平成29(2017)年司法試験予備試験論文(刑事訴訟法)答案練習

問題

 次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。

【事例】
 平成29年5月21日午後10時頃,H県I市J町1丁目2番3号先路上において,Vがサバイバルナイフでその胸部を刺されて殺害される事件が発生し,犯人はその場から逃走した。
 Wは,たまたま同所を通行中に上記犯行を目撃し,「待て。」と言いながら,直ちに犯人を追跡したが,約1分後,犯行現場から約200メートルの地点で見失った。
 通報により駆けつけた警察官は,Wから,犯人の特徴及び犯人の逃走した方向を聞き,Wの指し示した方向を探した結果,犯行から約30分後,犯行現場から約2キロメートル離れた路上で,Wから聴取していた犯人の特徴と合致する甲を発見し,職務質問を実施したところ,甲は犯行を認めた。警察官は,①甲をVに対する殺人罪により現行犯逮捕した。なお,Vの殺害に使用されたサバイバルナイフは,Vの胸部に刺さった状態で発見された。
 甲は,その後の取調べにおいて,「乙からVを殺害するように言われ,サバイバルナイフでVの胸を刺した。」旨供述した。警察官は,甲の供述に基づき,乙をVに対する殺人の共謀共同正犯の被疑事実で通常逮捕した。
 乙は,甲との共謀の事実を否認したが,検察官は,関係各証拠から,乙には甲との共謀共同正犯が成立すると考え,②「被告人は,甲と共謀の上,平成29年5月21日午後10時頃,H県I市J町1丁目2番3号先路上において,Vに対し,殺意をもって,甲がサバイバルナイフでVの胸部を1回突き刺し,よって,その頃,同所において,同人を左胸部刺創による失血により死亡させて殺害したものである。」との公訴事実により乙を公判請求した。
 検察官は,乙の公判前整理手続において,裁判長からの求釈明に対し,③「乙は,甲との間で,平成29年5月18日,甲方において,Vを殺害する旨の謀議を遂げた。」旨釈明した。これに対し,乙の弁護人は,甲との共謀の事実を否認し,「乙は,同日は終日,知人である丙方にいた。」旨主張したため,本件の争点は,「甲乙間で,平成29年5月18日,甲方において,Vを殺害する旨の謀議があったか否か。」であるとされ,乙の公判における検察官及び弁護人の主張・立証も上記釈明の内容を前提に展開された。

〔設問1〕
 ①の現行犯逮捕の適法性について論じなさい。

〔設問2〕
 ②の公訴事実は,訴因の記載として罪となるべき事実を特定したものといえるかについて論じなさい。
 ③の検察官の釈明した事項が訴因の内容となるかについて論じなさい。
 裁判所が,証拠調べにより得た心証に基づき,乙について,「乙は,甲との間で,平成29年5月11日,甲方において,Vを殺害する旨の謀議を遂げた。」と認定して有罪の判決をすることが許されるかについて論じなさい(①の現行犯逮捕の適否が与える影響については,論じなくてよい。)。

 

再現答案

以下刑事訴訟法については条数のみを示す。

〔設問1〕
 現に罪を行い、又は現に罪を行い終つた者が現行犯人だとされ(212条1項)、212条2項各号の一にあたる者が、罪を行い終つてから間がないと明らかに認められるときは、これを現行犯人とみなす(準現行犯)とされる(212条2項)。①の逮捕は犯行から約30分後、犯行現場から約2キロメートル離れた場所で行われたので、現行犯逮捕とは言えない。そこで212条2項の準現行犯逮捕の要件を満たすかどうかを検討する。
 Wは犯人を追跡したが、甲が発見されたのはWが犯人を見失ってから約30分後のことであり、犯人として追呼されているとき(212条2項1号)には当たらない。甲はWから聴取していた犯人の特徴と合致するとしてもやはり当たらない。罪を行い終つてから間がないと明らかには認められないからである。甲は兇器を所持していなかったので、同項2号にも当たらない。身体又は被服に犯罪の顕著な証跡もなかったので、同項3号にも当たらない。誰何されて逃走しようともしていないので、同項4号にも当たらない。以上より、①の現行犯逮捕は違法である。甲は職務質問に対して犯行を認めているのだから、そのまま聴取を続けて、逮捕状により逮捕すべきであった。

〔設問2〕
 
 公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならず、訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない(256条3項)。これは裁判所に対して審判範囲を画定することと、被告人に対して防御のポイントを示すことが目的である。前者が第一義的な目的である。
 ②の公訴事実は、甲の実行行為については十分に事実が特定されていると言えるが、乙にとっては「甲と共謀の上」としか記載されていないのでこれで訴因が明示されているかが問題となる。しかしながら、検察官は共謀の詳細を把握していないかもしれず、これでできる限り事実を特定していると言えるので、訴因の記載として罪となるべき事実を特定したものといえる。裁判所にとっては審判範囲が明確だからである。被告人の防御に関しては、裁判が進むにつれてポイントが絞られてくるはずなので、そのときに被告人の防御権を尊重すればよい。
 
 1で述べたように、②の公訴事実は訴因の記載として罪となるべき事実を特定したものといえる。よって、③の検察官の釈明した事項が訴因の内容とはならないと考えられる。このように釈明したとしても、裁判所の審判範囲は変わらないからである。そのような細かいことで訴因の変更を要するとすれば手続きがあまりにも繁雑になる。
 
 2で述べたように、③の検察官の釈明した事項が訴因の内容とならないとしても、それとは別に被告人の防御権を尊重する必要がある。乙としては、平成29年5月18日のアリバイを証明したのに、同年5月11日の共謀を認定されると、不意打ちだと感じるだろう。乙としては同年5月11日のアリバイも主張できたかもしれない。例えば乙が甲方に平成29年5月17日から18日まで泊まっていたとして、その際に5月18日ではなく17日の共謀を認定することは許されるとしても、5月18日と5月11日とでは7日も違うので、別の機会である。以上より、「乙は、甲との間で、平成29年5月11日、甲方において、Vを殺害する旨の謀議を遂げた。」と認定して有罪の判決をすることは許されない。

以上

 

修正答案

以下刑事訴訟法については条数のみを示す。

〔設問1〕
 現に罪を行い、又は現に罪を行い終つた者が現行犯人だとされる(212条1項)。これには(1)犯人と犯罪の明白性、(2)逮捕の必要性、(3)時間的場所的近接性が要求される。現行犯逮捕が日本国憲法で例外的に認められたのは、事実誤認のおそれがなく、またその場で逮捕する必要性があるためであるため、上記(1)〜(3)が要求されるのである。
 (1)犯人と犯罪の明白性は、逮捕者にとっての明白性である。①の現行犯逮捕をした警察官にとって、Wから聴取していた犯人の特徴と合致し職務質問で甲が犯行を認めたことだけでは、犯人と犯罪が明白であるとは言えない。また、(2)逮捕の必要性はあるものの、(3)時間的場所的近接性はない。①の現行犯逮捕がされたのは、犯行から約30分後の犯行現場から約2キロメートル離れた路上であり、犯人がずっと追跡されていたということもなかったからである。以上より、212条1項の現行犯逮捕としては違法である。
 212条2項各号の一にあたる者が、罪を行い終つてから間がないと明らかに認められるときは、これを現行犯人とみなす(準現行犯)とされる(212条2項)。そこで212条2項各号に該当するかを検討する。
 Wは犯人を追跡したが、甲が発見されたのはWが犯人を見失ってから約30分後のことであり、犯人として追呼されているとき(212条2項1号)には当たらない。甲は兇器を所持していなかったので、同項2号にも当たらない。身体又は被服に犯罪の顕著な証跡もなかったので、同項3号にも当たらない。誰何されて逃走しようともしていないので、同項4号にも当たらない。以上より、212条2項の現行犯逮捕としても違法である。

〔設問2〕
 
 公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならず、訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない(256条3項)。これは検察官が主張する犯罪事実である訴因により、裁判所に対して審判範囲を画定することと、被告人に対して防御のポイントを示すことが目的である。前者が第一義的な目的であり、審判範囲が画定されているというのは、他罪との識別ができるという意味である。
 ②の公訴事実は、甲の実行行為については十分に事実が特定されていると言えるが、乙にとっては「甲と共謀の上」としか記載されていないのでこれで訴因が明示されているかが問題となる。しかしながら、甲の実行行為については事実が特定されている以上、共謀の場所や日時が示されていなかったとしても、その行為に係る共謀ということで他罪と識別できるほど十分に審判範囲は画定しているため、訴因の記載として罪となるべき事実を特定したものといえる。
 
 1で述べたように、②の公訴事実は訴因の記載として罪となるべき事実を特定したものといえる。よって、③の検察官の釈明した事項が訴因の内容とはならないと考えられる。このように釈明したとしても、裁判所の審判範囲は変わらないからである。そのような細かいことで訴因の変更を要するとすれば手続きがあまりにも繁雑になる。
 
 2で述べたように、③の検察官の釈明した事項が訴因の内容とならないため、裁判所が検察官に訴因変更を命じる義務は発生しない。とはいえ、被告人の防御権が侵害される場合には、裁判所は求釈明等によって争点を顕在化させなければならない。
 本件の争点は,「甲乙間で,平成29年5月18日,甲方において,Vを殺害する旨の謀議があったか否か。」であるとされ,乙の公判における検察官及び弁護人の主張・立証も上記釈明の内容を前提に展開された。にもかかわらず、それとは別の機会であり争点となっていなかった「乙は,甲との間で,平成29年5月11日,甲方において,Vを殺害する旨の謀議を遂げた」という事実を認定して有罪の判決をすることは、被告人である乙の防御権を侵害する。よって、裁判所は、求釈明等によって争点を顕在化させなければならず、それをせずに有罪の判決をすることは許されない。

以上

 

 

 




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