以下、民事訴訟法については、その条数のみを示す。
〔設問1〕
第1 受訴裁判所が本訴について下すべき判決
まず、本訴が適法かどうか、適法だとしてその訴訟物は何かを検討する。
法律関係の確認を求める訴えを提起することができる(134条)。法律関係の確認を求める訴えは、無限定に広がりやすく、被告の労と訴訟資源の観点から、紛争の成熟性(即時確定の利益)、対象選択の適切さ、方法の適切さ(補充性)が満たされた場合にのみ許されると解する。本件では、本件事故によるYの人的損害の発生については、XY間の主張が食い違い、交渉が平行線となったとのことであるので、紛争の成熟性は満たしており、対象選択の適切さも、方法の適切さも満たしている。よって、本訴は適法である。
損害賠償債務の不存在の確認を求める訴えの訴訟物は、物損も人的損害も全部含めて、本件事故に起因するYのXに対する損害賠償請求権全体である。訴訟物は、実体法を基礎として、原告が裁判所に審判を求める範囲であるところ、民法709条では物損と人的損害が区別されていないことに加え、原告の通常の意思からしても、上記のように考えるべきであるからである。
債務不存在確認訴訟が先行している場合に、給付の訴えの反訴が提起された場合には、先行している債務不存在確認訴訟の訴えの利益は失われるとするのが、判例の立場である。そして、処分権主義及び訴訟費用の節約などの必要性から、数量的に可分な権利の一部請求も可能であるとするのが判例の立場である。一部請求であることが明示されている場合は、訴訟物はその一部に限定される。
以上より、本件では、500万円の支払いを求めるYの提起した反訴により、本訴の訴えの利益はその分だけ失われる。
以上より、受訴裁判所は、本訴について、500万円を超えてはXのYに対する本件事故による損害賠償債務は存在しないとの判決を下すべきである。
第2 本訴についての判決の既判力
本訴についての判決の既判力(114条1項)は、500万円を超えてはXのYに対する本件事故による損害賠償債務は存在しないという判断について生じる。
〔設問2〕
前訴判決により、本訴について〔設問1〕で述べた既判力が、反訴について500万円の不存在の判断について既判力が発生する。その結果、本件事故に起因するXのYに対する損害賠償債務は一切存在しないことについて既判力が生じる。よって、既判力の作用により、後訴においてYの残部請求が認められないのが原則である。不当な蒸し返しを防ぎ、紛争を終局的に解決する機能を既判力は果たしている。しかし、本件のように、前訴判決後に損害が表面化したような場合は、不当な蒸し返しではなく、その者にとって酷である。
判例の立場では、前訴はその時点までに表面化している損害に限定した一部請求であると解し、残部には前訴の既判力が及ばないとする。これを根拠として、後訴においてYの残部請求が認められる。判例の立場とは異なるが、既判力の基準時は口頭弁論終結時であるところ(115条1項3号)、新たに表面化した損害はその基準時以後の事情として時的な意味で前訴の範囲外とする立場や、117条1項の定期金による賠償を命じた確定判決の変更を求める訴えの規定を類推適用する立場もあり、これらも後訴におけるYの残部請求が認められるための根拠となり得る。
以上