平成26年司法試験論文公法系第1問答案練習

問題

〔第1問〕(配点:100)
 A県B市には,日本で有数の緑濃い原生林と透明度の高さを誇る美しい湖を含む自然保護地域がある。このB市の自然保護地域には,自家用車や観光バスで直接,あるいは,自然保護地域への拠点となっているB駅からタクシーか,定員20名のマイクロバスで運行される市営の路線バスを利用して入ることになる。B市は,1年を通じて温暖な気候であることも幸いして,全国各地から年間500万人を超える観光客が訪れるA県で最大の観光都市となっている。
 しかしながら,湖周辺では観光客が増えて交通量が増加したために,車の排気ガスによる原生林の損傷や,心ない観光客の行為で湖が汚れ,透明度が低下するといった問題が深刻になりつつあった。それに加えて,自然保護地域内の道路のほとんどは道幅が狭く,片方が崖で曲がりくねっており,人身事故や車同士の接触事故など交通事故が多く発生した。そのほとんどは,この道路に不慣れな自家用車と観光バスによるものであった。
 そこで,A県公安委員会は,A県,B市等と協議し,自然保護地域内の道路について,道路交通法に基づき,路線バス及びタクシーを除く車両の通行を禁止した。その結果,自然保護地域には,観光客は,徒歩,あるいは,市営の路線バスかタクシーを利用しなければ入れないこととなり,B市のタクシー事業者にとっては,B駅と自然保護地域との間の運行が大きな収入源となった。
 タクシー事業については,当初,需給バランスに基づいて政府が事業者の参入を規制する免許制が採られていたが,その後,規制緩和の流れを受けて安全性等の一定条件を満たせば参入を認める許可制に移行した。しかし,再び,特定の地域に関してではあるが,参入規制等を強化する法律が制定されている。これに加えて,202*年には道路運送法が改正され,地方分権推進策の一環として,タクシー事業に関する各種規制が都道府県条例により行えることとされ,その許可権限が,国土交通大臣から各都道府県知事に移譲された。
 Cタクシー会社(以下「C社」という。)は,A県から遠く離れた都市で低運賃を売り物に成功を収めたが,その後,タクシーの利用客自体が大幅に減少し,業績が悪化した。そこで,C社は,新たな事業地として,一大観光地であるB市の自然保護地域に注目した。というのも,B駅に首都圏に直結する特急列車の乗り入れが新たに決まり,観光客の増加が見込め,B駅から低運賃で運行することで,より多くの観光客の獲得を期待できるからである。
 C社の新規参入の動きに対し,B市のタクシー事業者の団体は,C社の新規参入により,B市内のタクシー事業者の収入が減少して過酷な運転業務を強いられることに加え,自然保護地域内の道路の運転に不慣れなタクシー運転者による交通事故の発生によって輸送の安全が脅かされるとともに,公共交通機関たるタクシー事業の健全な発達が阻害されるとして,C社の参入阻止を訴えて反対集会を開くなどの反対運動を行うとともに,A県やB市に対し適切な対応を採るよう求めた。
 一方,C社は,マス・メディアを通じて,自社が進出すれば,従来よりも低運賃のタクシーで自然保護地域を往復することができ,首都圏からの日帰り旅行も容易になり,観光振興に寄与すると訴えた。
 このような状況において,A県は,B市と協議した上で,「A県B市の自然保護地域におけるタクシーの運行の許可に関する条例」(以下「本条例」という。)を制定し,本条例に定める目的のもとに,自然保護地域におけるタクシーの運行については,本条例に定める①車種,②営業所及び運転者に関する要件を満たし,A県知事の許可を得たタクシー事業者のタクシーのみ認めることにした(【資料】参照)。
 B市は,本条例の制定に伴い,新たに,B駅の傍らのタクシー乗り場と自然保護地域にあるタクシー乗り場に,電気自動車のための充電施設を設けた。なお,本条例の制定に当たっては,A県に本社のあるD自動車会社だけが車種に関する要件を満たす電気自動車を製造・販売していることも考慮された。ちなみに,B市に営業所を構えるタクシー会社の多くは,本条例の要求する車種要件を満たす電気自動車を,既にD自動車会社から購入している。
 C社は,営業所に関する年数要件及び運転者に関する要件のいずれも満たすことができなかった。そして,車種に関する要件についても,高額の電気自動車を購入することは,自社の最大の目玉である低運賃を困難にすることから,あえて電気自動車を購入せず,より安価なハイブリッド車(従来のガソリン車より燃費がよく排気ガスの排出量は少ない。)で対応しようとした。
 C社は,A県知事に対し,A県を営業区域とするタクシー事業の許可申請を行うとともに,自然保護地域における運行許可申請を行ったが,後者については本条例に規定する要件を満たさないとして不許可となった。これにより,C社は,A県内でタクシー事業を行うことは可能になったが,新規参入の動機でもあったA県内で最大の利益が見込める自然保護地域への運行はできない。C社は,本条例自体が不当な競争制限であり違憲であると主張して,不許可処分取消訴訟を提起した。

〔設問1〕
 あなたがC社の訴訟代理人となった場合,あなたは,どのような憲法上の主張を行うか。
 なお,法人の人権及び道路運送法と本条例との関係については,論じなくてよい。

〔設問2〕
 被告側の反論についてポイントのみを簡潔に述べた上で,あなた自身の見解を述べなさい。

【資料】A県B市の自然保護地域におけるタクシーの運行の許可に関する条例(抜粋)
(目的)
第1条 この条例は,A県B市の自然保護地域(以下「自然保護地域」という。)におけるタクシーによる輸送の安全を確保すること,及び自然保護地域の豊かな自然を保護するとともに観光客のより一層の安全・安心に配慮して観光振興を図ることを目的とする。
(タクシーの運行許可)
第2条 自然保護地域においてタクシーを運行しようとするタクシー事業者は,A県知事の許可を受けなければならない。
(許可申請)
第3条 (略)
(運行許可基準)
第4条 A県知事は,第2条の許可をしようとするときは,次の基準に適合するかどうかを審査して,これをしなければならない。
 一 自然保護地域において運行するタクシーの車種は,次に掲げる要件の全てを満たす電気自動車であること。
  イ 運転席,助手席及び後部座席にエアバッグを装備していること。
  ロ 自動体外式除細動器(AED)を搭載していること。
 二 5年以上継続してB市内に営業所を有していること。
 三 自然保護地域においてタクシーを運転する者は,次に掲げる要件の全てを満たす者であること。
  イ 自然保護地域の道路の状況及び自然環境について熟知し,B市が実施する試験に合格していること。
  ロ B市に営業所を置く同一のタクシー事業者において10年以上継続して運転者として雇用され,又はB市内に営業所を置いて10年以上継続して個人タクシー事業を経営した経歴があること。
  ハ 過去10年以内に,交通事故を起こしたことがなく,かつ,道路の交通に関する法令に違反したことがないこと。
第5条以下略
 附則
第1条 この条例は,平成XX年XX月XX日から施行する。
2 第2条の許可は,この条例の施行日前においてもすることができる。
第2条 A県知事は,この条例の施行後おおむね5年ごとに第4条第1号に規定する車種について検討を加え,必要があると認めるときは,その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする。

 

練習答案

 以下、日本国憲法についてはその条数のみを示す。

〔設問1〕
 私がC社の訴訟代理人となった場合、本件条例自体が、22条の職業選択の自由に反し違憲であると主張する。

第1 22条で保障される内容
 「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」(22条1項)。ここにいうところの「職業選択の自由」には、具体的な営業の自由も含まれる。よってC社が企図しているA県内の本件自然保護地域へのタクシー運行という具体的な営業も22条1項で保障される。

第2 公共の福祉による制限
 もっとも、職業選択の自由には、「公共の福祉に反しない限り」という留保が付されている。この公共の福祉による制限は、警察等の消極目的の場合は、必要最小限でなければならないと解されている。
 本条例の目的は、その1条にあるように、輸送の安全、自然保護、観光客の安全・安心といった消極目的である。よってその制限は必要最小限でなければならない。これらの目的を達成するためには、本件自然保護地域に乗り入れる車両の総台数を制限する、タクシー会社に安全講習を義務付けるなどの、タクシー運行の許可をしないことよりも緩やかな規制でも対応できると考えられる。以上より、タクシー運行の許可をしないという本条例は違憲である。

第3 合理性
 また、仮にタクシー運行の許可をしないという本条例の内容が違憲でなかったとしても、それを判断する際の基準が合理的ではないため違憲である。職業選択の自由に対する制限は、その手段や基準が目的に関して合理的でなければならない。
 本件自然保護地域で安全なタクシー運行をするという目的のためには、その地域の地形などを熟知していることが必要である。しかしながら、本条例4条2号「5年以上継続してB市内に営業所を有していること」は、この目的に関して合理的ではない。B市内に営業所を有しているからといってその地域を熟知しているとは限らないし、近隣の市町村に営業所を有しているだけであっても乗り入れ経験や座学などによりその地域を熟知しているかもしれない。また、本号の「5年」や同条3号ロの「10年」に合理的な意味があるとも思えない。熱心な者であればもっとはやく必要な知識を習得するであろうし、不熱心なら5年や10年が経過しても未熟なままかもしれない。自然保護も本条例の目的であるが、同条1号イ及びロの条件の本条例の目的との間にも合理的な関連性が見られない。安全性の目的に照らしても、エアバッグやAEDが安全性に寄与するかどうかは疑問である。
 以上より、目的に関して合理的ではない本条例4条1号イ及びロ、2号、3号ロは違憲である。

〔設問2〕

第1 公共の福祉による制限
(1) 被告側の反論
 本条例の目的は、消極目的だけでなく、A県やB市の地場産業の促進といった積極目的もあるので、必要最小限度でなくとも合理的な規制であれば許される。
(2) 私自身の見解
 本条例の1条には、「豊かな自然を保護」、「観光振興」といった文言があるので、輸送の安全といった消極目的だけには解消しきれず、被告側が述べるように産業の促進といった積極目的も併存している。そして積極目的のある規制に関しては、立法機関の判断を尊重し、必要最小限でなくとも合理的な規制であれば合憲となる。上記目的のために本件自然保護地域でのタクシー運行を許可しないということは合理的だといえるので、合憲であると私は考える。

第2 合理性
(1) 被告側の反論
 本条例はすべて目的に関して合理的である。
(2) 私自身の見解
 本条例4条1号はすべて合憲であると考える。まず、電気自動車はハイブリッド車と比べて明らかに自然保護によい。エアバッグやAEDが安全に寄与するかどうかに疑問があるにしても、少なくとも観光客の安心には寄与する。結果的にこれらの要件を満たすのはD自動車会社が製造・販売している車種だけであるとしても、それは結果的にそうなっているだけにすぎず、他意はない。
 同条2号及び3号ロについては違憲であると考える。輸送の安全等の本条例の目的と合理的に関係しないというのは〔設問1〕記載のとおりである。加えて、5年や10年といった期間制限は、本人の努力ではすぐにどうすることもできない事柄であり、その点からも不合理である。

以上

 

修正答案

 以下、日本国憲法についてはその条数のみを示す。

〔設問1〕
 私がC社の訴訟代理人となった場合、本件条例自体が、22条の職業選択の自由に反し違憲であると主張する。

第1 22条で保障される内容
 「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」(22条1項)。ここにいうところの「職業選択の自由」には、狭義の職業選択の自由だけでなく、職業活動の自由も含まれる。具体的に職業活動を遂行する自由も保障しなければ、職業選択の自由を保障した意義が失われるからである。よってC社が企図しているA県内の本件自然保護地域へのタクシー運行という職業活動の自由も22条1項で保障される。

第2 公共の福祉による制限
 もっとも、職業選択の自由には、「公共の福祉に反しない限り」という留保が付されている。その公共の福祉による制約が合憲であるかは、規制の目的、必要性、内容、これによつて制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較考量したうえで慎重に決定されなければならない。
 一般に許可制は、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、職業活動そのものを制約するものであり、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定しうるためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要する。そして規制の目的が警察等の消極目的の場合は、必要最小限度でなければならないと解されている。
 本条例の目的は、その1条にあるように、輸送の安全、自然保護、観光客の安全・安心といった消極目的である。よってその制限は必要最小限でなければならない。これらの目的を達成するためには、本件自然保護地域に乗り入れる車両の総台数を制限する、タクシー会社に安全講習を義務付けるなどの、タクシー運行の許可をしないことよりも緩やかな職業活動の内容及び態様に対する規制でも対応できると考えられる。以上より、タクシー運行の許可をしないという本条例は違憲である。

第3 合理性
 また、仮にタクシー運行の許可をしないという本条例の内容が違憲でなかったとしても、それを判断する際の基準が合理的ではないため違憲である。職業選択の自由に対する制限は、その手段や基準が目的に関して合理的でなければならない。
 本件自然保護地域で安全なタクシー運行をするという目的のためには、その地域の地形などを熟知していることが必要である。しかしながら、本条例4条2号「5年以上継続してB市内に営業所を有していること」は、この目的に関して合理的ではない。B市内に営業所を有しているからといってその地域を熟知しているとは限らないし、近隣の市町村に営業所を有しているだけであっても乗り入れ経験や座学などによりその地域を熟知しているかもしれない。また、本号の「5年」や同条3号ロの「10年」に合理的な意味があるとも思えない。熱心な者であればもっとはやく必要な知識を習得するであろうし、不熱心なら5年や10年が経過しても未熟なままかもしれない。自然保護も本条例の目的であるが、同条1号イ及びロの条件の本条例の目的との間にも合理的な関連性が見られない。安全性の目的に照らしても、エアバッグやAEDが安全性に寄与するかどうかは疑問である。
 以上より、目的に関して合理的ではない本条例4条1号イ及びロ、2号、3号ロは違憲である。

〔設問2〕

第1 22条で保障される内容
(1) 被告側の反論
 C社は本件自然保護地域以外でタクシー運行をできるのだから、本条例はC社の職業選択の自由を侵害していない。
(2) 私自身の見解
 確かにC社は本件自然保護地域以外でタクシー運行をできるのであるが、それでもC社の職業活動の自由が制約されていることには変わりなく、22条の職業選択の自由が保障された趣旨からすると、本条例がC社の職業選択の自由を侵害していないとは言えない。

第2 公共の福祉による制限
(1) 被告側の反論
 本条例の目的は、輸送の安全、自然保護、観光客の安全・安心といった消極目的だけでなく、A県やB市の地場産業の促進といった積極目的もあるので、必要最小限度でなくとも合理的な規制であれば許される。そしてこれらの目的は重要な公共の利益である。
(2) 私自身の見解
 本条例の1条には、「豊かな自然を保護」、「観光振興」といった文言があるので、輸送の安全といった消極目的だけには解消しきれず、被告側が述べるように産業の促進といった積極目的も併存している。身体や生命はもちろん、自然環境の保護や経済の活性化も一般に重要な事項であるので、これら諸目的が重要な公共の利益であるのも被告側の言う通りである。そして積極目的のある規制に関しては、立法機関の判断を尊重し、必要最小限でなくとも合理的に必要な規制であれば合憲となる。上記目的のためにC社のような地元企業以外の企業に本件自然保護地域でのタクシー運行を許可しないということは合理的に必要だといえるので、合憲であると私は考える。

第3 合理性
(1) 被告側の反論
 本条例はすべて目的に関して合理的である。電気自動車はハイブリッド車と比べて明らかに自然保護によい。エアバッグやAEDは観光客の安全・安心に役立つ。B市での運行年数が長いほうがB市の状況をよく知ることになり、観光客の安全・安心に寄与する。
(2) 私自身の見解
 本条例4条1号はすべて合憲であると考える。電気自動車がハイブリッド車と比べて明らかに自然保護によいのは被告側の言う通りであり、確かに電気自動車はハイブリッド車よりもコストが高くなるであろうが、タクシーではおよそ不可能だという価格帯ではないため、合理的な制約である。エアバッグやAEDが安全に寄与するかどうかに疑問があるにしても、少なくとも観光客の安心には寄与するし、これらも導入が不可能な価格ではない。結果的にこれらの要件を満たすのはD自動車会社が製造・販売している車種だけであるとしても、それは結果的にそうなっているだけにすぎない。
 同条2号及び3号ロについては違憲であると考える。輸送の安全や観光客の安全・安心という本条例の目的と合理的に関係しないというのは〔設問1〕記載のとおりである。観光振興の目的を考慮しても、B市に事業所を置くタクシー会社が即観光産業かということに疑問がある(B市に事業所を置いていなくても、B市の観光をアピールするなどして、観光振興を行なうことは可能である)。加えて、5年や10年といった期間制限は、本人の努力ではすぐにどうすることもできない事柄であり、その点からも不合理である。

以上

 

 

 

 




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