問題
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
【事例】
Yは,甲土地の所有者であったが,甲土地については,Aとの間で,賃貸期間を20年とし,その期間中は定額の賃料を支払う旨の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結しており,Aはその土地をゴルフ場用地として利用していた。その後,甲土地は,XとYとの共有となった。しかし,甲土地の管理は引き続きYが行っており,YA間の本件賃貸借契約も従前どおり維持されていた。そして,Aからの賃料については,Yが回収を行い,Xに対してはその持分割合に応じた額が回収した賃料から交付されていた。
ところが,ある時点からYはXに対してこれを交付しないようになったので,Xから委任を受けた弁護士LがYと裁判外で交渉をしたものの,Yは支払に応じなかった。そこで,弁護士Lは,回収した賃料のうちYの持分割合を超える部分についてはYが不当に利得しているとして,Yに対して不当利得返還請求訴訟を提起することとした。
なお,弁護士Lが確認したところによると,Aが運営するゴルフ場の経営は極めて順調であり,本件賃貸借契約が締結されてからこの10年間本件賃貸借契約の約定どおりに賃料の支払を続けていて,これまで未払はないとのことであった。
〔設問1〕
下記の弁護士Lと司法修習生Pとの会話を読んだ上で,訴え提起の時点では未発生である利得分も含めて不当利得返還請求訴訟を提起することの適法性の有無について論じなさい。
弁護士L:今回の不当利得返還請求訴訟において,Xは,何度も訴訟を提起したくないということで,この際,残りの賃貸期間に係る利得分についても請求をしたいと希望しています。そうすると,訴え提起の時点では未発生である利得分についても請求することになりますが,何か問題はありそうですか。
修習生P:そのような請求を認めると,相手方であるYに不利益が生じてしまうかもしれません。特に口頭弁論終結後に発生する利得分をどう考えるかが難しそうです。
弁護士L:そうですね。その点にも配慮しつつ,今回の不当利得返還請求訴訟において未発生の利得分まで請求をすることが許されないか,検討してみてください。
【事例(続き)】
弁護士Lは,Xと相談した結果,差し当たり,訴え提起の時点までに既に発生した利得分の合計300万円のみを不当利得返還請求権に基づいて請求することとした。
これに対し,Yは,この訴訟(以下「第1訴訟」という。)の口頭弁論期日において,Xに対して有する500万円の貸金債権(以下「本件貸金債権」という。)とXの有する上記の不当利得返還請求権に係る債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。
第1訴訟の受訴裁判所は,審理の結果,Xの不当利得返還請求権に係る債権については300万円全額が認められる一方,Yの本件貸金債権は500万円のうち450万円が弁済されているため50万円の範囲でのみ認められるとの心証を得て,その心証に従った判決(以下「前訴判決」という。)をし,前訴判決は確定した。
ところが,その後,Yは,本件貸金債権のうち前訴判決において相殺が認められた50万円を除く残額450万円はいまだ弁済されていないとして,Xに対し,その支払を求めて貸金返還請求訴訟(以下「第2訴訟」という。)を提起した。
〔設問2〕
第2訴訟において,受訴裁判所は,貸金債権の存否について改めて審理・判断をすることができるか,検討しなさい。
再現答案
以下民事訴訟法については条数のみを示す。
〔設問1〕
将来の給付を求める訴えは、あらかじめその請求をする必要がある場合に限り、提起することができる(135条)。将来給付の訴えを無制限に認めると、被告が不安定な地位に立たされるので、このように制限されているのである。本件に即して言うと、Yが賃料が得られなくなったのに、Xへの支払い義務が残るといった場合である。
115条1項3項などから、判決の基準時は口頭弁論終結時であると考えられる。よって、口頭弁論終結後に発生する利得分の請求は将来の給付を求める訴えになる。本件では、Aが運営するゴルフ場の経営は極めて順調であり、ここ10年に渡って約定どおりに賃料が支払われている。よってこれから10年も定額の賃料が支払われると予想できる。それでも今後賃料が支払われなくなるとか、Yが死亡するとかいうことも考えられないではないが、そのようなことを言うと、およそ将来給付訴訟が認められなくなってしまう。他方で、Xとしてはできる限りのことをしてから本件訴訟の提起に至ったのである。Xはこの賃料で生計を立てようとしているのかもしれない。よって、あらかじめその請求をする必要がある場合に当たり、訴え提起の時点では未発生である利得分も含めて不当利得返還請求訴訟を提起することができる。
〔設問2〕
確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有し(114条1項)、相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する(114条2項)。相殺をもって対抗した額は50万円なので、それを除く残額450万円には既判力が働かないというのがYの主張であると考えられる。
既判力が設けられたのは、被告の応訴する負担と裁判所の訴訟不経済を防ぐためである。実質的に同じ訴訟を繰り返して紛争を蒸し返すことが許されないのである。本件では、第1訴訟でYの本件貸金債権が全額審理されている。このような外側説と呼ばれるやり方は一般に採用されているものである。よって第2訴訟は実質的に第1訴訟の蒸し返しである。第1訴訟で紛争が解決したというXと裁判所の期待が裏切られている。しかしYが主張するように、114条の文言から既判力とすることはできない。そうしてしまうとそれはそれで当事者の期待を裏切ってしまう。そこで、信義に反するとして(2条)、受訴裁判所は、貸金債権の存否について改めて審理・判断をすることはできないと考えるべきである。
以上
修正答案
以下民事訴訟法については条数のみを示す。
〔設問1〕
判決の基準となる時は最終口頭弁論終結時である。よって、訴え提起の時点では未発生であっても、最終口頭弁論終結時までに発生した利得分は、問題なく判決の対象となる。
最終口頭弁論終結時より後に発生する利得分は、将来給付の訴え(135条)となる。そこでこれが認められるかどうかを検討する。
将来の給付を求める訴えは、あらかじめその請求をする必要がある場合に限り、提起することができる(135条)。そこでまず必要性について考える。Xから委任を受けた弁護士LがYと裁判外で交渉をしたものの、Yは支払に応じなかったという事情があるので、任意での支払は期待できないため、あらかじめ請求をする必要性があると言える。
135条で将来給付の訴えが規定されているのだけれども、将来のことは不確定であり、およそどのような将来給付の訴えも適法であるということではなく、一定の条件を満たす場合にのみ例外的に認められていると解すべきである。その一定の条件とは、①権利発生の基礎をなす関係が既に存在していて、②その権利の消滅など債務者にとって有利な事情の発生が明確に予測できる事由に限られ、③その債務者に有利な事情を請求異議の訴えで主張すべしとしても格別不公平ではない、という条件である。本件においては、不当利得返還請求権の基礎をなす甲土地のXY間での共有及び甲土地をAに賃貸するという契約(契約期間は20年であり契約が締結されてからこの10年間本件賃貸借契約の約定どおりに賃料の支払が滞りなく続けられていた)が既に存在し、その権利の消滅はXY間の共有関係の解消やAの賃料不払いなどに限られ、それらははっきりとした事情であるため請求異議の訴えでYが主張すべしだとしても格別不公平ではない。
以上より、最終口頭弁論終結時の前後を問わず訴え提起の時点では未発生である利得分も含めて不当利得返還請求訴訟を提起することは適法である。
〔設問2〕
確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有し(114条1項)、相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する(114条2項)。第2訴訟で支払を請求されている本件貸金債権は第1訴訟の主文に包含されていないので、もっぱら114条2項が問題となる。
第1訴訟でのXの請求金額は300万円であり、それに対してYは500万円の本件貸金債権による相殺を主張したので、相殺をもって対抗した額はこれら金額の重複する部分である300万円である。よって、その本件貸金債権300万円のうち、50万円が成立し250万円が成立しないという判断には既判力が働く。そのため、本件貸金債権のうち300万円については、第2訴訟において、受訴裁判所は、改めて審理・判断をすることができない。
本件貸金債権のうち、残りの200万円については既判力が働かないため、第2訴訟での審理・判断の対象となるように一見思われる。しかし、一部請求の場合にいわゆる外側説で判断をする裁判所は、本件貸金債権の500万円全額につき第1訴訟で審理・判断した結果、50万円だけが存在するという心証を得たのである。既判力が設けられたのは、実質的に同一の訴訟の繰り返しを避けて被告の応訴する負担と裁判所の訴訟不経済を防ぐためであるのだから、この理は残りの200万円についても妥当する。そこで、本件貸金債権のうち、残りの200万円については、信義に反するとして(2条)、受訴裁判所は、貸金債権の存否について改めて審理・判断をすることはできないと考えるべきである。
以上