問題
〔第3問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,4:2:4〕)
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。
【事例】
Xは,横断歩道を歩行中,車道を直進してきたAの運転する車両に衝突されそうになったので,Aの運転態度を注意したところ,激高し降車してきたAにいきなり突き飛ばされた。路上に背中から倒れ込んだXは,路面に頭を打ち付けて意識を失い,救急車で病院に搬送された。幸い頭部には目立った外傷もなく,その他の異状も認められなかったが,腰部及び頸部の脊椎を痛めたため,検査等の目的で2日間入院した後,腰椎及び頸椎に受けた傷害の治療のため,約半年間通院して加療を受けた。上記車両は,運送業を営むB株式会社(以下「B社」という。)の所有する車両であり,Aは,配送業務を実施中であった。
Xは,上記の通院治療が終了した後に,A及び同人を雇用するB社に対し,上記傷害に関して,治療費や交通費などの実費のほか,入通院による休業損害及び傷害慰謝料を請求したものの,いずれからも誠意ある対応はなかった。Xから相談を受けた弁護士L1は,この事件を受任し,損害賠償金の支払を求める内容証明郵便をA及びB社に送付したところ,Aからは返事がなく,B社からは,従業員の起こした暴力事件のことであり会社としては関知しない旨の書面が返送されてきた。そこで,L1は,A及びB社を被告とし,上記の損害に係る賠償金に弁護士費用を加えた合計330万円を連帯して支払うよう求める訴えを提起することとした。
B社に対する訴えについては,L1が同社の登記事項証明書を入手した上,代表取締役として登記されていたCを代表者と記載した訴状を裁判所に提出したところ,訴状副本及び第1回口頭弁論期日への呼出状等がB社の本店所在地の住所に宛てて送達され,同社の従業員がこれらを受領した旨の送達報告書が裁判所に送付された。
第1回口頭弁論期日において,Aは,口頭で請求棄却を求める答弁をし,その余は弁護士を頼んでから対応したい旨を述べ,一方,B社の代表者として出頭したCは,Aの暴行はB社の業務とは無関係に行われたものであると答弁しつつ,道義的責任は感じるので和解による解決を希望する旨を述べたことから,裁判所は和解を勧試した。
その後,Aは弁護士L2に事件を依頼し,L2はAの訴訟代理人となった。その際,Aは,本件の内容を詳しく説明するほか,第1回口頭弁論期日に裁判所が和解を勧試するに至った経緯を説明し,和解のため指定された次回期日までに原告及び被告らがそれぞれ和解条件について検討してくるよう指示されたことを報告した。
和解期日において,X及びL1,L2並びにCが出頭し,XとA及びB社との間で訴訟上の和解が成立し,次のとおりの条項が調書に記載された。
(和解条項)
1 被告Aは,本件における傷害行為について深く反省し,原告に対し,心から謝罪の意を表し,今後二度と本件のような事件を起こさないことを誓約する。
2 被告らは,原告に対し,損害賠償債務として150万円を連帯して支払う義務があることを認める。
3 被告らは,原告に対し,連帯して,前項の金員を,平成〇〇年〇月〇日限り,〇〇銀行〇〇支店の原告名義の普通預金口座(口座番号〇〇〇〇〇〇〇)に振り込む方法で支払う。
4 原告はその余の請求をいずれも放棄する。
5 原告及び被告らは,原告と被告らとの間には,この和解条項に定めるもののほかに何らの債権債務のないことを相互に確認する。
6 訴訟費用は各自の負担とする。
以下は,Xの訴訟代理人である弁護士L1と司法修習生Pとの間でされた会話である。
L1:P君にも検討してもらったXさんの事件ですが,被告であるA及びB社との間で成立した訴訟上の和解について,賠償金の支払期日を前にしてB社から代表取締役D名義の書面が送付されてきました。
それによれば,B社の内部には紛争があったようで,Cは訴状が送達される1年近く前に解任されていて代表者の地位になく,したがって,Cを代表者として成立した訴訟上の和解はB社に対して効力を有しないとのことです。書面に添付されていた同社の登記事項証明書を見ると,確かにCはDが主張する時期に解任され,その同じ日にDが新しい代表者として選定されて就任したようですが,ただこうした解任と就任の登記がされたのは和解が成立した期日の数週間後になっています。このように代表者に異動があったにもかかわらず,なぜ,登記がされないまま放置され,それが今になって登記されたのか,そもそもB社にどのような内紛があったのか,真の代表者は誰なのか,その経緯は我々には分かりません。しかし,いずれにしても早急に対応を考えなければなりません。仮にDの主張することが事実だとすると,訴訟上の和解の効力はB社には及ばないと言わざるを得ないでしょうか。
P:先生,最高裁判所昭和45年12月15日第三小法廷判決(民集24巻13号2072頁)があります。
L1:どのような事案においてどのような判示をした判例ですか。
P:はい。やはり登記上代表取締役であったが実際には代表取締役ではなかった者を被告会社の代表者として提起された訴えについて,請求を認容した第一審の本案判決を取り消し,訴状の送達からやり直すべし,として事件を第一審に差し戻したものです。
一般論としては,「民法一〇九条および商法二六二条の規定は,いずれも取引の相手方を保護し,取引の安全を図るために設けられた規定であるから,取引行為と異なる訴訟手続において会社を代表する権限を有する者を定めるにあたつては適用されないものと解するを相当とする。この理は,同様に取引の相手方保護を図った規定である商法四二条一項が,その本文において表見支配人のした取引行為について一定の効果を認めながらも,その但書において表見支配人のした訴訟上の行為について右本文の規定の適用を除外していることから考えても明らかである。」と述べています。訴訟手続において会社の代表者を定めるに当たって表見法理の適用はないという判例法理があるということになりそうです。
この判例法理の当否については議論があり,判旨が言及している点のほか,代表権の存否は職権調査事項であり,その欠缺は絶対的上告理由・再審事由であることや,手続の安定などが問題にされていたと思います。
L1:確かにこの判例の一般論については議論があるところですが,ここでは訴訟上の和解に表見法理を適用することの可否に絞って考えることにしましょう。本件のように訴訟上の和解が成立した事案においては,民法や商法の表見法理を適用することを否定する理由として,判旨が挙げるような取引行為と訴訟手続の違いや,P君が言うような手続の不安定を招くといった点を持ち出すことに果たして説得力があるかということを踏まえ,本件和解の訴訟法上の効力を維持する方向で立論してみてください。
P:訴訟上の和解には,私法上の契約とそれを裁判所に対して陳述するという両面がありますから,仮に訴訟行為としての和解の効力が否定されるとして,では私法上何の効果も生じないことになるのか,といった辺りも考えてみる必要がありそうです。
L1:頼もしいですね。それでは,和解が無効だとするDの主張を退け,無事に和解の履行期限を迎えられるよう,我々の側として用意できる法律論をまとめてみてください。実体法上の表見法理のうちどの条文の適用を主張すべきか,という問題もありますが,そこはひとまずおいて,まずは訴訟法の問題について検討してください。よろしくお願いします。
〔設問1〕
あなたが司法修習生Pであるとして,弁護士L1から与えられた課題に答えなさい。
なお,引用した判決文中の「商法二六二条」は現行会社法の第354条に相当する規定であり,「商法四二条」は現行商法の第24条に相当する規定であり,その内容は次のとおりである。
「第四十二条本店又ハ支店ノ営業ノ主任者タルコトヲ示スベキ名称ヲ附シタル使用人ハ之ヲ其ノ本店又ハ支店ノ支配人ト同一ノ権限ヲ有スルモノト看做ス但シ裁判上ノ行為ニ付テハ此ノ限ニ在ラズ
②前項ノ規定ハ相手方ガ悪意ナリシ場合ニハ之ヲ適用セズ」
以下は,後日,L1とPとの間でされた会話である。
L1:例の事件ですが,和解無効を主張するDに対して私の進めてきた説得がなんとかうまく運び,ようやくDも折れ,改めて賠償金の支払を約束してくれ,安堵していたところ,今度は,被告のA本人から書面で申入れがありました。
そこに書かれた内容を法律的に整理してみると,Aが訴訟代理人のL2弁護士に与えた訴訟代理権の範囲には,和解条項第1項にあるように「被告Aは,本件における傷害行為について深く反省し,原告に対し,心から謝罪の意を表し,今後二度と本件のような事件を起こさないことを誓約する。」という謝罪や誓約の文言を設けることまでは含まれておらず,これはL2弁護士が和解期日当日に出頭していなかったAに無断でしたことなので,この条項は無権代理として無効であり,和解全体も無効となるというのです。
P:先生,和解条項第1項が設けられた経過はどのようなものだったのですか。
L1:和解が成立した期日には,私のほかにXさんも出頭しましたが,Aは欠席し,代理人のL2弁護士だけが出頭していました。Xさんは,被告らが要望する賠償金の減額に応じてもよいが,その代わりAが事件のことを反省して謝罪をし,二度と同じような事件を起こさないことを約束してほしい,そのことを和解条項にしっかり書き残してほしいと要請しました。欠席していたAの意思を直接確認することはできませんでしたが,L2弁護士が言うには,「Aはかねてから事件のことを真摯に反省していたので,そうした条項を設けることに異存はないはずだ。」ということでした。その結果,第1項としてあのような条項が加えられ,他方,損害賠償の金額については150万円とすることで原告と被告らとの間で合意ができたのです。
P:よく分かりました。これに関連した判例があったと記憶しています。最高裁判所昭和38年2月21日第一小法廷判決(民集17巻1号182頁)がそれです。
L1:どのような事案においてどのような判示をした判例ですか。
P:単純化すると,貸金返還請求訴訟において,証拠調べが終わった段階で和解が勧められ,裁判所から和解案が示されていたところ,借主である被告本人がそれを拒んで帰宅してしまった後,被告の訴訟代理人弁護士はそのまま話合いを続行し,最終的に被告本人が同席しない中で,請求されていた貸金債務の弁済期を延期して分割払とする代わりに,その担保として被告が所有する不動産に抵当権を設定するという内容の和解を成立させたという事情の下,後日その被告がこの和解の無効確認等を求めたという訴訟において,最高裁は,被告訴訟代理人が授権された和解の代理権限のうちに抵当権設定契約をする権限も包含されていたと解するのが相当である,と判示したものです。
L1:なるほど。念のため,裁判所に確認したところ,本件でAがL2弁護士に訴訟委任をした際,民事訴訟法第55条第2項第2号の和解に関する特別授権はされていましたから,そのことを前提として,この最高裁判決の内容を踏まえ,AはXさんとの間で本件和解の効力を争うことはできない,と立論してみてください。
〔設問2〕
あなたが司法修習生Pであるとして,弁護士L1から与えられた課題に答えなさい。
なお,AとL2との間の訴訟委任契約に関連して生じ得る弁護士倫理の問題や契約違反を理由とした損害賠償の問題について論ずる必要はない。
以下は,Pが司法修習を終えて弁護士登録をし,L1の法律事務所に勤務弁護士として就職した後に,L1との間でされた会話である。
L1:P君が司法修習生だった頃に扱っていたXさんの和解の件を覚えていますか。いろいろありましたけれども,P君が奮闘して判例等を研究してくれたおかげで,いずれも事なきを得,和解の効力には問題がないということで,賠償金の支払も無事に約束どおり履行されました。
ところが,あの和解期日から半年以上も経過したつい先日のこと,Xさんから相談がありました。近ごろめまいや吐き気などを覚えるようになったので,事故後に入通院していた病院で診察を受けたところ,本件事故により腰椎及び頸椎に受けた傷害が原因で発症したもので,後遺障害として残存するだろうと診断されたそうです。一般に,事故から相当期間が経過した後に初めて発症した症状については,当該事故による傷害に起因するものであっても法的にみて因果関係を有する後遺障害と評価できるかどうかが争われることが多いので,本件でもそのことは綿密に調査・検討する必要があります。しかし,その点はしばらくおき,この後遺障害に基づく新たな損害賠償を求める訴えをAとB社に対して提起することも視野に入れ,ひとまずAの代理人であったL2弁護士に連絡したところ,既に委任関係は終了しているということでしたので,直接Aに文書で連絡しました。
これに対してAから送られてきた回答書では,和解条項では,第2項で損害賠償債務は150万円であるとされ,第5項では「原告と被告らとの間には,この和解条項に定めるもののほかに何らの債権債務のないことを相互に確認する。」となっており,かつその損害賠償金は全額既に支払が完了しているので,もはやこれ以上の賠償責任は負うことはないとされています。
P:先生,今後,Aが弁護士に相談すれば,訴訟上の和解には既判力があるから,Xさんからの賠償請求はその既判力に触れるとの主張をしてくることが考えられます。判例にも,裁判上の和解について「既判力を有する」という一般論を述べたものがあります(最高裁判所昭和33年3月5日大法廷判決・民集12巻3号381頁)。
L1:そうですね。訴訟上の和解調書の記載に既判力が生じるとの前提に立つとして,何か反論が考えられますか。
P:訴訟上の和解が成立した後に別の新たな損害が生じたから,これには既判力は及ばないとの議論はいかがでしょうか。
L1:しかし,不法行為に基づく損害賠償請求権は当該不法行為時に確定額の請求権としていまだ現実化していなかった損害も含めて損害全体について成立しているはずであり,後に生じた後遺障害はたまたま請求時に認識できなかっただけのことですから,和解成立後に生じた事由とはいえないと考えられます。
また,本件では,和解条項第5項によって,「原告及び被告らは,原告と被告らとの間には,この和解条項に定めるもののほかに何らの債権債務のないことを相互に確認する。」とされていますから,一部請求後の残部請求の議論を応用することも困難ではないでしょうか。
P:そうしますと,既判力肯定説に立ちつつ,我々に有利な結論を導くには,和解条項第2項及び第5項について生じる既判力を本件後遺障害に基づく損害賠償請求権の主張を遮断しない限度にまで縮小させる,あるいは,本件和解契約は同請求権を対象として締結されたものではないから,訴訟上の和解につき既判力肯定説を採るとしても,本件の和解条項第2項及び第5項につき同請求権を不存在とする趣旨の既判力は生じない,というような議論を考えればよいわけですね。
L1:そうだと思います。一つヒントですが,定期金方式による損害賠償判決の基礎となった事情に事後的な変動が生じたときには損害額の再調整をすることができるという民事訴訟法第117条を参考にしてはどうでしょうか。この条文を単純に類推適用するというのではなく,人身損害の損害賠償を主として念頭に置いてそのような規定が作られた趣旨を参考にしてほしいということです。難問ですが,諦めないで頑張ってください。
〔設問3〕
あなたが弁護士Pであるとして,弁護士L1から与えられた課題に答えなさい。なお,訴訟上の和解に既判力が認められるかについての一般論には触れなくてよい。
練習答案
以下民事訴訟法についてはその条数のみを示す。
〔設問1〕
第1 取引行為と訴訟手続の違い
確かに、代表権の存否は職権調査事項であり、取引行為と訴訟手続の違いを重視する判例の立場も理解できる。しかしながら、取引行為といえども任意での履行がなされない場合には訴訟を通じた履行が想定されており、その点において連続性がある。ましてや本件で問題となっているのは訴訟上の和解であり、当事者が自らの意思に基づいて互譲して内容を定めるので、取引行為に近くなる。訴訟外の和解は取引行為であるところ、訴訟上の和解と訴訟外の和解とで結論が異なるのは不適切である。以上より、少なくとも訴訟上の和解の場合は、効力が維持されるべきである。
第2 手続きの不安定
代表権の欠缺は絶対的上告理由・再審事由であり、手続の安定のために判例の立場を採ることも理解できる。しかし訴訟上の和解の錯誤無効を再審で主張することができるというのが判例である。このように、訴訟上の和解の瑕疵を再審で争うことができるのであるから、代表権の欠缺についても、訴訟上の和解を一律無効にするのではなく、原則的に有効とした上で、その瑕疵を再審で争うことができるようにしても、手続を徒らに不安定にすることにはならない。
第3 私法上の効果
仮に訴訟行為としての和解の効力が否定されるとしても、私法上何の効果も生じないということにはならない。私法上の和解は取引行為であり、これが有効になる。その結果、この私法上の和解に基づいて別訴を提起すれば、証拠面からしてもまずまちがいなく和解の内容を実現する判決を得ることができる。それならば訴訟行為としての和解の効力を否定する実益はないと言える。
〔設問2〕
この最高裁判決の内容をそのまま適用すると、AはXさんとの間で本件和解の効力を争うことはできないという結論になる。
しかし、Aは、和解の内容として、抵当権の設定という財産的行為と、謝罪や誓約の文言を設けるといった精神的行為とでは性質が異なり、判例の射程が及ばないと反論するかもしれない。表現の自由は日本国憲法21条1項で保障され、そこには消極的表現の自由も含まれると解されていることが、その反論を根拠となり得る。とはいえ、判決で謝罪広告を命じることは、一般的な謝罪の文言である限り、憲法に反しないという判例がある。本件においても一般的な謝罪の文言であり、しかもXさんにのみ交付され広く公開されるものではないので、許される。
以上より、AはXさんとの間で本件和解の効力を争うことはできない。
〔設問3〕
第1 既判力の縮小
定期金方式による損害賠償判決の基礎となった事情に事後的な変動が生じたときには損害額の再調整をすることができるという117条の趣旨は、人身損害の損害賠償を主として念頭に置いて、そうした倍賞は数十年といった長期間続くこともまれではなく、著しい事情変動により金額が不相当になった場合は、公平の見地から、再調整を認めるという趣旨である。判決時にそうした事情は両当事者にとって一般に予見不可能なのだから、判決前に主張すべきだと言うことはできない。
判決ですらこれが認められているのだから、判決よりも柔軟な和解でこれが認められない理由はない。他方で判決と同じように既判力が認められるのであれば、事情変動による再調整を認める必要性はある。
本件和解は判決の代わりに締結されたものであり、117条の再調整は留保されていると解すべきである。本件後遺障害は、117条の損害額の算定の基礎となった事情に著しい変更が生じた場合に当たる。よって117条の趣旨から、本件後遺障害に基づく損害賠償請求権の主張は遮断されない。
第2 既判力の不存在
本件和解のもととなった訴訟は、本件後遺障害が発生する前の時点で、治療費や交通費などの実費のほか、入退院による休業損害及び傷害慰謝料に弁護士費用を加えた合計330万円を請求したものである。つまり、本件不法行為に基づく損害賠償請求権の明示的一部請求である。よって本件和解契約は、この一部請求の範囲内でのみ有効である。金額的にもそれが妥当である。よってそれを超える範囲に既判力は生じないので、本件後遺障害に基づく損害賠償請求権の主張をすることができる。
以上
修正答案
以下民事訴訟法についてはその条数のみを示す。
〔設問1〕
第1 取引行為と訴訟手続の違い
確かに、代表権の存否は職権調査事項であり、代表権の欠缺は絶対的上告理由・再審事由であるため、裁判所が関与しない取引行為と裁判所の指揮下で行われる訴訟手続の違いを重視する判例の立場も理解できる。しかしながら、取引行為といえども任意での履行がなされない場合には訴訟を通じた履行が想定されており、その点において連続性がある。ましてや本件で問題となっているのは訴訟上の和解であり、当事者が自らの意思に基づいて互譲して内容を定めるので、取引行為に近くなる。訴訟外の和解は取引行為であるところ、訴訟上の和解と訴訟外の和解とで結論が異なるのは不適切である。以上より、少なくとも訴訟上の和解の場合は、表見法理を適用して、その効力が維持されるべきである。
第2 手続の不安定
訴訟行為に表見法理を適用すると、相手方の善意・悪意という主観的状態に訴訟の進行が左右されることになるため、手続の安定のために表見法理を一律に適用しないという判例の立場を採ることも理解できる。しかしながら、訴訟上の和解の場合は、それにより訴訟が終了するのであってこれ以上手続が積み重ねられることがないので、手続の安定を考慮しなくてもよい。よって、手続の不安定は、訴訟上の和解に表見法理を適用しないことの理由とならない。
第3 私法上の効果
仮に訴訟行為としての和解の効力が否定されるとしても、訴訟上の和解は訴訟上の効果と私法上の効果が併存していると考えられているので、私法上何の効果も生じないということにはならない。私法上の和解は取引行為であり、これが有効になる。その結果、この私法上の和解に基づいて別訴を提起すれば、証拠面からしてもまずまちがいなく和解の内容を実現する判決を得ることができる。それならば訴訟行為としての和解の効力を否定する実益はないと言える。むしろ、これを否定して、真正でない登記を放置した者に時間的猶予を与え、できるだけのことをして登記を信頼した者に別訴の労を取らせることは不当である。
〔設問2〕
この最高裁判決の内容をそのまま適用すると、AはXさんとの間で本件和解の効力を争うことはできないという結論になる。というのも、和解とは当事者が互譲した内容で合意して裁判を終わらせるものであるところ、支払う金額を引き下げるのと引きかえに謝罪の文言を盛り込むことは、分割払いにするかわりに抵当権を設定することと同じように、一般的な和解の態様であり、AがL2弁護士に与えた和解に関する特別授権の範囲内だと考えられるからである。
しかし、Aは、和解の内容として、抵当権の設定という財産的行為と、謝罪や誓約の文言を設けるといった精神的行為とでは性質が異なり、判例の射程が及ばないと反論するかもしれない。良心の自由は日本国憲法19条で保障されることが、その反論を根拠となり得る。とはいえ、判決で謝罪広告を命じることは、単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明するに止まる程度のものであれば、憲法に反しないという判例がある。本件においても単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明するに止まる程度のものであり、しかもXさんにのみ交付され広く公開されるものではないので、これを和解の内容としても許される。
以上より、AはXさんとの間で本件和解の効力を争うことはできない。
〔設問3〕
第1 和解と既判力の原則論
訴訟上の和解調書の記載に既判力が生じるとの前提に立つとすれば、本件和解に既判力が生じる結果、本件和解の内容に反する判決を裁判所がすることができなくなり、本件後遺障害に基づく損害賠償請求権の主張が認められなくなってしまう。本件和解のどこまでが主文に包含するもの(114条1項)として既判力を有するかに多少曖昧な部分は残るものの、本件和解条項の2項及び5項は既判力を有することとなるだろう。
第2 既判力の縮小
定期金方式による損害賠償判決の基礎となった事情に事後的な変動が生じたときには損害額の再調整をすることができるという117条の趣旨は、人身損害の損害賠償を主として念頭に置いて、そうした倍賞は数十年といった長期間続くこともまれではなく、後遺障害の発生など著しい事情変動により金額が不相当になった場合は、公平の見地から、再調整を認めるという趣旨である。判決時にそうした事情は両当事者にとって一般に予見不可能なのだから、判決前に主張すべきだと言うことはできない。一時金方式であっても事情は同じであるため、再調整の余地があると考えるべきである。
判決ですらこれが認められているのだから、判決よりも柔軟な和解でこれが認められない理由はない。他方で判決と同じように既判力が認められるのであれば、事情変動による再調整を認める必要性はある。
本件和解は判決の代わりに締結されたものであり、117条の再調整が留保された範囲にまで既判力が縮小されると解すべきである。本件後遺障害は、117条の損害額の算定の基礎となった事情に著しい変更が生じた場合に当たる。よって117条の趣旨から、本件後遺障害に基づく損害賠償請求権の主張は遮断されない。
第3 既判力の不存在
本件和解のもととなった訴訟は、本件後遺障害が発生する前の時点で、治療費や交通費などの実費のほか、入退院による休業損害及び傷害慰謝料に弁護士費用を加えた合計330万円を請求したものである。つまり、本件不法行為に基づく損害賠償請求権の明示的一部請求である。よって本件和解契約は、この一部請求の範囲内でのみ有効であると解するのが当事者の意思にかなっている。金額的にもそれが妥当である。よって、当事者の意思に基づく私法上の和解契約を超えた効果を訴訟上の和解にもたせるのは不当であるため、それを超える範囲に既判力は生じないと考えるべきであり、本件後遺障害に基づく損害賠償請求権の主張をすることができる。
以上