前においてもすることができる。
第2条 A県知事は,この条例の施行後おおむね5年ごとに第4条第1号に規定する車種について検討を加え,必要があると認めるときは,その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする。

 

練習答案

 以下、日本国憲法についてはその条数のみを示す。

〔設問1〕
 私がC社の訴訟代理人となった場合、本件条例自体が、22条の職業選択の自由に反し違憲であると主張する。

第1 22条で保障される内容
 「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」(22条1項)。ここにいうところの「職業選択の自由」には、具体的な営業の自由も含まれる。よってC社が企図しているA県内の本件自然保護地域へのタクシー運行という具体的な営業も22条1項で保障される。

第2 公共の福祉による制限
 もっとも、職業選択の自由には、「公共の福祉に反しない限り」という留保が付されている。この公共の福祉による制限は、警察等の消極目的の場合は、必要最小限でなければならないと解されている。
 本条例の目的は、その1条にあるように、輸送の安全、自然保護、観光客の安全・安心といった消極目的である。よってその制限は必要最小限でなければならない。これらの目的を達成するためには、本件自然保護地域に乗り入れる車両の総台数を制限する、タクシー会社に安全講習を義務付けるなどの、タクシー運行の許可をしないことよりも緩やかな規制でも対応できると考えられる。以上より、タクシー運行の許可をしないという本条例は違憲である。

第3 合理性
 また、仮にタクシー運行の許可をしないという本条例の内容が違憲でなかったとしても、それを判断する際の基準が合理的ではないため違憲である。職業選択の自由に対する制限は、その手段や基準が目的に関して合理的でなければならない。
 本件自然保護地域で安全なタクシー運行をするという目的のためには、その地域の地形などを熟知していることが必要である。しかしながら、本条例4条2号「5年以上継続してB市内に営業所を有していること」は、この目的に関して合理的ではない。B市内に営業所を有しているからといってその地域を熟知しているとは限らないし、近隣の市町村に営業所を有しているだけであっても乗り入れ経験や座学などによりその地域を熟知しているかもしれない。また、本号の「5年」や同条3号ロの「10年」に合理的な意味があるとも思えない。熱心な者であればもっとはやく必要な知識を習得するであろうし、不熱心なら5年や10年が経過しても未熟なままかもしれない。自然保護も本条例の目的であるが、同条1号イ及びロの条件の本条例の目的との間にも合理的な関連性が見られない。安全性の目的に照らしても、エアバッグやAEDが安全性に寄与するかどうかは疑問である。
 以上より、目的に関して合理的ではない本条例4条1号イ及びロ、2号、3号ロは違憲である。

〔設問2〕

第1 公共の福祉による制限
(1) 被告側の反論
 本条例の目的は、消極目的だけでなく、A県やB市の地場産業の促進といった積極目的もあるので、必要最小限度でなくとも合理的な規制であれば許される。
(2) 私自身の見解
 本条例の1条には、「豊かな自然を保護」、「観光振興」といった文言があるので、輸送の安全といった消極目的だけには解消しきれず、被告側が述べるように産業の促進といった積極目的も併存している。そして積極目的のある規制に関しては、立法機関の判断を尊重し、必要最小限でなくとも合理的な規制であれば合憲となる。上記目的のために本件自然保護地域でのタクシー運行を許可しないということは合理的だといえるので、合憲であると私は考える。

第2 合理性
(1) 被告側の反論
 本条例はすべて目的に関して合理的である。
(2) 私自身の見解
 本条例4条1号はすべて合憲であると考える。まず、電気自動車はハイブリッド車と比べて明らかに自然保護によい。エアバッグやAEDが安全に寄与するかどうかに疑問があるにしても、少なくとも観光客の安心には寄与する。結果的にこれらの要件を満たすのはD自動車会社が製造・販売している車種だけであるとしても、それは結果的にそうなっているだけにすぎず、他意はない。
 同条2号及び3号ロについては違憲であると考える。輸送の安全等の本条例の目的と合理的に関係しないというのは〔設問1〕記載のとおりである。加えて、5年や10年といった期間制限は、本人の努力ではすぐにどうすることもできない事柄であり、その点からも不合理である。

以上

 

修正答案

 以下、日本国憲法についてはその条数のみを示す。

〔設問1〕
 私がC社の訴訟代理人となった場合、本件条例自体が、22条の職業選択の自由に反し違憲であると主張する。

第1 22条で保障される内容
 「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」(22条1項)。ここにいうところの「職業選択の自由」には、狭義の職業選択の自由だけでなく、職業活動の自由も含まれる。具体的に職業活動を遂行する自由も保障しなければ、職業選択の自由を保障した意義が失われるからである。よってC社が企図しているA県内の本件自然保護地域へのタクシー運行という職業活動の自由も22条1項で保障される。

第2 公共の福祉による制限
 もっとも、職業選択の自由には、「公共の福祉に反しない限り」という留保が付されている。その公共の福祉による制約が合憲であるかは、規制の目的、必要性、内容、これによつて制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較考量したうえで慎重に決定されなければならない。
 一般に許可制は、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、職業活動そのものを制約するものであり、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定しうるためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要する。そして規制の目的が警察等の消極目的の場合は、必要最小限度でなければならないと解されている。
 本条例の目的は、その1条にあるように、輸送の安全、自然保護、観光客の安全・安心といった消極目的である。よってその制限は必要最小限でなければならない。これらの目的を達成するためには、本件自然保護地域に乗り入れる車両の総台数を制限する、タクシー会社に安全講習を義務付けるなどの、タクシー運行の許可をしないことよりも緩やかな職業活動の内容及び態様に対する規制でも対応できると考えられる。以上より、タクシー運行の許可をしないという本条例は違憲である。

第3 合理性
 また、仮にタクシー運行の許可をしないという本条例の内容が違憲でなかったとしても、それを判断する際の基準が合理的ではないため違憲である。職業選択の自由に対する制限は、その手段や基準が目的に関して合理的でなければならない。
 本件自然保護地域で安全なタクシー運行をするという目的のためには、その地域の地形などを熟知していることが必要である。しかしながら、本条例4条2号「5年以上継続してB市内に営業所を有していること」は、この目的に関して合理的ではない。B市内に営業所を有しているからといってその地域を熟知しているとは限らないし、近隣の市町村に営業所を有しているだけであっても乗り入れ経験や座学などによりその地域を熟知しているかもしれない。また、本号の「5年」や同条3号ロの「10年」に合理的な意味があるとも思えない。熱心な者であればもっとはやく必要な知識を習得するであろうし、不熱心なら5年や10年が経過しても未熟なままかもしれない。自然保護も本条例の目的であるが、同条1号イ及びロの条件の本条例の目的との間にも合理的な関連性が見られない。安全性の目的に照らしても、エアバッグやAEDが安全性に寄与するかどうかは疑問である。
 以上より、目的に関して合理的ではない本条例4条1号イ及びロ、2号、3号ロは違憲である。

〔設問2〕

第1 22条で保障される内容
(1) 被告側の反論
 C社は本件自然保護地域以外でタクシー運行をできるのだから、本条例はC社の職業選択の自由を侵害していない。
(2) 私自身の見解
 確かにC社は本件自然保護地域以外でタクシー運行をできるのであるが、それでもC社の職業活動の自由が制約されていることには変わりなく、22条の職業選択の自由が保障された趣旨からすると、本条例がC社の職業選択の自由を侵害していないとは言えない。

第2 公共の福祉による制限
(1) 被告側の反論
 本条例の目的は、輸送の安全、自然保護、観光客の安全・安心といった消極目的だけでなく、A県やB市の地場産業の促進といった積極目的もあるので、必要最小限度でなくとも合理的な規制であれば許される。そしてこれらの目的は重要な公共の利益である。
(2) 私自身の見解
 本条例の1条には、「豊かな自然を保護」、「観光振興」といった文言があるので、輸送の安全といった消極目的だけには解消しきれず、被告側が述べるように産業の促進といった積極目的も併存している。身体や生命はもちろん、自然環境の保護や経済の活性化も一般に重要な事項であるので、これら諸目的が重要な公共の利益であるのも被告側の言う通りである。そして積極目的のある規制に関しては、立法機関の判断を尊重し、必要最小限でなくとも合理的に必要な規制であれば合憲となる。上記目的のためにC社のような地元企業以外の企業に本件自然保護地域でのタクシー運行を許可しないということは合理的に必要だといえるので、合憲であると私は考える。

第3 合理性
(1) 被告側の反論
 本条例はすべて目的に関して合理的である。電気自動車はハイブリッド車と比べて明らかに自然保護によい。エアバッグやAEDは観光客の安全・安心に役立つ。B市での運行年数が長いほうがB市の状況をよく知ることになり、観光客の安全・安心に寄与する。
(2) 私自身の見解
 本条例4条1号はすべて合憲であると考える。電気自動車がハイブリッド車と比べて明らかに自然保護によいのは被告側の言う通りであり、確かに電気自動車はハイブリッド車よりもコストが高くなるであろうが、タクシーではおよそ不可能だという価格帯ではないため、合理的な制約である。エアバッグやAEDが安全に寄与するかどうかに疑問があるにしても、少なくとも観光客の安心には寄与するし、これらも導入が不可能な価格ではない。結果的にこれらの要件を満たすのはD自動車会社が製造・販売している車種だけであるとしても、それは結果的にそうなっているだけにすぎない。
 同条2号及び3号ロについては違憲であると考える。輸送の安全や観光客の安全・安心という本条例の目的と合理的に関係しないというのは〔設問1〕記載のとおりである。観光振興の目的を考慮しても、B市に事業所を置くタクシー会社が即観光産業かということに疑問がある(B市に事業所を置いていなくても、B市の観光をアピールするなどして、観光振興を行なうことは可能である)。加えて、5年や10年といった期間制限は、本人の努力ではすぐにどうすることもできない事柄であり、その点からも不合理である。

以上

 

 

 

 



平成29(2017)年司法試験予備試験論文(法律実務基礎科目(刑事))答案練習

問題

 次の【事例】を読んで,後記〔設問〕に答えなさい。

【事例】
1 A(26歳,男性)は,平成29年4月6日午前8時,「平成29年4月2日午前6時頃,H県I市J町2丁目3番Kビル前歩道上において,V(55歳,男性)に対し,その胸部を押して同人をその場に転倒させ,よって,同人に加療期間不明の急性硬膜下血腫等の傷害を負わせた。」旨の傷害事件で通常逮捕され,同月7日午前9時,検察官に送致された。送致記録に編綴された主な証拠は次のとおりであった(以下,特段の断りない限り,日付はいずれも平成29年である。)。
 ⑴ Vの受傷状況等に関する捜査報告書(証拠①)
   「近隣住民Wの119番通報により救急隊員が臨場した際,Vは,4月2日午前6時10分頃にH県I市J町2丁目3番Kビル前(甲通り沿い)歩道上に,意識不明の状態で仰向けに倒れていた。Vは,直ちにH県立病院に救急搬送され,同病院において緊急手術を受け,そのまま同病院集中治療室に入院した。同病院医師によれば,Vには硬い面に強打したことに起因する急性硬膜下血腫を伴う後頭部打撲が認められ,Vは,手術後,意識が回復したが,集中治療室での入院治療が必要であり,少なくとも1週間は取調べを受けることはできないとのことであった。」
   「Vは,同市J町4丁目2番の自宅で妻と二人で居住する会社員である。妻によれば,Vは毎朝甲通りをジョギングしており,持病はないとのことであった。」
 ⑵ Wの警察官面前の供述録取書(証拠②)
   「私は,4月2日午前6時頃,通勤のため自宅を出て甲通りをI駅に向かって歩いていると,約50メートル先のKビル前の歩道上に,男二人と女一人(B子)が立っていて,そのうち男一人(V)が歩道上に仰向けに倒れた様子が見えた。そして,約10メートルまで近づいたところ,もう一人の男(A)が仰向けに倒れたVの腹の上に馬乗りになったので,事件であると思って立ち止まった。このとき,Aは,Vの腹の上に馬乗りになった状態で,『この野郎。』と怒鳴りながら右腕を振り上げ,B子がそのAの右腕を両手でつかんだ。私は,自分の携帯電話機を使って,その様子を1枚写真撮影した。その直後,AはVの腹の上から退いたが,Vは全く動かなかった。私は,119番通報し,AとB子に『救急車を呼んだから,しばらく待ってください。』と声を掛けた。しかし,AとB子は,その場を立ち去り,甲通り沿いのLマンションの中に入っていった。私は,注視していなかったため,Vの転倒原因は分からない。私は,A,V及びB子とは面識がない。」
 ⑶ B子の警察官面前の供述録取書(証拠③)
   「私は,1年半前からAと交際し,半年前からLマンション202号室でAと二人で生活している。私とAは,4月1日夜から同月2日明け方までカラオケをし,Lマンションに帰るため,甲通りの歩道を並んで歩いていた。すると,前方からジョギング中の男(V)が走ってきて,擦れ違いざまに私にぶつかった。私は,立ち止まり,Vに『すみません。』と謝ったが,Vは,立ち止まり,『横に広がらずに歩けよ。』と怒ってきた。Aも立ち止まり,興奮した様子でVに言い返し,AとVが向かい合って口論となった。Aは,Vの面前に詰め寄り,両手でVの胸を1回突き飛ばすように押した。Vが少し後ずさりしたが,『何するんだ。』と言ってAに向き合うと,Aは両手でVの胸をもう1回突き飛ばすように押した。すると,Vは,後方に勢いよく転び,路上に仰向けに倒れ,後頭部を路面に打ち付けた。さらに,Aは,仰向けに寝た状態になったVの腹の上に馬乗りになり,『この野郎。』と怒鳴りながら,右腕を振り上げてVを殴ろうとした。私は,慌ててAの右腕を両手でつかんで止めた。すると,AはVの体から離れたが,Vは起き上がらなかった。Aは,『こちらが謝っているのに,文句を言ってきたのが悪いんだ。放っておけ。』と言った。私とAは,通り掛かりの男の人から,『救急車を呼んだから,待ってください。』と言われたが,VをそのままにしてLマンションに帰った。」
 ⑷ Aの警察官面前の供述録取書(証拠④)
   「私は,4月2日早朝,カラオケ店から,交際相手のB子と一緒に帰る途中,B子と二人で並んで歩道を歩いていたところ,ジョギング中の男(V)が擦れ違いざまにB子にぶつかってきた。Vは,B子が謝ったにもかかわらず,『横に並んで歩くな。』と怒鳴った。私は,VがわざとB子にぶつかってきたように感じていたので,『ここはジョギングコースじゃないんだぞ。』と言い返した。私とVは口論となり,そのうち,Vは,興奮した様子で,右手で私の胸ぐらをつかんで前後に激しく揺さぶってきたが,その手を自ら離してふらつくように後退し,後方にひっくり返って後頭部を歩道上に打ち付けた。この間,私は,Vの胸を押したことはなく,それ以外にもVの転倒原因になるような行為をしていない。Vが勝手に歩道上に倒れたので,それを放ったまま自宅に戻った。私は,半年前からLマンション202号室でB子と一緒に生活しており,現在,株式会社丙において会社員として働いている。」
 ⑸ Aの身上調査照会回答書(証拠⑤)
   H県I市J町2丁目5番Lマンション202号室が住居として登録されている。
2 Aは,4月7日午後1時,検察官による弁解録取手続において,証拠④と同旨の供述をした。検察官は,弁解録取書を作成した後,H地方裁判所裁判官に対し,Aの勾留を請求した。同裁判所裁判官は,同日,Aに対し,勾留質問を行い,ⓐ刑事訴訟法第207条第1項の準用する同法第60条第1項第2号に定める事由があると判断して勾留状を発付した。
3 Aは,勾留中,一貫して,Vの胸部を押してVを転倒させ,傷害を負わせた事実を否認した。検察官は,回復したVに対する取調べ等の所要の捜査を遂げ,4月26日,H地方裁判所にAを傷害罪で公判請求した。同公判請求に係る起訴状の公訴事実には,「被告人は,4月2日午前6時頃,H県I市J町2丁目3番Kビル前歩道上において,Vに対し,その胸部を両手で2回押す暴行を加え,同人をその場に転倒させてその後頭部を同歩道上に強打させ,よって,同人に全治3週間の急性硬膜下血腫を伴う後頭部打撲の傷害を負わせた。」旨記載されている。同裁判所は,同月28日,同公判請求に係る傷害被告事件を公判前整理手続に付する決定をした。
4 検察官は,5月10日,前記傷害被告事件について,証明予定事実記載書を裁判所に提出するとともに弁護人に送付し,併せて,証拠の取調べを裁判所に請求し,当該証拠を弁護人に開示した。
 検察官が取調べを請求した証拠の概要は,次のとおりである。
 ⑴ 甲1号証H県立病院医師作成の診断書
   「Vは,4月2日に急性硬膜下血腫を伴う後頭部打撲を負い,全治まで3週間を要した。」
 ⑵ 甲2号証H県I市J町2丁目3番Kビル前歩道上において,Vを立会人として,現場の状況を明らかにするために実施された実況見分の調書
 ⑶ 甲3号証Vの検察官面前の供述録取書
   「4月2日早朝,私が甲通りの歩道をI駅方面に向かってジョギング中,前方から,若い男(A)と女(B子)が歩道一杯に広がるように並んで歩いてきた。私は,ぶつからないように気を付けて走ったが,擦れ違う際に,B子がふらつくように私の方に寄ってきたために,B子にぶつかった。B子が私に謝ったが,私は,立ち止まり,『そんなに横に広がって歩くなよ。』と注意した。すると,Aは,『ここはジョギングコースじゃない。』と怒鳴り,興奮した様子で私に詰め寄ってきた。私がAとの距離を取るため,のけ反るように後ずさると,Aは,私の胸を両手で1回強く押してきた。私は,更に後ずさりしながら,『何するんだ。』と言ったが,その後のことは記憶になく,気が付いた時にはH県立病院の集中治療室にいた。」
 ⑷ 甲4号証写真撮影報告書
   I警察署において,Vが甲3号証と同旨のAのVに対する暴行状況を説明し,A役とV役の警察官2名が,Vの説明に基づき,AがVの胸を両手で1回強く押した際のAとVの相互の体勢及びその動作を再現し,同再現状況が撮影された写真が貼付されている。
 ⑸ 甲5号証W所有の携帯電話機に保存されていた画像データを印画した写真1枚
   4月2日午前6時に撮影されたものであり,男(A)が,Kビル前歩道上に仰向けに寝ている男(V)の腹部の上に馬乗りになった状態で,Aの右手掌部が右肩の位置よりも右上方の位置にあり,女(B子)が,Aの右後方から,そのAの右腕を両手でつかんでいる状況が写っている。
 ⑹ 甲6号証Wの検察官面前の供述録取書
   Wの警察官面前の供述録取書(証拠②)と同旨の供述に加え,甲5号証につき,「この写真は,私が4月2日午前6時,Kビル前歩道上において,自己の携帯電話機のカメラ機能でAらを撮影したものである。ⓑAは,Kビル前の歩道上に仰向けに寝ているVの腹の上に馬乗りになった状態で,『この野郎。』と怒鳴りながら右腕を振り上げた。すると,傍らにいたB子がAの右腕を両手でつかんで止めたが,この写真はその場面が撮影されている。」旨の供述が録取されている。
 ⑺ 甲7号証B子の検察官面前の供述録取書
   B子の警察官面前の供述録取書(証拠③)と同旨の供述。
 ⑻ 乙1号証Aの検察官面前の供述録取書
   Aの警察官面前の供述録取書(証拠④)と同旨の供述に加え,甲5号証につき,「この写真には,転倒したVを私が介抱しようとした状況が写っている。」旨の供述が録取されている。
 ⑼ 乙2号証Aの身上調査照会回答書(証拠⑤と同じ)
5 ⓒ弁護人は,検察官請求証拠を閲覧・謄写した後,検察官に対して類型証拠の開示の請求をし,類型証拠として開示された証拠も閲覧・謄写するなどした上,「Aが,Vに対し,公訴事実記載の暴行に及んだ事実はない。Vは,興奮した状態でAの胸ぐらをつかんで前後に激しく揺さぶってきたが,このときVの何らかの疾患が影響して,自らふらついて転倒して後頭部を強打し,公訴事実記載の傷害を負ったにすぎない。」旨の予定主張事実記載書を裁判所に提出するとともに検察官に送付し,併せて,検察官に対して主張関連証拠の開示の請求をした。
 5月24日から6月7日までの間,3回にわたり公判前整理手続が開かれ,ⓓ弁護人は,検察官請求証拠に対し,甲1号証,甲2号証及び乙2号証につき,いずれも「同意」,甲3号証,甲4号証(貼付された写真を含む。),甲6号証及び甲7号証につき,いずれも「不同意」,甲5号証につき,「異議あり」との意見を述べるとともに,乙1号証につき,「不同意」とした上,「被告人質問で明らかにするので,取調べの必要性はない。」との意見を述べた。検察官は,V,W及びB子の証人尋問を請求した。裁判所は,争点を整理した上,甲1号証,甲2号証及び乙2号証につき,証拠調べをする決定をし,甲3号証ないし甲7号証及び乙1号証の採否を留保して,V,W及びB子につき,証人として尋問をする決定をするなどし,公判前整理手続を終結した。
6 6月19日,第1回公判期日において,冒頭手続等に続き,順次,甲1号証,甲2号証及び乙2号証の取調べ,ⓔVの証人尋問が行われ,同尋問終了後に検察官が甲3号証及び甲4号証(貼付された写真を含む。)の証拠調べ請求を撤回した。同月20日,第2回公判期日において,Wの証人尋問が行われ,Wは甲6号証と同旨の証言をし,裁判所が同尋問後に甲5号証の証拠調べを決定してこれを取り調べ,検察官が甲6号証の証拠調べ請求を撤回した。続いて,ⓕB子の証人尋問が行われ,同尋問終了後,検察官は甲7号証につき刑事訴訟法第321条第1項第2号後段に該当する書面として取調べを請求した。同月21日,第3回公判期日において,甲7号証の採否決定,被告人質問,乙1号証の採否決定等が行われた上で結審した。

〔設問1〕
 下線部ⓐに関し,裁判官が刑事訴訟法第207条第1項の準用する同法第60条第1項第2号の「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」があると判断した思考過程を,その判断要素を踏まえ具体的事実を指摘しつつ答えなさい。

〔設問2〕
 下線部ⓑの供述に関し,検察官は,Aが公訴事実記載の暴行に及んだことを立証する上で直接証拠又は間接証拠のいずれと考えているか,具体的理由を付して答えなさい。

〔設問3〕
 下線部ⓒに関し,弁護人は,刑事訴訟法第316条の15第3項の「開示の請求に係る証拠を識別するに足りる事項」を「Vの供述録取書」とし,証拠の開示の請求をした。同請求に当たって,同項第1号イ及びロに定める事項(同号イの「開示の請求に係る証拠を識別するに足りる事項」は除く。)につき,具体的にどのようなことを明らかにすべきか,それぞれ答えなさい。

〔設問4〕
 下線部ⓓに関し,弁護人は,甲4号証(貼付された写真を含む。)につき「不同意」との意見を述べたのに対し,甲5号証につき「異議あり」との意見を述べているが,弁護人がこのように異なる意見を述べた理由を,それぞれの証拠能力に言及して答えなさい。

〔設問5〕
 下線部ⓔに関し,以下の各問いに答えなさい。
⑴ 検察官が尋問中,Vは,「私は,Kビル前歩道上でAに詰め寄られ,Aと距離を取るため,のけ反るように後ずさると,Aに両手で胸を1回強く押された。」旨証言した。検察官が同証言後に,Vに甲4号証貼付の写真を示そうと考え,裁判長に同写真を示す許可を求めたところ,裁判長はこれを許可した。その裁判長の思考過程を,条文上の根拠に言及して答えなさい。
⑵ 前記許可に引き続き,Vは,甲4号証貼付の写真を示されて,同写真を引用しながら証言し,同写真は証人尋問調書に添付された。裁判所は,同写真を事実認定の用に供することができるか。同写真とVの証言内容との関係に言及しつつ理由を付して答えなさい。

〔設問6〕
 下線部ⓕに関し,B子の証言の要旨は次のとおりであったとして,以下の各問いに答えなさい。
[証言の要旨]
・ AのVに対する暴行状況について,「AとVがもめている様子をそばでずっと見ていた。AがVの胸を押した事実はない。Vがふらついて転倒したので,AがVを介抱しようとした。AがVに馬乗りになって,『この野郎。』と言って殴り掛かろうとした事実はない。Vと関わりたくなかったので,Aの腕をつかんで,『こんな人は放っておこうよ。』と言った。すると,AはVを介抱するのを止めて,私と一緒にその場を立ち去った。」
・ 捜査段階での検察官に対する供述状況について,「何を話したのか覚えていないが,嘘を話した覚えはない。録取された内容を確認した上,署名・押印したものが,甲7号証の供述録取書である。」
・ 本件事件後のAとの関係について,「5月に入ってからAの子を妊娠していることが分かった。」
⑴ 検察官として,刑事訴訟法第321条第1項第2号後段の要件を踏まえて主張すべき事項を具体的に答えなさい。
⑵ 甲7号証の検察官の取調べ請求に対し,弁護人が「取調べの必要性がない。」旨の意見を述べたため,裁判長が検察官に必要性についての釈明を求めた。検察官は,必要性についてどのように釈明すべきか答えなさい。

 

再現答案

刑事訴訟法については条数のみを示す。

〔設問1〕
 本件の公訴事実は、AがVに対して胸を押して転倒させて傷害を負わせたことであり、AとVとの関わり(胸を押したかどうかなど)が争点となることが想定される。そうなると現場を近くで見ていたB子の証言が重要になる。AはB子と同居しており、Aの身柄を解放すると、口裏を合わせて、Aに有利なようにうその証言をしようとするかもしれない。これは罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由である。

〔設問2〕
 公訴事実を直接証明する証拠が直接証拠であり、公訴事実を推認を経て間接的に証明する証拠が間接証拠である。公訴事実記載の暴行とは、AがVの胸を押して転倒させたことである。ⓑの供述では、最初からVが寝ているので、Vを転倒させたことを直接証明することはできない。よって間接証拠である。ⓑの供述からAがVに攻撃の意図を持っていたことが示され、そこからその前にAがVを転倒させたことが推認されるのである。

〔設問3〕
 甲3号証で、検察官は、AがVの胸部を押して転倒させたことを証明しようとしている。そこで甲3号証以外のVの供述録取書(例えば甲3号証より前に警察官の面前で供述されたもの)を調べて、矛盾や供述の変遷がないかどうかを確認することにより、甲3号証の証明力を判断することができる。

〔設問4〕
 「不同意」とは、326条1項の同意をしないという意味である。この同意は伝聞証拠(320条1項)に証拠能力を与える行為である。甲4号証は写真であるが、要証事実はAがVの胸を押して転倒させたことであり、Vの供述と一体となってそのことを示そうとしている。写真という図像を用いた供述である。その真実性が問題となるので、伝聞証拠である。
 「異議あり」とは、309条1項の証拠調に関する異議である。これは伝聞証拠以外の理由で証拠能力が否定されると考えられるときに、その証拠の排除を裁判所に求めるものである。甲5号証は、本件公訴事実と関係がなく、自然的関連性が否定されるので、弁護人は「異議あり」と述べた。

〔設問5〕
 (1)
 訴訟関係人は、証人供述を明確にするため必要があるときは、裁判長許可を受けて、図面……を利用して尋問することができる(刑事訴訟規則(以下「規則」という。)199条の12第1項)。検察官は訴訟関係人である。証人Vの供述を明確にするために、甲4号証貼付の写真は必要である。VとAとの距離を示す際などに、言葉だけでは不明確で、写真を用いるとわかりやすくなるからである。よって同写真を示すことを裁判長は許可した。
 (2)
 甲4号証貼付の写真は、証拠調を経ていないので、原則として事実認定の用に供することはできない。事実の認定は、証拠による(317条)。しかしながら、同写真は、Vの証言と一体となっているので、例外的に証拠として認められる。というのも、Vが写真を見ながら「これくらいの距離で…」と供述していた場合に、写真なしではこの供述が無意味になってしまうからである。

〔設問6〕
 (1)
 B子は、証人尋問では、AがVの胸を押した事実も、AがVに馬乗りになって殴り掛かろうとした事実もないと供述しているが、甲7号証ではどちらの事実もあったと記載されている。これは、公判期日の供述と、その前の供述が相反していると言える。甲7号証に関して、B子は、嘘を話した覚えもないし録取された内容を確認した上で署名・押印したと言っている。公判期日での供述は、甲7号証の作成時には判明していなかったAの子の妊娠が発覚してからのことなので、Aをかばおうとする動機が高まっている。よって甲7号証の供述を信用すべき特別の情況があると言える。
 (2)
 本件では、AがVの胸を押したかどうかが最大の争点になっている。それを判断するためには、現場を至近距離で最初から見ていたB子の証言が欠かせない。Wは遠くから部分的に見ていたにすぎない。

以上

 

修正答案

刑事訴訟法については条数のみを示す。

〔設問1〕
 「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」があるか否かは、隠滅の対象、隠滅の態様、隠滅の客観的・主観的可能性を考慮して判断する。本件の公訴事実は、AがVに対して胸を押して転倒させて傷害を負わせたことであり、AとVとの関わり(胸を押したかどうかなど)が争点となることが想定される。そうなると現場を近くで見ていたB子の証言が重要になる。AはB子と同居しており、Aの身柄を解放すると、口裏を合わせて、Aに有利なようにうその証言をしようとする可能性が大いにある。これは罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由である。

〔設問2〕
 公訴事実を直接証明する証拠が直接証拠であり、公訴事実を推認を経て間接的に証明する証拠が間接証拠である。公訴事実記載の暴行とは、AがVの胸を押して転倒させたことである。ⓑの供述では、最初からVが寝ているので、Vを転倒させたことを直接証明することはできない。よって間接証拠である。ⓑの供述からAがVに攻撃の意図を持っていたことが示され、そこからその前にAがVを転倒させたことが推認されるのである。

〔設問3〕
 316条の15第3項1号イの「第一項各号に掲げる証拠の類型」は同条1項5号ロである。
 甲3号証で、検察官は、AがVの胸部を押して転倒させたことを証明しようとしている。そこで甲3号証以外のVの供述録取書(例えば甲3号証より前に警察官の面前で供述されたもの)を調べて、矛盾や供述の変遷がないかどうかを確認することにより、甲3号証の証明力を判断することができる。

〔設問4〕
 「不同意」とは、326条1項の同意をしないという意味である。この同意は伝聞証拠(320条1項)に証拠能力を与える行為である。甲4号証は写真であるが、要証事実はAがVの胸を押して転倒させたことであり、Vの供述と一体となってそのことを示そうとしている。写真という図像を用いた供述である。その真実性が問題となるので、伝聞証拠である。
 「異議あり」とは、309条1項の証拠調に関する異議である。これは伝聞証拠以外の理由で証拠能力が否定されると考えられるときに、その証拠の排除を裁判所に求めるものである。甲5号証は、本件公訴事実と関係がなく、自然的関連性が否定されるので、弁護人は「異議あり」と述べた。

〔設問5〕
 (1)
 訴訟関係人は、証人供述を明確にするため必要があるときは、裁判長許可を受けて、図面……を利用して尋問することができる(刑事訴訟規則(以下「規則」という。)199条の12第1項)。検察官は訴訟関係人である。証人Vの供述を明確にするために、甲4号証貼付の写真は必要である。VとAとの距離を示す際などに、言葉だけでは不明確で、写真を用いるとわかりやすくなるからである。よって同写真を示すことを裁判長は許可した。
 (2)
 甲4号証貼付の写真は、証拠調を経ていないので、原則として事実認定の用に供することはできない。事実の認定は、証拠による(317条)。しかしながら、同写真は、Vの証言と一体となっているので、例外的に証拠として認められる。というのも、Vが写真を見ながら「これくらいの距離で…」と供述していた場合に、写真なしではこの供述が無意味になってしまうからである。

〔設問6〕
 (1)
 B子は、証人尋問では、AがVの胸を押した事実も、AがVに馬乗りになって殴り掛かろうとした事実もないと供述しているが、甲7号証ではどちらの事実もあったと記載されている。これは、公判期日の供述と、その前の供述が相反していると言える。甲7号証に関して、B子は、嘘を話した覚えもないし録取された内容を確認した上で署名・押印したと言っている。公判期日での供述は、甲7号証の作成時には判明していなかったAの子の妊娠が発覚してからのことなので、Aをかばおうとする動機が高まっている。よって甲7号証の供述を信用すべき特別の情況があると言える。
 (2)
 本件では、AがVの胸を押したかどうかが最大の争点になっている。それを判断するためには、現場を至近距離で最初から見ていたB子の証言が欠かせない。Wは遠くから部分的に見ていたにすぎない。

以上

 



平成29(2017)年司法試験予備試験論文(法律実務基礎科目(民事))答案練習

問題

司法試験予備試験用法文を適宜参照して,以下の各設問に答えなさい。

〔設問1〕
 弁護士Pは,Xから次のような相談を受けた。

【Xの相談内容】
 「私は,骨董品を収集することが趣味なのですが,親友からBという人を紹介してもらい,平成28年5月1日,B宅に壺(以下「本件壺」という。)を見に行きました。Bに会ったところ,Aから平成27年3月5日に,代金100万円で本件壺を買って,同日引き渡してもらったということで,本件壺を見せてもらったのですが,ちょうど私が欲しかった壺であったことから,是非とも譲ってほしいとBにお願いしたところ,代金150万円なら譲ってくれるということで,当日,本件壺を代金150万円で購入しました。そして,他の人には売ってほしくなかったので,親友の紹介でもあったことから信用できると思い,当日,代金150万円をBに支払い,領収書をもらいました。当日は,電車で来ていたので,途中で落としたりしたら大変だと思っていたところ,Bが,あなた(X)のために占有しておきますということでしたので,これを了解し,後日,本件壺を引き取りに行くことにしました。
 平成28年6月1日,Bのところに本件壺を取りに行ったところ,Bから,本件壺は,Aから預かっていただけで,自分のものではない,あなた(X)から150万円を受け取ったこともない,また,本件壺は,既に,Yに引き渡したので,自分のところにはないと言われました。
 すぐに,Yのところに行き,本件壺を引き渡してくれるようにお願いしたのですが,Yは,本件壺は,平成28年5月15日にAから代金150万円で購入したものであり,渡す必要はないと言って渡してくれません。
 本件壺の所有者は,私ですので,何の権利もないのに本件壺を占有しているYに本件壺の引渡しを求めたいと考えています。」

弁護士Pは,【Xの相談内容】を前提に,Xの訴訟代理人として,Yに対し,本件壺の引渡しを求める訴訟(以下「本件訴訟」という。)を提起することを検討することとした。

 以上を前提に,以下の各問いに答えなさい。
(1)弁護士Pは,本件訴訟に先立って,Yに対して,本件壺の占有がY以外の者に移転されることに備え,事前に講じておくべき法的手段を検討することとした。弁護士Pが採り得る法的手段を一つ挙げ,そのような手段を講じなかった場合に生じる問題についても併せて説明しなさい。
(2)弁護士Pが,本件訴訟において,選択すると考えられる訴訟物を記載しなさい。なお,代償請求については,考慮する必要はない。
(3)弁護士Pは,本件訴訟の訴状(以下「本件訴状」という。)において,本件壺の引渡請求を理由づける事実(民事訴訟規則第53条第1項)として,次の各事実を主張した。
 ア Aは,〔①〕
 イ Aは,平成27年3月5日,Bに対し,本件壺を代金100万円で売った。
 ウ 〔②〕
 エ 〔③〕
 上記①から③までに入る具体的事実を,それぞれ答えなさい。
(4)弁護士Pは,Yが,AB間の売買契約を否認すると予想されたことから,上記(3)の法的構成とは別に,仮に,Bが本件壺の所有権を有していないとしても,本件壺の引渡請求を理由づける事実(民事訴訟規則第53条第1項)の主張をできないか検討した。しかし,弁護士Pは,このような主張は,判例を踏まえると認められない可能性が高いとして断念した。弁護士Pが検討したと考えられる主張の内容(当該主張を構成する具体的事実を記載する必要はない。)と,その主張を断念した理由を簡潔に説明しなさい。

〔設問2〕
 弁護士Qは,本件訴状の送達を受けたYから次のような相談を受けた。

【Yの相談内容】
 「私は,Aから,本件壺を買わないかと言われました。壺に興味があることから,Aに見せてほしいと言ったところ,Aは,Bに預かってもらっているということでした。そこで,平成28年5月15日,B宅に見に行ったところ,一目で気に入り,Aに電話で150万円での購入を申し込み,Aが承諾してくれました。私は,すぐに近くの銀行で150万円を引き出しA宅に向かい,Aに現金を交付したところ,Aが私と一緒にB宅に行ってくれて,Aから本件壺を受け取りました。したがって,本件壺の所有者は私ですから,Xに引き渡す必要はないと思います。」

 弁護士Qは,【Yの相談内容】を前提に,Yの訴訟代理人として,本件訴訟における答弁書を作成するに当たり,主張することが考えられる二つの抗弁を検討したところ,抗弁に対して考えられる再抗弁を想定すると,そのうちの一方の抗弁については,自己に有利な結論を得られる見込みは高くないと考え,もう一方の抗弁のみを主張することとした。

 以上を前提に,以下の各問いに答えなさい。
(1)弁護士Qとして主張することを検討した二つの抗弁の内容(当該抗弁を構成する具体的事実を記載する必要はない。)を挙げなさい。
(2)上記(1)の二つの抗弁のうち弁護士Qが主張しないこととした抗弁を挙げるとともに,その抗弁を主張しないこととした理由を,想定される再抗弁の内容にも言及した上で説明しなさい。

〔設問3〕
 Yに対する訴訟は,審理の結果,AB間の売買契約が認められないという理由で,Xが敗訴した。そこで,弁護士Pは,Xの訴訟代理人として,Bに対して,BX間の売買契約の債務不履行を理由とする解除に基づく原状回復請求としての150万円の返還請求訴訟(以下「本件第2訴訟」という。)を提起した。
 第1回口頭弁論期日で,Bは,Xから本件壺の引渡しを催告され,相当期間が経過した後,Xから解除の意思表示をされたことは認めたが,BがXに対して本件壺を売ったことと,BX間の売買契約に基づいてXからBに対し150万円が支払われたことについては否認した。弁護士Pは,当該期日において,以下の領収書(押印以外,全てプリンターで打ち出されたものである。以下「本件領収書」という。)を提出し,証拠として取り調べられた。これに対し,Bの弁護士Rは,本件領収書の成立の真正を否認し,押印についてもBの印章によるものではないと主張している。
 その後,第1回弁論準備手続期日で,弁護士Pは,平成28年5月1日に150万円を引き出したことが記載されたⅩ名義の預金通帳を提出し,それが取り調べられ,弁護士Rは預金通帳の成立の真正を認めた。
 第2回口頭弁論期日において,XとBの本人尋問が実施され,Xは,下記【Xの供述内容】のとおり,Bは,下記【Bの供述内容】のとおり,それぞれ供述した。

【Xの供述内容】
 「私は,平成28年5月1日に,親友の紹介でB宅を訪問し,本件壺を見せてもらいました。Bとは,そのときが初対面でしたが,Bは,現金150万円なら売ってもいいと言ってくれたので,私は,すぐに近くの銀行に行き,150万円を引き出して用意しました。Bは,私が銀行に行っている間に,パソコンとプリンターを使って,領収書を打ち出し,三文判ではありますが,判子も押して用意してくれていたので,引き出した現金150万円をB宅で交付し,Bから領収書を受け取りました。当日は,電車で来ていたので,取りあえず,壺を預かっておいてもらったのですが,同年6月1日に壺を受け取りに行った際には,Bから急に,本件壺は,Aから預かっているもので,あなたに売ったことはないと言われました。
 また,Yに対する訴訟で証人として証言したAが供述していたように,Aは同年5月2日にBから200万円を借金の返済として受け取っているようですが,この200万円には私が交付した150万円が含まれていることは間違いないと思います。」

【Bの供述内容】
 「確かに,平成28年5月1日,Xは,私の家を訪ねてきて,本件壺を見せてほしいと言ってきました。私はXとは面識はありませんでしたが,知人からXを紹介されたこともあり,本件壺を見せてはあげましたが,Xから150万円は受け取っていません。Xは,私に150万円を現金で渡したと言っているようですが,そんな大金を現金でもらうはずはありませんし,領収書についても,私の名前の判子は押してありますが,こんな判子はどこでも買えるもので,Xがパソコンで作って,私の名前の判子を勝手に買ってきて押印したものに違いありません。
 私は,同月2日に,Aから借りていた200万円を返済したことは間違いありませんが,これは,自分の父親からお金を借りて返済したもので,Xからもらったお金で工面したものではありません。父親は,自宅にあった現金を私に貸してくれたようです。また,父親とのやり取りだったので,貸し借りに当たって書面も作りませんでした。その後,同年6月1日にもXが私の家に来て,本件壺を売ってくれと言ってきましたが,断っています。」

 以上を前提に,以下の各問いに答えなさい。

(1)本件第2訴訟の審理をする裁判所は,本件領収書の形式的証拠力を判断するに当たり,Bの記名及びB名下の印影が存在することについて,どのように考えることになるか論じなさい。
(2)弁護士Pは,本件第2訴訟の第3回口頭弁論期日までに,準備書面を提出することを予定している。その準備書面において,弁護士Pは,前記【Xの供述内容】及び【Bの供述内容】と同内容のX及びBの本人尋問における供述並びに前記の提出された書証に基づいて,Bが否認した事実についての主張を展開したいと考えている。弁護士Pにおいて準備書面に記載すべき内容を,-5-提出された書証や両者の供述から認定することができる事実を踏まえて,答案用紙1頁程度の分量で記載しなさい。

 

再現答案

以下民事訴訟法については条数のみを示す。

〔設問1〕
 (1)
 占有移転禁止の仮処分(民事保全法23条1項)である。このような手段を講じなかった場合には、本件壺がY以外の者に引き渡されたときに、本件訴訟で勝訴したとしても執行できなくなってしまう。
 (2)
 本件壺の所有権に基づく返還請求権。
 (3)
 ① Aは、平成27年3月5日、本件壺を所有していた。
 ② Bは、平成28年5月1日、Xに対し、本件壺を代金150万円で売った。
 ③ Yは、本件壺を占有している。
 (4)
 弁護士Pが検討したと考えられる主張の内容は、即時取得(民法192条)である。これを主張するためには、(ア)Bが本件壺を占有していた、(イ)Xが(ア)に基づき本件壺の占有を始めたことを主張することになる。(ア)は取引行為によることを示すために必要である。民法186条1項により、平穏かつ公然が推定される。(イ)により取引行為に基づき占有を始めたことが示される。民法186条1項により善意が推定され、民法188条よりBの占有が適法だと推定される結果Xの無過失が基礎づけられる。以上より即時取得を主張できそうに見えるが、占有の開始は占有改定(民法183条)では足りないとするのが判例の立場である。即時取得は取引の安全のための規定であり、外側から外形的に占有の移転がわからない占有改定は保護に値しないというのがその理由である。(イ)は占有改定であるので、弁護士Pはこの主張を断念した。

〔設問2〕
 (1) 一つは本件壺についてBY間の売買とそれに基づく引き渡しを受けたという抗弁であり、もう一つはB代理人Aとの売買とそれに基づく引き渡しを受けたという抗弁である。
 (2) 弁護士Qが主張しないこととした抗弁は後者である。後者の主張は民法109条の表見代理であると考えられるが、ABは一緒にいたのだから、YはAが代理権を与えられていないことを容易に知ることができたとの再抗弁が想定されるからである。

〔設問3〕
 (1)
 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する(228条4項)。本件領収書は私文書である。ここでいう署名とは本人の自著による署名のことであり、パソコンとプリンターを使って打ち出された記名は署名に該当しない。押印については、印の種類は問われないが、本人による押印が要求される。本人が所有する印章による押印であれば本人が押印したと推定されるが、本件では押印がBの印章によるものではないと主張されている。よって本人が押印したと推定することはできない。三文判なのでAが買って押すこともできたという事情もある。以上より、本件領収書の形式的証拠力は否定される。文書は、その成立が真正であることを証明しなければならず(228条1項)、そうしなければ形式的証拠力が否定される。
 (2)
 平成28年5月1日と同年6月1日に、XがB宅を訪問したことが、両者の供述から認定できる。一度目の訪問で本件壺を売ってもらうのを断られたのに1か月後にもう一度訪問するというのは不自然である。一度目の訪問では壺を見るだけで、二度目の訪問で壺を売ってもらいたいと言ったというのも不自然である。本件壺を見て欲しくなったとすればすぐにその場で言うだろうし、すぐに言わなかったとしても直後にメールや電話で連絡を取るだろう。Xの主張が自然である。X宅とB宅は電車で行くほどの距離だということを考慮するとやはりそうである。
 平成28年5月1日にXが自分の銀行口座から150万円を引き出したこと及び同年5月2日にBがAに200万円を返済したということは、提出された書証や両者の供述から認定できる。Xがこの150万円を他に使ったということは認められないし、本件壺の代金150万円を現金で支払うことがそれほど不自然というわけではない。成立の真正はともかく領収書が存在するという事情もある。また、Bは自分の父親からお金を借りて返済したと主張するが、これは不自然である。書面が作成されていないし、父親が自宅に200万円も現金を保管していることのほうが不自然だからである。日時の近接性からしても、5月1日にXが銀行口座から引き出した150万円をBが受け取り、それを原資としてAへの借金を返済したと考えるのが自然である。

以上

 

 

 

修正答案

以下民事訴訟法については条数のみを示す。

〔設問1〕
 (1)
 占有移転禁止の仮処分(民事保全法23条1項)である。このような手段を講じなかった場合には、本件壺がY以外の者に引き渡されたときに、本件訴訟で勝訴したとしても執行できなくなってしまう。
 (2)
 本件壺の所有権に基づく返還請求権としての動産引渡請求権。
 (3)
 ① Aは、平成27年3月5日当時、本件壺を所有していた。
 ② Bは、平成28年5月1日、Xに対し、本件壺を代金150万円で売った。
 ③ Yは、本件壺を占有している。
 (4)
 弁護士Pが検討したと考えられる主張の内容は、「取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する」という即時取得(民法192条)である。民法186条1項により、平穏かつ公然という要件と善意という要件が推定され、民法188条よりBの占有が適法だと推定される結果Xの無過失が基礎づけられる。以上より即時取得を主張できそうに見えるが、占有の開始は占有改定(民法183条)では足りないとするのが判例の立場である。即時取得は取引の安全のための規定であり、外側から外形的に占有の移転がわからない占有改定は保護に値しないというのがその理由である。本件の占有移転は占有改定であるので、弁護士Pはこの主張を断念した。

〔設問2〕
 (1) 一つは本件壺についてAY間の売買とそれに基づく引き渡しを受けたという即時取得によりXが所有権を喪失したという抗弁であり、もう一つはAY間の売買とそれに基づく引き渡しを受けたことにより対抗要件を備えたことによりBひいてはXが所有権を喪失したという抗弁である。
 (2) 弁護士Qが主張しないこととした抗弁は後者である。平成27年3月5日にBのほうがYに先立って対抗要件を備えたという再抗弁が想定され、これが認められる公算が高いからである。

〔設問3〕
 (1)
 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する(228条4項)。本件領収書は私文書である。ここでいう署名とは本人の自著による署名のことであり、パソコンとプリンターを使って打ち出された記名は署名に該当しない。押印については、印の種類は問われないが、本人による押印が要求される。本人が所有する印章による押印であれば本人が押印したと推定されるが、本件では押印がBの印章によるものではないと主張されている。よって本人が押印したと推定することはできない。三文判なのでAが買って押すこともできたという事情もある。以上より、本件領収書の形式的証拠力は否定される。文書は、その成立が真正であることを証明しなければならず(228条1項)、そうしなければ形式的証拠力が否定される。
 (2)
 平成28年5月1日と同年6月1日に、XがB宅を訪問したことが、両者の供述から認定できる。一度目の訪問で本件壺を売ってもらうのを断られたのに1か月後にもう一度訪問するというのは不自然である。一度目の訪問では壺を見るだけで、二度目の訪問で壺を売ってもらいたいと言ったというのも不自然である。本件壺を見て欲しくなったとすればすぐにその場で言うだろうし、すぐに言わなかったとしても直後にメールや電話で連絡を取るだろう。Xの主張が自然である。X宅とB宅は電車で行くほどの距離だということを考慮するとやはりそうである。
 平成28年5月1日にXが自分の銀行口座から150万円を引き出したこと及び同年5月2日にBがAに200万円を返済したということは、提出された書証や両者の供述から認定できる。Xがこの150万円を他に使ったということは認められないし、本件壺の代金150万円を現金で支払うことがそれほど不自然というわけではない。成立の真正はともかく領収書が存在するという事情もある。また、Bは自分の父親からお金を借りて返済したと主張するが、これは不自然である。書面が作成されていないし、父親が自宅に200万円も現金を保管していることのほうが不自然だからである。日時の近接性からしても、5月1日にXが銀行口座から引き出した150万円をBが受け取り、それを原資としてAへの借金を返済したと考えるのが自然である。

以上

 

 

 

 



平成29(2017)年司法試験予備試験論文(刑事訴訟法)答案練習

問題

 次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。

【事例】
 平成29年5月21日午後10時頃,H県I市J町1丁目2番3号先路上において,Vがサバイバルナイフでその胸部を刺されて殺害される事件が発生し,犯人はその場から逃走した。
 Wは,たまたま同所を通行中に上記犯行を目撃し,「待て。」と言いながら,直ちに犯人を追跡したが,約1分後,犯行現場から約200メートルの地点で見失った。
 通報により駆けつけた警察官は,Wから,犯人の特徴及び犯人の逃走した方向を聞き,Wの指し示した方向を探した結果,犯行から約30分後,犯行現場から約2キロメートル離れた路上で,Wから聴取していた犯人の特徴と合致する甲を発見し,職務質問を実施したところ,甲は犯行を認めた。警察官は,①甲をVに対する殺人罪により現行犯逮捕した。なお,Vの殺害に使用されたサバイバルナイフは,Vの胸部に刺さった状態で発見された。
 甲は,その後の取調べにおいて,「乙からVを殺害するように言われ,サバイバルナイフでVの胸を刺した。」旨供述した。警察官は,甲の供述に基づき,乙をVに対する殺人の共謀共同正犯の被疑事実で通常逮捕した。
 乙は,甲との共謀の事実を否認したが,検察官は,関係各証拠から,乙には甲との共謀共同正犯が成立すると考え,②「被告人は,甲と共謀の上,平成29年5月21日午後10時頃,H県I市J町1丁目2番3号先路上において,Vに対し,殺意をもって,甲がサバイバルナイフでVの胸部を1回突き刺し,よって,その頃,同所において,同人を左胸部刺創による失血により死亡させて殺害したものである。」との公訴事実により乙を公判請求した。
 検察官は,乙の公判前整理手続において,裁判長からの求釈明に対し,③「乙は,甲との間で,平成29年5月18日,甲方において,Vを殺害する旨の謀議を遂げた。」旨釈明した。これに対し,乙の弁護人は,甲との共謀の事実を否認し,「乙は,同日は終日,知人である丙方にいた。」旨主張したため,本件の争点は,「甲乙間で,平成29年5月18日,甲方において,Vを殺害する旨の謀議があったか否か。」であるとされ,乙の公判における検察官及び弁護人の主張・立証も上記釈明の内容を前提に展開された。

〔設問1〕
 ①の現行犯逮捕の適法性について論じなさい。

〔設問2〕
 ②の公訴事実は,訴因の記載として罪となるべき事実を特定したものといえるかについて論じなさい。
 ③の検察官の釈明した事項が訴因の内容となるかについて論じなさい。
 裁判所が,証拠調べにより得た心証に基づき,乙について,「乙は,甲との間で,平成29年5月11日,甲方において,Vを殺害する旨の謀議を遂げた。」と認定して有罪の判決をすることが許されるかについて論じなさい(①の現行犯逮捕の適否が与える影響については,論じなくてよい。)。

 

再現答案

以下刑事訴訟法については条数のみを示す。

〔設問1〕
 現に罪を行い、又は現に罪を行い終つた者が現行犯人だとされ(212条1項)、212条2項各号の一にあたる者が、罪を行い終つてから間がないと明らかに認められるときは、これを現行犯人とみなす(準現行犯)とされる(212条2項)。①の逮捕は犯行から約30分後、犯行現場から約2キロメートル離れた場所で行われたので、現行犯逮捕とは言えない。そこで212条2項の準現行犯逮捕の要件を満たすかどうかを検討する。
 Wは犯人を追跡したが、甲が発見されたのはWが犯人を見失ってから約30分後のことであり、犯人として追呼されているとき(212条2項1号)には当たらない。甲はWから聴取していた犯人の特徴と合致するとしてもやはり当たらない。罪を行い終つてから間がないと明らかには認められないからである。甲は兇器を所持していなかったので、同項2号にも当たらない。身体又は被服に犯罪の顕著な証跡もなかったので、同項3号にも当たらない。誰何されて逃走しようともしていないので、同項4号にも当たらない。以上より、①の現行犯逮捕は違法である。甲は職務質問に対して犯行を認めているのだから、そのまま聴取を続けて、逮捕状により逮捕すべきであった。

〔設問2〕
 
 公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならず、訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない(256条3項)。これは裁判所に対して審判範囲を画定することと、被告人に対して防御のポイントを示すことが目的である。前者が第一義的な目的である。
 ②の公訴事実は、甲の実行行為については十分に事実が特定されていると言えるが、乙にとっては「甲と共謀の上」としか記載されていないのでこれで訴因が明示されているかが問題となる。しかしながら、検察官は共謀の詳細を把握していないかもしれず、これでできる限り事実を特定していると言えるので、訴因の記載として罪となるべき事実を特定したものといえる。裁判所にとっては審判範囲が明確だからである。被告人の防御に関しては、裁判が進むにつれてポイントが絞られてくるはずなので、そのときに被告人の防御権を尊重すればよい。
 
 1で述べたように、②の公訴事実は訴因の記載として罪となるべき事実を特定したものといえる。よって、③の検察官の釈明した事項が訴因の内容とはならないと考えられる。このように釈明したとしても、裁判所の審判範囲は変わらないからである。そのような細かいことで訴因の変更を要するとすれば手続きがあまりにも繁雑になる。
 
 2で述べたように、③の検察官の釈明した事項が訴因の内容とならないとしても、それとは別に被告人の防御権を尊重する必要がある。乙としては、平成29年5月18日のアリバイを証明したのに、同年5月11日の共謀を認定されると、不意打ちだと感じるだろう。乙としては同年5月11日のアリバイも主張できたかもしれない。例えば乙が甲方に平成29年5月17日から18日まで泊まっていたとして、その際に5月18日ではなく17日の共謀を認定することは許されるとしても、5月18日と5月11日とでは7日も違うので、別の機会である。以上より、「乙は、甲との間で、平成29年5月11日、甲方において、Vを殺害する旨の謀議を遂げた。」と認定して有罪の判決をすることは許されない。

以上

 

修正答案

以下刑事訴訟法については条数のみを示す。

〔設問1〕
 現に罪を行い、又は現に罪を行い終つた者が現行犯人だとされる(212条1項)。これには(1)犯人と犯罪の明白性、(2)逮捕の必要性、(3)時間的場所的近接性が要求される。現行犯逮捕が日本国憲法で例外的に認められたのは、事実誤認のおそれがなく、またその場で逮捕する必要性があるためであるため、上記(1)〜(3)が要求されるのである。
 (1)犯人と犯罪の明白性は、逮捕者にとっての明白性である。①の現行犯逮捕をした警察官にとって、Wから聴取していた犯人の特徴と合致し職務質問で甲が犯行を認めたことだけでは、犯人と犯罪が明白であるとは言えない。また、(2)逮捕の必要性はあるものの、(3)時間的場所的近接性はない。①の現行犯逮捕がされたのは、犯行から約30分後の犯行現場から約2キロメートル離れた路上であり、犯人がずっと追跡されていたということもなかったからである。以上より、212条1項の現行犯逮捕としては違法である。
 212条2項各号の一にあたる者が、罪を行い終つてから間がないと明らかに認められるときは、これを現行犯人とみなす(準現行犯)とされる(212条2項)。そこで212条2項各号に該当するかを検討する。
 Wは犯人を追跡したが、甲が発見されたのはWが犯人を見失ってから約30分後のことであり、犯人として追呼されているとき(212条2項1号)には当たらない。甲は兇器を所持していなかったので、同項2号にも当たらない。身体又は被服に犯罪の顕著な証跡もなかったので、同項3号にも当たらない。誰何されて逃走しようともしていないので、同項4号にも当たらない。以上より、212条2項の現行犯逮捕としても違法である。

〔設問2〕
 
 公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならず、訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない(256条3項)。これは検察官が主張する犯罪事実である訴因により、裁判所に対して審判範囲を画定することと、被告人に対して防御のポイントを示すことが目的である。前者が第一義的な目的であり、審判範囲が画定されているというのは、他罪との識別ができるという意味である。
 ②の公訴事実は、甲の実行行為については十分に事実が特定されていると言えるが、乙にとっては「甲と共謀の上」としか記載されていないのでこれで訴因が明示されているかが問題となる。しかしながら、甲の実行行為については事実が特定されている以上、共謀の場所や日時が示されていなかったとしても、その行為に係る共謀ということで他罪と識別できるほど十分に審判範囲は画定しているため、訴因の記載として罪となるべき事実を特定したものといえる。
 
 1で述べたように、②の公訴事実は訴因の記載として罪となるべき事実を特定したものといえる。よって、③の検察官の釈明した事項が訴因の内容とはならないと考えられる。このように釈明したとしても、裁判所の審判範囲は変わらないからである。そのような細かいことで訴因の変更を要するとすれば手続きがあまりにも繁雑になる。
 
 2で述べたように、③の検察官の釈明した事項が訴因の内容とならないため、裁判所が検察官に訴因変更を命じる義務は発生しない。とはいえ、被告人の防御権が侵害される場合には、裁判所は求釈明等によって争点を顕在化させなければならない。
 本件の争点は,「甲乙間で,平成29年5月18日,甲方において,Vを殺害する旨の謀議があったか否か。」であるとされ,乙の公判における検察官及び弁護人の主張・立証も上記釈明の内容を前提に展開された。にもかかわらず、それとは別の機会であり争点となっていなかった「乙は,甲との間で,平成29年5月11日,甲方において,Vを殺害する旨の謀議を遂げた」という事実を認定して有罪の判決をすることは、被告人である乙の防御権を侵害する。よって、裁判所は、求釈明等によって争点を顕在化させなければならず、それをせずに有罪の判決をすることは許されない。

以上

 

 

 




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