問題
(〔設問1〕と〔設問2〕の配点の割合は,1:1)
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい(なお,解答に当たっては,遅延損害金について考慮する必要はない。)。
【事例】
弁護士Aは,交通事故の被害者Xから法律相談を受け,次のような事実関係を聴き取り,加害者Yに対する損害賠償請求訴訟事件を受任することになった。
1.事故の概要
Xが運転する普通自動二輪車が直進中,信号機のない前方交差点左側から右折のために同交差点に進入してきたY運転の普通乗用自動車を避けられず,同車と接触し,転倒した。Yには,交差点に進入する際の安全確認を怠った過失があったが,他方,Xにも前方注視を怠った過失があった。
2.Xが主張する損害の内容
人的損害による損害額合計 1000万円
(内訳)
(1) 財産的損害 治療費・休業損害等の額の合計 700万円
(2) 精神的損害 傷害慰謝料 300万円
〔設問1〕
本件交通事故によるXの人的損害には,財産的損害と精神的損害があるが,これらの損害をまとめて不法行為に基づく損害賠償を求める訴えを提起した場合について,訴訟物は一つであるとするのが,判例(最高裁判所昭和48年4月5日第一小法廷判決・民集27巻3号419頁)の立場である。判例の考え方の理論的な理由を説明した上,そのように考えることによる利点について,上記の事例に即して説明しなさい。
〔設問2〕
弁護士Aは,本件の事故態様等から,過失相殺によって損害額から少なくとも3割は減額されると考え,損害総額1000万円のうち,一部請求であることを明示して3割減額した700万円の損害賠償を求める訴えを提起することにした。本件において,弁護士Aがこのような選択をした理由について説明しなさい。
再現答案
以下民事訴訟法についてはその条数のみを示す。
[設問1]
第1 判例の考え方の理論的な理由
不法行為に基づく損害賠償に関して、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者」(709条)とあり、他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず(710条)とあるので、条文からは財産的損害と精神的損害が特に区別されていないと言えることが1つ目の理由である。
請求を基礎づける事実は、どちらも同じ不法行為(交通事故)であるので、訴訟物が1つであると考えるほうが自然である。これが2つ目の理由である。
民事訴訟では自由心証主義が採用されている(247条)。財産的損害と精神的損害とで訴訟物が1つだと考えたほうが、これによくなじむ。仮に財産的損害と精神的損害とで訴訟物を異にするとしたら、裁判所は財産的損害と精神的損害とでそれぞれ賠償額を決定しなければならず、きゅうくつである。これが3つ目の理由である。
第2 判例の考え方の利点
仮に財産的損害と精神的損害とで訴訟物が異なるとしたら、本件事例で裁判所が財産的損害500万円、精神的損害400万円だという心証を形成した場合に、財産的損害については500万円、精神的損害については300万円の計800万円が認容されることになる。この場合に最初から精神的損害を400万円以上請求していたら、合計900万円認容されることになる。これは不合理であり、原告が提訴時に内訳について悩まなくて済むという利点がある。損害が生じたことが認められる場合において、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる(248条)のも、原告に過大な負担を課さないという意味合いで、これと趣旨を共通にしている。
また、被告が精神的損害を認定されることを嫌がっている場合に、裁判所として、財産的損害と精神的損害を合わせた損害を認定するといった、柔軟な認定ができるという利点もある。
[設問2]
第1 貼用印紙額
民事訴訟では、訴訟物の価額により、提訴時に納める貼用印紙額が変わる。1000万円の損害賠償を求める訴えを提起するよりも、700万円の損害賠償を求める訴えを提起するほうが貼用印紙額が小さくてすむので、弁護士Aはこのような選択をしたと考えられる。
第2 被告に与える印象
民事訴訟ではおよそどの段階でも和解をすることができるし、裁判所を介さずに当事者同士が話し合うなどして和解することもできる。本件事例において、Xにも過失があるのに、過失がないかのように損害総額1000万円を請求すると、被告に悪い印象を与えて、和解に協力的でなくなるかもしれない。そのような事態を避けるために、弁護士Aはこのような選択をしたと考えられる。
第3 不利益のなさ
第1、第2のような理由があったとしても、このような選択をすることに不利益があるとよくない。そこで不利益がないことを検討する。
明示的一部請求では、一部請求した部分しか訴訟物にならず、相殺をする場合には請求総額を考慮するというのが判例の立場である。本件事例において、Xの過失が想定よりも少なく2割であったとしたら、残りの100万円を別訴で請求することができる。同じ不法行為により発生した損害賠償請求権同士で相殺(過失相殺ではない通常の相殺)をすることを認めたとして、Yが自分の損害賠償請求権で相殺すると主張した場合には、損害総額の1000万円から相殺される。
このように、不利益がないことも、弁護士Aがこのような選択をした理由である。
感想
どちらも答えにくい問題でした。[設問1]では判例に心当たりがありませんでしたし、理由と利点をどう区別するかも悩みました。[設問2]も第1、第2で書いた理由しか思い浮かばず、苦肉の策として第3の記述をしました。
こんばんは、はじめて拝見しました。
予備論文後、しばらくの思考停止を経て、さてどんなものだったのかと慣れない検索をしておりましたら、「よくもまぁ、こんなに丁寧に再現を…(失礼)」と驚きました。
私は憲法1発目から撃沈し、そのほか多々反省することしきりです。
さて、民訴答案拝読し、設問2につき「被告への印象」を一読後、なるほどこういう視点もあるのか、と勉強になりました。確かに私が被告なら同じ印象を受けると思います。私自身の不勉強で知らなかった、というか考えが及ばなかったと、あらためて考えた次第です。
駄文失礼しました。
八瀬おやじ様
コメントをいただきありがとうございます。
憲法と民事訴訟法は旧司法試験に近くて(事例が短くて)、しかも典型論点から少し外れるような問い方をしている雰囲気だったので、新司法試験や予備試験の過去問で練習していた身としてはやりにくく感じました。
忘れないうちにかなり忠実に実際の答案を再現したので、届き次第公開する予定の成績通知と合わせて、みなさまの参考になればと思っております。出題趣旨と照らし合わせて今後に生かすという、自分のためでもあります。
ともかく論文試験お疲れさまでした。
仲間の答案が手に入りにくい社会人受験生として参考答案をアップしていただくのはとてもありがたいです。
お願いなのですが、各科目の評価と点数・順位を教えて頂けませんでしょうか。
評価・順位つき再現答案をあつめて敗因分析に役立てようと思います
受験生様
返信が遅くなってすみません。
憲法、行政法、民法、商法、民事訴訟法、刑法、刑事訴訟法、一般教養科目、法律実務基礎科目の順で
B、C、B、F、C、D、F、A、D
総合得点は221.69の順位が673
でした。後日画像のほうもアップしておきます。