令和3(2021)年司法試験予備試験論文再現答案刑法

再現答案

以下刑法についてはその条数のみを示す。

第1 乙の罪責

 乙は、某月30日、殺意をもって、両手でXの首を強く締め付け続けた。その結果、Xは窒息死した。乙は、Xが本心では死を望んでいないことを認識しており、この行為の直前にも「あれはうそだ。やめてくれ」と言われている。よって、同意殺人罪(202条)ではなく殺人罪(199条)が成立する。

 

第2 甲の罪責

1.本件ダンボール箱をY宅から持ち出した行為

 この行為につき、窃盗罪(235条)の成否を検討する。

 「他人の財物」とは、「他人が占有する財物」のことである。一応平穏に占有しているという事実的な状態を保護すべきだからである。本件ダンボール箱は、甲が所有する物であるが、Yが占有していた物であり、「他人の財物」に当たる。

 「窃取」とは、強制的に占有を自己に移転させることである。本件では、本件ダンボール箱をY宅から持ち出した時点で、甲は占有を確保して自己に移転させたと言え、窃取したと言える。

 窃盗罪が成立するためには、器物損壊罪(261条)との区別から、その物の経済的用法に従って利用処分するという不法領得の意思が必要であるところ、本件では得意先との取引に本件ダンボール箱の中に入っている本件帳簿が必要だったとのことであるため、不法領得の意思が認められる。

 以上より、窃盗罪の構成要件を満たす。

 次に、正当防衛(36条)が成立するかどうかを検討する。

 「急迫不正の侵害」とは、法益の侵害が現に存在するか間近に迫っていることである。本件でYが「返してほしければ100万円を持ってこい」と言うことは、恐喝罪(249条1項)に該当する行為であり、法益の侵害が現に存在しているため、急迫不正の侵害があると言える。

 甲は、自己の権利を防衛するためにこの行為に及んでいる。

 「やむを得ずにした行為」とは、その行為が相当であることである。本件において、この行為には、相当性が全くない。

 以上より、2項の過剰防衛も含めて、甲には36条の正当防衛は成立しない。

 よって、甲には窃盗罪が成立する。

2.本件帳簿にライターで火をつけてドラム缶の中に投入した行為

 この行為につき、建造物等以外放火罪(110条2項)の成否を検討する。

 本件帳簿にライターで火をつけて炎が発生しているので、放火して焼損したと言える。

 110条1項の「公共の危険」とは、108条及び109条に規定される物に延焼させることに限られず、周囲の物に燃え移るなどして不特定又は多数者の生命等に危険を生じさせることも含まれる。本件では、漁網が燃え上がり、5名の釣り人が発生した煙に包まれているので、公共の危険が発生したと言える。

 この公共の危険が発生することについての認識・認容までは必要ないが、周囲の物に燃え移る可能性についての認識・認容は必要である。甲は、漁網、原動機付自転車、釣り人5名の存在をいずれも認識していなかったので、故意(38条1項)が阻却される。

 以上より、甲には、建造物等以外放火罪は成立しない。

3.乙を制止せずにその場から立ち去ったこと

 まず何罪が成立し得るか考える。甲は、Xが本心から死を望んでいると思っていたので、殺人罪は成立せず、同意殺人罪が成立し得るにとどまる。また、甲はXが死亡することについての認識・認容があったので、遺棄等致死罪(219条)は成立しない。

 同意殺人罪は作為の形式で定められており、このような場合に不作為により罪が成立するためには、法律などにより作為義務が存在し、その作為が容易であって、作為に及んでいたら高い可能性で結果を防止できたという、作為と同視できる条件が必要である。本件では、甲はXの子であり、民法上扶養義務が認められ、Xが死なないようにする義務があった。そして、甲にとって容易に採り得る措置を講じた場合には、乙の犯行を直ちに止めることができた可能性が高く、直ちに乙の犯行を止めてXの救命治療を要請していれば、Xを救命できたことは確実であった。乙を制止せずにその場から立ち去ったことは、それ自体は積極的な行動であり作為であるが、同意殺人罪にとっては意味をなさず不作為である。よって、甲には同意殺人罪が成立する。*

 なお、共同正犯(60条)が成立するためには意思連絡が相互に必要であり、乙は甲が帰宅したことに気付いていなかったので、共同正犯とはならない。

 また、甲は正犯となるので、従犯(62条1項)にはならない。

4.罪数関係

 以上より、甲には窃盗罪と同意殺人罪が成立し、これらは併合罪(45条)となる。

 

*に以下を挿入

 甲は、客観的には殺人罪を実行し、主観的には同意殺人罪の故意であったが、そのような錯誤は構成要件が重なり合う範囲では阻却されない。

以上

 

感想

 乙の罪責の記述があまりにも短くて不安になりました。本件帳簿にライターで火をつけてドラム缶の中に投入した行為については、他にも検討すべき罪があるような気がしましたが、時間の関係であれだけの記述にしました。




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