第1 甲の罪責
1.横領の罪
甲がVから預かった500万円を横領したと言えるかどうかについて検討する。
①業務性
業務上横領罪(253条)の業務とは、人が社会生活上繰り返して行うことのことである。投資会社の事業資金として甲がVから500万円を受け取ったのは一回限りのことなので、業務ではない。
②自己の占有する他人の物
現金が「自己の占有する他人の物」に該当するかどうかは問題となり得る。現金には個性がなく、量的な価値を表したものだからである。とはいえ、使途が指定され、自己の有する現金と交じらないようにしていれば、自己の占有する他人の物に当たる。本件では、投資会社の事業資金というように使途が定められ、専用口座に保管されていたので、自己の占有する他人の物に当たる。現代においては、預金も現金と同視してよい。
③横領した
横領したというためには、所有者でなければできないような処分をして不法領得の意思を発現させなければならない。自己の借入金の返済として乙に現金500万円を手渡すことは、所有者でなければできないような処分なので、XはVから預かった500万円を横領したと言える。
④結論
以上より、甲は、Vから預かった500万円につき、横領罪(252条1項)が成立する。
2.詐欺の罪
甲がA銀行B支店にて500万円を引き出したことにつき、詐欺罪の成否を検討する。
詐欺罪(246条1項)の成立には、欺罔→錯誤→それに基づく交付→財産的損害という一連の流れが必要である。甲は「証書を紛失してしまった」と欺罔している。そしてCが錯誤に陥り、現金500万円を甲に渡しているので、一見詐欺罪が成立するかのようにも思える。しかしCがおちいった錯誤は「証書を紛失してしまった」ことと「証書を別の人の預けた」こととの錯誤であって、その錯誤がなかったとしても、所定の手続きに従って甲に500万円を交付していたと思われる。よって詐欺罪は成立しない。
3.強盗の罪
V方を訪れたことに関して、強盗の罪の成否を検討する。
①暴行又は脅迫を用いて
強盗罪の暴行又は脅迫を用いてとは、一般人の反抗を抑圧するに足りる暴行又は脅迫のことである。本件において甲はサバイバルナイフを手に持ってVの目の前に示しながら500万円を放棄する念書を書けと迫っている。これは一般人の反抗を抑圧するに足りる脅迫である。
②財産上不法の利益を得
甲はVに対して500万円を返済するという債務を負っており、それを消滅させることは、財産上不法の利益を得たと言える。
③他人の財物を強取(共犯からの離脱)
後述するように、上記の2項強盗は甲と乙との共犯であり、Vの10万円に関して乙には1項強盗罪が成立する。そもそも共犯が処罰されるのは、犯罪を共同することにより犯罪の実現が物理的・心理的に容易になるからである。そこで、共犯からの離脱は、そうした容易さが消滅しているかどうかで判断する。本件において、甲は乙の手を引いてV方から外へ連れ出し、サバイバルナイフを取り上げて立ち去った。また、某年9月1日の謀議でもVから10万円を奪うという話は出ておらず、同月5日にV方を訪問した際にも乙が一方的に10万円払えと言っているだけで、甲はそれに同意もしていない。こうした事情から、乙がVから10万円を強取ことに関して、甲による物理的・心理的な容易さは消滅しているので、甲は共犯から離脱しており、1項強盗罪は成立しない。Vが恐怖のあまり身動きできないでいたのは結果的にそうなっていただけである。
4.結論
以上より、甲には横領罪(252条1項)と強盗罪(236条2項)が成立し、これらは併合罪(45条)となる。これらはVの500万円という同一の法益の侵害であるが、1か月以上の間があり、また犯罪の態様も異なるので、併合罪である。
第2 乙の罪責
1.2項強盗罪
二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする(60条)。共同して犯罪を実行したと言えるためには、共同で犯罪を実行することの意思連絡が必要である。甲と乙は某年9月1日に、V方に押し掛けて脅して500万円の債権を放棄させるという謀議をなした。そして実際に同年9月5日に共同して犯罪を実行している。2項強盗罪が成立することについては、「他人にこれを得させた」という点が異なるほかは、先ほど甲について述べたとの同様である。
2.1項強盗罪
暴行又は脅迫を用いての意味は先述の通りである。自分がすでに一般人の反抗を抑圧するに足りる暴行・脅迫をした後では、その状態を利用するだけで、暴行又は脅迫を用いたことになると考える。本件では、乙が甲とともにそうした脅迫をした後で、その状態を利用して乙がV所有の財布から10万円を抜き取って立ち去った。以上より、乙には1項強盗罪も成立する。
3.結論
以上より、乙には、236条1項の強盗罪と2項の強盗罪が成立し、これらは併合罪となる。自然的社会的に観察して1個の行為とは言えないので、これでよい。
以上