問題
〔第1問〕(配点:50)
次の事例を読んで,後記の設問に答えなさい。
【事 例】
Xは,平成20年3月に大学の理工学部を卒業し,自動車製造会社に勤務していたが,自己が希望していた電気自動車の開発に携わることができず,営業を担当させられたことから,転職したいと考えるようになった。
学校法人Yは,同法人が経営する私立高校(以下「Y高校」という。)について,理数系特進クラスを設けて生徒数を増加させるとの方針を採り,理科系教育に力を入れるべく,物理教員の中途採用を拡充することとし,平成23年6月に,就職情報誌に物理教員の中途採用者募集広告を出した。当該募集広告には,中途採用者の給与に関し,「既卒者でも収入面のハンデはありません。例えば,平成20年3月大卒の方なら,同年に新卒で採用した教員の現時点での給与と同等の額をお約束いたします。」などと記載されていた。
Xは大学在学中に教員を志望し,教員免許を取得していたこともあり,前記募集広告を見て応募し,筆記試験を受け,平成23年9月に実施された採用説明会に出席した。同説明会において,XがYから示された書面では,採用後の労働条件について,各種手当の額は表示されていたものの,基本給については具体的な額を示す資料は提示されなかった。
Xは,同年10月に実施された採用面接の際,Yの理事長から,「契約期間は平成24年4月1日から1年ということに一応しておきます。その1年間の勤務状態を見て再雇用するかどうかを決めたいと思います。その条件で良ければあなたを本校に採用したいと思います。」と言われたが,Xとしては,早く転職して念願の教員になりたかったことから,その申出を承諾するとともに,「私は,平成25年3月31日までの契約期間1年の常勤講師としてYに採用されることを承諾いたします。同期間が満了したときは解雇予告その他何らの通知を要せず,期間満了の日に当然退職の効果が生ずることに異議はありません。」という内容の誓約書をYに提出した。なお,Yは,教員経験のない者を新規採用する際の契約期間については,Xに限らず,これを1年としていたが,同期間経過後に引き続き雇用する場合に契約書作成の手続等は採られていなかった。
Xは,Yに採用され,平成24年4月1日からY高校において物理教員として勤務し,同僚教員と同程度の週12時限の特進クラスの授業を受け持ち,卓球部の顧問として部活指導等も行っていた。そうした中,Xは,同年8月に至って,自己の給与については,平成24年4月に新卒で採用された教員の給与と同等の給与であることを初めて知らされ,Yに対し,平成20年4月に新卒で採用された教員の現時点での給与と同等の給与への増額を求めたものの認められなかった。
Yの就業規則には,「賞与として,7月10日(算定対象期間:前年12月1日から当年5月31日まで)及び12月25日(同期間:6月1日から11月30日まで)に,それぞれ基本給の1か月分を支給する。」という規定があった。ところが,Yは,特進クラス創設に伴い,大規模な設備投資や多数の教員採用等を行ったことから,経営状態が急激に悪化し,資金繰りに窮するようになり,平成24年12月の賞与を支払えない見込みとなった。そこで,Yの理事長は,平成24年12月14日,教職員に対する説明会を開催し,平成24年12月の賞与を支払えないこと及びその理由を説明したところ,教職員側からは何ら異議は出ず,また,Xを含む教職員全員から,平成24年12月の賞与の不支給について同意する旨の書面が提出された。しかし,Yは,就業規則の変更は行わなかった。そして,その後,Yは,平成24年12月の賞与を教職員に支払っていない。
その後,Yは,父母会からXの授業は特進クラスのレベルに達していないとのクレームが相次いでいるため再雇用はしないとして,Xに対し,平成25年3月31日をもってXの労働契約は期間満了により終了する旨の通知を行った。
〔設 問〕
弁護士であるあなたが,Xから,Y高校で今後も教員として働き続けるため,並びに,本来支給されるべきものと考えた賃金及び賞与を得るため,Yを相手方として訴えを提起したいとの相談を受けた場合に検討すべき法律上の問題点を指摘し,それについてのあなたの見解を述べなさい。
練習答案
まずXがY高校で今後も働き続けるという雇用契約について検討する。次にXの基本給について論じる。最後にXがYに対し平成24年12月の賞与の支払いを請求することを考える。
1.XとYとの間の雇用契約について(XがY高校で今後も教員として働き続けるという要求)
平成24年4月1日以前にXとYとの間で締結された契約は、Xが平成24年4月1日から平成25年3月31日までYで勤務をするという有期雇用契約であった。雇用契約書などと題された書面は存在しないようであるが、平成23年10月に実施された採用面接の際にYの理事長から提案された申し出に対して、Xが誓約書をYに提出したことをもって先に述べた雇用契約が成立したと言える。期間満了の日(平成25年3月31日)に当然退職の効果が生ずること及び1年間の勤務状態を見て再雇用するかどうかをYが決めることについてXY両者の合意があった。
上記の契約内容からすると、平成25年3月31日をもってXとの雇用契約が期間満了により終了し、Xの勤務状態を理由として再雇用しないというYの主張は、原則的に適法である。
しかし無期雇用では解雇が規制されている(労働契約法第16条)のに比して、有期雇用では期間満了により当然に契約が終了するというのでは不均衡に労働者にとって不利である。そこで一定の場合には有期雇用契約が更新されたものとみなすと労働契約法第19条に規定されている。本件では第2号の「労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること」という規定が関係する。具体的には、採用面接の際にYの理事長が「契約期間は平成24年4月1日から1年ということに一応しておきます」(傍点は本答案の作成者による)と発言していること、及びこれまで再雇用する場合に契約書作成の手続等が採られていなかったことがその根拠になる。これらの事情から、表面的には一年の有期雇用契約になっていても、契約が更新されるものと期待していたとXは主張することができる。
それだけではXが契約の更新を期待するには弱く、原則通りYの主張が認められて、Xは平成25年4月1日以降にY高校で教員として働き続けることはできないと私は考える。
2.基本給について(Xの主張する増額が認められるかどうか)
基本給について、募集広告では、「平成20年3月大卒の方なら、同年に新卒で採用した教員の現時点での給与と同等の額をお約束いたします」と記載されていた。ただしこれは誘引にすぎず契約内容にそのままなるとは限らない。これとは別の条件で合意がされればそちらが契約内容になる。
本件では採用の際に、基本給については具体的な額を示す資料が提示されていなかった。そうであるなら募集広告記載の条件で黙示の合意があったとXは主張することができる。この主張が認められれば、Xは実際に支払いを受けた給与と平成20年4月に新卒で採用された教員のその時点での給与との差額の支払いをYに請求することができる。
Yは採用の際に基本給の額を示そうと思えば示すことができたにもかかわらず示さなかったのであるから、Xの主張する黙示の合意が認められると私は考える。
3.平成24年12月の賞与
Yの就業規則には基本給1ヶ月分の賞与の支給が規定されており、それによると平成24年12月の賞与の算定対象期間は平成24年6月1日から11月30日までとなり、この間XはYで勤務をしていたので、Xはこの賞与を受け取ることができるはずである。
しかしYは経営状態の悪化を理由として、この平成24年12月の賞与を支給しないことを、Xと合意したと主張するであろう。ただし就業規則の変更は行わなかった。
就業規則と個別合意のどちらが優先するかという問題になるが、私は就業規則が優先すると考える。というのも、使用者と労働者という力関係から個別合意は使用者に有利になりがちであり、それを正すために法律や就業規則などで一律に規定すべきだからである。
以上
修正答案
まずXがY高校で今後も働き続けるために雇用契約について検討する。次にXの基本給について論じる。最後にXがYに対し平成24年12月の賞与の支払いを請求することを考える。
1.XとYとの間の雇用契約について(XがY高校で今後も教員として働き続けるという要求)
XはY高校で今後も教員として働き続けるために、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する訴えを提起することになる。この訴えを認めてもらうためには、XとYとの間で期間の定めのない雇用契約が成立していてYの主張する解雇は無効であると主張することが、Xとしては最も有利である。
Yは、Xとの間で成立した雇用契約は期間の定めのある雇用契約であったと主張するであろう。確かにYは契約期間が1年であることをXに通告し、Xもそのことを承諾する書面を提出している。しかしながら、これをもってXY両者が契約期間を1年とすることに真に合意していたとは言えない。Xは常勤講師として勤務しているので、その業務内容が一時的・臨時的なものではなく、勤務を継続する意思を有することが通常であり、現に今後も働き続けることを希望している。Yが契約期間を1年にしようとした理由も、勤務状態を見て勤務を続けてもらうかを判断したいというものなので、1年という期間は雇用契約の存続する期間ではなく試用期間であると解釈するのが相当である。この1年という期間経過後に引き続き雇用する場合に契約書作成の手続等は採られていなかったという事情もこの解釈を補強する。要するに、XとYとの間では、平成24年4月1日以前に、試用期間を1年とする期間の定めのない雇用契約が締結されていたのである。
試用期間中の雇用契約は解約権留保付雇用契約であると一般に解されている。そこで、その留保しておいた解約権のYによる行使(試用期間中の解雇)が適法であるかを次に検討する。解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とされる(労働契約法第16条)。試用期間中の解雇は通常の解雇よりも広く認められるにしても、労働契約法第16条に照らして有効か無効かを判断することとなる。
父母会からXの授業は特進クラスのレベルに達していないとのクレームが相次いでいるという理由を示すだけで一方的にする解雇は、試用期間中の解雇であっても、社会通念上相当であるとは認められない。Xにだけクレームが寄せられているのかどうかもわからなければ、特進クラスの父母会の期待水準が適切なのかどうかもわからない。YがXを指導した形跡もなければ、Xに反論を述べる機会が与えられた形跡もない。このような状況下で解雇という重大な処分を行うことは権利の濫用である。
よって、Yの主張する解雇は無効であり、Xは雇用契約上の権利を有する地位にあると私は考える。
2.基本給について(Xの主張する増額が認められるかどうか)
基本給について、募集広告では、「平成20年3月大卒の方なら、同年に新卒で採用した教員の現時点での給与と同等の額をお約束いたします」と記載されていた。ただしこれは誘引にすぎず契約内容にそのままなるとは限らない。これとは別の条件で合意がされればそちらが契約内容になる。
本件では採用の際に、基本給については具体的な額を示す資料が提示されていなかった。そうであるなら募集広告記載の条件で黙示の合意があったとXは主張することができる。この主張が認められれば、Xは実際に支払いを受けた給与と平成20年4月に新卒で採用された教員のその時点での給与との差額の支払いをYに請求することができる。
Xは平成20年3月大卒の者である。そして「同年に新卒で採用した教員の現時点での給与と同等の額」というのは一義的にその額が定まる文言であり、明確さに欠けるところはない。その上でYは採用の際に基本給の額を示そうと思えば示すことができたにもかかわらず示さなかったのであるから、Xの主張する黙示の合意が認められると私は考える。労働基準法第15条第1項及び労働契約法第4条の趣旨からして労働条件を明示するのは使用者の義務であって労働者の義務ではない。Xに給与額を明らかにしようとしなかったという落ち度はない。
以上より、Xは実際に支払いを受けた給与と平成20年4月に新卒で採用された教員のその時点での給与との差額の支払いをYに請求することが認められると私は考える。
3.平成24年12月の賞与
Yの就業規則には基本給1ヶ月分の賞与の支給が規定されており、それによると平成24年12月の賞与の算定対象期間は平成24年6月1日から11月30日までとなり、この間XはYで勤務をしていたので、Xはこの賞与を受け取ることができるはずである。
しかしYは経営状態の悪化を理由として、この平成24年12月の賞与を支給しないことを、Xと合意したと主張するであろう。ただし就業規則の変更は行わなかった。
就業規則と個別に合意した労働条件のどちらが優先するかという問題になるが、就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約はその部分については無効となり、無効となった部分は就業規則で定める基準による(労働契約法第12条)。本件ではXが労働条件の変更に合意したのではなく賞与という債権そのものを放棄したのだとYは主張するかもしれないが、労働契約法第12条を潜脱するようなそうした主張が認められるべきではない。労働契約法第12条の制度趣旨は、使用者と労働者という力関係から個別合意は使用者に有利になりがちであり、それを正すために就業規則で最低基準を一律に規定すべきだというものだからである。
以上より、XのYに対する平成24年12月の賞与の支払い請求は認められると私は考える。
以上
感想
雇用契約については期間の定めのある雇用契約(有期雇用契約)だと思い込んで期待権で構成するしかなかったので苦戦しました。Xに有利にするためには試用期間構成にすべきですね。あとの部分は条文を丁寧に示すように修正しただけです。