問題
次の記述を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
甲は,傷害罪の共同正犯として,「被告人は,乙と共謀の上,平成25年3月14日午前1時頃,L市M町1丁目2番3号先路上において,Vに対し,頭部を拳で殴打して転倒させた上,コンクリート製縁石にその頭部を多数回打ち付ける暴行を加え,よって,同人に加療期間不明の頭部打撲及び脳挫傷の傷害を負わせたものである。」との公訴事実が記載された起訴状により,公訴を提起された。
〔設問1〕
冒頭手続において,甲の弁護人から裁判長に対し,実行行為者が誰であるかを釈明するよう検察官に命じられたい旨の申出があった場合,裁判長はどうすべきか,論じなさい。
〔設問2〕
冒頭手続において,検察官が,「実行行為者は乙のみである。」と釈明した場合,裁判所が,実行行為者を「甲又は乙あるいはその両名」と認定して有罪の判決をすることは許されるか。判決の内容及びそれに至る手続について,問題となり得る点を挙げて論じなさい。
練習答案
以下刑事訴訟法についてはその条数のみを示す。
[設問1]
公訴の提起は起訴状を提出してこれをしなければならず(256条1項)、起訴状には公訴事実を記載しなければならない(256条2項2号)。そして公訴事実は訴因を明示してこれを記載しなければならず、訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない(256条3項)。このように規定されているのは、当事者主義が採用されている刑事訴訟で裁判所に対して審判範囲を明確にするとともに、被告人に対して防御対象をはっきりとさせ被告人が十分な防御活動をすることができるようにするためである。
本件起訴状に記載された公訴事実では、被告人甲の防御対象がはっきりしておらず、訴因の明示が不十分である。甲が実行行為者でなければ甲は乙との共謀について防御活動を行うか、乙の実行行為について防御活動するかして、そのいずれかに成功すれば傷害罪に問われずにすむ。甲が実行行為者であれば、何よりもまずその実行行為について防御活動をしなければ有罪は避けられないだろう。乙の実行行為があろうがなかろうが甲の傷害罪の成立には影響しないし、甲の乙との共謀についての防御が成立しても、甲は傷害罪の単独正犯として罪に問われてしまう。
以上のように、本件において、実行行為者が誰であるかが不明であると被告人甲の防御対象がはっきりせず、不意打ちのように罪の成立が認められてしまうおそれがあるので、裁判長は、検察官に対して、実行行為者が誰であるかを示して訴因を明示するように釈明を求めるべきである。
[設問2]
第1 判決の内容
[設問1]で述べたように、256条で起訴状の提出、公訴事実の記載、訴因の明示が必要とされているのは、裁判所に対して審判範囲を明確にするためである。
本件では、甲について、起訴状記載の時間(平成25年3月14日午前1時頃)、場所(L市M町1丁目2番3号先路上)、対象(V)、態様(頭部を拳で殴打して転倒させた上、コンクリート製縁石にその頭部を多数回打ち付ける暴行を加え、よって、同人に加療期間不明の頭部打撲及び脳挫傷の傷害を負わせた)の傷害罪という審判対象が明確に画定されている。裁判所が別の日時や対象を異にする別個の傷害罪を認定することはできないが、本件の実行行為者が甲であれ乙であれその両名であれ、同じ傷害罪の枠内なので、判決の内容に問題はない。
第2 判決の手続
[設問1]で述べたように、本件で実行行為者が誰であるかは被告人甲の防御にとって大きな意義を有している。検察官が「実行行為者は乙のみである。」と釈明した場合、甲としてはそれに応じて乙との共謀や乙の実行行為に防御活動を集中させることになる。それにもかかわらず、裁判所が、実行行為者を「甲又は乙あるいはその両名」と認定して有罪の判決をすることは許されない。甲の防御権を侵害しているからである。甲としてはその判決が予想されるのなら自らの実行行為について防御活動をしたのにと不満に思うはずであり、公正な裁判とは言えなくなる。
以上
修正答案
以下刑事訴訟法についてはその条数のみを示す。
[設問1]
公訴の提起は起訴状を提出してこれをしなければならず(256条1項)、起訴状には公訴事実を記載しなければならない(256条2項2号)。そして公訴事実は訴因を明示してこれを記載しなければならず、訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない(256条3項)。このように規定されているのは、当事者主義が採用されている刑事訴訟で裁判所に対して審判範囲を明確にするとともに、被告人に対して防御対象をはっきりとさせ被告人が十分な防御活動をすることができるようにするためである。
審判範囲については、他の犯罪と識別できないほど訴因が不明確であれば、裁判長は求釈明をしなければならないと考えられる。本件起訴状に記載された公訴事実では、実行行為者が誰であるか記載されていなくても、審理の対象となる犯罪はVを被害者とする平成25年3月14日午前1時頃のL市M町1丁目2番3号先路上における傷害事件であると確定できて、他の犯罪から識別することはできるので、裁判長が求釈明をしなければならないということはない。
被告人の防御対象については、被告人の防御権を実質的に保障するように、裁判長は求釈明をすべきである。本件起訴状に記載された公訴事実では、被告人甲の防御対象がはっきりしておらず、訴因の明示が不十分である。甲が実行行為者でなければ甲は乙との共謀について防御活動を行うか、乙の実行行為について防御活動するかして、そのいずれかに成功すれば傷害罪に問われずにすむ。甲が実行行為者であれば、何よりもまずその実行行為について防御活動をしなければ有罪は避けられないだろう。その場合、乙の実行行為があろうがなかろうが甲の傷害罪の成立には影響しないし、甲の乙との共謀についての防御が成立しても、甲は傷害罪の単独正犯として罪に問われてしまう。
以上のように、本件において、実行行為者が誰であるかが不明であると、審判範囲の罪は特定されているものの、被告人甲の防御対象がはっきりせず、不意打ちのように罪の成立が認められてしまうおそれがあるので、裁判長は、検察官に対して、実行行為者が誰であるかを示して訴因を明示するように釈明を求めるべきである。
[設問2]
第1 判決の内容
[設問1]で述べたように、256条で起訴状の提出、公訴事実の記載、訴因の明示が必要とされているのは、裁判所に対して審判範囲を明確にするためである。
本件では、甲について、起訴状記載の時間(平成25年3月14日午前1時頃)、場所(L市M町1丁目2番3号先路上)、対象(V)、態様(頭部を拳で殴打して転倒させた上、コンクリート製縁石にその頭部を多数回打ち付ける暴行を加え、よって、同人に加療期間不明の頭部打撲及び脳挫傷の傷害を負わせた)の傷害罪という審判対象が明確に画定されている。裁判所が別の日時や対象を異にする別個の傷害罪を認定することはできないが、本件の実行行為者が甲であれ乙であれその両名であれ、同じ傷害罪の枠内なので、判決の内容に問題はない。このような択一的認定であっても、同一の犯罪の構成要件内でのことなので、判決の内容としては問題ない。
第2 判決の手続
[設問1]で述べたように、本件で実行行為者が誰であるかは被告人甲の防御にとって大きな意義を有している。検察官が「実行行為者は乙のみである。」と釈明した場合、その内容が実質的に訴因を形成し、甲としてはそれに応じて乙との共謀や乙の実行行為に防御活動を集中させることになる。それにもかかわらず、裁判所が、実行行為者を「甲又は乙あるいはその両名」と認定して有罪の判決をすることは許されない。甲の防御権を侵害しているからである。甲としてはその判決が予想されるのなら自らの実行行為について防御活動をしたのにと不満に思うはずであり、公正な裁判とは言えなくなる。このような場合は、検察官が訴因の変更をして、実行行為者という争点について実質的な攻防をした後でなければ、「甲又は乙あるいはその両名」と認定して有罪の判決をすることは許されない。
以上
感想
裁判所に対する審判範囲の明確化と被告人に対する防御権の保障という2つの観点を出し、[設問2]では前者を判決の内容に、後者を判決の手続に割り振りましたが、その考え方でよいのかやや自信がありません。