問題
〔第1問〕(配点:100)
市町村長は,個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して,住民基本台帳を作成しなければならない【参考資料1】。生活の本拠である住所(民法第22条参照)の有無によって,権利や利益の享受に影響が生じる。国民の重要な基本的権利である選挙権も,住所を有していないと,選挙権を行使する機会自体を奪われる(公職選挙法第21条第1項,第28条第2号,第42条第1項参照)。また,国民健康保険や介護保険等の手続をするためには,住民登録が必要である。ただし,生活保護法は,「住所」という語を用いておらず,「居住地」あるいは「現在地」を基準として保護するか否かを決定し,かつ,これを実施する者を定めている【参考資料2】。
ボランティア活動などの社会貢献活動を行う,営利を目的としない団体(NPO)である団体Aは,ホームレスの人たちなどが最底辺の生活から抜け出すための支援活動を行っている。団体Aは,支援活動の一環として,Y市内に2つのシェルター(総収容人数は100名)を所有している。その2つのシェルターに居住する人たちは,それぞれのシェルターを住所として住民登録を行い,生活保護受給申請や雇用保険手帳の取得,国民健康保険や介護保険等の手続をしている。
Xは,Y市内にあるB社に正規社員として20年勤めていたが,B社が倒産し,突然職を失った。そして,失職が大きな原因となり,X夫婦は離婚した。その後,Xは,C派遣会社に登録し,紹介されたY市内にあるD社に派遣社員として勤め始め,Y市内にあるD社の寮に入居した。しかし,D社の経営状況が悪化したために,いわゆる「派遣切り」されたXは,寮からも退去させられた。職も住む所も失ってしまったXは,団体Aに支援を求めた。そして,その団体Aのシェルターに入居し,そこを住所として住民登録を行った。不定期のアルバイトをしながら,できる限り自立した生活をしたいと思っているXは,正規社員としての採用を目指して,正規社員募集の情報を知ると応募していたが,すべて不採用であった。その後,厳しい経済不況の中,団体Aの支援を求める人も急増し,2つのシェルターに居住し,そこを住所として住民登録を行う人数が200名を超えるに至った。シェルターが「飽和状態」となって息苦しさを感じたXは,シェルターに帰らなくなり,正規社員への途も得られず,アルバイトで得たお金があるときはY市内のインターネット・カフェを泊まり歩き,所持金がなくなったときにはY市内のビルの軒先で寝た。
201*年4月に,Y市は,住民の居住実態に関する調査を行った。調査の結果,団体Aのシェルターを住所として住民登録している人のうち,Xを含む60名には当該シェルターでの居住実態がないと判断した。Y市長は,それらの住民登録を抹消した。
住民登録が抹消されたことを知ったXは,それによって生活上どのようなことになるのかを質問しに,市役所に行ったところ,国民健康保険被保険者証も失効するなどの説明を受けた。Xは,胃弱という持病があるし,最近体調も思わしくなかったが,医療費が全額自己負担になるので,病院に行くに行けなくなった。
住民登録を抹消され,貧困ばかりでなく,生命や健康さえも脅かされる状況に追い詰められたXは,生活保護制度に医療扶助もあることを知り,申請日前日に宿泊していたインタ-ネット・カフェを「居住地」として,Y市長から委任(生活保護法第19条第4項参照)を受けている福祉事務所長に生活保護の認定申請を行った。
Y市は,財政上の問題(生活保護のための財源は,国が4分の3,都道府県や市,特別区が4分の1を負担する。)もあるが,それ以上にホームレス【参考資料3】などが市に増えることで市のイメージが悪くなることを嫌って,インターネット・カフェやビルの軒先を「居住地」あるいは「現在地」とは認めない制度運用を行っている。そこで,Y市福祉事務所長は,Xの申請を却下した。Xは,たまたまインターネット・カフェで見ていたニュースで,自分と全く同じ状況にある人にも生活保護を認める自治体があることを知った。その自治体は,インターネット・カフェやビルの軒先も「居住地」あるいは「現在地」と認めている。そこで,Xは,Y市福祉事務所長の却下処分に対して,自分と同じ状況にある人の保護を認定している自治体もあることなどを理由に,不服申立てを行った。しかし,不服申立ても,棄却された。
Y市は,衆議院議員総選挙における選挙区を定める公職選挙法別表第1によれば,市全域で1選挙区と定められている。Xは,住民登録が抹消された年の10月に行われた衆議院議員総選挙の際に,選挙人名簿から登録を抹消されたために投票することができなかった。このような事態は,従来から,ホームレスの人たちなどの支援活動を行っているNPOから指摘されていた。そして,それらのNPOは,Xの住民登録が抹消された年の10月に行われた衆議院議員総選挙よりも7年前に行われた200*年8月の衆議院議員総選挙の際に,国政選挙における「住所」要件(公職選挙法第21条第1項,第28条第2号及び第42条第1項のほか,同法第9条,第11条,第12条,第21条,第27条第1項参照)の改正を求める請願書を総務省に提出していた。
Xは,無料法律相談に行き,生活保護と選挙権について弁護士に相談した。
〔設問1〕
あなたがXの訴訟代理人として訴訟を提起するとした場合,訴訟においてどのような憲法上の主張を行うか。憲法上の問題ごとに,その主張内容を書きなさい。
〔設問2〕
設問1における憲法上の主張に関するあなた自身の見解を,被告側の反論を想定しつつ,述べなさい。
【参考資料1】住民基本台帳法(昭和42年7月25日法律第81号)(抄録)
(目的)
第1条 この法律は,市町村(特別区を含む。以下同じ。)において,住民の居住関係の公証,選挙人名簿の登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とするとともに住民の住所に関する届出等の簡素化を図り,あわせて住民に関する記録の適正な管理を図るため,住民に関する記録を正確かつ統一的に行う住民基本台帳の制度を定め,もつて住民の利便を増進するとともに,国及び地方公共団体の行政の合理化に資することを目的とする。
(国及び都道府県の責務)
第2条 国及び都道府県は,市町村の住民の住所又は世帯若しくは世帯主の変更及びこれらに伴う住民の権利又は義務の異動その他の住民としての地位の変更に関する市町村長(特別区の区長を含む。以下同じ。)その他の市町村の執行機関に対する届出その他の行為(次条第3項及び第21条において「住民としての地位の変更に関する届出」と総称する。)がすべて一の行為により行われ,かつ,住民に関する事務の処理がすべて住民基本台帳に基づいて行われるように,法制上その他必要な措置を講じなければならない。
(市町村長等の責務)
第3条 市町村長は,常に,住民基本台帳を整備し,住民に関する正確な記録が行われるように努めるとともに,住民に関する記録の管理が適正に行われるように必要な措置を講ずるよう努めなければならない。
2 市町村長その他の市町村の執行機関は,住民基本台帳に基づいて住民に関する事務を管理し,又は執行するとともに,住民からの届出その他の行為に関する事務の処理の合理化に努めなければならない。
3 住民は,常に,住民としての地位の変更に関する届出を正確に行なうように努めなければならず,虚偽の届出その他住民基本台帳の正確性を阻害するような行為をしてはならない。
4 (略)
(住民の住所に関する法令の規定の解釈)
第4条 住民の住所に関する法令の規定は,地方自治法(昭和22年法律第67号)第10条第1項に規定する住民の住所と異なる意義の住所を定めるものと解釈してはならない。
(住民基本台帳の備付け)
第5条 市町村は,住民基本台帳を備え,その住民につき,第7条に規定する事項を記録するものとする。
(住民基本台帳の作成)
第6条 市町村長は,個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して,住民基本台帳を作成しなければならない。
2,3 (略)
(住民票の記載事項)
第7条 住民票には,次に掲げる事項について記載(前条第3項の規定により磁気ディスクをもつて調製する住民票にあつては,記録。以下同じ。)をする。
一 氏名
二 出生の年月日
三 男女の別
四 世帯主についてはその旨,世帯主でない者については世帯主の氏名及び世帯主との続柄
五 戸籍の表示。ただし,本籍のない者及び本籍の明らかでない者については,その旨
六 住民となつた年月日
七 住所及び一の市町村の区域内において新たに住所を変更した者については,その住所を定めた年月日
八 新たに市町村の区域内に住所を定めた者については,その住所を定めた旨の届出の年月日(職権で住民票の記載をした者については,その年月日)及び従前の住所
九 選挙人名簿に登録された者については,その旨
十~十四 (略)
(選挙人名簿の登録等に関する選挙管理委員会の通知)
第10条 市町村の選挙管理委員会は,公職選挙法(昭和25年法律第100号)第22条第1項若しくは第2項若しくは第26条の規定により選挙人名簿に登録したとき,又は同法第28条の規定により選挙人名簿から抹消したときは,遅滞なく,その旨を当該市町村の市町村長に通知しなければならない。
(選挙人名簿との関係)
第15条 選挙人名簿の登録は,住民基本台帳に記録されている者で選挙権を有するものについて行なうものとする。
2 市町村長は,第8条の規定により住民票の記載等をしたときは,遅滞なく,当該記載等で選挙人名簿の登録に関係がある事項を当該市町村の選挙管理委員会に通知しなければならない。
3 市町村の選挙管理委員会は,前項の規定により通知された事項を不当な目的に使用されることがないよう努めなければならない。
【参考資料2】生活保護法(昭和25年5月4日法律第144号)(抄録)
(この法律の目的)
第1条 この法律は,日本国憲法第25条に規定する理念に基き,国が生活に困窮するすべての国民に対し,その困窮の程度に応じ,必要な保護を行い,その最低限度の生活を保障するとともに,その自立を助長することを目的とする。
(無差別平等)
第2条 すべて国民は,この法律の定める要件を満たす限り,この法律による保護(以下「保護」という。)を,無差別平等に受けることができる。
(最低生活)
第3条 この法律により保障される最低限度の生活は,健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない。
(実施機関)
第19条 都道府県知事,市長及び社会福祉法(昭和26年法律第45号)に規定する福祉に関する事務所(以下「福祉事務所」という。)を管理する町村長は,次に掲げる者に対して,この法律の定めるところにより,保護を決定し,かつ,実施しなければならない。
一 その管理に属する福祉事務所の所管区域内に居住地を有する要保護者
二 居住地がないか,又は明らかでない要保護者であつて,その管理に属する福祉事務所の所管区域内に現在地を有するもの
2 居住地が明らかである要保護者であつても,その者が急迫した状況にあるときは,その急迫した事由が止むまでは,その者に対する保護は,前項の規定にかかわらず,その者の現在地を所管する福祉事務所を管理する都道府県知事又は市町村長が行うものとする。
3 第30条第1項ただし書の規定により被保護者を救護施設,更生施設若しくはその他の適当な施設に入所させ,若しくはこれらの施設に入所を委託し,若しくは私人の家庭に養護を委託した場合又は第34条の2第2項の規定により被保護者に対する介護扶助(施設介護に限る。)を介護
老人福祉施設(介護保険法第8条第24項に規定する介護老人福祉施設をいう。以下同じ。)に委託して行う場合においては,当該入所又は委託の継続中,その者に対して保護を行うべき者は,その者に係る入所又は委託前の居住地又は現在地によつて定めるものとする。
4 前三項の規定により保護を行うべき者(以下「保護の実施機関」という。)は,保護の決定及び実施に関する事務の全部又は一部を,その管理に属する行政庁に限り,委任することができる。
【参考資料3】ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法(平成14年8月7日法律第105号)
(抄録)
(目的)
第1条 この法律は,自立の意思がありながらホームレスとなることを余儀なくされた者が多数存在し,健康で文化的な生活を送ることができないでいるとともに,地域社会とのあつれきが生じつつある現状にかんがみ,ホームレスの自立の支援,ホームレスとなることを防止するための生活上の支援等に関し,国等の果たすべき責務を明らかにするとともに,ホームレスの人権に配慮し,かつ,地域社会の理解と協力を得つつ,必要な施策を講ずることにより,ホームレスに関する問題の解決に資することを目的とする。
(定義)
第2条 この法律において「ホームレス」とは,都市公園,河川,道路,駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし,日常生活を営んでいる者をいう。
練習答案
日本国憲法についてはその条数のみを示す。
[設問1]
第1 Xが提起する訴訟
設問に答える前提として、Xが提起する訴訟をはっきりさせておく。生活保護に関しては、Xによる申請の却下処分の取消訴訟と生活保護決定処分の義務付けの訴えを併合提起する(行政事件訴訟法3条2項、6項2号)。選挙権に関してはXが選挙権を有することの確認訴訟を提起する。両者とも、必要があれば国家賠償法に基づく国家賠償請求訴訟を提起する。
第2 生存権の侵害
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有し(25条1項)、国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない(25条2項)。これを受けて生活保護法19条1項では、市長はその管理に属する福祉事務所の所管区域内に居住地を有する要保護者(19条1項2号)に対して、保護を決定し、かつ、実施しなければならないと規定されている。にもかかわらずXの申請が却下されたので、これは25条1項、2項で定められた生存権を侵害している。
第3 選挙権の侵害
公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である(15条1項)。それを受けて公職選挙法では具体的に、日本国民で年齢満20年以上の者は、衆議院議員の選挙権を有する(公職選挙法9条1項)と規定され、選挙権を有しない者(11条)、選挙の単位(12条)などが定められている。これらの規定からXは衆議院議員選挙の選挙権をY市全域の選挙区で有するはずなのに201*年の選挙でそれを行使できず、次の選挙でも行使できない恐れがある。これはXの選挙権を侵害している。
第4 平等違反
すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない(14条)。しかしながら、Xはホームレス状態にあるということで、生活保護申請を却下され、選挙権を行使することもできなかった。これは14条の平等原則に違反している。
[設問2]
第1 生存権の侵害について
[設問1]に記載したように、25条を受けて生活保護法が制定されている。よって25条を直接的な請求権を授けるものだと考えるにせよ、抽象的な規定で直接的な請求権を授けるものではないと考えるにせよ、また国家の努力目標を示したものであると考えるにせよ、具体的な立法である生活保護法に即して検討しなければならない。
つまり、25条の生存権規定は国家の努力目標でありどのような福祉政策を行うかには裁量があるという被告側の反論について、あくまでも生活保護法の範囲内で考えなければならないということになる。
本件での、インターネット・カフェやビルの軒先を「居住地」あるいは「現在地」とは認めない制度運用は生活保護法の素直な文理解釈に反しているだけでなく、すべての国民に最低限度の生活を保障して、無差別平等の保護を提供するという生活保護法1条及び2条にも反するので違法であり、Xの生存権を侵害している。
第2 選挙権の侵害
被告側は、公職選挙法28条2号に基づきXを選挙人名簿から抹消したのであって、何ら違法にXの選挙権を侵害したのではないと反論するだろう。しかしながら、Xは当該シェルターでの居住実態はなかったとしてもY市内のインターネット・カフェやビルの軒先で寝泊まりしており、Y市の区域内でずっと寝泊まりしていたことになる。衆議院議員選挙はY市全域が1つの選挙区である。また、住民登録が抹消されたことを知ったXは、それによって生活上どのようなことになるのかを質問しに市役所へ行ったが、選挙権については何も言われなかった。さらに、第1で述べたように違法に生活保護申請を却下されている。生活保護が決定されていれば住所が確定して選挙人名簿に登録されただろうし、市役所に質問しに行ったときに主に寝泊まりしているY市内のインターネット・カフェで選挙人名簿に登録することができるかどうか検討することもできた。要するに、ずっと同じ選挙区であるY市内にいて帰責事由もないXから選挙権を奪うのは不当であり、Y市の対応は公職選挙法の適用を誤ったものであり違憲である。
第3 平等違反について
14条が禁じているのは不合理な差別であり、合理的な区別は許されるのだから、Y市の対応は適切であるとの被告側の反論が想定される。
私もこの反論の前提は共有するが、何が合理的な区別で何が不合理な差別かについては慎重に考えなければならない。
Y市の対応からすると、ホームレス状態であってインターネット・カフェやビルの軒先で寝泊まりする人は生活保護が受けられず、選挙権が行使できなくても合理的だとY市は考えていることになる。しかし居住や移転の自由は22条1項ではっきりと保障されているし、むしろホームレス状態の人こそ生活保護が必要である。ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法にもホームレスの人権への配慮が明文化されている。市のイメージが悪くなるということでは、生活保護に関するY市の方針は合理化できない。選挙権に関して住所の規定があるのは不正な投票を防ぐためである。例えば選挙のために数日だけ居住を移して投票するのを防ぐために3ヶ月という居住要件を設ける(公職選挙法30条の4)のは合理的であるが、同じ選挙区内にずっといるのにインターネット・カフェやビルの軒先で寝泊まりしているという理由で選挙権を制限するのは不合理である。以上より、平等違反という観点からも、Y市の対応は違憲である。
以上
修正答案
日本国憲法についてはその条数のみを示す。
[設問1]
第1 生存権の侵害
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有し(25条1項)、国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない(25条2項)。これを受けて生活保護法19条1項では、市長はその管理に属する福祉事務所の所管区域内に居住地を有する要保護者(1号)及びその管理に属する福祉事務所の所管区域内に居住地を有する要保護者(2号)に対して、保護を決定し、かつ、実施しなければならないと規定されている。Xはこれに該当するにもかかわらずその申請が却下されたので、これは25条1項、2項で定められた生存権を侵害している。
第2 選挙権の侵害
公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利であり(15条1項)、公務員の選挙は成年者による普通選挙が保障される(15条3項)。それを受けて公職選挙法では具体的に、日本国民で年齢満20年以上の者は、衆議院議員の選挙権を有する(公職選挙法9条1項)と規定され、選挙権を有しない者(11条)、選挙の単位(12条)などが定められている。これらの規定からXは衆議院議員選挙の選挙権をY市全域の選挙区で有するはずなのに201*年の選挙でそれを行使できず、次の選挙でも行使できない恐れがある。これはXの選挙権を侵害している。
第3 平等違反
すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない(14条)。しかしながら、XはY市内においてホームレス状態にあるということで、生活保護申請を却下され、選挙権を行使することもできなかった。これは14条の平等原則に違反している。
[設問2]
第1 生存権の侵害について
[設問1]に記載したように、25条を受けて生活保護法が制定されている。よって25条を直接的な請求権を授けるものだと考えるにせよ、抽象的な規定で直接的な請求権を授けるものではないと考えるにせよ、また国家の努力目標を示したものであると考えるにせよ、具体的な立法である生活保護法に即して検討しなければならない。
Y市は生活保護の財政上の負担をしているので、その運用においてY市に一定の裁量が認められるべきだと反論するかもしれない。しかしながら、本件での、インターネット・カフェやビルの軒先を「居住地」あるいは「現在地」とは認めない制度運用は生活保護法の素直な文理解釈に反しているだけでなく、すべての国民に最低限度の生活を保障して、無差別平等の保護を提供するという生活保護法1条及び2条にも反するので明らかに違法であり、Xの生存権を侵害している。
第2 選挙権の侵害について
15条1項や3項に規定される選挙権は間接民主制の下で国民主権の基礎となる重大な権利であり、選挙権又はその行使を制限するためには、そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならない。
被告側は、公職選挙法28条2号に基づきXを選挙人名簿から抹消したのであって、何ら違法にXの選挙権を侵害したのではないと反論するだろう。公正な選挙を実施するためには住所を基準に選挙権の行使を判断するのもやむを得ないというのである。しかしながら、Xは当該シェルターでの居住実態はなかったとしてもY市内のインターネット・カフェやビルの軒先で寝泊まりしており、Y市の区域内に住所を有していたと考えられる。衆議院議員選挙はY市全域が1つの選挙区であるので、Y市のどこに住所を有していてもその選挙区において選挙権を有する。また、住民登録が抹消されたことを知ったXは、それによって生活上どのようなことになるのかを質問しに市役所へ行ったが、選挙権については何も言われなかった。さらに、第1で述べたように違法に生活保護申請を却下されている。生活保護が決定されていれば住所が確定して選挙人名簿に登録されただろうし、市役所に質問しに行ったときに主に寝泊まりしているY市内のインターネット・カフェを住所として選挙人名簿に登録することができるかどうか検討することもできた。このように、やむを得ない事由もないのにXの選挙権の行使を制限したY市の対応は公職選挙法の適用を誤ったものであり違憲である。
第3 平等違反について
14条が禁じているのは不合理な差別であり、合理的な区別は許されるのだから、Y市及び国の対応は適切であるとの被告側の反論が想定される。
私もこの反論の前提は共有するが、何が合理的な区別で何が不合理な差別かについては慎重に考えなければならない。
Y市の対応からすると、ホームレス状態であってインターネット・カフェやビルの軒先で寝泊まりする人は生活保護が受けらなくても合理的だとY市は考えていることになる。しかし居住や移転の自由は22条1項ではっきりと保障されているし、むしろホームレス状態の人こそ生活保護が必要である。ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法にもホームレスの人権への配慮が明文化されている。市のイメージが悪くなるということでは、生活保護に関するY市の方針は合理化できない。Y市は観光に力を入れているなどの理由で地域の特殊性を主張するかもしれないが、生存権は国内で一律に保障されるべき性質のものであり、Y市の主張は失当である。
選挙権に関して住所要件があるのは不正な投票を防ぐためであり、合理的である。およそ人が生活している以上はどこかに住所があるはずであり、その住所を適切に認定できなかったY市の対応に問題があったわけであって、現行の公職選挙法が直ちに違憲であるとは言えない。よって立法不作為による国家賠償請求は認められない。
以上
感想
Xが提起する訴訟について論じるべきか悩みました。修正答案では削除しましたが、練習答案の記述で間違ってはいないと思います。その点に関して次年度以降からはわかりやすくなっているので、出題者も反省したのでしょう。生活保護のことは日頃からよく考えていたので素直に書けたと思います。選挙権のほうは平成17年判決の言い回しを使えなかったのが勉強不足です。14条の平等違反は独立した項目を立てるか随所に盛り込むか迷います。