再現答案
以下刑法については条数のみを示す。
〔設問1〕(1)
詐欺罪(246条)については、未遂を処罰する規定がある(250条、44条)。未遂とは、犯罪の実行に着手してこれを遂げなかったことである(43条本文)。犯罪の実行の着手は、法益侵害の具体的な危険を発生させた時点で認められる。構成要件に当たる行為だけでなく、構成要件に当たる行為と密接に関連する行為でも法益侵害の具体的な危険は発生している。
詐欺罪(246条1項)については、「人を欺いて財物を交付させ」ることが構成要件に該当する行為である。多段階的に人を欺いて現金(財物)を交付させることが予定されている場合には、「現金(財物)の交付を求める文言を述べること」の前に、現金(財物)を失うという法益侵害の具体的な危険が発生している。対象者はすでに錯誤に陥っており、あとは現金(財物)を交付するばかりという状態になっているからである。
甲に詐欺未遂罪の成立を認める立場から、その結論を導くために、上記のような説明が考えられる。
〔設問1〕(2)
本件では、Aを多段階的に欺いて現金(財物)を交付させることが予定されている。最終的な欺きは、⑤の、甲が、Aに対し、「これから警察官がそちらに向かいます。」とうそを言ったことである。これにより、Aは、警察官が現金(財物)を受け取りに来るという錯誤に陥っている。しかし、この時点では、現金(財物)を失うという法益侵害の具体的な危険は発生していない。Aが用意した現金200万円と、警察官を装った乙及び丙との間に、物理的な距離が存在するからである。⑥で、乙及び丙が、警察官を装ってA宅を訪ねた時点で、その物理的な距離が縮まり、あとはAが乙及び丙に対し現金(財物)を交付するばかりの状態になっているので、現金(財物)を失うという法益侵害の具体的な危険が発生している。
以上より、⑥の時点で実行の着手を認めることになる。
〔設問2〕
第1 乙及び丙の罪責
(1)共同正犯(60条)
特定の犯罪を実行することにつき共謀をし、それに基づいて実行した場合には、共同正犯が成立する。
乙及び丙は、某月5日午後1時前に、B宅に向かう道中で、Bを縛って金を奪うという強盗罪(236条1項)を実行することにつき共謀をなしている。以下では、この共謀に基づく実行がされたかどうかを、検討する。甲との関係については後述する。
(2)強盗罪
強盗罪(236条1項)の暴行は、一般に人の犯行を抑圧するに足る程度であることが必要である。乙及び丙は、同日午後1時、B宅へ赴き、Bの手足をそれぞれロープで縛り、口を粘着テープで塞ぎ、Bを床の上に倒した。これは、一般に人の犯行を抑圧するに足る暴行である。そして、乙及び丙は、リビングルームのテーブル上にBが用意して置いていた現金300万円を持ってB宅を出た。よって、乙及び丙は、暴行を用いて他人であるBの財物(現金)を強取した者に当たる。これは(1)の共謀に基づく実行行為である。
以上より、乙及び丙には、共同正犯として、強盗罪が成立する。
(3)強盗致傷(240条)
Bは、長時間の緊縛による足のしびれが残っていたために、転倒して床に頭を打ち付け、全治2週間を要する頭部打撲の障害を負った。よって、乙及び丙に、強盗致傷罪が成立するかどうかを検討する。乙及び丙によるBの緊縛行為と、頭部打撲という結果との間の、因果関係が問題となる。
因果関係は、行為の持つ危険が現実化したかどうかで判断する。①行為の持つ危険性、②介在事情の異常性、③介在事情の結果への寄与度から、危険が現実化したかどうかを判断する。
本件では、乙及び丙による緊縛行為には、足をしびれさせることはあっても、傷害を負わせるという危険性が小さかった。Bが、娘であるCの助言に反し、足がしびれた状態で立ち上がろうとした介在事情の異常性はそれなりにある。そして、その足がしびれた状態で立ち上がろうとしたという介在事情が、頭部打撲という結果に大きく寄与している。以上より、乙及び丙による行為の持つ危険が現実化したとは評価できないので、因果関係は認められない。
よって、乙及び丙には、強盗致傷罪は成立しない。
第2 甲の罪責
甲は、某月5日正午より前に、乙及び丙と、Bから300万円をだまし取るという詐欺罪(246条1項)を実行することにつき共謀をした。第1で見たように、乙及び丙は、詐欺罪ではなく強盗罪の実行行為をした。そこで、甲に何らかの犯罪が成立するかどうかが問題となる。
そもそも、共同正犯が規定されているのは、共同することにより物理的・心理的に犯罪の実行が容易になるからである。よって、共謀と実行行為との間に因果性があれば、犯罪が成立し得ると解する。
本件では、甲が計画を立案し、対象者としてBを選定し、これから警察官が来るとBを錯誤に陥らせていた。乙及び丙は、その状態を利用して、第1で述べたような強盗罪を実行した。よって、甲と乙及び丙との共謀と、乙及び丙の実行行為との間には、因果性がある。
甲は、強盗罪の故意はないので強盗罪は成立せず(38条1項)、詐欺罪と強盗罪はどちらも財産を取得するという点で共通し、詐欺罪のほうが軽いので、詐欺罪が成立する(38条2項を軽い罪で処断することはできると解釈した)。
以上より、甲には、乙及び丙との共同正犯で、詐欺罪が成立する。
第3 結論
以上より、甲には乙及び丙との共同正犯で詐欺罪が成立し、乙及び丙は共同正犯で強盗罪が成立する。この詐欺罪と強盗罪は行為態様と法益の点で共通しているので、乙及び丙については強盗罪のみが成立する。
〔設問3〕
公務執行妨害罪(95条)と業務妨害罪(233条、234条)との関係が問題となる。これらは、保護が重複しないように、保護のすきまが生じないように解釈すべきである。警察官が逮捕するときのように実力で抵抗を排除することができる公務については、威力による妨害から保護する必要はない。よって、234条の威力業務妨害罪の「業務」にこのような公務は含まれない。しかし、警察官が逮捕するときのように実力で抵抗を排除することができる公務についても、偽計を排除することができるとは限らないので、233条の偽計業務妨害罪で保護されるべきであるから、同条の「業務」には含まれる。
丁による怒号などは、公務執行妨害罪における暴行・脅迫には当たらないので公務執行妨害罪は成立せず、6の事実は警察官が逮捕しようとする公務であるから、234条は適用されないので、威力業務妨害罪は成立しない。7の事実は、丁が警察官に対してうそを言ったという偽計であるから、警察官が逮捕しようとする公務であっても233条の「業務」には含まれ、同条の偽計業務妨害罪の成立が肯定される。
このように説明すると、問題文記載の結論を導くことができる。
以上
感想
〔設問1〕は書けたかなという印象です。〔設問2〕の共犯の部分は、典型論点なのに、あまりうまく書けませんでした。共謀の射程や錯誤をどう論じたらよいのかがまだつかめていません。〔設問3〕では、市役所の窓口業務のような非権力的公務はどうなるのだろうとすごく気になりましたが、聞かれていないことには触れないでおこうと強く心に決め、上のような記述をしました。
設問2、強盗致傷の成否について通常は「強盗の機会」の論証をすることになると
思うのですが、たしかにその前に因果関係(危険の現実化)を検討する必要がありますね。
どちらも結果の行為への帰属が問題になると思うのですが、論理的には危険の現実化が
先に論じられるべきなのでしょう。これにより、機会説の問題性(処罰範囲が広い)が
少しは解消されるメリットもあるのかもしれません。
このことに気付かれていたならば脱帽です。
ご指摘をいただきありがとうございます。
そこまで深く考えていませんでした。
Bと娘Cとのやり取りなどが詳しく書かれているこの試験問題の内容から、因果関係を論じさせたいのだろうと判断し、また自分の直感としてもこれで強盗致傷はないだろうと思ったので、その部分を厚めに書きました。
「強盗の機会」の論証をすべきだということも頭をよぎったのですが、本件の乙及び丙によるBの緊縛行為は強盗の手段たる暴行なのでどの説に立っても結論は変わらず、因果関係を否定したので書かなくてもよいかなとスルーしてしまいました。
これまで司法試験や予備試験に取り組んできた経験から振り返ると、こういう場合でも、「強盗の機会」の論証をしておいたほうがよかったです。おそらくそこに配点があります。