問題
産業廃棄物の処分等を業とする株式会社Aは,甲県の山中に産業廃棄物の最終処分場(以下「本件処分場」という。)を設置することを計画し,甲県知事Bに対し,廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「法」という。)第15条第1項に基づく産業廃棄物処理施設の設置許可の申請(以下「本件申請」という。)をした。
Bは,同条第4項に基づき,本件申請に係る必要事項を告示し,申請書類及び本件処分場の設置が周辺地域の生活環境に及ぼす影響についての調査の結果を記載した書類(Aが同条第3項に基づき申請書に添付したもの。以下「本件調査書」という。)を公衆の縦覧に供するとともに,これらの書類を踏まえて許可要件に関する審査を行い,本件申請が法第15条の2第1項所定の要件を全て満たしていると判断するに至った。
しかし,本件処分場の設置予定地(以下「本件予定地」という。)の周辺では新種の高級ぶどうの栽培が盛んであったため,周辺の住民及びぶどう栽培農家(以下,併せて「住民」という。)の一部は,本件処分場が設置されると,地下水の汚染や有害物質の飛散により,住民の健康が脅かされるだけでなく,ぶどうの栽培にも影響が及ぶのではないかとの懸念を抱き,Bに対して本件申請を不許可とするように求める法第15条第6項の意見書を提出し,本件処分場の設置に反対する運動を行った。
そこで,Bは,本件申請に対する許可を一旦留保した上で,Aに対し,住民と十分に協議し,紛争を円満に解決するように求める行政指導を行った。これを受けて,Aは,住民に対する説明会を開催し,本件調査書に基づき本件処分場の安全性を説明するとともに,住民に対し,本件処分場の安全性を直接確認してもらうため,工事又は業務に支障のない限り,住民が工事現場及び完成後の本件処分場の施設を見学することを認める旨の提案(以下「本件提案」という。)をした。
本件提案を受けて,反対派住民の一部は態度を軟化させたが,その後,上記の説明会に際してAが,(ア)住民のように装ったA社従業員を説明会に参加させ,本件処分場の安全性に問題がないとする方向の質問をさせたり意見を述べさせたりした,(イ)あえて手狭な説明会場を準備し,賛成派住民を早めに会場に到着させて,反対派住民が十分に参加できないような形で説明会を運営した,という行為に及んでいたことが判明した。
その結果,反対派住民は本件処分場の設置に強く反発し,Aが本件処分場の安全性に関する説明を尽くしても,円満な解決には至らなかった。他方で,建設資材の価格が上昇しAの経営状況を圧迫するおそれが生じていたことから,Aは,本件提案を撤回し,説明会の継続を断念することとし,Bに対し,前記の行政指導にはこれ以上応じられないので直ちに本件申請に対して許可をするように求める旨の内容証明郵便を送付した。
これを受けて,Bは,Aに対し,説明会の運営方法を改善するとともに再度本件提案をすることにより住民との紛争を円満に解決するように求める行政指導を行って許可の留保を継続し,Aも,これに従い,月1回程度の説明会を開催して再度本件提案をするなどして住民の説得を試みたものの,結局,事態が改善する見通しは得られなかった。そこで,Bは,上記の内容証明郵便の送付を受けてから10か月経過後,本件申請に対する許可(以下「本件許可」という。)をした。
Aは,この間も建設資材の価格が上昇したため,本件許可の遅延により生じた損害の賠償を求めて,国家賠償法に基づき,甲県を被告とする国家賠償請求訴訟を提起した。
他方,本件予定地の周辺に居住するC1及びC2は,本件許可の取消しを求めて甲県を被告とする取消訴訟を提起した。原告両名の置かれている状況は,次のとおりである。C1は,本件予定地から下流側に約2キロメートル離れた場所に居住しており,居住地内の果樹園で地下水を利用して新種の高級ぶどうを栽培しているが,地下水は飲用していない。C2は,本件予定地から上流側に約500メートル離れた場所に居住しており,地下水を飲用している。なお,環境省が法第15条第3項の調査に関する技術的な事項を取りまとめて公表している指針において,同調査は,施設の種類及び規模,自然的条件並びに社会的条件を踏まえて,当該施設の設置が生活環境に影響を及ぼすおそれがある地域を対象地域として行うものとされているところ,本件調査書において,C2の居住地は上記の対象地域に含まれているが,C1の居住地はこれに含まれていない。
以上を前提として,以下の設問に答えなさい。
なお,関係法令の抜粋を【資料】として掲げるので,適宜参照しなさい。
〔設問1〕
Aは,上記の国家賠償請求訴訟において,本件申請に対する許可の留保の違法性に関し,どのような主張をすべきか。解答に当たっては,上記の許可の留保がいつの時点から違法になるかを示すとともに,想定される甲県の反論を踏まえつつ検討しなさい。
〔設問2〕
上記の取消訴訟において,C1及びC2に原告適格は認められるか。解答に当たっては,①仮に本件処分場の有害物質が地下水に浸透した場合,それが,下流側のC1の居住地に到達するおそれは認められるが,上流側のC2の居住地に到達するおそれはないこと,②仮に本件処分場の有害物質が風等の影響で飛散した場合,それがC1及びC2の居住地に到達するおそれの有無については明らかでないことの2点を前提にすること。
【資料】 ○ 廃棄物の処理及び清掃に関する法律(昭和45年法律第137号)(抜粋)
(目的)
第1条 この法律は,廃棄物の排出を抑制し,及び廃棄物の適正な分別,保管,収集,運搬,再生,処分等の処理をし,並びに生活環境を清潔にすることにより,生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ることを目的とする。
(産業廃棄物処理施設)
第15条 産業廃棄物処理施設(廃プラスチック類処理施設,産業廃棄物の最終処分場その他の産業廃棄物の処理施設で政令で定めるものをいう。以下同じ。)を設置しようとする者は,当該産業廃棄物処理施設を設置しようとする地を管轄する都道府県知事の許可を受けなければならない。
2 前項の許可を受けようとする者は,環境省令で定めるところにより,次に掲げる事項を記載した申請書を提出しなければならない。
一~九 (略)
3 前項の申請書には,環境省令で定めるところにより,当該産業廃棄物処理施設を設置することが周辺地域の生活環境に及ぼす影響についての調査の結果を記載した書類を添付しなければならない。(以下略)
4 都道府県知事は,産業廃棄物処理施設(中略)について第1項の許可の申請があつた場合には,遅滞なく,第2項(中略)に掲げる事項,申請年月日及び縦覧場所を告示するとともに,同項の申請書及び前項の書類(中略)を当該告示の日から1月間公衆の縦覧に供しなければならない。
5 (略)
6 第4項の規定による告示があつたときは,当該産業廃棄物処理施設の設置に関し利害関係を有する者は,同項の縦覧期間満了の日の翌日から起算して2週間を経過する日までに,当該都道府県知事に生活環境の保全上の見地からの意見書を提出することができる。
(許可の基準等)
第15条の2 都道府県知事は,前条第1項の許可の申請が次の各号のいずれにも適合していると認めるときでなければ,同項の許可をしてはならない。
一 その産業廃棄物処理施設の設置に関する計画が環境省令で定める技術上の基準に適合していること。
二 その産業廃棄物処理施設の設置に関する計画及び維持管理に関する計画が当該産業廃棄物処理施設に係る周辺地域の生活環境の保全及び環境省令で定める周辺の施設について適正な配慮がなされたものであること。
三 申請者の能力がその産業廃棄物処理施設の設置に関する計画及び維持管理に関する計画に従つて当該産業廃棄物処理施設の設置及び維持管理を的確に,かつ,継続して行うに足りるものとして環境省令で定める基準に適合するものであること。
四 (略)
2~5 (略)
○ 廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則(昭和46年厚生省令第35号)(抜粋)
(生活環境に及ぼす影響についての調査の結果を記載した書類)
第11条の2 法第15条第3項の書類には,次に掲げる事項を記載しなければならない。
一 設置しようとする産業廃棄物処理施設の種類及び規模並びに処理する産業廃棄物の種類を勘案し,当該産業廃棄物処理施設を設置することに伴い生ずる大気質,騒音,振動,悪臭,水質又は地下水に係る事項のうち,周辺地域の生活環境に影響を及ぼすおそれがあるものとして調査を行つたもの(以下この条において「産業廃棄物処理施設生活環境影響調査項目」という。)
二 産業廃棄物処理施設生活環境影響調査項目の現況及びその把握の方法
三 当該産業廃棄物処理施設を設置することが周辺地域の生活環境に及ぼす影響の程度を予測するために把握した水象,気象その他自然的条件及び人口,土地利用その他社会的条件の現況並びにその把握の方法
四 当該産業廃棄物処理施設を設置することにより予測される産業廃棄物処理施設生活環境影響調査項目に係る変化の程度及び当該変化の及ぶ範囲並びにその予測の方法
五 当該産業廃棄物処理施設を設置することが周辺地域の生活環境に及ぼす影響の程度を分析した結果
六 大気質,騒音,振動,悪臭,水質又は地下水のうち,これらに係る事項を産業廃棄物処理施設生活環境影響調査項目に含めなかつたもの及びその理由
七 その他当該産業廃棄物処理施設を設置することが周辺地域の生活環境に及ぼす影響についての調査に関して参考となる事項
再現答案
以下行政事件訴訟法についてはその条数のみを記す。
〔設問1〕
本件申請の根拠となっている廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「法」という。)15条の2の文言は、「許可の申請が次の各号のいずれにも適合していると認めるときでなければ、同項の許可をしてはならない」となっていて、「許可の申請が次の各号のいずれにも適合している認めるときは、同項の許可をしなければならない」ではないので、甲県知事Bには許可に関して裁量がある。
その許可申請があれば、申請年月日や縦覧場所などを告示し、当該告示の日から1月間公衆の縦覧に供しなければならない(法15条4項)。そしてその縦覧期間終了の日の翌日から起算して2週間を経過する日までに、意見書を提出することができる(法15条6項)。本件においては、その意見書が提出されている。このように法に定められているのだから、この時点で許可の留保が違法となることはない。
意見書の提出が予定されているということは、意見書の提出後に調整を行うことも当然に予定されている。その調整は、行政指導(行政手続法(以下「行手法」という。)第4章)で行うのが適切であり、本件でもそうされている。Aはしばらくの間その行政指導に任意で従っていて、その間は許可の留保が違法とはならない。
しかし、Aは、行政指導にはこれ以上応じられないので直ちに本件申請に対して許可をするように求める旨の内容証明郵便を送付した。申請の取下げ又は内容の変更を求める行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を表明したにもかかわらず当該行政指導を継続すること等により当該申請者の権利の行使を妨げるようなことをしてはならない(行手法33条)。本件の行政指導は、申請の内容の変更を求める行政指導である。甲県知事Bは行政指導に携わる者である。上記のようにAは当該行政指導に従う意思がない旨を表明した。よって、当該行政指導を継続すること等により当該申請者の権利の行使を妨げるようなことをしてはならなくなるので、この時点から許可の留保は違法となる。
甲県としては、許可に関して裁量があるのだから、違法にはならないと反論するだろう。しかし行政指導に従わないことを考慮することは、行手法33条の規定を無に帰すこととなるので、他事考慮であり違法である。また、Aは内容証明郵便送付後も任意で行政指導に従っているではないかとの反論も考えられるが、内容証明郵便を送付するということは通常真しな意思の表示であるので、やはりこの時点から違法になる。
〔設問2〕
C1及びC2は処分の直接の名あて人ではないので、9条2項に従って原告適格が判断される。これは、当該法令及び関係法令を参酌して、個別的な法律上の利益が保護されているのか、それとも一般公益に含まれるに過ぎないのかを判断するという趣旨である。
当該法令である法の目的は、生活環境の保全及び公衆衛生の向上である(法1条)。これだけでは漠然としていてはっきりとしないので、廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則(以下「規則」という。)を参酌する。これは法の細部を規定するものであり、関係法令である。法15条3項の書類には、地下水について記載しなければならない(規則11条の2第1号)。C2の居住地は法15条3項の調査の対象内であり、その調査書類には地下水のことが書かれているはずである。そして仮に地下水に有害物質が混入すれば、地下水を飲用しているC2は生命や身体に危険が生じる。よってC2の利益は保護されるべき法律上の利益であると言えるので、原告適格が認められる。他方でC1の居住地はこの調査の対象外であり、C2は地下水を飲用しておらずぶどう栽培に使用しているだけなので、有害物質が混入したとしてもせいぜいが財産的な被害である。よってC1に原告適格は認められない。以上は地下水について述べたが、大気質でも同様である。よって①及び②の事実を前提としても結論は変わらない。つまり、法15条3項の調査の対象内であるかどうかと、危険にさられるのが生命・身体なのか財産なのかということが判断の分かれ目となる。
以上
修正答案
以下行政事件訴訟法についてはその条数のみを記す。
〔設問1〕
Aは、上記の国家賠償請求訴訟において、本件申請に対する許可の留保の違法性に関し、行政手続法33条に反し違法であると主張すべきである。
第1 申請者であるAが当該行政指導に従う意思がない旨を表明したかどうか
この意思表明は真摯かつ明確なものであることが必要である(判例)。本件提案に基づいて、問題文から窺える限りでは最初の説明会の開催時までは、Aが本件行政指導に従う意思がない旨の表明はなかった。その後、Aは、Bに対し、本件行政指導にはこれ以上応じられないので直ちに本件申請に対して許可をするように求める旨の内容証明郵便を送付した。このように内容証明郵便を送付するということは、真摯かつ明確な意思表示である。よって、この時点で、申請者であるAが当該行政指導に従う意思がない旨を表明したと言える。
第2 特段の事情
第1で述べたことを前提にすると、それ以後に、Bが、行政指導を継続し、許可の留保を継続した時点で、原則的には行政手続法33条に反して違法となる。しかしながら、行政指導の目的や必要性と行政指導を継続することにより申請者が被る不利益とを比較考量して、申請者に社会通念上正義の観念に反するような特段の事情があれば、例外的に違法とならない場合がある、とBは反論するだろう。そこで次に、その特段の事情について検討する。
本件行政指導の目的は地域住民の健康などのために生活環境を守ることであり、それらが侵害されるという懸念から現に住民の間で反対運動が起こっているため、必要性もある。他方で申請者であるAが被る不利益は、資材価格高騰による財産的な損害である。そしてAには問題文(ア)、(イ)のような、本件行政指導に基づく説明会を無意味にするような社会通念上正義の観念に反する特段の事情があった。以上より、行政指導を継続して許可の留保を継続しても、例外的に違法とはならないと考えられる。
〔設問2〕
9条1項の「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利もしくは法律上保護された利益を侵害されまたは必然的に侵害されるおそれのある者のことであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益をもっぱら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、そのような利益も法律上保護された利益に当たる。そして、C1及びC2は、処分の名宛人ではないため、9条2項に沿って判断される。
当該法令である廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「法」という。)の目的は、生活環境の保全及び公衆衛生の向上である(法1条)。この目的の中心は健康や生命であると解される。法15条3項では、調査書に周辺地域の生活環境に及ぼす影響についての調査の結果を記載した書類を添付しなければならないと規定されている。よって、その調査対象となる周辺住民の健康や生命を中心とする生活環境は、個別的利益として保護すべきものとされていると言える。法の細部を規定するものであり関係法令である廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則(以下「規則」という。)を参酌すると、大気質や地下水などが生活環境に影響を及ぼすおそれのある事項として列挙されている(規則11条の2第1号)。
C2の居住地は法15条3項の調査の対象内であり、地下水はそこに到達しないとのことであるが、大気質が到達するおそれがないとは言えない。よってC2の生命や健康といった利益は保護されるべき法律上の利益であると言えるので、原告適格が認められる。
他方でC1の居住地はこの調査の対象外である。地下水がそこまで到達するおそれが認められるとのことであるが、C1は地下水を飲用しておらずぶどう栽培に使用しているだけなので、有害物質が混入したとしてもせいぜいが財産的な被害である。よってC1に原告適格は認められない。
以上