平成29(2017)年司法試験予備試験論文(憲法)答案練習

問題

次の文章を読んで,後記の〔設問〕に答えなさい。

 A県の特定地域で産出される農産物Xは,1年のうち限られた時期にのみ産出され,同地域の気 候・土壌に適応した特産品として著名な農産物であった。Xが特別に豊作になる等の事情があると, 価格が下落し,そのブランド価値が下がることが懸念されたことから,A県は,同県で産出される Xの流通量を調整し,一定以上の価格で安定して流通させ,A県産のXのブランド価値を維持し, もってXの生産者を保護するための条例を制定した(以下「本件条例」という。)。
 本件条例では,①Xの生産の総量が増大し,あらかじめ定められたXの価格を適正に維持できる 最大許容生産量を超えるときは,A県知事は,全ての生産者に対し,全生産量に占める最大許容生 産量の超過分の割合と同じ割合で,収穫されたXの廃棄を命ずる,②A県知事は,生産者が廃棄命 令に従わない場合には,法律上の手続に従い,県においてXの廃棄を代執行する,③Xの廃棄に起 因する損失については補償しない,旨定められた。
 条例の制定過程では,Xについて一定割合を一律に廃棄することを命ずる必要があるのか,との 意見もあったが,Xの特性から,事前の生産調整,備蓄,加工等は困難であり,迅速な出荷調整の 要請にかなう一律廃棄もやむを得ず,また,価格を安定させ,Xのブランド価値を維持するために は,総流通量を一律に規制する必要がある,と説明された。この他,廃棄を命ずるのであれば,一 定の補償が必要ではないか等の議論もあったが,価格が著しく下落したときに出荷を制限すること はやむを得ないものであり,また,本件条例上の措置によってXの価格が安定することにより,X のブランド価値が維持され,生産者の利益となり,ひいてはA県全体の農業振興にもつながる等と 説明された。
 20××年,作付け状況は例年と同じであったものの,天候状況が大きく異なったことから,X の生産量は著しく増大し,最大許容生産量の1.5倍であった。このため,A県知事は,本件条例 に基づき,Xの生産者全てに対し,全生産量に占める最大許容生産量の超過分の割合に相当する3 分の1の割合でのXの廃棄を命じた(以下「本件命令」という。)。
 甲は,より高品質なXを安定して生産するため,本件条例が制定される前から,特別の栽培法を 開発し,天候に左右されない高品質のXを一定量生産しており,20××年も生産量は平年並みで あった。また,甲は,独自の顧客を持っていたことから,自らは例年同様の価格で販売できると考 えていた。このため,甲は,本件命令にもかかわらず,自らの生産したXを廃棄しないでいたとこ ろ,A県知事により,甲が生産したXの3分の1が廃棄された。納得できない甲は,本件条例によ ってXの廃棄が命じられ,補償もなされないことは,憲法上の財産権の侵害であるとして,訴えを 提起しようと考えている。

〔設問〕
 甲の立場からの憲法上の主張とこれに対して想定される反論との対立点を明確にしつつ,あな た自身の見解を述べなさい。なお,法律と条例の関係及び訴訟形態の問題については論じなく てよい。

 

再現答案

以下日本国憲法については条数のみを示す。

第1 甲の立場からの憲法上の主張
 財産権は、これを侵してはならない(29条1項)ので、本件条例は違憲である。仮に本件条例が違憲でないとしても、A県知事により甲が生産したXの3分の1が廃棄された処置は違憲である。仮にこれも違憲でないとしても、私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる(29条3項)ところ、何らの補償もなされなかったことは違憲である。

第2 想定される反論
 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める(29条2項)のであって、法律と同じように議会で制定された条例によって制限することができる。そもそも財産権は法律(条例)によって定められるものであって、絶対不可侵ではない。よって本件条例は違憲ではない。また、本件でのA県知事の処置も、この違憲でない条例に則って行われたものなので、違憲ではない。また、本件条例による制約は、財産権に内在する制約であり、特別の犠牲とは言えないので、損失補償も不要である。

第3 私自身の見解
 (1)本件条例の合憲性
 第2で述べたように、条例で財産権を制約することは許される。そうはいっても無制限の制約が許されるわけではなく、その目的と手段を検討しなければならない。本件条例の目的は、A県産のXのブランド価値を維持し、もってXの生産者を保護することである。これは積極目的であり、議会の広範な裁量が認められる。そのための手段として①から②が定められている。この手段は合理的である。①から②のようにすればXの流通量が調整され、それによりA県産のXのブランド価値が維持できるからである。以上より、本件条例は合憲である。
 (2)A県知事の甲に対する処置の合憲性
 甲は、高品質のXを生産していて独自の販路も持っているのでXを廃棄しないでいたところ、A県知事によって自分が生産したXの3分の1が廃棄されたという処置が違憲であると主張している。高品質であるとはいえXはXであり、一律に対処しなければ意味がないので、A県知事の処置は本件条例に則っているので、合憲である。
 (3)損失補償
 本件条例には損失補償に関する規定がないのだけれども、甲が主張するように、29条3項を根拠にして直接損失補償を請求することができるとするのが判例の立場である。しかし第2で述べたように、財産権に内在する制約であって特別の犠牲と言えなければ損失補償を要しない。本件においては、Xの生産者は、最大許容生産量を超えるときに超過分の割合と同じ割合でXの廃棄を命じられる。このようにXの生産者に一律に課される制約であり、特別の犠牲とは言えない。ため池の所有者が、その堤とうで耕作をしてはいけないと一律に禁止されることは財産権に内在する制約であり、特別の犠牲とは言えないとした判例もある。本件では、この制約はXの生産者の利益にもなるので、なおさら違憲ではない。以上より、損失補償がないことも違憲とはならない。

以上

修正答案

以下日本国憲法については条数のみを示す。

第1 甲の立場からの憲法上の主張
 「財産権は、これを侵してはならない」(29条1項)。ここでの「財産権」には、私有財産制という制度だけでなく、個々人の具体的な財産に対する権利も含まれる。よって、X生産者のXに対する権利を侵害する本件条例は違憲である。仮に本件条例が違憲でないとしても、A県知事により甲が生産したXの3分の1が廃棄された処置は、合理的でないので違憲である。仮にこれも違憲でないとしても、「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる」(29条3項)ところ、この損失補償の規定のない本件条例は違憲であり、本件で甲が何らの補償もなされなかったことは違憲である。

第2 想定される反論
 「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める」(29条2項)のであって、法律と同じように議会で制定された条例によって制限することができる。そもそも財産権は法律(条例)によって定められるものであって、絶対不可侵ではない。よって本件条例は違憲ではない。また、本件でのA県知事の処置も、この違憲でない条例に則って行われたものなので、違憲ではない。また、甲が主張する29条3項の損失補償は、特定人が特別の犠牲を強いられた場合にのみ適用されるものであり、本件のように一般的な受忍すべき制約の場合は損失補償も不要である。

第3 私自身の見解
 (1)本件条例の合憲性
 第2で述べた公共の福祉による制約とは、財産権それ自体に内在する制約のほか、立法機関が多種多様な利害調整のために定める規制に服するということである。よって、財産権を制約する条例の合憲性は、そうした多種多様な利害を総合考慮して判断すべきであり、立法機関の判断を尊重すべきである。そこで、その目的が正当でない場合か、目的が正当であってもそのための手段が合理的でない場合にのみ違憲になると考える。
 本件条例の目的は、A県産のXのブランド価値を維持し、もってXの生産者を保護することである。これは社会経済政策上の積極目的であり、議会の広範な裁量が認められる。地域の特産物の生産者を保護するということはこの裁量の範囲内であり、この目的が正当でないとは言えない。
 そのための手段として①から②が定められている。①から②のようにすればXの流通量が調整され、それによりA県産のXのブランド価値が維持できるということである。需要に比して供給が多すぎると値崩れして生産者が損害を被るということは十分に考えられ、②のようにXの廃棄を代執行しなければ闇市場が発生して実質的な値崩れを防げないと想定されるので、この手段はXの生産者を保護するという目的に対して合理的である。以上より、本件条例は合憲である。
 (2)A県知事の甲に対する処置の合憲性
 甲は、高品質のXを生産していて独自の販路も持っているのでXを廃棄しないでいたところ、A県知事によって自分が生産したXの3分の1が廃棄されたという処置が違憲であると主張している。高品質であるとはいえXはXであり、一律に対処しなければ意味がないので、A県知事の処置は合理的であり、合憲である。その都度高品質がどうかを判定して廃棄量を個別事情に応じて決定していたのでは迅速な調整ができない。
 (3)損失補償
 本件条例には損失補償に関する規定がないのだけれども、29条3項を根拠にして直接損失補償を請求することができるとするのが判例の立場である。言い換えると、損失補償の規定を欠く条例であったとしても、条例そのものが違憲となるわけではないということである。しかし、財産権の性質からして、第2で述べたように損失補償を要するのは、公共の福祉のためにする一般的な制限ではなく、特定人に特別の犠牲を強いる場合に限られる。
 本件においては、Xの生産者は、最大許容生産量を超えるときに超過分の割合と同じ割合でXの廃棄を命じられる。これはXの生産者に一律に課される制約であり、特定人に課せられたものではない。さらに、本件で問題となっているのはXの全量の廃棄ではなく、むしろ利益の総計が増えるような分量の廃棄であり、通常は特別の犠牲とは言えない。
 しかしながら、より高品質なXを安定して生産するため、本件条例が制定される前から、特別の栽培法を開発し、天候に左右されない高品質のXを一定量生産していた甲にとっては事情が異なる。甲は、一般的なXの生産者ではなく、本件条例制定前から労力を投入して高品質のXを開発してきた者である。そしてその甲が生産するXの性質上、この年の好天によっても生産量が増えなかった。それにもかかわらずXの3分の1の廃棄をするとなると、甲には利益になるどころか損害が生じている。以上より、甲との関係では、本件処置は特別の犠牲に当たり、損失補償が必要である。

以上

 

 

 




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