浅野直樹の学習日記

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平成26年司法試験論文公法系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100)
 A県B市には,日本で有数の緑濃い原生林と透明度の高さを誇る美しい湖を含む自然保護地域がある。このB市の自然保護地域には,自家用車や観光バスで直接,あるいは,自然保護地域への拠点となっているB駅からタクシーか,定員20名のマイクロバスで運行される市営の路線バスを利用して入ることになる。B市は,1年を通じて温暖な気候であることも幸いして,全国各地から年間500万人を超える観光客が訪れるA県で最大の観光都市となっている。
 しかしながら,湖周辺では観光客が増えて交通量が増加したために,車の排気ガスによる原生林の損傷や,心ない観光客の行為で湖が汚れ,透明度が低下するといった問題が深刻になりつつあった。それに加えて,自然保護地域内の道路のほとんどは道幅が狭く,片方が崖で曲がりくねっており,人身事故や車同士の接触事故など交通事故が多く発生した。そのほとんどは,この道路に不慣れな自家用車と観光バスによるものであった。
 そこで,A県公安委員会は,A県,B市等と協議し,自然保護地域内の道路について,道路交通法に基づき,路線バス及びタクシーを除く車両の通行を禁止した。その結果,自然保護地域には,観光客は,徒歩,あるいは,市営の路線バスかタクシーを利用しなければ入れないこととなり,B市のタクシー事業者にとっては,B駅と自然保護地域との間の運行が大きな収入源となった。
 タクシー事業については,当初,需給バランスに基づいて政府が事業者の参入を規制する免許制が採られていたが,その後,規制緩和の流れを受けて安全性等の一定条件を満たせば参入を認める許可制に移行した。しかし,再び,特定の地域に関してではあるが,参入規制等を強化する法律が制定されている。これに加えて,202*年には道路運送法が改正され,地方分権推進策の一環として,タクシー事業に関する各種規制が都道府県条例により行えることとされ,その許可権限が,国土交通大臣から各都道府県知事に移譲された。
 Cタクシー会社(以下「C社」という。)は,A県から遠く離れた都市で低運賃を売り物に成功を収めたが,その後,タクシーの利用客自体が大幅に減少し,業績が悪化した。そこで,C社は,新たな事業地として,一大観光地であるB市の自然保護地域に注目した。というのも,B駅に首都圏に直結する特急列車の乗り入れが新たに決まり,観光客の増加が見込め,B駅から低運賃で運行することで,より多くの観光客の獲得を期待できるからである。
 C社の新規参入の動きに対し,B市のタクシー事業者の団体は,C社の新規参入により,B市内のタクシー事業者の収入が減少して過酷な運転業務を強いられることに加え,自然保護地域内の道路の運転に不慣れなタクシー運転者による交通事故の発生によって輸送の安全が脅かされるとともに,公共交通機関たるタクシー事業の健全な発達が阻害されるとして,C社の参入阻止を訴えて反対集会を開くなどの反対運動を行うとともに,A県やB市に対し適切な対応を採るよう求めた。
 一方,C社は,マス・メディアを通じて,自社が進出すれば,従来よりも低運賃のタクシーで自然保護地域を往復することができ,首都圏からの日帰り旅行も容易になり,観光振興に寄与すると訴えた。
 このような状況において,A県は,B市と協議した上で,「A県B市の自然保護地域におけるタクシーの運行の許可に関する条例」(以下「本条例」という。)を制定し,本条例に定める目的のもとに,自然保護地域におけるタクシーの運行については,本条例に定める①車種,②営業所及び運転者に関する要件を満たし,A県知事の許可を得たタクシー事業者のタクシーのみ認めることにした(【資料】参照)。
 B市は,本条例の制定に伴い,新たに,B駅の傍らのタクシー乗り場と自然保護地域にあるタクシー乗り場に,電気自動車のための充電施設を設けた。なお,本条例の制定に当たっては,A県に本社のあるD自動車会社だけが車種に関する要件を満たす電気自動車を製造・販売していることも考慮された。ちなみに,B市に営業所を構えるタクシー会社の多くは,本条例の要求する車種要件を満たす電気自動車を,既にD自動車会社から購入している。
 C社は,営業所に関する年数要件及び運転者に関する要件のいずれも満たすことができなかった。そして,車種に関する要件についても,高額の電気自動車を購入することは,自社の最大の目玉である低運賃を困難にすることから,あえて電気自動車を購入せず,より安価なハイブリッド車(従来のガソリン車より燃費がよく排気ガスの排出量は少ない。)で対応しようとした。
 C社は,A県知事に対し,A県を営業区域とするタクシー事業の許可申請を行うとともに,自然保護地域における運行許可申請を行ったが,後者については本条例に規定する要件を満たさないとして不許可となった。これにより,C社は,A県内でタクシー事業を行うことは可能になったが,新規参入の動機でもあったA県内で最大の利益が見込める自然保護地域への運行はできない。C社は,本条例自体が不当な競争制限であり違憲であると主張して,不許可処分取消訴訟を提起した。

〔設問1〕
 あなたがC社の訴訟代理人となった場合,あなたは,どのような憲法上の主張を行うか。
 なお,法人の人権及び道路運送法と本条例との関係については,論じなくてよい。

〔設問2〕
 被告側の反論についてポイントのみを簡潔に述べた上で,あなた自身の見解を述べなさい。

【資料】A県B市の自然保護地域におけるタクシーの運行の許可に関する条例(抜粋)
(目的)
第1条 この条例は,A県B市の自然保護地域(以下「自然保護地域」という。)におけるタクシーによる輸送の安全を確保すること,及び自然保護地域の豊かな自然を保護するとともに観光客のより一層の安全・安心に配慮して観光振興を図ることを目的とする。
(タクシーの運行許可)
第2条 自然保護地域においてタクシーを運行しようとするタクシー事業者は,A県知事の許可を受けなければならない。
(許可申請)
第3条 (略)
(運行許可基準)
第4条 A県知事は,第2条の許可をしようとするときは,次の基準に適合するかどうかを審査して,これをしなければならない。
 一 自然保護地域において運行するタクシーの車種は,次に掲げる要件の全てを満たす電気自動車であること。
  イ 運転席,助手席及び後部座席にエアバッグを装備していること。
  ロ 自動体外式除細動器(AED)を搭載していること。
 二 5年以上継続してB市内に営業所を有していること。
 三 自然保護地域においてタクシーを運転する者は,次に掲げる要件の全てを満たす者であること。
  イ 自然保護地域の道路の状況及び自然環境について熟知し,B市が実施する試験に合格していること。
  ロ B市に営業所を置く同一のタクシー事業者において10年以上継続して運転者として雇用され,又はB市内に営業所を置いて10年以上継続して個人タクシー事業を経営した経歴があること。
  ハ 過去10年以内に,交通事故を起こしたことがなく,かつ,道路の交通に関する法令に違反したことがないこと。
第5条以下略
 附則
第1条 この条例は,平成XX年XX月XX日から施行する。
2 第2条の許可は,この条例の施行日前においてもすることができる。
第2条 A県知事は,この条例の施行後おおむね5年ごとに第4条第1号に規定する車種について検討を加え,必要があると認めるときは,その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする。

 

練習答案

 以下、日本国憲法についてはその条数のみを示す。

〔設問1〕
 私がC社の訴訟代理人となった場合、本件条例自体が、22条の職業選択の自由に反し違憲であると主張する。

第1 22条で保障される内容
 「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」(22条1項)。ここにいうところの「職業選択の自由」には、具体的な営業の自由も含まれる。よってC社が企図しているA県内の本件自然保護地域へのタクシー運行という具体的な営業も22条1項で保障される。

第2 公共の福祉による制限
 もっとも、職業選択の自由には、「公共の福祉に反しない限り」という留保が付されている。この公共の福祉による制限は、警察等の消極目的の場合は、必要最小限でなければならないと解されている。
 本条例の目的は、その1条にあるように、輸送の安全、自然保護、観光客の安全・安心といった消極目的である。よってその制限は必要最小限でなければならない。これらの目的を達成するためには、本件自然保護地域に乗り入れる車両の総台数を制限する、タクシー会社に安全講習を義務付けるなどの、タクシー運行の許可をしないことよりも緩やかな規制でも対応できると考えられる。以上より、タクシー運行の許可をしないという本条例は違憲である。

第3 合理性
 また、仮にタクシー運行の許可をしないという本条例の内容が違憲でなかったとしても、それを判断する際の基準が合理的ではないため違憲である。職業選択の自由に対する制限は、その手段や基準が目的に関して合理的でなければならない。
 本件自然保護地域で安全なタクシー運行をするという目的のためには、その地域の地形などを熟知していることが必要である。しかしながら、本条例4条2号「5年以上継続してB市内に営業所を有していること」は、この目的に関して合理的ではない。B市内に営業所を有しているからといってその地域を熟知しているとは限らないし、近隣の市町村に営業所を有しているだけであっても乗り入れ経験や座学などによりその地域を熟知しているかもしれない。また、本号の「5年」や同条3号ロの「10年」に合理的な意味があるとも思えない。熱心な者であればもっとはやく必要な知識を習得するであろうし、不熱心なら5年や10年が経過しても未熟なままかもしれない。自然保護も本条例の目的であるが、同条1号イ及びロの条件の本条例の目的との間にも合理的な関連性が見られない。安全性の目的に照らしても、エアバッグやAEDが安全性に寄与するかどうかは疑問である。
 以上より、目的に関して合理的ではない本条例4条1号イ及びロ、2号、3号ロは違憲である。

〔設問2〕

第1 公共の福祉による制限
(1) 被告側の反論
 本条例の目的は、消極目的だけでなく、A県やB市の地場産業の促進といった積極目的もあるので、必要最小限度でなくとも合理的な規制であれば許される。
(2) 私自身の見解
 本条例の1条には、「豊かな自然を保護」、「観光振興」といった文言があるので、輸送の安全といった消極目的だけには解消しきれず、被告側が述べるように産業の促進といった積極目的も併存している。そして積極目的のある規制に関しては、立法機関の判断を尊重し、必要最小限でなくとも合理的な規制であれば合憲となる。上記目的のために本件自然保護地域でのタクシー運行を許可しないということは合理的だといえるので、合憲であると私は考える。

第2 合理性
(1) 被告側の反論
 本条例はすべて目的に関して合理的である。
(2) 私自身の見解
 本条例4条1号はすべて合憲であると考える。まず、電気自動車はハイブリッド車と比べて明らかに自然保護によい。エアバッグやAEDが安全に寄与するかどうかに疑問があるにしても、少なくとも観光客の安心には寄与する。結果的にこれらの要件を満たすのはD自動車会社が製造・販売している車種だけであるとしても、それは結果的にそうなっているだけにすぎず、他意はない。
 同条2号及び3号ロについては違憲であると考える。輸送の安全等の本条例の目的と合理的に関係しないというのは〔設問1〕記載のとおりである。加えて、5年や10年といった期間制限は、本人の努力ではすぐにどうすることもできない事柄であり、その点からも不合理である。

以上

 

修正答案

 以下、日本国憲法についてはその条数のみを示す。

〔設問1〕
 私がC社の訴訟代理人となった場合、本件条例自体が、22条の職業選択の自由に反し違憲であると主張する。

第1 22条で保障される内容
 「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」(22条1項)。ここにいうところの「職業選択の自由」には、狭義の職業選択の自由だけでなく、職業活動の自由も含まれる。具体的に職業活動を遂行する自由も保障しなければ、職業選択の自由を保障した意義が失われるからである。よってC社が企図しているA県内の本件自然保護地域へのタクシー運行という職業活動の自由も22条1項で保障される。

第2 公共の福祉による制限
 もっとも、職業選択の自由には、「公共の福祉に反しない限り」という留保が付されている。その公共の福祉による制約が合憲であるかは、規制の目的、必要性、内容、これによつて制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較考量したうえで慎重に決定されなければならない。
 一般に許可制は、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、職業活動そのものを制約するものであり、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定しうるためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要する。そして規制の目的が警察等の消極目的の場合は、必要最小限度でなければならないと解されている。
 本条例の目的は、その1条にあるように、輸送の安全、自然保護、観光客の安全・安心といった消極目的である。よってその制限は必要最小限でなければならない。これらの目的を達成するためには、本件自然保護地域に乗り入れる車両の総台数を制限する、タクシー会社に安全講習を義務付けるなどの、タクシー運行の許可をしないことよりも緩やかな職業活動の内容及び態様に対する規制でも対応できると考えられる。以上より、タクシー運行の許可をしないという本条例は違憲である。

第3 合理性
 また、仮にタクシー運行の許可をしないという本条例の内容が違憲でなかったとしても、それを判断する際の基準が合理的ではないため違憲である。職業選択の自由に対する制限は、その手段や基準が目的に関して合理的でなければならない。
 本件自然保護地域で安全なタクシー運行をするという目的のためには、その地域の地形などを熟知していることが必要である。しかしながら、本条例4条2号「5年以上継続してB市内に営業所を有していること」は、この目的に関して合理的ではない。B市内に営業所を有しているからといってその地域を熟知しているとは限らないし、近隣の市町村に営業所を有しているだけであっても乗り入れ経験や座学などによりその地域を熟知しているかもしれない。また、本号の「5年」や同条3号ロの「10年」に合理的な意味があるとも思えない。熱心な者であればもっとはやく必要な知識を習得するであろうし、不熱心なら5年や10年が経過しても未熟なままかもしれない。自然保護も本条例の目的であるが、同条1号イ及びロの条件の本条例の目的との間にも合理的な関連性が見られない。安全性の目的に照らしても、エアバッグやAEDが安全性に寄与するかどうかは疑問である。
 以上より、目的に関して合理的ではない本条例4条1号イ及びロ、2号、3号ロは違憲である。

〔設問2〕

第1 22条で保障される内容
(1) 被告側の反論
 C社は本件自然保護地域以外でタクシー運行をできるのだから、本条例はC社の職業選択の自由を侵害していない。
(2) 私自身の見解
 確かにC社は本件自然保護地域以外でタクシー運行をできるのであるが、それでもC社の職業活動の自由が制約されていることには変わりなく、22条の職業選択の自由が保障された趣旨からすると、本条例がC社の職業選択の自由を侵害していないとは言えない。

第2 公共の福祉による制限
(1) 被告側の反論
 本条例の目的は、輸送の安全、自然保護、観光客の安全・安心といった消極目的だけでなく、A県やB市の地場産業の促進といった積極目的もあるので、必要最小限度でなくとも合理的な規制であれば許される。そしてこれらの目的は重要な公共の利益である。
(2) 私自身の見解
 本条例の1条には、「豊かな自然を保護」、「観光振興」といった文言があるので、輸送の安全といった消極目的だけには解消しきれず、被告側が述べるように産業の促進といった積極目的も併存している。身体や生命はもちろん、自然環境の保護や経済の活性化も一般に重要な事項であるので、これら諸目的が重要な公共の利益であるのも被告側の言う通りである。そして積極目的のある規制に関しては、立法機関の判断を尊重し、必要最小限でなくとも合理的に必要な規制であれば合憲となる。上記目的のためにC社のような地元企業以外の企業に本件自然保護地域でのタクシー運行を許可しないということは合理的に必要だといえるので、合憲であると私は考える。

第3 合理性
(1) 被告側の反論
 本条例はすべて目的に関して合理的である。電気自動車はハイブリッド車と比べて明らかに自然保護によい。エアバッグやAEDは観光客の安全・安心に役立つ。B市での運行年数が長いほうがB市の状況をよく知ることになり、観光客の安全・安心に寄与する。
(2) 私自身の見解
 本条例4条1号はすべて合憲であると考える。電気自動車がハイブリッド車と比べて明らかに自然保護によいのは被告側の言う通りであり、確かに電気自動車はハイブリッド車よりもコストが高くなるであろうが、タクシーではおよそ不可能だという価格帯ではないため、合理的な制約である。エアバッグやAEDが安全に寄与するかどうかに疑問があるにしても、少なくとも観光客の安心には寄与するし、これらも導入が不可能な価格ではない。結果的にこれらの要件を満たすのはD自動車会社が製造・販売している車種だけであるとしても、それは結果的にそうなっているだけにすぎない。
 同条2号及び3号ロについては違憲であると考える。輸送の安全や観光客の安全・安心という本条例の目的と合理的に関係しないというのは〔設問1〕記載のとおりである。観光振興の目的を考慮しても、B市に事業所を置くタクシー会社が即観光産業かということに疑問がある(B市に事業所を置いていなくても、B市の観光をアピールするなどして、観光振興を行なうことは可能である)。加えて、5年や10年といった期間制限は、本人の努力ではすぐにどうすることもできない事柄であり、その点からも不合理である。

以上

 

 

 

 



平成29(2017)年司法試験予備試験論文(法律実務基礎科目(刑事))答案練習

問題

 次の【事例】を読んで,後記〔設問〕に答えなさい。

【事例】
1 A(26歳,男性)は,平成29年4月6日午前8時,「平成29年4月2日午前6時頃,H県I市J町2丁目3番Kビル前歩道上において,V(55歳,男性)に対し,その胸部を押して同人をその場に転倒させ,よって,同人に加療期間不明の急性硬膜下血腫等の傷害を負わせた。」旨の傷害事件で通常逮捕され,同月7日午前9時,検察官に送致された。送致記録に編綴された主な証拠は次のとおりであった(以下,特段の断りない限り,日付はいずれも平成29年である。)。
 ⑴ Vの受傷状況等に関する捜査報告書(証拠①)
   「近隣住民Wの119番通報により救急隊員が臨場した際,Vは,4月2日午前6時10分頃にH県I市J町2丁目3番Kビル前(甲通り沿い)歩道上に,意識不明の状態で仰向けに倒れていた。Vは,直ちにH県立病院に救急搬送され,同病院において緊急手術を受け,そのまま同病院集中治療室に入院した。同病院医師によれば,Vには硬い面に強打したことに起因する急性硬膜下血腫を伴う後頭部打撲が認められ,Vは,手術後,意識が回復したが,集中治療室での入院治療が必要であり,少なくとも1週間は取調べを受けることはできないとのことであった。」
   「Vは,同市J町4丁目2番の自宅で妻と二人で居住する会社員である。妻によれば,Vは毎朝甲通りをジョギングしており,持病はないとのことであった。」
 ⑵ Wの警察官面前の供述録取書(証拠②)
   「私は,4月2日午前6時頃,通勤のため自宅を出て甲通りをI駅に向かって歩いていると,約50メートル先のKビル前の歩道上に,男二人と女一人(B子)が立っていて,そのうち男一人(V)が歩道上に仰向けに倒れた様子が見えた。そして,約10メートルまで近づいたところ,もう一人の男(A)が仰向けに倒れたVの腹の上に馬乗りになったので,事件であると思って立ち止まった。このとき,Aは,Vの腹の上に馬乗りになった状態で,『この野郎。』と怒鳴りながら右腕を振り上げ,B子がそのAの右腕を両手でつかんだ。私は,自分の携帯電話機を使って,その様子を1枚写真撮影した。その直後,AはVの腹の上から退いたが,Vは全く動かなかった。私は,119番通報し,AとB子に『救急車を呼んだから,しばらく待ってください。』と声を掛けた。しかし,AとB子は,その場を立ち去り,甲通り沿いのLマンションの中に入っていった。私は,注視していなかったため,Vの転倒原因は分からない。私は,A,V及びB子とは面識がない。」
 ⑶ B子の警察官面前の供述録取書(証拠③)
   「私は,1年半前からAと交際し,半年前からLマンション202号室でAと二人で生活している。私とAは,4月1日夜から同月2日明け方までカラオケをし,Lマンションに帰るため,甲通りの歩道を並んで歩いていた。すると,前方からジョギング中の男(V)が走ってきて,擦れ違いざまに私にぶつかった。私は,立ち止まり,Vに『すみません。』と謝ったが,Vは,立ち止まり,『横に広がらずに歩けよ。』と怒ってきた。Aも立ち止まり,興奮した様子でVに言い返し,AとVが向かい合って口論となった。Aは,Vの面前に詰め寄り,両手でVの胸を1回突き飛ばすように押した。Vが少し後ずさりしたが,『何するんだ。』と言ってAに向き合うと,Aは両手でVの胸をもう1回突き飛ばすように押した。すると,Vは,後方に勢いよく転び,路上に仰向けに倒れ,後頭部を路面に打ち付けた。さらに,Aは,仰向けに寝た状態になったVの腹の上に馬乗りになり,『この野郎。』と怒鳴りながら,右腕を振り上げてVを殴ろうとした。私は,慌ててAの右腕を両手でつかんで止めた。すると,AはVの体から離れたが,Vは起き上がらなかった。Aは,『こちらが謝っているのに,文句を言ってきたのが悪いんだ。放っておけ。』と言った。私とAは,通り掛かりの男の人から,『救急車を呼んだから,待ってください。』と言われたが,VをそのままにしてLマンションに帰った。」
 ⑷ Aの警察官面前の供述録取書(証拠④)
   「私は,4月2日早朝,カラオケ店から,交際相手のB子と一緒に帰る途中,B子と二人で並んで歩道を歩いていたところ,ジョギング中の男(V)が擦れ違いざまにB子にぶつかってきた。Vは,B子が謝ったにもかかわらず,『横に並んで歩くな。』と怒鳴った。私は,VがわざとB子にぶつかってきたように感じていたので,『ここはジョギングコースじゃないんだぞ。』と言い返した。私とVは口論となり,そのうち,Vは,興奮した様子で,右手で私の胸ぐらをつかんで前後に激しく揺さぶってきたが,その手を自ら離してふらつくように後退し,後方にひっくり返って後頭部を歩道上に打ち付けた。この間,私は,Vの胸を押したことはなく,それ以外にもVの転倒原因になるような行為をしていない。Vが勝手に歩道上に倒れたので,それを放ったまま自宅に戻った。私は,半年前からLマンション202号室でB子と一緒に生活しており,現在,株式会社丙において会社員として働いている。」
 ⑸ Aの身上調査照会回答書(証拠⑤)
   H県I市J町2丁目5番Lマンション202号室が住居として登録されている。
2 Aは,4月7日午後1時,検察官による弁解録取手続において,証拠④と同旨の供述をした。検察官は,弁解録取書を作成した後,H地方裁判所裁判官に対し,Aの勾留を請求した。同裁判所裁判官は,同日,Aに対し,勾留質問を行い,ⓐ刑事訴訟法第207条第1項の準用する同法第60条第1項第2号に定める事由があると判断して勾留状を発付した。
3 Aは,勾留中,一貫して,Vの胸部を押してVを転倒させ,傷害を負わせた事実を否認した。検察官は,回復したVに対する取調べ等の所要の捜査を遂げ,4月26日,H地方裁判所にAを傷害罪で公判請求した。同公判請求に係る起訴状の公訴事実には,「被告人は,4月2日午前6時頃,H県I市J町2丁目3番Kビル前歩道上において,Vに対し,その胸部を両手で2回押す暴行を加え,同人をその場に転倒させてその後頭部を同歩道上に強打させ,よって,同人に全治3週間の急性硬膜下血腫を伴う後頭部打撲の傷害を負わせた。」旨記載されている。同裁判所は,同月28日,同公判請求に係る傷害被告事件を公判前整理手続に付する決定をした。
4 検察官は,5月10日,前記傷害被告事件について,証明予定事実記載書を裁判所に提出するとともに弁護人に送付し,併せて,証拠の取調べを裁判所に請求し,当該証拠を弁護人に開示した。
 検察官が取調べを請求した証拠の概要は,次のとおりである。
 ⑴ 甲1号証H県立病院医師作成の診断書
   「Vは,4月2日に急性硬膜下血腫を伴う後頭部打撲を負い,全治まで3週間を要した。」
 ⑵ 甲2号証H県I市J町2丁目3番Kビル前歩道上において,Vを立会人として,現場の状況を明らかにするために実施された実況見分の調書
 ⑶ 甲3号証Vの検察官面前の供述録取書
   「4月2日早朝,私が甲通りの歩道をI駅方面に向かってジョギング中,前方から,若い男(A)と女(B子)が歩道一杯に広がるように並んで歩いてきた。私は,ぶつからないように気を付けて走ったが,擦れ違う際に,B子がふらつくように私の方に寄ってきたために,B子にぶつかった。B子が私に謝ったが,私は,立ち止まり,『そんなに横に広がって歩くなよ。』と注意した。すると,Aは,『ここはジョギングコースじゃない。』と怒鳴り,興奮した様子で私に詰め寄ってきた。私がAとの距離を取るため,のけ反るように後ずさると,Aは,私の胸を両手で1回強く押してきた。私は,更に後ずさりしながら,『何するんだ。』と言ったが,その後のことは記憶になく,気が付いた時にはH県立病院の集中治療室にいた。」
 ⑷ 甲4号証写真撮影報告書
   I警察署において,Vが甲3号証と同旨のAのVに対する暴行状況を説明し,A役とV役の警察官2名が,Vの説明に基づき,AがVの胸を両手で1回強く押した際のAとVの相互の体勢及びその動作を再現し,同再現状況が撮影された写真が貼付されている。
 ⑸ 甲5号証W所有の携帯電話機に保存されていた画像データを印画した写真1枚
   4月2日午前6時に撮影されたものであり,男(A)が,Kビル前歩道上に仰向けに寝ている男(V)の腹部の上に馬乗りになった状態で,Aの右手掌部が右肩の位置よりも右上方の位置にあり,女(B子)が,Aの右後方から,そのAの右腕を両手でつかんでいる状況が写っている。
 ⑹ 甲6号証Wの検察官面前の供述録取書
   Wの警察官面前の供述録取書(証拠②)と同旨の供述に加え,甲5号証につき,「この写真は,私が4月2日午前6時,Kビル前歩道上において,自己の携帯電話機のカメラ機能でAらを撮影したものである。ⓑAは,Kビル前の歩道上に仰向けに寝ているVの腹の上に馬乗りになった状態で,『この野郎。』と怒鳴りながら右腕を振り上げた。すると,傍らにいたB子がAの右腕を両手でつかんで止めたが,この写真はその場面が撮影されている。」旨の供述が録取されている。
 ⑺ 甲7号証B子の検察官面前の供述録取書
   B子の警察官面前の供述録取書(証拠③)と同旨の供述。
 ⑻ 乙1号証Aの検察官面前の供述録取書
   Aの警察官面前の供述録取書(証拠④)と同旨の供述に加え,甲5号証につき,「この写真には,転倒したVを私が介抱しようとした状況が写っている。」旨の供述が録取されている。
 ⑼ 乙2号証Aの身上調査照会回答書(証拠⑤と同じ)
5 ⓒ弁護人は,検察官請求証拠を閲覧・謄写した後,検察官に対して類型証拠の開示の請求をし,類型証拠として開示された証拠も閲覧・謄写するなどした上,「Aが,Vに対し,公訴事実記載の暴行に及んだ事実はない。Vは,興奮した状態でAの胸ぐらをつかんで前後に激しく揺さぶってきたが,このときVの何らかの疾患が影響して,自らふらついて転倒して後頭部を強打し,公訴事実記載の傷害を負ったにすぎない。」旨の予定主張事実記載書を裁判所に提出するとともに検察官に送付し,併せて,検察官に対して主張関連証拠の開示の請求をした。
 5月24日から6月7日までの間,3回にわたり公判前整理手続が開かれ,ⓓ弁護人は,検察官請求証拠に対し,甲1号証,甲2号証及び乙2号証につき,いずれも「同意」,甲3号証,甲4号証(貼付された写真を含む。),甲6号証及び甲7号証につき,いずれも「不同意」,甲5号証につき,「異議あり」との意見を述べるとともに,乙1号証につき,「不同意」とした上,「被告人質問で明らかにするので,取調べの必要性はない。」との意見を述べた。検察官は,V,W及びB子の証人尋問を請求した。裁判所は,争点を整理した上,甲1号証,甲2号証及び乙2号証につき,証拠調べをする決定をし,甲3号証ないし甲7号証及び乙1号証の採否を留保して,V,W及びB子につき,証人として尋問をする決定をするなどし,公判前整理手続を終結した。
6 6月19日,第1回公判期日において,冒頭手続等に続き,順次,甲1号証,甲2号証及び乙2号証の取調べ,ⓔVの証人尋問が行われ,同尋問終了後に検察官が甲3号証及び甲4号証(貼付された写真を含む。)の証拠調べ請求を撤回した。同月20日,第2回公判期日において,Wの証人尋問が行われ,Wは甲6号証と同旨の証言をし,裁判所が同尋問後に甲5号証の証拠調べを決定してこれを取り調べ,検察官が甲6号証の証拠調べ請求を撤回した。続いて,ⓕB子の証人尋問が行われ,同尋問終了後,検察官は甲7号証につき刑事訴訟法第321条第1項第2号後段に該当する書面として取調べを請求した。同月21日,第3回公判期日において,甲7号証の採否決定,被告人質問,乙1号証の採否決定等が行われた上で結審した。

〔設問1〕
 下線部ⓐに関し,裁判官が刑事訴訟法第207条第1項の準用する同法第60条第1項第2号の「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」があると判断した思考過程を,その判断要素を踏まえ具体的事実を指摘しつつ答えなさい。

〔設問2〕
 下線部ⓑの供述に関し,検察官は,Aが公訴事実記載の暴行に及んだことを立証する上で直接証拠又は間接証拠のいずれと考えているか,具体的理由を付して答えなさい。

〔設問3〕
 下線部ⓒに関し,弁護人は,刑事訴訟法第316条の15第3項の「開示の請求に係る証拠を識別するに足りる事項」を「Vの供述録取書」とし,証拠の開示の請求をした。同請求に当たって,同項第1号イ及びロに定める事項(同号イの「開示の請求に係る証拠を識別するに足りる事項」は除く。)につき,具体的にどのようなことを明らかにすべきか,それぞれ答えなさい。

〔設問4〕
 下線部ⓓに関し,弁護人は,甲4号証(貼付された写真を含む。)につき「不同意」との意見を述べたのに対し,甲5号証につき「異議あり」との意見を述べているが,弁護人がこのように異なる意見を述べた理由を,それぞれの証拠能力に言及して答えなさい。

〔設問5〕
 下線部ⓔに関し,以下の各問いに答えなさい。
⑴ 検察官が尋問中,Vは,「私は,Kビル前歩道上でAに詰め寄られ,Aと距離を取るため,のけ反るように後ずさると,Aに両手で胸を1回強く押された。」旨証言した。検察官が同証言後に,Vに甲4号証貼付の写真を示そうと考え,裁判長に同写真を示す許可を求めたところ,裁判長はこれを許可した。その裁判長の思考過程を,条文上の根拠に言及して答えなさい。
⑵ 前記許可に引き続き,Vは,甲4号証貼付の写真を示されて,同写真を引用しながら証言し,同写真は証人尋問調書に添付された。裁判所は,同写真を事実認定の用に供することができるか。同写真とVの証言内容との関係に言及しつつ理由を付して答えなさい。

〔設問6〕
 下線部ⓕに関し,B子の証言の要旨は次のとおりであったとして,以下の各問いに答えなさい。
[証言の要旨]
・ AのVに対する暴行状況について,「AとVがもめている様子をそばでずっと見ていた。AがVの胸を押した事実はない。Vがふらついて転倒したので,AがVを介抱しようとした。AがVに馬乗りになって,『この野郎。』と言って殴り掛かろうとした事実はない。Vと関わりたくなかったので,Aの腕をつかんで,『こんな人は放っておこうよ。』と言った。すると,AはVを介抱するのを止めて,私と一緒にその場を立ち去った。」
・ 捜査段階での検察官に対する供述状況について,「何を話したのか覚えていないが,嘘を話した覚えはない。録取された内容を確認した上,署名・押印したものが,甲7号証の供述録取書である。」
・ 本件事件後のAとの関係について,「5月に入ってからAの子を妊娠していることが分かった。」
⑴ 検察官として,刑事訴訟法第321条第1項第2号後段の要件を踏まえて主張すべき事項を具体的に答えなさい。
⑵ 甲7号証の検察官の取調べ請求に対し,弁護人が「取調べの必要性がない。」旨の意見を述べたため,裁判長が検察官に必要性についての釈明を求めた。検察官は,必要性についてどのように釈明すべきか答えなさい。

 

再現答案

刑事訴訟法については条数のみを示す。

〔設問1〕
 本件の公訴事実は、AがVに対して胸を押して転倒させて傷害を負わせたことであり、AとVとの関わり(胸を押したかどうかなど)が争点となることが想定される。そうなると現場を近くで見ていたB子の証言が重要になる。AはB子と同居しており、Aの身柄を解放すると、口裏を合わせて、Aに有利なようにうその証言をしようとするかもしれない。これは罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由である。

〔設問2〕
 公訴事実を直接証明する証拠が直接証拠であり、公訴事実を推認を経て間接的に証明する証拠が間接証拠である。公訴事実記載の暴行とは、AがVの胸を押して転倒させたことである。ⓑの供述では、最初からVが寝ているので、Vを転倒させたことを直接証明することはできない。よって間接証拠である。ⓑの供述からAがVに攻撃の意図を持っていたことが示され、そこからその前にAがVを転倒させたことが推認されるのである。

〔設問3〕
 甲3号証で、検察官は、AがVの胸部を押して転倒させたことを証明しようとしている。そこで甲3号証以外のVの供述録取書(例えば甲3号証より前に警察官の面前で供述されたもの)を調べて、矛盾や供述の変遷がないかどうかを確認することにより、甲3号証の証明力を判断することができる。

〔設問4〕
 「不同意」とは、326条1項の同意をしないという意味である。この同意は伝聞証拠(320条1項)に証拠能力を与える行為である。甲4号証は写真であるが、要証事実はAがVの胸を押して転倒させたことであり、Vの供述と一体となってそのことを示そうとしている。写真という図像を用いた供述である。その真実性が問題となるので、伝聞証拠である。
 「異議あり」とは、309条1項の証拠調に関する異議である。これは伝聞証拠以外の理由で証拠能力が否定されると考えられるときに、その証拠の排除を裁判所に求めるものである。甲5号証は、本件公訴事実と関係がなく、自然的関連性が否定されるので、弁護人は「異議あり」と述べた。

〔設問5〕
 (1)
 訴訟関係人は、証人供述を明確にするため必要があるときは、裁判長許可を受けて、図面……を利用して尋問することができる(刑事訴訟規則(以下「規則」という。)199条の12第1項)。検察官は訴訟関係人である。証人Vの供述を明確にするために、甲4号証貼付の写真は必要である。VとAとの距離を示す際などに、言葉だけでは不明確で、写真を用いるとわかりやすくなるからである。よって同写真を示すことを裁判長は許可した。
 (2)
 甲4号証貼付の写真は、証拠調を経ていないので、原則として事実認定の用に供することはできない。事実の認定は、証拠による(317条)。しかしながら、同写真は、Vの証言と一体となっているので、例外的に証拠として認められる。というのも、Vが写真を見ながら「これくらいの距離で…」と供述していた場合に、写真なしではこの供述が無意味になってしまうからである。

〔設問6〕
 (1)
 B子は、証人尋問では、AがVの胸を押した事実も、AがVに馬乗りになって殴り掛かろうとした事実もないと供述しているが、甲7号証ではどちらの事実もあったと記載されている。これは、公判期日の供述と、その前の供述が相反していると言える。甲7号証に関して、B子は、嘘を話した覚えもないし録取された内容を確認した上で署名・押印したと言っている。公判期日での供述は、甲7号証の作成時には判明していなかったAの子の妊娠が発覚してからのことなので、Aをかばおうとする動機が高まっている。よって甲7号証の供述を信用すべき特別の情況があると言える。
 (2)
 本件では、AがVの胸を押したかどうかが最大の争点になっている。それを判断するためには、現場を至近距離で最初から見ていたB子の証言が欠かせない。Wは遠くから部分的に見ていたにすぎない。

以上

 

修正答案

刑事訴訟法については条数のみを示す。

〔設問1〕
 「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」があるか否かは、隠滅の対象、隠滅の態様、隠滅の客観的・主観的可能性を考慮して判断する。本件の公訴事実は、AがVに対して胸を押して転倒させて傷害を負わせたことであり、AとVとの関わり(胸を押したかどうかなど)が争点となることが想定される。そうなると現場を近くで見ていたB子の証言が重要になる。AはB子と同居しており、Aの身柄を解放すると、口裏を合わせて、Aに有利なようにうその証言をしようとする可能性が大いにある。これは罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由である。

〔設問2〕
 公訴事実を直接証明する証拠が直接証拠であり、公訴事実を推認を経て間接的に証明する証拠が間接証拠である。公訴事実記載の暴行とは、AがVの胸を押して転倒させたことである。ⓑの供述では、最初からVが寝ているので、Vを転倒させたことを直接証明することはできない。よって間接証拠である。ⓑの供述からAがVに攻撃の意図を持っていたことが示され、そこからその前にAがVを転倒させたことが推認されるのである。

〔設問3〕
 316条の15第3項1号イの「第一項各号に掲げる証拠の類型」は同条1項5号ロである。
 甲3号証で、検察官は、AがVの胸部を押して転倒させたことを証明しようとしている。そこで甲3号証以外のVの供述録取書(例えば甲3号証より前に警察官の面前で供述されたもの)を調べて、矛盾や供述の変遷がないかどうかを確認することにより、甲3号証の証明力を判断することができる。

〔設問4〕
 「不同意」とは、326条1項の同意をしないという意味である。この同意は伝聞証拠(320条1項)に証拠能力を与える行為である。甲4号証は写真であるが、要証事実はAがVの胸を押して転倒させたことであり、Vの供述と一体となってそのことを示そうとしている。写真という図像を用いた供述である。その真実性が問題となるので、伝聞証拠である。
 「異議あり」とは、309条1項の証拠調に関する異議である。これは伝聞証拠以外の理由で証拠能力が否定されると考えられるときに、その証拠の排除を裁判所に求めるものである。甲5号証は、本件公訴事実と関係がなく、自然的関連性が否定されるので、弁護人は「異議あり」と述べた。

〔設問5〕
 (1)
 訴訟関係人は、証人供述を明確にするため必要があるときは、裁判長許可を受けて、図面……を利用して尋問することができる(刑事訴訟規則(以下「規則」という。)199条の12第1項)。検察官は訴訟関係人である。証人Vの供述を明確にするために、甲4号証貼付の写真は必要である。VとAとの距離を示す際などに、言葉だけでは不明確で、写真を用いるとわかりやすくなるからである。よって同写真を示すことを裁判長は許可した。
 (2)
 甲4号証貼付の写真は、証拠調を経ていないので、原則として事実認定の用に供することはできない。事実の認定は、証拠による(317条)。しかしながら、同写真は、Vの証言と一体となっているので、例外的に証拠として認められる。というのも、Vが写真を見ながら「これくらいの距離で…」と供述していた場合に、写真なしではこの供述が無意味になってしまうからである。

〔設問6〕
 (1)
 B子は、証人尋問では、AがVの胸を押した事実も、AがVに馬乗りになって殴り掛かろうとした事実もないと供述しているが、甲7号証ではどちらの事実もあったと記載されている。これは、公判期日の供述と、その前の供述が相反していると言える。甲7号証に関して、B子は、嘘を話した覚えもないし録取された内容を確認した上で署名・押印したと言っている。公判期日での供述は、甲7号証の作成時には判明していなかったAの子の妊娠が発覚してからのことなので、Aをかばおうとする動機が高まっている。よって甲7号証の供述を信用すべき特別の情況があると言える。
 (2)
 本件では、AがVの胸を押したかどうかが最大の争点になっている。それを判断するためには、現場を至近距離で最初から見ていたB子の証言が欠かせない。Wは遠くから部分的に見ていたにすぎない。

以上

 



平成29(2017)年司法試験予備試験論文(法律実務基礎科目(民事))答案練習

問題

司法試験予備試験用法文を適宜参照して,以下の各設問に答えなさい。

〔設問1〕
 弁護士Pは,Xから次のような相談を受けた。

【Xの相談内容】
 「私は,骨董品を収集することが趣味なのですが,親友からBという人を紹介してもらい,平成28年5月1日,B宅に壺(以下「本件壺」という。)を見に行きました。Bに会ったところ,Aから平成27年3月5日に,代金100万円で本件壺を買って,同日引き渡してもらったということで,本件壺を見せてもらったのですが,ちょうど私が欲しかった壺であったことから,是非とも譲ってほしいとBにお願いしたところ,代金150万円なら譲ってくれるということで,当日,本件壺を代金150万円で購入しました。そして,他の人には売ってほしくなかったので,親友の紹介でもあったことから信用できると思い,当日,代金150万円をBに支払い,領収書をもらいました。当日は,電車で来ていたので,途中で落としたりしたら大変だと思っていたところ,Bが,あなた(X)のために占有しておきますということでしたので,これを了解し,後日,本件壺を引き取りに行くことにしました。
 平成28年6月1日,Bのところに本件壺を取りに行ったところ,Bから,本件壺は,Aから預かっていただけで,自分のものではない,あなた(X)から150万円を受け取ったこともない,また,本件壺は,既に,Yに引き渡したので,自分のところにはないと言われました。
 すぐに,Yのところに行き,本件壺を引き渡してくれるようにお願いしたのですが,Yは,本件壺は,平成28年5月15日にAから代金150万円で購入したものであり,渡す必要はないと言って渡してくれません。
 本件壺の所有者は,私ですので,何の権利もないのに本件壺を占有しているYに本件壺の引渡しを求めたいと考えています。」

弁護士Pは,【Xの相談内容】を前提に,Xの訴訟代理人として,Yに対し,本件壺の引渡しを求める訴訟(以下「本件訴訟」という。)を提起することを検討することとした。

 以上を前提に,以下の各問いに答えなさい。
(1)弁護士Pは,本件訴訟に先立って,Yに対して,本件壺の占有がY以外の者に移転されることに備え,事前に講じておくべき法的手段を検討することとした。弁護士Pが採り得る法的手段を一つ挙げ,そのような手段を講じなかった場合に生じる問題についても併せて説明しなさい。
(2)弁護士Pが,本件訴訟において,選択すると考えられる訴訟物を記載しなさい。なお,代償請求については,考慮する必要はない。
(3)弁護士Pは,本件訴訟の訴状(以下「本件訴状」という。)において,本件壺の引渡請求を理由づける事実(民事訴訟規則第53条第1項)として,次の各事実を主張した。
 ア Aは,〔①〕
 イ Aは,平成27年3月5日,Bに対し,本件壺を代金100万円で売った。
 ウ 〔②〕
 エ 〔③〕
 上記①から③までに入る具体的事実を,それぞれ答えなさい。
(4)弁護士Pは,Yが,AB間の売買契約を否認すると予想されたことから,上記(3)の法的構成とは別に,仮に,Bが本件壺の所有権を有していないとしても,本件壺の引渡請求を理由づける事実(民事訴訟規則第53条第1項)の主張をできないか検討した。しかし,弁護士Pは,このような主張は,判例を踏まえると認められない可能性が高いとして断念した。弁護士Pが検討したと考えられる主張の内容(当該主張を構成する具体的事実を記載する必要はない。)と,その主張を断念した理由を簡潔に説明しなさい。

〔設問2〕
 弁護士Qは,本件訴状の送達を受けたYから次のような相談を受けた。

【Yの相談内容】
 「私は,Aから,本件壺を買わないかと言われました。壺に興味があることから,Aに見せてほしいと言ったところ,Aは,Bに預かってもらっているということでした。そこで,平成28年5月15日,B宅に見に行ったところ,一目で気に入り,Aに電話で150万円での購入を申し込み,Aが承諾してくれました。私は,すぐに近くの銀行で150万円を引き出しA宅に向かい,Aに現金を交付したところ,Aが私と一緒にB宅に行ってくれて,Aから本件壺を受け取りました。したがって,本件壺の所有者は私ですから,Xに引き渡す必要はないと思います。」

 弁護士Qは,【Yの相談内容】を前提に,Yの訴訟代理人として,本件訴訟における答弁書を作成するに当たり,主張することが考えられる二つの抗弁を検討したところ,抗弁に対して考えられる再抗弁を想定すると,そのうちの一方の抗弁については,自己に有利な結論を得られる見込みは高くないと考え,もう一方の抗弁のみを主張することとした。

 以上を前提に,以下の各問いに答えなさい。
(1)弁護士Qとして主張することを検討した二つの抗弁の内容(当該抗弁を構成する具体的事実を記載する必要はない。)を挙げなさい。
(2)上記(1)の二つの抗弁のうち弁護士Qが主張しないこととした抗弁を挙げるとともに,その抗弁を主張しないこととした理由を,想定される再抗弁の内容にも言及した上で説明しなさい。

〔設問3〕
 Yに対する訴訟は,審理の結果,AB間の売買契約が認められないという理由で,Xが敗訴した。そこで,弁護士Pは,Xの訴訟代理人として,Bに対して,BX間の売買契約の債務不履行を理由とする解除に基づく原状回復請求としての150万円の返還請求訴訟(以下「本件第2訴訟」という。)を提起した。
 第1回口頭弁論期日で,Bは,Xから本件壺の引渡しを催告され,相当期間が経過した後,Xから解除の意思表示をされたことは認めたが,BがXに対して本件壺を売ったことと,BX間の売買契約に基づいてXからBに対し150万円が支払われたことについては否認した。弁護士Pは,当該期日において,以下の領収書(押印以外,全てプリンターで打ち出されたものである。以下「本件領収書」という。)を提出し,証拠として取り調べられた。これに対し,Bの弁護士Rは,本件領収書の成立の真正を否認し,押印についてもBの印章によるものではないと主張している。
 その後,第1回弁論準備手続期日で,弁護士Pは,平成28年5月1日に150万円を引き出したことが記載されたⅩ名義の預金通帳を提出し,それが取り調べられ,弁護士Rは預金通帳の成立の真正を認めた。
 第2回口頭弁論期日において,XとBの本人尋問が実施され,Xは,下記【Xの供述内容】のとおり,Bは,下記【Bの供述内容】のとおり,それぞれ供述した。

【Xの供述内容】
 「私は,平成28年5月1日に,親友の紹介でB宅を訪問し,本件壺を見せてもらいました。Bとは,そのときが初対面でしたが,Bは,現金150万円なら売ってもいいと言ってくれたので,私は,すぐに近くの銀行に行き,150万円を引き出して用意しました。Bは,私が銀行に行っている間に,パソコンとプリンターを使って,領収書を打ち出し,三文判ではありますが,判子も押して用意してくれていたので,引き出した現金150万円をB宅で交付し,Bから領収書を受け取りました。当日は,電車で来ていたので,取りあえず,壺を預かっておいてもらったのですが,同年6月1日に壺を受け取りに行った際には,Bから急に,本件壺は,Aから預かっているもので,あなたに売ったことはないと言われました。
 また,Yに対する訴訟で証人として証言したAが供述していたように,Aは同年5月2日にBから200万円を借金の返済として受け取っているようですが,この200万円には私が交付した150万円が含まれていることは間違いないと思います。」

【Bの供述内容】
 「確かに,平成28年5月1日,Xは,私の家を訪ねてきて,本件壺を見せてほしいと言ってきました。私はXとは面識はありませんでしたが,知人からXを紹介されたこともあり,本件壺を見せてはあげましたが,Xから150万円は受け取っていません。Xは,私に150万円を現金で渡したと言っているようですが,そんな大金を現金でもらうはずはありませんし,領収書についても,私の名前の判子は押してありますが,こんな判子はどこでも買えるもので,Xがパソコンで作って,私の名前の判子を勝手に買ってきて押印したものに違いありません。
 私は,同月2日に,Aから借りていた200万円を返済したことは間違いありませんが,これは,自分の父親からお金を借りて返済したもので,Xからもらったお金で工面したものではありません。父親は,自宅にあった現金を私に貸してくれたようです。また,父親とのやり取りだったので,貸し借りに当たって書面も作りませんでした。その後,同年6月1日にもXが私の家に来て,本件壺を売ってくれと言ってきましたが,断っています。」

 以上を前提に,以下の各問いに答えなさい。

(1)本件第2訴訟の審理をする裁判所は,本件領収書の形式的証拠力を判断するに当たり,Bの記名及びB名下の印影が存在することについて,どのように考えることになるか論じなさい。
(2)弁護士Pは,本件第2訴訟の第3回口頭弁論期日までに,準備書面を提出することを予定している。その準備書面において,弁護士Pは,前記【Xの供述内容】及び【Bの供述内容】と同内容のX及びBの本人尋問における供述並びに前記の提出された書証に基づいて,Bが否認した事実についての主張を展開したいと考えている。弁護士Pにおいて準備書面に記載すべき内容を,-5-提出された書証や両者の供述から認定することができる事実を踏まえて,答案用紙1頁程度の分量で記載しなさい。

 

再現答案

以下民事訴訟法については条数のみを示す。

〔設問1〕
 (1)
 占有移転禁止の仮処分(民事保全法23条1項)である。このような手段を講じなかった場合には、本件壺がY以外の者に引き渡されたときに、本件訴訟で勝訴したとしても執行できなくなってしまう。
 (2)
 本件壺の所有権に基づく返還請求権。
 (3)
 ① Aは、平成27年3月5日、本件壺を所有していた。
 ② Bは、平成28年5月1日、Xに対し、本件壺を代金150万円で売った。
 ③ Yは、本件壺を占有している。
 (4)
 弁護士Pが検討したと考えられる主張の内容は、即時取得(民法192条)である。これを主張するためには、(ア)Bが本件壺を占有していた、(イ)Xが(ア)に基づき本件壺の占有を始めたことを主張することになる。(ア)は取引行為によることを示すために必要である。民法186条1項により、平穏かつ公然が推定される。(イ)により取引行為に基づき占有を始めたことが示される。民法186条1項により善意が推定され、民法188条よりBの占有が適法だと推定される結果Xの無過失が基礎づけられる。以上より即時取得を主張できそうに見えるが、占有の開始は占有改定(民法183条)では足りないとするのが判例の立場である。即時取得は取引の安全のための規定であり、外側から外形的に占有の移転がわからない占有改定は保護に値しないというのがその理由である。(イ)は占有改定であるので、弁護士Pはこの主張を断念した。

〔設問2〕
 (1) 一つは本件壺についてBY間の売買とそれに基づく引き渡しを受けたという抗弁であり、もう一つはB代理人Aとの売買とそれに基づく引き渡しを受けたという抗弁である。
 (2) 弁護士Qが主張しないこととした抗弁は後者である。後者の主張は民法109条の表見代理であると考えられるが、ABは一緒にいたのだから、YはAが代理権を与えられていないことを容易に知ることができたとの再抗弁が想定されるからである。

〔設問3〕
 (1)
 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する(228条4項)。本件領収書は私文書である。ここでいう署名とは本人の自著による署名のことであり、パソコンとプリンターを使って打ち出された記名は署名に該当しない。押印については、印の種類は問われないが、本人による押印が要求される。本人が所有する印章による押印であれば本人が押印したと推定されるが、本件では押印がBの印章によるものではないと主張されている。よって本人が押印したと推定することはできない。三文判なのでAが買って押すこともできたという事情もある。以上より、本件領収書の形式的証拠力は否定される。文書は、その成立が真正であることを証明しなければならず(228条1項)、そうしなければ形式的証拠力が否定される。
 (2)
 平成28年5月1日と同年6月1日に、XがB宅を訪問したことが、両者の供述から認定できる。一度目の訪問で本件壺を売ってもらうのを断られたのに1か月後にもう一度訪問するというのは不自然である。一度目の訪問では壺を見るだけで、二度目の訪問で壺を売ってもらいたいと言ったというのも不自然である。本件壺を見て欲しくなったとすればすぐにその場で言うだろうし、すぐに言わなかったとしても直後にメールや電話で連絡を取るだろう。Xの主張が自然である。X宅とB宅は電車で行くほどの距離だということを考慮するとやはりそうである。
 平成28年5月1日にXが自分の銀行口座から150万円を引き出したこと及び同年5月2日にBがAに200万円を返済したということは、提出された書証や両者の供述から認定できる。Xがこの150万円を他に使ったということは認められないし、本件壺の代金150万円を現金で支払うことがそれほど不自然というわけではない。成立の真正はともかく領収書が存在するという事情もある。また、Bは自分の父親からお金を借りて返済したと主張するが、これは不自然である。書面が作成されていないし、父親が自宅に200万円も現金を保管していることのほうが不自然だからである。日時の近接性からしても、5月1日にXが銀行口座から引き出した150万円をBが受け取り、それを原資としてAへの借金を返済したと考えるのが自然である。

以上

 

 

 

修正答案

以下民事訴訟法については条数のみを示す。

〔設問1〕
 (1)
 占有移転禁止の仮処分(民事保全法23条1項)である。このような手段を講じなかった場合には、本件壺がY以外の者に引き渡されたときに、本件訴訟で勝訴したとしても執行できなくなってしまう。
 (2)
 本件壺の所有権に基づく返還請求権としての動産引渡請求権。
 (3)
 ① Aは、平成27年3月5日当時、本件壺を所有していた。
 ② Bは、平成28年5月1日、Xに対し、本件壺を代金150万円で売った。
 ③ Yは、本件壺を占有している。
 (4)
 弁護士Pが検討したと考えられる主張の内容は、「取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する」という即時取得(民法192条)である。民法186条1項により、平穏かつ公然という要件と善意という要件が推定され、民法188条よりBの占有が適法だと推定される結果Xの無過失が基礎づけられる。以上より即時取得を主張できそうに見えるが、占有の開始は占有改定(民法183条)では足りないとするのが判例の立場である。即時取得は取引の安全のための規定であり、外側から外形的に占有の移転がわからない占有改定は保護に値しないというのがその理由である。本件の占有移転は占有改定であるので、弁護士Pはこの主張を断念した。

〔設問2〕
 (1) 一つは本件壺についてAY間の売買とそれに基づく引き渡しを受けたという即時取得によりXが所有権を喪失したという抗弁であり、もう一つはAY間の売買とそれに基づく引き渡しを受けたことにより対抗要件を備えたことによりBひいてはXが所有権を喪失したという抗弁である。
 (2) 弁護士Qが主張しないこととした抗弁は後者である。平成27年3月5日にBのほうがYに先立って対抗要件を備えたという再抗弁が想定され、これが認められる公算が高いからである。

〔設問3〕
 (1)
 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する(228条4項)。本件領収書は私文書である。ここでいう署名とは本人の自著による署名のことであり、パソコンとプリンターを使って打ち出された記名は署名に該当しない。押印については、印の種類は問われないが、本人による押印が要求される。本人が所有する印章による押印であれば本人が押印したと推定されるが、本件では押印がBの印章によるものではないと主張されている。よって本人が押印したと推定することはできない。三文判なのでAが買って押すこともできたという事情もある。以上より、本件領収書の形式的証拠力は否定される。文書は、その成立が真正であることを証明しなければならず(228条1項)、そうしなければ形式的証拠力が否定される。
 (2)
 平成28年5月1日と同年6月1日に、XがB宅を訪問したことが、両者の供述から認定できる。一度目の訪問で本件壺を売ってもらうのを断られたのに1か月後にもう一度訪問するというのは不自然である。一度目の訪問では壺を見るだけで、二度目の訪問で壺を売ってもらいたいと言ったというのも不自然である。本件壺を見て欲しくなったとすればすぐにその場で言うだろうし、すぐに言わなかったとしても直後にメールや電話で連絡を取るだろう。Xの主張が自然である。X宅とB宅は電車で行くほどの距離だということを考慮するとやはりそうである。
 平成28年5月1日にXが自分の銀行口座から150万円を引き出したこと及び同年5月2日にBがAに200万円を返済したということは、提出された書証や両者の供述から認定できる。Xがこの150万円を他に使ったということは認められないし、本件壺の代金150万円を現金で支払うことがそれほど不自然というわけではない。成立の真正はともかく領収書が存在するという事情もある。また、Bは自分の父親からお金を借りて返済したと主張するが、これは不自然である。書面が作成されていないし、父親が自宅に200万円も現金を保管していることのほうが不自然だからである。日時の近接性からしても、5月1日にXが銀行口座から引き出した150万円をBが受け取り、それを原資としてAへの借金を返済したと考えるのが自然である。

以上

 

 

 

 



平成29(2017)年司法試験予備試験論文(刑事訴訟法)答案練習

問題

 次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。

【事例】
 平成29年5月21日午後10時頃,H県I市J町1丁目2番3号先路上において,Vがサバイバルナイフでその胸部を刺されて殺害される事件が発生し,犯人はその場から逃走した。
 Wは,たまたま同所を通行中に上記犯行を目撃し,「待て。」と言いながら,直ちに犯人を追跡したが,約1分後,犯行現場から約200メートルの地点で見失った。
 通報により駆けつけた警察官は,Wから,犯人の特徴及び犯人の逃走した方向を聞き,Wの指し示した方向を探した結果,犯行から約30分後,犯行現場から約2キロメートル離れた路上で,Wから聴取していた犯人の特徴と合致する甲を発見し,職務質問を実施したところ,甲は犯行を認めた。警察官は,①甲をVに対する殺人罪により現行犯逮捕した。なお,Vの殺害に使用されたサバイバルナイフは,Vの胸部に刺さった状態で発見された。
 甲は,その後の取調べにおいて,「乙からVを殺害するように言われ,サバイバルナイフでVの胸を刺した。」旨供述した。警察官は,甲の供述に基づき,乙をVに対する殺人の共謀共同正犯の被疑事実で通常逮捕した。
 乙は,甲との共謀の事実を否認したが,検察官は,関係各証拠から,乙には甲との共謀共同正犯が成立すると考え,②「被告人は,甲と共謀の上,平成29年5月21日午後10時頃,H県I市J町1丁目2番3号先路上において,Vに対し,殺意をもって,甲がサバイバルナイフでVの胸部を1回突き刺し,よって,その頃,同所において,同人を左胸部刺創による失血により死亡させて殺害したものである。」との公訴事実により乙を公判請求した。
 検察官は,乙の公判前整理手続において,裁判長からの求釈明に対し,③「乙は,甲との間で,平成29年5月18日,甲方において,Vを殺害する旨の謀議を遂げた。」旨釈明した。これに対し,乙の弁護人は,甲との共謀の事実を否認し,「乙は,同日は終日,知人である丙方にいた。」旨主張したため,本件の争点は,「甲乙間で,平成29年5月18日,甲方において,Vを殺害する旨の謀議があったか否か。」であるとされ,乙の公判における検察官及び弁護人の主張・立証も上記釈明の内容を前提に展開された。

〔設問1〕
 ①の現行犯逮捕の適法性について論じなさい。

〔設問2〕
 ②の公訴事実は,訴因の記載として罪となるべき事実を特定したものといえるかについて論じなさい。
 ③の検察官の釈明した事項が訴因の内容となるかについて論じなさい。
 裁判所が,証拠調べにより得た心証に基づき,乙について,「乙は,甲との間で,平成29年5月11日,甲方において,Vを殺害する旨の謀議を遂げた。」と認定して有罪の判決をすることが許されるかについて論じなさい(①の現行犯逮捕の適否が与える影響については,論じなくてよい。)。

 

再現答案

以下刑事訴訟法については条数のみを示す。

〔設問1〕
 現に罪を行い、又は現に罪を行い終つた者が現行犯人だとされ(212条1項)、212条2項各号の一にあたる者が、罪を行い終つてから間がないと明らかに認められるときは、これを現行犯人とみなす(準現行犯)とされる(212条2項)。①の逮捕は犯行から約30分後、犯行現場から約2キロメートル離れた場所で行われたので、現行犯逮捕とは言えない。そこで212条2項の準現行犯逮捕の要件を満たすかどうかを検討する。
 Wは犯人を追跡したが、甲が発見されたのはWが犯人を見失ってから約30分後のことであり、犯人として追呼されているとき(212条2項1号)には当たらない。甲はWから聴取していた犯人の特徴と合致するとしてもやはり当たらない。罪を行い終つてから間がないと明らかには認められないからである。甲は兇器を所持していなかったので、同項2号にも当たらない。身体又は被服に犯罪の顕著な証跡もなかったので、同項3号にも当たらない。誰何されて逃走しようともしていないので、同項4号にも当たらない。以上より、①の現行犯逮捕は違法である。甲は職務質問に対して犯行を認めているのだから、そのまま聴取を続けて、逮捕状により逮捕すべきであった。

〔設問2〕
 
 公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならず、訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない(256条3項)。これは裁判所に対して審判範囲を画定することと、被告人に対して防御のポイントを示すことが目的である。前者が第一義的な目的である。
 ②の公訴事実は、甲の実行行為については十分に事実が特定されていると言えるが、乙にとっては「甲と共謀の上」としか記載されていないのでこれで訴因が明示されているかが問題となる。しかしながら、検察官は共謀の詳細を把握していないかもしれず、これでできる限り事実を特定していると言えるので、訴因の記載として罪となるべき事実を特定したものといえる。裁判所にとっては審判範囲が明確だからである。被告人の防御に関しては、裁判が進むにつれてポイントが絞られてくるはずなので、そのときに被告人の防御権を尊重すればよい。
 
 1で述べたように、②の公訴事実は訴因の記載として罪となるべき事実を特定したものといえる。よって、③の検察官の釈明した事項が訴因の内容とはならないと考えられる。このように釈明したとしても、裁判所の審判範囲は変わらないからである。そのような細かいことで訴因の変更を要するとすれば手続きがあまりにも繁雑になる。
 
 2で述べたように、③の検察官の釈明した事項が訴因の内容とならないとしても、それとは別に被告人の防御権を尊重する必要がある。乙としては、平成29年5月18日のアリバイを証明したのに、同年5月11日の共謀を認定されると、不意打ちだと感じるだろう。乙としては同年5月11日のアリバイも主張できたかもしれない。例えば乙が甲方に平成29年5月17日から18日まで泊まっていたとして、その際に5月18日ではなく17日の共謀を認定することは許されるとしても、5月18日と5月11日とでは7日も違うので、別の機会である。以上より、「乙は、甲との間で、平成29年5月11日、甲方において、Vを殺害する旨の謀議を遂げた。」と認定して有罪の判決をすることは許されない。

以上

 

修正答案

以下刑事訴訟法については条数のみを示す。

〔設問1〕
 現に罪を行い、又は現に罪を行い終つた者が現行犯人だとされる(212条1項)。これには(1)犯人と犯罪の明白性、(2)逮捕の必要性、(3)時間的場所的近接性が要求される。現行犯逮捕が日本国憲法で例外的に認められたのは、事実誤認のおそれがなく、またその場で逮捕する必要性があるためであるため、上記(1)〜(3)が要求されるのである。
 (1)犯人と犯罪の明白性は、逮捕者にとっての明白性である。①の現行犯逮捕をした警察官にとって、Wから聴取していた犯人の特徴と合致し職務質問で甲が犯行を認めたことだけでは、犯人と犯罪が明白であるとは言えない。また、(2)逮捕の必要性はあるものの、(3)時間的場所的近接性はない。①の現行犯逮捕がされたのは、犯行から約30分後の犯行現場から約2キロメートル離れた路上であり、犯人がずっと追跡されていたということもなかったからである。以上より、212条1項の現行犯逮捕としては違法である。
 212条2項各号の一にあたる者が、罪を行い終つてから間がないと明らかに認められるときは、これを現行犯人とみなす(準現行犯)とされる(212条2項)。そこで212条2項各号に該当するかを検討する。
 Wは犯人を追跡したが、甲が発見されたのはWが犯人を見失ってから約30分後のことであり、犯人として追呼されているとき(212条2項1号)には当たらない。甲は兇器を所持していなかったので、同項2号にも当たらない。身体又は被服に犯罪の顕著な証跡もなかったので、同項3号にも当たらない。誰何されて逃走しようともしていないので、同項4号にも当たらない。以上より、212条2項の現行犯逮捕としても違法である。

〔設問2〕
 
 公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならず、訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない(256条3項)。これは検察官が主張する犯罪事実である訴因により、裁判所に対して審判範囲を画定することと、被告人に対して防御のポイントを示すことが目的である。前者が第一義的な目的であり、審判範囲が画定されているというのは、他罪との識別ができるという意味である。
 ②の公訴事実は、甲の実行行為については十分に事実が特定されていると言えるが、乙にとっては「甲と共謀の上」としか記載されていないのでこれで訴因が明示されているかが問題となる。しかしながら、甲の実行行為については事実が特定されている以上、共謀の場所や日時が示されていなかったとしても、その行為に係る共謀ということで他罪と識別できるほど十分に審判範囲は画定しているため、訴因の記載として罪となるべき事実を特定したものといえる。
 
 1で述べたように、②の公訴事実は訴因の記載として罪となるべき事実を特定したものといえる。よって、③の検察官の釈明した事項が訴因の内容とはならないと考えられる。このように釈明したとしても、裁判所の審判範囲は変わらないからである。そのような細かいことで訴因の変更を要するとすれば手続きがあまりにも繁雑になる。
 
 2で述べたように、③の検察官の釈明した事項が訴因の内容とならないため、裁判所が検察官に訴因変更を命じる義務は発生しない。とはいえ、被告人の防御権が侵害される場合には、裁判所は求釈明等によって争点を顕在化させなければならない。
 本件の争点は,「甲乙間で,平成29年5月18日,甲方において,Vを殺害する旨の謀議があったか否か。」であるとされ,乙の公判における検察官及び弁護人の主張・立証も上記釈明の内容を前提に展開された。にもかかわらず、それとは別の機会であり争点となっていなかった「乙は,甲との間で,平成29年5月11日,甲方において,Vを殺害する旨の謀議を遂げた」という事実を認定して有罪の判決をすることは、被告人である乙の防御権を侵害する。よって、裁判所は、求釈明等によって争点を顕在化させなければならず、それをせずに有罪の判決をすることは許されない。

以上

 

 

 



平成29(2017)年司法試験予備試験論文(刑法)答案練習

問題

以下の事例に基づき,甲及び乙の罪責について論じなさい(特別法違反の点を除く。)。

1 甲(40歳,男性)は,公務員ではない医師であり,A私立大学附属病院(以下「A病院」という。)の内科部長を務めていたところ,V(35歳,女性)と交際していた。Vの心臓には特異な疾患があり,そのことについて,甲とVは知っていたが,通常の診察では判明し得ないものであった。
2 甲は,Vの浪費癖に嫌気がさし,某年8月上旬頃から,Vに別れ話を持ち掛けていたが,Vから頑なに拒否されたため,Vを殺害するしかないと考えた。甲は,Vがワイン好きで,気に入ったワインであれば,2時間から3時間でワイン1本(750ミリリットルの瓶入り)を一人で飲み切ることを知っていたことから,劇薬を混入したワインをVに飲ませてVを殺害しようと考えた。
 甲は,同月22日,Vが飲みたがっていた高級ワイン1本(750ミリリットルの瓶入り)を購入し,同月23日,甲の自宅において,同ワインの入った瓶に劇薬Xを注入し,同瓶を梱包した上,自宅近くのコンビニエンスストアからVが一人で住むV宅宛てに宅配便で送った。劇薬Xの致死量(以下「致死量」とは,それ以上の量を体内に摂取すると,人の生命に危険を及ぼす量をいう。)は10ミリリットルであるが,甲は,劇薬Xの致死量を4ミリリットルと勘違いしていたところ,Vを確実に殺害するため,8ミリリットルの劇薬Xを用意して同瓶に注入した。そのため,甲がV宅宛てに送ったワインに含まれていた劇薬Xの量は致死量に達していなかったが,心臓に特異な疾患があるVが,その全量を数時間以内で摂取した場合,死亡する危険があった。なお,劇薬Xは,体内に摂取してから半日後に効果が現れ,ワインに混入してもワインの味や臭いに変化を生じさせないものであった。
 同月25日,宅配業者が同瓶を持ってV宅前まで行ったが,V宅が留守であったため,V宅の郵便受けに不在連絡票を残して同瓶を持ち帰ったところ,Vは,同連絡票に気付かず,同瓶を受け取ることはなかった。
3 同月26日午後1時,Vが熱中症の症状を訴えてA病院を訪れた。公務員ではない医師であり,A病院の内科に勤務する乙(30歳,男性)は,Vを診察し,熱中症と診断した。乙からVの治療方針について相談を受けた甲は,Vが生きていることを知り,Vに劇薬Yを注射してVを殺害しようと考えた。甲は,劇薬Yの致死量が6ミリリットルであること,Vの心臓には特異な疾患があるため,Vに致死量の半分に相当する3ミリリットルの劇薬Yを注射すれば,Vが死亡する危険があることを知っていたが,Vを確実に殺害するため,6ミリリットルの劇薬YをVに注射しようと考えた。そして,甲は,乙のA病院への就職を世話したことがあり,乙が甲に恩義を感じていることを知っていたことから,乙であれば,甲の指示に忠実に従うと思い,乙に対し,劇薬Yを熱中症の治療に効果のあるB薬と偽って渡し,Vに注射させようと考えた。
 甲は,同日午後1時30分,乙に対し,「VにB薬を6ミリリットル注射してください。私はこれから出掛けるので,後は任せます。」と指示し,6ミリリットルの劇薬Yを入れた容器を渡した。乙は,甲に「分かりました。」と答えた。乙は,甲が出掛けた後,甲から渡された容器を見て,同容器に薬剤名の記載がないことに気付いたが,甲の指示に従い,同容器の中身を確認せずにVに注射することにした。
 乙は,同日午後1時40分,A病院において,甲から渡された容器内の劇薬YをVの左腕に注射したが,Vが痛がったため,3ミリリットルを注射したところで注射をやめた。乙がVに注射した劇薬Yの量は,それだけでは致死量に達していなかったが,Vは,心臓に特異な疾患があったため,劇薬Yの影響により心臓発作を起こし,同日午後1時45分,急性心不全により死亡した。乙は,Vの心臓に特異な疾患があることを知らず,内科部長である甲の指示に従って熱中症の治療に効果のあるB薬と信じて注射したものの,甲から渡された容器に薬剤名の記載がないことに気付いたにもかかわらず,その中身を確認しないままVに劇薬Yを注射した点において,Vの死の結果について刑事上の過失があった。
4 乙は,A病院において,Vの死亡を確認し,その後の検査の結果,Vに劇薬Yを注射したことが原因でVが心臓発作を起こして急性心不全により死亡したことが分かったことから,Vの死亡について,Vに対する劇薬Yの注射を乙に指示した甲にまで刑事責任の追及がなされると考えた。乙は,A病院への就職の際,甲の世話になっていたことから,Vに注射した自分はともかく,甲には刑事責任が及ばないようにしたいと思い,専ら甲のために,Vの親族らがVの死亡届に添付してC市役所に提出する必要があるVの死亡診断書に虚偽の死因を記載しようと考えた。
 乙は,同月27日午後1時,A病院において,死亡診断書用紙に,Vが熱中症に基づく多臓器不全により死亡した旨の虚偽の死因を記載し,乙の署名押印をしてVの死亡診断書を作成し,同日,同死亡診断書をVの母親Dに渡した。Dは,同月28日,同死亡診断書記載の死因が虚偽であることを知らずに,同死亡診断書をVの死亡届に添付してC市役所に提出した。

 

再現答案

以下刑法については条数のみを示す。

第1 甲の罪責
 (1) 劇薬Xを混入したワインを送付した行為
 殺人罪(199条)について検討する。甲は劇薬Xを8ミリリットル混入したワインを自宅近くのコンビニエンスストアからV宅宛てに宅配便で送った。これをVが数時間で全部飲み、Vが死亡したとすれば、殺人罪が成立する。故意に欠ける部分もないし、違法性を阻却する事由もない。
 実際にはVはこのワインを飲まず死亡しなかった。そこで殺人未遂罪(203条)の成否を検討する。未遂とは、犯罪の実行に着手したがその犯罪を遂げなかった場合のことである。実行の着手は、犯罪の結果の危険性が生じたときにあったと判断する。本件において、劇薬Xを混入したワインを送付した行為は、実行に着手したと言える。というのも、宅配便で送れば業者がまず間違いなく宛先に届けるし、甲からワインが届けばVは数時間でワイン1本を一人で飲み切り、そうすればV死亡の危険があったと認められるからである。こうした事情は客観的事実であり、甲が認識していた事実でもある。よって甲には殺人未遂罪が成立する。なお、殺人未遂罪が成立する前のどこかの時点で殺人予備罪(201条)が成立するが、これは殺人未遂罪に吸収されるので、そのことを論じる実益はない。
 (2) 乙をして劇薬YをVに注射させた行為
 (1)と同様に殺人罪を検討する。劇薬Yが6ミリリットル入った注射をすることによりVが死亡している。しかしこの注射を直接したのは乙であり、甲の罪責となるかが問題となる。人を道具として用いた場合には間接正犯として犯罪が成立する。人ではない道具を用いた場合と区別する必要がないからである。甲は、乙は自分に恩義を感じていて自分の指示に忠実に従うと思って注射を指示しているので、乙を道具として用いている。乙は容器に薬剤名の記載がないことに気づいたにもかかわらず、その中身を確認しないままVに劇薬Yを注射した点において過失があったとのことであるが、それでも道具性は失われていない。というのも、乙の過失は確認をしないという不作為であり、自分の意思で積極的な行動をしたわけではないからである。よって甲には間接正犯として殺人罪が成立する。
 (3)結論
 以上より、甲には、殺人未遂罪と殺人罪が成立し、これらは併合罪(47条)となる。これらはどちらもVの生命を保護法益にしているが、別個の機会の別個の行為なので、併合罪となる。

第2 乙の罪責
 (1) 劇薬YをVに注射した行為
 業務上過失致死罪(211条)を検討する。「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた」ことがその構成要件である。ここでいう「業務」とは「社会生活上反復・継続して行う行為で、人の生命に危険をもたらすおそれのあるもの」である。
 乙は医師であり、Vに注射をした行為は、上記の業務上だと言える。Vの死の結果について刑事上の過失があったとのことなので、乙には業務上過失致死罪が成立する。
 (2) 虚偽の死因を死亡診断書に記載してC市役所に提出した行為
 虚偽診断書等作成罪(160条)及び同行使罪(161条1項)を検討する。構成要件はそれぞれ「医師が公務所に提出すべき診断書、検案書又は死亡証書に虚偽の記載をした」ことと、「前二条の文書……を行使した」ことである。
 乙は医師である。死亡診断書は公務所に提出すべき死亡証書である。乙はそこに虚偽の死因を記載している。よって乙には虚偽診断書等作成罪が成立する。そしてこれをC市役所に提出しているので、同行使罪も成立する。乙はこれを専ら甲のためにしたとのことであるが、そのために乙に犯罪が成立しないということはないし、犯罪に何ら関わっていない甲が罪に問われるということもない。
 (3)結論
 以上より、乙には、業務上過失致死罪、虚偽診断書等作成罪、同行使罪が成立し、後二者と前者とは併合罪(47条)となる。後二者はけん連犯である。

第3 共犯関係
 甲と乙との間には、犯罪について意思連絡がなかったので、共犯は成立しない。

以上

 

修正答案

以下刑法については条数のみを示す。

第1 甲の罪責
 (1) 劇薬Xを混入したワインを送付した行為
 殺人未遂罪(199条、203条)の成否を検討する。殺人罪の構成要件は人を殺すことである。未遂とは実行の着手があったものの所定の結果が発生しなかった場合のことである。実行の着手は、犯罪の結果の客観的な危険性が生じたときにあったと判断する。甲は劇薬Xを8ミリリットル混入したワインを自宅近くのコンビニエンスストアからV宅宛てに宅配便で送った。宅配便で送ると業者がまず間違いなく宛先に届け、甲からワインが届けばVは数時間でワイン1本を一人で飲み切り、そうすればV死亡の危険があったと認められるから、この時点で実行の着手があったと言える。
 劇薬X8ミリリットルでは通常人の致死量には達しないが、心臓に特異な疾患があるVにとっては死亡の危険があったので、不能犯ではなく未遂犯である。また、甲はこれらの事情を認識していたので、故意に欠けるところもない。
 以上より、甲には殺人未遂罪が成立する。
 (2) 乙に劇薬Yの入った容器を渡してVに注射するよう指示した行為
 殺人罪(199条)の成否を検討する。甲が乙に対して劇薬Yが6ミリリットル入った容器を渡してこれをVに注射をするよう指示した。そして乙がその注射をするにことによってVが死亡した。Vを殺すという行為を直接行ったのは乙であるため、間接正犯についてまず検討する。間接正犯は、①利用者が被利用者の行為を利用して自己の犯罪を実行する意思、②利用者による被利用者の行為の支配、の2点が満たされた場合に認められる。本件において、甲は乙の行為を利用してV殺害という自己の犯罪を実行する意思があった。乙は事情を知らなかったので、甲が乙の行為を支配していたと言える。よって、甲は間接正犯である。
 次に因果関係について検討する。条件関係を前提として、社会通念上相当であるかどうかによって判断する。甲が乙に劇薬Yの入った容器を渡してVに注射するように指示しなければ、乙がこれをVに注射することもなく、Vが死亡することもなかった。よって条件関係はある。また、年上で恩義も感じている医師である甲から注射の指示を受けて実際に注射をするという因果関係は社会通念上相当である。乙は容器に薬剤名の記載がないことに気づいたにもかかわらず、その中身を確認しないままVに劇薬Yを注射した点において過失があったとのことであるが、その乙の過失は確認をしないという不作為であり、自分の意思で積極的な行動をしたわけではないので、因果関係は切断されない。
 以上より、甲には間接正犯として殺人罪が成立する。
 (3)結論
 以上より、甲には、殺人未遂罪と殺人罪が成立し、これらは併合罪(47条)となる。これらはどちらもVの生命を保護法益にしているが、別個の機会の別個の行為なので、併合罪となる。

第2 乙の罪責
 (1) 劇薬YをVに注射した行為
 業務上過失致死罪(211条)の成否を検討する。「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた」ことがその構成要件である。ここでいう「業務」とは「社会生活上反復・継続して行う行為で、人の生命に危険をもたらすおそれのあるもの」である。
 乙は医師であり、Vに注射をした行為は、上記の業務上だと言える。Vの死の結果について刑事上の過失があったとのことなので、必要な注意を怠ったと言え、乙には業務上過失致死罪が成立する。この過失がなければVは死亡しなかったという条件関係があり、医師が薬剤の確認を怠ると患者が死亡するというのは社会通念上相当な因果関係である。
 (2) 虚偽の死因を死亡診断書に記載してC市役所に提出した行為
 虚偽診断書等作成罪(160条)及び同行使罪(161条1項)の成否を検討する。構成要件はそれぞれ「医師が公務所に提出すべき診断書、検案書又は死亡証書に虚偽の記載をした」ことと、「前二条の文書……を行使した」ことである。乙は医師である。死亡診断書は公務所に提出すべき死亡証書である。乙はそこに虚偽の死因を記載している。よって乙には虚偽診断書等作成罪が成立する。そしてこれをDに渡して、DがC市役所に提出しているので、同行使罪も成立する(第1で述べた間接正犯に当てはまる)。
 次に証拠隠滅罪(104条)の成否を検討する。構成要件は「他人の刑事事件に関する証拠を…偽造」することである。甲という他人の殺人罪という刑事事件に関する死亡診断書という証拠を偽造しているので、証拠隠滅罪が成立する。自己の刑事事件に関する証拠であるとも言えなくないが、専ら甲のために証拠を偽造しているので、証拠隠滅罪は成立する。
 (3)結論
 以上より、乙には、(A)業務上過失致死罪、(B)虚偽診断書等作成罪、(C)同行使罪、(D)証拠隠滅が成立し、(A)と(B)ないし(D)は併合罪(47条)、(B)及び(C)は牽連犯、(B)及び(D)は観念的競合である。

第3 共犯関係
 甲と乙との間には、犯罪について意思連絡がなかったので、共犯は成立しない。

以上

 

 

 




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