問題
次の文章を読んで,後記の〔設問〕に答えなさい。
【事実】
1.Aは,自宅の一部を作業場として印刷業を営んでいたが,疾病により約3年間休業を余儀なくされ,平成27年1月11日に死亡した。Aには,自宅で同居している妻B及び商社に勤務していて海外に赴任中の子Cがいた。Aの財産に関しては,遺贈により,Aの印刷機械一式(以下「甲機械」という。)は,学生の頃にAの作業をよく手伝っていたCが取得し,自宅及びその他の財産は,Bが取得することとなった。
2.その後,Bが甲機械の状況を確認したところ,休業中に数箇所の故障が発生していることが判明した。Bは,現在海外に赴任しているCとしても甲機械を使用するつもりはないだろうと考え,型落ち等による減価が生じないうちに処分をすることにした。
そこで,Bは,平成27年5月22日,近隣で印刷業を営む知人のDに対し,甲機械を500万円で売却した(以下では,この売買契約を「本件売買契約」という。)。この際,Bは,Dに対し,甲機械の故障箇所を示した上で,これを稼働させるためには修理が必要であることを説明したほか,甲機械の所有者はCであること,甲機械の売却について,Cの許諾はまだ得ていないものの,確実に許諾を得られるはずなので特に問題はないことを説明した。同日,本件売買契約に基づき,甲機械の引渡しと代金全額の支払がされた。
3.Dは,甲機械の引渡しを受けた後,30万円をかけて甲機械を修理し,Dが営む印刷工場内で甲機械を稼働させた。
4.Cは,平成27年8月に海外赴任を終えて帰国したが,同年9月22日,Bの住む実家に立ち寄った際に,甲機械がBによって無断でDに譲渡されていたことに気が付いた。そこで,Cは,Dに対し,甲機械を直ちに返還するように求めた。
Dは,甲機械を取得できる見込みはないと考え,同月30日,Cに甲機械を返還した上で,Bに対し,本件売買契約を解除すると伝えた。
その後,Dは,甲機械に代替する機械設備として,Eから,甲機械の同等品で稼働可能な中古の印刷機械一式(以下「乙機械」という。)を540万円で購入した。
5.Dは,Bに対し,支払済みの代金500万円について返還を請求するとともに,甲機械に代えて乙機械を購入するために要した増加代金分の費用(40万円)について支払を求めた。さらに,Dは,B及びCに対し,甲機械の修理をしたことに関し,修理による甲機械の価値増加分(50万円)について支払を求めた。
これに対し,Bは,本件売買契約の代金500万円の返還義務があることは認めるが,その余の請求は理由がないと主張し,Cは,Dの請求は理由がないと主張している。さらに,B及びCは,甲機械の使用期間に応じた使用料相当額(25万円)を支払うようDに求めることができるはずであるとして,Dに対し,仮にDの請求が認められるとしても,Dの請求が認められる額からこの分を控除すべきであると主張している。
〔設問〕
【事実】5におけるDのBに対する請求及びDのCに対する請求のそれぞれについて,その法的構成を明らかにした上で,それぞれの請求並びに【事実】5におけるB及びCの主張が認められるかどうかを検討しなさい。
練習答案
以下民法については条数のみを示す。
第1 Dの請求の法的構成
(1)契約解除による原状回復
事実4よりDは履行不能による解除権を行使している(543条)。履行不能とは物理的不能に限られず、本件のように事実上の不能も含まれる。よってこの解除は適法である。
解除の効果として各当事者には原状回復義務が生じる(545条)。Bに対する支払済みの代金500万円の返還請求はこの原状回復義務を根拠にしている。
(2)債務不履行による損害賠償
債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる(415条)。BがCの同意を得られずに甲機械の所有権を確定的にDに移転できなかったのはBの責めに帰すべき事由である。Dが乙機械を購入するために要した増加代金分の40万円は、これによって生じた損害である。Bに対する40万円の支払請求はこの債務不履行による損害賠償を根拠にしている。
(3)不当利得
法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う(703条)。
Dには甲機械を修理する法的義務はないので、修理による甲機械の価値増加分50万円は法律上の原因なく、現に甲機械を所有しているB及びCが受けた利益である。そしてその分の損失をDが受けている。修理代にかけたのは30万円であるが、20万円分の労務を提供したという主張である。その利益は現存している。
B及びCに対する50万円の支払請求は、この不当利得を根拠としている。
第2 Dの請求並びにB及びCの主張の当否
(1)契約解除による原状回復
BからDへの本件売買契約の代金500万円の返還は認められる。先に述べた契約一般の規定からも、他人物売買で買主に移転することができなかったときの解除(561条前段)でもそれは同様である。Dはすでに甲機械を返還しているので、同時履行の抗弁(546条、533条)も問題とはならない。
(2)債務不履行による損害賠償
他人物売買の場合は、契約の時においてその権利が売主に属しないことを知っていたときは、損害賠償の請求をすることができない(561条後段)という特則がある。これは他人物売買では買主がその権利を得られない可能性が十分にあることを含んだ上で契約しているのだから、損害賠償請求をするのは不当であるという趣旨である。本件売買契約時にBが、甲機械の所有者はCであることを伝えていたので、Dは他人物であることにつき悪意である。Bが確実に許諾を得られるはずだと説明したのは取引行為によくある誇張表現であり、特に法的な意味はない。よってDのBに対する増加代金分の費用40万円の請求は認められない。
(3)不当利得
DのB及びCに対する不当利得50万円の支払請求は認められる。Dによる修理の労務提供が20万円であるかどうかはわからないが、それを否定する積極的な材料もなく、印刷業を営み甲機械を使いこなしていたという専門性から考えても不当であるとは考えづらい。
(4)使用料相当額25万円の控除
甲機械の使用期間に応じた使用料相当額は甲機械の果実であり、それをB及びCに返還せよという主張を理解できなくはない。しかしそれならばDが平成27年5月22日に支払った本件売買契約の代金500万円からの果実(利息)をBからDに返還しなければならない。これらをわざわざ計算してお互いに返還するというのははんざつなので、本件のような双務契約の解除の場合はお互いに果実を返還せずともよいと考えるのが合理的である。よってこのB及びCの主張は認められない。
(5)結論
以上より、DのBに対する支払済みの代金500万円についての請求と、B及びCに対する修理による甲機械の価値増加分50万円の支払い請求が認められ、その余の請求及び控除は認められない。
以上
修正答案
以下民法については条数のみを示す。
第1 Dの請求の法的構成
(1)契約解除による原状回復
事実4よりDは履行不能による解除権を行使している(543条)。履行不能とは物理的不能に限られず、本件のように事実上の不能も含まれる。よってこの解除は適法である。
解除の効果として各当事者には原状回復義務が生じる(545条)。Bに対する支払済みの代金500万円の返還請求はこの原状回復義務を根拠にしている。
(2)債務不履行による損害賠償
債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる(415条)。BがCの同意を得られずに甲機械の所有権を確定的にDに移転できなかったのはBの責めに帰すべき事由である。Dが乙機械を購入するために要した増加代金分の40万円は、これによって生じた損害である。Bに対する40万円の支払請求はこの債務不履行による損害賠償を根拠にしている。
(3)占有者による費用の償還請求
占有者が占有物の改良のために支出した金額その他の有益費については、その価格の増加が現存する場合に限り、回復者の選択に従い、その支出した金額又は増価額を償還させることができる(196条2項本文)。
Dは甲機械を占有していた。Dが30万円をかけて甲機械に行った修理は、それにより甲機械の価値が50万円増大しているので、必要費ではなく有益費である。そしてその価値の増加は現存している。増価額は50万円である。よってB及びCに対する50万円の支払請求は、この占有者による費用の償還請求を根拠としている。
第2 Dの請求並びにB及びCの主張の当否
(1)契約解除による原状回復
BからDへの本件売買契約の代金500万円の返還は認められる。先に述べた契約一般の規定からも、他人物売買で買主に移転することができなかったときの解除(561条前段)でもそれは同様である。Dはすでに甲機械を返還しているので、同時履行の抗弁(546条、533条)も問題とはならない。
(2)債務不履行による損害賠償
他人物売買の場合は、契約の時においてその権利が売主に属しないことを知っていたときは、損害賠償の請求をすることができない(561条後段)という特則がある。これは他人物売買では買主がその権利を得られない可能性が十分にあることを含んだ上で契約しているのだから、損害賠償請求をするのは不当であるという趣旨である。本件売買契約時にBが、甲機械の所有者はCであることを伝えていたので、Dは他人物であることにつき悪意である。Bが確実に許諾を得られるはずだと説明したのは取引行為によくある誇張表現であり、特に法的な意味はない。よってDのBに対する増加代金分の費用40万円の請求は認められない。
(3)占有者による費用の償還請求
DのB及びCに対する占有者による費用の償還請求を根拠とした50万円の支払請求は、30万円の限度で認められる。B及びCは甲機械の返還を受けた回復者であり、占有者が支出した金額又は増価額のどちらを償還するか選択することができる。前者は30万円で後者は50万円であるため、合理的に考えれば前者を選択するはずである。
DはB及びCに請求しているが、厳密には甲機械の返還を受けた所有者のCに対して請求すべきである。もっとも、B及びCが親子ということもあり一体として請求に応じるのであればこの点は問題とならない。
(4)使用料相当額25万円の控除
甲機械の使用期間に応じた使用料相当額は甲機械の果実であり、それをB及びCに返還せよという主張は190条1項の悪意の占有者による果実の返還を根拠にしていると考えられる。しかしそれならばDが平成27年5月22日に支払った本件売買契約の代金500万円からの果実(利息)をBからDに返還しなければならない。これらをわざわざ計算してお互いに返還するというのは繁雑なので、本件のような双務契約の解除の場合はお互いに果実を返還せずともよいと考えるのが合理的である。よってこのB及びCの主張は認められない。
(5)結論
以上より、DのBに対する支払済みの代金500万円についての請求と、B及びCに対するDが支出した修理費用30万円の支払い請求が認められ、その余の請求及び控除は認められない。
以上
感想
占有者による費用の償還請求ではなく不当利得だと考えたのはまずかったです。占有権の効力がすっかり抜け落ちていました。