以下刑法についてはその条数のみを示す。
第1 本件土地をAに売却した行為
本件土地をAに売却した行為につき、業務上横領罪(254条)の成否を検討する。横領罪と背任罪とでは、前者のほうが罪が重いため、前者が成立しない場合にのみ後者の成否を検討する。
「業務」とは人が社会生活上反復して行うことを言い、不動産業者である甲は土地の売買を反復して行うので、業務に当たる。
「占有」には、事実上の占有だけなく、法律上の占有も含まれる。本件土地に抵当権設定を依頼され、その代理権を付与され、本件土地の登記済証や委任事項欄の記載がない白紙委任状等を預かった甲は、法律上本件土地を占有していると言える。よって、甲は、Vという他人の物である本件土地を占有している。
「横領」するというのは、所有者でなければできないような処分行為をすることである。売却するということは所有者でなければできないような処分行為であり、甲は本件土地を横領したと言える。
横領罪は財産犯であり、その経済的便益を受けるという不法領得の意思も必要である。本件では、甲が自己の借金の返済に充てようと考えているので、不法領得の意思があると言える。
以上より、甲には業務上横領罪が成立する。
第2 「V代理人甲」と署名した行為
この行為につき、有印私文書偽造罪(159条1項)について検討する。署名があるので無印(同条3項)ではなく有印である。本件土地の売買契約書は権利に関する文書である。「他人の署名を使用して偽造」したと言えるかが問題となる。
私文書偽造罪は、作成名義の同一性を偽る有形偽造だけが規定され、内容の無形偽造は規定されていないことからしても、その保護法益は、文書の作成者への責任追及を可能にさせて文書の社会的信用性を担保することである。このことから考えると、本件では、代理権の内容はともかく、「V代理人甲」であることには変わりなく、甲に責任追及できるので、他人の署名を使用して偽造したとは言えない。
以上より、有印私文書偽造罪は成立しない。
第3 Vの首を締めて海に落とした行為
この行為につき、殺人罪(199条)の成否を検討する。
甲がVの首を締めた行為(以下「第一行為」という。)の時点ではVの死亡という結果が発生しておらず、甲がVを海に落とした行為(以下「第二行為」という。)の時点では故意(38条1項)がないので、甲には殺人罪が成立しないようにも思われる。
しかし、甲はVを殺そうとして殺しており、その経過が甲の想像と少し異なっていただけで殺人罪が成立しないのも不当であるように感じられる。そこで、第一行為と第二行為とが時間的、場所的に近接しており、その間に障害となるような事情がなければ、それらの行為を一体として考えるべきである。
本件では、時間的には約30分、場所的には約1キロメートルしか離れておらず、その間には特に障害となるような事情もない。よって、これらの行為を一体として考えて、故意も死亡という結果も発生しているので、甲には殺人罪が成立する。
第4 その他
Vは甲にとって他人の刑事事件に関する証拠ではないので証拠隠滅罪(104条)は成立せず、甲はVに電話で「話がある。」と言っただけなので、面会を強要したり強談威迫の行為をしたとは言えないので、証人等威迫罪(105条の2)も成立しない。
第5 結論
以上より、甲には業務上横領罪と殺人罪が成立し、これらは併合罪(45条)となる。
なお、甲はVを殺害してもその相続人らから民事上の責任を追及されることに変わりはないので、財産上不法の利益を得たとは言えず、強盗罪(236条2項)は成立しない。
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