浅野直樹の学習日記

この画面は、簡易表示です

2015 / 7月

平成25年司法試験予備試験論文(民法)答案練習

問題

 次の文章を読んで,後記の〔設問1〕 〔設問2〕 及び に答えなさい。

 

【事実】
1.Aは,太陽光発電パネル(以下「パネル」という。)の部品を製造し販売することを事業とする株式会社である。工場設備の刷新のための資金を必要としていたAは,平成25年1月11日,Bから,利息年5%,毎月末日に元金100万円及び利息を支払うとの条件で,1200万円の融資を受けると共に,その担保として,パネルの部品の製造及び販売に係る代金債権であって,現在有しているもの及び今後1年の間に有することとなるもの一切を,Bに譲渡した。A及びBは,融資金の返済が滞るまでは上記代金債権をAのみが取り立てることができることのほか,Aが融資金の返済を一度でも怠れば,BがAに対して通知をすることによりAの上記代金債権に係る取立権限を喪失させることができることも,併せて合意した。

2.Aは,平成25年3月1日,Cとの間で,パネルの部品を100万円で製造して納品する旨の契約を締結した。代金は同年5月14日払いとした。Aは,上記部品を製造し,同年3月12日,Cに納品した(以下,この契約に基づくAのCに対する代金債権を「甲債権」という。)。Aは,同月25日,Dとの間で,甲債権に係る債務をDが引き受け,これによりCを当該債務から免責させる旨の合意をした。

3.Aは,平成25年3月5日,Eとの間で,パネルの部品を150万円で製造して納品する旨の契約を締結した。代金は同年5月14日払いとした。Aは,上記部品を製造し,同年3月26日,Eに納品した(以下,この契約に基づくAのEに対する代金債権を「乙債権」という。)。乙債権については,Eからの要請を受けて,上記契約を締結した同月5日,AE間で譲渡禁止の特約がされた。Aは,Bに対してこの旨を同月5日到達の内容証明郵便で通知した。

4.その直後,Aは,大口取引先の倒産のあおりを受けて資金繰りに窮するようになり,平成25年4月末日に予定されていたBへの返済が滞った。

5.Aの債権者であるFは,平成25年5月1日,Aを債務者,Cを第三債務者として甲債権の差押命令を申し立て,同日,差押命令を得た。そして,その差押命令は同月2日にCに送達された。

6.Bは,平成25年5月7日,Aに対し,同年1月11日の合意に基づき取立権限を喪失させる旨を同年5月7日到達の内容証明郵便で通知した。Aは,同年5月7日,D及びEに対し,甲債権及び乙債権をBに譲渡したので,これらの債権についてはBに対して弁済されたい旨を,同月7日到達の内容証明郵便で通知した。

 

〔設問1〕
(1) 【事実】1の下線を付した契約は有効であるか否か,有効であるとしたならば,Bは甲債権をいつの時点で取得するかを検討しなさい。
(2) Cは,平成25年5月14日,Fから甲債権の支払を求められた。この場合において,Cの立場に立ち,その支払を拒絶する論拠を示しなさい。

 

〔設問2〕
Eは,平成25年5月14日,Bから乙債権の支払を求められた。この請求に対し,Eは,【事実】3の譲渡禁止特約をもって対抗することができるか。譲渡禁止特約の意義を踏まえ,かつ,Bが乙債権を取得した時期に留意しつつ,理由を付して論じなさい。

 

練習答案

以下民法についてはその条数のみを示す。

[設問1]
 (1)
  ①原則
   債権は、譲り渡すことができる(466条1項本文)。ただし、その性質がこれを許さないときは、この限りでない(466条1項但書)。
  ②特定性
   債権譲渡ができるのが原則だとしても、譲渡するには債権が特定されていなければならない。
   「パネルの部品の製造及び販売に係る代金債権であって、(Aが)現在有しているもの及び今後1年間の間[平成25年1月12日から平成26年1月11日]に有することとなるもの一切」で債権を特定することができるので、この点は問題ない。
  ③将来債権
   将来に発生する債権は、その発生が不確実でありこれを譲渡すると法的関係が不安定にあるので、性質上譲渡が許されないという考え方がある。しかしAはパネルの部品を製造し販売することを事業とする株式会社で本件債権が発生することはほぼ確実であり、かつ資金繰りからその必要性も高いので、譲渡できると考えるべきである。
  ④債権譲渡の時期
   贈与や売買は契約によりその効力が生ずる(549条、555条)ので、本件契約時に債権譲渡の効力が発生するのが原則であるが、まだ発生していない債権を譲渡することは理論上不可能なので、将来債権についてはその発生時に譲渡の効力が生ずる。よってBは甲債権を平成25年3月1日に取得する。
 (2)
  ①免責的債務引受
   Aは、平成25年3月25日、Dとの間で、甲債権に係る債務をDが引き受け、これによりCを当該債務から免責させる旨の合意をした。これにCが関知していないことは考えづらく、この意思表示はCに対してもされていたと考えられる。するとこれはCとの関係では免除になり、その債権(Cにとっての債務である甲債権)は消滅する(519条)。Fが平成25年5月1日に差押命令を得た甲債権は、それ以前にCについては消滅しているので、Cはその支払を拒絶できる。
  ②Bによる甲債権の取得
   (1)で検討したようにBが甲債権を平成25年3月1日に取得すると、Fが平成25年5月1日にAを債務者として甲債権の差押命令を得たとしてもそれは無効であるので、Cはその支払を拒絶できる。

 

[設問2]
第1 譲渡禁止特約の意義
 [設問1]でも確認したように、466条1項から、債権譲渡ができるのが原則である。しかし、前項(466条1項)の規定は、当事者が反対の意思を表示した場合には適用しない(466条2項前段)とされているので、譲渡禁止特約を付すことも可能である。ただし、その意思表示は、善意の第三者に対抗することができない(466条2項後段)とあることからも、取引安全の見地からも、債権譲渡ができることが原則なのである。債権譲渡は債権者の権利であり、第三者を害さない限りはその権利を放棄することはできるということである。
第2 Bが乙債権を取得した時期
 [設問1]と同様に考えて、Bは、乙債権を、平成25年3月5日に取得する。
第3 結論
 このように、Bは、平成25年3月5日に、乙債権が発生すると同時にこれを取得する。乙債権のもととなる契約をEと結ぶのはAであるが、乙債権については発生時からBが債権者となる。するとAの一存でBの利益を放棄して譲渡禁止特約を付すことはできない。よってその特約は無効であり、Eはこれをもって対抗することはできない。
 この結論はEにとって酷なように見えるかもしれないが、Bの要保護性のほうが大きいので(仮に譲渡禁止特約が有効だとするとBが下線部のような契約を結んだ意味がなくなる)、この結論が妥当である。

以上

 

修正答案

以下民法についてはその条数のみを示す。

[設問1]
 (1)
  ①原則
   債権は、譲り渡すことができる(466条1項本文)。ただし、その性質がこれを許さないときは、この限りでない(466条1項但書)。
  ②特定性
   債権譲渡ができるのが原則だとしても、譲渡するには債権が特定されていなければならない。
   「パネルの部品の製造及び販売に係る代金債権であって、(Aが)現在有しているもの及び今後1年間の間[平成25年1月12日から平成26年1月11日]に有することとなるもの一切」で債権を特定することができるので、この点は問題ない。
  ③将来債権
   将来に発生する債権は、その発生が不確実でありこれを譲渡すると法的関係が不安定にあるので、性質上譲渡が許されないという考え方がある。しかしAはパネルの部品を製造し販売することを事業とする株式会社で本件債権が発生することはほぼ確実であり、かつ資金繰りからその必要性も高いので、譲渡できると考えるべきである。譲渡人(A)や他の債権者を不当に害するという公序良俗(90条)に反する特段の事情もない。
  ④債権譲渡の時期
   贈与や売買は契約によりその効力が生ずる(549条、555条)ので、本件契約時に債権譲渡の効力が発生するのが原則であるが、まだ発生していない債権を譲渡することは理論上不可能なので、将来債権についてはその発生時に譲渡の効力が生ずる。よってBは甲債権を平成25年3月1日に取得する。
 (2)
  ①Bによる甲債権の取得
   (1)で検討したようにBが甲債権を平成25年3月1日に取得すると、Fが平成25年5月1日にAを債務者として甲債権の差押命令を得たとしてもそれは無効であるので、Cはその支払を拒絶できるように見える。しかし、CないしDが、甲債権がAからBへと譲渡されたことを通知されたのは平成25年5月7日であり、他方でFによる差押命令がCに到達したのは同年5月2日であるので、Fの差押が優先する(467条1項、2項)。よってBによる甲債権の取得を理由としてCはFへの甲債権の支払を拒絶できない。
  ②免責的債務引受
   Aは、平成25年3月25日、Dとの間で、甲債権に係る債務をDが引き受け、これによりCを当該債務から免責させる旨の合意をした。これにCが関知していないことは考えづらく、この意思表示はCに対してもされていたと考えられる。するとこれはCとの関係では免除になり、その債権(Cにとっての債務である甲債権)は消滅する(519条)。Fが平成25年5月1日に差押命令を得た甲債権は、それ以前にCについては消滅しているので、Cはその支払を拒絶できる。

 

[設問2]
第1 譲渡禁止特約の意義
 [設問1]でも確認したように、466条1項から、債権譲渡ができるのが原則である。しかし、前項(466条1項)の規定は、当事者が反対の意思を表示した場合には適用しない(466条2項前段)とされているので、譲渡禁止特約を付すことも可能である。ただし、その意思表示は、善意の第三者に対抗することができない(466条2項後段)とあることからも、取引安全の見地からも、債権譲渡ができることが原則なのである。債権譲渡は債権者の権利であり、第三者を害さない限りはその権利を放棄することはできるということである。
第2 Bが乙債権を取得した時期
 [設問1]と同様に考えて、Bは、乙債権を、平成25年3月5日に取得する。
第3 結論
 このように、Bは、平成25年3月5日に、乙債権が発生すると同時にこれを取得する。乙債権のもととなる契約をEと結ぶのはAであるが、乙債権については発生時からBが債権者となる。するとAの一存でBの利益を放棄して譲渡禁止特約を付すことはできないことになる。Bは、平成25年3月5日到着の内容証明郵便で本件譲渡禁止特約が付されたことを知ったが、理論的には同じ3月5日でもその内容証明郵便が到達する前の本件契約成立時にBはこれを取得すると考えられるので、その瞬間にBは善意であったため、466条2項後段により、EはこれをもってBに対抗することはできない。
 この結論はEにとって酷なように見えるかもしれないが、Bの要保護性のほうが大きいので(債権譲渡は原則的に自由である反面、仮に譲渡禁止特約が有効だとするとBが下線部のような契約を結んだ意味がなくなる)、この結論が妥当である。

以上

 

 

感想

ややこしい問題です。[設問1]の(2)は債務者との対抗関係と第三者との対抗関係を間違えてしまっていました。[設問2]は自分なりに頑張って書きましたが、これが通用するかどうかは不明です。

 



平成25年司法試験予備試験論文(法律実務基礎科目(刑事))答案練習

問題

 次の【事例】を読んで,後記〔設問〕に答えなさい。

 

【事 例】
1 V(男性,27歳)は,平成25年2月12日,カメラ量販店で,大手メーカーであるC社製のデジタルカメラ(商品名「X」)を30万円で購入した。同デジタルカメラは,ヒット商品で飛ぶように売れていたため,販売店では在庫が不足気味であり,なかなか手に入りにくいものであった。

2 Vは,同月26日午後10時頃から,S県T市内のQマンション405号室のV方居室で,テーブルを囲んで友人のA(男性,25歳)とその友人の甲(男性,26歳)と共に酒を飲んだが,その際,上記「X」を同人らに見せた。Vは,その後同デジタルカメラを箱に戻して同室の机の引き出しにしまい,引き続きAや甲と酒を飲んだが,Vは途中で眠ってしまい,翌27日午前7時頃,Vが同所で目を覚ますと,既に甲もAも帰っていた。Vは,その後外出することなく同室内でテレビを見るなどしていたが,同日午後1時頃,机の引き出しにしまっていた同デジタルカメラを取り出そうとしたところ,これが収納していた箱ごと無くなっていることに気付いた。Vは,前夜V方で一緒に飲んだAや甲が何か知っているかもしれないと考え,Aに電話をして同デジタルカメラのことを聞いたが,Aは,「知らない。」と答えた。また,Vは,Aの友人である甲については連絡先を知らなかったため,Aに聞いたところ,Aは,「自分の方から甲に聞いておく。」と答えた。
 VがV方の窓や玄関ドアを確認したところ,窓は施錠されていたが,玄関ドアは閉まっていたものの施錠はされていなかった。Vは,同デジタルカメラは何者かに盗まれたと判断し,同日午後3時頃,警察に盗難被害に遭った旨届け出た。

3 同日午後3時40分頃,通報を受けたL警察署の司法警察員Kら司法警察職員3名がV方に臨場し,Vは上記2の被害状況を司法警察員Kらに説明した。なお,司法警察員KがVに被害に遭ったデジタルカメラの製造番号を確認したところ,Vは,「製造番号は保証書に書いてあったが,それを入れた箱ごと被害に遭ったため分からない。」と答えた。
 司法警察員Kらは,引き続き同室の実況見分を行った。V方居室はQマンションの4階にあり,間取りは広さ約6畳のワンルームであり,テーブル,机及びベッドは全て一室に置かれていた。同室の窓はベランダに面した掃き出し窓一つのみであり,同窓にはこじ開けられたような形跡はなく,Vに確認したところ,Vは,「窓はふだんから施錠しており,昨日の夜も施錠していた。」と申し立てた。また,鑑識活動の結果,盗難に遭ったデジタルカメラをしまっていた机やその近くのテーブルから対照可能な指紋3個を採取した。
 さらに,司法警察員KらがVと共にQマンションに設置されている防犯ビデオの画像を確認したところ,同月26日午後9時55分にV,甲及びAの3人が連れ立って同マンション内に入ってきた様子,同日午後11時50分にAが一人で同マンションから出て行く様子,その後約5分遅れて甲が一人で同マンションから出て行く様子がそれぞれ撮影されていた。Aや甲が同マンションから出て行った際の所持品の有無については,画像が不鮮明なため判然としなかった。なお,甲が一人で同マンションを出て行って以降,同月27日午前7時20分まで,同マンションに人が出入りする状況は撮影されていなかった。また,同マンションの出入口は防犯ビデオが設置されているエントランス1か所のみであり,それ以外の場所からは出入りできない構造になっていた。
 司法警察員Kは,同日,盗難に遭ったデジタルカメラの商品名を基に,L警察署管内の質屋やリサイクルショップ等に取扱いの有無を照会した。また,司法警察員Kは,A及び甲の前歴を確認したところ,Aには前歴はなかったが,甲には窃盗の前科前歴があることが判明した。

4 同年3月1日,L警察署に対し,T市内のリサイクルショップRから,「甲という男からC社の『X』1台の買取りを行った。」旨の回答があった。そこで,司法警察員KがリサイクルショップRに赴き,同店店員Wから事情を聴取したところ,店員Wは,「一昨日の2月27日午前10時頃,甲が来店したので応対に当たった。甲の身元は自動車運転免許証で確認した。甲から『X』1台を箱付きで27万円で買い取った。甲には現金27万円と買取票の写しを渡した。」旨供述した。そのときの買取票を店員Wが呈示したため,司法警察員Kがこれを確認したところ,2月27日の日付,甲の氏名,製造番号SV10008643番の「X」1台を買い取った旨の記載があった。司法警察員Kは甲の写真を含む男性20名の写真を貼付した写真台帳を店員Wに示したところ,店員Wは甲の写真を選んで「その『X』を持ち込んできたのはこの男に間違いない。」と申し立てた。
 司法警察員Kは,同店店長から,甲から買い取った「X」1台の任意提出を受け,L警察署に持ち帰って調べたところ,内蔵時計は正確な時刻を示していたが,撮影した画像のデータを保存するためのメモリーカードが同デジタルカメラには入っておらず,抜かれたままになっていた。司法警察員Kは,同デジタルカメラを鑑識係員に渡して,指紋の採取を依頼し,同デジタルカメラの裏面から指紋1個を採取した。この指紋及び同年2月27日にV方から採取した指紋をV及び甲の指紋と照合したところ,同デジタルカメラから採取された指紋及びV方のテーブルから採取された指紋1個が甲の指紋と合致し,V方の机から採取された指紋1個がVの指紋と合致し,それ以外の指紋は甲,Vいずれの指紋とも合致しなかった。

5 司法警察員Kは,甲を尾行するなどしてその行動を確認したところ,甲が消費者金融会社Oに出入りしている様子を目撃したことから,甲の借金の有無をO社に照会したところ,限度額一杯の30万円を借り,その返済が滞っていたこと,同月27日に27万円が返済されていることが判明した。
 さらに,司法警察員Kは,同年3月4日,AをL警察署に呼び出して事情を聞いたところ,Aは以下のとおり供述した。
(1) Vは前にアルバイト先で知り合った友人で,月に1,2回は一緒に飲んだり遊んだりしている。甲は高校時代の同級生であり,2か月くらい前に偶然再会し,それ以降,毎週のように一緒に遊んでいる。甲とVは直接の面識はなかったが,先月の初め頃,自分が紹介して3人で一緒に飲んだことがあった。
(2) 今年の2月26日は,Vに誘われて甲と共にV方に行って3人で酒を飲んだ。その際,Vからデジタルカメラを見せられた記憶がある。しかし,Vが先に眠ってしまい,自分も終電があるので甲を誘って午後11時50分頃V方を出て帰った。その後,Vから「カメラが無くなった。」と聞かされたが,自分は知らない。甲にも聞いてみたが,甲も知らないと言っていた。ただ,思い出してみると,あの日帰るとき,甲が「たばこを一本吸ってから帰る。」と言うので,Vの部屋の前で甲と別れて一人で帰った。その後甲がいつ帰ったかは知らない。

6 司法警察員Kは,裁判官から甲を被疑者とする後記【被疑事実】での逮捕状の発付を得て,同年3月5日午前8時頃,甲方に赴いた。すると,甲が自宅前で普通乗用自動車(白色ワゴン車,登録番号「T550よ6789」)に乗り込み発進しようとするところであったことから,司法警察員Kは甲を呼び止めて降車を促し,その場で甲を通常逮捕するとともに同車内の捜索を行った。その際,司法警察員Kは同車内のダッシュボードからちり紙にくるまれたメモリーカード1枚を発見したので,これを押収した。なお,同車は甲が勤務するZ社所有の物であった。

7 その後,同日午前9時からL警察署内で行われた弁解録取手続及びその後の取調べにおいて,甲は以下のとおり供述した。
(1) 結婚歴はなく,T市内のアパートに一人で住んでいる。兄弟はおらず,隣のU市に今年65歳になる母が一人で住んでいる。高校卒業後,しばらくアルバイトで生活していたが,平成23年8月からZ社で正社員として働くようになり,今に至っている。仕事の内容は営業回りである。収入は手取りで月17万円くらいだが,借金が120万円ほどあり,月々3万円を返済に回しているので生活は苦しい。警察に捕まったことがこれまで2回あり,最初は平成19年5月,友人方で友人の財布を盗み,そのことがばれて捕まったが,弁償し謝罪して被害届を取り下げてもらったので,処分は受けなかった。2回目は,平成22年10月に換金目的でゲーム機やDVDを万引き窃取して捕まり,同事件で同年12月に懲役1年,3年間執行猶予の有罪判決を受け,今も執行猶予期間中である。
(2) 今年の2月26日夜,AとV方に行った時にVからカメラを見せられた。そのカメラを盗んだと疑われているらしいが,私はそんなことはしていない。私はその日はAと一緒に帰ったから,Aに聞いてもらえれば自分が盗みをしていないことが分かるはずだ。

8 司法警察員Kは,甲が乗っていた自動車内から押収したメモリーカードを精査したところ,同カードはデジタルカメラで広く使われている規格のもので「X」にも適合するものであった。そこで,その内容を解析したところ,写真画像6枚のデータが記録されており,撮影時期はいずれも同年2月12日から同月25日の間,撮影したデジタルカメラの機種はいずれも「X」であることが明らかとなった。司法警察員Kは,同年3月5日午後6時頃,VをL警察署に呼んで上記データの画像をVに示したところ,Vは,「写っている写真は全て自分が新しく買った『X』で撮影したものに間違いないので,そのメモリーカードは『X』と一緒に盗まれたものに間違いない。」旨供述した。さらに,Vがその写真の一部は自分がインターネット上で公開していると申し立てたので,司法警察員Kがインターネットで調べたところ,メモリーカード内の画像のうち3枚が,実際にVによって公開された画像と同一であることが判明した。
 また,司法警察員Kは,同月6日午前9時頃,甲の勤務するZ社に電話をして,代表者から同社が所有する車両の管理状況について聴取したところ,同人は,「会社所有の車は4台あり,うち1台は私が常時使っている。残りの3台は3人の営業員に使わせているが,誰がどの車両を使っているかは車の鍵の管理簿を付けているのでそれを見れば分かる。登録番号『T550よ6789』のワゴン車については,今年の2月24日から甲が使っている。」旨供述した。

9 司法警察員Kは,同年3月6日午前9時30分頃から再度甲の取調べを行ったところ,甲は以下のとおり供述した。
(1) Vのデジタルカメラは盗んでいない。
(2) 自分が今年の2月27日にリサイクルショップにデジタルカメラを持ち込んだことはあるが,それは名前を言えない知り合いからもらった物だ。
(3) 車の中にあったメモリーカードのことは知らない。
(4) 自分が疑われて不愉快だからこれ以上話したくない。

10 司法警察員Kは,同年3月6日午前11時頃,後記【被疑事実】で甲をS地方検察庁検察官に送致した。甲は,同日午後1時頃,検察官Pによる弁解録取手続において,「事件のことについては何も話すつもりはない。」と供述した。

11 検察官Pは,同日午後2時30分頃,S地方裁判所裁判官に対して,甲につき後記【被疑事実】で勾留請求した。S地方裁判所裁判官Jは,同日午後4時頃,甲に対する勾留質問を行ったところ,甲は被疑事実について「検察官に対して話したとおり,事件のことについて話すつもりはない。」と供述した。

 

【被疑事実】
被疑者は,平成25年2月26日午後11時55分頃,S県T市内所在のQマンション405号室V方において,同人が所有するデジタルカメラ1台(時価30万円相当)を窃取したものである。

 

〔設 問〕
 上記【事例】の事実を前提として,本件勾留請求を受けた裁判官Jは,甲を勾留すべきか。関連条文を挙げながら,上記事例に即して具体的に論じなさい。ただし,勾留請求に係る時間的制限,逮捕前置の遵守及び先行する逮捕の適法性については論じる必要はない。
 なお,甲が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由について論じるに当たっては,具体的な事実を摘示するのみならず,上記理由の有無の判断に際してそれらの事実がどのような意味を持つかについても説明しなさい。

 

練習答案

以下、刑事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

第1 勾留の根拠
 204条から206条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する(207条1項)ので、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、60条1項各号の一にあたるときは、これを勾留することができる(60条1項柱書)。
 裁判官丁は、甲につき、205条の規定による請求を受けた。
第2 罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由
 1 Xの所持
  甲が平成25年2月27日にリサイクルショップに商品名Xのデジタルカメラを持ち込んだことに争いはない。この甲の持ち込んだXがVから窃取されたXと同一の物であるという確証はないが、別の物であるという確証もなく、窃取の翌日に持ち込まれていることからしても、同一の物であるという疑いがある。
 2 メモリーカードの所持
  司法警察員Kは、甲が平成25年2月24日から同年3月6日にかけて使用していた「T550よ6789」車のダッシュボードからちり紙にくるまれたメモリーカード1枚を発見した。甲はこのメモリーカードのことは知らないと述べているが、本件窃取の前後を通じて同車を管理していたので、甲の同意なしにメモリーカードをダッシュボードに置くことは考えづらい。そしてそのメモリーカードは写真の内容から窃取されたXに入っていたものとみて間違いなく、それを所持しているのは犯人である可能性が高い。
 3 他の可能性
  V方の窓の状況及びQマンションに設置されている防犯ビデオの画像から、甲、A以外に犯行時刻にV方へ侵入した人が存在した可能性はほぼない。また、Aが甲の知らないあいだにXを窃取できた可能性も認められない。甲は平成25年2月26日の午後11時50分頃に5分ほど一人になっていた時間があり、Xを窃取することが可能であった。
 4 結論
  以上より、甲がVの所有するXを窃取するという罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある。
第3 逃亡すると疑うに足りる相当な理由
 1 生活状況
  甲は結婚歴がなくアパートに一人で住んでいるので、逃亡が比較的容易だと言える。乙社での勤務もまだ3年に満たず、その点からも逃亡の可能性は比較的高いと言える。
 2 動機
  甲は今も執行猶予期間中であり、今度有罪判決を受けるとまず執行猶予は取り消されるので、逃亡をする動機が強いと言える。
 3 様子
  甲は一貫して犯行を否認しており、「事件のことについて話すつもりはない」と繰り返し述べている。捜査への任意の協力はとても期待できそうにない。この様子も逃亡のおそれを感じさせる。
 4 結論
  以上より、甲には逃亡すると疑うに足りる相当な理由があり、60条1項3号にあたる。
第4 結論
 以上より、本件勾留請求を受けた裁判官丁は、甲を勾留すべきである。

以上

 

修正答案

以下、刑事訴訟法についてはその条数のみを示す。

第1 勾留の根拠
 204条から206条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する(207条1項)ので、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、60条1項各号の一にあたるときは、これを勾留することができる(60条1項柱書)。
 裁判官丁は、甲につき、205条の規定による請求を受けた。
第2 罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由
 1 Xの所持
  甲が平成25年2月27日にリサイクルショップに商品名Xのデジタルカメラを持ち込んだことに争いはない。この甲の持ち込んだXからはVの指紋が検出されておらず、これがVから窃取されたXと同一の物であるという確証はない。他方で、甲も持ち込んだXの入手経路について合理的な説明ができておらず、窃取された物とは別の物であるという確証もない。窃取の翌日に持ち込まれていることからしても、同一の物であるという疑いがある。
 2 メモリーカードの所持
  司法警察員Kは、甲が平成25年2月24日から同年3月6日にかけて使用していた「T550よ6789」車のダッシュボードからちり紙にくるまれたメモリーカード1枚を発見した。甲はこのメモリーカードのことは知らないと述べているが、本件窃取の前後を通じて甲が同車を管理していたので(そのことはZ社の管理簿からわかるので間違いないと見てよい)、甲の同意なしに他の者がメモリーカードをダッシュボードに置くことは考えづらい。そしてそのメモリーカードは写真の内容から窃取されたXに入っていたものとみて間違いなく、それを所持しているのは犯人である可能性が極めて高い。
 3 他の可能性
  V方の窓の状況及びQマンションに設置されている防犯ビデオの画像から、甲、A以外にQマンションの外部から犯行時刻前後にV方へ侵入した人が存在した可能性はまずない。また、Aが甲の知らないあいだにXを窃取できた可能性も認められない。甲は平成25年2月26日の午後11時50分頃に5分ほど一人になっていた時間があり、Xを窃取することが可能であった。
 4 結論
  以上より、甲がVの所有するXを窃取するという罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある。
第3 逃亡すると疑うに足りる相当な理由
 1 生活状況
  甲は結婚歴がなくアパートに一人で住んでいるので、逃亡が比較的容易だと言える。乙社での勤務もまだ2年に満たず、その点からも逃亡の可能性は比較的高いと言える。
 2 動機
  甲は今も執行猶予期間中であり、今度有罪判決を受けるとまず執行猶予は取り消されるので、逃亡をする動機が強いと言える。
 3 様子
  甲は一貫して犯行を否認しており、「事件のことについて話すつもりはない」と繰り返し述べている。捜査への任意の協力はとても期待できそうにない。この様子も逃亡のおそれを感じさせる。
 4 結論
  以上より、甲には逃亡すると疑うに足りる相当な理由があり、60条1項3号にあたる。
第4 結論
 以上より、本件勾留請求を受けた裁判官丁は、甲を勾留すべきである。

以上

 

 

感想

それなりにできたという感触があります。修正答案では問題文で示された事実への言及を増やしました。

 



平成25年司法試験予備試験論文(法律実務基礎科目(民事))答案練習

問題

[民 事](〔設問1〕から〔設問5〕までの配点の割合は,12:5:8:17:8)

 
司法試験予備試験用法文及び本問末尾添付の資料を適宜参照して,以下の各設問に答えなさい。

 
〔設問1〕
 弁護士Pは,Xから次のような相談を受けた。

 
【Xの相談内容】
 「私は,平成17年12月1日から「マンション甲」の301号室(以下「本件建物」といいます。)を所有していたAから,平成24年9月3日,本件建物を代金500万円で買い受け(以下「本件売買契約」といいます。),同日,Aに代金500万円を支払い,本件建物の所有権移転登記を具備しました。
 本件建物には現在Yが居住していますが,Aの話によれば,Yが本件建物に居住するようになった経緯は次のとおりです。
 Aは,平成23年4月1日,Bに対し,本件建物を,賃貸期間を定めずに賃料1か月5万円とする賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」といいます。)を締結し,これに基づき,本件建物を引き渡しました。ところが,Bは,平成24年4月2日,Bの息子であるYに対し,Aの承諾を得ずに,本件建物を,賃貸期間を定めずに賃料1か月5万円とする賃貸借契約(以下「本件転貸借契約」といいます。)を締結し,これに基づき,本件建物を引き渡しました。こうして,Yが本件建物に居住するようになりました。
 そこで,Aは,同年7月16日,Bに対し,Aに無断で本件転貸借契約を締結したことを理由に,本件賃貸借契約を解除するとの意思表示をし,数日後,Yに対し,本件建物の明渡しを求めました。しかし,Yは,本件建物の明渡しを拒否し,本件建物に居住し続けています。
 このような次第ですので,私は,Yに対し,本件建物の明渡しを求めます。」

 
 弁護士Pは,【Xの相談内容】を前提に,Xの訴訟代理人として,Yに対し,所有権に基づく返還請求権としての建物明渡請求権を訴訟物として,本件建物の明渡しを求める訴えを提起した。そして,弁護士Pは,その訴状において,請求を理由づける事実(民事訴訟規則第53条第1項)として,次の各事実を主張した(なお,以下では,これらの事実が請求を理由づける事実となることを前提に考えてよい。)。
 ① Aは,平成23年4月1日当時,本件建物を所有していたところ,Xに対し,平成24年9月3日,本件建物を代金500万円で売ったとの事実
 ② Yは,本件建物を占有しているとの事実
 上記各事実が記載された訴状の副本を受け取ったYは,弁護士Qに相談をした。Yの相談内容は次のとおりである。

 
【Yの相談内容】
 「Aが平成23年4月1日当時本件建物を所有していたこと,AがXに対して平成24年9月3日に本件建物を代金500万円で売ったことは,Xの主張するとおりです。
 しかし,Aは,私の父であるBとの間で,平成23年4月1日,本件建物を,賃貸期間を定めずに賃料1か月5万円で賃貸し(本件賃貸借契約),同日,Bに対し,本件賃貸借契約に基づき,本件建物を引き渡しました。そして,本件賃貸借契約を締結する際,Aは,Bに対し,本件建物を転貸することを承諾すると約したところ(以下,この約定を「本件特約」といいます。),Bは,本件特約に基づき,私との間で,平成24年4月2日,本件建物を,賃貸期間を定めずに賃料1か月5万円で賃貸し(本件転貸借契約),同日,私に対し,本件転貸借契約に基づき,本件建物を引き渡しました。その後,私は,本件建物に居住しています。
 このような次第ですので,私にはXに本件建物を明け渡す義務はないと思います。」

 
 そこで,弁護士Qは,答弁書において,Xの主張する請求を理由づける事実を認めた上で,占有権原の抗弁の抗弁事実として次の各事実を主張した。
 ③ Aは,Bに対し,平成23年4月1日,本件建物を,期間の定めなく,賃料1か月5万円で賃貸したとの事実。
 ④ Aは,Bに対し,同日,③の賃貸借契約に基づき,本件建物を引き渡したとの事実。
 ⑤ Bは,Yに対し,平成24年4月2日,本件建物を,期間の定めなく,賃料1か月5万円で賃貸したとの事実。
 ⑥ Bは,Yに対し,同日,⑤の賃貸借契約に基づき,本件建物を引き渡したとの事実。

 
 以上を前提に,以下の各問いに答えなさい。
(1) 本件において上記④の事実が占有権原の抗弁の抗弁事実として必要になる理由を説明しなさい。
(2) 弁護士Qが主張する必要がある占有権原の抗弁の抗弁事実は,上記③から⑥までの各事実だけで足りるか。結論とその理由を説明しなさい。ただし,本設問においては,本件転貸借契約締結の背信性の有無に関する事実を検討する必要はない。

 
〔設問2〕
 平成24年11月1日の本件の第1回口頭弁論期日において,弁護士Qは,本件特約があった事実を立証するための証拠として,次のような賃貸借契約書(斜体部分は全て手書きである。以下「本件契約書」という。)を提出した。

h25_1

 本件契約書について,弁護士PがXに第1回口頭弁論期日の前に確認したところ,Xの言い分は次のとおりであった。

 
【Xの言い分】
 「Aに本件契約書を見せたところ,Aは次のとおり述べていました。
 『本件契約書末尾の私の署名押印は,私がしたものです。しかし,本件契約書に記載されている本件特約は,私が記載したものではありません。本件特約は,B又はYが,後で書き加えたものだと思います。』」

 
 そこで,弁護士Pは,第1回口頭弁論期日において,本件契約書の成立の真正を否認したが,それに加え,本件特約がなかった事実を立証するための証拠の申出をすることを考えている。次回期日までに,弁護士Pが申出を検討すべき証拠には,どのようなものが考えられるか。その内容を簡潔に説明しなさい。なお,本設問に解答するに当たっては,次の〔設問3〕の⑦の事実を前提にすること。

 
〔設問3〕
 本件の第1回口頭弁論期日の1週間後,弁護士Qは,Yから次の事実を聞かされた。
⑦ 本件の第1回口頭弁論期日の翌日にBが死亡し,Yの母も半年前に死亡しており,Bの相続人は息子のYだけであるとの事実
 これを前提に,次の各問いに答えなさい。
(1) 上記⑦の事実を踏まえると,弁護士Qが主張すべき占有権原の抗弁の内容はどのようなものになるか説明しなさい。なお,当該抗弁を構成する具体的事実を記載する必要はない。
(2) 弁護士Pは,(1)の占有権原の抗弁に対して,どのような再抗弁を主張することになるか。その再抗弁の内容を端的に記載しなさい。なお,当該再抗弁を構成する具体的事実を記載する必要はない。

 
〔設問4〕
 本件においては,〔設問3〕の(1)の占有権原の抗弁及び(2)の再抗弁がいずれも適切に主張されるとともに,〔設問1〕の①から⑥までの各事実及び〔設問3〕の⑦の事実は,全て当事者間に争いがなかった。そして,証拠調べの結果,裁判所は,次の事実があったとの心証を形成した。

 
【事実】
 本件建物は,乙市内に存在するマンションの一室で,間取りは1DKである。Aは,平成17年12月1日,本件建物を当時の所有者から賃貸目的で代金600万円で買い受け,その後,第三者に賃料1か月8万円で賃貸していたが,平成22年4月1日から本件建物は空き家になっていた。
 平成23年3月,Aは,長年の友人であるBから,転勤で乙市に単身赴任することになったとの連絡を受けた。AがBに転居先を確認したところ,まだ決まっていないとのことであったため,Aは,Bに本件建物を紹介し,本件賃貸借契約が締結された。なお,賃料は,友人としてのAの計らいで,相場より安い1か月5万円とされた。
 平成24年3月,Bの長男であるY(当時25歳)が乙市内の丙会社に就職し,乙市内に居住することになった。Yは,22歳で大学を卒業後,就職もせずに遊んでおり,平成24年3月当時,貸金業者から約150万円の借金をしていた。そこで,Bは,Yが借金を少しでも返済しやすくするため,Aから安い賃料で借りていた本件建物をYに転貸し,自分は乙市内の別のマンションを借りて引っ越すことにした。こうして,本件転貸借契約が締結された。
 本件転貸借契約後も,BはAに対し,約定どおり毎月の賃料を支払ってきたが,同年7月5日,本件転貸借契約の締結を知ったAは,同月16日,Bに対し,本件転貸借契約を締結したことについて異議を述べた。これに対し,Bは,転貸借契約を締結するのに賃貸人の承諾が必要であることは知らなかった,しかし,賃料は自分がAにきちんと支払っており,Aに迷惑はかけていないのだから,いいではないかと述べた。Aは,Bの開き直った態度に腹を立て,貸金業者から借金をしているYは信用できない,Yに本件建物を無断で転貸したことを理由に本件賃貸借契約を解除すると述べた。しかし,Bは,解除は納得できない,せっかくYが就職して真面目に生活するようになったのに,解除は不当であると述べた。
 その後,Bは,無断転貸ではなかったことにするため,本件契約書に本件特約を書き加えた。そして,Bは,Yに対し,本件転貸借契約の締結についてはAの承諾を得ていると嘘をつき,Yは,これを信じて本件建物に居住し続けた。

 
 この場合,裁判所は,平成24年7月16日にAがした本件賃貸借契約の解除の効力について,どのような判断をすることになると考えられるか。結論とその理由を説明しなさい。なお,上記事実は全て当事者が口頭弁論期日において主張しているものとする。

 
〔設問5〕
 弁護士Pは,平成15年頃から継続的にAの法律相談を受けてきた経緯があり,本件についても,Aが本件転貸借契約の締結を知った翌日の平成24年7月6日,Aから相談を受けていた。その際,弁護士Pは,Aに対し,本件建物を売却するのであれば,無断転貸を理由に本件賃貸借契約を解除してYから本件建物の明渡しを受けた後の方が本件建物を売却しやすいとアドバイスした。
 その後,Aは,無断転貸を理由に本件賃貸借契約を解除したが,Yから本件建物の明渡しを受ける前に本件建物をXに売却した。その際,Aは,Xから,本件建物の明渡しをYに求めようと思うので弁護士を紹介してほしいと頼まれ,本件の経緯を知っている弁護士PをXに紹介した。
 弁護士Pは,Aとの関係から,Xの依頼を受けざるを得ない立場にあるが,受任するとした場合,受任するに当たってXに何を説明すべきか(弁護士報酬及び費用は除く。)について述べなさい。

 

練習答案

[設問1]
 (1)
  Xは、Yに対し、所有権に基づく返還請求権としての建物明渡請求権を訴訟物として、本件建物の明渡しを求める訴えを提起した。Yは、賃貸借契約により占有権原を有しているという抗弁を提出しようとしているが、その抗弁のためには所有権者から適法に占有権原を取得したことを主張しなければならない。
  Xが、平成24年9月3日に、売買によりAから本件建物の所有権を取得したことに争いはない。そうなると、平成23年4月1日にはAが本件建物の所有権者であって、③及び④により、BがAから適法に占有権原を取得したと言える。そして⑤及び⑥によりそのBからYが適法に本件建物の占有権原を取得したと言える。仮に④の事実がなければ、BがAから適法に占有権原を取得したと言えず、Yも同様である。本件建物は不動産であるので、民法192条の即時取得の余地はない。
 (2)
  賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって、その効力を生ずる(民法601条)。そして、所有権者に対して賃貸借の主張をするためには、その賃貸借契約に基づく引渡しを主張する必要がある。
  以上より、Aから所有権を承継したXに対して、Bから本件建物の賃借権を承継したYが主張するためには、AからB、BからYへと賃借権が移動したことを主張するために③から⑥までの各事実を主張する必要があり、かつこれで足りる。
  なお、この転貸借につきAの承諾があったということは、無断転貸借を理由をした賃貸借契約の解除というXの再抗弁に対する再々抗弁となるので、ここで主張する必要はない。

 

[設問2]
 本件特約がなかった事実を立証するために、次回期日までに、弁護士Pが申出を検討すべき証拠には、Aという人証、Aが転貸借を知ってから異議を述べたことがわかる証拠、AがYではなくBから賃料を受け取っていたことがわかる証拠が考えられる。

 

[設問3]
 (1)
  弁護士Qが主張すべき占有権原の抗弁の内容は、BがAから賃貸借契約により占有権原を取得したこと及びYがそのBの一切の権利義務を相続により承継したこと(民法882条、896条)である。
 (2)
  弁護士Pは、無断転貸借を理由とした、AのBとの賃貸借契約の解除又はAを承継したXのBとの賃貸借契約の解除もしくはXのYとの賃貸借契約の解除を主張することになる。

 

[設問4]
 賃借人が賃貸人の承諾を得ずに第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は、契約の解除をすることができる(民法612条2項)。これは債務不履行解除(民法541条)の一種であると考えられる。ところで、居住を目的とした建物の賃貸借では、契約を解除されて住居を失う賃借人の損害は甚大であるので、単に債務不履行があっただけでは解除できず、信頼関係を破壊するに足る特段の事情もあってはじめて解除できるとするのが判例である。
 本件では、原賃貸人Aの承諾のない転貸借が行われたので、AはBとの本件賃貸借契約を解除することができることに612条2項上はなる。YはBの長男で賃料はBがきちんと支払っているという事情もあり、これだけで信頼関係が破壊されたとは言えず、平成24年7月16日の時点ではAB間の賃貸借契約を解除できなかった。しかし、その後Aは本件契約書に本件特約を書き加えた。これは刑法犯ともなり得る行為であり、信頼関係を破壊するに十分である。Aは平成24年7月16日に解除の意思表示をしてから新たな意思表示をしていないが、解除を求めていたことには変わりがないと推測できるので、この信頼関係を破壊するに足る特段の事情が生じた時点で解除の効力を発生させるのが適当である。
 以上より、裁判所は、平成24年7月16日にAがした本件賃貸借契約の解除の効力について、Bが本件契約書に本件特約を書き加えた時点で解除の効力が発生したと判断することになる。

 

[設問5]
 弁護士は、同一の事件について複数の依頼者があってその相互間に利害の対立が生じるおそれがあるときは、事件を受任するに当たり、依頼者それぞれに対し、辞任の可能性その他の不利益を及ぼすおそれのあることを説明しなければならない(弁護士職務基本規程32条)。
 Yからの本件建物の明渡しが首尾よく進まなかった場合には、権利の一部が他人に属する場合における売主の担保責任(民法563条)をXがAに対して求める可能性があり、AとXという複数の依頼者の相互間に利害の対立が生じるおそれがある。よって弁護士Pは受任するに当たって、Xに辞任の可能性その他の不利益を及ぼすおそれのあることを説明しなければならない。

以上

 

修正答案

[設問1]
 (1)
  Xは、Yに対し、所有権に基づく返還請求権としての建物明渡請求権を訴訟物として、本件建物の明渡しを求める訴えを提起した。Yは、賃貸借契約により占有権原を有しているという抗弁を提出しようとしているが、その抗弁のためには所有権者から適法に占有権原を取得したことを主張しなければならない。
  Xが、平成24年9月3日に、売買によりAから本件建物の所有権を取得したことに争いはない。そうなると、平成23年4月1日にはAが本件建物の所有権者であって、③及び④により、BがAから適法に占有権原を取得したと言える。そして⑤及び⑥によりそのBからYが適法に本件建物の占有権原を取得したと言える。仮に④の事実がなければ、BがAから適法に占有権原を取得したと言えず、Yも同様である。また、XとYとは対抗関係に立つが、建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対し、その効力を生ずる(借地借家法31条1項)ので、YがXに対抗するためにも④の事実の主張が必要である。
 (2)
  賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって、その効力を生ずる(民法601条)。しかし、賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない(民法612条1項)。この規定から、転貸借は原賃貸人の承諾がなければ効力を生じないと考えられるので、弁護士Qは本件特約の存在を主張しなければならない。この主張を③ないし⑥の主張に加えれば、AからB、BからYへと賃借権が移動したと主張できるので、占有権原の抗弁の抗弁事実は足りることになる。

 

[設問2]
 本件特約がなかった事実を立証するために、次回期日までに、弁護士Pが申出を検討すべき証拠には、Aという人証、手元に残っていれば本件契約書のA保管分という書証、Bの筆跡との対照の用に供すべき筆跡を備える文書(民事訴訟法229条2項)が考えられる。

 

[設問3]
 (1)
  弁護士Qが主張すべき占有権原の抗弁の内容は、BがAから賃貸借契約により占有権原を取得したこと及びYがそのBの一切の権利義務を相続により承継したこと(民法882条、896条)である。なお、転借権は混同(民法520条本文)により消滅するので主張すべきではない。
 (2)
  弁護士Pは、無断転貸借を理由とした、AのBとの賃貸借契約の解除又はAを承継したXのBとの賃貸借契約の解除もしくはXのYとの賃貸借契約の解除を主張することになる。

 

[設問4]
 賃借人が賃貸人の承諾を得ずに第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は、契約の解除をすることができる(民法612条2項)。これは債務不履行解除(民法541条)の一種であると考えられる。ところで、居住を目的とした建物の賃貸借では、契約を解除されて住居を失う賃借人の損害は甚大であるので、単に債務不履行があっただけでは解除できず、信頼関係を破壊するに足る特段の事情もあってはじめて解除できるとするのが判例である。
 本件では、原賃貸人Aの承諾のない転貸借が行われた。しかし、YはBの長男であって転貸借も原貸借と同じ賃料で営利性はなく、また賃料はBがきちんと支払っているという事情もあり、Yに借金があったとしても問題とはなっておらず、これだけで信頼関係が破壊されたとは言えず、平成24年7月16日の時点ではAがAB間の賃貸借契約を解除することはできなかった。しかし、その後Aは本件契約書に本件特約を書き加えた。これは刑法犯ともなり得る行為であり、信頼関係を破壊するに十分である。Aは平成24年7月16日に解除の意思表示をしてから新たな意思表示をしていないが、解除を求めていたことには変わりがないと推測できるので、この信頼関係を破壊するに足る特段の事情が生じた時点で解除の効力を発生させるのが適当である。
 以上より、裁判所は、平成24年7月16日にAがした本件賃貸借契約の解除の効力について、Bが本件契約書に本件特約を書き加えた時点で解除の効力が発生したと判断することになる。

 

[設問5]
 弁護士は、事件を受任するに当たり、依頼者から得た情報に基づき、事件の見通し、処理の方法並びに弁護士報酬及び費用について、適切な説明をしなければならない(弁護士職務基本規程29条)。弁護士報酬及び費用は除くとすれば、事件の見通し、処理の方法について適切な説明をしなければならない。
 また、弁護士は、同一の事件について複数の依頼者があってその相互間に利害の対立が生じるおそれがあるときは、事件を受任するに当たり、依頼者それぞれに対し、辞任の可能性その他の不利益を及ぼすおそれのあることを説明しなければならない(弁護士職務基本規程32条)。
 Yからの本件建物の明渡しが首尾よく進まなかった場合には、権利の一部が他人に属する場合における売主の担保責任(民法563条)をXがAに対して求める可能性があり、AとXという複数の依頼者の相互間に利害の対立が生じるおそれがある。よって弁護士Pは受任するに当たって、Xに辞任の可能性その他の不利益を及ぼすおそれのあることを説明しなければならない。

以上

 

 

感想

[設問1]の要件事実には苦労しました。まだ理解が足りないようです。[設問5]は弁護士職務基本規程32条話だと思ったら出題趣旨によると29条を書けとのことだったのが意外でした。

 

 



平成25年司法試験予備試験論文(刑事訴訟法)答案練習

問題

 次の記述を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
 甲は,傷害罪の共同正犯として,「被告人は,乙と共謀の上,平成25年3月14日午前1時頃,L市M町1丁目2番3号先路上において,Vに対し,頭部を拳で殴打して転倒させた上,コンクリート製縁石にその頭部を多数回打ち付ける暴行を加え,よって,同人に加療期間不明の頭部打撲及び脳挫傷の傷害を負わせたものである。」との公訴事実が記載された起訴状により,公訴を提起された。

 

〔設問1〕
 冒頭手続において,甲の弁護人から裁判長に対し,実行行為者が誰であるかを釈明するよう検察官に命じられたい旨の申出があった場合,裁判長はどうすべきか,論じなさい。

 

〔設問2〕
 冒頭手続において,検察官が,「実行行為者は乙のみである。」と釈明した場合,裁判所が,実行行為者を「甲又は乙あるいはその両名」と認定して有罪の判決をすることは許されるか。判決の内容及びそれに至る手続について,問題となり得る点を挙げて論じなさい。

 

練習答案

以下刑事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 公訴の提起は起訴状を提出してこれをしなければならず(256条1項)、起訴状には公訴事実を記載しなければならない(256条2項2号)。そして公訴事実は訴因を明示してこれを記載しなければならず、訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない(256条3項)。このように規定されているのは、当事者主義が採用されている刑事訴訟で裁判所に対して審判範囲を明確にするとともに、被告人に対して防御対象をはっきりとさせ被告人が十分な防御活動をすることができるようにするためである。
 本件起訴状に記載された公訴事実では、被告人甲の防御対象がはっきりしておらず、訴因の明示が不十分である。甲が実行行為者でなければ甲は乙との共謀について防御活動を行うか、乙の実行行為について防御活動するかして、そのいずれかに成功すれば傷害罪に問われずにすむ。甲が実行行為者であれば、何よりもまずその実行行為について防御活動をしなければ有罪は避けられないだろう。乙の実行行為があろうがなかろうが甲の傷害罪の成立には影響しないし、甲の乙との共謀についての防御が成立しても、甲は傷害罪の単独正犯として罪に問われてしまう。
 以上のように、本件において、実行行為者が誰であるかが不明であると被告人甲の防御対象がはっきりせず、不意打ちのように罪の成立が認められてしまうおそれがあるので、裁判長は、検察官に対して、実行行為者が誰であるかを示して訴因を明示するように釈明を求めるべきである。

 

[設問2]
第1 判決の内容
 [設問1]で述べたように、256条で起訴状の提出、公訴事実の記載、訴因の明示が必要とされているのは、裁判所に対して審判範囲を明確にするためである。
 本件では、甲について、起訴状記載の時間(平成25年3月14日午前1時頃)、場所(L市M町1丁目2番3号先路上)、対象(V)、態様(頭部を拳で殴打して転倒させた上、コンクリート製縁石にその頭部を多数回打ち付ける暴行を加え、よって、同人に加療期間不明の頭部打撲及び脳挫傷の傷害を負わせた)の傷害罪という審判対象が明確に画定されている。裁判所が別の日時や対象を異にする別個の傷害罪を認定することはできないが、本件の実行行為者が甲であれ乙であれその両名であれ、同じ傷害罪の枠内なので、判決の内容に問題はない。
第2 判決の手続
 [設問1]で述べたように、本件で実行行為者が誰であるかは被告人甲の防御にとって大きな意義を有している。検察官が「実行行為者は乙のみである。」と釈明した場合、甲としてはそれに応じて乙との共謀や乙の実行行為に防御活動を集中させることになる。それにもかかわらず、裁判所が、実行行為者を「甲又は乙あるいはその両名」と認定して有罪の判決をすることは許されない。甲の防御権を侵害しているからである。甲としてはその判決が予想されるのなら自らの実行行為について防御活動をしたのにと不満に思うはずであり、公正な裁判とは言えなくなる。

以上

 

修正答案

以下刑事訴訟法についてはその条数のみを示す。

 

[設問1]
 公訴の提起は起訴状を提出してこれをしなければならず(256条1項)、起訴状には公訴事実を記載しなければならない(256条2項2号)。そして公訴事実は訴因を明示してこれを記載しなければならず、訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない(256条3項)。このように規定されているのは、当事者主義が採用されている刑事訴訟で裁判所に対して審判範囲を明確にするとともに、被告人に対して防御対象をはっきりとさせ被告人が十分な防御活動をすることができるようにするためである。
 審判範囲については、他の犯罪と識別できないほど訴因が不明確であれば、裁判長は求釈明をしなければならないと考えられる。本件起訴状に記載された公訴事実では、実行行為者が誰であるか記載されていなくても、審理の対象となる犯罪はVを被害者とする平成25年3月14日午前1時頃のL市M町1丁目2番3号先路上における傷害事件であると確定できて、他の犯罪から識別することはできるので、裁判長が求釈明をしなければならないということはない。
 被告人の防御対象については、被告人の防御権を実質的に保障するように、裁判長は求釈明をすべきである。本件起訴状に記載された公訴事実では、被告人甲の防御対象がはっきりしておらず、訴因の明示が不十分である。甲が実行行為者でなければ甲は乙との共謀について防御活動を行うか、乙の実行行為について防御活動するかして、そのいずれかに成功すれば傷害罪に問われずにすむ。甲が実行行為者であれば、何よりもまずその実行行為について防御活動をしなければ有罪は避けられないだろう。その場合、乙の実行行為があろうがなかろうが甲の傷害罪の成立には影響しないし、甲の乙との共謀についての防御が成立しても、甲は傷害罪の単独正犯として罪に問われてしまう。
 以上のように、本件において、実行行為者が誰であるかが不明であると、審判範囲の罪は特定されているものの、被告人甲の防御対象がはっきりせず、不意打ちのように罪の成立が認められてしまうおそれがあるので、裁判長は、検察官に対して、実行行為者が誰であるかを示して訴因を明示するように釈明を求めるべきである。

 

[設問2]
第1 判決の内容
 [設問1]で述べたように、256条で起訴状の提出、公訴事実の記載、訴因の明示が必要とされているのは、裁判所に対して審判範囲を明確にするためである。
 本件では、甲について、起訴状記載の時間(平成25年3月14日午前1時頃)、場所(L市M町1丁目2番3号先路上)、対象(V)、態様(頭部を拳で殴打して転倒させた上、コンクリート製縁石にその頭部を多数回打ち付ける暴行を加え、よって、同人に加療期間不明の頭部打撲及び脳挫傷の傷害を負わせた)の傷害罪という審判対象が明確に画定されている。裁判所が別の日時や対象を異にする別個の傷害罪を認定することはできないが、本件の実行行為者が甲であれ乙であれその両名であれ、同じ傷害罪の枠内なので、判決の内容に問題はない。このような択一的認定であっても、同一の犯罪の構成要件内でのことなので、判決の内容としては問題ない。
第2 判決の手続
 [設問1]で述べたように、本件で実行行為者が誰であるかは被告人甲の防御にとって大きな意義を有している。検察官が「実行行為者は乙のみである。」と釈明した場合、その内容が実質的に訴因を形成し、甲としてはそれに応じて乙との共謀や乙の実行行為に防御活動を集中させることになる。それにもかかわらず、裁判所が、実行行為者を「甲又は乙あるいはその両名」と認定して有罪の判決をすることは許されない。甲の防御権を侵害しているからである。甲としてはその判決が予想されるのなら自らの実行行為について防御活動をしたのにと不満に思うはずであり、公正な裁判とは言えなくなる。このような場合は、検察官が訴因の変更をして、実行行為者という争点について実質的な攻防をした後でなければ、「甲又は乙あるいはその両名」と認定して有罪の判決をすることは許されない。

以上

 

 

感想

裁判所に対する審判範囲の明確化と被告人に対する防御権の保障という2つの観点を出し、[設問2]では前者を判決の内容に、後者を判決の手続に割り振りましたが、その考え方でよいのかやや自信がありません。

 




top