問題
A県に存するB川の河川管理者であるA県知事は,1983年,B川につき,河川法第6条第1項第3号に基づく河川区域の指定(以下「本件指定」という。)を行い,公示した。本件指定は,縮尺2500分の1の地図に河川区域の境界を表示した図面(以下「本件図面」という。)によって行われた。
Cは,2000年,B川流水域の渓谷にキャンプ場(以下「本件キャンプ場」という。)を設置し,本件キャンプ場内にコテージ1棟(以下「本件コテージ」という。)を建築した。その際,Cは,本件コテージの位置につき,本件図面が作成された1983年当時と土地の形状が変化しているため不明確ではあるものの,本件図面に表示された河川区域の境界から数メートル離れており,河川区域外にあると判断し,本件コテージの建築につき河川法に基づく許可を受けなかった。そして,河川法上の問題について,2014年7月に至るまで,A県知事から指摘を受けることはなかった。
2013年6月,A県知事は,Cに対し,本件コテージにつき建築基準法違反があるとして是正の指導(以下「本件指導」という。)をした。Cは,本件指導に従うには本件コテージの大規模な改築が必要となり多額の費用を要するため,ちゅうちょしたが,本件指導に従わなければ建築基準法に基づく是正命令を発すると迫られ,やむなく本件指導に従って本件コテージを改築した。Cは,本件コテージの改築を決断する際,本件指導に携わるA県の建築指導課の職員Dに対し,「本件コテージは河川区域外にあると理解しているが間違いないか。」と尋ねた。Dは,A県の河川課の担当職員Eに照会したところ,Eから「測量をしないと正確なことは言えないが,今のところ,本件コテージは河川区域外にあると判断している。」旨の回答を受けたので,その旨をCに伝えた。
2014年7月,A県外にある他のキャンプ場で河川の急激な増水による事故が発生したことを契機として,A県知事は本件コテージの設置場所について調査した。そして,本件コテージは,本件指定による河川区域内にあると判断するに至った。そこで,A県知事は,Cに対し,行政手続法上の手続を執った上で,本件コテージの除却命令(以下「本件命令」という。)を発した。
Cは,本件命令の取消しを求める訴訟(以下「本件取消訴訟」という。)を提起し,本件コテージが本件指定による河川区域外にあることを主張している。さらに,Cは,このような主張に加えて,本件コテージが本件指定による河川区域内にあると仮定した場合にも,本件命令の何らかの違法事由を主張することができるか,また,本件取消訴訟以外に何らかの行政訴訟を提起することができるかという点を,明確にしておきたいと考え,弁護士Fに相談した。Fの立場に立って,以下の設問に答えなさい。なお,河川法及び同法施行令の抜粋を資料として掲げるので,適宜参照しなさい。
〔設問1〕
本件取消訴訟以外にCが提起できる行政訴訟があるかを判断する前提として,本件指定が抗告訴訟の対象となる処分に当たるか否かを検討する必要がある。本件指定の処分性の有無に絞り,河川法及び同法施行令の規定に即して検討しなさい。なお,本件取消訴訟以外にCが提起できる行政訴訟の有無までは,検討しなくてよい。
〔設問2〕
本件コテージが本件指定による河川区域内にあり,本件指定に瑕疵はないと仮定した場合,Cは,本件取消訴訟において,本件命令のどのような違法事由を主張することが考えられるか。また,当該違法事由は認められるか。
【資 料】
〇 河川法(昭和39年7月10日法律第167号)(抜粋)
(河川区域)
第6条 この法律において「河川区域」とは,次の各号に掲げる区域をいう。
一 河川の流水が継続して存する土地及び地形,草木の生茂の状況その他その状況が河川の流水が継続して存する土地に類する状況を呈している土地(中略)の区域
二 (略)
三 堤外の土地(中略)の区域のうち,第1号に掲げる区域と一体として管理を行う必要があるものとして河川管理者が指定した区域 〔注:「堤外の土地」とは,堤防から見て流水の存する側の土地をいう。〕
2・3 (略)
4 河川管理者は,第1項第3号の区域(中略)を指定するときは,国土交通省令で定めるところにより,その旨を公示しなければならない。これを変更し,又は廃止するときも,同様とする。
5・6 (略)
(河川の台帳)
第12条 河川管理者は,その管理する河川の台帳を調製し,これを保管しなければならない。
2 河川の台帳は,河川現況台帳及び水利台帳とする。
3 河川の台帳の記載事項その他その調製及び保管に関し必要な事項は,政令で定める。
4 河川管理者は,河川の台帳の閲覧を求められた場合においては,正当な理由がなければ,これを拒むことができない。
(工作物の新築等の許可)
第26条 河川区域内の土地において工作物を新築し,改築し,又は除却しようとする者は,国土交通省令で定めるところにより,河川管理者の許可を受けなければならない。(以下略)
2~5 (略)
(河川管理者の監督処分)
第75条 河川管理者は,次の各号のいずれかに該当する者に対して,(中略)工事その他の行為の中止,工作物の改築若しくは除却(中略),工事その他の行為若しくは工作物により生じた若しくは生ずべき損害を除去し,若しくは予防するために必要な施設の設置その他の措置をとること若しくは河川を原状に回復することを命ずることができる。
一 この法律(中略)の規定(中略)に違反した者(以下略)
二・三 (略)
2~10 (略)
第102条 次の各号のいずれかに該当する者は,1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
一 (略)
二 第26条第1項の規定に違反して,工作物の新築,改築又は除却をした者
三 (略)
〇 河川法施行令(昭和40年2月11日政令第14号)(抜粋)
(河川現況台帳)
第5条 (略)
2 河川現況台帳の図面は,付近の地形及び方位を表示した縮尺2500分の1以上(中略)の平面図(中略)に,次に掲げる事項について記載をして調製するものとする。
一 河川区域の境界
二~九 (略)
再現答案
以下行政事件訴訟法についてはその条数のみを示す。
[設問1]
抗告訴訟の対象となる「処分」とは「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」である(3条2項)。その処分の内実は、行政庁が、国民を名あて人として、直接権利を与えたり義務を課したりすることであると、判例などを通じて解されている。このように解釈すると、行政事件訴訟法の対象となる処分を絞ることができ、適当である。また、ある行為が処分であるかどうかを判断する際には、行政庁の一連の行為の中のどの段階で訴訟の場で争うのが適切であるかという観点も重要である。
本件指定をしたA県知事は行政庁である。本件指定は私人としての行為ではなく公権力の行使に当たる。本件指定は、表面的に、Cのような特定の個人(国民)を名あて人とはしていないが、本件指定の区域内で工作物を所有していたり建築しようとしていたりする者は特定されるので、国民を名あて人としていると言ってよい。河川区域内の土地において工作物を新築し、改築し、又は除去しようとする者は、河川管理者の許可を受けなければならなくなり(河川法26条1項)、それに違反すると1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処される(河川法102条柱書)ので、一見義務が課されているように思われる。しかし、この義務は抽象的な可能性にとどまり、直接義務を課されたとは言えない。河川法26条1項の許可の申請をした後に、その不許可処分や何らの処分もなされないことを訴訟で争うほうが適切であり、この段階という観点からも、本件指定は処分でないと考えたほうが適当である。
以上より、本件指定に処分性は認められない。
[設問2]
河川管理者は、河川法の規定に違反した者に対して、工作物の除去を命ずることができる(河川法75条1項柱書)。河川区域内の土地において工作物を新築しようとする者は、河川管理者の許可を受けなければならない(河川法26条1項)。A県知事は河川管理者である。本件コテージが本件指定による河川区域内にあり、本件指定に瑕疵はないと仮定した場合、Cは許可を受けずに2000年に河川区域内の土地において工作物を新築したことになる。このようにCは河川法の規定に違反しているので、A県知事は本件コテージという工作物の除去を命ずることができる。つまり、本件命令の内容は適法ということになる。また、行政手続法上の手続を執ったと問題文にあるので、手続的にも適法である。
行政庁の行為にも、信義則(民法2条2項、3項)の適用があると解されている。日本国憲法は、大日本帝国憲法とは異なり、行政庁の無びゅう性を前提としていないからである。ただ、公権力の行使という特性を踏まえて、慎重に信義則を適用しなければならない。
Cとしては、本件コテージ建築の際に、本件図面に表示された河川区域の境界から数メートル離れており、河川区域外にあると判断した。そしてその後も2014年7月に至るまで、河川法上の問題についてA県知事から指摘を受けることがなかったばかりか、2013年6月に、A県の建築指導課の職員Dを通じて河川課の担当職員Eの「測量をしないと正確なことは言えないが、今のところ、本件コテージは河川区域外にあると理解している」旨の回答をCは聞いている。それにもかかわらず本件命令を行うことは、信義則に反し違法であるとCが主張することが考えられる。
本件図面は、河川管理者のA県知事が調整・保管することが要求されているものであり(河川法12条1項)、閲覧も予定されている(河川法12条4項)ので、重要な資料ではあるが、河川という自然の性質上、寸分違わず記載されているとは期待できない。Eの発言にしても、「測量をしないと正確なことは言えないが」という留保付きであった。そして何より、本件コテージを除去しないと河川の急激な増水などで危険であり、それを踏まえると、信義則を適用して本件命令が違法だとするべきではない。
以上より、Cは、本件取消訴訟において、本件命令は信義則に反して違法であると主張することが考えられるが、その違法事由は認められない。なお、取消訴訟の違法と国家賠償訴訟の違法とは必ずしも同じではないので、別途国家賠償請求訴訟で違法だと認定される可能性はある。
以上
感想
関連する判例も頭に思い浮かび、事実や河川法の条文もまずまずうまく拾えたので、練習した成果は発揮できたと思います。