以下、刑事訴訟法については、その条数のみを示す。
第1 設問前段について
弁護人の主張は、確定判決を経たのであるから、判決で免訴の言渡をしなければならない(337条1項)というものであると考えられる。確定判決が何であるかは、有罪判決の場合、335条1項より、罪となるべき事実及び適用法令を基準とする。罪となるべき事実及び適用法令は、起訴状に記載された、検察官が裁判所に対して訴追を求める範囲である訴因を明示した公訴事実及び罪名をもととして(256条2項2号、3号、3項、4項)、312条1項または2項の要件を満たせば訴因又は罰条を追加又は変更し、最終的には裁判所が判断するものである。
そして、248条の起訴便宜主義より、検察官は、同条に列挙されている事柄や、さらには捜査の進み具合などを考慮して、起訴するかしないかを決めることができる。常習として一罪となる罪の一部を除外して残りの部分だけで常習ではない罪として起訴することも、被告人の罪が重くなりすぎるなど特段の事情がない限り、許容されると解する。
本件では、①の起訴は、常習傷害罪ではなく、令和元年6月1日の乙に対する傷害の傷害罪での起訴であり、これにより被告人の罪が重くなりすぎるなど特段の事情もないため、このような起訴も許容される。そして、裁判所が判決した有罪の確定判決もそれと同じであるから、②の起訴の事件が確定判決を経たとは言えない。
以上より、裁判所は、免訴の判決をすべきではなく、公訴の手続きを進めるべきである。
第2 設問後段について
仮に、②の起訴が、常習傷害罪の公訴事実によりなされていたとしたら、第1と同じように考えると、確定判決を経たとして、判決で免訴の言渡をしなければならない。
しかし、実際には、②の起訴は、傷害罪の公訴事実によりなされている。そこで、このような起訴が許されるかどうかを、第1で述べた基準に照らして検討する。
同一の犯罪について重ねて刑事上の責任を問われないことは、日本国憲法39条で保障されている。重ねて刑事上の責任を問われると、その分だけ罪が重くなり、身柄拘束が長くなる可能性がある。他方で、現実には犯罪に相当する事実があったにもかかわらず、これを処罰できないとなると、公益に反する。要するに、1条の、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とのバランスという問題である。
そこで、検察官がことさらに被告人の罪を重くしたり身柄拘束を長くしたりする目的で常習として一罪となる罪の一部を常習ではない罪として起訴することは許されないが、十分な捜査をしたにもかかわらず、判決が確定してから新たな事実が判明した場合には許されると解する。ただし、被告人の罪が重くなりすぎないように、前訴で常習として一罪となる罪の有罪判決が確定していることを、情状として考慮すべきである。
本件では、①の判決が確定した後に、②の事件が判明しているため、②の事実を傷害罪として起訴することも許される。そうすると、適用法令が異なり、確定判決を経たとは言えない。
以上より、裁判所は、免訴の判決をすべきではなく、公訴の手続きを進めるべきである。そして、①の判決が確定していることを、情状として考慮すべきである。
以上