浅野直樹の学習日記

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2015 / 1月

平成22年司法試験論文刑事系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100)
以下の事例に基づき,甲,乙及び丙の罪責について,具体的な事実を摘示しつつ論じなさい(特別法違反の点を除く。)。

1 V(78歳)は,数年前から自力で食事や排せつを行うことができない,いわゆる寝たきりの要介護状態にあり,自宅で,妻甲(68歳)の介護を受けていたが,風邪をこじらせて肺炎となり,A病院の一般病棟の個室に入院して主治医Bの治療を受け,容体は快方に向かっていた。
 A病院に勤務し,Vを担当する看護師乙は,Vの容体が快方に向かってからは,Bの指示により,2時間ないし3時間に1回程度の割合でVの病室を巡回し,検温をするほか,容体の確認,投薬や食事・排せつの世話などをしていた。
 一方,甲は,Vが入院した時から,連日,Vの病室を訪れ,数時間にわたってVの身の回りの世話をしていた。このため,乙は,Vの病状に何か異状があれば甲が気付いて看護師等に知らせるだろうと考え,甲がVの病室に来ている間の巡回を控えめにしていた。その際,乙は,甲に対し,「何か異状があったら,すぐに教えてください。」と依頼しており,甲も,その旨了承し,「私がいる間はゆっくりしていてください。」などと乙に話し,実際に,甲は,病室を訪れている間,Vの検温,食事・排せつの世話などをしていた。

2 Vは,入院開始から約3週間経過後のある日,午前11時過ぎに発熱し,正午ころには39度を超える高熱となった(以下,時刻の記載は同日の時刻をいう。)。Bは,発熱の原因が必ずしもはっきりしなかったものの,このような場合に通常行われる処置である解熱消炎剤の投与をすることにした。ところが,Vは,一般的な解熱消炎剤の「D薬」に対する強いアレルギー体質で,D薬による急性のアレルギー反応でショック死する危険があったため,Bは,D薬に代えて使用されることの多い別の解熱消炎剤の「E薬」を点滴で投与することにし,午後0時30分ころ,その旨の処方せんを作成して乙に手渡し,「Vさんに解熱消炎剤のE薬を点滴してください。」と指示した。そして,高齢のVの発熱の原因がはっきりせず,E薬の点滴投与後もVの熱が下がらなかったり容体の急変等が起こる可能性があったため,Bは,看護師によるVの慎重な経過観察が必要であると判断し,乙に,「Vさんの発熱の原因がはっきりしない上,Vさんは高齢なので,熱が下がらなかったり容体が急変しないか心配です。容体をよく観察してください。半日くらいは,約30分ごとにVさんの様子を確認してください。」と指示した。

3 Bの指示を受けた乙は,A病院の薬剤部に行き,Bから受け取った前記処方せんを,同部に勤務する薬剤師丙に渡した。
 A病院では,医師作成の処方せんに従って薬剤部の薬剤師が薬を準備することとなっていたが,薬の誤投与は,患者の病状や体質によってはその生命を危険にさらしかねないため,薬剤師において,医師の処方が患者の病状や体質に適合するかどうかをチェックする態勢が取られており,かかるチェックを必ずした上で薬を医師・看護師らに提供することとされていた。仮に,医師の処方に疑問があれば,薬剤師は,医師に確認した上で薬を提供することになっていた。
 ところが,乙から前記処方せんを受け取った丙は,Bの処方に間違いはないものと思い,処方された薬の適否やVのアレルギー体質等の確認も行わずに,E薬の薬液入りガラス製容器(アンプル)が多数保管されているE薬用の引き出しからアンプルを1本取り出した。その引き出しには,本来E薬しか保管されていないはずであったが,たまたまD薬のアンプルが数本混入していて,丙が取り出したのは,そのうちの1本であった。しかし,丙は,それをE薬と思い込んだまま,アンプルの薬名を確認せず,それを点滴に必要な点滴容器や注射針などの器具と一緒にVの名前を記載した袋に入れ,前記処方せんの写しとともに乙に渡した。
 なお,D薬のアンプルとE薬のアンプルの外観はほぼ同じであったが,貼付されたラベルには各薬名が明記されていた。
 また,D薬に対するアレルギー体質の患者に対し,D薬に代えてE薬が処方される例は多く,丙もその旨の知識を有していた。

4 A病院では,看護師が点滴その他の投薬をする場合,薬の誤投与を防ぐため,看護師において,薬が医師の処方どおりであるかを処方せんの写しと対照してチェックし,処方や薬に疑問がある場合には,医師や薬剤師に確認すべきこととなっており,その際,患者のアレルギー体質等については,その生命にかかわることから十分に注意することとされ,乙もA病院の看護師としてこれらの点を熟知していた。
 しかし,丙から前記のとおりアンプルや点滴に必要な器具等を受け取った乙は,丙がこれまで間違いを犯したことがなく,丙の仕事ぶりを信頼していたことから,丙が,処方やVの体質等の確認をしなかったり,処方せんと異なる薬を渡したりすることを全く予想していなかったため,受け取った薬が処方されたものに間違いないかどうかを確認せず,丙から受け取ったアンプルが処方されたE薬ではないことに気付かなかった。また,乙は,VがD薬に対するアレルギー体質を有することを,Vの入院当初に確認してVの看護記録にも記入していたが,そのことも失念していた。
 そして,乙は,丙から受け取ったD薬のアンプル内の薬液を点滴容器に注入し,午後1時ころからVに対し,それがE薬ではないことに気付かないままD薬の点滴を開始した。その際,Vの検温をしたところ,体温は39度2分であったため,乙は,Vのベッド脇に置かれた検温表にその旨記載して病室を出た。
 乙は,Bの前記指示に従って,点滴を開始した午後1時ころから約30分おきにVの病室を巡回することとし,1回目の巡回を午後1時30分ころに行い,Vの容体を観察したが,その時点では異状はなかった。この時のVの体温は39度で,乙はその旨検温表に記載した。

5 午後1時35分ころ,甲が来院し,Vの病室に行く前に看護師詰所(ナースステーション)に立ち寄ったので,乙は,甲に,「Vさんが発熱したので,午後1時ころから,解熱消炎剤の点滴を始めました。そのうち熱は下がると思いますが,何かあったら声を掛けてください。私も30分おきに病室に顔を出します。」などと言い,甲は,「分かりました。」と答えてVの病室に行った。
 甲は,Vが眠っていたため病室を片付けるなどしていたところ,午後1時50分ころ,Vが呼吸の際ゼイゼイと音を立てて息苦しそうにし,顔や手足に赤い発しんが出ていたので,慌ててVに声を掛けて体を揺すったが,明りょうな返事はなかった。
 Vは,数年前に,薬によるアレルギー反応で赤い発しんが出て呼吸困難に陥って次第に容体が悪化し,やがてチアノーゼ(血液中の酸素濃度低下により皮膚が青紫色になること)が現れるに至ったが,医師の救命処置により一命を取り留めたことがあった。甲は,その経過を直接見ており,後に医師から,「薬に対するアレルギーでショック状態になっていたので,もう少し救命処置が遅れていれば助からなかったかもしれない。」と聞かされた。
 このような経験から,甲は,Vが再び薬によるアレルギー反応を起こして呼吸困難等に陥っていることが分かり,放置すると手遅れになるおそれがあると思った。
 しかし,甲は,他に身寄りのないVを,Vが要介護状態になった数年前から一人で介護する生活を続け,肉体的にも精神的にも疲れ切っており,退院後も将来にわたってVの介護を続けなければならないことに悲観していたため,このままVが死亡すれば,先の見えない介護生活から解放されるのではないかと思った。また,甲は,時折Vが「こんな生活もう嫌だ。」などと嘆いていたことから,介護を受けながら寝たきりの生活を続けるより,このまま死んだ方がVにとっても幸せなのではないかとも思った。
 他方,甲は,長年連れ添ったVを失いたくない気持ちもあった上,Vが死亡すると,これまで受け取っていた甲とVの2名分の年金受給額が減少するのも嫌だとの思いもあった。
 このように,甲が,これまでの人生を振り返り,かつ今後の人生を考えて,これからどうするのが甲やVにとって良いことなのか思い悩んでいた午後2時ころ,乙が,巡回のため,Vの病室の閉じられていた出入口ドアをノックした。しかし,心を決めかねていた甲は,もうしばらく考えてからでもVの救命は間に合うだろうと思い,時間を稼ぐため,ドア越しに,「今,体を拭いてあげているので20分ほど待ってください。夫に変わりはありません。」と嘘を言った。
 乙は,その言葉を全く疑わずに信じ込み,Vに付き添って体を拭いているのだから,Vに異状があれば甲が必ず気付くはずだと思い,Vの容体に異状がないことの確認はできたものと判断し,約30分後の午後2時30分ころに再び巡回すれば足りると考え,「分かりました。30分ほどしたらまた来ます。」とドア越しに甲に言って立ち去った。

6 乙が立ち去った後,甲がVの様子を見ると,顔にチアノーゼが現れ,呼吸も更に苦しそうに見えたことなどから,甲は,Vの容体が更に悪化していることが分かった。
 甲は,しばらく悩んだ末,数年前にVが同様の症状に陥って助かった時の前記経験から,現時点のVの症状ならば,速やかに救命処置が開始されればVはまだ助かるだろうと思いながらも,事態を事の成り行きに任せ,Vの生死を,医師等の医療従事者の手にではなく,運命にゆだねることに決め,その結果がどうなろうとその運命に従うことにした。
 その後,甲は,乙の次の巡回が午後2時30分ころに予定されていたので,午後2時15分ころ,検温もしていないのに,検温表に午後2時20分の検温結果として38度5分と記入した上,午後2時30分ころ,更に容体が悪化しているVを病室に残して看護師詰所に行き,乙に検温表を示しながら,「体を拭いたら気持ち良さそうに眠りました。しばらくそっとしておいてもらえませんか。熱は下がり始めているようです。何かあればすぐにお知らせしますから。」と嘘を言ってVの病室に戻った。

7 乙は,他の患者の看護に追われて多忙であった上,甲の話と検温表の記載から,Vの容体に異状はなく,熱も下がり始めて容体が安定してきたものと信じ込み,甲が付き添っているのだから眠っているVの様子をわざわざ見に行く必要はなく,午後2時30分ころに予定していた巡回は行わずに午後3時ころVの容体を確認すれば足りると判断した。
 午後2時50分ころ,甲は,Vの呼吸が止まっていることに気付き,Vは助からない運命だと思って帰宅した。
 午後3時ころ,Vの病室に入った乙が,意識がなく呼吸が停止しているVを発見し,直ちに,Bらによる救命処置が講じられたが,午後3時50分にVの死亡が確認された。

8 その後の司法解剖や甲,乙,丙及び他のA病院関係者らに対する事情聴取等の捜査の結果,次の各事実が判明した。
 ⑴ Vの死因は,肺炎によるものではなく,D薬を投与されたことに基づく急性アレルギー反応による呼吸困難を伴うショック死であった。
 ⑵ 遅くとも午後2時20分までに,医師,看護師等がVの異変に気付けば,当時のA病院の態勢では直ちに医師等による救命処置が開始可能であって,それによりVは救命されたものと認められたが,Vの異変に気付くのが,それより後になると,Vが救命されたかどうかは明らかでなく,午後2時50分を過ぎると,Vが救命される可能性はほとんどなかったものと認められた。
 なお,本件において,Vに施された救命処置は適切であった。
 ⑶ VにE薬に対するアレルギーはなく,VにE薬を投与してもこれによって死亡することはなかった。
 なお,BのVに対する治療方針やE薬の処方及び乙への指示は適切であった。
 ⑷ E薬用の引き出しには数本のD薬のアンプルが混入していたが,その原因は,A病院関係者の何者かが,D薬のアンプルを保管場所にしまう際,D薬用の引き出しにしまわず,間違って,E薬用の引き出しに入れてしまったことにあると推測された。しかし,それ以上の具体的な事実関係は明らかにならなかった。

 

練習答案

以下刑法についてはその条数のみを示す。

 

第1 甲の罪責
 Vが死亡しているので殺人罪(199条)の成否を検討する。その際には、不作為による殺人が認められるかどうか、甲に殺人の故意があったかどうかを中心に検討する。
 1 不作為による殺人
 199条は「人を殺した者」と規定するだけで、作為・不作為を問うていない。しかし刑法で責任を負わせる以上、単なる不作為では足りず、作為義務があるにもかかわらず不作為であった場合のみ構成要件を満たすと考えるのが適切である。
 本件においては、看護師等医療従事者には患者の生命を保護する責任があるところ、患者Vの妻である甲は看護師等のケアを排して自らの一手にVの生命を保護する義務を引き受けていた。Vが死亡した日の午後2時頃(以下、時刻の記載は同日の時刻をいう)に看護師乙に対して「今、体を拭いてあげているので20分ほど待ってください。夫に変わりはありません。」と嘘を言っており、午後2時30分頃にも乙に同様の嘘を言っているので、午後2時頃から午後2時30分からしばらく時間が経過するまでの間は甲にVの生命を保護する作為義務が生じていた。それにもかかわらず甲はその作為をしなかったので、Vという人を殺した者に該当する。
 2 殺人の故意
 殺人罪が成立するためには殺人の故意が存在していなければならない。そこでの故意は「人を殺してやる」という明確な故意のみならず「人が死ぬかもしれないがそれでもいいや」という未必の故意をも含む。
 本件で甲は「このままVが死亡すれば、先の見えない介護生活から解放されるのではないか」と思い、「事態を事の成り行きに任せ、Vの生死を、医師等の医療従事者の手にではなく、運命にゆだねる」ことに決め、その結果がどうなろうとその運命に従うことにした。ここからV殺人についての未必の故意が読み取れるので、殺人罪の故意に欠けるところはない。
 3 その他の事項
 甲がVの異変に気づいてから速やかに自ら救命処置をするか医師等による救命処置を求めるかすればVは救命されたものと認められるので、甲の不作為とVの死亡との間に因果関係があると言える。甲は介護生活から肉体的にも精神的にも疲れ切っていたとのことであるが、これにより違法性が阻却されたり責任能力が否定されたりすることはない。
 4 結論
 以上より甲には殺人罪が成立する。

 

第2 乙の罪責
 Vが死亡しており乙にはV殺害の故意は認められないので、業務上過失致死罪(211条)の成否を検討する。
 211条では「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者」と規定されているので、その構成要件を満たすかを検討する。
 乙は看護師である。看護師には一般的に患者の生命を保護するために注意しなければならないことがある。本件に関係する範囲で具体的に考えると、薬が医師の処方どおりであるかを処方せんの写しと対照してチェックし、処方や薬に疑問がある場合には、医師や薬剤師に確認すること(以下「注意①」とする)と、午後1時頃から半日くらい約30分おきにVの病室を巡回すること(以下「注意②」とする)が乙に業務上必要な注意として課されていた。これらは病院のきまりであったり医師Bの指示であったりして、乙もそのことを知っていた。
 しかしながら、乙はこの注意①を怠った。アレルギーのことを失念していたのは乙の怠慢であるし、丙の仕事ぶりを信頼していたというのは正当な理由にならない。注意①は医師、薬剤師、看護師という三重のチェックをすることにその意義があるからである。他方で注意②を怠ったとは言えない。午後2時頃にはVの病室に入ろうとしたところを甲によって入室を拒まれたのであったし、午後2時30分頃に巡回しなかったのも甲が自分の代わりに必要なことをしてくれたと誤信したからであった。従前もこのように甲に自分の代わりに必要なことをやってもらっており、家族にそうしたことをしてもらうのが不合理だとも言えない。
 そして乙がもし注意①を怠らなかったとしたら、VにD薬が不適切に投与されようとしていたことに気づいていたはずであり、それでD薬を投与しなければVは死亡していなかったと認められる。乙が業務上必要な注意をしていれば、V死亡という結果は生じなかったのである。
 以上より乙には業務上過失致死罪が成立する。

 

第3 丙の罪責
 丙についても乙と同様に業務上過失致死傷等罪の成否を検討する。
 薬剤師である丙に課されていた注意は、医師の処方が患者の病状や体質に適合するかどうかをチェックした上で薬を医師・看護師らに提供することであった。
 丙はそのチェックを怠っていたが、仮に怠らずにチェックしていたとしてもE薬は患者の病状や体質に適合していたので、同じようにその後の仕事を行い、Vも死亡していたはずである。つまり丙の注意の怠りとV死亡との間には因果関係がないので、このことについて丙に業務上過失致死傷等罪が成立する余地はない。
 V死亡と因果関係のある丙の行為はE薬のアルプル【原文ママ】とD薬のアンプルを取り違えたことであるが、そのことに関して丙が業務上必要な注意を怠ったとは言えない。E薬用の引き出しにD薬が入っていることは通常考えられず、アルプル【原文ママ】に貼付されたラベルを丙が確認すべきだという医師の指示や病院の決まりもなかったからである。
 以上より、丙には業務上過失致死傷等罪は成立しない。また、より重い業務上の過失が丙にはなかったのだから、業務上ではない過失が存在するということもなく、過失致死罪(210条)も成立しない。その他の罪も成立しない。

以上

修正答案

以下刑法についてはその条数のみを示す。

 

第1 甲の罪責
 Vが死亡しているので殺人罪(199条)の成否を検討する。その際には、不作為による殺人が認められるかどうか、甲に殺人の故意があったかどうかを中心に検討する。遅くとも午後2時20分までに、医師、看護師等がVの異変に気付けば、Vは救命されたものと認められているので、甲の不作為や故意は2時20分までの時点を基準として考える。
 1 不作為による殺人
 199条は「人を殺した者」と規定するだけで、作為・不作為を問うていない。しかし刑法で責任を負わせる以上、単なる不作為では足りず、作為義務があるにもかかわらず不作為であった場合のみ構成要件を満たすと考えるのが適切である。
 本件においては、看護師等医療従事者には患者の生命を保護する責任があるところ、患者Vの妻(民法上夫Vを扶助する義務を負う)である甲は看護師等のケアを排して自らの一手にVの生命を保護する義務を引き受けていた。Vが死亡した日の午後2時ころ(以下、時刻の記載は同日の時刻をいう)に看護師乙に対して「今、体を拭いてあげているので20分ほど待ってください。夫に変わりはありません。」と嘘を言っており、午後2時30分ころにも乙に同様の嘘を言っているので、午後2時頃から午後2時30分からしばらく時間が経過するまでの間は甲にVの生命を保護する作為義務が生じていた。それにもかかわらず甲はその作為をせずVが死亡したので、Vという人を殺した者に該当する。
 2 殺人の故意
 殺人罪が成立するためには殺人の故意が存在していなければならない。そこでの故意は「人を殺してやる」という明確な故意のみならず「人が死ぬかもしれないがそれでもいいや」という結果の発生に対する認識・認容がある未必の故意をも含む。
 本件で甲は午後2時ころに「このままVが死亡すれば、先の見えない介護生活から解放されるのではないか」と思い、午後2時から2時15分の間には「事態を事の成り行きに任せ、Vの生死を、医師等の医療従事者の手にではなく、運命にゆだねる」ことに決め、その結果がどうなろうとその運命に従うことにした。ここから遅くとも午後2時15分までに甲はV殺人についての未必の故意を抱いたことが読み取れるので、殺人罪の故意に欠けるところはない。
 3 その他の事項
 甲が負っていた作為義務は、Vの異変に気づいてから速やかに自ら救命処置をするか医師等による救命処置を求めるかすることであったが、それは容易なことでありそうすることは十分に可能であった。そしてそうしていればVは救命されたものと認められるので、甲の不作為とVの死亡との間に因果関係があると言える。甲は介護生活から肉体的にも精神的にも疲れ切っていたとのことであるが、これにより違法性が阻却されたり責任能力が否定されたりすることはない。
 4 結論
 以上より甲には殺人罪が成立する。殺意があって殺人罪が成立する以上、保護責任者遺棄罪(218条)は成立しない。

 

第2 乙の罪責
 Vが死亡しており乙にはV殺害の故意は認められないので、業務上過失致死傷等罪(211条)の成否を検討する。
 211条では「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者」と規定されているので、その構成要件を満たすかを検討する。つまり注意義務違反があったかどうかを考える。
 乙は看護師である。看護師は生命身体に危険のある行為を反復継続して行い、一般的に患者の生命を保護するために注意しなければならないことがある。本件に関係する範囲で具体的に考えると、薬が医師の処方どおりであるかを処方せんの写しと対照してチェックし、処方や薬に疑問がある場合には、医師や薬剤師に確認すること(以下「注意①」とする)と、午後1時頃から半日くらい約30分おきにVの病室を巡回すること(以下「注意②」とする)が乙に業務上必要な注意として課されていた。これらは病院のきまりであったり医師Bの指示であったりして、乙もそのことを知っていた。また、これらの注意を怠れば、患者が死亡するかもしれないということも十分に予見できた。
 しかしながら、乙はこの注意①を怠った。アレルギーのことを失念していたのは乙の怠慢であるし、丙の仕事ぶりを信頼していたというのは正当な理由にならない。注意①は医師、薬剤師、看護師という三重のチェックをすることにその意義があるからである。他方で注意②を怠ったとは言えない。午後2時頃にはVの病室に入ろうとしたところを甲によって入室を拒まれたのであったし、午後2時30分頃に巡回しなかったのも甲が自分の代わりに必要なことをしてくれたと誤信したからであった。従前もこのように甲に自分の代わりに必要なことをやってもらっており、家族にそうしたことをしてもらうのが不合理だとも言えない。
 そして乙がもし注意①を怠らなかったとしたら、VにD薬が不適切に投与されようとしていたことに気づいていたはずであり、それでD薬を投与しなければVは死亡していなかったと認められる。乙が業務上必要な注意をしていれば、V死亡という結果は生じなかったのである。
 本件ではその後に甲の不作為によるV殺害が認められるが、これはたまたまVの生命を左右する立場に立った甲が不作為によりVを殺害したものであって、乙の注意義務違反から生じた危険が現実化したものであり、ここでの因果関係を切断するには至らない。
 以上より乙には業務上過失致死罪が成立する。

 

第3 丙の罪責
 丙についても乙と同様に業務上過失致死罪の成否を検討する。
 生命身体に危険のある行為を反復継続して行う薬剤師である丙に課されていた注意は、医師の処方が患者の病状や体質に適合するかどうかをチェックした上で薬を医師・看護師らに提供することであった。
 丙はそのチェックを怠り、結果として患者の体質に適合しない薬を看護師乙に提供してしまった。医師の処方が患者の病状や体質に適合するかどうかをチェックしていれば、Vの体質からしてD薬には特に注意すべきことを認識できたはずであり、その認識があればたとえE薬用の引き出しから取り出したアンプルであってもD薬ではないかラベルを確認する義務が薬剤師の丙にはあったと言える。こうした注意義務に違反すれば、患者が死亡する可能性のあることは十分に予見できた。
 そもそも丙が薬を取り違えなければVが死亡するということはなかった。しかし、丙がこのように薬を取り違えたとしても、乙がきちんと注意して途中で気づいたり、甲がVの生命保持義務を果たしておればVが死亡しなかったとも考えられる。とはいえ、V死亡は丙による薬の取り違えという注意義務違反から生じた危険か現実化したものであり、乙がそれに気づかなかったことや、甲がVの異変にすぐに気づいて助けなかったことは異常な介在事情ではない。
 以上より、丙には業務上過失致死罪が成立する。

以上

 

感想

事例に沿った検討はそれなりにできたかなと思っています。過失論の対立(予見可能性を重視するか結果回避義務違反を重視するか)ということはまったく頭になかったので、予見可能性のことをすっかりとばしてしまいました。乙丙の過失のところで甲の行為の介在という論点も落としてしまいました。丙の過失を認定するかどうかは迷いましたが、認定したほうが答案としては書きやすい気がします。

 

 



平成22年司法試験論文民事系第2問答案練習

問題

〔第2問〕(配点:200〔〔設問1〕から〔設問5〕までの配点の割合は,3.5:4:3.5:6.5:2.5〕)
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問5〕までに答えなさい。

 


【事実】
1.印刷や製版の工場を個人で営むAとその妻であるBとの間には,昭和58年8月20日にC男が生まれた。やがて平成5年にBが病没すると,Aは,平成6年2月にDと婚姻した。この時,Dには子としてE女があり,Eは,昭和60年2月6日生まれである。
 Aには,主な資産として,工場とその敷地のほかに,当面は使用する予定がない甲土地があり,また,甲土地の近くにある乙土地とその上に所在する丙建物も所有しており,丙建物は,事務所を兼ねた商品の一時保管の場所として用いられてきた。これら甲,乙及び丙の各不動産は,いずれもAを所有権登記名義人とする登記がされている。

2.Cは,大学卒業後,いったんは大手の食品メーカーに就職したが,やがて,小さくてもよいから年来の希望であった出版の仕事を自ら手がけたいと考え,就職先を辞め,雑誌出版の事業を始めた。そして,事業が軌道に乗るまで,出版する雑誌の印刷はAの工場で安価に引き受けてもらうことになった。

3.そのころ,Aは,事業を拡張することを考えていた。そこで,Aは,金融の事業を営むFに資金の融資を要請し,両者間で折衝が持たれた結果,平成19年3月1日に,AとFが面談の上,FがAに1500万円を融資することとし,その担保として甲,乙及び丙の各不動産に抵当権を設定するという交渉がほぼまとまり,同月15日に正式な書類を調えることになった。なお,このころになって,Cの出版の事業も本格的に動き出し,そのための資金が不足になりがちであった。

4.ところが,平成19年3月15日にAに所用ができたことから,前日である14日にAはFに電話をし,「自分が行けないことはお詫びするが,息子のCを赴かせる。先日の交渉の経過を話してあり,息子も理解しているから,後は息子との間でよろしく進めてほしい。」と述べ,これをFも了解した。

5.平成19年3月15日午前にFと会ったCは,Fに対し,「父の方で資金の需要が急にできたことから,融資額を2000万円に増やしてほしい。」と述べた。そこで,Fは,一応Aの携帯電話に電話をして確認をしようとしたが,Aの携帯電話がつながらなかったことから,Aの自宅に電話をしたところ,Aは不在であり,電話に出たDは,Fの照会に対し「融資のことはCに任せてあると聞いている。」と答えた。これを受けFは,同日に,融資額を2000万円とし,最終の弁済期を平成22年3月15日として融資をする旨の金銭消費貸借の証書を作成し,また,2000万円を被担保債権の額とし,甲,乙及び丙の各不動産に抵当権を設定する旨の抵当権設定契約の証書が作成され,Cが,これらにAの名を記してAの印鑑を押捺した。

6.この2000万円の貸付けの融資条件は,返済を3度に分けてすることとされ,第1回は平成20年3月15日に500万円を,次いで第2回は平成21年3月15日に1000万円を,そして第3回は平成22年3月15日に500万円を支払うべきものとされた。また,利息は,年365日の日割計算で年1割2分とし,借入日にその翌日から1年分の前払をし,以後も平成20年3月15日及び平成21年3月15日にそれぞれの翌日から1年分の前払をすることとした。なお,遅延損害金については,同じく年365日の日割計算で年2割と定められた。

7.同じ3月15日の午後にAの銀行口座にFから2000万円が振り込まれた。これを受けCは,同日中に,日ごろから銀行口座の管理を任されているAの従業員を促し500万円を引き出させた上で,それを同従業員から受け取った。
 また,甲,乙及び丙の各不動産に係る抵当権の設定の登記も,同日中に申請された。これらの抵当権の設定の登記は,甲土地については,数日後に申請のとおりFを抵当権登記名義人とする登記がされた。しかし,乙及び丙の各不動産については,添付書面に不備があるため登記官から補正を求められたが,その補正はされなかった。その後,【事実】9に記すとおり,AF間に被担保債権をめぐり争いが生じたことから,乙及び丙の各不動産について抵当権の設定の登記の再度の申請がされるには至らなかった。

8.翌4月になって,甲,乙及び丙の各不動産の登記事項証明書を調べて不審を感じたAは,Cを問いただした。Cは,乙及び丙の各不動産について手続の手違いがあって登記の手続が遅れていると説明し,また,自分の判断で2000万円の借入れを決めたことを認めた。

9.借入れの経過に納得しないAは,弁護士Pに相談した。そして,Aは弁護士Pを訴訟代理人に選任した上で,平成19年6月1日,Fに対し,平成19年3月15日付けの消費貸借契約(以下「本件消費貸借契約」という。)に基づきAがFに対して負う元本返還債務が1500万円を超えては存在しないことの確認を求める訴え(以下「第1訴訟」という。)をJ地方裁判所に提起した。

 

〔設問1〕 【事実】1から9までを前提として,Fが,第1訴訟において,AがCに借入れの代理権でその金額に限度のないものを授与したとする主張,及びAがCに借入れの代理権でその金額の限度を1500万円とするものを授与したとする主張とを選択的にしたとする場合,それぞれの主張にとって,次に掲げる事実①及び事実②は法律上の意義を有するか,また,それを有すると考えられるときに,どのような法律上の意義を有するか,それぞれ理由を付して解答しなさい。
① 【事実】4に記す事実のうち,AがFに電話をして,3月15日に赴かせるCには交渉の経過を話してあり,それをCが理解しているから,後はCとの間でよろしく進めてほしい,と述べたこと。
② 【事実】5に記す事実のうち,Fが,Aの携帯電話に電話をして融資額の変更を確認しようとしたが,Aの電話がつながらなかったこと。

 

Ⅱ 【事実】1から9までに加え,以下の【事実】10から14までの経緯があった。
【事実】
10.Eは,AとDが婚姻して以来,A,D及びCと同居しており,その後は,Cと年齢が近かったこともあって,お互いに様々な悩みについて相談し合ったり,進路についてアドバイスをし合ったりしていたが,平成19年6月中旬ころ,Cの勧めもあって,Eは,Aらとの同居をやめて独立し,幼なじみのG女を誘って一緒に事業を始めることを決意した。そして,Eは,同月,アパートを借りてGと同居生活を始めた。

11.平成19年7月,Aは,乙土地及び丙建物につきFを抵当権者とする抵当権の設定の登記がされていないことに乗じて,Eに対し,「いつもCの相談相手になり,励ましてくれてありがとう。私としては,今後もCにとって信頼できる友人として付き合ってほしいと願っている。また,独立して自分の道を歩もうとする君を大いに支援したいので,乙土地及び丙建物を君に贈与したい。」と述べた。

12.Eは,AがFから金銭を借り入れた事情や,その担保として甲土地,乙土地及び丙建物にFのための抵当権を設定する契約が結ばれたものの,乙土地及び丙建物については抵当権の設定の登記がされていないことなどについて,平成19年4月ころにAとCが話しているのを耳にしており,同年7月の時点でも,乙土地及び丙建物については抵当権の設定の登記がされていないことを知っていた。

13.しかし,Eは,Aから乙土地及び丙建物の贈与を受けることができれば,丙建物を取り壊して自分の住居を建築することができると算段し,乙土地及び丙建物にFのための抵当権の設定の登記がされていない事情を十分に認識した上で,Aによる乙土地及び丙建物の贈与の申出を受け入れ,平成19年7月27日,乙土地及び丙建物につき,贈与を登記原因としてAからEへの所有権移転登記がされた。

14.平成19年8月19日,Eは,乙土地上に自己の居住用建物を建築するため,同土地上にあった丙建物を取り壊した。これを知ったFは,弁護士Qを訴訟代理人に選任した上で,Eに対し,抵当権の侵害による不法行為に基づく損害賠償を求める訴えを提起することとした。

 

〔設問2〕 【事実】1から14までを前提として,以下の⑴及び⑵に答えなさい。
⑴ 【事実】14に記す訴えに係る訴訟においてFの損害をどのようにとらえるべきかを検討するに当たり,留意すべき事項を挙げ,それらの事項についてどのように考えるべきか,想定される反論も考慮しつつ論じなさい。
⑵ 弁護士Qは,【事実】14に記す訴えに係る訴訟において,Eから,「丙建物については,Fのために抵当権の設定の登記がされていなかったので,Fは,Eに対し,Eの不法行為を理由とする損害賠償を請求することができない。」と反論されることを想定した。この反論の当否について,どのような再反論をすることができるかを含め,論じなさい。

 

Ⅲ 【事実】1から14までに加え,以下の【事実】15から17までの経緯があった。
【事実】
15.平成19年9月10日,Fは「被告E」と訴状に記載して,【事実】14に記す訴え(以下「第2訴訟」という。)をJ地方裁判所に提起した。第2訴訟は,被告側に訴訟代理人が選任されないまま進行した。第1回口頭弁論期日が開かれた後,口頭弁論が続行され,第3回口頭弁論期日までの間に,双方から事実に関する主張及びそれに対する認否が行われた。

16.弁護士Qは,第4回口頭弁論期日にこれまでどおり出頭し,J地方裁判所の法廷入口に用意された期日の出頭票の原告訴訟代理人氏名欄に自らの名前をボールペンで書き入れようとした際,これまでの口頭弁論期日にEとして出頭していた人物が,同じく出頭票の被告氏名欄にボールペンで「G」という氏名を記載した後に,慌ててその名前を塗りつぶして,「E」と記載したところを目撃した。
 そこで,弁護士Qは,不審に思い,第4回口頭弁論期日の冒頭において,Eとして出頭した人物に対し,「あなたは,先ほど,出頭票に「G」という今まで見たことがない名前を書いていませんでしたか。訴状には,「被告E」と記載されています。あなたは,本当にEさんですか。」と問いただした。すると,Eとして出頭した人物は,「実は,私は,Eと同居しているGです。」と述べ,次回期日には,Eを連れてくる旨を確約した。裁判所は,口頭弁論を続行することとし,第5回口頭弁論期日が指定された。

17.その後,第2訴訟に係る経緯をGから聞いたEは,訴訟代理人として弁護士Rを選任した。そして,第5回口頭弁論期日には,弁護士Q並びにE,G及び弁護士Rが出頭した。
 第5回口頭弁論期日においては,E本人が訴状の送達を受け,Gに対応を相談したところ,Gが,「この裁判は,あなたの身代わりとして私がするから任せてほしい。」と申し出たので,EがGに対し「任せる。」とこたえた,という事実が確認された。
 そして,弁護士Rは,「これまでにGがした訴訟行為は,すべて無効である。」と主張し,裁判所に対し,これを前提として手続を進めることを求めた。
 これに対し,弁護士Qは,「弁護士Rの主張は認められない。Gがした訴訟行為の効力はEに及ぶ。」と主張した。

 

〔設問3〕 【事実】1から17までを前提として,第2訴訟において,訴状の送達後,Gが第3回口頭弁論期日までの間にした訴訟行為の効力がEに及ぶかどうかについて,理由を付して論じなさい。

 

Ⅳ 【事実】1から9までに加え,以下の【事実】18から20までの経緯があった。
【事実】
18.第1訴訟の第1回口頭弁論期日は,平成19年7月27日に開かれ,訴状の陳述などが行われた。その後数回の期日を経て,平成20年4月11日に口頭弁論が終結し,同年6月2日にAの請求を全部認容する旨の終局判決が言い渡され,この判決が確定した。

19.平成21年4月23日に,Aは,弁護士Pを訴訟代理人に選任した上で,Fに対し,被担保債権(被担保債権は,【事実】9に記した本件消費貸借契約上の貸金返還請求権のみであるとする。)の全額が弁済により消滅したことを理由として,J地方裁判所に,甲土地の所有権に基づき甲土地に係る抵当権の設定の登記の抹消登記手続を求める訴え(以下「第3訴訟」という。)を提起した。

20.第3訴訟の第1回口頭弁論期日において,弁護士Pは,被担保債権に関し,「本件消費貸借契約に基づきAがFに対して負う元本返還債務の金額は1500万円であるところ,AはFに対し,平成20年3月15日に500万円,平成21年3月15日に1000万円をそれぞれ弁済した。」と主張した。
 この期日において,弁護士Pは,裁判長の釈明に対し,「平成20年3月15日にされた弁済が第1訴訟において主張されなかったのは,Aが,同弁済が第1訴訟において意味がある事実だとは思わなかったので,私に連絡を怠ったためである。」と陳述した。
 これに対し,Fの訴訟代理人である弁護士Qは,弁護士Pの被担保債権に関する主張のうち,平成20年3月15日の弁済については次回の口頭弁論期日まで認否を留保し,その余は認める旨の陳述をした。

 

〔設問4〕 【事実】1から9まで及び18から20までを前提として,第3訴訟に関する次の⑴及び⑵に答えなさい。
⑴ 第3訴訟の第1回口頭弁論期日後数日してされた次の弁護士Qと司法修習生Sの会話を読んだ上で,あなたが司法修習生Sであるとして,弁護士Qが示した課題(会話中の下線を引いた部分)を検討した結果を理由を付して述べなさい。
 ただし,信義則違反については論ずる必要がない。
 なお,貸金返還請求権については,利息及び遅延損害金を考慮に入れないものとする。

 

Q: 第1訴訟の確定判決の既判力が第3訴訟で作用することは理解できますか。

S: 第3訴訟の訴訟物は,所有権に基づく妨害排除請求権としての抵当権設定登記抹消登記請求権ですから,抵当権が消滅したかどうかが争点になります。そして,抵当権が消滅したかどうかを判断するためには,抵当権の付従性から,被担保債権が消滅したかどうかを判断しなければなりません。つまり,被担保債権である本件消費貸借契約上の貸金返還請求権の存否が,訴訟物である抵当権設定登記抹消登記請求権の存否にとって,いわゆる先決関係にあるということになります。

Q: そのとおりです。ですから,第1訴訟の確定判決の既判力の作用によって,私たちは,第3訴訟で,第1訴訟の口頭弁論が終結した平成20年4月11日の時点で,本件消費貸借契約上の元本返還請求権の金額が1500万円を超えていたことを主張できなくなります。この点は分かりますか。

S: はい。

Q: ところが,Aは,第3訴訟で,第1訴訟の口頭弁論終結前の平成20年3月15日にされた弁済を主張してきましたね。このような主張は許されてよいものでしょうか。

S: 確かにそうですね。信義則に反すると思います。

Q: いきなり信義則違反に飛び付くのは,いかがなものでしょうか。最終的には,信義則違反の主張をすることになるかもしれませんが,その前に,Aの弁済の主張が第1訴訟で生じた既判力によって遮断されるかどうかを検討すべきではないでしょうか。

S: すみません。先走り過ぎました。

Q: 第1回口頭弁論期日が終わってから,私なりに既判力について考えてみました。その結果,二つの法律構成が残ったのですが,そこから先の検討がまだ済んでいないのです。第2回口頭弁論期日のための準備書面をそろそろ書き始めなければなりませんので,あなたにも協力してほしいのです。

S: 分かりました。

Q: では,二つの法律構成を説明します。
 第1の法律構成(法律構成①)は,第1訴訟の訴訟物は元本返還債務の全体であって,Aの「1500万円を超えては存在しない」ことの確認を求めるという請求の趣旨は,例えば「1200万円を超えては存在しない」というような,より原告に有利な判決を求めないという意味において,原告が自ら,請求の認容の範囲を限定したものにすぎない,というものです。このように考えると,既判力の対象はあくまでも,元本返還債務の全体ですから,第1訴訟の確定判決の既判力によって,「平成20年4月11日の時点で元本債務は1500万円であった」ということが確定されることになります。
 第2の法律構成(法律構成②)も,やはり第1訴訟の訴訟物は元本返還債務の全体であるとするのですが,同債務のうち1500万円についてはAが請求を放棄したために,実際に審判対象となったのは1500万円を超える部分だというものです。このように考える場合には,第1訴訟の確定判決の既判力の客観的範囲は元本返還債務のうち1500万円を超える部分だけになりますが,請求の放棄,正確には請求の一部放棄の既判力により,元本債務の金額が1500万円であったことが確定されることになります。
 理解できましたか。

S: はい。

Q: それでは,これから,あなたにお願いする課題を説明します。法律構成①と法律構成②のそれぞれについて,長所と短所を検討してください。ただし,最高裁判所の判例に適合的であるから良い,あるいは,最高裁判所の判例に反するから駄目だ,というような紋切り型の答えでは困ります。

S: 分かりました。頑張ってみます。

 

⑵ 審理の結果,被担保債権の元本が500万円残っているとの結論に至った場合,裁判所は,Fに対し,AがFに500万円を支払うことを条件として,抵当権の設定の登記の抹消登記手続をすることを命ずる判決をすることができるか,Aの請求を全部棄却することと比較しながら,論じなさい。
 なお,貸金返還請求権については,利息及び遅延損害金を考慮に入れないものとする。

 

Ⅴ 【事実】1から9までに加え,以下の【事実】21から25までの経緯があった。
【事実】
21.Dは平成20年2月16日に病没した。

22.Aは,外国に住んでいる親族の結婚式に出席するため,5日間の外国旅行に出ることとなった。Aは,出発前夜である平成22年1月12日に,CとEを呼び,「今まで隠していたが,実はEは私とDとの間にできた子で,私はEを認知することにした。認知届の書類にもすべて私が必要な項目を埋めて署名押印しておいたから,Eは,私が旅行に出ている間に,認知届の日付を埋めた上で必ず市役所に提出しておいてほしい。」と告げた。突然の話にEは驚いたものの,了解し,認知届の提出に必要な書類一式をAから受け取った。

23.翌朝,Aは旅行に出発した。同月14日,Aは事故に巻き込まれ,死亡した。Eは,この件の事後処理に忙殺され,認知届を提出しないままになっている。

24.Aの遺品を整理していたCは,同年2月3日に,Aの愛用していた机の引出しの奥に,「遺言」と表面に書かれた1通の封書を見つけた。この封書には自筆証書遺言として適式な証書が入っていて,そこには,「私が死亡したときは,私の遺産はCを2,Eを1とする割合で分けること。」とAの筆跡で記されていた。遺言の日付は平成20年4月6日となっていた。

25.Hは生前のAに対し600万円を貸し付けており,平成22年4月現在,この貸金債権の弁済期は既に到来している。平成22年5月になって,Hが,前記貸金債権に係る元本の返済をC及びEに対し請求してきた。

 

〔設問5〕 【事実】1から9まで及び21から25までを前提として,C及びEはHに対し元本の支払義務を負うか,支払義務を負うとした場合,いくらの支払義務を負うか,これらについて,EがAの子であるかどうかにも言及しつつ論じなさい。

 

練習答案

以下民法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 第1訴訟におけるFの、AがCに借入れの代理権でその金額に限度のないものを授与したとする主張(以下「主張①」とする)は、代理権授与の表示による表見代理(109条)を根拠に請求棄却を求めるものであるのに対して、AがCに借入れの代理権でその金額の限度を1500万円とするものを授与したとする主張(以下「主張②」とする)は、権限外の行為の表見代理(110条)を根拠に請求棄却を求めるものである。
 主張①にとって、事実①はFに対してAがCに本件借入れの代理権を与えた旨を表示したことを基礎付ける法律上の意義を有する。事実②は法律上の意義を有さない。
 主張②にとって、事実①は基本代理権(CがAのために1500万円を限度としてFから借入れをするという代理権)の存在を基礎づけるという法律上の意義と、FがCにAのために2000万円の借入れをする代理権があると信ずべき正当な理由があることを基礎づける法律上の意義を有する。事実②は、上記正当な理由がないことを基礎づける法律上の意義を有する。

 

[設問2]
 (1)
 不法行為に基づく損害賠償は、権利利益の侵害によって生じた損害の賠償である(709条)。損害が生じたか否かということに留意すべきである。
 抵当権とは、被抵当物の交換価値を担保にするものなので、その交換価値が毀損されれば損害が生じたと考えるべきである。
 しかし他方で抵当権は質権と異なり、抵当権設定者が被抵当物を使用し続けられるところに特徴があり、その使用は所有権の性質からして自由であるべきだという反論が想定される。しかしながら所有権も抵当権を設定することによって制約され得るのであって、殊更に被抵当物の交換価値を損なうような使用は制限されるべきである。
 本件について見ると、丙建物の取り壊しは被抵当物である丙建物の交換価値をゼロにする行為であり、殊更に交換価値を損なう行為である。
 以上より、本件ではFの損害が生じていると言える。
 (2)
 設問中のEの反論は、不動産に関する物件の得喪及び変更は、その登記をしなければ、第三者に対抗することができないという177条をその根拠にしている。丙建物が不動産で抵当権が物件であることに争いはないはずだから、Eが第三者に当たるかどうかが問題となる。
 177条は真実の権利と取引の安全の調整規定である。よってこの2つの観点から第三者の範囲が画定されるべきである。
 本件では、真実の権利者であるFは本件の抵当権を登記するために自分の側としてできることはしていたと考えられる。登記官から求められた補正をすれば登記できるところまで進んでいたにもかかわらず、Aとの間に争いが生じたためにそのままになっていたのである。他方でEはこうした事情を全て知っていた。登記を見て抵当権が存在しないと誤信していたわけではない。むしろ登記がなされていないことを希貨【原文ママ】としてFの抵当権を害そうとする意図さえ窺える。いわゆる背信的悪意者である。
 以上より、Eは177条の第三者には当たらないので、この反論は不当である。

[設問3]
 実体的にも形式的にも被告はEであり、Gが被告になる余地はない。また本件第2訴訟はJ地方裁判所に提起されているので、法定代理人か弁護士でなければ訴訟代理人になれない(民事訴訟法54条1項本文)ところ、Gは法定代理人でも弁護士でもない。Gが補佐人(民事訴訟法60条)として裁判所から許可を得たということもない。
 こうした事情からすると、Gが第3回口頭弁論期日までの間にした訴訟行為は無効とせざるを得ない。仮にこれを有効とすると本人になりすますことで容易に弁護士でもない者が訴訟行為をすることができるようになってしまい、法秩序が乱されるおそれが生じる。
 弁護士Qが、Gがした訴訟行為の効力はEに及ぶと主張している理由は、これまでに積み上げた訴訟行為を無に帰して今より不利な立場に立ちたくないということだと推測できる。これに関しては、弁護士Rの主張如何では時期に遅れた攻撃防御(民事訴訟法156条)として裁判所が取り上げないということで、一定弁護士Qのけねんに対応できる。

 

[設問4]
 (1)
 1.法律構成①の長所と短所
 法律構成①の長所は、一挙にはっきりと紛争を解決できるということである。短所は訴訟係属中に弁済があるとそれを取り込んで訴えの変更をしなければならず、手続が面倒になるということである。
 本件では、第1訴訟の口頭弁論終結時である平成20年4月11日の時点で、AのFに対する債務が1500万円であったことが確定する。そして以後の訴訟でこれと矛循【原文ママ】する主張は既判力によって遮断されるので、Aの弁済の主張は失当となる。Aとしては平成20年3月15日に500万円を弁済した時点で、平成19年3月15日付けの消費貸借契約に基づきAがFに対して負う元本返還債務が1000万円を超えては存在しないことの確認を求める訴えに変更すべきであったのである。
 2.法律構成②の長所と短所
 法律構成②の長所は訴訟をシンプルにできるということである。短所は紛争を一挙に解決できず後に紛争の種を残すことである。
 本件では、第1訴訟の口頭弁論終結時である平成20年4月11日の時点で、AのFに対する債務が1500万円を超えては存在しないことが確定する。Aによる請求の一部放棄が認められればAの弁済の主張は既判力により遮断されるが、認められなければ1500万円の部分には既判力が及ばないのでAの弁済の主張を第3訴訟で審判対象としなければならなくなる。
 (2)
 当事者主義の原則から、裁判所は、当事者が申し立てていない事項について、判決をすることができない(民事訴訟法246条)。もっとも、当事者が申し立てた範囲で一部認容判決はすることができるので、設問の事例が当事者の申し立ての範囲外なのか、それとも範囲内の一部認容なのかを考えることになる。
 司法修習生Sの発言にもあるように、第3訴訟では抵当権が消滅したかどうかが争点になり、抵当権の付従性から被担保債権が消滅したかどうかを判断しなければならない。実際、Aはその被担保債権である本件消費貸借契約に基づきAがFに対して負う元本返還債務の金額は1500万円であるところ、AはFに1500万円を弁済したと主張している。そうすると1500万円より低い500万円を支払うことを条件として、抵当権の設定の登記の発症登記手続をすることを命ずる判決は一部認容であると言える。
 仮にAの請求を全部棄却すると、Aとしてはあといくら払えば抵当権の設定の登記の抹消ができるかわからないし、それがわかって弁済したとしても、Fが任意に協力しなければもう一度提訴しなければならず、Aの期待からも訴訟経済からも不合理である。

 

[設問5]
 1.EがAの子であるかどうか
 AがEを養子とした事実はなく、DがAと婚姻していた時期の子でもないので、AがEを認知しなければEはAの子とならない。
 認知は、戸籍法の定めるところにより届け出ることによってし(781条1項)、また遺言によってもすることができる(781条2項)。
 本件ではAによって認知届が作成されたものの届け出はされておらず、遺言によっても認知はされていない。認知のような戸籍に関わるものは届け出により画一的に決定されるべきなので、意思表示があっても届け出がなければ無効である。よってEはAの子ではない。
 ただし、Eは認知の訴えを提起することができる(787条)。
 2.C及びEはHに対し元本の支払義務を負うか
 包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有する(990条)。相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する(896条本文)。相続は死亡によって開始する(882条)。各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する(899条)。
 EはAの子でないから相続人ではないが、遺言により包括受遺者になるので相続人と同一の権利義務を有する。CはAの子であり相続人である。よってCとEはAのHに対する債務を承継する。これはAの一身に専属したものではないので896条但書には該当しない。Aが平成22年1月14日に死亡しているので相続は開始している。CとAの相続分は2:1である。以上よりCとEはHに対し元本の支払義務を負い、その義務はCが400万円、Eが200万円である。
 ここまではC及びEが単純承認をした場合について述べたが、もし限定承認をしていれば上記の義務は相続財産の限度で負い、相続放棄をしていれば初めから相続人とならなかったものとみなされるので上記の義務を負わない。

以上

 

修正答案

以下民法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 第1訴訟におけるFの、AがCに借入れの代理権でその金額に限度のないものを授与したとする主張(以下「主張①」とする)は、有権代理(99条)を根拠に請求棄却を求めるものであるのに対して、AがCに借入れの代理権でその金額の限度を1500万円とするものを授与したとする主張(以下「主張②」とする)は、権限外の行為の表見代理(110条)を根拠に請求棄却を求めるものである。
 主張①にとって、事実①はFに対してAがCに本件借入れの代理権を与えたことを推認させる間接事実であるという法律上の意義を有する。事実②は特段、法律上の意義を有さない。
 主張②にとって、事実①は基本代理権(CがAのために1500万円を限度としてFから借入れをするという代理権)の存在を推認させる間接事実であるという法律上の意義と、FがCにAのために2000万円の借入れをする代理権があると信ずべき正当な理由があることを推認させる間接事実であるという法律上の意義を有する。事実②は、CがAのために2000万円を借りようとしたところFが不審に思ってAに問い合わせたがAは電話に出なかったためにFはさらに不審に思ったはずだというように解釈できるので、上記正当な理由がないことを推認させる間接事実となり得るという法律上の意義を有する。

 

[設問2]
 (1)
 不法行為に基づく損害賠償は、権利利益の侵害によって生じた損害の賠償である(709条)。損害が生じたか否かということに留意すべきである。本件では特に、①金額的に損害が生じたかということと、②時期的に損害が生じたかということが問題となる。
 ①金額的に損害が生じたかどうか
 本件消費貸借契約では、甲、乙、丙の3つの不動産に抵当権が設定されている。Eは丙建物を取り壊したが、甲、乙の土地は残存している。それら不動産の価額が本件消費貸借契約の価額を超えていれば損害が発生していないという反論もあり得る。しかしながら、不動産価額の下落なども想定してFは甲、乙、丙の3つの不動産に抵当権を設定したのであるから、その一部でも毀損されれば、それは損害が生じたことになる。よって、抵当権が設定された複数の不動産のうちの一つだけが滅失し、残りの不動産の現在価額だけでも被担保債権の額を超えている場合であったとしても、損害が生じたと言うべきである。
 ②時期的に損害が生じたかどうか
 本件消費貸借契約の第1回の弁済日は平成20年3月15日であり、Eが丙建物を取り壊したのは平成19年8月19日であるので、まだ弁済が滞っていない段階で損害の発生を認めてもよいのかという問題がある。弁済期にはきちんと弁済されるはずであり、それまでは抵当目的物を所有者が自由に使えるべきではないという反論である。しかし、抵当目的物についての妨害排除請求権を抵当権者が行使できると結論づけた、この反論に対抗する判例がある。その判例の理屈からすると、Eが丙建物を不法占拠したりその中に備え付けてある機械などを運びだそうとしていたら、Fは抵当権に基づきEの妨害を排除できたはずである。この仮定の場合より侵害の度合いが大きい取壊しがEによってされているのだから、損害が発生しないとする道理はない。
 以上より、本件では金額的にも時期的にも損害が生じていると言うべきである。
 (2)
 設問中のEの反論は、不動産に関する物件の得喪及び変更は、その登記をしなければ、第三者に対抗することができないという177条をその根拠にしている。そこでは丙建物が不動産で抵当権が物件であることに争いはないはずだから、Eが177条に規定される第三者に当たるかどうかが問題となる。
 177条は真実の権利と取引の安全の調整規定である。よってこの2つの観点から177条の第三者は登記の不存在を主張する正当な利益を有する者に限定されるべきである。
 本件では、真実の権利者であるFは本件の抵当権を登記するために自分の側としてできることはしていたと考えられる。登記官から求められた補正をすれば登記できるところまで進んでいたにもかかわらず、Aとの間に争いが生じたためにそのままになっていたのである。他方でEはこうした事情を全て知っていた。登記を見て抵当権が存在しないと誤信していたわけではない。むしろ登記がされていないことを奇貨としてFの抵当権を害そうとする意図さえ窺える。事実11からAにはFの抵当権を害そうとする意図がはっきりと見て取れるところ、Eも十分に事情を認識した上でこのAの意図に応じているのである。これらよりEはいわゆる背信的悪意者である。
 以上より、Eは177条の第三者(登記の不存在を主張する正当な利益を有する第三者)には当たらないので、この反論は不当である。

[設問3]
 民事訴訟の被告は明確に定まったほうがよいので、原則的には訴状に被告として記載された者が被告になる。訴状に被告として記載された者が知らない間に別の者が被告として振る舞い不利な訴訟行為が積み重ねられた場合などは別様に考えるべきかもしれないが、本件ではGが被告として訴訟行為をしていることを当初よりEは認識していた。よって原則通りにEが被告となる。
 EはGに対して「(第2訴訟の遂行を)任せる。」と言っているので、Gの行為がEの代理人として有効になる可能性がある。しかし本件第2訴訟はJ地方裁判所に提起されているので、法定代理人か弁護士でなければ訴訟代理人になれない(民事訴訟法54条1項本文)ところ、Gは法定代理人でも弁護士でもない。Gが補佐人(民事訴訟法60条)として裁判所から許可を得たということもない。
 こうした事情からすると、Gが第3回口頭弁論期日までの間にした訴訟行為は無効とせざるを得ない。仮にこれを有効とすると本人になりすますことで容易に弁護士でもない者が訴訟行為をすることができるようになってしまい、法秩序が乱されるおそれが生じる。
 弁護士Qが、Gがした訴訟行為の効力はEに及ぶと主張している理由は、これまでに積み上げた訴訟行為を無に帰して今より不利な立場に立ちたくないということだと推測できる。これに関しては、弁護士Rの主張如何では時期に遅れた攻撃防御(民事訴訟法156条)として裁判所が取り上げないということで、一定弁護士Qの懸念に対応できる。

 

[設問4]
 (1)
 法律構成①は審判対象も訴訟物も元本債務全体とすることで既判力を働かせるものであり、法律構成②は審判対象は元本債務のうち1500万円を超える部分であるが1500万円についてはAの請求放棄があったということで訴訟物は元本債務全体として既判力を働かせるものである。どちらの構成も、訴訟物が1500万円を超える部分だとして1500万円部分には既判力を働かせない判例とは異なっている。
 1.法律構成①の長所と短所
 法律構成①の長所は明確に既判力を働かせることができるということである。元本債務全体が審判対象になり、それについて審判が下され、その結果既判力が生じるという構成は非常にすっきりとしている。本件では、第1訴訟の口頭弁論終結時である平成20年4月11日の時点で、AのFに対する債務が1500万円であったことが確定し、以後の訴訟でこれと矛盾する主張は既判力によって遮断されるので、Aの弁済の主張は失当となる。
 短所は裁判の脱漏(民事訴訟法258条1項)、判決の理由不備(民事訴訟法312条2項6号)、判断の遺脱(民事訴訟法338条1項9号)であるとして、紛争を蒸し返される恐れがあることである。本件では、Aが自認している1500万円部分について、裁判の脱漏としてJ地裁に係属したままになっているので審理の再開を求める、審理不尽で判決の理由が不備であるとして上訴する、あるいは判断の遺脱として再審を申し立てるといったことがAによってなされるかもしれない。
 2.法律構成②の長所と短所
 法律構成②の長所は紛争を蒸し返される危険性が少ないということである。本件では、Aが1500万円部分については自認しているのでそれを請求の放棄だとみなせばもはやそれを蒸し返すことはできない。
 短所は既判力が明確には働かないおそれがあるということである。請求の放棄は調書に記載されたときに確定判決と同一の効力を有する(民事訴訟法267条)のであって、その反対解釈から調書に記載されなければ確定判決と同一の効力を有さないと解釈できる。また、確定判決と同一の効力を有するとして、それが確定判決と全く同じ既判力が生じるという意味なのかということにも争いが生じる余地があるし、既判力の基準がいつになるのかという問題もある。本件では、平成19年7月27日に開かれた第1回口頭弁論で訴状の陳述などが行われたので、Aの請求の放棄に当たる部分が調書に記載されたとは言えそうである。しかし請求の放棄は確定判決とは異なり錯誤無効が主張できるとの反論があり得るし、既判力の基準日は請求の放棄をした平成19年7月27日であって、平成20年3月15日にした弁済の主張を第3訴訟ですることは差し支えないという反論もあり得る。
 (2)
 当事者主義の原則から、裁判所は、当事者が申し立てていない事項について、判決をすることができない(民事訴訟法246条)。もっとも、当事者が申し立てた範囲で一部認容判決はすることができるので、設問の事例が当事者の申し立ての範囲外なのか、それとも範囲内の一部認容なのかを考えることになる。また、条件付給付判決は将来の給付を命ずる判決であるので、あらかじめその請求をする必要がある場合(民事訴訟法135条)なのかも検討しなければならない。そして条件の部分にも既判力が発生するのかも考えなければならない。
 司法修習生Sの発言にもあるように、第3訴訟では抵当権が消滅したかどうかが争点になり、抵当権の付従性から被担保債権が消滅したかどうかを判断しなければならない。実際、Aはその被担保債権である本件消費貸借契約に基づきAがFに対して負う元本返還債務の金額は1500万円であるところ、AはFに1500万円を弁済したと主張している。そうすると1500万円より低い500万円を支払うことを条件として、抵当権の設定の登記の発症登記手続をすることを命ずる判決は一部認容判決であると言える。被告のFにとっても弁済額を争った上で500万円の支払いが残っていると判断されることは不意打ちにならない。仮にAの請求を全部棄却すると、Aとしてはあといくら払えば抵当権の設定の登記の抹消ができるかわからないし、それがわかって弁済したとしても、Fが任意に協力しなければもう一度提訴しなければならず、Aの期待からも訴訟経済からも不合理である。
 被担保債権(本件消費貸借契約による債権)の弁済について争いがあり、Fによる抵当権抹消登記の任意の履行は期待できないので、あらかじめ請求をする必要がある場合に当たる。
 条件の部分は訴訟物ではないと考えられるので、既判力は生じない。ただし既判力が生じないとはいっても、実質的に紛争の蒸し返しとなるような主張を後訴ですることは信義則によって制限されることがある。
[設問5]
 1.EがAの子であるかどうか
 AがEを養子とした事実はなく、DがAと婚姻していた時期の子でもないので、AがEを認知しなければEはAの子とならない。
 認知は、戸籍法の定めるところにより届け出ることによってし(781条1項)、また遺言によってもすることができる(781条2項)。
 本件ではAによって認知届が作成されたものの届け出はされておらず、遺言によっても認知はされていない。認知のような戸籍に関わるものは届け出により画一的に決定されるべきなので、意思表示があっても届け出がなければ無効である。よってEはAの子ではない。
 ただし、Eは認知の訴えを提起することができる(787条)。
 2.C及びEはHに対し元本の支払義務を負うか
 包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有する(990条)。相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する(896条本文)。相続は死亡によって開始する(882条)。各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する(899条)。
 EはAの子でないから相続人ではないが、遺言により包括受遺者になるので相続人と同一の権利義務を有する。CはAの子であり相続人である。よってCとEはAのHに対する債務を承継する。これはAの一身に専属したものではないので896条但書には該当しない。Aが平成22年1月14日に死亡しているので相続は開始している。CとAの相続分は2:1である。以上よりCとEはHに対し元本の支払義務を負い、その義務はCが400万円、Eが200万円である。
 ここまではC及びEが単純承認をした場合について述べたが、もし限定承認をしていれば上記の義務は相続財産の限度で負い、相続放棄をしていれば初めから相続人とならなかったものとみなされるので上記の義務を負わない。

以上

 

 

感想

[設問1]は代理についての理解不足が明らかになりました。[設問2]はおよその問題点の所在はわかっていたものの、きれいな記述ができませんでした。 [設問3]はいわゆる表示説をもっと意識して書けばよかったです。[設問4]の(1)は法律構成②が判例と同じ立場(旧訴訟物理論)で、新訴訟物理論と旧訴訟物理論の対比かと思ったのですが、実際にはどちらも判例とは異なる立場だと出題趣旨を読んでようやく気づきました。(2)は将来給付や既判力について記述すべきとは思いつきませんでした。[設問5]は悪くはなかったかなと思います。

 



平成22年司法試験論文民事系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100〔設問1と設問2の配点の割合は,2:8〕)
次の文章を読んで,後記の設問1及び設問2に答えよ。

 

1.Aは,自己の所有する土地建物(以下「本件不動産」という。)を活用して,株式会社を設立してスーパーマーケット事業を営もうと考えた。しかし,Aは,本件不動産をスーパーマーケットの店舗に改装する資金を有していなかったので,友人Bに対し,同事業を共同して行うことを提案した。Bは,Aからの提案を了承し,両者の間に,株式会社を設立してスーパーマーケット事業を営む旨の合意が成立した。

2.そこで,A及びBは,いずれも発起人となって,発起設立の方法により,会社法上の公開会社であり,かつ,株券発行会社である甲株式会社(以下「甲社」という。)を設立することとした。
 A及びBは,発起人として,Aが金銭以外の財産として本件不動産を出資すること,その価額は5億円であること及びAに対し割り当てる設立時発行株式の数は5000株であることを定め,これらの事項を,書面によって作成する定款に記載した。そして,Aは,設立時発行株式の引受け後遅滞なく,その引き受けた設立時発行株式につき,本件不動産を給付した(以下Aによる本件不動産の出資を「本件現物出資」という。)。
 他方,A及びBは,発起人として,Bが割当てを受ける設立時発行株式の数は1000株であり,その株式と引換えに払い込む金銭の額は1億円であると定めた。そして,Bは,設立時発行株式の引受け後遅滞なく,その引き受けた設立時発行株式につき,その出資に係る金銭の全額1億円を払い込んだ。
 なお,A及びBは,本件不動産の評価額を5億円とする不動産鑑定士の鑑定評価及び本件不動産について定款に記載された5億円の価額が相当であることについての公認会計士の証明を受けた。そして,A及びBは,裁判所に対し,定款に記載のある本件現物出資に関する事項を調査させるための検査役の選任の申立てをしなかった。
 設立中の甲社においては,A,B及びCが設立時取締役として選任され,Aが設立時代表取締役として選定された。A,B及びCは,その選任後遅滞なく,本件不動産に係る不動産鑑定士の鑑定評価及び公認会計士の証明が相当であること並びにA及びBによる設立時発行株式に係る出資の履行が完了していることにつき調査をした。その後,甲社は,本店の所在地において設立の登記をしたことにより成立し,Aが甲社の代表取締役に,B及びCが甲社の取締役にそれぞれ就任した。そして,甲社は,本件不動産をスーパーマーケットの店舗(以下「甲店」という。)に改装し,スーパーマーケット事業を開始した。

3.甲社は,成立後数年の間は,甲店におけるスーパーマーケット事業を順調に行い,好業績を上げていた。そして,Bは,甲社の取引先に対し,自己の所有していた甲社の株式の一部を譲渡した。
 ところが,その後,大手ディスカウントストアが甲店の近隣に出店したことにより,甲社のスーパーマーケット事業には,急速に陰りが出始めた。そこで,甲社は,運転資金が必要となったため,乙銀行株式会社(以下「乙銀行」という。)に甲店の大規模改装に必要な資金の名目で2億円の融資を申し入れた。これに対し,乙銀行の担当者は,甲社の近時における業績の低迷等を見て懸念を感じ,甲社に対し,「甲店の大規模改装に必要な資金2億円のうち,半分の1億円を増資等により自ら調達するなどすれば,残りの1億円につき融資することも考えられないことはない。」と返答した。
 そこで,甲社は,Aの提案により,丙株式会社(以下「丙社」という。)を割当先とする募集株式の発行を行うこととした。甲社の取締役会は,募集株式の数1000株,募集株式1株と引換えに払い込む金銭を10万円とするなどと定めた。丙社は,当該募集株式の割当てを受けて,甲社の取締役会が定めた募集株式の払込みの期日に,募集株式の払込金額の全額1億円を払い込んだ。そこで,甲社は,募集株式の発行による変更の登記をし,また,その払込み後遅滞なく甲社の株式1000株に係る株券を発行し,丙社に同株券を交付した(以下甲社による当該募集株式の発行を「本件募集株式発行」という。)。

4.その後,甲社は,乙銀行に対し,増資が完了し,現金1億円を確保したことを伝え,大手ディスカウントストアに対抗するため,改めて,甲店の大規模改装に必要となる資金の残額として1億円の融資を申し入れた。これに対し,乙銀行は,甲社に対し,甲社の計算書類及び登記事項証明書等を提示するよう求めた。そこで,Aは,乙銀行に対し,本件募集株式発行がされたこと及び本件募集株式発行に際し払い込まれた現金1億円が甲社にあることを表示している甲社の貸借対照表(資料①は,その概要)等の計算書類及び登記事項証明書(資料②)を提示した。乙銀行は,これらの内容を確認した上で,甲社に対する1億円の融資を決定し,甲社に対し,1億円を貸し付けた。
 なお,これに先立ち,甲社の取締役会は,A,B及びCの全員一致で,乙銀行から1億円の融資を受けることを決定していた。

5.ところが,甲社は,乙銀行からの上記融資後も甲店の改装を行わず,甲社の顧客の多くが引き続き大手ディスカウントストアに流れたため,業績を回復させることができなかった。乙銀行は,程なく,甲社が破綻したこと,そのため,乙銀行の甲社に対する貸付債権のほぼ全額が回収不能となったことを知った。

6.その後,乙銀行が甲社の破綻及び乙銀行の甲社に対する貸付債権がほぼ全額回収不能となるに至った経緯を調査した結果,以下の事実が判明した。
⑴ 本件不動産は,本件現物出資の当時,土地に土壌汚染が存在し,甲社の定款作成の時及び成立の時における客観的価値は,いずれも1億円にすぎなかった。また,甲社の設立当時,Aは,当該土壌汚染の存在を認識していたが,Bは,当該土壌汚染の存在を認識しておらず,本件不動産に係る鑑定評価や証明を行った不動産鑑定士及び公認会計士は,その当時,当該土壌汚染の存在や,これにより定款に記載された本件不動産の価額が相当でないことを認識していなかった。
⑵ 丙社は,Aが実質的に発行済株式の全部を所有していた。本件募集株式発行に際し,丙社の代表取締役Dは,Aの指示を受けて,丁銀行株式会社(以下「丁銀行」という。)から払込金相当額の9割に相当する9000万円を借り入れ,それを丙社がねん出することができた資金1000万円と併せて,本件募集株式発行の払込みに充てた上,Aが,当該払込みがされた日の翌日,募集株式の発行による変更の登記の申請に必要な手続をすると直ちに,当該払込みに係る資金のうち9000万円を甲社の口座から引き出して,丙社の代表取締役Dに交付し,Dが,丙社の代表取締役として,直ちに,この資金をもって,丁銀行に対し,9000万円の借入金債務を弁済した。その後,Aは,甲社の貸借対照表(資料①は,その概要)等の計算書類を作成し,乙銀行に対し,同計算書類や登記事項証明書(資料②)を示していた。
 Bは,Aに本件募集株式発行に関する手続を実質的に一任しており,その当時,本件募集株式発行に係る払込みやAのDに対する9000万円の交付等に関する上記一連の事情を認識していなかった。
 なお,本件募集株式発行の払込金額は,丙社に特に有利な金額であるとはいえなかった。

 

〔設問1〕 本件現物出資に関し,会社法上,A及びBが甲社に対して負担する責任について,説明しなさい。

 

〔設問2〕 本件募集株式発行に関し,①払込みの効力及び発行された株式の効力について論じた上,会社法上,②A,B及び丙社が甲社に対して負担する責任並びに③A及びBが乙銀行に対して負担する責任について,説明しなさい。

 

【資料①】
貸借対照表の概要
(平成〇〇年〇月〇日現在)
(単位:千円)
(資産の部) (負債の部)
流動資産 (略)
現 金 120,000 負債合計 50,000
(略) 80,000 (純資産の部)
固定資産 株主資本
建物及び土地 500,000 資本金 350,000
(略) 50,000 資本準備金 350,000
純資産合計 700,000
資産合計 750,000 負債・純資産合計 750,000
(注) 現金1億2000万円のうち,1億円は,本件募集株式発行の払込みに係るものであ
る。また,建物につき減価償却は考慮しない。

 

【資料②】 履歴事項全部証明書
〇〇県〇〇市〇〇〇〇一丁目1番1号
甲株式会社
会社法人等番号 (略)
商 号 甲株式会社
本 店 〇〇県〇〇市〇〇〇〇一丁目1番1号
公告をする方法 (略)
会社成立の年月日 平成〇〇年〇月〇〇日
目 的 1.スーパーマーケットの経営
2.〇〇〇
3.前各号に附帯する事業
発行可能株式総数 〇万株
発行済株式の総数 発行済株式の総数
並びに種類及び数 6000株
発行済株式の総数 平成〇〇年〇〇月〇〇日変更
7000株
平成〇〇年〇〇月〇〇日登記
資本金の額 金3億円
金3億5000万円 平成〇〇年〇〇月〇〇日変更
平成〇〇年〇〇月〇〇日登記
役員に関する事項 取締役 A
取締役 B
取締役 C
〇〇県〇〇市〇〇〇〇二丁目2番2号
代表取締役 A
監査役 〇〇〇〇
取締役会設置会社 取締役会設置会社
に関する事項
監査役設置会社に 監査役設置会社
関する事項
登記記録に関する 設立
事項 平成〇〇年〇〇月〇〇日登記
これは登記簿に記録されている閉鎖されていない事項の全部であることを証明
した書面である。
平成〇〇年 〇月 〇日
〇〇地方法務局
登記官 法務太郎 ㊞
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。 1/1

 

練習答案

以下会社法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 1.出資された財産等の価額が不足する場合の責任
 株式会社の成立の時における現物出資財産等の価額が当該現物出資財産等について定款に記載され、又は記録された価額に著しく不足するときは、発起人及び設立時取締役は、当該株式会社に対し、連帯して、当該不足額を支払う義務を負う(52条1項)。
 本件現物出資の価額は5億円であると定款に記載されたが、土地に土壌汚染が存在し、甲社の定款作成の時及び成立の時における客観的価値はいずれも1億円にすぎず、著しく不足していた。A、Bは発起人でかつ設立時取締役であり、甲社に対し、当該不足額である4億円を支払う義務を負う。
 2.上記責任の免除
 ①検査役の調査を経た場合
 一定の検査役の調査を経た場合は上記の義務を負わない(52条2項1号)が、本件では検査役が選任されておらず、これにより責任が免除されることはない。
 ②職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明した場合
 当該発起人又は設立時取締役がその職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明した場合は、発起人及び設立時取締役は、現物出資財産等について1で述べた義務を負わない(52条2項2号)。
 Aは当該土壌汚染の存在を甲社の設立当時から認識していたのでここで義務を免れる余地はない。Bは当該土壌汚染の存在を認識しておらず、設立時取締役選任後遅滞なく、本件不動産に係る不動産鑑定士の鑑定評価及び公認会計士の証明が相当であること並びにAによる出資の履行が完了していることにつき調査をした。このように専門家に調査させて証明させれば職務を行うについて注意を怠らなかったと言えるので、Bは現物出資財産等について1で述べた義務を負わない。
 3.結論
 以上より、Aは甲社に対して、本件現物出資の不足額4億円を支払う責任を負う。なお、この責任は総株主の同意がなければ免除することができない(53条)。

 

[設問2]
 ①払込みの効力及び発行された株式の効力
 募集株式の引受人は、それぞれの募集株式の払込額の全額を払い込まなければならない(208条1項)。これと株式会社に対する債権とを相殺することはできな(208条3項)という規定からも窮える【原文ママ】ように、募集株式の払い込みは現実になされて会社の資本とならなければならない。そうでなければ会社の資本を信頼して取引きをする者を害してしまう。よって現実に会社の資本となることがないような払い込みや株式の発行は無効とすべきである。
 本件募集株式の発行は、払込み金額の合計1億円のうち9000万円は丁銀行から借り入れてすぐに返済されている見せ金であり、現実に会社の資本とはなっていない。丙社が本件募集株式の引受人になっているものの、実質的にAが本件募集を主導していたという事情もある。よってこの払込み及び発行された株式は9000万円(900株)だけ無効とされるべきである。
 ②A、B及び丙社が甲社に対して負担する責任
 ①で述べたように払込み及び発行された株式が9000万円(900株)だけ無効になれば、甲社に損害が発生しないので、A、B及び丙社は責任を負わない。
 仮に払込み及び発行された株式が無効にならないとすると、出資された財産等の価額が不足する場合の取締役等の責任(213条)を類推適用して、当該募集株式の引受人の募集に関する職務を行った業務執行取締役であるAは、1億円−1000万円=9000万円を支払う義務を負う(213条1項1号、212条1項2号)。
 ③A及びBが乙銀行に対して負担する責任
 役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う(429条1項)。取締役が計算書類に記載すべき重要な事項についての虚偽の記載をしたときも同様である(429条2項1号ロ)。
 本件募集株式発行に際し払い込まれた1億円のうち9000万円はDを経由して丁銀行に返済されたにもかかわらず、それが現金として甲社にあるというような虚偽の記載、つまり資料①の貸借対照表の概要で現金は30,000であるはずが120,000となっているという虚偽の記載がAによって計算書類になされている。乙銀行はこの計算書類を信じて1億円を甲社に融資し、そのほぼ全額が回収不能となるという損害が発生している。乙銀行は慎長【原文ママ】に計算書類の提出を甲社に求めるなどしており、虚偽の記載がなければ1億円を融資していなかったと十分考えられる(虚偽記載と損害発生の間に因果関係がある)。よってAは乙銀行に生じた損害(1億円のうち乙銀行が回収できなかった金額)を賠償する責任を負う。
 Bはこの計算書類の作成もしていないし、本件募集株式発行に関する手続を実質的にAに一任していた。本件虚偽記載を防げなかったという過失がBにあるとも言えるが、重大な過失とまでは言えない。よってBに責任はない。

以上

 

修正答案

以下会社法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 1.出資された財産等の価額が不足する場合の責任
 株式会社の成立の時における現物出資財産等の価額が当該現物出資財産等について定款に記載され、又は記録された価額に著しく不足するときは、発起人及び設立時取締役は、当該株式会社に対し、連帯して、当該不足額を支払う義務を負う(52条1項)。
 本件現物出資の価額は5億円であると定款に記載されたが、土地に土壌汚染が存在し、甲社の定款作成の時及び成立の時における客観的価値はいずれも1億円にすぎず、著しく不足していた。A、Bは発起人でかつ設立時取締役であり、甲社に対し、当該不足額である4億円を支払う義務を負う。
 2.上記責任の免除
 ①検査役の調査を経た場合
 一定の検査役の調査を経た場合は上記の義務を負わない(52条2項1号)が、本件では検査役が選任されておらず、これにより責任が免除されることはない。
 ②職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明した場合
 当該発起人又は設立時取締役がその職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明した場合は、発起人及び設立時取締役は、現物出資財産等について1で述べた義務を負わない(52条2項2号)。現物出資者はここから除かれている。
 Aは現物出資者であり義務を免れる余地はない。Bは当該土壌汚染の存在を認識しておらず、設立時取締役選任後遅滞なく、本件不動産に係る不動産鑑定士の鑑定評価及び公認会計士の証明が相当であること並びにAによる出資の履行が完了していることにつき調査をした。これら専門家がAと通じて虚偽の調査や証明をしていたという事実もないので、Bとしてはその調査や証明を信じたのも当然のことであり、注意を怠らなかったと言える。以上より、Bは現物出資財産等について1で述べた義務を負わない。
 3.任務懈怠責任
 発起人、設立時取締役又は設立時監査役は、株式会社の設立についてその任務を怠ったときは、当該株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う(53条1項)。
 A及びBは1で述べた責任は負うとしても、それ以外に任務を怠っておらず、甲社に損害を発生させていないので、この任務懈怠責任は負わない。
 4.結論
 以上より、Aは甲社に対して、本件現物出資の不足額4億円を支払う責任を負う。なお、この責任は総株主の同意がなければ免除することができない(55条)。

 

[設問2]
 ①払込みの効力及び発行された株式の効力
 募集株式の引受人は、それぞれの募集株式の払込額の全額を払い込まなければならない(208条1項)。これと株式会社に対する債権とを相殺することはできな(208条3項)という規定からも窺えるように、募集株式の払い込みは現実になされて会社の資本とならなければならない。そうでなければ会社の資本を信頼して取引きをする者を害してしまう。よって現実に会社の資本となることがないような払い込みは無効とすべきである。また、手続に瑕疵がある程度であれば取引の安全から発行された株式は無効にされるべきではないが、実体が存在しないにもかかわらず発行された株式の効力は無効とされるべきである。
 本件募集株式の発行に関して、払込み金額の合計1億円のうち9000万円が丁銀行から借り入れてすぐに返済されており、会社資金として運用されていないので、いわゆる見せ金であって、現実に会社の資本とはなっていない。丙社が本件募集株式の引受人になっているものの、実質的にAが本件募集を主導していたという事情もある。よってこの払込みは9000万円分だけ無効とされるべきである。そしてその9000万円分については手続の瑕疵というよりも募集株式の実体が存在しないに等しいので、900株分だけ無効とされるべきである。
 ②A、B及び丙社が甲社に対して負担する責任
 取締役は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う(423条1項)。その責任は連帯債務となる(430条)。
 A、Bは取締役であり、Aは募集株式の発行を適切に行うという任務を怠り、BはAがその任務を行うことを監視する任務を怠った。①で述べたように払込み及び発行された株式が9000万円(900株)だけ無効になれば、基本的に甲社に損害は発生しないので、A、Bは責任を負わない。もしも無効となった株券を回収するといった原状回復に必要な費用が生じれば甲社に損害が生じたと言えるので、A、Bはその損害を連帯して賠償する責任を負う。しかしBは任務を怠ったことにつき過失がなかったとしてこの責任を免れることができる。丙社は、払込み及び発行された株式が無効になれば原状回復に協力する信義則上の責任を負うが、その他の責任は負わない。
 ③A及びBが乙銀行に対して負担する責任
 取締役がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該取締役は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う(429条1項)。取締役が計算書類に記載すべき重要な事項についての虚偽の記載や虚偽の登記をしたときも同様であり、当該行為をすることについて注意を怠らなかったことを証明しない限り賠償責任を負う(429条2項1号ロ、ハ)。つまり2項は1項と比べて重過失ではない過失だけでも責任を負う点と、立証責任が転換されている点に特徴がある。
 本件募集株式発行に際し払い込まれた1億円のうち9000万円はDを経由して丁銀行に返済されたにもかかわらず、それが現金として甲社にあるというような虚偽と、本件不動産の価値が1億円であるのに5億円であるという虚偽、つまり資料①の貸借対照表の概要で現金は30,000であるはずが120,000、資本金と資本準備金がそれぞれ105,000であるはずが350,000となっているという虚偽の記載がAによって計算書類になされている。また、資料②の履歴事項全部証明書の発行済株式の総数は6100株、資本金の額は資本準備金と同額にするなら1億500万円が正しい数字なのに、7000株、3億5000万円と虚偽になっている。乙銀行はこれらの計算書類と登記を信じて1億円を甲社に融資し、そのほぼ全額が回収不能となるという損害が発生している。乙銀行は慎重に計算書類や登記簿の提出を甲社に求めるなどしており、これらの虚偽がなければ1億円を融資していなかったと十分考えられる(虚偽記載と損害発生の間に因果関係がある)。Aはどちらも虚偽であることを認識していたから、注意を怠らなかったことを証明する余地はない。よってAは429条2項1号より乙銀行に生じた損害(1億円のうち乙銀行が回収できなかった金額)を賠償する責任を負う。Aは429条1項の責任も負うと考えられるが、そのことを論じる実益はない。
 Bはこの計算書類の作成もしていないし、本件募集株式発行に関する手続を実質的にAに一任していた。BはAによる業務執行を監視する義務を負うところ、本件虚偽記載を防げなかったという過失がBにあるとも言える。しかしBは本件土地の土壌汚染を認識しておらず、募集株式発行や乙銀行からの借入れについても取締役会等で表に出てきている資料から判断しており、Aが裏で巧妙に動いていることを見抜けなかったことに重大な過失があったとまでは言えない。よって429条1項よりBに責任はない。

以上

 

 

感想

大まかには論じられたかなという手応えはありつつも、かなり抜かしている論点がありました。[設問2]の①で払込みも発行された株式も無効とすると、②で損害が生じていないの一言で片付けたくなり困りました。③では429条1項に関するBの重過失を認定すべきか悩みます。

 



平成23年司法試験論文公法系第2問答案練習

問題

〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕,〔設問2〕(1),〔設問2〕(2),〔設問3〕の配点の割合は,3.5:1.5:3.5:1.5〕)

 社団法人Aは,モーターボート競走の勝舟投票券の場外発売場(以下「本件施設」という。)をP市Q地に設置する計画を立て,平成22年に,モーターボート競走法(以下「法」という。)第5条第1項により国土交通大臣の許可(以下「本件許可」という。)を受けた。Aは,本件許可の申請書を国土交通大臣に提出する際に,国土交通省の関係部局が発出した通達(「場外発売場の設置等の運用について」及び「場外発売場の設置等の許可の取扱いについて」)に従い,Q地の所在する地区の自治会Rの同意書(以下「本件同意書」という。)を添付していた。本件許可がなされた直後に,Q地の近隣に法科大学院Sを設置している学校法人X1,及び自治会Rの構成員でありQ地の近隣に居住しているX2は,国に対し本件許可の取消しを求める訴え(以下「本件訴訟」という。)を提起した。本件訴訟が提起されたため,Aは,本件施設の工事にいまだ着手していない。
 Aの計画によれば,本件施設は,敷地面積約3万平方メートル,建物の延べ床面積約1万平方メートルで,舟券投票所,映像設備,観覧スペース,食堂,売店等から構成され,700台を収容する駐車場が設置される。本件施設が場外発売場として営業を行うのは,1年間に350日であり,そのうち300日はナイターが開催される。本件施設の開場は午前10時であり,ナイターが開催されない場合は午後4時頃,開催される場合は午後9時頃に,退場者が集中することになる。
 また,本件施設の設置を計画されているQ地,X2の住居,法科大学院S,及びこれらに共通の最寄り駅であるP駅の間の位置関係は,次のとおりである。Q地,X2の住居,法科大学院Sは,いずれも,P駅からまっすぐに南下する県道(以下「県道」という。)に面している。P駅の周辺には商店や飲食店が立ち並び,住民,通勤者,通学者などが利用している。P駅から県道を通って南下した場合,P駅から近い順に,法科大学院S,X2の住居,Q地が所在し,P駅からの距離は,法科大学院Sまでは約400メートル,X2の住居までは約600メートル,Q地までは約800メートルである。逆にQ地からの距離は,X2の住居までは約200メートル,法科大学院Sまでは約400メートルとなる。
 平成23年になって,本件訴訟の過程で,本件同意書について次のような疑いが生じた。自治会Rでは,X2も含めて,本件施設の設置に反対する住民が相当な数に上る。それにもかかわらず,Aによる本件施設の設置に同意することを決議した自治会Rの総会において,同意に賛成する者が123名であったのに対し,反対する者は,10名しかいなかった。これは,自治会Rの役員が,本件施設の設置に反対する住民に総会の開催日時を通知しなかったために,大部分の反対派の住民が総会に出席できなかったためではないか,という疑いである。
 国土交通大臣は,この疑いが事実であると判明した場合,次の措置を執ることを検討している。まず,Aに対し,自治会Rの構成員の意思を真に反映した再度の決議に基づく自治会Rの同意を改めて取得し,国土交通大臣に自治会Rの同意書を改めて提出するように求める(以下「要求措置」という。)。そして,Aが自治会Rの同意及び同意書を改めて取得することができない場合には,本件許可を取り消す(以下「取消措置」という。)。
 以上の事案について,P市に隣接するT市の職員は,将来T市でも同様の事態が生じる可能性があることから,弁護士に調査検討を依頼することにした。【資料1 会議録】を読んだ上で,T市の職員から依頼を受けた弁護士の立場に立って,以下の設問に答えなさい。
 なお,法及びモーターボート競走法施行規則(以下「施行規則」という。)の抜粋を【資料2 関係法令】に,関係する通達の抜粋を【資料3 関係通達】に,それぞれ掲げるので,適宜参照しなさい。

 

〔設問1〕
 本件訴訟は適法か。X1及びX2それぞれの原告適格の有無に絞って論じなさい。

 

〔設問2〕
 国土交通大臣が検討している要求措置及び取消措置について,以下の小問に答えなさい。
(1) Aが国土交通大臣に対し,要求措置に従う意思がないことを表明しているにもかかわらず,国土交通大臣がAに対し,取消措置を執る可能性を示しながら要求措置を執り続けた場合,Aは,取消措置を受けるおそれを除去するには,どのような訴えを提起するべきか。最も適法とされる見込みが高く,かつ,実効的な訴えを,具体的に二つ候補を挙げて比較検討した上で答えなさい。仮の救済は,考慮しなくてよい。
(2) Aが国土交通大臣に対し,要求措置に従う意思がないことを表明したため,国土交通大臣がAに対し取消措置を執った場合,当該取消措置は適法か。解答に当たっては,関係する法令の定め,自治会の同意を要求する通達,及び国土交通大臣がAに対し執り得る措置の範囲ないし限界を丁寧に検討しなさい。

 

〔設問3〕
 T市は,新たに条例を定めて,次のような規定を置くことを検討している。①T市の区域に勝舟投票券の場外発売場を設置しようとする事業者は,T市長に申請してT市長の許可を受けなければならない。②T市長は,場外発売場の施設が周辺環境と調和する場合に限り,その設置を許可する。
 このような条例による許可の制度が,事業者に対して実効性を持ち,また,住民及び事業者の利害を適切に調整できるようにするためには,上記①②の規定以外に,どのような規定を条例に置くことが考えられるか。また,このような条例を制定する場合に,条例の適法性に関してどのような点が問題になるか。考えられる規定の骨子及び条例の問題点を,簡潔に示しなさい。

 

【資料1 会議録】
職 員:P市は,場外舟券売場の件で大騒ぎになっていますが,我がT市にとっても他人事ではありません。公営ギャンブルの場外券売場の設置が計画される可能性は,T市にもあります。そこで,P市の事案を様々な角度から先生に検討していただいて,T市としても課題を見付け出し,将来のための備えをしたいと考えています。そのような趣旨ですから,P市の事案のいずれかの当事者や利害関係者の立場に立たずに,第三者の視点から御検討をお願いいたします。

弁護士:公営ギャンブルの場外券売場の設置許可は,刑法第187条の富くじに当たるものの発売等を適法にする法制度である点が,通常の事業の許認可とは違うところですね。私もこれまで余り調査したことがない分野ですが,検討した上で文書を作成してみましょう。

職 員:早速,まず本件訴訟についてですが,これは,適法な訴えなのでしょうか。法,施行規則,それから関係する通達を読みますと,それぞれに関係しそうな規定があるのですが,これらの規定のそれぞれが,本件訴訟の適法性を判断する上でどのような意味を持つのか,どうもうまく整理できないのです。

弁護士:問題になるのは,原告適格ですね。私の方で,法,施行規則,それから通達の関係する規定と,それらの規定が原告適格を判断する上で持つ意味を明らかにしながら,X1とX2それぞれの原告適格の有無を考えてみましょう。

職 員:お願いします。仮に本件訴訟が適法とされた場合に,本件許可が適法と判決されそうかどうかも問題ですが,今年になって,状況が大きく変わりましたので,差し当たりその問題までは検討していただかなくて結構です。

弁護士:状況が変わったとは,どういうことですか。

職 員:地元の同意書の作成プロセスについて重大な疑惑が持ち上がり,今度は,紛争が国土交通大臣とAとの間で生じる可能性が出てきたのです。Aは,裁判になって対立が激化してからもう一度地元の同意書を取ることなど無理だというので,同意を取り直すつもりがないようですが,国土交通大臣の方も,地元を軽んじる姿勢は取れないので,Aに同意書を取り直すように求め続けることが予想されます。この場合,今度は,Aが何らかの訴えを起こすことはできるのでしょうか。

弁護士:最も可能性のある訴えを検討して,具体的に挙げてみましょう。

職 員:それから,やや極端なケースを想定するのですが,地元の同意のプロセスに重大な瑕疵があった場合,国土交通大臣は,本件許可を取り消すことができるのでしょうか。この問題については,どうも私の頭が混乱しているので,いろいろ質問させてください。まず,施行規則第12条は,許可の基準として地元の同意とは規定していないのですが,そもそも,この条文に定められた基準以外の理由で,許可を拒否できるのですか。

弁護士:関係法令をよく検討して,お答えすることにします。

職 員:よろしくお願いします。付け加えますと,地元の同意と定めているのは,国土交通省の通達の方であり,これもそもそもの話になるのですが,このような通達に定められたことを理由にして,許可を拒否してよいのですか。この点も教えていただければと思います。

弁護士:問題となっている通達の法的な性格をはっきりと説明するように,文書にまとめてみます。

職 員:通達の中身について言いますと,地元の同意を重視している点は,自治体の職員としてはとてもよく理解できます。ただ,許可の取消しという措置まで執ることができるのかと問われると,自信を持って答えられないのです。

弁護士:法律家から見ますと,地元の同意を重視する行政手法には,問題点もありますね。国土交通大臣が本件許可の申請に際して地元自治会の同意を得ておくように求める行政手法の意義と問題点を,まとめておきましょう。その上で,疑惑が事実であると仮定して,国土交通大臣は,Aに対してどこまでの指導,処分といった措置を執ることができるのか,執り得る措置の範囲ないし限界についても綿密に検討しておきます。

職 員:今言われた「処分」について詳しく伺いたいのですが,仮に,地元自治会の同意がない場合に,国土交通大臣が申請に対して不許可処分をする余地が多かれ少なかれあるという考え方を採ると,一度許可をした後で許可を取り消す処分もできることになるのでしょうか。

弁護士:そこまで考えて,ようやく答えが出ますね。全体を順序立てて文書にまとめてみます。

職 員:助かります。それでやっと,我がT市の話になるのですが,T市の区域で場外舟券売場を設置しようとする事業者が現れた場合,国が定めた法令や通達の基準だけで設置を認めるのでは,不十分であると考えています。T市としては,調和のとれた街づくりをするために,場外舟券売場が周辺環境と調和するかをしっかりと審査して,市長が調和しないと判断した場合には,設置をやめていただく制度を作りたいと考えています。このような制度を条例で定める場合に,配慮すべき点を教えていただければ幸いです。

弁護士:解釈論だけでなく,立法論も大事ですからね。簡潔にまとめておきましょう。

 

【資料2 関係法令】
○ モーターボート競走法(昭和26年6月18日法律第242号)(抜粋)
(趣旨)
第1条 この法律は,モーターボートその他の船舶,船舶用機関及び船舶用品の改良及び輸出の振興並びにこれらの製造に関する事業及び海難防止に関する事業その他の海事に関する事業の振興に寄与することにより海に囲まれた我が国の発展に資し,あわせて観光に関する事業及び体育事業その他の公益の増進を目的とする事業の振興に資するとともに,地方財政の改善を図るために行うモーターボート競走に関し規定するものとする。
(競走の施行)
第2条 都道府県及び人口,財政等を考慮して総務大臣が指定する市町村(以下「施行者」という。)は,その議会の議決を経て,この法律の規定により,モーターボート競走(以下「競走」という。)を行うことができる。
2~4 (略)
5 施行者以外の者は,勝舟投票券(以下「舟券」という。)その他これに類似するものを発売して,競走を行つてはならない。
(競走場の設置)
第4条 競走の用に供するモーターボート競走場を設置し又は移転しようとする者は,国土交通省令で定めるところにより,国土交通大臣の許可を受けなければならない。
2~4 (略)
5 国土交通大臣は,必要があると認めるときは,第1項の許可に期限又は条件を附することができる。
6 国土交通大臣は,第1項の許可を受けた者(以下「競走場設置者」という。)が1年以上引き続き同項の許可を受けて設置され若しくは移転されたモーターボート競走場(以下「競走場」という。)を競走の用に供しなかつたとき,又は競走場の位置,構造及び設備がその許可の基準に適合しなくなつたと認めるときは,同項の許可を取り消すことができる。
7,8 (略)
(場外発売場の設置)
第5条 舟券の発売等の用に供する施設を競走場外に設置しようとする者は,国土交通省令で定めるところにより,国土交通大臣の許可を受けなければならない。当該許可を受けて設置された施設を移転しようとするときも,同様とする。
2 国土交通大臣は,前項の許可の申請があつたときは,申請に係る施設の位置,構造及び設備が国土交通省令で定める基準に適合する場合に限り,その許可をすることができる。
3 競走場外における舟券の発売等は,第1項の許可を受けて設置され又は移転された施設(以下「場外発売場」という。)でしなければならない。
4 前条第5項及び第6項の規定は第1項の許可について,同条第7項及び第8項の規定は場外発売場及び場外発売場設置者(第1項の許可を受けた者をいう。以下同じ。)について,それぞれ準用する。
(競走場内等の取締り)
第22条 施行者は,競走場内の秩序(場外発売場において舟券の発売等が行われる場合にあつては,当該場外発売場内の秩序を含む。)を維持し,かつ,競走の公正及び安全を確保するため,入場者の整理,選手の出場に関する適正な条件の確保,競走に関する犯罪及び不正の防止並びに競走場内における品位及び衛生の保持について必要な措置を講じなければならない。
(競走場及び場外発売場の維持)
第24条 (略)
2 場外発売場設置者は,その場外発売場の位置,構造及び設備を第5条第2項の国土交通省令で定める基準に適合するように維持しなければならない。
(秩序維持等に関する命令)
第57条 国土交通大臣は,競走場内又は場外発売場内の秩序を維持し,競走の公正又は安全を確保し,その他この法律の施行を確保するため必要があると認めるときは,施行者,競走場設置者又は場外発売場設置者に対し,選手の出場又は競走場若しくは場外発売場の貸借に関する条件を適正にすべき旨の命令,競走場若しくは場外発売場を修理し,改造し,又は移転すべき旨の命令その他必要な命令をすることができる。
(競走の開催の停止等)
第58条 (略)
2 国土交通大臣は,競走場設置者若しくは場外発売場設置者又はその役員が,この法律若しくはこの法律に基づく命令若しくはこれらに基づく処分に違反し,又はその関係する競走につき公益に反し,若しくは公益に反するおそれのある行為をしたときは,当該競走場設置者又は当該場外発売場設置者に対し,その業務を停止し,若しくは制限し,又は当該役員を解任すべき旨を命ずることができる。
3 (略)
(競走場等の設置等の許可の取消し)
第59条 国土交通大臣は,競走場設置者又は場外発売場設置者が前条第2項の規定による命令に違反したときは,当該競走場又は当該場外発売場の設置又は移転の許可を取り消すことができる。

 

○ モーターボート競走法施行規則(昭和26年7月9日運輸省令第59号)(抜粋)
(場外発売場の設置等の許可の申請)
第11条 法第5条第1項の規定により場外発売場の設置又は移転の許可を受けようとする者は,次に掲げる事項を記載した申請書を国土交通大臣に提出しなければならない。
一 申請者の氏名又は名称及び住所並びに法人にあつては代表者の氏名
二 場外発売場の設置又は移転を必要とする事由
三 場外発売場の所在地
四 場外発売場の構造及び設備の概要
五 場外発売場を中心とする交通機関の状況
六 場外発売場の建設費の見積額及びその調達方法
七 場外発売場の建設工事の開始及び完了の予定年月日
八 その他必要な事項
2 前項の申請書には,次に掲げる書類を添付しなければならない。
一 場外発売場付近の見取図(場外発売場の周辺から1000メートルの区域内にある文教施設及び医療施設については,その位置及び名称を明記すること。)
二 場外発売場の設備の構造図及び配置図(1000分の1以上の縮尺による。)
三 申請者が当該施設を使用する権原を有するか,又はこれを確実に取得することができることを証明する書類
四 場外発売場の経営に関する収支見積書
五 施行者の委託を受けて舟券の発売等を行う予定であることを証明する書類
(場外発売場の設置等の許可の基準)
第12条 法第5条第2項の国土交通省令で定める基準(払戻金又は返還金の交付のみの用に供する施設及び設備の基準を除く。)は,次のとおりとする。
一 位置は,文教上又は衛生上著しい支障をきたすおそれのない場所であること。
二 構造及び設備が入場者を整理するため適当なものであること。
三 競走の公正かつ円滑な運営に必要な次に掲げる施設及び設備を有していること。
イ 舟券の発売等の用に供する施設及び設備
ロ 入場者の用に供する施設及び設備
ハ その他管理運営に必要な施設及び設備
四 (略)
2 (略)

 

【資料3 関係通達】
○ 場外発売場の設置等の運用について(平成20年2月15日付け国海総第136号海事局長から各地方運輸局長,神戸運輸監理部長あて通達)(抜粋)
7 場外発売場設置予定者は,設置許可申請書に省令第2条の7(注1)第2項に定める書類のほか,地元との調整がとれていることを証明する書類及び管轄警察の指導の内容が反映されていることを証明する書類並びに建築確認申請書の写しを添付すること。
(注1)【資料2 関係法令】に掲げる現行のモーターボート競走法施行規則第11条を指す。以下「省令」とは現行のモーターボート競走法施行規則を指す。

 

○ 場外発売場の位置,構造及び設備の基準の運用について(平成20年2月15日付け国海総第139号海事局長から各地方運輸局長,神戸運輸監理部長あて通達)(抜粋)
1 場外発売場の基準
場外発売場の基準の運用については,次のとおりとする。
⑴ 位置(省令第12条第1項第1号)
① 「文教上著しい支障をきたすおそれがあるか否か」の判断は,文教施設から適当な距離を有している,当該設置場所が主たる通学路(学校長が児童又は生徒の登下校の交通安全の確保のために指定した小学校又は中学校の通学路をいう。)に面していないなど総合的に判断して行う。
② 「衛生上著しい支障をきたすおそれがあるか否か」の判断は,医療施設から適当な距離を有している,救急病院又は救急診療所(都道府県知事が救急隊により搬送する医療機関として認定したものをいう。)への救急車の主たる経路に面していないなど総合的に判断して行う。
③ 文教施設とは,学問又は教育を行う施設であり,学校教育法第1条の学校(小学校,中学校,高等学校,中等教育学校,大学,高等専門学校,盲学校,聾学校,養護学校及び幼稚園)及び同法第82条の2の専修学校をいう。
④ 医療施設とは,医療法第1条の5第1項の病院及び同条第2項の診療所(入院施設を有するものに限る。)をいう。
⑤ 「適当な距離」とは,著しい影響を及ぼさない距離をいい,場外発売場の規模,位置,道路状況,周囲の地理的要因等により大きく異なる。
⑵~⑸ (略)

 

○ 場外発売場の設置等の許可の取扱いについて(平成20年3月28日付け国海総第513号海事局総務課長から各地方運輸局海事振興部長,北陸信越運輸局海事部長,神戸運輸監理部海事振興部長あて通達)(抜粋)
7 局長通達(注2)7の「地元との調整がとれていること」とは,当該場外発売場の所在する自治会等の同意,市町村の長の同意及び市町村の議会が反対を議決していないことをいう。
(注2)前記の平成20年2月15日付け国海総第136号「場外発売場の設置等の運用について」を指す

 

練習答案

[設問1]
 X1には原告適格が認められ、X2には認められないので、本件訴訟はX1に限って適法である。
 本件訴訟で取消しを求められている本件許可は国がAを名宛人として行ったものであり、X1もX2も本件許可という処分の相手方以外の者である。そのような者の原告適格は、当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮するものとされる(行政事件訴訟法9条2項)。
 本件許可処分の根拠となる法令はモーターボート競走法(以下「法」とする)であり、その趣旨は、海に囲まれた我が国の発展、観光、体育、その他公益の増進を目的とする事業の振興、地方財政の改善である(法1条)。しかし、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌するものとされているので(行政事件訴訟法9条2項)、法と目的を共通にする関係法令であるモーターボート競争法施行規則(以下「規則」とする)を参酌すると、文教上又は衛生上著しい支障をきたさないこともその趣旨に含まれる(規則12条1項1号)。衛生上の支障とは医療施設に関するもので本件では関係ないが、文教上の支障とは大学など文教施設から適当な距離を有しているかなどから判断される(平成20年2月15日付け国海総第139号通達)。もしこのまま本件施設が設置されたら、本件施設と最寄りのP駅からちょうど400mずつ離れている法科大学院Sでは静穏な環境で学習や教育ができなくなる恐れがある。本件施設は面積や駐車場の収容台数から数千人から数万人を収容することが想定され、ほぼ1年中営業されるので、静穏な環境が害される程度も大きいと見込まれる。
 以上より、そのような法科大学院Sを設置しているX1には原告適格が認められる。Q地の近隣に居住しているX2には原告適格が認められない。

 

[設問2]
 (1)
 本件要求措置は名宛人であるAの権利義務に直接関係しないので処分ではなく行政指導(行政手続法2条6号)であり、これそのものの取消しを求めることはできない。よってその後に予想される取消措置(これはAの権利義務に直接関係するので処分である)の差止めの訴え(行政事件訴訟法3条7項)か、Aが本件施設を設置することができる地位にあることを確認する当事者訴訟(行政事件訴訟法4条)の2つの候補が考えられる。
 訴訟要件はどちらの場合も満たしている。前者では、一定の処分(取消措置)がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合に限られているが(行政事件訴訟法第37条の4第1項)、本件では工事こそ未着工なものの各種の申請やA内部や関係機関との調整は既になされているだろうから、重大な損害を生ずるおそれがある。一度許可したものを取消すという事情も考慮されるべきである。後者では行政事件訴訟法に要件の定めがないので、民事訴訟の例による(行政事件訴訟法7条)。確認訴訟では紛争の成熟性と対象選択の適切性が求められるが、本件ではどちらも条件を満たす。両者とも補充性の要件があるが、どちらかが認められれば他方は認められないというものであり、ここでは決め手にならない。
 実効性の観点からは前者が優れている。というのも、争う範囲が取消措置という処分に絞られているからである。後者であればあらゆる事情を考慮して判断されなければならない。
 以上より、Aは、取消措置という処分の差止めの訴えを提起すべきである。
 (2)
 国土交通大臣がAに対して執った取消措置は、法59条に基づいており、さらに遡ると法58条2項の、この法律若しくはこの法律に基づく命令若しくはこれらに基づく処分に違反したというものである。具体的に言うと、場外発売場の設置許可に係る法5条1項及び規則11条である。
 そのどちらにも自治会の同意を要求する文言はないのでAはどちらにも違反しておらず、本件取消措置は違法であるという反論があるかもしれない。しかしそもそも場外発売場の設置許可は「国土交通大臣は、(中略)許可をすることができる」(法5条2項)のであり、そこには一定の裁量が認められる。自治会の同意を要求する通達はこの裁量の範囲内である。よって最初から自治会の同意がなかったとしたら、国土交通大臣は不許可処分をする余地があったわけである。
 そうだとしても一度許可したものを取消すのは話が別だというAからの反論があり得る。しかしAは欺くような手法で自治会の同意があるように見せかけたのだから、そのようにして得られた許可を特別に保護する理由はない。もしこれを認めてしまうと、どのような手段を使ってでも最初の申請をクリアすればよいという考えを助長してしまう。
 以上より本件取消措置は適法である。

 

[設問3]
 設問にあるような条例による許可の制度が、事業者に対して実効性を持ち、また、住民及び事業所の利害を適切に調整できるようにするためには、①②の規定以外に、設置場所に関する規定を条例に置くことが考えられる。具体的には、一定の住宅地には設置してはいけないといった規定である。
 このような条例を制定する場合に、法律に抵触しないかが問題になる。地方公共団体は、法律の範囲内で条例を制定することができる(日本国憲法94条)と定められているからである。本件条例は法に上乗せするような規定を設けているので、そのような条例が法律の範囲内と言えるかが問題点になる。

以上

 

修正答案

[設問1]
 X1には原告適格が認められ、X2には認められないので、本件訴訟はX1に限って適法である。
 本件訴訟で取消しを求められている本件許可は国土交通大臣がAを名宛人として行ったものであり、X1もX2も本件許可という処分の相手方以外の者である。そのような者の原告適格を判断する際には、当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮するものとされる(行政事件訴訟法9条2項)。そこで一般的公益に解消されない個々人の個別的利益が保護されていれば、その者は当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有すると言えるのである。
 本件許可処分の根拠となる法令はモーターボート競走法(以下「法」とする)であり、その趣旨は、海に囲まれた我が国の発展、観光、体育、その他公益の増進を目的とする事業の振興、地方財政の改善である(法1条)。しかし、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌するものとされているので(行政事件訴訟法9条2項)、法と目的を共通にする関係法令であるモーターボート競争法施行規則(以下「規則」とする)を参酌すると、文教上又は衛生上著しい支障をきたさないこともその趣旨に含まれる(規則12条1項1号)。衛生上の支障とは医療施設に関するもので本件では関係ないが、文教上の支障とは大学など文教施設から適当な距離を有しているかなどから判断される(平成20年2月15日付け国海総第139号通達)。通達は関係法令には含まれないが、関係法令を解釈するための材料として用いることが禁止されているわけではない。そして文教施設からの適当な距離の一つの目安は1000メートルである(規則11条2項1号)。もしこのまま本件施設が設置されたら、本件施設と最寄りのP駅からちょうど400mずつ離れている法科大学院Sでは静穏な環境で学習や教育、つまりX1による想定された業務ができなくなる恐れがある。本件施設は面積や駐車場の収容台数から数千人から数万人を収容することが想定され、ほぼ1年中営業されるので、静穏な環境が害される程度も大きいと見込まれる。
 本件施設は近隣住民に騒音等をもたらすおそれがあるが、当該法令や関係法令にそうした近隣住民を個別的に保護する規定は見当たらず、X2のような近隣住民が当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するとは言えない。X2はQ地の所在する地区の自治会Rの構成員でもあるが、自治会やその構成員の利益を個別的に保護する規定も関係法令にはないので(前述のように通達そのものは関係法令ではない)、その線からもX2の原告適格は認められない。
 以上より冒頭の結論となる。

 

[設問2]
 (1)
 本件要求措置は名宛人であるAの権利義務に直接関係しないので処分ではなく行政指導(行政手続法2条6号)であり、これそのものの取消しを求めることはできない。よってその後に予想される取消措置(これはAの権利義務に直接関係するので処分である)の差止めの訴え(行政事件訴訟法3条7項)か、Aが本件要求措置に従う義務のないことを確認する当事者訴訟(行政事件訴訟法4条)の2つの候補が考えられる。
 訴訟要件はどちらの場合も満たしていると考えられる。前者では、一定の処分(取消措置)がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合に限られているが(行政事件訴訟法第37条の4第1項)、本件では工事こそ未着工なものの各種の申請やA内部や関係機関との調整は既になされているだろうから、重大な損害を生ずるおそれがある。一度許可したものを取消すという事情も考慮されるべきである。後者では行政事件訴訟法に要件の定めがないので、民事訴訟の例による(行政事件訴訟法7条)。確認訴訟では紛争の成熟性と対象選択の適切性が求められるが、本件ではどちらも条件を満たす。両者とも補充性の要件があるが、どちらかが認められれば他方は認められないというものであり、ここでは決め手にならない。
 実効性の観点からは前者が優れている。というのも、前者で勝訴すれば取消措置という処分そのものが禁止されるのでAとしては安心できるのに対し、後者で勝訴したとしても本件要求措置に従う義務のないことが確認されるだけで、その他の理由で取消措置を受ける可能性が残るからである。
 以上より、Aは、取消措置という処分の差止めの訴えを提起すべきである。
 (2)
 国土交通大臣がAに対して執った取消措置は、瑕疵ある行政処分の職権取消である。適法な行政処分を事後的に撤回する場合とは異なり、職権取消では本来なされるべきではなかった処分がなされた後にそれを取消して本来あるべき姿に戻すのであるから、法律の定めがなくてもこれを行うことができる。
 そこで始めに、地元の同意がないことを理由として本件施設の設置許可申請を拒否するべきであったかを検討する。場外発売場の設置許可は「国土交通大臣は、(中略)許可をすることができる」(法5条2項)のであり、そこには一定の裁量が認められる。公営ギャンブルの場外券売場の設置許可は、刑法第187条の富くじに当たるものの発売等を適法にする法制度である点(もともと禁止されていることを特別に許可するのであって申請をすれば当然に許可されるべき性質のものではないという点)からもこの裁量は裏付けられる。裁量権を濫用してはならないが、地方自治体が行う事業に関して、地元の同意がないことを、許可を拒否するための一つの考慮要素とすることは不適当ではない。
 しかし、だからといって、自治会の同意書を提出しなければ即拒否されるというわけではない。自治会の同意を要求しているのは通達であり、通達は直接外部に対し拘束力を持つものではないからである。地元と誠実に協議したが自治会の同意書を提出することができなかったような場合に、許可をする余地がないわけではない。本件ではそうした事情はなく、むしろ疑惑が事実であるならばAの地元との協議姿勢は不誠実である。よって本件施設の設置許可申請があった時点で、Aが地元と誠実に協議してないことを国土交通大臣が知っていたら、裁量の範囲内で拒否されるべきであった。
 このような理由で職権取消ができたとしても、瑕疵を治癒すべくその前に行政指導を行うことがあり得る。本件の要求措置がそれである。この場合は行政指導に従わなかったことを理由とした不利益取扱いではないので、行政手続法32条2項に抵触しない。
 始めの設置許可を拒否すべきであったとしても、一度許可したものを取消すのは話が別であり、無制限にこれが許されるわけではないというAからの反論があり得る。処分の名宛人の期待や法的安定性を犠牲にしてまで職権取消をすべきではないという反論である。しかし疑惑が事実であるならAは欺くような手法で自治会の同意があるように見せかけたのだから、そのようにして得られた許可を特別に保護する理由はない。もしこれを認めてしまうと、どのような手段を使ってでも最初の申請をクリアすればよいという考えを助長してしまう。
 以上より本件取消措置は適法である。

 

[設問3]
 設問にあるような条例による許可の制度が、事業者に対して実効性を持ち、また、住民及び事業者の利害を適切に調整できるようにするためには、①②の規定以外に、条例に違反した場合に事業者に課す罰則規定や、許可申請に先立って住民その他利害関係者や専門家が参加する協議会の開催を事業者に義務づける規定を置くことが考えられる。
 このような条例を制定する場合に、法律に抵触しないかが問題になる。地方公共団体は、法律の範囲内で条例を制定することができる(日本国憲法94条)と定められているからである。法律に抵触しないかを判断する際には、法律と条例の趣旨・目的を考えることになる。また、条例で罰則を設けることに関しては、2年以下の懲役若しくは禁錮、100万円以下の罰金、拘留、科料若しくは没収の刑又は5万円以下の過料を科する旨の規定であれば可能である(地方自治法14条3項)。

以上

 

 

感想

[設問1]では通達が関係法令に含まれるかを明記せずにごまかすなど雑な記述でした。[設問2]の(1)は処分の差止め訴訟と当事者訴訟の確認訴訟という2つを思いつくことができたのはよかったですが、重大な損害を生ずるおそれを肯定してもよいものか迷います。(2)は職権取消という発想がなかったのでひどい答案を書いてしまいました。[設問3]も設問の指示に従った案を出せなかったのが悔やまれます。

 

 




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