平成24年司法試験論文刑事系第2問答案練習

問題

〔第2問〕(配点:100)
次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。

 

【事 例】
1 平成23年10月3日,覚せい剤取締法違反の検挙歴を有する者がH県警察I警察署を訪れ,司法警察員Kに対し,「昨日(同月2日),H県I市J町にある人材派遣会社のT株式会社の社長室で,代表取締役社長甲から,覚せい剤様の白色粉末を示され,『シャブをやらないか。安くするよ。』などと覚せい剤の購入を勧められた。自分は断ったけれども,甲は,裏で手広く覚せい剤の密売を行っているといううわさがある。」旨の情報提供をした。そこで,司法警察員Kは,部下に,T株式会社についての内偵捜査を命じた。同社は,H県I市J町○丁目△番地に平屋建ての事務所建物を設けて人材派遣業を営んでおり,代表取締役社長の甲以外に数名の従業員が同事務所で働いていることが判明した。また,司法警察員Kの部下が同事務所を見張っていたところ,かつて覚せい剤取締法違反で検挙したことのある者数名が同事務所に出入りしているのが確認できた。その後,司法警察員Kは,部下に,同事務所に出入りしている人物1名に対する職務質問を実施させたが,その者はこれに応じなかったため,司法警察員Kは,証拠隠滅を防ぐには,すぐにT株式会社に対する捜索差押えを実施する必要があると考えた。そこで,司法警察員Kは,同月5日,H地方裁判所裁判官に,被疑者を「甲」,犯罪事実の要旨を「被疑者は,営利の目的で,みだりに,平成23年10月2日,H県I市J町○丁目△番地所在のT株式会社において,覚せい剤若干量を所持した。」として捜索差押許可状の発付を請求した。これを受けて,H地方裁判所裁判官は,捜索すべき場所を「H県I市J町○丁目△番地T株式会社」,差し押さえるべき物を「本件に関連する覚せい剤,電子秤,ビニール袋,はさみ,注射器,手帳,メモ,ノート,携帯電話」とする捜索差押許可状を発付した。

2 司法警察員Kらは,同月5日午後3時,T株式会社事務所に赴き,応対に出た同社従業員のWに対し,「警察だ。社長のところに案内してくれ。」と告げて同事務所に入り,Wの案内で社長室に入ったところ,そこには,甲及び同社従業員の乙の2名がいた。司法警察員Kらは,甲に前記捜索差押許可状を呈示した上で,捜索に着手し,同社長室内において,電子秤,チャック付きの小型ビニール袋100枚,注射器50本のほか甲の携帯電話を発見してこれらを差し押さえた。
 捜索が継続中の同日午後3時16分,T株式会社事務所に宅配便荷物2個が届き,Wがこれを受領した。同宅配便荷物は,1個が甲宛て,もう1個は乙宛てであったが,いずれも差出人は「U株式会社」,内容物については「書籍」と記載されていた上,伝票の筆跡は酷似し,外箱も同じであった。Wは,これを社長室に届け,甲宛ての荷物を甲に,乙宛ての荷物を乙に渡した。甲は,手に持った荷物に貼付されていた伝票を見た後,乙の顔を見て,「受け取ってしまったものは仕方がないよな。今更返せないよな。」などと言い,この荷物を自分の足下に置いた。これに対し,乙も,甲の顔を見ながら,「そうですね。仕方ないですね。」などと言い,同じく,受け取った荷物を自分の足下に置いた。このやり取りを不審に思った司法警察員Kは,甲及び乙に,「どういう意味か。」と聞いたが,甲及び乙は,いずれも,無言であった。
 司法警察員Kは,差し押さえた甲の携帯電話の確認作業を行ったところ,丙なる人物から送信された「ブツを送る。いつものようにさばけ。10月5日午後3時過ぎには届くはずだ。二つに分けて送る。お前宛てのは,お前1人でさばく分,乙宛てのは,お前と乙の2人でさばく分だ。10日間でさばき切れなかったら,取りあえず送り返せ。乙にも伝えておけ。」と記載されたメールを発見した。さらに,司法警察員Kは,甲から乙宛てに送信した「丙さんから連絡があった。10月5日午後3時過ぎには,新しいのが届く。2人でさばく分も来る。その日,午後3時前には社長室に来い。ブツが届いたら2人で分ける。」と記載されたメールを発見するとともに,乙から送信された「分かりました。その頃に社長室に行きます。」と記載されたメールを発見した。この間,司法警察員Kが,伝票に記載されていた「U株式会社」の所在地等について部下に調べさせたところ,その地番は実在せず,また,電話番号も現在使用されていないものであることが判明した。
このような経緯から,司法警察員Kは,これらの宅配便荷物2個には,いずれも,覚せい剤が入っていると判断し,甲及び乙に対し,それぞれの荷物の開封を求めた。しかし,甲及び乙は,いずれも,「勘弁してください。」と言い,その要請を拒否した。その後も司法警察員Kは,同様の説得を繰り返したが,甲及び乙は応じなかった。
 そこで,司法警察員Kは,同日午後3時45分,乙宛ての荷物を開封した[捜査①]。その結果,荷物の中から大量の白色粉末が発見された。次いで,司法警察員Kは,甲宛ての荷物を開封したところ,こちらからも乙宛ての荷物の半分くらいの量の白色粉末が発見された。司法警察員Kは,これらの白色粉末は覚せい剤だと判断し,甲及び乙に,「これは覚せい剤だな。売るためのものだな。覚せい剤かどうか調べさせてもらうぞ。」と言った。これに対し,甲は,「ばれてしまったものは仕方がない。調べるなり何なり好きにしていい。」と言い,乙も,「仕方ないな。俺宛てのものも調べてもいい。」などと言った。そこで,司法警察員Kは,部下に命じて,各荷物に入っていた白色粉末が覚せい剤か否か試薬を用いて調べさせたところ,いずれも覚せい剤である旨の結果が出たことから,同日午後3時55分,甲及び乙を,いずれも営利目的での覚せい剤所持の事実で現行犯逮捕し,それぞれに伴う差押えとして,各覚せい剤を差し押さえた。

3 司法警察員Kは,甲及び乙による覚せい剤密売の全容を明らかにするためには,乙の携帯電話や手帳等を押収する必要があると考え,乙に対し,これらの所在場所を確認したものの,乙は無言であった。そこで,司法警察員Kは,甲にも確認したが,甲は,「さあ,どこにあるか知らない。隣の更衣室のロッカーにでも入っているんじゃないの。でも,更衣室もロッカーも,社長の俺が管理しているけど,中の荷物は乙のものだから,乙に聞いてくれ。」などと言った。これを受けて,司法警察員Kが,乙に対し,ロッカーの中を見せるよう求めたところ,乙は,「俺のものを勝手に荒らされたくない。」と述べて拒否した。
 そこで,司法警察員Kは,乙に対する説得を諦め,部下を連れて社長室に隣接している更衣室に入った。乙と表示のあるロッカーは,施錠されていたことから,司法警察員Kは,乙に対し,鍵を開けるよう言ったが,乙は応じなかった。そのため,司法警察員Kは,同日午後4時20分,社長室の壁に掛かっていたマスターキーを使って同ロッカーを解錠し,捜索を実施した[捜査②]。同ロッカーには,乙の運転免許証が入った財布が入っており,乙のロッカーであることは確認できたものの,差し押さえるべき物は発見できず,司法警察員Kらは捜索を終了した。

4 その後,司法警察員Kら及び事件の送致を受けたH地方検察庁検察官Pが所要の捜査を行った。甲及び乙は,事実関係を認め,密売をするために覚せい剤をT株式会社社長室で所持していたこと,甲宛ての覚せい剤は甲1人で密売するためのもの,乙宛ての覚せい剤は甲と乙が2人で密売するためのものであることなどを述べた。一方で,甲及び乙は,各覚せい剤について,密売組織の元締である丙から送られたもので,10日間の期限内に売り切れなかった分は丙に送り返さなければならなかったこと,覚せい剤の売上金は,その9割を丙に送金しなければならず,自分たちの取り分は合わせて1割だけであったことなどを述べた。また,甲宛ての宅配便荷物内に入っていた覚せい剤は100グラム,乙宛ての宅配便荷物内に入っていた覚せい剤は200グラムであった。
 同月26日,検察官Pは,甲について,営利の目的で,単独で,覚せい剤100グラムを所持した事実(公訴事実の第1事実),及び,営利の目的で,乙と共謀して,覚せい剤200グラムを所持した事実(公訴事実の第2事実)で,H地方裁判所に起訴した(甲に対する公訴事実は【資料1】のとおり)。また,検察官Pは,乙についても,営利の目的で,甲と共謀して,覚せい剤200グラムを所持した事実で,H地方裁判所に起訴し,甲及び乙は,別々に審理されることとなった。
 なお,検察官Pは,甲及び乙を起訴するに当たり,両名について,丙との間の共謀の成否を念頭に置いて捜査し,丙が実在する人物であることは確認できたものの,最終的には,丙及びその周辺者が所在不明であり,これらの者に対する取調べを実施できなかったことなどから,甲及び乙と,丙との間の共謀については立証できないと判断した。

5 同年11月24日に開かれた甲に対する第1回公判期日で,甲及びその弁護人Bは,被告事件についての陳述において,公訴事実記載の客観的事実自体はこれを認めたが,弁護人Bは,覚せい剤は,密売組織の元締である丙の手足として,その支配下で甲らが販売を行うことになっていたもので,公訴事実の第1事実及び第2事実いずれについても,丙との共謀が成立することを主張し,その旨の事実を認定すべきであるとの意見を述べた。引き続き,検察官Pは冒頭陳述を行い,甲らが丙から覚せい剤を宅配便荷物により交付されたことについて言及したものの,それ以上,甲らと丙との関係には言及しなかった。
 証拠調べの結果,裁判所は,公訴事実について,①甲らが,営利の目的で,同日同所において,各分量の覚せい剤を所持した事実自体は認められる,②各覚せい剤の所持が,丙との共謀に基づくものである可能性はあるものの,共謀の存否はいずれとも確定できない,③仮に甲らと丙との間に共謀があるとした場合,甲らは従属的立場にあることになるから,甲らと丙との間に共謀がない場合よりは犯情が軽くなる,と考えた。
 論告・弁論を経て,裁判所は,同年12月8日に開かれた公判期日において,【資料1】の公訴事実に対し,格別の手続的な手当てを講じないまま,弁護人Bの主張どおり,【資料2】の罪となるべき事実を認定し,甲に有罪判決を宣告した。

 

〔設問1〕 下線部の[捜査①]及び[捜査②]の適法性について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。[捜査②]については,捜索差押許可状に基づく捜索としての適法性及び乙の現行犯逮捕に伴う捜索としての適法性の両者を論じなさい。
 なお,甲の携帯電話の差押え及びその中身の確認までの一連の手続の適法性については問題がないものとする。

 

〔設問2〕 裁判所が,【資料1】の公訴事実の第1事実に対し,【資料2】の罪となるべき事実の第1事実を認定したことについて,判決の内容及びそれに至る手続の適否を論じなさい。
 なお,取り調べられた証拠の証拠能力及び裁判所によるその証明力の評価並びに公訴事実の罪数評価については問題がないものとする。

 

(参照条文) 覚せい剤取締法
第41条の2 覚せい剤を,みだりに,所持し,譲り渡し,又は譲り受けた者(第42条第5号に該当する者を除く。)は,10年以下の懲役に処する。
2 営利の目的で前項の罪を犯した者は,1年以上の有期懲役に処し,又は情状により1年以上の有期懲役及び500万円以下の罰金に処する。
3 (略)

 

【資料1】
公訴事実
被告人は
第1 営利の目的で,みだりに,平成23年10月5日,H県I市J町○丁目△番地T株式会社社長室において,覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの粉末100グラムを所持し
第2 (以下,省略)
たものである。

 

【資料2】
罪となるべき事実
被告人は
第1 丙と共謀の上,営利の目的で,みだりに,平成23年10月5日,H県I市J町○丁目△番地T株式会社社長室において,覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの粉末100グラムを所持し
第2 (以下,省略)
たものである。

 

練習答案

以下刑事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 日本国憲法35条により、何人も逮捕される場合を除いては、令状なしにその所持品について捜査及び押収を受けることのない権利を有する。強制捜査はこの法律に特別の定のある場合でなければすることができないとする197条1項も同趣旨である。
 司法警察職員は被疑者を令状により又は現行犯で逮捕する場合に、必要があるときは逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすることができる(220条1項2号)。また、司法警察職員は、犯罪の捜査をするにいて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、捜索又は検証をすることができる(218条1項)。
 よって捜査の適法性を論じる際には、これらの規定に合致しているかを検討することになる。
 1.捜査①の適法性
 捜査①は令状による捜査なので、上記218条1項に基づいて適法性が判断される。そこでは「犯罪の捜査をするについて必要があるとき」という要件が掲げられていて、その令状には被疑者の氏名、罪名、差し押さえるべき物、捜索すべき場所、有効期間などを記載しなければならない(219条1項)。これはこうした記載事項から定まる必要性を超えて強制捜査をすることを防ぐという趣旨である。
 この観点から本件の捜査①を検討すると、被疑者を甲、犯罪事実の要旨を「被疑者は、営利の目的で、みだりに、(中略)、覚せい剤若干量を所持した。」、差し押さえるべき物を「本件に関連する覚せい剤、(中略)」とする捜索差押許可状(令状)が発付されていた。乙宛ての荷物を開封するという捜査①の行為がこの令状によって定められる捜査の必要性を逸脱しないかが問題となり得る。
 捜査①以前の適法な甲の携帯電話の確認作業から、乙宛の荷物は宛名こそ乙であっても甲と乙の共有に属し、中身は覚せい剤であり、それを甲と乙が売る目的であったということがうかがわれた。こうした事情から、捜査①は本件捜索差押許可状から定まる捜査の必要性の範囲内であり、適法である。
 2.捜査②の適法性
 (1)捜索差押許可状に基づく捜索としての適法性
 上でしたのと同じ要領で適法性を考えると、乙のロッカーを解錠し、捜索を実施するということは、本件捜索差押許可状から定まる捜査の必要性の範囲を逸脱している。被疑者である甲が覚せい剤を所持したという犯罪事実から極めて遠く離れているからである。裁判官が本件捜索差押許可状を発付した時点では乙の存在すら認識されていなかったのだからなおさらである。司法警察員Kは、甲及び乙による覚せい剤密売の全容を明らかにするためには、乙の携帯電話や手帳等を押収する必要があると考えたとのことであるが、それで必要性が満たされてしまうと事前に裁判官が令状を発付すると刑事訴訟法で定めた意味がなくなってしまう。
 このように令状の範囲外で、捜索を拒否している乙のロッカーをマスターキーで解錠して捜索を実施するという捜査②は、捜索差押許可状に基づく捜索としては違法である。強制捜査を法の定めなしに行うことになるからである。
 (2)乙の現行犯逮捕に伴う捜索としての適法性
 冒頭で述べたように、220条1項2号に基づいて現行犯逮捕をする場合に、必要があるときは逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすることができる。これが許されているのは、逮捕の現場には証拠がある可能性が高く、それを隠滅されることを防ぐためである。
 乙は社長室で逮捕されたが、そこに隣接している更衣室は逮捕の現場であると言える。同じ建物内で距離が近いということに加えて、更衣室と社長室などは機能分化しつつ一体の目的のもとに存在しており、証拠が更衣室にある可能性が高いからである。よって捜査②の行われた場所に問題はない。また、乙のロッカーを捜索することは、乙が営利目的で覚せい剤を所持していたという犯罪事実とも直接つながる。よって必要性も満たす。この時点でこのロッカーを捜索しておかないと、そのロッカーの中にある証拠が隠滅されることも十分考えられる。
 以上より、乙の現行犯逮捕に伴う捜査としては適法である。

 

[設問2」
 公訴は、検察官がこれを行う(247条)が、被告人の氏名、公訴事実、罪名を記載した起訴状を提出してこれをしなければならない(256条1項、2項)。被告人はこの範囲で防御をして、裁判所もこの範囲で判決を下す。起訴状の範囲外の判決を下されると被告人の防御権が侵害されてしまう。起訴状と判決にずれがあるように見えるときは、判決が起訴状の範囲内にあるのか範囲外に出てしまっているのかを検討しなければならない。
 資料1と資料2を見くらべると、判決には「丙と共謀の上」という文言が付け加えられている。これは一見起訴状の公訴事実の範囲外にあるように思われるが、実は範囲内である。というのも、「丙と共謀の上」というのはもっぱら犯情に関わる部分であって、丙との共謀がなければおよそ犯罪が成立しないというわけではない。公訴事実の冒頭に「丙と共謀の上又は単独で」という文言が暗黙のうちに含まれていたと考えるとよりわかりやすい。このような記載も256条5項で許されている。
 手続的に、裁判所は訴因の変更を命じることもできた(312条2項)が、これをしなかったからといって不適当だったとは言えない。また、甲に防御権を侵害されたという事情も見当たらない。
 以上より、裁判所が資料1の公訴事実の第1事実に対し、資料2の罪となるべき事実の第1事実を認定したことについて、判決の内容及びそれに至る手続は適当であった。

以上

 

修正答案

以下刑事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 日本国憲法35条により、何人も逮捕される場合を除いては、令状なしにその所持品について捜査及び押収を受けることのない権利を有する。強制捜査はこの法律に特別の定のある場合でなければすることができないとする197条1項も同趣旨である。
 司法警察職員は被疑者を令状により又は現行犯で逮捕する場合に、必要があるときは逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすることができる(220条1項2号)。また、司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、捜索又は検証をすることができる(218条1項)。
 よって捜査の適法性を論じる際には、これらの規定に合致しているかを検討することになる。
 1.捜査①の適法性
 捜査①は令状による捜査なので、上記218条1項に基づいて適法性が判断される。そこでは「犯罪の捜査をするについて必要があるとき」という要件が掲げられていて、その令状には被疑者の氏名、罪名、差し押さえるべき物、捜索すべき場所、有効期間などを記載しなければならない(219条1項)。これはこうした記載事項から定まる必要性を超えて強制捜査をすることを防ぐという趣旨である。
 この観点から本件の捜査①を検討すると、被疑者を甲、犯罪事実の要旨を「被疑者は、営利の目的で、みだりに、(中略)、覚せい剤若干量を所持した。」、捜索すべき場所を「H県I市J町○丁目△番地T株式会社」、差し押さえるべき物を「本件に関連する覚せい剤、(中略)」とする捜索差押許可状(令状)が発付されていた。つまり、捜索すべき場所を管理しているT株式会社の管理権が及ぶ物を、被疑者・犯罪事実・差し押さえるべき物に適合する範囲内で有効期間内に捜査することが許されたのである。そこで捜査開始後に運び込まれた乙宛ての荷物を開封するという捜査①の行為がこの令状によって許された範囲を逸脱しないかが問題となり得る。
 まず、捜査開始後に運び込まれた荷物を捜索するのは適法である。捜索すべき場所に有効期間中存在すると想定される物には令状の審査が及んでいるからである。捜査の開始時間は捜査機関の裁量に委ねられているところ、仮に荷物が運び込まれてから捜査を開始していたとしたら当然適法に捜索できていたのだから、このことは明らかである。
 乙宛の荷物を開封して捜査するのも本件の事情下では適法である。捜査①以前の適法な甲の携帯電話の確認作業から、乙宛の荷物は宛名こそ乙であっても甲と乙の共有に属し、中身は覚せい剤であり、それを甲と乙が売る目的であったということがうかがわれた。また、荷物が届けられたのは乙の自宅ではなくT株式会社であった。こうした事情から、本件荷物にはT株式会社の管理権が及んでおり、令状に記載された被疑者・犯罪事実・差し押さえるべき物(甲が営利目的で所持している覚せい剤)にも適合するので、それを捜査するのは適法である。
 以上より、捜査①は本件捜索差押許可状から定まる捜査の必要性の範囲内であり、適法である。
 2.捜査②の適法性
 (1)捜索差押許可状に基づく捜索としての適法性
 上でしたのと同じ要領で適法性を考えると、乙のロッカーを解錠し、捜索を実施するということは、本件捜索差押許可状から定まる捜査の必要性の範囲を逸脱している。
 施錠された乙のロッカーにはT株式会社の管理権は及ばない。鍵のかけられたロッカーというのはプライバシーの度合いが高く、いくらそのロッカーが会社の備品でマスターキーもあったとしても、会社が勝手に開けられるものではない。この点において令状で許された範囲を超える。
 このように令状の範囲外で、捜索を拒否している乙のロッカーをマスターキーで解錠して捜索を実施するという捜査②は、捜索差押許可状に基づく捜索としては違法である。強制捜査を法の定めなしに行うことになるからである。
 (2)乙の現行犯逮捕に伴う捜索としての適法性
 冒頭で述べたように、220条1項2号に基づいて現行犯逮捕をする場合に、必要があるときは逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすることができる。これが許されているのは、逮捕の現場には証拠がある可能性が高く、それを隠滅されることを防ぐためである。逮捕というより侵害の度合いが強い行為が適法に行われているのだから、仮に捜索差押許可状の発付を請求したら当然認められる状況なので、適法に捜索・差押ができるのである。本件では、被疑者を乙、捜索すべき場所を逮捕の現場、有効期間を逮捕をする場合、その他の点では甲に対するものと同じである捜索差押許可状が発付されたと擬制できるのである。
 乙は社長室で逮捕されたが、そこに隣接している更衣室は逮捕の現場であると言える。同じ建物内で距離が近いということに加えて、更衣室と社長室などは機能分化しつつ一体の目的のもとに存在しており、証拠が更衣室にある可能性が高いからである。よって捜査②の行われた場所に問題はない。乙のロッカーを捜索することは、乙が被疑者となっているのでこの場合は問題にならない。また、逮捕の25分後なので逮捕をする場合であると言える。この時点でこのロッカーを捜索しておかないと、そのロッカーの中にある証拠が隠滅されることも十分考えられる。被疑事実と関連する乙の携帯電話や手帳等が存在する蓋然性も高い。
 以上より、乙の現行犯逮捕に伴う捜査としては適法である。

 

[設問2」
 公訴は、検察官がこれを行う(247条)が、被告人の氏名、公訴事実、罪名を記載した起訴状を提出してこれをしなければならない(256条1項、2項)。そして公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない(256条3項)。被告人はこの範囲で防御をして、裁判所もこの範囲で判決を下す。起訴状と判決にずれがあるように見えるときは、判決が起訴状の範囲内にあるのか範囲外に出てしまっているのかを検討しなければならない。
 資料1と資料2を見くらべると、判決には「丙と共謀の上」という文言が付け加えられている。これは起訴状の公訴事実の範囲外にある。公訴事実では一切共謀について触れられていないのに、判決でいきなり共謀が登場している。共謀の有無は決して些細な違いではないので、審判範囲がずれていることは明白である。本件では例外的に被告人である甲の防御権を侵害していないが、いきなり共謀を認定されると多くの場合は被告人の防御権を侵害することにもなる。よって少なくともこの判決に至る手続は違法であったと言える。もしこのような判決を下すのであれば、訴因変更が必要であった。本件では裁判所が訴因の変更を命じることになる(312条2項)。
 また、判決の内容そのものも違法である。証拠上存否を確定できない共謀を認定しているからである。確かに「疑わしきは被告人の利益に」という利益原則があるが、それは犯罪の成立の部分においてのみ妥当するのであり、犯情という情状の部分においては妥当しない。もしも情状の部分においても利益原則が妥当するとしたら、情状が不明な場合に常に被告人に有利になってしまい、不合理である。
 以上より、本件判決は手続と内容の両面で違法であり、本来は「丙と共謀の上」という文言を取り除いた判決を下すべきであった。

以上

 

感想

捜査開始後に宅配便が届けられた場合については判例も知っていたのに当たり前だと思い込んで答案に書かなかったのがもったいないです。あと、管理権という発想をできなかったのも反省です。[設問2]は時間がなかったこともあって乱暴な論を立ててしまいました。

 




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