令和2(2020)年司法試験予備試験論文再現答案刑法

以下刑法についてはその条数のみを示す。

第1 私文書偽造罪(159条1項)、同行使罪(161条1項)
 甲が、本件居室の賃貸借契約書の賃借人欄に現住所及び変更前の氏名を記入した上、その認印を押し、同契約書をBに渡した行為につき検討する。以下、同契約書を「本件契約書」という。
 甲は、本件契約書をBに渡しているため、行使の目的があり、実際に行使もしている。本件契約書は、権利義務に関する文書である。
 他人の印章若しくは署名を使用して文書を偽造するとは、その文書の名義人と作成者の人格の同一性を偽ることである。名義人とは、その文書の性質からその文書の作成者だと想定される者のことをいい、作成者とは実際に作成した者のことである。一般に、賃貸借契約は、相互の信頼が重要であり、居室で事件等が発生すれば、役所や警察などに入居者の本名を知らせることが予定されている。
 本件では、名義人は変更前の氏名が本名である者であり、実際に作成したのは変更後の氏名が本名である甲である。よって、名義人と作成者の人格の同一性を偽ったと言え、文書を偽造したことになる。印章と署名の両方がある。
 以上より、甲には、私文書偽造罪及び同行使罪が成立する。

第2 詐欺罪(246条2項)
 甲が、Bに対し、変更前の氏名を使用して、預金通帳及び運転免許証を示し、本件契約書を渡すことにより本件居室に入居した行為につき検討する。
 詐欺罪の成立には、欺く行為、その欺く行為による錯誤、その錯誤に基づく財産上の利益の移転、そのことによる財産上の損害が必要である。
 甲は、上記の変更前の氏名を使用した一連の行為により、Bという人を欺いている。Bは、その欺く行為により、甲が暴力団員やその関係者ではないという錯誤に陥っている。そして、Bは、暴力団員やその関係者とは本件居室の賃貸借契約を締結する意思はなかったのだから、その錯誤に基づいて本件賃貸借契約を締結し、本件居室に入居っせるという財産上の利益を移転している。甲には家賃等必要な費用を支払う意思も資力もあったのだから財産上の損害がないようにも思われるが、暴力団員又はその関係者が不動産を賃借して居住することによりその資産価値が低下するため、財産上の損害も認められる。
 以上より、甲には詐欺罪が成立する。

第3 傷害致死罪(205条)、傷害罪(204条)、過失致死罪(210条)
1.拳で丙の顔面を殴った行為
 この行為は、傷害罪の構成要件を満たし、丙は、それにより生じた急性硬膜下血腫により死亡しているため、傷害致死罪の構成要件を満たす。因果関係は、実行行為のもつ危険が現実化したかどうかで判断し、介在事情がある場合は、実行行為の危険性の大小、介在事情の異常性の大小、介在事情の結果への寄与度の大小から判断するところ、本件では、この行為の危険性は大きく、足蹴り行為という介在事情の異常性は小さくないが、それが結果へは全く寄与していないので、因果関係があると言える。
 正当防衛(36条1項)が問題となり得る。丙が甲の前に立ち塞がり、スタンガンを取り出すことは、甲の身体という権利への、急迫不正の侵害に当たる。甲は、自己の身体を守るために、やむを得ずこの行為をしている。よって正当防衛が成立するように思われる。しかし、実際には、丙が取り出したのはスマートフォンであり、甲はそれをスタンガンだと誤想している。つまり、客観的には正当防衛の状況ではなかった。このような場合は、この行為に及ばないという反対動機を形成するのが困難であるため、責任故意(38条1項)が阻却されると考える。そして、丙が取り出したものがスマートフォンであり、丙が直ちに自己に暴行を加える意思がないことを容易に認識することができたのであるから、その誤想に過失がある。
 以上より、甲には、過失致死罪が成立する。
2.足蹴り行為
 足蹴り行為は、傷害罪の構成要件を満たし、正当防衛は成立しない。よって、甲には傷害罪が成立する。

第4 結論
 以上より、甲には、①私文書偽造罪、②同行使罪、③詐欺罪、④過失致死罪、⑤傷害罪が成立し、①ないし③はけん連犯(54条1項後段)、これと④、⑤は併合罪(45条)となる。

以上

 



  • 第1 私文書偽造罪・同行使罪について
    ・論証の順序としては、詐欺罪の成否から検討した方が良かったかもしれません。
    ・結論的には成否どちらでも良い限界的事案だと思いますが、問題文の事情を拾い、暴力団活動では変更後の氏名を用いていたこと、本件賃借は暴力団活動目的であったこと等を認定して人格の同一性の齟齬を導き出すべきであったと考えます。
    第2 詐欺罪について
    ・本問は最高裁H26判例の応用問題です。すなわち、詐欺罪において、被害者側が特殊な取引条件(暴力団排除条項)を重視する場合は、その個別的な明示ないし周知徹底を求めるべき(松宮孝明『先端刑法総論』48-9頁)とする判旨が論点です。したがって、本問では、単に暴排条項が存在する事実を認定するだけでは足らず、契約書に暴力団員でないことを誓約させる「本件条項」が実際に存在したこと、某県では本件条項を設けるのが一般的であったことなどの事情を問題文から拾ってもっと丁寧に認定すべきであったと考えます。
    ・さらに甲の側の事情として、人材派遣業ではなく、暴力団活動の一環として本件居室を利用する意思であったことも詐欺罪の成否に際し重要な事実であったと考えます。
    第3 傷害致死罪・過失致死罪、傷害罪について
    ・丙は甲の第一暴行行為により死亡しているが、本件では、第一暴行故意後に、甲のさらなる第二暴行行為が介入しているため因果関係が問題となると書ければなお良かったと思います。
    ・法的因果関係について、危険の現実化説として前田3要件を用いていますが、できれば判例に近い直接実現、間接実現型出で論証できればなお良かったと思います(和田俊憲『どこでも刑法総論』の解説が分かりやすいと思います)。
    ・因果関係のあてはめについて、第二暴行行為により「死期が早まることはなかった」ので、第一行為の危険が直接的に実現したものであると問題文の事情を引用できればなお良かったと考えます。
    ・誤想防衛について、本件では急迫不正の侵害は現実には存在しなかったので、急迫不正の侵害を認定したのは誤りです。誤想防衛の論証の中で、「甲の認識によると」急迫不正の侵害が存在したと書くべきでした。防衛の意思も認定すべきでした。
    ・「やむを得ずにした行為」について、本件では甲の防衛行為により丙は死亡しているので、防衛行為の相当性が論点になり得る事案であったと考えます。判例の立場ではないものの、甲の想定した急迫不正の侵害(甲の火傷や失神)と実際に発生した結果(丙の死亡)が均衡していないからです。この点、やむを得ずにした行為とは、最高裁S44判例に従い、防衛のため必要最小限の行為であると解すべきです。あてはめとしては、問題文の事情を用い、「甲より若く大柄で火傷や失神を伴う凶器を持った丙」に対し、一発顔面を殴打することは必要最小限の行為に当たると解すべきであったと考えます。
    ・責任故意の阻却、過失致死の成立はそれで良いと思います。
    ・第二暴行(足蹴り行為)について、量的過剰による過剰防衛が成立し得ないか(防衛行為の一体性)を検討すべきであったと考えます(結論的には否定すべきですが)。

    • どれも頷けるご指摘です。ありがとうございます。なかなかそこまでの密度で考えることができません。


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