問題
〔第1問〕(配点:100)
以下の事例に基づき,甲及び乙の罪責について,具体的な事実を摘示しつつ論じなさい(特別法違反の点を除く。)。
1 暴力団組長である甲(35歳)は,同組幹部のA(30歳)が対立する暴力団に情報提供していることを知り,Aの殺害を決意した。
甲は,Aに睡眠薬を混入させた飲料を飲ませて眠らせた上,Aを車のトランク内に閉じ込め,ひとけのない山中の採石場で車ごと燃やしてAを殺害することとした。甲は,Aを殺害する時間帯の自己のアリバイを作っておくため,Aに睡眠薬を飲ませて車のトランク内に閉じ込めるところまでは甲自身が行うものの,採石場に車を運んでこれを燃やすことは,末端組員である乙(20歳)に指示して実行させようと計画した。ただし,甲は,乙が実行をちゅうちょしないよう,乙にはトランク内にAを閉じ込めていることは伝えないこととした。
2 甲は,上記計画を実行する当日夜,乙に電話をかけ,「後でお前の家に行くから待ってろ。」と指示した上,Aに電話をかけ,「ちょっと話があるから付き合え。」などと言ってAを呼び出した。甲は,古い自己所有の普通乗用自動車(以下「B車」という。)を運転してAとの待ち合わせ場所に向かったが,その少し手前のコンビニエンスストアに立ち寄り,カップ入りのホットコーヒー2杯を購入し,そのうちの1杯に,あらかじめ用意しておいた睡眠薬5錠分の粉末を混入させた。甲は,程なく待ち合わせ場所に到着し,そこで待っていたAに対し,「乗れ。」と言い,AをB車助手席に乗せた。甲は,B車を運転して出発し,走行中の車内で,上記睡眠薬入りコーヒーをAに差し出した。Aは,甲の意図に気付くことなくこれを飲み干し,その約30分後,昏睡状態に陥った。甲は,Aが昏睡したことを確認し,ひとけのない場所にB車を止め,車内でAの手足をロープで縛り,Aが自由に動けないようにした上,昏睡したままのAを助手席から引きずり出して抱え上げ,B車のトランク内に入れて閉じ込めた。なお,上記睡眠薬の1回分の通常使用量は1錠であり,5錠を一度に服用した場合,昏睡状態には陥るものの死亡する可能性はなく,甲も,上記睡眠薬入りコーヒーを飲んだだけでAが死亡することはないと思っていた。
3 その後,甲は,給油所でガソリン10リットルを購入し,B車の後部座席にそのガソリンを入れた容器を置いた上,B車を運転して乙宅に行った。甲は,乙に対し,「この車を廃車にしようと思うが,手続が面倒だから,お前と何度か行ったことがある採石場の駐車場に持って行ってガソリンをまいて燃やしてくれ。ガソリンはもう後部座席に積んである。」などと言い,トランク内にAを閉じ込めた状態であることを秘したまま,B車を燃やすよう指示した。乙は,組長である甲の指示であることから,これを引き受けた。甲が以前に乙と行ったことがある採石場(以下「本件採石場」という。)は,人里離れた山中にあり,夜間はひとけがなく,周囲に建物等もない場所であり,甲は,本件採石場の駐車場(以下「本件駐車場」という。)でB車を燃やしても,建物その他の物や人に火勢が及ぶおそれは全くないと認識していた。
4 甲が乙宅から帰宅した後,乙は,一人でB車を運転し,甲に指示された本件採石場に向かった。乙の運転開始から約1時間後,Aは,B車のトランク内で意識を取り戻し,「助けてくれ。出してくれ。」などと叫び出した。乙は,トランク内から人の声が聞こえたことから,道端にB車を止めてトランクを開けてみた。トランク内には,Aが手足をロープで縛られて横たわっており,「助けてくれ。出してくれ。」と言って乙に助けを求めてきた。乙は,この時点で,甲が自分に事情を告げずにB車を燃やすように仕向けてAを焼き殺すつもりだったのだと気付いた。乙は,Aを殺害することにちゅうちょしたが,組長である甲の指示であることや,乙自身,日頃,Aからいじめを受けてAに恨みを抱いていたことから,Aをトランク内に閉じ込めたままB車を燃やし,Aを焼き殺すことを決意した。乙は,Aが声を出さないようにAの口を車内にあったガムテープで塞いだ上,トランクを閉じ,再びB車を運転して本件採石場に向かった。乙は,Aの口をガムテープで塞いだものの,鼻を塞いだわけではないので,それによってAが死亡するとは思っていなかった。
5 乙は,その後,山中の悪路を約1時間走行し,トランク内のAに気付いた地点から距離にして約20キロメートル離れた本件駐車場に到着した。Aは,その間に,睡眠薬の影響ではなく上記走行による車酔いによりおう吐し,ガムテープで口を塞がれていたため,その吐しゃ物が気管を塞ぎ,本件駐車場に到着する前に窒息死した。
6 本件駐車場は,南北に走る道路の西側に面する南北約20メートル,東西約10メートルの長方形状の砂利の敷地であり,その周囲には岩ばかりの採石現場が広がっていた。本件採石場に建物はなく,当時夜間であったので,人もいなかった。乙は,上記南北に走る道路から本件駐車場に入ると,B車を本件駐車場の南西角にB車前方を西に向けて駐車した。本件駐車場には,以前甲と乙が数回訪れたときには駐車車両はなかったが,この日は,乙が駐車したB車の右側,すなわち北側約5メートルの地点に,荷台にベニヤ板が3枚積まれている無人の普通貨物自動車1台(C所有)がB車と並列に駐車されていた。また,その更に北側にも,順に約1メートルずつの間隔で,無人の普通乗用自動車1台(D所有)及び荷物が積まれていない無人の普通貨物自動車1台(E所有)がいずれも並列に駐車されていた。しかし,本件駐車場内にはその他の車両はなく,人もいなかった。当時の天候は,晴れで,北西に向かって毎秒約2メートルの風が吹いていた。また,B車の車内のシートは布製であり,後部座席には雑誌数冊と新聞紙が置いてあった。乙は,それら本件駐車場内外の状況,天候や車内の状況等を認識した上,「ここなら,誰にも気付かれずにB車を燃やすことができる。他の車に火が燃え移ることもないだろう。」と考え,その場でB車を燃やすこととした。乙は,トランク内のAがまだ生存していると思っており,トランクを開けて確認することなく,B車を燃やしてAを殺害することとした。乙は,B車後部座席に容器に入れて置いてあったガソリン10リットルをB車の車内及び外側のボディーに満遍なくまき,B車の東方約5メートルの地点まで離れた上,丸めた新聞紙にライターで火をつけてこれをB車の方に投げ付けた。すると,その火は,乙がまいたガソリンに引火し,B車全体が炎に包まれてAの死体もろとも炎上した。その炎は,地上から約5メートルの高さに達し,時折,隣のC所有の普通貨物自動車の左側面にも届いたが,間もなく風向きが変わり,南東に向かって風が吹くようになったため,C所有の普通貨物自動車は,左側面が一部すすけたものの,燃え上がるには至らず,その他の2台の駐車車両は何らの被害も受けなかった。
練習答案
以下刑法については条数のみを示す。
[甲の罪責]
1.暴行罪(第208条)
甲はAに睡眠薬を飲ませて昏睡状態に陥らせた。このまま時間が経過してAが意識を回復したら身体に傷害を受けることはなかったであろうし、昏睡状態でも傷害を受けてはいない。これは「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったとき」に該当するので、甲には暴行罪が成立する。
2.監禁罪(第220条)
甲はB車内でAの手足をロープで縛り、Aが自由に動けないようにした上、B車のトランク内に入れて閉じ込めた。よって甲には監禁罪が成立する。
3.殺人罪(第199条)
甲はAをB車のトランク内に閉じ込めて、この車を燃やすためのガソリンも用意した上で、乙にこの車を燃やすように指示した。乙はB車にAが閉じ込められていることを知らなかったので、このままB車を燃やしてAが死亡していたら、甲は殺人罪の間接正犯になっていたはずである。
しかし現実には乙が途中でB車のトランク内にAがいることに気づいた。そして乙自身のAに対する恨みからAの殺害を決意しているので、甲に殺人罪が成立するかどうかが問題となる。乙は自らの恨みという動機も持っていたが、組長である甲の指示であることも動機になっていた。また、当初から甲が考え準備してきた方法のままAを殺害しようとしている。乙が甲の影響を排して独自にAを殺害したとは言えないので、間接正犯ではなく共同正犯になるとしても、甲には殺人罪が成立する。
Aは実際には乙からガムテープで口を塞がれたことに起因する窒息で死亡している。これは甲が想定していた焼死とは異なる。しかし甲が計画した一連の行為の中での死亡であり、時間的場所的に想定と接着している(時間にして1時間程度、距離にして20キロメートル程度である)。乙がB車トランク内のAの口をガムテープで塞ぐということは、甲の計画からして、特に異常な行為ではない。よってこの事情が甲の殺人罪の成立を妨げることはない。
4.その他
建造物等以外放火罪(第110条第2項)は公共の危険を生じさせていないので成立しない。
5.結論
以上より、甲には、暴行罪、監禁罪、殺人罪が成立する。暴行罪は監禁罪及び殺人罪に吸収される。監禁罪と殺人罪は併合罪の関係に立つ。
[乙の罪責]
1.殺人罪(第199条)
[甲の罪責]3で検討したように、乙は甲と共同してAを殺害したので殺人罪が成立する。甲とは共同正犯になる。乙はA殺害の実行行為をしたので十分に正犯性がある。
乙は暴力団組長である甲に命令されて自己の現在の危難を避けるためにやむを得ずAを殺したのだと緊急避難(第37条第1項)を主張するかもしれない。しかし乙が自己の現在の危難に直面していたことはうかがい知れない。本件では生じた害が死亡であるので、避けようとした害も乙の生命でなければならず、なおさらそのような事情は考えづらい。よって乙の殺人罪の成立は妨げられない。
2.建造物等以外放火罪(第110条)
乙はB車に放火してこれを焼損している。これによって公共の危険を生じさせたら建造物等以外放火罪の構成要件に該当する。
本件では建物はなく人もいない採石場の駐車場で放火がなされている。仮にB車の近くにあった車に火が燃え移ったとしても、それ以上に燃え広がることは考えられないので公共の危険は生じない。
以上より乙に建造物等以外放火罪は成立しない。
3.器物損壊罪(第261条)
①B車
乙はB車を燃やして損壊している。B車は甲という他人の物であり、表面的には器物損壊罪の構成要件を満たす。しかしこれはB車の所有者である甲の指示を受けて行われたものであり、何らの法益も侵害していない。よって不可罰である。
②C所有の普通貨物自動車(以下C車とする)
乙はB車を燃やすことにより近くにあったC車の左側面の一部をすすけさせてしまった。車は外観が重要であり、すすけた部分を元に戻すには相応の修理代も必要になるだろう。これは他人の物の傷害に当たるので、乙には器物損壊罪が成立する。
4.まとめ
乙には殺人罪と器物損壊罪が成立する。殺人罪はAが窒息により死亡した時点で既遂に達しており、B車を燃やすことでは生じていないので、この両罪は観念的競合ではなく併合罪の関係に立つ。
以上
修正答案
以下刑法については条数のみを示す。
[乙の罪責]
1.殺人罪(第199条)
乙はAを殺すことを決意し、実際に殺したので、殺人罪が成立する。
乙はAがB車のトランク内にいることに気づき、ちゅうちょしたものの、Aを焼き殺すことを決意した。そしてそのためにAをB車のトランク内に閉じ込めたままにして、Aの口をガムテープで塞いだ。その結果、Aは車酔いにより吐出された吐しゃ物を詰まらせて窒息死した。乙はガムテープでAの口を塞ぐという行為によってAが死ぬとは思っていなかったが、この行為はAを焼き殺すための準備行為であり、時間的場所的にも焼き殺すはずであったところと接着しており(時間にして1時間程度、距離にして20キロメートル程度である)、Aを焼き殺すのに障害となる事情もなかった。よって乙がAの口をガムテープで塞ぐ行為の時点で実行行為に着手したと言ってもよいので、乙には殺人罪が成立する。乙は故意にAの口をガムテープで塞いだのであるし、この行為とAの死亡との間には因果関係があった。
2.監禁罪(220条)
乙はB車を運転し始めてから約1時間後にAがトランク内にいることに気づいた。にもかかわらずAをトランク内から救出するどころかかえってAの口をガムテープで塞いでトランク内に閉じ込めたままにした。この時点で乙はAを監禁したと言えるので、監禁罪が成立する。
さらに、1で検討したようにAは死亡している。「前条[第220条]の罪を犯し、よって人を死傷させた」という要件に該当して監禁致死罪(第221条)が成立するかのように見えるが、乙はAを監禁とは別途殺害したのであり、そのことは殺人罪で評価され尽くしている。このため、監禁致死罪までは成立しない。
3.建造物等以外放火罪(第110条)
乙はB車に放火してこれを焼損している。これによって公共の危険を生じさせたら建造物等以外放火罪の構成要件に該当する。
本件では建物はなく人もいない採石場の駐車場で放火がなされている。仮にB車の近くにあった車に火が燃え移ったとしても、それ以上に燃え広がることは考えられないので公共の危険は生じない。本罪の「公共の危険」という言葉で保護しようとしている法益は不特定多数の人の生命・身体・財産であるのだから、本件はその射程外である。乙には建造物等以外放火罪は成立しない。
4.結論
乙には殺人罪と監禁罪が成立し、これらは併合罪の関係に立つ。
[甲の罪責]
1.殺人罪(第199条)
甲はAをB車のトランク内に閉じ込めて、この車を燃やすためのガソリンも用意した上で、乙にこの車を燃やすように指示した。乙はB車にAが閉じ込められていることを知らなかったので、このままB車を燃やしてAが死亡していたら、甲は殺人罪の間接正犯になっていたはずである。
しかし現実には乙が途中でB車のトランク内にAがいることに気づいた。そのことに気づいた以上、そのまま甲の計画通りにAを殺したとしても、乙は甲に利用されただけであるとは言えない。この時点で乙の道具性は失われる。間接正犯の実行着手は被利用者を基準にして考えて、甲にはこの時点で殺人予備(第201条)が成立するとするのが妥当である。利用者を基準にして考えて殺人未遂(第203条)が成立するとすると、現実的な死亡の危険が生じていない場合にまで対象が広がってしまい不当である。
その後、乙はAを殺害している。甲がその共犯にならないかどうかを検討する。まず、甲と乙との間でA殺害について何らの共謀もなされていないような片面的共同正犯は否定されるべきである。共同正犯で責任の個人主義を超えて処罰される根拠は、それぞれの行為が一体となって結果の発生に寄与しているという点に求められるのだから、共謀もなく因果的に寄与していない甲が共同正犯になるべきではない。甲は乙にAを殺すことを指示したとは言えるので、殺人罪の教唆犯になる。元来は乙を道具的に利用するつもりではあったが、ひとたび乙がAの存在に気づいたら、甲が乙にAの殺害を指示したと解釈するのが自然である。
教唆犯には正犯の刑が科される(第61条第1項)ので、殺人予備は殺人教唆に吸収される。
2.監禁罪(第220条)
甲はB車内でAの手足をロープで縛り、Aが自由に動けないようにした上、B車のトランク内に入れて閉じ込めた。よってこの時点で甲には監禁罪が成立する。この時点でAは甲に飲まされた睡眠薬の影響で昏睡状態であったが、それでも潜在的な移動の自由が侵害されているので、監禁罪は成立する。B車のトランク内に閉じ込めることに主眼が置かれているので略取誘拐とまでは言えない。[乙の罪責]の2で述べた乙による監禁罪が成立するまでは、甲による監禁罪が継続して成立していると考えられる。
3.建造物等以外放火罪(第110条2項)
建造物等以外放火罪は先に[乙の罪責]の3で検討したように、公共の危険を生じさせていないので成立しない。
4.結論
以上より、甲には、殺人罪の幇助及び監禁罪が成立する。これらは併合罪の関係に立つ。
以上
感想
練習答案はひどい出来です。そもそも乙の罪責から書き出すべきでした。共犯の扱いも雑すぎでした。出題の趣旨からすると、暴行罪(傷害罪)、器物損壊罪、死体損壊罪を扱うよりも、主要な3つの罪についてしっかりと論じるべきのようです。