目次

第21章 避けたほうがよい用語

 曖昧であるとか、鵜呑みにしてほしくない考え方を包んでいるため、使わないようお勧めしている語句がたくさんある。


BSD スタイル(BSD-style)

 「BSD スタイルのライセンス(使用許諾書)」という表現は、重要な違いのある複数のライセンスをひとまとめにしているので、混乱を招く。たとえば、宣伝条項を含むオリジナルのBSD ライセンスはGPLとの互換性を持たないが、改訂された BSD ライセンスはGPLと互換性を持つ。

 混乱を避けるために、個別のライセンスを指定し、「BSD スタイル」という曖味な用語を避けたほうがよい。


RAND (reasonable and non-discriminatory: 合理的かつ非差別的な)

 特許権の制約を受けた標準を推進し、フリーソフトウェアの可能性を封じる標準策定団体は、準拠プログラム1本ごとに固定料金を要求する特許実施権取得方針を取っている。彼らは、このようなライセンス(特許実施権)を「RAND」(合理的かつ非差別的な)と称することが多い。

 この用語は、通常合理的でも非差別的でもない特許実施権の欺瞞をごまかしてしまう。このライセンスが特定の人物を差別しないのは事実だが、フリーソフトウェアコミュニティを差別しているのも事実であり、その分非合理的である。つまり、RANDの前半分は欺瞞的であり、後半分は偏見に満ちている。

 標準策定団体は、これらのライセンスが差別的であることを認め、これらに言及するときに「合理的かつ非差別的」とか「RAND」という用語を使わないようにすべきである。それまでは、このごまかしに加担したくない方は、この用語を拒否したほうがよい。特許権を持つ企業が撒き散らしたというだけの理由でこの用語を受け入れ、使ってしまえば、それらの企業に表現主体を委ねることになる。

 代替語として、私は「統一料金のみ」あるいは「UFO (uniform fee only)」というものを提案する。この用語は、これらのライセンスに含まれる条件が統一的な特許使用料だけだということを正確に表現している。


オープン(open) *1

 「フリーソフトウェア」の代わりに「オープン」という単語を使うのは避けていただきたい。私たちよりも理想主義的でない価値観を持つ別のグループは、スローガンとして「オープンソース」を掲げている。彼らに触れる場合には、彼らの名前を使うのは適当なことだが、私たちと彼らをひとまとめにしたり、私たちの仕事に彼らのラベルを貼ったりしないでいただきたい。そのようなことをすれば、人々は私たちが彼らの支援者であるかのように誤解する。


海賊行為(piracy)

 出版社は、禁止されているコピーを「海賊行為」と表現することが多い。言外のうちに、違法コピーは、海上で船を攻撃し、乗員乗客を誘拐、殺害するのと倫理的に同じだと言いたいのである。違法コピーが誘拐や殺人と同じだと思わないなら、「海賊行為」という単語は使わないほうがよい。「禁止されているコピー」とか「無許可コピー」といった中立的な言葉を使うべきである。私たちの一部では、「隣人との情報の共有」のような肯定的な意味の言葉を選ぶ場合もある。


クローズド(closed) *1

 非フリーソフトウェアを「クローズド」と呼ぶのは、明らかに「オーブンソース」という用語を意識している。フリーソフトウェア運動は、最近のオープンソース運動と混同されるのを避けたいと考えているので、フリーソフトウェア運動とオープンソース運動をひとまとめにするのを奨励するような用語を避けている。そこで、非フリーソフトウェアを「クローズド」と呼ぶことも避けている。「非フリー」あるいは「私有」と呼ぶ。


コンテンツ、内容(content)

 満足感、安心感を表現したい場合には、content と言っていただいてまったく問題はないが、書かれた仕事、その他作者を持つ仕事の意味でこの言葉を使うと、それらの仕事に対して特定の態度を示すことになる。つまり、箱に詰めて売ることを目的とする交換可能な商品とみなすことになる。実質的に、それは仕事に対して敬意を払わないことになる。

 この用語を使う人々は、作品の著作者(彼らは「創造者 (creator)」と呼ぶが)の名のもとに著作権の強化を図る出版社であることが多い。「コンテンツ」という用語は、彼らの実際の感覚を暴露する。

 彼らが「コンテント(満足) プロバイダ (content provider)」という用語を使うなら、反対派は「不満プロバイダ(malcontent provider)」という言葉を使ってもよいはずだ。


商用、市販(commercial)

 「商用」という用語を「非フリー」の同義語として使わないようにしていただきたい。これでは、2つのまったく異なる問題を混同してしまうことになる。

 ビジネスとして開発されたプログラムは商用である。商用プログラムは、ライセンス次第でフリープログラムにも非フリープログラムにもなる。同様に、学校や個人が開発したプログラムも、ライセンス次第でフリープログラムにも非フリープログラムにもなる。どのような主体がプログラムを開発したかという問題とユーザーがどのような自由を持つかという問題は、まったく無関係である。

 フリーソフトウェア運動の最初の10年間は、フリーソフトウェアパッケージの大半が非商用だった。GNU/Linux オペレーティングシステムのコンポーネントは、フリーソフトウェア財団や大学のような非営利の組織か個人によって開発された。しかし、1990年代に入って、フリーの商用ソフトウェアが現れるようになった。

 フリーの商用ソフトウェアは私たちのコミュニティに対する貢献であり、私たちはこれを奨励しなければならない。しかし、「商用」が「非フリー」を意味すると考える人々は、この組み合わせを自己矛盾だと考え、可能性を潰してしまう。このような意味で「商用」という言葉を使わないように注意が必要である。


創造者、クリエータ (creator)

 著作者を創造者と呼ぶと、暗黙のうちに著作者を神(「創造主」)に喩えることになる。この用語は、出版社が、著作者の精神を一般人よりも上に置き、著作者の名のもとに著作権の強化を正当化するために使うものである。


ソフトウェアの販売 (sell software)

 「ソフトウェアの販売」という用語は曖昧である。厳密に言って、フリープログラムのコピーと一定の金額を交換することは「販売」である。しかし、通常「販売」という用語には、その後のソフトウェアの利用形態に対する所有権者からの制約が付随する。言おうとしていることの意味に応じて、「有料でプログラムのコピーを頒布する」とか「プログラムの使用に所有権者からの制約を課す」と言い分ければ、正確になり、混乱を避けられる。

 この問題については、「フリーソフトウェアの販売」を参照していただきたい。


ソフトウェアをあげる (give away software)

 「フリーソフトウェアとして頒布する」という意味で「あげる」という用語を使うと誤解を招く。この言葉は、「ただで」と同じ問題を持っている。問題が自由ではなく、価格であるかのような意味を含んでしまう。たとえば、「フリーソフトウェアとしてリリースする」と言えば、混乱を避けられる。


知的財産権(intellectual property)

 出版社や法律家は、好んで著作権を「知的財産権」と呼ぶ。この用語には、隠された前提条件がある。それは、物理的なものとそれを財産と考える私たちの考え方を基礎におけば、コピーの問題をもっとも自然な形で考えられるというものである。

 しかし、このアナロジーは、物理的なものと情報の間の決定的な違いを見過ごしている。ものの複製を作るのは大変なことだが、情報はほとんど労力をかけずにコピー、共有できるのだ。このアナロジーを基礎として考えることは、この違いを無視することである。

 アメリカの法制度でさえ、このアナロジーを全面的に受け入れてはおらず、著作権と物理的なものとしての財産権を同じようには扱っていない。

 このような考え方に縛られたくなければ、自分の議論と思想から「知的財産権」という用語を取り除くことだ。

 「知的財産権」という用語にはもう1つの問題がある。それは、著作権、特許権、商標権など、共通点をほとんど持たない独立した法制をひとまとめにしてしまうことである。これらの法律は別々の起源を持ち、別々の行為を対象とし、別々の運用形態を持ち、別々の政策問題を提起する。たとえば、著作権についてある事実を学んでも、特許法ではその通りにはならないと考えたほうがよい。たいていの場合はそのような食い違いが起きる。これらの法律はそれくらい異なるので、「知的財産権」という用語は過度の一般化を引き起こす。「知的財産権」についての見解は、ほとんど必ず馬鹿げたものになる。そのような広い水準では、著作権法に起因する政策問題も、特許権に起因する政策問題も、その他のものに起因する政策問題も論じることはできない。

 「知的財産権」という用語は、これら別々の法律が持つごくわずかな共通点に人々の視野を狭める。つまり、売買できるさまざまな抽象を確立することにばかり力を入れ、それらが国民に課せられた制約であり、それらの制約がどのような善悪を引き起こすかを無視することになる。

 特許権、著作権、商標権が引き起こす問題を明確に考えたいなら、さらにはこれらの法律が求めていることを学びたいなら、まず最初に以前耳に入ってきた「知的財産権」という用語を忘れ、それらを無関係なテーマとして扱うことである。明確な情報を提供し、明確な思考を奨励するつもりなら、「知的財産権」について言ったり書いたりしてはならない。代わりに、著作権、特許権など個々の法律の問題として話題を提出するのである。

 テキサス大学ロースクールのマーク・レムリー教授によれば*2、「知的財産権」という用語が普及したのは、1967年に世界知的財産権機関(WIPO)が設立されてからであり、最近の流行に過ぎない。WIPOは、著作権、特許権、商標権保持者の利益を代表しており、彼らの権力を増強させるよう、政府に圧力をかけている。WIPOのある条約は、米国内で役に立つフリーソフトウェアパッケージの検閲に使われているデジタルミレニアム著作権法(DMCA)が引いた線をなぞるようにして作られている*3


デジタル権管理(Digital Rights Management)

 「デジタル権管理」ソフトウェアは、実際には、コンピュータユーザーに制限を課すために作られている。この用語における「権利」という単語の使用は、無意識のうちに制限を押し付けられる多数の視点を無視し、制限を押し付ける少数の視点から問題を見るように人を誘導する。

 「デジタル制限管理」とか「拘束ウェア」と言ったほうがよい。


盗用(theft)

 著作権の擁護者は、著作権侵害を表現するときに「盗まれた」とか「盗用」という単語を多用する。同時に、彼らは法制度を倫理的権威として扱うことを要求してくる。コピーが禁止されているなら、コピーは悪いことに違いないということになる。

 そこで、法制度(少なくともアメリカ合衆国の)は、著作権侵害を「窃盗」とみなす考えをとっていないことを指摘すべきである。著作権擁護者は、権威に訴えているが、権威が言っていることを歪曲しているのである。

 一般に、法律が善悪を決めるという考え方は誤っている。法律は、高々正義を実現するための試みである。法律が正義や倫理的行為を決めるということは、本末転倒である。


フリーウェア (freeware)

 「フリーソフトウェア」の同義語として「フリーウェア」という用語を使わないようにしていただきたい。「フリーウェア」という用語は、1980年代に実行可能形式だけでソースコード抜きでリリースされたプログラムのために多用された。今日、フリーウェアという用語の明確な定義はない。

 また、英語以外の言語を使うときには、「free software」とか「freeware」といった英単語を借用するのを避けるようにしていただきたい。その言語が持っているより曖昧さのない単語があれば、それを使っていただきたい。次に示すのは、「フリーソフトウェア」を各国語の曖昧さのない用語に翻訳したものである。

 それぞれの言語で用語を作れば、外国の不思議な販売概念をオウム返しにしているのではなく、自由を意味しているのだということをはっきりと示すことができる。自由と称することは、最初は奇妙でうるさく感じられるかもしれないが、意味が正確に理解されるようになれば、問題が何かということも理解してもらえる。


フリーで(for free)

 プログラムがフリーソフトウェアであると言いたいのなら、「フリーで」入手できると言ってはならない。この用語は、「価格ゼロで」という意味になる。フリーソフトウェアは自由の問題であって、価格の問題ではない。

 フリーソフトウェアのコピーは、無料で入手できることが多い。たとえば、FTPを介したダウンロードなどである。しかし、フリーソフトウェアのコピーは、CD-ROMの形で有料で頒布されてもいる。一方、私有ソフトウェアのコピーは、宣伝用に無料で入手できる場合がある。また、一部の私有パッケージは、特定のユーザーに対しては無料で配られる。

 プログラムが「フリーソフトウェアとして」流通していると表現すれば、混乱を避けられる。


ベンダー(vendor) *6

 ソフトウェアパッケージの開発者の一般的な呼称として「ベンダー」という用語を使わないようにしていただきたい。多くのプログラムはコピーを販売するために開発されるが、その開発者は間違いなくベンダーである。この中には一部のフリーソフトウェアパッケージも含まれる。しかし、個人のボランティアや組織によって開発される多くのプログラムは、コピーの販売を意図していない。それらのプログラムの開発者はベンダーではない。


保護(protection)

 出版社の代理人は、著作権を話題にするときに「保護」という用語を使いたがる。この単語は、破壊や被害を避けるという意味を持っているため、人々が著作権によって制約を受けるユーザーの立場ではなく、著作権から利益を受ける権利保有者や出版社の立場にあるかのような錯覚を起こさせる。

 「保護」という言葉を避け、中立的な用語を使うのは簡単なことである。たとえば、「著作権保護は非常に長い期間存続する」ではなく「著作権は非常に長い期問存続する」と言えばよい。

 著作権を支持するのではなく、批判したいのなら、「著作権による制約」という用語を使うこともできる。


  1. ^ 【訳注】http://www.gnu.org/philosophy/words-to-avoid.html より追加。
  2. ^ Texas Law Review 誌の1997年3月号に掲載された James Boyle, "Romantic Authorship and theRhetoric of Property"に対する彼の書評の脚注123を参照。
  3. ^ 反 WIPO 運動については http://www.wipout.net/ を参照。
  4. ^ 【訳注】http://www.gnu.org/philosophy/words-to-avoid.html より追加。
  5. ^ 【訳注】http://www.gnu.org/philosophy/words-to-avoid.html より追加。
  6. ^ 【訳注】http://www.gnu.org/philosophy/words-to-avoid.html より追加。

初出:第1稿は1996年に執筆。このバージョンは、"Free Software, FreeSociety: Selected Essays of Richard M. Stallman", 2002, GNU Press(http://www.gnupress.org/); ISBN 1-882114-98-1の一部である。

本文に一切の変更を加えず、この著作権表示を残す限り、この文章全体のいかなる媒体における複製および頒布も許可する。


Copyright© 2003 Free Software Foundation, Inc.
Translation Copyright© 2003 by ASCII Corporation.

目次